今日の科学教育 - Europa

今日の科学教育:
欧州の将来に向けた新しい授業法
欧州委員会
研究総局
科学経済社会局
Science Education NOW:
A Renewed Pedagogy for the Future of Europe
科学技術振興機構 理科教育支援センター
訳
“First published in English as
Science Education Now: A Renewed Pedagogy for the Future of Europe
by the European Commission's Directorate-General for Research
on the European Union’s official website ‘Europa’
© European Communities, 2007
Japanese translation: © Japan Science and Technology Agency, 2008
Responsibility for the translation lies entirely with the
Japan Science and Technology Agency”
英語版は
「Science Education Now: A Renewed Pedagogy for the Future of Europe 」
というタイトルで
欧州委員会研究総局により
欧州連合の公式ウェブサイト「Europa」上で最初に公開された。
© European Communities, 2007
日本語版: © 科学技術振興機構, 2008
本翻訳に対する責任はすべて科学技術振興機構に存する。
この日本語訳は、科学技術振興機構 理科教育支援センターにて、
添嶋一、小倉康、木庭治夫
により作成されたものである。
2
〈日本語版〉
今日の科学教育:
欧州の将来に向けた新しい授業法
Science Education NOW:
A Renewed Pedagogy for the Future of Europe
科学教育ハイレベルグループ
Michel Rocard(座長)、
Peter Csemely、Doris Jorde、Dieter Lenzen、Harriet Walberg-Henriksson、
Valerie Hemmo(報告担当委員)
欧州委員会
研究総局
3
科学経済社会局
メンバー略歴
座長:
Michel Rocard
欧州議会議員、元フランス首相
報告担当委員(Rapporteur):
Valerie Hemmo
OECD「グローバルサイエンスフォーラムにおける科学教育活動」
報告担当委員
専門家グループメンバー
Peter Csemely
Semmelweis 大学(ブタペスト)、分子細胞学者、
2005 年 Descartes 賞(コミュニケーション)受賞
Doris Jorde
Oslo 大学、欧州科学教育研究協会(ESERA)代表
Dieter Lenzen
ベルリン Freie 大学学長、前ドイツ科学研究学会会長
Harriet Walberg-Henriksson
Karolinska 大学学長(ストックホルム)、
前スウェーデン教育科学省政府専門家パネルメンバー
左から、Harriet Walberg-Henriksson、Valerie Hemmo、Peter Csemely、
Michel Rocard、Doris Jorde、Dieter Lenzen
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要約
近年多くの研究により、重要な科学(key science)や数学教育に対する若者の関心が低下して
いることについて警戒すべき段階にあることが明らかになっている。この流れを変えようとす
る多くのプロジェクトや活動にも拘わらず、改善の兆候はいまだに控えめである。より効果的
な対策が講じられなければ、欧州の長期的な技術革新能力や研究の質も同様に低下することと
なろう。さらに、一般の人々の中でも、知識の使用依存度が増加している社会において生活し
ていく上で必須となりつつある技能の獲得が徐々に脅かされている。
このような状況において、欧州委員会は、この専門家グループに、現在実践されている施策
の代表例を分析し、若者の科学教育への関心に革新的変革をもたらし得るような手法に含まれ
ている要素やその模範事例を抽出するとともに、それにあわせて、必要な前提条件を特定する
という課題を与えた。
若者における科学教育への関心が低下し始めるのは、広く学校で科学が教えられる過程にお
いてであると見られることから、この点に焦点が当てられることとなろう。
この点に関して、科学教育界では探究型手法に基づく授業法がより効果的であるとほぼ意見が一
致しているにもかかわらず、欧州諸国の大半において、教室での実践でこれらの授業法は全く導入
されていないというのが現実の姿である。
「探究型」手法を通じて科学教育の改革を実施するという欧州における現在の施策は非常に
有望であるが、しかし、実質的な影響をもたらすだけの規模に至っておらず、普及や統合のた
めに欧州レベルで見込める支援を完全には利用できていない。
専門家グループにより認められた事実と勧告を下記に要約する。
学校における科学教育の授業法を演繹型手法中心から探究型手法に転換することは、科学へ
の関心を高める手段となる。
探究型科学教育(inquiry-based science education、)については、初等および中等段階の双方に
おける児童生徒の関心と達成度を向上させる効果が明らかとなったと同時に、教員の意欲を刺
激することが分かった。IBSE は最も不得意な子どもから最も優秀な子どもまですべての児童生
徒に有効であるとともに、最先端への向上心にも完全に対応できる。さらに、IBSE は女性の科
学活動への関心や参加を促進するのに有益である。最後に、IBSE と伝統的な演繹型手法は排他
的なものではなく、異なる考え方や年齢層の要望に対応するために、どの科学教室でも組み合
わされて用いられるべきである。
学校における科学教育の授業法を IBSE を基礎としたものに改革することは、フォーマル(公
式)とインフォーマル(非公式)な教育分野の関係者間での協力機会を増大させる。
