フロントバンパー306

自動車へ全衝突形態対応の救命機能を搭載するための救急
医療実態に基づく傷害予測アルゴリズムの構築とその実証実験
日本大学工学部
西本 哲也(研究代表)
日本医科大学千葉北総病院
阪本 雄一郎(3次救急調査担当)
東京慈恵会医科大学柏病院
小山 勉(2次救急調査担当)
むらかみクリニック
村上 成之(救急解析担当)
交通安全環境研究所
松井 靖浩(衝撃実験担当)
日本大学理工学部
富永 茂(事故調査解析担当)
The University of Adelaide
Jack McLean(豪州事故解析担当)
1.はじめに
現状の自動車交通事故における救急活動では,交通事故の覚
車安全分野ではこの生理学的評価の活用は十分になされていな
いのが現状である.
知から救助,治療までに時間的ロスを生じており,また正確な事
本研究では,解剖学的評価AISから計算されるISSと生理学的
故情報が医師に伝達されにくいため,最適な救急医療が実行し
評価RTSに基づいて計算される予測生存率Ps(Probability of
にくく,防ぎ得る交通事故死亡者が存在している.この交通外傷
survival:以下,Psと示す)により交通事故の解析を行った.予測生
における防ぎ得る交通事故死亡者は4割以上にも達すると言われ
存率Psは,交通事故において助かる可能性を統計的に算出した
(1),(2)
ている
.著者はドライブレコーダへ救命機能を搭載することを
指標であり,我々は自動車へ予測生存率Psに基づく傷害予測ア
めざし,事故発生時に乗員の血液型や既往症などの情報や衝撃
ルゴリズムを救急救命型ドライブレコーダへ実装することが死傷者
の大きさ情報を自動通報するシステムの開発に着手し,タクシー
を低減できる有効な手段であると考えている.ここでは,日本外傷
に搭載した実証実験を実施してきた(3),(4).タクシーへ救急救命型
データバンク(Japan Trauma Data Bank:以下,JTDBと示す)を用
ドライブレコーダを搭載した実証実験の結果では,自動車対自転
いて,このJTDB(6)に登録されている全外傷データの中から交通外
車,対歩行者,対原付事故が頻発し,自動車乗車中の乗員保護
傷データの解析を実施した結果を述べる.
も重要であるが同様にこのような交通弱者を救済できる総合的な
救済システムが必要であると考えるに至った.
2.2 55 歳から死亡率が上昇し,早期救命が必要である
そこで我々は傷害予測を適切に行うために,まず交通外傷の
2004 年から 2007 年の間に全国の JTDB 登録施設に登録され
重傷患者を受け入れる第3次医療機関(救命救急センター)で収
た全外傷データ 20,257 例から欠損値処理を施し,交通外傷に限
集された交通事故統計データの解析を行い,危険な衝突形態の
定した 5,005 例のデータを抽出して解析対象とした.表 1 に解析
洗い出しと年齢の及ぼす影響についてマクロ的解析を実施した.
対象データの抽出条件を示す.
次に我が国の大学では初となる交通事故のミクロ実態調査を行い,
予測生存率の妥当性を検討した.
表1 JTDB 解析の対象データ数
データ数
20,257
11,645
2.外傷データバンクによるマクロデータの解析
5,556
2.1 外傷評価の方法
自動車産業界における自動車の安全性能向上のための研究
5,005
データ抽出条件
備考
生データ
-
欠損値の処理
Age,Gender,ISS,RTS,survival
が揃っているデータのみ抽出
鈍的-交通事故 を抽出
-
四輪車両運転者(以下,四輪車)
二輪車運転者(以下,二輪車)
自転車
歩行者
四輪車助手席,四輪車後席,
二輪車同乗はデータ数が少な
いため今回は解析対象としな
い
-
分野では,交通事故による人体の傷害評価として,骨折,挫傷,
出血量等の大きさを 1~6段階で示す解剖学的評価Abbreviated
さらに 5,005 例のデータについて,受傷者の乗車していた車種
Injury Scale(以下,AISと示す)を採用してきた.この評価方法は衝
ごとに,四輪車,二輪車,自転車,歩行者の 4 車種に分類した.表
突実験用ダミーに適用され,傷害基準となる傷害のしきい値を定
2 にそれぞれの車種毎の対象データ数を示す.
