中小製造業のマーケティング戦略

平成 17 年度
調査研究事業報告書
中小製造業のマーケティング戦略
平成 18 年 3 月
財団法人
商工総合研究所
目
次
頁
はじめに
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
1
1.中小製造業におけるマーケティング戦略
の重要性
(1)求められるマーケティング力の強化
(2)マーケティングの重要性
(3)中小製造業のマーケティング戦略
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
4
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
5
2.マーケティング戦略の策定
(1)マーケティング調査と現状分析
(2)事業領域(事業ドメイン)の設定
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
10
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
10
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
13
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
14
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
15
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17
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19
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21
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24
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
27
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
30
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34
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
37
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
40
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
43
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
46
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
49
3.マーケティング戦略の実行
(1)製品戦略、開発戦略
(2)価格戦略
(3)プロモーション戦略
(4)流通戦略
4.マーケティング戦略の展開と競争力の発
揮
5.ヒアリング事例
事例1 (株)一ノ蔵
事例2 三州製菓(株)
事例3 徳武産業(株)
事例4 (株)白鳳堂
事例5 (株)フタバ化学
事例6 万協製薬(株)
事例7 (株)仁張工作所
事例8 オネストン(株)
事例9 松尾電器産業(株)
事例 10 (株)データ・テック
はじめに
経済のグローバル化が進み、海外企業との競争が激化する中にあって、わが国の中小製
造業はかつてのようにコスト面の優位性だけで競争力を維持していくことは困難になりつ
つある。付加価値の高い製品を生産し、競争力を高めていくためには、高い技術力に加え
て、市場のニーズを的確に把握し、それに対応した製品、サービスを開発し、販売してい
くためのマーケティング力を備えることが必要となってきている。
中小製造業の現状をみると、マーケティング力が弱く、その技術力を活かした製品開発
を行っても、販路開拓、事業化が成功しないというケースも多い。如何に優れた技術、画
期的な技術を持っていようとも、売れる製品、売れる技術となって、売上増加、受注の確
保に結びつかなければ、企業として生き残っていくことは難しい。マーケティングとは「顧
