安保法制後の日中関係

平 成 27年 度 IIST国 際 情 勢 シンポジウム
『安保法制後の日中関係』
主催:一般財団法人 貿易研修センター(IIST)
後援:日本商工会議所
我が国対外経済政策の円滑な遂行を図っていくため、変動する国際政治・経済情勢を的確に捉
え、対応策を検討することを目的に、専門家を委員とする 「IIST 国際情勢研究会」を非公開で全 4
回開催。昨今の日中関係は、昨年11月の首脳会談、今年9月の日中韓首脳会談の開催等、関係
改善に向けた動きがみられる。しかし、南シナ海をめぐる米中関係の緊張を含め、依然として不確定
な要素がある。本シンポジウムは、『安保法制後の日中関係』をテーマとし、政治・経済関係の専門
家の委員 3 名に加えて、海上防衛の最前線に立ち会われた元自衛艦隊司令官(海将)をゲスト講師
に迎えて開催した。
プログラム
平成27年12月22日(火) 13時30分~16時30分
於:東海大学校友会館 「阿蘇の間」
開 会
13:30~13:35
開会挨拶:西郷 尚史
一般財団法人貿易研修センター 専務理事
基調報告
13:35~14:05
高原 明生 氏 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
「戦後 70 年の日中関係」
プレゼンテーション
14:05~15:05
久保 文明 氏 東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST 国際情勢研究会 座長
「オバマ政権の対中政策を考える」
香田 洋二 氏 ジャパンマリンユナイテッド顧問/元自衛艦隊司令官(海将)
「中国の軍戦略(A2AD)と日米・特にわが国の対応」
佐藤 考一 氏 桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授
「『海洋強国』中国と日本・ASEAN」
<休憩 10分>
ディスカッション
久保
高原
香田
佐藤
閉会
文明
明生
洋二
考一
氏
氏
氏
氏
15:15~16:25
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST 国際情勢研究会 座長
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
ジャパンマリンユナイテッド 顧問/元自衛艦隊司令官(海将)
桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授
16:30
平成 27 年度 IIST 国際情勢シンポジウム
2015 年 12 月 22 日
『安保法制後の日中関係』
基調報告/ 「戦後 70 年の日中関係」
高原 明生/たかはら あきお
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
1.
海洋に進出する中国
日中関係には様々な側面があり、バランス良く、総合的に目を配ることが重要だろう。中国は日本とっ
て最大の経済パートナーであり、日本は今や中国との間で、米国と欧州連合(EU)との貿易を合わせたも
のと同程度の貿易を行っている。3 年前には尖閣問題を機に、中国で反日デモの嵐が吹き荒れ、各地で
日本車がひっくり返される事態となったが、実は、中国市場で日本車は大変好調だ。最近は日中の貿易
額が伸びず、日本の対中投資も減っているが、中国人は日本へ“爆買い”に来ているし、物によっては中
国市場でたくさんの日本製品が売れている。さらに大型の経済ミッションが日本側からだけでなく、中国側
からも来ている。
安全保障を巡っては、日本から見ると、何と言っても気になるのは尖閣諸島問題だ。冷戦後、中国は国
力を付けるにつれて海洋進出を活性化させている。これに対し、「中国は強硬になってきた」、「海洋進出
を進めてきたら、対応するほかない」というのが日本側の考えだ。例えば、1996 年には、中国のいわゆる
海洋調査船が初めて日本の領海に入っている。一般に、中国の公船は 2008 年に初めて日本の領海に
入ってきたと言われるが、主権の主張を目的とする、いわゆる巡視船は 2008 年が初めてだったものの、海
洋調査船はそれ以前から入っている。そして、東シナ海に出てくる船の数が増え、2001 年には相互通報
制度の合意もできた。毛沢東の生誕 110 周年記念日に当たる 2003 年 12 月 26 日には、中国での尖閣諸
島の呼称である「釣魚島」を守る会が、民間の組織として作られた。さらに 2004 年春には、その活動家が
魚釣島に上陸する事件も起きた。そして、2006 年には中国の国家海洋局が東シナ海で、彼らが領土と見
なす島を定期的に巡視する制度を導入し、じわじわと海洋進出を進めてきている。南シナ海でも昨年初
夏には、ベトナム等との間で争いがある場所へ中国が石油リグを引っ張っていき、掘削探査を行い、大き
な問題になった。さらに、中国による人工島の建設も大きな話題となっている。日本の重要なシーレーン
は南シナ海を通っており、これらは日本にとっても重大な問題だ。
2.
改善に向かう日中関係
政治面では 2012 年 9 月に、日本政府が尖閣諸島を買ってから、中国側は政府高官の交流を停止し
た。同年 12 月には安倍内閣が発足し、安倍晋三首相は「まずは無条件で話し合うべき」としてきたが、中
国側は頑なに拒んでいた。しかし、昨年 11 月に北京でアジア太平洋経済協力(APEC)の首脳会合が開
かれた際、中国政府は日中首脳会談を開くことに合意した。中国側は日本の尖閣購入を受けて拳を振り
上げてしまったため、日本側が態度を改めたと言えなければ、国民に対して示しがつかないということだ
ったのだろう。このため、会談前には両国の政府当局者が協議を行い、まず外交当局間で意見の一致を
成し遂げた。
中国側は、2013 年 12 月に行われた安倍首相の靖国参拝を非常に気にしており、「もう参拝しない」と
確約するよう求めたが、日本側は「そのような約束はできない」としていた。このため、「歴史を直視し、未
来に向かうという精神に従い、両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみ
た」という形で合意した。また、中国側は尖閣諸島を巡り、領土紛争の存在を日本側に認めさせようとした
が、日本は「紛争があるとは認められない」という見解だった。そこで、「双方は、尖閣諸島等東シナ海の
海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識」するとした上で、
「対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回
避することで意見の一致をみた」という形で妥協した。これらは、大変重要な進展だと思う。
2015 年 4 月にはインドネシアのジャカルタで、安倍-習 第 2 回首脳会談が行われ、第 1 回とは異なり、
かなり笑顔も見られた。さらに 5 月には、北京で「日中観光交流の夕べ」が開かれ、二階俊博総務会長が
3000 人以上の日本人を連れていき、そこに習近平国家主席が出てきて友好的な演説を行った。そして
11 月には、日中韓サミットが 3 年半ぶりに再開し、大変良い流れになってきている。
なぜ、このような変化が生じたのかというと、私は日本側ではなく、中国側が態度を変えたためだと考え
ている。中国が態度を変えた要因としては、以下の 4 点が重要というのが私の分析だ。第 1 に、軍事的な
問題がある。昨年 5、6 月に 2 回続けて軍用機のニアミス事故が起きた。衝突したら大変なことで、事態が
エスカレートする可能性が高い。これには日本の安倍首相も驚いたと思うが、習近平国家主席も、日本と
戦争を避けるための話し合いをするには、政治的な緊張関係を緩和しなければならないと考えたのだろ
う。そして第 2 は、経済だ。中国経済の減速については、日本でも盛んに報道されているが、特に中国の
地方では財政が厳しく、景気が悪い。それらの地方にとって、日系企業の投資は重要で、政治関係を改
善することが経済交流の活性化にもつながると考えられたのだろう。第 3 に外交、中でも「新型大国関係」
が挙げられる。これは要するに、米国との関係だ。中国側はこのようなスローガンを掲げ、米国に「仲良く
しましょう」と言っているが、南シナ海問題やサイバー攻撃問題など難しい問題がある。そして、ぶつかり
合いの激化をなかなか制御できないという認識を、米中双方が持つようになってきている。そういうときに、
中国は外交的に何を考えるかというと、日本を向く。米国と難しいときは、日本や周辺国との近隣外交を
強化しようとする。第 4 に、中国の内政上の要因があり、習近平の権力基盤が固まってきた。2012 年 9 月
以来、中国の宣伝部門や政府系のメディアは猛烈な反日宣伝キャンペーンを打ってきた。それによって、
反日的な雰囲気が中国社会に広がった面がある。そして、日本に対して公の場で理解を示すことは、中
国においては、politically incorrect だということになってしまった。このような状況で対日関係を改善する
には、強いリーダーが必要だ。そして習近平は強いリーダーとなったので、批判を恐れず、対日関係改善
に踏み出すことができたのだと思う。
3.
日本人と中国人の認識に存在する危険なギャップ
このように、習近平国家主席は対日関係改善という明瞭なメッセージを出しているが、様々な不協和音
も聞こえる。海警という日本の海上保安庁に相当する組織の巡視船は、現在も月 3 回ほどのペースで尖
閣周辺の領海に入っている。戦後 70 年の安倍談話については、外交部の対応は抑制的だったが、中国
の宣伝部門、メディアはこれを強烈に批判した。また、軍事パレードの際に行われた習近平の講話でも、
和解という要素や、戦後の 70 年の間の歴史や、近隣諸国との関係改善といった話はなかった。
このようなずれが何に由来するのかは大いに気になるところで、その根本にある問題は、中国共産党の
矛盾ではないかと思う。共産党支配の正統性を支えるには、平和発展とナショナリズムという 2 本の大きな
柱が重要となるが、これらは時に矛盾する。このため、ミックスド・メッセージが出てくる。そして我々は、協
調と対立の時代に入ってしまったと認識している。
昨年 10 月から半年間、私は北京に住み、多くの中国人と会話したが、強く印象に残ったことの 1 つが、
日本に対する無理解だ。中国側に広く共有されている認識は、「ここ数年の日中関係の緊張の原因は、
すべて日本にある」、「日本が強硬になって我々を挑発しており、悪いのはすべて日本だ」というものだ。し
かし、中国側のこのような認識の問題を指摘するだけでは、実は足らず、日本側にも問題があるということ
を指摘したい。例えば、「日中観光交流の夕べ」で行われた習近平国家主席の演説について、日本のメ
ディアでは「歴史歪曲を許さない」とし、また強硬な姿勢で日本を批判したというトーンで報道がなされた。
しかし、実際にその演説を読むと、実は日本に対し、非常に友好的な演説であったとわかる。「日本の軍
国主義による侵略行為を歪曲し美化しようとするいかなる発言や行動も、中国国民とアジアの被害国の国
民はこれを認めないし、正義と良心をもった日本国民もこれを認めないことを信じます」という発言もあった
が、それに続いて「日本国民もあの戦争の被害者です。中日双方は歴史を鑑とし、未来志向で、平和発
展をともに促進し、子々孫々の世代に至る友好関係をともに考え、両国が発展する美しい未来をともに作
りだし、アジアと世界の平和に貢献しなければなりません」と述べている。
中国側でも、日本の安倍首相による良い発言は全く報道されず、極端な発言ばかりを取り上げる。そし
て日本側も実は、同じようなことをやっている。これは由々しきことであり、日本人の日中関係に対する認
識と、中国人の日中関係に対する認識には、非常に深く危険なギャップが生じている。このギャップを、何
とかして埋める必要があるが、なかなか難しい。
現在、日本の官邸は対外発信事業に多くの予算を付け、主として欧米や東南アジアにおける世論戦、
宣伝合戦に使っている。それも必要かもしれないが、中国に向けても力を入れてほしい。私は中国滞在
中に、今お話ししたようなことを中国の人たちにも話したが、それによって罵声を浴びるようなことはなかっ
た。中国の人たちの態度は、「日本から見ると、そう見えるのか。それなら、もっと教えてほしい」というもの
だった。中国社会や中国人の変化は、非常に速い。この変化を、我々としてどのように促進できるのか。
そういうことも考える必要があると思う。
今後の注目は、中国の内政だ。これまでのところ、習近平国家主席の権力基盤固めは進んでおり、彼
の対日関係改善という判断が今年、変化するとは思えない。しかし、経済状況が悪化し、社会の不安定
感がさらに増大した場合、彼は再びナショナリズムの旗を振る誘惑にかられないかと懸念される。これにつ
いては、中国の有識者も心配している。中国の国内状況は厳しくなっており、多くの人が、何が起きるか
わからないと思っている。中国社会の安定は、習近平国家主席にとっても最優先課題だ。中国がそのよう
な状況にあることを、日本の、特に政治家は認識し、慎重な言動を心がけることが重要だろう。
以上、基調報告
平成 27 年度 IIST 国際情勢シンポジウム
2015 年 12 月 22 日
『安保法制後の日中関係』
プレゼンテーション 1/ 「オバマ政権の対中政策を考える」
久保 文明/くぼ ふみあき
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
/IIST 国際情勢研究会 座長
1.