めて安全性能を確保している.また,交通外傷では傷害は複数個
表 2 車種別データ数
所生じるので,AISの上位 3 区分の二乗和で計算されるInjury
車種
データ数
Severity Score(以下,ISSと示す)も事故解析で用いられている.
四輪車
1,234
二輪車
1,740
一方,救命救急活動の評価・改善を目的とした医学分野では,意
自転車
956
識レベル,収縮期血圧,呼吸数から計算される生理学的傷害
歩行者
1,075
Revised Trauma Score(以下,RTSと示す)を採用しており(5),自動
計
5,005
ついて,図 2(a)と(b)に年齢 54 歳以下と 55 歳以上に分けて示す.
図1に年齢層を 5 歳刻みで受傷者人数の分布と死亡率の関係
を示す.死亡率とは,3次救急機関へ搬送された 5,005 人につい
縦軸は意識レベル GCS 等から計算される生理学的傷害RTS であ
て,死亡者数を死亡者と生存者の和で除した値である.
り,横軸は AIS で計算される解剖学的傷害 ISS である.
死傷者数
600
90
80
70
60
50
400
重症
100
40
30
200
20
10
年齢
図 1 年齢層別の負傷者数と死亡率の関係(全車種:N=5,005)
軽症
10
5-
0-
①四輪車
②二輪車
③自転車
④歩行者
2.0
3.0
4.0
5.0
6.0
7.0
9
-1
4
15
-1
9
20
-2
4
25
-2
9
30
-3
4
35
-3
9
40
-4
4
45
-4
9
50
-5
4
55
-5
9
60
-6
4
65
-6
9
70
-7
4
75
-7
9
80
-8
4
85
-8
9
90
-
0
4
0
0.0
1.0
生理学的傷害 RTS
人数
死亡率
死亡率(%)
800
8.0
0
15
軽症
図1をみると,棒グラフで示した死傷者数は 15-19 歳,20-24 歳,
30
45
解剖学的傷害 ISS
60
75
重症
図 2(a) 54 歳以下の車種別予測生存率 Ps90%ライン
して折れ線で示すと,0-4 歳では死亡率は少し高いが,それ以降
54 歳まで 15%くらいにとどまっていることが読み取れる.注目すべ
きは,55-59 歳から死亡率は右上がりに高くなる傾向を示し,75 歳
以上の後期高齢者になると死亡率は 40%以上になり最終的には
50%まで上昇することである.55 歳以上から死亡率が上昇する事
実は重要であり,インパクトバイオメカニクスの観点から死体や志
願者による衝撃耐性に及ぼす年齢の影響についてさまざまな研
から年齢影響が抽出している.要するに,年齢が 55 歳を越えた負
①四輪車
②二輪車
③自転車
④歩行者
2.0
3.0
4.0
5.0
6.0
7.0
軽症
究がなされているが,このように外傷データをマクロ解析した結果
0.0
1.0
生理学的傷害 RTS
歳の高齢者層の 2 つのピークがあることが分かる.死亡率を計算
重症
25-29 歳,30-34 歳の若者・成人層と,55-59 歳,60-64 歳,65-69
8.0
0
15
軽症
傷者は死亡率が高くなっていくので早期に救済する必要があると
言える.
2.3 予測生存率積でみると自転車乗車中が最も危険である
30
45
解剖学的傷害 ISS
60
75
重症
図 2(b) 55 歳以上の車種別予測生存率 Ps90%ライン
解剖学的損傷と生理学的損傷はどの車種による損傷でも比例
予測生存率PsはChampionらによって提唱された予測される生
関係にあり,ISS が大きい(損傷が大)と RTS は小さく(生命維持状
存率を示す指標であり(7),(8),解剖学的重症度ISSと生理学的重症
況が悪い)なる傾向がある. 図 2(a)と(b)を比較すると Ps=90%線に
度RTSに年齢項Ageの 3 つを線形結合としたリスクファクタ とし,
よって RTS と ISS で囲まれる面積は,54 歳以下に比べ 55 歳以上
以下に示すロジスティック回帰モデルで表現したものである.