客のニーズを把握し、ニーズに対応した製品、サービスを提供し、売上に結びつけるため
の一連の活動である」とすれば、市場環境が大きく変化している現下の状況にあって、中
小製造業が競争戦略に結びついたマーケティング活動を展開することの重要性は一層高ま
っているといえよう。
本調査はこうした観点から、中小製造業に求められるマーケティング戦略について中小
製造業 10 社を対象にヒアリングを行い、その具体的な事例を踏まえて検討したものである。
1
1.中小製造業におけるマーケティング戦略の
重要性
(1)求められるマーケティング力の強化
経済のグローバル化の進展、中国を中心とする海外企業との競合激化といった状況の下、
わが国の中小製造業は先端・高付加価値分野への転換、顧客ニーズへの柔軟な対応等によ
って生き残りを図っていかなければならない。しかし、市場ニーズの多様化、製品のライ
フサイクルの短期化が進む中で、的確にニーズを把握して売れる製品を開発し、その市場・
販路を開拓していくことは必ずしも容易ではない。
わが国の中小製造業については「高い技術力、ものづくりの能力を持っているが、マー
ケティング力、販売力が弱い。」という評価がなされることが多い。殊に下請受注型の中小
製造業にあっては、企画・開発、マーケティングといった機能を親企業に依存し、自社は
専ら効率的な生産に集中するというパターンが多くみられた。
中小製造業が自社製品を開発して、新たに市場を開拓していく場合においても、独自の
技術を駆使した製品、斬新な製品を開発したにもかかわらず、売上に結びつかない、ある
いは販路開拓に苦労するといった事例を耳にすることが多い。総じて、わが国の中小製造
業は高い水準の技術力を持っているが、それを実際の売上に結びつけるためのマーケティ
ング力が弱く、その強化が課題となっているといえよう。
図表1
自社の強み・弱みと考えている点(MA)
0
10
20
60 (%)
43.6
9.7
26.5
16.6
自社の強み
20.2
円滑な資金調達
14.5
自社の弱み
18.9
価格競争力
27.6
13.3
マーケティング力や販路・市場開拓力
45.7
11.2
IT化の推進
人材育成・確保
50
19.9
財務内容
国際化への対応
40
58.9
技術力・開発力
多様な取引網
30
18.9
9.2
19.1
8.2
44.6
(資料)日本銀行大阪支店、大阪商工会議所 「中小製造業の経営課題に関する調査」 2005 年 4 月
2
こうした点を既存のアンケート調査から確認してみたい。日本銀行大阪支店と大阪商工
会議所が大阪地区の中小製造業を対象に行ったアンケート調査によると、
「自社の強み」
(複
数回答)としては「技術力・開発力」
(58.9%)が第1位で、以下「多様な取引網」
(43.6%)
、
「財務内容」
(26.5%)といった順になっており、「マーケティング力や販路・市場開拓力」
を挙げた企業の割合は 13.3%に止まっている。一方、
「自社の弱み」については「マーケテ
ィング力や販路・市場開拓力」という回答が 45.7%で、「人材育成・確保」(44.6%)と並
んで多くなっている(図表1)。次に、「自社の業績向上に必要な要素は何か。」という質問
に対する答え(複数回答)をみると、
「営業・マーケティング力の向上」が 71.4%に達して
おり、「技術力の向上」(54.1%)を押さえて1位となっている(図表2)。
このアンケート結果をまとめると、中小製造業の多くは、技術力・開発力には自信を持
っているものの、どのような商品を開発し、どのようにして販売していくかといったマー
ケティングや市場開拓の面が弱く、マーケティング力、販路・市場開拓力を備えることで
自社の持つ技術力・開発力を活かし、業績向上を図ることができると感じているといる。
図表2
自社の業績向上に必要な要素(MA)
0
20
40
営業・マーケティング力の向上
71.4
技術力の向上
54.1
新規事業の立ち上げ
30.6
外部的な経済環境の改善
18.1
経営者のリーダーシップ
17.6
他企業とのネットワーク
12.2
事業の見直し、人員削減
10.7
規制強化による過当競争の抑制
7.4
国や自治体の企業支援政策の充実
規制緩和の促進
80 (%)
60
5.9
2.0
(資料)図表1に同じ
3
(2)マーケティングの重要性
(マーケティングとは何か)
マーケティングという用語は単に市場調査、販売促進といった意味で使われることも多
