感謝祭 (Thanksgiving) 七面鳥、カボチャのパイ、家族、アメリカンフットボール、または、パレード!これらの伝統 はどこから来たのでしょうか?そして、どのようにしてそれらは、感謝祭と呼ばれる祝日の 一部になったのでしょうか?この祝日のはじまりを理解するためには、わたしたちの国アメ リカの起源を知る必要があります。はじまりは、プリマス植民地とその入植初年度からのこ とです。 1620 年秋に、貨物船メイフラワー号は、新天地に向けて 102 人にもなるイギリス人男性、 女性、子供達を乗せました。このグループの一部は、分離派と呼ばれ。彼らは、イギリスの 教会から離れ、新天地に向かい、宗教の自由を定義していた人々でした。この時代、これ らの人々はピルグリム(巡礼者)として知られるようになりました。 メイフラワーは、 1620 年 12 月に新天地に到着しました。しかし、それは当初の計画より数 週間遅く、さらに予定地よりはるか遠い北部に行き着くことになりました。その場所は、現在 のマサチューセッツ州のあたりになります。これらの不幸な状況は特に厳しい冬へ彼らを 向かわせてしまうことになりました。その半数近くの入植者が死亡し、多くの人達が病気に かかってしまいました。 1621 年の春になると、プリマス植民地の運命が変わり始めました 。複数の地元のインディアン(もしくは、ワンパノアグ族の人々)たちが、プリマスの植民地 を訪れてくれました。これらの訪問者の一人は、マサチューセッツ族名「ティスクァンタム」と して知られるスクァントでした。スクァントは英語を話し、魚を肥料として使った砂地栽培をピ ルグリム達に教えてくれました。のちにスクァントは彼らの通訳者となり、プリマス植民地に 入植し、ピルグリム達とともに生活をともに始めました。時は 1621 年 11 月になりました。 物事は順調に運び、ピルグリム達は、新天地の最初の年を乗り越えることができました。 そして、そこに継続して住むための十分な収穫を持つことが出来ました。 ピルグリム達は、お祝いのために、収穫したトウモロコシ、カボチャ、トウナス、およびいくつ かの穀物、鳥などのアヒルやガチョウ、さらに野生の七面鳥なども集めました。ワムパノア グの強大な王マサソイトは、部下の 90 名とともに、その最初の感謝祭に参加しました。ま た、彼は、盛大に3日間続いたそのお祝いに5ひきの鹿を提供しました。ピルグリム達にと って、この祭典は、新しい休日の始まりではなく、毎年秋にヨーロッパで開催されたような一 般的な収穫祭でした。 1777 年 12 月 18 日に、ワシントン州サラトガでイギリス軍の敗北を記念して感謝祭のナシ ョナルデーが開催されました。独立戦争の残りの部分を通して、ワシントンは、特別な日を 1 記念して、いくつかの感謝祭を国家の日と宣言しました。終戦により、特に北部の各州では 、公式祝日がなかったにもかかわらず毎年感謝祭の日を持つ事が当たり前となっていまし た。感謝祭の日はそれぞれの州によって多種多様でした。 感謝祭は、今日わたしたちがそれを知っているように、大部分はサラジョセファヘイルとい う 19 世紀の作家の努力によるものでした。彼女はアメリカ初の女性雑誌の編集者で、「メ リーさんの羊」で有名な童謡の著者でもありました。「南北戦争の中、ヘイルは、国家の祝 日となる感謝祭が、アメリカ人の家族愛、愛国心、さらに、神への感謝、兄弟間の平和を目 覚めさせるものになるだろうと確信しました。」そして、彼女は当時の知事、さらにエイブラ ハム·リンカーン大統領に手紙を書きました。1863 年の 10 月 3 日に彼女の手紙を受け取 った後、リンカーン大統領は 11 月の最終木曜日が感謝祭の日であることを宣言する布告 を出しました。 月日は経ち、アメリカ人は、議会で感謝祭が公式の祝日として、承認されていなかったにも かかわらず、この日を祝い続けています。長年にわたり、その日は、クリスマスショッピング シーズンの始まりと同じ時期にあるようです。 1924 年、メイシーズ百貨店が、感謝祭パレ ードを始めました。それは、ニューヨークストリートの方角から店舗が途切れるところまで続 きました。また 1920 年代に、デトロイト·ライオンズは試合入場者を後押しするために、感謝 祭フットボールゲームのアイデアを思い付きました。感謝祭は、議会が最終的に公式休日 に決めた 1941 年まで制定されませんでした。感謝祭の公式日はクリスマスのショッピング シーズンを延長する試みで 11 月の第四木曜日になるように、一週先にその休日を移しま した。 今日では、何よりも、感謝祭は家族のためにあります。七面鳥とカボチャを出す方法は大 きく変化したかもしれません。また、私たちの娯楽はアーチェリーから、フットボール、パレ ードへと変化していきました。感謝祭は、愛する人と伴に過ごす憩いの日、またわたしたち すべてが神から頂いた祝福を感謝する日となりました。 2
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