本発表の詳細

盲導犬として望まれる気質の選定
および行動実験の導入
東京大学大学院農学生命科学研究科
獣医動物行動学研究室
荒田 明香
1
本研究の背景と目的(1)
気質関連遺伝子の探索
気質の評価
候補遺伝子の選抜
アンケート
行動実験
神経伝達物質、
内分泌性物質、ホルモン
などの関連遺伝子
(行動観察、生理学的反応)
訓練センター
・気質評価系が存在
ひんせい
(訓練開始前の稟性評価)
・遺伝的背景や育成環境
が似ている
研究フィールドとして協力要請
私の研究室では気質を形成する要因の一つとなる気質関連遺伝子の探索
を行っていますが、そのためには気質と遺伝子多型の比較が必要です。気
質の評価法にはアンケートや行動実験があり、候補遺伝子には神経伝達物
質・内分泌性物質・ホルモンなどの関連遺伝子があげられます。
視覚障害者のために働く盲導犬を育成するにはすでに気質評価系が存在
し、遺伝的背景や育成環境が似ている集団であることから、研究フィールド
としての協力を要請しました。
2
本研究の背景と目的(2)
日本盲導犬協会での現状
肝臓 1%
PR犬
4%
繁殖犬
13%
心臓
1%
盲導犬
30%
キャリア
チェンジ
52%
その他
5%
腎臓
13%
関節
10%
稟性(気質)
70%
盲導犬になれなかった理由
興奮性、不安、回復性、警戒吠え、
攻撃性、突発性、集中力、猜疑心 など
現在、日本盲導犬協会では訓練の結果、盲導犬となるのは30%程度にとど
まっており、盲導犬になれなかった個体の70%は気質の問題が原因となっ
ています。また、一言に気質と言っても、興奮性、不安、回復性、警戒吠え、
攻撃性など、個体によって具体的な内容は様々であり、盲導犬になれな
かった個体を一つにまとめて扱うことの難しさがうかがわれました。
3
本研究の背景と目的(3)
盲導犬における気質および適性の早期予測に関する報告
・パピーテストの結果(3ヶ月齢)=恐怖(1歳齢)
Goddard M. E. et al, 1984. Appl Anim Behav Sci
・パピーテストの結果(8ヶ月齢) ≠盲導犬の適性(1.5歳齢)
Wilsson E. et al, 1998. Appl Anim Behav Sci
・パピーウォーカーに対するアンケート(6,12ヶ月齢)
=攻撃性(盲導犬になれない理由、14-24ヶ月齢)
Serpell J. A. et al, 2001. Appl Anim Behav Sci
◆ 望まれる盲導犬の違い・・・国、訓練所、社会のニーズ
→扱う気質は様々
※カリフォルニア盲導犬協会:攻撃性を重視、ガードの役割も必要
◆ パピー(~6ヶ月)を対象としているものが多い
これまでの盲導犬における気質や適性の早期予測に関する報告として、パ
ピーテストの結果とその後の恐怖に関連があったもの、パピーテストの結果
と盲導犬の適性には関連がみられなかったもの、パピーウォーカーに対す
るアンケートと盲導犬になれない理由としての攻撃性に関連があったものな
どがあります。
報告の多様性からも分かるように、望ましい盲導犬というのは、国・訓練所・
社会のニーズなどにより異なり、そのために注目している気質にも違いが出
てきています。例えば、私の研究室が以前共同研究していたカリフォルニア
盲導犬協会においては、盲導犬になるにはある程度の攻撃性を重視してい
ることが分かりましたが、これはガードとしての役割も必要だという背景に関
連した結果だと考えられます。
また、ほとんどの報告はパピーを対象としており、個体間の経験にあまり差
がないと考えられている一方で、気質の決定には未熟であるとも言われて
います。
4
今回の研究目的
1.日本盲導犬協会における気質調査
訓練開始直前の稟性評価成績 ⇔ 訓練結果
• 望ましい気質とは?
• 一貫性のある評価ができているか?
2.行動実験の導入
新奇環境+新奇刺激
自律反応(心拍数)、行動反応の測定 ⇔ 稟性評価成績
• 気質の客観的な評価となるか?