い。だが、広義のマーケティングとは市場ニーズの把握から、製品の開発・生産、消費者
への提供(流通)に至るまでの総合的な活動を意味しており、米国マーケティング協会
(AMA)の定義に従えば、
「個人や組織の目的を満足させる交換を創造するため、アイデア、
商品、サービスについての概念(コンセプト)形成、価格、プロモーション、流通を計画、
実行する過程」なのである。
このようにマーケティングとは顧客満足の達成を目的とし、製品・サービスの企画から
流通に至る総合的な経営活動であり、「売れる仕組み」作りである。また企業の究極の目的
が組織として存続し続けること(ゴーイングコンサーン)であるとするなら、マーケティ
ング活動とは自社を取り巻く社会情勢、市場の変化に対応し、生き残っていくための仕組
み・体制を模索していくことであり、環境変化への適応行動であるともいえる。
(総合的経営活動、環境適応行動としてのマーケティング)
経済のグローバル化、少子高齢化の進展、環境意識の高まり、生活スタイルの変化等、
中小製造業を取り巻く環境は大きく変化している(図表3)。中小製造業は消費者ニーズの
変化はもとより社会・経済情勢の変化や業界・同業他社の動向等にも対応していくことが
求められている。
図表3
分
中小製造業を取り巻く環境の変化
野
変 化 の 内 容
経済のグローバル化
少子高齢化の進展
社会、経済
インターネットの普及
環境意識の高まり
法的規制の緩和あるいは強化.etc
生活スタイルの変化
消費者、市場
消費者ニーズの変化、多様化
商品ライフサイクルの短期化
商品選択基準の変化.etc
ライバル企業の出現
同業他社、業界
新しい技術の開発
代替品の出現
取引慣行の変化.etc
4
(価値感の多様化と商品選択基準の変化)
マーケティングの重要性が増している背景の一つとして、消費者の価値観が多様化し、
商品選択の基準も変化していることが挙げられる。中でも環境保護、資源の有効活用、製
品の安全性、健康等に対する意識・関心が高まっており、市場調査や新製品・サービスの
開発においてはLOHAS注というキーワードが注目されている。中小製造業もこれに対応
した製品、サービスのあり方を追求していかなければならない。最終製品を製造していな
い生産財メーカー、受注型製造業の場合は取引先企業からの要請、グリーン調達という形
で ISO14001 の取得や環境負荷の少ない原材料への変更等の対応を求められることになろう。
環境問題や食品の安全性の対する関心の高まりと規制の強化は制約条件であるとともに
ビジネスチャンスでもある。こうした環境変化に適応し、売れる仕組み、儲かる仕組みを
構築していくこともマーケティング活動なのである。
(3)中小製造業のマーケティング戦略
中小製造業には大企業とは異なったマーケティング戦略が求められる。資金力、経営資
源の量において制約のある中小製造業が大企業と競争していくには、①小さな市場、限定
された市場を狙う、②経営資源を分散させずに集中する、③差別化する(ライバル企業と
同じことをしない)、④顧客密着を図るといった戦略を採用しなければならない。
(ニッチ市場の選択)
中小製造業にとっては、大企業が進出しにくい特定の分野、ニッチ市場を選択し、普及
品、量産品のような一般の市場での価格競争を避けることが重要である。このことは必ず
しも有力な市場、成長が期待できる市場への対応を断念することを意味してはいない。そ
の将来性を見越して多くの企業が参入してきつつあるような市場の中でも特殊な自社に適
した領域を発見し、集中することで競合を避けることも可能である。市場と自社の現状を
踏まえてターゲットとすべき領域を定めなければならない。換言すればニッチ市場の選択
とは、独自の基準、切り口で市場を把握し、定義することでもある。
(集中・差別化)
中小製造業は大企業あるいはライバル企業と同じような製品を作って、低価格のみを訴
求するような競争に巻き込まれることを避けてニッチ分野に集中し、差別化する戦略を採
用するべきである。特殊な市場・分野に特化することで専門的能力を高め、製品の機能、
サービス等で差別化を図ることが求められる。
注
LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability)とは米国の社会学者ポール・レイが提唱した「健康
で持続可能なライフスタイル」すなわち「健康と地球環境に配慮した生活のスタイル」を意味する用語