原則が見いだせないオバマ外交
オバマ政権の対中政策を考える際には、オバマ大統領の外交にも触れる必要があると思う。オバマ外
交には、様々な側面がある。イラク戦争への反対が原点にあり、米軍をイラクから撤退させる、できるだけ
戦争はしたくないという部分が出発点にあることは確かだ。また、プラハで核廃絶の演説を行い、非常に
アイデアリストなところもある一方で、政権 1 期目にはアフガニスタンでのテロとの戦いで 2 度増派してい
る。このように様々な側面があり、その外交方針を貫く原則のようなものは、なかなか見出せない。
なおかつ、2009~2013 年 1 月までの政権 1 期目と、その後の 2 期目では、外交が変化したようにも見
える。1 期目は、ややタカ派な部分があり、アフガニスタンへの増派を行ったほか、ヒラリー・クリントン国務
長官の下、中国の前に立ちはだかるような姿勢も見せた。しかし、2 期目の外交は総崩れという感じがす
る。2013 年には、シリアのアサド大統領が大量破壊兵器と見なされる化学兵器を使い、アメリカが「使えば
レッドライン」と警告していたものの、そのレッドラインをあっさり超えられた。そして、「空爆する」と一旦は
言ったが、議会にはかる決断をし、結局、議会の許可が下りずに振り上げた拳を下ろした。その後は、そ
の決定を正当化する必要があったのか、「地上軍の派遣はシリアにもイラクにも、ウクライナにも絶対しな
い」と、ともかく言うような外交になっている。そして、中国に対しても、ややトーンダウンしている。このよう
に 2 期目のオバマ外交は減速しているようで、イラク戦争の反省に対するリアクションがやや強い。
ひょっとすると、2 期目の国務長官であるジョン・ケリー、あるいは国家安全保障担当補佐官であるスー
ザン・ライスの外交観の影響を受けているのかもしれない。特に、スーザン・ライスは安全保障において、
あまり軍事的な形で世界を見ることをしたくないようで、地球温暖化やエボラ出血熱となると俄然、ハッス
ルする。どちらかというと、「人間の安全保障」に傾斜して考えるタイプかもしれない。オバマ大統領は、2
期目からスーザン・ライスに外交を頼っている。しかし、アメリカの外交の世界において、スーザン・ライス
が優れた指針を示してくれる人かというと、議論になると思う。オバマ大統領には、こういう人にしか頼らな
い部分があり、翻るとこれこそがオバマ外交の最大の問題かもしれない。
2.
政党内でも異なる中国に対する見方
アメリカの中国に対する見方は 2 つある。第1は、比較的優しい見方で、経済的な発展を支援し、歓迎
する。同時に、中国経済が発展するにつれ、中国も次第に国際的な規範を身に着け、行儀が良くなると
期待している。アメリカには、中国について、体は大きくなっても行動様式は変わらないと警告する議論も
ある。これが第 2 の見方であり、現在こちらが力を得つつある。そして、政党との関係で見ると、対中政策
は結構ねじれている。共和党はタカ派で、民主党の方が優しいという印象があるが、実際は複雑で、民主
党の中にも共和党の中にも意見の違いがある。ただ、野党になると、中国を激しく批判した方が、党利党
略、選挙上も便利なので、野党では中国に厳しい勢力の声が大きく聞こえてくるという傾向がある。民主
党では例えば、労働組合や人権団体、環境保護団体は中国に厳しい。労働組合の場合、職が中国に流
れてしまい、安い製品が入ってくることに批判的だ。しかも、中国では労働組合の権利がアメリカのように
保障されていないと思われるので、「そのような国とは対等な土俵で競争できない」という議論が展開され
る。また、民主党でも安全保障の専門家は、中国に対して厳しい見方をしているが、その一方で、対決を
避ける平和主義的な考え方もある。
では、共和党はタカ派一色かというと、これもまた違う。共和党の最大の支持基盤である経済界は長
年、中国市場で大きな利益を得ており、特に 1990 年代から最初の 10 年にかけて、かなりの影響力を及ぼ
したと考えて良いだろう。また、共和党の外交専門家でも、ニクソン、キッシンジャーの流れでリアリストと言
われる人たちは、中国と関与することが生産的だと考える傾向がある。他方で、共和党のタカ派の人々
は、民主党以上に厳しい対中観を持っている。さらに、宗教保守のグループはキリスト教の信仰の自由を
重視しているので、それを抑圧しがちな中国の政治体制に批判的だ。このように複雑な内政ともかかわっ
た構図で、その時々の国際環境上の大きな課題と関係し、中国の位置付けが大きく変化すると思う。冷戦
の時代にはソ連が最も主要な敵だったので、中国にはソ連と対抗するためのカードという位置付けもあっ
た。しかし、ソ連がなくなり、中国の位置付けは相当変わった。あるいは天安門事件によって、中国におけ
る人権問題が深刻だとわかった。
オバマ政権は比較的、中国との協調の可能性を重視してきたが、最近は南シナ海問題で大きな決断
をし、イージス艦を突入させた。政権第 1 期には、クリントン国務長官による比較的、優しいアプローチで
行こうとしたが、途中からかなり厳しくなった。米中関係には人権、独裁政治、信仰の自由、チベット、ウィ
グル、台湾など多数の問題があるが、他方でアメリカからすると、地球環境問題や北朝鮮問題などで協力
の要素もある。そのどちらを見るかによって、中国の位置付けは、かなり変化する。
2010 年 7 月にクリントン国務長官がハノイで行った演説では、南シナ海問題で中国に強い警告を発し、
同時にアメリカが「航行の自由」という原則に基づき、関与していくことを表明した。これがある意味、オバ
マ政権第 1 期の対中政策における重要な節目だったと思われる。その後は、“Pivot to Asia”、あるいは
“Rebalance to Asia”という政策を発表するが、2 期目のケリー国務長官に替わってからは、“Rebalance to
Asia”という言葉をあまり使わなくなった。そして、「中国を敵視したものではない」と盛んに言う。言い訳を
するなら、最初から言わなければ良いということになる訳だが、中国に対する挑発でないことを強調し、環
太平洋戦略的経済連携協定(TPP)こそが“Rebalance to Asia”の柱だと述べたりする。
あるいは、おそらくケリー国務長官の個人的関心かと思うが、2014 年春にアジアを歴訪した際には、「こ
の地域にとって最大の安全保障上の問題は、地球環境問題だ」と演説して回った。これは、沈みそうにな
っている南太平洋の島であればともかく、日本やベトナムなどは、地球温暖化が一番深刻な脅威だと言
われてもピンと来ない。ただ、今のアメリカの民主党に関して強く感じるのは、環境保護勢力の影響が非
常に強いことだ。中国からは、地球環境問題で協力をするという言質を一応、取った訳で、民主党の世界
では重要な手柄になっていると思われる。しかし、アメリカの他の部分からどう評価されるかは別問題で、
安全保障の人からすると、この政権は方向感覚がおかしいと思われる可能性があるだろう。
また、尖閣問題とも関係するが、2013 年 11 月 20 日に、スーザン・ライスがジョージ・タウンで、
“America’s Future in Asia”というアジア外交に絞った重要な演説を行った。その際、彼女は「中国が提起
した新大国関係というのを、オペレーショナライズしようとしている最中だ」と述べている。オペレーショナラ
イズとは、それを受け入れ、スムーズに実行しようとしているようなニュアンスだ。領土問題に関しても、例
えば、日本との安保第 5 条の義務には触れていない。多くのアメリカ人にこのことを聞くと、「あの演説はあ
まり大事ではない」などと言うが、このように重要な高官の演説で、重大な言い漏れがあれば、不安を与え
る可能性がある。こういうことを結構、平気でやってしまう部分がないわけではない。他方で、オバマ大統
領は 2014 年 4 月の訪日で、大統領としては初めて公的に、安保第 5 条が尖閣諸島に適用されることを明
言した。これについては、中国に対する相当な抑止効果になったことは確かだろう。
3.
南シナ海における米中の新たな関係
大統領選挙との関係で言うと、現在、世論調査で 4 位ぐらいになっているルビオという人は、マケイン上
院議員と並び、尖閣問題で、主権も日本にあることを認めろと発言している。2015 年 10 月、オバマ政権
は、中国が埋め立てて「中国領だ」と主張している 12 海里内にイージス艦を航行させた。アメリカにとって
何が重要なのかというと、1つは貨物の通貨量が多く、通商上、重要な地域ということがある。しかし、同時
に、原則の問題もある。やはり、「航行の自由」という重要な国際原則がかかっている。領土問題で不満が
あるとしても、1945 年以降の国際秩序を一方的な行動で変えてはいけないということだ。外交交渉を通
じ、平和的に解決するというのが重要な原則であり、中国がやっていることは、この原則を掘り崩すこと、こ
れに反することという認識がある。同時に、南シナ海については軍事的なインプリケーション、潜水艦が潜
って隠れやすいとかいう側面もあるかと思う。
南シナ海について、かなり根本的にというと、少し強いかもしれないが、米中関係は恐らく新しい段階に
入ったのではないか。冷戦時の米ソほどではなく、よりローカルな対立、対峙だが、南シナ海という場で常
時、軍事的に対峙し合う関係に入った。偶発的な衝突の危険性も孕んでおり、経済面での協調、相互依
存の部分は残りながらも、新たな関係に入ったという気がする。
TPP では、日米はアジア太平洋地域で新たな通商秩序を作ることに成功し、これは関係国にとって大
きな成果と言えるのではないか。中国では国有企業が中心的存在で、政府や人民解放軍との密接な関
係を保ちつつ、経済活動をしている。そういう国が通商秩序で主導権をとることを防ぐという点で、重要な
ことだと思う。他方で、オバマ政権による南シナ海での対中政策には、「少し遅かった」という批判もある。
中国はまた、core national interest や、two major power relation のような新しい米中関係の概念をぶつ
け、オバマ政権は受け身で、しばらくしてから「何か罠がある」ということで反論している状態だ。かつて
は、アメリカが中国に対する見方を投げかけた時期もあったが、現在はそれとは異なる。さらに、アメリカの
大統領選ではトランプが暴れており、「日中がアメリカの職を奪っている」といった面白い議論もある。
以上、プレゼンテーション 1
平成 27 年度 IIST 国際情勢シンポジウム
2015 年 12 月 22 日
『安保法制後の日中関係』
プレゼンテーション 2/ 「中国の軍戦略(A2AD)と日米・特にわが国の対応」
香田 洋二/こうだ ようじ
ジャパンマリンユナイテッド顧問/元自衛艦隊司令官(海将)
1.
