天理大学社会福祉学研究室紀要第 1 8号 2 0 1 6年 ソーシャルワークにおける危機介入アプローチとレジリエンス Thec r i s i si n t e r v e n t i o napproacho fs o c i a lworkandt h er e s i l i e n c e . 天理大学 KeyWords 南彩子 ソーシャルワーク,危機介入アプローチ,レジリエンス I.はじめに 感情面・認知面での機能が働き,自己効力感 を失わず,ある種のサポートを貰いながら, 「レジリエンス」や「レジリエントな」と 問題行動に走ることなく前向きな行動(行動 いう 言 葉 を 彼 方 此 方 で 聞 き 及 ぶ よ う に な っ 面)へと転じることが「逆境を跳ね返すj 力 た . と し て 働 い た の で あ る . こ の 力 こ そ が 「レジ 2011年 の ワ ー ル ド カ ッ プ で 初 優 勝 を 果 た リエンス J で あ る . そ し て こ の 力 を 発 揮 す る したなでしこジャパンについて,ニューヨー には,レジリエンスの観点を熟知するすると クタイムズ紙は「レジリエントなチーム」と 共 に 知 識 と 技 術 を 身 に つ け た 他 者 I)からのア 評 し た と あ る ( Zolli,A.,Healy,A,M.2012 プローチが功を奏する. =2013 訳 者 あ と が き よ り 2013:377).これは 筆者はここで,ソーシャルワークにおける 震災直後の時期にあって相手国に何度も先 危機介入アプローチを想起した.ソーシャル 制されながらも果敢に前向きに挑戦し続け, ワークの主要なアプローチのーっとして「危 相手チームに加点されても最後の最後まで 機介入( c r i s i sintervention)アプローチ」が 諦めず粘り勝ちしたチームへの称賛の言葉 ある.危機介入は, Lindemann,E.H. ( 1944 であった.また, 2014年 の ISUフ ィ ギ ュ ア ス 141-148) が 突 然 の 大 火 災 に よ っ て 配 偶 者 や ケート・グランプリファイナルの男子シング 家族と死別した遺族の,喪失による衝撃から ルで羽生結弦が優勝したとき,「どんな状況 受ける悲しみからの回復過程を自らも精神 に立たされようと,驚異的な回復力を見せて, 科医として治療に関わりながら参与観察に 体の痛みを抱えながら,逆境を跳ね返した」 より調査した研究に始まる.その後彼の協力 というふうな賞賛の 言葉が浴びせられた.こ 者 で あ っ た Caplan,G.(1974) に よ っ て 施 設 れ も ま た 逆 境 力 を 見 事 に 体 現 し た 「レ ジ リ エ に収容された移民の子どもたちゃ未熟児を ントなアスリート 」 と言えるだろう.前者は 出産した母親の回復過程の研究に引き継が チームレジリエンス,後者は個人レジリエン れた.現代社会においても,災害や大混乱と スの例である. いった突然の出来事が避けられない時代に 世に名を成す人物や企業や団体などの組 なっている.予期できる・できないに拘らず, 織に目を向けても,その人生やキャリアのな 人は突然,今までまったく経験したことがな かで大きな試練に思いがけずぶち当たり,ネ いような新しい出来事に直面した場合に,不 ガティブ感情をうまく取り扱いながらも前 安や緊張が高まり,ときには混乱状態に陥り, に進み,苦悶の末,結果的にそれを見事に跳 社会に適応することが難しく,回復の目途が ね返したという例は幾らもある.ここで留意 なかなか立たないという状況に直面するこ しておくべき点は,「レジリエントな人(集 ともしばしばである.ここに言う出来事とは, 団)」というのは,幸いにも逆境や試練に対 昨今増加しつつある自然災害や,テロ等の社 してものともせずに立ち直ったわけではな 会的事件,また突然の事故や発病,近親者の い.どんなに辛い状況にあっても,現況をう 死,社会的地位の突然の変化,成熟に伴うラ けとめたうえで気持ちを切り替えるという イフサイクルの変化など,それまでの生活に -1 3- おいては慣れ親しんでいないこと等である. 語 の “ Kairos” で あ り , ヒ ボ ク ラ テ ス は , 人 ソーシャルワークにおいては,これらを「危 の病がさらに悪い方に向かうか良い方に向 機(c r i s i s)」として理論化されてきた. かうかの岐れ目の状態にある場合にカイロ 人が「今まで慣れ親しんでいない出来事」 ス( Kairos) と 呼 ん だ . 