周波数有効利用のための海上無線 アドホックネットワーク技術の調査

周波数有効利用のための海上無線
アドホックネットワーク技術の調査検討
報告書
平成 21 年 3 月
社団法人
電波産業会
はじめに
WiMAX 等 BWA(広帯域移動無線アクセス)さらには LTE(long term evolution)と 10~
100Mbps オーダの広帯域移動無線システムの導入が目前に迫った陸上移動通信とは対照
的に、海上(船舶)通信の通信インフラは必ずしも十分ではなく、小型船舶の場合少し沖
合に出るとネットワークから隔離されてしまう危険性がある。もちろん静止衛星を利用し
た商用サービスが提供されているが、高価なため全小型船舶には行き渡っていない。登録
船舶の大多数を占める小型船舶に対しては旧来の狭帯域な無線通信システムを利用するし
か選択肢がないのが現状である。このように、陸上と海上の通信環境の格差が拡大してお
り、その格差解消が大きな課題となっている。
そこで、一般に普及している海上無線通信システムの利用を前提として、周辺の小型船
舶が必要に応じて中継ノードの役割を果たすアドホックネットワーク技術に着目し、海上
の小型船舶どうし、あるいは小型船舶と陸上局とのネットワーク接続を確保するための技
術検討を狙いとして本調査検討会が設けられた。
本年度は実際に小型船舶を借り上げて 27MHz/40MHz の無線機器を用いて海上での実
証実験を行ない海上無線アドホックネットワーク技術の有効性を確認すると共に、ルーテ
ィングプロトコルに送信電力制御を組み合わせて同時接続数の改善を図る取り組み等を行
った。特に島陰の影響により通信が遮断されるような状況下でも中継船舶局の利用により
通信が途絶しないことを確認したほか、ルーティングプロトコル AODV を用いた 5 ホッ
プ以上の伝送実験を行った。その結果、フィールドにおける実験ならではの様々な貴重な
知見が得られたほか、克服すべき課題も明らかになった。ただ、いかんせん回線が 1200bps
であり、オーバヘッド情報を考慮すると実際のスループットは 60~140bps になり、1000
バイトの web コンテンツのダウンロードさえ 7 分間以上かかってしまう。
最近日本とシンガポールの研究機関が協力して BWA の一方式である WiMAX を利用し
た船舶間アドホックネットワークの研究が始まったと聞いた。是非とも日本においても、
今後はより広帯域な回線の利用についても検討していく必要があると考えられる。
以上のように、様々な課題が明らかになったものの、本調査検討により海上における小
型船舶向けのアドホック無線ネットワークの構築が促進され、小型船舶の安全性向上につ
ながることを期待したい。末筆ながら、海上実証実験はじめ、精力的に調査検討を実施さ
れた本調査検討会構成員各位に深甚の謝意を表する次第である。
座長
京都大学
吉田
進
目
次
はじめに
目
次
第1章
海上無線アドホックネットワーク技術の調査検討の目的 ................................... 1
1.1
本周波数有効利用のための調査検討会の目的.................................................. 1
1.2
本年度の調査検討の概要 ................................................................................. 1
1.3
用語の説明....................................................................................................... 2
第2章
2.1
プロトコル AODV を用いたアドホックネットワーク海上実証試験 ................... 5
昨年度の AODV 室内実験の見直し.................................................................. 5
2.1.1
船舶配置の変更 ..................................................................................... 6
2.1.2
データリンク層の見直し ....................................................................... 7
2.1.3
AODV 室内再実験................................................................................. 7
2.2
海上伝搬実験 ..................................................................................................11
2.2.1
27MHz 電波伝搬実験結果....................................................................12
2.2.2
40MHz 電波伝搬実験結果....................................................................13
2.2.3
実践装備上の問題点 .............................................................................13
2.3
プロトコル AODV を用いたアドホックネットワーク海上実証試験 ...............15
2.3.1
実験の計画 ...........................................................................................15
2.3.2
実験結果と考察 ....................................................................................16
2.3.3
AODV 海上実験の結果のまとめ ..........................................................23
第3章 送信電力制御のための技術の検討........................................................................25
3.1
アドホックネットワークにおける送信電力制御の概要 ..................................25
3.2
送信電力制御付 AODV 方式 ...........................................................................26
3.2.1
経路探索フェーズにおける送信電力制御 .............................................27
3.2.2
データ転送フェーズにおける送信電力制御 .........................................30
3.3
送信電力制御のシミュレーション ..................................................................31
3.3.1
送信出力マージンの決定 ......................................................................32
3.3.2
ランダム配置シナリオでの性能 ...........................................................33
3.3.3
グループ配置シナリオでの性能 ...........................................................34
3.3.4
シミュレーション結果のまとめ ...........................................................35
3.4
データリンク層のシミュレーション...............................................................37
3.4.1
シミュレーション条件 .........................................................................38
3.4.2
ネットワーク・モデル .........................................................................40
3.4.3
再送回数、CW パターンの選定 ...........................................................41
3.4.4
選定した条件下での伝送特性の評価 ....................................................44
第4章
4.1
送信電力制御室内及び海上試験の実施...............................................................51
電力制御に伴う変更点 ....................................................................................51
4.1.1
端末構成の変更 ....................................................................................51
4.1.3
キャリアセンス方式の変更 ..................................................................53
4.1.4
再送制御の追加 ....................................................................................54
4.1.5
最小受信電界強度(復調最低信号レベル)の導入 ...............................55
4.2
送信電力制御技術の室内試験 .........................................................................55
4.2.1
送信電力制御室内実証実験 ..................................................................55
4.2.2
再送機能確認実験 ................................................................................57
4.2.3
結論......................................................................................................61
4.3
送信電力制御技術の海上試験 .........................................................................61
4.3.1
送信電力制御海上実証実験 ..................................................................61
4.3.2
送信電力制御海上実験のまとめ ...........................................................66
第5章
5.1
実用的なアプリケーション・コンテンツについての検討 ..................................71
位置情報交換アプリケーション ......................................................................71
5.1.1
概要......................................................................................................71
5.1.2
アドホックモード仕様 .........................................................................71
5.2
気象図伝送アプリアプリケーション...............................................................73
5.2.1
従来の圧縮符号化方式 .........................................................................73
5.2.2
気象図に含まれる情報 .........................................................................75
5.2.3
等圧線情報の符号化 .............................................................................76
5.2.4
まとめ ..................................................................................................80
第6章
まとめ ................................................................................................................81
6.1
本年度の調査検討がもたらした成果...............................................................81
6.2
海上実験を振り返って ....................................................................................81
おわりに ...........................................................................................................................83
第1章
1.1
海上無線アドホックネットワーク技術の調査検討の目的
本周波数有効利用のための調査検討会の目的
本調査検討会では、海上通信と陸上通信との通信環境格差解消のため、海上無線アドホ
ックネットワーク技術について、海上における最適なアドホックネットワークのルーティ
ングプロトコルを選定し、通信データ量を軽減して伝送を可能とする技術及びネットワー
クに応じた最適な送信電力とするための制御技術の技術的条件を検討することを目的とし
ている。
現在、陸上通信では、モバイルインターネットや無線LAN等のシステムが普及しブロ
ードバンド化が急速に進展しているが、海上(船舶)においては、一部で衛星によるイン
ターネットを活用しているものの、ほとんどが短波帯、中短波帯、超短波帯等の電信・電
話・ファクシミリ、印刷電信等の限定的な利用となっている。
このように海上と陸上との通信格差が拡大しており、その格差の解消が大きな課題とな
っている。
そこで、現在一般に使用されている海上無線システムの周波数を利用したアドホックネ
ットワーク技術により周波数の有効利用を図りつつ、海上通信の環境の改善する海上アド
ホックネットワーク技術の検討を行うものである。
1.2
本年度の調査検討の概要
昨年度は、海上無線アドホックネットワーク技術に関し、一般に普及している海上無線
通信システムを利用しつつ、アドホックネットワーク技術を用いてパケット中継を行った
場合の伝送性能の検討を踏まえ、海上通信環境に適した経路選択プロトコルの選定及び同
方式による長距離転送の可能性について技術的条件の検討を行った。
本年度は昨年度の結論を元に、実際に海上実験を行い、その結果を検討し、方式に改善
を加えると共に、さらに送信電力制御を取り入れることにより、周波数の有効利用を図る
ことを目的としている。
本調査検討は次の三点について技術試験を実施し、調査検討会を開催し検討を加える。
(1)プロトコル AODV を用いたアドホックネットワーク海上実証試験
海上無線アドホックネットワークに使用するルーティングプロトコルについては、最適
なものとして平成 19 年度に選定した AODV(Ad hoc On - Demand Distance Vector)を
- 1 -
用いて、海上での電波伝搬試験(海上での試験においては最低でも 5 ホップ以上の試験を
行う)を 27MHz/40MHz の超短波無線機器を用いて実施し、昨年度に実施した室内試験結
果と比較する。また、比較した結果を踏まえ、プロトコルの改善を行うとともに、伝送速
度 1200bps での実用的なアプリケーション・コンテンツについて検討を行う。
(2)送信電力制御のための技術の検討
同ーチャネルで効率的なアドホック通信を行うために、近距離において送信電力を減衰
させる制御技術及び同-チャネルを使用して同一船団のグル-プ通信を可能とする手法に
ついての検討をコンピューターシミュレーションにより行う。
(3)送信電力制御技術の室内及び海上試験の実施
(2)のシミュレーションの結果を踏まえて、送信電力制御機能を付加したアダプタ型
試験装置を用いて室内実験によりその性能を検証する。なお検証結果によっては改修を行
う。また、(1)で用いた 27MHz/40MHz の超短波無線機器を用いて海上での電波伝搬特
性に関する試験を行い、電力制御技術が有効であることを実証する。
これらの調査検討の結果として本報告書では、本章に続き:
・
第2章で昨年の AODV 室内実験を海上で再現した結果を述べる。
・
第3章ではアドホックネットワークにおける送信電力制御について説明すると共
に、シミュレーション結果及び送信電力制御に必要なデータリンク層の最適化のた
めのシミュレーションについて述べる。
・
第4章では送信電力制御機能を付加した上で海上実験を行った結果を説明する。
・
第5章では、実験環境で使用が期待されるアプリケーションについての説明を行う。
・
第6章では本年度の調査検討の結果をまとめると共に今後の課題について述べる。
以上の調査検討により、陸上ネットワークとの親和性の高いシステム構成に基づき、通
信可能域の拡大とブラインドエリアの縮小を実現し、小型漁船の操業の安全と効率化に寄
与することを目指すものである。
1.3
用語の説明
本調査研究では、無線通信関連とパケット通信関係の別分野の用語が使われており、分
かりにくい面がある。そこで、そのうち主要なものを表 1.3-1 に取り上げて説明する。
- 2 -
表 1.3-1
用語の説明
用語
AODV
説明
Adhoc On Demand Vector Algorithm
リアクティブ型のアドホックネットワークプロトコル
MTU
Maximum Transmission Unit
最大転送単位と呼ばれ一度に送信できる最大のデータサイズ
PTT
Press To Talk
無線機を送信状態にする。(送信ボタンを押した状態を指す。)
RCV-CS
ReCeiVed – Carrier Sense
フレーム先頭部を復調し,所定のパターンと一致したらキャリア BUSY
と判断する。
FWT-CS
Fast Wavelet Transform – Carrier Sense
ウェーブレット変換を用い、ベースバンド信号が特定の周波数成分をも
てばキャリア BUSY と判断する。
SLV-CS
Signal LeVel – Carrier Sense
変調信号のレベルを監視し,最小キャリアセンス電界強度(-94dBm)
以上ならばキャリア BUSY と判断する。
CW
Contention Window
コンテンションウインドウは、パケット衝突時の再送バックオフ時間
(CW×スロットタイム)の上界値であり、通常、衝突再送回数に応じて
増加する。
CWmin
Minimum Contention Window
コンテンションウインドウの最小値を最小コンテンションウインドウと
よぶ。一般に、最小コンテンションウインドウ値が大きいと衝突回避能
力は向上するが遅延時間は増える。
RTT
Round Trip Time
往復遅延時間、本報告書では PING の戻ってくるまでの時間
RREQ
Route Request
経路探索パケット
RREP
Route Reply
経路探索パケットに対する経路応答パケット
VBR
Variable Bit Rate
可変ビットレート、情報発生量が時間的に変化する呼のこと。
- 3 -
- 4 -
第2章
プロトコル AODV を用いたアドホックネットワーク海上実証試験
昨年度(平成 19 年度)に実施した AODV を用いたアドホックネットワークの室内実験
について、海上で再現し、実環境での性能を確認した。なお、海上実験を行うにあたって
は、室内実験の内容を再検討し、また、海上伝搬状態などの確認のための海上予備実験を
行ってから臨んだ。
2.1
昨年度の AODV 室内実験の見直し
昨年度の AODV を用いた室内実験は、アドホックネットワークの有効性ならびにその機
能を確認することを目的として実施し、成果を得ることが出来た。しかしながら海上実験
を計画する段階になり、昨年度の AODV 室内実験について以下の再検討を行った。
(1)各端末すなわち各船舶の配置について、AODV 室内実験にて想定した理想的な
配置をそのまま海上実験に適用することは、地理的制約、時間的制約及び各種
規則上困難であることが判明した。
・
ある時間にわたって多数の船舶を所定の配置に維持するのは事実上
困難なため、有効なデータが取得できない恐れがある。
・
広範囲に船舶を展開するため、展開までに時間が掛かりすぎ、現実
的でない。
・
長時間にわたり特定の場所に滞留することで他の船舶の航行の妨げ
なる恐れがある。
(2)昨年度の AODV 室内実験の際の、受信データのエラー発生状況及び機器の動作
タイミングなどを子細に分析した結果、データリンク層に改良を加え、その結
果を確認する必要が出てきた。。
以上のような理由により、AODV 海上実験を実施する前に再度、以下の条件にて室内実
験を行った。
(1)海上で実施可能でかつ昨年度と同等な試験の出来る船舶配置に変更する。
(2)データリンク層の各種パラメータを実際の無線機の動作に即したものに改良す
ると共に、キャリアセンス方式として現状の RCV-CS(プリアンブル受信を持
って判定する方式)から、MSK の周波数成分を検出する FWT-CS(Fast
- 5 -
Wavelet Transform 方式)に変更する。
2.1.1
船舶配置の変更
船舶の配置を見直すにあたっては同様な試験が出来る最小の構成を検討したところ、調
査検討会にて表 2.1.1-1 のように変更する旨承認を受けた。
表 2.1.1-1
試験項目
実験端末(船舶)の配置変更
昨年度の配置
新提案の配置
理由
衝突回避性能
をみるための
実験であり、
衝突が起こり
うる地点が一
箇所あればよ
いため
1
衝突回避
実験
2
端末
5
3
双方向リンク圏内
6
pingの経路
4
全端末が互いに通信可能な距離
5
クロスト
ラヒック
実験
2
端末
2
1
4
1
3
双方向リンク
pingの経路
3
マルチ
ホップ
実験
端末
7
1
2
3
pingの経路
RREQ
経路選択
実験
1
RREQ
送信
アプリケー
ション実験
4
6
RREP
返信
端末
双方向リンク
B
3
5
構築される経路
C
8 端末でメッセンジャーの実験/
WEB ブラウジングの実験
ホッ プ数 を 5
ホップ程度と
する
AODV による
最小ホップ最
小遅延の経路
選択機能が正
常に働くかど
うかを見るた
めの実験であ
り、構築され
うる経路の選
択肢が複数あ
ればよいため
RREP
A
2
規程の隻数 6 隻とする
双方向リンク
6
5
4
8
隠れ端末問題
による性能劣
化を見るため
の実験であ
り、隠れ端末
の関係性が一
箇所あればよ
いため、端末
4,3 は不要
マ ルチホ ップ 実験の 結果
を 見て可 能な 範囲の ホッ
プ数実施を試みる
- 6 -
2.1.2
データリンク層の見直し
下記の表 2.1.2-1 ののとおり、データリンク層について再検討を行った。その結果とし
ては通信時間の短縮に貢献すると考えられる。
表 2.1.2-1
データリンク見直し項目
旧方式
フレーム
フォーマット
プリアンブル
フッタ
MTU
PTT-ON 後の
70ms 間待機
キャリアセン
ス方式
スロットタイ
ム及び IFS
BUSY 検出
無線機対応
キャリアセンス
+
ランダムバック
オフ
(CSMA/CA)
IDLE 検出
フレーム受信
受信開始
受信完了
2.1.3
新方式
55 Hex×10+7E Hex×10 55Hex×16+7EHex×4
7E Hex×2
7E Hex+ビット:0
256byte
あり
なし
RCV-CS 方式
FWT-CS 方式
100ms
60ms
備
考
待機時間省略
プリアンブル
で対応
FWT:
Wavelet 変換
7E Hex の 5 連続検出(= 計算タイミングの直前
フレーム検出)時点か 40ms 間分の信号デー
タに対し、FWT を行っ
ら BUSY 状態に移行
た結果で判断
フレーム受信完了をも
って IDLE 状態へ移行
7E Hex を 5 連続以上検 7E Hex を 3 連続
出後、7E Hex 以外を受信 (以下同文)
したところをフレーム
の先頭と見なす
受信中状態から 7E Hex を初めて検出した時点
AODV 室内再実験
端末(船舶)の配置ならびにデータリンク層の変更を行い、室内実験を再度行った結果
を昨年の AODV 室内実験と比較した。
日程:2008 年 7 月 23 日~25 日
場所:古野電気株式会社西宮寮・研修センター第 5 研修室
目的:昨年度の室内実験の結果と、新たな室内実験の結果の比較、
データリンク性能改善の評価
AODV 海上実証実験の対となる室内実験データの取得
2.1.3.1
衝突実験結果比較
構築された経路上で CWmin(Minimum Contention Window)のサイズを可変パラメー
タとして ping を 200 回試行した結果が、図 2.1.3.1-1 である。昨年度の AODV 室内実験
の結果である図 2.1.3.1-2 と全く同じ傾向を示した。CWmin サイズによらず到達率が 100%
- 7 -
近いのは、フレーム衝突の可能性が少ない環境での実験のためである。CWmin を増加さ
せると、ランダムバックオフで選ばれる待機時間が増加するため、RTT(Round Trip Time)
が増加する。また、ランダム性により最大 RTT と最小 RTT の変動幅も広がる。
100%
新 15
RTT
80%
10
60%
40%
5
到達率
平均RTT[秒]
到達率
20%
0
0
1
3
7
図 2.1.3.1-1
15
31
5
0
図 2.1.3.1-2
2.1.3.2
RTT
7
15
100%
80%
60%
40%
20%
0%
63 CWmin
到達率
平均RTT[秒]
到達率
3
63
新配置での衝突回避実験結果
旧 15
10
0%
127 CWmin
31
作年度の室内実験の衝突回避実験結果
クロストラヒック実験
クロストラヒック実験の結果を比較すると、図 2.1.3.2-1 及び図 2.1.3.2-2 のように到達
率に大きな差が出ているが、これは予想されたとうりである。クロストラヒック実験の場
合、キャリアセンスが効かないため、タイミングのずれが小さいと、衝突による ping の