アメリカ人の心を萎えさせようとする中国
中国の軍事戦略と言われる A2AD は、“Anti-Access and Area Denial”という事で、中国の国家目標達
成上最大の障害である米軍の当地域への近接阻止し、言い換えれば Anti-Access であり、同時に米軍の
この地域での自由な活動を封殺すること、すなわち Area Denial である。その戦略の構成要素は、例えば
装備では空母や対艦弾道弾があり、戦略概念としては外国の干渉を許さない「核心的利益」などもある。
総じて言うと、中国はこの先 20 年程は軍事力でアメリカの優位には立てないことは明白である。その情勢
認識に立つ中国が、軍事力で及ばないアメリカと戦わずして、実際に戦って勝ったような有利な環境を創
りあげることを目的とし、それを実現する理論的な根拠が A2AD である。これは兵力整備理論であり、大軍
を運用して米軍と戦う作戦計画ではない。
多くの人が、これによって中国が日米に戦争を仕掛けるようなイメージを持っているが、中国が今、アメ
リカと戦争をしたら必ず負けることは明白である。このため中国はアメリカと四つ相撲を取らずに、他の手
段を尽くしてアメリカ人の当地域への軍事介入意図を萎えさせようとしている。そのためにアメリカ人に見
せつけるネタが、A2AD により整備する人民解放軍の能力である。中国が平時からこの地域における米軍
のプレゼンスを阻止したいことは当然である。また、危機の際のアメリカの軍事介入も厄介であり、戦時に
も米軍と正面から戦えば勝てないことも知っている。同時に、アメリカも全ての分野で圧倒的とは言えず、
その弱点を突いて、「四つ相撲ではなく、足払いをかけて米軍を転ばせることはでき、結果として勝ちは勝
ちである」と、ワシントンやアメリカ国民に宣伝し、その能力を見せつけることで、アメリカ人のアジアへの介
入意図を萎えさせようとしている。
アメリカ人の心を萎えさせるためには手段が必要で、米軍が万全でない部分を集中的に狙うのである。
例えば、新兵器である対艦弾道弾は、3000~4000 キロの射程を持ち、小笠原諸島付近でアメリカの空母
を攻撃できる。アメリカは 10 隻しか空母を保有しないため、他地域への展開や整備・訓練を考慮すると、
有事にこの地域で展開できるのは、最大 3 隻程度である。仮に、このうち 2 隻をこれで潰すとなれば、ワシ
ントンは間違いなく怯むであろう。また、潜水艦も有効だ。鉄の船はアルキメデスの原理で、水中に穴があ
くと浸水し、水が入れば沈む。この原理は米海軍の 10 万トンを超える超大型空母でも同じで、潜水艦の
魚雷が複数命中すると、沈没する公算が立かい。A2AD に基づく米軍の弱点を衝く手段を軽視してはい
けない。
米軍がなぜ圧倒的に強いのかというと、空軍力、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、爆撃機を保有し、海軍
力の象徴として空母があるところが大きい。しかし、真の強さの柱は脳(司令部)と筋肉(作戦部隊)を繋ぐ
神経の役割をする、いわゆるディジタルとネットワーク技術にある。具体的には、無線通信、宇宙利用、海
底の光ファイバーケーブルのネットワークなどで、これらを世界で最も有効かつ大量に使用している。米
軍は脳に例えられる指揮機能、筋肉という軍事力そのものがもともと優れるうえに、両者を繋ぐディジタル
技術やネットワークの利用でも世界最先端を行っていることが今日の米軍の他国軍に対する圧倒的な能
力の基盤となっている。逆に、例えば、米軍の神経を断ちきることができれば、ワシントンという脳と強力な
軍事力で構成される前線部隊という筋肉が生きていても、脳からの指令が前線部隊にとどかず米軍は烏
合の衆となっている。要するに米軍が本来の米軍でなくなり、軍事能力で劣る中国軍も米軍を簡単に撃
破できることになる。る。中国は弱者の戦略として、そこを狙っているのである。
2.
中国による A2AD 能力構築
中国の A2AD における主役は、日本ではなくアメリカである。ただし、中国にとって最も身近なところで
米軍が所在するのは日本であり、我が国は A2AD の副次的対象となる。日米安保に反対の人たちには、
「だから中国に攻撃されるのであり、日米安保は即時に破棄すべし」と言うのである。現実にわが国内に
は、6 つのジェット基地と 2 つの海軍基地があり、2000 人の陸軍、1 万 9000 人の海軍、1 万 3000 人の空
軍、1 万 6000 人の海兵隊がいる。これは米軍全体の 1 割に当たり、平時にこれだけの米軍を受け入れて
いる国は世界中で日本しかない。中国から見ると、まず在日米軍を片付ける能力を作らなければ、勝負
にならないといえる。
軍事能力を考えるうえでもう一つ重要な事が「兵糧」、すなわち兵站・後方支援である。例えば、横須賀
の米軍基地には、近傍にすぐに使える燃料と弾薬が貯蔵されているといわれている。佐世保、嘉手納も
同様だ。戦車であれ、戦闘機であれ、軍艦であれ、これらがなければ戦場では使い物にならない。在日
米軍は対中戦略上の最前線である我が国にそれらを備蓄し、同時に総勢 6 万人の戦闘部隊が展開して
いる。これこそが中国にとって、目の上の最大の「たんこぶ」となっていることは確実である。
中国とアメリカが事を構えるとすれば、量的に劣る米軍は在日部隊だけでは不十分である。ハワイ、あ
るいは本土からこの地域へ増援部隊を展開させる。これに対し中国は、例えば先に述べた対艦弾道弾に
より、アメリカの虎の子である空母を小笠原諸島付近で攻撃する。あるいは、潜水艦を展開してそれらを
撃沈するとともに、先ほど述べた衛星、無線通信、海底の光ファイバーケーブルといったアメリカが過度に
依存するがゆえに使用できなくなった時のマイナス影響が致命的となる神経系を、様々な手段で断ち切
ろうとする。中国は、A2AD の理論に基づきそのような能力を作ろうとしているのである。
中国から見ると、アメリカが活動するのは日本本土を軸足としたと西太平洋の公算が高い。その観点か
ら、中国は西太平洋におけるアメリカの活動を何としても阻止したいと考えることは自然である。それを実
現するため中国海・空軍は西太平洋に進出しなければならないが、その際それらの部隊が必ず通らなけ
ればならない地点が南西諸島の与那国、石垣、宮古島により構成される海峡とその上空であり、チョーク
ポイントと呼称される。沖縄、奄美は既に自衛隊が展開するとともに、九州所在の自衛隊、あるいは在日
米軍の支援範囲内にあるので、彼らはさすがに、沖縄、奄美を攻撃・占領しょうとはしないであろう。逆に、
先のチョークポイントの通過を確実とするため、まだまだ自衛隊の配備も手薄な与那国、石垣、宮古各島
に対する上陸作戦能力を強化しょうとしている。更に、堅固に守られている沖縄に対しては、弾道弾、巡
航ミサイル(クルーズミサイル)攻撃とともに、特殊部隊を投入して地域社会をかく乱する公算が高い。
要するに、南西諸島全体において攻撃形態は異なるものの、中国軍は実際に侵攻できる能力を構築
することを目指すであろう。本土も同様で、南西諸島の様な本格的侵攻はないとしても、特殊部隊が、羽
田空港や国会議事堂、原子力発電所、火力発電施設、NHK などの主要な放送局、東京駅、貨物配送セ
ンターなどの社会インフラを攻撃・破壊し、我が国社会全体をかく乱する能力を構築することが A2AD の
「カギ」でありし、その一部の能力は既に完成しているということだ。
3.
日本に求められる防衛体制
それでは、日本はどうするのか。憲法の前文と 17 条には、趣旨を要約すれば「国民の基本的な権利を
侵す事態があれば、国家としてそれを護るために最大限の配慮をしなければならない」とされている。憲
法は 9 条だけではない。前文と 17 条に基づけば、我が国と国民の安寧な生活を脅かす勢力の挑戦に対
して、わが国民はそれを排除するために戦わなければならない、ということである。自由と民主主義は日
米同一の価値観であり、それを共有する日米が、中国の挑戦にどの様に対応するか、が問われる。中国
は現状を無視して独善的に、また現状を法ではなく力によって変えようとしている。その企みに対し、自由
と民主主義を基調とする日本とアメリカが共調して対処することで、アジアの安定が辛うじて保たれてい
る。
日本米同盟上の軍事機能は「盾と矛」に代表される。すなわち「矛」である戦略的な抑止や打撃機能は
アメリカが担当し、我が国の領域防衛を日本が担当する機能分担である。「日本はアメリカに守ってもらっ
ている」と未だに言われるが、元自衛官として言えば、それは誤りである。世界最高の防衛組織である自
衛隊が、日本を守っているのである。戦略攻撃機能の保有を排除して、投入可能な全ての資源を自国防
衛に投入している軍隊は他にない。物理的な戦略打撃はできないが、それを米軍が担当することにより、
攻守機能が見事にマッチしているのが日米安保だ。これは世界で、あるいは人類史上で唯一の同盟関
係である。
その中で、A2AD を意識しつつ、日米がどのような態勢・能力を構築するかが最大命題である。例え
ば、中国が対艦弾道弾というカードを切るのであれば、こちらはその対処技術開発で対抗するのである。
ここで「鍵」となるのが、ハイテクだ。無線通信や衛星、海底の光ファイバーを無力化し、サイバー攻撃を
使用するのであれば、その能力を無力化する技術開発を行い、実用化することである。そのためにも、ハ
イテクが必須要素となる。日米がしっかりと協力すれば、中国が A2AD の切り札とする色々な能力を無力
化できる。中国の A2AD の本質を考えたとき、これはまぎれもなく日本・アメリカに突き付けられる大きな課
題となる。
防空体制については、現在の日本の弾道弾防衛態勢は対北朝鮮で、中国を対象としていない。しか
し、この先、求められるのは、中国に対する弾道弾防衛と巡航ミサイル(クルーズミサイル)防衛体制の構
築だ。そして、南西諸島を確実に防衛することによるチョークポイント防衛、更に本土における中国特殊
部隊のかく乱攻撃を抑え込むことに代表される総合的な防衛体制の構築である。南西諸島の防衛は、住
民感情もあり防衛体制構築が遅延しているのではないか。時として政治的妥協は必要だが、妥協しては
いけない分野もあり、そこがしっかり弁別されなければならない。
また現在ほとんど語られていないことが、与那国から種子島までの南西諸島全体で 150 万人の島民が
生活している現実だ。中国が圧力をかけてきた場合、果たして彼らの生活を確実に守り得るのか。中国
は、アメリカ人のこの地域介入への決意を萎えさせ、がっぷり四つに組んだ相撲を取ることなく、アメリカが
土俵に上がらないようにしたいのである。また、仮にその戦略が効かず、アメリカが土俵に上がり相撲とな
る場合には、アメリカの苦手である「足払い」をかけ、最も得意な方法でアメリカを転がしたいのである。日
米は A2AD の狙いをしっかりと理解し、見極めたうえで共同対処能力を構築して、中国に対処体制を見せ
つけることで、逆に中国の冒険主義を抑止する必要がある。
4.