辞 書 的 な 意 味 と し て に遭遇した場合に,人は特有の反応パターン は「危機,分かれ目,峠」等である(『新英 を示し,また危機状況から回復するプロセス 和 大 辞 典 第 6版 』 研 究 社 2002: 585).分かれ はある程度予測しうるものとして,危機状況 固とは,病気が良くなるか悪くなるかの境目, の特質を明確化したものが「危機理論」であ 主に快復に向かう時期,と説明されている る.危機には,それに遭遇して回復するプロ そして峠は,山の上と下という文字から成り, セスに一定のパターンがあるため,クライエ 辛い上り坂を経験して境目を超えて前進し ン ト が 危 機 状 況 に 有 る か 無 し 1か を 早 急 に 見 たときに下り坂に差し掛かる状況をイメー 極めていち早く介入することで元の状態に ジさせる.窮地に陥ったその先も見据えてい 戻るよう支援していこうとするのが「危機介 ること.危機とはそうした分岐点である. 入 ア プ ロ ー チ Jで あ る . ア セ ス メ ン ト か ら プ ソーシャルワークにおける「危機介入アプ ランニング,インターペンションに至るまで, ローチ」における危機の定義として 危機理論に基づき多くの研究成果から導き Caplan,G.(1974)は,「危機は,人が大切な目 出された独特の理論枠組みと援助方法があ 標に向かうとき障害に直面し,それが習慣的 る . な問題解決の方法を用いても克服できない 危機に遭遇することによって,いち早く立 ときに生じるものである.混乱の時期や動転 ち直れる人と立ち直れない人がいる.危機理 の時期が続いて起こり,その聞にさまざまな 論では介入の時期によって,早く介入した場 解決の試みがなされるがいずれも失敗する J 合と時間が経過してから介入した場合とで, と捉えている.クライエントが危機状況に陥 その後の経過や回復に変化が見られるとし るのは,突然の何らかの出来事を契機として て い る ( 後 述 の 図 1参 照 ) . そ し て , な ぜ 危 生じるのであるが 機状況に至ったのかを即刻にアセスメント 機を除けば対人関係のなかで起こることが 災害等の予期できない危 し,対処方法をクライエントと共に考えてい もっとも多い.従って危機からの回復も人間 く.ただし,どのような人が早く立ち直るか 関係のなかで行われることになる.勿論,時 という点には言及していない.これを説明し 間の経過とともに状況は好転もするだろう 得 る レ ジ リ エ ン ス ( res i l i enee) 研 究 が , 注 し,その問 「じ っ と 待 つ J 「耐える J 「考 え な 目 さ れ て き て い る ( 長 内 ・ 古 川 2004:28) いことにする」こと等で切り抜ける場合もあ なぜなら,レジリエンス研究では,困難な状 るが,一定の研究の成果としては,危機を未 況に置かれでも問題行動を起こさなかった 然に防ぐもっとも良い方法は,感情面・情報 人たちがなぜそのような行動様式を選択で 面・環境面において即時の援助が提供される こ と で あ る と さ れ て い る ( Turner,F.J.1996 きたのかという視点を熟視する考え方を基 底にもつからである.そこで,本稿では,ソ = 米 本 秀 仁 監 訳 1999:264). ーシャルワークにおけるクライエントの危 機からの回復と,その回復や復活の力となる 2 . 危機理論における危機からの回復とそ レジリエンスとの関連について明確化して のプロセス 危機理論においては,個人や家族が危機状 いきたい . 況にあると同定される場合には共通した徴 候や特質がみられるとされている.たとえば, n .危機介入アプローチとは 急性の情緒的混乱や社会生活の混乱,不安, 抑うつ,認識の混乱,身体的緊張等を体験す 1. 危 機 ( crisis) の 定 義 るが,これは異常なことではない.また回復 「クライシス( c r i s i s) 」 の 語 源 は ギ リ シ ヤ 過程にも一定のパターンがあると考えられ -14- 天理大学社会福祉学研究室紀要第 1 8号 2 0 1 6年 ている( Golan,N. 1974;Parad,J & Parad,L. あるが同時に成長あるいは発達の機会であ 1990;Hill,R.1958).研 究 者 ら の 諸 見 解 を 要 約 るとも受けとめることができる.⑤どのよう して,危機状況の特質について以下に概観し な種類の危機であっても,危機に伴って現れ て 述 べ る ( 南 1998:103-1 0 4 ) . る感情的反応は,ある一定の過程を辿って展 ①危機状態にある人は,心理的に無防備な 開されていくと仮定される.ここに述べた① 状態が高まり,防衛機能が弱まって,問題に ∼⑥の特質を,ソーシャルワーカーは理解し 対する対処能力や解決能力が極度に低下し ておくことが求められる. ている.