IBSE 授業法は、その実施上の性質から、フォーマルとインフォーマルな教育双方の関係者間
のつながりを強める傾向を持つ。また、企業、科学者、研究者、技術者、大学、市・協議会・
保護者・その他の地域の人材が参加する機会を増大させる。
教員は科学教育改革の重要な担い手である。とりわけ、ネットワークに属することは、教員の
教育の質を向上させ、また、その意欲を維持させることを可能とする。
5
ネットワークは、教員の職能開発の効果的な要素として利用することができるとともに、よ
り伝統的な現職教員研修を補完し、また、やる気や意欲を高めるものである。
欧州において、科学教育活動に対する改革の基本的な部分は、「Pollen」と「Sinus-Transfer」
という二つの先進的な施策により進められている。これらの施策により、科学の分野において
児童の関心と成績を向上させ得ることが明らかにされた。これらの施策は、ある程度採り入れ
られるならば、望ましい影響が現れるだけの規模の効果を上げることができるであろう。
必要とされる資金の水準は、EU による資金援助策の範囲内にある。
勧告1
欧州の未来が危機に瀕していることに鑑み、政策責任者は、地方、地域、国家そして EU レベ
ルで変革を実施する責任を有している機関に対して、科学教育の改善を図る行動を取るよう要
求しなければならない。
勧告2
科学教育の向上は新しい形の授業法を通して達成されるべきである:学校における「探究型」
手法の採用、教員への IBSE 研修実施および教員ネットワークの開発が積極的に実施され支援
されなければならない。
勧告3
女子生徒における学校の主要科学科目への参加や科学に対する自信向上に、特に関心が払われ
るべきである。
勧告4
変革の秘訣を共有することにより変化のペースを上げることを目指し、欧州レベルでの共同行
動を通じて科学教育変革への市や地域社会の参加を推進するための方策が導入されるべきで
ある。
勧告5
国家の活動と欧州レベルで資金支援される活動との間の連携が改善されなければならないほ
か、EU の枠組み計画による手段と各国の教育文化分野のプログラムを通じて、Pollen や
Sinus-Transfer のような施策の支援を拡大する機会が設けられなければならない。第7次研究開
枠組み計画における「社会における科学」(the Science in Society、SIS)部門で提供される支援
に必要なレベルは、今後 6 年を超える期間(over the next 6 years)に約 6000 万ユーロ1と推定さ
れる。
勧告6
欧州委員会により、「社会における科学」の枠組み計画の中で、すべての関係者の代表が含ま
れる欧州科学教育諮問会議が設立され、支援されなければならない。
1
訳注:約 94 億 8 千万円(2008 年 3 月現在、1 ユーロ=約 158 円)。
6
序
近年多くの研究により、重要な科学(key science)や数学教育に対する若者の関心が低下して
いることについて警戒すべき段階にあることが明らかになっている。この流れを変えようとす
る多くのプロジェクトや活動にも拘わらず、改善の兆候はいまだに控えめである。より効果的
な対策が講じられなければ、欧州の長期的な技術革新能力や研究の質も同様に低下することと
なろう。さらに、一般の人々の中でも、知識の使用に対する依存度が増加している社会におい
て生活していく上で必須となりつつある技能の獲得が徐々に脅かされている。
このような状況において、研究と教育と文化に責任を有する欧州委員会は、ミシェル・ロカ
ール(Michel Rocard)を座長とする専門家グループに、現在実施されている活動の代表例の分
析を行い、また、若者の科学教育への関心に革新的変革をもたらし得るような手法に含まれて
いる要素やその模範事例を抽出するとともに、それにあわせて、必要な前提条件を特定すると
いう課題を与えた。若者における科学教育への関心が低下し始めるのは、広く学校で科学が教
えられる過程においてであると見られることから、ここが焦点となる。
本グループは、一から調査を始めたわけではなく、教育例の包括的評価も加盟国間の比較分
析も実施しなかった。本グループへの指示の趣旨は簡明であった:変化をもたらすことはでき
るか、また、どの程度効果的な行動が起こせるかを示すことができる具体的な例を特定できる
か?本グループは、この課題を完成させるまでの時間的制約を考慮すると、この手法に欠点が
ありうることは認識している。しかし、本グループは、幾つかの国の研究および教育政策に責
任を有する省の代表者と会合を持つとともに、多くの有望な施策のコーディネイターを探し、
直接情報を収集した(付録 1 参照)。
「科学」(Science)という言葉は何を示しているのか?
「科学」は、もっとも広い意味で、客観的事実をモデル化しようとするいずれかの知
識体系を意味する。より厳密な意味では、科学は科学的手法に基づいて知識を得る体
系やそのような研究を通じて得られた体系化された知識の集積を意味する。
本報告書の中では、「科学」という言葉は、より正確に、すべての物質科学、生命科
学、コンピューター科学、および技術(テクノロジー)の意味で用いることとし、ま
た、本報告書の目的のために、多くの欧州の初等・中等学校で一般的に教えられてい
る科目である数学を含めるという選択をした。
7
1.背景分析
所見1
欧州の未来への大きな脅威:科学教育は一般の人々の関心を引きつけるどころではなく、多く
の国でこの傾向は悪化している。
最近の OECD 調査2によると、直近 10 年間にわたり、多くの欧州諸国で、若者の大学入学者
数は増加したが、入学者は科学以外の学問領域を選択しており、その結果、科学を学んでいる
若者の割合は減少している(付録 2 参照)。その上幾つかの国では、数学や自然科学のような
重要領域-持続可能な社会経済発展の中心的領域-において、学生の絶対数が減少している。
実際、欧州の幾つかの大学からは、1995 年以降、物理学を専攻する学生数が半減していること
が報告されている。
性別という視点から見ると、一般的に女性は男性よりも科学教育に興味がなく、問題はより
一層深刻となる。OECD による生徒の学習到達度調査(PISA)に示されているように、15 歳の
時点では、既に性別による強い傾向が存在するほか、ほとんどの国で女子は男子よりも数学に