ロスが発生する。逆に、タイミングが偶然大きく異なることで片方が送信し終えた後にも
う片方が送信し、衝突を回避することもあるためである。
新しい配置では RTT の結果に関しては、少しのずれでキャリアセンスにより大きくタ
イミングをずらす衝突回避実験結果と、偶然乱数が大きく異なることでタイミングがずれ
た結果のみ計上されるクロストラヒック実験とを行ったが、両者の差異は現れなかった。
- 8 -
平均RTT[秒]
到達率(クロス)
到達率(衝突)
100%
80%
RTT(クロス)
RTT(衝突)
60%
40%
到達率
新 14
12
10
8
6
4
2
0
20%
0%
0
1
3
7
15
31
63
127 CWmin
図 2.1.3.2-1 新配置のクロストラヒック実験結果(vs 衝突回避実験結果)
25
100%
20
80%
15
60%
10
40%
5
20%
0
0%
7
図 2.1.3.2-2
15
31
63
到達率
平均RTT[秒]
旧
到達率(クロス)
到達率(衝突)
RTT(クロス)
RTT(衝突)
CWmin
昨年度の室内実験のクロストラヒック実験結果(vs 衝突回避実験結果)
2.1.3.3
マルチホップ実験
表 2.1.1-1 に示されるように基本的に、台数の変更だけであるため結果について差異は
ない。
構築された経路上で CWmin や ping のサイズを可変パラメータとして ping を 200 回試
行した結果である。昨年度の室内実験の結果と全く同じ傾向を示した。CWmin サイズに
よらず到達率が 100%近いのは、フレーム衝突の可能性が存在しない環境での実験のため
である。CWmin を増加させると、ランダムバックオフで選ばれる待機時間が増加するた
め、RTT が増加する。また、ランダム性により最大 RTT と最小 RTT の変動幅も広がる。
ping のパケットサイズを増加させると、伝送速度が 1200bps であるため、大きく RTT が
増加する。
- 9 -
RTT[秒]
新 40
0/8
100%
到達率
80% 到
max
60%
達
ave
40%
率
min
20%
0%
0/210 CWmin / ping サイズ[byte]
0/8
100%
到達率
80% 到
max
60%
達
ave
40%
率
min
20%
0%
0/210 CWmin / ping サイズ[byte]
30
20
10
0
0/56
15/56
31/56
旧 40
RTT[秒]
30
20
10
0
0/56
図 2.1.3.3-1
2.1.3.4
7/56
15/56
マルチホップ実験結果(上:新配置実験、下:昨年度)
経路選択実験
新旧配置での実験結果を図2.1.3.4-1及び図2.1.3.4-2に示す。どちらの実験でも、最短経
路がほぼ同確率で選択される結果となり予測されたとおりである。
まず中継4端末の選択確率についてだが、AODVの仕様により最初にRREQ(Route
Request)を中継した端末が選ばれる。また、送信順はランダムバックオフ処理時に短い
バックオフ時間を選んだ端末順である。この乱数は一様分布であるため、4端末の選ばれる
確率は等しくなるはずである。実際、4端末はほぼ均等に選ばれたことが実験結果から見て
取れた。
次に、CWmin に対する失敗数の違いについて考察する。明らかに CWmin が大きけれ
ば、失敗数が減っていることが見て取れる。端末 1 が RREQ をブロードキャストすると、
端末 2~5 は同時にそれを受信することで、フラッディングのタイミングが重なる。その
ため、衝突回避実験と同じ状況が生まれる。衝突回避実験で見たように、CWmin が小さ
いと同じバックオフ時間を選んで衝突する確率が高くなる。
- 10 -
CWmin
63
23
31
198
15
11
0%
27
230
181
20
17
20%
40%
60%
図 2.1.3.4-2
14
225
19
図 2.1.3.4-1
2.2
24
12
166
33
80%
端末2
端末3
端末4
端末5
失敗
100%
新配置経路選択実験結果
昨年度室内実験の経路選択実験結果
海上伝搬実験
海上伝搬実験を行ったのは以下のような目的のためである。
(1)想定する無線設備が装備された実際の船舶において、電波の伝搬状況を確認する。
(2)27MHz/40MHzDSB 無線機の音声通達距離は、およそ 40~50km と言われてい
るが、実験に供する海域の距離を短縮するために必要な出力減衰量を決定する。
(これはまた送信出力制御時の通信範囲についてのデータともなる。)
(3)27MHz での実験結果を 40MHz に反映させるため。
実験条件は表 2.2-1 に示した。
- 11 -
場所・日時
周波数
使用無線機
送信出力
電力減衰量
変調方式
変調速度
副搬送波周波数
BER 測定方法
判定基準
2.2.1
表 2.2-1 実験条件
2008/9/17~18、西宮沖実験
2008/10/6~10、串本沖実験
27MHz 帯: 27.876MHz、40MHz 帯: 39.152MHz
27MHz: DR-82 (FURUNO)、40MHz: DM-22 (FURUNO)
27MHz 帯: 1W、40MHz 帯: 5W
50dB、40dB、30dB、20dB、10dB、0dB
副搬送波を使用した MSK 変調方式
1200bps、
マーク周波数:1200Hz、スペース周波数:1800Hz
固定ビット列データフレームを 640bit×100 個連続で送信し、受信側
は受信・認識できたフレームとあらかじめ知っている固定ビット列と
を比較し、ビットエラーレート(BER)を算出する。
エラー測定用の 64,000bit のデータ列でのエラーが発生しない(BER
≦1.6×10-5)をもって通信範囲とした。(S/N で 20dB 以上相当)
27MHz 電波伝搬実験結果
実験方法は陸上に設けた基地局に向かって移動する船舶から固定パターンのフレーム
を送りビットエラーレート(BER)を測定した。そして、2 つの局間の距離と BER の関係を、
送信出力を 50dB 落とした状態から 10dB ステップで上げて行き通信限界を調べる方法で
行った。
測定結果を分析したところ、その結果を以下に示す。なお、詳細なデータ等については
本報告書では省略する。
表 2.2.1-2 27MHz 無線機のデジタル通信送信半径
減衰量
半
径
0dB 減衰
10dB 減衰
20dB 減衰
48km(推定) 24km 前後 12km 前後
30dB 減衰 40dB 減衰 50dB 減衰
6km
3km
1.5km
上の表は 27MHz 無線機の場合の結果であり、ある特定の基準を満足する距離を送信半
径と定義した上での通達範囲であるが、限られた実験時間の中で、40dB 減衰や 30dB 減
衰時のデータが多く得られた。また、自由空間では出力が 6dB 高ければ、距離にして倍の
半径となるという理論式があるが、実海域では「10dB で距離は倍」ということが判明し
た。10dB 減衰や 20dB 減衰時のデータは少ないが、10dB で距離は倍という関係にのっと
った結果であったので、分析結果は妥当であると考えられる。なお、0dB 減衰時について
は測定していないため、他のデータからの推定となるが、10dB で倍という関係と音声通
話が 40~50km の半径だということから、分析結果が妥当であると考えられる。
- 12 -
2.2.2
40MHz 電波伝搬実験結果
27MHz と 40MHz の端末を同じ条件で装備して、比較実験を行った。その結果、40MHz
の方が 27MHz よりもアドホック通信に適している周波数帯である事が確認できた。
27MHz と 40MHz の比較実験については詳細は付属資料4を参照のこと。
(1)アンテナの指向性
40MHz のアンテナは、27MHz のアンテナに比べて波長が短い分、アンテナ長が短く
なっている。その為、40MHz 及び 27MHz の双方のアンテナを同じ場所に装備した場合、
40MHz のアンテナの方が周囲の影響を受けにくく 27MHz の±5dB に比較し±1dB と指
向性は、ほとんど確認できなかった。
(2)空間ノイズ/混信
27MHz では、通信中に突発的な雑音や混信が有ったが 40MHz の通信では、確認でき
なかった。また 40MHz では、空間ノイズ及び混信が少なく、27MHz より終始安定に通信
することができた。
(3)島陰への通達
通信経路が島陰で遮られたときは、40MHz の方が早く通信不能に陥った。27MHz に
比べて電波の回折が少なく直進性の高いことが確認できた。
アンテナの指向性、空間ノイズ/混信、島陰への影響の何れの比較結果からも 40MHz が
アドホック通信システムを構築するのに適している周波数であるという結果となった。
2.2.3
実践装備上の問題点
電波はさまざまな要因によって影響を受ける。顕著だったのはアンテナの装備位置によ
って発生する指向性で(図2.2.3-1参照)、船の向きに応じて±5dB程度の変動を見せること
があったため、距離に換算すると非常に送信半径の変動幅が大きくなることに注意したい。
例えば0dB減衰の48kmに±5dBの変動が加わると、34km(48×1/√2)~68km(48×√2)と
いう距離の変動となる。40dB減衰時でも、2100m~4200mと2kmも半径が変動する。実
験に用いた漁船では短時間(数秒)での旋回が可能なため、短時間のうちにこれだけの変
動が発生していることになる。これはアドホックルーティングプロトコルにとっては隠れ
端末問題以上の問題であり、海上(無線)特有にして最大の問題と言っても過言ではない。
- 13 -
受信船舶
電界強度
-84dBm
送信船舶の
旋回により
受信圏外に
送信船舶
図2.2.3-1 船舶の向きによる指向性の例
このような指向性が出る原因としては、27MHz 帯のアンテナの形状やアンテナの装備
状況によるものと考えられる。
図 2.2.3-2(a)が実験時のアンテナの設置状況である。通常使用する無線機付属のホイッ
プアンテナは棒状の部分と導線(スカート線)から成るが、正しい装備をすると約 5m 長
となる。
指向性を低減するには図 2.2.3-2(c)のようにこの 5m のアンテナが全方位から同条件で
見えるように設置することが必要である。しかし、漁業現場での設置状況調査によると、
スカート線を折りたたんでいたり、切り取っていたり、アンテナが低かったりと、その設
置条件はさまざまであり、指向性が発生することは避けられないと考えられる。
西宮時
串本時
船後方の感度が
かなり下がった
理想?
船後方の感度が
多少下がった
指向性無し?
設置上不安定
後ろから見えにく い
後ろから
見えない
スカート線
(a)
(b)
図 2.2.3-2 実験時のホイップアンテナ装備状況
- 14 -
(c)
これ以降の海上実験に関しては、指向性の影響が出ないよう図 2.2.3-2(b)のようにアン
テナを上げて装備を行った。
2.3
プロトコル AODV を用いたアドホックネットワーク海上実証試験
2.3.1
(1)
実験の計画
概要
日程:2008 年 10 月 6 日~10 日
場所:和歌山県串本町~紀伊大島~潮岬周辺海域
目的:AODV 室内再実験の対となる海上実験データの取得
及び、海上特有の問題点の洗い出し
実験船:現地の漁船と遊漁船計 6 隻(実験中は 0 号艇~5 号艇と呼称)
(2)
設定一覧
AODV 海上実験で船内に持ち込んだ、主なアドホック端末の構成は以下の図 2.3.1-1 の
とおりである。なおその他として、以下の構成に電源周りの装備が加わる。
位置情報取得用
GPSアンテナ
FA-50(AIS)
船内LAN
受信電界強度取得用
スイッチングハブ
スペクトル
アナライザ
ホイップアンテナ
無線機
電力制御アダプタ
LANケーブル
PC(Fedora)
アドホックアダプタ
シリアルケーブル
図 2.3.1-1
ATT&分配器としてのみ利用
AODV 海上実証実験時の構成
室内再実験時からの変更点は BER 計測システムの導入と、AODV 海上実験時の位置情
報・送受信情報・経路情報を自動記録するロガーシステムの導入である。それらのシステ
ムに必要なハードとソフトの追加以外、アドホック通信に関わる諸設定(AODV やデータ
リンク層のパラメータ)に変更はない。この実験の時点から電力制御アダプタは組み込ま
れているが、電力制御アルゴリズムを組み込む前であるため、自動減衰量調整は行わない。
- 15 -
(3)
実験一覧
室内再実験の 5 種+BER 計測実験である。ただし、日程と時間が限られており、ping
の回数や、パラメータ種類に関しての削減による実験時間短縮を図っている。
・ 衝突回避実験
・ クロストラヒック実験
・ 経路選択実験
・ マルチホップ実験
・ アプリケーション実験
・ BER 計測実験(実験の詳細は付属資料4,結果については 2.2.1 及び 2.2.2 を参照)
(4)
実験方法
基本はAODV室内再実験と同じである。ただし、2端末同時にpingを行うために、時刻
同期ソフトウェアと予定時刻でpingを実行するスクリプトを準備した。経路選択実験につ
いては自動投票スクリプトを作成し、利用した。実験のパラメータ変更など作業員の連絡
には主に船に備え付けの音声無線機もしくは携帯電話を利用した。また、疎通関係性を成
立させるための位置決めツールというアプリケーションを用い、実験船の配置に役立てた。
2.3.2
実験結果と考察
2.3.2.1
衝突回避実験
(1)実験結果
図 2.3.2.1-1 のように実験船を配置することで、3 隻間全ての組で、データの送受もキャ
リアセンスも安定する状況を作り出した。この上で、1 号艇と 3 号艇から 0 号艇に向けて
同時に ping を行う形で海上での信号衝突回避実験とした。
- 16 -
0号艇・愛晃丸
北緯33度28.4805分
東経135度47.6673分
1号艇・金蔵丸
北緯33度28.5016分
東経135度47.3994分
3号艇・敏丸
北緯33度28.3897分
東経135度47.4422分
陸上拠点
(桟橋)
図 2.3.2.1-1
衝突回避実験配置(10/7 13:00 時点)
採取したデータ:CWmin=0,1,3,7,15,31,63 の 7 パターンに対する ping 各 100 回の結果
×2 隻(1 号艇・金蔵丸、3 号艇・敏丸)で、その結果と室内再実験の結果を合わせたグラ
フが図 2.3.2.1-2 のとおりである。
平均RTT[秒]
10
100%
1号艇
3号艇
室内
8
6
80%
到
60%
達
40%
率
20%
4
2
0
0
1
3
0%
7 15 31 63
CWmin
図 2.3.2.1-2
1 号艇
3 号艇
室内
0
1
3
7 15 31 63
CWmin
衝突回避実験結果
AODV 室内実験の結果は表 2.1.2-1 の FWT-CS 型の結果である。これに対し、海上での
2 端末の ping の結果をあえて平均化せずに重ねた。平均 RTT に関しては、ほぼ室内と変
わらない結果が得られたが、到達率は CWmin が小さいところでは大幅に高くなり、
CWmin が大きいところではほぼ同じ結果が得られた。
- 17 -
(2)考察
AODV 室内再実験の結果と異なる点と原因としては次のように考える。
・ CWmin が小さいところで到達率が高いこれは FWT-CS の BUSY 誤判断と考え
られる。
・ 3 号艇の CWmin=15 の到達率が悪い。これは、環境ノイズによる影響と考えら
れる。(4.3.2.1 節参照)
2.3.2.2
クロストラヒック実験
(1)実験結果
距離による疎通関係性の維持は船舶の航行速度を考慮すると、長距離間での実験は困難
であるため、紀伊大島の北にある金山(標高 116m)を利用して文字とおりの隠れ端末状
態にした。
0号艇・愛晃丸
北緯33度28.9739分
東経135度48.6155分
1号艇・金蔵丸
北緯33度28.8421分
東経135度48.8706分
4号艇・昇龍丸
北緯33度28.6764分
東経135度48.2778分
30dBまでは越えない
20dBならたまに越える
10dBなら100%越える
図 2.3.2.2-1 クロストラヒック実験配置(10/8 15:00 時点)
- 18 -
実験自体は衝突回避実験と同様の手段で 1 号艇と 4 号艇から 0 号艇に向けて ping を同
時送信した。図 2.3.2.2-2 のグラフにも室内再実験結果を合わせてプロットした。
10
100%
平均
1 号艇
4 号艇
室内
8
6
到
2
[
T
T
R
60%
達
40%
率
20%
]
0%
秒
4
0
0
1
3
7 15 31 63
CWmin
図 2.3.2.2-2
1 号艇
4 号艇
室内
80%
0
1
3
7 15 31 63
CWmin
クロストラヒック実験結果
この結果から海上実験では RTT については室内実験と同様な傾向にあるが、到達率に
ついては、CW が小さい時に高い値が出ている。
(2)考察
AODV 室内再実験の結果と異なった原因としては次のように考える。
・ 到達率については、CW が小さい時に高い値が出ている。これは、4 号艇のみ 1
号艇の信号をキャリアセンスしていたためである。
・ 1 号艇の到達率は CWmin=0 でも 40%近くに達している。これは、船舶間の距離
(1 号艇と 0 号艇間 450m、4 号艇と 0 号艇間 750m)に起因すると考えられ、よ
り強い信号として到達する 1 号艇からの ping が通ってしまう為である。
2.3.2.3
経路選択実験
(1)結果
図 2.3.2.3-1 のように 6 隻に船舶を配置し、通信を行う 0 号艇と 5 号艇の間に山を挟み
通信を遮断して実験を行った。
- 19 -
4号艇・昇龍丸
2号艇・アド丸
北緯33度29.1940分
東経135度48.5418分
北緯33度29.0778分
東経135度48.7296分
3号艇・敏丸
1号艇・金蔵丸
北緯33度29.0781分
東経135度48.5345分
北緯33度28.9636分
東経135度48.6407分
2号艇・アド丸が流れていたエリア
0号艇・愛晃丸
5号艇・渡美丸
北緯33度28.8080分
東経135度49.0039分
北緯33度28.6773分
東経135度48.2858分
図 2.3.2.3-1 経路選択実験配置(10/9 11:00 時点)
2 号艇のいかりが船体に比べ小さく、北東の風の強さと底質が砂地であることから、2
号艇は実験中にも徐々に流されていた。ただし、0 号艇や 5 号艇との疎通関係性(双方向通
信)は流されながらも維持できたため、そのまま実験を行った。その結果として図 2.3.2.3-2
CWmin
のように各船舶の経由確率はほぼ一律となり期待した結果となった。
63
10
31
8
15
6
0%
10
16
9
9
11
8
20%
10
10
14
16
40%
60%
図 2.3.2.3-2
9
80%
経路選択実験結果
- 20 -
4
100%
1号艇
2号艇
3号艇
4号艇
失敗
(2)考察
実験時間の都合上、サンプル数が室内時より少なくなるため、結果が安定していないが、
海上特有の影響は見られなかった。
2.3.2.4
マルチホップ実験
(1)結果
距離減衰によるマルチホップの疎通関係性の確立は各船舶の個体差や環境ノイズの有
無により不可能と判断し、島と半島を使って図 2.3.2.4-1 のような配置で遮蔽を実現した。
0 号艇から 5 号艇への経路を AODV によって構築させ、その経路上での ping の結果、
AODV 室内再実験と全く変わらなかった。
採取したデータ:AODV による経路構築の成否、CWmin=0,15,31 の 3 パターンに対す
る ping 各 50 回の結果となり、図 2.3.2.4-2 のようになった。この結果から、経路を担う
リンク全てが双方向リンクであれば、多数のホップでも可能であると考えられる。
4号艇・昇龍丸
北緯33度28.9812分
東経135度48.2741分
5号艇・渡美丸
北緯33度28.8909分
東経135度49.1079分
陸上拠点(桟橋)
3号艇・敏丸
北緯33度28.0299分
東経135度47.1042分
2号艇・アド丸
北緯33度26.9506分
東経135度48.2093分
0号艇・愛晃丸
北緯33度26.2729分
東経135度46.6260分
1号艇・金蔵丸
北緯33度26.1565分
東経135度47.4657分
500m
図 2.3.2.4-1 マルチホップ実験配置(10/9 17:00 時点)
- 21 -
100%
80%
60%
40%
20%
0%
到達率
RTT[秒]
30
20
10
0
CWmin 0
15
到達率
max
ave
min
31
図 2.3.2.4-2 マルチホップ実験結果
(2)考察
到達率に関しては、CWmin=31 の実験結果(到達率 96%)から 2 回の ping の往復に失
敗したことがわかる。しかし、その原因が疎通関係性の乱れによるものか、環境ノイズ発
生によるものかは定かではない。
2.3.2.5
アプリケーション実験
(1)結果
2.3.2.4 節のマルチホップ実験に引き続きアプリケーション実験として、昨年度の室内実
験と同様の UDP による IP メッセンジャーと TCP による WEB ブラウジングを試みた。
IP メッセンジャーの使用実験では、0 号艇から 5 号艇に「Hello」と言うメッセージを
送ることから始め、最終的に「今何時?」というメッセージを送り、5 号艇から 0 号艇へ
「17 時」というメッセージが返信されたことにより実験は成功した。(図 2.3.2.5-1 参照)
WEB ブラウジング実験では、1000 バイトのコンテンツを 5 号艇の WEB サーバに置き、
0 号艇の WEB クライアントでダウンロードを試みた。結果、約 7 分 20 秒で全ての表示が
完了した。
- 22 -
WEB ブラウジング
IP メッセンジャー
図 2.3.2.5-1 UDP による IP メッセンジャー/TCP による WEB ブラウジング通信実験
(2)考察
WEB ブラウジング時の動作を解析すると下記のようなことがわかった。
・ TCP の再送メッセージの伝搬や、コネクション終了関係の制御メッセージの伝搬
はダウンロード終了時には終わっていなかった。
・ ダウンロード初期では HTTP リクエストがかなりの勢いで送出され、連送による
衝突や返信との衝突が発生していたが、TCP のフロー制御により落ち着いていく
様子が見られた。
2.3.3
AODV 海上実験の結果のまとめ
以上のような AODV 海上実験の結果から、概ね昨年度の AODV 室内実験と AODV 室内
再実験と同等の結果を得られ、AODV によるアドホックネットワークの有効性が示された
と考えられる。その過程で、管理された室内と違って問題点も出てきた。
1)陸上の比較的周波数の高い無線システムとは違い、直進性の低い 27MHz 帯を使用
するため、アンテナならびにその装備環境の相互作用が除去出来ず、指向性がどう
してもつきまとう。
2)一般に自由空間伝搬の場合、距離が倍になると損失が 6dB 増加することになってい
るが、今回計測した 27MHz 帯では 10dB 損失が増加する結果となった。その結果
を送信電力制御に反映させる必要がある。
3)今回アプリケーション実験では低速度の回線であるため、パケット数を減らす目的
- 23 -
でエンド・ツー・エンドのエラー制御としたが、ホップに時間が掛かるため、結果
として通信が終了するまで必要とするまで時間が掛かってしまった。リンク・バ
イ・リンクのエラー制御に切り替えるべきではないかと考えられる。
4)FWT-CS は感度が良すぎてノイズレベルからでも信号成分を拾い出してしまうため、
キャリア有りの誤検出が多く、この先の使用を検討する必要がある。
5)船内環境も含め外来ノイズの影響がある。
これらの問題について、技術的に無線システムとして解決しないとならないものもある
が、装備する環境も含めて解決を計らないとならないものもあると考えられる。
- 24 -
第3章 送信電力制御のための技術の検討
現在、漁船などの小型船舶でよく利用されている 27MHz/40MHz 海上無線は、半径 40
~50km と広範囲の船舶と通信することができる。一方、同一無線チャネルでの同時通信
は混信を招くため、1 隻の送信により、他の通話は制限されることになる。しかし、漁船
はグループを作り、グループ内の僚船との通信を行うことが多く、必ずしも最大送信電力
で通信する必要はない。送信電力を絞り通信半径を小さくすれば、遠方の船舶に電波干渉
が及ばず(すなわち空間再利用され)、遠方の船舶間が互いに同時通信を実現することが期
待できる。本技術試験においては、この空間再利用性を狙い、送信電力制御を施すことに
より海上アドホック通信のスループット特性を改善することを目指している。
以下、アドホックネットワークにおける送信電力制御の概要、本技術試験の対象とした
送信電力制御付 AODV(Ad hoc On - Demand Distance Vector)の概要、ならびにシミュ
レーション実験による評価について述べる。なお本技術試験では、海上アドホックネット
ワークを対象としており、通信ノードは主に船舶であるが、以後、単にノードと呼ぶこと
にする。
3.1
アドホックネットワークにおける送信電力制御の概要
モバイルアドホックネットワーク(MANET: Mobile Ad Hoc Network)における送信電
力制御については多くの研究があり、それらは主に消費電力削減とスループット改善を狙
っている。本検討課題では、船舶には発電機等により十分な電力源があるものとして消費
電力削減については考慮せず、スループット改善のみを目的とする。
送信電力制御によってなぜスループット改善が期待できるのかを図 3.1-1 を使って説明
する。ノード A と C を中心とする外円内は最大電力で通信したときの受信可能範囲を表し
ている。ノード A と C がそれぞれ最大電力で通信を行うと、それぞれの通信が衝突するの
で、同時に送信できるのは A または C のどちらかとなる。このときノード A と C の双方
が、パケット送信が成功する範囲で可能な限り送信電力を下げると、ノード A と B、ノー
ド C と D はそれぞれ同時に通信を行うことができるようになる(灰色の円内は電力を下げ
て通信したときの受信可能範囲)。このように、送信電力を適切に制御して必要以上に電波
が伝播しないように通信を行うことで、空間の再利用性を上げ、スループットを向上させ
ることが期待できる[Muqattash04]。
- 25 -
アドホックネットワークにおける送信電力制御は、例えば、文献[Narayanswamy02]、
[Kawadia03]、[Bergamo04]など多くの提案がある。[Narayanswamy02]では、複数の送
信電力レベルでトポロジー情報を相互に交換し、複数の経路表を作成し、その中で接続度
が保たれる最小の送信電力を選択する ComPow 方式が提案されている。文献[Kawadia03]
では ComPow 方式を階層的に利用する ClusterPow 方式が提案されている。これらの方式
は、送信電力を決定するためにノード間で多くのトポロジー情報を交換する必要があり、
また経路情報を定期的に交換しつつ送信電力を決定するという方針からリアクティブ型よ
りもプロアクティブ型経路制御方式との親和性が高い。文献[Bergamo04]では、本技術試
験で候補とする経路制御方式である AODV に送信電力制御を付与した方式が提案されて
おり、定期的に経路情報を交換する必要はなく、制御オーバヘッドは小さいと考えられる。
B
A
C
D
図 3.1-1 送信電力制御による空間の有効利用
3.2
送信電力制御付 AODV 方式
本技術試験においては、経路制御プロトコルに AODV を選定している。この AODV は
リアクティブ型であり、ノードの移動が送信可能距離に対して相対的にノード移動が遅い
場合、すなわち網トポロジーの変化が遅い場合に適している。ただしリアクティブ型は通
信開始前に経路を発見する経路探索フェーズが必要なためにデータ通信を即時開始できな
い。
この AODV に送信電力制御を付加するにあたり、以下の点を考慮する必要がある。
1.
