【沖縄地理学会】 【The Okinawa Geographical Society】

【沖縄地理学会】
【The Okinawa Geographical Society】
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[特集] 沖縄における人文地理学の歩み (沖縄地理学会創立
30周年記念公開シンポジウム)
堂前, 亮平
沖縄地理(13): 87-90
2013-06-25
http://okinawa-repo.lib.u-ryukyu.ac.jp/handle/okinawa/17798
沖縄地理学会
沖縄地理 第 13 号
87-90 頁 (2013)
Okinawa Journal of Geographical Studies
No.13, p.87-90 (2013)
沖縄における人文地理学の歩み
堂 前 亮 平
(久留米大学文学部)
Development of Human Geographical Studies on Okinawa
Ryouhei DOUMAE
(Faculty of Letters, Kurume University)
2. 2 期 : 戦後, 日本復帰 (1972 年) まで
Ⅰ は じ め に
1950 年に琉球大学が設立され,社会科学部史学
本稿は,沖縄に関わる事象を研究対象とした人
及地理学科(初代地理学科主任赤嶺康成教授)が
文地理学(地誌学を含む)の歩みを概観するもの
設置された.このことは沖縄における地理学研究
である.研究の流れを歴史的に区分すると,4 つの
の発展の礎となった.
時期に分けられる.すなわち,1 期:第二次世界
1957 年以降,伊藤郷平らの招聘教授の来沖があっ
大戦前,2 期:戦後,1972 年の沖縄の日本復帰(以
たことや,さらに 1965 年には日本地理学会が開催
下,日本復帰)まで,3 期:日本復帰 (1972 年 ) か
されたことなど,沖縄と本土との間に研究者の交
ら 10 年間,4 期:沖縄地理学会発足(1982 年)か
流があったことは,双方の研究推進に大きな影響
ら現在までである.本稿では 1 期から 4 期までの
を与えた3).
それぞれの時期における沖縄に関わる人文地理学
この時期における人文地理学研究の主たるもの
研究の環境と主な研究成果について概観する.
としては,琉球大学の教員(仲松弥秀、田里友哲)
による村落研究があげられる.すなわち,本土と
Ⅱ 沖縄における人文地理学の歩み
は異なった沖縄の開拓集落や古い伝統的村落の特
色を考察した研究である.
1.1 期:第二次世界大戦前
第二次世界大戦前の沖縄を研究対象地域とした人
文地理学研究は,昭和の前期に日本の地理学界の
3.3 期:日本復帰 (1972) から 10 年
なかで出芽した .主な研究として,武見芳二 (1928)
日本復帰によって沖縄県外の研究者による沖縄
「沖縄島出移民の経済地理学的考察」,赤嶺康成
を対象とする研究も見られるようになったが,主
(1939)「沖縄島の含密糖について」,富田芳郎 (1939)
力は琉球大学の地理学教員である4).この時代の
「沖縄諸島の地理学的特質」,高原三郎 (1939)「沖
人文地理学研究で特筆すべきものは,石川友紀を
縄県下の集落」,仲松弥秀 (1942)「琉球列島におけ
中心として琉球大学法文学部地理学教室スタッフ
るマラリア病の地理学的研究」などがあげられる.
が関わって進められた移民研究である.
これらの研究テーマは,現在においても研究がよ
また,島嶼地域研究が中山満らによって進めら
り深化して進められているものである. れたほか,宮城眞宏は離島の架橋を取り上げた交
このような系統地理学に先立ち,地誌学として
通地理学研究を進めてきた.琉球大学教員による
山崎直方・佐藤伝蔵編『大日本地誌』
(全 10 巻・
研究のほか,歴史地理学,文化地理学等の研究が
明治 36 年~大正 4 年)が刊行され,沖縄の地誌が
沖縄県外の研究者によって行われた.
記述されている「琉球・台湾篇」は第 10 巻として
日本復帰後,系統地理学の研究が進む一方,地誌
1915 年(大正 4)に発行された .
