Otol Jpn 25 ( 4 ) : 329 , 2015 会長講演 司会のことば 柳原 尚明 愛媛大学名誉教授 日本耳科学会の年次総会では会長特別講演が恒例となっており、会長のライフワーク、専門 領域の update について理解を深める有意義な企画として続けられている。毎年、熱のこもった 会長の個性あふれる講演は感動的で会員の知識を裨益する所が大きい。本学会会長、高橋 晴 雄教授は中耳の換気生理とその病態、側頭骨組織病理学、人工内耳・人工中耳の 3 つの専門領域 をライフワークとしておられ、それぞれの権威として有名であるが、中耳の換気生理・病態生理 については、昨年の日耳鼻総会で宿題報告として既に発表されたので、今回の会長講演では第 二のライフワークとも言える側頭骨組織病理学にしぼって講演されることになった。 側頭骨組織病理学は耳科学の基礎をなす、特に手術を行ううえで最も重要なもの基礎領域で あるが、我が国では側頭骨組織病理標本の十分なコレクションを持ち、正常組織、病理組織学 を十分に研究できる施設は限られており、本学会では不得意分野に属する。今回の講演では 1987 年、ピッツバーグ大学での留学、研究以来の成果をまとめて話されることになっており、 またとない有意義なご講演が聞けるものと期待される。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 330 , 2015 会長講演 私と側頭骨組織病理学 髙橋 晴雄 長崎大学 耳鼻咽喉科 昨年、日耳鼻総会で宿題報告の機会をいただき、私の第一のライフワークである中耳の換気 生理・病態生理についてまとめてお話させて頂いたので、今回の日本耳科学会会長講演では私の 第二のライフワークとも言える側頭骨組織病理学についてお話させていただくことにした。 私は 35 歳の時に米国ピッツバーグ大学耳鼻咽喉科、山藤勇先生の研究室(通称山藤ラボ)で 約 5 年にわたって側頭骨組織病理学を勉強させていただいた。それまですでに多くの耳手術をや っていたものの中耳しか触っていなかったので、その奥に蝸牛や前庭、三半規管などの内耳の 構造物がどのくらいの深さにどういう位置であるのか正確には知らなかった。山藤ラボでの多 くの側頭骨標本の観察によりまさに眼から鱗のようにそれらの謎が解けた気がした。とくに前 任者の高木明先生(現在静岡県立総合病院)によって開発された、組織病理標本から三次元再 構築して側頭骨構造物の立体画像を作るソフトを駆使して、側頭骨構造物の立体的構造、相互 関係を学ぶことができたのは私にとって非常に幸運であった。 私が最初に山藤先生から与えられた研究テーマは、その 3 次元再構築法を使っての正円窓、正 円窓窩の立体解剖の解明であったが、当初はその意義についてよくわからなかった。しかし 30 年近くたった今、人工内耳での聴力温存手術や人工中耳(VSB)の正円窓設置など、正円窓と その周辺の解剖は耳科医にとって非常に重要な習得事項になっている。まさに山藤先生の先見 の明であった。 その他にも 3 次元再構築法を使って、前庭神経節(スカルパ神経節)や顔面神経管などの正常 構造、アブミ骨手術、人工内耳などの耳手術に関連したもの、また顔面神経管裂隙や Microfissure などの病態、などの多くの立体解剖を学ばせていただいた。その結果、それ以後の私の耳 手術は大きく変わったと思う。あらゆる手術において、操作している部位からどの方向にどの くらいの距離(深さ)に重要構造物があるのかがほぼ認識でき、また錐体部などへの新しいア プローチも想定できるようになった。山藤先生、高木先生には今でも深く感謝している。また 山藤ラボには世界有数の多くの耳管組織があり、中耳炎例で炎症による耳管狭窄、閉塞など多 くの貴重な病態を目の当たりにすることができ、以後私の中耳炎の臨床を行う上での大きな基 礎知識となった。 これらの私の研究の話と共に、今は亡き山藤勇先生の思い出や、時間が許せば日米の医療状 況の違いなどについても話させていただきたい。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 331 , 2015 特別講演1 特別講演1 司会の言葉 森山 寛 東京慈恵会医科大学 名誉教授 後天性中耳真珠腫の成因については、100 年以上も前から議論がなされてきており、その説は 3つに大別できる。①Retraction theory(Invagination):内陥説、②Basal cell hyperplasia(Papillary Ingrowth)theory:基底細胞乳頭状増殖説、③Epithelial Invasion theory(Immigration): 穿孔縁からの上皮侵入説である。私共の教室の長年にわたる様々な研究結果から、私は、現在 のところ内陥説のみでなく表皮の侵入説も関与していると考えている。 従来より真珠腫の発症機序や進展機序については、臨床的、解剖学的な観察より耳管狭窄に よる陰圧の関与など耳管機能不全の問題、滲出性中耳炎の影響、プルザック腔を裏面に有する 弛緩部鼓膜の解剖・組織学的な特徴、上鼓室の解剖学的(軟性・骨性)特徴、鼓室狭部(Tympanic isthmus)の特殊性、含気化程度や中耳腔・乳突洞の粘膜におけるガス換気能などにつ き、動物、ヒト側頭骨、術中組織などを材料として、様々な病理組織(免疫)学的あるいは生 理学的な研究成果が報告されてきた。 同時に真珠腫研究に分子生物学的手法が導入され、各種サイトカインの関与、表皮下組織と 表皮細胞のinteractionを含め、表皮(真珠腫上皮)の増殖、分化、細胞死(アポトーシス)など についての研究が進み、また腫瘍性変化とか遺伝子変異が関与するなどの報告もされるなど、 少しずつではあるがその成因や進展機序が解明されつつあると考える。 しかしながら表皮の増殖・分化の詳細なメカニズム、炎症の関与や個体の反応の違い、そして 促進・制御因子についての解明はまだまだ十分なものではなく、いまだに未解決の問題が多く 残されている。 これらの真珠腫に関する地道な研究が継続されることにより、そのゴールとして、中耳真珠 腫の発症・進展の予防法、また術後の再発防止や新たなる治療法の開発につながる事が期待で きる。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 332 , 2015 特別講演1 Cholesteatoma – Past –Present – Future Holger H. Sudhoff Department of Otolaryngology, Head and Neck Surgery, Bielefeld Academic Teaching Hospital, Muenster University, Bielefeld, Germany Middle ear cholesteatomas can originate from different sites on the temporal bone, which houses the middle ear among other structures. Distinction is made between three types of cholesteatoma localization: auditory canal middle ear, and petrous apex. The most frequent type is the middle earcholesteatoma. Clinically, they can be subdivided into a congenital and an acquired cholesteatoma. A number of theories on the pathogenesis of this aggressive form of chronic otitis media have been put forward, debated and, in some cases, dismissed again. Bone resorption can result in destruction of the ossicular chain and otic capsule with consecutive hearing loss, vestibular dysfunction, facial paralysis and intracranial complications. Surgery is the only treatment of choice. The etiopathogenesis of cholesteatoma, however, is still controversial. The middle ear cavity develops from the tip of the 1st pouch, and retains ist connection with the pharynx (the pharyngotympanic tube). Before birth, the middle ear cavity is filled with fluid, but after birth the fluid is replaced by air. The ossicles of the ear develop in 1st and 2nd arch mesenchyme alongside the 1st pouch. Later, the middle ear cavity enlarges and 'engulfs' the ossicles, so that they form a bridge across the cavity. We therefore investigated the role of triggers in the development of cholesteatomas. For this purpose, we used modern molecular, cellular biological and immunohistochemical approaches on human tissue material, since it has not been possible to date to establish an animal model resembling the human cholesteatoma. We report the different theories on the origin and development of cholesteatomas, as well as the findings to support each of these hypotheses. Many investigations on hyperproliferation, the various morphological sections of cholesteatomas, as well as into the expression of different proteins in these areas complete the presentation of this work. Additionally, current data investigating differentially expressed genes and stem cells in human cholesteatomas in comparison to regular auditory canal skin will be presented. Whole Human Genome Microarrays were used containing 19,596 human genes. In addition to already described up-regulated mRNAs in cholesteatoma, such as MMP9, DEFB2 and KRT19, we identified 3558 new cholesteatoma-related transcripts. 811 genes appear to be significantly differentially upregulated in cholesteatoma. 334 genes were down-regulated more than 2-fold. Significantly regulated genes with protein metabolism activity include matrix metalloproteinases as well as PI3, SERPINB3 and SERPINB4. Genes like SPP1, KRT6B, PRPH, SPRR1B and LAMC2 are known as genes with cell growth and/or maintenance activity. Transport activity genes and signal transduction genes are LCN2, GJB2 and CEACAM6. Three cell communication genes were identified; one CDH19 and two from the S100 family. Our findings demonstrate that the expression profile of cholesteatoma is similar to a metastatic tumour and chronically inflamed tissue. Based on the investigated profiles we present novel protein-protein interaction and signal transduction networks, which include cholesteatoma-regulated transcripts and may be of great value for drug targeting and therapy development. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 333 , 2015 特別講演2 特別講演2 司会の言葉 加我 君孝 国立病院機構東京医療センター 臨床研究(感覚器)センター Papsin 教授はユニークな視点で臨床研究を展開している一人である。この特別講演では幼小 児の人工内耳について、現在のような不完全な人工内耳ではあるがどのような成果がもたらさ れているか、多方面なアプローチの成果の報告の予定である。不完全な人工内耳にも関わら ず、聴覚が立派に獲得され活用される現実に魅せられているという。特に最近では両側人工内 耳装用がこの不完全さをカバーできるようになっているという。すなわち、聴覚という感覚を 再統合する働きが発達期の脳にあることは疑いようがないという。非聴覚系の大脳皮質におけ る情報処理システムが脳幹聴覚伝導路と聴皮質にどのように人工内耳によって貢献して再統合 されるか議論をすすめる予定である。同じ人工内耳が後天性難聴の成人と先天性難聴の幼小児 では獲得される聴覚のモダリティに差のあることは知られていることである。Papsin 教授がど のようにこの問題に鋭くアプローチするか大いに期待される。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 334 , 2015 特別講演2 A three dimensional percept in the absence of fusion: What cochlear implants in children have taught us about the developing auditory system Blake Papsin University of Toronto, Canada This presentation will explore what we have learned about the central processing of poor fidelity auditory stimuli such as those provided by current cochlear implants in children with severe to profound sensorineural hearing loss. Our group has been fascinated by the implanted human’s ability to use this incomplete primary source data to reassemble the auditory environment reasonably correctly. Even more fascinating is the finding that bilateral auditory inputs in these children fuse incompletely if at all yet they are able to lateralize sounds correctly. This capacity is undoubtedly related to the importance of correct sensory reassembly for survival and the study of children with cochlear implants has allowed us a wonderful opportunity to study the developmental processes which underlie this ability. The contributions of the auditory brainstem and central auditory centres in addition to the other non-auditory cortical processors will be discussed and a model of sensory reassembly presented. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 335 , 2015 招待講演 ウイルス感染症による小児の難聴:現状と対策 司会のことば 小川 郁 慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科 新生児聴覚スクリーニングが行われるようになってから、遺伝性難聴だけではなく先天性風 疹症候群や先天性サイトメガロウイルス感染症をはじめとするウイルス感染症による小児難聴 も早期に診断されるようになっており、その疫学や病態も徐々に明らかになってきています。 風疹のようなワクチンで予防できるウイルスによる難聴は稀な疾患になってきていますが、サ イトメガロウイルスに対して有効なワクチンはまだ開発されていません。一方、ムンプス難聴 は一側性高度難聴を呈する後天性のウイルス感染症であり、臨床の現場でも稀ならず遭遇しま す。しかし、難聴の予後は通常不良であり、我々耳鼻咽喉科医が無力感を感じる疾患の一つと なっています。 今回の招待講演では長崎大学大学院医歯薬学総合研究科小児科学教授の森内浩幸先生に「ウ イルス感染症による小児の難聴:現状と対策」と題してご講演をいただきます。ウイルス感染 症の多くが予防できる疾患であり、森内先生の抄録の最後にもあるように、まさに「予防でき る難聴から子ども達を守っていくために、耳鼻咽喉科医と産科医と小児科医が知恵を寄せ合 い、力を合わせていくべき時が来ている」といえると思います。今後、日本耳科学会としてこ の問題に対してどのように責任を果たしていくべきか、森内先生のご講演をお聞きして具体的 な対応を考えたいと思っています。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 336 , 2015 招待講演 ウイルス感染症による小児の難聴:現状と対策 森内 浩幸 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 小児科学 感染症は小児の難聴の原因として古くから重要なものであり、先天性感染では先天性風疹症 候群や先天梅毒(ベートーベンの遅発性進行性難聴も先天梅毒のためだったという説がある) が有名であり、後天性感染では髄膜炎、脳炎、中耳炎をはじめ、麻疹や猩紅熱(ヘレン・ケラ ーやエジソンはこのため難聴になったと考えられている)のような昔はありきたりだった感染 症も難聴を起こしている。 幸いなことに、様々な種類のワクチン(風疹、麻疹、日本脳炎、肺炎球菌、Hib など)や抗生 剤(ペニシリンなど)の開発と普及によって、先進国においては多くの感染症が過去のものま たは稀な疾患となり、これらの感染症の後遺症として難聴をきたす子ども達の数も少なくなっ てきた。しかしながら世界に目を向けると、まだ風疹ワクチンが普及していないため先天性風 疹症候群の被害(その中でも最多の障害は難聴)を受けている子ども達が少なくないし、その 他の感染症も制御されているとはとても言えない状況が続いている。そしてわが国においても 今なお十分な対策が為されていない感染症、そしてそのために生じる難聴の問題が残されてい る。先天性感染ではサイトメガロウイルス(CMV)、後天性感染ではムンプスである。 先天性CMV感染症は、欧米諸国における小児難聴の原因の約4分の1を占めており、しばしば 遅発性進行性であるために新生児聴覚スクリーニングで見逃される症例も多い。私たちは長崎 県立聾学校で調査を行い、保存臍帯を用いた後方視的診断で 10 数%の難聴児に先天性 CMV 感染 があったことを明らかにした。日本における CMV 感染の疫学像が欧米化してきて、妊婦におけ る CMV 抗体陰性者(感受性者)は 3 割を超えるようになったため、妊娠中の初感染に続く胎内 感染のリスクは高くなってきている。今日本で生まれる子どもの1000人に1人はこのウイルスの 胎内感染のために何らかの障害を受けており、中でも難聴は最も重要である。有効なワクチン が開発され普及されるまでにはしばらくかかると予想されているが、妊娠中の感染源として最 も重要なものは保育園などで CMV に水平感染した小さい子どもの唾液や尿であり、妊娠中の生 活上の注意をきちんと守ることによって予防することが可能である。また残念ながら胎内感染 し発症した子どもであっても、早期に抗ウイルス療法を開始することによって聴力や発達の予 後が改善することがわかってきた。そのため、産科医、小児科医、助産師、保健師など母子保 健に関わる職種や、耳鼻咽喉科医の意識が向上し、妊婦の感染防止や感染児の早期診断・早期 治療に心掛けることが求められており、予防できる治療できる感染症のために難聴に陥った子 ども達の覚束ない声に耳を傾けるべきである。 ムンプスはワクチンで予防できる疾患(Vaccine Preventable Disease, VPD)である。しかし 日本は先進国の中で唯一このワクチンを定期接種に組み入れておらず、その健康被害を軽視し 続けてきた。わが国の開業医らの熱意ある取組みによって、普通に外来診療で診るレベルのム ンプス患者の約1000人に1人が難聴を起こし、後天性感音性難聴の原因として最多のものである ことがわかった。言い方を変えると、防ぐことができたはずの難聴患者が毎年千人近く起こっ ている事態を放置し続けてきたことになる。日本人(医師、医療行政)は聞く耳がないと揶揄 されても反論のしようがない。難聴をきたすその他多くの VPD 同様、ムンプスも過去の病気に 変えていかなければならない。 「予防できる」難聴から子ども達を守っていくために、耳鼻咽喉科医と産科医と小児科が知恵 を寄せ合い、力を合わせていくべき時が来ている。難聴の子ども達があげる真摯な声に対し て、馬(の耳に念仏)にも魚(に耳無し)にもなることなく、しっかりと耳に留めていきた い。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 337 , 2015 受賞講演 神経線維腫症 2 型の自然聴力経過 大石 直樹 1、井上 泰宏 1,2、鈴木 隆史 1,3、神崎 晶 1、神崎 仁 1,4、小川 郁 1 1 慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科、2 耳鼻咽喉科いのうえクリニック、 3 伊勢原協同病院耳鼻咽喉科、4 国際医療福祉大学熱海病院耳鼻咽喉科 【はじめに】 神経線維腫症 2 型(NF2)患者の Quality of life を阻害する最大因子は両側聴神経腫瘍による両側性聴力障害で あり、長期的に有効聴力をどのように維持できるかが重要な臨床命題である。そこで今回我々は、本邦でのNF2 の保存的加療による長期聴力経過を明らかにすることを目的とする臨床研究を行った。 【対象】 1985 年から 2014 年までの 30 年間に、慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科外来を受診した NF2 患者 25 例のうち、他院 での初回治療歴がある 2 例を除外した 23 例を対象とした。それら 23 例の中で初診から 1 年以上無治療で聴力経過 を観察し得たのは19例30耳であり、蝸牛軸内に小腫瘍が発見されscale outを来した1耳を除外した19例29耳を対 象とした。平均経過観察期間は7.1±6.3年(1〜25年)であった。症例の内訳は、男性4例女性15例、初診時年齢 26.6±10.8歳(10〜42歳)、初診時純音聴力検査閾値(3分法) (PTA)25.1±18.8 dBHL(5〜85 dBHL) 、初診時語 音弁別能(SDS)88.3±21.8 %(0〜100 %)であった。アメリカ耳鼻咽喉科学会(AAO-HNS)の分類に基づき 初診時聴力を分類すると、class A 21耳、class B 5耳、class C 1耳、class D 2耳であり、26耳(90%)で有効聴 力(class AまたはB)が維持されていた。また、評価可能であった27耳の初診時腫瘍最大径は平均14.0±6.3 mm (2〜25 mm)であった。 【方法】 ①最終経過観察時の PTA、SDS、腫瘍最大径を求め、それぞれ年あたりの変化率を求めた。②聴力変化に関 わる因子を検討するため、多変量解析(ステップワイズ法)による解析を行った。聴力変化率(dB/年)を従属 変数とし、独立変数として 8 因子(初診時年齢、経過観察期間、合併する他の脳腫瘍の有無、合併する脊髄腫瘍 の有無、初診時 PTA、初診時 SDS、初診時最大腫瘍径、最大腫瘍径変化率)を採用した。そして多変量解析で 有意となった因子と聴力変化率との相関係数を求めた。 【結果】 ①最終 PTA 47.6±27.5 dBHL(5〜110 dBHL) 、最終 SDS 73.8±32.7 %(0〜100 %) 、最終腫瘍最大径 21.8±8.0 mm(2〜37 mm)であった。AAO-HNSの分類ではclass A 9耳、class B 7耳、class C 8耳、class D 5耳となり、 最終経過観察時に有効聴力が保たれていたのは 16 耳(55%)であった。各変化率は、PTA 変化率 4.9±5.8 dB/ 年、SDS 変化率 4.0±8.0 %/年、最大腫瘍径変化率 1.4±2.3 mm/年であった。 ②多変量解析にて有意な因子は初診時 SDS(F 値 7.475、p = 0.006)、および腫瘍径変化率(F 値 5.023、p = 0.014)の2因子のみであった(R 2乗係数0.547) 。初診時SDSと聴力変化率の相関係数はr = -0.464(p = 0.011) 、 最大腫瘍径変化率と聴力変化率の相関係数は r = 0.470 (p = 0.014)とそれぞれ有意な相関関係にあった。 【考察】 本邦におけるNF2の長期聴力自然経過は、平均して年5dB聴力が悪化していくことが示唆され、自然経過では 40-50歳頃に高度難聴を呈するようになる症例が多く存在する可能性が考えられた。また初診時の臨床症状で聴 力予後と相関したのは語音弁別能のみであり、初診時の臨床情報から長期的な聴力経過を予測することは困難で あると考えられた。さらに、腫瘍径の増大とともに聴力が悪化していく傾向がみられ、NF2臨床の難しさを裏付 ける結果となった。 本報告は、本邦におけるNF2の聴力自然経過に関して最多の症例数に基づくものとなるが、欧米諸国からの報 告と比較すると残念ながら症例数が少ない。NF2のように発症頻度がまれであり、かつ治療の難しい疾患に対し ては、各施設の症例を集積し臨床研究を推し進める体制の構築が求められる。 NF2の治療は、現状では手術・放射線いずれの治療法においても、腫瘍制御率および聴力温存率は満足できる ものではなく、海外では新規薬物療法の臨床研究が進んでいるが長期予後やコストの問題が指摘されている。ま た、高度難聴を来したNF2患者に対する聴性脳幹インプラント(ABI)はこれまでに本邦では10数件が施行され たに過ぎず、必ずしも言語聴取能は十分ではない。一方で人工内耳による語音聴取成績はABIよりも良好である と報告されているが、MRI撮影でのアーチファクトや腫瘍再増大による聴取能の悪化などの問題を伴う。したが って現状では、いずれの治療法においても長期的な聴力の担保が極めて難しい。聴力温存率の改善につながる基 礎研究および臨床上の発展が不可欠である。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 339 , 2015 シンポジウム 内耳機能の手術的保存・改善への道 司会のことば 宇佐美 真一 信州大学医学部耳鼻咽喉科 人工内耳は重度難聴患者に対する標準的な治療法としてすでに定着しているが、近年、高音 障害型難聴患者に対して、残存聴力のある低音部は音響刺激で、重度難聴の高音部は電気刺激 で音を送り込む「残存聴力活用型人工内耳(EAS: electric acoustic stimulation) 」が開発され、 人工内耳の適応や可能性がさらに広がりつつある。従来、蝸牛に電極を挿入することにより聴 力(本来の内耳機能)は失われると考えられていたが、電極の改良、低侵襲手術、ステロイド の使用などにより、低音部の聴力が温存できることが明らかとなり、低音部に残存聴力を有す る高音障害型難聴患者に対する新たな医療として定着しつつある。 また低侵襲手術によって蝸牛損傷を避けることは、将来的な聴神経(ラセン神経節細胞)の 変性を予防するという点からも推奨されている。さらに高性能のインプラントへの入れ替えや 将来実現するであろう新しい治療に対応するためには内耳の構造をなるべく正常に近い形で残 しておかなければならない。したがって EAS の基本にある聴力温存(hearing preservation)、 内耳構造保存(structure preservation)という概念は、EAS のみでなく、通常の人工内耳の適 応患者(全周波数にわたる重度難聴患者)を含めたすべての人工内耳に通じる基本的な考え方 として重要である。 本シンポジウムでは内耳機能の保存、改善について、基礎的、臨床的な研究をされている先 生方に各々の研究を紹介していただき、それぞれの立場から討論していただく予定である。茂 木英明先生には臨床的な立場から EAS の現状、さらには今後解決すべき問題について発表いた だき、Claude Jolly 先生には電極を開発する立場から重要なポイントを述べていただくととも に、今後の新しい電極の方向性についても言及していただく予定である。また菅原一真先生に は内耳保護作用がある薬剤のスクリーニングの現状について、また西村幸司先生にはすでに臨 床試験が行われ内耳の保護効果が示されている IGF-1 について、さらに神崎晶先生にはこれらの 薬剤の投与法について検討いただく予定である。 本シンポジウムを通して新しい内耳機能の保存、改善についてのコンセンサス、方向性を示 すことができればと考えている。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 340 , 2015 シンポジウム 内耳機能温存・改善手術のための薬物投与法とは何か? 神崎 晶 慶應義塾大学耳鼻咽喉科頭頸部外科 はじめに 内耳機能温存改善手術とは何か? 残存聴力がある症例に対して electro-acoustic stimulation(EAS)が行われるようになってい る。いかに残存聴力を温存して手術を行うこと、将来の内耳再生医療にどうやってつなぐか、 について考えると内耳機能や構造を温存する必要がある。今後も電極デバイスの開発、挿入技 術の向上が必須であるが、機能温存のための薬物の探索・創薬ならびに、内耳への薬物投与 法、手術法の検討が重要である。さらに、急性感音難聴に対する治療として内耳局所投与が行 われているが、海外ではカテーテルの正円窓留置術による薬物投与手術も治験が実施されてお り、将来的には実現するであろう。いずれにしても共通して内耳への薬物投与が重要である。 人工内耳電極挿入と内耳機能温存・改善 EAS 手術では、人工内耳電極挿入により即時性と遅発性内耳障害が生ずる危険性が報告され ている。即時性では、鼓室階への電極挿入に伴うメカニカルな侵襲、遅発性では、神経興奮性 増加に伴う細胞あるいはシナプスへの毒性(excitotoxicity)あるいは炎症による障害(Reiss L. et al. 2015)、蝸牛内の骨新生と肉芽形成が原因である(Tanaka C. et al. 2014)ことが示唆され ている。 細胞死への対応としては難聴モルモット蝸牛に対して人工内耳電極挿入時にグリア細胞由来 神経成長因子(GDNF)遺伝子を追加投与することで、生存するらせん神経細胞数を増加させ たことから、神経成長因子の併用による相加的効果がある(Kanzaki S. et al. 2006) 。もちろん この神経栄養因子が将来臨床応用できるかどうかは不明である。モルモットの実験では鼓室階 に薬剤を直接投与すると機能低下をきたす(Kanzaki S. et al. 2006)ため、投与法の検討は必要 である。 内耳薬物動態をふまえた局所投与の検討 EAS の際に、残存聴力の低下を予防するためには電極挿入時にステロイド投与が推奨されて いる。ステロイドは局所あるいは全身投与とどちらがよいだろうか?われわれは、この疑問に 対して下記のような実験を行った。GFAP 発現プロモータ下にルシフェラーゼが発現できる (GFAP-luc)マウスに対してルシフェリンを投与する。このマウスのらせん神経節GFAP発現細 胞にルシフェリンが到達すると、ルシフェリンとルシフェラーゼが酵素反応を生じて、その細 胞内で蛍光シグナルが発生する。あくまでもルシフェリンという薬物の動態であるが、このシ ステムでは、生体下で薬物動態を把握できる利点がある。局所投与と全身投与は内耳薬物動態 。全身投与で が異なることから、同時に併用する方が良いと思われる(Kanzaki S. et al. 2012) はdose dependentに内耳に移行することも解明した(Kanzaki S. et al. in revision)。徐放剤につ いても候補があるが、ヒアルロン酸を用いた投与では徐放効果が認められる(Inagaki Y. et al. in revision)。 最後に 人工内耳の電極挿入に対する副反応の予防や、急性感音難聴の治療としても内耳局所への薬 物投与に関する検討は必要である。今後、副反応を予防する薬剤を特定し、その薬物の動態を 解析していく必要がある。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 341 , 2015 シンポジウム ナノテクノロジーの内耳治療への応用 菅原 一真、広瀬 敬信、下郡 博明、山下 裕司 山口大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科学分野 [はじめに] 近年、人工内耳の機器や手術機器が進歩したことで、残存聴力活用型人工内耳が実用化さ れ、本邦でも使用可能になった。