スループット特性を改善したい。
・ 送信電力を絞ることでできる限り空間再利用したい。
・ 制御オーバヘッドの増加は抑えたい。
2.
通信開始遅延は抑制したい。
- 26 -
・ AODV は通信開始遅延が大きく、これがさらに大きくなることは避けたい。
3.
ネットワーク接続性は確保したい。
・ 送信電力制御の付与により通信不可となるノードが発生することを避けたい。
・ 送信電力を絞ることでリンク切断が多発することは避けたい。
4.
AODV プロトコルの改修は最小限にとどめたい。
・ AODV が改良されても送信電力制御機能を容易に追加できるようにしたい。
本技術試験で検討している海上アドホックネットワークにおいて使用する無線機の送
信速度は低速(本年度は 1200bps を想定)であることから、特に制御オーバヘッドの増加
を抑える必要がある。文献[Bergamo04]では、消費電力の削減を意図した AODV を対象と
した送信電力制御方式が提案されている。この方式では、始点ノードと終点ノード間の経
路上で推定される送信電力和ができる限り小さい経路を選択する。この論文において経路
探索フェーズにおける送信電力に関する明確な記述はないが、パスロス推定によって見積
もられる送信電力和の小さい経路が後に発見された場合は再フラッディングするという動
作から、最大電力で経路探索する方式と考えられる。しかしながら、経路探索のパケット
が広範囲にフラッディングされることは好ましくない。本技術試験では、経路探索フェー
ズにおける送信電力を積極的に制御する方式を検討する。
以後、3.2.1 節において経路探索フェーズにおける送信電力制御を、3.2.2 節においてデ
ータ転送フェーズにおける送信電力制御について説明する。
3.2.1
経路探索フェーズにおける送信電力制御
まず AODV における通常の経路探索手順について説明する。
AODV では、終点ノードへの経路を持っていない始点ノードは、経路探索を行うにあた
り、RREQ(Route Request)パケットをフラッディングする。このフラッディングによ
る経路探索は、経路が発見されるまで予め決められた回数だけ実行される。フラッディン
グの手順は以下のようになっている。まず始点ノードは、RREQ を(データリンク層にお
いて)ブロードキャストする。終点ノードでない、もしくは終点ノードへの経路を持たな
いノードは、受信した RREQ が以前に受信したものでなければ、この受信したこの RREQ
パケットを(同じくデータリンク層において)ブロードキャストし、そうではなく重複受
信した場合は受信 RREQ パケットを廃棄する(すなわち最初に受信した RREQ のみが有
- 27 -
効)。このように RREQ パケットを順次ブロードキャストされ、網内に拡散する。
終点ノードもしくは終点ノードへの経路を持つノードは、RREQ が送信されてきたノー
ドに向けて RREP(Route Reply)パケットを返信する。この RREP パケットは RREQ が
転送されてきた経路と逆方向に、始点ノードに向かって順次転送される。この RREP の転
送によって始点ノードから終点ノードまでの経路が確定される。
あるフラッディングにより RREQ が転送される範囲は、RREQ を運ぶ IP フレームのヘ
ッダー内の TTL(Time To Live)によって制限される。この RREQ が転送されるたびに
IP データグラムヘッダ内の TTL は 1 だけ減じられる。あるノードが RREQ を受信した場
合、これを運ぶ IP データグラムヘッダの TTL が 0 であれば再ブロードキャストはおこな
われない。すなわち、始点ノードが設定する TTL の初期値に応じて RREQ が転送される
ホップ数が制限される。AODV では、始点ノードが TTL の初期値を変更しながら複数回
実行するリングサーチという方式がとられている。リングサーチでは、始点ノードは、
RREP を受信するまで RREQ の TTL を TTL_START から TTL_THRESHOLD まで増や
しながら繰り返しフラッディングし、その後 TTL を NET_DIAMETER(ネットワークで
考えられる最大のホップ数)に設定し、RREQ_RETRIES 回だけ RREQ パケットをフラ
ッディングする。
上記のフラッディング手順をそのまま海上アドホックネットワークに適用すると、次の
ような不具合があると考えられる。
まず、経路探索フェーズにおいて最大送信電力で送信すると、一回の RREQ のブロード
キャストが 40km~50km の範囲に到達する。このため、たとえノードが高い密度で配置
されていても、RREQ パケットはいくつかのノードをまたいで送信先ノードに伝わり、ホ
ップあたりの距離が長い(長ホップ)経路ができることになる。たとえば、図 3.2.1-1 に
示したようにノードが配置されており、始点ノード S が終点ノード D への経路を探索して
いるとする。始点ノード S が最大送信電力で RREQ パケットをブロードキャストすると、
破線の矢印のような経路ができる。この経路では大きい送信電力が使われるので、ノード
S の通信範囲(S を中心とする外円)がノード B を含み、ノード S から D への通信とノー
ド A から B への通信は相互に干渉する。RREQ パケットを小電力で送信すれば、1 ホップ
あたりの距離が短い(短ホップ)経路を作ることができる。すると、経路全体での通信が
干渉する面積が減少し、ネットワーク全体のスループットを増加できる可能性がある。た
とえば、図 3.2.1-1 のノード配置では、ノード S と D を結ぶ実線の矢印のような経路がで
- 28 -
き、灰色の円で示されるような小さい範囲での通信が可能となる。その結果、ノード A、
B 間とノード S、D 間の同時通信が可能となるので、スループットの改善が期待できる。
文献[Bergamo04]の方式では、あるノードは、最初に受信した RREQ 以外をすぐに廃棄
するのではなく、一定時間 BROADCAST_RECORD_TIME 内に受信した RREQ の中で、
始点ノードからそのノードまでの経路上で推定される総送信電力和が最小となる経路を経
た RREQ を転送する。そこで、多段短ホップからなる経路が選ばれるようにするためには、
BROADCAST_RECORD_TIME を大きく設定すればよいように考えられるが、このアプ
ローチでは必ずしも意図した結果とならない。BROADCAST_RECORD_TIME を大きく
設定すれば、それだけ多段短ホップを経た経路を通る RREQ が到着する時間が長くなるた
め、結局、多段短ホップを経た RREQ が BROADCAST_RECORD_TIME 内に到着する
ことが発生することは期待できない。すなわち、空間再利用性の高い多段短ホップによる
経路が形成されることは期待できない。なお文献[Bergamo04]の方式は、消費電力的に少
しでも有利な経路が発見されることを試みた方式であり、空間再利用性を第一に狙ったも
のではない。
B
A
S
D
図 3.2.1-1 長ホップの経路と短ホップの経路
上記を踏まえて、本技術試験では RREQ パケットがフラッディングされるときに使われ
る送信電力 PRREQ を図 3.2.1-2 に示すように変更しながらリングサーチを行う方式を検討
する。ここで、黒点にラベル付けされた数字が何回目のフラッディング試行かを表してお
り、フラッディング試行回数ごとに TTL 値 TTL と送信電力 PRREQ がどのように変更される
の か を 表 し て い る 。 す な わ ち 、 TTL 値 TTL が AODV で 定 義 さ れ て い る 定 数
TTL_THRESHOLD に 達 す る ま で は RREQ パ ケ ッ ト を あ る 小 さ い 初 期 値 送 信 電 力
PRREQ_INIT でフラッディングすることで、構築される経路での通信干渉面積を少なくするこ
- 29 -
とを狙う。RREQ パケットのフラッディングが繰り返され、TTL が NET_DIAMETER(最
大値)に達したときは、RREQ パケットを最大電力 Pmax でフラッディングし、終点ノード
を広範囲に渡って探索するものとし、これによりネットワーク接続性を確保する。
P
5
RREQ
P
max
PRREQ_INIT
1
2
3
4
Pmin
TTL_START
TTL_THRESHOLD
NET_DIAMETER
TTL
図 3.2.1-2 TTL に対する PRREQ
3.2.2
データ転送フェーズにおける送信電力制御
あるノード B は、あるノード A から(データフレーム/ACK フレームにかかわらず)
MAC フレーム(以後、フレーム)を受信するたびに、チャネル対称性の仮定のもとにパ
スロスを推定し、ノード A への送信電力を決定し、その値を送信電力テーブルに保持する。
この推定を可能にするために、MAC フレームに送信出力フィールドを設けるとともに、
ノードは受信出力を測定できるものとする。なお、最低受信可能電力 Pthreshold (dBm)は
各ノードで同一かつ既知とする1。
ノード A が送信し、ノード B が受信するものとする。ノード B によって受信されたフ
レームの送信電力フィールドの値を PTX (dBm)とし、そのフレームのノード B における
'
受信電力が PRX(dBm)であらわされるとき、ノード B は次式でもってパスロス推定値 Ploss
(dBm)を算出する。
'
Ploss = PTX
− PRX
(3.2.1)
ノード B は、ノード A にフレームを送信する際の送信電力 PTX (dBm)を、このパスロ
ス推定値 Ploss と受信ノードの最小受信可能電力 Pthreshold 、ノード移動や他送信からの干渉に
備えた送信電力マージン Pmargin (dBm)を用いて、次のように決定する。
PTX = Pthreshold + Ploss + Pmargin
(3.2.2)
このようにして決定されたノード A におけるノード B への送信電力値は、ノード A の
1
最低受信可能電力の値がノードごとに大きくばらつく場合は,MAC フレームにこの値を通知
するためのフィールドを設ける必要がある。
- 30 -
AODV が参照する送信電力テーブルに保持される。
上記の方法により、ある始点ノードから終点ノードへのデータ転送フェーズにおいて、
その経路上のリンク端ノード A、B において送信電力が決定される流れを説明する。ノー
ド A からノード B にユニキャストデータフレームが送信され、ノード B からノード A に
ACK フレームが返信されるものとする。この場合、ノード A からノード B へのユニキャ
ストデータフレーム送信によって、まずノード B からノード A への送信電力が決定され、
次にノード B からノード A への ACK フレーム送信によってノード A からノード B への
送信電力が決定される。このようにデータ転送フェーズでは、始点ノード・終点ノード間
でデータ転送が行われるたびに経路上のリンクにより送信電力が調整される。ただし、長
期間データ転送が行われないと、ノードの移動により推定した送信電力ではフレームが届
かず、パケット送信に失敗する可能性がある。
RREQ がフラッディングされる場合にも行われる。すなわち、RREQ を受信したノード
は、RREQ を運ぶフレームからその RREQ を送信した隣接ノードへの送信電力を決定す
ることができる。後に RREP が返信される場合は、こうして決定された送信電力が用いら
れることになる。
3.3
送信電力制御のシミュレーション
海上無線システムの仕様に合わせたシミュレーションを行い、固定電力を用いて通信す
る場合と、送信電力制御を用いて通信した場合を比較した。シミュレーションの条件を表
3.3-1 に示す。シミュレーションのシナリオとしては、ノードがランダムに配置されたラ
ンダム配置シナリオと、各ノードがグループを作った場合を想定した配置のグループ配置
シナリオを考える。ランダム配置シナリオは、100km×100km の範囲にランダムに 100
個ノードを配置し、ランダムに始点ノードと終点ノードを選んで 10 本の同レートの VBR
セッションをシミュレーション開始から終了まで張り続けるシナリオである。グループ配
置シナリオは、船舶が漁のために船団を作ったときの使用状況を想定したシナリオで、半
径 2.5km の円の中に 10 個のノードを配置した 10 個のグループを 100km×100km の範囲
にランダムに配置し、グループ内で 7 本、グループ外で 3 本の計 10 本の同レートの VBR
セッションをシミュレーション開始から終了まで張り続けるシナリオである。
- 31 -
表 3.3-1 シミュレーション条件
項
3.3.1
目
条
件
シミュレータ
QualNet4.5
ノード数
100
エリアサイズ
100km×100km
メディアアクセス制御
CSMA+ACK
最低受信可能電力
-84dBm
キャリアセンシング感度
-94dBm
送信電力範囲
-10~30dBm
TTL_START
1
TTL_INCREMENT
2
TTL_THRESHOLD
3
NET_DIAMETER
7
RREQ_RETRIES
1
トラヒックモデル
VBR(ポアソン生起)
パケット長
128Byte(固定)
シミュレーション時間
8,827 sec
試行回数
200
送信出力マージンの決定
VBR セッションのセッションあたりの負荷を 60bps/session に固定し、送信電力制御を
行う際に用いる式 3.2.2 における Pmargin を変化させ、パケットの到着率を調べた。ランダ
ム配置シナリオとグループ配置シナリオにおいて図 3.3.1-1 のような結果が得られた。グ
ループ配置シナリオの到着率はランダム配置シナリオに比較して高いが、これはグループ
配置シナリオにおいて張られている 10 本のセッションのうち 7 本がグループ内の近距離
の通信であるため、パケットが正しく受信される可能性が高くなるためと考えられる。
グループ配置シナリオでは、Pmargin が 20dB になるまで Pmargin とともに到着率は上昇し、
Pmargin が 25dB 以上の区間では到着率は減少する。ランダム配置シナリオでは、 Pmargin が
10dB になるまで Pmargin とともに到着率は上昇し、Pmargin が 10dB 以上の区間では到着率は
ほとんど変化しない。 Pmargin を変えた時の到着率の最大値は、 Pmargin が 0dB のときの到着
- 32 -
率に比べて、グループ配置シナリオでは約 1.6 倍、ランダム配置シナリオでは約 3 倍とな
る。このように Pmargin は重要なパラメータであり、慎重に選択する必要があることがわか
る。以下、3.3.2 節と 3.3.3 節のシミュレーションでは、両方の配置において到着率が最大
になる 20dB を Pmargin として使用する。
1
Random
Group
Received Ratio
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
P margin [dB]
図 3.3.1-1 Pmargin に対するパケットの到着率
3.3.2
ランダム配置シナリオでの性能
ランダム配置シナリオでは、与える負荷に対するスループットは図 3.3.2-1 に示すよう
になった。横軸は各セッションに与えた負荷の合計で、縦軸は各セッションから得られた
スループットの合計である。凡例の Fixed となっているものが従来の固定の送信電力
(30dBm)のみを用いて通信した場合の結果である。PC_30 は、初期探索電力 PRREQ_INIT を
最大送信電力 30dBm に設定して経路探索を行った場合、PC_0 は PRREQ_INIT を 0dBm(半
径およそ 9km でデータ受信可能)に設定して経路探索を行った場合の送信電力制御の結
果である。図 3.3.2-1 を見ると、Fixed と PC_30 はほとんど同じスループットを示してい
ることが分かる。これは PRREQ_INIT が 30dBm と大きいため、ノードがランダムに散らばっ
ている場合は、データ通信時はほぼ送信電力 30dBm を使って通信しているからだと考え
られる。PC_0 は Fixed と PC_30 より約 5.6%高いスループットを得ている。これは、探
索時の電力を 0dBm に抑えたために (1) RREQ のフラッディングの及ぶ範囲が小さくな
- 33 -
った、(2) 大きい送信電力を必要としない短ホップの経路が構築された、などの理由が考
えられる。
200
Fixed
PC_30
PC_0
Throughput [bps]
150
100
50
0
0
200
400
600
800
1000
1200
Load [bps]
図 3.3.2-2 ランダム配置シナリオにおける負荷に対するスループット
3.3.3
グループ配置シナリオでの性能
グループ配置シナリオでは、図 3.3.3-1 のようなスループットが得られた。負荷が小さ
いとき、PC_0 と PC_0 は Fixed とほぼ同じくらいのスループットだが、負荷が増加する
と Fixed を上回り、ネットワークにかけた負荷が 1200bps のときは Fixed に比べ約 29%
高いスループットが得られた。PC_30 と PC_0 はほとんど同じスループットを示している
が、これはグループ配置シナリオでは、(1) グループ内通信なら 1 ホップの経路ができる、
(2) グループ外通信なら隣のグループまで離れていて大きな探索電力が必要になる可能性
が高い、という理由から PRREQ_INIT が 30dBm と 0dBm のいずれであっても、よく似た経路
ができているからだと考えられる。
- 34 -
900
Fixed
PC_30
PC_0
Throughput [bps]
800
700
600
500
400
300
200
100
0
0
200
400
600
800
1000
1200
Load [bps]
図 3.3.3-1 グループ配置シナリオにおける負荷に対するスループット
3.3.4
シミュレーション結果のまとめ
3.3 節では、本技術試験で検討する送信電力制御付 AODV の概要を述べ、シミュレーシ
ョン実験により評価した。その結果、ランダム配置シナリオでは約 5.6%、小型船舶の航行
においてより一般的なグループ配置シナリオでは約 29%のスループットの向上が見られ
た。
- 35 -
参考文献
[ARIB08] 社団法人電波産業会,
“周波数有効利用のための海上無線アドホックネットワー
ク技術の調査検討報告書,”2008.
