●調査レポート 調査レポート 原油高に 原油高に立ち向かう県内 かう県内トラック 県内トラック運送業界 トラック運送業界 はじめに 最近の原油価格の高騰による影響は、製造業や非製造業など産業の垣根を越えて様々な 業種に影響を及ぼしている。中でも、社会生活のライフラインを支えている主要な業種の 一つであるトラック運送業界は、最大必要経費である燃料費の動向には神経を尖らせてい る。トラックを走らさなければ収益は挙がらず、走らせるためには燃料が必要でその費用 をいかに安く抑えられるかどうかによって利益は左右する。しかし、原油価格の高騰に伴 う燃料費の上昇で、トラックの燃料となる軽油価格が高止まりしたまま一向に値下がりす る気配をみせないでいる。今や業界内では「企業の死活問題」だと危機感を募らせ、荷主 側に運賃の値上げや航空業界にみられるサーチャージ制(燃料特別付加価値)の導入を求 めているものの、乗り越えなければならないハードルは高い。埼玉県内のトラック運送事 業者も同様で、燃料費高騰の荒波を受け事態打開に苦しんでいる。本レポートは、埼玉県 内を含めたトラック運送業界についてその現況をまとめたものである。 1.トラック運送業界 トラック運送業界の 運送業界の現状 トラック運送には、霊柩事業を除き「一般貨物自動車運送」と「特定貨物自動車運送」 、 それに「特別積み合わせ貨物運送」の3事業形態に分類できる。1990 年に業界参入への規 制が緩和され、それまでの「免許制」から「許可制」に法改正(貨物自動車運送事業法と 図1 トラック運送事業者数 トラック 運送事業者数の 運送事業者数 の 推移( 推移 ( 全国) 全国 ) (霊柩事業除く) 58,255社 60000 55000 50,529社 50000 45000 38,216社 40000 9 0 年 の 規制緩和 35000 30000 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 年度末 出所:国土交通省「陸運統計要覧」 1 貨物運送取扱事業法)されたことから事業者数が増加( (図1)したが、事業に参入するた めに必要な最低保有車両台数が5台に引き下げられたことで、トラック台数は逆に減少に 転じた( (表1)。現在では事業者数は全国で霊柩事業者を除き約5万 8,300 社、トラック 台数で約 716 万台が全国を走り回り、事業者数の多さが経営を苦しくさせている要因とも なっている。 表1 全国トラック保有台数の推移 (単位:千台) 自家用 営業用 合計 93 年 7,948 874 8,822 94 年 7,897 881 8,778 95 年 7,859 909 8,768 96 年 7,801 935 8,736 97 年 7,732 962 8,694 98 年 7,589 975 8,564 99 年 7,379 968 8,347 00 年 7,165 969 8,134 01 年 7,001 1,105 8,106 02 年 6,805 1,102 7,907 03 年 6,571 1,095 7,666 04 年 6,317 1,097 7,414 05 年 6,165 1,115 7,280 06 年 6,034 1,126 7,160 出所:国土交通省自動車交通局(単位:千台) 2.埼玉県内の 埼玉県内のトラック運送事業者 トラック運送事業者 一方、埼玉県内での事業者数も 1990 年の規制緩和以降、業界参入業者が増加した。国 土交通省の埼玉運輸支局によると、同支局管内(大宮、熊谷、春日部、所沢)の運送事業 者数は軽貨物運送業者を含めて 2002 年度は 13,457 事業者、86,210 台だったのが 2006 年 度には 14,684 事業者、94,522 台にまで増加した。車両数こそ 2003 年度に前年度比で減 少したものの、その後は事業者数に比例して増加している。また、軽貨物自動車を除いた トラック運送業者( (図2)は、2003 年3月で 3,023 事業者だったのが年々増え続け、2007 年3月末には 3,381 事業所に達し、トラック台数も 2004 年に落ち込んだものの 2005 年3 月末の 61,345 台から 61,728 台へと増加した。また、トラック事業者を保有台数別( (図 3) にみると、100 台以上の大手・中堅運送事業者は全体の5%に過ぎず、約7割が 20 台以 内と圧倒的に小規模事業者で占められている。 