そこで今回の研究では、まず日本盲導犬協会における気質調査により、そ
こで盲導犬にとって望ましいと考えられている気質は何か、既存の評価では
一貫性のある評価が行われているかを見つけ出すことを目的としました。次
に、行動実験の導入として、新奇環境に新奇刺激を加えた状態での、自律
反応、行動反応を測定し、この行動実験が気質の客観的な評価となりうるか
を検討しました。
5
1
材料・方法
• 供試動物: ラブラドールレトリーバー 約12ヶ月齢
2004/7/5-2005/4/4入舎の65頭
稟性評価を受け訓練を終えた個体
0ヶ月
パピーウォー
カー
2ヶ月
訓練
12ヶ月
18-19ヶ月
• 調査方法: 合格群・不合格群における
気質の比較
合格群・不合格群
気質
稟性評価のスコア
稟性評価
盲導犬
稟性的な理由による
稟性的な理由
キャリアチェンジ
日本盲導犬協会神奈川訓練センターにおいて、盲導犬候補個体は誕生後
2-12ヶ月の間はパピーウォーカーのもとにあずけられ、約12ヶ月齢で再び訓
練センターに戻り半年以上の訓練を受けます。今回は、訓練開始直前に行
われる稟性評価という気質の評価を受け、すでに訓練を終えた65頭を対象
としました。盲導犬になった個体を合格群、稟性的な理由で盲導犬になれ
なかった個体を不合格群とし、稟性評価のスコアを用いて2群間で気質の比
較を行いました。
6
1
ひんせい
稟性評価
z
z
z
時期 : 約12ヶ月齢、訓練開始直前
目的 : 訓練に入るかどうかの決定
方法 : 屋外、初めての場所における様子を観察
歩く様子
エスカレーター
犬への反応
22項目:望ましさの5段階評価
全般、感受性、興味・興奮、不安について
z
評価者=職員2-3人/1頭
稟性評価はPuppy Walkerから戻ってきた1日または2日後に、訓練センター
や訓練士に慣れていない状態で行われ、今後の訓練に進むかどうかを決
定することを目的としています。屋外、初めての場所において、見知らぬ訓
練士または学生がハンドラーとなり、様々な刺激に対する反応・様子を観察
します。例えば、歩く様子、怖がる犬が多いですがこのようなエスカレーター
への反応、犬に遭遇したときの反応などを観察し、22の気質に関する評価
項目ついてどれだけ望ましいかを5段階で評価します。評価者は1頭あたり
2-3人の職員です。
7
1
結果(1)
合格
23
~合否の状況
不合格 40
稟性 25
疾患 15
(35%)
(38%)
(23%)
合格群
不合格群
繁
殖
2
(4%)
48頭
稟性評価のスコアを解析
今回対象とした65頭では合格が23頭、不合格が40頭、そのうち25頭が稟性
的な理由で不合格となっていました。合格群23頭と不合格群25頭の合計48
頭を以降の解析に用いました。
8
1
結果(2)
~因子分析による合否の背景となる要因の抽出
1
回復性
p=0.015
落ち着き * 好奇心
落ち着き
p=0.008
p=0.0603
協調性
p=0.7348
因子スコア
0.5
0
-0.5
-1
-1.5
合格
不合格
Mann-WhitneyのU検定
*;p<0.0125 (Bon-ferroni補正)
評価項目に対して因子分析を行ったこところ、4因子に分けることができ、そ
れぞれ回復性、落ち着き、好奇心、協調性と名前をつけることができました。
これは横軸に各因子、縦軸にその因子スコアを表したもので赤が合格群、
青が不合格群です。2群間の比較により、4因子のうち落ち着き因子では合
格群のスコアが有意に高いという結果が得られました。
9
1
日本盲導犬協会における
気質調査のまとめ
合格
23
不合格(稟性)
25
(35%)
(38%)
繁
不合格(疾患)
殖
15
2
(23%)
(4%)
稟性評価
合否の背景となる因子 ・・・ 落ち着き
ここまでの調査により、訓練の結果合格する個体は35%、稟性的な理由で
の不合格が全体の38%であり、これら合格群・不合格群の比較により、日本
盲導犬協会神奈川訓練センターにおいては落ち着き因子が合否の背景と
なっていることが分かりました。
10
今回の研究目的
1.日本盲導犬協会における気質調査
訓練開始時の稟性評価成績と訓練結果を比較
• 望ましい気質とは?
• 一貫性のある評価ができているか?
2.行動実験の導入
新奇環境+新奇刺激
自律反応(心拍数)、行動反応の測定
• 気質の客観的な評価となるか?