この無謀な状態が高まっている初期 つぎに H i l l , R .(1958)は,危機状況は一定の の段階では,他者からの援助を受け入れやす プロセスを辿って経過するという仮説のも い .即 ち 心 理 的 脆 弱 性 が 高 ま っ た と き と い う と,下降と上昇のカーブで描かれるローラー のは,介入に対して従順に従うことを意味す コースター型の図を提示し,援助者が危機の る.②感情のバランスを欠く経験をした人は, 存在をできるだけ早く認知して介入するこ 通常,バランスを取り戻そうとして努力する. とが,元の状態に,より回復することを示し ③急激な危機状態は一般に一時的なもので た.即ち即刻のアセスメントに続き,早期に あり,短期間である.しかし,その後の研究 時宜を得た介入を行うのがソーシヤルワー に よ れ ば , そ の 継 続 時 間 が 6∼ 8 週 間 と さ れ クの重要な機能である.周囲の者が気づかず, ていたものが,それよりもこころもち長いか 本人もどうして良いかわからぬままに放置 あるいはその個人と家族の生活環境や出来 されてしまうと,低いレベルの再均衡の負の 事の特質によって相違があるという指摘が ある( Ell,K.1995:660-664).④危機は,人生 スパイラノレのなかに入ってしまい,アウトリ ーチされない限り発見の機会を失って低い になかで起こり得るさまざまなできごとへ レベルでそれなりに安定してしまうと,最早 の対処法(乗り越え方)を学びとるという面 援助効果を期待することが難しくなるとと から考えると,否定的な結果を招く可能性も が示されている(図 1 ). … 動 Aψo!R LevelofReorganization . . . . . . . . . . . . . . ・ ・ , . −ーーーーーーー四ーーーーーーーーーー砂 Periodof 、, ,----−ーーーーーーーーーーーーーーー砂 Disorganization Crisis = 今 Disorganization = 今 Recovery = 今 Reorganization 図 1.C r i si sの辿る過程( H i l l , R . ,1958“Generic Features o fFamilies under S t r e s s " . reprinted i n 56 よりヲ i 用) Parad,H,J.1965 CrisisIntervention:SelectedReadings.p. ①急激な状況変化を経験したことによる 図 1か ら も 明 ら か な よ う に , で き る だ け 早 期の介入が回復,再組織化に至ることになる. 極度のストレスが存在するとき,感情のバラ ソーシヤルワーカーの介入の要点について, ンスを崩すのは,珍しいことではないこと, Golan,N.(1974)や Parad,J& Parad,L. またそのような状況で気持ちが動転したり, (1990) ら の 見 解 を も と に 以 下 に 要 約 し て 述 0 6 ) . べ る ( 南 1998:104-1 苦しんだりするのは,人間として当たり前の ことで,異常ではないことをクライエントに -15- 理 解 さ せ る .ま た そ う し た と き に は , 不 眠 や クロベディアのなかには,未だ見られない. 抑うつなど普段見られないような徴候や行 動が起こること,それに対して誰にでも起こ り得ることとして受け入れるように,心理的 m . 逆境から立ち直る際の ス」の考え方 サポートを行う.そのとき大切なことは,ソ ーシャルワーカーは心して fレジリエン グリーフワーク” に時間をかけることである.②危機状況にあ るクライエントは,自分や家族の身に起とっ 1. レジリエンスの定義 た事柄に対して現実的に考えたり受けとめ 域で少しずつ違った意味合いで用いられて たりする余裕を失っている場合がある.ソー いる . 前 稿 (南 2015)でも提示したように, レジリエンスは,諸外国を中心に多様な領 「resilienceJ は , ラ テ ン 語 の シヤルワーカーは今一番問題になっている s a l i r e ( t o ことを明確化させるために,探索を進めなが leaperjump), r e s i l i r e ( t o springjump)が語 ら整理する手助けをし,状況を即刻にアセス 源であるとされている(『精神科臨床サービ メントする.どのような事実でも,否定した ス』 2013:148).これは, り歪曲したりするのではなく現実として受 び 跳 ね る J と い う 意 味 合 い で あ る .