聴力の温存には低侵襲な電極と手術手技が重要であるが、術 後に聴覚機能が低下する症例も存在することから、内耳機能をいかに保存するかが重要な課題 となってきた。我々は、ゼブラフィッシュを用いた内耳保護物質のスクリーニングシステムを 開発し、新しい内耳保護療法の開発を目指して、研究を行っている。今回は、その中でアスタ キサンチンナノ製剤が、内耳組織に容易に移行し、保護作用を示すことを明らかにした。 アスタキサンチンは甲殻類や鮭などの魚類に多く含まれる赤い色素である。カロチノイドの 一種とされ、抗酸化力はビタミン E の 1000 倍とされる 1)。最近では、健康食品や化粧品として使 用され、広く販売されている。アスタキサンチンは親油性物質であり、生体への移行に問題が あったが、ナノ粒子製剤が開発され、化粧品などに広く応用されるようになった。今回、この 製剤を用いた実験結果を報告し、聴覚機能の温存に利用可能かどうか考察したので、報告す る。 [対象と方法] 薬剤スクリーニングの実験動物として孵化 5 日後のゼブラフィッシュ稚魚を用いた。水槽内に 各種試験薬を溶解させ、曝露した後に、ネオマイシン 200μM に曝露し、側線器有毛細胞を障害 した。稚魚を固定した後、抗 parvalbumin 抗体で免疫染色し、残存有毛細胞数を評価すること で、有毛細胞に保護効果を示す薬物を同定した。今回はこの中から、アスタキサンチンナノ製 剤について実験を行った。 ゼブラフィッシュで認められた保護効果が、哺乳動物でも有効かどうかを確認するために、 マウス培養卵形嚢を用いた実験を行った。生後4週から6週のCBA/Nマウスの両側の卵形嚢を深 麻酔下に無菌操作で摘出し培養に用いた。有毛細胞死を誘導するために 2 mM のネオマイシンを 培地に加えた。コントロール群、ネオマイシン群、ネオマイシン+アスタキサンチンナノ製剤群 を作成し、培養終了後、一次抗体として抗カルモデュリン抗体を用いた免疫組織化学染色を行 い、顕微鏡下に単位面積あたりの有毛細胞数を評価した。 [結果] 24 時間培養後、コントロール群では有毛細胞の消失はほとんど認めなかったが、ネオマイシ ン群では、24時間の培養後に有毛細胞は約50%に減少していた。ネオマイシン+アスタキサンチ ンナノ製剤群では、濃度依存的に有毛細胞密度の減少が抑制されていた。 [考察] アスタキサンチンの臨床効果としては、糖尿病合併症の抑制、眼疾患の抑制や眼精疲労の改 善、癌予防、抗疲労作用なと ゙か ゙報告されている 1)。しかしながら、アスタキサンチンは親油性物 質であることから、実験に使用する培地に高濃度に拡散させることは困難であった。これらの 性質は、この物質を臨床応用する際に大きな課題となる。ナノ製剤はこの課題を克服すること ができ、実際、ナノ粒子製剤を蒸留水に溶解させ1 mM と高濃度のアスタキサンチン溶液を作 成することは容易である。我々の結果は、アミノグリコシドによる内耳障害に対する結果であ り、人工内耳手術の際の内耳障害にどの程度有効であるかは不明な点も多い。しかし、高濃度 の製剤であれば正円窓経由での内耳直接投与の可能性も期待されるので、さらに研究を進める 予定である。 [参考文献] 1)Yuan JP, et al. Potential health-promoting effects of astaxanthin: a high-value carotenoid mostly from microalgae. L Mol Nutr Food Res 55: 150–65, 2010. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 342 , 2015 シンポジウム 残存聴力活用型人工内耳(EAS:Electric Acoustic Stimulation)における 内耳機能温存 茂木 英明 1、宮川麻衣子 1、西尾 信哉 1、塚田 景大 1、 工 穣1、岩崎 聡2、宇佐美真一1 1 信州大学 医学部 耳鼻咽喉科、2 信州大学 医学部 人工聴覚器学講座 従来は内耳に人工内耳の電極を挿入することにより、もともとの内耳の形態や 機能(音響 入力による基底板の振動)は失われると考えられていたが、1999年von Ilbergらが低侵襲の手術 を行うことにより残存聴力を保存し、低音部は音響刺激、高音部は人工内耳で聞き取るいわゆ る EAS(electric acoustic stimulation)が臨床的に可能であることを報告した。その後、1)細 くてしなやかな電極の開発、2)より低侵襲な手術方法の検討(電極挿入経路、電極の深さ、 ステロイドの使用)が進められた結果、安定的に残存聴力が保存できるようになり、現在では 「残存聴力活用型人工内耳」 (EAS)は低音部に残存聴力を有する、高音急墜型の聴力像を呈する 難聴患者に対する標準的な医療として定着しつつある。わが国では、平成 22 年 8 月〜平成 24 年 9 月の間に先進医療(B)として臨床研究が実施され、その有効性が評価され、平成 24 年 9 月に薬 事承認された(Usami et al. Acta Otolaryngol, 2014)。 残存聴力を温存するために考慮されるべき因子は非常に多く、特に臨床では個々の症例で背 景因子が様々である。電極の長さ、挿入方法、ステロイドなどの薬剤の投与、蝸牛内に電極が どのように留置されているか、そして、難聴の原因が何なのかという点を検討する必要があ る。現在24mmの電極が用いられているが、残存聴力活用型人工内耳の対象になる患者は、長期 的にみると進行性の難聴を呈することが多いこと、手術に伴う急性、遅発性の聴力障害へのレ スキューを考えると、より長い電極を安全に挿入することが今後の検討課題になると考えられ る。 一方、年々両側人工内耳症例が増えているが、残存聴力とともに前庭機能の温存にも配慮す ることが重要である。我々は、EAS 患者の前庭機能の評価を行った結果、低音部に残存聴力を 有する症例は、重度難聴症例に比して、前庭機能が良好である場合が多く、聴力のみならず、 前庭機能の温存にも留意する必要があることを報告した(Tsukada et al. Acta Otolaryngol, 2013) 。 本シンポジウムでは、当施設で EAS 埋め込み術を行った症例の内耳機能の温存に関して、経 時的な残存聴力の変化と前庭機能についてまとめ、EAS の現状、今後解決すべき課題について 報告する。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 343 , 2015 シンポジウム 人工内耳手術に対する内耳機能保存の基礎研究 西村 幸司 1、扇田 秀章 1、伊藤 壽一 1、山原 康平 2、 山本 典生2、中川 隆之2、吉川 弥生3 1 滋賀県立成人病センター研究所、2 京都大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科、 3 東京大学耳鼻咽喉科 低音部分は音響刺激で、高音部分は電気刺激で聴神経を刺激する残存聴力活用型人工内耳 (EAS: electro-acoustic stimulation)は1999年von Ilbergらが初めて臨床応用し報告した(von Ilberg et al., 1999)。EAS は従来の電気刺激のみの人工内耳に比べて、低音部の残存聴力を活用す るために、騒音下での語音弁別(Gantz and Turner, 2003)と音源定位(Dunn et al., 2010)に 優れ、音楽も認知できる(Gfeller et al., 2006) 。我が国でも 2010 年 8 月より厚生労働省から「残 存聴力活用型人工内耳挿入術」が高度医療として承認を受け、2014 年 7 月より保険償還され臨床 実施ができる。残存聴力活用型人工内耳手術においては通常の人工内耳よりしなやかで細い人 工内耳電極を soft surgery で挿入して低音残存聴力の保存が可能である(宇佐美ら、2010; 熊川 ら、2014; 茂木ら、2011、2012)。一方で、症例数が蓄積されるにつれ、電極挿入直後の軽度の 聴力閾値上昇(Gantz et al., 2009; Gifford et al., 2008; Podskarbi-Fayette et al., 2010)や、電極挿 入後1から6ヶ月で生じる遅発性の聴力閾値上昇(Kopelovich et al., 2015; Santa Maria et al., 2013; Woodson et al., 2010)が報告されている。前者の原因としては電極挿入時の蝸牛への物理的障 害が最も想定されており、障害を最小限にするために臨床では周術期にステロイドの全身投与 がなされている(Van Abel et al., 2015; 宇佐美ら、2012)。動物実験ではステロイドの局所投与 (Eshraghi et al., 2007)やMPCポリマーによる人工内耳電極の被覆(Kinoshita et al., 2015)が蝸 牛障害の軽減に有効であったと報告されている。後者の原因として、動物実験では血管条の変 性 (Tanaka et al., 2014)や 蝸 牛 有 毛 細 胞 と ラ セ ン 神 経 節 細 胞 の 求 心 性 シ ナ プ ス の 変 性 (Kopelovich et al., 2015)が提唱されているが、統一された見解は無い。 臨床現場では年齢、性別、人種、難聴の原因、失聴期間、進行性難聴か否かなど、背景因子 が異なるために、人工内耳手術に対する内耳機能保存に重要な新知見が推論されても、それら に対しての因果関係の証明は困難である。一方で、動物実験は背景因子を統一して、仮説の妥 当性を検証しやすい利点がある。この基礎研究の利点を活用して、われわれはこれまでに、イ ンスリン様成長因子-1(IGF-1)の内耳保護効果およびそのメカニズムをin vitroで明らかにし てきた(Hayashi et al., 2013, 2014)。さらに、ステロイド全身投与による治療抵抗性の突発性難 聴に対して IGF-1 の安全性と有効性をランダム化比較試験により示した(Nakagawa et al., 2014) 。これらの結果を踏まえて、われわれは、人工内耳手術による内耳機能障害の保護におい ても IGF-1 が重要な役割を果たすと仮説を立てている。仮説の検証のために以下の3つの目的を 達成したい。1)低音部に残存聴力がある感音難聴モデル動物の作成。2)人工内耳電極挿入 に伴う急性・遅発性の内耳障害の機能的・組織学的評価。3)IGF-1 の内耳局所投与による内耳 機能保存の有効性の検証。 本シンポジウムでは preliminary な結果の報告と今後の展開につき発表する予定である。 【研究助成】 山本典生 京都大学医学部附属病院臨床研究総合センター H27 年度探索医療研究助成(シー ズA) 「IGF-1 を用いた残存聴力活用型人工内耳における聴力温存法の開発」 【謝辞】 本研究の遂行に必要な動物実験に用いる人工内耳電極を提供して頂きました MedEl 社 Claude Jolly 博士に深謝いたします。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 344 , 2015 シンポジウム Preservation or improvement of cochlear function by surgical intervention Claude Jolly Med-El In the last 15 years the preservation of inner ear structures during cochlear implantation has become of a topic of great interest. Before the year 2000, cochlear implantation was not concerned with hearing preservation. Traumatic electrodes and surgery resulted in irreversible loss of residual hearing, when present. The development of advanced surgical techniques for the preservation of sensory epithelium during electrode insertion led to round window approach to enter scala tympani. Research in minimally traumatic electrodes, resulted in flexible and soft, free fitting lateral wall arrays. A keen awareness that pediatric CI candidate will wear an implant for 80 or more years lead to the adoption of structure preservation for all CI candidates as a standard of care worldwide. Structure preservation in hearing preservation surgery can be demonstrated by evaluating post op residual hearing. The importance and demonstration of structure preservation could not have been established without the initial rise of hearing preservation electrodes and surgical techniques. CI electrodes and surgical techniques designed for hearing preservation and for combined electric acoustic stimulation(EAS) or partial deafness treatment not only require the preservation of the fragile scala tympani tissue from base to apical region, it also requires minimal interferences with micro structures, mainly inner and sometime outer hair cells. Furthermore hearing preservation as a subset of structure preservation requires the maintenance of the endocochlear potential. Hearing preservation of whatever measurable degree demonstrates that the electrode is strictly into scala tympani without translocation. This is true even if residual hearing is lost some time after surgery. A complimentary way to infer structure preservation in patients with little or no residual hearing is to observe and compare sacular functions between pre and post op. VEMP and caloric functions if there are unaffected could testify for the insertion quality. Post op dizziness could indicate an undesirable event caused by electrode insertion. Of recent interest worldwide has been post op imaging able to demonstrate the electrode position intra scala after insertion. New imaging modalities such as cone beam computer tomography use reduced radiation while preserving a detailed view of electrode position within the inner ear. Major structural damage can be inferred when the electrode is reported to translocate. Some pre shaped electrodes inserted through cochleostomy translocate about 50% of the time when the literature is scrutinized. Such a high rate of translocation even in the hands of the best surgeons is an unacceptable situation for patients, adults and children. Theoretically a high degree of structural preservation after electrode insertion or removal does not preclude the eventual reversibility of cochlear implantation through gene and stem cell therapies. There are however no therapies which can repair structural damage to the cochlea. Considering the human life expectancy progresses it can be stated that the probability of CI replacement in the young and very young population is 100%, for all devices and all manufacturers, and most likely more than once in a lifetime. With the introduction of fully implantable CI necessitating battery replacement every 10 years or less it is essential that the electrode array insertion and explantation process do not accumulate tissue and neural damage. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 345 , 2015 ミニシンポジウム 超高齢社会における耳科診療 update 司会の言葉 山岨 達也 東京大学耳鼻咽喉科 高齢化率、すなわち 65 歳以上の高齢者の全人口に占める割合が 7〜14%を高齢化社会、14〜 21%を高齢社会、21%を超えた場合を超高齢社会と呼ぶ。平成 27 年 2 月 1 日現在の確定値では日 本の総人口は 1 億 2,699 万 1 千人で,前年に比べ 19 万 5 千人(0.15%)減少し、0〜14 歳の人口は 1,619 万 1 千人で 15 万 6 千人(0.95%)減少、15〜64 歳の人口は 7,747 万 5 千人で 108 万 7 千人 (1.38%)減少である。一方65歳以上の人口は3,332万5千人で,前年に比べ104万7千人(3.25%) 増加している。すなわち日本は世界でも例をみない超高齢社会となっており、その傾向は悪化 の一途をたどっている。 内閣府の高齢化の推移と今後の推計値によると、高齢者人口は今後「団塊の世代」が 75 歳以 上となる2025年には3,657万人に達し、2042年に3,878万人とピークを迎える。総人口が減少する 中で高齢者が増加することにより高齢化率は上昇を続け、2035年には33.4%と3人に1人となり、 2060年には約40%に達し、国民の約2.5人に1人が65歳以上の高齢者となる社会が到来すると推計 されている。総人口に占める75歳以上人口の割合も上昇を続け、2060年には26.9%と、4人に1人 が 75 歳以上の高齢者となると推計されている。なお 75 歳以上人口は 2017 年には 65〜74 歳人口を 上回り、その後も増加傾向が続くと見込まれている。このような社会は世界的に前例がなく、 この特殊な人口構造を考えると、医療の質も内容も変えざるを得ないことが自明である。 このような背景から今回のミニシンポジウムでは耳科学会として身近な三つのトピックを取 り上げて頂いた。内田育恵先生には疫学的視点から、近年の高齢者の難聴・認知機能・社会的 孤立などの現況についてお話して頂く。眼科では以前は白内障の人は認知症になりやすく、死 亡率が高いなどの報告があったが、最近は白内障手術を受けて視力が回復すると認知症になり にくいなどポジティブなデータが報告されている。耳鼻科でも補聴器装用がうつや孤立を防ぐ 効果があるなどと海外では報告されており、本邦でも難聴と要介護や死亡率との関係が示され ている。難聴および補聴器装用の社会生活に及ぼす影響について、今後多くのデータ集積が必 要であろう。新鍋晶浩先生には高齢者に対する鼓室形成術と周術期管理についてお話して頂 く。高齢者であっても真珠腫など合併症の危険のある場合は積極的な手術適応であり、また聴 力が改善できる場合も手術を検討すべきである。しかし高齢者では周術期の管理に十分な注意 が必要であり、手術ができない場合の対応も考える必要がある。松本有先生には高齢者の人工 聴覚器の適応・実施上の留意点について話して頂く。一般に高齢者であっても人工内耳は有効 と考えられるため、何歳になっても手術適応があると考えられており、高額医療の費用対効果 について議論されるくらいであった。しかし海外の多数例の解析では中枢聴覚路の変性や認知 機能の低下を反映してか、より高齢になるほど術後聴取成績が悪化する傾向が報告されてい る。このようなデータの集積も本邦では必要であり、手術適応の決定における IC には含めるべ きと思われる。 今回の企画では極めて重要な課題を取り上げて頂いたが、一回のシンポジウムで議論できる ことは限られている。耳科学会において、今後も継続して取り上げて頂くことを願っている。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 346 , 2015 ミニシンポジウム 疫学的視点─近年の高齢者の難聴・認知機能・社会的孤立などの現況 内田 育恵 1,2、杉浦 彩子 2、中島 務 2〜4、植田 広海 1 1 愛知医科大学耳鼻咽喉科、2 国立長寿医療研究センター耳鼻咽喉科、 3 名古屋大学大学院医学研究科 頭頸部・感覚器外科学耳鼻咽喉科、 4 一宮医療療育センター 【はじめに】 難聴は加齢に伴い有病率が高くなる代表的な老年病で、高齢化が急速に進む先進各国が直面 する課題である。我々は地域住民対象研究から、65 歳以上の高齢難聴者が全国で約 1,500 万人に のぼると推計した 1)。国内外の疫学研究と我々の調査による知見から、高齢期の難聴が個人や社 会にもたらす様々な負の影響を報告する。 【難聴と認知機能・孤立・社会的費用などとの関係】 全米国民健康栄養調査(NHANES)からは、Digit symbol substitution test(DSST)を用い た知能評価により、60 歳代の 605 名を対象に、聴力レベル悪化と DSST スコア低値の有意な関連 が報告された2)。25dBの聴力低下に伴う認知機能低下は経年変化7年分に相当すると試算した2)。 我々も ‘老化に関する長期縦断疫学研究’ National Institute for Longevity Sciences-Longitudinal Study of Aging(NILS-LSA)から調査開始時難聴ありの群では無い群と比べ、DSST スコアに みられる 12 年間の知的機能低下の傾きが有意に急峻であるという結果を得ている。米国最長の 縦断研究Baltimore Longitudinal Study of Agingでは平均6.4年間のMRI画像追跡で、調査開始時 聴力正常群に比べて、難聴群では有意な脳萎縮進行が示された 3)。UK Biobank では 164,770 名に ついて、難聴、認知機能、孤立、うつ、補聴器使用の多変量間の関係性を構造方程式モデルで 解析し、難聴とうつ、社会的孤立との有意な関連を報告した 4)。本邦の倉渕スタディでは、65 歳 以上の高度難聴群は、難聴無し群を基準とすると、3 年後の要介護または死亡のリスクが約 6 倍 であると報告した 5)。米国サンプリング調査では、難聴者世帯の生産性低下が明らかにされ、最 重度の難聴者世帯は、最も軽い者の世帯より年間収入$12,000 少ないと試算された。 【考察】 微小循環障害や酸化ストレス等、共通の病因を通じて、高齢者の難聴が認知機能やうつ、気 力減退と密接に関与するとする説や、社会環境論的に、コミュニケーション障害や末梢聴器か らの入力減少を介して神経活動低下を生ずるメカニズムなどが論じられている。難聴対策は、 直接的、間接的に高齢者のWell-being 実現に貢献することができると考える。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 347 , 2015 ミニシンポジウム 高齢者に対する鼓室形成術と周術期管理について 新鍋 晶浩 1、金沢 弘美 1 1 吉田 尚弘 1、飯野 ゆき子 2 自治医科大学附属さいたま医療センター耳鼻咽喉科、2 東京北医療センター耳鼻咽喉科 人口の高齢化に伴い、あらゆる手術領域で手術症例の高齢化がすすんでいる。2006 年から 2014 年の間に当院で全身麻酔下に鼓室形成術をおこなった症例は 1681 耳で、そのうち 65 歳以上 の症例は 422 耳(25.1%)とおよそ 4 分の 1 を占めた。最も多い主訴は耳漏で、次に難聴であっ た。真珠腫性中耳炎ではめまい症例も多く、いずれも患者の QOL に大きな影響を与えるもので ある。罹病期間が長い高齢においては耐性菌が検出される症例が多い。また、鼓室硬化症の合 併や、加齢と炎症による感音難聴の影響から難聴は徐々に進行すると、しだいに周囲との関係 が疎遠となってしまいかねない。高齢者に対する鼓室形成術は、そのような状況から患者を守 る大変重要な治療である。当院では主に軟骨板を用いた外耳道再建型鼓室形成術を基本術式と し、鼓膜の形成材料には感染に強い骨膜を用いており、さらに有茎弁を作成することで術後に 良好な形態を保つよう心がけている。高齢者は内耳障害を来しやすいものだという意識を持ち ながら、特に良聴耳の場合にはなるべく侵襲の少ない術式選択が望ましい。手術成績は、術後 の含気化が難しい症例(緊張部型真珠腫など)が比較的多いことや、鼓室硬化症の影響などか ら、十分な聴力改善が得られない症例も多い。しかし、ほぼすべての症例で耳漏は停止しケア フリーに近い状態となり(97%)、術後の骨導閾値の悪化もほとんどない。結果、補聴器を装用 しやすくなり、術前には認識できなかった音が術後に分かるようになったと嬉ばれる症例も多 い。 周術期管理に関しては、食生活の欧米化とともに虚血性心疾患や脳梗塞患者が増加してお り、抗血栓薬を内服している症例が多い。心疾患が顕在化していない患者もいることにも注意 しなければならず、そのような高齢者は今後益々増加することが予想される。手術を計画する 際には、もともと心臓合併症があれば何らかの形で循環器医にコンサルトをすることが多い が、心臓合併症が明らかでなくとも運動耐用能の低下した患者(4METS 以下、早歩きや階段の 上り下りが満足にできない)では心合併症のリスクが高いため、循環器内科へのコンサルトが 望ましい。その際に循環器医は、術中の出血リスクをなるべく下げることができるように「休 薬可能な抗血栓薬」や「ヘパリン化」について指示をする。耳科医はそれに従うことになる が、抗血栓薬を休薬した際の問題点、ヘパリン化の問題点もある。例えば、冠動脈ステントと して薬物溶出ステントを留置された患者が、非心臓手術のためにアスピリンを数日休薬後にス テント血栓症を生じた症例の報告や、ヘパリン投与中の APTT、ワーファリン再開後の PT-INR の調整が難しく、入院期間が予想以上に長引くことなどである。多くの耳科手術は外科手術カ テゴリーの中では、出血の少ない非侵襲的手術に分類され、また硬膜外麻酔なども必要ないこ となどから、耳科領域においては『抗血栓薬をなるべく継続しながら耳科手術をする』ことを より積極的に検討してもよいのではないだろうか。関連するガイドライン、過去の報告、当院 における治療経験を交えながら有益な情報を共有し議論したい。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 348 , 2015 ミニシンポジウム 高齢者の人工聴覚器(人工中耳・人工内耳)の適応・実施上の留意点 松本 有 東京大学医学部 耳鼻咽喉科学 内閣府の「平成 27 年版高齢社会白書」によると、65 歳以上の高齢者人口は過去最高の 3300 万 人、総人口に占める 65 歳以上人口の割合(高齢化率)は 26.0%である。将来推計では平成 72 年 (2060 年)には高齢化率は 39.9%に達する。同白書では種々のアンケート調査もされており、一人 暮らし高齢者の「現在の楽しみ」の上位 5 位をみると、 「テレビ・ラジオ」 (78.8%) 、 「仲間とのお しゃべり」 (53.1%)、 「新聞雑誌」 (44.0%)、 「食事」 (42.2%) 、 「散歩、ウォーキング、ジョギング」 (31.7%)となっている。会話の頻度別にみると、 「毎日会話している」人はほとんどの項目で総 数を上回っており、コミュニケーションが高齢者の楽しみの幅を拡げていることが分かる。 国内外の疫学調査では65-75歳の25%、75歳以上では80%が難聴であり、このうち10%は補聴器 装用下でもコミュニケーションに支障を来していると推計されている。高齢化が進む日本では 聴覚障害者は必然的に増える。高齢者の難聴と認知症との関連は最近のトピックである。聴覚 面の介入をすることによって認知症の予防効果が期待できる。逆に言うと、聴覚介入をしない ことによるリスクが存在する。難聴の自覚の無い高齢者もいるため、スクリーニングなどによ る検出、そして補聴器、人工中耳、人工内耳などの聴覚機器による介入が今後ますます重要な 役割を担う。 例えばがんの治療方針について考えると、まず「がん死までの生存期間」と「平均余命」を 比較するというステップがあるが、難聴は致死的な疾患で無いためこのステップが存在しな い。もとより人工内耳・中耳の適応基準に年齢に関する記載は無い。つまり聴覚障害が適応基 準を満たす高齢者に対する最初のステップとしては、医学的、身体的、社会的な観点から総合 的に治療を受けられるかどうか、そして患者が治療に対する意欲があるかどうかが方針決定の 鍵となる。 一般的に高齢者の手術における危険因子は多彩な既往疾患である。もともと予備能力の低下 している高齢者は一旦合併症を起こすと治療が困難なので、合併症の発症を予防することがよ り重要である。人工内耳・人工中耳の手術は待期手術なので、既往疾患については入念な術前 評価、術前ケアが可能であり比較的安全である。手術リスクや術後聴力成績については高齢群 と対照群を比較した報告が多数存在する。創傷治癒、デバイスの故障あるいは逸脱、手術時 間、顔面神経麻痺などの合併症ついては高齢群と対照群の間で有意な差が無いことが示されて いる。 人工中耳にしても人工内耳にしても聴覚伝導路および聴覚中枢の加齢性変化については為す 術が無い。人工内耳装用効果については確立した測定手段が存在しないため、報告毎にさまざ まな客観的・主観的評価法を用いている。総合的には高齢者に対する有用性を確認できている が、症例を重ねることにより個々の症例で術後の聴力成績をより正確に予測することが可能と なる。術前の補聴器下聴取成績が良い(悪い)ほど術後成績が良い(悪い)こと、また静寂下 では高齢者と若年者では聴取成績に有意差が無いが、騒音下のような生活環境に近い条件では 有意差があること、など多数の症例を持つ海外の報告が参考になる。当科の成績でも同様の傾 向があるが、多数例では無いため有意差は出なかった。前述の如く人工内耳手術では高齢者で も手術の副作用は増えないが、術後聴取成績については加齢による影響があることから、今後 のデータ集積が重要となる。将来はそのデータを見てもらい、ある年齢以上(または適切な術 前評価の一定の条件以下)では厳しい成績が予想されることを伝えて、手術を考えてもらうこ とになるであろう。これらのデータを踏まえ、かつ上記の如く「聴覚介入をしないことによる リスク」と「手術をすることのリスク」を検討し個別にカウンセリングをする必要がある。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 349 , 2015 パネルディスカッション1 耳科領域先端技術の実用化と問題点 司会のことば 伊藤 壽一 滋賀県立成人病センター研究所 本パネルでは 4 人のパネリストに「耳科領域先端技術の実用化への課題と問題点」を討議して 頂くものである。3 人は耳鼻咽喉科医師で、耳科領域での先端技術の紹介と、実用化されている ものであればどの程度まで一般に使用されているものかを紹介して頂き、研究開発中のもので あればその実用化への問題点なども指摘して頂きます。また厚生労働省の真田昌爾先生にはア カデミア発のシーズがどのような戦略で臨床に結び付いていくかを解説して頂きます。 十名洋介先生(京都大学)には新しい耳科領域での診断機器としての OCT を紹介して頂きま す。OCT は 1-15μm の解像度を有し、眼科領域などでは日常臨床広く用いられており、網膜層 の詳細な画像新が可能となっている。しかし耳科領域では中耳・内耳が骨で覆われているた め、現存の OCT では内部の観察は殆ど不可である。十名先生らは以前から内耳骨包の外部から の観察により、生きたマウスの蝸牛内構造の描出に成功している。今回はヒト耳科領域に対す る OCT の有効性を検討し、その結果を報告して頂きます。 池園哲郎先生(埼玉医科大学)には「外リンパ瘻確定診断法 CTP 検査の実用化」について報 告して頂きます。CTP 検査については本学会も含め数多く報告して頂いていますので、その内 容よりむしろ、臨床性能試験、医薬品認定申請、保険収載申請などに対する課題・問題点、苦 労話を含めご披露頂く予定である。 金丸眞一先生(北野病院)には「鼓膜再生療法の保険適応と海外展開に向けてのハードル」 のタイトルでご発表頂きます。 「鼓膜再生療法」についても本学会を含め多くの学会で発表され ており、内容の詳細は簡単に紹介して頂き、このような新規医療法が我が国ではなかなか保険 適応を受けて一般診療に提供されないのはどこに問題があるのかをお話しして頂きます。特に 本医療は海外展開をする予定の医療であり、その苦労話なども含め報告して頂くと今後の新規 医療を考えている特に若い研究者への指針となると考えられます。 真田昌爾先生(厚生労働省)には新規医療を一般臨床に届けるに至る種々の方法、特に臨床 試験、先進医療などの仕組みを解説して頂くとともに、全員の発表が終わってからのでディス カッションでは各パネリストからの種々の質問(薬事申請、保険収載への有効な戦略など)に 対してもご教示頂く予定である。 