対する関心が極めて低い。この男女による差異の傾向は、数学・科学・技術(MST)の学問分
野を女性がほとんど選択しないことにつながっている。実際、欧州レベルでは、女性は MST
分野の卒業生のわずか 31%にすぎない(2004 年)。
所見2
科学教育が極めて重要であることについての一般的合意
欧州の人々の 80%が「若者の科学への関心は欧州の将来の繁栄にとって必須である」と考え
ている(「Eurobaromter 2005」3)。一方、重要な科学(key science)の課目を履修する若者が減
少しているという事実は驚くべきことである。科学教育は以下の事項に対して不可欠であるた
め、若者がこのように科学学習に対して関心を示さないことは真に極めて重要な問題である。
\科学リテラシー(science literacy)と科学への積極的な姿勢をすべての市民にもたらすこと。
優れた科学知識と技術の理解が要求される将来に備えて、若者に準備させることが必要なことは
明らかである。科学リテラシーは、ますます複雑になる技術や科学の進歩に強く依存している現代
社会が直面している、環境、医療、経済およびその他の問題を理解するために重要である。
しかし主要な問題は、すべての市民に対して、十分な情報に基づいた選択を可能とする批判
的な思考力や科学的な推理力を伸ばす機会を与えることにより、知識社会において生活し働く
ために必要とされる技能を身につけさせることである。科学教育は、誤った判断と戦い、合理
的思考に基づく共通文化を補強することに役立つ。
2
Evolution of Student Interst in Science and Technology Studies-Policy Report ; Global Science
Forum, OECD, May 2006
3
訳注:欧州委員会が行っている世論調査分析(Public opinion analysis)の結果をまとめた資料。
1973 年から実施している。
8
\欧州において、将来の経済的技術的発展にとって必要とされる十分な人数の優秀な科学者お
よび技術者を確実に養成し維持すること。
質の高い科学や技術の専門家を利用できることは、EU における先端技術産業の設立、参入
および成功のための主要要因である。欧州は知識基盤経済へ移行する過程で、需要を後追いす
るのではなく先取りする位置にいなければならない。さらに世界経済の観点からは、ある地域
に高度な技術を持つ労働力が存在することとその地域への投資の決定との間には、例えば、研
究開発施設の立地のように、明らかに関係がある。
このような状況において、欧州の政策決定者は無関心でいるわけではなく、科学教育が極め
て重要であるという声明を多数発表してきた。
-リスボンサミットにおいて、欧州を世界で最も競争的な知識基盤経済へ転換するために欧州
諸国が協力することが強調された。サミットでは、知識基盤社会を振興するための活動のほか、
教育と訓練を促進するための活動の必要性が認識された。
2000 年リスボンサミットにおいて、欧州の将来の繁栄は、知識の利用が社会経済的発展の要
となる環境の創出に依存していることを、EU 加盟国の元首や政府の首脳は認識した。リスボ
ンから 2002 年 3 月に開催されたバルセロナまでの一連の欧州サミットにおいて、GDP に占め
る研究費の割合を 2010 年までに欧州平均で 3%まで引き上げるという欧州戦略目標が定められ
た。これは研究者の数を 50 万人に、全研究従事者を 120 万人に増加させることを意味する。
-
教育・訓練体系の具体的将来目標についての欧州連合理事会への報告(2001 年)の中で、
教育会議は「社会の中で一般的な科学文化レベルを増大させる」ことが必要であると述べた。
科学は明らかに、全ての市民にとって必要なものとして振興されてきた:「科学および技術
の専門能力は、公開討論、政策決定や立法において一層必要とされている。市民は、もし問題
を理解し、たとえ技術的なことではなくても、十分な情報に基づいた選択を行おうとするなら
ば、数学や科学の基礎的理解が求められる。」
-
このような科学教育が極めて重要であるという主張は、ドイツ、ポルトガルおよびスロベ
ニアが理事会の議長国として採択した 18 か月計画において再確認され強化された。
計画では「議長国は、科学技術関連の人材の強化;科学的技術的な教育および文化の振興等
の問題に対処することにより、研究活動のためにより良い環境とより良い条件を助長するよう
に努力する」と明確に述べている。
-
研究活動・技術開発活動・実証活動に関する欧州共同体第 7 次枠組計画についての欧州議
会および理事会の決定は、協働活動を支援するための根拠を提供する。
同計画の「科学と社会」の部門においては、「学校を含むすべてのレベルでの科学教育を強
化するとともに、あらゆる生い立ちの人々における科学への関心と全面的な参加を促進するこ
とにより、児童生徒や若者の科学に対する関心を喚起する開かれた環境を創出する」ことが求
められている。
9
所見3
このような状況は、様々な原因の中でも特に、科学が教えられる方法に起因すると見ることが
できる。
\若者が科学に関心を向けない理由は複雑である;しかし、科学への姿勢と科学が教えられる
方法との間の関係を示す強い証拠がある。
「欧州人、科学と技術(European, Science and Technology)」についての 2005 年のユーロバロ
メーター(Eurobarometer)では、学校の科学の授業の質に満足している欧州人は、僅か 15%で
あったと報告されている。2001 年調査では、科学関連の学習や仕事への関心が低下している理
由についての無作為抽出面接調査において、回答の第 1 位は「学校の科学の授業が十分には興
味を喚起していない」であった(59.3%)。同じ調査で欧州人の 60.3%は、「関係当局はこの状
況の解決に努めなければならない」としている。
最近公表された OECD 報告書「科学と技術の学習における生徒の関心の変遷(Evolution of
Student Interest in Science and Technology Studies)」では、早い段階から科学に積極的に関わる
ことが、その後の科学に対する姿勢の形成に重要な役割を果たすことが認められている。しか
し、同調査は、低年齢の子供がこれらの科目に対して生来関心を持っているにもかかわらず、