日米は中国のさらなる行動の阻止を
東シナ海に関しては、まず尖閣諸島は絶対に中国に取られてはいけない。しかし、尖閣諸島を守る以
上に重要なのが、先ほど述べた日本の体制づくりだ。尖閣諸島は、人間活動には不適な巨大な岩の
島々であり、仮に軍事化しようとすれば、非常に大変なところだ。中国に取られてはいけないが、尖閣諸
島に軍事基地を造り維持することも相当に困難である。重要なことは、沖縄本島以西、与那国島までの南
西諸島防衛態勢や、150 万人島民の生活基盤となる我海上交通を妨害されないための能力を構築する
ことだ。
次に南シナ海については、現時点で中国は岩と環礁しか実効支配していない。それでは同海域への
侵出基盤がないということで、環礁等の埋め立てに着手したのである。南沙諸島において、それらの環礁
以外で人間が活用できる 13 の大型島を中国は実効支配していない。侵出するための足場がない中国は
それを作るために埋め立てをしている。南沙諸島のほぼ真ん中に中国は、埋め立てにより、初めて軍事
使用可能な足場を得つつある。アメリカはこの活動をおそらく 2 年前には察知していたが、何故か公表も
せずに沈黙を続けた。昨年(2015 年)2 月になって、ようやく重かった腰を上げ、積極的に情報公開を開
始するとともに、国際社会に発信を始めた。中国の活動に対しアメリカの中で米軍は大変な危機感を持っ
ていたが、ホワイトハウスが黙殺し、この 2 年間で 3000 メートルの滑走路を有する人工島の建設を許し、
取り返しのつかない既成事実を確立されてしまった。
中国は 3 年前にマニラの西約 200km にあるスカボロー礁をフィリピンから奪取した。同礁は、一辺 20km
程度の大きなサンゴ環礁で、今のところ中国は工事に着手していない。しかし、中国は任意の時期に本
格的港湾と複数の 3,000m 級滑走路を持つ基地施設をこの環礁に造ることができることは明白である。日
本とアメリカが何もしなければ、中国は近い将来に埋め立てと基地建設を実施するであろう。もしこれが完
成すれば、南シナ海の中央部に同海全体をコントロールできる、[海南島・西沙諸島]、[南沙諸島]、「ス
カボロー礁」という有力な軍事基地を有する島嶼を結ぶ一大戦略三角形が完成する。そうなれば、中国
の戦闘機、爆撃機は南シナ海全域を自由に飛行することが可能となり、軍艦のパトロールも極めて容易
になる。そうなれば、現在は自由に活動している米軍も、その時点で米軍の自由な活動大きく制約される
ことになる。そうなれば、南シナ海の緊張状態が一気に高まり、非常に危険な状況に陥ることは明白であ
る。7 カ所に人工島と軍事基地を作ることを許してしまった南沙諸島については、基地建設をやめさせ原
状に戻すという意味で、もはや策の施しようはない。既成事実を作られたということだ。オバマ政権は、中
国の行動を黙認するという事を続けた結果、大変貴重な時間を失った。大きな失策・失政である。もし、ま
だ最後の皮一枚が残っているとすれば、それは中国が手を付けていないスカボロー礁であり、日米にとっ
て死活的に重要な事は中国にこの埋め立てと基地化を絶対にやらせないことだ。
以上、プレゼンテーション 2
平成 27 年度 IIST 国際情勢シンポジウム
2015 年 12 月 22 日
『安保法制後の日中関係』
プレゼンテーション 3/ 「『海洋強国』中国と日本・ASEAN」
佐藤 考一/さとう こういち
桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授
1.
東シナ海、南シナ海における中国の進出
中国が、東シナ海、南シナ海へ出てきている。尖閣諸島の接続水域には、中国海警局の巡視船 2~3
隻が常時展開し、月 3 回程度の領海侵犯をしている。(船首番号で数えると)その動員数は、2013 年には
7 月以降、13 隻、2014 年 1~12 月には 14 隻、今年 1~12 月には 19 隻となっている。新造船が増え始め
ており、若干だが、旧漁政系の船は減っている。どちらかというと、旧海監系の船が出てくるケースが増え
ている。
一方、スプラトリー諸島のファイリークロス礁、スビ礁、ミスチーフ礁では、滑走路ができている。さらに、
ジョンソンサウス礁でもやっていると言われたが、恐らくやめたのだろう。中国が押さえていた島は 8 つだっ
たが、エルダド礁だけは埋め立てを放棄しており、これもやめたのだと思う。そして、パラセル諸島では
2014 年に、沖合でエネルギー資源の探査が行われた。さらに、中国海警が行うベトナム漁船の拿捕や衝
突は、日常茶飯事になっている。
中国の軍艦も出ている。戦車揚陸艦で、後ろから乗り上げるように漁船に叩きつけ、潰すように沈めて
いる。ベトナム漁船が頑張ってそれを撮影し、ベトナムのメディアがユーチューブにアップロードして、あち
こちで「何とかしてくれ」と言っている。また、マックレスフィールド岩礁群、スカボロー礁のサンゴ環礁、これ
は周囲 55 キロの大きな三角形の環礁だが、そこではフィリピンの漁師による漁ができなくなっているとい
う。フィリピン側は、(後述する、2013 年 1 月に仲裁裁判所に提訴した、中国側が南シナ海の地図上に引
いた九段線の有効性の訴訟と同様)、これについても裁判に訴えようと言っているそうだ。
中国による南シナ海、東シナ海進出の背景には、資源と安全保障の問題がある。資源には漁業資源と
エネルギー資源があるが、2013 年の中国側の漁獲データによれば、南シナ海の漁獲は 346 万トンで、実
は最大ではない。東シナ海では 502 万 2000 トンとなっており、東シナ海で最も多くの魚が獲れる。中国沿
岸は汚染がひどく、もうほとんど魚が獲れないので、今後はどんどんこちらへ来ると思う。エネルギー資源
については、見積もりにかなりの矛盾がある。中国の国土資源部による南シナ海の石油に関する見積もり
は、最大 2200 億バレルというものだ。これに対し、米国のエネルギー資源局は、最大 110 億バレルとし、
中国の 20 分の 1 程度の見積もりなのだ(しかし、米エネルギー資源局の見積もりは、年を追って徐々に上
がっているという問題もある)。実は東シナ海では、ほとんど石油が採れない(資源のほとんどは天然ガ
ス)。中国の年間石油消費量のうち、海洋石油が占める割合は 10%程度に過ぎない。中国はスーダンや
エクアドル、カナダにも行っており、まだ海外の陸の石油に頼っている面が大きい。
重要なのは、安全保障の方だ。東シナ海は深度がなく、平均水深は 370 メートル程度だが、南シナ海
の平均水深は 1212 メートルで、深度がある。中国の潜水艦は推進器の音が大きいので、深度のある南シ
ナ海に沈め、水上艦や航空機の探知から逃れたい。将来的にはあちこちを埋め立て、冷戦期のオホーツ
ク海と同様、米国の船が入ってこられないようにしたいというのが中国の意向だろう。
2.
中国が目指す「海洋強国」の建設
中国には何か戦略があるのかというと難しいが、劉華清の海軍戦略は有名だ。これは、中国海軍を近
海防御型だとし、近海防御を実施する際には長期間、黄海、東海、南海に及ぶ第一列島線内に留まると
する。そして、経済力と技術水準が強化され、海軍の力量が上がれば、太平洋北部にまで及ぶ第二列島
線に防衛線を拡大し、積極防御を行うという。
中国の海軍戦略に対する米海軍の考え方として、A2/AD というのがある。古い論文では A2/AD は、第
一列島線の内側への外国軍の接近を拒否する能力と、第一列島線と第二列島線の間の海域を外国軍
がコントロールするのを拒否する能力だと言われていた。米国はこのような線の内側に位置する同盟国、
友好国とのコミュニケーションを維持するため、米国に妨害を仕掛けてきたときに、「AirSea Battle(空海戦
闘)」という概念を使って戦う。ちなみに、空海戦闘については「戦略ではない」と、太平洋艦隊の司令官
に否定されたことがある。相手が大きく出てくれば、こちらもどんどん出ていく。すると、エスカレートするば
かりなので、これは戦略とはいえないという立場のようだ。
中国がどのように出てきているか、過去に起きたことを並べると、かなりシステマティックに見える。最初
は 2003 年 11 月に「明」級潜水艦が(大隅海峡に)出てきて、「漢」級原潜が(沖縄周辺の)領海を侵犯し、
2007 年に第三列島線を設定したと言われる。これは 2007 年 5 月、太平洋艦隊司令官のキーティングが、
中国海軍の高級将校に会ったときに言われたという。この年の 10 月には、中国国内で、これについて書
いた文献も出ている。そして、アメリカの研究者がこれを引用して本を書き、「どうも第三列島線というのが
あるらしい」ということになった。これは将来の目標で、ハワイでアメリカと太平洋を分けるという。ただ、これ
については、線を引くだけなら、誰でもできる。
海南島の三亜には、地下へ潜って入れる戦略潜水艦の基地があり、地下から出航、入港するので、衛
星写真では見つからない。そして、2008 年 10 月には、ソブレメンヌイ級の駆逐艦が津軽海峡を通過し、
日本列島を周回する行動に出た。第二列島線の外側に出たということで、私の個人的見解では、恐らくこ
れが、今の安保法制の変化につながる 1 つの大きなインパクトとなったのだと思う。
私は、中国の人と話をするとき、「こういう挑発的なことはしてくれるな」といつも言っている。中国では
「日本の尖閣国有化が悪い」とよく言われるが、「中国はその前に、これをやっているのだよ」と言うと、彼ら
は「無害通航権がある」と言う。そこで私は「自衛隊の艦隊が、海南島と広東省の雷州半島の間にある瓊
州海峡という細い海峡を通ったら、あなたたちはどうするか。これを挑発と見ないか」と言うと、「ああ、そう
いうものか」と初めて納得したような顔をされた。また、「大事なことはどちらが先に挑発したかではなく、互
いにエスカレーション・ラダーを登り始めてしまっていることで、これをやめなければいけない」と言うと、
「確かにそうだ」と言う。そういう意味では、中国でも、少し穏やかで話がわかる人も増えているという感じも
ある。
そして、中国海軍の動きは、2008 年ごろからにわかに急になった。2008 年 10 月に空母建造計画を公
表し、本当は 2015 年中にできるはずだったが、これはまだできていない。また、ソマリアへ海賊対策の艦
隊を派遣した。我々から見ると、1997 年に初めて太平洋を横断した海軍が、11 年後にもうこれをやってい
るというのは急激な変化で驚く。さらに、2009 年 3 月には、インペッカブルの事件が起きた。この件に関
し、中国側から言われたのは、米国の空中及び海上からの偵察や近接の偵察による圧力が非常に強くな
ってきたので、「防御しなければならない」ということだった。2010 年には、「南シナ海は中国の核心的利
益だ」と言うようになり、同年 9 月には、福建省のトロール漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してくる。同
年 11 月以降、島嶼上陸の大がかりな演習を毎年のように行っており、次第に行う場所が、海南島からパラ
セル、パラセルからスプラトリーの環礁の方へ移ってきている。
また、この時期には「海洋強国」という言葉が使われるようになる。誰が最初に言い出したのかは、私も
知らない。ただ、上海交通大学の季国興というスプラトリーの専門家が、2009 年の著書にマハンを引用
し、「今まで外国に奪われた島礁を奪い返すため、海洋強国にならなければいけない」と書いた。それま
ではスプラトリーに関する論文でも、「外国に奪われた」と書いたことはなかった人が、そう言い出した。
そして、胡錦濤前国家主席が引退する 2012 年の党大会で、海洋強国に言及した。このときは、地味な
扱いだったが、さらに劉賜貴国家海洋局長が、「海洋強国とは、海洋開発・海洋利用・海洋保護・海洋管
理統制等の面で総合的な実力を持つ国を指す」と述べ、「管理海域より、外側の海も開発しなければなら
ない」と言い出す。これを習近平国家主席も取り上げ、2013 年 7 月の政治局の集団学習会で、「海洋強
国の建設が重要」と述べた。これについては人民日報の一面トップで、記事が掲載された。
同時に 2013 年 10 月、習国家主席はインドネシア国会で「海のシルクロード計画」を提唱し、南シナ海
の係争国とは戦う、あるいは抑え込む方針に出た。それより遠い国とは仲良くする、あるいは、かかってこ
ない国には経済利益を与えるということだった。そしてインドネシアではスマトラのクアラタンジュン、スラウ
ェシのビトン港の開発を始め、マレーシアではパハン州・クアンタンの港湾と工業地帯の建設に着手して
いる。このように、飴と鞭の両方を使っている。その後、海軍の動きは活発になり、2014 年 1 月には第一列
島線を南側で突破する演習を行った。さらに、2013 年 7 月と 2014 年 12 月には、宗谷海峡を通過し、日
本列島を周回する演習を行っている。
3.