5
図表4
競争優位の基本戦略
競 争 優 位 の パ タ ー ン
低コスト
差別化
広
い
差
別
化
狭
い
戦略ターゲットの幅
コスト・リーダーシップ
コ ス ト 集 中
差 別 化 集 中
(出所)M.E.ポーター『競争優位の戦略』、1985 年
(顧客志向、顧客密着)
中小製造業は小回りが効くという強みを活かして、大企業が対応できないような顧客の
細かなニーズ、多様なニーズに応えた製品・サービスを提供していかなければならない。
現在、マーケティングの手法に関しても、顧客をマス(集合体)としてとらえ、大量生
産、大量流通を行うこと前提とした従来の「マス・マーケティング」から、顧客を個とし
てとらえ、1対1のコミュニケーションを重視した「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」
や特定顧客と長期的な関係を築き、維持・深耕していこうとする「リレーションシップ・
マーケティング」への転換が提唱されているが、こうしたマーケティングのあり方こそ中
小製造業の目指すべきものであろう。
(ロングテール現象)
最近、インターネット関連ビジネスにおいて「ロングテール」という現象が注目されて
いる。これはオンラインマガジン「WIRED」の編集長クリス・アンダーソンが 2004 年 10 月
に発表した「The Long Tail」という記事が端緒となっている。この記事ではオンライン書
店のアマゾン(Amazon.com)の事例として、個別ではほとんど売れていない多くの商品の
積み重ねが売上全体の 57%を占めており、売れ筋商品の売上 43%よりも多くなっていると
いう推計を示し、この部分を「ロングテール」
(長い尻尾)と名づけているのである。
これを縦軸に売上高、横軸には売上順に品目を並べたグラフで示すと、図表5のような
右下がりの需要曲線となる。このグラフを長い尻尾を持つ恐竜に見立てると、売れ筋商品
は恐竜の頭部であり、販売ランキングの低い品目群が長い尻尾(ロングテール)のように
右へ伸びる形となっている。
6
図表5
ロングテール現象
販
売
量
ヘッド
〔売れ筋〕
ロングテール(長い尻尾)
〔死に筋〕
販 売 順 位
(出所)http://www.thelongtail.com/the̲long̲tail/2005/09/long̲tail̲101.html 等から作成
これまでは一般的に全体の2割の売れ筋品目が売上の8割を支えるという「80:20 の法
則」が成り立つと考えられてきたが、ITを活用したオンラインショップのようなビジネ
スでは在庫や物流にかかるコストが少ないため、今までは見過ごされてきた8割「死に筋」
の部分(ロングテール)を取り込むことが可能になり、それらの積み重ねで大きな売上を
上げることができるという、新しいビジネスモデルが提起されたのである。
このロングテール現象はインターネット通販やインターネットを活用した広告、サービ
スの分野に関して主張されているものであるが、ニッチの分野を目指す中小製造業につい
ても大きな示唆を与えるものではなかろうか。すなわち、小回りの効く中小製造業はロン
グテールの部分にある多様なニーズに対応し、細かな需要を集めることによって新たな事
業機会を創り出す可能性を持っているということである。また、ニーズの多様化、個性化
が進む中で中小製造業が目指すべきロングテール市場はこれから一層太く、長くなってい
くことも期待されるのである。
大規模製造業の場合はロングテール市場を狙うことは必ずしも容易ではない。大手メー
カーも多様化する消費者ニーズに対応するため市場を細分化し、ターゲット市場に合わせ
た商品を投入する努力を行っているが、やはり大きな組織であるため一定規模以上の売上
が見込める事業、商品でなければ採算を確保できない。これに対し、大企業のように大き
な売上を必要とせず、小回りが利き、俊敏な対応が可能な中小製造業は、ニッチ市場に特
化し、多様な消費者のニーズにより柔軟に対応していくことができる。一定以上の売上規
模のビジネスにしか手を出さない大手メーカーとの競合を避けて、個別のニーズ、細かな
7
ニーズの集積であるロングテール市場を狙うことは中小製造業に適した事業の一つのあり
方である。
中小製造業のロングテール市場への対応はネットビジネスの分野に限定されるものでは
ないが、インターネットを始めとするITの普及がその可能性を広げていることも間違い
