潜在的視聴者数とデジタル著作権管理の関係から見た 音楽配信サイトの

る Napster をアメリカレコード協会(RIAA)が提訴した。そこでは次
潜在的視聴者数とデジタル著作権管理の関係から見た
音楽配信サイトの類型に関する研究
On Potential Listeners, DRM
and Types of Music Distributor Site
05‑25620 山田恵子 Keiko Yamada
指導教員 坂野達郎 Tatsuro Sakano
1. 本研究の背景と目的
1.1 背景
90 年代後半から CD の売り上げが年々減少している。1998 年から
2007 年の 9 年間で 40%減少した。Napster で知られるようになった
P2P ファイル共有を使った音楽の交換は、その原因のひとつだと言わ
れている。
一般的に P2P はレコードの売り上げを阻害すると言われているが、
Anne Duchene and Patrick Waelbroeck(2004)によると、ある一定の条件
においてはレコードの売り上げを後押しする場合もあるという。
1.2 目的
Anne Duchene and Patrick Waelbroeck(2004) では、著作権保護を内生
的に考えるという点が革新的であったが、著作権の保護を2つの伝達
技術に対応する2パターンでしか考えていない。この研究では、それ
を細かく段階的に考え、音楽配信サイトを調査・分類することで、音
楽の人気と著作権保護の強さの関係を再考する。
2. 著作権の歴史
2.1 デジタル録音と私的録音録画補償制度の誕生
デジタル録音と私的録音録画補償制度について、文部科学省著作権
分科会(2007)による資料を整理する。1965 年、西ドイツにおいて世
界で初めて私的録音に対する補償金制度(報酬請求権制度)が導入さ
れた。日本では 1977 年 3 月に放送・レコード等から複製する録音・
録画が盛んに行われている実態に鑑み、制度を検討するため、著作権
審議会第五小委員会が設置された。さらに 80 年代CDの登場で音質
を落とさないデジタルコピーが安価で容易にできるようになり、私的
録音・録画が権利者の利益を害する状態にまで至ったため、1992 年
私的録音録画補償制度が導入された。
2.2 ネットワーク化とユーザーによる著作権侵害の国際化
著作権侵害のネットワーク化について、著作権審議会国際小委員会
中間報告(2000)を整理する。MP3 の登場で、高音質の音楽をネット上
に容易にアップロードすることが可能になった。さらに近年インター
ネットの発達などにより著作物の国境を越えた流通が飛躍的に増加
し、ユーザーによる著作権侵害が国際的に問題になった。このような
事態を鑑みて、1996 年に著作権に関する世界知的所有権機関条約
(WCT) 及び実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約
(WPPT)が世界知的所有権機関(WIPO)で採択され、日本は 2001
年と 2002 年に批准した。
表 2-1 WIPO 新条約で追加された事項
著作権法(日本)
送信可能化権
内容
アップロードを禁止する権利
技術的な著作権保護を破り私
技術的保護手段
的複製をすること。保護を破る
の回避に係る規制
装置を譲渡すること。の禁止
著作権管理情報 権利管理情報を故意に除去・改
の保護
変すること。の禁止
WIPO新条約
利用可能化権
技術的保護手段
権利管理情報の改変の規制
2.3 P2Pの登場とユーザーによる著作権侵害の深刻化と Napster
裁判
90 年代後半、WIPO 新条約制定時には想定されていなかった P2P
ネットワークを使ったユーザーによる著作権侵害が一層深刻になっ
た。1999 年 12 月、P2P を用いたファイル共有サイトのさきがけであ
の2つが争点になった。ひとつは Napster には著作権侵害の責任があ
るか、もうひとつは Napster はレコード会社に損害をもたらしたかで
ある。1つ目の争点であるが、Napster は彼らが提供した技術を用い
た一部の利用は私的利用の範囲を超えているということは認めてい
るが、User の侵害行為(頒布権:アップロード、複製権:ダウンロ
ード)に対する寄与侵害、代位侵害責任はないと主張した。しかし明
らかにユーザーの行為は権利を侵害しているうえ、技術的に著作権の
保護も可能であったため、連邦裁判所は Napster に寄与侵害、代位侵
害責任はありと判断した。次に2つ目の争点であるが、レコード会社