[Bergamo04] P. Bergamo, A. Giovanardi, A. Travasoni, D. Maniezzo, G. Mazzini, and M.
Zorzi, “Distributed Power Control for Energy Efficient Routing in Ad Hoc Networking
Protocol,” Wireless Networks, vol.10, no.1, pp.29-42, Jan. 2004.
[Jung02] E.-S. Jung and N. H. Vaidya, “A Power Control MAC Protocol for Ad-hoc
Networks,” Wireless Networks, vol.11, no.1-2, pp.55-66, Jan. 2002.
[Muqattash04] A. Muqattash and M. Krunz, “A Single - channel Solution for
Transmission Power Control in Wireless Ad Hoc Networks,” MobiHoc’ 04, pp.210-221,
May 2004.
[Kawadia03] V. Kawadia and P. R. Kumar, “Power Control and Clustering in Ad hoc
Networks,” Proc. IEEE INFOCOM 2003, March 2003.
[Narayanswamy02] S. Narayanswamy, V. Kawadia, R. S. Sreenivas and P. R. Kumar,
“Power Control in Ad Hoc Networks: Theory, Architecture, Algorithm and
Implementation of the COMPOW protocol,” Proc. European Wireless 2002, Feb. 2002.
- 36 -
3.4
データリンク層のシミュレーション
海上無線アドホックネットワークを効率よく動作させ、良好な伝送特性を確保すること
は重要な視点である。アドホック制御は通信環境の状況に対して最適な通信経路を設定す
る役割を担い、レイヤ 2 の制御は設定された経路上で効率的な伝送を実現する役割を担う。
従って、AODV 方式によるアドホック経路制御によって転送経路が設定された後、この経
路上で効率よくデータ伝送が行えるよう LLC 層、MAC 層の通信制御を最適化することが
問題となる。
本節では、送信電力制御室内実験ならびに送信電力制御海上実験を想定し、CSMA/CA
を模擬するデータリンク層のシミュレーション・プログラムを利用してレイヤ 2 の各種パ
ラメータの設定値を選定することを目的とする。また、選定された設定値の下で、本ネッ
トワークの伝送性能に関する幾つかの検討を行う。
昨年度の AODV 室内実験において、伝送中に衝突等で損失したパケットをエンド・ツ
ー・エンドで再送させたため、かなりの伝送遅延が発生したことが分かっている。本方式
を実装する際、この伝送遅延の増大は通信アプリケーションにおいて障害になる懸念があ
る。そこで、本シミュレーションにおいては、隣接ノード間の伝送においてリンク・バイ・
リンクの受信確認(ACK)を導入することを含めて検討する。
- 37 -
3.4.1
シミュレーション条件
今回のシミュレーションでは、データリンクならびに CSMA/CA 制御に次の表 3.4.1-
1 条件を設定する。
表 3.4.1-1 CSMA/CA 制御の設定条件
No.
1
2
3
4
5
6
7
項
目
経路
12
レイヤ2プロトコル
再送制御方式
データ長
ヘッダー
回線速度
DIFS
(Distributed coordination
function InterFrame Space)
SIFS
(Short InterFrame Space)
再送タイマ
(ACK タイマ)長
バックオフのスロット時間
各ノードの転送フレーム
バッファ量
シミレーションする経路数
13
トラヒック条件
14
フレーム平均発生間隔a
8
9
10
11
設 定 内 容
アドホック制御によって経路が定まった後の固定的
経路を対象とする。
CSMA/CA に準拠した制御を想定する。
ストップ・アンド・ウェイト ARQ 方式とする。
128 オクテット(一定長)
AX.25 ヘッダー
1200bps
300msec:実験に用いる通信機器のデータ伝送特性
に基づく値である。
200msec:実験に用いる通信機器のデータ伝送特性
に基づく値である。
0.6sec とする。
50msec
100 フレーム分
1 または 2(2 経路の場合、トラヒック密度は均等と
する)
フレーム発生間隔は指数分布に従うランダム発生と
する。
各経路の発信地においてフレームの伝送要求が発生
する平均間隔(単位秒)
最適化の検討対象として比較した諸条件は表 3.4.1-2 のとおりである。
- 38 -
表 3.4.1-2 最適化の検討対象として比較した諸条件
検討対象
信号衝突レンジ
キャリアセンスレンジ
送信回数(初回を含む)の上
限設定値 K
コンテンション・ウィンド
ウ・パターン W
諸条件
2方面から同時に受信した信号が互いに衝突によって受信
不能になる信号強度を保持する最大距離であり、距離の単
位を定めず1とする。
信号検知の限界距離であり、次の係数Rで与える。
センサーレンジ係数R:
キャリアセンスレンジと信号衝突レンジの比。本シミュレ
ーションでは R=1, 1.5, 2.0 の場合を調べた。
K=1, 2, 3, 4 の場合を調べた。
K=1 の場合は受信確認(ACK)無しを意味する。この
場合、フレーム送信終了後に ACK を受信するための待機は
行わず、直ちに次のフレームの送信を開始する。
K=2, 3, 4 はそれぞれ最大再送回数 1, 2, 3 の場合を指す。
この場合、フレーム送信終了時に再送タイマを起動し、ACK
を受信した場合は再送タイマを止めて次のフレームの送信
を開始し、再送タイマが終了したときはフレームの再送動
作に入る。送信回数が最大値に達すると ACK 無しと同じ動
作を行う。
以下の表の 27 とおりとする。これらの値はフレームの送
信を始める前のバックオフ時間を決めるもので、ウィンド
ウ数をnとするとき、乱数によって 0 から n までの整数か
ら 1 つの値mを選択し、スロット時間にmを掛けた時間だ
けバックオフを行う。
実際には、DIFS または SIFS の遅延、バックオフ、送信
信号安定化のための信号送信時間、プリアンブル送信時間
等の時間が経過した後、ヘッダーを含むフレームの送信が
行われる。
コンテンション・ウィンドウ・パターン
No.
No.
1 全て 11
15 11,22,44,90
2 全て 15
16 15,31,63,127
3 全て 33
17 22,44,90,180
4 全て 31
18 31,63,127,255
5 全て 47
19 44,90,180,361
6 全て 63
20 63,127,255,511
7 7,11,15,22
21 7,11,22,44
8 11,15,22,31
22 11,15,31,63
9 15,22,31,44
23 15,22,44,90
10 22,31,44,63
24 22,31,63,127
11 31,44,63,90
25 31,44,90,180
12 44,63,90,127
26 44,63,127,255
13 63,90,127,180
27 63,90,180,361
14 7,15,31,63
- 39 -
シミュレーション実施において、次の条件に従って統計量を採取した。
・ 目的地に総計 1000 個のフレームが到達するまで統計データを採取せずに時刻を進め
る。総計 1000 個のフレームを受信した時点で統計的な定常状態に達したものと見なす。
・ 以後、統計データの蓄積を開始し、目的地に到達したフレーム数が 10,000 個になる毎
に、蓄積したデータからロス率、伝送遅延等を求める中間統計処理を行う。これを 20
回繰り返す。
・ 伝送遅延とは、フレームが発信ノードの送信装置に入った時点から着信ノードで受信
される時点までの経過時間を言う。また、ロスとは、各ノードで送信中に最大伝送回
数の送信を終えても正しい受信が行われず、送信側でフレームが廃棄されることを言
う。この場合、ロスしたフレームは着信ノードに到着しない。
・ 20 回分の中間統計データから信頼区間を算出する。本シミュレーションでは全ての結
果について信頼区間を求めているが、95%の信頼区間で±3%以内に収まっているため、
表示の際に信頼区間は示していない。
この統計処理に算入する受信フレームの総計は 20 万個になる。但し実際には、伝送途
中でロスが発生するので、発信地で送信されたフレーム数はこれより多い。
3.4.2
ネットワーク・モデル
パラメータの選定には、図 3.4.2-1 に示す 9 ノード卍型モデルを用いる。このモデルで
は、経路1と経路2が設定されている。図中の実線は、結ばれたノード同士が信号衝突レ
ンジ内にあることを示している。例えば、ノード 8(N8)を受信ノードとするとき、N5
図 3.4.2-1
卍型ネットワーク・モデル
- 40 -
とN9が送信する信号はN8で衝突を起こすが、N6が送信する信号はN9からN8への送
信の妨げにはならない。
センサーレンジ係数R=2のとき、N8はN9,N5,N7,N6,N2,N4からの信号を検知
することができる。R=1.5 のときはN9,N5,N7,N6,N4からの信号を検知することがで
きる。また、R=1のときはN9,N5,N7からの信号だけを検知することができる。
R の値が2未満のとき、隠れ端末問題によるフレームの衝突が発生する。一例として、
R=1 の場合の信号衝突の例を述べる。経路2でN9がN8に向けて送信中の信号をN3は
検知できないため、N6において隠れ端末関係が発生する。N3がN6へ向けて送信を開始
すると、N6はN9からの信号とN3からの信号を同時に受信することになり、信号衝突に
よってN3からの送信は失敗する。これに対して、N9からN8への送信は成功する。
キャリアセンス係数が 2 以上になると、隠れ端末関係にあるノードが送信している信号
を検知できるため、受信値において隠れ端末問題による信号衝突は発生しない。しかし、
複数のノードが同時にバックオフを始めたとき、同じスロット数のバックオフが使われる
と、同じ時刻に送信が開始されるため、受信ノードにおいて信号衝突が発生する。
3.4.3
再送回数、CW パターンの選定
隠れ端末問題が存在すると伝送特性は著しく劣化する。今回使用する通信アダプタは、
キャリアセンス可能な信号レベルは信号衝突のレベルより約 10dB 以上高いので、送受信
距離に比べて約2倍の範囲のキャリアセンスができる。そこで R=2 に設定した。
図 3.4.3-1 に、K、W を変化させた全ての組合せについてのシミュレーション結果をプ
ロットした。パラメータはフレーム平均発生間隔a、横軸は平均ロス率(以下、ロス率)、
縦軸は平均伝送遅延時間(以下、伝送遅延)にとっている。
この図には伝送遅延、ロス率の値が著しく大きなデータが含まれている。これらのデー
タの多くは、トラヒックが高負荷であるために網内輻輳が生じている場合である。本シミ
ュレーションでは、各ノードにフレーム・バッファの上限値(100)を設定しており、ノード
内のフレーム数がバッファの上限に達した場合、次に受信したフレームは廃棄される。こ
のような状況は、伝送遅延の増加が著しく実用的な利状況とは言えない。
輻輳の発生しているデータを除くため、やや伝送遅延が増加し始めた状態の適度な負荷
の条件(a=20)を設定し、伝送遅延とロス率の関係を図 3.4.3-2 にした。
図 3.4.3-2 で見られるロスは、再送を含めた全ての送信でバックオフ時間が一致したた
- 41 -
めに最終的にロスが発生したケースである。
図 3.4.3-2 から、有力な
9ノード卍2経路モデル(2倍)
設定値の候補として、K=2
5000
4500
で(7-15)と(15-31)、K=3
-63)、K=4 で(7-11-22
- 44) , (7 - 15 - 31 - 63) ,
(15-31-63-127)の7と
伝送遅延時間(秒)
4000
で(7-15-31)と(15-31
a=12
a=14
a=16
a=18
a=20
a=22
a=24
a=26
3500
3000
2500
2000
1500
1000
おりの組合せを得た。その
500
0
中でトレードオフに関して
0
0.02
0.04
0.06
最も有力なのは K=3、W
=(7-15-31)の組合せで
0.08
0.1
0.12
フレームロス率
0.14
0.16
0.18
0.2
図 3.4.3-1 伝送遅延-ロス率特性
ある。これらの7とおりの
特性を更に詳しく比較するため、負荷に対するロス率特性と伝送遅延特性を調べた。その
結果を次頁の図 3.4.3-3 及び図 3.4.3-4 に示す。
9node卍2経路 ロス率-遅延特性
30
29
28
平均遅延時間(秒)
27
26
K=2 7-15
K=2 15-31
K=3 7-15-31
K=3 15-31-63
K=4 7-11-22-44
K=4 7-15-31-63
K=4 15-31-63-127
25
24
23
22
21
20
19
18
17
16
0
0.002
0.004
0.006
0.008
0.01
ロス率
図 3.4.3-2 実用的な負荷の下での伝送遅延とロス率の関係(a=20 の場合)
- 42 -
図 3.4.3-3 から、K=1, 2 のとき、ロス率は負荷の増大に伴って増加することが分かる。
これに対して K=3, 4 では目立ったロス率の増加は見られない。
9node卍2経路2倍モデル
伝送遅延時間-ロス率
50
平均伝送遅延時間(秒)
40
K=1
K=1
K=1
K=2
K=2
K=3
K=3
K=4
K=4
K=4
30
20
7
15
31
7-15
15-31
7-15-31
15-31-63
7-11-22-44
7-15-31-63
15-31-63-127
10
0
0
0.05
0.1
0.15
0.2
0.25
ロス率
図 3.4.3-3 負荷を変えてパラメータとした伝送遅延―ロス率特性
9node卍2経路2倍モデル
伝送遅延時間-負荷量
60
平均伝送遅延時間(秒)
50
K=1
K=1
K=1
K=2
K=2
K=3
K=3
K=4
K=4
K=4
40
30
20
10
0
0
20
40
60
80
100
1経路あたりの負荷量(bps)
図 3.4.3-4 負荷に対する伝送遅延特性
- 43 -
7
15
31
7-15
15-31
7-15-31
15-31-63
7-11-22-44
7-15-31-63
15-31-63-127
図 3.4.3-4 の伝送遅延特性を見ると、K=4 のときは K=3 のときに比較して伝送遅延の増
加が速いことが分かる。各特性を比較した結果から、K=3, W=(7-15-31)が伝送遅延、
ロス率の両面で優れているものと判断することができる。
以上の検討から、K=3, W=(7-15-31)を設定値として選定する。
3.4.4
選定した条件下での伝送特性の評価
選定した条件の下で複数のネットワーク・トポロジを対象にして伝送遅延特性を調べた。
9 ノード卍型モデルに加えて、新たに導入したネットワーク・トポロジを以下に示す。
図 3.4.4-1 (a) 9 ノード十字型モデル
図 3.4.4-1(b) 6 ノード直線対面モデル
図 3.4.4-1 (c) 6 ノード直線1方向モデル
図 3.4.4-1 (d) 12 ノード並行同方向モデル
図 3.4.4-1 (e) 12 ノード並行逆方向モデル
これらについてシミュレーションを行い、伝送遅延特性を求めた結果を図 3.4.4-2 に示
す。6 ノード直線1方向モデルの場合のスループットは約 140bps である。その他の 5 モ
- 44 -
デルは経路同士が干渉し合うモデルであり、1 経路あたりのスループットは 60bps から
80bps の間、2 経路の総合スループットは 120bps から 160bps の間であることが分かる。
K=3(7-15-31) 2倍モデル
伝送遅延時間-負荷特性
100
平均伝送遅延時間(秒)
90
80
9node卍字
9node十字
直線対面
並行同方向
並行逆方向
直線1方向
70
60
50
40
30
20
10
0
0
20
40
60
80
100
1経路あたりの負荷量(bps)
120
図 3.4.4-2 各ネットワークの平均伝送遅延時間特性
9 ノード卍字モデルと 9 ノード十字モデルは、 2 経路のトラヒックがN 5 を通るため、
N5がボトルネックになる。直線対面モデル、並行逆方向モデルは 2 経路が行き逢う関係
にあり、全てのノードで干渉し合う。また、並行同方向モデルは全てのノードで牽制し合
う関係にある。
そこで、2 つの経路上のフレーム伝送がどのように互いの伝送に影響を及ぼすかを調べ、
網内輻輳の発生原因を探るために次のようなシミュレーションを行った。それぞれの経路
上に 100 個のフレームを一度に伝送するバルク伝送状態を作り、経路上での転送をシミュ
レートする。このとき、各ノードでのフレーム滞留数分布の変化を時間を追って調べた。
シミュレーションと計測の方法は次のとおりである。
・ 各経路について、時刻 0 に発信ノードのバッファに 100 個のフレームを置く。
・ フレームの伝送を開始し、10 秒間隔で各ノードのフレーム滞留数を記録する。これを
全フレームが目的地へ到着し、網内フレーム数が 0 になるまで続ける。
・ 以上のシミュレーションを 1 回として、10,000 回のシミュレーションを実施し、観測
時刻毎にフレーム滞留数の度数分布を求めてグラフ化する。
- 45 -
100個のフレームが転送される様子
経路1
100%
90%
80%
滞留割合
70%
ノード7
ノード4
ノード5
ノード6
ノード3
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
0
200
400
600
800
990
1200
1400
時間(秒)
(a)
経路1のフレーム数分布の変化
100個のフレームが転送される様子
経路2
100%
90%
80%
滞留割合
70%
ノード1
ノード2
ノード5
ノード8
ノード9
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
0
200
400
600
800
990
1200
1400
時間(秒)
(b)
図 3.4.4-3
経路2のフレーム数分布の変化
9 ノード卍字モデルの滞留数分布の変化
ここでは、9 ノード卍型モデルと 6 ノード直線対面モデルの結果を示す。
図 3.4.4-3 は 9 ノード卍型モデルの結果である。このモデルでは2つの経路間での干渉
は同等ではなく、経路 2 が経路 1 へ干渉する度合いが強い。このため経路1と経路 2 の滞
留数の変化は若干異なるが、ノード 5 に大きな滞留が発生する様子はよく似ている。
- 46 -
経路1を例に取ると、時刻が進むにつれて、N3の滞留フレームは順調に減少して行く
が、N5での滞留が増加してゆき、着信ノードへの到着数の増加は緩やかである。900 秒
の付近では、経路 1, 2 を合わせると、N5に約 80 個のフレームが滞留している。
図 3.4.4-4 は直線対面モデルのシミュレーション結果である。直線対面モデルは経路1
と経路 2 が同等に干渉し合うため、滞留数の変化のグラフは全く同じ形になる。
100個のフレームが伝送される様子
直線対面2倍モデル(経路1)
100%
滞留割合
90%
80%
ノード6
70%
ノード5
60%
ノード4
50%
ノード3
40%
ノード2
30%
ノード1
20%
10%
0%
0
200
400
600
800
1000
1200
1400
経過時間(秒)
(a)
経路1のフレーム数分布の変化
滞留割合
100個のフレームが伝送される様子
直線対面2倍モデル(経路2)
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
ノード1
ノード2
ノード3
ノード4
ノード5
ノード6
0
200
400
600
800
1000
1200
1400
経過時間(秒)
(b)
経路2のフレーム数分布の変化
図 3.4.4-4 直線対面モデルの滞留数分布の変化
- 47 -
図 3.4.4-4 から、第 2, 第 3, 第 4 の中継ノードに順次大きな滞留が発生することが分か
る。
経路1を例にとって時間経過を追うと、400 秒付近までは発信ノードN1から次のノー
ドN2へフレームの滞留が移動しており、N2からN3へのフレーム滞留の移動は、その後
800 秒付近まで続く。
このように、フレームが塊の形で移動してゆき、着信ノードN6への速やかな移動が行
われていないことが分かる。
表 3.4.4-1 にバルク伝送を行った場合のシミュレーション結果の一部を示す。
表 3.4.4-1
バルク伝送シミュレーションの伝送特性の例
伝送した送フレーム数
スループット
(bps)
所要時間(秒)
9 ノード卍字2倍
200(2 経路の合計)
159.0
1,450
9 ノード卍字1倍
100(2 経路の合計)
3.9
8,140
9 ノード十字2倍
200(2 経路の合計)
170.1
1,310
直線対面 2 倍
200(2 経路の合計)
149.4
1,530
直線 1 方向 2 倍
100(1 経路)
140.1
850
これらの結果から、次のことが言える。
(1)多数のフレームが経路上を同時に伝送される場合でも、スループット値は高々170bps
程度である。
(2)キャリアセンスレンジ係数 R が 2 以下になるとスループットは極端に低下する。特
に、R=1 の場合、経路間の干渉があるとフレームの伝送はほとんどできなくなる。
(3)R=2 のとき、1経路のみのモデルで 100 フレームの伝送所要時間は約 15 分、2 経路
で総計 200 フレームの伝送所要時間は約 25 分であり、ほぼ伝送するフレーム数に比
例する。
(4)経路上に滞留してできたフレームの塊は容易に解消されず、塊のままで移動する。
以上の結果から、大量のフレームを連続して伝送する場合、経路間の干渉がある環境で
は、中継ノードに多数のフレームが滞留して伝送遅延を増大させる原因となる。また、滞
留したフレーム間で伝送の干渉が発生すると更なる輻輳を招く原因となる。このことから、
- 48 -
網内に一度に大量のフレームを流入させず、発信地で流入制限を行いながら経路上の送達
状況に合わせて少しずつ伝送してゆけるようなフロー制御を行うことが輻輳緩和に有効
ではないかと考えられる。本ネットワークは回線速度が 1200bps と低速であるため、制御
のための通信を増やすことが伝送特性を劣化させる原因になる危険性がある。このことに
配慮した慎重な検討を行い、適切なフロー制御方式を導入することが必要と思われる。
- 49 -
- 50 -
第4章
送信電力制御室内及び海上試験の実施
第 3 章で電力制御を AODV によるアドホックネットワークに持ち込むことによりもた
らされるであろうメリットについて述べた。本章ではそれを実証する実験について述べる。
まず、昨年度からの AODV による実験設備に送信電力制御機能及び再送制御機能を追加
実装した。そして実験は、送信電力制御室内実験と送信電力制御海上実験の 2 段階に分け
て行った。
4.1
電力制御に伴う変更点
ここでは送信電力制御機能の試験を行うにあたり、送信電力制御機能を追加する為の端
末構成の変更追加と性能改善の為に行ったソフトウェアの改修の内容について説明する。
主な変更点は以下のとおり。
1)端末構成の変更
2)電力制御ソフトウェアの追加
3)キャリアセンス方式の変更
4)再送制御の追加(データリンク層)
5)最小受信電界強度(復調最低信号レベル)の導入
4.1.1
端末構成の変更
実験に供した端末のハードウェアとソフトウェアの構成を、図 4.1.1-1 のように変更した。
従来と比べて,より実運用を意識した「組込み型」の構成になっている。ルーティング
をつかさどる AODV プロトコルやデータパケットの生成などネットワーク通信に関する
すべてを、図中のアドホックアダプタに収めて一体化した。一体化することにより各制御
が密接に行えるようになり AODV-UU のプロトコルも高速に動作させられる様になった。
また,送信電力制御機能を持たない従来の無線機に送信電力制御機能を持たせるために
無線機とアンテナの間に電力制御アダプタ(減衰器)を追加してアドホックアダプタから
送信電力の減衰量を制御できる構成とした。
- 51 -
PC( OS 不問)
PC( Fedora )
アプリケーション
AODV-UU
mkissとkissattach
アドホックアダプタ内
制御部( uClinux)
ax25ipd
MSK変復調部
シリアル
ケーブル
(遅延あり)
無線機
アドホックアダプタ内制御部( uClinux)
アプリケーション
AODV-UU
mkissとkissattach
Ethernet
で接続
(任意)
↓(遅延なし)
ax25ipd
MSK変復調部
無線機
図 4.1.1-1
4.1.2
アプリケーション
移植に伴うアドホック端末構成の変化
電力制御ソフトウェアの追加
電力制御機能とは,送信相手に応じて、必要最低限の送信電力を選択して通信する機能
である。電力制御アルゴリズムは,それを実現するための通信相手との間に存在する経路
電力ロス(パスロス)を計算する方法と最適な送信減衰量を選択する方法をさす。
今回のデータリンク層のフォーマットに、送信出力を記録するフィールドを増設した。
このことにより通信相手からのデータを受信すると通信相手の送信出力情報が得られる。
通信相手の送信出力からデータ受信をした時の受信電界強度を減算するとパスロスが得ら
れる。
パスロスは基本的に双方向で同じものなので、自局から相手への通信でも同じ減衰量が
生じるとする。このパスロスと受信時の閾値である最小受信電界強度(4.1.5 参照)から最
適な送信出力を決定することが可能である。しかし最小受信電界強度と同じ減衰量を選ん
だ送信出力にすると、通信路環境の変動などによって到達時にこのレベルを下回ってしま
い通信エラーが発生することが予想できる。そのためマージンを設ける。
(図 4.1.2-1 参照)
以上を加味して、送信出力決定のための式は以下のようになる。
(パスロス)=(相手の送信出力)-(自分の受信電界強度)
(自分の最適送信出力)=(最小受信電界強度)+(マージン)+(パスロス)
(自分の送信出力減衰量)≦(自分の基本送信出力)–(自分の最適送信出力)
実際の減衰設定量は離散値であるため、計算された減衰量を越えない最大の減衰値が選
択される。このようにして、電力制御アダプタに減衰量を設定してから送信することで、省
電力送信が達成される。
- 52 -
端末2が端末1から受信すると・・・
端末2→端末1への最適出力を決定
基本送信出力(30dBm(1W))
1
送信出力(点線は送信出力減衰量)
①相手の送信出力情報を受信フレームから得る
この範囲内で
送信出力減衰
量を決定
最小受信電界強度
+マージン(20dB)+パスロス
2
最小受信電界強度(-84dBm)
②受信電界強度は
③パスロスを推定
SLV用A/Dコンから得る
図 4.1.2-1 送信出力減衰量算出式の図解
4.1.3
キャリアセンス方式の変更
電力制御機能を実現するために,あらたなキャリアセンス方式を採用した。
これは信号レベルを用いてキャリアを検知する方法であり,ここでは SLV-CS と呼ぶ.
