修 士 論 文 要 旨 2003 年 度 ( 平 成 15 年 度 ) テーパー文化が支えるコミュニティー協働型音楽収益モ デル − Grateful Dead を め ぐ る 事 例 を 中 心 と し て − デジタル技術とインターネットの普及につれ、誰にでも複製・流通できて しまう音楽に希少性をもたせて収益を見込む伝統的な「著作権収益型モデル」 を遂行することは、今後ますます困難になることが予測される。新しいテクノ ロジーの特長を最大限に活かすことで音楽ファンの多様化するニーズを疎外す ることなく機能する、より洗練された音楽の収益モデルとはどのようなものな のだろうか? 本研究はこのような問題意識を出発点として、希少性をライヴやコンサー トに帰着させて「場」の参加フィー(チケット代)から収益をあげるモデルに 着目し、特にライヴの録音や録音物の流通をファンの自発的な参加に任せる <taping-trading policy>の 有 用 性 を 提 案 す る も の で あ る 。 具 体 的 に は 、 ア メ リ カ の ロ ッ ク ・ バ ン ド Grateful Dead が 確 立 し た <taping-trading policy>を 実 施 す る ア ー テ ィ ス ト と そ の フ ァ ン ・ コ ミ ュ ニ テ ィーの分析を試みた。その結果、レコード会社など中央の組織がないことによ り、ファンがコストを分散化させて独自の流通ルールを構築するなど積極的に プロモーションに関わり、ライヴの価値を増幅させるメカニズムを抽出した。 さらに音楽生成に際して誘発されるコミュニケーションがファン・コミュニテ ィーを成熟させる要因になることを明らかにし、著作権侵害行為を締め出した りボランティア活動に参加したりと、コミュニティーが協力体制を組んで新た な価 値を 生み 出す 現象を 示し た。本研 究では この メカ ニズム を、 バン ドの 名前 に ち な ん で 「 Dead 型 モ デ ル 」 と 名 付 け て い る 。 本研究の結論は、インターネットの文化においては音楽の生産・流通にア ーティストやレコード産業が独占して対応し著作権を主張して収益をあげるの ではなく、アーティストが自身のファンを信頼して音楽の生成プロセスへの参 加を呼びかけることにより、著作権や市場に依拠せずに音楽活動を向上させて いくことが可能になる、ということである。 1 キ ー ワ ー ド : taping-trading policy、フ ァ ン ・コ ミ ュ ニ テ ィ ー 、自 発 性 、 つながり、著作権 慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 丹羽 順子 Abstract of Master’s Thesis Academic Year 2003 An analysis on music revenue model by community collaboration based upon taper culture - Focusing on the case of Grateful Dead Wide spread of digital technologies and Internet has made it possible for everybody to copy and distribute music just by a touch of a finger. A revenue model sophisticated enough to meet the diversified needs of music fans should be considered. From this viewpoint, we analyze an alternative model where the revenue comes from the scarcity of live concerts. We propose <taping-trading policy> which allows music fans to freely record live music and distribute it, and prove the usefulness of this policy. More specifically, we analyze <taping-trading policy> established by American rock band, Grateful Dead, and their fan communities. Based upon the analysis, music fan communities can enhance the value of live music by proactively participating in the music creation processes. They can share cost and even establish new distribution channels. The fan communities can create new value through their cooperation to prohibit copyright infringement or to participate in voluntary activities. We conclude that in Internet age, artists and recording companies should not try to make profit just through monopolizing music creation and distribution processes insisting on their copyright. Instead, they should trust their fans and encourage them to participate in their music creation. Through this model, it is possible to constantly vitalize music activities, 2 while maintaining stable revenues. Keyword: taping-trading policy, community, participation, copyright Keio University Graduate School of Media and Governance Junko Niwa 第 1 章 問題意識と研究の概要 1.1 問 題 意 識 1 1.2 研 究 対 象 の 設 定 1 1.3 研 究 の 手 法 2 1.4 本 論 文 の 構 成 3 1.5 研 究 の 意 義 4 第 2 章 先行研究の文献調査 2.1 音 楽 /テ ク ノ ロ ジ ー /著 作 権 6 2.2 音 楽 の 収 益 モ デ ル 9 2.3 自 発 性 と 情 報 の 動 向 10 2.4 イ ン プ ロ ビ ゼ ー シ ョ ン の 音 楽 12 第 3 章 < Dead 型 モ デ ル > の コ ミ ュ ニ テ ィ ー と 経 済 構 造 3.1 ジ ャ ム バ ン ド と 理 念 17 3.2 プ ロ モ ー シ ョ ン 効 果 20 3.3 コ ミ ュ ニ テ ィ ー の 形 成 21 3.4 記 憶 の 共 有 と ラ イ ヴ 26 3.5 コ ス ト の 分 散 化 29 3.6 <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >と の 補 完 的 関 係 31 3 第 4 章 < Dead 型 モ デ ル > の 課 題 と 対 応 4.1 <弱 さ > の 克 服 35 4.2 シ ー ン の 拡 大 36 第 5 章 新しい価値の創造 5.1 社 会 的 発 言 権 の 獲 得 40 5.2 結 論 40 参考文献 42 第 1 章 問題意識と研究の概要 1.1 問 題 意 識 近年、インターネット上の音楽配信・流通を巡り、著作者に無断で著作物 を複製・流通させる行為を摘発したり、著作物の自由な利用を規制したりする 動 き が レ コ ー ド 産 業 や 著 作 権 管 理 団 体 を 中 心 に 盛 ん で あ る 。こ の 背 景 に は 、「人 の著作物を無断で利用するのはもってのほか」と主張するレコード産業と、新 しいテクノロジーの可能性を最大限に追求して音楽の自由な利用を求める消費 者との間の衝突がある。様々な法的・技術的規制や保護を施して取り締まりを 強化しても、レコード産業に対しての不信感が強まったり、それをかいくぐる アプリケーションや利用方法が出現したりするなど、両者の間には確執が絶え ない。 レコード産業と消費者の言い分を「規制」対「自由」という構図でこのま ま放置しておけば、両者間の溝が深まるばかりか魅力的な音楽コンテンツがイ ンターネット上に放出されない可能性もあり得る。アーティストの権利保護と 消費者の自由な利用とのバランスを加味した音楽配信サービスの登場や、使い 勝手の良い著作権管理システムの実装が早期に実現されることを期待したい。 4 と同時に、音楽やインターネットの特性や価値をいまいちど見直し、従来のレ コード産業の収益モデルから発想を転換して、問題解決にあたる必要があると 考える。 1.2 研 究 対 象 の 設 定 本研究はこのような問題意識を出発点として、ライヴやコンサートなど生 で音楽を楽しむ「場」の参加フィー(チケット代)から収益をあげるモデルを 事 例 的 に 研 究 し た 。 商 業 的 演 奏 を 目 的 と し た コ ン サ ー ト は 古 く は 17 世 紀 ロ ン ド ン に お い て 始 ま っ た と さ れ て お り 新 規 性 が あ る わ け で は な い 1。 し か し イ ン ターネットの文化と、複製や流通ができない場の音楽に希少性を持たせて収益 を上げるモデルは相性がいいと思われ、このモデルのメカニズムを明らかにす ることは有益であると考えられる。 特 に 関 心 を 持 ち 本 研 究 の 対 象 に 設 定 し た の は 、 <ラ イ ヴ 演 奏 の 録 音 を フ ァ ン に 許 可 し >、<録 音 物 の 流 通 も 自 由 に 行 な っ て 構 わ な い >と す る モ デ ル で あ る 。 こ の モ デ ル は 、 ア メ リ カ の ロ ッ ク ・ バ ン ド 、 Grateful Dead が 初 め て 形 作 っ た 方 法 で あ る た め 、 本 研 究 で は <Dead 型 モ デ ル >と 名 付 け た 。 <Dead 型 モ デ ル >は 、 実 践 し て い る ア ー テ ィ ス ト に よ っ て 多 少 の 差 は あ る も の の、以下の3点を網羅したモデルと定義できる。 1) ア ー テ ィ ス ト が レ コ ー ド 産 業 や マ ス メ デ ィ ア と 距 離 を 置 い た 活 動 を 展 開 している 2) 音 楽 活 動 の メ イ ン が 、 ラ イ ヴ で あ る 3) フ ァ ン が ラ イ ヴ 会 場 で 録 音 し た り 、 録 音 物 を 共 有 す る こ と を 認 め て い る な お 、 Grateful Dead は 1984 年 か ら こ の モ デ ル を 試 み て い る が 、 当 時 の 録音メディアはアナログのカセット・テープだった。また当時は、テープを< 交 換 >し 合 う こ と が 前 提 だ っ た た め 、 現 在 で も <テ ー プ ><ト レ ー ド >、 ま た そ れ ぞ れ の 方 針 を 、 <taping policy>, <trading policy> ( あ る い は 合 体 さ せ て 、 <taping-trading policy> ) と 呼 ぶ 慣 習 が 残 っ て い る 。 た だ < テ ー プ > に は CD-R な ど の デ ジ タ ル メ デ ィ ア も 含 ま れ 、し ば し ば <音 源 >と も 呼 ば れ る 。 ま た <ト レ ー ド >に は 交 換 だ け で な く 、 提 供 し た り 共 有 し た り す る 行 為 も 含 ま 5 れ る 。 ま た 録 音 を す る 人 を <テ ー パ ー (taper)>, テ ー プ の 交 換 や 共 有 を す る 人 を <ト レ ー ダ ー (trader)>と 呼 ぶ 。 本 稿 も こ れ に 倣 う こ と に す る 。 1.2.1 な ぜ <Dead 型 モ デ ル >か Grateful Dead は ラ イ ヴ の チ ケ ッ ト 代 か ら 年 平 均 5000 万 ド ル の 収 益 を 得 るに至り、結果的に「世界一のライヴバンド」と称されるまでの活躍を遂げた 成 功 事 例 で あ る 。 バ ン ド は 1995 年 に 活 動 を 終 え て い る が 、 現 在 <Dead 型 モ デ ル >を 継 承 し て い る ア ー テ ィ ス ト の 数 は 、 ア メ リ カ で 活 躍 し て い る ジ ャ ム バ ン ド 2 を 中 心 に 500 に 及 び 3 、そ れ ぞ れ が ラ イ ヴ の 動 員 数 を 延 ば し て い る た め 、 一つのバンドの突飛なサクセスストーリーと片付けることは出来ない。 ま た <Dead 型 モ デ ル >は レ コ ー ド 産 業 の 関 与 が 低 く 、自 律 分 散 的 な フ ァ ン ・ コミュニティーを特徴としている。インターネットの文化では今までの中央集 権的な組織構造や意思決定プロセスが見直され、相互扶助や自発的な個人の行 動が商品価値を高めたり、新たな価値を生み出すことが期待されているが、 <Dead 型 モ デ ル > を 研 究 す る こ と は 、 そ れ が 音 楽 の 分 野 で ど の よ う に ア プ ラ イできるかを探る手がかりになると期待される。 1.3 研 究 の 手 法 研 究 の 手 法 は 、 文 献 や ニ ュ ー ス 記 事 の 調 査 、 対 面 ・ e-mail イ ン タ ビ ュ ー 、 数多あるウェブサイトのリサーチやファン・コミュニティーの分析から成る。 特に筆者の友人のネットワークを活か し、実際にジャムバンドのライヴを体験したり、音楽の共有を行なったりして い る フ ァ ン へ の イ ン タ ビ ュ ー (1960 年 代 に 渡 米 し 、 リ ア ル タ イ ム に カ ウ ン タ ー ・ カ ル チ ャ ー を 経 験 し た 人 も 含 ま れ る )は 貴 重 な 資 料 と な っ た 。 本 研 究 か ら 伺 い 知 れ る と お り 、 <Dead 型 モ デ ル > を 採 用 し て い る 多 く の ア ーティストは、インターネットを見事に使いこなしている。ほとんどが内容の 濃い自分たちのウェブサイトを持ち、音楽のダウンロードやライヴのツアー告 知、チケット販売はもちろんのこと、バンドの歴史、自分たちの音楽哲学、ラ イヴ会場での録音ポリシーなどを明記している。またファンが自主的に立ち上 6 げ て い る コ ミ ュ ニ テ ィ ー サ イ ト も 膨 大 の 数 あ る 。 