ない。ITを活用することで中小製造業がロングテール市場を開拓する機会と可能性はよ
り大きく広がるといえよう。ヒアリング事例で採り上げているサーモスタットメーカーの
松尾電器産業(事例9)は、コントロール型サーモスタットというサーモスタット市場全
体の数パーセントに過ぎない特殊な分野に特化し、文字通り1個からの注文に対応して国
内外の小口需要家に販売することによって1万社以上の顧客を開拓し、世界市場において
5%程度のシェアを有しているが、現在、新規顧客の 50%程度はインターネット経由の取
引となっているのである。
(生産財製造業、受注型製造業のマーケティング)
次に生産財メーカーや受注型製造業におけるマーケティングについて触れてみたい。消
費財メーカーの顧客が一般消費者という不特定多数の個人であるのに対し、生産財メーカ
ーや受注型製造業の顧客は企業という組織である。直接接触するのは購買部門の担当者で
あることが多いが、購入・採用の決定には開発、製造等、管理等の複数の部門が関与する。
また、消費財の場合、消費者との取引は基本的にその場限りであって反復継続されるとは
限らないが、生産財・部品等は継続的な取引が行われることが多い。
従って、生産財メーカーや受注型製造業における顧客ニーズの把握は市場調査等による
のではなく、取引の中で購買担当者等を通じて伝えられる形をとることが多い。広告・販
売促進といったプロモーション活動の範囲・規模も限られたものであり、受注型製造業で
は独立した営業部門を持たない場合もある。
しかし、このことはマーケティング活動が不要であることを意味しない。生産財メーカ
ーや受注型中小製造業は日常の取引や営業活動を通じて顧客ニーズを的確に把握していか
なければならない。顧客の「つぶやき」を聞き逃さないことが重要なのである。ただ、待
っているのではなく、こちらから積極的に情報発信、提案営業を行っていくことも必要で
ある。そうした活動を通じて顧客企業との反復取引、取引拡大、新製品開発への参加も期
待できることになる。
また、既存の取引先以外の潜在顧客に対しては業界紙、専門誌等への広告掲載、自社の
ホームページでの情報発信等も必要となる。新規の販売先、発注元を開拓していく場合に
おいては、既存の取引先からの口コミや紹介の影響力も大きい。平常の取引活動を通じて
取引先からの信頼、評価を得ていることが新規顧客の紹介につながるのである。
受注型製造業の場合は、顧客企業から与えられた仕事、改善テーマの処理、解決を通じ
て、自社の技術力を高めていくという側面がある。新分野、先端分野に関わる部品等の製
造・加工を受注することが技術、生産能力の向上や新たなノウハウ・スキルの習得・蓄積
8
に結びつくといえるが、こうした新たな受注を得ていくには、日頃の取引を通じて自社の
技術・能力についての顧客企業の評価と信頼を得るとともに、潜在顧客に対する情報発信
も重要であるといえよう。
図表6
マーケティング戦略の概念
経
営
理
念
現
状
分
析
・ 経営資源
・ 自社の強みと弱み
・ 市場の成長性
・ 消費構造の変化
・ 参入の脅威、ライバル企業の存在
フィードバック
事業領域(事業ドメイン)の設定
・ 市場の細分化
・ ターゲット市場の選択
・ ポジショニング
戦略の具体化
優位性の発揮
マーケティング・ミックス
ニーズへの対応
・ 製品戦略、開発戦略
・ 品質、機能
・ 価格戦略
・ 顧客価値、コスト
・ プロモーション戦略
・ スピード
・ 流通戦略
・ サービス
・ 独自技術
9
2.マーケティング戦略の策定
(1)マーケティング調査と現状分析
マーケティング戦略の策定に当たっては、自社とそれを取り巻く環境の現状分析が必要
である。まず、自社について「ヒト・モノ・カネの経営資源」、「強みと弱み」の現状を的
確に把握しなければならない。次に、「市場の成長性」、「消費構造の変化」といった市場環
境の分析を行うが、ここでは市場における競合の状況、他企業の参入の可能性等について
も留意すべきである。将来性が見込まれ、自社の強みが活かせる市場であっても、強力な
ライバル企業が存在したり、大企業の参入によって苦戦を強いられる場合がある。逆に、
市場の成長性や自社の強みが活かせるという面では多少劣っていても、強力なライバル企
業がおらず、自社の弱みを補強しつつ、いち早く進出することで優位性を発揮できる市場
もありうる。
(2)事業領域(事業ドメイン)の設定