の場合は面積が小さい.予測生存率 Ps=90%を確保するためには,
1
Ps =
1 + e −z
ここで、
z = β 0 + β1 ⋅ RTS + β 2 ⋅ ISS + β 3 ⋅ Age
55 歳以上では 54 歳以上に比べ ISS が小さく,かつ RTS が大きい
値でなければならないことを示している.言い換えると,55 歳以上
では予測生存率線で囲まれる面積が小さいため,解剖学的損傷
が小さくて生理学的状態もよくなければ 90%の生存を確保できな
いことを意味している.この予測生存率線で囲まれる面積の大小
は,衝撃耐性に年齢の影響が及ぼしているものと考え,ここで予
本研究では Ps モデルの偏回帰係数を JTDB データを用いて決
測生存率積と定義した.
定している.受傷者において観測された ISS,RTS および年齢因
予測生存率積の意味を踏まえ,車種別に Ps 曲線の傾向をみる
子(55 歳以上かどうか)を式に代入することで Ps を計算している.
と,注目すべきは年齢 54 歳以下と 55 歳以上ともに自転車の予測
Ps は 0 から 1(100%)までの値をとり,例えば Ps=90%は生存率が
生存率積が四輪車,二輪車および歩行者に比べて小さいことで
90%であることを意味する.
ある.これは全衝突形態の中で,自転車事故が最も危険な事故
受傷者の乗車車種別の予測生存率 Ps=90%を計算した結果に
であり,早期に救出すべきであることを示している.
3.2 交通事故調査の方法
2.4 予測生存率 90%であっても,かなり重症である
予測生存率 Ps=90%は,通常議論される Ps=50%ラインで判断す
3次救急を担当する日本医科大学千葉北総病院救急救命セン
るよりも,かなり生存率の高い状態をみている.図3は予測生存率
ターには年間約 250 件近くの重傷患者(AIS3+)が搬送されており,
Ps を 50%から 90%までの 10%刻みで年齢 55 歳以上の場合につい
このうち6割が交通事故負傷者である.そこで病院へ事故実態調
て示したもので,生存と死亡の各データプロット点も示してある
査の中核となるセンターを設置して,1)交通事故の救急活動情
(5,005 の全プロットを表記したが,重複点も多いので点数は少な
報,2)傷害に関する情報,3)事故車両と交通環境に関する情報
く表示されている).予測生存率を 90%と高く維持しようとすると,
の調査を実施している(図3).調査では車体損傷,シートベルト・
解剖学的傷害も生理学的傷害も良くなければならないことが分か
エアバッグ等の乗員保護装置の作動,乗員体格,乗車姿勢など
る.すなわち,予測生存率積は予測生存率が上がるほど小さくな
の事故車両と人体傷害データを収集し,事故時の衝突条件,加
る.
害部位,人体損傷(解剖学的損傷,生理学的損傷)等の関係を解
横軸に示す ISS についての計算で,例えば重傷である AIS-3
析している.調査データはその都度吟味し,車両と傷害データに
が解剖学的区分の3箇所にあった場合を想定すると,ISS は 27 に
基づく追加調査の必要性,受傷者へのインタビューの必要性など
ほかならない.55 歳以上のデータである図3において,予測生存
各データの整合性の検討と判断を実施している.
率 Ps=90%線に着目すると,RTS が8(RTS 計算では GCS,収縮期
血圧,呼吸数を最良のコード4を代入すると,最大は 7.84 である)
調査対象は救急車やドクターヘリで搬送された交通事故であり,
調査は日本医科大学の倫理委員会の承諾を得て実施している.
として,生理学的傷害が最良好な場合での ISS は 30 近傍となって
いる.これは,Ps=90%であってもかなり重症な領域で判断している
救急隊
と考えており,これは次に述べる事故実態の調査からも判断でき
・現場情報
・患者情報
た.
Live
Died
Ps=50%
Ps=60%
Ps=70%
Ps=80%
医工学連携調査チーム
・傷害情報
・患者情報
・車両情報
・事故現場情報
・患者インタビュー
Ps=90%
軽症
生理学的損傷 RTS
重症
0.0
1.0
2.0
事故実態調査
3.0
図 4 事故実態で収集する情報
4.0
5.0
事故調査票の構成は,①事故概要,②環境詳細,③車両詳細,
6.0
④車両変形「車室内」詳細,⑤乗員傷害箇所詳細,⑥乗員接触
7.0
8.0
0
15
軽症
30
45
解剖学的損傷 ISS
60
重症
75
位置詳細,⑦自転車・歩行者事故詳細,⑧救急活動詳細から成
っている.
