藍住町の屋敷神について

阿波学会紀要
第52号(pp.115-120)
2006.7
藍住町の屋敷神について
―――――――――――――――――― 史学班(徳島史学会)――――――――――――――――――
湯浅
*1
安夫
西田
*2
素康
い構えの旧家の多い所である。その広大な屋敷の一
1.はじめに
隅に屋敷神を祭っていることは十分想像されるとこ
普通、「屋敷」というとき、それは家屋を構えた
ろである。
一区画の土地空間をさす。そこは住生活の場であり、
社会集団としての「家(イエ)」が機能する場であ
3.屋敷神の祠の建立位置
る。最近はその屋敷も様変わりしているが、昔から
屋敷の中で、屋敷神の祠が建てられている場所は
の旧家でみると、一般には門を入ると母屋が正面に
西北隅が最も多く、37軒中17軒であった。西北隅は
あり、他に小さな建物として、倉、納屋(物置)、
戌亥の方向で、祖霊(祖先の霊)が神となって去来
いぬい
うまや
ときには廐や便所、井戸もある。これらの建物以外
する方角と考えられていた。県下各地の屋敷神の位
に、庭があり、しばしば菜園や屋敷林(森)がみら
置として最も多いところである。他に東北隅もかな
れる。さらに屋敷地の一隅に屋敷神が祭られている
りあり、37軒中11軒あった。東北隅は鬼門といい、
場合がまれではない。
鬼門隅は不浄を戒め、清浄を保つ考えから屋敷神を
屋敷神を、一門屋敷神、本家屋敷神、各戸屋敷神
と分類する方法もあるが、ここでは、各戸屋敷神を
祭ることもあった。中には家屋の新築の都合で西北
隅より他に移されたものもある。
中心に調査したことを最初にお断りしておきたい。
4.屋敷神の呼び名とご神体
2.屋敷神の所在地
殆どが「屋敷神さん」「お屋敷さん」と呼んでい
限られた期間で十分とはいえないが、屋敷神があ
って、聞き取り調査を実施した場所は下の表の通り
であった。(表1)
藍園村は、その村名の
ように、藩政時代から明
治にかけて、阿波藍の生
産の中心地であり、広々
表1
聞き取り調査の家数
旧藍園村地域
奥野
4軒
徳命
3〃
東中富 9〃
富吉
7〃
とした平野が広がり、南
旧住吉村地域
勝瑞
6軒
笠木
1〃
住吉
5〃
矢上
1〃
乙瀬
1〃
る。他に弁天さん2、オフナトさん1、金比羅さん
1、お稲荷さん1、ご先祖さん1である。
屋敷神の中に「地神」と刻んだ板石がご神体とい
う家が2軒あった。これは屋敷神がその土地の守護
神として祭られていることを現すものである。また
「ご先祖さん」として、先祖の五輪塔の墓を祭って
あるのは、先祖の霊(祖霊)を屋敷の守護神として
祭ったことを示すものである。
は吉野川が流れ、北西には旧吉野川に挟まれた、藍
弁天さん、金比羅さん、オフナトさんは水に関す
作のメッカであつた。したがって、藍にたずさわっ
る神さんで、藍商が航海安全を祈って勧請し、祭っ
た藍商や地主が大きい屋敷を構えていたところであ
たそうである。お稲荷さんは商売繁盛を願ったもの
る。住吉村地区でも、歴史の町勝瑞や住吉にも大き
である。今回調査の屋敷神さんは祠の中にご神体が
*1
徳島市住吉1丁目9番29号
*2
鳴門市撫養町立岩字7枚124
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藍住町の屋敷神について/史学班
ないのが殆どであった。
高橋神社のある高橋一族、奥野の中野一族は中野神
社が2社ある。次に屋敷神の祭神であるが、藍住町
5.屋敷神の祭日
にはこれといった神さんはなく、祠の中はからっぽ
屋敷神を祭る日は、お正月だけというのが最も多
の祠が殆どである。隣町松茂町は、屋敷神が多く祭
い。お正月にしめ飾りをし、お神酒、鏡餅などを祭
られ、その約4割が、「鎮守の神」とか「春日の神」
る。次は、お正月と秋祭りの2回祭るという家が多
など具体的な神が祭られている。山村の美郷村(現
い。紋日に屋内の神棚と同様に祭るという家もかな
吉野川市)では、「オフナトさん」を屋敷神として
りある。毎日、お水や洗い米を供えるという家も3
祭る家が多かった。
〜4軒あった。
屋敷神の祠は、比較的新しいセメント造りのもの
が多い事も特色の一つとしたい。家を新築のとき屋
6.その他の特色
敷神は修復して大事に残されている。中には、勝瑞
藍住町の屋敷神信仰の特色として、同族神を祀る
ような古い一族は、家々が必ずというくらい各戸に
屋敷神を祭っている。例えば、奥野の犬伏神社のあ
る犬伏一族、東中富の佐竹豊後守を祀る佐竹一族や