キャリアセンス方式は、これまでのものを含め,3 タイプが存在する。
各方式の特徴を以下の表 4.1.3-1 にしめす。
表 4.1.3-1
概要
RCV-CS
フレーム先頭部を復調し,所
定のパターンと一致したらキ
ャリア BUSY と判断する。
利点
・実装が簡単
・ハードウェアの補助や改造
が不要
欠点
・BUSY 判断が遅い
・フレーム途中の信号は検知
できない
・音声通話には反応しない
・送信半径=センスレンジ
<AODV の室内実証実験>
・H19 年度室内実験(2 月)
適用
実験
各キャリアセンス方式の比較
FWT-CS
ウェーブレット変換を用い、
ベースバンド信号が特定の周
波数成分をもてばキャリア
BUSY と判断する。
・ハードウェアの補助や改造
が不要
・フレーム途中の信号でも検
出できる
・衝突したデジタル信号でも
ある程度検出可能
・BUSY 判断が早い
・弱い信号でもノイズでも
BUSY と誤判断する可能
性
・音声通話には反応しない
・センスレンジ調整が困難
<AODV の海上実証実験>
・H20 年度室内再実験(7 月)
・H20 年度海上実験(10 月)
SLV-CS
変調信号のレベルを監視し,
最小キャリアセンス電界強度
(-94dBm)以上ならばキャ
リア BUSY と判断する。
・センスレンジと送信半径を
個別に設定可能
・センスレンジ調整が容易
・音声通話でも衝突信号でも
BUSY 判断可能
・BUSY 判断速度が FWT-CS
と同等
受信電界強度測定用ハードウ
ェアが必要(アダプタ型の場
合、無線機側にも多少の改造
が必要)
<電力制御の実証実験>
・H20 年度室内実験(1 月)
・H20 年度海上実験(1 月)
送信電力制御を行うためには、送信半径だけでなくキャリアセンスの範囲も制限(送信
(図 4.1.3-1 参照) 感度がよく、処理時間も短縮でき
半径の 2 倍程度)する必要がある。
ている FWT-CS 方式は、センシングレベル(閾値)の調整が難しいという欠点をもち、電力
制御機能の実現とは相性が悪いと判断したので、信号レベルによるセンシング方式に変更
- 53 -
した。 具体的には,後述の最小受信電界強度から 10dB 下がった-94dBm を検出のしき
い値にしている。
SLV-CS 方式を実現するために、以下の変更を行った。
1)無線機の内部から受信電界強度信号(アナログ値)を外部に取り出す回路追加
2)このレベルをデジタル値に置き換える A/D コンバータ追加(アドホックアダプタ内)
-94dBm
-84dBm
1
2
図 4.1.3-1
4.1.4
3
端末3は端末1の信号の受信は不可だが
キャリアセンスは可能
=隠れ端末関係ではない
キャリアセンスレンジ 2 倍
再送制御の追加
アドホックネットワークにおいては、通信 1 ホップの伝送の失敗は、マルチホップさせ
た全体のスループットに大きな影響を与える。パケットロス対策としてキャリアセンス
(CSMA/CA)方式が採用されているが、多くの局が通信に参加するようになると衝突発
生は避けきれない。したがってパケットロスによりデータが伝わらなかった場合に、デー
タを再送する再送制御のメカニズムが必要である。
再送機能を載せるにあたっては ACK フレームを用いる。データリンク層レベルの DATA
フレームを送信した後に再送タイマを働かせ、その期間内に ACK フレームを受信できれ
ば、1 ホップの通信に成功したとみなす。ACK フレームが受信できなければ、CW(コン
テンションウィンドウ)を約 2 倍に増加させた上で、同じ DATA フレームを再送する。
また、ACK フレームを利用することで以下の機能も追加し、データリンク層の改善を図
っている。
(1)パスロス推定の妥当性判断
電力制御では、フレームを受信することでパスロスを推定しているが、送信側は現在の
送信出力が妥当かどうかはわからない。しかし再送制御により ACK が返信されれば、正
確なパスロスを推定することが可能となる。
- 54 -
(2)AODV のリンク切断検出
AODV では,一度構築された経路が切断された場合、存在しない中継端末に向かって送
信を試み、それは通信失敗となる。したがって、リンクの切断を早期に検出することが好
ましい。データ転送時に ACK を受信できなかった場合に、一定の条件を満たせば経路の
切断として検出し、AODV 機能にフィードバックする機能を実現した。
4.1.5
最小受信電界強度(復調最低信号レベル)の導入
データの復調は周りのノイズレベルにより左右されるが、エラーの多いデータを復調す
ることから発生する片方向リンクなど無駄な動作を避けるため、BER 計測実験の結果によ
る、推定送信半径付近の受信電界強度である-84dBm をセンシングレベルに設定するこ
とでむだな受信動作を防ぐことが出来る。
4.2
送信電力制御技術の室内試験
本節では主に 2009 年 1 月に行った電力制御付 AODV 室内実験の成果をまとめる。
4.2.1
送信電力制御室内実証実験
日程:2009 年 1 月 6 日~10 日
場所:古野電気株式会社西宮寮・研修センター第 5 研修室
目的:電力制御 AODV の評価、再送制御の評価、海上実験に向けての動作確認
アドホック端末の構成は以下のとおりである。電力制御アダプタの先の同軸ケーブルは
送信電力制御室内実験用の各種トポロジーに応じて他の端末とつながる。
PC(Windows)
スイッチングハブ
SLV用電圧取得用
同軸ケーブル
アドホックアダプタ
図 4.2.1-1
無線機
電力制御アダプタ
送信電力制御室内実証実験時の構成
無線機の送信出力は近距離での電波の漏れによる障害を避ける為に室内実験時は定格
出力(1W)の 1/20(0.05W)に低減した。
- 55 -
本室内実験から受信電界強度取得機構が加わったため、BER 計測ツールにもフレーム単
位の受信電界強度記録機能を付加し動作確認を行った。
送信電力制御実証実験では全 5 実験を計画した。実験内容から、送信電力機能の有効性
を確認する前に今回新たに組み込んだ、再送制御に関わる機能を確認する実験も行った。
4.2.1.1
送信電力適応実験
この実験は電力制御 AODV のデータ転送フェーズが正常に機能しているかを確かめる
ものである。以下の図 4.2.1.1-1 の接続を行い、端末で電力制御付き AODV を動作させ、
ping により、経路構築を行い、その経路上で ping の通信を続けながら、端末間のステッ
プアッテネータの減衰量を変化させ、パスロスと送信電力の減推量設定を記録した。
1
可変
2
端末1から端末2へのpingを続けながら、
可変抵抗の値を変化させる
-30~-80dB
図 4.2.1.1-1
送信電力適応実験トポロジー
結果は以下のとおりである。
Ping の結果は、
到達率 = 100%(598/598)
RTT (min/ave/max)[ms] = 2929.4/3288.3/5304.2
実験中は頻繁にステップアッテネータの減推量を変化させていたので、ping の送信途中
に減衰量が変化して信号が崩れることもあった。しかし、再送制御によって ping の到達
率は 100%を達成ができた。
ステップアッテネータの減推量を変化させた時の、パスロスと送信電力減推量の設定結
果は、図 4.2.1.1-2 のとおりである。ステップアッテネータの減衰量を増やす(パスロスが
増える方向)とパスロス結果も比例して増加しおり、送信電力減衰設定は、段階的に減衰が
少なくなっている。通信距離が増えて、パスロスが増えると送信電力が大きくなるという
期待とおりの機能が確認できた。
- 56 -
90
パスロス、送信電力減衰設定 (dB)
80
70
パスロス
60
パスロス1
送信電力減衰設定1
パスロス2
送信電力減衰設定2
50
40
30
20
送信電力減衰設定
10
0
30
35
40
図 4.2.1.1-2
4.2.2
45
50
55
60
設定減推量 (dB)
65
70
75
80
ATT 減衰量の変化に伴う、パスロスと送信電力減衰量
再送機能確認実験
再送機能の確認のため、衝突回避実験、クロストラヒック実験及び経路再探索実験を行
い所用の結果を得た。
4.2.2.1
衝突回避実験
再送制御が加わったことで、衝突回避性能の向上が見込める。実験として電力制御
AODV は使わない。
1
-90dB
-90dB
ping
42
2
42
6
42
全端末間でキャリアセンス可能
(端末1における受信強度の差は無し)
3
-90dB
図 4.2.2.1-1
衝突回避実験トポロジー
- 57 -
10
80%
60%
40%
5
到達率
15
RTT[秒]
100%
到達率
max
ave
min
20%
2/15
2/7
2/3
2/1
1/31
1/15
1/7
1/3
1/1
0/63
0/31
0/15
0/7
0/3
0/1
0%
0/0
0
最大再送回数/CWmin
図 4.2.2.1-2
衝突回避実験結果
最大再送回数=0 は再送制御なしを意味する。やはり再送制御ありのほうが到達率は高く
なった。また、再送制御をすることで悪化するはずの平均 RTT も抑えられた結果となっ
た。到達率の結果がほぼ 100%となった設定のうち、最大再送回数/CWmin=2/7 や 2/15 の
平均 RTT が小さい。したがって、この実験条件の場合は 2/7 か 2/15 が最適設定であると
言える。現在は暫定的に再送制御のデフォルト設定を 2/7 としたが、最終的にネットワー
クの通信頻度や規模を考慮して選択すべきであろう。
4.2.2.2
クロストラヒック実験
再送制御が隠れ端末問題に効果があるのかを評価した。
1
-90dB
-90dB
22
ping
2
62
6
62
端末2,3間はキャリアセンス不可
(端末1における受信強度の差は無し)
3
-130dB
図 4.2.2.2-1
クロストラヒック実験トポロジー
- 58 -
100%
到達率
max
ave
min
10
80%
60%
40%
5
到達率
RTT[秒]
15
20%
2/15
2/7
2/3
2/1
1/31
1/15
1/7
1/3
1/1
0/63
0/31
0/15
0/7
0/3
0/1
0%
0/0
0
最大再送回数/CWmin
図 4.2.2.2-2
クロストラヒック実験結果
クロストラヒック実験では送信側 2 端末間でのキャリアセンスが利かないので、ランダ
ムバックオフにより完全に送出タイミングがずれたときのみ、衝突を回避できる。そして
再送制御があれば、再送により衝突回避率は上がると予測した。
初期の送信要求タイミングを同期し実験を行ったところ、CWmin が小さいと最大再送
回数が等しいため、1 回目送信が衝突→1 回目再送が衝突→2 回目再送が衝突というパター
ンが頻発した。CWmin が大きくなると再送によって、早くから送出タイミングのずれ幅
は広がるため、それによる衝突回避率の向上は図 4.2.2.2-2 から見て取れる。
4.2.2.3
経路再探索実験
この実験は電力制御 AODV の経路探索フェーズならびに AODV の RREQ メッセージの
自律的な再送制御が正常に機能しているかを確かめるものである。図 4.2.2.3-1 の接続を行
い、端末で電力制御付き AODV を動作させ、端末 1 から端末 3 への ping をトリガに経路
構築を行わせる。このとき、どのような手順で経路が構築されるかを記録した。
2
-50dB
-70dB
端末1から端末3へ経路探索
(端末1と3間は17dBmでも疎通不可)
出力1/20W
(17dBm)
1
44
6
64
3
-114dB
図 4.2.2.3-1
経路再探索実験トポロジー
- 59 -
結果、40dB 減衰でのフラッディングは端末 2 までしか届かず、それにより 20 秒後の減
衰なしの RREQ フラッディングが再度行われ、端末 1 と端末 3 の間に経路が構築された
予想とおりの結果が得られた。
4.2.2.4
空間有効利用実験
この実験は送信電力制御が及ぼすメリットを定量的に評価するためのものである。図
4.2.2.4-1 の 3 とおりのトポロジーにおいて実験を行った。基本的に端末 1,2 のペアと端末
3,4 のペアで同時に ping を行う。通常トポロジーでは、電力制御がない場合は他方のペア
の通信に対してキャリアセンスが利き、回避しながら送信することで、ping の RTT は長
くなる。電力制御がある場合は、ペア毎の通信が局所化され、RTT は短くなるはずである。
通常トポロジー
ping
近距離トポロジー
1対1トポロジー
1
3
1
3
1
3
20
20
20
20
20
20
6
6
6
6
6
20
20
20
20
4
2
6
40
20
40
通信せず
2
4
-92dB
図 4.2.2.4-1
2
減衰なし
-52dB
20
4
空間有効利用実験トポロジー
次に 3 種類のトポロジーそれぞれで送信電力制御のある場合と無い場合の 6 種の実験結
果を図 4.2.2.4-2 に示す。
図 4.2.2.4-2 に通常トポロジーで、予想とおり送信電力制御有りの場合が、無い場合より
平均 RTT が短くなっていることが示され、送信電力制御の有効性が示された。又その値
が何も外部の影響のない 1 対 1 トポロジーの場合とほぼ同様であり電力制御によって通信
の局所化できたことが示された。
- 60 -
7
平均
6
通常・電力制御なし
通常・電力制御あり
1 対 1・電力制御なし
1 対 1・電力制御あり
近距離・電力制御なし
近距離・電力制御あり
5
4
[
T
T
R
秒
3
2
]
1
0
0/0
0/7
0/31
2/7
図 4.2.2.4-2
4.2.3
最大再送回数/CWmin
平均 RTT 比較
結論
本節では、送信電力制御技術の室内実験の方法・結果・考察を述べた。
まず、送信電力制御が正常に稼働していることを送信電力適応実験で確認した。次にパ
スロス対策及び送信電力制御を効率良く機能させるための再送制御が期待とおりに機能す
ることを、衝突回避実験、クロストラヒック実験及び経路再探索実験で示した。その上で
送信電力制御が働くことが目的としている周波数有効利用に有効であることを経路再探索
実験及び空間有効利用実験で示すことが出来た。この実験の結果を持って海上実験に臨む
ことになる。
4.3
送信電力制御技術の海上試験
本節では主に 2009 年 1 月に行った電力制御海上実証実験の結果について述べる。。
4.3.1
送信電力制御海上実証実験
日程:2009 年 1 月 25 日~29 日
場所:和歌山県串本町~紀伊大島~潮岬周辺海域
目的:送信電力制御室内実証実験の対となる海上実験データの取得
及び、海上特有の問題点の調査・解明
実験船:現地の漁船と遊漁船計 4 隻(実験中は 1 号艇~4 号艇と呼称)
アドホック端末構成は以下のとおり。位置情報はアドホックアダプタが LAN 側に転送
- 61 -
することで、PC でも利用可能にしてある。設定は送信電力制御室内実証実験時と変わら
ない。
船内LAN
PC(Windows)
スイッチングハブ
シリアルケーブル
GP-32
(GPS受信機)
GPSアンテナ
受信電界強度取得用
スペクトル
アナライザ
ホイップアンテナ
無線機
電力制御アダプタ
SLV用電圧取得用
同軸ケーブル
アドホックアダプタ
位置情報取得用
図 4.3.1-1
アドホック端末構成
ping を使う実験については従来どおり 2 端末から同時に ping を行った。BER 計測実験
には BER 計測ツールを使用した。送信電力適応実験及び経路再探索実験に関しては、そ
のときの状況を乗船中の作業員が記録した。
実験は 6 種類行ったが、ここでは主に送信電力制御に関わる実験 3 種(送信半径の決定、
送信電力適応実験及び空間有効利用実験)についてその結果を述べる。再送機能確認に関
する 3 種の海上実験結果については付属資料3を参照願いたい。
4.3.1.1
送信半径の決定
この実験は:
①
最小受信電界強度-84dBm の妥当性を検証
②
受信電界強度が-84dBm となる距離(送信半径)を計測
③
-94dBm のキャリアセンシングレンジの確認
が目的である。
- 62 -
4号艇:定点にて送信
1,2号艇:移動しながら
受信し、BERを計測
3号艇:定点にて受信
図 4.3.1.1-1
BER 計測実験配置
図 4.3.1.1-1 に示したとおり、4 号艇は減衰を 40dB に設定して停泊させて BER 計測デ
ータの送信側とし、1,2,3 号艇は受信 BER 計測側とした。1,2 号艇は東北東方面に離れな
がら観測し、3 号艇は停泊させて定点観測を行った。
指向性の問題などがあったものの、観測の結果、40dB 減衰の場合の BER 規準を満足す
る送信半径は 3km 前後であることがわかった。
次にキャリアセンスレンジ-94dBm の位置は図 4.3.1.4-1 で示した理論とおり 2 倍の距
離にあるのかを調べた。確かに 6~7km 離れると-94dBm まで落ちた。
変動幅は激しかったが、およそ 40dB 減衰なら送信半径 3km、キャリアセンス半径 6km
と言える結果が得られた。過去の BER 計測実験で得ていた予測を裏付ける結果となった。
4.3.1.2
送信電力適応実験
この実験は、通信する船舶間距離に応じて送信電力の減衰量が適切に設定されることを
海上で確認するものである。配置は、図 4.3.1.2-1 のとおりである。基本的に送信電力制御
室内実験(4.2.1.1 節参照)と同様の設定だが、ping は 10 秒周期で行った。
- 63 -
0.25 km 40dB
0.52 km 30dB
1.27 km 20dB
4.85 km 0dB
2.02 km 10dB
図 4.3.1.2-1
送信電力適応実験配置(送信半径と減衰量)
船舶間距離の増加に応じて、送信電力が増加し、送信電力制御機能が働いていることが
確認出来た。図 4.3.1.2-2 は、船舶間距離を 5km まで離した時の送信電力減衰設定量の推
移をプロットした図である。
40
1号艇設定
送信電力減衰設定量 (dB)
30
20
10
0
0.1
1
船舶間距離 (km)
図 4.3.1.2-2
通信距離に応じた電力制御設定値
- 64 -
10
減衰量の選択においては予測値より 10dB 程高い出力を選択していることが判明した。
実験前にはマージンの設定は 20dB であることから、3km の 1/4 の 750m までは 40dB が
選ばれ、48km の 1/4 の 12km を超えると減衰なしと予測していた。しかし実際の海上実
験で選ばれた減衰量は、約 300m で 40dB、約 6km で 0dB であった。
絶対値にずれはあったが、距離が 2 倍となると 10dB 出力を上げる動作は図 4.3.1.2-2
から読み取れるように正常に行われた。そのことから送信電力機能は一応有効に動作して
いることが示された。
4.3.1.1 からの予測値とのずれに関してはアンテナの指向性や SLV 用電圧の変動の影響
かと思われ今後ハードウェアを含めた改善が必要なのではないかと考えられる。
この実験が成功したことにより通信の局所化を行えるめどが立った。
4.3.1.3
空間有効利用実験
配置は 2009 年 1 月 27 日に行った山による遮蔽型のものが図 4.3.1.3-1 のものである。4
隻を使った実験であるが通信する 2 隻(2 ペア)は、互いに近距離に配置していたため、図
では船のアイコンが重なって表示されてしまっている。送信電力適応実験において、300m
付近までしか自動的に減衰量として 40dB を選ばなかったというデータと、BER 計測実験