Grateful Dead に 関 し て は バンドの歴史が手にとるように分かる、詳細な辞書や歴史年表までもが完備さ れている。これらの資料は研究内容の足がかりとなり、研究を豊かで実りある ものにしてくれた。 ま た 筆 者 が 仲 間 と 運 営 す る ラ イ ヴ 音 源 配 信 サ イ ト cosmosmile 4 [www.cosmosmile.com] を 運 営 す る に あ た り 、 た び た び 感 じ る 著 作 権 法 制 度 の不自由さや時代遅れ感が、研究を推し進める大きな原動力となった。さらに ライヴを主軸とした活動を試みるアーティストや個人経営のレーベルオーナー などと交わした議論の数々から導き出された発見は、研究の論理展開を構築す る上で大いに役立った。 1.4 本 論 文 の 構 成 本稿では、以下の章立てと内容に沿って論を展開する。 第 2 章では、本研究に関する先行研究・文献のレビューを行い、それらと の対比、あるいは援用によって筆者の考えを整理し、その背景にある理論構造 を明確にしたい。 第 3章 第 5 章 ま で は <Dead 型 モ デ ル >の 事 例 分 析 で あ る 。 第 3 章 で は 、 <taping-trading policy>の 概 略 を 示 し た 上 で 、テ ー プ の 録 音 や交換がライヴのプロモーション、さらにファン・コミュニティーの形成やラ イ ヴ の 記 憶 の 共 有 プ ロ セ ス に ど の よ う な 影 響 を 与 え て い る か に 分 析 を 加 え 、結 果的にライヴの価値が高まるメカニズムを抽出する。またモデルの経済構造に 注 目 し 、 特 に ラ イ ヴ の 運 営 や CD 製 作 に か か る コ ス ト の 分 散 的 運 用 や <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >と の 併 用 の 実 体 に つ い て 検 証 す る 。 第 4 章 で は 、 <Dead 型 モ デ ル >で 生 じ て い る い く つ か の 課 題 を 取 り 上 げ 、 それに対してアーティストとファン・コミュニティーがいかに問題解決にあた っているかについて考察を加える。 第 5 章では、ファン・コミュニティーが社会に新しい価値をもたらしてい る現象を概観し、本 研究の結論へと導くことにする。 7 1.5 研 究 の 意 義 <Dead 型 モ デ ル > は 、 ほ こ ろ び が 出 て き た 従 来 の レ コ ー ド 産 業 の 収 益 モ デ ルの代替案として提示される、音楽の収益モデルである。と同時にインターネ ットを基盤にして、音楽を媒介に個人がつながり、新たなコミュニティーや社 会全体が豊かになる価値が生成されるメカニズムを示してくれるモデルでもあ る。そのメカニズムを注意深く観察し分析することは、今までの組織構造や法 律から脱する新しい視点と問題解決への勇気を与えてくれる。 著作権の環境整備に関する議論や新しい収益モデルの導入には、レコード 産業は積極的に関与しているものの、当のアーティストは不在の傾向がある。 多くのアーティストは純粋に音楽が作りたいだけで権利処理は他に任せている からであろうと考えられるが、この問題は、アーティスト自身が使いやすいよ うにデザインしていかなければならないのは当然で、アーティストのより積極 的な参加・主張を期待したい。 <Dead 型 モ デ ル > は 、 ラ イ ヴ 活 動 に 主 眼 を 置 い た 音 楽 活 動 を 試 み る ア ー テ ィストや、まだファンベースを確立していないアマチュアレベルのアーティス トにとって、今後考慮すべきモデルであることは間違いない。さらに、コピー よりもオリジナルな音楽の価値が一層高まるであろうインターネットの文化に おいて、どんなタイプのアーティストに対しても検討の余地がある収益モデル であると考えられる。 な お 、 <Dead 型 モ デ ル >は 日 本 で は ま だ あ ま り 注 目 さ れ て い な い た め 、「 イ ンディーズ系アーティストがプロモーション目的に行なっているだけだろう」 という印象を持たれる感があるかもしれない。しかしアメリカでは既に知名度 を 獲 得 し た 多 く の ア ー テ ィ ス ト ( ex. U2, Pearl Jam, Metallica な ど ) も 実 践しているものであり、インターネットの普及とともに確固たるムーヴメント を確立させている旨、付け加えておきたい。 8 第 2 章 先行研究の文献調査 本章では、本研究に関する先行研究・文献のレビューを行い、それらとの 対比、あるいは援用によって筆者の考えを整理し、その背景にある論理構造を 明確にすることを試みる。まず音楽とテクノロジーの関係に目を向けることか ら始め、著作権の概念やレコード産業の主たる収益モデルを明らかにする。 2.1 音 楽 /テ ク ノ ロ ジ ー /著 作 権 2.1.1 音 楽 と テ ク ノ ロ ジ ー 音楽の起源には諸説あるが、古代にはその時・場所に結びついた祈りや祭 事など土着的・宗教的意味合いを色濃く持っていたことは間違いない。まだ録 音 ・ 複 製 技 術 が 登 場 す る 以 前 の 時 代 に は 、「 音 楽 を 聴 き に 出 か け る と い う こ と は 、 気 分 を 浮 き 浮 き さ せ る よ う な 体 験 だ っ た に 違 い な い 。」 と 文 化 社 会 学 者 ザ ィ デ ル フ ェ ル ト (1986) が 述 べ る よ う に 、 音 楽 を 享 受 す る こ と は 非 日 常 的 な 特 別な体験だったと推測される。 1877 年 に エ ジ ソ ン が 蓄 音 機 を 発 明 し 20 世 紀 初 頭 に 録 音 ・ 複 製 技 術 が 完 成 すると、音楽はもっと身近で日常的なものへと豹変する。この頃に、大手レコ ー ド 会 社 (EMI, HMV, Victor, Columbia な ど ) が 世 界 各 地 で 次 々 と 設 立 さ れ 、 大衆に向けて音楽を世に送り出していくことになる。テクノロジーとレコード 産業は時間・空間の制約を越えて音楽を享受可能にしたのに加え、新しい音楽 形 態 も 生 み 出 す 。 例 を 挙 げ る と 、 1967 年 ロ ン ド ン の ア ビ ー ロ ー ド ス タ ジ オ で 700 時 間 か け て 制 作 さ れ た Beatles の ”Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band” は 、 テ ー プ 速 度 を 早 め た り ト ラ ッ ク を 重 ね 合 わ せ た り と い っ た 録 音 技 術を駆使し、録音芸術初期の最高峰とも言われる作品の一つとして、今なお世 界中で売れ続けている。 一 方 で 、 細 川 (1990) は 「 複 製 技 術 こ そ が 全 て の 音 楽 を 無 差 別 に ポ ピ ュ ラ ー 化[大衆化]した」と指摘する。音楽は複製技術によって、ベンヤミンのいう 「 ア ウ ラ = 霊 性 」、 つ ま り 、「〈 い ま 〉〈 こ こ 〉 で し か 体 験 で き な い こ と 」「 オ リ ジ ナ ル な ら で は の な に も の か 」 と い う 芸 術 性 を 剥 奪 さ れ 、「 散 漫 な 受 け 手 」 に 9 消費されるようになったのである。 2.1.2 音 楽 と 著 作 権 テクノロジーが音楽と密接に関わり影響を与えているように、著作権もま たテクノロジーと切っても切り離せない関係にあると言える。 著 作 権 の 歴 史 は 15 世 紀 半 ば の 活 版 印 刷 技 術 の 発 明 に 遡 り 、 音 楽 の 著 作 権 の 関 連 で 言 え ば 、楽 譜 を 記 し た 印 刷 物 を 生 産 す る 出 版 者 に 対 す る 保 護 か ら 始 ま る 。 そ の 後 、 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 で は 18 世 紀 か ら 19 世 紀 に か け て 著 作 権 の 立 法 が 進 め ら れ 、 日 本 で も 1899 年 「 著 作 権 法 」 が 制 定 さ れ 、 同 年 、 国 際 的 な 著 作 権 保 護 条 約 で あ る 「 ベ ル ヌ 条 約 」 に 加 盟 し て い る 5。 著 作 権 は「 権 利 の 束 」と 言 わ れ る よ う に 、複 数 の 権 利 に ま た が っ て い る 。「複 製 権 」「 録 音 権 」「 放 送 権 」「 貸 与 権 」「 演 奏 権 」 な ど で あ り 、 テ ク ノ ロ ジ ー の 発 展 と と も に 著 作 権 法 は 改 正 さ れ て き た 。 1997 年 に は イ ン タ ー ネ ッ ト の 普 及 に よ っ て 生 じ る 新 た な 利 用 形 態 に 対 応 す る た め 、「 公 衆 送 信 権 」 と 「 送 信 可 能 化 権」が追加されている。 また著作権法では著作物を創作した者に付与される著作権のほかに、著作隣 接 権 と い う 権 利 で 実 演 家 (ア ー テ ィ ス ト )、 レ コ ー ド 製 作 者 (レ コ ー ド 会 社 な ど )、 放送事業者など著作物を世の中に伝達する役割を担っている人達の権利も保護し て い る 。中 で も レ コ ー ド 製 作 者 は そ の レ コ ー ド を 複 製 す る 権 利 を 専 有 し て お り 、 この複製権を行使することによってレコード産業は主な収益をあげているので ある。 2.1.3 レ コ ー ド 産 業 の 収 益 モ デ ル 國 領 (2000)は 、 レ コ ー ド 産 業 の 収 益 モ デ ル の 典 型 例 は ( 1 ) コ ン テ ン ツ を 凍 結 ( 中 身 を 固 定 化 ) さ せ 、( 2 ) 凍 結 さ れ た 状 態 で 同 じ も の を 大 量 に 複 製 し つ つ 、( 3 ) 知 的 所 有 権 や コ ピ ー 防 護 技 術 で 各 コ ピ ー に 排 他 的 所 有 権 を 設 定 し パ ッ ケ ー ジ 化 し 、( 4 ) 一 パ ッ ケ ー ジ い く ら と い っ た 価 格 を 付 け 、 販 売 す る 方 10 式 と し 、 こ れ を <凍 結 パ ッ ケ ー ジ 型 モ デ ル >と 名 付 け て い る 。 近 年 で は デ ジ タ ル デ ー タ に よ る 楽 曲 の 切 り 売 り も 一 般 化 し て い る こ と か ら <パ ッ ケ ー ジ >と い う 言 葉 は 馴 染 ま な い た め 、 本 稿 で は <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >と 名 付 け る が 上 記 (1) (4)の 流 れ は 基 本 的 に 同 じ で あ る 。 つ ま り 、 流 通 さ れ る 音 楽 に 希 少 性 を 持たせ、音楽が複製・販売・使用されるたびに著作権を主張して製作費などの コストを回収する、というのがレコード産業の主な 収益モデルである。 2.1.4 レ コ ー ド 産 業 に 対 す る 批 判 <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >と そ れ を 担 う レ コ ー ド 産 業 は 、 た び た び 論 者 か ら の 批判の対象とされている。ポピュラー音楽産業の構造を分析した社会哲学者 Adorno(1941) は 、「 悪 魔 と し て の 音 楽 産 業 」 が 巨 大 な コ ン グ ロ マ リ ッ ト を 形 成 し 、「 芸 術 作 品 」 と し て の 音 楽 を 広 め る と い う よ り も 音 楽 を 「 商 品 」 と 捉 え た 権 利 ビ ジ ネ ス を 担 っ て い る 、 と 痛 烈 に 批 判 す る 。 ま た 名 和 ( 1996) は 「 現 在 の著作権法は、音楽ビジネス関係者(作曲・作詞家、演奏家、レコード会社、 放送事業者など)に権利や報酬を配分するための規範となっている。それは現 実には著作権ビジネスの関係者に対する利害調整システムとして存在している の で あ る 。」 と 述 べ て い る 。 ビ ジ ネ ス で あ る か ら 営 利 を 追 求 す る の は 当 然 で あ る 。 し か し JASRAC な ど の 著 作 権 管 理 団 体 6が 徴 収 す る 著 作 権 使 用 料 が ア ー テ ィ ス ト に 対 し て 正 当 に 分 配されるシステム体制を採用していないことを鑑みても、レコード会社を中心 とした音楽産業はその機能を充分に果たしているとは言い難い。 2.1.5 イ ン タ ー ネ ッ ト と <著 作 権 収 益 型 モ デ ル > 批 判 は あ っ た に せ よ 、 <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >は 情 報 を 複 製 す る に あ た っ て 固 定 費 が 大 き く 変 動 費 が 小 さ い 場 合 に は 優 れ て お り 、 音 楽 を レ コ ー ド や CD な どの媒体にのせて流通・販売させる場合には有効だったが、インターネットの 普及により状況は一変している。 インターネットはもともと米国が当時のソ連からの核攻撃に耐えうる軍事 目的の通信ネットワークとして開発されたという歴史的経緯があるにせよ、情 11 報の共有を理想とする研究者を中心に開発され、さらに多くの研究者やユーザ の意欲的でボランタリーな活動により、リベラルで誰に対してもオープンなネ ッ ト ワ ー ク を 作 ろ う と い う 哲 学 の も と に 発 展 を 遂 げ て い る 。村 井 (2002)が「 イ ンターネットの基盤を構築することは、グローバルな社会で、それぞれの自律 した個人が力を合わせて新しい価値が生み出される基盤を作ること。具体的に は 、 デ ジ タ ル 情 報 を 自 由 に 共 有 で き る 環 境 を 作 る こ と だ 。」 と 述 べ る と お り 7 、 インターネットは、個人が参加する自発的で相互扶助なネットワークとして、 情報の自由な共有を可能にする環境を提供する。 こ の よ う な 環 境 の 中 で 音 楽 の 排 他 的 独 占 に 依 拠 す る <著 作 権 収 益 型 モ デ ル > を貫徹し ようと規制を強めることは、インターネットの持つ最大の魅力を消費者から奪 う こ と を 意 味 す る 。 西 垣 (2000) が ナ プ ス タ ー 事 件 に 言 及 し て 「 贈 与 ・ 互 酬 経 済と市場経済とは、インターネット上でしばしば暴力的なほどの激しさでぶつ か る こ と が あ る 。」 と 指 摘 す る よ う に 、 レ コ ー ド 産 業 と 消 費 者 と の 間 に 大 き な 溝が出来てしまっているのである。 音楽を製作したアーティストがそれを提供するのに見合った報酬を得て、 次なる創造へのインセンティブを持続させるのは大切なことである。