埼玉県を含めて全国で約6万近い事業者のうちで大手企業と言われるのは、ほんの一握 2 図2 埼玉県内の 埼玉県内 の トラック事業者数 トラック 事業者数と 事業者数 と 車両数の 車両数 の 推移 (霊柩事業含む) 6 1 ,7 2 8 3500 61,405 6 1 ,3 4 5 61500 3400 3,381 3,305 3300 60,088 61000 60500 3,216 3200 62000 60000 3 ,1 2 2 59500 3100 5 9 ,1 6 0 3 ,0 2 3 59000 3000 58500 2900 58000 57500 2800 03年3月末 04年3月末 貨物事業者 05年3月末 06年3月末 貨物車両 07年3月末 出所:国土交通省埼玉運輸支局 りしか存在しない。大手企業とは、不特定多数の貨物を混載して定期的に定路線で輸送す る「特別積み合わせ貨物運送」を行う事業者が中心で、トラックターミナルを備えるなど 広域的なネットワークを持ち、宅配便業者もこの事業形態に属する。一方、業界の約9割 を占める中小事業者は「一般貨物自動車運送」に属し、工場や倉庫など荷主の需要に応じ て車両ごとに貸し切りで輸送するが、この中小事業者でも直に荷主側と取引できるのはわ ようしゃ ずかで、このうち約7割の事業者は同業者取引を行い「傭車」といった業界独特の慣習も ある。荷主を限定して自家用輸送の代行を行う「特定貨物自動車運送」も中小事業者が中 図3 県内台数別運送事業者割合( 県内台数別運送事業者割合 ( 2005年 2005 年 3 月末現在) 月末現在 ) 出所:国土交通省埼玉運輸支局 4% 11% 7% 50% 27% (霊柩事業者含む) 10台まで 1% 20台まで 30台まで 50台まで 3 100台まで 101台以上 心で業者数としては「一般貨物自動車運送」に次いで2番目に多い。埼玉県内に限らず全 国の運送事業者の経営を圧迫しているのが規制緩和による業者の増加による過当競争がそ の一大要因だが、社会的要請からの安全対策や環境対策への経費負担、あるいは原油高騰 による燃料費の負担が事業の継続を一層困難なものにさせているのが現在の状況である。 3.経営を 経営を圧迫する 圧迫する諸要因 する諸要因 1)環境対策費の負担 原油高による燃料費の負担増に苦しめられている今、燃料の値上がり分を運賃価格に転 嫁したいところだが、なかなか荷主側の理解を得られず原油が1ドル上昇するたびに危機 感を募らせているのが実情だ。燃料費の高騰以前にすでにトラック運送業界ではかなりの 環境対策経費の負担を強いられてきた。それが自動車排出ガス規制で、一酸化炭素や窒素 酸化物など自動車から排出される大気汚染物質の削減対策に要する経費負担が 2002 年 10 月から始まり、東京や埼玉、神奈川県などの首都圏ではさらに条例での規制も始まった。 そのためトラック運送事業者は、既に使用しているトラックに対して1台当たり 120 万円 以上もする粒子状物質減少装置(DPE)や 50 万円以上の酸化触媒装置の装着で経費を 負担している。環境対策の負担に加えて、安全対策のためと燃料の効率化を図るために速 度抑制装置(スピードリミッター)を約 20 万円前後で購入した運送事業者もいる。こう した経費負担は、基礎体力の脆弱な小規模運送事業者の経営環境を直撃し、業績悪化をも たらしている。 2)軽油高の負担 そこに原油高が加わり、燃料の軽油が高騰してさらに経営を圧迫、値上がりした軽油の 価格を運賃に転嫁して負担を軽くしたいところだが、再三にわたる運賃値上げにも荷主側 の理解が得られず結局は値上がった軽油代を運送事業者が負担する苦しい立場に置かれて いるのが今の状況である。軽油価格は高止まった以降、今年になってまた最高値を更新し 続けているが、そもそも原油が急に値上がりしだしたのは 2004 年頃で、この約4年間で 店頭小売価格の軽油価格(消費税込み)は1リットル当たり約 50%も上昇した( (図 4) 。 この 20 年間で最も安かった 1988 年の 68 円に比べると今年3月7日現在で 64 円も値上 がりし、20 年間の物価上昇率を遙かに上回っているのが現状だ。 トラック運送業界では、軽油が1リットル当たり1円上がると業界全体で約 180 億円の 負担増になると言われている。これを基に原油が値上がりし始めた4年前から現在の価格 で業界負担と1業者当たりの負担額を試算したところ、業界全体の負担額が 7,920 億円で 軽油1円の値上がりで 業界負担額は約 180 億円 1社当たり約 1,359 万円 この4年間で 44 円上昇 業界負担額は総額で約 7,920 億円 となった。