表2
所
の濱家の屋敷神のように、大変古く石造りで触れば
壊れるようなのも大切に保存されている。
次に調査した屋敷神の全てを一覧表にしたものを
紹介したい。
藍住町の屋敷神一覧表
在
地
氏
名
名称・祭られている位置
祭日・供物など
住吉・江端
Y.S.家
弁天さん
屋敷の東北隅(南向き)
正月元旦。
しめ飾り・鏡餅。
お神酒。
住吉・江端
Y.T.家
屋敷神さん
屋敷の東北隅(南向き)
正月元旦。
秋祭り。
しめ飾り・お神酒、鏡餅。
秋祭りはお神酒他。
住吉・江端
W.M.家
屋敷神さん
屋敷の北西隅(南向き)
毎日ご飯を供える。
紋日(正月・お盆・七夕・節句)
正月―しめ飾り・お神酒・鏡餅など。
お盆はおだんごなど。
住吉・江端
W.S.家
屋敷神さん
屋敷の北西隅(南向き)
正月元旦。
しめ飾り・お神酒。
鏡餅など。
住吉・江端
W.T.家
屋敷神さん
屋敷の東北隅(南向き)
紋日(正月・お盆など祝祭日)に祭
る。
正月―しめ飾り・お神酒・鏡餅な
ど。
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屋敷神の祠
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所
在
地
氏
名
名称・祭られている位置
奥野・和田
Y.T.家
奥野・前川
K.K.家
屋敷神さん
正月・祭りに神主に拝んで貰う。
屋敷の北西隅
毎日、洗米と水を供える。
(この屋敷神は近藤家のでなく、西 正月は真宗なのでしめ飾りはしない。
隣の家が移転してその土地を買い、
屋敷神のお祭りを頼まれた。)
徳命・名田
S.H.家
屋敷神さん
月の1日と15日 の2回、お洗い米
屋敷の南西(昔は北西隅にあったが、 とお神酒・花(サカキ)を供える。
馬の神があった所へ移し一緒にし 正月はおしめ・鏡餅などを供える。
た。)
奥野・乾
S.A.家
屋敷神さん
屋敷の西北隅に東向き
隣の屋敷の人が移転してそこの屋敷
神が並んで南向きにあり、一緒に祭
る。
奥野・乾
O.T.家
屋敷神さん
正月元旦。
屋敷の東北隅にあったが家建て替え お神酒・雑煮その他供物をする。真
のとき、少し東へ移した。
宗なので、しめ飾りはしない。
徳命・名田
I.S.家
屋敷神さん
年に1回。
地神と刻んだ板碑が祠の中に祭られ 正月元旦に家の神棚と同じように、
ている。
御神酒、お鏡などを祀る。
横に小さい舟形の墓が祀られている。
徳命・名田
W.K.家
屋敷神
屋敷の東北隅
地神と刻んだ板碑がご神体・祠の前
に置かれている。地蔵さんの座像も
ある。
東 中 富 ・ S.T.家
りゅういけ
龍池
東 中 富 ・ S.M.家
りゅういけ
龍池
屋敷神さん(山田家のか不明)
山田家の屋敷に隣接した西北隅
祭日・供物など
屋敷神
同じ2つの祠が並立されている。
(同族神社のすぐ東側にある。)
第52号(pp.115-120)
2006.7
屋敷神の祠
毎日、水を供える。
正月・くり節句にお祭りする。
毎朝水とご飯を供える。
月の1日と15日 の2回、お神酒を
供え線香を上げる。
正月はおしめ・お神酒、雑煮など家
屋内の神と同じように供える。
祭りには甘酒などを供える。
水は毎日供える。
紋日―正月・祭り・節句など。
正月―注連縄・お神酒・鏡餅。
祭り―お神酒・ご飯など。
正月―15日間毎日供物。
しめ飾り、お神酒、鏡餅など。
氏神の祭りの時―お神酒・鏡餅など
供物。
屋敷神
正月などにしめ飾り、お神酒、鏡餅
新築の時、今の位置より西北隅にあ などを供えている。
った。少し東へ寄せた。
昔、屋敷神が川に流された事があっ
た。神を祭るようお告げがあって、
前の土台の上に屋敷神を祭った。
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藍住町の屋敷神について/史学班
所
在
地
氏
名
東 中 富 ・ T.M.家
りゅういけ
龍池
屋敷神
屋敷の西北隅
(すぐ西側に高橋神社あり)
祭日・供物など
地域の秋祭りのよみやに神主さんに
拝んで貰う(10月25日)
屋敷神
屋敷の南西隅
3つに割れた法華経の板碑が屋敷神
の祠に置かれている。
神名を書いた板は古い物で、字は読
めない。
正月だけ。
神名を板に書いてあるのを家屋内の
神棚へ持ち込み拝む。
お神酒・鏡餅・供物、しめ飾り。
勝瑞・東勝地 M.S.家
屋敷神
屋敷の北西隅
正月元旦。
しめ飾り・お神酒・ご飯その他の供
物。
勝瑞・東勝地 M.T.家