こうした現状分析を踏まえて狙うべき市場を決定していくことになるが、その第一段階
は市場(顧客層)を細分化し、自社がターゲットとすべき市場を定義することである。市
場の細分化に際して、一般的には地域的特性、年齢、性別、年収、職業、家族構成等の基
準が使われるが、中小製造業の場合はより細かく、独自の基準、切り口によって細分化し
ターゲット市場を定義することが必要である。
第二段階では、ターゲットとする市場における自社の位置づけ(ポジショニング)を定
めなければならない。これは、当該市場において如何にして競合相手に対抗し、差別化を
図っていくかを明確にすることである。
事例企業についてみると、徳武産業(事例3)は高齢者や障害者用のケアシューズの分
野を選択している。当社がターゲットとしたのは健康な高齢者のためのウォーキングシュ
ーズではなく、歩行に困難を感じている高齢者、障害者の転倒事故を減らし、より多くの
人を歩行に導けるような履物作りの分野である。そして市場における自社の位置づけとし
ては、徹底的なニーズ調査と製品のモニタリングを行い、ニーズに細かく対応することに
よりライバルとの差別化を図っている。
万協製薬(事例6)は医薬品の中でもスキンケア(クリーム剤、軟膏、液剤)の分野に
特化している。これは当社のコア技術の活かせる分野ではあるが、その市場規模は製薬市
場全体の1割以下と小さく、手間のかかる割には儲からないといわれている。当社はあえ
てそうした他社からみればあまり魅力的ではない小さな市場を選択し、その中でも製造受
託に重点を置いている。自社の位置づけとしては、スキンケア製品の製造受託に集中する
ことで、専門的な生産能力を高め、コア技術の活用と緻密なスケジューリングの能力によ
って、顧客のニーズに柔軟に対応することで競争力を発揮していくことを目指している。
10
このようにして自社の事業領域(事業ドメイン)が明らかになる。この事業領域は顧客
(市場)、技術、機能の3つの軸で規定される(図表7)。すなわち、ターゲットとする顧
客層に対し、自社の持つ技術を応用して、顧客のニーズ(求めている機能)を満足させる
という活動として事業を把握し、定義するということである。
図表7
事業領域(事業ドメイン)の概念
顧客機能
(顧客ニーズ)
事業領域
顧客層
(市 場)
技術(顧客ニーズ
を実現する方法)
なお、この場合の技術とは、単に製造技術、生産方法に限定されるものではなく、製品
の提供方法等も含んだものと考えるべきである。顧客のニーズを満たす上で製品の提供方
法は重要な要素である。製品自体の機能、価格が競合先のそれと同等、あるいは多少劣っ
ていたとしても、短納期、スピード、品揃え、販売チャネル、1 個単位の販売といった提供
方法によって競争力を発揮することは可能なのである。
図表8は事例企業 10 社について、その事業領域のあり方を表にまとめたものである。次
節では、各社の具体的事例を踏まえつつ、中小製造業がその事業領域においてマーケティ
ング戦略を製品(Product)、価格(Price)、プロモーション(Promotion)、流通(Place)
の4Pを組み合わせたマーケティング・ミックスとして展開していくためのポイントにつ
いて検討したい。
11
図表8
事例
事例企業の事業領域(事業ドメイン)
企 業 名
製
品
領
域
対象とする顧客
技術、提供方法、特色等
違いを理解してくれる消費
伝統の手法、原料米へのこだ
者、料飲店
わり
低アルコール酒
女性層
低アルコール発酵技術
高級米菓(OEM)
和洋菓子専門店
効率的な多品種少量生産
高級米菓(自社ブランド)
一般消費者(直営・FC店)
製品開発力、提案力
クッキー等(OEM)
大手テーマパーク
高品質の清酒
1
2
3
4
一 ノ 蔵
三州製菓
徳武産業
高齢者用ケアシューズ
歩行が不自由な高齢者、障
個別ニーズへの対応
害者
(パーツオーダーシステム)
伝統技術と工程分業システム
化粧筆(OEM)
海外、国内の有名ブランド
化粧筆(自社ブランド)
一般消費者
自社ブランド展開
旅館、ホテル(浴場用)
旅館、ホテルを通じた販売
一般消費者(旅館、ホテル
オリジナル製品の提供
の売店での販売)
天然原料・素材の使用
スキンケア製品(製造受託、
薬品メーカー、ドラッグストア
急な発注、増産要請にも応じ
OEM)
等
られる生産能力、対応力
スキンケア製品(自社ブラン
一般消費者(1社を通じて販
ゲル乳化技術
ド)
売)
板金加工(受注)
大手メーカー