本パネルがなかなか優れた基礎研究、新規医療が現実の臨床に結び付かない我が国の現状に 一石を投ずるものになれば幸いである。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 350 , 2015 パネルディスカッション1 術中内耳観察を可能にする OCT 装置の開発 十名 洋介 京都大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 側頭骨CTおよびMRIは耳科診療に不可欠な情報を提供し、特に最近のMRI画像診断技術の改 善はめざましいが、いまだ、膜迷路や耳石のような蝸牛内微細構造を画像検査により確認する ことは困難である。例えば、Sennaroglu らによる内耳奇形分類により、蝸牛無形成、common cavity、蝸牛低形成、Incomplete partition などの CT で診断可能な骨迷路奇形に関しては、その 聴力予後や人工内耳成績などが明らかとなる一方で、膜迷路奇形に関しては、その存在は側頭 骨標本ではよく知られるものの、臨床的に可視化できる方法がないために正確な頻度や聴力予 後、人工内耳成績などは不明である。突発性難聴と総称している急性感音難聴にも多様な病態 が存在することが推察されるが、現状の画像診断では蝸牛の中で何が起こっているのかを診断 することは困難である。BPPV は耳石の半規管への落ち込みがその原因とされているが、耳石を 確認することは容易ではない。 OCT は、組織透過性を持つ近赤外線を照射し、組織の内部から反射してくる微弱な光を検出 することで断層画像を得る方法である。OCT は 1‐15μm の解像度を有し、臨床で用いられてい る CT や MRI よりも高解像度である。他科領域では眼科領域での網膜や前房部の診断、血管カテ ーテルに挿入するタイプのプローブによる冠動脈プラークの観察などにも応用されている。以 前われわれは、内耳骨包の外部からの観察により生きたマウスの蝸牛内構造を描出し、モデル マウスにおける内リンパ水腫や回転異常を描出できることを報告した。また、摘出内耳におい ては前庭における耳石器の描出にも成功した。げっ歯類の内耳に対する OCT の有効性は明らか であり、われわれはヒトに対する臨床応用の可能性を模索している。 ヒト側頭骨はげっ歯類よりもはるかに分厚い内耳骨包に包まれており、げっ歯類に用いたよ うな骨包を経由した観察では赤外線の減衰のために内部構造の観察は困難である。そこで株式 会社NIDEKと共同で細径の内視鏡型OCTプローブを作成し、ヒト側頭骨標本に対して使用を試 みた。蝸牛開窓部にプローブを挿入して観察したところ基底板およびライスネル膜の描出が得 られた。また半規管の開窓部から観察すると半規管の膜迷路の描出も可能であり、アブミ骨底 板を除去後にプローブを挿入することで球形嚢の耳石器の描出も得られた。また、臨床研究と して、人工内耳埋込術の術中に蝸牛開窓部から内部観察を行った。 現存する技術を用いた OCT で膜迷路含めた内耳構造の描出を行うには内耳骨包における光の 減衰は解決しがたい問題であるが、開発中の内視鏡型 OCT プローブが人工内耳手術における病 態診断、内耳破壊を伴う真珠腫症例における内耳進展の評価などには良い適応と考えている。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 351 , 2015 パネルディスカッション1 外リンパ瘻確定診断法 CTP 検査の実用化 池園 哲郎 1,3,4、松田 帆 1、松村 智裕 2 1 3 埼玉医科大学 耳鼻咽喉科、2 日本医科大学生化学、 難治性聴覚障害に関する調査研究班、4 難治性平衡機能障害に関する調査研究班 ◆背景 内耳性の難聴・めまいの多くは未だに原因不明である。突発性難聴やメニエール病は idiopathic であり症候学 的診断名である。我々は世界初の内耳特異的バイオマーカー CTP による外リンパ漏出の生化学的確定診断技術 を開発し、病因学的な診断と治療のエビデンスの確立を目指している。それによって内耳性めまい・難聴の原因 診断と根治的治療が可能となる。 ◆実用化 1. CTP の外リンパ発現特異性がしめされ、 「中耳洗浄液」という新しい検体採取法を確立し、特許を取得し た。抗体を作成しウェスタンブロット法による検査を開始、その後、㈱免疫生物研究所によってポリクローナル 抗体エライザが完成た。ウェスタンブロット法のような手作業ではなく、エライザ自動測定機器の使用が可能と なったことで、受託検査会社 SRL㈱での検査が開始された。現在、検査実施施設は全国 150 病院となっている。 2. 平成26年度は、指定難病法の施行に伴い、診断基準の見直しを行った。具体的にはカットオフ値の改訂、重 症度分類を作成した。本検査が全国的に普及し、診断基準や原因・誘因カテゴリー分類の普及に務めた。 3. 医薬品認定、保険収載を目的とする場合、半永久的に抗体供給が可能となるモノクローナル抗体によるキッ トが最も望ましい。しかし、 「未変性の CTP 蛋白を検出する検査であるエライザ法」で使用できるモノクローナ ル抗体を作ることは至難の業と言われる。なぜなら、抗原となるヒト native CTP 蛋白を多量に精製する事が不 可能であるからだ。このモノクロ抗体の開発には 5 年以上を要したが、平成 25 年にやっとモノクローナル抗体エ ライザキットが完成し、その後、その品質評価を行っている。 4. 医薬品認定申請に耐えうる高品質なキットであると判断したのちに、臨床性能試験を経て医薬品認定申請、 保険収載申請を行う。この申請には企業の知力、体力、経験が必要となる。 ◆課題 1.新規バイオマーカー CTP を、 「中耳洗浄液」という新規検体中に測定することにまつわる諸問題 2.㈱免疫生物研究所、受託検査会社 SRL㈱との協力関係 3.先進医療制度の利用 4.製造販売業申請 5.海外展開 6.特許維持費 エライザキット ㈱免疫生物研究所 CTP 蛋白の三次元構造 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 352 , 2015 パネルディスカッション1 鼓膜再生療法の保険適応と海外展開に向けてのハードル 金丸 眞一 1,2,3、金井 理絵 1,2 1 2 公益財団法人 田附興風会 医学研究所 北野病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科、 公益財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター病院 耳鼻咽喉科鼓膜再生担当部門、 3 公益財団法人 先端医療振興財団 臨床研究情報センター これまで数多くの再生医学研究がなされてきたが、再生医療としてわが国で保険適応の対象となった 治療法は、いまだにほとんどないのが現状である。再生医療に限らず、わが国において先端的な新しい 治療が国民健康保険の適応を受けて、一般に流布されるのには非常に時間がかかることは以前から指摘 されているところである。これには、以下に示すいくつかの問題点が考えられる。 1.治療として十分なエビデンスが示されていない。 2.決定的資金不足。 3.研究段階から臨床研究さらに多施設間の臨床試験に至る過程で、専門的な知識および技量がさら にはそれに従事する時間が必要である。 4.保険適応申請さらに厚生労働省との折衝に至るまでの事務手続きが煩雑で、専門性的なチームに よる判断と計画が必要である。 このほかにもさまざまな問題点があるが、上記のハードルを越えて一つの新しい治療法を健康保険の 適応、さらに海外に広めてゆくためには、膨大な時間と適切な戦略が必要であり、新治療の開発を行っ た医師単独では到底できないと思われる。しかし、もしその治療が十分なエビデンスを持つ革新的治療 であるとするならば、それをわが国のみならず世界に広げ人類に貢献することは、医師にとって当然の 使命であり歓びである。 本パネルでは、以下に示す鼓膜再生療法の保険適応および海外展開に関して現在までの歩みと今後の 戦略に関して報告する。 鼓膜再生療法 種々の原因による鼓膜穿孔に対してこれまで様々な治療がなされてきた。しかし、現行の治療法は鼓 室形成術や鼓膜形成術といったそのほとんどが手術療法であり、皮膚切開と自己組織採取などの創傷を 伴う。また、手術時間や麻酔、一定期間の安静や入院、鼓膜再穿孔や聴力回復不成功例さらには手術が 原因となる種々の後遺症と患者に対する多くの負担と制約を伴っている。 これに対して、われわれは、in situ tissue engineering の概念に立脚し、細胞移植を行わず、細胞増 殖の足場としてのゼラチンスポンジ、調節因子として塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)、再生環境 を良好なものとするために、再生部位と外部とを遮断するためにフィブリン糊のみを用いて鼓膜再生を 施行してきた。 本治療法では、すでに300例以上の患者の臨床応用を行っている。この際、鼓膜穿孔の大きさ(1/3以 下、1/3〜2/3、2/3 以上)により 3 群に分け、4 回までの施行で 85%以上の症例で穿孔の閉鎖が可能であ り、閉鎖した全例で聴力改善が認められた。成功例の多くは、ABgapが少ない理想的聴力に改善する。 また、耳鳴り、耳閉感なども高率に改善された。さらに鼓膜穿孔によるキャンセル効果をなくすことが できるため、ほとんどの症例で最高語音明瞭度が上昇することも大きな特徴である。 本治療で鼓膜再生が非常に簡単に達成されたが、これには、細胞、足場、調節因子、再生環境の 4 つ の因子が関与していると考えられる。 本治療法の特徴は、以下のとおりである。 1.皮膚外切開など通常の手術処置をともなわない。 2.わずか 10 分間程度の外来処置のみで、入院や頻海の通院不要である。 3.処置直後より聴力が改善し、穿孔の大きさにかかわりなく高い成功率で鼓膜穿孔の閉鎖が可能で ある。 4.正常な鼓膜の再生が可能である。 5.重篤な有害事象や後遺症がない。 6.従来の治療と比較して、患者の精神的・肉体的・経済的負担が軽減できる。 本治療法は、次世代型の治療法としてこれまでの耳科手術を変革するものと期待できる。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 353 , 2015 パネルディスカッション2 めまいの手術 update 司会のことば 鈴木 衞 東京医科大学 めまいの多くは保存的治療で軽快、治癒する。しかしながら、少数ではあるが難治性のめま いもあり、これには手術が行われる。ただ、適応症例が多くないだけに、実際の適応決定や術 法の選択にはある程度の専門的知識と経験が必要である。年齢、職業、聴覚機能、病巣の判 定、末梢・中枢の平衡機能、術後のリハビリテーション、心因性の要因など検討すべき事項は 多い。本パネルではめまいの手術として代表的な半規管遮断術、前庭神経切断術、内リンパ嚢 開放術をとりあげ、それぞれ専門の先生方に解説して頂く。また、Gibson 氏には Sac resection について紹介して頂く。適応、手技、効果、予後だけでなく、病態生理や作用メカニズムにつ いても各先生から興味あるお話が聞けるものと思う。めまいに対する耳鼻咽喉科固有の手段と して知っておきたい。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 354 , 2015 パネルディスカッション2 めまいの手術 update ─前庭神経切断術─ 土井 勝美 近畿大学医学部耳鼻咽喉科 難治性メニエール病 メニエール病症例の約 70%は、保存的治療や生活改善により 1 年以内にめまい発作の消失をみる。すなわち、80-87%の メニエール病では内科的治療によりめまい発作を抑制可能である。一方で、7-10 年という長期間の観察では、めまいの改 善率は80-90%、消失は20-60%とされ、一部の症例は「難治性メニエール病」と診断され、外科治療の適応となる。具体的 な外科手術の適応としては、1)内科的治療によってもめまいを抑制できない、2)めまい発作が頻発することにより社会 生活に大きな支障を受ける、3)めまいの再発に対する精神的不安が強い、などが上げられる。 前庭神経切断術 経過が長くなるにつれて両側メニエール病の発症が増加する(20-40%)ことが知られてきた今日、内リンパ嚢開放術や 前庭神経切断術等の出来うる限り聴力温存を企図した手術が選択される。 前庭神経切断術では、前庭・半規管からの異常信号を脳に伝達する神経伝導路を遮断する。Krause が耳鳴に対して第 8 神経切断術を最初(1898 年)に行った。耳性めまいに対しては、Frazier が 1908 年に行ったのが最初で、続いて Dandy が 1924年より始め、生涯で587例に手術を行っている。1936年にMackenzieが前庭神経のみの切断を行う部分切断術を報告し た。1960 年代に House、Fisch らが選択的前庭神経切断術を報告して、再びこの手術がメニエール病に対する最終的な手術 法として発展してきた。前庭神経に到達するアプロ-チ法により、経中頭蓋窩法、後迷路法、後 S 状静脈洞法に分類され る。 後 S 状静脈洞法では、後頭下開頭の後、S 状静脈洞の後縁にそって硬膜を切開、直下に小脳片葉が露出するので、これを 軽く内方へ圧排すると小脳橋角部が明視下に入る。前方に第 5 脳神経、続いて第 6、7 脳神経、後方に第 10-11 脳神経を見 る。ここで、第 8 脳神経を吻側の前庭神経と尾側の蝸牛神経とに分けるが、2 つの神経に間隙がはっきりとみられる例は少 なく,形態学的特長(前庭神経は蝸牛神経に比べ青みがかって見える)や手術中に行う機能検査から2つの神経の区別をす る.蝸牛神経と前庭神経の区別ができれば、徴小手術用の尖刀にて前庭神経のみの切断を行う(図 1) 。 図 1:左メニエール病に対する前庭神経切断術(後 S 状静脈洞法) 小脳橋角部で第 8 脳神経を同定、前庭神経と蝸牛神経を分離した後、前庭神経(*)のみを選択的に切断する。 経中頭蓋窩法では、側頭部に 4x5 cm 開頭の後、側頭葉を剥離・挙上して錐体骨上面を露出させ、顔面神経を膝神経節・ 迷路部より内耳道方向へ追いかけるか、弓状隆起(前半規管)との位置関係から同定する。内耳道硬膜を切開すると、前 方に顔面神経、Bill’s bar をはさんで、後方に前庭神経が存在する。先ず、内耳道底側で上前庭神経を切断した後、直下に 存在する下前庭神経も続いて切断する。内耳孔側に十分距離を取り、中枢側でも前庭神経の切断を行う(図 2) 。 図 2:右メニエール病に対する前庭神経切断術(経中頭蓋窩法) 中頭蓋窩で開、側頭葉を剥離・挙上、膝神経節より迷路部、そして内耳道まで顔面神経を追いかけることで内耳道を同 定し、硬膜を開放した後、前庭神経(*)のみを選択的に切断する。 めまいのコントロールという観点からは、後 S 状静脈洞法が最も成績がよく、約 95%の例でめまい発作の消失が報告さ れている。当科の成績では、めまい発作の消失率は 100%で、聴力の保存も高率(91.6%)、耳鳴については、10 点法で 7 以 下に軽減した例を有効とすると、78.6%の有効率を得ている。 このように前庭神経切断術は、めまいの予防効果という点では最も成績が良いので、1回の手術でめまいがおこらないよ うに患者が希望する場含や、他の手術を行ったがめまいが再発するような例に選択すべき手術法である。Dandy が行った 初期の手術では聴力が犠牲になる以外に、顔面神経麻痺その他の合併症も少なからずあり、その後薬物療法にとって代わ られた。現在でも、顔面神経麻痺、開頭に伴う髄液漏、髄膜炎などの可能性がある。 一側の前庭機能廃絶により、術後自発性めまいが 2-3 日、誘発性めまいが約 1 週間続くが、その後は歩行、階段の昇降も 可能となり、2-3 週間で社会復帰が可能になる。開頭を要すること、術後の前庭代償を要する手術後には運動療法が推奨さ れている。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 355 , 2015 パネルディスカッション2 メニエール病治療における内リンパ嚢手術の現状 隈上 秀高 日本赤十字社 長崎原爆病院 耳鼻咽喉科 内リンパ嚢手術(内リンパ嚢開放術)は、1926 年 Portmann により実施され、メニエール病に おいて聴力、前庭機能を温存できる手術としてこれまで広く行われてきた。しかし、1981 年、 Thomsen らは、内リンパ嚢手術を 15 例、偽手術として乳突削開術を 15 名に実施し、めまい発作 および聴力に関し両群間に有意差がなく、内リンパ嚢手術には placebo 効果しかないと発表し た。以来、批判も多い手術であるが、今後、果たして生き残っていく手術であろうか。また、 今後も実施すべきとすればどのようなことが必要であろうか。内リンパ嚢の解剖・機能、メニ エール病の内リンパ嚢の所見、手術成績等を自験例あるいは文献的に分析し、内リンパ嚢手術 の現状と将来性について検討する。自験例においては、手術を実施していない例と比較する と、手術例では、めまい発作は有意に減少し、特に手術中にステロイドを使用した例では、聴 力も温存されていた。自験例における手術失敗例では、神経症傾向が強く、めまい発作時の眼 振を確認できずに手術を行った例であった。従って、手術成績向上には、確実例の的確な診断 と内リンパ水腫の存在をより確実に推定できる検査は重要であり、MRI による内リンパ水腫推 定は、今後、より有用となることが期待される。神経耳科医にとって、内リンパ嚢手術は、難 治性メニエール病の治療の選択肢であり、手術的治療の第一選択肢としての価値は失われては いないと考えている。 The current status of endolymphatic sac surgery in the treatment of Ménière’s disease Since the first Endolymphatic sac surgery (ELS) performed by Portmann in 1926, it has been widely performed to preserve hearing and vestibular function in Ménière’s disease (MD). However, in 1981, Thomsen reported that there was no significant difference between ELS (n=15) and mastoidectomy performed as placebo (n=15) suggesting that ELS merely had a placebo effect. Since his report, ELS has been criticized and its use put into question. If the surgery is still to be performed, what factors should be taken into account? In this presentation, we discuss the current and future status of endolymphatic sac surgery that deals with analyzing anatomy as well as the function of the endolymphatic sac (ES); secondly, we cover findings of the ES obtained from patients with MD, and lastly go over ELS outcome based on our own experience, or in published literatures. Compared with cases where no surgery was performed, vertiginous attacks decreased significantly with ELS, and hearing could be preserved in cases with steroid instillation during ELS. In our experience, cases where ELS failed had psychiatric characteristics and in cases where the nystagmus could not be confirmed during a vertiginous attack. Thus, in order to improve ELS results, correct diagnosis of definite cases with MD, and administrating a test that can detect the potential presence of endolymphatic hydrops (EH) are both important. Observation of the presence of EH by MRI should also be considered as an important indicator in the future. For a neurotologist, ELS is a useful alternative for treating refractive cases with MD and is still valuable as a first choice in surgical treatment of MD. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 356 , 2015 パネルディスカッション2 BPPV に対する手術 update 北原 糺、山中 敏彰 奈良県立医科大学 耳鼻咽喉・頭頸部外科学 はじめに 良性発作性頭位めまい症(BPPV)は、通常 1 ヶ月前後の自然経過観察により 90%の症例で頭位性めまいは消 失し、75%の症例で再発を認めない予後良好な疾患である。また耳石置換法なる根治的理学療法が台頭してきた ことで、さらに治癒までの期間は短縮されることとなった。一方、執拗に持続する頭位性めまいのため日常生活 障害度を増悪させ、精神的にもうつ状態になるような難治症例に対しては、手術的治療を考慮する必要がある。 クプラ結石症と後半規管膨大部神経切断術 Schuknecht は 1969 年に、BPPV の病態は後半規管膨大部に卵形嚢耳石が付着するクプラ結石説を提唱した。 Gacekは難治例に対して後半規管膨大部神経切断術を施行し、その効果を1974年に初めて報告した。経外耳道的 アプローチにより鼓膜―外耳道皮膚フラップを挙上し、鼓室全体を術野に置く。正円窓窩後半部直下を削開する と、後半規管膨大部神経に達する。上部に前庭、奥に膨大部が存在するため極めて慎重な手術操作を必要とす る。Gacekらは252耳に対して行い97%と優れためまい完全制御率を挙げている。しかしながら、Silversteinらは 79%、Meyerhoff は 88%と術者により手術成績に差があり、本手術には経験が重要であると考えられた。一方、 本手術を施行することによる主な副損傷は、蝸牛窓付近を触ることによる感音難聴および瘻孔症状である。 Gacek らは感音難聴が 4%、瘻孔症状が 2%としているが、Silverstein らは感音難聴が 9%、Meyerhoff に至っては 19%と看過できない数字を呈示した。手術手技が比較的容易で聴力障害の危険性が低い半規管遮断術の台頭もあ って、一般的にはあまり施行されてない。 管内結石症と半規管遮断術 Hallらは1979年に、本疾患の病態を後半規管内に浮遊する小片によるものとする管内結石説を提唱した。難治 症例に対して、Parnes は 1990 年に外科的に後半規管を閉塞させる半規管遮断術を施行した。単純乳突削開を行 い後半規管を同定する。このとき削開骨塵を採取し、フィブリン糊と混合し、弾力性のある骨パテを作成してお く。ダイヤモンド・バーで慎重に後半規管骨の削開を進め、ブルー・ラインを同定する。ブルー・ライン上、中 央付近の骨削開により開窓し、膜迷路を露出させる。聴力障害などの副損傷を避けるため半規管膜迷路を破らな いよう、骨パテで上方から膜迷路を圧迫遮断しフィブリン糊で固定した後、骨片と筋膜で後半規管骨欠損部を閉 鎖する。創始したParnesらのグループでは44耳に対して行い98%と、優れためまい完全制御率を挙げている。術 者にかかわらず手術成績はほぼ一定しており、本手術は普遍的な術式であると考えられた。一方、本手術を施行 することによる主な副損傷は、半規管の外リンパ腔を開窓することによる感音難聴および半規管瘻孔である。 Parnes らのグループによる副損傷発現率は、感音難聴が 1 例(2%) 、半規管瘻孔が 1 例(2%)と報告されてお り、本手術の安全性を示唆するものと考えられた。 第三の内耳窓効果と半規管遮断術後 迷路骨包に元来存在する前庭窓と蝸牛窓という二窓以外に内耳瘻孔による第三の内耳窓が存在すると、前庭窓 から進入した気導波の一部が前庭階側から内耳瘻孔に抜けるため、低音域の気導聴力閾値は上昇し stiffness curve を描く。一方、前庭階側に伝わる骨導波は内耳瘻孔のため減弱し、鼓室階側に伝わる骨導波は内耳瘻孔の 影響を受けないので、両外リンパ腔のコンプライアンスに通常より大きな差が生じるため骨導聴力閾値は低下す る。このため見かけ上、低音域に大きな気骨導差を生じると考えられている。 我々は難治性 BPPV に対して半規管遮断術を行った直後、低音域に大きな気骨導差を認めることを報告した (Uetsuka-S, 2012)。そしてその気骨導差は、体動時のめまい感、誘発性眼振の減弱にしたがって消失していく ことがわかった(下図)。術後の低音域気骨導差が遮断部位の不安定さを示す所見であるか否かは、症例を増や して長期に経過観察していく必要がある。 引用文献 Uetsuka-S, Kitahara-T, Horii-A, et al: Transient low-tone air-bone gaps during convalescence immediately after canal plugging surgery for BPPV. Auris Nasus Larynx 39: 356-360, 2012. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 357 , 2015 パネルディスカッション2 Removal of the endolymphatic sac. Immediate and long term effects. A possible hypothetical explanation William P R Gibson Emeritus Professor of Otolaryngology, The University of Sydney Between 1992 and 1998 I removed the extraosseus portion of the endolymphatic sac (ELS) in 72 ears suffering from active Meniere’s disease (1). The results were analysed according to the AAOHNS 1995 criteria. 59% (category A) had complete absence of further vertigo attacks and a further 25% had substantial relief (B). In 2011, I analysed a series of 53 ears operated on between 1995 and 2005 and compared the hearing results with 56 ears which had ‘burnt out’ and had not undergone any surgery or gentamicin therapy. The results showed a poorer hearing outcome in those ears which had had the ELS removed. Why does removal of the endolymphatic sac lead to less attacks of vertigo? There is good evidence that the ELS regulates endolymph volume by absorption of endolymph by longitiudinal flow and also that it can secrete endolymph (2) and perhaps some naturetic hormones (3). The ELS is the only part of the inner ear which has lymphocytes which deliver antibodies to kill viruses and macrophages to remove the debris. The hypothesis is that the ELS becomes inflamed, perhaps to the reactivation of a virus, and reacts to produce excess endolymph which cannot drain longitudinally quickly enough and there is an overflow of the excess endolymph into the utricle stretching the cristae and causing an attack of vertigo. 1. Gibson WPR (2000) The Long Term Outcome of Removal of the Endolymphatic Sac in Meniere’s Disease. Proceedings of the 4rd International Menière's symposium. Ed Sterkers0, Ferrary E, Dauman R, Sauvage JP , Tran Ba Huy P. Pages 785-788: Kugler Press Amsterdam/New York. 2. Wackym PA, Friberg U, Bagger-Sjoback D, Linthicum FH Jr,Friedmann I, Rask-Andersen H. Human endolymphatic sac: possible mechanisms of pressure regulation. J Laryngol Otol 1987; 101:768–779 3. Qvortrup K, RostgaardJ, Holstein-Rathlou N. The inner ear produces a naturetic hormone. Am J Physiol, 270:F1073-F1077, 1996 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 359 , 2015 パネルディスカッション3 人工内耳再手術での戦略 司会のことば 熊川 孝三 1,2、内藤 泰 3 1 虎の門病院、2 神尾記念病院、3 神戸市立医療センター中央市民病院 人工内耳治療は 1994 年に保険収載されてから、すでに 20 年が経過し、年間 1000 例近くが行わ れています。それに伴って、再手術の報告も増えていますが、人工内耳の進歩に伴い、機種選 択や手術手技上、ますます専門的な知識が必要となっています。 そこで、今回のパネルの目的は、以下の 3 点としました。 1.これまで個々の施設毎に報告がなされてきた人工内耳再手術の原因、頻度について、5つ の施設でまとめて明らかにすること 2.今後増加するであろう長期経過例での入れ替え手術の言語成績を明らかにすること 3.再手術時の電極選択、挿入手技などの手技の工夫を提示し、共有化すること これまでは再手術の原因分類が各施設により、それぞれになされていましたので、データを 共有化することに難点がありました。そこで、今回は再手術例の原因分類について以下のフォ ーマットを作成いたしました。 1.Device failure 2.Scalp flap complications 3.デバイス本体の移動、電極アレイの slip out 4.中耳炎併発による摘出 5.外傷による損傷 6.テクノロジーの upgrade 目的 7.その他 例えばマグネット関連トラブルなど パネルでは5施設からのデータをまとめて、総手術件数に占める原因別の割合も明らかにし たいと存じます。 また、長期経過後での入れ替え例の語音成績の推移も装用者にとっては大きな問題です。こ れも評価法を標準化して検討したいと考えています。その他、手術側の決定、電極選択の原 則、再手術手技の注意点、独自な対策や工夫について討論を深めたいと考えています。 これまで、いわば闇の中に在ったわが国の人工内耳再手術のbig dataが明らかになり、今後の 診療に生かされることを期待します。 パネリストは、髙橋会長のお考えにより、これからの人工内耳治療を担う比較的に若い先生 にお願いしました。そして海外のオーソリティの先生の参加も予定されており、有益なコメン トを頂けるものと期待しています。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 360 , 2015 パネルディスカッション3 人工内耳術後皮弁壊死の対応と再手術の工夫 原 稔 1、神田 幸彦 2、田中 克己 3、髙橋 晴雄 1 1 長崎大学病院 耳鼻咽喉科、2 神田 ENT 医院、3 長崎大学病院 形成外科 【はじめに】 近年人工内耳手術の経験症例が増えてくるにつれて、海外および本邦においても人工内耳後 合併症および再手術がトピックとして関心が高まってきている。術後合併症の中でも最も重症 または重要なのが術後皮弁壊死(感染)である。入れ替え再手術をするだけでは対応として不 十分で、再感染などが生じる恐れもあるが、再手術の時期や術側の決定には未だ定まった方法 がないのが現状である。 今回、長崎大学病院で経験した術後皮弁壊死症例での対応法とその経過、および現在再手術 時に行っている術式の工夫を報告する。 【対象と方法】 1997年2月〜2015年3月に当施設で行った人工内耳手術の全数は464例で、その内の再手術例は 32 例(6.9%)であった。術後皮弁壊死の症例数は 13 例で全体の 2.8%で、再手術症例中の 40.6% であった。この術後皮弁壊死の 13 例について、患者プロフィール、初回手術、対応方法、再手 術後の経過等の分析を行った。 【結果】 術後皮弁壊死に対する再手術 13 症例の患者プロフィールは以下のとおりである。男女比は 4: 7。再手術時年齢は2〜66歳(平均11.62歳)で1例をのぞいて16歳以下であった(皮弁壊死以外の 原因をふくめた全体の再手術時年齢は平均 17.41 歳)。また 13 例中の 2 例は再手術後に再感染をき たした再々手術例であった。初回手術時年齢は2〜65歳(平均9.55歳)、初回手術から再手術まで の期間は 175〜3263 日(平均 885 日)であった(皮弁壊死以外の原因を含めた全体の再手術まで の期間は平均1441.66日)。術後皮弁壊死に対する再手術の対応法は、①抜去同日に同側へ皮弁形 成をせずに再埋め込みが 3 例。②抜去同日に同側へ皮弁形成をして再埋め込みが 2 例。③抜去同 日に対側に埋め込みが 1 例。④抜去から期間をあけて対側に埋め込みが 1 例。⑤抜去から期間を あけて皮弁形成をせずに同側に再埋め込みが 1 例。