図 3 予測生存率に基づく救命ラインの検討:55 歳以上全事故
傷害調査に関しては,原則的に外傷の部位,大きさ(程度),状
態などの情報を 1 次情報として収集するが,諸データを分析しさら
に深い分析が必要になった場合には必要に応じた詳細傷害情報,
3.交通事故実態の調査解析によるミクロ解析
例えばX線写真による骨折状況,CT 等による脳挫傷,脳出血の
3.1 我が国初の大学による交通事故調査
前述のように,交通事故に関する外傷データは JTDB として構
状況,手術時の情報などを 2 次傷害情報として収集する.調査で
築され,交通事故負傷者の生理学的損傷データ(意識レベル,呼
は,車両調査を実施する前に受傷情報を入手しており,車両調査
吸数,血圧やそれにより算出される RTS)を分析できるようになっ
時に厳密な被加害関係の調査を可能としている.
た.しかし JTDB は医学的な活用を主目的に構築されているため
調査チームは図5のように日本医科大学の医師,日本大学の
人体傷害データのみで,事故の機序となる車両損傷データはな
工学系教員,事故実態調査経験者と日本大学の学生により構成
い.
している.調査員が1 ヵ月のうち1週間に亘り日本医科大学千葉北
また,傷害程度に応じた搬送病院の振り分けが望まれるが,適
総病院に待機し,前月の調査期間以降に搬送された交通事故患
切な病院への救急搬送の振り分けには負傷者の意識レベルなど
者を対象として各調査を行っている.なお,重大な事故や事故車
(5)
に加えて車両破損程度に基づく経験的な判断がなされており ,
両が他地域へ搬送されるなどの場合には,待機期間に関わらず
解剖学的・生理学的損傷と車両破損との関係をより明確にする必
調査を行う体制としている.このような病院内に設立した医工学連
要があり,そのためにも交通事故実態の調査が必要である.
携チームの編成は,傷害を担当する医学研究者と車両損傷を担
以上の現状課題の解決を目的として,日本大学と日本医科大
当する工学研究者の綿密なすり合わせが可能で,事故事例の整
学の医工学連携チームを編成し,我が国で初の試みとして大学
合性がとりやすく,より厳密な解析が実施できる特徴があるものと
を中核とした事故実態調査解析を開始した.
考える.
55 歳以上では 1 例が Ps=80~90%,他 2 例は Ps=90%以上の領
病院
患者搬送
交通事故
・医師
・患者
・車両調査
・事故現場調査
域にあった. 3 件の乗員はすべて生存しており,予後は良好であ
った.最も重症であった図中の事故事例Aは,心タンポナーゼの
発症事故である.2名乗車の軽自動車が交通閑散で登り左カー
傷害情報等収集
ブの市町村道を通過する際,運転者が意識を失い直進したため
調査員出動
に路外逸脱し天然岩でできている縁石および塀に車両前面がほ
事故調査チーム
医学担当:
医学者2名
工学担当:
工学者2名
実態調査担当:経験者1名,学生3名
ぼ 90°で衝突しものである.図8のように車両の破損は比較的少
なく,フロントバンパー,フロントマスクの変形を認め,右フロントサ
イドメンバーは前端部が約 50mm 後退し,等価バリア換算速度EB
図 5 交通事故実態調査の方法
Sは 25km/h である.その他に破損部は無く車室内への侵入は認
事故調査の実施にあたっては豪州アデレード大学Center for
められなかった.
(15)
Automotive Safety Research へ訪問し,40 年以上前から大学で
実施している調査方式や調査票内容について調べた.実態調
査では本助成により専用車両を導入し,車両や現場の実態調査
を開始した(図6).調査車両には車体変形測定用の用具を搭載
しており,事故現場,事故車両保管場所に赴いての調査や患者
インタビュー等に活用している.調査解析では日本大学西本研
究室の工学系学生が参画している.学生の事故調査経験は,研
究室で実施する人間工学研究や生体力学研究の基盤となって
おり,安全研究の教育としての役割りも担っている.