学では 1975 年に発行された青野壽郎・尾留川正平
1)
2)
-87-
堂 前 亮 平
編『日本地誌 21』の編集が進んでいる時期でもあっ
九州・沖縄』が発行された.日本の地域区分の中
た.日本復帰間もない頃であったが,沖縄県につい
で,沖縄はひとつの地域性を持つ地域を占めてい
ての記述は,琉球大学地理学教室のスタッフが総
るという認識に立って,九州と分離している.本
5)
地誌書の記述は動態地誌的である.本地誌書は系
力をあげて執筆したものである .
統地理学の成果が反映されたものであることから,
4. 4 期 : 沖縄地理学会発足 (1982 年) から現在まで
1975 年に発行された『日本地誌』と比較してこの
県内の研究者が増加するとともに,県外研究者
間の沖縄の地域変化を見ることができることと,
による研究も活発化する中で,1980 年 9 月 6 日~
この間の研究の進展を見ることができる .
9 月 12 日に第 24 回国際地理学会議が開催され,沖
Ⅲ 沖縄に関わる人文地理学研究の事例
縄においても沖縄野外研究会議が持たれた.この
ことがきっかけとなって,1982 年 8 月 28 日に沖縄
1. 島嶼地域の歴史地理学
地理学会(会長田里友哲)が発足した.研究発表会,
平岡昭利(2012)は,近代における日本人の南
例会,エクスカーション,学会誌の発行などを実
島への進出をアホウドリとの関係において考察し
施し,会員の研究を高める場ができたことは地理
た.そのなかで,尖閣諸島への日本人の進出や南北
学研究の発展を促進するものとなった.
大東島やラサ島の開拓などを,日本人が進出した
沖縄に関わる研究実績は特に 1990 年代半ば以降
島嶼との関連を通して論じている.沖縄に関係す
沖縄県内外の研究者によって地理学関係学会誌へ
る記述は以下のとおりである .
6)
の発表が顕著になってきた .
第Ⅰ部 アホウドリと日本人の無人島進出
沖縄を研究対象とした地理学研究の分野が多彩
3 アホウドリと尖閣諸島
となり,かつ深化してきた.この時期に発表され
第Ⅱ部 バード・ラッシュと日本人の太平洋進出
た主な論文を分野別に列記すると以下のとおりで
第Ⅲ部 バード・ラッシュから無人島開拓へ
ある.
-大東諸島とその後の展開 ―
経済地理学(花卉園芸農業・サトウキビ農業・
1 南大東島の開拓とプランテーション経営
農産物の生産・養殖モズク生産・商業・情報通信
2 北大東島における開拓とその後の展開
産業)
,観光地理学(観光開発),人口地理学(移民・
-サトウキビ農業とリン鉱採掘-
島嶼の人口移動・人口変動)
,島嶼地理学,都市地
3 ラサ島の領土の確定とリン鉱採掘事業
理学(米軍基地に関わる都市化・都市の社会空間),
第Ⅳ部 南洋の島々への進出から侵略へ 村落地理学(基地と村落),社会地理学(米軍基地・
-アホウドリからグアノ・リン鉱採掘へ-
シマ社会・郷友会・マラリア病)
,交通地理学(架
橋・モノレール),文化地理学(屋敷囲い),知覚・
行動(子どもの地域認識)
,政治地理学,GIS,地
理教育などであり,とくに沖縄に関わるさまざま
な社会現象に着目した研究が社会地理学の視点か
ら行われるようになった7).
なお,沖縄地理学会学会誌「沖縄地理」第 1 号
(1986 年)~第 11 号(2011 年)に掲載された人文
地理学の論文は 27 編あり,分野別に見ると移民を
含む人口地理学が 8 編,島嶼地理学が 4 編,観光
地理学・地理教育がそれぞれ 3 編,商業地理学・
都市地理学がそれぞれ 2 編,その他 5 編となって
いる.
