Lecture Note

2010/6/15 大澤輝彰
NASH 均衡と社会慣習
2 つの理由から非協力ゲーム理論は経済分析に役に立つ
1)動的な競合関係をモデル化するための 1 つの言語
2)ある状況における直観的な洞察から始めて、以下の 2 つの方向のいずれかの方向に
進めていける
ⅰ)直観的な洞察を別の状況にあてはめる
ⅱ)直観を拡張、より複雑な状況の中で直観をさらに探検
Ex)囚人のジレンマからフォークの定理への拡張
※直観的な基盤から大きくはなれてしまっているような状況に適用しようとし
ても役には立たない
⇒これらの直観がどこから生まれてきたのかを体系立てて説明しようとしてもうまくいか
ない
存在する具体的な問題:これらの問題を解決するアプローチ方法を提案

均衡分析が妥当するのは、どのような状況においてか

もし均衡分析が妥当しないとすれば、そのかわりにどのような概念を用いること
ができるか

均衡分析が妥当する場合には、なぜそれが妥当するか

均衡分析は妥当するが、しかし複数の均衡が存在する場合には、どの均衡が選択
されればよいか、
(また、私たちや参加しているプレイヤーたちは、均衡とは異な
る行動に対してはどうすればよいのか)

ゲーム理論の手法は、該当者の外から、外政的に与えられたゲームのルールを必
要とするし、実際そのうえでおおいに議論がなされる。では、いったいどこから
このような特定のルールがやってくるのか、また、どのようにしてこれらのルー
ルは進化したり変化したりするのか、さらに私たちは、比較的自由な形の競争的
相互干渉をどう扱えばよいのか。
・これからの考察は Nash 均衡の概念に焦点を絞る
理由
1)ゲーム理論の経済学への最近の数多くの応用が、均衡分析である
2)Nash 均衡を勉強することは、限定合理的でかつ回顧的1である個人行動のモデル
に直接結びづいている
1 過去を振り返るということ⇒過去のパラメーターを使って行動を決定する
もう一つの理由
・自明のプレイ⇒Nash 均衡
…均衡の組みがなぜ意味があるのかを理解する手始めとして、意味がない場合について、
以下、例を見る
(1)唯一のめったにプレイされることのないナッシュ均衡を持つゲーム
2 人のプレイヤーの 2stage のゲーム
☆Stage1
プレイヤーの利得表
A\B
X
Y
X
stage2 へ
(0,0):ゲーム終了
Y
(0,0):ゲーム終了
(1 ドル,1 ドル):ゲーム終了
☆Stage2
・プレイヤーは同時に独立に、正の整数を言い合う
→異なれば、大きい方に$250、小さい方には$100
→同じであるならば、両方に$25
実験より、明白な推測が示唆される
・Stage1 では、両プレイヤーも X を選ぶ
・Stage2 の結果については、推測はできない。結果もバラバラ
⇒しかし、ゲームの唯一のナッシュ均衡は、stage1 で両プレイヤーY を選択すること2
第一段階で X が当然選択されるだろうというのは自明だが、第 2 段階で何がなされるかは
自明ではない
⇒全体のゲームをプレイする自明のやり方がない場合、観測される行動がナッシュ均衡の
集合とは無関係になる
(2)チェス
完備情報でかつ完全情報な有限回のゲーム
⇒原理的には後ろ向き帰納法を用いることができる
しかし、複雑すぎて、現実的には後ろ向き帰納法ではナッシュ均衡を求められない
※現実には、評価関数をつくるのが難しい
2
Stage2 では、戦略集合がコンパクトではないので唯一の解は存在しない
(3)都市ゲーム:現実的には、国土の分け合い方に類似
ゲームのルール
・2 人が独立に、都市の名前が書いてあるリストの中から名前を挙げる
・各プレイヤーのリストには必ずある都市始めから振り分けられている
・各都市には、得点が付けてある
プレイヤーの利得は 3 パターンで考える
ⅰ)もしある都市が片方のリストに挙げられているがもう片方のリストにはない
場合、その都市を挙げたプレイヤーに、1 点につき 1 ドルが与えられる
ⅱ)もし両方のリストに同じ都市があげられている場合、1 点につき、2 ドルが各
プレイヤーから差し引かれる
ⅲ)もし両プレイヤーが重複することなく、また不足することもなく完全に都市
を分け合っていれば、得点が 2 倍
具体的に考えれば…
リスト={カサレス、カノンアス、カーモシム、カーボエイリオ、カンピーナス、
クイアバ、クリティバ}
プレイヤー1 のリストにはカサレス、プレイヤー2 のリストにはカーモシムが始め
から書かれている
☆このゲームのナッシュ均衡は、カサレスとカーモシムが分けられている以外はこれら
