7-② 口腔・咽頭がんに対する標準的な診断・治療法の確立に関する研究

(平成22年度研究報告書)
がん研究開発費(総括・分担)研究報告書
21-分指-7-②
口腔・咽頭がんに対する標準的な診断・治療法の確
立に関する研究
班主任研究者 国立がん研究センター東病院
林 隆一
研究成果の要旨
頭頸部表在がんに対する内視鏡治療症例257件の集積結果では、58件については複数箇所の
内視鏡切除が行われていた。Grade3以上の有害事象は15件(6%)に認められた。13件は喉頭
浮腫であり8例に気管切開を要しており耳鼻咽喉科・頭頸科医と消化器科医の連携が必須と考
えられた。下咽頭がんに対する喉頭温存手術の救済手術としての役割を検討するため放射線治
療例356例を集積した。原発巣非制御例98例中救済手術が行われたのは46例であり喉頭温存手
術例は7例のみであった。照射後救済時の喉頭温存手術の可能性は低いことが示唆された。舌
がんT2N0症例を対象として予防的頸部郭清術の有用性について評価する。口内法で切除が可能
であれば、その後適切な経過観察を行うことで後発転移に対して救済が可能であり、予防的頸
部郭清術が省略できるということを明らかにする非劣性デザインとした。郭清群と非郭清群は
無作為に割り付ける。嚥下機能評価では誤嚥の程度と口腔咽頭残留を各4段階評価し両点数の
合計をスコアとする点数化法が得られた。スコアとOPSE計測値との相関係数は0.733と高く、
さらに簡便な評価方法となる可能性が示された。
研究者名および所属施設(分担研究報告書の場合は、省略)
研究者名
林
所属施設および職名
隆 一 国立がん研究センター東病院
頭頸部腫瘍科・形成外科
藤本
分担研究課題
科長
保 志 名古屋大学医学部付属病院
講師
中・下咽頭がんの標準的な診断、治療法
に関する研究
口腔・咽頭がんに対する標準的な診断・
治療法の確立に関する研究(術後嚥下評
価)
朝蔭
孝 宏 東京大学医学部付属病院
准教授
小 澤 泰 次 郎 愛知県がんセンター中央病院
頭頸部外科診療医長
口腔がんに対する標準的な診断・治療法
の確立に関する研究
口腔・咽頭がんに対する標準的な診断・
治療法
川端
一嘉
癌研究会 有明病院
口腔・咽頭がんに対する標準的な診断・
頭頸科部長
治療法の確立に関する研究
標準的手術
手技の指標について
吉野
邦 俊 大阪府立成人病センター
耳鼻咽喉科主任部長
中・下咽頭がんの標準的な診断、治療法
に関する研究
交付額(分担研究報告書の場合は、省略)
年
度
平成22年度
交付額(千円)
11,160千円
*班全体の交付額を記載。
研究報告
A.研究目的
頭頸部領域は多重がんの発生頻度が高く、口腔・咽頭がんに対する標準的な診断・治療法の確
立がもとめられると同時に、非侵襲的で機能を温存した外科療法の開発が求められる。咽頭領域
では咽頭がんハイリスク群に対する内視鏡スクリーニングの普及とNBIなどの診断技術の向上に
より表在がんが発見されるようになった。しかし、消化器科医と耳鼻科・頭頚科医との用語や定
義の統一、表在がんに対する治療適応など解決されていない課題は多い。機能温存手術の適応や
進行がんにおける再建手技について治療後の機能の観点から評価し標準化につなげること、また
予防的頸部郭清術の適応について明らかにすることが本研究の目的である。
B.研究方法
1.頭頸部表在がん診断・治療についての多施設における実態調査
咽頭表在がんに対する内視鏡的治療はその適応が拡大しつつあるが、
リンパ節転移をはじめと
する病態は明らかでなく、また内視鏡診断も確立されたものはない。頭頸部表在がん診断・治療
についての多施設の症例集積による調査研究は行われておらず、今後の保険適応申請も視野に入
れ同一のフォーマットによる調査研究を計画した。
2.下咽頭がんに対する喉頭温存手術の救済手術としての役割に関する前向き研究
咽頭がんに対しては近年、化学放射線治療が機能温存治療として広く行われている。下咽頭が
んの喉頭温存手術の適応の多くは化学放射線治療の適応と重複するが、救済手術の際に喉頭温存
が可能かどうかは不明である。救済時に喉頭温存手術ができないのであれば、照射による制御が
困難と考えられる例では最初に温存手術を選択することを考慮する必要があるし、
放射線治療を
選択する際には、救済時には喉頭温存が困難であることを説明する必要がある。照射予定の症例
について、喉頭温存可能かどうかをあらかじめ照射前に評価しておき、照射後の救済手術時に喉
頭温存が行われたかどうか前向きに調査した。
3.舌がんStage I/II症例に対する予防的頸部郭清術の適応に関する研究
舌がんでは筋層への浸潤が4mm以上、腫瘍の長径が3cmを越える場合にはリンパ節転移率は50%
を越え、一般的に予防的頸部郭清術の適応とされる。原発巣が口内法で切除が可能な症例に対し
ては、一般的に経過観察を行い、再発を認めた時点で頸部郭清術が行われるが、その妥当性を検
証した多施設での前向きの報告は本邦にはなく臨床研究を計画した。
4.進行口腔・咽頭がんに対する適切な再建術式の解析
進行口腔・咽頭がんに対しては拡大切除と適切な再建手術が必要となる。しかし、切除範囲に
よっては機能保持が不確実になることもある。確実に機能保持が可能な切除範囲を提示すること