において、40dB 減衰時のキャリアセンスレンジが 6~7km であるというデータを考慮し
たものである。
← 電力制御あり
電力制御により、他グループに干渉
せず、グループ内で通信している。
→ 電力制御なし
電力制御を行っていない為、他グルー
プの船に影響を及ぼしている。
図 4.3.1.3-1
空間有効利用実験配置
- 65 -
結果は以下の図 4.3.1.3-2 に示した。
6
平均RTT[秒]
5
4
2号艇_山_電力制御なし
3
4号艇_山_電力制御なし
2
2号艇_山_電力制御あり
1
4号艇_山_電力制御あり
0
0/0
0/7
0/31
図 4.3.1.3-2
2/7
最大再送回数/CWmin
空間有効利用実験結果
図 4.3.1.3-2 は送信電力制御室内実験(図 4.2.2.4-2)時ほど結果が安定してはいないが、
電力制御ありのほうが、RTT が短縮されている。このことから海上でも局所化の効果が現
れたと言える。なお、電力制御ありの場合、予想とおり 40dB 減衰が選ばれていた。
山のない沖の実海域にこの関係を置き換えれば、互いに約6~7km離れた複数のグル
ープがあるとき、各々のグループ内での省電力通信は、同じ周波数を使って干渉なく同時
に行われうることを示唆している。
4.3.2
送信電力制御海上実験のまとめ
送信電力制御海上実験の全実験を通して、およそ 4.2.2 節の送信電力制御室内実験時の
結果と同じ傾向を示し、予想どおりの結果を得ることができた。
本年度の目標であった送信電力制御に関しては、送信電力適応実験、及び空間有効利用
実験の成功をもって、海上でも実用可能である見通しが立った。
また、海上実験を実施することにより、通信に影響を与えうる多くの因子について知見
が得られた。それらは、今後実運用をめざす立場から無線装置として技術的に十分考慮に
入れなければならないもの、ならびに搭載する船舶の環境として整えなくてはいけない内
容ものである。通信の品質やスループット、に大きな影響を与えると思われるので、以下
に注意するべき点を報告する。
- 66 -
4.3.2.1
環境ノイズ
ツールを使用して実験中、利用する 27MHz のチャンネルを中心とした 100kHz 幅の周
波数帯域をモニターすると同時にモニター状態をデータとして保存することができた。
保存したデータを解析した結果、隣接するチャンネルを用いた音声通話が至近距離で行
われた場合、帯域内に一定の信号レベルをもって干渉してくることがわかった。
27.868MHz
27.876MHz
27.868MHz
27.876MHz
振幅
時間
時間
左・音声通話
右・デジタル信号
周波数
図 4.3.2.1-1
周波数
隣のチャンネルでの音声通話の影響
上の図 4.3.2.1-1 は一例であるが、今回使用した 27.876MHzの低い方の隣接チャネル
に音声信号が送信されていることがみてとれる(チャンネル間隔は 8kHz)。左の図では同
時に送信が起きているが、右の図では,キャリアセンスによりデジタル通信が待たされて
いる様子が判る。
したがって,デジタル通信においては
1)信号復調性能(同一チャネル特性や隣接チャネル選択度)
2)キャリアセンスの性能
の2つの観点から特性規格を設けて、遵守する装置を設計しなければならない。
今回はこれらの対策を研究対象にはしなかったが、1)については同一チャンネル信号
特性の改善,や隣接チャネル選択度を向上させるフィルタの挿入、2)については,レベ
ルだけみるのではなく、トーン信号の音声信号からの分離識別という改善を施すことで課
題解決を図る必要があるだろう。
- 67 -
4.3.2.2
アンテナに生じた指向性について
今回の送信電力制御海上実験では、AODV 海上実験の経験から、なるべく指向性をすく
なくするために,図 4.3.2.2-1 のような装備を徹底し、指向性を計測した。しかしながら、
最大で±5 dB 程度の差があり、等方性は得られなかった船が多かった。このことは、アド
ホック通信や電力制御を実現する上で前提としなければならないことである。
今回の装備方法は現実的なものではなく、これでも指向性が出るのであれば通常の装備
状況では避けることが出来ない問題だと考えられる。海上通信の場合、割り当てられてい
る周波数を使用して行わざるを得ないところがあり、その結果条件の整った使いやすい周
波数を使用出来る陸上の通信と違い、海面、アンテナ、装備する船舶の大きさなどの相互
作用が避けられないため、伝搬上理想的な状況にならない。
この問題を解決するには、パスロスを単純に局間の距離で推定するなどの簡単化をする
べきでないし、短時間でも船首方位により変化することを念頭におかなければならない。
あるいは、電力制御用の減衰値のマージン計算に指向性を数値的に取り込むなどの工夫が
必要になると思われる。
アンテナ
同軸ケーブル
スカート線
(アンテナ)
図 4.3.2.2-1
4.3.2.3
•竹の柱で高く掲げた
•アンテナ部分は竹の先端から真上に向けた
•スカート線部分は竹の先端から真下に張った
•給電点から伸びる同軸ケーブルは2.5mほど水
平に張ってから室内の無線機本体につないだ
同軸ケーブルの影響まで考慮した装備方法
海上実験時の漁船内環境の影響
今回の海上実験においては、各船に同じ機材を同じ条件で設置することを心がけた。し
かし、さまざまな要因が無線機に影響を与えた。以下に列挙する。
1)エンジンノイズ・・・速力(エンジン回転数)が上がるほど大きなノイズを出す。
2)レーダー他の機器・・・起動するとノイズ源になりうる。
3)インバーターノイズ・・・電源用インバーターがノイズ源になる例がある。
これらは、本通信システムを導入する上で、整えて行かなくてはいけない問題として注
意が必要だろうと思われる。
- 68 -
4.3.2.4
音声無線機の限界
本調査実験では,市販されている音声通信用の DSB 無線通信機を利用してアドホック
通信の調査検討を行っている。そのため、通信の速度向上や品質改善にとって制約となる
因子について理解しておく必要がある。
以下に列挙する:
(1)信号レベル検出にかかる時間遅れ
無線機にもよるが、信号レベル検出がアナログ方式(受信信号レベル)の場合は、値を
検出するまでの時間遅れが大きい。実測すると数 10ms かかっていた。これはアドホック
デジタル通信を実現する観点から一定の制約となると考えられる。
データリンク層のフレームフォーマットを規定するときに十分な注意が必要である。
(2)信号レベルの検出精度
音声用に設計された信号レベル検出機能は、おおまかな精度しか保証していない場合が
多い。従って、これらをもとに作成されたパスロス推定計算は誤差も大きく、A/D レベル
の相対的な値を利用する電力制御方式を検討することがのぞましい。
(3)送信と受信の切り替え時間
音声通話のための送受切り替えは、PTT(Push To Talk)なるマイクのスイッチ信号を利
用して行う。この切り替え信号に対する送受信回路の応答速度は、データ通信の視点から
見ると遅いものである。今回使用の無線機では 200ms 程度かかっている。これも回線設
計に多大な影響を与えるものである。
(4)変調方式と帯域幅
今回のアドホック通信では、AM 変調を基本として、音声の替わりに MSK の 2 トーン
のベースバンド信号を送受信している。
AM 変調はノイズに弱く、高速な通信へ移行す
る際の制約になる。また帯域幅も 6kHz程度であって、現存のインフラを利用する限り、
原則このリソースの中で回線パラメータを設計しなければならない。
今後音声通信用無線機設計のデジタル化が進む中で、ソフトウェア無線機のような自由
度ある構成に期待したいところである。
- 69 -
- 70 -
第5章
5.1
実用的なアプリケーション・コンテンツについての検討
位置情報交換アプリケーション
5.1.1
概要
位置情報交換アプリケーションとは、僚船間で位置情報や任意の文字列を交換するソフ
トウェアである。このソフトウェアは、図 5.1.1-1 のようにユニキャストによる相互通信
を行っており、送信電力制御機能を搭載した AODV によるアドホックネットワーク上で稼
動するアプリケーションである。
2009 年 1 月に実施した送信電力制御海上実験において試用したが、まだ評価する段階
には至っていなかった。。
1
2
海
島
3
4
図 5.1.1-1
5.1.2
複数ユニキャストによる情報共有
アドホックモード仕様
位置情報交換アプリケーションは、海上実験で船舶の配置を決定する際に使用した海上
実験補助ソフトウェアである「EzPlotter」に「アドホックモード」を新たに追加して試作
したものである。表 5.1.2-1 に「アドホックモード」の仕様について紹介する。
表 5.1.2-1
同時利用端末数
条件
通信方法
アドホックモード仕様一覧
2~ 4
通信相手同士で決めた 1~4 の識別番号の割当
通信相手の IP アドレスを登録
UDP によるユニキャスト
他の 1~3 端末への逐次送信
交換する情報
船名(任意長)、緯度経度、状態、メッセージ(任意長)
機能
他船位置の地図上へのプロット
自船と他船の距離の算出
メッセージ交換によるチャット
- 71 -
位置情報交換アプリケーションの特長
・
送信電力制御機能が有り、必要最小限の送信電力で通信するため送信電力制御を
しない場合と比べて送信半径が小さくなり、同じ周波数で他の通信ができる可能
性がでてくる(周波数有効利用)。
・
マルチホップ経路の構築により、1 ホップでは届かないような地点との長距離デ
ータ伝送が可能となる。
・
CSMA/CA with ACK により高信頼のデータ伝送が可能となる。
・
IP アドレスで相手を特定したユニキャスト通信であるため、他船に位置情報や
メッセージなどの通信内容が漏れにくい。
多くの特長を持つ「位置情報交換アプリケーション」であるが現段階では、まだ実用レ
ベルに達していない。実用化の為には、海上通信に特有の障害から起因する片方向リンク
の問題を解決する必要がある。この課題解決案としては。受信障害が発生した時に、送信
相手に送信出力を上げて再送を促す手法も有効と考えられる。実用化の為の検討が待たれ
るところである。
図 5.1.2-1 は、
「位置情報交換アプリケーション」の表示例である。僚船は、船舶形のア
イコンで示され、船舶の航跡、船舶名、船舶情報(送信出力減衰量;20dB)が確認できる。
図 5.1.2-1
位置情報交換アプリケーション表示例
- 72 -
5.2
気象図伝送アプリアプリケーション
本技術試験事務において昨年度及び本年度に行なった現地聞き取り調査において、漁業
無線局、漁業従事者が漁業無線による通信の中で重視する情報として、気象・気圧配置図、
海水温分布図、海流図などの画像情報に対する期待があった。気象情報は安全操業の確保
に不可欠であり、画像の形で配信する意義は大きいと思われる。
現在、漁業無線局からの気象情報の通報には音声、(遠洋漁業向け)電信、FAXなどが用
いられている。そこで、気象図情報の伝送に27MHz/40MHz帯アドホック・データ通信を
用いることを想定して実用的な符号化方法についての概念的検討を行った。本節では、そ
の結果を報告する。
5.2.1
従来の圧縮符号化方式
従来の画像の高効率符号化方式として、可逆圧縮方式ではFAXで用いられる修正ハフマ
ン符号化(MH)、修正リード符号化(MR)、修正修正リード符号化(MMR)等の各方式が知ら
れている。また、画素間の相関を利用した非可逆型高効率符号化方式としては離散コサイ
ン変換(DCT)を利用したJPEG符号化方式が代表的なものとして知られている。まず、こ
れらの符号化方式を今回の気象図の伝送へ適用できるかを検討した。
気象図のデータ量は記録される解像度と階調によって異なる。一例として、日本近海域
の気象図をA4版(210mm×297mm)に描き、縦横8本/mm、モノクロ2値で読み取った場合、
圧縮前のデータ量は約500kBになる。
MH符号化の圧縮率は、画像の統計的性質によって一定ではないが、白領域の多い線図
形の場合に数分の一から十分の一になることが知られている。このとき、符号化後のデー
タ量は最大で50kB程度になる。MR、MMR等の予測符号化を用いると更に20%前後の圧
縮が可能であり約40kBまでデータ量の削減を見込むことができる。このようなデータ量の
圧縮効果を確かめるため、情報端末への表示を前提として、実際の天気図を使って圧縮率
を試算してみることにした。
気象庁はホームページ上に日々の日本周辺の天気図を掲載している。また、防災気象情
報として、より広い範囲のアジア実況天気図を掲載している。図5.2.1-1は後者の例であり、
2009年2月7日の実況天気図として掲載されたものである。この図は横600画素、縦512画
素から成り、32ビットの深さを持つPNG形式で記録されている。
図5.2.1-1の画像の解像度を1280×960と640×480の2とおりの解像度にリサンプルし
- 73 -
たものを加えて3枚の資料とし、これらをBMP形式の2値データにした後、修正ハフマン
符号化を行った場合のデータ量を試算した。(表5.2.1-1参照))
表5.2.1-1 2値データ量
解像度
原画
修正ハフマン符号
約58.4kbits
(7.3kBytes)
1280*960
約224.8kbits (28.1kBytes)
640*480
約55.6kbits
(6.95kBytes)
本通信方式のデータ伝送速度は1200bps
であり、各種のオーバヘッドを除くとスルー
プットは60bps~140bpsになることが3.4節
の結果から分かっている。このとき、気象図
1枚の通信時間は、1画面(7.3kBytes)あ
たり7分から16分を必要とすることが分か
る。これは、1画面を伝送するための回線占
有時間としてはやや大き過ぎるように思わ
図5.2.1-1 アジア実況天気図の例
れる。実用の観点からは、1画面あたりの伝
送時間を2~3分以内に、すなわち1画面の
データ量を 2kB程度にすることが望ましい。
最も簡単なデータ量の削減法は原画像の
解像度を下げることである。図5.2.1-1の原画
像の解像度を下げていったところ、解像度を
400×300にしたときに修正ハフマン符号化
後のデータ量が約3kBytes(24,245bits)に
なった。このときの再現図形を図5.2.1-2に示
図5.2.1-2 400×300で2値化した天気図
す。図5.2.1.-2の画像は詳細な情報がかなり
読み取りにくくなっているが、これは2値化操作による品質劣化と解像度低下の両方が影
響している。図5.2.1-1の画像が滑らかに見えるのは多階調画像であるためである。
天気図画像をJPEG圧縮した場合にも同様の問題がある。図5.2.1-1の原画像をカラー画
- 74 -
像としてJPEG符号化してみたところ、高圧縮率モードで符号化した後のデータ量は
84kBytesになった。同様の圧縮を単色グレーレベルで行った場合を類推すると1/3の約28k
Bytes前後になると推測される。これは、本通信方式では実用的なデータ量とは言えない。
以上の考察から、実用的な時間で詳細な天気図を伝送するためには別の手法を用いる必
要があることが分かる。
従来方式による符号化の評価はこれで終わり、次節以降では、気象図の持つ情報を保ち
ながら実用的なデータ量にデータ圧縮する方法について検討する。
5.2.2
気象図に含まれる情報
気象図にはおよそ次の要素が含まれている。
・等圧線
気象庁から発表される気象図には1000hPaを含み、4hPa毎の等圧線が記
入されている。また、補助的にそれらの間に2hPa毎の等圧線が破線で書
き入れられている場合がある。
・前線
各種の前線が描かれている。
・×印
高気圧、低気圧の中心位置を示す×印が描かれている。
・高低の文字
高気圧、低気圧の種別を示す高、低の文字が書かれている。
・気圧値
高気圧、低気圧の中心気圧、及び等圧線の気圧を示す数値が書かれてい
る。
・矢印
高気圧、低気圧の移動方向を示す矢印が描かれている。
・速度
高気圧、低気圧の移動速度がkm/hの単位で書かれている。
・地形
日本周辺の地形のうち、海岸線が描かれている。
・経緯線
経度、緯度が10度間隔で描かれ、一部に経緯度の数値が添えられている。
・日付時刻
図の左上に年月日、時刻が書かれている。
・天気記号
代表的な地点の天気、風向、風力が描かれている。
・書誌情報
日時、種別等を表す情報が隅に書かれている。
本処理ではこれらを3種類に分類して別々に通信処理する。
(1)等圧線
等圧線は線図形であり実線及び破線で描かれている。
- 75 -
(2)共通の背景図形
地形、経緯線、経緯度の数値等の画像は日時によらず全ての気象図で共通であり、同
じ図形が使われている。これらは送信時に除去しても受信側で付加することができるの
で、伝送する図形から削除する。
(3)前線、記号、その他の文字
気象図に含まれる線図形、文字などである。これらは気象図から分離して別途符号化
して伝送する。前線のような線図形は連続する複数の点に分解し、その座標列を伝送し
て受信側で再構成する。また、記号、文字等は位置と種別を符号化する。
このように、気象図を構成する要素を分解して別々に伝送し、受信地で再構成すること
により、それぞれに最適な圧縮方式を選択することができる。本節では、この中で、等圧
線で表される気圧情報を符号化する手法を提案する。
5.2.3
等圧線情報の符号化
等圧線図を線図形として符号化するのは自然な発想である。等圧線のような線図形を符
号化する方法は従来から知られており、代表的なものに関数近似法、スプライン近似法な
どがある。これらの方法は曲線の形状を関数を使って表現するもので、柔軟性の高い近似
ができることが特徴であるが、入り組んだ長い曲線を表そうとすると、使用する関数特有
の癖が現れて原図形に忠実な自然な曲線表現ができない場合がある。
ここでは、全く異なるアプローチを採用する。その概要は以下のとおりである。
1)等圧線の情報を基にして地図上の気圧勾配を補完し、地図平面上に連続値の気圧
分布モデルを作成する。
2)上で得られた気圧分布を256階調に量子化し、多階調の画像データに変換する。
3)画像データに離散コサイン変換を施し、低周波成分を抽出してデータ圧縮を行う。
本手法は、等圧線で描かれた線図形を連続的な曲面データに変換して3次元情報にした
後、離散コサイン変換を施してデータ圧縮を行うもので、隣り合った画素間の統計的相関
を利用して強力な圧縮が可能になると予想される。
以下に処理のフローを述べる。説明に用いる気象図の例を図5.2.2-1に示す。
- 76 -
(1)等圧線図の作成
図5.2.3-1を気象図の原画像とするとき、これ
を「等圧線画像(図5.2.3-2)」、「共通画像(図
5.2.3-3)」、「その他の画像要素(図5.2.3-4)」
に分解する。
「その他の画像要素」については、それぞれ
の要素を符号化する検討が必要であるが、ここ
では省略し、主に「等圧線図形」の符号化を取
り扱う。
(2)気圧データの補間
等圧線の値を基にして、等圧線で挟まれる部
図5.2.3-1 サンプル画像
分(図5.2.3-2の白地の部分)の気圧を補間式を
使って計算で求め、連続的な気圧分布データを作成する。このとき、等圧線上の値は保ち
ながら、その他の場所の気圧と滑らかに接続するように補間値を与える必要がある。この
補間は次の方法で行う。
図5.2.3-2 等圧線を抜き出した画像
図5.2.3-3 共通画像
- 77 -
[気圧値補間アルゴリズム]
① 気象図を縦nピクセル、横nピクセルのメッシ
ュで区切る。その一つの正方形領域を図5.2.3-
5のようにPQRSとする。これら4点の座標を(X
i,Yi)