が「P2P は CD セールスを 20%減少させている。」というのに対し、
Napster は「User は視聴用に MP3 ファイルを音楽をダウンロードし、
視聴は結果的に CD セールスを後押しする。」と抗弁した。しかし
Napster の抗弁は認められず、CD セールスは落ちているというレコー
ド協会の主張が採用された。
3. 先行研究 Duchene and Waelbroeck(2004)から考える著作権保護
の設定のしかた
3.1 経験財と音楽配信の関係
Duchene and Waelbroeck(2004) は音楽の情報の伝達戦略を2種類
に分け、持っている曲の潜在的なニーズと法的保護によって、技術的
保護を企業が内生的に決めるモデルを提案した。そして、ある一定の
条件下においては、ファイルシェア技術を使って音楽をダウンロード
できたほうが企業の利益が増加するとした。
3.2 企業と消費者の行動と宣伝方法の関係
次の2パターンの企業による音楽の情報を伝達する方法を考える。
Information-push technology:TVやラジオなどを使い、すべての消費
者に曲の存在と曲の特徴を宣伝する。
Information-pull technology:消費者はファイルシェアで曲をダウンロ
ードして初めて曲の情報を知る。
π
ρ
図 3‑1 Information‑push と pull の関係
Information‑push で情報を得た消費者の行動
Information‑push で情報を得た消費者は、宣伝で聴いた曲を気に
入った場合、ファイルシェアでコピーするか、購入するか、どちらも
しない。コピーするよりも購入したほうが効用が高いとき且つ、どち
らもしないより購入した方が効用が高いとき、購入する。ここで技術
の保護を強くすると、コピーするリスクが高まるので、購入する人が
増え、企業の利潤(π)が大きくなる。
Information‑pull で情報を得た消費者の行動
また Information‑pull では、まず、ファイルシェアでコピーをし
たほうが、コピーしない時よりも効用が高いときにコピーする。コピ
ーの曲を聴いて気に入った消費者は、購入しないよりも購入した方が
効用が高いとき購入する。ここで技術の保護を強くすると曲の情報を
知る人が減ってしまい企業の利潤を減らすため、企業は技術の保護を
弱くする。
Duchene and Waelbroeck が証明した主要な命題
潜在的なニーズの高い曲を持っているレコード会社は、
Information‑push の戦略をとり、技術的保護を強くすることでさら
に利潤を高めようとする。潜在的なニーズの低い曲を持っているレコ
ード会社は、Information‑pull の戦略をとり、技術的保護を弱め、
より多くの人に音楽の存在を知らせることで利潤を高めようとする。
4. 音楽の人気と著作権保護の強さの関係
4.1 4 章の目的
ここではP2Pが違法という前提条件のもと、著作権の保護の強さ
を2段階ではなく、細かく段階的に考え、音楽の人気と著作権の保護
の強さに関連性があるかを、音楽配信サイトを調査・分類することに
よって考える。また日米の比較をする。
4.2 音楽配信サイト選定方法
音楽配信サイトの種類を特定するために Yahoo!JAPAN で「音楽配
信」で検索し、上位 100 件から 5 種類「有料音楽配信」「無料音楽配
信」「サブスクリプション」「インターネットラジオ」「音楽SNS」
を特定した。その5つのキーワードで再検索し各上位 50 件から配信
サイトを特定した。同様に Yahoo!(米国)で「music pay per download 」
「music free download 」「music subscription 」「music internet radio 」
「music social networking service 」で各上位 50 件から特定した。その
結果、日本では 92 サイト、アメリカでは 80 サイトを特定した。
4.3 音楽配信サイト分類
4.3.1 段階的な著作権管理
表 4-1 ユーザーに許される権利とサービスのクロス表
ラジオ 試聴 フルストリーミング 期限付きダウンロード
original音源を聴く権
利
(アクセスする権利)
original音源の再生権
original音源の再生権
(フルで再生可能)
original音源のコピー
権
ダウンロードしたファイ
ルの再生権
ダウンロードした
ファイルの再生権
