印象主義と ドビュッ シー

〔東京家政大学研究紀要 第29集,p.47∼53, lg8g〕
印象主義とドビュッシー
浅見 英 夫
(昭和63年9月30日受理)
Impressionism and Debussy
Hideo ASAM【
(Received September 30,1988)
ノアール,シスレー,ピサロ等30人の美術史をかざる画
はじめに
家達の展覧会であったが,当時の人々には受け入れられ
音楽史の中で輝やかしい一時代を画した印象主義の作
なかった,その中にモネの「印象,日の出」が出品され
曲家ドビュッシーは1862年パリに生まれ,1918年55才の
ていたのであるが,その時の批評家ルイ・ルロワが「印
生涯を終えている。印象主義は先に絵画の世界におこり,
象主義者達の展覧会」と記事の表題に皮肉をこめて使っ
彼はその画家やその当時の詩人達の影響を受けながら多
たが残ったものである。次に示すように,この展覧会は
くのジャンルに作品を残している。同じ印象主義と云っ
第8回を最終とするまで行われているが,第3回の展覧
ても,絵画と音楽では視覚的,聴覚的な違いがあり,異っ
会には「印象派展」と自称している。
た分野の芸術ではあるがあのモネの絵からドビュッシー
第2回 1876年4月 ル・ペルティエ街11番地,デュラ
の音楽が浮んでくるし,ドビュッシーの音楽からモネの
ン=リュエル画廊
絵が想像されるのである。
第3回 1877年4月 ル・ペルティエ街11番地,デュラ
彼の作品は管弦楽曲として,交響組曲「春」(1887)
ン=リュエル画廊
から「サクソフォーンと管弦楽のための狂詩曲」(1911)
オペラ座通り28番地
まで14曲,室内楽曲では「弦楽四重奏曲」(1893)から
第4回1879年4月
第5回1880年4月
「クラリネットとピアノのための小品」(1910)まで5曲,
第6回 1881年4月
キャプシーヌ大通り35番地
器楽曲の中でピアノ曲は「ボヘミア風舞曲」(1880)か
第7回 1882年3月
サン・トル街251番地
ら「12の練習曲」(1915)まで曲集を含み25曲,連弾曲,
第8回 1886年5月
ラフィット街1番地
2台のためのピアノ曲5曲,フルート曲「シランクス」
特色としては自然,太陽を通しての戸外の情感,水の
(1913)1曲である。歌劇,声楽曲は歌劇「ペレアスと
面にさす光の戯れ,光の効果の詩的表現,水の変幻自在
ピラミッド街
メリザンド」(1902)から歌曲「もう家のない子供たち
の流動体等の色彩の美しさ,徴妙な濃淡を瞬間的に感覚
の降誕祭」(1915)まで合唱曲,歌曲集を含み41曲を残
的印象をとらえている。これらのことはドビュッシーの
している。その他に未発表のものが数曲ある。
音楽にも共通することで,彼の音楽からも水面,’瀬体
光等を連想することができる。
1.印象主義
エミール・ヴェイエルモーズは彼の著で「印象派1)の
美術の分野におこった印象主義は必ずしも好意的な意
絵画についての権威ある記述を読むと,音楽批評を読ん
味ではなかった。1874年4月15日から5月15日まで,写
でいるようだし,楽譜の分析を見ているよえな気がする。
真家ナダールの店(パリ,キャプシーヌ大通り35番地)
画家と作曲家が達成しようと企てる目的が全く同じであ
で,第1回「画家,彫刻家,版画家,無名(芸術家)協
るばかりでなく,その使用する専門的用語も同じなので
会展」が行われ,これにはドガ,モネ,ギョーマン,ル
ある。」と述べている。
児童学科
印象主義ということばがドビュッシーの音楽にあては
(47)
浅見
英夫
められたのは,交響組曲「春」において1888年アカデミ
ワール)が,音楽家,作家,詩人の集まる場所であり,
の書記が提出した報告であった。これも美術の場合と同
1891年にエリック・サティとの出会いがあり,後にサティ
じように,決して好意的な意味ではなかった。ドビュッ
の曲を管弦楽用に編曲している。この店の最盛期は1885
シー自身もこのよばれ方を好まなかった。1894年3月,
年から1895年であった。又,この頃,知識人の集まりと
ベルギーでドビュッシーの作品のみの演奏会が開かれ,
して有名なものが象徴派の詩人マラルメの客間で行われ
同じ会場にピサロ,ルノアール,ゴーギャン,シニヤック