日本政府は中国の指導者と、さらなる対話を
中国には、最後は米海軍と太平洋で対峙したいという夢がある。東シナ海、南シナ海での中国の攻勢
は、海軍戦略の変化の一環なのだろう。将来的には、南シナ海から米軍を締め出したいと彼らは考えて
いる。日本の安保法制の変化も、米国によるスビ礁の 12 海里内航行も、中国のこのような動きに対する反
応だったのだろう。日本政府は、「力負けせず、挑発せず」で対応しようとしている。向こうが友好的に出れ
ば、それで結構だと思う。戦争する必要はない。ただ、日本の指導者は、東南アジア諸国連合(ASEAN)
や国連などの会議外交の場を利用し、中国の指導者ともっと話をすると良いと思う。
中国側ははっきり言うと、パンドラの箱を開けてしまった。これを早く閉めれば、ギリシャ神話のパンドラ
の話と同様、希望だけが残るかもしれない。同時に、中国が暴れた場合にどうするかだ。現在、インドネシ
アと日・米物品役務相互提供協定(ACSA)のような物品役務の相互提供協定を始めており、フィリピン、
ベトナムにもこれを広げようとしている。日本政府には、ASEAN で防衛駐在官の増員もしていただきたい。
最後に、中国側が現在、海上民兵という構想を始めていることは要注意だ。
以上、プレゼンテーション 3
<ディスカッション>
質問者:アメリカの対中政策の中で、ご指摘があったように、いわゆるイージス艦の南シナ海における、中
国側の領海と主張するところを通過した件があるが、アメリカの対中戦争はまた強硬な方へ少し動いてい
るのではないか。アメリカの強硬策をどう評価されるか伺いたい。つまり、イノセント・パッセージという言葉
が佐藤考一さんからも出たが、そこは議論があるかもしれないが、アメリカはこれを領海だとは認めていな
い。仮に領海だと認めているとしても、あるいは領海だと認定したとしても、無害通航であれば、通過して
いるだけなので、我々がこれをやったと宣伝するべきことでもない。仮にそこで何か軍事行動を起こしたと
すれば、初めて領海の中でアメリカが軍の存在を示したということになる。この行動の評価はどうなのか。
アメリカが誇大宣伝している意味はなぜなのか。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
アメリカがどういうつもりでやったのか、わからない部分があるが、例えば、中国でどのように受け止めら
れているのか。まず、高原さんにお願いし、次に香田さんに軍事的な意味を、最後に佐藤さんにもお願
いしたい。私の方も少しお話しする。
高原 明生 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授:
面白い1つのポイントは、結局、中国は抗議したが、その際に、領海を通過されたとは言っていないこと
だ。領海という言葉は避けた。非常に曖昧な言い方で、主権に対する脅威となるようなことをされたとか、
そのような表現だったと思う。正確にはおぼえていないが。要するに、中国はアメリカの行動を受けて、や
やひるんだところがある。国際法をかなり意識したような言い方になったということを1つとっても、こうした
行動というのは実際の効果があるということがわかると思う。中国としては、こういう具体的なアメリカの軍事
行動については重視せざるを得ず、それに対する、ある種の柔らかい方向への対応をとったという事実が
ある。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
予想をしていたのか。それとも、予想外だったのでうろたえたのか。
高原 明生 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授:
それはよくわからないところだが、アメリカは「やる、やる」と言って、なかなかやらなかったので、もうやら
ないのではないかと思っていたのかもしれない。
香田 洋二 氏
ジャパンマリンユナイテッド 顧問/自衛艦隊司令官(海将):
フリーダム・オブ・ナビゲーションというのは、アメリカの建国以来の理想から言うと、特定の国を意識し
たものではない。たまたま、今回は中国が対象となったといえる。今回のフリーダム・オブ・ナビゲーション
作戦は相手が中国だから敢えて行ったわけではなく、アメリカの立場から言えば、南シナ海情勢そのもの
が米国の国益であるフリーダム・オブ・ナビゲーションを自ら示さなければならない事態となった、あるいは
陥ったということだ。
フリーダム・オブ・ナビゲーションに関しては、日本であまり詰めて考えられておらず、また正確に理解も
されていない。また、フリーダム・オブ・ナビゲーションに関して日本、あるいは北京もそうだが、この考えに
基づき航海の安全とか自由は保障するとしている。しからば、国際的に定着しているフリーダム・オブ・ナ
ビゲーションの真の意味は何かということだ。アメリカはフリーダム・オブ・ナビゲーションが国益だと言って
いる。ということは、どのような事態、例えばベトナムと中国の紛争で南シナ海の波が高くなり、日本や韓国
の商船が、たとえ1隻でも迂回行動をとらざるを得ない情勢は、アメリカの解釈ではフリーダム・オブ・ナビ
ゲーションすなわちアメリカの国益を侵された事態ということになる。
日本もアメリカも地理的に南シナ海の当事国ではない。しかし、地理的には当事国ではないが、アメリ
カの国益がまさに地球上のある地点、この場合は南シナ海で侵されているという理由で、アメリカはフリー
ダム・オブ・ナビゲーションを理由に当該事態に介入する権利を有するという論理である。要するに、ワシ
ントンが必要と認めれば、フリーダム・オブ・ナビゲーションを理由として自衛権を行使した軍事介入もあり
得るという事である。
また、アメリカが西部開拓を終わって、海外で西洋列強にチャレンジを始めたときのアメリカ建国・発展
の理念の1つに、海洋を自由に使用して世界のあらゆる地点に星条旗を持っていくということがあり、これ
を同国の錦の旗印にしてきた。
さらに、今日の海洋法の原点がどこにあるかというと、3000年前のフェニキアやギリシャの海洋活動に源
を発する。当時は海洋活動や貿易に秩序や共通の規則はなく、それぞれが状況に応じて海洋活動を行
っていた。以後、長期間を経て16世紀、17世紀頃に、ようやく今日の国際法の原点といえる内容に進化し
た。最終的にはイギリスが世界の海を睥睨(へいげい)した時期に現在の国際法(不文)に収斂したので
ある。私は海上自衛隊で40年過ごしたが、最初の20年は国連国際海洋法条約(UNCLOS)以前の不文
律の国際法時代であった。国際法の基本精神は、意図と能力のある人や国・団体は、誰でも海洋を自由
に利用できるということで、ある意味、今日の基本的人権と同じである。アメリカは、今の中国の行為が海
の基本的人権である、海洋利用の自由の原則を侵害するものである、と解釈している。一例をあげると、
国際法(UNCLOS)で領土・領海の基点とは認めていない、高潮時に頂部が水面下に没する岩や環礁を
埋め立てて用地造成して無理やり領土と主張し、その周辺12海里に領海を設定していることがある。ここ
で中国が主張する領海は、基点が国際法上根拠のないものであることから本来公海であり、この海域で
中国が管轄権を行使して海洋の自由使用を制限することは、明らかにフリーダム・オブ・ナビゲーションと
いう海洋基本理念に反する、というのが米国の立場である。
アメリカは自分の意図をどのように示すかという次の命題が浮上するが、その手段が軍事力、すなわち
軍艦を使った中国の主張する領海を無視した航走である。フリーダム・オブ・ナビゲーションを主張する手
段としてのこの行為は米国の占有物ではなく、理論上は日本や、あるいは中国、すなわち各国が平等に
実施することができるものである。
最後に、2001年2月13日、日中は海洋調査活動の相互通報口上書(「海洋調査活動の相互事前通報
の枠組みの実施のための口上書」)を交換したが、これは海自および中国海軍の活動も対象とした。この
ため当時のアメリカは事前交渉段階から非公式に反対意思を耳打ちしてきた。海軍活動としての海洋観
測を相手に通知するということは、自己の活動を縛ることであり、これは明らかにフリーダム・オブ・ナビゲ
ーションの考えに反するものであるという理由であった。このため、アメリカは、「この口上書の交換は止め
てほしい」という水面下の非公式の意思表示をしたものである。日本側は、米国の主張は理解するが、政
策的には不同意という立場を説明した。本件は当時の国家政策上、日中でどうしても実現しなければなら
ないもので、フリーダム・オブ・ナビゲーションの例外的措置ということを示して、辛うじてアメリカ側の理解
を得たものである。それぐらい、フリーダム・オブ・ナビゲーションとは厳しいものである。
あくまで仮定の話であるが、海洋の自由利用に関して日本が今日の中国と同じ制約的な主張をした場
合、アメリカは我が国に対して今回と同様の海軍活動を実施すると考えられる。フリーダム・オブ・ナビゲ
ーションは米国がそのぐらい重視をしている価値観である。今回の米海軍の活動は中国の独善的かつ強
圧的な措置と連動しているので、中国を対象とした狙い撃ち的海軍活動という解釈をすることもできるが、
今回の措置は、米国は相手に関わらずフリーダム・オブ・ナビゲーション活動を淡々とやっただけのことで
あると考える。と。同時に、中国がこれをどのよう解釈するかということが、より重要だ。まさに、高原先生が
言われたように、中国は予測と覚悟はしていたものの、実際にやられてみるとやはり驚愕したと考える。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
ここに至る経緯について、やはり軍が色々言っても、なかなかホワイトハウスは、うんと言わなかったとか、
遅かったとか。そういう部分はあるかと思うが、少し長い目で見ると、やはりアメリカがこの時点でこういった
形で動いたということの重要性というのは非常に大きいと思う。つまり、この行動がなかった場合と、あった
場合と、やはり全然違う世界になっているという気はする。それから、やはりこういうことができるのは、中国
の今の、次第に拡大しつつある軍事力の前で、しかも非常に強硬なレトリックの前でできるのは、アメリカ
だけかという気もする。日本が先にやったりすると、やはりすごい反応が来るのではないかという気がする。
そういう意味で、アメリカだから、中国もたぶんそれなりに、かなり抑制的な反応になっているのではないか
という気がする。今後はたぶん、他の国もアメリカが出るときに一緒に付いていくとか、そういうことをすると
面白いのかもしれないが、なかなかそれは今後の話で、日本でそういう余力があるかどうかという問題もあ
るかと思う。しかし、基本は、この行動がなかった場合とあった場合の違いということを評価することだ。そ
れから、今回だけではなく、これから、もう2度となかったりすると、もうだいぶ意味が違ってきてしまうが、あ
る程度、常時、定常的に行われるということであれば、相当な意味があるのかなという気はする。その辺は、