(期限なし)
ダウンロードした
ファイルのコピー権
表 4‑2
○
永久ダウンロード 永久ダウンロード
(DRMあり)
(DRMなし)
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
著作権管理と課金のしかたで分類した表
日本
ラジオ(有料)
ラジオ(無料)
試聴
フルストリーミング(サブスクリプション)
フルストリーミング(無料)
期限付きダウンロード(サブスクリプション)
永久ダウンロードDRMあり(有料)
永久ダウンロードDRMあり(無料)
永久ダウンロードDRMなし(有料)
永久ダウンロードDRMなし(サブスクリプシ ョン)
永久ダウンロードDRMなし(無料)
全配信サイト数
1
27
61
4
19
1
20
0
16
1
19
92
全配信サイト
全配信サイト
アメリカ
に占め る割合
に占める割合
1%
1
1%
29%
42
53%
66%
38
48%
4%
8
10%
21%
20
25%
1%
6
8%
22%
4
5%
0%
1
1%
17%
19
24%
1%
3
4%
21%
21
26%
80
-
配信され
る音楽に付与
されるユーザ
ーに許される
権利で 4.2 の
配信サイトを
分類すると、オリジナル音源を聴く権利、再生する権利、コピーする
権利、ダウンロードしたファイルの再生権、コピーをする権利、とい
ったように権利が段階的に設定されていた。Anne& Waelbroeck(2004)
では2段階であった技術的な著作権保護のかけかたが、実際にはこの
ように細かく6段階に分類できることがわかった。表 4‑1 はこの権利
とそれに対応する音楽配信サービスの対応を表したものである。
また表 4‑2 より、付与される権利が多いほど有料のものが多いといえ
る。
4.3.2 著作権保護と音楽の人気
表 4-2 より日本はDRM(コピー制限)ありの音楽の販売が多く、
アメリカではDRMなしが多い。また日本ではDRMなしの音楽を配
信しているサイトはインディーズアーティストの音楽のみを取り扱
っている。一方アメリカではインディーズアーティストもメジャーな
アーティストも扱っている。アメリカの音楽配信サイトが Duchene &
Waelbroeck モデルに従わないのは、アメリカの音楽配信サイトが
Longtail ビジネスを実現するためにサーチコストを下げる戦略を取っ
ているからではないか。
5. Longtail ビジネス
5.1
5 章の目的
ここでは 4.2 のサイトのうち、有料永久ダウンロードをしているサ
イト(日本:60 サイト、アメリカ:47 サイト)を対象とし、サーチ
コストを下げる機能を調査・分析する。
5.2
Longtail 理論
Anderson(2004)は主力商品が集中的に売れるのではなく、多数のニ
ッチ製品が売り上げの大部分を占める現象を
The long tail と名
付けた。その後 Erik Brynjolfsson ら(2007)は Key product を集中的
に売り出すよりも Niche product に対するサーチコストを下げること
で、より利益が上がることを理論面、実証的の双方から示した。
5.3 配信サイト内のサーチコストを下げる機能
5.3.1 分類
サーチコストを下げる機能には次の2つが考えられる。消費者が潜
在的に欲しい音楽に出会うことを助ける検索機能、もう一つは出会っ
た曲が本当に欲しい曲かを確かめる「試聴」の機能である。
5.3.2 サーチコストを下げる機能の日米比較
「試聴」について
表 4-3 「試聴」の日米比較
フルで曲が視聴できるサイト
サブスクリプションサービス
日本
11/60サイト
3/60サイト
アメリカ
25/47サイト
8/47サイト
表 4-3 より、アメリカのほうが「試聴」の機能が充実しているといえ
る。
検索機能について
表 4‑4 日本における検索機能と DRM のクロス表
全体
機能ついているサイトの割合 29/ 60(
48%)
ついている機能の平均 機能
がついているサイトで/サイト全 2.1(1)
体で (個)
表 4-5
DRMあり
19/ 36(53%)
DRMなし
5/ 17(29%)
2(1.1)
2(
0.6)
アメリカにおける検索機能と DRM のクロス表
全体
DRMあり
機能ついているサイトの割合 26/ 41 (63%) 4/ 6(67%)
ついている機能の平均 機能
1.9)
3.5(2.3)
がついているサイトで/サイト全 3(
体で (個)
DRMなし