土 木 工 学 けとめていかねばならないこと,今までなか の分野では,橋や建物などの構造物が損傷を 「跳ね返す J' 「再 った困難を抱えながらも生活は継続してい 受けたあとでベースラインまで回復する性 かねばならないことを話し合っていく.③こ 能を意味する.緊急時の対応力については, れまでの生活を変更させなければならなく 市民生活に欠かせないシステムが地震や洪 なった点について,新たな適応をしていくの 水の被害からどのくらいのスピードで復旧 は大変ではあるが 生活を継続しながら少し ずつでも立て直していくことが必要である ことへの理解を促し,周囲に支援体制(ソー できるかを指す.心理学ではトラウマに効果 的に対処する個人の能力を意味する (Zolli,A.,Healy,A,M. 2012= 須 川 訳 2013・ シャル・サポート・システム)を構築してい 9-10) . レ ジ リ エ ン ス を 包 括 す る 辞 書 的 な 意 く.危機を抱えながらも生活を再建していく 味 に つ い て は , 基 本 的 に は 2つ , のには通常よりも多くの支援を必要とする 力 を 加 え ら れ た 物 質 が 元 の 状 態 に 戻 る 力 Jと 「外部から 「 人 が 困 難 か ら 立 ち 直 る 力 Jで あ る と 言 わ れ こと,また自身でできない部分は現実的に多 くの支援に頼っても良いことを伝える.その て い る ( Zolli,A.,Healy,A,M. 2012= 須 川 訳 ためにソーシャルワーカーは,地域社会ので 2013:377). ソーシヤルワークの領域でも, きるだけ多くの社会資源に関する情報と生 「リジリエ 活の代替案について熟知していなければな ンスの理論というのは,ソーシャルワークに らない.④これまでのコーピング・スタイル 取って代わるものではなく,ソーシャルワー について話し合い,今回もそのようなスタイ ルである程度切り抜けられるのか考え,でき クの基礎として使える考え方だ」と提唱され ている 2) ( マ イ ケ ル ・ ウ ン ガ ー 2013:1 3 ) . ない場合には新たなコーピングの方法を考 筆 者 は 前 稿 ( 南 2015:19) に お い て ケ ア ワ ー える.⑤同じような危機を経験した人びとに クやソーシャルワークの領域におけるレジ よるサポートグループの利用を考慮する. リエンスとは,「人が困難な状況に陥った場 以上が,危機介入アプローチにおける危機 合や,逆境や耐えられない環境におかれた 場合に,その状況から立ち直ろうとし,逆 からの回復プロセスの要点である.危機介入 アプローチは, 1970年 代 に Turner,F,J.(1974 境を跳ね返そうとする回復力や弾力性,柔 初版)あるいは Roberts,R,W.,&Nee.R.H. 軟 性 の こ と を 言 う J と定義した.対人援助を (1970) の テ キ ス ト に ソ ー シ ャ ル ワ ー ク の 一 つのアプローチとして登場するが,この頃に 行う職場において,逆境に立ち向かう重要な 手立てとしては スーパービジョン・システ はレジリエンスという考え方は米国におけ ムの活用が第一に考えられるが,定期的にス るソーシヤルワークのテキストやエンサイ ーパービジョンや研修などを受ける機会が -16- 天理大学社会福祉学研究室紀要第 1 8号 2 0 1 6年 る 設けられていることは稀である.そこで,た と え ス ー パ ー バ イ ザ ー が し 1な く と も 「 レ ジ リ 2 . レジリエンスのステージ エンス」の概念を熟知し,レジリエントな考 え方や行動パターンを身につけるようクラ 以下の図は,久世浩司( 2014)によって提唱 イエントを支援することも,ソーシャルワー されているレジリエンスのステージである. カーがとるべき一つの手立てであると考え ③ ++企 + 可 V ① 図 2 . レジリエンス 3つのステージ(久世浩司『レジリエンスの鍛え方』 2014:235より引用) る ( 久 世 2014:233-236). 図 2に お い て , ① は 精 神 的 な 落 ち 込 み か ら これは,クライシスを乗り越える際のソー 抜け出し,「底打ち」した段階,②はレジリ エ ンス・マッスノレを使って,再起する段階 , シヤルワークのプロセスと類似している.ソ ③は過去の逆境体験から一歩離れて,高い視 ーシャルワークにおける危機介入アプロー 点から術敵する段階,と説明されている.ま ずは,精神的な落ち込みが生じている根本原 チの援助技法は以下のとおりである (Aguilera,D.,& Messick,J.,1970).