地誌学においては,2012 年に『日本の地誌 10
2. 沖縄に関わる社会空間
筆者は,島嶼地域としての沖縄の地域性を社会
空間の視点から考察してきた.主な研究は「沖縄
の都市地域におけるシマ社会の空間」,沖縄への移
住と社会空間に関しては「第 2 次世界大戦前の奄
美・沖縄における寄留商人街」,「沖縄におけるイ
ンド人の社会空間の形成」である.さらに沖縄に
関わる社会空間の変容としての考察は,川崎市に
おける沖縄県出身者の社会空間が変容する過程を,
沖縄芸能を通して考察したものである.その論文
の主たる論文構成は,次のとおりである.
川崎市における沖縄県出身者の社会空間
-88-
沖縄における人文地理学の歩み
第 3 編地方誌 1 沖縄島,2 宮古諸島,3 八重山諸島である.
沖縄県人社会における沖縄芸能の役割
3)日本復帰前に県外の地理学者による沖縄研究も僅かなが
沖縄芸能の拠点としての川崎市
三線奏者 N 氏のライフヒストリーから見る沖縄
ら行われていた.例えば,田中啓爾は沖縄本島を調査し,
沖縄の地理的性格を明らかにした.また,正井泰夫は日
県人の社会空間変容
本地理学会のエクスカーションで沖縄本島,宮古島,石
Ⅳ 結 び
垣島をし,当時の沖縄各地を地理学者の視点から多くの
写真に収めている .
本稿は,沖縄における人文地理学(地誌学を含
む)の歩みを概観したものである.研究の歩みは
4)この時期の沖縄に関する地理学研究の状況について,筆
4つの時期に分けられる.すなわち,1 期:第二次
者は沖縄の日本復帰 10 年目に「復帰 10 年の沖縄学 そ
世界大戦前,2 期:戦後,日本復帰(1972 年)まで,
の総括と展望 地理学(上)(中)(下)」と題して,琉
3 期:日本復帰 (1972 年 ) から 10 年間,4 期:沖縄
球新報(1982 年 3 月 5 日,3 月 6 日,3 月 7 日)に掲載
地理学会発足(1982 年)から現在までである .
した.
沖縄における地理学発展の礎となったのは,1950
5) 青 野 壽 郎・ 尾 留 川 正 平 共 編『 日 本 地 誌 』 全 21 巻 は,
年に琉球大学が設立され,社会科学部史学及地理
1967 年「東京都」から発刊され,1980 年「日本総論」
学科(初代地理学科主任赤嶺康成教授)が設置さ
で完結した.沖縄県については,第 21 巻「大分県,宮
れたことである.また,日本復帰時に沖縄国際大
崎県,鹿児島県,沖縄県」(1975 年 ) に掲載されている.
学が設立され,地理学教員の枠が確保され,その
構成は県総説と県内地域誌からなる .
後の地理教員の増加に繋がったこともあげられよ
6)雑誌記事索引集成データベース「ざっさくプラス」
(http://
zassaku-plus.com)
最終閲覧日 2012 年 10 月 29 日による . 日
う.さらに日本復帰以降,県外の研究者が沖縄に注
本復帰 (1972 年 ) 以降 検索結果 388 件.
目してきたことや,一方で沖縄地理学会が設立さ
れ,沖縄県内の地理学研究が活発化してきたこと
7)1991 年に日本地理学会「社会地理学の理論と課題」作業
グループが発足し,社会地理学への関心が高まってきた .
などが相俟って,沖縄に関する地理学研究の発信
が増加してきたと思われる.
文 献(発表年順)
沖縄には人文地理学に関する研究素材が多く存
在し,人文地理学の分野別研究テーマをみると多
武見芳二(1928)
:沖縄島出移民の経済地理学的考察.地理
学評論 4-2・3.
岐に亘るようになってきた.今後の課題をあげる
ならば,沖縄と同じ南西諸島地方に括られる奄美
諸島を研究対象地域として,もっと取り込むこと
赤嶺康成(1939)
:沖縄島の含密糖について.地理 2-1.