は標準的術式につながるものである。下咽頭がんを対象として喉頭温存と同時に嚥下機能が良好
に保持された再建法を詳細に解析することで標準術式の確立を目指すものである。
5.嚥下機能評価に関する研究
機能温存治療を目標に様々な治療法が開発されているが、その比較や評価の方法は定まってい
ない。嚥下機能の評価法としては嚥下造影検査が標準とされているが、その評価法は複雑かつ煩
雑で実臨床にそぐわないもので普及に至っていない。頭頸部癌の臨床現場では1)リアルタイム
での評価が可能な簡便さ、2)経口摂取の再開や訓練開始の是非を判断できるリスク評価、の2
点が要求される。化学放射線治療群での嚥下機能低下が明らかとなり、嚥下機能評価において不
顕性誤嚥の有無を重視することとした。
C.研究成果
1.頭頸部表在がん診断・治療についての多施設における実態調査
参加各施設すべての倫理審査を申請し承認を得、症例集積を行った。各施設で2008年12月までに
内視鏡治療を行った頭頸部表在がん症例を対象とした。257件の内視鏡手術が集積された。257
件中58件については複数箇所の内視鏡切除が行われていた。病変数は332病変であり下咽頭253、
中咽頭58、食道11、喉頭9、口腔1であった。手技の内訳は内視鏡的粘膜切除211件、内視鏡的粘
膜下剥離術94件、内視鏡的咽喉頭手術7件、その他経口腔的切除などが14件であった。326病変中
81病変に対してAPC焼灼が単独ないしは内視鏡治療に併用されていた。切除時のルゴール散布は
97%で併用されていた。Grade3以上の有害事象は15件(6%)に認められた。13件は喉頭浮腫で
あり8例はGrade4で気管切開を要していた。死亡例は認めなかった。内視鏡で切除された腫瘍の
最大径は15.9mm (2-55.3)、厚みは0.98mm (0.05-5)であった。表在がんであることからAPCが多
用される傾向があるため、今後は内視鏡診断と進達度の評価を整備していく必要性が示された。
重篤な合併症は少なく低侵襲の治療といえるが喉頭浮腫の頻度が高く、耳鼻咽喉科・頭頸科医と
消化器科医の連携が必須と考えられた。
2.下咽頭がんに対する喉頭温存手術の救済手術としての役割に関する前向き研究
2006年8月より症例集積を開始し2010年6月までに356例が集積され目標症例に達した。照射前
に喉頭温存手術の可能性について「可能」
「おそらく可能」と評価されたのはT1:44/46(95.7%)、
T2:104/188(55.3%)、T3:9/68(13.2%)、T4:0/52(0%)であった。調査点での原発巣非制御例は
98例(
「可能」10例「おそらく可能」16例「おそらく無理」22例「無理」50例)であり、そのう
ち救済手術が行われたのは46例(「可能」5例「おそらく可能」10例「おそらく無理」17例「無理」
14例)であり、救済率は46/98(46.9%)であった。46例のうち喉頭温存手術が行われた例は7例(
「可
能」2例「おそらく可能」2例「おそらく無理」1例「無理」2例)であった。救済手術のうち喉頭
温存手術が施行された割合は「可能」2/5(40.0%)「おそらく可能」2/10(20.0%)「おそらく無理」
1/17(5.9%)「無理」2/14(14.3%)であり、照射後救済時の喉頭温存手術の可能性は喉頭癌よりか
なり低いことが示唆された。その要因は、再発の発見が遅れているのではなく、合併症や重複が
んの発生、リンパ節転移が切除不能などの要因が大きいと考えられた。今後も追跡調査を行い救
済手術としての喉頭温存手術の意義について解析を行う。
3.舌がんStage I/II症例に対する予防的頸部郭清術の適応に関する研究
T2症例を対象として予防的頸部郭清術の有用性について評価する。口内法で切除が可能であれ
ば、適切な経過観察を行うことで後発転移に対して救済が可能であり、予防的頸部郭清術が省略
できるということを明らかにする非劣性デザインとした。郭清群と非郭清群は無作為に割り付け
る。発生数が少ないため必要症例数に関しては統計学、疫学の専門家に依頼し現在プロトコール
を作成している。
4.進行口腔・咽頭がんに対する適切な再建術式の解析
下咽頭癌において術後機能に影響する因子は切除範囲では①披裂喉頭蓋襞が温存できるかど
うか②全周性切除かどうか③切除上端の位置の3点があげられ、再建方法では①披裂喉頭蓋襞の
高まりを再建できるかどうか②食物の通路としの再建の形態の2点があげられた。
輪状後部がん
や下咽頭から頸部食道にかけての腫瘍、後壁がんで上方が輪状軟骨レベル以下の下咽頭切除例
で、喉頭の切除を伴わないものでは、下咽頭から頸部食道の十分な広さをもった通路を作成する
ことで良好な嚥下機能が保持され、喉頭温存手術のよい適応と考えられた。再建材料は、厚みの
ない遊離空腸が第一選択となる。
5.嚥下機能評価に関する研究
口腔、中咽頭、喉頭、下咽頭の進行がん患者のうち、化学放射線治療21例と喉頭温存手術25
例を対象として、手術直後あるいは放射線治療終了時の嚥下造影検査、嚥下機能改善後の嚥下造
影検査、のべ94回の嚥下造影検査を対象とした。造影検査の初回嚥下(5ml、40%バリウム)の