図 8 事例Aの軽微な車両損傷,EBS=25km/h
後席左側に乗車していた 72 歳女性は,ドクターヘリにより搬送
され,病院到着時の RTS 7.55,Ps 80.4%の予測生存率であった.
3 点式シートベルトを正規着用していたにもかかわらず心タンポナ
ーゼ(AIS-5),血気胸(AIS-4)等を被っている.退院後のインタビ
ューでは,事故直後の意識は鮮明であったが徐々に胸が苦しく
なったと述べている.
心タンポナーゼの原因となった出血部位は,上大静脈が心臓
右心房に直結する根元付近であり(図9),比較的小さな創であっ
た.この血管創の発生原因を検討すると,衝突時に血液が充満し
図 6 医工大学連携による事故実態調査
重い心臓が胸空内で慣性により移動しようとする際に血管が引張
られることになり,加齢により身体組織が比較的弱くなっていた血
3.3 ミクロ調査事例のマクロ予測生存率との照合
平成21 年度の実態調査事では四輪乗車中の事故9 例を調査し
管に創を生じたと考えられる.加えて,乗員の上体がシートベルト
ており,そのうち3件は年齢 55 歳以上の乗員であった.事例調査
により保持される時,ショルダーベルトにより胸部は強く圧迫され,
データの位置づけを検討するため,四輪乗員の Ps 曲線を計算し,
弱い部分としての血管が損傷したとの傷害発生機序が想定され
事故事例との照合を行った結果を図7に示す.
る.
0.0
Ps=50%(55歳以上)
1.0
Ps=60%(55歳以上)
2.0
Ps=70%(55歳以上)
Ps=80%(55歳以上)
RTS
3.0
Ps=90%(55歳以上)
4.0
出血部
5.0
6.0
事例:B,Ps96.8%
年齢:73
7.0
ISS8
RTS7.55
8.0
0
5
10
15
事例:C ,Ps94.4%
年齢:66
ISS20
RTS7.84
20
25
30
35
事例:A,Ps80.4%
年齢:72
ISS38
RTS7.55
40
45
50
55
60
65
70
75
ISS
図 7 四輪車 55 歳以上乗員の予測生存率と実態調査事例
図 9 心タンポナーゼの原因となった上大静脈血管の損傷
3.4 予測生存率 90%の妥当性と傷害予測機能
参 考 文 献
事例Aの重症患者は年齢 78 歳と高齢であるが,シートベルトは
(1) 益 子 邦 洋 , 外 傷 セ ン タ ー の 整 備 は 緊 急 の 課 題 ,
正規に着用しており,自動車の前面衝突試験法や自動車アセス
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/7233/mashiko04.ht
メント試験と比して EBS=25km/h は衝撃が小さい衝突であると判断
ml,(2003)
でき,重症となるとは想定できない事例であった.この事例につい
(2) 高柳和江,J. Nippon Med Sch,Vol71,No.6,pp.371-378(2004)
ては退院後に面談してインタビューに加え,乗車状態の再現実験
(3) 西本哲也,高齢自動車ドライバ・乗車乗員の早期救済を目
を受傷者協力の基に実施しており,ベルト着用が正規であったか
指した救急救命ドライブレコーダシステム,設計工学,特
を再確認している.生理学的損傷 RTS は 7.55 と良好であるが,
集:高齢社会における医療・工学が提案する技術
AIS5 の心タンポナーゼ,AIS4 の血気胸等により ISS は 38 と高い.
この本事例の調査により,予測生存率Ps80%は想定より重症度が
高いと考えるに至った.
自動車は,エアバッグの展開を伴う事故について,車両速度等
の車両状態に係る計測データを時系列で記録する機能がイベン
トデータレコーダ(EDR)として新車へ搭載されるようになっている(9).