伝統的な公式科学教育はこの関心を抑圧することがあり、したがって科学を学習する姿勢を育
てるのに負の影響を与えることがありうることも示している。
認められた原因の中でも、一部の初等学校教員が、十分な自信と知識に欠ける科目を教える
ように求められているという違和感のある状態は注目される。彼らは、より楽に感じる伝統的
な「板書と講義(chalk and talk)」をしばしば選択し、より深くまとめられた科学の理解が求
められる探究型手法を排除する。したがって理解よりも記憶が中心となる;さらに、時間割が
詰まっていて有意義な実験をするだけの時間がほとんどないと報告されている。
同報告書は、「授業は、情報を記憶するということだけでなく、科学的な概念や手法に一層
集中すべきであ」り、科学に関する教員研修への支援を一層強化しなければならないと勧告し
ている。
Jose Mariano Gago 教授が座長を務めるハイレベルグループは、その報告書「欧州はより多く
の科学者を必要としている(Europe Needs More Scientists)」において、科学教育に関して見られ
る問題を分析している。ここでも同様の結論が提示されている:科学の科目はしばしば余りに
抽象的過ぎる方法で教えられている。「抽象的になる原因は、十分な実験、観察および解釈に
基づく裏付けなしに」、さらに「その論理的な結果について理解することを十分教えないまま
に、そのほとんどが 19 世紀に発展した基礎的概念ばかりを教えようとするためである。」ま
た科学教育は、「理解と関心を合わせて発展させる機会」を若者に提供することに失敗してい
るほか、「科学知識の急速な進展および既に有り余る内容にテーマを「追加(adding-on)」する
ことにより、過度に事実偏重になっている」という強い危険に瀕している。その結果、「生徒
が科学教育は自分たちに無関係で難しいものと認識している」としても驚きではない。
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\科学教育界の大多数は、探究型手法に基づいた教育実践はより効果的であると認めているに
もかかわらず、多くの欧州諸国において、現実の科学教育はこの方法に従っていないというの
が、教室での授業の実態である。
探究型科学教育(IBSE)および課題に基づく学習(Problem-Based Learning 、PBL)とは何
か。
歴史的に見て、科学教育において二つの教育手法を対比することが可能である。
第一のものは、学校で伝統的に取られている「演繹的(deductive)手法」である。この手
法では、教員が、概念とそれらの論理的結果を説明し-演繹的-、応用例を示す。この
方法は、「トップダウン型伝達」とも呼ばれる。この方法では、児童は抽象的概念を扱
うことができなくてはならず、それが中等教育以前に科学を教え始めることを困難にし
ている。
これに対して、第二のものは、長い間、「帰納的(inductive)手法」と呼ばれてきた。こ
の手法では、観察や実験など、教員の指導により児童が自分自身で知識を構築できる余
裕がある。この方法は「ボトムアップ」手法とも呼ばれる。
年の経過とともに、用語は発達し概念は洗練された。今日では多くの場合、帰納的手法
は探究型科学教育(IBSE)と呼ばれ、主に自然科学および技術の教育に適用されている。
定義によると、探究とは、問題を診断し、実験を批評し、別の選択肢を区別し、調査を
計画し、推論を研究し、情報を探索し、モデルを構築し、仲間と議論し、論理的一貫性
のある論旨を形成する意図的な過程である(Linn, Davis & Bell, 2004)。
数学教育において教育界はしばしば、IBSEという用語より「課題に基づく学習」(PBL)
という用語を使用する。実際、数学教育では、多くの場合実験の実施がより困難である
一方、課題に基づく手法は容易に取りうるためである。課題に基づく学習は、課題が学
習を誘導するような学習環境と定義することができる。つまり、学習は解かれるべき課
題とともに始まり、その課題は、それを解くまでの間に、児童が新しい知識を習得しな
ければならないような方法で出題される。ただ一つの正解を求めることよりも、児童は
課題を解釈し、必要な情報を収集し、可能な解を特定し、選択肢と現在の結論を評価す
る。探究型科学教育は、一種の課題に基づく学習であるが、実験による手法に重きを置
くことにより、それを超えるものである。
本報告書ではIBSEを、探究型科学教育および課題に基づく学習の双方を含むものとして
用いる。
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ほとんどの欧州諸国では、科学教育手法は、本質的に演繹型である。概念や知的枠組みが最
初に紹介され、次いで、実際の帰結が研究される一方で、実験は主に事例として使用される。
幾つかの国では、探究型手法がより広範に取られるような変化が起きているが、主流は、いま
だに多くの場合、演繹型にとどまっている。
所見4
欧州において実践されている多くの施策は、科学教育の変革に積極的に貢献している。それに
もかかわらず、それらは、しばしば小規模であり、また、その普及や統合のために欧州の支援
制度を十分には利用していない。
\多くの施策が科学教育界において見出される。
第一に、初等・中等の双方の教育段階で、多くの精力的な教員が、多数の斬新な取組を行っ
ている。これらのプロジェクトは、しばしば保護者、会社、科学者、研究者、大学生のような
地域コミュニティーを含み、また、それらから支援を受けている。資金は、得られる場合、地
方自治体-市や地域-の様々な資金源から出ており、しばしば必要資金の大部分が提供されて
いる。
この他に極めて重要な参加者として、学校外の科学教育組織が挙げられ、特に、文化的パー
トナー(cultural partner)、科学センター、科学館のほか、しばしばフェスティバルや催しを組
織する科学振興団体がある。
しかし、これらの施策は、しばしば少数の個人の意欲と善意に依存しているため、予算の制
約、プロジェクトの規模を拡大する能力の限定、さらに実際に継続が危ぶまれることとなる。
その上、予算と時間の制約のため、それらの施策の評価はしばしば限定される。施策間の相