⑥抜去から期間をあけて皮弁形成をして同側 に再埋め込みが 5 例。ちなみに皮弁壊死症例以外の再手術例(19 例)では、全例が抜去同日に同 側へ再埋め込みであった。当初経験例数が少ない時期は、皮弁形成を行わずに同側へ埋め込み 術を行っていたが、4例中2例(50%)で再感染をきたしてしまった。その内の1例は、抜去から 132 日経過しての再埋め込みであったにもかかわらず、再感染をきたした。現在は当施設では必 ず皮弁形成術を併用した再埋め込み術を行っており(6 例)、全例で再感染をきたしておらず、 良好な経過である。 当施設では、皮弁壊死後の再埋め込み術の際には、形成外科医師の協力の下、皮弁形成術を 併用して行っている(具体的には側頭動脈付きの側頭筋膜弁を用いる)。発表時には術中写真を スライドにて供覧する予定である。 【考察】 人工内耳術後皮弁壊死は、最も対応に悩まされる術後合併症の一つである。原因に関しては 未だはっきりしておらず、完全に予防する方法も無いため、すべての術者が経験する可能性が あるが、その対応法は未だ定まっていないのが現状である。再埋め込み術の対応法として「同 側/対側、同時/二期的」の組み合わせは様々で、患者一人ひとりの状況に応じて(年齢、入 れ替えの原因・タイミング、対側耳の状態、感染の有無、言語獲得の状況、地理的条件等)決 定せざるをえないため、一つの最適な方法は決められないと考えられる。それぞれの状況に応 じて指針やフローチャートを検討してみたいと思う。また具体的な手術手技としては、確実に 術側の感染をコントロールした上で(デバイスの取り出し、抗菌薬投与)、再埋め込みする人工 内耳デバイスを充分な血流を確保した皮弁で再度被覆する必要がある。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 361 , 2015 パネルディスカッション3 人工内耳再手術の経験と工夫 武田 英彦、三澤 建、小林万里菜、小山 一、大多和優里、渡部 涼子、熊川 孝三 虎の門病院 耳鼻咽喉科 これまで当科では人工内耳手術の症例数の増加と共に、同一症例に対する複数回の手術を経 験してきた。再手術に至った原因としては電極故障によるものが最多であったが、これらを除 いた、避けることが可能な原因としては、創部皮膚の問題、インプラントの露出、外耳道への 電極リードの露出などが挙げられる。これまでの経験から学び、現在行っている手術手技にお ける工夫や注意点について述べる。 1.初回手術における注意点 創部感染、縫合不全、インプラントの露出、外耳道への電極リードの露出などが生じる原因 としては、インプラントの突出による皮膚への圧力、突出部皮膚への外傷、インプラントと皮 膚縫合部との近接、インプラントの移動、インプラント周囲の血腫や死腔形成、インプラント の感染やアレルギー、また外耳道後壁の骨欠損および菲薄化、電極アレイの外耳道への接触な どが挙げられる。 1)皮膚切開、インプラントの固定など 皮膚切開および筋骨膜弁の切開はインプラントの突出部と近接しないようにデザインする。 インプラント設置部の骨膜剥離は最小限にとどめ、乳突導出静脈からの出血に注意し、十分に 止血確認を行う。インプラントの凹みの作成は前方への滑脱を防ぐため前端を十分に行う。糸 固定の小穴が開けられなくてインプラント自体の糸固定が困難な場合は筋骨膜弁を側頭骨に糸 固定することによってインプラントを固定する。 2)電極リードの固定、外耳道後壁の処置 電極リードが側頭骨表面の溝から開放乳突腔に入る角の部分はヒサシ状に骨を残すか、骨片 を置いて電極リードを保護する。開放乳突洞内では電極リードが外耳道後壁に接触しないよう にループをデザインする。外耳道後壁骨が欠損または菲薄化した場合は乳突洞削開時に採取し た骨板、骨片を利用して外耳道後壁を再建する。顔面神経窩開放部では骨片や軟部組織を電極 リードの周囲に置くことによって、外耳道後壁への接触やスリップアウトの予防をする。ま た、蝸牛外ボール電極を有する人工内耳では、創部感染などで再手術が必要となった場合にイ ンプラントの移動術を可能にするために、蝸牛外ボール電極のリードの一部が開放乳突洞内で 余裕を持った状態で設置する。 2.再手術(電極入れ替え術)での注意点 各種電極の特徴、固さ、太さ、長さを考慮して最適の新電極を選択すべきである。モノポー ラ型電気メスは使用せずバイポーラ型電気凝固装置を使用する。旧蝸牛内電極アレイはそのま まにして、手術操作で抜去されるのを避けるために、蝸牛挿入部に近い部位で電極リードを切 断し、旧インプラントと電極リード部分を取り出す。先に新電極のインプラントの設置、固定 を行い、新電極アレイの挿入準備を済ませた後に、旧蝸牛内電極アレイを抜去し、その直後に 同じスペースに新電極アレイを挿入する。挿入困難な場合は蝸牛内の線維性結合組織を除去 し、骨化があれば挿入部をドリルで拡大する。それでも挿入困難な場合は前庭階に開窓し挿入 する。それでも挿入困難な場合は反対側への手術を検討する。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 362 , 2015 パネルディスカッション3 人工内耳再手術・当科での経験 森鼻 哲生 大阪大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 (症例数および入れ替えまでの期間) 大阪大学医学部附属病院では1992年1月から2015年4月までに、人工内耳埋込術を、初回、再手術含めて518耳 に行っている。そのうち成人は324耳、小児(未成年)は194耳であった。成人324耳のうち、入れ替え手術は25 耳(7.7%)で行われ、同側が22耳、対側が3耳であった。入れ替え手術までの期間は、0.5ヶ月から19年までの幅 があり中央値は6年であった。一方小児194耳のうち、入れ替え手術は23耳(11.9%)で行われ、同側が21耳、対 側が 2 耳であった。入れ替え手術までの期間は、8 ヶ月から 11 年までの幅があり中央値は 2 年であった。3 度の埋 込術を経験した症例は、成人で 1 例、小児で 4 例あった。 (入れ替えの理由) 入れ替え手術の理由として確認できたものを以下に挙げる。 ・インプラントの本体の故障(突発的または外傷による) ・インプラント本体の移動 ・リード内の断線 ・蝸牛内電極の slip-out ・インプラント本体付近の皮弁トラブル ・リードが外耳道に露出(ときに真珠腫形成) ・音反応の不良、悪化 ・電極の不適切留置 ・顔面痙攣 成人の慢性中耳炎や真珠腫性中耳炎の術後耳に人工内耳埋込を行った例において、外耳道へのリード露出が多 い傾向にあった。一方小児では、明らかな外傷既往有無を問わず、本体故障やリード内断線が目立っていた。 (対策) 術後経過観察における注意事項 外耳道に露出しかけたリードに痂疲が付着し、耳垢除去の際にリードごと引っ張ってしまう事例が複数見られ たことから、術後の耳処置には十分注意を払う必要がある。電極の slip-out に対しては、音感覚が悪化した場合 には適宜画像撮影を用いて確認している。小児で特に多動傾向のある児では、頭部の打撲に注意が必要であり、 保護者への注意喚起も重要である。 初回手術での工夫 故障原因として多かったリード内の断線を予防するために、本体から乳突洞までの骨溝を十分深く作成してリ ードを設置することが重要である。また皮弁トラブルを予防するために、皮切ラインが本体直上にかからないよ うに心掛けており、成人例では皮膚切開を最小限にして骨膜下ポケット法による本体の留置も取り入れている。 電極が異所性に留置されたりとぐろを巻いたりせず、適切に留置されていることを確認するために、術中イメー ジを併用することや、術中の ART や NRT は必須である。外耳道後壁を削除もしくは再建された術後耳に対する 埋込術では、リードの外耳道内露出のリスクが高いので、open-cavity をしっかり上皮化させてから埋込手術を 行いリード上は確実に軟骨等の硬性素材によってカバーすること、もしくは鼓膜と外耳道の皮膚を抜去して外耳 道を入口部で閉鎖する方法も採用している。顔面神経垂直部が術中に露出した場合には、神経の刺激を避けるた めに、リードと顔面神経が直接触れないように配慮している。 (入れ替え時の対応) 入れ替え手術の術側について、基本は同側で行うが、音反応が不良となった症例では対側への変更も検討する。 ただし失聴後 5 年、もしくは高度難聴になって 10 年以内で少しでも感音成分が残存しており、できれば補聴器で 聴覚活用のされていることが条件である。デバイス(メーカーや電極のタイプ)の選択については、たとえば髄 膜炎罹患後や内耳奇形により挿入スペースに制限のある場合には、compressed などの短い電極を選択してい る。メーカーについては基本的に同メーカーを選択するが、きわめて音反応が不良な症例では、メーカーを替え ることで反応が良好となったケースも見られた。医師と言語聴覚士で綿密な検討を行った上で、患者の希望も取 り入れながら慎重に決定している。当科ではコクレア社、メドエル社、AB(バイオニクス)社を取り扱ってい る。 (聴取成績) パネルディスカッションでは、長期経過後入れ替え症例での、手術前後での聴取成績の変化についても検討した い。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 363 , 2015 パネルディスカッション3 人工内耳再手術例;真珠腫形成例への対応 中島 崇博 宮崎大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科 人工内耳術後合併症のうち治療のために手術や入院を要するものは皮弁トラブルによるもの が多く、真珠腫形成は稀な合併症である。本稿では、宮崎大学(附属病院及び関連病院)にて 経験した 3 例について、術式選択と手術手技の実際を提示する。 【症例 1】 先天性難聴の男児。乳幼児期から滲出性中耳炎があり 1 歳 9 か月時に両鼓膜チューブ留置術施 行、その後耳漏を反復した。人工内耳適応にて、まず反復性中耳炎に対して 2 歳 5 ヶ月で右乳突 削開術施行。3 歳 0 ヶ月で右人工内耳植込み術施行した。その後 5 歳 5 ヶ月で右鼓膜緊張部陥凹し 真珠腫形成。5 歳 8 ヶ月に両扁摘、アデノトミー施行、6 歳 0 ヶ月(2010 年)に右再鼓室形成術施 行;真珠腫母膜がリード線を巻き込み削開腔に進展していた。ツチ骨、キヌタ骨を除去しリー ド線を適宜切断しながら真珠腫とともに摘出、レシーバー/スティムレータも摘出し、電極は 残した。外耳道皮膚剥離し軟骨部で閉鎖した。6 歳 4 ヶ月に右再植込み術を施行;旧電極と同じ ものを用いた。電極は全て挿入され、術中 NRT は良好であった。術前後の装用閾値は 45 から 50dB でほぼ同様であった。 【症例 2】 中耳炎後遺症による両聾の女性。両慢性中耳炎にて左中耳根治術後。57 歳時に人工内耳準備 手術として右鼓室形成術(wo)、3 か月後に右人工内耳植込み術施行した。術後 3 年 4 か月目より 外耳道後壁陥凹を認めるようになり外来経過観察中であったが、術後 6 年目から通院が途絶えて しまった。術後 9 年 4 ヶ月頃右耳違和感出現したため再診。外耳道後壁にデブリを認め、除去す ると外耳道に電極が露出していた。側頭骨 CT にて電極は蝸牛基底回転の 1/3 程度しか入ってい なかった。67 歳時(2011 年)右人工内耳再植込み術施行;耳内切開を耳介後上方へ伸ばし、癒 着鼓膜から後方に内陥した外耳道皮膚を剥離、インプラントを摘出した。電極挿入腔を確認 し、旧電極と同じものを再挿入。マーカー手前 5mm 程度まで挿入可能であった。TPFF を作成 し、閉鎖した外耳道底およびインプラントを被覆した。 術前後の語音明瞭度は 5%と不良のままであった。 【症例 3】 髄膜炎後聾の女性。幼少期の髄膜炎で蝸牛骨化を認めたが、MRI にて蝸牛基底部を削開すれ ば電極挿入可能と判断し、58 歳時に右人工内耳植込み術施行。術後 1 年 1 ヶ月頃右耳掻痒感出 現。右鼓膜緊張部後上象限の陥凹と真珠腫形成を認めたため、59 歳時(2000 年)再手術施行; 耳内切開から耳介後上方に皮膚切開を置き、外耳道上壁を削開して上鼓室から乳突洞に進展し た真珠腫を確認。巻き込まれた電極から慎重に真珠腫母膜と肉芽組織を剥離摘出した。TPFFを 作成し電極、削開腔を被覆し、閉鎖した外耳道底の裏打ちとした。 ここで挙げた症例はそれぞれ、同側段階入替、同側同時入替、及び入替なしという治療方針 にて対応した。症例 1 は反復性中耳炎の小児例であり、準備手術として扁摘アデノトミーを行な い、真珠腫摘出と外耳道閉鎖を reimplantation に先行させる段階手術を施行した。症例 2 はすで に活動性中耳炎が無いので同時入替とした。これら 2 例はいずれも入替手術となったのに対し、 症例 3 は中耳炎症例ではなく、感染等による皮弁トラブルでもないことから電極入替をしない術 式を選択した。 症例 2 及び 3 は真珠腫による電極部分逸脱を伴っており、再手術を他側にするという選択肢も 考えられたが、症例 2 では対側は根治腔障害耳で感染のリスクがあったこと、症例 3 では術前プ ロモントリーテストで対側無反応であったことを考慮して、同側手術を選択した。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 364 , 2015 パネルディスカッション3 人工内耳再手術例の検討 藤原 敬三 神戸市立医療センター中央市民病院 耳鼻咽喉科 当科は 2004 年 10 月から人工内耳認可施設となり、毎年徐々に手術件数が増え、最近は年間 80 件程度の人工内耳埋め込み術を施行している。2015 年 6 月までの人工内耳関連手術を検討したと ころ、人工内耳装用耳にさらに手術を行ったのは 13 耳(このうちインプラントの摘出・入れ替 えを要したものは 8 耳)あった。13 耳のうち、他院で初回手術を行い当科で再手術を行った症例 が4耳である。再手術の原因は、感染に関連した手術が8耳と最も多く、電極の位置不良が1耳、 スリップアウトが 1 耳、磁石の位置ずれが 2 耳、本体の位置ずれが 1 耳であった。 感染に関連した再手術8耳中、7耳は術後1年以内に感染が起きており初回手術も当科で行った ものであった。1 耳のみが術後 8 年経過してからの感染であり、初回手術は他院で行われたもの であった。7 耳中 2 耳は耳後部の腫脹を認めたため開創したが、感染創の洗浄のみでインプラン トの摘出に至らずに済んだ。残る 5 耳はインプラントの摘出が必要となり、電極を切断して蝸牛 内に電極を残して本体を摘出し、創が落ち着いた 3 か月〜半年後に再度、人工内耳埋込術を行っ た。 インプラントの摘出を必要とした 5 耳と開創・洗浄でインプラントの摘出までは必要でなかっ た 2 耳を比較すると、感染の波及範囲が異なっていた。初期の感染症例では、受診刺激ユニット 本体への感染波及があったが洗浄のみを行い一旦閉創したが感染のコントロールがつかず皮弁 が薄くなり、あらためて本体を摘出して後日の再挿入となることがあった。本体への感染があ る場合にはインプラントを摘出して後日の再挿入という方針の方が結果として遠回りにならな い。逆に、インプラント本体への感染がなければ創洗浄のみで対応可能であると考えている。 人工内耳手術後の中耳は、鼓室と乳突腔が連続していることから中耳炎が乳突洞炎(乳突腔の 炎症)へと広がりやすく中耳炎の早い段階で耳後部の腫脹につながることがある。インプラン トの摘出に至らなかった 2 耳のうち 1 耳は、乳突洞〜皮下への感染を認めた時に開創して洗浄を 行うことで感染の制御が可能であった。また、当科では初回の人工内耳手術の際にインプラン トの最前方が耳介付着部から2cm以上後方となるように埋め込んでおり、乳突腔と距離を置くこ とで炎症が本体まで波及する前に対応することが可能であったと考えている。 人工内耳という人工材料を体内に埋め込む限り創感染の危険性が無くなることはなく、常に 注意深く経過を観察する必要がある。 電極の位置不良で再手術となった症例はcommon cavityに対する人工内耳症例であった。Cavity 開窓の上、ストレートタイプの電極を内腔壁に広く当たるように挿入したが、電流量を増や すと眼振のでる電極があり半分が使用できない状態であった。画像検査を行うと蝸牛相当部分 の最前方に電極が入っていない部分があり、位置を修正することで使用電極数が増え、人工内 耳の効果が高まると考えられたため 1 年後に再手術を行った。再手術前に CT 像をよく検討しよ り深い位置まで電極を挿入することで使用電極数が増えた。術前の評価が重要であると考えさ せられた症例である。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 365 , 2015 パネルディスカッション4 機能外科としてのこれからの側頭骨頭蓋底外科 ─どこまで守れるか、どこまで戻せるか? 司会のことば 宮崎 日出海 東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科、コペンハーゲン大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 かつては耳科学の特殊分野であった側頭骨頭蓋底外科であるが、今ではこの領域の新刊書を目にする 機会が増えてきた。学ぶ若い世代が増えてきている証であろう。その側頭骨頭蓋底外科が今、変革期を 迎えている。欧米では、 「次世代のリーダーは誰か?」との会話を良く耳にするようになった。手術法を 体系化して一時代を築き上げたメンター達、我々が学んだ欧米のメンター達の多くが現役を引退し、学 舎であった手術センターが後継者によってその姿を変えつつある。元来、この領域は患者数が限られて いる上に多くの解剖知識と高度な手術技量が要求されるとあって、術者として一人前となるにはそれ相 応の年月が必要である。多くの海外留学生を抱えていたメンター達ですら自施設での後継者へのバトン タッチが上手く行かないところが少なくない。側頭骨頭蓋底外科の治療そのものの難易度の高さが後継 者のハードルを高くしていることもその一因であろう。 幸い、日本では2000年台からこの領域への関心が高まり、海外留学、特に欧州への臨床留学者が増え た。帰国して数年が経った今、次世代を担うそうした先生方が日本各地で活躍している。欧米の学舎の 技術継承が途絶えつつある現状は誠に残念であるが、そこで学んだ技術が日本で継承・発展しているこ とは日本人として誇らしい限りである。日本の側頭骨頭蓋底外科は既に世界レベルに近づいていると言 っても過言ではないが、術者の経験数は未だに大きな開きがある。脳神経外科との境界領域である以 上、脳神経外科医の数が多い日本では、側頭骨頭蓋底外科医への症例の集中が難しい。暫く脳神経外科 医に押され気味であったが、ここ数年で低侵襲、神経機能の温存・再獲得がテーマとなり、耳科・神経 耳科医の役割が増してきた。本パネルディスカッションを通して、“耳科・神経耳科出身の側頭骨頭蓋底 外科医” に症例をご紹介頂ければ幸いである。 本パネルディスカッションでは、欧米で研鑽を積んだ 3 名の新進気鋭の先生方にお集まりいただい た。前半に各々が取り組んでおられる疾患と最新の知見に基づいた手術法について、その適応と成績に ついて解説をいただく。後半は、レスポンスアナライザー(アンサーパッドを会場にて配布)を用いた 聴衆参加型のディスカッションを準備した。耳科学会会員の先生方は、側頭骨頭蓋底外科領域の症例に 初診医として、あるいは耳鼻咽喉科の先生から相談を受ける立場として接する機会が多いと思われる。 しかしながら、症例のほとんどが“rare disease”であり治療法や成績が明確でないことから、 「つい、脳神 経外科医に依頼してしまう」との声を多く聞く。一方、頼まれた脳神経外科医側は、 「手術成績が良くな いので、つい経過観察か放射線治療に回してしまう」というのが実情のようである。 どのようなケースにどう対処するのが良いのか、或いはどうしてはいけないのかについて、本パネル ディスカッションでは多くの会員の先生方に裨益するように時間の許す限り多くの症例を呈示し、率直 な回答を集計したいと考えている。その結果を元に、聴神経腫瘍を中心とした側頭骨頭蓋底外科疾患の 最善の治療法について議論を行う予定である。側頭骨頭蓋底外科では、聴覚と顔面神経機能を代表とし た神経機能温存という治療上の大きなテーマがある。現在の最新治療法で神経機能がどこまで守れるの か?そしてどこまで戻せるのか?ディスカッションには、スペシャリストとして村上信五先生、山本 裕先生にもご登壇頂き、議論を深めたい。 15 年くらい前に、米国耳鼻咽喉科医(施設)を対象とした大規模アンケートの論文を目にした。最も 印象的だったのが、 「聴神経腫瘍患者に勧める治療法は?」 、 「自分が患者だったらどの治療を選ぶか?」 といった質問に対し、当時の米国耳鼻咽喉科医は、患者には外科治療・γナイフ治療を勧めるものの、 自分が患者だとしたら治療には極めて消極的との結果だった。この15年で治療技術も治療成績も大きく 変わった。本シンポジウムでは同様の質問も用意する予定である。 多くの先生方のご参加をお待ちしております。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 366 , 2015 パネルディスカッション4 経迷路法による聴神経腫瘍手術における顔面神経機能温存 大石 直樹 慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科 聴神経腫瘍に対する治療は、手術、定位的放射線照射、および経過観察の3つの選択肢があ り 、手 術 に は 主 に 中 頭 蓋 窩 法 (middle fossa approach)、後 頭 下 開 頭 法 (retrosigmoid approach) 、および経迷路法(translabyrinthine approach)の3つのアプローチ法がある。その中 で、経迷路法は側頭骨の局所解剖を熟知している耳鼻咽喉科医が用いやすい手術法である。基 本的に骨削開は硬膜外であり、頭蓋内への影響が少ない。前庭削開を要することから聴力温存 を試みる症例では適応とならないが、経迷路法によるアプローチは術後の回復過程が早く特に 痛みの経過が良好であると報告されており、全身的には低侵襲な治療法とも位置づけられてい る。 内耳機能が廃絶する経迷路法を選択する場合、極力回避したい合併症は顔面神経麻痺であ る。顔面神経麻痺を避けるためには、顔面神経を温存する的確な手術手技と、信頼性の高い神 経モニタリングシステムの両者が必須であると考えている。 内耳道内にて腫瘍と神経が癒着している場合、あるいは神経線維束が腫瘍により高度に進展 されているような場合、顔面神経を露出させていくように腫瘍を神経から剥離すると、解剖学 的な神経走行が温存されたとしても術後性麻痺につながる可能性がある。麻痺を避けるために は、神経近傍の癒着箇所では腫瘍(偽)被膜下に腫瘍を摘出し(subcapsular dissection)、神経 は被膜の向こう側で保護された状態で手術を進める、あるいは神経の走行を意識しながら腫瘍 の最外側を摘出するように心がけて手術を進める、といった脳神経外科的な microdissection の 考え方に則った手術手技をマスターする必要がある。一度 subcapsular dissection の layer に入っ たら、同layerに沿って顔面神経周囲から腫瘍を剥離摘出していく。このlayerを保てば、顔面神 経は解剖学的走行が確実に保護される(大石、2015)。内耳道内および脳幹近傍での神経周囲手 術操作は、耳科医として培ってきた手術手技の常識に固執せず、脳神経外科領域の microdissection の考え方を取り入れることが、神経機能温存のためには必要であると考えている。 一方、神経モニタリングに関しては、現在多くの施設において NIM®神経刺激モニタリングシ ステムが顔面神経モニターの主流となっている。モノポーラープローブを用いて神経を刺激す ると、極めて高感度に顔面表情筋に設置した電極にて筋電反応を拾うことができ、顔面神経の 同定に有用である。また、モノポーラーを用いなくとも、神経近傍の手術操作において神経へ の物理的な刺激を電極が感知するため、術者は神経近傍を操作していることを認識できる。し かしながら、この神経モニタリングは内耳道内操作においてはときに万全ではなく、腫瘍摘出 後に神経への刺激を電極が感知できたとしても、結果として術後の神経麻痺につながってしま う場合がある。 そのため、経迷路法における顔面神経機能温存をより確実にするためには、より高感度な顔 面神経機能モニターの使用が望まれる。その選択肢の一つが、顔面神経根を持続的に安定して 刺激しモニタリングができる顔面神経根刺激誘発筋電図(facial nerve root exit zone-elicited compound muscle action potential(FREMAP)monitoring) (Nakatomi H, Miyazaki H, et al., 2015)である。円盤形の電極を顔面神経の脳幹起始部(root exit zone: REZ)に留置し、微弱電 流によって数秒間隔で REZ を刺激することで、持続的に顔面神経機能をモニターできる(宮 崎、2014)。同モニターの使用によって、より安全に、より確実に顔面神経機能温存を図ること ができ、たとえ一過性であったとしても出現し得る術後顔面神経麻痺をより高い確率で避ける ことにつながる。 本パネルディスカッションでは、神経温存の手術手技および神経モニタリングについて、具 体的な手術例を提示し、当科における取り組みを紹介したい。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 367 , 2015 パネルディスカッション4 顔面神経の視点から見る側頭骨頭蓋底外科 松代 直樹 大阪警察病院 耳鼻咽喉科 顔面神経・難聴センター 側頭骨頭蓋底外科(Lateral Skull-Base Surgery)とはどういう言葉だろうか。漠然と聴神経 腫瘍やグロムス腫瘍の手術を指す風潮があるが、いわゆる耳科手術(鼓膜形成術・鼓室形成 術・あぶみ骨手術)や奇形・外傷も含めた側頭骨疾患全般を扱う外科という意味であろう。と きに側頭骨外にも及ぶ疾患もあるため、硬膜内・頸部・顎顔面・前頭蓋底の解剖の熟知が求め られる。また突発的・偶発的な事象にも即座に対処できる技量が要求される。 この分野は脳外科領域と競合するため、耳鼻咽喉科では側頭骨外科医が育ちにくい環境にあ る。こういう状況をよしとせず、開拓された諸先輩先生方には大変なご苦労があったことだろ うと思うにつれ、尊敬の念を禁じ得ない。当然ながら腫瘍疾患(聴器癌・神経鞘腫・グロムス 腫瘍・髄膜腫・髄膜癌腫・側頭骨転移など)の症例数は決して多くはなく、平たく言えば「パ イの奪い合い」の様相を呈している。これを受けて我々中堅や若手がどのようにこの分野を開 拓し発展させていくのかが問われている。 かくいう私も最初からこの分野を志していたわけではない。学生時代に鼻中隔矯正術・下鼻 甲介切除術を受け、医師になってから鼻疾患で悩まされたときに困るなぁという些細な理由と 無二の親友が耳鼻咽喉科医二世であったことから、故久保武前教授が主宰する大阪大学に入局 した。当時の久保武教授・土井勝美講師(現 近畿大学教授)・三代康雄講師(現 兵庫医大臨床 教授)から薫陶を受け、一番花形だと勝手に位置づけた(信じ込まされた?!)耳科手術を志 すこととなった。交通外傷により顔面神経麻痺と伝音難聴となった SA さんを担当したこと、 otologistがいつも顔面神経を慎重にmanagementしている姿を見て、顔面神経に大いに魅了され た。研修医時期には小松崎篤名誉教授を招聘した最初の聴神経腫瘍手術の主治医であったこ と、大学院時代には人工中耳の治験(のちに中断)で柳原尚明名誉教授と、また学生講義に来 られた齋藤春雄名誉教授とお近づきになれたことなどが、この分野を目指す後押しとなった。 大学院卒業後は関連施設で研鑽を積みながら、subspecialityと位置づけて顔面神経麻痺に携わっ てきたが、側頭骨内にある数々の腫瘍を避けて通ることができなくなった。顔面神経鞘腫・聴 器癌の手術では神経縫合・移植が必要になり、形成外科手技の習得も余儀なくされた。時を同 じくして、耳鼻咽喉科のみならず脳外科・形成外科も含めた他大学の先生方と交流する機会を 得て、なかば導かれるように歩んでいる。側頭骨外科医としてはまだまだ駆け出しの身ではあ るが、一般的な耳科医とは異なる視点から症例を獲得し査閲できることが「強み」となってい る。 本パネルでは、単に radical に側頭骨頭蓋底手術を行うのではなく、機能外科として「どこま で守れるか」 「どこまで戻せるか?」が問われている。ともすれば犠牲にせざるを得ないと考え られた腫瘍の発症神経をいかに温存できるか、また腫瘍に隣接する神経・内耳組織をどのよう に温存するか、現時点での限界はどこか、が争点であろう。一つの回答は、術野よりも中枢で 術中に持続モニタリングして、危険操作を術者が明確に把握することである。術中モニタリン グが標準化する時代となれば、全ての側頭骨頭蓋底外科医が安全に手術に臨むことが可能とな る。そうなれば、漫然と wait & scan するのではなく、surgical criteria が明確になるだろう。 医局の方針として側頭骨頭蓋底外科を掲げられていない場合にこの分野を目指す障壁・問題 点、また顔面神経麻痺をsubspecialityとする視点からみた側頭骨頭蓋底外科の現状・将来像・限 界・問題点を提示できればと思っている。 「この人に、この人生あり」 医局の方針や自身の置かれる環境に大きく左右されることもあるでしょうが、若手の先生方 には、自分の中に限界を設けず、いろんな方と交流し切磋琢磨して欲しいと切に願います。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 368 , 2015 パネルディスカッション4 Oto-neuro surgeon が行う片側顔面痙攣に対する Micro Vascular Decompression(MVD) 小西 将矢 関西医科大学附属牧方病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 Facial spasmは顔面神経の被刺激性亢進により顔面神経支配筋群が発作性・反復性かつ不随意 に収縮する疾患であり、病因から一次性(特発性)と二次性(腫瘍や動脈瘤などの圧迫によ る)に分類される。ここで述べるのは特発性顔面痙攣のことで、通常は一側性で hemifacial spasm と呼ばれ、下眼瞼部から始まり次第に口輪筋、広頚筋に広がっていく。 特発性というもののその病因はほぼ同定されており、顔面神経根出口領域(Root Exit Zone; REZ)での血管の圧迫が中枢性と末梢性の髄鞘接合部での局所脱髄をきたすことがその原因と されている。症状が軽度なものは経過観察となるが、病状の進行とともに QOL の低下をきたす ために進行例に対しては実質的な治療が必要となる。現在広く行われている治療はボツリヌス 毒素局所注入であるが、姑息的治療となるため唯一の根治的治療は絞扼血管と REZ の除圧を図 る Micro Vascular Decompression(MVD)となる。 一般的にMVDはkeyhole surgeryと呼ばれ、わが国ではこの治療を全て脳神経外科で行われて いる。同手術の草分けである脳神経外科医Janetta先生の名にちなんでJanetta手術とも呼ばれて おり、三点ピンで頭部固定を行い側臥位のもとで行われる。海外では MVD は耳鼻科も行う手術 であるという認識があり、MVD 手術確立の草分け期に、耳鼻科医も仰臥位で行う耳科手術体位 でkey hole手術を施行してきた経緯が影響していると思われる。その先駆者の一人が当時マルセ イユ大学耳鼻咽喉科の Bremond 先生であり、彼の教え子である Jaques Magnan 先生が Bremond 先生の考案したアプローチを内視鏡補助下で行うことで、耳科独自の MVD として確立させてい る。内視鏡を補助下で用いることで、顕微鏡下で捉えにくい REZ 周囲の絞扼血管をほぼ確実に 同定することができ、同手技は従来の Key hole 術と比してより安全性と確実性を重視したアプ ローチであるといえる。さらに、一般的に脳神経外科が行う体位は頭部をピンで固定する上 に、側臥位ゆえに長時間に及べば褥瘡が発生するリスクも一般的な仰臥位よりも高いという指 摘もあるため、耳科的な体位による MVD はより患者にも優しいアプローチであると思われる。 今回、我々は耳鼻科主体でhemifacial spasm患者に対してkeyhole手術下のMVDを施行した。 併せて異常筋電図(Abnormal Muscule Response; AMR)の real time monitoring 技術を術中に 導入することにより、より的確な成果を図ったので、その実際を術中所見と併せて報告する。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 369 , 2015 パネルディスカッション5 小児滲出性中耳炎診療ガイドラインをめぐって(Response analyzer) ─ここがおかしい!? OME ガイドライン 改訂に向けての提言─ 司会のことば 飯野ゆき子 1、伊藤 真人 2 1 東京北医療センター、2 自治医科大学とちぎ子ども医療センター 小児滲出性中耳炎についての考え方は三者三様であり、 「十人の耳鼻咽喉科医が集まると 10 通 りの考え方がある疾患」とすら言えるのではないだろうか。非常に多くの症例を日々経験する にも関わらず、臨床管理のゴールデンスタンダートが分かりにくい疾患である。 2015年1月に「小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版」 (日本耳科学会、日本小児耳鼻咽 喉科学会 編)が発刊された。これは本邦の小児滲出性中耳炎診療ガイドラインの初版であり、 欧米とは医療を取り巻く環境が異なる本邦の現状をふまえて、わが国における診療指針を示し ている。欧米のガイドラインでは、プライマリケアを担当する家庭医や小児科医に対して、 「い つ、どの時点で鼓膜換気チューブ留置手術のために耳鼻咽喉科専門医へ紹介するか」が主要な 論点であるのに対して、本邦のガイドラインのコンセプトは、中耳貯留液や鼓膜の病的変化な どの滲出性中耳炎そのものへの対応ばかりではなく、滲出性中耳炎の病態を考慮して鼻副鼻腔 の炎症やアデノイドなど周辺器官の病変への対応にも重きをおいていることである。つまり、 小児滲出性中耳炎の遷延化因子ともなりうる周辺器官の病変に対する治療を積極的に推奨して いるガイドラインである。しかし発刊から半年以上が経過して、すでにガイドラインを実際の 診療に応用いただいた結果、様々な疑問点や問題点がでてきているのではないかと思われる。 すでに第2版に向けての改訂作業が始まっており、3〜4年後を目処に続版(第2版)が出 版される予定であるが、ガイドライン作成委員会ではこの改訂作業にあたって多くの方から、 本ガイドラインについてご意見をお伺いしたいと考えている。本パネルディスカッションで は、まずは3名の演者を中心に、本ガイドラインの疑問点や問題点をご提示いただき、それら について議論を深めるとともに、アナライザーシステムを用いて聴衆の皆さまのご意見を確認 することで、現状における「わが国の OME 診療コンセンサス」とも言うべきものを形成するこ とを目標としている。 3名の論客は、澤田正一、丸山裕美子、さらに本ガイドライン作成委員でもある吉田晴郎で ある。3名の先生にはご自身のおかれた立場に関係なく、ガイドラインへの忌憚のないご意見 と未来への提言をいただけるものと確信している。2名の司会者は初版 OME ガイドライン作成 委員会担当理事の飯野ゆき子と作成委員長の伊藤真人であるが、2名ともせっかく作ったガイ ドラインだからといってこれを後生大事に守ろうという気持ちは全くない。むしろ、 「2015 年の 初版ガイドライン」は、現状でのエビデンスのありかを広くお伝えして、さらに良いガイドラ インとしていくための議論のたたき台であると考えている。 