ただその こ と と < 著 作 権 収 益 型 モ デ ル >を 死 守 す る こ と は 同 義 で は な い し 、 個 人 に 与 え られた新しいテクノロジーの可能性を奪うことはあってはならない。音楽も、 それを創造したアーティストを守る著作権も、また音楽の収益モデルも常にテ ク ノ ロ ジ ー の 影 響 を 受 け て 変 化 し て き た 。 < 著 作 権 収 益 型 モ デ ル >を 押 し 通 す のではなく、インターネットの文化に適合した収益モデルを考え直す必要があ る。 2.2 音 楽 の 収 益 モ デ ル 音楽を含めた情報財の収益モデルに関してはいくつかの研究があるが、こ こ で は Dyson(1997) が 提 示 し た 情 報 財 の 価 値 を 収 益 に 結 び つ け る 11 の 基 本 的なモデルを示す。 (1) 定 期 購 読 12 (2) パ フ ォ ー マ ン ス (3) 知 的 サ ー ビ ス (4) 電 子 知 的 サ ー ビ ス (5) メ ン バ ー シ ッ プ ・ サ ー ビ ス (6) オ フ ラ イ ン 会 議 (7) 製 品 サ ポ ー ト (8) 派 生 商 品 (9) 広 告 (10)ス ポ ン サ ー シ ッ プ (11)複 製 販 売 こ の う ち (2) の パ フ ォ ー マ ン ス の モ デ ル を 本 研 究 の 対 象 に 設 定 す る 。 理 由 は 以 下 、 三 つ に 集 約 で き る 。 一 つ 目 は 、 Information.com の 記 者 Clinton Wilder が ” What does the Grateful Dead have to do with E-business? One word: Napster.” と 端 的 に 言 い 表 す よ う に 8、 音 楽 を 無 償 で 流 通 さ せ ラ イ ヴ の チ ケ ッ ト 代 か ら 収 益 を 上 げるモデルは、レコード産業や経済学者から注目されているからである。しか しその具体的なメカニズムの研究事例は稀であるため、実際にどれぐらいの効 果をあげているかを分析する意義は大きいと思われる。 二 つ 目 は 、 <Dead 型 モ デ ル >を 形 作 っ た Grateful Dead が 誕 生 し た 時 代 背 景 に 起 因 す る 。バ ン ド は 1965 年 ア メ リ カ・サ ン フ ラ ン シ ス コ で 結 成 さ れ た が 、 当時はベトナム反戦運動が活発で、支配的な体制や既存の価値観に反逆するヒ ッピー達の間でカウンターカルチャー(対抗文化)が芽生えていた。大型コン ピュータに対抗してパーソナルコンピュータが登場したのも同じ文化的土壌か らであり、バンドの哲学や音楽実践はインターネットの文化と密接な関係を持 っ て い る こ と が 予 測 さ れ る 9。 三 つ 目 の 理 由 は 、 <Dead 型 モ デ ル > は レ コ ー ド 産 業 の 関 与 が 低 く 、 自 律 分 散的なファン・コミュニティーを特徴としているからである。インターネット の文化では今までの中央集権的な組織構造や意思決定プロセスが見直され、相 互扶助や自発的な個人の行動が商品価値を高めたり、新たな価値を生み出した 13 り す る こ と が 期 待 さ れ て い る が 、 <Dead 型 モ デ ル >を 研 究 す る こ と は 、 そ れ が音楽の分野でもアプライできることを証明する手がかりになると期待される。 <Dead 型 モ デ ル > の 分 析 に 取 り か か る 前 に 、 コ ミ ュ ニ テ ィ ー と そ れ を 形 成 す る た め に 欠 か せ な い 自 発 性 と 情 報 の 動 向 、 ま た <Dead 型 モ デ ル >を 実 施 す る アーティストの音楽性との関連について、考察することにする。 2.3 自 発 性 と 情 報 の 動 向 2.3.1 自 発 性 の 回 復 西 垣 ( 2001) が 「 情 報 を 持 つ と は 、「 力 」 つ ま り 権 力 を 握 る こ と だ 」 と 指 摘 するとおり、インターネットにより個人が自由に情報の発信や共有ができるよ うになったことは、物事の進め方・決め方・伝え方・発生の仕方を根本から覆 し、重厚長大な企業組織や既存の社会関係を揺るがしている。また金子ら (1998) は 、 こ れ か ら の 社 会 で は 国 家 な ど の 中 央 集 権 的 な 従 来 の 権 威 に も と づ く圧力で諸々の問題解決に対応するのは不充分であるため、ボランタリーで自 発的に集まった個人同士がコミュニティーを形成し、協力してルールを作って いく必要性がある ことを説いている。 しかしこのような指摘はインターネットの普及が個人に「力」を「回復」 させてくれたために活発になっているというだけで、例えば伝統的な村社会な どの歴史的な共同体にも個人が協力し合いながら豊かな社会を形成していた様 子はいくらでも観察される。個人がヒエラルキーの構造に縛られることなくそ の 都 度 役 割 を 変 化 さ せ な が ら 活 動 し て い た 状 況 は 、 Grateful Dead の ボ ー カ ル 兼 ギ タ リ ス ト Jerry Garcia の 1971 年 に 行 な わ れ た イ ン タ ビ ュ ー か ら も 想 定 で き る 10 。( 注 : (括 弧 内 )は イ ン タ ビ ュ ア ー の 発 言 ) 「何人か人間がグループを作って、その中でメンバーの一人一人が機 能していくことの話になるけれど、僕達のグループでは、誰もが、そ の 時 々 に 応 じ て 、リ ー ダ ー に な る ん だ 。」 ( う ん 。) 「誰がどんなふうにリーダーになっていくかは、その時の状況による 14 ね 。」 ( そ う い う こ と に 関 し て は 、 あ な た は 経 験 が ゆ た か な わ け だ 。) 「そうなんだよ。メンバーの一人一人が持っている才能はそれぞれ違 っているし、僕達のグループのように完全に有機的で流動的な状況の 中 で は 、そ の 状 況 に も っ と も ふ さ わ し い 才 能 を 持 っ た 人 物 が 、 そ の 時 の リ ー ダ ー に な っ て い く 。」 ( 中 略 ) ( だ け ど 、 そ れ で い っ た い ど う や っ て ビ ジ ネ ス を や っ て い く ん だ い 。) 「 LOVE が あ ふ れ て る の さ 。」 LOVE と い う の は い さ さ か 情 緒 的 過 ぎ る と 受 け 取 ら れ る か も し れ な い が 、 要 は自発的に集まった人たちが決められた振る舞いをすることなく臨機応変に関 係性を築き上げ、諸問題にクリエイティブに対応しながら活動を続けていたと いうことになる。 金 子 ら ( 1998) は 自 発 性 の 起 源 は 生 命 の 本 質 に ま で 遡 る こ と が で き る も の だが、近代国家においては「自発性を封印するしくみ」が出来上がってしまっ た 、 と 説 い て い る の が 興 味 深 い 。 イ ン タ ー ネ ッ ト は 、 <生 産 者 − 消 費 者 >な ど といった固定された役割や関係性から個人を開放し、個人に自発性を発揮する ことを「思い出す」機会を与えてくれているとも言えるだろう。 2.3.2 情 報 の 動 向 さ ら に 金 子 ら ( 1998) は 、 個 人 が 自 発 的 に つ な が っ て 形 成 さ れ た コ ミ ュ ニ ティー内を情報が 自由に動き回り編集されていくことにより、新たなルールや価値が自然発生的 に創出されると 指 摘 し て い る 。 以 下 情 報 の 動 向 に お け る 5 段 階 の ス テ ッ プ 、 <自 発 的 参 加 >< 情 報 供 出 ><関 係 変 化 ><編 集 共 有 ><意 味 創 発 >を 引 用 す る 。 (1) <自 発 的 参 加 > まずは、人々が自発的に集まってくる。それがコミュニティーの端緒 を作る。 15 (2) <情 報 供 出 > そ の 集 ま っ た 各 人 が 、 ”サ ム シ ン グ ” を も ち よ り 、 情 報 を 提 供 し 、 交 換 する。 (3) <関 係 変 化 > そのことでコミュニティーの何かが変化し、新しい関係性が出現する。 それまで互いを知らなかったり、対立していたり、睨みあっていた組 織や個人が、そこで新しい編集関係を結んでいく。 (4) <編 集 共 有 > や が て 何 ら か の 具 体 的 成 果 が 上 が り 、 参 加 者 が 、 ”あ る 方 法 ”を 共 有 し ていたことに気がついていく。 (5) <意 味 創 発 > それによって各人は未知の意味を発見し、また新たな動向が次々に誘 発されてい く。 無論、コミュニティーを重視するということは経済活動を排除するという 意味ではない。重要なのは、強制力を伴った組織が意図的にコミュニティーを 作ろうとしても効果は期待できず、個人の自発的なモチベーションが結集され 情 報 を 持 ち 寄 っ た 時 に こ そ 、コ ミ ュ ニ テ ィ ー が 形 成 さ れ て い く 萌 芽 が 生 ま れ る 、 とい うこ とで ある 。コミ ュニ ティ ーで 新たな 価値 が生 まれれ ば、それ が経 済価 値 に 還 元 さ れ る 可 能 性 は 充 分 あ る 。 Linux 11 に 代 表 さ れ る よ う に 自 発 的 な コ ミ ュ ニ テ ィ ー か ら 発 展 し た ビ ジ ネ ス 形 態 が 好 例 で あ る 。 國 領 (2000) は 「 ビ ジ ネ ス の 役 割 は 、コ ミ ュ ニ テ ィ ー が 構 成 員 の イ ン プ ッ ト に よ っ て 生 ん だ 編 集 価 値 を 、 経済的な価値に変換(バリュー・コンパイリング)すること」であるとし、二 つの世界が対立することなく、相互補完的に栄えるための役割分担を担う必要 性があることを提示している。 2.4 イ ン プ ロ ビ ゼ ー シ ョ ン の 音 楽 <Dead 型 モ デ ル > を 実 践 す る ア ー テ ィ ス ト の 音 楽 性 に つ い て も 、 コ ミ ュ ニ ティーの観点から考察を加えてみよう。 <Dead 型 モ デ ル >の ア ー テ ィ ス ト は 、 お も に <ジ ャ ム バ ン ド 12 >と 呼 ば れ る 16 音楽シーンに属し、近年アメリカを中心に活躍し、世界へも飛び火して俄かに 注 目 を 集 め て い る 。ジ ャ ム バ ン ド と は 、ラ イ ヴ 演 奏 に お い て ジ ャ ム セ ッ シ ョ ン 、 すなわち即興演奏を行うバンドである。ジャンルは、ジャズ系、ファンク系、 ロック系、フォーク系、ブルーグラス系、テクノ・トランス系と多岐に渡り、 様々なバックグランドがクロスオーバーしているため、音楽的にカテゴライズ することは意味をなさないが、音楽活動の真髄をライヴにおいていることは共 通 し て い る 。 代 表 的 な バ ン ド に 、 Phish, moe., Widespread Panic, String Cheese Incident な ど が 挙 げ ら れ る 。 本 稿 で は <Dead 型 モ デ ル >を 実 践 す る ア ー テ ィ ス ト を 、 <ジ ャ ム バ ン ド >な い し は <バ ン ド >と 呼 ぶ こ と と す る 。 ジャムバンドには大抵リーダー的存在の中心人物が存在するものの、一人 が主導権を握って目立ったり、メインの演奏者としてもてはやされることは少 ない。演奏曲目の順番や大まかなフレーズ、コード進行に関してはメンバー間 で事前に話し合いがもたれ決定される。しかしステージでは、各メンバーがお 互 い の 演 奏 に 注 意 深 く 耳 を 傾 け 、そ れ に 呼 応 す る 形 で 自 分 の パ ー ト を 演 奏 す る 。 各メンバーは自分のテンションやコンディションに加え、会場の雰囲気、客の 反応、天気などに影響を受けるため演奏は毎回異なるものとなる。しかしライ ヴの構成全体については全員が共通するビジョンと責任感を持っているため、 唯一無二のハーモニーが紡ぎ出されるのである。 指揮者が演奏の主導権を握るのが一般的なオーケストラのシーンでも、同 じ よ う な グ ル ー プ が 存 在 す る 。 26 人 の 演 奏 者 で 構 成 さ れ る ニ ュ ー ヨ ー ク の オ ルフェウス室内管弦楽団は「指揮者のいないオーケストラ」として有名である が、その演奏は「正確さと統一感は、尊敬に値するだけでなく不思議でさえあ る」と高く評価されている。チェロ奏者であり主宰者のジュリアン・ファイフ ァーは以下のように語る。 「我々は楽団団体ありきではなく、個々のミュージシャンから始めている。 それぞれの演奏家がインスピレーションの源です。オルフェウスの主なる目的 は、すべてのメンバーが自分の声や意見が尊重され、実際に演奏に反映させる こ と が で き る 環 境 を 提 供 す る こ と で す 。」 ジャムバンドやオルフェウスでは、その時々に応じて各メンバーが主人公に なったり、脇役になったり、関係が自由自在に変化する。各メンバーはここぞ と い う 出 番 の 時 は 前 に 出 る が 、相 手 が ノ ッ テ い る 時 に は ス テ ー ジ を 譲 る 。 主 張 17 しあっているようで、実は他のメンバーの出す音を良く聴き、お互いのインス ピレーションや自発的な意志を尊重しあっている。息がぴったりと合った演 奏は、メンバー同士がお互いのスタイルや性格までをも熟知し、お互いに信頼 関係で結ばれているからこそ成立する。自由なスタイルを追求する彼らの音楽 は 、豊 か な コ ミ ュ ニ テ ィ ー 内 が 作 り 上 げ る コ ラ ボ レ ー シ ョ ン の 賜 物 な の で あ る 。 本 章 で あげ た 先 行 研 究と 文 献 調 査 を踏 ま え 、第 3 章 か ら 5 章 にお い て 、 <Dead 型 モ デ ル >の メ カ ニ ズ ム を 明 ら か に す る こ と を 試 み る 。Grateful Dead の Jerry Garcia の イ ン タ ビ ュ ー を 再 度 引 用 し 、 本 章 の 締 め く く り と す る 13 。 「人がたくさん集まって一緒に何かやっていくという、古典的な問題に僕たち は取り組んでいるわけだ。構造とか組織とか、ヒューマン・ダイナミックスみ たいなことだね。いつもいろんな人たちが、様々なレヴェルで考えている問題 だ よ 。( 中 略 ) 自 分 た ち の や っ て い る こ と に 対 す る 興 味 だ け で 、 組 織 が 続 い て いくかどうか。僕たちのやってきたことが成功だったかどうかは、僕たちが死 んでしまった後に、やっと分かるんじゃないかな。歴史的な立場というものが 手 に 入 っ て 、 そ の 上 に 立 っ て 振 り 返 っ て み て 始 め て 、 は っ き り す る と 思 う 。」 