埼玉県内の運 1社当たりの負担額は 約 1,359 万円 送事業者だけでも約 459 埼玉県内全体の負担額は 約 459 億円 億円に上る負担を強いら 4 れていることになる。この負担額は、埼玉県トラック協会が調査を始めた県内スタンド売 り価格(消費税抜き)の推移( (図5)から算出してもほぼ同じような金額となる。 図4 全国平均の 全国平均 の 軽油価格推移 1ℓ当たり店頭売り(消費税込み) 140 0 8 年3月1 3 2 円 120 100 80 0 4 年8 8 円 60 8 8 年6 8 円 40 20 図5 年 年 3月 20 08 年 年 年 年 年 年 年 年 年 出典:石油情報センター「給油所石油製品市況調査」から当研究所で作成 07 06 05 04 03 02 01 00 99 年 年 年 年 年 98 97 96 95 94 年 年 年 年 年 93 92 91 90 89 88 87 年 0 県内平均軽油価格の 県内平均軽油価格 の 推移( 推移 ( スタンド扱 スタンド 扱 い ) 1ℓ当たり(消費税抜き価格) 140 120 100 0 8 年2 月 115 .66 円 80 60 40 04 年 8 月 72 . 20円 20 円 20 04 年 8 04 月 年 1 04 0 月 年 12 05 月 年 2 05 月 年 4 05 月 年 6 05 月 年 8 05 月 年 1 05 0 月 年 12 06 月 年 2 06 月 年 4 06 月 年 6 06 月 年 8 06 月 年 1 06 0 月 年 12 07 月 年 2 07 月 年 4 07 月 年 6 07 月 年 8 07 月 年 1 07 0 月 年 12 08 月 年 2月 0 出所:埼玉県トラック協会 3)運賃転嫁の限界 トラック運送業界としては、この 7,920 億円にものぼる経費負担を荷主側にそれ相応に 負担を求めたいところだが、なかなか理解を得られずにいるのが現状のようだ。トラック 5 運送事業者の団体である全日本トラック協会では、軽油価格の高騰に伴って会員企業に運 賃転嫁状況を定期的にアンケート調査しているが、直近の調査結果(今年1月)でも「ほ ぼ転嫁できている」との回答は 1.5%に過ぎず、 「一部転嫁できている」との回答を含めて も4割ほどで、約6割の会員企業が「まったく転嫁できていない」と答えている( (図6)。 3年前の 2005 年 12 月調査に比べると、 「ほぼ転嫁できている」は 0.5 ㌽増で、 「一部転嫁 できている」は 15.7 ㌽増と転嫁率は上昇しているが、その転嫁による値上げ率は今年1月 現在で平均 4.0%にとどまっているという。同協会では、 「軽油の値上がりが社会的に認知 されてきた」としているが、実態は大手の運送事業者を中心とした運賃転化の実現に過ぎ ず、中小の運送事業者は依然として軽油の値上がり分を自己負担しているのが現実のよう だ 。 図6 出所:全日本トラック協会 運賃転嫁の 運賃転嫁 の 状況(%) 状況 (%) 2.0 0.9 07年7月調査 1.3 36.7 60.5 07年9月調査 37.5 59.9 36.3 61.0 07年11月調査 1.3 1.6 1.1 1.5 08年1月調査 ほぼ転嫁できている 1.3 38.8 58.4 一部転嫁できている まったく転嫁できていない 無回答 4)悪化続ける経営状況 全日本トラック協会ではまた、定期的に景況感調査も行っている。直近の 2007 年 10-12 月期調査結果(速報)によると、運賃の下げ止まり感はみられたものの、燃料高によるコ スト増が経営を圧迫していることが如実に表れ、業界の景況感は前回調査(2007 年 7-9 月期)に比べ独自の評価指数がマイナス 49 からマイナス 65 に 16 ㌽も悪化した。同調査 は特別積み合わせ運送と一般貨物自動車運送の事業者を対象にしたものだが、10-12 月期 調査では一般貨物の指標に限っては営業収入が横ばいにもかかわらず営業利益は落ち込み、 いかに燃料費の高騰が利益にしわ寄せを与えているかが推察される。 原油価格の高騰が始まって以降、経営環境が悪化の一途を辿っていることは企業倒産の 状況でもみてとれる。