(i=P,Q,R,S) とする記号等を抜き出
した画像とする。このときの座標値を次のよう
に表す。
図5.2.3-4 記号等を抜き出した画像
XP=XR=X0
(5.2.1)
XQ=XS=X1
(5.2.2)
YR=YS=Y0
(5.2.3)
YP=YQ=Y1
(5.2.4)
図5.2.3-5 4点の位置関係
② 点Pを例にとって説明する。次のようにして点Pを通る2次曲面を求める。
交差点Pの周辺の2次曲面の方程式をを式(5.2.5)で表す。
2
2
ax +bxy+cy +dx+ey+f=0
(5.2.5)
式(5.2.5)の係数a,…,fを求めるため、点Pの周辺で気圧値が既知の点を6点求める。
その一つの方法として、点Pから縦、横、斜め45度の8方向に直線を延ばし近隣の等圧線
と交わる点を少なくとも6個求める。但し、一つの直線が複数の等圧線と交わる場合が
あるので、それらの中から点Pに近いこと、複数の気圧値を含むことを条件にして6点
を選び出す。これらをP1,P2,…,P6とし、Piの座標を(xi,yi)で表す。これら6点
を通るP1,P2,…,P6の座標値を上の式に代入することにより、a,…,fに関する連立
方程式が得る。これを解けば6点を通る2次曲面の方程式が得られる。4点P, Q, R, S
について同様の計算を行い、それぞれの点を通る2次曲面の方程式を求める。この結果
得られる方程式をfP(x,y)、fQ(x、y)、fR(x、y)、fS(x,y)と表す。
③ P, Q, R, Sに囲まれた内側の任意の点Aの座標(X,Y)を次のように表す係数α,βを求め
- 78 -
る。但し、0≦α≦1,0≦β≦1である。
X=αX0 + (1-α)X1
(5.2.6)
Y=βY0 + (1-β)Y1
(5.2.7)
④ 点Aの気圧の補間値FAを次の式で与える。
FA=α(1-β)fP(x,y)+(1-α)(1-β)fQ(x、y)
+αβfR(x、y)+(1-α)βfS(x,y)
(5.2.8)
同様の計算を図の全ての点について行って補間値を求める。この計算では、等圧線上の
気圧値の気圧値は保持され、その間の補間値は2次曲面の加重平均で得られるため、等圧
線付近で滑らかに変化する擬似的な気圧分布が得られる。
以上の計算は、気圧配置が図5.2.3-1のような天気図で与えられる場合に用いるが、気圧
分布が数値で得られる場合は不要である。
(3)気圧データの変換と予備圧縮
天気図上の各点に与えた擬似的な気圧分布を離散値を持つ画像データに変換し、圧縮符
号化を行う。ここでは、一般的な気圧配置を想定して気圧値が900hPaから1060hPaの間
にあるものと見なし、気圧値Fを256値(0から255の整数値)の輝度Gに変換する。ここ
では式(5.2.9)を使用することを想定しているが、可変量子化を行って量子化誤差を小さく
する変換式を採用することもできる。
G=int {1.5 × (F-900) }
(5.2.9)
この変換により、等圧線図は0から255の輝度値を持つ単色グレー画像に変換される。
この画像は気圧変化に対応した輝度変化をするため、変化は緩やかで、画像に含まれる周
波数成分はかなり低いものと考えられる。
次に、得られた画像に離散コサイン変換を施して符号化するが、その前に輝度値変化を
損なわない範囲で解像度を下げる予備的なデータ圧縮を行う。このとき、例えば原画像の
解像度が640×480であれば、横を1/4、1/8、1/16、1/32、縦を1/3、1/6、1/12、1/24にそ
れぞれリサンプリングする。この予備的圧縮の結果、データ量は1/12~1/768に減少する。
リサンプリングによって気圧変化の滑らかさが損なわれるので、再現画像(等圧線図)の
形が損なわれない範囲の圧縮に留める必要がある。
(4)離散コサイン変換によるデータ圧縮
予備的に圧縮された画像に離散コサイン変換(DCT)を施した後、低周波成分を抽出す
る圧縮符号化を行う。DCTを用いた符号化方式としてはJPEG符号化が代表的であるが、
- 79 -
JPEG符号化はカラー画像の符号化方式であるため、単色のDCTを用いる必要がある。本
符号化により、データ量は最大で1/20程度に圧縮できるものと思われる。
以上の符号化法を用いれば、予備的圧縮とDCTによる圧縮の併用で解像度640×480の原
画像(データ量307kbits)は1/200から1/15000に圧縮される。このときのデータ量は
1.5kBytes以下になるものと予想される。
(5)復号
受信地では以上の手順を逆に行うこと(IDCT、解像度伸張、気圧値への逆変換)によ
って気圧分布を復元する。但し、予備的圧縮による解像度低下を補うため、データ伸張時
に補間による平滑化を行う必要がある。更に、気圧分布を等圧線図で必要な気圧値で切る
ことによって等圧線図を得る。最後に、等圧線図、背景図形、別途符号化した記号要素等
を重ね合わせることにより、目的とする天気図が再現される。
5.2.4
まとめ
今回の検討は等圧線の圧縮だけを対象にしており、その他の要素の符号化を含めた検討
が必要である。また、上記のアルゴリズムを実装し、ディテールを保持できる範囲での圧
縮率の定量的検討、再現画像の忠実さの評価などを行うとともに、今回は具体的に検討し
なかった線図形としての符号化との比較を行うことが今後の課題である。
- 80 -
第6章
まとめ
本年度の目標としては、送信出力制御による、周波数有効利用を図ることであった。そ
れに関しては期待出来る結果が得られたと考えられる。しかしその過程で現実の海上での
実証実験を通じ装備状の問題、外部環境が与える問題などが判明してきた。それらの問題
に対しては、無線システムばかりではなく、おかれる環境を含めての対応が必要と考えら
れる。
6.1
本年度の調査検討がもたらした成果
本年度の調査検討で送信出力制御による周波数の有効利用の可能性が示せた。それによ
り文献調査(注1)から半径約 5.3km の船団に対し、適切な出力で通信を行うことで周波数
の有効利用が計れることをしめすことが出来た。(図 6.1-1 参照)
図 6.1-1
27MHz/40MHz 無線機通信エリア対船団の大きさ
(注1)「夏期の日本海イカ釣り漁場における小型イカ釣り漁船の分布と漁船間距離」2002 年崔 淅珍他
「日ノ御崎における一本釣り漁船集団と通航船舶について」 1984 年 柳川 三郎 他
6.2
海上実験を振り返って
海上実験を通じて得られたものは、:
1)比較的低い周波数帯を使用するため、アンテナならびにその装備環境の相互作用が
除去出来ず、指向性がどうしてもつきまとう。27MHz/40MHz 帯だと波長が約 10m に
なるが、それを使用する船舶も波長とそれほど変わらない大きさであり、アンテナの大
- 81 -
きさも制限されるため、電界強度のムラが出てきてしまう。これに対して今回は送信に
マージンを持たせたが、積極的に送信電力を変化に合わせることを検討する必要がある
と考えられる。なお、2 つの周波数帯ではやはり周波数の高い 40MHz 帯の方が、本通
信方式に向いていると考えられる。
2)海上伝搬の場合、障害物はないが、自由空間伝搬より損失が多く距離が倍になると
約 10dB 損失が増加する結果となったため、その結果を送信電力制御に反映させて一応
の成果を得た。
3)エンド・ツー・エンドのエラー制御では時間が掛かるすぎることが判明したのでデ
ータリンク層へ再送機能を持たせリンク・バイ・リンクのエラー制御が出来るようにし
たが、現時点では効果を測定していない。
4)今回の一連の実験を通じて、3 種類のキャリアセンス方式を試みたが、環境からの
ノイズなどの影響による挙動の違いにより、一長一短が有ることが判明した。今後これ
らの方式について組み合わせる、あるいは改良を加えるなどして誤検出を減らすことを
検討する必要があると考えられる。
5)今回一連の海上実験では船内環境も含め外来ノイズの影響が出てきたが、装備なら
びに船内環境の整備などで対応すべき問題もあると考えられる。
今後の課題として:
音声用に開発された無線装置を使用することからの限界もあり、今後デジタル通信も考
慮した無線装置の開発にも期待されるところがある。特に今回キャリアセンスのために無
線機内部の信号を外部に引き出し使用したが、現在のアダプタ方式には一定の限界がある
ことが判明した。また、今後高速化を図るためには、変調方式、帯域幅など制度面の検討
も必要となってくると考えられる。
アプリケーションについてはアドホックの通信環境に適合させると共に、一番期待され
画像情報についてさらなる検討を行い、基本的技術の確立を目指したい。それにより、気
象図ばかりではなく、水温図や海流図にも応用できるのではと考えられる。
このアドホックネットワークがもたら通信サービス像について提示する必要があると
考えられる。
- 82 -
おわりに
海上通信と陸上通信の通信環境格差の解消のため、海上通信、特に漁業通信で使用して
いる無線設備を利用したアドホックネットワーク通信の可能性の研究を昨年度に引続き実
施した。本年度は、1)昨年度プロトコルとして最適であると選定された AODV 方式によ
る海上試験の実施と、2)同一周波数において無用な混信を避けデータ伝送の効率化を図
るための送信電力制御技術のシミュレーション実験と評価、3)評価結果に基づく送信電
力制御の室内試験及び海上実験を実施し、検証することが課題であった。
結果は各章に記述のとおりであるが、1)の AODV 方式による海上実験では昨年度の室
内実験を再現する理想的な船舶配置での海上実験が困難であることから、現実的に海上実
験が可能な船舶配置への見直し、データリンク層のパラメータやキャリアセンス方式の変
更を行ったため、室内で再実験の上での海上実験となった。結果は昨年の室内実験と類似
のデータが得られたことで、AODV 方式のアドホックネットワークの海上での構築の可能
性を確認し有効性を検証できたが、急遽の見直しと変更は今後の反省材料である。また、
本年度の海上実験はあくまで有効性の検証実験であり、今後は海上実験で判明した課題の
解決を図ると共に、何れは現実的な船舶の配置での実験も必要と考えられる。
27MHz/40MHz 帯の周波数は伝搬距離が長いが、アドホックネットワークの構築におい
ては長距離伝搬の必要は無く、最小限の送信電力で通信が出来れば良い。2)、3)の課題
で送信電力制御技術が確立しアドホックネットワークに取入れられれば、通信の伝達特性
の改善が図れ、更に、同一周波数の利用区域が広がり周波数の有効活用にも繋がることか
ら、本項目の実験結果に期待をしていたところであり、有効性が確認できたことは1)の
検証結果と併せ、実現に向けて更に一歩前進したと考えられる。なお、実験結果で有効性
は検証できたが、送信電力制御機能を追加するに際しキャリアセンス方式や再送信制御な
どの変更を行った技術的な背景が多少明確で無い事は残念である。今回の海上実験の結果、
課題である雑音、フェージング、混信など電波伝搬上の問題や機器の装備上の問題や音声
用無線機器を利用するための限界などが明確となったことから、これらの解決に加え、今
後の検討において先にも述べたとおり現実の通信環境での海上実験を行い、アドホックネ
ットワークの実用化の実現を目指す必要があり、それに期待するところである。
終わりに、総務省をはじめ、精力的に検討、実験を実施された作業部会及び検討会の委
員ならびに事務局の方々にお礼申し上げます。
副座長
水洋会
中村勝英
付属資料
付属資料1:設置要綱(構成員名簿及び検討スケジュール)
付属資料2:送信電力制御実験時のデータリンク層の設定
付属資料3:送信電力制御海上実験の結果(補足)
(衝突回避実験、クロストラヒック実験、経路再探査実験)
付属資料4:27MHz/40MHz 電波伝搬比較実験結果
付属資料5:現地調査報告(新潟県、宮崎県)
付属資料 1:設置要綱
周波数有効利用のための海上無線アドホックネットワーク技術の調査検討会
設 置 要 綱
平成20年6月4日
社団法人電波産業会
1
名
称
本会は、周波数有効利用のための海上無線アドホックネットワーク技術の調査検討会(以下
「調査検討会」という。
)と称する。
2
目
的
現在、陸上通信ではモバイルインターネットや無線 LAN 等のシステムが普及しブロードバン
ド化が急速に進展しているが、海上(船舶)通信では、一部で衛星通信によるインターネットを
活用しているものの、ほとんどが短波帯、中短波帯、超短波帯等の電信・電話・ファクシミリ、
印刷電信等の限定的な利用となっている。このように、海上と陸上通信との通信環境の格差が拡
大しており、その格差の解消が大きな課題となっている。
この通信環境の格差を解消するため、本調査検討においては、一般に普及している海上無線通
信システムを利用しつつ、送信電力を制御することにより周波数を有効に利用できる技術及び実
現性の高いアドホックネットワーク技術を用いた技術について技術的条件の検討を行うことを目
的とする。
3
調査検討事項
(1)プロトコル AODV を用いたアドホックネットワーク海上実証試験
海上無線アドホックネットワークに使用する最適ルーティングプロトコルとして平成 19 年
度に選定された AODV(Adhoc On Demand Vector Algorithm)を用いて海上での電波伝搬試
験(海上での試験においては最低でも 5 ホップ以上の試験を行うこと)を無線機器(27MHz 帯
DSB 機器及び 40MHz 帯 DSB 機器とする。以下同じ)を用いて行い「周波数有効利用のため
の海上無線アドホックネットクーク技術の調査検討平成 19 年度報告書(別途参照)の室内試験
に基づいたデータと比較すること。比較したデータに基にプロトコルの改善を行うとともに、
伝送速度 1200bps での実用的なアプリケーション・コンテンツについて検討を行うこと。
(2)送信電力制御のための技術の検討
同ーチャネルで効率的なアドホック通信を行うために、近い距離において送信電力を減衰さ
せる制御技術(検討にあたっては、プログラマブル減衰器の挿入など電力制御が可能な手法を
選定すること。)及び同-チャネルを使用して同一船団のグル-プ通信を可能とする手法につい
ての検討をコンピューターシミュレーションにより行うこと。
(3)送信電力制御技術の室内及び海上試験の実施
上記(2)のシミュレーションの結果を踏まえて、電力制御機能を付加したアダプタ型試験装
置を用いて室内実験によりその性能を検証し必要に応じて改修すること。次に上記(1)の無線
付1-1
機器を用いて海上での電波伝搬特性での実験において電力制御技術が有効であることを実証す
ること。
4
構
成
(1) 調査検討会は、座長、副座長、委員及びオブザーバで構成し、その構成員は別紙のとおり
とする。
(2) 調査検討会は、必要に応じて作業部会を置くことができ、その構成員は調査検討会で定め
る。
(3) 作業部会には主査を置き、座長が指名する。
5
運
営
(1) 調査検討会は、座長が招集し主宰し、座長の不在の時は、副座長が代行する。
(2) 調査検討会の運営に関し、必要な事項は、調査検討会において定める。
6
設置期間等
(1) 調査検討会は、社団法人電波産業会に設置する。
(2) 調査検討会は、設置の日から平成 21 年 3 月 25 日までの間設置する。
7
事務局
調査検討会の事務局は、社団法人電波産業会が行う。
8
その他
(1) 調査検討会における調査検討事項に関する成果を公表する場合には、原則として社団法人
電波産業会及び総務省の承認を得るものとする。
(2) 調査検討会の報告書に関する全ての著作権は、総務省に帰属する。
付1-2
「周波数有効利用のための海上無線アドホックネットワーク技術の調査検討会」
構 成 員 名 簿
(会社/機関名順不同、敬称略)
座
長
吉田
進
副 座 長
中村
勝英
水洋会
委
員
清水
偉行
社団法人全国漁業無線協会
委
員
井上
健
神戸大学大学院
海事科学研究科教授
委
員
太田
能
神戸大学大学院
工学研究科情報知能学専攻
委
員
桑野
満博
委
員
高瀬
正廣
委
員
平岡
康
委
員
岡田
一泰
オブザーバ
斎藤
春夫
オブザーバ
濱崎
末盛
オブザーバ
成瀬
芳之
オブザーバ
松井
明
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課海上係長
オブザーバ
町田
昭
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課海上係
オブザーバ
小澤
亮二
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課海上係
事
務
局
五十嵐
喜良
事
務
局
城戸
賛
事
務
局
有竹
信夫
京都大学大学院
情報学研究科
教授
事務局長
㈱神戸デジタル・ラボ
業務部長
取締役
准教授
R&D システム部長
古野電気株式会社 舶用機器事業部 開発部 通信機器開発課
主任技師
古野電気株式会社 舶用機器事業部 開発部
ソフトウェア開発課 主幹技師
日本電信電話株式会社 NTT未来ねっと研究所 ワイヤレスシ
ステムイノベーション研究部 部長 兼 第一推進プロジェクト
プロジェクトマネージャ
水産庁
資源管理部
管理課
課長補佐
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課課長補佐
(第 1 回会合)
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課課長補佐
(第 2 回会合から)
社団法人電波産業会開発研究本部
開発センター長
社団法人電波産業会航空海上通信グループ担当部長
社団法人電波産業会航空海上通信グループ主任研究員
付1-3
「周波数有効利用のための海上無線アドホックネットワーク技術の調査検討会」
作 業 部 会 構 成 員 名 簿
(会社/機関名順不同、敬称略)
主
査
井上
健
神戸大学大学院
海事科学研究科
委
員
太田
能
神戸大学大学院
工学研究科情報知能学専攻
委
員
桑野
満博
㈱神戸デジタル・ラボ
取締役
委
員
北田
高之
㈱神戸デジタル・ラボ
R&D システム部
委
員
高瀬
正廣
委
員
平岡
康
オブザーバ
成瀬
芳之
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課課長補佐
オブザーバ
松井
明
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課海上係長
オブザーバ
町田
昭
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課海上係
オブザーバ
小澤
亮二
総務省総合通信基盤局電波部衛星移動通信課海上係
事
務
局
五十嵐
喜良
事
務
局
城戸
賛
事
務
局
有竹
信夫
教授
R&D システム部長
古野電気株式会社 舶用機器事業部
通信機器開発課 主任技師
古野電気株式会社 舶用機器事業部
ソフトウェア開発課 主幹技師
社団法人電波産業会開発研究本部
准教授
リーダ
開発部
開発部
開発センター長
社団法人電波産業会航空海上通信グループ担当部長
社団法人電波産業会航空海上通信グループ主任研究員
付1-4
周波数有効利用のための海上無線アドホックネットワーク技術の調査検討会
年度開催スケジュール
(平成20年度)
調 査
検討会
6月
作業
部会
討
内
容
備
考
○キックオフ
○本年度の調査検討の方針
○作業部会の設置
○作業分担
第1回
6/30
7月
検
第1回
7/9
○キックオフ
○アドホックネットワーク海上実証実験準備
○各検討課題検討方針確認
第2回
9/12
○アドホックネットワーク海上実証実験準備
○検討課題進捗状況
8月