互連絡は極めて稀なため、規模の拡大や新しいアイデアの普及の可能性は事実上除外される;
「規模の経済」の力学や実際に影響を及ぼす大きな可能性は全く利用されていない。
\このように組織化が不十分な状況において、欧州は、模範例を特定し、統合し、普及するに
当たり大きな役割を有する。
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2.任務/作業概要
対策を取る必要があることは明らかである。しかし、欧州において、初等および中等学校で
の科学教育の方法を改善するために、どのような明確で具体的な行動を取ることができるだろ
うか。幸い、問題の原因を理解し可能な対策の手がかりを示唆する多数の掘り下げた研究が既
に行われている。従って本報告書に固有の目的は、以下のとおりである。
\科学への関心を増大させる可能性を示すとともに、今後の政策のモデルとして利用できる、
効果的で斬新な手法を特定するために、EU において実行中の協働的な科学教育施策から幾つ
かを選んで分析する。
\成功した経験を確実に利用し評価して、欧州の残りの地域に普及させることを可能とする、
一連の具体的な政策上の勧告をこの分析から引き出す。
施策の分析の根拠として、次の基準が採用された。
\早ければ早いほど好ましい:初等学校での科学教育には、長期に亘る強い影響がある。初等
学校は、生来の意欲が形成される時期に相当し、長期に継続する効果に関係がある。その時期
は、児童が生来の好奇心を強く働かせる時期であるとともに、またちょうど男女による類型が
つけられる時期でもある。
\学校を中心とする活動を優先させる:個々の児童がその活動に長い期間触れることにより効
果が上がり、大きな集団に対して組織的な影響をもたらすほか、多くの恵まれない児童をより
一層配慮することができるためである。
\経費の増加を抑えるため、特有の教材を使用することを控える。
\必要最小限の若者を集めると同時に多様性にも配慮して計画された施策を優先させる。
\教員は、いずれの科学教育改革においても中心的存在である。教員の技術(授業の方法や内
容)、自信、意欲のほか、より広い社会と一体化することが、極めて重要である。
\児童の多様な要求に応じるために、多様性に富む科学教育の実施を含む施策を優先させる。
例えば、課題の解決;手を使う活動や頭を使う活動(hands-on/minds-on activities)、共同学習、
決まった答えのない問題についての個々の学習、教科横断的な活動、科学的な内容を明らかに
することなど。
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3.調査結果
調査結果1
学校における科学教育の授業法を演繹型手法中心から探究型手法に転換することは科学への
関心を増やす手段となる。
\探究型手法は、初等学校での科学授業において、児童の関心と教員の科学教育への意欲の双
方を高めることに効果があることがわかった。
探究型科学教育(IBSE)は、探究や実験によりおこる好奇心や観察心を強化する。批評的思
考や熟考を通じて、生徒たちは集められた証拠に意味づけすることが可能となる。
その上、IBSE は初等学校のより若い聞き手に完全に適応している。このことは、その年齢で
科学教育を開始することは、「好奇心の黄金期」を最大限活用できることになるため、IBSE
の基本的な利点になる。
加えて、探究型手法は、グループ作業、文書や口頭による表現、解答が定まっていない課題
を解決する経験および学科横断的な能力などの補完的技能を幅広く養っていく機会を児童に
提供する。
\IBSE 手法は中等教育においても効果的である。
しかし、教員はしばしばこの手法は時間のかかるものであり、教科課程の内容を教えなけれ
ばならないという状況と相容れないと思っているため、この手法は、教員からはかなり敬遠さ
れている。
\IBSE 技法は、伝統的な演繹型手法が効果的でない生徒層に有効である。
IBSE 手法の利用は、生徒の成績に好影響を与えるばかりでなく、自信に欠ける学生や恵まれ
ない生い立ちの学生に対してより一層強い影響を与えることが示されてきた。これにより、科
学教育はすべての人を対象として包含することが可能となる。科学リテラシーのないことが個
人と社会一般の双方にとって高いコストについてしまう知識社会において、このことはこの上
なく重要である。
\探究型手法に基づく科学授業は、優秀な成績への向上心を放棄することを意味しない。
実際これらの活動は、最も才能に優れ、最も創造的で、最も意欲的な生徒が、最も深い水準
の知識に達するのに、最も好ましい条件や態度(興味、自信)を生み出すために利用すること
ができる。
その上、IBSE は知識獲得に加えて、すべての高等教育の基礎として不可欠な知的技能を育て
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ることができる。
\最後に、この二つの方法は相互に排他的なものではなく、いずれの科学の授業においても、
異なる種類の科学のテーマ、異なる性格や年齢の集団の好みに適用できるように、組み合わせ
ることが可能であり、また組み合わされなければならない。
IBSEとは例えばどのようなものか(出典:Pollen)
実験をするということは、精巧で高価な装置を含んだ複雑な実験を意味するわけでは
ない。例えば、Pollen計画において学校で行われるほとんどの実験は、実際、極めて単純
で通常の安価な装置以上のものは必要としない。
教員が「砂時計」(よく知られている単純な時間測定器)を用いて、砂が落ちる時間
を定める変数を特定しようとする勉強を生徒に課しているとしよう。いくつかの異なる
選択肢がある:
-A.教員は生徒に砂時計を見せて、砂が落ちきってしまうまでに要する時間は「・・
・」に依存し、生徒は自分たちでそれを確認することができるようになると教える。こ
の方法は、教員が結果を表明することに満足する伝統的ないわゆる講義形式と類似して
おり、探究型手法とは遠く隔たった世界である。
-B.生徒が教卓に置かれた砂時計を観察し描写し記述した後、教員は砂が落ちきって
しまうまでに要する時間を決定する要因を生徒に問う。この質問はほとんどの生徒にと
って意味あるものであるが、彼らの全員にではない。
-C.砂時計を観察した後、教員は生徒に対して砂が落ちきってしまうまでに要する時