①感情 因を知り,思いこみをてなづけ,ネガティブ をオープンにすることで,悲嘆作業(グリー 感 情 に 対 処 す る こ と で 「 底 打 ち Jす る 段 階 が フワーク)を行わせる.②危機を現実的に知 ①である.つぎに,レジリエンス・マッスル 覚できるように助ける.ここでの知覚とは, を使って上に向かつて再起する段階が②.レ 出来事の意味を探ることによって,直面して ジリエンス・マッスルとは,誰かに助けられ いる危機を現実的に理解するのを助けるこ ながら自己効力感を身につけること,修羅場 とである.③対処能力を探索する.すなわち, を乗り越えるために自分の強みを活かすこ 個人がもっている強さや,これまで試みてき と , こ こ ろ の 支 え と な る 「 サ ボ ー タ ー J をつ た対処の方法や,代わりとなる対処法,また くること,感謝というポジ ティブ感情を高め 新しい対処法を探す手助けをすることであ ることである.そして最後に,つらい体験か る.④社会的サポートを強化し、予後計画を ら意味を学ぶことで自己成長を促し,逆境体 立てること.すなわち,誰によってどのよう 験を教訓化する段階が③.ここでは過去の逆 なサポート体制を構築することができるか, 境体験から一歩離れて全体を術撤する内省 周囲の人々は何をすることができるのかを 探索していき,社会に出ていく.前述の久世 (リフレクション)の作業が功を奏する の術轍に際しては人に「物語る」ことでその 浩司は,ポジティブサイコロジースクーノレの 意味に気づくことが大事であるとされてい 代表であり,認定ポジティブ心理学コーチと 人が辛い体験を経て, して,レジリエンスの考え方をビジネスの現 レジリエンス・マッスルを鍛え,つぎの困難 場で活かす人材育成に携わっている指導者 な挑戦に耐えうる力を養うプロセスでもあ である.危機介入ソーシヤノレワークを行うの る.このプロセスは ヴ t は,ソーシャルワーカーである.いずれも相 っ て , 主 要 先 行 研 究 に お い て レ ジ リエ ン ス 構 応の教育訓練を受けた支援者である.そうし 成要素として抽出されている因子を拾い出 た支援をもらって,自分の体験した極めてス し,共通項目の析出を試みる(小塩真司・中 トレスフルな出来事を物語るプロセスを共 谷 素 之 ・ 金 子 一 史 ・ ほ か 2002;井隼経子・中 有し,乗り越える手段を共に考え,再び下降 村 知 靖 2008;井原 裕・尾形広行・犬塚 彩 を来たさぬよう出来事の意味を僻敵して予 2009; 佐 藤 琢 志 ・ 祐 宗 省 三 2009;菊地 梓 期計画を立てるプロセスは,両者ともに類似 2010; 鉢 呂 美 幸 2010;平野真理 2010;杉山 していると言えよう. 匡 ・ 児 玉 昌 久 2010; 尾 形 広 行 ・ 井 原 塚 3 . レジリエンスの構成要素 裕・犬 彩 2010; 斉 藤 和 貴 ・ 岡 安 孝 弘 2011;平 野 美 樹 子 2012) レジリエンスは,領域横断的な概念である. その際の手順は,上記の先行調査研究より, 従ってレジリエンスの定義が多岐に亘るこ レジリエンスを測定しようとする尺度項目 とと同様,レジリエンスを構成する尺度に関 を全て一覧にし,類似性に注目して分類を試 しても,先行研究で見る限り多岐に亘ってい みて図解化した(図 3 ). ま ず , 個 人 的 因 子 と る.レジリエンスを測定する研究は,小塩真 社 会 的 因 子 の 2つ に 大 き く 分 類 で き た . 個 人 司( 2002) ら の 「 精 神 的 回 復 力 尺 度 」 を 始 め 的因子とは,個人のもつ能力の側面であり, として,レジリエンス尺度の標準化の試み それはさらに感情的側面,認知的側面,行動 (佐藤琢志・祐宗省三 2009) や , レ ジ リ エ ン 的 側 面 の 3つに分類できた.社会的因子とは, ス尺度の信頼性・妥当性の検討(尾形広行・ 困難な状況から回復する際に,何らかのかた 井原 彩 ・ ほ か 2010) 等 に よ り 検 ちで社会との繋がりを継続させている「粋」 証作業も行われてはいるが,体系化された尺 や連帯性,関係性のもたらす力であり,それ 裕・犬塚 度は開発途上である.なぜなら,レジリエン はさらに社会活動の継続,身近なサポート, スという考え方そのものは対人援助の領域 社 会 的 組 織 的 サ ポ ー ト の 3 つに分類できた. に関わらず多様な領域で注目視されている 即ち,大きく 6 つ の 内 的 ・ 外 的 な 力 が 析 出 さ 概念であり,レジリエ ンス と い う 用 語 の 定 義 れた.