アメリカの場合には、再来年の1月20日には政権が替わるので、例えば、次の政権がどういう方針なのか、
もっとそれを強化するのか、それとももっと抑制的になるのか、この辺は次の大統領の考え、政権次第とい
うことになるのではないかという気はする。
そして、香田さんがおっしゃったとおり、フリーダム・オブ・ナビゲーションというのは非常にアメリカにとっ
て重要な概念だ。有名なのは、ウッドロウ・ウィルソンの14ヵ条の中に、フリーダム・オブ・ナビゲーションが
入っていて、あのころにはアメリカの海洋政策の柱として、つまり大統領が公言するような非常に重要な政
策になっていたということは言えるかと思う。先ほど、私がちょっと触れた、2010年7月のヒラリー・クリントン
国務長官の演説でも、アメリカは、領土的野心は南シナ海に関しては全くないと。しかし、フリーダム・オ
ブ・ナビゲーションという原則を守るという点では、アメリカも利害関係者であると言っている。そういう意味
で、逆にアメリカが領土的な利害関係を持たない南シナ海に介入するための1つの理由、非常に重要な
柱が、フリーダム・オブ・ナビゲーションということになるのではないかという感じがする。
質問者:政治問題を1つ、軍事問題を1つお願いする。中国の政治は、予測は非常に難しいということはよ
くわかっているが、特に高原先生に伺いたい。2017年に、今のルールで言うと、政治局常務委員5人が替
わることになっている。一応、習近平が継続するという説も聞いているが、何か先生は北京におられた際
に感じられたことがあったら、個人的なご意見で結構ですからお願いしたい。
もう1つは、軍事バランスのことだが、中国国内における陸海空の軍事バランスはどうなっているのか。ご
存知のとおり、国家の軍隊ではなく、党の軍隊なので、恐らく、政治介入はかなり強い。最近の情報では、
海軍が強いように聞いて、陸軍が後退したように聞いているが、解放軍の中における、陸海空のバランス
というのは今後、大きな方向としてはどういう方向へ向かうのか。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
それでは、高原さんにお願いし、補足があれば、香田さんと佐藤さんにもお願いしたい。
高原 明生 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授:
今、ポスト習近平は全く不透明だ。胡春華と孫政才というのが、今のヒラの政治局委員の中では、飛び
抜けて若い。この2人のどちらかが、ポスト習近平、習近平の後継者になるのではないかと3年前には言わ
れた訳だが、今や、どちらでもないだろうという声の方が強いと思う。2年後の党大会、そこでポスト習近平
の指導者が明らかになるというのが、これまでのやり方、パターンだったが、そこでそういう人物が、また新
たに抜擢されるのか、そこに今、皆が注目している。答えはわからない。今、誰もわからない。1つ言えるこ
とは、今から2年後の党大会に向けて、熾烈な権力闘争が戦われるだろうということは、皆わかっているが、
その結果がどうなるかというのは、今、全く予測が付かないというのが、正直なところだ。軍のバランスにつ
いては、もちろん香田提督が専門だが、方針としては、おっしゃったとおり、海空を強化していくということ
だ。先月、アナウンスされた軍の大改革でも、その方針が非常に明らかに示されていると思う。
香田 洋二 氏
ジャパンマリンユナイテッド 顧問/自衛艦隊司令官(海将):
人民解放軍には陸海空軍、第二砲兵という戦略ミサイル部隊の4軍がある。現在の陸軍は、台湾及び
国境を接している近隣国を除けば、米国の標準からみた外征能力はほとんどない。全230万人中、陸軍
は約150万人であるが、中国の対外政策遂行に積極的に貢献できる能力はない。空軍も、航空機の数は
多いが、やはり内向けであり、洋上では中型爆撃機や哨戒機を除き、戦闘機・戦闘爆撃機は陸岸から100
から150海里の進出が限度である。基本的に空軍は陸軍とほぼシンクロナイズした機構といえる。これは
非常に内向きの編制と運用形態であるが、同時に、いくつかの着目点がある。まず、台湾であり、担当は
南京軍管区である。次に瀋陽軍管区で北朝鮮と一部ロシアを担当とするが、これも精鋭であるといわれて
いる。それと中国が国内問題とするチベットがある。これに加えインドとの国境もあるが、世界最大の中国
陸軍は、極めてシンプルに言うと、その国内向け任務のために150万人を要しているのである。それと同
期する空軍が、恐らく30万~40万人と言われている。
ただし、A2ADを具現する能力を構築するためには、これでは勝負にならない。ということで、A2ADの下、
海軍と第二砲兵の能力構築を最優先、次いで空軍ということで、陸軍がプライオリティとしては一番低い。
ただし、空軍についても、先ほどの南沙諸島の環礁埋め立てにより航空基地が完成する、あるいは
AWACS(空中早期警戒管制機)等が標準的に配備されると、南シナ海においても濃密な警戒監視体制
が構築される。中国にとって、領域警戒監視という観点からは、今までは全くの空白地域・海域であった
南シナ海が、南沙諸島の基地が完成により、極めて密度の濃い警戒監視体制の構築維持が可能となる。
南シナ海南部でも、現在の我が国の航空自衛隊が維持している高い水準の防空体制を中国空軍は構築
することになる。これが何を意味するかというと、今までアメリカのP8哨戒機が自由に監視飛行を行い、空
母搭載戦闘機は何の妨害受けずに飛行することができたが、この体制が完成した後中国は米軍の自由
行動・活動はさせないことが可能になるのである。
そういうこともあって、高原先生が言われたように、今度、軍の編制を4つの軍区、すなわち西側の統合
軍と同一の概念と考えられる軍編制に改編しようというのが、注目すべき大きな流れだと思う。同時に、中
国人民解放軍、特に陸軍はゾンビの性格も有している。これまで陸軍各軍管区は伝統的に各個の独立
集団として多くの事業を手掛け、独自の収入を得るなど、軍務以外のいわゆる副業も行う企業的性格も有
してきた。海軍と空軍と第二砲兵に副業などはなく、実任務に集中してきたといわれている。後者の各軍
が、ある意味、非常にピュアな軍事の世界でやってきたのに反し、陸軍は独自の資金をも背景とした国内
の政治ゲームに参画して影響力を発揮してきた側面もある。中国の中央軍事委員会委員は、かつては共
産党のリーダと陸軍首脳が牛耳っていた。さすがに今日では海空軍のトップも委員に加わっている。しか
し、陸軍の政治性やしぶとさは変わらず、この不死鳥のような特性を称して「ゾンビ」と呼称する人たちが
いる。人民解放軍や軍事改革に関しては、今ここで述べた様なところに着眼して、観察していただければ
と思う。
もう1つは、戦勝記念日の9月3日に習近平主席が中国軍30万人の削減を発表した。今日の中国陸軍
150万人において30万人程度の削減は、プロからみた近代化という観点からは全くの意味のない数字で
ある。これが80万人、100万人減らすというのであれば、本気の軍改革・近代化をやる証であり、米軍や自
衛隊も身構えるであろう。30万人削減程度のことを言っているということは、習近平が軍に対して強く出ら
れないという、両者の微妙な関係を表しているともいえる。そのような中、海空軍と第二砲兵が、陸軍に比
してこの先どれだけ、足場を固めていけるかというところが着眼点だと思う。しかし、こればかりは正直なと
ころ誰も予測できない。
佐藤 考一 氏
桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授:
若干、付け加えると、今年5月に出た国防政策文書では、こう言っている。陸を重視し、海を軽視する伝
統思想を打破し、海洋を治めることを高度に重視し、海上権力、シーパワーを維持すると。海が大事なの
だという風に言っている。今年秋に中国人の友人に会ったところ、削減する30万人は全部、陸軍と空軍の
方だと。海はやらない、と言っていたが、先々週、マカオで会った別の中国の友人は、海も2000人減らせ、
と言われていると。それから、古い船の類は海警の方へ渡すという話が出始めていると言っていた。もう1
つ、言っておくことは、元々、陸軍は減らした部隊の兵隊を、ほとんど人民武装警察に移しているのだが、
では、指揮命令系統をどちらが握っているかというと、公安と人民解放軍の両属という形になった。それを、
人民解放軍の側に戻したという説がある。これは、今の香田先生の話とつながるが、国内で暴動などが起
きたときに、人民武装警察というのは、60万ぐらいと多くない。このため、大きな暴動があちこちで起きたと
きには、おそらく人民解放軍を動員する。そのときに、人民解放軍と武装警察を動員するわけだが、人民
解放軍が全部、指揮権、命令権を握っていれば、共産党に対して、大きな顔ができる。そういう政治ゲー
ムのようなものも、裏で見える。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
今の件と関連して、私は先ほどの話で、TPPについて言及したが、中国はTPPの交渉が妥結したことを
どう見ているのか、それから将来、入りたいと思っているのか。それとも、入るためには結構、ハードルが高
いのかと思うが、特に色々、内外の差別とか、知的所有権とかあるが。たぶん、その中で、国有企業の存
在、改革がかなり大事。すると、そこはひょっとすると、先ほどの軍の問題であるが、陸軍の問題と関係し
てきている。結局、腐敗の追及や国有企業改革が、どのぐらい、今の体制の下でできるかどうかということ
とも、関連してくるのかと思う。そういう理解で良いのかどうかということと、基本的にTPPについて、将来、
入ろうと思っているのか、その辺はいかがか。まず、高原先生にお願いしたい。
高原 明生 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授:
もちろん、日本の中でもTPPについては、色々な議論があるぐらいなので、中国の中にも様々な意見が
あるというのも基本だと思う。やはり、WTOに入ったときのように、いわば外圧を使って、その改革を進めよ
うという人たちは当然いた。会議などでも、大きな声で、TPP、絶対中国は入るべきだと主張する中国の先
生たちも、決して珍しくはない。しかし、他方においては、既得権益をガッチリ守りたい側からすれば、そ
れは入りたくないだろうし、あるいは、アメリカが戦略的にやっていることであり、警戒すべきだとか、そちら
の方の議論を掻き立てるような人もいるということで、両論あるというのが現在の状況ではないかと思う。
質問者:高原先生に伺いたい。先生の今日のご講演の中で、中国の国民感情、日本に対して、日本は非
常に強硬、というお話をいただいた。しかしながら、中国の人権や報道の自由というものについて、特に、
反政府的な言動をする者に対して政府側は非常に強圧的な態度をとると側聞する。個々の国民的な感