多品種変量生産
スチール製ロッカー・キャビ
一般消費者(ネット通販)
設計から仕上までの一貫体制
白 鳳 堂
有名ブランドへのOEM供給と
ボディソープ、シャンプー、リ
5
フタバ化学
ンス
6
7
万協製薬
仁張工作所
直販、オーダーメイド
ネット等(自社製品)
8
オネストン
金型専門メーカー、自動車
「一個づくり」
部品メーカー
短納期への対応力、スピード
プレス金型部品
コントロール型サーモスタッ
9
松尾電器産業
小口需要に対応した生産・販
国内、海外の小口需要家
ト
売体制
ジャイロセンサ、加速度計、G
10
ドライブレコーダ
自動車メーカー、自動車運
PSを組み合わせた計測技術
(セーフティレコーダ)
送業界、官公庁等
フォロー体制(製品を改良・進
データ・テック
化させていく体制)
12
3.マーケティング戦略の実行
(1)製品戦略、開発戦略
(ターゲットを明確にし、個別のニーズに対応)
製品の企画・開発に当たっては競合製品との差別化を意識し、その特性を明確に顧客に
示すことが重要である。一ノ蔵(事例1)では高級品、純米酒にこだわるとともに、低ア
ルコール酒部門では若い女性をターゲットにした商品開発を行っている。和洋菓子専門店
に提供する米菓(せんべい、あられ)を中心に高級品に特化している三州製菓(事例2)
も、素材にこだわり、土地の名産を使うことで、スーパーマーケット等で売られる商品と
の差を明確にしている。白鳳堂(事例4)は筆に求められる機能を徹底的に追求すること
で高級化粧筆のトップメーカーとなっている。ボディソープ、シャンプー、リンス等を製
造するフタバ化学(事例5)では取り扱いが難しく大量生産に向かない天然素材を使った
製品を開発するともに、旅館・ホテルオリジナルの商品を提供することで大手メーカーの
製品との差別化を図っているのである。
(環境への配慮、安全志向)
環境への配慮、安全志向への対応も重要である。一ノ蔵(事例1)では農業特区を利用
して原料米の自社生産に取り組むほか、再利用ができないような特殊な形状の瓶は使わな
い方針である。三州製菓(事例2)では原料、素材にこだわるとともに製造現場にはHA
CCPの考え方を取り入れた厳重な衛生管理システムを備えており、2006 年度からは製品
のトレーサビリティ(履歴管理)情報システムも導入する予定である。フタバ化学(事例
5)では創業以来、天然素材にこだわっており、主原料はヤシ油を使い、石油系の界面活
性剤は一切使っていない。
(製品開発の方針)
開発型企業が新たな機能を持つ製品を開発し、実際に売れるようになるまでには時間が
かかる。新製品開発に取り組み、試作品(プロトタイプ)は完成したが、商品化できずに
終わるというケースも多い。試作品を実際に使ってもらい、1年、2年という時間をかけ
て、顧客のニーズに合わせて工夫と改良を加え、製品の完成度を高めるという地道なプロ
セスを経て、実際に売れる製品としていくことが重要である。データ・テック(事例 10)
では、新製品の提案・説明に際しては必ず試作品を提示し、徹底的に顧客のニーズや意見
を聞いて改良を重ねることで、採用に結び付けていく方針をとっている。
ただし、技術の新規性、アイデアの斬新性等に目を奪われて、市場に受け入れられない
製品の開発に固執してはならない。製品のライフサイクルも短期化してきている。一ノ蔵
(事例1)では年間 20 件以上もの新製品開発、製品のリニューアルを行う一方、商品アイ
テムの見直し、スクラップアンドビルドも確実に行っている。万協製薬(事例6)のよう
13
に、開発中の製品を顧客に開示し、新製品の採用を予定する顧客が2社以上現れないもの
については開発を中止している企業もある。先に事例として挙げたデータ・テックの場合
も、フォロー体制を充実し、常にユーザーとの接点を持ち、その意見・要望を製品の改良
に結び付けていくというシステムができているのである。
(生産方法、生産プロセス)
顧客の細かなニーズに柔軟に対応しつつ、効率的な生産を実現していくためには、生産
プロセスの工夫、革新も欠かせない。三州製菓では(事例2)効率的多品種少量生産を実
現するため機械も独自に設計したオリジナルなものとなっている。白鳳堂(事例4)にお
ける筆の製造は機械によらない手作業であるが、工程を分けて分業することにより、効率
化、量産を実現し、海外有名ブランドへのOEMも可能となっている。万協製薬(事例6)
ではスキンケアという特定の分野の製造に特化することで高度な専門的製造設備への集中