その一つひとつにはどのような要因が 自体が不統一で,なかなか標準化には至らな 含まれているのかをさらに明示する. いのである.そこで,対人援助領域に的を絞 認知的再解釈 挑戦的行動(チャレンジ) 感情調整 状況分析思考 楽観的行動 省察と感謝 前向き思考 気ぼらし行動 自己への信頼と理解 問題解決行動 社会活動の継続 身近なサポート 社会的組織的サポート 職務への専心・向上心 友達資滞活用 重要な他者の存在 チーム・コーピング 仲間・先輩資源活用 ソーシャル・サポート 肯定的未来志向 家族資調活用 専門機関活用 図 3. レ ジ リ エ ン ス を 視 点 に お い た 実 践 を 構 成 す る 要 因 の 全 体 図 (1 1 の論文で使用されていた尺度を南が分類) 。 。 天理大学社会福祉学研究室紀要第 1 8号 つ ぎ に , 図 3の そ れ ぞ れ の 項 目 に 収 束 さ れ 2 0 1 6年 こでは,《感情表出》と《感情調整》の分類 た内容について詳細に以下に示していく.こ 内容を例として示す. 図 5 感情調整の構成要素の分類 図 4 .感 情 表 出 の 構 成 要 素 の 分 類 このような方法で『個人的因子』と『社会 つの要素に整理された.《自己の力への信頼 的因子』の其々について分類整理する作業を と理解》は,「自分の考えや気持ちがよくわ 進めていった.その結果,《省察と感謝》は, かっている」「自己へのコンフィデンス(自 「自分に非がある時,素直に謝れる」「物事 己 に 対 す る 自 信 と 信 頼 ) を も っ j 「欠点はあ がうまくいかない時,自分に原因がないかふ っても,今の自分が好きである」「嫌な出来 りかえる J 「 人 に 助 け て も ら っ た 時 , 心 か ら 事がどんな風に自分の気持ちに影響するか 感謝できる J「苦手な人でも相手の良さを認 理解している め よ う と 努 力 す る Jの 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ 《挑戦的行動(チャレンジ)》は,「逆境に た.《認知的再解釈》は,「逆境における意 対してチャレンジしようとする」「新しいこ j の 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た . 義または価値を見出そうとする」「起こった とや珍しいことを好む」「困難があってもそれ 出来事を肯定的に捉える言葉に置き換える J は人生にとって価値あるものだと思う」「新たな 目標を立て,新しいことをやり始める」の 4 「危機的状況を乗り越えることは,成長の機 練であり,自分のためになると思うことにす つの要素に整理された. 《楽観的行動》は,「気持ちの切りかえが る Jの 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た . 《 状 況 分 析 早 い J 「ミスを気にしすぎなしリ「どうにかな 思考》は,「原因を検討し,何が悪かったの るだろうと開き直る」「あきらめ(割り切り) か考える」「現状況のなかで希望が持てそう が い い Jの 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た . 《 気 ば なところ・望ましい点に目を向ける」「その らし行動》には「夢中になれるものに打ちこ 問題を解決するために情報を集め,誰かと検 討する」「問題のなかによい部分はないのか む」「好きなことに熱中する」「趣味などを行 考 え る 」 の 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た . 《 前 向 イ メ ー ジ し て , 気 分 を 紛 ら わ す 」 の 4つ の 要 き思考》には,「外傷的体験をよいレンズを 素に整理された.《問題解決行動》は「状況 通して再評価する」「自己に対して肯定的評 価を行う」「失敗は成長のための不可決の要 分 析 行 動 を と る J「人と誤解が生じた時には, 積極的に話をしようとする」「困難にぶつか 素だと考える」「逆境の利点を見出す」の 4 った時,問題を解決するために情報を集める」 会ともなると考える」「この経験は一つの試 い,自分の能力を確認する」「楽しいことを ハud 「困難にぶつかった時,今の経験から得られ め よ う と す る j 「専門家を訪ねる」「専門機関 る も の を さ が す jの 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た . に関する情報を収集して,電話してみる」の 《 職 務 へ の 専 心 ・ 向 上 心 》は 「 コ ンビテン 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た . こ れ ら を 整 理 し た ス(高い遂行能力) J 「高い目標 へ の こ だ わ り 表が,表 l(レジリエンスの構成要素分類表) を持ち続ける J「仕事や職務に専心すること である で 切 り 抜 け よ う と す る J 「失敗して落ち込ん で も , 立 ち 直 る 力 を も っ て い る J の 4つ の 要 素に整理された.