間を増やしたり、減らしたりするにはどうするかを質問する。ここにおいて、児童は、
彼/彼女がある事を起こす方法を探すので、質問をし始める。
-D.教員は、最低3個の砂時計を並べる。そのうちの一つは他よりも砂が落ちきって
しまうまでに長い時間を要する。生徒はグループ分けされ、前に置かれた砂時計を観察
し描写し記述する。前に置かれた砂時計の顕著な特徴を考慮すると、一つは砂が落ち続
け、他の二つは止まっているだろう。児童はこれに気付き、何がその砂時計をより長く
動かしているのか直観的に自問するだろう。これは、児童に課題を自分のものとさせる
一つの(しかし唯一ではない)方法であり、IBSEがなぜこのように効果的であり得るの
かを示している。
児童は彼らが自分たちで行った実験を大変はっきりと思い出すが、効果を上げるため
には、彼らが自分たちで思いついた実験を通じて自分たちでこの結論に達することが必
要である。砂時計の例では、児童は、砂の量、ガラスの幅、砂粒の大きさ、砂時計の大
15
きさ、何らかの着色料の存在などを考えるかもしれない。児童に自分たちで自由に実験
をさせておくことに勝ることはない。その結果児童は、一度に一つの変数だけ(他の変
数は一定にして)を調節すれば、有効な結論に達することができること、さらにそれを
考慮することにより、砂時計の大きさは重要な地位を占めないということを理解する。
\IBSE 手法の利用を増やすことに基づく授業法の改革は、科学関係の活動に対する女子の興
味、自信および参加を増加させるための効果的な方法となりうる。
ISBM 手法が使用されている施策においては、伝統的な科学授業の手法と比べて、女子がより
熱心に活動に参加し自信をより深めていくことがわかった。
調査結果2
学校における科学教育の授業法を IBSE を基礎としたものに改革することは、フォーマルとイ
ンフォーマルな教育分野の関係者間での協力機会を増大させる。
IBSE や課題に基づく授業法は、その実施上の性質から、フォーマルとインフォーマルな教育
双方の関係者間の繋がりを強める傾向を持つ。また、企業、科学者、研究者、大学のほか、市、
協議会、保護者、その他の地域の人材等の地域関係者が参加する機会を増大させる。
IBSE がうまく進展していると本グループが認めた施策は、それがより広域の組織の一部とな
る場合であっても、しばしば地方、特に市のレベルにより、組織され支援されている。
調査結果3
教員は科学教育改革の重要な担い手である。とりわけ、ネットワークに属することは、教員の
教育の質を向上させ、また、その意欲を維持させることを可能とする。
孤立していることはしばしば教職活動を阻害する主な要因となるとともに、やる気や意欲に
直接影響を及ぼし得ると教員は報告している。これに反して、職業ネットワークに属している
ことは、学校内や学校間の協力、共同で得られた意見、教育の発展や評価、考え、教材および
経験の交換、資質向上、教員と研究者との間の協力、ならびに、研究による支援や刺激を通じ
て、教員の仕事や職業的な関係を豊かにする機会を与えることができる。
結果として、ネットワークは、教員の職能開発の効果的な要素として利用することができる
とともに、より伝統的な現職教員研修を補完するものである。
調査結果4
欧州において、科学教育活動に対する改革の基本的な部分は、「Pollen」と「Sinus-Transfer」
という二つの先進的な施策により進められている。これらの施策により、科学の分野において
児童の関心と成績を向上させ得ることが明らかにされた。これらの施策は、ある程度採り入れ
られるならば、望ましい影響が現れるだけの規模の効果を上げることができるであろう。
16
\Pollen は既に国際的であり、12 の欧州諸国が含まれている。
Pollen4は、EU 加盟国のうち 12 か国5の 12 都市において、市の学校で探究型教育技術を進め
ることを目指して実施されており、フランス("la main à la pâte"6)および元来は米国で効果が
あることが実証されてきた。そもそもは主に初等学校に焦点を当てていたこの施策は、現在で
は中等学校にまで拡張されている。Pollen は、第 6 次研究開発枠組み計画の科学と社会部門に
おける EU 補助金 175 万ユーロ7の支援を受けている。
参加している市は、教員研修や授業のための特別な教材(学習セット、教員用手引き、素材
および教材のデーターベース、情報提供のための小冊子など)のほか、インターネット支援サ
ービスも提供されている。教員、科学者および授業法の専門家の間の交流が大いに促進される
とともに、科学界により教員が必要とする支援の提供が振興されている。
Pollen によってもたらされた好結果は多い。Pollen で用いられた手法は、科学教育に対する
初等学校教員の関心、自信および技術を向上させ、それにより科学の授業時間を質量ともに向
上させることが明らかにされた。また Pollen は、児童の科学学習活動への関心も増加させる。
より多数の女子が積極的に科学関連活動へ参加するようになるにつれて、男女間の格差は減少
する。興味や参加が増加する度合いは、科学がより苦手な児童や恵まれない環境の児童におい
て一層強く表れる。
その上、Pollen は、地域社会と科学機関(科学アカデミー、高等教育機関)の双方から強い
支持を得ることができることを立証した。
さらに、Pollen はすでに規模が拡大する可能性を示している。実際、地方レベルで試行された後、
二度にわたり (最初はフランスの国内レベル、ついで欧州レベル)規模が拡大されたほか、国や地
方の既存施策の統合を促した (英国、ポルトガルおよびスウェーデン)。
Pollen の特性や優れた点はおそらく、地方の状況に応じた多様化を尊重しながら、利用でき
る技術を普及させることができる点にあるだろう。実際特にこのような背景において、この手
法は採用され効果をあげている。
4
訳注: Pollen は頭字語ではなく、フランス語で「花粉」の意。「町に理科の種を蒔こう(Seed
Cities for Science)」をテーマとして、花粉が蜜蜂に運ばれて受粉して種子ができるように、
理科教育改革が改革者により町に植えられさらに広く発展するようにという願いがこめられ
ている。
ベルギー、エストニア、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、オランダ、ポルトガル、