屋敷神
正月だけ。
屋敷の西北隅(乾)
しめ飾り。
祠が2つに分けられている。扉なし。 お神酒・ご飯など。
勝瑞・西勝地 Y.T.家
お屋敷さん
屋敷の東北隅
正月の1日と15日の2回。
しめ飾り・お神酒・鏡餅その他供
物。
勝瑞・東勝地 T.A.家
屋敷神さん(家の守り神)
屋敷の東北隅(古い石造りの祠)
正月の1日と15日。
しめ飾り・お神酒・鏡餅・お米その
他供物。
勝瑞・西勝地 K.K.家
屋敷神・おいなりさん
正月など紋日に祭る。
屋敷の北側・門の左側に2祠が並立。 正月―しめ飾り・お神酒・鏡餅など。
東中富・東傍 I.M.家
示
屋敷神さん
屋敷西北隅よりやや東
祠は石製で古い。
ひがし
勝瑞・ 東
かつ ち
勝地
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H.S.家
名称・祭られている位置
正月元旦。
しめ飾り・お神酒・鏡餅など。
屋敷神の祠
阿波学会紀要
所
在
地
矢上・春日
氏
名
K.S.家
東中富・東傍 I.T.家
示
名称・祭られている位置
屋敷神
屋敷の西北隅(やや東寄り)
オフナトさん
屋敷の西北畑の西北隅に「ふなと大
明神」を祀る祠がある。
「舟戸大明神」の幟をたてる。昔の
船着き場と想像される。
祭日・供物など
屋敷神の祠
正月16日。
11月16日。
年2回祭る。
正月―しめ飾り。
お神酒・里芋を12個などを祭る。
屋敷神
屋敷の西北隅
狛犬がある。祠は石造りで古い。
正月だけ。
しめ飾り・お神酒鏡餅などを供える。
東中富・東傍 児童会館前
示
屋敷神の祠2基が並ぶ。
会館などの土地の旧屋敷(犬伏家)
のものらしい。
東中富・大塚 I.Mo.家
弁天さん
正月。
屋敷の西側のこんもりとした森のよ しめ飾り・お神酒・鏡餅その他の供
うなところの大木の元に祭られてい 物。
る。
東中富・大塚 I.Mi.
屋敷神
不明。
屋敷と道を隔てた旧屋敷の南東の隅
に、南向きと東向きの祠がある。
富吉・竹ノ瀬 K.M.家
金比羅神社(さん)
屋敷の東北隅
鞘堂の中に神社がある。
(藍商であったので、航海の安全を
祈り,金比羅さんを勧請した。)
正月元旦。
11月15日(金比羅の祭日)
10年前までは神主に拝んでもらって
いた。
富吉・須崎
屋敷神
屋敷の西北隅
(平成元年に現在地に移転。)
毎月晦日。
お神酒と洗米を供える。
以前は月3回お祭りしていた。
M.M.家
2006.7
毎月1・15日。
お神酒とご飯正月など紋日に祭る。
正月―しめ飾り・お神酒・ご飯。
昔は毎日、御神酒・供物をしていた。
東中富・東傍 S.M.家
示
家
第52号(pp.115-120)
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藍住町の屋敷神について/史学班
所
在
地
氏
名
名称・祭られている位置
祭日・供物など
富吉・須崎
K.M.家
屋敷神
正月だけ。
屋敷の西北隅―東向き
お神酒・鏡餅・雑煮などを祭る。
昭和40年代に移転
(それまでは屋敷の西側の中ごろに
あった。)
富吉・須崎
K.Y.家
屋敷神
屋敷の東北隅
(屋敷内に墓場があり、その東。)
富吉
E.T.家
屋敷神
不明。
数年前、鳴門市に移転。
屋敷神も北灘町の葛城神社へ移し
た。土台だけ残されている。
富吉
S.S.家
屋敷神
屋敷の西北隅に2基並立。
乙瀬・乾
I.T.家
屋敷神
正月・お盆・節句など紋日に祭る。
屋敷の北隅
正月はしめ飾り・鏡餅・お神酒
元は北西隅にあったが、納屋建て替
えの時、移転(平成14年)
氏神さんとして祭る。
富吉・地神
K.I.家
笠木・中野
S.S.家
鎮守さん
屋敷の北東隅
(槙囲いの中にある)
ご先祖さん
屋敷の東北隅
五輪塔が5基くらい祭られている。
屋敷神の祠
年2回正月。
お盆。
鏡餅・お神酒・供物。
不明。
10月15日(秋祭り)と正月の年2回
紋日にはお神酒。
秋祭りには甘酒・ご飯を祭る。
不明。
参考文献
藍住町史編集委員会(1965):『藍住町史』藍住町役場。
直江廣治著(1972):『屋敷神の研究』吉川弘文館。
朝日新聞社・岡見璋(1974):『日本の民俗』朝日新聞社。
西谷能雄(1987):『宮本常一集』未来社。
井上達三(1975):『柳田国男集』筑摩書房。
歴史教育研究所(1977復刻):『郷土史研究辞典』歴史図書社。
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