次に、気質の客観的な評価となることを目的として導入した行動実験につい
て説明します。
11
2
材料・方法
• 対象: 訓練開始後1ヶ月の盲導犬候補個体(35頭)
• 方法: 新奇環境
慣らし
安静時心拍
① 10分間
+
新奇刺激 =
犬の周り
を歩く
② 単独 10分間
③ 5分間 ④ 5分間
突然でない
警戒心あり
遊園地で
怖がる
⑤ 5分間 ⑥ 5分間
犬室
(安静)
• 心拍数の計測
気質 = 稟性評価スコアと比較
稟性評価スコア
訓練開始1ヶ月目の盲導犬候補犬35頭を対象とし、新奇環境に新奇刺激を
加えた行動実験を行いました。なお、ここでの対象個体は1の気質調査とは
異なり、訓練中のものです。突然ではないが警戒心があるものとして、新奇
環境には屋内の広い部屋を、新奇刺激として着ぐるみを用いました。着ぐる
みは盲導犬として生活している中で遊園地などで怖がる個体が多いという
話をもとに選びました。
実験は6つのピリオドで構成され、最初に安静時、次に単独で10分間の繋
留の後、着ぐるみの登場と単独を2回繰り返しました。実験中は、ビデオでの
行動記録と心拍数の計測を行い、気質との比較のために訓練開始時の稟
性評価のスコアを用いました。今回は心拍数のデータのみ発表いたします。
12
2
結果(1)
~心拍数の変動
⑤着ぐるみ
③着ぐるみ
犬A
平均心拍数の補正(安静時との比)、変動率の算出
/min
250
平均心拍数補正値
200
3.00
150
100
犬A
50
犬B
2.50
2.00
0
0
1.50
①犬室
600
1200
1800
④単独
②単独
③着ぐるみ
1.00 犬B
/min
250
2400
⑥単独
3000秒
⑤着ぐるみ
0.50
200
150
0.00
100
②単独
③着ぐるみ1
④単独
⑤着ぐるみ2
⑥単独
50
0
0
600
①犬室
1200
②単独
1800
④単独
2400
⑥単独
3000 秒
実験を行った35頭中5頭では、途中の激しい動きなどにより心拍数の計測
が完全には行えませんでした。これは横軸に時間、縦軸に心拍数をとった
グラフですが、これに6つのピリオドを重ねることで、それぞれの刺激に対す
る心拍数の変動が分かります。スライドの2例を見てみると、同じ着ぐるみと
いう刺激に対して、Aでは軽度に上昇し速やかに元の状態に近づくのに対
し、Bでは大きく上昇しゆるやかに低下するというように個体により異なる変
動を示していました。
また、安静時の心拍数にもばらつきが見られたため、各ピリオドの平均心拍
数を安静時心拍数で割り、図のように補正した値を、次の解析に用いました。
13
2
結果(2)
~心拍数と気質の比較
4因子( 回復性、落ち着き、好奇心、協調性 )との相関
Spearmanの順位相関, p<0.0125( Bon-ferroni補正 )
④単独(着ぐるみ1回目の後)
⑥単独(着ぐるみ2回目の
後) 4
平均心拍数補正値
平均心拍数補正値
4
3
3
2
2
1
1
0
0
0
5
10
回復性スコア
15
0
5
10
15
回復性スコア
心拍数と4因子の有意な相関はなし
今回の心拍数の変化が気質と関連するかどうかを調べるために、稟性評価
で得られた気質を表す4因子の各スコアを前のスライドで示した補正心拍数
と比較しました。グラフは横軸に稟性評価での因子スコア、縦軸に補正心拍
数をとったものです。2つのグラフのように気質のスコアが高いほど心拍数が
高いという傾向が見られたものの、心拍数と因子スコアの間に有意な相関は
見られませんでした。
14
考察
気質調査
回復性
稟性評価
落ち着き
行動実験
心拍数の変動
人との
結びつき
・単独繋留による吠え
=稟性評価との違い
合否
好奇心
協調性
客観的な気質評価
気質関連遺伝子における
多型との比較
・刺激の強さ、2方向性
・合否との関係は?
早期の合否予測、繁殖選抜
本研究では、まず日本盲導犬協会神奈川訓練センターにおいて盲導犬に
望まれる気質を調査するために、合否と稟性評価の比較を行い、落ち着き
因子が合否の背景として抽出され、そこで重要とされている気質であること
が分かりました。次に行動実験を導入し、刺激に対する心拍数の変動と気
質の関係をみましたが、稟性評価における気質とは有意な相関が認められ
ませんでした。
今回行った行動実験についてですが、実験中は単独ピリオドでの吠えが目
立ち、着ぐるみという刺激は非常に強く、それに対する行動は恐怖と人間に
対する喜びの2方向を表していました。
これらは盲導犬訓練個体の人への結びつきが予想以上に高かったことの反
映であると考えられ、人が存在しない今回の行動実験と、人がまわりにいる
稟性評価との間の人の有無という違いが重大なものであったことが分かりま
した。
また、行動実験の対象犬は訓練中であるために心拍数と合否の比較が行
えていません。気質調査の追試も含めて、検討していかなければならない
部分です。
今後は、合否に重要であることが判明した落ち着きにより焦点をあて、人の
存在を考慮に入れた客観的な気質評価を導入していこうと考えています。こ
のような精度の高い気質評価の確立により、気質関連遺伝子における多型
との比較が可能となり、早期の合否予測や繁殖選抜に有用となることが期
待されます。
15