23/ 29(
79%)
2.6(2)
検索機能がついているサイトはアメリカのほうが多かった。
「試聴」、検索ともにアメリカのほうが充実していることから、アメ
リカは Longtail ビジネスにシフトしているのではないかと考えられ
る。
5.4 Longtail 理論と日本の音楽配信
表 4-6 ヒット曲トップ50曲の配信状況
日本のメジャーな曲はサブスクリプションサイトに提供されていな
い。また、レコード会社の関連会社である Mora への提供が多い。一
方アメリカではメジャーな曲でもサブスクリプションサイトに提供
日本
napster(日本)
itunes(日本)
取り扱い割合
0/50
27/50
musicocean
Mora
listen japan
OnGen
19/50
32/50
16/50
15/50
アメリカ
napster(日本)
itunes(日本)
itunes(アメリカ)
musicocean(日本)
amazon.com
Wal-Mart
取り扱い割合
32/50
39/50
47/50
32/50
48/50
47/50
している。日本のレコード会社は傘下の配信業者に配信を委託する傾
向がある。
6. 結論と今後の課題
6.1 結論
日本の音楽配信はメジャーなアーティストの曲を扱っている配信サ
イトでは、information‑push 型の情報伝達のしかたで、技術的な著
作権保護を強くかける配信サイトが多い。アメリカでは
information‑pull 型の情報伝達のしかたで、メジャーなアーティス
トの曲でも技術的な著作権保護をかけない配信をするなど、技術的な
著作権保護が弱い傾向にあった。また日本の音楽配信が
Information‑push 型な傾向にあるのは、日本のレコード会社が従来
のビジネスモデルに固執しているからと推察できる。
6.2 今後の課題
売り上げの分布とサーチコストの間に関係があることを、アメリカ
と日本のレコードの売り上げデータを用いて、実証する必要がある。
【参考文献】
[1]瀬藤,丹羽(2005)、「インターネット時代の音楽著作権と収益モデルの検討:『弱い著作権』の音楽情報財の収益モデルを巡って」、『文
化経済学』第 4 巻第 4 号(通算第 19 号)、43-56
[2]芹澤(2001)、A&M Records v. Napster, Inc., 239 F.3d 1004
http://www.law.tohoku.ac.jp/~serizawa/Napster2.html
[3] 著作権審議会国際小委員会中間報告(2000)http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2000/tyukan.pdf
[4] 文部科学省、文化審議会著作権分科会国際小委員会報告書(案)(2005)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/009/05121301/001.pdf#search
[5] 文部科学省、文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会(第 1 回)議事録[資料 9] (2006)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06042808/009.htm
[6] 文部科学省著作権分科会、私的録音録画小委員会(第 13 回)議事録・配付資料(2007)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06042808/009.htm
[7] Brynjolfsson, Hu , and Simester(2007),
‘Goodbye Pareto Principle, Hello Long Tail:The Effect of Search Costs on the Concentration of Product Sales’
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=953587
[8] Duchene and Waelbroeck(2004), ‘Peer to peer, piracy and the copyright law: implication for comcumers and artists,’ Developments in the economics
of copyright, 60-79