18 第 3 章 <Dead 型 モ デ ル >の コ ミ ュ ニ テ ィ ー と 経 済 構 造 本 章 で は 、 < De a d 型 モ デ ル > が ど の よ う な メ カ ニ ズ ム で 機 能 し て い る か を 分 析 す る た め 、 ま ず ジ ャ ム バ ン ド の 運 営 哲 学 と < ta p in g -tra d in g p o lic y > と 呼 ば れ る 方 針 を 明 ら か に す る 。 そ の 上 で 、 二 つ の ポリシーによるプロモーション効果を測定し、さらにポリシーがファン・コミュニティーの形成や ラ イ ヴ の 記 憶 を 共 有 す る こ と に ど の よ う な 影 響 を 与 え て い る か に 分 析 を 加 え 、結 果 的 に ラ イ ヴ の 価 値が高まるメカニズムを抽出することにする。 3.1 ジ ャ ム バ ン ド と 理 念 3.1.1 運 営 哲 学 ジャムバンドは独立志向が高いのが特徴的で、マネージメントオフィスや レコードレーベルの設立、チケット販売、ツアーのプロモーションなどを極力 自分達で手がけ、レコード産業や大手メディアやイベントプロモーターとは常 に距離を置いた活動を試みる。メジャー志向はなく、レコード産業の早いサイ クルとは決定的に違うアプローチで息の長いバンド活動を目指す。 ジ ャ ム バ ン ド は ラ イ ヴ を 重 視 し た 音 楽 活 動 を 展 開 し 、 年 間 200 本 以 上 の ラ イ ヴ を こ な す バ ン ド も あ る 。 こ の こ と は 、 ラ イ ヴ を CD の 売 上 上 昇 を 目 指 す た めのプロモーションやファンサービスとして位置付ける、メインストリームの アーティストとは対照的である。即興演奏を基調としたライヴは二度と再現で きないリアルな音楽体験であり、多くのリピーターを創出する程にファンを魅 了している。 こ の よ う な ス タ イ ル は 、ジ ャ ム バ ン ド の 先 駆 け Grateful Dead が 誕 生 し た 時 代 背 景 や バ ン ド の 哲 学 に 感 化 さ れ て い る と こ ろ が 大 き い 。 Grateful Dead は ア ルタナティブな価値観を追求するカウンター・カルチャー(対抗文化)を土壌 として生まれたバンドであることは先に述べた。バンドはレコード会社と契約 し て ス タ ジ オ 版 の ア ル バ ム も 発 売 し た が 、 1995 年 に 活 動 を 終 え る ま で の 30 年 間 、 一 貫 し て 「 い ま 」「 こ こ 」 の 音 楽 体 験 を 大 切 に す る ラ イ ヴ バ ン ド で あ り 続 け 、 合 計 2300 回 以 上 も の ラ イ ヴ を 国 内 外 で 開 催 し て い る 。 19 Jerry Garcia は レ コ ー ド の 製 作 と ラ イ ヴ の 関 連 に 関 し て 、 以 下 の よ う に 語 っ て い る 14 。 (レ コ ー ド を 作 ろ う と 決 意 す る の は 、 ど う い う 時 な の で す か ? ) 「 コ ン サ ー ト を 続 け て い る と 、や が て 、レ コ ー ド を 作 る 時 期 が や っ て く る の だ 。 だけど、僕達がステージで出すサウンドをスタジオで出すことは、僕達には出 来ないということは、分かっている。とにかく、出来ないんだ。一度だって出 来 た た め し が な い 。」 (レ コ ー ド を つ く る 時 期 が 、 な ぜ 、 や っ て く る の だ ろ う 。 ) 「契約があるからだ。しかし、レコード作りの動機として、契約は、部分的な 動機でしかない。レコード会社の意のままに動かなくてはいけない程に契約で がんじがらめに縛られているようなことはない。でも一年に一度くらい、自分 の 考 え を ま と め る た め に も 、レ コ ー ド を 作 る の は い い こ と だ と 僕 は 思 っ て い る 。 年 次 報 告 み た い な も の だ 。」 ジ ャ ム バ ン ド は 、 Grateful Dead の 音 楽 や 極 力 イ ン デ ィ ペ ン デ ン ト で い る こ との姿勢を引き継いでいるものと思われる。ただバンドやそのファンに、ヒッ ピー的な雰囲気や反体制的な思想があるとは限らない。既存のビジネスともう まく関係を保ちつつ、クリエイティヴでオリジナルな活動を展開させていると 解釈するのが妥当であろう。 3.1.2 <taping-trading policy> ジャムバンドの特徴でもあり、彼らの音楽活動を支えているユニークなポ リ シ ー が 、ラ イ ヴ の 録 音 と 、録 音 物 の 共 有 の 自 由 、つ ま り <taping policy> と <trading policy>で あ る 。 以 下 、 二 つ の ポ リ シ ー に つ い て 、説 明 を 加 え る 。 <taping policy> 通 常 、 <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >に 分 類 さ れ る ア ー テ ィ ス ト の ラ イ ヴ や コ ン サ ー ト の フ ラ イ ヤ ー に は 次 の よ う な 注 意 事 項 が 明 記 さ れ て い る 。「 イ ベ ン ト 公 演 中テープレコーダーでの録音や、カメラ、ビデオカメラでの撮影は一切お断り し ま す 。」 つ ま り 録 音 権 ・ 録 画 権 は ア ー テ ィ ス ト ( 実 演 家 )、 な い し は ア ー テ ィストが権利を譲渡している場合はレコード会社の保持する権利であり、侵害 するようなことがあってはならない、ということだ。仮にアーティスト自身が 20 録音を認めても、レコード会社との契約上、無理な場合も多い。 ジャムバンドの場合は契約や一般常識に縛られることはない。ウェブサイ ト に は 、 <taping policy > と し て 、 音 声 以 外 に も ビ デ オ 撮 影 は 許 可 し て い る か 、 <taper's ticket > と 呼 ば れ る 特 別 の チ ケ ッ ト ( 普 通 の チ ケ ッ ト と 同 額 ) が 必 要 か、それとも先着順かなどの細かい記載がある。録音機材を持ち込んでも入場 の際に警備員に追い返される事のないよう、事前にバンドが会場側と話をつけ るなど、スムーズに録音ができるよう最大限の配慮も怠っていない。 <trading policy> 「個人的な範囲を超える使用目的で複製すること、また、ネットワーク等 を 通 じ て こ の CD に 収 録 さ れ た 音 を 送 信 で き る 状 態 に す る こ と は 、 著 作 権 法 で 禁 じ ら れ て い ま す 。」 こ れ は 市 販 の CD に は 必 ず 見 ら れ る 記 載 で 、 レ コ ー ド 会 社の主な収益源として機能する複製権、またインターネットで音楽を配信する 際 の 権 利 で あ る 公 衆 送 信 権 を 保 護 し て い る 。 CD の 楽 曲 を コ ン ピ ュ ー タ に 取 り 込み、インターネットなどで流通させるのは誰でも簡単にできることだが、毎 回許可を申請する必要があり、事実上不可能な行為である。 それに比べてジャムバンドの場合は、ライヴ音源をダウンロードできるよ う に し た り 、 P2P 型 ア プ リ ケ ー シ ョ ン を 使 っ て 交 換 し た り す る の も 全 く 自 由 で あ る 。 ウ ェ ブ サ イ ト に は 、 <taping policy> と 同 様 、 <trading policy>と 呼 ば れ る 方 針 が 明 確 に さ れ て お り 、 allow, permit, encourage, spread the word な ど の 言 葉 が並ぶ。 <著 作 権 の 捉 え 方 > ジ ャ ム バ ン ド は 、 テ ー プ の 著 作 権 は あ く ま で も バ ン ド に 帰 属 し て お り 、 <All rights reserved> と い う ス タ ン ス を 明 確 に し て い る 。 テ ー プ の や り 取 り に 関 し て 一 切 の 金 銭 取 引 が あ っ て は な ら な い と し て お り 、 た い て い <noncommercial only>と ひ と き わ 目 立 つ 文 字 で サ イ ト に 記 載 が あ る 。 も し 違 反 が あ っ た 場 合 は 、 即 座 に <taping-trading policy> を 撤 回 す る と 強 い 口 調 で 警 告しているものもいれば、以下のようなフレンドリーな記述も見受けられる。 21 Please remember that music is a magic we all share, be fair and nice to your fellow traders and to us and we will all make this world a better place! 一般的に、著作権については「うるさく言わない」というのが通説のよう である。つまり、その時その場でしか体験できず、複製・流通することができ ないライヴという場や音楽体験の提供で利益を上げているため、さほどシビア にならなくても済むということであろう。インターネット上の違反行為を取り 締まるよりも、ライヴ会場にチケット無しで侵入を試みる客を見張る方が、断 然 簡 単 で あ る 。 Grateful Dead の 作 詞 家 で 、 電 子 フ ロ ン テ ィ ア 財 団 15 (Electronic Frontier Foundation)の 共 同 設 立 者 、 John Perry Barlow は 、 「 存 在 自 体 で 著 作 権 が 守 れ る 」 と コ メ ン ト し て い る 16 。 The fact is, no one but the Grateful Dead can perform a Grateful Dead song, so if you want the experience and not its thin projection, you have to buy a ticket from us. In other words, our intellectual property protection derives from our being the only real-time source of it. 3.2 プ ロ モ ー シ ョ ン 効 果 <taping-trading policy> に よ っ て 録 音 ・ ト レ ー ド さ れ る テ ー プ が 、 バ ン ドのプロモーションとして役立つのは明らかである。ファンによりテープが無 料で製作・流通されるという意味で、コストパフォーマンスにおいても優れて い る 。 ジ ョ ー ジ ア 州 出 身 の バ ン ド 、 Widespread Panic 17 の メ ン バ ー は 自 分 達 の音楽が自然派生的にアメリカ全土に広まっていっていく様子を次のように語 っている。 "After a few years, when we finally crossed the Mississippi through the Rockies and beyond we were delighted to discover that these tapes had already found their way out to the west coast through the grapevine. We thought that this was a great means of advertising ourselves, so to speak, as we traveled into 22 new territory. This way, folks had a chance to listen to the real sound of the band even if they had never seen a show before." 「 MTV に 出 演 す る よ り も 、 気 移 り し な い 忠 実 な フ ァ ン が 獲 得 で き る 」 と い うバンドも多く、またバンドのオープンでフレンドリーな態度がファンに提示 できるということも、バンドがこのポリシーを打ち出すモチベーションの一つ である。 3.3 コ ミ ュ ニ テ ィ ー の 形 成 ライヴを録音したテープは、ライヴの宣伝効果につながるだけではない。 テ ー プ を 媒 介 に し て 、バ ン ド と フ ァ ン 、 ま た フ ァ ン 同 士 の 横 の つ な が り が 確 保 されるという点で重要な意味を持つ。ファンは自発的にテープの録音やトレー ドに参加し、独自のルールを構築し、このことが豊かなファンのコミュニティ ー を 形 成 し て い く 。 以 下 、 <コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン >と < 自 発 性 の 連 鎖 > と い う 二 つ の 観 点 か ら <taping-trading policy> の 効 果 を 検 証 し 、 <Dead 型 モ デ ル > が機能するコアとなるファン・コミュニティー形成にどのような影響をもたら しているかについて、考察を加える。 3.3.1 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン コミュニケーションは、テープの録音と共有が行なわれるプロセスにおい て、以下三つのレベルで行なわれる。 <band と taper> 通 常 、 ア ー テ ィ ス ト の 知 名 度 が 高 く な る に つ れ 、「 ス タ ー 」 に な っ た ア ー テ ィ ス ト と フ ァ ン の 距 離 は 広 が っ て い く 。 <Dead 型 モ デ ル > の 場 合 は 、 テ ー パ ーが円滑に録音作業ができるよう、バンドメンバーやスタッフ(たいていの場 合、バンドのサウンドマン)とコミュニケーションを取ることが、どうしても 必 要 に な っ て く る 。 そ こ で 各 バ ン ド の <taping policy>に は 以 下 の よ う に サ ウ ン ド マ ン の 個 人 名 が 記 さ れ 18 、 現 場 で ス ム ー ズ に コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が 図 れ る ような工夫がなされている。 23 Talk to our soundman Phil about getting a soundboard feed and power. 電源の確保やライヴの演奏時間など様々なインフォメーションを交換する ため、テーパーとサウンドマンが密に連携を取り合い、バンドとテーパーとの つながりが確保される。 <taper と taper> テーパーは録音現場にて場所を譲り合ったり、テープやバッテリーの不足 の際はお互い助け合うことが求められる。テーパーは音楽一般に関する知識に 富み、バンドの情報交換や録音機材の「おたく話」をしたり、テーパー同士で 自 慢 の テ ー プ の コ レ ク シ ョ ン を 交 換 し 合 っ た り す る 。 <ト レ ー デ ィ ン グ ・ カ ー ド >に も 似 た この現象により、テーパー同士の交流が活発になり、ボンドが深まっていく。 <taper と trader, trader と trader> テーパーの中には、交換するテープを持っていない一般のトレーダーやフ ァンにもテープを提供する親切なテーパーも存在する。ライヴは通常 2 時間 以上に渡るため、データファイルを圧縮してダウンロードするのには数時間か か る 。 最 近 で は オ ン ラ イ ン ・ ト レ ー ド も 増 え て き て い る と は い え 、切 手 付 き の 返 信 用 封 筒 に 空 テ ー プ を 入 れ て や り と り す る 、 <Blank and Postage (B&P) > というルールに基づいたアナログ方法での交換作業も健在である。これは、ト レード専用掲示板でテーパー(やトレーダー)がテープをコピーする旨オファ ー を 出 す と 、 そ れ を 欲 し い フ ァ ン が <B&P>に て ト レ ー ド し て も ら う と い う 方 法 で 、ト レ ー ダ ー 同 士 が メ ー ル や 手 紙 、 電 話 で コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 図 っ て い る。 以上のように、テープの生産・流通プロセスにおいては幾層ものレベルで直接・間接的にコミュ ニ ケ ー シ ョ ン が 誘 発 さ れ 、 テ ー プ の 拡 散 と と も に フ ァ ン の 輪 が 広 が っ て い く 。 そ の 過 程 で は < ta p e r c o m m u n ity >< tra d e r c o m m u n ity > の よ う な 独 自 の 趣 味 を 共 有 す る コ ミ ュ ニ テ ィ ー が 形 成 さ れ 、 ハ ブ と な る 人 が 現 れ て 、コ ミ ュ ニ テ ィ ー 同 士 を 繋 げ て い る 。レ コ ー ド 会 社 が プ ロ モ ー シ ョ ン 効 果 を 狙 い 、 スタジオ録音された音源を自社サイトからダウンロードできるように環境を整備すれば便利ではあ るが、ファン同士の横のつながりは望めずコミュニティーが成熟することも期待できない。 24 3.3.2 自 発 性 の 連 鎖 テープトレードの過程では、自発性の連鎖とも言える現象が起こっている。 Mauss(1923) が 「 誰 か か ら 何 か を も ら う と い う こ と は 、 そ の 者 の 霊 の 一 部 を もらうことである」というように、テープをもらうことはそのもの以上に、送 っ た 側 の「 な に か の 力 」を 受 け 取 っ て い る 様 子 が 見 て 取 れ る 。中 沢 (2003)は 、 そ の 「 な に か の 力 」 を 「 信 頼 」「 友 情 」「 愛 情 」「 威 信 」 と 表 現 し 、 そ の 力 は 流 動的で連続性を持っていると指摘している。実体はないが、テープと一緒につ いて回る「生命的な力」が、テープトレードの過程において連鎖的に作用して いると言える。 こ の よ う な 自 発 的 な 行 為 が 連 鎖 す る 大 元 を 理 解 す る た め に 、 Grateful Dead が録音を許可した経緯、さらにトレードが始まった経緯に目を向けることにす る。 <テ ー パ ー の 自 発 性 へ > Gra te fu l De a d が 録 音 を 正 式 に 認 め た の は 1 9 8 4 年 で あ る 込むテーパー 19 。その頃にはこっそり録音機材を持ち の 数 が 増 え 、 マ イ ク が 客 の 邪 魔 に な っ て い た こ と か ら 、 Grateful Dead の メ ン バ ー 間 で 処 置 に 対 す る 話 し 合 い が も た れ た 。 ス テ ィ ー ブ ・ マ ラ カ ス ( Grateful Dead Ticket Sales 担 当 ) は 当 時 の 様 子 を 以 下 の よ う に 語 っ て い る 20 。 「サウンドボードでヒーリィ(筆者注:サウンドマン)のすぐ側に立つじゃ ないか。そしたらマイクスタンドのおかげで、文字通りステージが見えやし ないんだ。それに指定席の会場でチケットを持った人が自分の席に行くと、 そこにはテーパーがマイクをセットしてるんだ。そうした騒動にデッドが怒 っ て し ま っ て ね 。 だ か ら 僕 が こ う 言 っ た ん だ 。『 や つ ら を サ ウ ン ド ボ ー ド の 後ろに追いやってしまおうよ』ってね。その時までサウンドボードの後方の 席は販売したことがなかったんだ。みんなはテーパーの席には5ドル上乗せ すれば良いんじゃないかといってたけど、僕はそれには反対したよ。そして 試験的にやってみたんだよ。結果は大当たりだったね」 この証言からも分かるとおり、ライヴの録音はバンドが積極的に奨励したわけでは 25 な い 。 テ ー パ ー の 熱 意 を つ ぶ す こ と な く 、「 や り た い 人 は 客 の 迷 惑 に な ら な い ように、ご自由にどう ぞ」というはからいをしたまでだった。この寛容な方針が、録音という純粋な 趣味をまっとうできる場をテーパーに保証し、自発的に録音を試みる熱心なテ ーパーを生み出したのである。 Be lk (1 9 9 5 ) は コ レ ク タ ー の 心 理 一 般 に つ い て 以 下 の よ う に 考 察 し 、 消 費 社 会 で は 金 銭 取 引 が 介 在 する仕事ではなく趣味において、人々の自発性が発揮されることを指摘している。 “ We m a y h a v e lo st c o n ta c t with th e p ro d u c t o f o u r la b o r in th e wo rk sp a c e , b u t in c o lle c tin g we a re in to ta l c o n tro l o f o u r tim e a n d to ta lly in p o sse ssio n o f th e c o lle c tio n we c re a te . Be c a u se h o b b ie s a re o fte n se e n a s b e in g c lo se to wo rk th a n le isu re , th e y p ro v id e a g u ilt-fre e a c tiv ity th a t su p p o rts th e wo rk e th ic a n d o ffe rs m o re se lf-c o n tro l a n d re wa rd th a n a c o rp o ra te o f fa c to ry c a re e r. ” 録音作業は機材を買い揃え、不備がないかどうか事前準備を完璧にして臨まねばならず、ライヴ の最初から最後までマイクを持って突っ立っていなければならない重労働である。それにも関わら ず仕事の休暇を取ってまで海外のツアーに同行するテーパーもいるぐらいである。何にも制約され ることなく、自分がしたいことを堂々とできるという環境が、テーパーの情熱と、ライヴの音源を 保 存 す る と 言 っ た 忠 誠 心 を 支 え て い る と 言 え る 。 Grateful 以下のように語っている 21 Dead の テ ー パ ー の 一 人 は 、 。 「テープに録音するってことは誰にでもお薦めってわけじゃない。良いマ イクを買うだけで2 2 3百ドルは必要だろうし、本当に良いものになると 3千ドルはかかるんだ。金だって時間だってかかるし、時には本当に 単調なこともあるさ。でもその結果生み出されたものは、素晴らしい魔法 のようなショーを残し、それを何年にも渡っていろんな人と分け合えるん だ。実に価値のあることだと思わないか?」 <ト レ ー ダ ー の 自 発 性 へ > <trading policy>に 関 し て も 、 バ ン ド が 積 極 的 に 奨 励 し て 作 っ た ル ー ル で はな い 。 テ ー プ の 交 換 は テ ー パ ー 内 だ け で 密 か に 行 な わ れ る 趣 味 だ っ た が 、 1990 26 年テーパーの一人が、交換するテープがないファンにもテープを分けてあげよ うと考えたことにより、テープ交換が一般化し、広くテープが流通されるよう になったのである。 難 波 (2 0 0 0 ) は 、 Gra te fu l De a d の 日 本 メ ー リ ン グ リ ス ト ” J ヘ ッ ズ ” で 交 換 さ れ て い る メ ー ル の 中 から、メンバーによる以下のような投稿を紹介している。 A 氏 「 テ ー プ ト レ ー ド か ら は 、『 コ レ ク シ ョ ン を 増 や す 』 っ て こ と よ り も 先 に 多 く の 方 か ら 『 シ ェ ア ー す る 心 』 を 教 え て も ら い ま し た 。 …も ち ろ ん 『 テ ー ピ ン グ を 許 し た ミ ュ ー ジ シ ャ ン の ハ ー ト』を伝えるためにも『テープツリー 22 』 は 最 良 の 方 法 だ と 私 は 思 う の で す 。」 H 氏 「 テ ー プ な ど は い わ ば 触 媒 で し て 、 目 的 の 全 て で は あ り ま せ ん 。 …自 然 の 多 い 地 域 に お 住 ま い で 、 テ ー プ と 交 換 で ク ワ ガ タ 虫 を つ か ま え て 送 っ て あ げ た と い う 方 を 私 は 知 っ て い ま す 。( こ の ML 参 加 者 で す )。 ブ ラ ン ク テ ー プ を 送 れ ば い い だ ろ う と い う 安 易 な 発 想 を 相 手 に 押 し つ け る ことなく、お互いの立場を生かし、お互いに想像力豊かな発想をし、お互いの意向を尊重し、お 互 い の 心 が 満 足 し た こ の ト レ ー ド は 、 あ る 種 、 美 談 で あ る と 信 じ て い ま す 。」 郵便でのやりとりに限らず、それぞれが出せるものを出し合ってテープの 全体の循環をスムーズにしていくことに協力する態度は、インターネット上で のファイル共有に際しても、同じである。テープ・トレードの中心的サイトで ボ ラ ン テ ィ ア に よ っ て 運 営 さ れ て い る etree.org[www.etree.org] で は 、 ラ イ ヴ 音 源 を 交 換 す る た め に 250 の FTP サ ー バ ー が 稼 動 し て お り 、 ト レ ー ダ ー 間でネットワーク・リソースを分散させている。コミュニティーに対する愛着 があるので、自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう、という受身の姿 勢 で は な く 、積 極 性 が あ り 行 動 も 素 早 い 。バ ン ド が 録 音 を 許 可 し た こ と に よ り 、 テーパーへ、さらにトレーダーへと自発性が連鎖し、その場に応じて独自のル ールを作ったり問題に対処したりしながら、テープの生産・流通プロセスに個 人が生き生きと関わっている様子が見て取れる。 金 子 (1992) は 、「 つ な が り 」 を つ け よ う と す る 相 手 と 自 分 の 関 係 を 直 接 的 な 利害関係や、組織の中の上下関係、さらに年下年上などという平面で切り取る のではなく すべての可能性を潜在的に含んでいる「球体」として捉える必要性を説いてい 27 る。つまり、バンドもトレーダーも、自分から行動することにより「テープを 売 ら れ て し ま う 」「 返 信 封 筒 を 送 っ て も 、 テ ー プ が 送 ら れ て こ な い 」 と い う よ うに、相手に裏切られる可能性も否定できず、弱い立場に立たざるを得ない。 しかし、相手を信頼し勇気をもって自発的に行動して相手のプラスのフィード バックが得られると、達成感や連帯感が増し、バンドを中心としたファンの豊 かなコミュニティーが形成されていくのである。 多くのバンドは、自分達のオフィシャルサイトにて、いくつかのライヴ音源がダウンロードでき るよう配慮しているにせよ、全てがダウンロードできるような体制はあえて取っていない。これは ファン同士がテープを交換し合う事によりコミュニケ−ションが活性化されるという事実を、バン ド 自 身 が 認 識 し て い る か ら だ と 思 わ れ る 。< De a d 型 モ デ ル > に お け る コ ミ ュ ニ テ ィ ー の 成 り 立 ち は 、 人や音楽や情報の流れを管理する中央の組織があっては起こり得ない。強制的なルールや組織がな いからこそ、個人が自由に動き回ってコミュニケーションをし、お互いの知恵を持ち寄り、その場 の状況に応じて協力し合いながら信頼し合える関係性を構築しているのである。ファンは自分たち の こ と fa m ily と 呼 ぶ な ど 、 精 神 性 ま で 共 有 し た 独 特 の 共 同 体 意 識 を 持 ち 、 他 の 音 楽 シ ー ン に は 見 ら れない特別なカルチャーを形成しているのである。 3.4 記 憶 の 共 有 と ラ イ ヴ テープはファン・コミュニティーを根底でつなぎとめ豊かにしてくれるために機能する と同時に、ライヴの瞬間を記録し、そこに居合わせた人達の記憶を共有するツールでもあ る。ここでは「記憶」というキーワードをもとに考察し、ライヴに人が誘導されるまでの 過程を明らかにしたい。 3.4.1 記 憶 の 共 有 実際にライヴに行った人にとって、テープはライヴの記憶を蘇らせる装置 として機能する。観客の声が入り混じった臨場感溢れるテープを聴いた人は、 音楽はもちろんのこと、ライヴ会場で出会った人々の顔を想起し、再びライヴ に 足 を 運 び た く な る の で あ る 。 記 憶 の 研 究 を 手 が け た ア ル ヴ ァ ッ ク ス が 、「 集 団とは記憶の枠組みの単位である」と指摘 したように、その場を共有した人々の集団としての記憶がテープに内包されて いる。手元にテープがある人は、ライヴの記憶にいつでもアクセスできること 28 を知っており、それが共同体としての感覚をいつまでもつなぎ止める役割を果 たしてくれるのである。 さらにファンの多くはテープだけではなく、写真やテキストメディアでも 個 人 の 体 験 を 記 憶 し 、 蓄 積 す る こ と を 試 み て い る 。 Phish の フ ァ ン が 運 営 す る ウ ェ ブ サ イ ト [www.pholktales.com] に は 、 ラ イ ヴ で の 様 々 な ハ プ ニ ン グ 、 出会い、感動など個人の主観的なエピソードが多数寄せられており、コミュニ ティーとしての物語の断片を構築している。 イ ン タ ー ネ ッ ト で は 、 さ ら に テ ー プ の <共 有 >か ら <保 存 >へ の 取 り 組 み が 進 め ら れ て い る 。 