スロベニア、スペイン、スウェーデン、および英国。
6
訳注:フランスで実施されている科学教育改革プログラムの名称で、直訳すると「パン生地
を捏ねる手」の意。
7
訳注:約 2 億 8 千万円(2008 年 3 月現在、1 ユーロ=約 158 円)。
5
17
\Sinus-Transfer は既にドイツで大規模に試行されてきた
Sinus-Transfer8は、中等学校教員に科学教育における教授法を変える手段を提供している。そ
れは科学的探究や実験による手法を含み、その手法を重視する。教員の職能開発に焦点が置か
れる。Sinus-Transfer の特徴は、長期にわたり学校を基盤とする協働的な手法であり、生徒の学
習を中心に置く点にある。それは、科学授業における教え方の問題と関連があり、継続的に質
を向上させる過程において、教員に自分たちの授業を評価し考察するように促す。この過程を
通じて、学校内や学校間の教員相互間とともに、教員と研究者や活動者との間に強い協力関係
が作られる。
Sinus-Transfer の影響は極めて良好である。実施された評価によると、学生の、特に科学が苦
手な学生の成績に極めて良好な影響を与えている。多数の教員が、この施策に対して強い支持
と熱意を示している。
\二つの施策:共通の重要事項
関係当局が示しているところによると、両プロジェクトは共に、創意に富む教育手法を提案
するものであるが、他方、カリキュラムや学習内容の変更は意図していない。
さらに、両者は、科学への関心をうまく呼び起こすことができる探究型手法を用いた教授法
を進めている。両者は、科学の成果と共に科学の過程と手法を提示して幅広い実践を進めてい
る。その実践には、探究型方法に基づく活動、手を動かすと同時に頭も働かせること
(hands-on/minds-on)や集団活動が含まれる。
その組織においても、強い類似を示している。両者の活動は、教員の研修、支援および意欲
に基づいて、授業の素材を供給したり、教員の自立を尊重しながらネットワークに参加する機
会を提供したりしている。さらに、両施策は、異なる利害関係者(生徒、教員、保護者、科学
者、技術者、起業家、研究開発企業)間の親密で長期的な連携を図っている。
最後に、その名称、「Pollen(花粉)」および「Transfer(搬送)」が示すように、両者とも
に普及に焦点を当てている。
\Pollen および Sinus-Transfer:EU は、これらの施策を欧州全体に規模を拡大し普及させるこ
とに対して、どのような支援ができるか?
Pollen は、参加する市や国の数を増加させることにより、容易に規模を拡大できる。一方、
地方教育当局の一層の関与を必要とする教員研修を展開することが極めて重要である。この
他、普及のために優先度の高いこととして、既存の教材を自国の言語や文脈に翻案すること、
8
訳注:「Sinus」はドイツ語で「Steigerung der Effizienz des mathematisch-naturwissenschaftlichen
Unterrichts」からとった造語で「理数教育の効率の向上」の意、また「Transfer」はドイツ語
で「搬送」の意。
18
結果を評価するための一層体系的な組織、IBSE 手法の中等教育への適用、および生徒および教
員の一層強固な国際的ネットワークの育成が含まれる。
Sinus-Transfer については、他の国内プログラムと連携して、その概念をドイツの国外に展開
することが優先課題である。国際化へ向けた第一歩は、欧州レベルでのネットワークを開発す
るだけでなく、その手法と内容を翻訳し適応させることである。このようなネットワークの重
要な目的は、欧州の科学教育や科学教員の職能開発に関係している重要なサブグループ間の交
流や協力を促進することである:ネットワークには、科学教員(学校)、生徒、支援制度の構
成員(例えば、教員研修機関、大学、行政機関)、科学教育の国際的専門家(例えば、教育研
究者、科学教育家)が含まれる。
19
4.勧告
欧州にとって十分な科学教育を受けた国民がいることが重要であるということについて疑
いの余地はない。創意に富む授業法が比較的大規模に展開され試行されて、それが成功したこ
とが証明された場合に、特別な緊急行動を取りうることについては、同様に疑いがない。以下
の勧告は、このような一連の行動の概要を示したものである。
勧告1
欧州の未来が危機に瀕していることに鑑み、政策責任者は、地方、地域、国家そして EU レベ
ルで変革を実施する責任を有している機関に対して、科学教育の改善を図る行動を取るよう要
求しなければならない。
この論点は、リスボン戦略の見直しにおいて中心的位置が与えられ、喫緊の優先性を有する
ものとみなされるべきものである。加盟各国は、科学教育の教育手法の改革に寄与する施策を
より積極的に促進し資金を提供すべきである。
勧告2
科学教育の向上は新しい形の授業法を通して達成されるべきである:学校における「探究型」
手法の採用、教員への IBSE 研修実施および教員ネットワークの開発が積極的に実施され支援
されなければならない。
教員は終始、改革の重要な担い手でいなければならないが、職能研修を補完してやる気と意
欲を刺激する支援が一層求められる。
勧告3
女子生徒における学校の主要科学科目への参加や科学に対する自信向上に、特に関心が払われ
るべきである。
個々の施策に特有のやり方でその目的の中で男女較差の問題を扱う施策が優先されるべき
であり、それには、成功した女性の科学者、技術者および研究開発領域の実業家という形によ
る女子への役割モデルの紹介が含まれる。
勧告4
変革の秘訣を共有することにより変化のペースを上げることを目指し、欧州レベルでの共同行
動を通じて科学教育変革への市や地域社会の参加を推進するための方策が導入されるべきで
ある。
欧州レベルで実施された協働試行活動により、EU の支援は、変革の速度を上げるだけでな
く、新しく開発された手法を充実させる手段にもなり得ることが明らかになった。すべての利
害関係者の参加が成功のための重要な要因である。そのような利害関係者には、科学教育の専
門家、教員、生徒、保護者、技術者、そして、学校・PTA・大学・研究機関・科学館・科学セ
ンター・企業・地方当局のような組織が含まれている。