情はわかっていながらも、やはり政府方針に従って、1から10まで日本が悪いと言っておいた方が、当たり
障りがないのではないかというところに、落ち着くという要素が幾分でもあるのだろうか。それは全く、見当
違いか。お尋ねしたい。
高原 明生 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授:
日本をよく知っている専門家たちは、まさにおっしゃったように、本音は違うのだが、世論、あるいは世
の中の雰囲気に合わせてしゃべらざるを得ない。そういう人たちも中にはいる。ただ、驚くべきことに、やは
り人間は弱い存在だと思うが、恐らく共産党の中もそうだし、中国国内全体もそうだが、日本についてのネ
ガティブな情報ばかりが流通する。すると、次第に、それに洗脳されていくのだと思う。インテリと言って良
い人たちも、相当、本心から日本が悪い、日本はとんでもないと思い込んでいる人が非常に多いということ
が実状だと思う。一例を挙げると、昨年11月、北京大学で大きな国際会議があり、ディナーの席で、日本
についてはよく知っているはずの、外交部副部長や日本で言うとアジア大洋州局長に相当する仕事もし
た方がスピーチで、「日本は戦争のことを中国に対して謝っていない」と言った。私は飛び上がって驚いた。
そんなことはもちろんない。おかしいでしょう、知っているはずでしょう、と質疑応答の際に言ったところ、次
第にその人は記憶が呼び覚まされていくような感じであった。当初、本当に忘れていたようだ。どうしてそう
なるのか。これは党内を流通している情報の質に相当問題があるのではないか。かなり偏った情報ばかり
が毎日流れているのではないかと感じられた。
それは、日本の側でも同じことが言えると思う。「中国はとんでもない」ということばかり聞かされていると、
すべてそう見えるようになる。我々は弱い存在なのだということを意識して、メディア・リテラシーというか、
日常的に接する情報には気を付けて接するようにしないと危ない。特に中国ではひどい状況になってい
ると思われる。
質問者:先ほど高原先生がおっしゃったように、少なくとも日本は中国やアメリカがどう言ったのか、正しい
情報を知りたいと思うが、どうしたら良いのか。
高原 明生 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授:
どうしたら良いかというのは、なかなか難しい。メディアは中国の場合は政治的な制約もあるが、日本と
中国のメディアに共通するのは、やはり商業的な存在であり、売れる報道をする。そこの問題をどうクリア
するのかというところが大きいと思う。ここには、ジャーナリストやジャーナリズム出身の方もいらっしゃるわ
けだが、「社会の木鐸たるべし」という、本来のジャーナリズムのあるべき姿と、コマーシャリズムがやはり、
矛盾する場合がある。その問題を、どうすれば良いのか。例えば、オンブズマン制度をジャーナリストたち
自身が作ってくれるのが良いのではないか。私は過去に提案してことがあるのだが、日中のジャーナリスト
が、あるいはOB、OGでも良いのだが、オンブズマンの委員会を作り、とにかく事実の間違いがあったとき
には、指摘し合うようにしようと。しかし、それも良し悪しのようだ。というのは、中国のリベラルなジャーナリ
ストにアイディアを話したところ、それは良い。だが自分は入りたくないと言う。もしも中国メディアの事実の
間違いでも指摘しようものなら、今はインターネットが発達しているので、瞬時に社会的制裁の対象になっ
てしまうということがあるというのだ。今、良い知恵がないが、我々、情報の受け手の側からすれば、できる
だけ、多様な情報源から情報を取るようにして、自分の感情にマッチするような1つ2つの情報には飛びつ
かないという、賢さというか、知恵というか、知性、理性というのか、感情に左右されないぞという、強い意志
と理性を磨いていくほかはないのではないか。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
幸い、日本にはメディアが複数あるので、一応、我々の心構え次第では可能かということだろう。
質問者:今回のフリーダム・オブ・ナビゲーションの前が10月だったと思うが、9月にアラスカ沖で、オバマ
大統領がアラスカ州を訪問中のときに、中国の軍艦、水上艦だったと思うが、5隻ほどが通過した。こうい
ったもの、軍事的にはたぶん、アメリカ軍としては追尾しており、普段から把握しているのかと思うが、一応、
無害通航権ということで、これについてはあまり、アメリカ軍としては、脅威として考えていない。あるいは、
そういったものはただ、把握はしている。一方で、中国は軍事的に脅威なのかどうか。加えて、逆に言うと、
オバマ政権内部というか、軍部では大統領にある種、政治的、内部的な決断を促すために利用したという
ことがあるのか。この点を伺いたい。
香田 洋二 氏
ジャパンマリンユナイテッド 顧問/自衛艦隊司令官(海将):
9月の中国の駆逐艦と補給艦のアラスカ、アリューシャン列島のアメリカの領海内の航行について簡単
に言うと、8月15日の対日戦勝行事の一環としてのウラジオストクにおける中露海軍、一部、空軍が加わっ
た、デモンストレーション色の濃い上陸演習の後、その勢いで北上し、この行動となったわけであるが、こ
れは国際法上、無害通航なので違法行為ではない。タイミングについては久保先生のご意見があるだろ
うが、どのタイミングで中国が行ったかという方に我々は注意を払うべきだ。
もう1つ、これは、アメリカは敢えて中国にこのような行動をやらせていると見たほうが正しい。排他的経
済的水域(EEZ)の活動に関しては、中国の解釈では沿岸国の同意が必要で、自由な軍事活動は許容さ
れていない。しかし、EEZ、これは文字通りエクスクルーシブ・エコノミック・ゾーンなので、経済活動は不可
であるが、軍事活動は規制対象としないというのが、国際的に定着した解釈である。昨年のリムパックの際、
アメリカは自国EEZの中で中国情報収集艦を自由に行動させた。今、中国海軍は地中海にも軍艦数隻を
展開し、海賊対処でも活動している。そういう艦が、他国のEEZに入って軍事活動を行っているのである
が、他の国は注意喚起さえしないのである。中国が今、何を考えているかというと、「どうも我々の言ってい
るEEZでの管轄権は、世界の中で孤立した解釈ではないか?」という事である。この効果も漢方薬のように、
徐々に効く話であるが、実は、トラック2の軍人OB等の会議をやって、明らかに中国側の発言の中に、そ
のような自らの経験を通して得た、「自分たちの考え・主張がおかしい、世界標準から外れているのではな
いか?」という、自問的な発言が出始めている。
当然、前回の中国のアラスカ行動に違法行為はないし、アメリカに対する脅威も基本的にはないわけ
で、アメリカはそれを知っていて、泳がせていると判断できる。それはそれとして、色々な意味で、我々が
彼らの活動をしっかりと監視して、その活動が日本に対して悪意がない、あるいは脅威にならないという範
囲であれば、しっかりと監視だけをするというのも1つの方法。アメリカはそれを見事にやったと私は思う。
佐藤 考一 氏
桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授:
香田先生がおっしゃったことに、全く異論はない。1つ補足すると、今年10月、空母ロナルド・レーガンを
キロ級潜水艦が追尾するという事件があった。あのときも、追尾したことはアナウンスしたが、それ以上は
何も言わない。要するに、お前たちの能力は上がっているが、やってることは、知っているぞと。その辺で
やめておくという話になっている。あまり報道されていないが、日本の周りの海へ、中国の潜水艦が相当
出てきているようだ。自衛隊とアメリカ海軍はきちんと見ていると思う。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
アメリカの軍の中で、どういうことが検討されているか、あまり表に出てこないのではないかと思うが、た
だやはり、その意図は何なのか、どういう目的でやっているのか、それから、これが持つ、軍事的、安全保
障上の含意というか、それは当然、検討していると思われる。なので、中でちゃんと見ているとは思うが。た
だ、それは、あまり大きく外には行っていないのではないかという感じはする。
もう少し、話を広げると、オバマ大統領がこれまで経験した国防長官は、ロバート・ゲーツ、レオン・パネ
ッタ、それからチャック・ヘーゲル。最初の2人は、最近オバマ大統領がいかに軍の最高司令官としてダメ
だったかという分厚い本を書いた。最近のフォーリン・ポリシーだったか、雑誌にヘーゲル前国防長官が
オバマ大統領を批判している記事が出た。さすがにアシュトン・カーター国防長官は現職なので、今これ
を言うと首になるが、これほど、自分が仕えた大統領について、次から次にボロボロに言われる大統領と
いうのは、今までなかった。そういう意味では、それは1つのオバマ政権、オバマ大統領の特徴なのかとい
う感じはする。
少し、残りの時間がある。私から一点。例えば、オバマ政権が中国でどう評価されているかということだ
が、よくオバマ政権は中国に優しいから、オバマ政権のうちに、つまり2017年1月20日までにやれることを
やっておこうなどと、中国が思っているという話はよく会議で耳にするが、それは本当なのか。あるいは、
例えば、オバマ大統領はアジアへのピボット、あるいはリバランスというのを一応、打ち上げたが、その中
身について、中国は着々と進んでいると見ているのか、それとも結構、こけおどしというか、あまり中身がな
いと見ているのか、その辺の中国側の見方を、香田さんには、それが実際に進んでいるのか、進んでいな
いのか、物足りないのか、佐藤さんにも、同じ角度から、あるいは、例えば、東南アジアの方が、今の米中
関係というものをどう見ているのか、今度、オバマ大統領はASEANの首脳をカリフォルニアに招くという記
事が、つい今朝だったか、出ていたが、米中の狭間で東南アジアの国々が、どういう風に対応しようとして
いるのか、その辺について触れていただければと思う。
高原 明生 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授:
オバマ政権が優しいとは思っていないが、次の政権はもっと厳しいだろうとは思っているだろう。しかし、
だからと言って、オバマの間に既成事実を着々と実現しようと思っているかというと、どうだろうか。それは
ずっと、思ってきたことであり、漸進的に海洋進出を進めてきたというのが、これまでのやり方で、これから
も同じだと思う。チャンスがあれば、1歩前へということだが、今、それでは残りの1年が最後のチャンスと思
い、何か狙ってはいるのかもしれないが、どうだろうか。フリーダム・オブ・ナビゲーション作戦がワークして
いる状況下で、アメリカ側をさらに刺激するようなことはしないのではないかというのが、一般的な捉え方か
と思う。
香田 洋二 氏