た「火曜日の集まり」(マルディ)である。1880年頃か
等の印象派の作品も展示され,ドビュッシーの音楽は印
ら始まり,ヴェルレーヌ,ルノアール,モネ,ドガ,ル
象派とみられるようになった。彼は旧態然とした様式を
ドン,ゴーギャン等であり,1890年代にドビュッシーが
打ちやぶり,彼独特の繊細さ,微妙さで音のニュアンス
音楽家としては一人だけ出席している。
をだした。しかし,彼は美術におけるようにグループを
ドビュッシーの初期の作品,交響組曲「春」を発表し
構成することはなかった。同時代に生きた音楽家,デュ
た1887年にはもう印象派の画家達による展覧会は最終回
カ(1865∼1935),サティ(1866∼1925),ラヴェル(18
をむかえており,彼の作品を印象派とよばれるのは1888
75∼1937)とは作風を異にしている。
年以後であるので絵画と同じ進行ではない。同時代の画
家,詩入,作曲家の年表を比べると次のようになる。
2.同時代の画家,文人達との出会い
1881年に開店したキャバレー「黒猫」(ル・シャ・ノ
表1 画家・詩人・作曲家年表
1800
1850
1950
1950 1950 1900
ピ
サ
ロ
q 83 0
ー
ラ
ス
1903
859
18 9 1
捌
2
189 8
ビ
ド
ー
カ
テ
865
1935
ノ
レ
ー
ラ
ヴ
(48)
1 9 18
18 6 2
シ
87 5
19 37
印象主義とドビュッシー
3.ドビュッシーのピアノ曲とその特徴
平島正郎氏である。っまり,第1期を習作期の作品(18
一般的にドビュッシーの作品は3期に分けて考えられ
80年∼1883年),第2期を自己形成期の作品(1884年∼
る。第1期(1888年∼1890年),第2期(1901年∼1907
1892年),第3期を確立期の作品(1893年∼1902年),第
年),第3期(1908年∼1915年)の3期である。
4期を発展期の作品(1903年∼1910年),第5期を自在
ギュイ・フェルショーは5期に分けて考え,第1期を
の時期の作品(1911年以後)としている。両者の分類は
青春時代の諸作品(1880年∼1883年),第2期を過渡期
ピアノ曲以外の作品を主としており,作品から作品で分
の作品(1884年∼1893年),第3期を個性的様式を確立
けているので,正確に年代で線を引かれたものではない
した作品群(1894年∼1901年),第4期を円熟期の作品
が,便宜上,年代を記しておく。次にピアノ曲だけを前
(1902年∼1910年),第5期を自在な諸作品(1911年∼19
述の三っの方法で分類してみたい。(連弾曲,四手用の
18年)としている。これに修正を加えて考えているのが
作品を除く。)
表2 ドビュッシーピアノ曲一覧
曲 目
作曲年
ボヘミア舞曲
1880
バラード
1890
茜 ホ目3デ ,じ、
1890
ベルガマスク組曲
1890
舞 曲
1890
ロマンティックな円舞曲
1890
マズルカ
1890
2つのアラベスク
1891
夜想曲
1892
ピアノのために
1901
スケッチ帳より
1903
版 画
1903
喜びの島
1904
仮 面
1904
映像 第1集
1905
映像 第2集子供の
1907
子供の領分
1908
ハイドン礼賛
1909
小さな黒ん坊
1909
前奏曲集 第1巻
1910
レントより遅く
1910
前奏曲集 第2巻
1912
おもちゃ箱
1913
英雄的な子守歌
1914
12の練習曲
1915
一般的分類
フェルショー
平島正郎
①
①
②
②
③
③
④
④
⑤
⑤
①
②
③
(49)
浅見
英夫
場合は楽器それ自体によっても違いが感じられる。その
ピアノ曲だけでみると,ギョイ・フェルショーと平島
正郎氏の分類は同じになってしまうが,他の器楽曲や歌
他,再生装置を通して,あるいは自分自身の演奏通して
劇,歌曲等を入れると少し相違がみられる。特に歌劇
音楽を知る機会が多い。ドビュッシーのピアノ曲をみて
「ペレアスとメリザンド」が大きな意味をもってくる。
いくと,勉年の「練習曲集」を除いて全曲に題名がっい
一般的分類では第1期のおわりから第2期までの10年間
ている,絵画と同じようにイメージを持ちやすい。しか
(1891年∼1900年)が空白になるが,本当の意味の印象