民間信用調査機関の帝国データバンクが昨年 12 月に特別調査した 「運送業者の倒産動向」によると、原油価格が高値推移している 2007 年1月から 11 月ま での間に全国で 329 件の倒産が発生、負債総額は 2,016 億 7,600 万円だった。倒産件数は 6 前年の 2006 年1月から 12 月ま 図7 県内運送業者の 県内運送業者 の 倒産件数推移 での 296 件を大幅に上回り、負 債総額も 1,088 億 1,200 万円か 25 ら 928 億 6,400 万円多くなって 20 いる。埼玉県内の状況も同じで、 15 11 件だった 2005 年1年間の倒 10 産件数(倉庫業兼用業者含む) が 2007 年1年間では 24 件に急 増( ( 図 7 )。別の調査機関であ 24 件 11件 5 0 05年 る東京商工リサーチの調べでも 13件 06年 07年 帝国データバンク大宮支店調べ 2006 年の 15 件から 2007 年に は 23 件に増加し、負債総額も同 22 億 4,600 万円から 34 億 9,700 万円に増えている。 4.まとめ 1)問題抱える県内業界 トラック運送業界は、規制緩和に始まって環境対策費の負担、燃料費の高騰と運賃転嫁 の難しさなど多くの経営的問題を抱え、厳しい状況に置かれていることは議論の余地はな い。規制緩和によって企業間競争が激しくなり、仕事を獲得するために燃料費の運賃転嫁 を諦め、安い運賃で無理に輸送を請け負うケースが後を絶たないでいる。とりわけ、約9 割を占める中小のトラック運送事業者の競争は大手の運送事業者よりも激烈でこの間、車 両の買い換え期間の延長や点検、整備費用などのあらゆる経費削減に取り組んできた。埼 玉県内のトラック運送事業者も同様だが燃費節約などの経費削減はすでに限界に近く、 様々な課題が山積している。 例えば、ユーザーの経費削減ニーズから傭車の利用拡大もみられ、 「一般貨物自動車では 仲介業者が介在するケースが拡大している」と指摘する声もある。仲介業者というのは、 自身はトラックを保有せず、トラックを保有している業者に運賃を提示させ下請けさせる 会社で、こうした仲介業者の存在が運賃の引き上げを難しくしている一つの原因になって いるとも言われている。 2)サーチャージ制の完全導入が危機克服の決め手 原油価格が高止まりしている現在、トラック運送事業者の苦境を打開する方策は何と言 っても軽油の低価格安定供給だろう。その意味でガソリン税の暫定税率問題と同様、この 4月1日から期限切れとなった軽油引取税 17.1 円の廃止は、取り敢えずトラック運送事業 者にとっては救いとなっているが、これが、5月以降に再び復活するかどうかは不透明な 情勢である。従ってトラック運送業界の経営を中長期的に安定させるために、航空業界で 導入されているサーチャージ制(燃料特別付加運賃)をトラック運送業界にも適用するこ 7 とが課題となっており、昨年来、全日本トラック協会などが中心になって導入に向けた取 り組みがなされている。その結果、国土交通省は緊急対策として燃料費の上昇分を運賃に 自動的に上乗せする算定方法を示したガイドラインをまとめ、サーチャージ制の導入を促 していくことにした。同制度の導入に強制力はなく荷主側への運賃転嫁がままならない現 状において、 「サーチャージ制を導入しても実効性は乏しい」との反論もあるが、不当なダ ンピングで安全運行が確保できないケースには、貨物自動車運送事業法に基づく立ち入り 検査を行い、行政処分の対象となるだけにトラック運送業界にとっては運賃交渉を行って いく上で、一つの拠り所となり大きな進展といえる。 サーチャージ制が今後業界内に浸透し定着すれば、日々の軽油価格の動向や暫定税率の 行方如何にかかわらず経営に専念でき、トラック業界にとっては経営の安定に寄与するも のと思われる。ただし、サーチャージ制による運賃上昇分はユーザー企業にとってはコス トアップ要因となり、仮にこれが製品価格などに転嫁されれば、消費生活にも影響を与え る事態も考えられるため、便乗値上げなどを誘発しないかどうかなどを含め今後の動向に は注視が必要であろう。 埼玉県内では約 3,400 社の運送事業者が存在し、このうち約 2,100 社が埼玉県トラック 協会に加盟している。同協会では「トラック1台で県民 100 人の生活を支える重要な役割 を担っている」と説明しているが、トラック輸送が県民生活に不可欠なインフラであるの は間違いなく、常に安全運行を確保できるよう、 経営の安定が実現されることを期待する。 8
© Copyright 2024 Paperzz