の都市の全ての分け方→自明なプレイが存在しない
(4)ある特殊な交渉ゲーム
2 人のプレイヤー、AとBがいて、彼らは同時にかつ独立に 0 から 100 枚までの間の数の
ポーカーチップを要求する
プレイヤーの利得は以下の通り
もし合計が 100 以下ならば、その要求した枚数のチップを獲得
もし合計が 100 以上ならば、ともに何ももらえない
100 以下の場合、賞金を獲得するチャンス
あるプレイヤーの賞金を獲得する確率:そのプレイヤーの持っているチップの枚数で表
されたパーセントに等しい
(5)ムカデゲーム
ナッシュ均衡の分析から得られる予測(すなわち、プレイヤーAがこのゲームを、Dを
選択することから始める)は、各プレイヤーが相手の利得をしっていて、このことを両者
が知っているという仮定に、きわめて根拠があいまいな形で、依存している。これらの仮
定の非常に小さなズレが生じると、異なった形を予測する
ナッシュ均衡
(6)アメリカの国内航空転送産業における規制緩和後の競争
とても状況が複雑なので、プレイヤーは以下のようなことについてはっきりは知らない
・相手がどのような行動をとれるのか
・相手が何をするのか
・相手の目的が何なのか
現実には、各企業は、ライバル企業の動向を調べ、評価し、それに対する最適応答を選択
した。なんらかのゲーム理論のモデルの均衡に似ることはない
⇒そのような行動からゲームが始まるわけでもなく、しかもそのような行動を基にそのモ
デルが構成されたわけではないから
自明のプレイが存在するかもしれない理由、あるいは他のプレイヤーの行動についての自
信を持って推測ができる理由
今までの例では、なぜ均衡分析ではよい予測を与えられないのかの多くの理由を色々と考
察してきた
形式的には、均衡分析は次のような仮定に基づいている
ⅰ)どのプレイヤーも相手の戦略に対面して徹底低に最大化行動をとる
ⅱ)プレイヤーたちは自分が選択できる代替案をすべて評価できる能力をもつ
→しかし、現実的にはこれらの条件がすべてみたされるような状況はない
では、近似ではないのか?
近似でよい場合もあるが、今までの例では有効ではなかった。
それでは、近似できたとしても、その信頼性は危うい
⇒仮にこれらの仮定を近似する状況を生み出すものがあるとしたならば、それは一体何?
A:ここでは2つ挙げる→ⅰ)とⅱ)
ⅰ)プレイヤーたちが、自分たちが持っていると考えている選択肢を評価できるくらい、
状況が単純であるべき
→(2)のチェスの例より考察
しかし、微妙な問題点
・現実には多数の選択肢がある
・プレイヤーたちは、行動が導く結果がわからない場合が多い
→経済学者たちは、これらの選択肢の多くを無視して、すべての選択肢を評価で
きるプレイヤー像を作る
→現実でもプレイヤーは同じように単純化していなければならない
・相対的な複雑さを示す条件も必要
ⅱ)プレイヤーたちは、相手がどう行動するかについて比較的確信を持っている
※合理性+その共有知識だけでは、一意の推測だということはみちびけない
では、なにがⅰ)ⅱ)の様な条件を発生させ、戦略的な不確実性を解決するのか?
(1)
「ゲーム」を始める前に話し合う機会を持てる
→話し合いができれば、ある均衡が達成される機会は大きくなる
図 5.1(a)のゲームを考える…
予想
2 人は事前に意見を交換する機会を持つのだから、ここで 2 人が行った要求はおそ
らくこの金額要求ゲームにおける 1 つの均衡をなしているだろう
※これは経験的に確かめなければならない主張
(2)問題となっているゲームあるいは別のある密接に関係したゲームをプレイ
するという相対的に直接的な経験をする機会を持つ
ロス=シュウメイカーの実験で考える
☆実験方法
・被験者たちはコンピュータの画面を通じて、繰り返し交渉を行う
・初期の相手はコンピュータで、50-50 か 20-80 を続けて主張するようにプ
ログラミングされている
☆実験結果
下の2つの均衡のうちの1つが表れる傾向があることを指摘
・50-50で分ける
・20-80(期待獲得額が等しくなる)
⇒学習したことを自明の交渉のやり方として固執する傾向がみられる
⇒慣れが非常に効果的に働く
注意点
・評判やフォークの定理のような構造が表れてくるから、小さなグループの中で
プレイヤーたちがお互いに繰り返して影響し合うような場合について注意を払う
べき
Q:個人からなるこの特定の小さなグループの中で繰り返される相互作用を相対
的に直接的な経験といっているのでしょうか?
Q:特定の相互座用が 1 つのケースであるような、小さなグループ間で繰り返さ