20
幾つかの施策は、インフォーマルな科学教育に携わっている組織により進められてきた。市
はこのような施策をフォーマルとインフォーマル(教科課程および教科課程の発展部分)の科
学教育の連携を育み、強化するために利用すべきである。地方レベルで、この連携に人的資源
を含む資源が供されることがあれば有効となりうる。
勧告5
国家の活動と欧州レベルで資金支援される活動との間の連携が改善されなければならないほ
か、EU の枠組み計画による手段と各国の教育文化分野のプログラムを通じて、Pollen や
Sinus-Transfer のような施策の支援を拡大する機会が設けられなければならない。第7次研究
開枠組み計画における「社会における科学(the Science in Society、SIS))」部門で提供される
支援に必要なレベルは、今後 6 年を超える期間に約 6000 万ユーロと推定される。
本グループは、この領域に配分されるべき追加資金がどの程度になるか正確な数値を出す立
場にはないが、検討された活動の予算によると、今後 6 年を超える期間に予算額は約 6000 万
ユーロであり、EU の分担として非合理な見積りではないと言える。
勧告6
欧州委員会により、「社会における科学」の枠組み計画の中で、すべての関係者の代表が含ま
れる欧州科学教育諮問会議が設立され、支援されなければならない。
\諮問会議は、欧州における科学に関心のある生徒の教科横断的な多国間の組織を生徒どうし
で形成する方策や手段を提案しなければならない。
\諮問会議は、多数の小規模プロジェクトが繰り返されることを避け、相乗効果と知識共有の
利益が得られるように、科学教育での探究型手法の利用の浸透を図る新しい施策の展開を監督
し、また、欧州レベルでそれらの協力と統合を支援しなければならない。
\諮問会議は、欧州を通じて科学教育に改革をもたらすプロジェクトの研究開発への支援を継
続しなければならない。また同会議は、科学教育における創意に富む授業の実践例や他の新し
い発展を、科学教育界と連携等により監督しなければならない。
\諮問会議は施策の評価を計画しなければならない。
21
5.結論
カリキュラムの設定を加盟各国の関係機関や省庁の決定事項としたままであっても、科学を
教える方法に欧州レベルで本質的な影響を与えることができる施策が数多く存在する。:例え
ば、新しい教育手法の採用を促進する行動、教員が面白く適切な方法で教科を説明することを
支援するための行動、若者の間で探究型学習を促進する行動など。
欧州における科学教育の見直しや転換は、欧州の政策決定者の優先領域にならなければなら
ない。それは個々の欧州諸国の発展のために不可欠なばかりでなく、もし EU 加盟各国が全体
としてリスボン戦略の目的に明確に取り組み始めるならば、EU にも同様に不可欠である。
本グループは、科学への関心を育てこの領域の学習に若者を巻き込むのに、迅速に寄与して
いる多くの質の高い施策を研究する機会を得た。Pollen と Sinus-Transfer の両者の特徴は、科学
を教えるために使用されてきた授業法の変革を進めていることである。さらにこれらの施策
は、科学教育教員の欧州ネットワークを創設する機会を提供しており、それは、これらの施策
を優れたものとしている重要な要素である。
Pollen および Sinus-Transfer は、重要かつ適切な施策である。例えば、Pollen は、その手法が
異なる国の環境にどのように適用できるかを示した。Pollen のパートナーは、同じ考え方に基
づく手法(探究型学習)に従っているにもかかわらず、これを地方の状態に応じた異なる方法
で実施しており、それにより、十分な柔軟性があることを証明している。
22
6.付録
付録1
研究および教育政策に責任を有する国の行政機関においてインタビューを受けた人のリスト
\ Ms Elles Rinkel, 教育文化科学省 (オランダ)
\ Mrs Kornelia Haugg, 教育省 (ドイツ)
\ Mr Werner Klein, シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州教育女性省 (ドイツ)
\ Mme Florence Robine, 国家教育、高等教育および研究省 (フランス)
\ Mr Max Kesselberg, 教育研究省 (スウェーデン)
\ Mr Thomas Overgaard Jensen, デンマーク科学省部門長 (デンマーク)
\ Ms Ana Noronha, 国家科学技術文化庁 (ポルトガル)
学校の科学教育を支援するために選定された活動の調整に責任を有する人に対するインタビ
ューを受けた人のリスト
\ Prof. Dr. Manfred Prenzel,
SINUS プロジェクトについて
\ Mr Cyrille Raymond および Mr Philippe Leclere,
GRID プロジェクトについて
\ Ms Catherine Franche , ECSITE プロジェクトについて
\ Professors G. Charpak,, Pierre Léna および Dr David Jasmin,
Pollen プロジェクトについて
\ Mr Claus Madsen および Ms Silke Schumacher, EIROFORUM について
\ Mr Marc Durando,
EU Schoolnet について
付録2
出典:科学と技術教育における大学生の関心の発展ー政策レポート(Evolution of Student Interst
in Science and Technology(S&T) Studies - Policy Report);グローバルサイエンスフォーラム、
OECD、2006 年 5 月
入学者
図1
卒業者
博士号取得者
大学生総数に占める科学技術系学生数の割合の年変化の平均(1993-2003)
23
指数 100:1994 年
図2
主な国における自然科学系の大学卒業者数の推移
指数 100:1994 年
図3
主な国における数学および統計学の大学卒業者数の推移
24
付録3
MST 卒業生に占める女性の割合
大学生に占める女性の割合
出典:Eurostat(UOE)
図4
数学・科学・技術(MST)の卒業者および大学生に占める女性の割合
25