し,「前奏曲集」では各々12曲とも題名を( )書きで
主義に入る過渡期であり,管弦楽曲「牧神の午後への前
曲のおわりに書かれているのは少し控え目な意味もある
奏曲」(1894年)を表わしたのもこの時期である,ピァ
のかもしれない。
ノ曲では「2っのアラベスク」(1891年)と「夜想曲」
印象派の絵画とドビュッシーの音楽が同時に進んでいっ
(1892年)がある。
たのではないことは前にも述べたが,絵画から直接,描
最も彼の特徴を語わしているのは「版画」(1,塔,
写された曲は数少い。交響組曲「春」はボッティチェル
2,ダラナダの夕べ,3,雨の庭),「映像第1集」(1,
リの絵画「春」に,ピアノ曲「喜びの島」はワトーの絵
水の反映,2,ラモー讃,3,運動),「映像第2集」
画「シテール島への船出」に着想を得て作曲されたと言
(1,葉ずえを渡る鐘の音,2,かくて月は廃寺に落ち
われている。又,ピアノ曲「映像第2集」の3曲目「金
る,3,金色の魚),「前奏曲集第1巻」,「前奏曲集第2
色の魚」は日本のうるし絵からの着想だと言われている
巻」である。
が,印象派の画家達が日本の浮世絵に影響を受けている
ことを考えると興味深い。
次にこれらの曲の特徴をあげてみたい。いくっかの項
目が同時に表われる部分もあるし,一項目だけ表われて
歌曲の分野では象徴主義の詩人,マラルメ,ヴェルレー
いる曲もある。
ヌ,ボードレール達の詩に曲をっけている。ドビュッシー
(a)長調,短調の混った施律
が印象主義の手法を発揮した管弦楽曲「牧神の午後への
(b) 5音音階……譜例1
前奏曲」はマラルメの詩「牧神の午後」に付けられたも
(c)全音音階……譜例2
のである。ヴェルレーヌの詩に作曲された歌曲は「月の
(d)プラガル終止(IV→1)
光」,「ひそやかに」,「マンドリン」,「忘れられた小唄」
(e) 7の和音を混じえた完全和音群
(1,みはやるせなき,2,巷に雨が降るごとく,3,
(f) 3度,9度の連続
木々の影,4,木馬,5,緑,6,憂欝),「3っの歌」
(9)平行4度,平行5度,平行8度……譜例3
(1,海はもっと美しい,2,森に向って角笛の音は悲
(h)複合リズム(連符,切分音)……譜例4
しみ,3,垣の例),「艶なる宴」第1集(Lひそやか
(i) アルペジォの多用
に,2,あやっり人形,3,月の光),第2集(1,う
(j)ペダル効果
ぶな人々,2,半獣神,3,感傷的な対話)があり,マ
以上のような手法によって,彼独得の音の響きをだし
ラルメの詩からは「まぼろし」,「マラルメの3っの詩」
ており,水のきらめき,透明感,エキゾチズム,憧憬,
(1,ため息,2,ささやかな願い,3,扇)がある,
日光,動き等,えも言われる世界へと導いていく。彼は
又,ボードレールの詩には「ボードレールの5っの詩」
(1,露台,2,夕べの譜調,3,噴水,4,内省,5,
描写音楽にとどまらず,印象を音にしたのである。
愛しあう2国の死)が作曲されている。ピアノ曲「前奏
おわりに
曲集第1巻」の第4曲目「音と薫りは夕暮れの大気に漂
印象主義を論ずる時,始めにくるものはやはり絵画の
う」は5っの詩の第2曲目「夕べの譜調」からの一節で
世界である。印象派の巨匠達によって描かれた一枚一枚
ある。
の絵は,この世に一っしかないものであり,世界各地に
散らばり,人々に感銘を与えている。音楽の場合,作曲
最後に,ドビュッシーのピアノ曲数曲と印象派の絵画
を私のイメージとして合わせてみたい。
された曲が演奏されてこそ,その音楽の価値がわかる。
「舞曲」………ドガ「アンバサドゥールのカフェ・コン
演奏は同じ曲でも解釈の違い,様々の演奏形態があり,
セール」(1876∼77)
演奏者の技術やコンディションによって,又,ピアノの
「版画」(グラナダの夕べ)……ルノアール「ムーラン・
(50)
印象主義とドビュッシー
dblicatement et presque sans nuances
Mod色r色ment anim色
−v”一\
v 「版鹸より1−3.小節[一≡≡三ラ
ー−e−。.e
1プ rケ
移調
全音的5音階第1正格旋法
譜例1
図1
座
un peu en dehors
②ゆ
五ent〔ア=92〕
璽
\3\6ρρ
一
doucemnt sonore
u
「
一Q …
﹁了
9
一.