是非とも多くの先生がたに本アナライザー・パネルディスカッションにご参加いただき、小 児滲出性中耳炎診療ガイドラインへの貴重なご意見を頂きたいと思います。参加者の皆さんの ご意見が、ガイドラインをブラッシュアップする力となります。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 370 , 2015 パネルディスカッション6 手術診断パネル 司会のことば 比野平 恭之 神尾記念病院 通常のビデオ演題では発表をためらうような「ここまでやりました!でも誰も褒めてくれな いだろうな…」 、「こんなびっくりすることがありました!でも実は皆経験しているかも?」 、 「こんなことやっちゃいました!でもちょっぴり喋ってみたい…」的な耳科手術のビデオ演題を 会員の先生方から募りました。腕自慢、経験談、四方山話、何でもありです。ビデオを披露し て頂いた後、壇上の審査員の先生方にご講評(お小言?)を頂きます。 ビデオの審査員としては経験豊富な surgeon、髙橋姿先生(新潟大学)、小宗静男先生(織田 病院)、飯野ゆき子先生(東京北医療センター) 、阪上雅史先生(兵庫医科大学)にご登壇をお 願いしました。審査員の先生方には辛辣な、強烈な、情熱的なコメント(駄目出し?)を出し て頂けるものと期待しています。 会場には Response analyzer を用意していますので、フロアの先生方も適宜、審査員のコメン トに対する「私も1票」を投じることが出来ます。また高橋晴雄会長のご厚意でパネルの最後 には審査員の先生方とフロアからの投票結果による「ビデオ大賞」、しかも副賞付きを用意して あります。 「熱い」ビデオと「ホットな」ディスカッションを期待しています。どうぞ宜しくお願い申し 上げます。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 371 , 2015 教育コース1 側頭骨手術解剖の基礎 平海 晴一、高木 明 岩手医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科、 静岡県立病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科■ 側頭骨手術を行う際には解剖の理解が重要であることは言うまでもない。実際に解剖学的知 識を手術に生かすためには立体的に解剖を理解し、さらに手術術野に準じたアプローチでこれ らの解剖構造がどのように見えるかを理解することが必要となる。今回の教育コースでは CT 画 像、乾燥側頭骨、固定側頭骨を用いた解剖の概説と、さらにこれらに対応する実際の手術画像 を提示して、側頭骨手術解剖の基礎を解説する。 【側頭骨の枠組み構造の理解】 側頭骨手術では骨の中の空間や臓器を確認しながら進めていく。最初に理解すべき点は、中 耳腔の各空間の位置関係である。外耳道、中鼓室〜上鼓室〜乳突腔がどのように交通してお り、どのような位置関係にあるかを理解することが側頭骨解剖理解の基礎となる。下鼓室を積 極的に必要のある手術は多くは無いが、頸静脈球や頸動脈の位置は把握しておく必要がある。 さらに、耳管から耳管上陥凹を経由する換気ルートは近年の内視鏡下手術の発達に伴い再注目 されている部位である。手術手技によらず重要な解剖構造であり、顕微鏡でも内視鏡でも構造 を理解できるようにする。顔面神経窩と鼓室洞をはじめとする後鼓室も、内視鏡により観察が 容易となった。鼓室からの観察と合わせると、より理解が深まる。 【中耳手術に必須な臓器の理解】 中耳の臓器で特に重要なのは、耳小骨、顔面神経、鼓索神経である。これらと外側半規管隆 起、さじ状突起は重要なランドマークとなる。鼓索神経が顔面神経から分岐する位置はバリエ ーションが大きいものの、それ以外ではこれらの構造は決まった位置関係にある。実際の術野 で、これらの構造がどのような位置関係で距離感にあるのかを身に付けることが、中耳手術遂 行のスタートラインとなる。 【内耳構造の理解】 常の中耳手術では直接操作することが少ないが、内耳構造を理解することは中耳手術の限界 を知るうえで重要となる。特に人工内耳、アブミ骨手術、半規管瘻孔の処理、内リンパ嚢開放 術など直接・間接的に内耳に侵襲を加える手技では内耳全体の構造を理解しておいた方が良 い。固定標本では内耳膜迷路の観察は困難な例も多いが、 【中耳手術の理解を深める臓器の理解】 中耳内耳よりさらに深部に位置する顔面神経迷路部、内耳道、前庭水管、蝸牛水管、顎関節 窩、頸静脈球、内頸動脈、その他脳神経の解剖を理解することにより、中耳手術の限界を知る ことができる。通常の手術ではこれらの構造は露出させないようにするが、構造と性質を理解 することにより、意図しない損傷を避けることができる。さらにはこれらの部位の操作を必要 とするような進展した病変への対応が可能となる。 側頭骨の手術解剖を理解するには実際に側頭骨を削開することが最善の方法である。近年は 国内国外での公開側頭骨実習コースに加え、各施設での側頭骨解剖コース、精巧なモデルを用 いた実習も可能となっている。今回の教育コースに興味を持たれた方は、何らかの形で解剖実 習を受けることを推奨する。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 372 , 2015 教育コース2 鼓膜形成術 田中 康広 獨協医科大学越谷病院 耳鼻咽喉科 鼓膜形成術は慢性中耳炎に対する術式であり、狭義の鼓膜形成術は鼓膜穿孔閉鎖のみを行う もの、つまり接着法(湯浅法)として近年では認識されている。一方、中耳伝音系再建手術と して行われる鼓膜の形成手術は鼓室形成術とされるが、耳小骨連鎖が健全な場合には鼓室形成 術 I 型となり、広義での鼓膜形成術と同義と解釈される。鼓室形成術の一部として行われる鼓膜 形成術は一般に耳後切開を行い外耳道皮膚と鼓膜の剝離挙上を行う点で接着法とは異なる。 また、近年では内視鏡技術の進歩により、経外耳道的内視鏡下耳科手術(transcanal endoscopic ear surgery: 以下 TEES)による鼓膜形成術も報告が増えている。耳内切開によるアプロ ーチを行う点で従来法とは異なるが、この方法も外耳道皮膚と鼓膜の剝離挙上を行うため、鼓 室形成術の一部として行われる鼓膜形成術に含まれる。鼓膜形成術に対する認識の変化や内視 鏡下手術の導入により、用語としての鼓膜形成術の解釈に苦慮する先生がたも少なくないもの と思われるが、本セミナーでは広義の鼓膜形成術、いわゆる鼓室形成術の一部として行われる 鼓膜形成術を中心に話を進めたい。 これまでにも私は 2008 年および昨年のモーニングセミナーにおいて鼓膜形成術の基本的手技 を中心として解説させて頂いた。私どもの施設では基本的に underlay 法によって鼓膜形成術を 行っている。その理由として、鼓膜形成術には移植弁を残存鼓膜の固有層の下に入れる underlay 法と固有層の上に置く overlay 法の二つに大別されるが、underlay 法は overlay 法に比較して 鼓膜の再穿孔率が高いという欠点があるものの、鼓膜前方や外耳道前壁皮膚の剥離操作による 術後鼓膜のlateralizationやanterior sulcus bluntingを来たさない点で優れることが挙げられる。 また、overlay法よりも医原性真珠腫を生じる可能性が低い。Inlay法(sandwich法)は鼓膜固有 層の上に移植材料を置くという観点からは overlay 法の一つとして考えられ、同様の術後合併症 を生じる可能性がある。術後鼓膜のlateralizationやanterior sulcus bluntingなどの合併症は、再 手術による修復が極めて困難であるため術後合併症の重篤さと再手術の行い易さを勘案すると underlay 法での鼓膜形成術から始めるほうが、耳科手術の導入としてはより優れたものと考え る。そのため昨年は鼓膜形成術の基本手技として underlay 法に関する基本的事項について動画 を中心に解説を行った。本セミナーでも針(ピック)の操作や吸引管の使い方などの基本的な 内容から硬化病変への対応や内陥したツチ骨の処理などやや難易度の高い状況での手術操作に 関して要点を絞って解説する。また、接着法やTEESによる鼓膜形成術もunderlay法による手術 操作であるため動画を供覧し、その要点について述べたいと考える。 さらには特殊な事例として軟骨を用いた鼓膜形成術に関しても症例を提示し、紹介する。放 射線照射後や結核性中耳炎罹患後の鼓膜穿孔残存による慢性中耳炎などの症例では血行障害に より通常の側頭筋膜や疎性結合組織を用いた鼓膜形成術では再穿孔を来たす割合が高いことが 知られており、移植片として軟骨が有用と報告されている。実際に施行した手術所見を供覧 し、手術の概要について解説する。 最後に、慢性穿孔性中耳炎に対する鼓膜形成術は耳科手術の登竜門としてまず初めに経験す る術式と思われる。しかしながら、決して初心者向けの容易な手術方法ではなく、様々な手術 手技を駆使しなくてはならない大切な術式であることを理解して頂けるよう、手術手技のポイ ントを述べてゆく。そして、本セミナーにより自らの手で鼓膜形成術が完遂でき、どのような シチュエーションでも対応できる技量が身につくことを期待したい。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 373 , 2015 教育コース3 外耳道後壁削除・乳突非開放型鼓室形成術 ─外耳道・上鼓室を耳介軟骨で再建する鼓室形成術─ 松井 和夫 聖隷横浜病院 耳鼻咽喉科 真珠腫性中耳炎の手術後の問題点は遺残性再発と再形成性再発が生じることがあることであ る。遺残性再発については段階手術で対策している。しかし再形成性再発についてはその防止 策に様々な方法が報告されているが、ある一定の頻度で再形成性再発する症例は存在する。わ れわれは耳介軟骨のCymbal Cartilageを真珠腫摘出後の再建に使用して、独自な工夫を行い、良 好な成績を得ている。今回は特に後天性真珠腫で多い型である弛緩部型真珠腫に対する外耳道 後壁削除・乳突非開放型鼓室形成術のうちわれわれが施行している外耳道・上鼓室を耳介軟骨 で再建する鼓室形成術を紹介する。この方法は特に上鼓室ブロックのある慢性穿孔性中耳炎、 乳突蜂巣に進展した真珠腫性中耳炎、真珠腫が再発した術後耳、Open mastoid 術後耳なども適 応となる。 Canal wall down tympanoplasty with canal reconstruction、すなわち外耳道後壁削除・再建 型鼓室形成術となる。この方法について、以前は Open and closed と呼ばれ、硬素材である骨板 による再建で知られる元帝京大学の鈴木淳一教授のグループによって我が国で行われた。この 手術法の要点は手術のはじめに有茎の筋膜・骨膜弁を作製して、外耳道の上・後・下壁をスリ バチ状に削開して、bridge を落として、中耳の粘膜は可能なかぎり温存して、明視下に真珠腫 の摘出を行う。本術式の最大の利点は、広い視野が得られることにより術野内での操作がより 確実・容易となることである。さらには顔面神経損傷などの副損傷の予防、手術時間の短縮に もつながる。なるべく明視下に真珠腫を摘出した後に、上鼓室・外耳道の形態の再建を耳介軟 骨で行っている。その再建は、再形成性再発を予防するため、耳介軟骨を用いて独自の再建方 法を行なっている。耳介軟骨は、再建部の形状と大きさを確保でき、且つ耳介の形状が術後変 形しにくい耳甲介舟(cymbal conchae)を第一選択とし、再建部が大きく広い場合は、必要に 応じて、耳甲介腔(cavum conchae)や、耳珠(tragus)を追加して用いている。聴力の改善の ために行う耳小骨連鎖の再建方法は耳小骨連鎖が保存できない IIIc、IVcなどの場合は、まず ツチ骨短突起直上の骨頭の一部を残して頭部を切除し、線維性鼓膜輪の直上で、前鼓室棘の位 置の外耳道前壁に軟骨設置用の溝を作製し、その溝を再建の前方として軟骨を置き、残存ツチ 骨の頭部を再建軟骨上に乗せて設置する。再形成再発を生じた鼓膜を見るとツチ骨の上部と前 上部が陥凹して、再形成再発しているので、上鼓室に再度陰圧がかかっても軟骨があることで retraction pocket を作らせないという考えで行っている。耳小骨を保存した I 型の場合は、耳小 骨と軟骨が干渉しないよう、ツチ骨短突起ギリギリに軟骨を設置する。さらに、鼓膜欠損部に 裏打ちした筋膜、再建軟骨の生着のため、保存した外耳道皮膚と再建部の間にあらかじめ作成 しておいた有茎筋膜弁、有茎骨膜弁を挿入することで再建軟骨を覆っている。この再建方法の 工夫により再形成性再発はほぼ制御できている。今回、我々の中耳真珠腫に対する手術の再建 方法と Open mastoid 術後耳の手術をビデオ供覧する。また、耳介軟骨を利用して再建するわれ われの外耳道後壁削除・乳突非開放型鼓室形成術-外耳道・上鼓室を耳介軟骨で再建する鼓室 形成術は、鼓室・乳突洞に含気が形成されなかった症例においても、再形成性再発を認めてお らず、すなわち術後含気化不良な症例でも再形成性再発を生じにくい方法であり、また耳管開 放症による鼻ススリ症例であっても鼓膜と上鼓室再建軟骨の軽度陥凹に留まっている。我々の 再建方法は特に上鼓室型中耳真珠腫に対し非常に有効な方法であると考えられる。 鈴木淳一:鼓室形成術─Ⅰ型から 0 型まで─、医学書院、1982. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 375 , 2015 教育コース4 外耳道後壁削除型・乳突開放型鼓室形成術 大島 猛史 日本大学医学部附属板橋病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野 【はじめに】 真珠腫に対する鼓室形成術の術式選択は、個々の症例に対する適応に加え、真珠腫の成因に 対する術者の考え方も影響する。筆者はこれまでおもに外耳道後壁削除型の手術を施行してき た。外耳道後壁削除型の最大の利点は真珠腫の郭清が比較的容易で、再発が少ないことであ る。削開された乳突腔をどのように扱うかで、さらに乳突開放型、乳突非開放型に分類され る。本編では外耳道後壁削除後に乳突開放型とする耳道後壁削除型・乳突開放型鼓室形成術に ついて述べる。 【適応】 いわゆる Open 法の適応については、House Ear Clinic では、①only hearing ear、②大きな迷 路瘻孔、③蜂巣発育の悪い例、④他側耳でも手術必要、⑤高齢者、⑥全身状態不良、⑦真珠腫 で後壁が広く破壊されている例、などを挙げている(Brackmann DE, 1992)。また、開放耳管 による鼻すすりと関連した真珠腫では Open 法が勧められる(須納瀬弘、小林俊光、2004) 。真 珠腫母膜が脳硬膜と癒着し遺残する場合や、過去の手術で open cavity が形成されているが聴力 が良好かつ耳漏などの原因が創腔の一部の問題にとどまるような症例では乳突開放型のまま修 正を加えている。 Open 法の手技は簡素であり、安全、低侵襲である。そのため、その適応はかなり広いと言え る。逆に、適応とならない例については、①先天性真珠腫、②小児真珠腫、③初期真珠腫があ る(小林俊光、1995)。 【本術式の特徴】 正しく施行された本術式では、遺残性再発も再形成性再発も少ない。これが最大の利点であ る。また、中・下鼓室以外の中耳腔は外耳道に開放されるため、感染耳に対しても安全であ る。術後聴力も乳突非開放型に比べて遜色はない。本術式のポイントは乳突腔およびそれに関 連した処置である。しかし、約 80%の症例では痂皮の付着も少なく、6 か月以上の通院間隔でも 問題がなかったとする報告もあり、乳突腔障害は必発ではない。トラブルのない手術のために は、①広く滑らかな削開、②低い Facial ridge、③部分充填、④外耳道入口部形成が必要であ る。 外耳道形成の前の状態では、形成された広い乳突腔に対して外耳道は相対的に狭く自然の状 態では乳突腔の隅々まで観察、処置がしにくい。そして、乳突腔に張った表皮には自浄作用が 乏しく、乳突腔障害をきたすことがある。乳突腔を丁寧にドリリングし凹凸をなくすことが重 要である。深い陥凹は軟骨片などをおき平坦にする。骨面の露出を避ける。乳突蜂巣の発育が よい場合は末梢の部分充填は必ず行い、ケアする乳突腔を狭くする。さらに外耳道入口部を拡 大する。 術後、乳突腔の上皮化が完成するまでには時間を要する。多くは 1 ヵ月程度で滲出液は減少し 耳内はほぼ乾燥するが、完全な上皮化完了には 3 か月近くを要する。本術式の長所は再形成性再 発、遺残性再発ともに少ないことである。乳突腔に遺残性再発が生じても発見は比較的容易 で、再手術に至らず、局所処置で対応可能なことがある。良い手術が行えれば術後ケアの必要 性は少ないが、乳突腔上皮は一般に自浄作用が劣るため術後は半年から 1 年程度の間隔で、定期 的に清掃を行う必要がある。頻度は少ないものの、ときに乳突腔障害を生じることが短所であ る。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 376 , 2015 教育コース5 外耳道後壁保存型鼓室形成術 阪上 雅史 兵庫医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科 (はじめに)真珠腫の原因が完全に解明されていない現在、術後再発は避けられない。外耳道保 存型鼓室形成術(canal wall up method, CWU)の5年再発率は15%、10年再発率は25%であり、 外耳道保存型鼓室形成術(canal wall down 法, CWD)のそれらは、3%と 3%である(KaplanMeier法、Mishiro Y, et al. Otol Neurotol 29:803-806, 2008)。CWUはCWDに比べて再発率は高い が、小児の真珠腫や乳突蜂巣発育良好例に適応である。また、術後早期に乾燥するため、通院 する時間が取れないビジネスパーソンや水泳愛好者にも良い適応である。 (症例 1)38 歳男性商社営業マン、右弛緩部型真珠腫。弛緩部に痂疲が充満し、鼓膜後下部は癒 着していた。聴力は右気導41.7dB・骨導3.3dB、左正常であった。CTにて右上鼓室から乳突部に かけて陰影を、中耳腔の上部と前部に含気を認めた。 [1]planned staged CWU の第 1 期手術(2014 年 6 月) (1)皮膚切開等:①全身麻酔がかかる前に耳後部切開部に 0.5%キシロカインを局注する。②耳 後部皮膚切開はめがねのつるが当たる部位をよけて、右耳なら11時から5時まで行う。③tympanomeatal flapは右弛緩部型の場合、1時から5、6時まで挙上するが、鼓膜緊張部の線維性鼓膜輪 は必要のない限り挙上しない。本例では、鼓膜後下部が癒着していたので、外耳道下壁・後壁 を低くして(canalplasty)、癒着鼓膜を拳上した。 (2)乳突削開と真珠腫摘出:①cortical mastoidectomy を行い真珠腫母膜の末端を出す。後に行 う posterior tympanotomy のためにすり鉢状に削開する。弛緩部型の場合は、最初から中頭蓋に 沿って鼓膜の 12 時付近まで削開すると時間が短縮される。②末梢からキヌタ骨短脚付近まで真 珠腫を剥離する。③顔面神経窩直上の骨を 3mmm のカッティングバーでできるだけ薄くし、 1.5mmのダイアモンドバーでposterior tympanotomyをアブミ骨筋腱付着部が見える位行う。④ 広く開放された顔面神経窩から、キヌタアブミ関節を離断する(無理な時は、外耳道側から骨 性鼓膜輪を削除して離断する) 。⑤キヌタ骨、ツチ骨頭を摘出して、上鼓室の真珠腫を弛緩部骨 欠損部の方へ押し出す。⑥鼓室上陥凹ルートを作成する。⑦炎症のある末梢の乳突蜂巣を可及 的に削開する。⑧弛緩部型真珠腫では鼓索神経を温存できる確率が高いので努力する。 (3)外耳道骨欠損部の形成:①鼓膜張筋腱を切断し、鼓室から乳突部にかけて、ブーメラン状 の大きなシリコン板(厚さ 0.5mm)を挿入する。②採取した耳介軟骨を軟骨カッターで薄切 し、scutumplasty を行う。外耳道骨欠損部の前縁にきっちり薄切軟骨を当てることがポイント である。③必要があれば、軟骨上の皮膚欠損部に筋膜を置く。④鼻すすり癖等で術後内陥の可 能性が高ければ、鼓膜チューブを留置する。 (4)術後:①皮膚欠損部が小さいので、2、3 週後に外耳道のパッキングを抜去すると、大部分 の例で外耳道の腫脹もなく耳内は乾燥している。②1、2 週間の点耳のみで、通院はほとんど必 要がない。③1 年後、段階手術 2 回目を予定する。 [2]planned staged CWU の第 2 期手術(2015 年 7 月初旬予定) 第 1 期手術後、耳内はすぐに乾燥したので、2014 年 7 月よりインドネシアに赴任した。鼓膜チ ュ-ブは経過中に脱落したが、耳漏等トラブルはなかった。 (症例2)70歳女性、右弛緩部型真珠腫。聴力は右気導36.7dB・骨導18.3dB、左35.0dB。2013年1 月、段階手術1回目施行。術後、鼓室・乳突腔の含気化は不良出あった。2014年1月に段階手術2 回目施行。内視鏡で遺残のないことを確認後、アパセラムP型で3c型耳小骨再建施行。アパセラ ムと鼓膜の間に十分な大きさの薄切軟骨を置いた。術後 1 年の聴力は 31.7dB と術前より回復し た。①2 回目の手術時には炎症がないのでコルメラの位置が安定すること、②人工耳小骨が使用 できることが段階手術の聴力に関する利点である。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 377 , 2015 教育コース6 顔面神経減荷術 稲垣 彰 名古屋市立大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科学 顔面神経減荷術は1932年にBalanceら(Balance C et al. 1932)により初めて施行された手術で、そのコン セプトは骨性の顔面神経管を開放し、神経管内部での神経絞扼を物理的に解除することである。顔面神経管 は解剖学的に2箇所、内耳道から迷路部に移行するmeatal segmentと錐体部が狭いことから、これらの部位 を開放することが重要と考えられている。しかし、歴史的には Balance 以後、1950 年から60 年代にかけては Kettle、Miehlke らが耳後切開による乳様突起削開術を改変し、経乳突法による茎乳突孔から錐体部までの 減荷術を確立した。1970 年代には膝神経節、迷路部の減荷の重要性が強調され、Yanagihara、May らが経 乳突法で一旦キヌタ骨を除去し、乳突部だけでなく迷路部、膝神経節部をも減荷する方法を開発、また、 Fisch らは meatal segment の開放が重要であることを主張し、経中頭蓋窩法による内耳道から膝神経節まで の減荷術を開発した。また、顔面神経減荷術には骨性の顔面神経管のみを開放する Bony decompression と 神経鞘まで切開開放する Sheath decompression があり、その適応にはそれぞれに賛否両論がある。 顔面神経減荷術は、主としてBell麻痺、Hunt症候群、外傷性麻痺に施行されるが、その適応は保存的治療 では完治が見込めない重症例に対して施行される。一般的には40点法で8点以下の完全麻痺かつ発症後10日 〜2 週間経過後の誘発筋電図検査で ENoG 値が 10%以下あるいは神経興奮性検査(NET)が無反応の症例で ある。手術時期に関しては発症後2週間以内が理想的とされているが、実際に手術適応の患者が早期に紹介 されることが少ないこと、また、3ヶ月以内であれば有効であるとする報告もあることから、当施設では麻 痺発症3ヶ月までは減荷術を施行している。ただ、最近では減荷術時にb-FGF を用いて神経再生を促進 させる試みもされるようになっていることから、将来的には手術の適応期間は延長されることが期待され る。 名古屋市立大学病院では経中頭蓋窩法と経乳突法を併用した全減荷術と経乳突法のみで経乳突孔から迷路 部までの減荷術を施行している。これらアプローチの選択は、基本的に手術効果と手術侵襲を患者に十分説 明し、患者の同意と選択により決定している。 本セミナーは若手医師対象の手術セミナーであることから、減荷術の基本である経乳突法による減荷術を 中心に、手術の目的、コンセプト、適応、基本手技、工夫、合併症とその防止についてビデオを用いて解説 する。 図1:顔面神経減荷術の2つのアプローチ A:経乳突法 B:経中頭蓋窩法 図2:経乳突法による顔面神経減荷術の手順 A, 顔面神経管を側頭骨より削開、薄い骨壁を残し同定す る。B, キヌタ-アブミ関節を外し、迷路部・膝神経節の減荷の際のアブミ骨への過重な負荷を予防する。 C,骨壁を除去する D,神経鞘を切開、顔面神経を開放する。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 379 , 2015 臨床セミナー1 先天性難聴の早期療育での遺伝子診断の可能性と落とし穴 司会のことば 喜多村 健 茅ヶ崎中央病院 耳鼻咽喉科 遺伝子の解析手法ならびに機器の発展はめざましく、次世代シーケンサーを用いたヒト全ゲ ノムのシーケンス(個人の全遺伝子配列)解析も施行されてきている。この遺伝子解析手法の 進歩に伴い、悪性腫瘍、神経疾患などの様々な疾患の原因となる遺伝子変異が多数同定されて いる。さらに、糖尿病、高血圧、喘息などの common disease に分類される病変では、該当する 疾患に罹患する遺伝的素因が次々と明らかにされている。その結果、遺伝子検査は、現在で は、多種・多彩な疾患の診断におけるツールとして位置づけられている。すなわち、診療行為 のひとつに組み込まれており、確定診断に有用な検査として確立している。 一方、難聴遺伝子の解析は、他の検査法ではうかがい知ることの出来なかった難聴の病態を 明らかにする点で、他領域の疾患の診断とは比較にならないほどのインパクトを与えている。 また、遺伝子診断では、生理機能検査による聴覚の評価とは異なり、聴覚の分子レベルでの評 価が可能となっている。そのため、生理機能検査が実施困難な症例においても、聴覚の評価が 可能であり、分子レベルでの病態解析から病変の予後の予測も可能となる。さらに、先天性難聴 症例の早期療育が児の聴覚コミュニケーションの発達に極めて有用であると判明している現状 では、先天性難聴の診断における遺伝子診断の意義は極めて高い。 以上のように、遺伝子診断は先天性難聴の診療として大きな役割を果たしているが、いくつ か論議が必要となる課題がある。すなわち、遺伝子診断そのものに内在している問題、先天性 難聴という疾患の療育を実際に施行する際の問題、難聴遺伝子における表現型の問題等であ る。今回のセミナーでは、これらの点を考慮して、信州大学の工先生に先天性難聴の早期療育 での遺伝子診断・カウンセリングについて解説して頂く予定である。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 380 , 2015 臨床セミナー1 先天性難聴の早期療育での遺伝子診断の可能性と落とし穴 工 穣 信州大学医学部耳鼻咽喉科学講座 新生児聴覚スクリーニングの普及により先天性難聴児が出生間もない頃に発見されるように なり、また補聴器の進歩や人工内耳の低年齢化によって早期療育も飛躍的に進歩してきてい る。かつてはほとんどが原因不明であったが、 「先天性難聴の遺伝子診断」が2012年4月から保険 適応となり、約半数に原因遺伝子が見つかるようになっている。先天性難聴の原因遺伝子はそ れぞれ発症時期、進行性、前庭症状、随伴症状などが異なることが知られているため、遺伝子 診断によって難聴の正確な診断、治療法の選択、予後の推測、合併症の予測、合併症予防や遺 伝カウンセリングなどに関する情報提供が可能となることは、早期療育を行う上で非常に有益 である。特に聴力予後予測は、かつて手探りで進められていた補聴器やコミュニケーションツ ールの選択や、それに基づく療育施設の選択などにも大きな支えとなっている。 それゆえに、遺伝子診断は患児の一生を左右すると言っても過言ではなく、慎重な対応が求 められる。臨床遺伝学に精通した臨床遺伝専門医と連携した “難聴・遺伝カウンセリング” を行 い、遺伝のメカニズムなどに関する正しい理解を促すとともに、耳鼻咽喉科専門医は難聴の複 雑な病態を分かりやすく説明し、適切な介入法を呈示していく必要がある。 本セミナーでは、遺伝子診断・カウンセリングを行う中で遭遇する注意点や落とし穴などに ついてポイントをまとめる。具体的には、1)遺伝子変異がヘテロ接合体で見つかった場合の 可能性、2)複数の遺伝子変異が見つかった場合の可能性、3)スペクトラムを持つ遺伝子変 異の場合の可能性、4)保因者診断や出生前診断を希望する場合の対応、5)遺伝子以外のウ イルス性難聴などの可能性、6)発達障害などの合併の可能性などが挙げられる。 例として、1)遺伝子変異がヘテロ接合体で見つかった場合には、 (a)その遺伝子の翻訳領域 にもう一つの変異が存在する場合、 (b)プロモーター領域や非翻訳領域に変異が存在する場合、 (c)もう一つのアレルに翻訳領域を含む大きな領域の欠損がある場合(d)他の遺伝子に原因遺 伝子変異がある場合、 (e)遺伝子以外の原因がある場合、などが挙げられる。これまでは、遺伝 子変異が遺伝子産物に影響を与えることで難聴という表現型を示すと考えられていたが、最近 個体間で遺伝子コピー数が異なる領域がゲノム全般に渡って存在すること(コピー数多型)が 明らかとなり、それによって様々な表現型のバリエーションをもたらす場合があることが明ら かになってきている。今後さらに研究が進められることで、多様な難聴の表現型のメカニズム が明らかにされていくと考えられている。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 381 , 2015 臨床セミナー2 側頭骨癌の手術手技 司会のことば 中川 尚志 福岡大学医学部耳鼻咽喉科 臨床セミナー2は、側頭骨癌の手術手技として、側頭骨外側切除術を神戸大学の長谷川信吾 先生に、側頭骨亜全摘術を東京医科歯科大学の角田篤信先生に、tip を含めて、詳細に解説して 頂く。角田先生の亜全摘は腫瘍の完全切除のために intradural approach を用いる。一方、司会 である中川は術前照射により周辺腫瘍の縮小をはかって、extradural approach を主体に下方よ り切断するため、角田先生の手技と異なっているので、中川が要点のみ、供覧する。 側頭骨内には内頸動静脈や下位脳神経など生命に直接かかわる重要な脈管神経があり、かつ 中頭蓋・後頭蓋の二面に接している。側頭骨の一部は compact bone であり、削開しづらく、か つ脈管の走行には個人差があり、亜全摘のときに難渋する原因になる。また外側切除において は顔面神経の走行に熟知しておかなければ、ならない。顎関節をどうするか、最も内側に位置 する耳管外側壁の切断にどうつなげるか、それぞれの術者のポリシーと工夫が必要である。 定位放射線治療や化学療法の発達により、手術なしで、治癒する報告も散見されているが、 やはり手術は治療のfirst lineであることはゆるぎない。セミナーを聴講されるだけで手術手技が 身に付くとは言い過ぎであるが、聴講された先生方の側頭骨癌の手術の理解につながり、これ らの術式の普及の一助になれば、福音である。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 382 , 2015 臨床セミナー2 外耳・中耳癌の基本手術手技 側頭骨亜全摘術における操作のポイント 角田 篤信 東京医科歯科大学 耳鼻咽喉科 外耳・中耳癌の治療は様々な選択肢があるが、手術はいまも重要な治療手段である。病変が鼓膜、骨 部外耳道を破壊し、中耳腔に進展しているものには側頭骨亜全摘(subtotal temporal bone resection) が適応となる。本手術では中耳内に操作が入ると腫瘍に切り込むリスクが高まるため、“腫瘍が存在する であろう中耳腔” を(極力)開けないことが重要で、そのためのランドマークを設定がポイントとな る。 ①.前方と下方の視野確保:顎関節部の処理 筋付着部の剥離操作や静脈叢の出血に難渋する操作部位である。 対策:対側の経鼻挿管とし、下顎骨の可動性を確保した上で、下顎骨関節突起と下顎枝の一部を離断・ 摘出する。茎突下顎靱帯を外すことで、顎関節窩の展開が容易となる。 ②.後方+上方の操作 側頭後頭開頭を行い、側頭葉、小脳を圧排し、後頭蓋窩、中頭蓋窩の視野を確保する。硬膜合併切除 の際はその直後に硬膜再建を行う。乳突削開を行うと内耳の位置がわかりやすいが、腫瘍に切り込む可 能性が出てくる。 対策:確実なランドマークは内耳道である。まずは後頭蓋窩と中頭蓋窩が同時に観察できる視野を確保 する。後頭蓋窩から内耳道は容易に同定可能で、そのレベルでは “中耳腔を超えている” こととなり、 安全な切除範囲が確保される。内耳道を後方から縦断するように削開し、中頭蓋窩方向に削開を進め る。前下小脳動脈を保護の上、内耳動脈、第Ⅶ、Ⅷ神経を切離すれば、後方と上方が外れる。 ③.側頭骨摘出操作:前方 ①の操作で前方の視野がとれており、顎関節が展開されている。しかしこの部位では中耳腔を確保す るランドマークがわかりにくい。 対策:中頭蓋窩側で内頸動脈を同定し、下方に向かって内頸動脈管を開放する。操作途中で浅層に耳管 が確認される。この耳管が前方におけるランドマークであり、この部位よりは後方(鼓室側)を削開し ない。また内頸動脈は蝸牛よりも深部を走行するため、内頸動脈管がランドマークとなり、その正中よ り内側を削開することで切除範囲は確実となる。 ⑤.側頭骨摘出操作:下方 下方の操作で残るは内頸静脈である。静脈を保存する場合、摘出する場合で操作が異なるが、この部 位もランドマークがわかりにくい。 対策:中耳との骨性隔壁である頸静脈窩がランドマークとなる。頸動脈管との間の骨削開を行い、内耳 道に向けて下方から上方に削開を進めることで確実に中耳腔は確保される。下位脳神経は頸静脈孔より 前方内側に位置しており同時に保護される。尚、頸静脈窩の大きさ・位置は個人差が大きいため、画像 で十分に確認する。 図は側頭骨亜全摘術前と術直後のCT所見である。一塊切除により腫瘍は完全に切離されている。術 後9年を経過し、元気に社会復帰されている。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 383 , 2015 臨床セミナー2 外側側頭骨切除術 〜Hints and Pitfalls〜 長谷川 信吾 神戸大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉科頭頸部外科学分野 外側側頭骨切除術(外耳道全摘術と同義)は軟骨部および骨部外耳道を鼓膜、ツチ骨を付けて一塊切除する術 式であり、外耳道癌であれば外耳道や鼓膜を越えずに外耳道内にとどまった症例が適応となる。この術式は乳突 削開、上・前鼓室開放、後・下鼓室開放に加えてキヌタ・アブミ骨関節の離断や顔面神経同定など中耳手術に必 須の手技が満載に含まれている。しかも、そのほとんどは乳突蜂巣の発育が良好であるため解剖学的に理解しや すく、対象が生命に関わる癌病変であることを除けば、比較的経験の浅い術者にも経験しやすい術式といえる。 一方、外耳道前方深部つまりは骨部耳管の処理については詳細が記述されている手術書が少なく、また視野も顎 関節が存在するために十分に関節窩を展開することが難しい。ここでは、Hints(コツ)と Pitfalls(落とし穴) と題してこれから始める術者に対しては基本的な手技について、ある程度経験を積んだ術者に対しては自身の経 験から得た応用的な工夫について、新しい知見を交えて解説したい。 【基本的手技】 ・皮膚切開:耳介後方に大きな弧状切開(Large C shape)をおく。外耳道入口部にも輪状切開を加える。これ を乗り越える形で耳下腺が露出するところまで皮弁を挙上する。 ・外耳道入口部の閉鎖:摘出腔は側頭筋で充填するため、先に外耳道入口部を閉鎖しておく。また、腫瘍の播種 を予防するために摘出側の外耳道も閉鎖しておく。 ・側頭筋弁の作成:出来るだけ大きな側頭筋を採取するよう心がける。ただし、前方は側頭筋膜上に顔面神経前 頭枝が走行するため、側頭筋膜下の操作を行って顔面神経麻痺が生じないように注意する。側頭筋の停止部は 下顎骨筋突起にあるため頬骨弓の内側まで剥離挙上し、頬骨弓根部をドリルで削除しておくと側頭筋弁を摘出 腔に充填する際に緊張がかからず到達しやすい。 ・乳様突起削開:ここから顕微鏡操作になる。定型的に骨皮質を広く削除して、乳突洞および乳突蜂巣を開放す る。後の深部操作の際にドリルのバーの根元が皮質骨に接触することを避けるために出来るだけ広く削開する ことを心がける。中頭蓋窩の硬膜や S 状静脈洞が薄く透けて見えるまで削っておきたい。下方は顎二腹筋稜ま でを視野におく。 ・上鼓室開放:天蓋を広く削除してキヌタ骨短脚のみならずツチ骨頭およびキヌタ骨体部を確認する。 ・顔面神経の同定:必須の事項ではないが、次に行う後鼓室開放の指標として、また下鼓室から外耳道下壁を削 除していく切除ラインの指標としても重要である。耳下腺浅葉切除を行う場合には経乳突孔まで追いかけてお く。 ・後鼓室開放:骨橋(Buttress)を残して顔面神経窩を開放する。この際に鼓索神経を同定、保存することがポ イントである。 ・耳小骨摘出:キヌタ・アブミ関節を離断してキヌタ骨を摘出する。この際に腫瘍が鼓室内に進展していないか を確認する。Buttress を削除して後方からの視野を十分に広げた上でツチ骨頸部を切断してツチ骨頭を摘出す る。腫瘍摘出の際に鼓膜が破れないようこの時点で鼓膜張筋腱を切断する。 ・骨部耳管の開放:外側上方から切除を進めて、骨部耳管(顎関節窩)を削除する。これにより後方からの視野 で外耳道下壁を削除した断端と連続させて外耳道を全摘出する。この操作を行う際には手術の視野が悪く、ま た顎関節窩が深いため工夫が必要となる。ポイントを後述する。 ・側頭筋充填および閉創:作成しておいた側頭筋弁を摘出腔に充填し、フィブリン糊で固定する。症例によって は耳下腺浅葉切除を併用する。 【応用的手技】 ・鼓索神経を前方に追跡することにより耳管鼓室口を同定する。 ・顎関節包は破らずに外耳道前壁および骨部耳管より挙上することにより出血が少なくなり、十分な顎関節窩の 視野を得る。 ・ともに鼓室骨である外耳道前壁と骨部耳管のなす角度が異なることを認識して骨部耳管(顎関節窩)を切除す る。 ・すべてにおいて顕微鏡下の操作を行う。手術台の傾斜と術者の座椅子の高低で視野を調整する。 【参考文献】 1.Jackler RK:Atlas of Skul Base Surgery and Neurotology. Temporal Bone Resection, 2nd ed. Thieme, New York, 2009 pp194-201 2.長谷川信吾:耳鼻咽喉科手術ガイド 聴器癌:外側側頭骨切除術 87(5)55-60 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 医学書院 2015 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 384 , 2015 臨床セミナー3 ANCA 関連血管炎性中耳炎(OMAAV)の診断と治療 司会のことば 原渕 保明 旭川医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 ANCA 関連血管炎性中耳(Otitis Media with ANCA –Associated Vasculitis(OMAAV))炎 とは、ANCA 関連血管炎が原因となって生じる難治性中耳炎である。本名称は 2012 年の第 22 回 日本耳科学会のシンポジウム「ANCA 関連難治性中耳炎-診断治療におけるピットホールとジレ ンマ解消」において 32 症例の検討から提唱された。2013 年、本学会に全国の 10 施設からなる ANCA 関連血管炎性中耳炎全国調査ワーキンググループ(OMAAV-WG)が発足し、グループ 内での 90 症例を集積し、診断基準(案)のブラッシュアップが行われた(Otology Japan, 24 (1): 53-61, 2014)。さらなる大規模なスタディーとして、ワーキンググループが 2014 年春に全国 の耳鼻咽喉科を対象とした調査を行い、297 例の症例が集積され、昨年(第 24 回)の本学会パネ ルディスカッション「ANCA 関連血管炎性中耳炎(OMAAV)の診断と治療を考える」で発表 された。このような経緯から、本疾患の臨床像が明らかになってきている。 OMAAV の臨床像の特徴は、①抗菌薬および鼓膜換気チューブが無効で、鼓室・乳突洞に貯 留液または肉芽を認める難治性中耳炎を呈し、さらに進行する骨導域値の上昇を認める。②高 年齢(中央値 67 歳)の女性(70%)に多い。③血清学的には MPO-ANCA 陽性が約 60%、PR3ANC 陽性と ANCA 陰性がそれぞれ 20%程度認める。④中耳または乳突洞の生検では炎症性肉芽 組織を認めるが、血管炎または巨細胞などの ANCA 関連血管炎に特徴的所見を認めにくい。⑤ 顔面神経麻痺が 30%、肥厚性硬膜炎(下位脳神経症状)が 25%程度認められる。⑥治療にはス テロイドのみでは再燃しやすく、免疫抑制剤の併用が奏功する。⑦適切な治療を行わないと、 進行し、脳底動脈の血管炎によるクモ膜下出血に及ぶこともある(3%)。 本臨床セミナーでは、OMAAV-全国調査ワーキンググループの中から 2 名が講演する。 吉田 尚弘先生(自治医科大学附属さいたま医療センター)は、全国調査で集積された 297 例をもとに OMAAV の 診 断 ・治 療 と 今 後 の 展 開 に つ い て 講 演 す る 。ま た 、渡 邊 毅 先 生 (長 崎 大 )は OMAAV にて両側聾に陥った3症例に対する人工内耳埋込術の治療経過について詳細に報告す る。 本臨床セミナーによって会員の皆様が OMAAV の臨床像、診断、治療について認識が深ま り、早期診断・治療に繋がれば幸いである。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 385 , 2015 臨床セミナー3 ANCA 関連血管炎性中耳炎の診断・治療と今後の展開 吉田 尚弘 自治医科大学附属さいたま医療センター 耳鼻咽喉科 (OMAAV ワーキンググループ) ANCA 関連血管炎は主として全身の細、小血管の壊死性血管炎を病態とする疾患である。近 年、上気道、肺、腎、心臓など全身型を呈する前に耳症状を初発とする ANCA 関連血管炎症例 報告も散見されるようになった。ANCA 関連血管炎である多発血管炎性肉芽腫症(GPA)の診 断基準は、中耳組織標本からは特徴的な病理組織像が得られることが少なく、MPO-ANCA 陽性 の多い日本では診断基準に充当しないことが多い。第 22 回の本学会のシンポジウム「ANCA 関 連難治性中耳炎-診断治療におけるピットホールとジレンマ解消」において 32 症例の検討から ANCA 関 連 血 管 炎 の 関 与 す る 中 耳 炎 ( Otitis Media with ANCA –Associated Vasculitis (OMAAV))が診断、治療に苦慮した難治性中耳炎の一つとして存在し、聾に至る前の早期に 副腎皮質ステロイド、免疫抑制剤を併用した治療を行う有用性、重要性と基となる診断基準案 の考え方が提起された(Otol Jpn 23(3): 279-281, 2013)。その後、本学会の「ANCA 関連血管 炎性中耳炎全国調査ワーキンググループ」に参加した 10 大学の ANCA 関連血管炎性中耳炎(疑 い例も含む)90 症例の臨床像の検討(Otol Jpn 24(1): 53-61, 2014)から、さらに全国の多くの 症例を集積し臨床像を明らかにし、ANCA 陰性症例を含む最終的な診断基準案提案の必要性が 求められた。2013 年の診断基準案を用いて確実例、疑い例を、65 施設からエントリーいただい た全国調査(2 次調査)297 例の結果は、24 回の本学会のシンポジウム「ANCA 関連血管炎性中 耳炎(OMAAV)の診断と治療を考える」で報告され、診断基準案(修正案)を最終的にまと めていく段階となっている。 297 例の検討から、中耳炎初発型が 234 例(80%)と最も多かった。PR3-ANCA 陽性例 67 例 (23%)に鼻病変、肺病変の合併例が多く再年率が高い一方、MPO-ANCA陽性159例(54%)で は女 性 の 比率 が 高 く 、診断時の年 齢の高い 傾向が見 られた。また、両 ANCA 陰性は 52 例 (17%)であり、他の群と比して肺病変、腎病変の合併が多く死亡率が高かった。顔面神経麻痺 は 32%、肥厚性硬膜炎は 24%にみとめ、合併例では聴力予後にも影響した。治療では副腎皮質 ステロイドと免疫抑制薬の併用は再燃および聴力予後を改善していた。 この ANCA 関連血管炎性中耳炎(OMAAV)の診断基準案では、ANCA 陽性の聴力閾値の上 昇を伴う中耳炎と ANCA 陰性で難治性中耳炎であるが現在の既知の病因では説明がつかず、ま た ANCA 陽性の ANCA 関連血管炎性中耳炎と類似した臨床像を持つ症例が含まれる。臨床医に とって日々状態の悪化する難治性中耳炎症例を前にしてステロイド治療あるいは免疫抑制薬併 用による治療を開始する臨床的根拠、手引きとなることが可能となる診断基準案である。一方 で、難治性中耳炎の原因不明で ANCA 陰性症例の中には、1)ANCA 関連血管炎以外の原因、 2)ANCA抗体価測定の感度が低い、3)MPO、PR3 以外のminor ANCAが陽性 の可能性が ある。ANCA 抗体価のとらえ方にも、耳鼻咽喉科、免疫・膠原病科、腎臓内科の立場で異なる ようである。ANCA 抗体価の上昇は ANCA 関連血管炎以外の炎症でも生じることがあり、 ANCA 抗体価陽性であっても必ずしもすべて ANCA 関連血管炎で生じているとは云えない。し かし、他の原因では説明できない場合には ANCA 関連血管炎が強く疑われその診断的意義は高 い。 全国調査(2 次調査)297 例全体の臨床像が示されたが、さらに耳症状が初発の ANCA 関連血 管炎が関与したと考えられる症例、ANCA 陰性症例の予後・治療経過について全身症状との関 係、聴力像、聴覚障害の機序について検討する。今後は、診断基準を確定していくと同時に、 その診断基準をもとに症例を登録し前向き研究として診断基準の妥当性について検討していく 必要があると考えられる。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 386 , 2015 臨床セミナー3 ANCA 関連血管炎性中耳炎(OMAAV)両側聾における 人工内耳埋込例の治療経過 渡邊 毅 1、吉田 尚弘 2、岸部 幹 3、森田 由香 4、堀井 新 4、 髙橋 姿4、髙橋 晴雄1、原渕 保明3 1 2 3 長崎大学病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科、 自治医科大学さいたま医療センター 耳鼻咽喉科・頭頸部外科、 旭川医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科、4 新潟大学医学部 耳鼻咽喉・頭頸部外科 中耳炎様症状で発症し感音難聴が進行するが病変は耳内に限局し、抗好中球細胞質抗体(以下 ANCA)が陽性である疾患を ANCA 関連血管炎性中耳炎(OMAAV)とし診断基準案が本邦で提唱さ れている。 さまざまな経過で両側聾を来たした ANCA 関連血管炎性中耳炎(以下、OMAAV)に対し人工内耳 埋込術をおこなった 3 症例を比較検討した。 症例① 35 歳の女性。受診前日まで大きな身体的異常の自覚はなかった。起床時に突然の両側高度難 聴およびふらつきを認め同日受診。両側の鼓膜は発赤および滲出液の貯留を認めた。左右骨気導ともに スケールアウトで、MPO-ANCA および PR3-ANCA の強陽性を認めた。顔面麻痺は認めなかった。頭部 造影MRIでは肥厚性硬膜炎は認めなかったが、両側蝸牛および半規管に造影効果がみられた。OMAAV による両側聾と診断し、発症後約 4 か月で左人工内耳埋込術を施行した。術中蝸牛の石灰化・肉芽閉塞 などはなく全電極が挿入できたが術後の経過は不良で、極度に電力を上げることによって音の判別が可 能とはなったが、顔面痙攣が強く出現するようになり、本人の満足がいく聴覚まで達さない状態で現在 に至っている。 症例② 71 歳の女性。両側難聴、耳鳴を自覚し、両側滲出性中耳炎の診断で両側鼓膜換気チューブ留 置術を施行されたが難聴が改善せず、発症後 5 か月で純音聴力検査にて右聾、左高度混合性難聴を認め た。側頭骨CTで両側の鼓室、乳突洞内に軟部組織陰影を認め、血液検査にてMPO-ANCA陽性を認め た。頭部造影MRIで肥厚性硬膜炎は認めなかったが、両側蝸牛に造影効果が見られた。OMAAVと診断 し加療を開始したが左難聴がさらに進行し、両側聾に至った。加療により MPO-ANCA は陰性化した が、両難聴、耳鳴は改善せず、発症後 1 年 10 か月に右人工内耳埋込術を施行した。右蝸牛内に明らかな 器質化病変を認めず、全電極を抵抗なく挿入可能であった。術後は1対1の会話が可能となり耳鳴が改善 するなど一定の効果を得られたが、聴取成績は不良であった。 症例③ 49 歳の女性。両難聴と耳痛で受診し、両滲出性中耳炎を認めたが、聴力検査では骨導の低下 を認め、ステロイドでの治療をおこないいったん聴力・耳痛は改善した。しかし発症より 1 か月後に左 耳痛の再燃および左顔面麻痺を認めた。側頭骨 CT で左鼓室、乳突洞内に軟部組織陰影を認め、血液検 査にてPR3-ANCA陽性を認めた。OMAAVと診断し加療おこない、いったん聴力はほぼ正常まで改善 を認めた。PSL 内服を継続していたが徐々に左右の感音難聴は進行し、初診から 7 年後に両側聾に至っ た。このために人工内耳埋込術を施行したところ、著明な聴取能の改善を認め、本人の満足度は高かっ た。 OMAAVによる感音難聴はステロイドや免疫抑制剤による治療効果がある。しかし聾となってしまっ た場合、聴力回復は困難と報告されている。症例③は難聴が数年の経過で進行し聾に至ったのに対し、 症例①は発症当日、症例②は数か月で聾に至っており、急速進行性の経過をたどる例は人工内耳効果が 不良である可能性が推測されたが、その理由は不明である。症例①および②においてMRIで蝸牛に強い 造影効果を認めたことは 1 つの示唆になるかもしれない。髄膜炎後にも同様に蝸牛が造影されることが あり、人工内耳の効果不良を示唆する所見であるとされている。OMAAVに対する人工内耳効果の予測 因子となる可能性があり、術前の評価として造影 MRI は有用であると考える。 症例①および②は人工内耳効果不良であったが、限定的ではあるものの人工内耳によるQOLの改善は 認められた。効果不良である場合があることを認識した上であれば、OMAAVに対する人工内耳は治療 の選択肢として呈示して良いものと考えられた。 本疾患では早期に確定診断に至ることは難しいが、まずは疾患を疑うことが肝要である。今まで原因 不明の難聴で人工内耳埋込術を行った症例の中にも OMAAV によるものが見逃されていた可能性もあ り、今後は注意喚起が必要である。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 387 , 2015 臨床セミナー4 人工聴覚器の現状と将来 司会のことば 東野 哲也 宮崎大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科 我が国の人工聴覚器医療は 1985 年、船坂らによる多チャンネル人工内耳導入で幕が開けた。 その 1 年前には柳原らによって人工中耳の臨床応用が開始されていることを考えると、当時の我 が国の人工聴覚器医療への先進性は、世界をリードするものであったと云える。残念ながら日 本で開発されたリオン型人工中耳は我が国で普及することなく製造販売が中止され、結局海外 の骨導インプラントや人工中耳に依存することになった。薬事承認に至る手続きに時間がかか り過ぎるなど、日本発の医療機器開発の弱点が露呈した形で終わったことは大変残念なことで ある。人工内耳においても同様で、海外デバイスの新機種導入が常に遅れを取り、我が国で使 用される機種が他国より 1〜2 世代古いのは当たり前という、いわゆる「デバイス・ラグ」に悩 まされてきた。 これらの問題は、ここ数年ようやく改善されつつあり、比較的短期間で臨床治験から薬事承 認がなされるようになった。人工内耳領域では Electric-Acoustic Stimulation: EAS(残存聴力活 用型人工内耳)が昨年、米国よりも早く保険医療として認可されたことは特筆すべきである。 また、昨年は日本耳鼻咽喉科学会からの小児人工内耳の適応基準が改定され、適応年齢が 1 歳ま で引き下げられるとともに両側人工内耳や EAS に対しても肯定的な見解が示された。この背景 として新生児聴覚スクリーニングや難聴遺伝子検査の本邦での普及が密接に関わっていること を忘れてはならない。また、骨導インプラントや人工中耳においても、2013 年から保険適応と なった Baha(Bone anchored hearing aid)や 2014 年に本邦での多施設臨床治験が終了した VSB (Vibrant Sound Bridge)など、ここに来て我が国でも新しい人工聴覚器の臨床応用が急速に拡 がりを見せている。 人工聴覚器時代を迎えて耳鼻咽喉科医は、補聴器はもちろん、種々の伝音再建術、骨導イン プラント、人工中耳、人工内耳などの外科的アプローチも含めた幅広い知識をもって聴覚管理 に当たる必要が生じてきた。本セミナーを担当する近畿大学医学部 土井勝美先生ならびに国 際医療福祉大学三田病院 岩崎 聡先生はいずれもこの方面のエキスパートであり、我が国の 人工聴覚器医療のリーダー的存在である。人工内耳、骨導インプラント、人工中耳の現状と将 来展望をお二人に述べて頂いた後、種々の難聴病態を有する具体的な症例を提示しながら、耳 鼻咽喉科医として今後どのような対応が求められるのか、round table discussion 形式でセミナ ーを進行する予定である。3 名の討論を通して、新しい人工聴覚器医療の動向を察知頂ければ幸 いである。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 388 , 2015 臨床セミナー4 人工聴覚器の現状と将来 ─人工内耳の過去・現在・未来─ 土井 勝美 近畿大学医学部耳鼻咽喉科 人工内耳の過去・現在 1980 年代から開発された人工内耳手術(Cochlear Implantation; CI)の導入は、それまでの高 度感音難聴に対する治療の概念を根本的に変えるまさに革命的な医療の幕開けとなった。内耳 障害を病因とする先天性および後天性の高度感音難聴に対して、蝸牛内に挿入された人工内耳 電極からの聴神経への通電により、正確な聴覚情報が大脳皮質聴覚野に届けられるようになっ た。2014 年末の時点で、人工内耳手術の症例数は世界全体で約 320,000 人、日本国内で約 10,000 人と推定されている。日本国内で人工内耳手術が保険適応となったのは 1994 年、小児例に対す る人工内耳手術が保険適応となったのが 1997 年であり、成人例、小児例ともにその後も手術数 は順調に増加し、最近では年間約 500 例の人工内耳手術が施行されている。 国内で最初の多チャンネル型人工内耳手術が施行されて 30 年が経過し、現在の人工内耳シス テムは、ソフトおよびハードその両面で着実な進化・発展を遂げてきた。体内装置であるイン プラント、インプラント先端の電極アレイ、体外装置であるスピーチプロセッサ、いずれも高 性能化、小型化、そして多様化が進んだ。スピーチプロセッサの小型化、軽量化、無ケーブル 化、簡易防水化は、人工内耳の装用感を大きく改善し、装用機会を増加させ、また汗や水によ る故障率を低下させた。音声情報の処理法(コード化法)の進歩、複数の指向性マイクロホン や雑音処理機構の採用等により、初期のデバイスのそれと比較にならないくらい、静寂下およ び雑音下での聴取能を著明に改善した。インプラントの小型化、薄型化は、手術時間の大幅な 短縮、手術の安全性の向上をもたらし、手術後合併症の発生を大幅に減少させた。欧米では 10 年以上前に始まった EAS(Electro-Acoustic Stimulation)の導入により、インプラント先端の 電極アレイにも大きな進化がもたらされた。電極先端はより細く、柔らかく、残存する聴力、 前庭機能を含めた内耳機能を損傷しない電極アレイが開発された。電極アレイにはさまざまな ラインアップが登場し、電極径・長や形状の異なる電極アレイを症例により選択することが可 能になった。インプラントのマグネットの形状や収納部位にも新しい工夫がなされ、マグネッ トの転位・脱落は防止され、MRI 検査時のマグネットの着脱操作は容易になり、マグネットの 取り外しなしで3.0テスラまでのMR撮影が可能になったインプラントも登場してきている。プー ルでもシャワー・入浴中でも装用可能な全埋め込み型人工内耳の研究開発も現在進行中であ り、将来的に人工内耳医療はより広く深く浸透し、その医学的・医療経済学的価値をさらに高 めていくことが予想される。 人工内耳の未来 EAS が国内でも保険承認され、残存聴力の保存を目指した人工内耳手術が標準的な手術とな った現在、術中・術後のステロイド投与、正円窓アプローチの採用、内耳に優しい専用電極の 挿入等の手術法の進化により、90%以上の症例では内耳機能の保存が可能になってきている。一 方で、現時点でも残存聴力や前庭機能の喪失に至る症例が一部に存在する。人工内耳各社は、 内耳機能の保存により適した新型電極の開発を進めていて、研究段階ではあるが、電極アレイ からステロイド剤や神経栄養因子(NT-3、BDNF 等)の放出機能を有する新型電極の発表がな されている。 インプラント、スピーチプロセッサともに、さらに小型化、高性能化、高耐久性化、完全防 水化等の進化は継続して進められることは間違いなく、完全埋め込み型人工内耳の臨床導入に 向けた研究開発もさらに加速化することが予測される。さらに、遺伝子医療や再生医療の新技 術との融合により、従来想像することすらできなかった新たなる戦略が人工内耳医療にもたら されることも期待される。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 389 , 2015 臨床セミナー4 人工聴覚器の現状と将来─人工中耳の現状と将来 岩崎 聡 国際医療福祉大学三田病院耳鼻咽喉科 難聴は本人だけの問題ではなく、家族や職場、地域のコミュニティなど、本人を取り巻く周 囲との関係に非常に問題となるため、耳鼻科医としては積極的に補聴ができるようサポートし て行く必要がある。伝音・混合性難聴に対しては既存の手術により聴力改善できる場合もある が、難聴が残り補聴器が選択される場合も多い。しかし、補聴器が処方されても聞き取りに難 渋し、また補聴器が持続して使用できない場合の新たな補聴手段が人工聴覚器となる。伝音・ 混合性難聴に対する人工聴覚器は人工中耳、骨導インプラントが対象になる。人工中耳は 1983 年日本で開発されたリオン型人工中耳がきっかけで、様々な人工中耳が開発された。リオン型 人工中耳の適応は鼓室形成術を施行しても十分な聴力改善が得られない混合性難聴症例であっ た。しかし、海外では感音難聴を対象にした人工中耳として開発が進められ、Vibrant Soundbridge(VSB)、Otologics MET、Envoy Medica の Esteem、Soundtec Direct System などが存 在する。 4機種のうち前者の3機種はその後改良され、伝音・混合性難聴適応型のデバイスも存 在する。人工中耳の中で最も多く実施されているのが VSB であり、2007 年伝音・混合性難聴に 対する適応で CE-mark の承認を得た。音声信号を振動に変換し、直接振動を内耳に伝えるため ハウリングがなく長時間の装用も可能であり、補聴器に比べて周波数歪みが少なく、過渡応答 特性に優れている。本邦では正円窓に振動子である Floating Mass Transducer(FMT)を設置 する方法による伝音・混合性難聴に対する臨床治験が実施され、2014 年 1 月に終了し、現在薬事 承認申請中である。海外では専用のカプラーと FMT を組み合わせ、振動エネルギーを卵円窓経 由で伝達する卵円窓アプローチも行われている。これらを組み合わせることで様々な中耳疾患 に対応できるようになる。本邦で実施された臨床治験における適応は以下のようになる。1) 埋め込み側耳における骨導聴力閾値の上限が 500Hz が 45dB、1000Hz が 50dB、2000Hz、4000Hz が 65dB を満たす。気導聴力閾値は適応判断に問わない。2)既存の治療を行っても改善が困難 である両側の難聴があり、気導補聴器及び骨導補聴器が装用できない明らかな理由があるか、 もしくは最善の気導補聴器又は骨導補聴器を選択・調整するも適合不十分と判断できる場合。 骨導インプラントは音声情報を骨振動として側頭部の骨を直接振動し、中耳を介さず蝸牛に 伝播し、聞き取る方法である。手術で中耳を触らないため、聴力悪化のリスクが低く、手術手 技が容易である点が人工中耳に比べ有利である。骨導インプラントには代表的な機器として保 険収載されている植込型骨導補聴器(Bone Anchored Hearing Aid:Baha)がある。海外では以 下のような骨導インプラントが使用されている。1)接合子の長さを増すことで皮下組織の切 除を不要としたタイプ。2)マグネットを側頭骨に埋め込み、磁力で振動子を装着させ、振動 エネルギーを伝達させるタイプ。3)振動子自体も側頭部に埋め込み、外部装置を磁力で装着 させるタイプ。 人工中耳と骨導インプラントの具体的な適応症例は、伝音難聴又は混合性難聴を伴う中耳疾 患(中耳奇形を含む)に鼓室形成術あるいはアブミ骨手術等の治療では聴力改善が不十分な症 例や、伝音難聴又は混合性難聴を伴う外耳奇形(外耳道閉鎖症等)に従来の骨導補聴器の装用 が困難あるいは補聴効果が不十分で満足が得られていない症例になる。良聴耳の手術や中耳、 内耳奇形がある症例、顔面神経走行異常が明らかな症例は骨導インプラントがよいかと考え る。ただし人工中耳に比べ出力が弱く、高音域の周波数特性が弱いため、聴力像も考慮する必 要がある。高音域の骨導低下のある混合性難聴は人工中耳が良い適応となる。今後の課題は 近々に導入されると思われる新規人工中耳・骨導インプラントとの使い分け、一側伝音・混合 性難聴、卵円窓アプローチの適応基準・適応拡大であろう。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 391 , 2015 English Session Continuous positive airway pressure (CPAP) therapy may cure Ménière's disease in patients combined with concomitant obstructive sleep apnea syndrome (OSAS) Meiho Nakayama1,2, Ayako Masuda1,2, Kayoko Kabaya2, Akira Inagaki2, Shingo Murakami2 1 Good Sleep Center, Nagoya City University Hospital, 2 Department of Otolaryngology, Nagoya City University Objective: The relationship between Ménière's disease and stress is well documented, but that between Ménière's disease and insomnia is unclear. In our previous report, we first found that sleep quality of Ménière's disease patients was impaired. Ménière's patients have longer total sleeping time, lack of deep sleep stages, increased arousal, and were occasionally combined with obstructive sleep apnea syndrome (OSAS) and/or periodic limb movement disorder (PLMD). Because OSAS is academically well documented and defined, and continuous positive airway pressure (CPAP) is an effect therapy used universally for OSAS, we prospectively investigated the effect of CPAP therapy on the hearing and vestibular function of Ménière's disease patients with concomitant OSAS through our first pilot study. Study Design: Prospective study using CPAP administered to patients diagnosed with “Definite Ménière's disease” according to the guidelines of the American Academy of Otolaryngology— Head and Neck Surgery and combined with OSAS. Setting: University hospital. Methods: Twenty consecutive patients, 14 male and 6 female with active, unilateral, cochleovestibular Ménière's disease refractory to medical management who also had concurrent OSAS as defined by International Classification of Sleep Disorders II were selected to undergo solitary CPAP therapy. Audiometric testing, caloric testing, and DHI survey were conducted before and after CPAP therapy and compared to assess effectiveness of CPAP therapy as utilized for treatment of Ménière's disease. Results: Although caloric testing did not show significant difference, audiometric testing and results of dizziness handicap inventory were significantly improved (p< 0.05) after CPAP therapy only, without standard treatment for Ménière's disease. Conclusions: Recent reports have suggested that OSAS may cause dysfunction of the vestibular system. We investigated whether standard therapy for OSAS would be of benefit in the management of vertigo and hearing loss in Ménière's disease patients. Our study cohort demonstrated significant improvement in both DHI and audiometric testing following solitary CPAP therapy for OSAS. Solitary CPAP therapy may become a new effective treatment strategy for Ménière's disease patients with OSAS, not just only for control of dizziness and vertigo but also for potential benefit of hearing. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 392 , 2015 English Session CONGENITAL OSSICULAR CHAIN ANOMALY ─a case report of 12 year-old male patient with incus bar─ Hideyuki Kawauchi Department of Otorhinolaryngology, Shimane University, Faculty of medicine Clinical features of congenital ossicular chain anomaly are conductive hearing loss since early childhood, because of congenital ossicular chain anomaly, and often overlooked in case of slight unilateral hearing loss such as our presenting case. It has been generally categorized by cases with or without anomaly of auricle or external ear, and distinguished with the fixation or defect of ossicular chain as well. We have recently experienced the very rare case of so called incus bar as a congenital ossicular chain anomaly in 12 year old male patient with conductive hearing loss. Maleus bar has been firstly reported by Nomura et al. (laryngoscope, 1988) to be the bony fixation of maleus handle to posterior bony wall of tympanic cavity and followed to be reported with a couple of articles afterwards. However, our case is pretty much rare, where we were able to see bony fixation of long process of incus to posterior bony wall of tympanic cavity (so called Incus bar ). Therefore, we would like to introduce this case as a rare case of congenital ossicular chain anomaly and clinical outcome as well. Chief complaint : hearing impairment on the left side. Present illness: he is not aware of it, but pointed out at the school screeing examination, and introduced by the private nearby ENT clinician. Past history: nothing particular. Ear findings : Left auricle smaller than right side and saccate (pouch like). Ear drum : normal finding. Examination data : Condutive hearing loss on the left side, Tympanogram : type A, Acoustic reflex : no response on the left side, Temporal bone CT scan : no abnormal finding was pointed out even by the radiologists. Ear surgery was performed to examine tympanic cavity and make sure the exact pathology of conductive hearing loss. We found out the bony fixation of long process of incus to posterior bony wall of tympanic cavity, and carefully removed this bony bar to avoid inner ear damage. Postoperatively, left conductive hearing loss fortunately diminished. An employment of laser dissection of bony fixation should have been considered to avoid inner ear damage with a drill vibration, if we could be aware of this pathology. We could not suspect this type of anomaly with the preoperative CT scan, but postoperatively, we realized that the incus bar was captured with an axial section of temporal bone CT, with more precise looking at it retrospectively. Summary and Discussion Maleus or Incus bar should be taken into account to make a differential diagnosis of conductive Hearing loss as congenital ossicular chain anomaly. An employment of laser dissection of bony fixation should have been considered to avoid inner ear damage with a drill vibration, if we could be aware of this pathology. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 393 , 2015 English Session A Randomised, Double Blind Trial of N-Acetylcysteine for Hearing Protection during Stapes Surgery Bo Tideholm Karolinska University Hospital Background Otosclerosis is a disorder that impairs middle ear function, leading to conductive hearing loss. Surgical treatment results in large improvement of hearing at low sound frequencies, but highfrequency hearing often suffers. A likely reason for this is that inner ear sensory cells are damaged by surgical trauma and loud sounds generated during the operation. Animal studies have shown that antioxidants such as N-Acetylcysteine can protect the inner ear from noise, surgical trauma, and some ototoxic substances, but it is not known if this works in humans. This trial was performed to determine whether antioxidants improve surgical results at high frequencies. Methods We performed a randomized, double-blind and placebo-controlled parallel group clinical trial at three Swedish university clinics. Using block-stratified randomization, 156 adult patients undergoing stapedotomy were assigned to intravenous N-Acetylcysteine (150 mg/kg body weight) or matching placebo (1:1 ratio), starting one hour before surgery. The primary outcome was the hearing threshold at 6 and 8 kHz; secondary outcomes included the severity of tinnitus and vertigo. Findings One year after surgery, high-frequency hearing had improved 2.7 ± 3.8 dB in the placebo group (67 patients analysed) and 2.4 ± 3.7 dB in the treated group (72 patients; means ± 95% confidence interval, p = 0.54; linear mixed model). Surgery improved tinnitus, but there was no significant intergroup difference. Post-operative balance disturbance was common but improved during the first year, without significant difference between groups. Four patients receiving NAcetylcysteine experienced mild side effects such as nausea and vomiting. Conclusions N-Acetylcysteine has no effect on hearing thresholds, tinnitus, or balance disturbance after stapedotomy. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 394 , 2015 English Session High-frequency hearing, tinnitus, and patient satisfaction with stapedotomy: A prospective study Bo Tideholm Karolinska University Hospital Background Otosclerosis is a common disorder that leads to conductive hearing loss. Patients with otosclerosis frequently have tinnitus, and surgical treatment improves hearing and in many cases, tinnitus. Some patients however experience worsening of tinnitus after the operation, but there are no known factors that allow surgeons to predict who will be at risk. Methods We performed a prospective observational study on 133 patients undergoing stapedotomy at three Swedish university clinics. The outcome was the hearing threshold at 6 and 8 kHz, severity of tinnitus and vertigo. Patient satisfaction was assessed by a questionnaire. Findings We show that postoperative hearing thresholds at very high stimulus frequencies predict improvement of tinnitus, as assessed with proportional odds logistic regression models. In addition, young patients were significantly more likely to experience improvement of tinnitus after surgery. Patients with tinnitus improvement were also more likely to be satisfied with the outcome of the operation. Conclusions These findings have practical importance for patients and their surgeons. Young patients can be advised that surgery is likely to be beneficial for their tinnitus, but a less positive message should be conveyed to older patients. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 395 , 2015 English Session Our endoscopic tympanoplasty experiences Erdoğan OKUR, Orhan Kemal KAHVECI Afyon Kocatepe University Faculty of Medicine, Otorhinolaryngology Department’ Objective: To describe our initial experience with endoscopic transcanal tympanoplasty. Methods: Eight patients underwent endoscopic transcanal tympanoplasty. Operations were performed under general anesthesia using an endoscopic system and rigid endoscopes (4.0 mm). A tympanomeatal flap was elevated starting about 6–8 mm away from the tympanic annulus in the posterior part of the external auditory canal. The repair of tympanic membrane perforation was performed using tragal cartilage. Results: Eight patients with a follow-up period of at least 3 months were included in the study. Healing of the tympanic membrane occurred in all patients. All the Postoperative air–bone gap (ABG) was significantly lower than the preoperative ABG. The operation time was importantly decreased with the surgical experience (the last patient’s operation time was approximately half of the first one’s). Conclusions: To our experience, endoscopic type 1 tympanoplasty with the use of tragal cartilage as a grafting material seem to be successful anatomically and functionally. This procedure require less surgical incision/exposure and may be used more frequently in the future. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 397 , 2015 モーニングセミナー1 実習前講義─側頭骨解剖 萩森 伸一 大阪医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 耳科学・聴覚医学は、側頭骨解剖を学ぶことから始まる。特に耳科手術を志す者にとっては 中耳・内耳構造物の組織学的特徴や 3 次元的位置関係の理解は不可欠である。耳科手術はまず助 手として参加し、先輩の横で少しづつ解剖や手技を学びながら、やがて術者として執刀を始め るのが一般的である。しかし側視鏡やテレビモニターで映し出される 2 次元画像では、側頭骨の 立体的な理解はなかなか難しい。また蝸牛や前庭・半規管、顔面神経など損傷すると重大な機 能障害をもたらす器官については、実際の手術で広範囲に剖出することはほとんどない。重要 臓器の立体構造・位置関係を知らぬと不十分な手術で終わるか、あるいは重大な合併症を生じ てしまう危険性が高い。安全かつ確実に手術を遂行するには、側頭骨解剖を十分に学ばなけれ ばならない。 最初に取り組みたいのは、側頭骨組織切片の観察である。ご遺体から摘出した側頭骨を脱灰 後スライスし、染色して顕微鏡下に観察する。言うのはた易いが実際に標本を作製するには大 変な時間と労力、そして費用を要する。したがってヒト側頭骨切片標本を保有する施設数は少 なく、観察の機会はほとんどないのが現状である。実際に切片標本を観るとわずか 20μm厚の切 片に凝縮された、美しい中耳・内耳の構造にまず目を奪われる。これは高解像度 CT や MRI でも 得られない情報である。そして連続した切片を観察すると 3 次元解剖を理解することができる。 たいていの側頭骨切片は軸位でカットされているので、軸位断 CT と対比しながら観察すると、 CT 画像も今まで以上に深く読影できるようになる。 次にご遺体の側頭骨を用いた cadaver dissection で手術解剖を学ぶ。手術に準じた体位・角度 で顕微鏡やドリルを用いて側頭骨削開を進める。一般には皮膚切開→骨膜剥離→乳突削開で乳 突洞を開放し外側半規管隆起を確認→乳突洞側から上鼓室開放→顔面神経乳突部同定→後鼓室 開放→キヌタ骨摘出→顔面神経鼓室部同定後、顔面神経管開放→半規管開放→前庭開放→内耳 道開放(顔面神経全減荷)→蝸牛開放→錐体部削開の順で行う。時には手を止め、様々な角度 から構造物を観察・確認する。また dissection は手術器具の扱い方、特にドリルの持ち方やバー の進め方、バー先の選択など手術に欠かせない技術を習得することもできる。 今回は高橋晴雄会長の特別のご配慮により、側頭骨組織切片が観察できるブースが会場に設 けられた。今から耳科手術の勉強を始める若い先生はもちろん、ベテランの先生方にも是非切 片を観ていただきたい。きっと新しい発見や知識の深まりがあると思う。インストラクターは 耳科手術の経験豊かな素晴らしい先生ばかりなので、受講者は遠慮なく何でもインストラクタ ーに尋ねて欲しい。 最後に側頭骨解剖を学ぶに当たって役立つ書物を挙げておく。いずれも優れた教科書であ る。書籍展示で見かけたら、是非手にとって見ていただきたい。 ・山藤 勇:臨床医のための側頭骨・耳管アトラス(金原出版) ・大谷 巌:ヒト側頭骨病理-標本作成法と形態学アトラス(メディカルビュー) ・Merchant SN, Nador Jr JB:Schuknecht’s pathology of the ear(PMPH-USA) ・須納瀬 弘、小林俊光:中耳・側頭骨解剖アトラス(医学書院) ・伊藤壽一、高木 明、平海晴一:耳科手術のための中耳・側頭骨 3D 解剖マニュアル(医学書 院) ・Sanna M, et al:Atlas of temporal bone and lateral skull base surgery(Thieme) Otol Jpn 25 ( 4 ) : 399 , 2015 モーニングセミナー2 Balloon dilation of the eustachian tube ─lessons learned after 1,500 procedures 司会の言葉 小林 俊光 仙塩利府病院 耳科手術センター 耳管の異常が中耳疾患の形成に重要であることは古来疑いのない事実としてみとめられてき た。しかし、耳管疾患とくに耳管狭窄症に対する直接的かつ有効性の高い治療法は、なかった といっても過言ではない。このような耳鼻咽喉科学の常識を覆したのが、本日の演者の Sudhoff 教授である。 演者が 2009 年に初めて行った Balloon dilation Eustachian tuboplasty(BET)は、これまでに ドイツで 1500 例以上施行され、良好な成績が認められたことから、現在ではヨーロッパ中の 80 施設以上で施行され、その他の国々にも普及しつつあるとのことである。 本法は 7 歳以上の症例に行われ、航空性中耳炎や滲出性中耳炎などの 80%以上に効果がみられ るという。難治性滲出性中耳炎に対して、従来はチューブ療法が一般的に行われてきた。しか し、残存穿孔に対して鼓膜形成術の必要となる症例も多く、最近はチューブ療法が反省期にあ るように思われる。したがって、近い将来、チューブ療法に代わって、BET が難治性滲出性中 耳炎の第一選択になるのかもしれない。 そう考える一方で、小児滲出性中耳炎には自然治癒が期待できるし、狭窄とはまったく逆に 開放耳管が液貯留の原因の症例も一部にあることから、必ずしも滲出性中耳炎全例が BET の適 応でもないであろう。つまり、適応症例の選択は重要と思われ、果たしてどこまでを適応とし ているのか、アデノイド切除との併施もあるのかなど、この画期的と思える新治療法の開発者 である演者に直接聞いてみたいことは山ほどある。 早朝の企画であるが、是非とも多数の方々に聴講していただければと思う。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 400 , 2015 モーニングセミナー2 Balloon dilation of the eustachian tube ─lessons learned after 1,500 procedures Holger H. Sudhoff Department of Otolaryngology, Head and Neck Surgery, Bielefeld Academic Teaching Hospital, Muenster University, Bielefeld, Germany Chronic ET dysfunction can be due to obstruction/lack of dilatation or due to a patulous ET. ETD is nevertheless a poorly defined condition. Allergic disposition with accompanying mucosal hyperplasia and nasopharyngeal acid reflux also play important roles in ET function. ETD may lead to clinical symptoms such as aural fullness, impaired pressure equilibration, altered middle ear aeration, hearing loss and autophony. ETD is estimated to be present in about 1 % of the general population. Because the most common cause of obstructive dysfunction is mucosal inflammation within the cartilaginous ET, patients should be questioned about inflammatory processes such as allergic rhinitis, chronic rhinosinusitis, laryngo-pharyngeal reflux (LPR), and smoke exposure. ETD was more likely to be associated with a higher number of nasopharyngeal reflux events and higher reflux finding score in adult patients. A large variety of methods have been employed to assess ET function, with more than 40 described in the literature. Due to the lack of high-level evidence, it is difficult to draw definite conclusions on the effectiveness of any therapy. None is able to give detailed insight to all aspects of ET physiology and pathology. Clinical tests such as otoscopy, endosocopy, Politzer test, Valsalva and Toynbee manoeuvre may give initial guidance. Additionally, manometric testings some value. TMM was described by Estève in 2001 and is a tool to measure the opening of the ET tube and the transportation of gas into the middle ear by registering pressure changes. A stimulus of a controlled gas bolus is applied to the nasopharynx during swallowing and recorded by a pressure sensor in the occluded external ear canal. If ET opening is registered, the time of opening in relation to pressure application can be measured (opening latency index or index R). An R value of < 1 indicates early opening of the ET, which is considered optimal. It is a rating system incorporating clinical symptoms and TMM results. The score can range from 0 (=complete obstruction) to 10 (=normal tubal function). The clinical symptoms “clicking sound when swallowing” and “positive Valsalva’s manoeuvre are rated with 0 points for “never”, 1 point for “sometimes” and 2 points for “always”. TMM results at 30, 40 and 50 mbar are incorporated in the ET score as well: An immediate opening of the ET (R ≤ 1) is weighted with 2 points, a delayed opening (R>1) with 1 point and no opening (negative or not measurable R) with 0 points. The ET score gives a quantitative assessment of ET function and allows inter-individual as well as prospective comparison. Imaging with computed tomography (CT), cone beam tomography and magnetic resonance (MRI) has long been used to examine anatomic and functional deficiencies as well as to rule out pathology in the nasopharynx or superior canal dehiscence syndrome (SCDS). Balloon dilation Eustachian tuboplasty (BET) is a minimally invasive interventional method to treat chronic obstructive ETD. It is usually performed with the patient under general anesthesia. A balloon catheter is introduced into the ET via the nose, under transnasal endoscopic vision. Once the balloon is correctly positioned in the cartilaginous portion of the ET, it is filled with saline up to a pressure of 10 bars. The pressure is maintained for 2 minutes. BET can be performed as a unilateral or bilateral procedure in adult patients and children from the age of seven. For younger children, additional data is required and currently under investigation. BET is indicated for symptomatic patients with an ET score of ≤ 7 and the presence of at least one of the following clinical symptoms of obstructive ETD: ・Uncomfortable sensation of pressure in the ears especially with changes of atmospheric pressure (e.g. on an airplane) ・Inability to perform Valsalva’s manoeuvre ・Chronic otitis media with effusion ・Middle ear atelectasis ・Recurrent middle ear diseases (e.g. perforation, cholesteatoma) ・Failed tympanoplasty (e.g. protruding middle ear prosthesis) In a series of more than 1.500 procedures in patients suffering from obstructive ETD, approximately 80% reported a subjective benefit from BET, and had a significant improvement of their ET score without reported serious side effects. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 401 , 2015 ランチョンセミナー1 経外耳道的内視鏡下耳科手術(TEES) ─どこまで可能か─ 欠畑 誠治 山形大学耳鼻咽喉・頭頸部外科 ほとんど全ての手術操作を外耳道から行う経外耳道的内視鏡下耳科手術(TEES)は、経鼻腔的頭蓋底手術や経口的ビ デオラリンゴ手術(TOVS)、経口的ロボット手術(TORS)と同じパラダイムとして捉えることができる。中耳・頭蓋 底・咽喉頭に到達するために外切開を用いるのではなく、外耳道・鼻腔・口腔など既存の腔をアクセスルートとして利用 する低侵襲手術である。それを可能としたのが内視鏡をはじめとする医療機器と手術技術の革新、そして、外切開による ものとは異なる “内視鏡による臨床解剖” への深い理解である。外耳道を鼓室およびその末梢への直接的なアクセスルート として“再発見”したことと、高精細度(high definition: HD)画像システムの発展により、内視鏡による中耳手術は、明視 下で安全・確実に行える低侵襲な機能改善を目的とする手術となった。 この目的を達成するために、TEES では死角を制御し、換気ルートの回復を行い、乳突粘膜の最大限の温存をはかる。 1)死角の制御 中耳疾患の多くは、鼓膜とその近傍が発生母地である。内視鏡は広角な視野を持つため、外耳道から内視鏡を挿入する ことで、一つの視野で鼓膜全体を観察することができ、さらに病変の性状や進展範囲を確認できる。また、対象への接近 が可能なので、これまで顕微鏡では死角となりやすい後鼓室や前鼓室の構造(鼓室洞、顔面神経窩、耳管上陥凹、耳管な ど)を明視下におき操作することができる。また、対象への接近により26インチのフルHDモニター上では50倍に近い拡大 が可能である。 2)換気ルートの回復 中耳末梢への主たる換気ルートである鼓室峡部の閉塞により、さまざまな病態を引き起こすと考えられている。TEES では耳小骨をはずすことなく鼓室峡部の観察と清掃が可能となる。また、鼓室峡部に加え、前鼓室を通じた前方換気ルー トの確保は重要な手術操作である。鼓膜張筋ヒダは上鼓室前骨板前方の耳管上陥凹内のsupratubal ridgeから鼓膜張筋腱の 間にはるヒダである。このヒダにより前方換気ルートは閉塞していることが多い。曲がりの吸引や直角に彎曲した針など を使用して可及的に広く前方ルートを確保することは、乳突洞との換気ルート回復のために重要な手術操作である。 3)乳突粘膜の温存 内視鏡下に最小限の骨削開を行い、皮質骨や乳突蜂巣、乳突粘膜を最大限に温存することで、術後の耳後部陥凹等の変 形が避けられ、さらにガス交換能やバッファー効果を確保できると考えている。最小限の骨削開のため、病変の進展範囲 に応じて経外耳道的に上鼓室開放・乳突洞開放を順次行うRetrograde mastoidectomy on demandを基本術式としている。 乳突粘膜を含む中耳腔粘膜の可及的温存と、前後方換気ルートの確保により、生理的な中耳換気の改善が図れると考えて いる。 TEES の適応 様々な中耳疾患に最小限の骨削開で適応が可能である。 1.慢性中耳炎 外耳道の彎曲などのため、顕微鏡では穿孔縁が明視下におけない症例が 20%程度存在するが、TEES では広角な視野で 明視下に接着法が実施可能である。また、辺縁穿孔や大穿孔の場合、外耳道内に切開をおき鼓膜皮膚弁を挙上することで 鼓膜形成術ができる。 鼓室硬化症の場合、最小限の上壁削開で鼓室形成手術 IIIc が可能である。 2.中耳真珠腫 これまで顕微鏡下での様々な術式が考案されてきたが、高い再発率が問題となっている。TEES では、死角を制御する ことで遺残性再発をなくし、換気ルートの回復と乳突腔の温存によりガス交換能を回復し真珠腫の再形成を予防すること を目指している。片手操作で骨削開と洗浄・吸引が同時に出来る超音波手術器やカーブバーなどの powered instruments を使用することで、TEES の適応範囲を拡大している。 小児の先天性真珠腫では、inferiorly based flap をあげることで、発生母地である鼓膜張筋腱やサジ状突起を明視下にお いて摘出ができる。 3.中耳奇形 耳小骨離断や固着を呈する中耳奇形は TEES の良い適応である。内視鏡と手術器具を外耳道より挿入して行う Keyhole surgeryであるため、外耳道が狭い小児例では手術操作が困難であることが懸念されるが、2.7mm径の内視鏡を用いて外耳 道最狭部の前後径が 3.3mm の症例でも問題なく実施できた。 