れる相互作用という相対的に直截的な一般的経験を言っているのでしょうか?
⇒理論的に同じものとして扱ってはダメ
※小さなグループでは、名前が分かってしまう
→次回を考えてしまうのでダメ
具体的に考えてみる
私と学生の関係
・私が他の学生との間に持っていた関係における経験によってある程度形つくら
れる
・他の教授たちが他の学生たちとの間に持っていた関係における経験によっても
ある程度形作られる
・私の学生 A との繰り返しの相互作用は、相手についての具体的なことをお互い
に教え合う
まとめ
ロス・シューメイカーの実験の「経験」は、構造的に一緒なゲームをプレイし慣
れとなり、均衡を導いていた。しかし、この場合だと、評判や相手の情報などが
足されていってしまって、
「似通った構造のゲームをプレイした経験の結果、均衡
が選ばれている」と素朴に主張することができない。
☆直接的というほどでないような経験を2つのカテゴリーに分ける:
(3)と(4)
⇒(3)社会的慣習
データはないが、文化から類推→一つの均衡に導ける
例
韓国の大学院生と指導教官によってプレイされる両性の戦いゲーム
→一方向に向かって恭順が明白に示される3
⇒(4)社会的慣習のつき進めていった先にある、個人が何をすべきかについて
よい判断力を持っている状況
⇒社会的に導かれたもの or 文化的に導かれたもの2つに分けられる
・判断力の源を説明できない
・焦点均衡(フォーカルポイント)がもっともこの議論に優れている
※直観的に、戦略的不確実性がなくなる
(5)プレイヤーたちはどのように行動するかを知るために演繹法と前方見通し
を用いることができる
※ロジカルに考えた結果、戦略的不確実性がなくなる
図6.1参照
・AはBがどのように行動するかを演繹的に推論し、それに応じて自分の行動
を選択する
・ゲーム理論のほとんどは、ある特定の状況で「合理的なプレイヤーたち」が
どう行動するかを演繹する試みとして表現される
5つのカテゴリーの比較
・(1)と(5)は互いに異なって、他とも違う
・(2)と(3)と(4)の境目は、曖昧なもの
いつ、それ以前の経験が「相対的」なものとしてみなされるのか
いつ、社会的慣習が焦点となるのか
→いまだに答えを出す形式的構成概念を手に入れていない
3
韓国には年上を敬う習慣あり
これまでに取り上げた例とストーリーとの比較
いままでの例のゲームでは、1 つのゲームに沢山のナッシュ均衡があった。この場合、集
合を求めたとしても、特に役に立たない4
→では、それらの例で欠けているものは何なのかを考察
(1)
「最大の整数を挙げよ」という事態に至るゲームは、その振る舞いが手に負えない
・ナッシュ均衡であるための必要条件は、ゲーム全体からみてそれが自明であること
・第一段階では自明なプレイがあるが、第二段階では自明なプレイがない
ナッシュ均衡の必要条件が厳しすぎるのではないか?
→自明の部分戦略が存在するゲームでの行動を特徴づけるような、何かより緩やかな条件
があるのだろうか
(2)プレイヤーたちにとって複雑すぎる
部分ゲームそれぞれは、簡単なゲームであるが、ゲーム全体となるとプレイヤーたちが自
分の持っている絵を完全に調べ上げるという能力について無茶な要求が課される
(3)ゲームに多くの均衡があるが、どれ1つとして経験あるいは演繹法によって示唆さ
れるものはない
もし 2 人のプレイヤーにお互いがリストを作る前の話し合いが許されるとすれば、均衡分
析がより現実味を帯びてくるかもしれない
(4)これも(3)と一緒
(5)もし、ムカデゲームを1つの完備情報でかつ完全情報なゲームであると考えると、
現実性に乏しいモデルであるから、不適切である
Bが協力的な人物であるということをAが 0.00001 の確率で評価するというように、定式
化を尐し変えるだけで、このゲームにおけるナッシュ均衡の集合は大きく変わってしまう
→当然、不確実性もモデルの中に含めるべき5
4以下の(・)は前節のゲームに対応
5利得最大化の仮定は崩さない
: Ex)(1)チェス
(6)アメリカ国内航空輸送産業について
プレイヤーの持っている選択肢がかなり複雑で、プレイヤー自身にも不明確。相手の目的
もはっきりわからない。法律がどう展開するかもわからない。
⇒これらすべての不確実性をゲーム理論のモデルによってモデル化を試みることはできる
が、
「正しい」モデルを構築できたとしても、それは後知恵の恩恵があればこそ
例えば、1990 年から 2000 年までの 10 年間にヨーロッパ間の航空輸送産業がどう展開す
るかを予想できるかもしれないが、これはまったく当たらないでしょう!試してみなさ
い!