9 ’
「
o
一
≒
一
3費ハ蔓汐
wトー)
(ニニ/
1映像第2集」葉ずえを渡る鐘の音より 1∼3小節
図2 譜例2
Lent 〔J・=66〕
「映像第2集」かくて月は廃寺に落ちるより1∼2小節
図3 譜例3
Mesure−
ノ
8−/ 8「一一一・r
「映像第1集」水の反映より25∼26小節
図4 譜例4
(51)
o
一
浅見英夫
ド・ラ・ギャレット」(1876)
アントワヌ・テラス,大島清次:世界の美術2ドガ,小
「版画」(雨の庭)……スーラ「グランドジャット島の
学館(東京),1975
日曜日の午後」(1884∼86)
シャルル・キュンストレル,谷本和彦:世界の美術3ピ
「映像第1集」(水の反映)……モネ「睡蓮,水の風景」
サロ,小学館(東京),1975
(1905)
マルセル・ブリヨン,池上忠治:世界の美術4セザンヌ,
「前奏曲集第1巻」(音と薫りは夕べの大気に漂う)……
小学館(東京),1975
モネ「ロンドンの国会議事堂」(1904)
「前奏曲集第1巻」(アナカプリの丘)……ルノアール
ダニエル・ヴィルデンシュタイン,黒江光彦:世界の美
術5モネ,小学館(東京),1975
「アルジャントゥーユのヨット」(1873)
「前奏曲集第1巻」(雪の上の足あと)……シスレー
フランソワ・ドールト,高階秀爾:世界の美術6ルノアー
ル,来学館(東京),1975
「ルーヴシェンヌの雪」(1878)
フランソワ・ドールト,松本芳夫:世界の美術7シスレ
「前奏曲集第1巻」(亜麻色の髪の乙女)……ルノアー
ー,小学館(東京),1976
ル「ピアノに寄る娘たち」(1892)
ジャック・ラセーニュ,西澤信彌:世界の美術8ゴッホ,
小学館(東京),1975
本文は印象派の絵画とドビュッシーのピアノ曲を中心
ダニエル・ヴィルデンシュタイン,レイモン・コニア,
に,比較することにより書いたが,フランス,パリのオ
渡辺康子:世界の美術9ゴーガン,小学館(東京),
ルセー美術館で見た名画の数々に思いをおこし,フラン
1975
ス曲を勉強する時,必ず通るドビュッシーの名曲をピァ
ルイ・オートクール,黒江光彦:世界の美術10スーラ,
ノの音にしたり,再生された名演奏を聞く機会を得た。
小学館(東京),1976
今後,少し違った観点から演奏することができるように
フィリップ・ユイスマン,M・G・ドルテユ,池上忠
と考えている。
治:世界の美術11ロートレック,小学館(東京),1976
ジャン・カスー,阿部良雄:世界の美術12ルドン,小学
引用文献
館(東京),1976
1) エミール・ヴェイエルモーズ,米谷治郎:ドビュッ
参考楽譜
シー自然からの霊感,音楽の友社(東京),1975,
P.49
ドビュッシー(安川加寿子校註):子供の領分,アラベ
スク第1番・第2番,音楽の友社(東京),1960
参考文献
ドビュッシー(安川加寿子校註):版画,ベルガマス7
平島正郎:ドビュッシー,音楽の友社(東京),1968
組曲,音楽の友社(東京),1969
徳丸吉彦:世界音楽全集23(ドビュッシー,ラヴェル)
ドビュッシー(安川加寿子校註):映像第1集,映像第
河出書房(東京),1969
2集,音楽の友社(東京),1968
柴田南雄:西洋音楽史 印象派以後,音楽の友社(東
ドビュッシー(安川加寿子校註):ピアノのために,喜
京),1968
びの島,音楽の友社(東京),1969
門馬直衛:西洋音楽史,春秋社(東京),1958
ドビュッシー(安川加寿子校註):前奏曲第1集,音楽
ステファン・ヤロチニスキ,平島正郎:ドビュッシー印
の友社(東京),1969
象主義と象徴主義,音楽の友社(東京),1986
ドビュッシー(安川加寿子校註):前奏曲第2集,音楽
門馬直美:名曲解説全集16,音楽の友社(東京),1981
の友社(東京),1975
礒山雅:クラシック名曲大事典,音楽の友社(東京),
1985
ドビュッシー(安川加寿子校註):練習曲集,音楽の友
社(東京),1975
ジェルマン・バサン,大島清次:世界の美術1マネ,小
ドビュッシー(安川加寿子校註):小品集,音楽の友社
学館(東京),1976
(東京),1977
(52)
印象主義とドビュッシー
Summary
Debussy was deeply influenced by the impressionism of painters and the symbo−
lism of poets. At first, the word“impressionism”was used by the critic of the
exhibition that was held by Dogas, Monet, Renoir, Pissarro and Sysley etc.
Debussy’s music was named impressionism in his symphonic suit“Prinlemps”. He
established impressionism technique in the orchstral music“Prblude S 1’Apr6s−midi−
d’un faune”. His piano pieces have some sensibility like those of the impressionism
of painters. His features are a melody mixed major and minor・whole tone scal・
pentatonic scal, parallel fifths and parallel octaves etc・
(53)