4.外傷性耳疾患 鼓膜穿孔から耳小骨離断、外リンパ瘻まで適応となる。 5.耳硬化症 外耳道後壁の必要最小限の骨削開で、錐体隆起まで観察できFischのreversed procedureでstapedotomyを行っている。 5.浅在化鼓膜 広義、狭義の浅在化鼓膜に対して確実な操作ができる。 6.外リンパ瘻 両内耳窓を明視下において閉鎖が可能である。 まとめ 硬性内視鏡を用いた TEES は、低侵襲で、安全・確実で、機能的な中耳手術を可能とする、 “keyhole operation”である。 このメリットを生かした新たな手術法の開発が期待される。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 402 , 2015 ランチョンセミナー2 最近の人工内耳の話題 〜両側人工内耳、一側聾、耳鳴抑制効果をめぐって〜 神田 幸彦 (医)萌悠会 耳鼻咽喉科 神田 E・N・T 医院・長崎ベルヒアリングセンター [両側人工内耳]2014 年 2 月に改訂された小児人工内耳適応基準であるが、大きく変わった項目 の中に「人工内耳の両耳装用」がある。適応基準(2014)の中で、 「3.B 音声を用いてさまざまな 学習を行う小児に対する補聴の基本は両耳聴であり、両耳聴の実現のために人工内耳の両耳装 用が有用な場合にはこれを否定しない。」とあるように両耳装用が公的に容認されている。両耳 装用には、加重効果・両耳スケルチ・頭部陰影効果・方向感や音源の認知の改善などの報告が 既にあり、他にも片方が故障時にももう片方で聴取できる・音楽やテレビの音声の聴取しやす さ・両側耳鳴の軽減など多面的な効果が考えられる。2014 年までに当施設に人工内耳手術後 (リ)ハビリテーションで通っている 18 歳未満の小児は 221 名であり、その中で両側人工内耳の 小児は 100 名である。両側人工内耳の臨床効果など最近のトピックについて述べるとともに両側 人工内耳における、適応へ向かう際の注意点、術後のマッピングとリハビリテーションのコツ などについても言及する。 [一側聾に対する人工内耳]人工内耳の電極やデバイスの進化をみながら両側人工内耳の効果を 実際の患者さんを通して経験を積んで行くと、両耳聴が出来ていない人たちは果たしてhappyな のだろうか?という懸念が生じる。 「一側補聴器と一側聾の場合」 、 「一側正常と一側聾の場合」 など前者は asymmetric hearing loss(非対称性の難聴)、後者は SSD(Single Sided Deafness) として現在、人工内耳の海外におけるシンポジウムでは盛んに話題になっているテーマであり 積極的に取り組んでいる施設も多い。SSD については成人・小児における原因も様々でありそ れぞれの適応・非適応について議論が集中している現在ホットな話題でもある。2014 年ミュン ヘン、2015 年北京と南フランスで開催された人工内耳の国際シンポジウムでも同様で今年のポ リッツアー国際耳科学会議でもラウンドテーブルでディスカッションが行なわれた。その時の 座長でもあり留学時の友人でもある Prof. Müller(ミュンヘン大学)との交流から得られた現在 の海外の動向・将来の可能性について asymmetric hearing loss のユーザーの立場からお話しし たい。 [人工内耳における耳鳴抑制効果]2014 年ミュンヘンで開催された国際人工内耳シンポジウム CI2014 のラウンドテーブルディスカッションでパネリストとして「人工内耳による耳鳴抑制効 果」を報告した。人工内耳 74 名を検討し言語習得前難聴(62 名、6 歳〜38 歳)で耳鳴有障率は 3 名(4.8%)3 耳、言語習得後難聴(12 名、27〜80 歳)で耳鳴有障率は 11 名(91.7%)13 耳、総計 14 名 16 耳中人工内耳により耳鳴消失は 8 名(50%) 、かなり小さくなる:7 名(44%) 、少し小さ くなる:1 名(6%)であった。VAS(煩わしさ)でもスピーチプロセッサ非装用と装用で平均 61.3→9.6(p<0.001***)と著名な効果があった。海外の他のパネリストも同様の人工内耳による 耳鳴抑制効果を示し、脳機能画像や認知行動療法との比較などの議論もあった。Baguley&Hall によると(Tinnitus. The Lancet、2013)、1993 年に年間 100 くらいあった耳鳴に関する研究論文 が 2012 年には年間 600 を越え 6 倍にも上昇し多くの研究者の注目を浴びて来ている分野でもあ る。演者自身 20 年近く煩わしい耳鳴があったが、人工内耳により消失している。この現象につ いて医師・当事者の立場で海外の報告も踏まえ考察を加えて報告したい。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 403 , 2015 ランチョンセミナー3 肺炎球菌ワクチンは急性中耳炎を減らしたか? 保富 宗城、山中 昇 和歌山県立医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科 急性中耳炎は、乳幼児から幼小児期にもっとも頻回に罹患する感染症である。従来まで、経 口抗菌薬治療により容易に治癒していたが、近年、起炎菌である肺炎球菌の薬剤耐性化や集団 保育の低年齢化などにより、抗菌薬治療により十分改善しない難治例が増加し臨床上の問題と なっている。 本邦では、1988 年より 23 価莢膜多糖体ワクチン(PPV23:ニューモバックス NP®)が臨床使 用されているが、急性中耳炎の頻発する 2 歳以下の乳幼児は有効性が低い。一方、乳幼児に対し ては2010年に7価蛋白結合型肺炎球菌ワクチン(PCV7:プレベナー®)が、2013年には13価蛋白 結合型肺炎球菌ワクチン(PCV13:プレベナー 13®)が臨床使用されている。さらに、インフル エンザ菌抗原である Protein D を担体として用いた 10 価蛋白結合型肺炎球菌ワクチン(PCV10PD:シンフロリックス®)が開発されており、本邦においても急性中耳炎に対する予防効果が 期待されている。 蛋白結合型肺炎球菌ワクチンによる急性中耳炎予防効果については、ワクチン接種が開始さ れた年齢と急性中耳炎の既往が大きく影響する。2014 年に発表された Cochrane Database Systematic Review では、PCV7 は、急性中耳炎発症リスクの低い一般的な健康児に対しては予防効 果を示すものの、急性中耳炎発症リスクの高い低年齢児や急性中耳炎の既往のある小児に対す る予防効果は健康児より低いとされる。しかし、ワクチン血清型肺炎球菌による急性中耳炎に 対しては 50〜60%で減少させるほか、反復性中耳炎や鼓膜換気チューブ挿入術の減少など反復 性、遷延性中耳炎に対して予防効果を認めている。難治性中耳炎の占める割合が多い本邦にお いての予防効果が期待される。 肺炎球菌ワクチンの有効性を考える上では、本邦における肺炎球菌血清型の分離頻度とワク チンによるカバー率を知ることが重要である。PCV7 の本邦における小児急性中耳炎分離肺炎球 菌のカバー率は 60.6%であり、薬剤耐性肺炎球菌の 87.0%をカバーしている。本邦では、急性中 耳炎全体に対する効果は欧米の報告と同程度であるが、薬剤耐性肺炎球菌に対する予防効果が 高く、急性中耳炎の難治化を抑制する上で、有効であることが期待される。一方、欧米ではす でに PCV7 導入後の様々な問題も指摘され始めている。すなわち、血清型 19F に対する予防効果 が低いという点や、ワクチン導入後の肺炎球菌血清型分布の変化である。とりわけ、血清型19A はワクチンに含まれる19F型との交差反応による抑制が期待されていたが、ワクチン導入後では 逆に19A型の増加が認められている。さらに、19A型は抗菌薬感受性が低い株が多く、臨床的に も問題になりつつある。鼻咽腔細菌叢に対する効果についても、ワクチン血清型の保菌率は減 少するが、非ワクチン血清型の保菌率はむしろ上昇すると考えられている。本発表では、これ ら肺炎球菌ワクチンにおいて急性中耳炎の臨床増がどのように変化するかについても述べた い。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 404 , 2015 ランチョンセミナー4 Awakening the auditory system after bilateral cochlear implantation in children Blake Papsin University of Toronto, Canada Cochlear implants have provided, for the first time in human history, the ability to restore a sensory modality. In their absence, the developing brain assumes a permanent loss of hearing and adapts to the remaining senses and other functions. Restoring audition through cochlear implant(s) not only alters this adaptation but also drives auditory development. We have been studying these processes in children over the past 2 decades. By examining electrophysiologic and perceptual measures in these groups, we have demonstrated that brain asymmetry develops rapidly in response to asymmetric input. These developed asymmetries impact bilateral hearing including asymmetric speech perception and asymmetric abilities to benefit from spatial separation of speech and noise. Our further studies reveal that children using bilateral implants rely heavily on detection of inter-implant level cues for binaural hearing, need long durations of bilateral implant use to interpret inter-implant timing cues. These data support the recommendation that bilateral input should be provided early in life, with little to no delay. Likewise, providing accurate level and timing cues from bilateral implants is essential for symmetric input to be received by the bilateral system. In the complex auditory environment that surrounds us, symmetric brain development is fundamental to the success of the human with bilateral implants. Otol Jpn 25 ( 4 ) : 405 , 2015 ランチョンセミナー5 小児急性中耳炎中等症における抗菌薬選択の検証 上出 洋介 かみで耳鼻咽喉科クリニック 「小児急性中耳炎診療ガイドライン」 (以後ガイドラインとする)の治療アルゴリズムでは中等 症(スコア 6-11 点)の第一選択は AMPC 高容量投与を推奨している。しかし最近当院の AMPC 用いた治療効果があまりはかばかしくない印象が続いた。そこで小児急性中耳炎(以後 AOM と する)の 2003 年からの鼻咽腔細菌叢(6453 検体)と 2012 年以降の鼓膜切開後の中耳貯留液細菌 叢(205 検体)の変遷を調査し、今後の対応について検討した。当院の鼻咽腔細菌検査の対象は 主に AOM の中等症から重症例とし、鼓膜切開の主な対象は重症例である。 鼻咽腔細菌叢年次推移からは肺炎球菌の検出比率が 2008 年の 37.7%をピークに 2014 年の 23.1% にまで漸減していた。特に耐性菌の検出比率が 2012 年から低下していた。鼓膜切開後の中耳貯 留液中の肺炎球菌検出比率については 2012 年が 21.8%で 2014 年には 9.9%まで急激に低下してい た。 これらの変貌に影響している因子として、抗菌薬の第一選択に AMPC を用いることを提唱し たガイドラインの効果と啓蒙があると思われる。つまりガイドラインが2006年に発行され2年後 の 2008 年から肺炎球菌検出比率がゆっくりではあるが低下を示しており、かつ耐性菌検出比率 も徐々に低下していた。さらに 2012 年以降に貯留液中の肺炎球菌検出比率が低下したのは肺炎 球菌ワクチンであるプレベナーの普及が影響していると考えられる。 一方 H.influenzae と M.catarrhalis が相対的に多く検出され、β-lactamaseを有するBLPARが増 加傾向を示し、M.catarrhalis はβ-lactamase を 100%保有していた。 これらの変化は抗菌薬を選ぶ上で大きな因子と考えなければならない。とりわけ中等症の第 一選択では AMPC 高容量のみとなっており早急な対応が必要と考えられた。 そこで 2014 年秋から 2015 年 6 月までの AOM のうち、鼓膜所見が中等症に相当する症例を従来 通りの AMPC 高容量投与群とクラバモックス(CVA/AMPC)投与群に分けて治癒率や検出菌 との因果関係を類推した。 AMPC 投与群(38 例)の男女構成は男(21 例):女(17 例)で年齢構成は 0 歳(10 例):1 歳 (19 例):2-4 歳(9 例)であった。クラバモックス投与群(25 例)はそれぞれ男(13 例):女(12 例)、0 歳(9 例):1 歳(10 例):2-4 歳(6 例)であった。 AMPC 群では 1 週目の治癒群は 13%、改善有り群は 42%、改善無し群 45%であった。 クラバモックス群では 1 週目の治癒群は 40%、改善有り群は 48%、改善無し群は 12%であっ た。 両群の M.catarrhalis の分布をみるとAMPC群では全体で27検体検出され1週目に改善しなかっ た17例中に12検体認められた。クラバモックス群では全体で16検体検出され、改善しなかった3 例中 1 検体に認められた。 M.catarrhalis は間接的病原菌と言われておりβラクタム環を有する抗菌薬の抗菌作用に影響 することが知られている。今回の調査で第一選択に AMP C 投与群とクラバモックス投与群の 1 週目の治療効果に大きな差が生まれた背景に M.catarrhalis の影響があったことが予想される。 まとめ ワクチンの普及に伴う医療環境の変化に対して我々は抗菌薬選択には一段と配慮する必要が 出てきた。とりわけ AOM の第一選択はそれ以後の治癒率に大きな違いを与えることが分かっ た。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 406 , 2015 ランチョンセミナー5 小児急性中耳炎診療ガイドライン 2013 に基づいた中耳炎診療 ─改善・治癒の判定の検討と診療ガイドラインの検証─ 宇野 芳史 宇野耳鼻咽喉科クリニック 小児急性中耳炎に対する診療ガイドラインは 2006 年に初版が作成され、その後 2009 年、2013 年に改定されている。この診療ガイドラインのコンセプトは、その時点での小児急性中耳炎に 対する診療及び治療に対するエビデンスを収集検討し、そのエビデンスに基づいてガイドライ ン委員会のコンセンサスが得られた治療方法を推奨することである。この度 2 回目の改訂版であ る「小児急性中耳炎診療ガイドライン 2013」が作成公表された。今回の発表ではこの診療ガイ ドラインに基づき当院で治療を行った小児急性中耳炎症例の検討を行い、このガイドラインの 有用性につき報告すると同時に問題点を報告し、今後の改定に対する提言を行いたい。 今回のガイドラインの改定での最も大きな変更点は、投与する抗菌薬として TBPM-PI と TFLX が加わった点である。この 2 つの抗菌薬は、小児急性中耳炎の主たる起炎菌である、肺炎 球菌とインフルエンザ菌の耐性化に対して開発され 2010 年に発売された新規抗菌薬である。こ の 2 つの新規抗菌薬の有効性は、小児科領域では入院を要する肺炎の減少、耳鼻科領域では他剤 無効の急性中耳炎に対する有効性が報告されている。また、抗菌薬の投与判定期間が抗菌薬の 過剰投与という点から従来の 5 日間から 3 日間に短縮された。診断の領域では、2009 年度版で加 わった「鼓膜の光錘の減弱」の項目が削除され、重症度分類のスコアが変更された点である。 今回はこの2013年度版の「小児急性中耳炎診療ガイドライン」に基づき当院で2013年6月から 2014 年 5 月の期間に治療を行った小児急性中耳炎症例 735 例について検討を行った。重症度分類 では軽症例117例、中等症例478例、重症例140例であった。これらの治療成績を下記の表に示す が、症例全体では、改善率 91.6%、治癒率 84.5%であった。また、このガイドラインの治療アル ゴリズムの全過程を遂行しても改善及び治癒が認められなかった症例に対し、追加治療を施行 した最終的な治癒率は軽症例 100%、中等症例 93.4%、重症例 82.1%であった。これらの結果よ り、この「小児急性中耳炎診療ガイドライン 2013」に基づいた中耳炎治療では、十分な治療結 果が得られたものと考えられる。 このように有用性が高いと考えられるガイドラインであるが、2006 年の初版から 2013 年度版 まで、治療ルゴリズムを使用するにあたっての治療判定を行う上での改善判定及び治癒判定の 記載がなく、その判断は使用する医師の個人的な判断に任されている。そのため、各個人ごと に判断基準が異なるため、多施設間での詳細な治療成績の検討が困難となっている。今回は、 山中らが提唱している有効度の判定基準を用いたが、この判定基準に基づいての効果判定は重 症度スコアを元に検討するため、ガイドラインに従った治療でも比較的容易に採用できる方法 であることが確認された。 今回はこれらの検討について報告すると同時に、新規抗菌薬の有効性についても報告する。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 407 , 2015 ランチョンセミナー6 移動型 Cone-beam CT を用いた術中画像診断 坂本 達則 京都大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 外科医として、 「よりよい手術を行いたい」というのは基本的な欲求である。そのために、 我々は手術トレーニングを受け、術前に検査画像を詳細に読影して手術シミュレーションを行 い、術野に反映させる。しかし、手術を進めて行くうちにだんだん目印を失い、危険部位の同 定が不十分になって、手術を完遂できないままに終了せざるを得ないこともある。またこれで 完成と思った所見が実は不充分で、手術成績が思うように出ないということもある。術後の画 像検査を行ったときに「ああ、ここがだめだったのか」と反省し、このフィードバックを次の 手術に活かす。術中画像診断を用いると、手術中に得た画像情報でこれらを判断して、その場 でフィードバックできるため、手術を受けた患者にメリットがあるだけでなく、術者にとって も手技を行った直後に評価・フィードバックされることから、手術技術の向上につながる。 コ ー ン ビ ー ム CT(CBCT)は 、X 線 源 と 対 面 に 設 置 し た フ ラ ッ ト パ ネ ル デ ィ テ ク タ ー (FPD)をペアーで回転させて、体内の関心領域(FOV)に四角錐の X 線を照射して像を得る CT 装置である。FOV に入る対象物であれば、全身用の CT に比べてはるかに少ない線量で精細 な CT 像を得ることが出来るため、対象物が比較的小さい耳鼻科領域では特に多く用いられるよ うになってきた。今回、術中画像診断を目的に新たに開発された移動型CBCT装置を使用するこ とができた。 手術の方向性や危険部位の確認(前頭洞開放における天蓋・眼窩内側壁・前篩骨動脈)、手術 の完成度確認(人工内耳の挿入、耳小骨連鎖)など、応用可能な症例は数多く、その実例を供 覧する。 実際に術中画像診断として CT を利用するときには、その場で得られた情報を読影し、術野に 反映させなければならない。そのため、日頃からCT読影に精通し、術野に反映させるための 実践的な読影トレーニングは欠かせないが、ナビゲーションシステムはこのような場面での支 援機器として有用である。術中CTで撮影した情報をその場でナビゲーションシステムに読み こんで、術野に反映させることについても、実例を供覧する。 CBCTは骨については精細な情報を得ることが出来るが、使用できる線源の制限があるため、 軟部組織のコントラストを付けにくいことが欠点である。手術中に軟部組織の情報が欲しい場 合に用いられるモダリティーとして、術中 MRI がある。最近ではハイブリッド手術室としてい くつかの施設で導入されており、京大病院もその一つである。我々も実際に術中 MRI を使用し たので、その比較も提示したい。また、CBCTを用いた軟部組織画像に対する取り組みとして、 造影剤の使用を試みたので、これについても提示する。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 408 , 2015 ランチョンセミナー7 より安全な耳科手術をめざして 松本 希、小宗 徳孝 九州大学医学部 耳鼻咽喉科 耳科領域は救命目的の緊急手術は少なく、ほとんどがQOL向上を目的とした待機手術である。患者も より安全な手術を受けるために遠方の別施設まで移動することが可能である。このように「手術をしな いリスク」が低い手術は、手術そのものが低侵襲であっても相対的に「手術をするリスク」が高まる。 このため耳科手術で手術合併症を防ぐ努力はとりわけ重要であり、手術機器の進歩にともない求められ る努力の水準も日々上昇する。例えば、以前は困難な手術でのみ用いられていた顔面神経モニターは、 現在多くの施設でほぼ全症例に使うようになった。あるいは、現在の手術用ドリルはただ良く削れるだ けではなく、シャフト部分に組織が巻き取られたり、摩擦熱で損傷したりというリスクを下げるための 特殊なドリル先が各ドリルメーカーから提供されている。このように、有用と判断された手術支援機器 は急速に必需品へと変化し、執刀医への要求水準を上げてきた。耳科手術を専門とする医師は、手術を 安全にするために自身が行っている努力が一般的な水準を維持しているかを常に自己評価し、自己の水 準を更新し続ける必要がある。 将来の普及が予想される手術支援機器の筆頭として手術ナビゲーションが挙げられる。演者の施設で は耳科手術用ナビゲーションを開発してきた。本学会会長から頂いた宿題は、我々が耳科手術用ナビゲ ーションを開発する過程で蓄積したノウハウを市販のナビゲーション機器に応用できるかという点であ る。これを最近注目されている磁場式ナビゲーションシステム(Fusion®、メドトロニック)を用いて 検討した結果を講演する。 講演の第一部では理論的なナビゲーション手術戦略について説明する。 、精度評価などの理論 ナビゲーション戦略を理解する上で必要な位置合わせ(レジストレーション) 的背景を簡単に説明した上で、市販のナビゲーションで使用可能な以下の三つの戦略について解説す る。 (1)側頭骨のナビゲーションでは頭部の動きを測定し補正する患者リファレンスの精度と安定性が決定 的に重要な役割を担う。耳科手術では上歯列に患者リファレンスを固定することが一つ目の戦略であ る。 (2)本研究で用いたナビゲーション機器は皮膚表面をなぞる位置合わせ方式を用いる。位置合わせは両 耳周囲皮膚を組み合わせると良いが、この際形状測定の比重を手術側に大きくすることで位置合わせの 重心を手術側中耳に持ってくることが二つ目の戦略である。 (3)位置合わせには頭部全体が写ったCTを使う。しかし側頭骨周囲のみを抽出拡大したCTに比べて頭 部全体のCTは解像度が劣る。このため、三つ目の戦略は位置合わせ終了後に手術側の側頭骨拡大CTに データを差し替えることである。側頭骨周囲の抽出拡大処理の際に座標を置き換える作業をしていない 拡大 CT であれば、頭部 CT にそのまま差し替えて高解像度の CT データを使用可能である。 精度測定用の頭部模型を用いた検証では、以上の戦略を用いた磁場式ナビゲーション機器が我々の開 発中のナビゲーションと比べて遜色ない精度を出せることを確認した。 講演の第二部では、この理論を実際の手術で検証した結果を報告する。 Fusion®を用いて側頭骨手術を2例行った。うち一例は当科開発の光学式ナビゲーションを併用して比 較した。患者はあらかじめ歯科受診し、麻酔前診察とともに上歯列に患者リファレンスを固定する治具 を作製した。患者リファレンスは経口挿管完了後すぐに上歯列に固定した。位置合わせ作業は頭部消毒 前に両耳周囲と前頭部の皮膚を用いて行った。ナビゲーション精度は我々が開発中の骨表面で位置合わ せするナビゲーション手術と概ね同等の印象であった。また、磁場式患者リファレンスは非常に小型の ため、光学式患者リファレンスで時に問題となった、他の手術器具との物理的干渉もなかった。したが って市販の手術ナビゲーション機器は、運用上の工夫を加えることで側頭骨手術でも使用できることが 分かった。今後画面のインターフェースや、側頭骨手術で使う手術器具についての情報をメーカーにフ ィードバックすることで、手術ナビゲーションの安全装置としての有用性が増すものと期待される。 Otol Jpn 25 ( 4 ) : 409 , 2015 ランチョンセミナー8 On Pressure Regulation of the Middle Ear Bo Tideholm Karolinska University Hospital Background The ear and the auditory system are essential for communication and to become aware of danger. The middle ear (ME) was formed from visceral clefts, and an aerated space developed between the inner ear and the outside world. The main role of the ME is to transduce sound energy into the inner ear as efficiently as possible. The ME pressure must be maintained at the ambient pressure level for preserving normal ME and inner ear function. Disturbances in the pressure homeostasis of the ME system may induce a pressure gradient across the tympanic membrane increasing the acoustic impedance and hence reducing the effectiveness of sound transmission. Pronounced negative pressure may be a cause of tympanic membrane retractions, chronic ME disease and hearing impairment. ME pressure is regulated by gas diffusion over the ME mucosa and pressure equalizations via the Eustachian tube (ET). Disturbance in the regulation of ME pressure is believed to contribute to the development of chronic ear diseases. The muscular opening ability of the ET has traditionally been regarded as the most important factor for the equilibration of negative ME pressure induced by continuous absorption of gases. An increasingly important role has been attributed to gas exchange over the ME mucosa regarding pressure homeostasis. A positive pressure in the ME may arise spontaneously in the recumbent position during the night. This occurs seemingly without any contribution from the ET. This finding imply a gas diffusion predominantly from the mucosal blood circulation towards the ME cavity. The classic concept of simple O2 absorption from the ME is challenged by a bi-directional mode of gas exchange via the mucosa. PO2 is higher in the ME than in mixed venous blood. The difference in partial pressure drives the gas diffusion over the mucosa. The relative diffusabilities over the mucosal lining are estimated to be 40:2:1 for CO2, O2 and N2 respectively. This implies that CO2 and O2 are responsible for short-term pressure effects and N2 for long-term changes in ME pressure. Methods An equipment for a method for direct measurement of the ME pressure, continuously during 24 hours and for recording pressure changes during various provocations procedures was developed and tested. Subjects Healthy ears with ventilation tubes (VTs), Patulous ET (PET), chronic central perforation (CCP), attic cholesteatoma (AC) and Meniere’s disease (MD) were investigated by measuring the ME pressure directly, continuously during 24h, in combination with ET provocation tests. Results During the 24-h pressure measurements sleep was the most important factor affecting the ME pressure. In VTs a ME pressure rise occurred during sleep compared to the erect position. A significantly higher pressure was demonstrated during sleep compared to the recumbent position while resting awake. Our results indicate that the state of sleep induce a ME pressure rise. Pathological conditions were characterised by a negative ME pressure during the daytime measurements, indicating an abnormality in the diffusion of gas from the ME and insufficient ET equalizations. These results support the theory that the opening per se, impaired or contributed to the impairment in the ME pressure regulation. Subjects with PET the ME pressure demonstrated a greater individual variation than seen among normal subjects. Subjects with AC showed negative ME pressure and/or episodes of sniff-induced rapid negative pressure changes during the continuous pressure measurements. These findings indicate a clear relation between the diseases and impaired ME pressure regulation. Subjects with MD showed an increased incidence of reduced opening capacity of the ET in three of four provocation tests. This indicates that ME of patients with MD are exposed to pressure situations in daily life exceeding the equilibration capacity of the ET, leading to a possible influence of pressure on the inner ear. Transmission of the pressure deviations to the inner ear fluids and influence of the symptoms of MD are feasible.
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