《チーム・コーピング》は, I V . 結論と考察 「問題が起こった時,チームで情報共有して いる」「チームで遠慮なく意見をぶつけるこ 危機を乗り越えるという「クライシス・イ とができる」「誰か一人が困難な状況の時, ンタ ー ベ ン シ ョ ン 」 の 考 え 方 と 「レジリエ ン チームで助け合える」「緊迫した状況を積極 ス」の視点を実践に応用するという考え方は, 的に和らげようとするスタッフが居る」の 4 4つ の 点 に お い て 類 似 し て い る . 1つ目は, つの要素に整理された.《肯定的未来志向》 その考え方が出現してきた背景である.精神 は,「また頑張れると思う」「未来にはきっと 医学や心理学の領域でまず注目され,危機理 いいことがあると思う 「将来の見通しは明 論は予防的精神医学の枠組みのなかで危機 j る い と 思 う 」 「 将 来 の 目 標 が あ る 」 の 4つ の に伴う急性悲嘆反応への介入と予期指導へ 要素に整理された.《友達資源活用》は「何 という流れのなかで発展してきた.またレジ で も 言 い あ え る 友 達 が し 1 る」「困ったことを リエンスは,「脆弱性モデルからレジリエン 相談できる友達がいる」「くだらないことを ス・モデルへ」「ストレス・モデルからレジ 言いあえる友達がいる」「自分の能力・価値 リエンス・モデルへ」という精神医学の回復 を 認 め て く れ る 友 達 が し 1 る」の 4つ の 要 素 に 論へのパラダイムシフトのなかで発展して 整理された.《仲間・先輩資源活用》は「自 きたという点である. 分とは違った考えを与えてくれる仲間・先輩 2つ 目 は , そ れ ぞ れ 多 く の 参 与 観 察 事 例 の 蓄積から,回復に至るプロセス研究がなされ たこと,そのプロセス自体も類似していると い う 点 で あ る ( 図 1 と図 2 ). そ し て 3つ 目 に , 「 レ ジ リ エ ン ス J が 「 跳 ね 返 す 」 と い う 意 味 合 い な ら , 「 危 機 J とい う文字も「 危 な い 」 と 「 機 会 の 機 」 か ら 成 り 立ち,それを乗り越えたとき飛躍が待ってい るという意味合いで用いられ,いずれも「好 機」の到来を想起させる点である.危機介入 では挑戦(チャレンジ)という側面から好機 に繋げてゆけるという希望的視点に,またレ ジリエンスでは逆境力・復元力・跳ね返す力 としてやはり好機に繋げてゆけるという視 点に意義が見出されている. 4つ 目 は , 実 践 の プ ロ セ ス に お け る 関 わ り 内容の類似性である.レジリエンスの構成要 因のところで見てきたように,人が困難な状 況に陥ったときにそれを跳ね返す力として の レ ジ リ エ ン ス の 内 容 は 多 様 で あ る .そのな かでも,《感情表出》,《認知的再解釈》, 《状況分析思考》,《自己の力への信頼と理 がいる」「お手本となる仲間・先輩がし 1 る」「同 じような目的に向かつて頑張っている仲間・先輩 がいる」「実際にどん底から立ち直った仲間が い る 」 の 4つの要素に整理された. 《 家 族 資 源 活 用 》は 「悩みを聞いて くれる 」 家族がいる」「何でも言いあえる家族がし 1る 「一緒に楽しめる家族がし 1 る」「客観的意見 を く れ る 家 族 が い る 」 の 4つ の 要 素 に 整 理 さ れた.《重要な他者の存在》は「プライベー ト で の サ ポ ー タ ー が 居 る J 「今までの人生で 重 要 な 人 と 出 会 っ た と 思 う J 「人生によい影 響を与えてくれた人が居る」「大切だと思え る人が居る j の 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た . 《ソーシャル・サポート》は「困ったこと があったら相談できる人が居る」「愚痴を言 い合える人が居る」「普段から自分の気持ち を わ か っ て く れ る 人 が 居 る J 「人に助けを求 め る こ と が で き る 」 の 4つ の 要 素 に 整 理 さ れ た.