非 営 利 団 体 Internet Archive[www.archive.org] で は 、 ラ イ ヴ の 音 源 を <次 の 世 代 >に も 残 し て お こ う と 、 バ ン ド の 許 可 の も と に フ ァ ン か ら 音 源 を 収 集 し 、 現 在 お よ そ 5000 の ラ イ ヴ 音 源 が ア ー カ イ ブ さ れ て い て い つ で も ア ク セ ス 可 能 だ 。 現 に 今 、 私 は 1966 年 に サ ン フ ラ ン シ ス コ で 行 な わ れ た Grateful Dead の ラ イ ヴ を イ ン タ ー ネ ッ ト ラ ジ オ で 聴 き な が ら こ の 論 文 を 書 い て い る 。 彼 ら の ラ イ ヴ に 行 く こ と は で き な い が 、 音 楽 活 動 を 終 え た 30 年 後 、 100 年 後 に も 時 間 と 空 間 を 超 越 し て 音 楽 は 聴 き 継 が れ 、 ラ イ ヴ の 記 憶 は 鮮やかに蘇るのである。 3.4.2 リ ア ル な 場 所 コミュニティーの結束を強めたのは、実際に「ライヴ会場」というリアルな場、一緒に音楽を体 験し、踊り、歌い、テープを郵送してくれた見ず知らずの友達や新しい仲間と顔を合わせて交流す る場があったからに他ならない。インターネットの時代においては、人間が実際に出 合 っ て 交 流 す る face-to-face の 関 係 が ま す ま す 重 要 に な る こ と は 方 々 で 指 摘 されていることである。ライヴ会場で共に過ごしたエキサイティングな時間や 体験の記憶がコミュニティーの記憶として蓄積され、ファン同士の更なるコミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 促 し て い く こ と に つ な が る 。 自 身 の ラ イ ヴ に 関 し て Jerry Garcia は 次 の よ う に 話 す 23 。 「より広い空間を求めている人とのコミュニケーションの土台は、まず窓 をあけることだ。もっと広い空間、などと頭で考えるよりも先に、その広 い空間を実際に見せてあげると いい。僕達は、窓を開けてあげる行為へ、一歩、踏み出しているわけで、 29 僕達の演奏その他いろんなことがうまくいった夜には、広い空間を例証す る こ と が で き る 。」 こ れ は 金 子 (1 9 9 2 ) が 相 手 と つ な が り を つ け る た め に は 、 自 分 の 中 に 「 ふ さ わ し い 場 所 」 を 開 け る た め に 「 窓 」 を 開 か な く て は な ら な い と 指 摘 し て い る こ と と 直 結 し て い る 。 30 年 た っ た 今 、イ ン タ ー ネ ッ ト の 文 化 に お い て も < De a d 型 モ デ ル > が 繁 栄 し て い る の は 、 ラ イ ヴ の 達 人 Gra te fu l De a d が コ ミュニケーションとは何であるかを本能的に理解し、それを音楽で表現し続けたからではないかと 思われる。 さ ら に ジ ャ ム バ ン ド の ラ イ ヴ で は 、 演 奏 開 始 数 時 間 前 か ら < p a rk in g lo t( 駐 車 場 )> に 様 々 な 屋 台 や マ ー ケ ッ ト が 出 店 さ れ る の が 特 徴 的 で 、 チ ケ ッ ト が 入 手 で き な く て も < p a rk in g lo t> の 体 験 を 楽 し み に や っ て く る 若 者 も 存 在 す る 。ツ ア ー に 動 向 す る 熱 心 な フ ァ ン も 少 な く な く 、ラ イ ヴ は し ば し ば「 移 動 す る 祝 祭 」「 サ ー カ ス 」 と も 呼 ば れ る 。 例 え ば Gra te fu l De a d の カ ル チ ャ ー に つ い て 研 究 し た Saradiello(1988)は 、マ ー ケ ッ ト の シ ー ン に つ い て 以 下 の よ う に 述 べ て い る 。 「ベンダーたちは、さまざまなベジタリアンフードやアルコール飲料、ソ フトドリンク、水などを、ノマディックなコミュニティーの基本的な必需品と して供給する。彼らはまた、服やグアテマラの宝石や、Tシャツやパンツ、下 着 な ど の ト ー テ ミ ッ ク な タ イ ダ イ ( 絞 り 染 め )・ ア イ テ ム を 売 っ た り 、 ト レ ー ド し た り も す る 。( 中 略 ) す べ て の ア イ テ ム は 、 コ ン サ ー ト チ ケ ッ ト を 含 め 、 売られ、トレードされ、与えられている。これらの商業活動は、ハンドメイド の も の を 、自 給 自 足 と ツ ア ー に つ い て 回 る 資 金 稼 ぎ の た め に 販 売 す る も の だ が 、 中には小さな会社を起こし、メールオーダー・サービスの広告を出すようなも の も い る 。 し か し 、基 本 的 に は Dead Heads カ ル チ ャ ー は 、 反 企 業 的 な 倫 理 観 を も ち 、 ア ン グ ラ 経 済 と し て の エ ー ト ス を 通 そ う と す る 。」 フ ァ ン ・ コ ミ ュ ニ テ ィ ー は バ ン ド の DIY(Do it Yo u rse lf)ス ピ リ ッ ト を 引 き 継 ぎ 、 経 済 圏 ・ 生 活 圏 までもを自分達で作り上げ、連帯感を深めていったのである。ライヴ会場での空間や時間のゆとり が一人一人を創造的な行為に駆り立て、音楽を楽しむだけではなく、一種のユートピア的コミュニ テ ィ ー の 構 成 員 に な る こ と を 求 め て 、多 く の 若 者 が ジ ャ ム バ ン ド の ラ イ ヴ に 足 を 運 ん で い る の で あ る。 以 上 見 て き た よ う に 、 ジ ャ ム バ ン ド が < ta p in g -tra d in g p o lic y > を 打 ち 出 す こ と に よ り 、 フ ァ ン に よ るコストパフォーマンスが優れたライヴのプロモーションが期待できるばかりか、テープの生成プ 30 ロセスにおいてファンのコミュニケーションや自発的参加が誘発されることが確認できた。またテ ープはコミュニティーを根底でしっかりと繋ぎとめる役割を果たし、記憶を喚起させることによっ てライヴの集客率を高める。ライヴ会場で出会った者同士がコミュニティーのハブ的存在になって 活 動 し て い く 、 と い う 好 循 環 も 明 ら か と な っ た 。 < De a d 型 モ デ ル > に お い て は 、 第 2 章 で 検 討 し た よ う な 情 報 の 動 向 、 つ ま り 、 <自 発 的 参 加 ><情 報 供 出 ><関 係 変 化 ><編 集 共 有 ><意 味 創 発 >の 五 つ の ステップがスムーズに遂行され、個人が自由に音楽を共有し合いながら存分に自発性を発揮させて 共同体を形成しているのである。 3 .5 コストの分散化 次 に <Dead 型 モ デ ル >の 経 済 構 造 に つ い て 分 析 を 加 え る 。 <Dead 型 モ デ ル > は ラ イ ヴ の チ ケ ッ ト 代 か ら 収 益 を 上 げ る モ デ ル で あ る 。 Grateful Dead が 活 動 を 終 え た 1995 年 に は 、 ラ イ ヴ か ら 年 平 均 5000 万 ド ルの売上をあげていたことは先に触れたが、後続のバンドも具体的な数字は明 らかにしていないまでも、シーンの拡大とともに売上を伸ばしている勢いだ。 ジャムバンドの多くはライヴのチケット代だけではなく、複数の収益源を 持 つ 。 オ フ ィ シ ャ ル 版 CD・ DVD 販 売 、 ラ イ ヴ 音 源 の ダ ウ ン ロ ー ド 販 売 、 T シ ャ ツ な ど の グ ッ ズ 販 売 な ど で あ る 。 こ こ で は ラ イ ヴ 運 営 や CD 製 作 に 関 し て の コストをコミュニティーで分散的に運用している実体と、テープの自由な共有 を 許 し な が ら も <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >が 補 完 的 に 機 能 し て い る 現 象 に 着 目 す る 。 ラ イ ヴ の プ ロ モ ー シ ョ ン に 関 し て は <taping-trading policy>に よ っ て フ ァンがコストを分散的に運用している実体に先で触れたため、ここでは扱わな い。 <ラ イ ヴ 運 営 費 の コ ス ト > ジャムバンドはファンのコミュニティーの原動力に依存して、ライヴの運 営費のコストを 分 散 的 に 運 用 す る 場 合 も あ る 。例 え ば 地 域 ご と の プ ロ モ ー タ ー を 雇 う 変 わ り に 、 フ ァ ン 自 ら に プ ロ モ ー タ ー を 頼 み 、会 場 の 斡 旋 か ら 宿 の 手 配 ま で を 一 任 さ せ る 。 また開催が決定すれば、ライヴの事前プロモーション(ポスター貼りやフライ 31 ヤー配布)を地域に居住するファンに任せる場合などがそれである。ポスター やフライヤーはウェブサイトからダウンロードし て利用できるような工夫がしてある。労働の代償として、ライヴのチケットや バッグステージでバンドメンバーと交流できる機会を与えるなどのインセンテ ィブを与えている。 プロフェッショナルではないファンに仕事を分散させることはリスクを背 負うことにもつながるが、自分が好きなバンドとコミュニケーションを取りな がらライヴのプロデュースに関われことは、ファンにとっては大きな喜びであ り、時には雇われたスタッフよりも情熱的に、クリエイティヴに運営に参加す ることがある。 <CD 製 作 費 の コ ス ト > オ フ ィ シ ャ ル 版 の ラ イ ヴ CD の 販 売 に 際 し て は 、 そ の 製 作 費 も フ ァ ン コ ミ ュ ニ テ ィ ー に 負 担 し て も ら う ケ ー ス が あ る 。 代 表 的 な 例 を あ げ る と 、 Grateful Dead の テ ー パ ー で 、1974 年 か ら 20 年 以 上 に 渡 り 趣 味 で 録 音 を し て い た Dick Latvala 氏 は 、 何 百 と い う コ レ ク シ ョ ン の 数 と そ の 品 質 の 良 さ を か わ れ 、 バ ン ドの オフ ィシ ャル なテー プ管 理人 とし て雇わ れる に至 った。彼の コレ クシ ョン は 、 "Dick's Pick's"と い う オ フ ィ シ ャ ル CD と し て 現 在 ま で に 29 枚 販 売 さ れ て お り 、 そ れ ぞ れ が 50000 部 以 上 を 売 り 上 げ て い る 。 Latvala 氏 の 快 挙 は テ ー パ ー の 情 熱 と 技 術 力 の 高 さ が プ ロ フ ェ ッ シ ョ ナ ル 並 かそれ以上である事を物語っており、テーパーの中でも伝説的な存在として語 り継がれており、バンドのオフィシャル録音技師として雇われることを目指し て精を出すテーパーもいる。またバンド側でもテーパーの存在は不可欠で、ラ イヴ録音されたテープや映像をバンドでアーカイヴしておけるよう、提供を依 頼することがある。 以 上 の よ う に ジ ャ ム バ ン ド の シ ー ン で は < ラ イ ヴ を 主 催 ・ 運 営 す る 側 >< チ ケ ッ ト を 買 っ て 鑑 賞 す る 側 >、 ま た <生 産 者 ><消 費 者 >と い う 境 界 線 は 実 に 曖 昧である。様々な局面でそれぞれが立場や役割を変えながら能力を発揮し、コ ミュニティーが協働して製作コストを分散するプロセスが確立されているので ある。 32 3.6 <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >と の 補 完 的 関 係 多 く の ジ ャ ム バ ン ド は 、 オ フ ィ シ ャ ル 版 CD( ラ イ ヴ 版 / ス タ ジ オ 録 音 版 ) やダウンロード販売も手がけるが、無料で入手できる音源が出回っているから と言ってオフィシャル版の販売に影響が出ると考えるバンドは少ない。逆にテ ープを流通させることはファンに演奏を異なる録音状態で聴く機会を増やすこ とにつながり、演奏に詳しくなったり音全般に対する知識が深まったりするた めに、オフィシャル版の購買意欲にもつながるという効果をもたらしている。 Sawyer (1999) は 、 違 う バ ー ジ ョ ン の テ ー プ を 一 つ ず つ 熱 心 に 聴 く フ ァ ン に ついて以下のように考察する。 …aficionados of improvisational jazz or rock groups tend to listen religiously to every performance that has ever been recorded…the aficionado becomes so familiar with the group’s performance practice that they know which segments of each performance are repeated from prior performances, and which segments are truly novel….each show is improvised, and each is slightly different. 例 え ば Grateful Dead の フ ァ ン の 一 人 は 、 オ フ ィ シ ャ ル 版 の ア ル バ ム に 関 し て 以 下 の よ う に コ メ ン ト し て い る 24 。 「 Dead Set の ア ル バ ム は ま た 素 晴 ら し い ミ ッ ク ス で 、 デ ッ ド ヘ ッ ズ た ち に 全ての楽器と歌声(そこにはバックコーラスも含まれている)を水晶のよ うに澄んだ音色にして聞かせてくれる。またウィアのギターは、バンドの 中でも最も過小評価されていて、大抵のレコーディングでは他の音にかき 消されているけれど、ここでは飛び抜けてよく聞こえるのだ。レッシュや ミドランドの演奏もこれまたくっきりと聞こえてくる。このアルバムで唯 一 の 難 点 は ド ラ ム だ 。 "Greatest Story" を 除 け ば 、 ア ル バ ム の 大 半 で こ も っ た よ う な 音 に な っ て い る 。」 このように、ジャムバンドのファンはバンドの演奏を何度も異なるバージ ョ ン で 聴 く 機 会 が あ る か ら こ そ 、 録 音 状 態 の 良 い オ フ ィ シ ャ ル 版 CD の 希 少 価 値が増すという現象が起 33 こ る の で あ る 。つ ま り 無 償 で 流 通 さ れ る テ ー プ は Shaprio and Varian (1998) が 指 摘 す る よ う に 、 < 経 験 商 品 ( お 試 し 版 )>と し て 機 能 し て お り 、 ラ イ ブ へ の 集 客 率 が 高 ま る だ け で な く オ フ ィ シ ャ ル CD の セ ー ル ス に も 結 び つ く 一 石 二 鳥 の効果をもたらしているというわけだ。 