米国ではURGENCYと称する傷害予測システムの研究が行われ
(1),Vol.43,No.6,pp.303-306(2008)
(4) 富永茂ほか,交通事故における救急活動の実態調査と自
動車救急システムの検討,自動車技術会 2007 年春季大
会,No.48-07,pp.1-6(2007)
(5) 日本外傷学会・日本救急医学会監修:外傷初期治療ガイ
ドライン JATEC,へるす出版 (2003)
(6) 小関一英,益子邦洋,横田順一朗ほか:Trauma Registry
準備状況報告,日外傷会誌,第 16 巻 2 号:pp.115 (2002)
ており,デルタV,衝突方向,乗員拘束装置,乗員年齢を因子とし
(7) Champion, HR. et al:The Major Trauma Outcome Study:
て自動車乗員の重症リスクを予測するアルゴリズムが開発されて
Establishing National Norms for Trauma Care,Journal of
いる(10)~(14).我々はEDRを進化させ自動車から衝撃の激しさ,乗
Trauma,Vol.30,No.1,pp.1356-1365 (1990)
員情報,事故現場等の事故情報を自動発信し,高エネルギ事故
の判断や3次あるいは2次病院を選定する救命システムの開発を
実 施 し て い る . こ れ を 「 自 動 車 救 命 シ ス テ ム J-ACN
(16)
(Japanese-Automatic Collision Notification)」 と称し
,その自動
車搭載装置が「救急救命型ドライブレコーダ」である.ドライブレコ
ーダ本体には衝突インジケータと称するトリアージランプを搭載し,
(8) Boyd, CR. et al:Evaluating Trauma Care: The TRISS
METHOD,Journal of Trauma,Vol.27,No.4,pp.370-378
(1987)
(9) 伊豫田紀文, トヨタの最新EDR,2008 予防時報 234,p
p.22-27(2008)
(10) Malliaris, A. C. et al.: Relation Between Crash Casualties
救急隊員への警告機能と救命指令センターへ緊急度を知らせる
and Crash Attributes, SAE Paper Number 970393,
機能を持っている.交通事故による死亡者ゼロを目指すとの観点
SP-1231(1997)
ではPs=100%として傷害予測機能を設定すべきであるが,生理学
的損傷が小さくても解剖学的損傷が大きくて死亡する場合や,解
剖学的損傷が小さくても生理学的損傷が大きい場合が存在し,現
実には 100%をボーダーラインと定めることは難しい.そこで,最も
グレードの高い緊急度の要する事故の判断として,前述の事故事
例調査から予測生存率Ps=90%に相当させることが妥当であると考
えている.自動車の傷害予測機能として救急救命型ドライブレコ
ーダへ予測生存率積に基づくアルゴリズムを搭載していく予定で
ある.
(11) Champion, H.R. et al.: URGENCY for a Safer America,
AIRMED, pp.18-23(1999)
(12)Kanianthra, J. K. and Preziotti, G.: Field Operational Test
Results of an Automated Collision Notification System,
2000-01-C041, SAE Convergence Proceedings 2000.
(13)Augenstein, J. et al.: Development and Validation of the
URGENCY Algorithm to Predict Compelling Injuries,
Paper#352,ESV Conference Proceedings in Amsterdam
(2001)
(14)Augenstein, J. et al.: Application of ACN Data to Improve
Vehicle Safety and Occupant Care, Paper #512, ESV
4.おわりに
1)年齢が 55 歳以上から死亡率が増加することが分かったので,
55 歳を高年齢による早期救済の判断基準とすればよい.自動
車乗員の年齢識別システム(17)の搭載も必要である.
Conference Proceedings in Lyon(2007)
(15)http://casr.adelaide.edu.au/
(16)西本哲也, 富永 茂,J-ACN 実現のための ITS 救急救命
システム,自動車技術,Vol.63,No.2:pp.58-64(2009)
2)車種別予測生存率の面積を指標とした予測生存率積による検
(17)武田優大,西本哲也,非接触による心拍測定とそれによ
討を実施した結果,最も危険な衝突は自転車事故であり,四輪
る年齢推定への応用,自動車技術会 2007 年春季大
車事故,二輪車事故,歩行者事故に比して早期の救命を要す
会,No.59-07,pp.23-26(2007)
ることが分かった.したがって,自動車には対自転車事故を検
知できる救命システムが必要である.
3)救急救命型ドライブレコーダは予測生存率 90%をしきい値とし
て,全衝突形態対応の予測アルゴリズムの搭載を目指す.