《専門機関活用》は「困ったことがあっ たら相談できる場所がある」「重要な問題を 抱えた時,専門機関にアドバイスや指導を求 -20- 天理大学社会福祉学研究室紀要第 1 8号 2 0 1 6年 解》,《問題解決行動》,《チーム・コーピ 知への変容をいかにはかるかが一つの着眼 ン グ 》 , 《 友 達 資 源 活 用 》 , 《 仲 間 ・先輩資 点であろう 源活用》,《家族資源活用》,《重要な他者 現在のソーシャルワーク・アプローチにお の存在》,《ソーシャル・サポート》,《専 いては,クライ エ ン ト や 家 族 の 生 活 の 場 で あ 問機関活用 》などは る地域社会において包括的に社会資源を活 ソーシャルワークにお ける危機介入アプローチにも有効な因子と 用してソーシャル・サポート・ネットワーク して共通しているものである を構築し,公私のサービスに繋げるマネジメ つぎに相違点について考えてみたい.問題 ントに力点が置かれがちである .それも十分 への対処方法(コーピング・スキル)の内容 大切ではあるが,ソーシャルワーカーが確か について,レジリエンスを視点においた実践 な倫理指針のもと 自身の弾力性を使って, が 含 み も つ 下 位 項 目 は 詳 細 に 亘 る . しかし, 危機的状況に立たされたクライエントに対 危機介入アプローチで言われてきた「人生の して,感情的側面・認知的側面・行動的側面 なかで起こり得るさまざまな出来事への対 からのアプローチを十分に行えることも肝 処法(乗り越え方)を学びとる」という点に 要である.窮地に立たされたクライエントの ついては,危機介入アプローチでは概して具 問題行動をなくすことよりも強みへと変容 体的ではない.「過去に慣れ親しんできて上 させていけること 手く成功したコーピ ングの方法を試みるよ ね返す対処法としてレジリエンスの視点を その際,クライシスを跳 う促す」「新しいコーピングの方法を求め, 活用し,自分自身も精神的疲労や不安に敗け 以前に使ったことのない新しい方法を工夫 てしまわないでしなやかに共に立ち向かい, す る よ う 共 に 探 索 し て い く J (Aguilera,D.,& つぎのステージへと導くのをサポートでき Messick,J. 1 9 7 0 :19-21) と い っ た 抽 象 的 な 表 る人,そうした専門職こそ,「レジリエント 現での説明になっている.一方,レジリエン なソーシャルワーカー」であるとは言えない スを視点においた実践の指標を見る限りで だろうか. は,コーピングの内容がかなり豊富に提示さ れている.例えば「挑戦的行動(チャレンジ)」, 注 「楽観的行動 J,「気ばらし行動」,「問題解決 1) こ の 場 合 の 「 他 者 」 と は , 信 頼 の お け る 他 行動」等である.こうした対処行動は,行動 者,例えばチームの監督,恩師,上司等を 的側面を変容させるうえでも有意義な技術 指す.そうした他者が存在しない場合にワ であり,行動の変容は認知や感情にも変化を ークシート等を用いて行う自己省察とい もたらす. 従って,本研究の目的であったソーシャル った方法をとる場合もある. 2)マイケル・ウンガー( MichaelUngar)氏に ワークにおけるクライエントの危機からの よるこの発言は, 2012年 6月 9日第 29回 回復と,その回復や復活の力となるレジリエ 日本ソーシャルワーク学会の基調講演「ソ ンスとの 関 連 に つ い て 纏 め る と つ ぎ の よ う ー シャルワ ー カ ー こ そ が リ ジ リ エ ン ス を になる.まず,危機からの回復過程における 育てる Jにおいてなされたものである(『ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 学 会 誌 』2 6 , 11-22に 全 文 「コーピング・スキル J 即 ち 乗 り 越 え 方 の レ 掲載). パートリ ー と い う 部 分 に 於 い て , レ ジ リ エ ン スの視点と方法を応用するという考え方は できないだろうか.さらにレジリエンスの構 成概念の 一つである個人のもつ力の側面に ついては,ソーシャルワークにおいても見逃 参考文献 Aguilera,D.,&Messick,J.,(1970)C r i s i s Inθ trvention:TheoryandMethodology. せない点である.とりわけ,認知的側面にお け る 再 解 釈 の 重 要 性 を 強 調 し た い .危 機 的 状 況に遭遇した場合に,出来事や物語のある種 C.V.Mosby. 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