実 際 に Phish は 昨 年 12 月 に ラ イ ヴ 音 源 の ダ ウ ン ロ ー ド 販 売 を 始 め 、1 ヶ 月 で 1000 万 ド ル の 収 益 を あ げ て お り 、 レ コ ー ド 産 業 が 魅 力 的 な 音 楽 配 信 サ ー ビ スを打ち立てられない中、新たなビジネスモデルの確立として、大きな話題を 呼 ん で い る 。 こ の サ ー ビ ス は 10 13 ド ル 程 度 の 料 金 で 、 特 別 に デ ザ イ ン さ れ たアルバムのカバーを売り物とし、ライヴ音源を高音質のデータファイルで提 供 す る も の で あ る 。 ダ ウ ン ロ ー ド は 、 演 奏 後 48 時 間 以 内 に 可 能 で 、 複 製 や 再 生に関する制限はなく、使用に対する柔軟性は高い。ファン心理をくすぐるよ うな画像ファイルを添付したり、情報の鮮度を売り物とすることで付加価値を 高め、何よりハイクオリティーであることを売り物としてファンを引き付けひ きつけているのである。 しかしバンドが主導権を強めてビジネスを拡大することに関しては、ファ ンから歓迎されない側面もある。ファンの一人は「ライブ・フィッシュは、安 くて効率的で音質も素晴らしいが、私はブートレッグに付き物のコミュニティ ーの恩恵の方が貴重だと思う。もし全公演がネット上でダウンロードできたな ら 、 ど れ だ け 多 く の Dead Heads 25 が 配 偶 者 に 出 会 え な か っ た か 、 想 像 も つ か な い 」 と 語 っ て い る 。 ま た バ ン ド が メ ジ ャ ー 化 し て < 売 れ 線 >路 線 に 走 ろ う とすると、ファンには大衆に媚びていると判断されそっぽを向かれることもあ る。ジャムバンドはテーパー文化の恩恵とビジネスとのバランスをうまく取り ながら、活動を続ける必要があると言える。 以 上 見 て き た よ う に 、 バ ン ド が <taping-trading policy>を 提 唱 す る こ と に より、テープは安価で効率が良く、ライヴの集客力を高めるプロモーション効 果を発揮するだけでなく、ファン同士の結びつきを強める不可欠なツールにな り得る。音楽でつながった仲間同士は、ライヴの運営費などをコミュニティー 内で分散的に処理するなどの能力を発揮し、アーティストが経済的にも潤うメ カ ニ ズ ム が 確 立 さ れ る の で あ る 。 次 章 で は 、 <taping-trading policy>に よ る 課題を紹介し、コミュニティーがどう克服しているかの実体を観察する。 34 第 4 章 <Dead 型 モ デ ル >の 課 題 <Dead 型 モ デ ル >は <taping-trading policy>と い う 寛 容 な 方 針 に よ り 、 いくつかの弱点を抱えることになる。またデジタル技術とインターネットの普 及により、テープのクオリティーやトレードの効率は飛躍的に向上して多くの 人にテープが行き渡り、ジャムバンドのシーン自体に注目が集まっているもの の、それにより直面する新たな問題も見受けられる。 本 章 で は 、 <Dead 型 モ デ ル >で 生 じ る い く つ か の 課 題 を 取 り 上 げ 、そ れ に 対 してバンドとコミュニティーがどう問題に対処しているかについて、考察を加 えたい。 4.1 <弱 さ >の 克 服 ラ イ ヴ 録 音 と 共 有 の 自 由 を 認 め る こ と は 、 ジ ャ ム バ ン ド が 自 ら 進 ん で <弱 さ >を 提 示 す る こ と で も あ る 。 ま ず 、 音 源 の ク オ リ テ ィ ー コ ン ト ロ ー ル を す る こ とが不可能で、演奏ミスも露呈される。また悪徳テーパーが出現してテープを 販 売 し て し ま う 可 能 性 も 考 え ら れ る 。 し か し 松 岡 (1995) が 「 弱 さ に よ っ て 相 互 作 用 が 生 ま れ る 」 と 指 摘 し て い る よ う に 、 <Dead 型 モ デ ル >に お い て も 、 35 まずバンドが音楽を積極的に開示することによりファンとの関係性を保ち、逆 に <弱 さ > を 克 服 し て い る 状 況 が 見 受 け ら れ る 。 以 下 、 そ れ ぞ れ に つ い て 、 < 弱 さ >が ど の よ う に 克 服 さ れ て い る か に つ い て 考 察 を 加 え る 。 <ク オ リ テ ィ ー コ ン ト ロ ー ル > 毎回演奏が録音され永久に保存されるわけであるから、演奏にミスがあっ ても品質管理は徹底できない。しかしそのために、バンドメンバーは緊張感を 持って毎回のライヴに臨み、演奏には力が入る。生の抜けたライヴや似通った 演奏は存在しなくなり、演奏ミスも減り、それぞれのライヴのユニークさが強 調されてライヴの価値が高まる。逆に録音を許可しないバンドの場合は「演奏 が下手だから」とレッテルを貼られたり、ファンに対して親切ではないと反感 をかう場合もある。また音楽を即、開示することにより、ファンからの速やか なリスポンスが得られ、耳が肥えた、自分達の音楽に詳しいファンを育成する ことにつながる。 <ブ ー ト レ グ > ブートレグ(あるいはブート)は、アーティストに無断で発売される、ラ イヴ音源や未発表曲など一度もリリースされたことのないレアな音源、または 無断で録音する行為そのものを指す。既に発売されているオフィシャル版のレ コ ー ド や CD な ど を 違 法 に コ ピ ー す る <海 賊 版 >と は 混 同 さ れ が ち で あ る が 、 分けて考えるべきである。つまりブートレグがなければ、聴くことができない 音源もあり、その点でブートレグは需要に即した純然たる正当な行為だと主張 す る 音 楽 マ ニ ア も 少 な く な く 、一 概 に 違 法 行 為 だ と 非 難 す る こ と は で き な い 26 。 日 本 で も 西 新 宿 7 丁 目 界 隈 は < ブ ー ト レ ッ グ の メ ッ カ >と し て 有 名 で 、 海 外 の ア ーティストが来日の際立ち寄ることも多く、ブートレグに関してはアーティスト 自身も海賊版より寛容なスタンスを保っている。 ブ ー ト レ グ は ラ イ ヴ の 録 音 が 始 ま っ た の と 同 時 期 、 1920 年 頃 か ら 見 ら れ る 行 為 だ が 、 <taping-trading policy> に よ り ブ ー ト レ グ 行 為 が 助 長 さ れ る と 考 え る の は 間 違 い で 、 む し ろ 逆 で あ る 。 <Grateful Dead>が 1984 年 に 録 音 を許可する以前は、彼らのライヴ音源を聴きたくても聴けないファンがブート レグを買い求めたが、今では多数のテープが出回るようになり、インターネッ トが普及したことによって入手も簡単になったことからブートレグは減少傾向 36 にある。バンドの意向を尊重し、ファンの間でブートレグには手を出さないよ う 積 極 的 な 呼 び か け も 行 な わ れ て お り 、 <taping-trading policy>は 、 ブ ー ト レグを締め出すことにつながっているのである。 4.2 シ ー ン の 拡 大 ジ ャ ム バ ン ド の シ ー ン は 、 イ ン タ ー ネ ッ ト の 普 及 と と も に 拡 大 し 、 1998 年 に は NY タ イ ム ス や 米 国 の 音 楽 誌 で も 取 り 上 げ ら れ 、 い ま や 世 界 中 を 巻 き 込 ん だ 新 た な 音 楽 の ム ー ヴ メ ン ト と し て 成 長 し て い る 。 2000 年 か ら は そ の 年 に 最 も 活 躍 し た ジ ャ ム バ ン ド を 賞 賛 す る Jammy Award が ニ ュ ー ヨ ー ク で 開 催 さ れ る よ う に な り 、 2002 年 に は 日 本 の 電 子 部 品 や 記 録 メ デ ィ ア 製 造 企 業 の TDK がスポンサーに名乗り出て、開催規模を拡大させている。 シーンの拡大はバンドにとって嬉しいことである反面、ある程度限定され たコミュニティー内でファン同士のコミュニケーションを大切にしながら発展 してきたシーンにとっては新た な課題を生み出すことにもつながっている。ここではシーンが拡大することに よっ て生 じる 諸問 題を取 り上 げ、豊か なコミ ュニ ティ ーを維 持す るた めの 取り 組みについて観察する。 <newbie へ の 対 応 > ファンはシーンの拡大とともにコミュニティー意識が希薄になると危惧す る 一 方 で 、 <newbie> に 対 し て は お お む ね 歓 迎 す る 傾 向 に あ る 。 <newbie> と は 特 定 の グ ル ー プ の <新 顔 > を 意 味 し 、 コ ミ ュ ニ テ ィ ー の し き た り や ル ー ル に不慣れな人のことを指すが、ジャムバンドのシーンでは昔から馴染みのある メ ン バ ー が <newbie> に 対 し て テ ー プ ト レ ー ド の 方 法 や エ チ ケ ッ ト を 親 切 に 率先して伝授するなど、助け合いの精神が色濃く見られる。録音する際に使用 するテープはどのようなものがお薦めか、コピーする際の注意点など、各サイ ト の FAQ 項 目 は 微 細 に 渡 っ て お り 、 誰 で も が ス ム ー ズ に シ ー ン に 同 化 で き る ような配慮を施している。同じ言葉や慣習を共有することにより、親密感が増 し、コミュニティーがさらに拡張されていくことになる。 37 <評 価 シ ス テ ム > 顔の見えない相手とのテープトレードに際しては、トラブルが発生する場 合 も 否 め な い 。 そ の た め Yahoo!オ ー ク シ ョ ン サ イ ト な ど と 同 じ よ う な 評 価 シ ステムを導入しているトレード・サイトも少なくない。お互いがトレーダーを 採点しあったり、トレード状況をリポートできるような体制を作り、おこない の悪いトレーダーの名前はリストアップするなどし、トレードの相手を選択で きたり、トレードに関するリスクを軽減するようなシステムを導入している。 <膨 ら ま す > <独 自 の P2P 型 ソ フ ト ウ ェ ア 開 発 > ジ ャ ム バ ン ド に と っ て P2P 型 ア プ リ ケ ー シ ョ ン は 魅 力 的 な ト レ ー ド ツ ー ル であると同時に、合法のテープトレードが違法のファイルとまざってしまう、 という危険性をはらんでいる。そのためプログラミングに詳しいファンが共同 し て <Further>と い う 独 自 の P2P 型 ア プ リ ケ ー シ ョ ン を 開 発 し 、 合 法 の ラ イ ヴ音源に関してはこのツールを使うように呼びかけている。 The Furthur Network is the first and only 100% non-commercial peer-to-peer network of legal live music created by fans for fans! We have no paid programmers, developers or designers, nor do we accept any advertising or compensation. <ラ イ ヴ 会 場 で の 対 応 > シーンが拡大するにつれてライヴの動員数が増大すると、ライヴ会場や会 場 周 辺 で の ト ラ ブ ル も お こ る 可 能 性 が 高 ま る 。 そ こ で 開 催 地 域 に “good vibe” を残すために、会場周辺の地域に貢献するための様々なボランティア活動が行 な わ れ る 。 例 え ば Phish の フ ァ ン の う ち 、 女 性 だ け 構 成 さ れ る 集 団 、 phunky bitches[www.phunkybitches.com] は 、 会 場 内 で の 怪 我 人 に 対 し て の ケ ア を するなど、女性ならではの目の付け所でライヴ会場での雰囲気を良くするため に務めている。 38 シーンの拡大によって生じる問題は、どの音楽シーンも同様に避けて通れ ない問題であると推測される。しかしジャムバンドのシーンの場合は、各自が 自分の所属するコミュニティーを良くしようと積極的に関わっているのが特徴 的であると言える。 39 第 5 章 新しい価値の創造 本 章 で は <Dead 型 モ デ ル > の フ ァ ン ・ コ ミ ュ ニ テ ィ ー が 音 楽 を 通 し て 得 ら れ た生き生きとしたバイブレーションを循環させ、そのエネルギーを社会事業や 地域へと放出している実体を紹介し、本稿の結論を導くこととする。 5.1 社 会 的 発 言 権 の 獲 得 ジャムバンドが培っている豊かなコミュニティーはその活動範囲をさらに 広げ、ボランティア活動などを通じて地域と結びつき始めている。一例を挙げ れ ば 、 Phish の フ ァ ン が 設 立 し た NPO 団 体 mockingbird foundation [www.mockingbirdfoundation.org] は 、 バ ン ド 関 連 書 な ど を ボ ラ ン タ リ ー で 制 作 ・ 発 売 し 、 今 年 3 月 ま で に 売 上 18 万 ド ル を 小 学 校 の 音 楽 教 育 や 楽 器 購 入に寄付している。バンドによってはライヴ会場に環境問題への関心を呼びか ける専門のブースを設置するなど、バンドとファン両者からの社会事業への積 極的な参加が見られる。 べニューや会場の大きさによっては、数万人のファンが集まることもあり、 周辺地域の駐車問題やトラブルも避けられない。そのため多くのバンドはライ ヴ が 行 な わ れ る 地 域 に て 、 food drive ( ラ イ ヴ 会 場 で 集 め た 缶 詰 な ど の 食 糧 を、地域 の施 設な どに提 供す る運 動) を実行 する など 、地域 の人 とバ ンド やフ ァンとの関係を良好に保つための取り組みにも励んでいる。 こ う し た ボ ラ ン タ リ ー な 活 動 か ら は 、音 楽 の 貨 幣 で 換 算 さ れ る 価 値 で は な く 、 社会全体を豊かにする価値が読み取れる。好きな音楽の周りに集まった仲間達 が コ ミ ュ ニ テ ィ ー を 作 り 上 げ 、そ の コ ミ ュ ニ テ ィ ー に 愛 着 と 信 頼 を 感 じ る か ら こそ、他のコミュニティーに対しても積極的に働きかける柔軟なパワーを発揮 していくのである。 5.2 結 論 本研究の結論は次のようにまとめられる。 