ジャパンマリンユナイテッド 顧問/自衛艦隊司令官(海将):
人との関わりで言うと、オバマ政権の太平洋軍司令官は、ティモシー・キーティング、ロバート・ウィラード、
サミュエル・ロックリア、ハリー・ハリスと4人いる。キーティングとウィラードは生粋の空母の戦闘機乗りで、ウ
ィラードなどは相当な対中強硬派である。ただ、当時は、南シナ海の問題もここまでの緊張関係にはなっ
ていなかった。一番問題なのは、ロックリア司令官で、彼は全く中国に対してリスクをとらない人だったとい
える。
フリーダム・オブ・ナビゲーションには中国側の対応等、一定のリスクがあることは当然である。これは現
在のハリス大将がイニシエートしたからこそできた。ロックリア大将が太平洋軍司令官をほぼ2年3ヵ月務め
たときに、まさに南シナ海の埋め立てが行われ、状況が悪化したのである。そして、習近平の周辺諸国重
視策を、人民解放軍が強圧的に実行したために、各国との摩擦が悪化し、南シナ海沿岸ASEAN諸国が
中国からどんどん遠ざかった。非常に極端な言い方をするが、アメリカは2年間無策のまま過ごしてしまっ
たのである。そして、今のハリー・ハリス司令官は母親が日本人だが、日本で言われているように親日でも
なく、反中でもない、自国の国益を最優先するアメリカ人である。まさに、フリーダム・オブ・ナビゲーション
は、アメリカが国益保護の観点から実施しなければならない事案であるがゆえに、淡々とやるべしという人
だ。ハリス司令官には国務省の大使も含めて相当レベルのスタッフが多数付いている。アメリカの対中政
策はいろいろな要素を反映して決まっていくが、中国はその過程において(何も言わない何もしない)オ
バマ大統領在任中に埋め立て等の重要施策を完了させておこうというような、下衆の勘繰りができなくも
ない。もちろん、世の中そんなに甘いものではないということも北京は理解していると思う。
特に、これからは、次の政権も含めてだろうがアメリカは相当慎重かつ大胆に対中政策を考えなければ
ならない。それをサポートするのが、安倍政権だ。私は年に15回ほど外国に行くが、中国の国際的評判
は信用性に関しては非常に悪い。日本に対する信頼は、アジアにおいても米国・欧州においても非常に
高いと私は経験上感じてきた。先日マレーシアで開催された、東アジア首脳会議での共同声明を見れば
よくわかるが、それは海洋問題、南シナ海問題について、安倍首相の意向が相当色濃く出たものとなって
いる。中国の意向は相当程度無視されてしまった。今、中国は、習近平体制になって初めて、「ひょっとし
たら自分たちは世界で孤立しているのではないか?」ということを、自覚し始めているのかもしれない。「そ
れが故に、更に強く出るのか、あるいは、より協調的になるのか?」ということは予測できない。ただ、軍事
安全保障面の切り口から見ると、そのような見方もできる。
佐藤 考一 氏
桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授:
東南アジアが見る米中関係について、ウン・エンヘン シンガポール国防相が言われた、「どちらかを選
ぶことはできない」とのコメントが印象的だ。理由はいくつかある。1つは、東南アジア中立化構想というの
が昔、あったのだが、大国を追い出して、本当に中立にすることはできない。すると、次善の策は何かとい
うと、周りの争っている大国を全部入れることだ。そうすると、自分たちにはオプションができる。そうやって
生き残るしかないというのが、東南アジアの考え方だ。現在、カンボジアとラオスは中国からの援助漬けに
なっている。ミャンマーはやや自立しようとしている。タイも中国から援助をもらっているのだが、アメリカとコ
ブラゴールドをやっている関係もある。中国は、マレーシアとインドネシアには、海のシルクロード計画を使
って、色々な援助をしてすり寄っている。では、そういう中でどうしたら良いのか。例えば、AIIBに日本も入
ってくれと。もっと日本にコミットしてもらいたい、と死に物狂いで言ってくる。AIIBを持ち上げる論考を書い
た、マレーシア出身でシンガポールのシンクタンクにいる華人研究者がいるが、日本とはずっと一緒にや
ってきたので、入ってくれないと不安だと言われた。EAEC構想に、先に中国が入ったときにも同じことを
マレーシア側は言っていた。やはり、相当不安に思っている。たくさんの国がいて、オプションができると
いうのが嬉しいのだ。そして、日本は少なくとも変なことはしないと言っている。そして、もう1つ、ASEAN側
が考えているのは、直接言われた訳ではないが、日本のODAというのは、卒業を考えてやっている。それ
から、国民へのアカウンタビリティーがあって、全部、最終的には有償のODAというのは、国民年金とか郵
便貯金とかから出ているので、返してもらわないと困るということがある。「あれは、なかなか大変なのだ」と。
最後、金で日本の企業と結んで返すようなことになったとき、日本はお金でないと受け取ってくれないと。
中国企業は、バーター取引で、物納でも良いときがある。これは、タイの研究者から言われたのだが、確
かにそうだな、と。要するに、需要はあるが、お金は返せないという、ODAの口というのは、ものすごくたく
さんあると。卒業を前提にして、できるところ、フィージビリティの問題で、良いところだけをとられると、やは
り、まずいところがたくさん残っている。インドネシアなども、私が研究を始めた90年代には、一人当たり
GDPが、400ドルとかの時もあった。今は、3000ドルを超えている。良くなったではないか、とインドネシア
の元閣僚経験者に言ったら、まだ乳幼児死亡率が2割近いところがあると。インドネシアはちっとも良くな
っていないと。それから、新兵の給料が、日本円にして4万2000円ぐらいだと。スハルト時代に1月分の給
料で、1週間しか暮らせなかった。あとはアルバイトをやる。これは白石隆先生が昔、書かれた。今は、10
日は暮らせるようになったが、まだ10日。先ほど、私がACSA(物品役務相互提供協定)をやれと言ったの
は、日本と合同演習をやる、訓練をやると言っても、向こうの海軍には油がない。要するに、協力がつまず
く。だから、その辺も考えて、もう少し日本は、(甘い顔をするといけないのだが)もう少し温かい目で東南
アジアの国を見てあげないと、そのうちすべて、中国にむしり取られてしまうと感じている。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
あとは、追加質問だが、フィリピンが領土問題、南シナ海の問題で、国際司法裁判所に提訴しているが、
その辺について、少し、その意味や展開、今後についての含意をご紹介頂きたい。
佐藤 考一 氏
桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授:
常設仲裁裁判所に訴えた件だが、領土問題ではないと。九段線の意味とは、国際法上、見て、中国側
の主張が正しいのかどうかを聞きたいというのが、一応、フィリピン側の主張だということになっている。私
はフィリピンの最初の訴状と、それから今回、常設仲裁裁判所から出たプレスリリースと両方を読んだが、
最初のフィリピン側の言い分を見ると、正直言って、よくわからなかった。今、申し上げたように、国際法に
九段線を含めて中国側の主張が適合しているかどうかだけなのか。実は、某礁はフィリピンの大陸棚の上
にあるとか、そういうことがけっこう書いてある。自分たちの主張がちゃっかり入っているのではないかと。
どうなのだろうかと思っていたら、仲裁裁判所はフィリピンの訴状の15項目のうち、7項目については最
低、審理をreserveするという。保留するということだ。7つについては、jurisdiction、審理をすると。1つにつ
いては、further inquiryと言っている。審理をするのはわかるのだが、reserveの意味は、これrejectに限り
なく近いのではないかと思った。だが、この話を専門家に聞くと、reserveは、(文意を変えれば)また提訴
することができるという話だった。このため、提訴の中身をもう少し、クリアにして欲しい、要するに私が最初
に言ったように、自国のテリトリーの問題と絡めているのかいないのか、その辺がどうもはっきりしないという
ことのようだ。問題は、reserveした7つの中に、九段線の意味が入っていることだ。これについて、私は中
国の学者と話をしたとき、最近、言ったのだが、「九段線の問題は完全に、仲裁裁判所にサイドステップさ
れた、逃げられた。必ずしも、中身を見ると、あなたたちにとって不利ではない。また、必ずしも、フィリピン
にとって有利でもない」と。もし、国連海洋法条約の島の制度を使って、審理をすると、例えば、フィリピン
が主張しているミスチーフリーフとか、アユンギン礁(ここに戦車揚陸艦を座礁させて海兵隊員を住まわせ
て、フィリピンは頑張っている)は、中国と台湾が共に、中華民族の所領であると言っている(島の制度か
ら見ても「島」と認められる)太平島から200海里以内に入る。アユンギン礁はちょっと不確実だが、ミスチ
ーフリーフは間違いなく入る。すると、島の制度にしたがって、島でないものは認めないことになるし、これ
らは中国のものになるかもしれない。すると、その先にもまた、(ミスチーフ礁という)岩があると認められれ
ば、中国の領海が延びるかもしれない。
以上の点からして、中国には必ずしも損ではないのではないか、参加したらどうだと、中国の南シナ海
の専門家に聞いたら、「お前は甘い。我々はスプラトリー(南沙)だけのことを言っていない。パラセル(西
沙)も、マックレスフィールドバンク(中沙)もプラタス(東沙)も、要するに全部が我々のものなのだ。だから、
この審理には絶対参加しない」といっていた。あまりにも貪欲で、あきれてしまい、ああ、そうか、と言って帰
ってきた。これにベトナムが入ると、かなり面白いことになる。ベトナムが実は一番、南シナ海の島礁を押さ
えている。だから、ベトナムの友達に、やれやれ、と言ったのだが、まだそこまでは踏み切れないようだ。ベ
トナムはベトナムで、陸上国境とトンキン湾と南シナ海と3ヵ所で中国と国境を接しているので、他のところ
へ飛び火されると困るという、そういう問題がある。まだちょっと、目が離せない。
久保 文明 氏
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授/IIST国際情勢研究会 座長:
日本の尖閣問題に、何か直接の教訓、含意はあるか。
佐藤 考一 氏
桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授:
尖閣は(島の制度に照らして)島なので、あまり問題にならないと思うが、沖ノ鳥島のことを、ものすごく
いやらしく、元駐日大使時代には親日的だった王毅外交部長が、我々を失望させるような発言を繰り返し
ている。日本はあれを島だと言っているのだから、中国が(南シナ海で)何をしても、何の問題もないだろう
というわけだ。
以上、ディスカッション