所見を用いて、欧米における標準的評価法であるOPSE(oropharyngeal swallow efficiency),誤
嚥の程度(A)、不顕性誤嚥の有無(S)
、咽頭残留(R)の程度を評価した。誤嚥の程度と不顕性
誤嚥の有無との間には非常に強い関連を認めたため、両者を統合して誤嚥の程度(As)とし、誤
嚥なし、少量誤嚥(顕性)、少量誤嚥(不顕性)
、多量誤嚥の4段階に再構成した。その上でAs, R
を独立変数(各段階を表すダミー変数使用)
、OPSE計測値を従属変数(基準)とした重回帰分析
を行い、得られたAs,Rに対する回帰係数を整数に丸めて点数化した。その結果、程度が軽い方か
ら順に、誤嚥の程度(As)は4,3,1,0点の4段階、口腔咽頭残留(R)は6,3,2,1点の4段階とし、
両点数の合計をスコアとする点数化法が得られた。スコアとOPSE計測値との相関係数は0.733と
高く、さらに簡便な評価方法となる可能性が示された。臨床像との比較から本スコアが低ければ
より詳細な評価に基づく嚥下訓練指導が必要と思われるが、今後は妥当性、信頼性の検討につい
て多施設での共同研究を予定している。
D.倫理面への配慮
本研究における倫理面への配慮については以下の通りである。
本研究に関わるすべての研究者
はヘルシンキ宣言に従い、個人の人権が侵害されることのないよう配慮する。プロトコールスタ
ディの際は、本研究への参加はあくまでも自由意思によるものであり、参加を拒否しても治療上
何ら不利益を被ることはないこと、本研究への参加に同意しても、その同意はいつでも撤回でき
ること、本研究への参加により治療上の不利益をうけることはないこと、などを明記した説明同
意文書を用意する。研究対象となる患者には、主治医が説明同意文書を用いて説明を行い、患者
から書面による同意を得る予定である。研究1については倫理審査委員会による承認を得た。研
究2、3、4においてはセキュリティーを確保し個人情報保護を厳守する。各検査、治療の実施にお
いては十分な説明のもと同意を得て行うものとする。
E.研究成果の刊行発表
外国語論文
1. Hayashi T, Muto M, Hayashi R, et al. Usefulness of Narrow-band Imaging for Detecting
the Primary Tumor Site in Patients with Primary Unknown Cervical Lymph Node
Metastasis. Jpn J Clin Oncol, 40(6):537–541, 2010
2. Daiko H, Nagai K, Hayashi R, et al, The Role of pulmonary resection in metastatic tumors
from head and neck carcinomas. JJCO, 40(7):639-644, 2010
3. Daiko H, Hayashi R, Sakuraba M, et al. A Pilot Study of Post-operative Radiotherapy
with Concurrent Chemotherapy for High-risk Squamous Cell Carcinoma of the Cervical
Esophagus. JJCO, 41(4):508-513, 2011
4. Miyamoto S, Sakuraba S, Hayashi R, et al.
Free Jejunal Patch Graft for Reconstruction
After Partial Hypopharyngectomy With Laryngeal Preservation. Arch otolaryngol Head
Neck Surg, 137(2):181-186, 2011
5. Morimoto M, Yoshino K, et al. Significance of Endoscopic Screening and Endoscopic
Resection for Esophageal Cancer in Patients with Hypopharyngeal Cancer. Jpn J Clin
Oncol, 40(10):938-943, 2010
6. Ando M, Asai M, Asakage T, et al. Metastases to the lingual nodes in tongue cancer: a
pitfall in a conventional neck dissection. AN Larynx, 37(3):386-9, 2010
7. Yoshimoto S, Kawabata K, Mitani H et al. Analysis of 59 cases with free flap thrombosis
after reconstructive surgery for head and neck cancer.
ANLarynx, 37(2):205-211, 2010
日本語論文
1. 林
隆一、化学放射線治療後遺残、再発症例に対する救済手術、日本気管食道科学会
61(2)
:111、2010
会報