富田芳郎(1939)
:沖縄諸島の地理学的特質.地理学 7.
高原三郎(1939)
:沖縄県下の集落.地理学 7-7・7-8.
が肝要であると考える .
仲松弥秀(1942)
:琉球列島におけるマラリア病の地理学的
研究.地理学評論 18.
本稿は沖縄地理学会創立 30 周年記念シンポジウム
で「沖縄における人文地理学の歩み」と題して発表し
田中啓爾(1962)
:沖縄の地理的性格.田中啓爾地域的論文
集第二集.日本書院.
た基調講演を基に修正を加えまとめたものである.
田里友哲・石井孝之(1975)
:第 6 章 地理学.沖縄県教育
委員会編『沖縄県史 5 文化Ⅰ』
注
仲松弥秀(1977)
:
『古層の村 ― 沖縄民俗文化論』沖縄タイ
1)田里友哲・石井孝之 1975.第 6 章 地理学.沖縄県教
育委員会編『沖縄県史 5 文化Ⅰ』
ムス社.
宮城眞宏(1979)
:野甫大橋架橋の野甫村落への衝撃.琉球
2)琉球については,3 編から構成されている.第 1 編地文,
第 2 編人文,第 3 編地方誌であり,第 1 編地文では第 1
大学教育学部紀要 23.
田里友哲(1980)
:沖縄における開拓集落の研究.琉球大学
章地形,第 2 章海洋並びに海流,第3章地質,第 4 章気象,
第 2 編人文では第 1 章沿革,第 2 章政治宗教,第 3 章産業,
法文学部紀要(史学・地理学編)23.
島袋伸三・米盛盛市(1982)
:ブラジルにおける沖縄県出身
-89-
堂 前 亮 平
移民の職業変遷 ― 農業を中心に.琉球大学法文学部紀
要(史学・地理学編)25.
た』.
上江洲朝彦(2008)
:沖縄都市モノレール沿線地域における
開通後の土地利用の変容.経済地理学年報 54-1.
町田宗博(1983)沖縄本島中部における軍用地接収移動集
落の一考察.琉球大学法文学部紀要(史学・地理学編)
鍬塚堅太郎(2008)
:沖縄におけるコールセンター立地と知
26.
識の獲得.地理科学 63-3.
渡久地健・高田普久男(1991)小離島における空間認識の
堀本雅章(2008)
:那覇市旧首里における雑貨店の分布と立
一側面 ( Ⅰ )― 久高島のサンゴ礁地形と民俗分類 ―. 沖
縄地理 3.
地の変化.沖縄地理 8.
山口 覚(2008)
:
『出郷者たちの都市空間』ミネルヴァ書房.
サンゴ礁地域研究グループ(1992)
:
『熱い心の島 ― サンゴ
吉田容子(2008)
:戦後復興期における「特飲街」の形成と
都市空間の秩序 ― 沖縄県旧コザ市を事例として.人文
礁の風土記』古今書院.
大城直樹(1992):村落景観の社会性 ― 沖縄本島北部の祭
祀施設の場合.歴史地理学 6.
地理 60-1.
仲田邦彦(2009)
:
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:大東諸島への居住についての若干の検討
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:沖縄県における公的部門によるビジネス
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(史
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支援と人材育成.沖縄地理 10.
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東仲宗根添を事例としてー.大塚昌利編著『地域の諸相』
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野澤秀樹・堂前亮平・手塚章編(2012)
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宮崎沙織(2006)
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の地域認識:伝統文化の側面から . 新地理 54-3.
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:沖縄の地理色彩景観.南島文化 34.
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若林芳樹・久木元美琴・由井義通(2012)
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保育サービス供給体制における認可外保育所の役割. 経
沖縄県教育委員会(2007):『沖縄県史 図説編 県土のすが
-90-
済地理学年報 58-2.