40 インターネットの文化においては音楽の生産・流通にアーティストやレコ ード産業が独占して対応し、流通される音楽に希少性を持たせて著作権を主張 す る <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >よ り も 、 ア ー テ ィ ス ト が 自 身 の フ ァ ン を 信 頼 し て 音 楽 の 生 成 プ ロ セ ス へ の 参 加 を 呼 び か け 、 ラ イ ヴ で 収 益 を 上 げ る <Dead 型 モ デ ル >の ほ う が 有 効 に 機 能 す る 。 ま た <taping-trading policy>と い う 寛 容 な 方針により、ライヴの動員数が増えるだけでなく、アーティストを中心として 形成されるコミュニティーがコストの分散的運用、独自のルール構築、諸問題 への対応を自発的に行ない、さらに社会事業などにも積極的に関わって新たな 価値を創造する。 もちろんアーティスト自身が音楽を金儲けの手段と勘違いしたり、ファン を無視したエゴイスティックな態度を取ることは許されない。アーティストに は優れた音楽性とセンスはもちろんのこと、多くの人々に共感を呼ぶようなラ イフスタイルや哲学、さらにそれを上手に提示できるコミュニケーション能力 などの要素が兼ね備わっている必要がある。音楽を中心としたコミュニティー の ハ ブ で あ る た め の リ ー ダ ー シ ッ プ や バ ラ ン ス 感 覚 、舵 取 り 能 力 も 欠 か せ な い 。 テク ノロ ジー の行 く末を しっ かり と見 定め、変化 を恐 れずに 次な る時 代と シン クロしていく度胸、勇気、先見性も必要だろう。 <taping-trading policy>に よ っ て 、 全 て の 著 作 権 問 題 が 解 決 さ れ る わ け で は毛頭ない。ただインターネットの文化においては、コントロールして著作権 を 死 守 す る <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >の 実 効 性 が 薄 れ て い く こ と は 確 実 で あ る 。 名 和 (1996) は 、「 イ ン タ ー ネ ッ ト と WWW の 普 及 は 著 作 物 の 流 通 に つ い て 個 人ユーザの寄与をいちだんと拡げてしまった。どのような権力や技術をもって しても、このシステムの参加者をコントロールすることは不可能である。かれ らの価値観と能力とを無視して新しい制度を作ることはもうできないだろう。 期 待 で き る と す れ ば 、 か れ ら の 倫 理 観 し か な い 。」 と 述 べ て い る 。 倫 理 観 が 培 われるためには、人間と人間のつながりがしっかりと築き上げられコミュニテ ィーが形成される必要がある。アーティストとファンがお互いに尊重しあい協 力 し 合 う 事 に よ っ て 双 方 の 権 利 や 主 張 の バ ラ ン ス が 保 た れ 、信 頼 関 係 が 生 ま れ 、 それが著作権を保護する最良の策になる。著作権を守る最良の方法は、人間の 信頼関係であると言えるのではないだろうか。 41 本研究が、アーティストにコミュニティーの重要性を示し、低迷している レコード産業の活力の源になることを期待する。また音楽の分野に限らず、人 と人が信頼関係で結ばれ、個人が安心して人間本来のポジティブさを充分に発 揮でき高めあえる豊かな社会を形成していくためのヒントを提供できれば幸い である。 42 【参考文献】 Attali, Jacques, Bruits, Essai sur l'economie politique de la musique, Presses Universitaires de France,1977.(邦 訳 : 金 塚 貞 文 , 『 音 楽 / 貨 幣 / 雑 音 』 , み す ず 書 房 ,1985). 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Radley, Alan, Artefacts, Memory and a Sense of the Past, 1995. 46 第 1章 1 Attali(1977)に よ れ ば 、商 業 的 演 奏 、利 益 を 目 的 と し た コ ン サ ー ト は 、1672 年のロンドンにおいて初めて開かれたとされている。 2 ジャムバンドとは、即興演奏をメインに演奏するバンドのことである。詳細 は第 2 章。 3 非 営 利 で 運 営 さ れ て い る ア ー カ イ ブ サ イ ト Internet Archive に 記 載 さ れ て いる数。 http://www.archive.org 4 <cosmosmile>は 、 筆 者 が 数 人 の 仲 間 と 2002 年 3 月 か ら 始 め た ラ イ ヴ 音 源 を 配 信 す る ウ ェ ブ ラ ジ オ 局 で あ る 。現 在 ま で に 東 京 を 中 心 に 演 奏 さ れ た 100 以 上 の ラ イ ヴ を 録 音 し mp3 形 式 に エ ン コ ー デ ィ ン グ し て オ ン デ ィ マ ン ド ・ ス ト リ ー ミ ン グ 配 信 し て い る 。 一 日 あ た り の リ ス ナ ー は お よ そ 400 人 。 誰 で も が無料で聴けるかわりに、アーティストや取り組みに対してのドネーションを 募 っ て い る が 、 こ の よ う な <互 酬 型 モ デ ル >も 、 <Dead 型 モ デ ル >同 様 、 <著 作 権 収 益 型 モ デ ル >の 代 替 案 と し て 注 目 さ れ る 。 第 2章 5 ベルヌ条約は、1886年(明治19年)にヨーロッパ諸国を中心に創設さ れた。ベルヌ条約の主な原則は、次のとおりである。 1) 内 国 民 待 遇 同盟国が外国人の著作物を保護する場合に、自国民に与えている保護 と同等以上の保護及び条約で定めている保護を与えねばならない。 2)法 廷 地 法 原 則 著作権の保護範囲及び救済方法については、条約の規定によるほか、 保護が要求される国の法令による。 3)無 方 式 主 義 著作権の享有には登録、作品の納入、著作権の表示などのいかなる方 式も必要としない。 4)遡 及 効 条約は、その発行前に創作された著作物であっても、発行時にその本国又は 保護義務を負う国において保護期間の満了により公有となったものを除き、 47 すべての著作物に適用される。 6 7 8 JASRAC(社 団 法 人 音 楽 著 作 権 協 会 )。「 音 楽 の 著 作 権 者 の 権 利 を 擁 護 し 、 あ わせて音楽の著作物の利用の円滑を図り、もって音楽文化の普及発展に資 すること」を目的とし、音楽の著作物の著作権に関する管理事業などを行 なう。 東 京 国 際 フ ォ ー ラ ム で 開 催 さ れ た 「 世 界 情 報 通 信 サ ミ ッ ト 2002 日 経 デ ジ タ ル コ ア 設 立 記 念 /ミ ッ ド イ ヤ ー ・ フ ォ ー ラ ム 」 キ ー ノ ー ト ス ピ ー チ に て 。 Clinton Wilder,"Music Industry's Long, Strange Trip" 2000.8.21. http://www.informationweek.com/800/00uwcw.htm 9 後 に Apple 社 を 設 立 す る ヒ ッ ピ ー 青 年 ス テ ィ ー ブ ・ ジ ョ ブ ス が 、 サ ン フ ラ ンシスコにてパーソナルコンピュータの製作に夢をかけていたのも同じ時 期 で あ る 。 Apple 社 の 社 員 が 連 れ 添 っ て Grateful Dead の ラ イ ヴ に 足 を 運 ん で い た こ と か ら し て も 、 Grateful Dead の フ ァ ン が イ ン タ ー ネ ッ ト を 早 期 か ら 使 い こ な す 土 壌 が あ っ た こ と が 伺 え る 。 60 年 代 後 半 70 年 代 に か けて、アルタナティヴな価値観を提唱したヒッピーカルチャーを下地に花 開 い た 文 化 が 、 テ ク ノ ロ ジ ー で は Apple 社 、 音 楽 で は Grateful Dead だ っ たと言える。 10 Garcia, Jerry, A Signpost to New Space, Straight Arrow Books, 1972. (邦 訳:片 岡 義 男 , 『 自 分 の 生 き 方 を さ が し て い る 人 の た め に 』草 思 社 , 1976). より引用。 11 開 発 者 の コ ミ ュ ニ テ ィ ー に よ っ て 生 み 出 さ れ 、 GNU General Public License に よ っ て 管 理 さ れ て い る オ ー プ ン ・ ソ ー ス の OS の こ と 。 こ の ラ イセンスは、使用制限もロイヤルティーも なしに、ソース・コードを 提供することを義務づけている。 12 ジ ャ ム バ ン ド と い う 言 葉 の 所 以 は 、 1997 年 、 当 時 ハ ー バ ー ド 大 学 大 学 院 で ア メ リ カ 文 化 を 研 究 し て い た 学 生 、 Dean Budnick が 立 ち 上 げ た ウ ェ ブ サ イ ト 、 [www.jambands.com] だ と 言 わ れ て い る 。 13 Garcia, Jerry, A Signpost to New Space, Straight Arrow Books, 1972. (邦 訳:片 岡 義 男 , 『 自 分 の 生 き 方 を さ が し て い る 人 の た め に 』草 思 社 , 1976). より引用。 第 3章 14 Garcia, Jerry, A Signpost to New Space, Straight Arrow Books, 1972. (邦 訳:片 岡 義 男 , 『 自 分 の 生 き 方 を さ が し て い る 人 の た め に 』草 思 社 , 1976). 48 より引用。 15 1990 年 に 設 立 さ れ た 、 ハ ッ カ ー 文 化 と 政 治 の 交 点 を 代 表 す る 非 営 利 団 体 。 理 事には、 サ イ バ ー 法 の 第 一 人 者 Lawrence Lessig も 名 前 を 連 ね る 。 ま た Barlow は 自 ら を 反 体 制 派 と し 、 1996 年 「 サ イ バ ー ス ペ ー ス 独 立 宣 言 」 を 謳 っ て い る 。 16 Barlow, John, Selling Wine Without Bottles: The Economy of Mind on the Global Net よ り 引 用 。 http://www.eff.org/cafe/barlow.html 17 アメリカ・ジョージア州出身の 6 人編成のジャムバンド。 http://www.widespreadpanic.com 18 アメリカ・バージニア州出身の 4 人編成のジャムバンド。 Agents of good roots の サ イ ト よ り 引 用 。 http://www.agentsofgoodroots.com/ 19 そ れ 以 前 も 1970 年 ご ろ か ら 、 Bob Dylan な ど の ア ー テ ィ ス ト の ラ イ ヴ 会 場 にかさばるリール録音機をこっそり持ち込み録音を試みるファンもいたよ うだ。アーティストも違法行為は知ってはいたが、おおむね黙認していた。 小 型 カ セ ッ ト テ ー プ レ コ ー ダ ー が 普 及 し 始 め る 1970 年 代 半 ば ま で に は 、 ラ イヴの録音やひそかにテープを交換し合う行為は珍しいものではなくなり、 こ の 頃 か ら 、 録 音 を す る 人 = 「 taper」 と い う 呼 び 名 が 定 着 す る 。 20 Grateful Dead の 辞 書 、 Skelton Key の 邦 訳 版 よ り 引 用 。 http://homepage2.nifty.com/asaden/index.html 21 Grateful Dead の 辞 書 、 Skelton Key の 邦 訳 版 よ り 引 用 。 http://homepage2.nifty.com/asaden/index.html 22 ツ リ ー は 、 出 来 る だ け 良 質 の 録 音 物 を 音 の 劣 化 を 最 小 限 に 押 さ え 、か つ 効 率 よ く 多 く の 人 に 流 通 さ せ る 連 絡 網 式 の 仕 組 み で あ る 。 Grateful Dead の テ ー パ ー に よ り 、 1990 年 ご ろ に 確 立 さ れ た 。 ツ リ ー の メ カ ニ ズ ム は 以 下 の と お り で あ る 。 ま ず 初 め に 「 種 ( シ ー ド )」 テ ー プ を 用 意 し た 人 が 、「 オ フ ァ ー 」 を 出 し て ツ リ ー 開 始 を 告 知 す る 。 そ れ が 「 根 ( ル ー ト )」 担 当 の 複 数 人 へ コ ピ ー し て 郵 送 さ れ る 。 次 に 「 ル ー ト 」 は 「 枝 ( ブ ラ ン チ )」 と 呼 ば れ る 人 た ち 用 に 更 に コ ピ ー を 作 る 。 そ し て 彼 ら ブ ラ ン チ は 「 葉 ( リ ー ヴ )」 た ち の た め に 、 更 に ダビングをするという流れだ。うまく構成されたツリー組織が良質のシード・ テープを持っていれば、リーヴにあたる人たちは、比較的良好な第4 5世代 あたりのテープを入手できる。一方ヴァイン(蔓)は、録音物を参加者全員に 回覧していく方法である。参加者は届いた音源を好きなメディアにコピーし、 49 オリジナルの方を次の人へと回す。蔓(ヴァイン)の末端の人が、先頭の人に ブランクメディアを送る。受け取った人はそのブランクにコピーをし、2番目 の人へコピーしたメディアを送る。こうして第1世代のコピーメディアが人か ら人へと蔓(ヴァイン)を伝って降りていく。そうすることによって、録音物 が自分のところに回ってくるまでに時間がかかるが、参加者全員が第1世代の メディアから自分用のコピーを作れるのだ。 23 Garcia, Jerry, A Signpost to New Space, Straight Arrow Books, 1972.( 邦 訳 : 片 岡 義 男 , 『 自 分 の 生 き 方 を さ が し て い る 人 の た め に 』 草 思 社 , 1976). より引用。 24 Grateful Dead の 辞 書 、 Skelton Key の 邦 訳 版 よ り 引 用 。 http://homepage2.nifty.com/asaden/index.html 25 Grateful Dead の フ ァ ン は 、 自 分 た ち の こ と を 親 し み を 込 め て <Dead Heads>と 呼 ぶ 。 26 もちろんブートレグはアーティストの著作権を侵害している行為であるこ とは確実で、ビジ ネスとして大々的に展開されている場合は逮捕されることもある。近年で は 1997 年 ニ ュ ー ヨ ー ク の ブ ー ト レ グ 専 門 卸 売 業 者 が RIAA よ り 摘 発 を 受 け ている。 50 51
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