9月
アドホックネットワーク海上実証実験(伝搬実験)9/17~9/18
アドホックネットワーク海上実証実験(海上再現実験)10/6~10/10
10月
第3回
10/31
○アドホック通信海上実証実験報告
○検討課題進捗状況
第4回
11/12
○検討課題進捗状況
第5回
11/27
○検討課題進捗状況
第6回
12/22
○検討課題進捗状況
○報告書章立て検討
11月
12月
○海上実証実験報告
○電力制御実験準備作業捗状況報告
○室内実験準備見学
○報告書章立てと執筆担当
第2回
12/27
送信電力制御技術室内実験 1/6~1/10
1/19
1月
海上実験事前打ち合わせ
送信電力制御技術海上実験 1/26~1/29
第7回
2/17
2月
3月
第3回
3/10
○電力制御海上実験報告
○最終報告書(案)の取りまとめ
○最終報告書(案)審議
付1-5
(神戸開催)
付1-6
付属資料2:送信電力制御実験時のデータリンク層の設定
送信電力制御の室内及び海上実験を行う際にデータリンク層に設定した各種パラメータ
について一覧表にまとめた。
表 付 1 送信電力制御実験(室内・海上)時のパラメータ一覧
1
送信出力減衰値
パスロス推定の式から減衰値は 0dB~40dB の 5 段階のうち、最適なものが決定される。そ
の際の推定送信半径は下記の表のようなものとなる。
0dB
10dB
20dB
30dB
40dB
減 衰 値
48km
24km
12km
6km
3km
推定送信半径
2
基本送信出力
30dBm(27MHzDSB 無線機(出力 1W)において。)
3
最小受信電界強度
-84dBm(送信半径。)
4
最小キャリアセンス電界強度
-94dBm(送信半径の 2 倍。)
5
マージン
20dB(普通のアンテナ設置による指向性の変動幅を 10dB と考えると、2 隻の船が同時に
指向性の悪い方向を相手側に向けるとパスロスが 20dB 増える。他の変動要素もあるが、そ
れらはこのマージンで吸収可能。)
6
SLV 用 A/D コンバータの受信電界強度測定範囲
-100dBm 以上(-100dBm 以下の弱い信号は判別不能。)
7
RREQ 経路探索回数
2 回(RREQ 再送なら 1 回。1200bps では 1 ホップ 1 隻の送信に秒単位で待たされるため、
フラッディングを 5 回も 10 回も行う設定にすると、経路探索失敗の検出には数 10 分待た
されることもありうる。
)
8
RREQ 再送タイマ
20 秒(探索が 2 回ならばタイマ値は 1 つ。4 秒*(TTL+2)という式に基づく。4 秒は 1 ホッ
プ RTT。端末数 1 桁を想定した冬の海上実験用の設定。)
9
フラッディング用 TTL と経路探索フェーズの送信出力(減衰量)の変動値
1 回目は TTL=3 で 40dB 減衰、2 回目は TTL=3 で 0dB 減衰(あくまで暫定値。)
付2-1
10
SIFS
160ms(PTT-OFF から安定受信可能になるまでの時間 200ms から逆算して必要な値。)
11
DIFS
260ms(SIFS + slottime )
12
slottime
50ms(オシロスコープで測定した SLV-CS の性能から決定。
)
13
CWmin
基本は 7(実験時にはパラメータ変数となる。)
14
最大再送回数
基本は 2 回(実験時にはパラメータ変数となる。 0 で再送制御 OFF。 CWmin=7 なら
CW=7,15,31 の組み合わせ。)
15
プリアンブル長
26 バイト(55 Hex:20 バイト+7E Hex:6 バイト。フレーム検出ルールも 3→4 バイト連続
受信に変更。
)
16
AX.25 ヘッダサイズ(データパケット)
21 バイト(CRC2 バイト含む。電力制御・再送制御用のフィールドとして 3 バイト追加。)
17
ACK サイズ
19 バイト
20
ACK 再送タイマ
ACK 再送タイマは ACK 返信予測時間+α程度で設定
付2-2
付属資料3:送信電力制御海上実験の結果(補足)
付属資料 3 には 2009 年 1 月に行った電力制御海上実証実験の結果のうち、主に再送制
御機能の確認実験の結果を記載する。この機能は、室内実験で所要の動作をし、送信電力
制御で要求される機能を満足していること確認しているが、実際の海上の通信環境での動
作確認を行ったものである。
実験日時場所は本文の電力制御海上実証実験と同じである。
日程:2009 年 1 月 25 日~29 日
場所:和歌山県串本町~紀伊大島~潮岬周辺海域
実験船:現地の漁船と遊漁船計 4 隻(実験中は 1 号艇~4 号艇と呼称)
(1)
衝突回避実験
図付 3-1 の海域で 1,2,3 号艇を停泊させた。2008 年 10 月の AODV 海上実証実験(クロ
ストラヒック実験)での教訓を元に、一方の信号が他方の信号をかき消すことがないよう、
1 号艇と 2 号艇間及び 1 号艇と 3 号艇間の受信電界強度が等しくなるように配置した。固
定の減衰量としては 20dB を選んだ。その他の設定や実験方法は送信電力制御室内実験と
同様であるが、CWmin のパターンを追加した。
← 2,3号艇衝突
2号艇,3号艇の送信が衝突。
1号艇はデータを取得出来ず。
1
2
3
1
→ 2,3号艇回避
3号艇は2号艇の送信終了をキャリア
センスにより待っている。
2
図付 3-1 衝突回避実験配置
付3-1
3
15
80%
10
60%
40%
5
到達率
平均RTT[秒]
100%
到達率(2号艇)
到達率(3号艇)
平均RTT(2号艇)
平均RTT(3号艇)
20%
0%
0/0
0/3
0/7
0/15
0/31
0/63
0/127
2/3
2/7
2/15
2/31
0
最大再送回数/CWmin
図付 3-2 衝突回避実験結果
図付 3-2 に示されるように、およそ送信電力制御室内実験と変わらない結果が得られた。
0/127 と 2/31 というパラメータパターンを増やしたが、最大の CW=127 ならば再送制御
なしでも 100%近い到達率が得られた。その代わり RTT は非常に大きくなった。2/31 の場
合、最終的には CW=127 を用いて回避するため高い衝突回避率を得られる上、RTT は 7
秒前後に抑えられた。
ネットワーク規模次第で、最適パラメータが変化するのは送信電力制御室内実験の考察
と同様だが、再送制御があれば、遅延を抑えつつ、高信頼性を得られることは確かである。
(2)
クロストラヒック実験
配置は図付 3-3 に示すように AODV 海上実験と同様に紀伊大島の金山の岬を利用して、
2,3 号艇間を遮蔽した。ただし、衝突回避実験と同様に、1 号艇における 2,3 号艇からの信
号の受信電界強度が等しくなるように配置した。パラメータ設定は今回の衝突回避実験の
ものと同じである。
付3-2
← 2,3号艇隠れ端末状態 (衝突 )
2号艇と3号艇の送信が衝突。1号艇
は受信できず。
1
3
2
1
→ 2,3号艇隠れ端末状態 (回避 )
バックオフ時間の完全なずれによる
回避。
3
2
図付 3-3 クロストラヒック実験配置
15
80%
10
60%
40%
5
到達率
平均RTT[秒]
100%
到達率(2号艇)
到達率(3号艇)
平均RTT(2号艇)
平均RTT(3号艇)
20%
0%
0/0
0/3
0/7
0/15
0/31
0/63
0/127
2/3
2/7
2/15
2/31
0
最大再送回数/CWmin
図付 3-4 クロストラヒック実験結果
結果は図付 3-4 に示すように、傾向は送信電力制御室内実験のときと同様であった。た
だし、同一条件のはずが、1 号艇→3 号艇への ping を衝突もしていないのに 3 号艇が取り
こぼすことが多かった。これについては、環境からの雑音のが原因と考えられ、本文の 4.3.2
で考察する。
送信電力制御室内実験時の考察では再送制御は隠れ端末にさほど効果がないとしていた
が、今回のように衝突ではなく 1 ホップでロスが発生する場合、再送制御によって救われ
たフレームをいくつか確認することができた。しかし、やはり再送制御が隠れ端末問題に
効果があるとは言い難い。
付3-3
(3)
経路再探索実験
1,2,3 号艇を図付 3-5 のように配置し、1 号艇から 3 号艇へは 2 号艇を中継する必要があ
る疎通関係性にした。なお、電力制御の動作を確認するために、1 号艇と 2 号艇は 40dB
減衰による出力でも通信できる配置、2 号艇と 3 号艇は 40dB 減衰では通信できない配置
とした。この疎通関係性を確立した後、1 号艇から 3 号艇への経路探索を実行した。
3
←港の4号艇を経由した経路が作成
されている。
4
1
3
→期待した2号艇を中継する経路が
作成されている。
2
1
図付 3-5 経路再探索実験配置
この実験の結果、
1.
1 号艇が 40dB 減衰で探索を開始(RREQ ブロードキャスト)
2.
2 号艇が受信し、40dB 減衰で RREQ をフラッディング
3.
40dB 減衰のため 3 号艇は RREQ を受信できない
4.
20 秒後に 1 号艇が減衰なしで RREQ を再送
5.
2 号艇が受信し、減衰なしで RREQ をフラッディング
6.
3 号艇は 2 号艇からの RREQ を受信して、1 号艇への RREP を生成
7.
3 号艇が 2 号艇へ、2 号艇が 1 号艇へ RREP をユニキャスト転送
8.
1 号艇が RREP を受信し、双方向の経路構築に成功
という動作を確認した。つまり、RREQ の再送制御及び電力制御の経路探索フェーズとも
に正しく動作したことになる。
本実験の開始時には港に停泊していた 4 号艇も AODV を起動していた。そのため、図
付 3-5 左図のような経路が予期せず構築された。これによって以下のことが言える。
z
2 号艇と 4 号艇で RREQ を先にフラッディングした 4 号艇が中継端末として選ばれ
付3-4
た。(AODV 海上実験時の経路選択実験の再現)
z
1,2,3 号艇と 4 号艇を別の船団と解釈した場合、無関係な他船を中継船として利用
し、僚船との経路を構築したことになる。互いに中継端末として利用しあう、アド
ホックネットワークの特性が現れた。
z
アドホック端末を船上に限らず、灯台や陸上拠点に定点インフラとして配置すれば、
いつでも中継に利用できるという可能性が見えた。
付3-5
付3-6
付属資料4:27MHz/40MHz 電波伝搬比較実験結果
串本沖での海上実証実験時に 27MHz と 40MHz 伝搬特性の比較実験を行った。実験は、
2 隻の船舶を使い、1 隻は港から送信を継続し、もう 1 隻は、大島を周回するコースで電
界強度の測定を行った。図付 4-1 は、周回する船で電界強度と BER を測定した測定ポイ
ントを番号(1~51)付の船形アイコンで示している。アンテナを含むそれぞれの実験設備は
同じ条件で装備した。その結果、40MHz の方が 27MHz よりもアドホック通信に向いてい
る周波数帯である事が確認できた
40
35
47
1
48
図付 4-1 電界強度測定経路
付4-1
(1)アンテナの指向性
40MHz のアンテナは、27MHz のアンテナに比べて波
長が短い分、アンテナ長が短くなっている。その為、40MHz
と 27MHz の双方のアンテナを同じ場所に装備した場合、
40MHz のアンテナの方が周囲の影響を受けにくく指向性
への影響が少ない事が確認できた。
(図付 4-2 参照)
送信出力を 30dB 減衰させた状態で船舶間の距離を一定
に保ったまま片方の船舶を旋回したときの電界強度の差は
表 付 4-1 のような結果だった。40MHz のアンテナは、
27MHz のアンテナに比べ指向性の出方が dB 換算で半分
から 1/3 以下となっている。
図付 4-2 アンテナ装備
表 付 4-1 船を旋回させた時の電界強度差
通信距離
1.4km
測定ポイント 9
2.6km
測定ポイント 13
周波数帯
27MHz
40MHz
27MHz
40MHz
最大電界強度
-71.9dBm
-71.5dBm
-81.8dBm
-76.0dBm
最小電界強度
-81.5dBm
-74.3dBm
-88.0dBm
-78.5dBm
電界強度(最大-最小)
9.6dB (±4.8dB)
2.8dB (±1.4dB)
6.2dB (±3.1dB)
2.5dB (±1.25dB)
(2)空間ノイズ/混信
27MHz では、通信中に突発的な雑音や混信が有ったが 40MHz の通信では、確認できな
かった。また 40MHz では、空間ノイズが少なく、27MHz より終始安定に通信することが
できた。
図付 4-3 は、測定ポイント 1~40 における BER を比較した図である。送信出力は、30dB
減衰させた状態での測定値である。27MHz では、測定ポイント 35(通信距離:5.5km)から
BER が悪化し始めるが 40MHz では、測定ポイント 40(通信距離:8.8km)から BER が悪化
し始める。
付4-2
50
45
40
35
BER (%)
30
25
27MHz_BER
40MHz_BER
20
15
10
5
0
1
5
9
13
17
21
25
29
33
37
測定ポイント
図 付 4-3
27MHz と 40MHz の BER の比較。
(3)島陰への通達
通信経路が影で遮られたときは、40MHz の方が早く通信不能に陥った。27MHz に比べ
て電波の回折が少なく直進性の高いことが確認できた。
-50
-60
-70
電界強度 (dBm)
-80
27MHz
40MHz
-90
-100
-110
-120
-130
-140
43
44
45
46
47
48
49
50
51
測定ポイント
図 付 4-4 各測定ポイントにおける電界強度の比較
付4-3
図付 4.-4 から、島陰以外の測定ポイントでは、40MHz の電界強度が 27MHz の電界強
度より大きいのに対し、島陰の測定ポイント 47,48 で 40MHz の電界強度が 27MHz の電
界強度より小さいことが読み取れる。このことから、島陰に入ると 40MHz の電界強度の
減衰が大きくなっていることが言える。
アンテナの指向性、空間ノイズ/混信、島陰への影響の何れの比較結果からも 40MHz が
アドホック通信システムを構築するのに適している周波数であるという結果となった。逆
に条件の厳しい 27MHz でアドホック通信システムが構築できれば、40MHz では、より安
定したシステムが構築できることになる。
付4-4
付属資料5:現地調査報告
漁業無線局調査記録
周波数有効利用のための海上無線アドホック
ネットワーク技術の調査検討会 作業部会
主査 神戸大学大学院 教授
井上 健
1.新潟漁業無線局
日時
2008年8月5日(火)
訪問先
新潟市
担当者
新潟漁協総務部
新潟漁業協同組合
無線主任
高沢智司氏
内容
(1)新潟県及び新潟漁協所属漁船の業務活動について
・新潟県は、佐渡に27、上越・中越・新潟・下越に約22の漁業協同組合があったが、う
ち中下越と新潟の10組合が合併して新潟漁業協同組合となった。その他も、平成19年
から20年に上越漁業協同組合、佐渡漁業協同組合への統合が行われている。一方で、
統合事業から離脱した漁協が13ある。
・季節によらず漁は盛んで、いか、えび、かに、板曳網、刺網、定置網、延縄など様々
な漁法が行われている。
・新潟地区の漁船は5t未満のものが大半で、佐渡と本土の間の海域で操業している。漁法
としては一本釣りと板曳漁が多い。
・年齢構成は60才代が中心で高齢化が進んでいる。最も若い世代で40才代である。新潟
支所には32隻が登録されており、親子で操業している例が1件ある。
(2)新潟漁協の無線業務について
・漁協の統合は進んでいるが、各漁協に割り当てられた周波数はそのままで、記載事項
訂正で済ませている。
・新潟県には近海漁業をする船舶があって短波無線をサービスしていたが、次第に所属
船が減り、現在は所属船舶で海岸から数十km以上離れて操業する船舶はない。このた
め、短波無線は返上して27MHz/40MHzのみになっている。
付5-1
・漁船間の通信は携帯が中心で、陸との通信は非常時のみといってよい。無線局からは
毎朝8時に気象、海上事故、浮遊物情報、保安庁情報などを放送している。
・気象情報では、佐渡2カ所(弾崎、沢崎鼻)、能登半島沖の舳倉(へぐら)島の気象デー
タが重視されている。特に、舳倉島は新潟に数時間先行するため、気象の急変を予想
して引き上げを決める重要な情報になっている。
(3)漁業無線への期待、要請について
・知られたくない情報は無線では話せない。
・重要な気象情報は最新のものを頻繁に入手したい。
・新しい無線設備は高コストでは困る。
2.油津漁業無線局
日時
2008年9月4日(木)
訪問先
宮崎県油津漁業無線局、宮崎市漁協
担当者
坂元俊二局長
内容
(1)宮崎県及び宮崎市漁協所属漁船の業務活動について
・宮崎県では全県の漁協を1漁協に統合する方針が合意されているが、燃料高騰などの
影響を受けて進んでいない。
・油津は遠洋漁業の基地でもあり、まぐろ、かつお漁の漁船が利用している。ペルー沖
などの遠洋漁業は燃料高騰の影響で採算が悪化し、現在は操業が止まっている。その
ため、現在は三陸沖からその南方にかけての漁が中心で、東北の港で補給しながら半
年余りの長期操業をしている。採算は悪化しており、リスクが高い。
・通信には主に衛星電話とFAX(ワイドスター)を使っている。
・沿岸は、底引き、巻き網、刺し網、定置網、延縄などの漁法を使っており、漁は盛ん
だが、1年の半分ぐらいしか漁期がない。
・最近、黒潮付近の沖合魚が減っており、遠洋での乱獲、電子機器を使った大量捕獲が
原因ではないかと懸念される。
・沿岸での通信は携帯電話が使われている。沖合10km付近でも通信が可能である。沖合
30km付近(水深数百m)に5基の沖魚礁を県が設置している。この付近での漁は盛ん
付5-2
に行われている。また、海中に没した形の海中魚礁も設置されている。
・27MHz/40MHz帯の無線通信は僚船との連絡に使われている。主に、行き帰りの際の
情報交換、注意点の確認、家のことなどである。12マイル以遠では、40MHz/5wの無
線の方が遠くまで通信できる。
・1日の行動(刺し網)は以下のとおり。AM8時頃起床。午前中に準備。PM3時頃出漁。
1時間ほどかけて網を立てる。PM8時から9時頃再度出漁。網を回収しPM10時頃帰宅。
AM2時頃就寝の生活リズム。
・沿岸漁業は共同漁業権による共同買い付けを行っており、利益は折半する。沖合漁業
は競争で、各自の利益になる。
・高齢化は進んでおり、60~70代が中心である。但し、マグロ漁の船、巻き網船の年齢
は若い。
(2)宮崎漁協の無線業務について
・遠洋との通信にはA3E(SSB音声通信)を使っている。
・油津から周辺5漁協へは地上のNTT回線で結んであり、油津の27.764MHzのほか、各
漁協の周波数での一斉ワッチ、一斉放送が行える。
・提供する情報は、気象庁の情報の他、水産試験所から提供される沖魚礁の風向、風速、
水流、水温などを伝えている。
・漁船の事故は発生する。県南では転覆事故が多い。2-3tの小型船は無線を積んでいな
い船が多く、異常を感じた僚船が助けに行く場合が多い。
(3)漁業無線への期待、要請について
転落時の救助に対する関心は高い。小型船舶緊急援助システムの導入も考えたい。ア
ドホック通信に関しては、次のような点について疑問がある。
・費用負担の問題が大きい。
・異なる周波数を利用する漁船が参加するための中継の仕組みは大丈夫か。
・音声とデータの切り替えが簡単にできないと利用が限定される。
など、データ通信に対する強い関心が窺えた。
付5-3