投資が可能となっている。また、同社では生産品目はクリーム剤、軟膏、液剤の数種類に
集約されているため、生産ライン共通性と互換性を持たせ、常時1〜2箇所の空きライン
を持つことによって突発的事故が発生した場合も納期遅れを避けるとともに、急な発注に
も対応できるようになっている。仁張工作所(事例7)では新製品開発に際して、自社の
得意な板金加工から発展した部分を狙うことで開発の負担が大きくならないようにし、オ
ーダーメードに対応した効率的な小ロット生産を行うための生産技術上の改善・工夫にも
配慮している。
(製品の提供方法)
製品戦略においては、製品の機能、価格、外観のデザインだけが問題なのではない。製
品をどのような方法で提供するのかも重要である。徳武産業(事例3)ではパーツオーダ
ーシステムを採用し、顧客の要望に細かく応えている。また、金型部品製造のオネストン
(事例8)では小口、短納期の発注に積極的に対応し、「一個づくり」とスピードを武器に
売上を伸ばしている。
(2)価格戦略
(低価格競争を回避)
中小製造業は価格競争では大きな資本力を持ち全国に展開する大企業に対抗することは
困難である。製品の品質、機能による差別化、あるいは個別のニーズ、特殊なニーズに対
応することで大企業との価格競争を避けることが求められる。
事例企業の中でも一ノ蔵(事例1)、三州製菓(事例2)、白鳳堂(事例4)等は独自の
分野、高級品等に特化することで大手メーカー製品、量産品と差別化し、低価格競争を回
避している。天然素材を使ったボディソープ等を製造・販売しているフタバ化学(事例5)
14
では、ホテル、旅館の浴場で製品を実際に使って品質の違いを感じてもらうこと(体感マ
ーケティング)を重視している。
個別のニーズ、特殊なニーズにきめ細かく対応することも大企業との価格競争を回避す
る方策の一つである。ケアシューズを製造する徳武産業(事例3)ではサイズ、足囲、靴
底の高さ、ベルトの種類・長さ・方向等の組み合わせが選択でき、左右異なるサイズの販
売、片方のみの販売にも対応するシステムを採用している。金型部品メーカーのオネスト
ン(事例8)は文字通り1個2個という単位での小口注文に迅速に対応することで他社と
の差別化を図っている。また、サーモスタット製造の松尾電器産業(事例9)では国内外
の小口需要家を対象に販売ロットに対応した単価で、文字通り1個からの販売を行ってい
る。これらのケースでも効率的な生産によるコスト引き下げの努力は勿論必要であるが、
製品の品質、機能、提供方法で差別化することで、低価格競争に陥ることを避けているの
である。
(3)プロモーション戦略
(ターゲットを定めての情報発信)
消費者のニーズが多様化しており、マス・マーケティングの手法は通用しなくなってい
る。特定の顧客を対象とし、ニッチ分野に特化している中小製造業は「ワン・トゥ・ワン・
マーケティング」や「リレーションシップ・マーケティング」といったマーケティング手
法の活用が必要である。
プロモーションの面でも、ニッチ市場、限定された市場に対応するためには一般的な広
告宣伝よりも、ターゲットとする顧客層を対象とした宣伝、情報発信が重要であり、イン
ターネットを活用した情報発信や専門誌、業界紙等への広告、展示会等への出展等が有効
である。徳武産業(事例3)は福祉機器展等に出展し、注目された。松尾電器産業(事例
9)では、売上の 10%を広告宣伝費に使い、専門誌への広告掲載や世界各地の展示会に出
展することによって世界中から顧客を開拓している。
(口コミ、第三者評価の重視)
テレビCM、新聞広告といったマス広告を通じての商品情報が氾濫する一方で、商品の
種類・機能の多様化、複雑化が進んでいる。そうした中で、広告の内容に懐疑的となり、
第三者の実際に使ってみての評価、体験を重視する傾向が強まっている。
『日経ビジネス』2005 年 5 月 9 日号の記事によれば、事前に情報を集めてから商品を購
入する人の割合が増えており、その際の情報源としては「友人・知人・口コミ」
(47.9%)、
「番組や記事」(47.3%)という回答が多く、「広告」は 17.4%に過ぎない。商品購入に際
してのテレビCM、新聞広告への依存度は低下し、口コミ、評判、番組・記事での紹介等
の影響力が強まっている。
15
インターネットの普及に伴ってネットを介した口コミや商品情報の広がりも無視できな
ね
いものとなっている。事例企業の中でも一ノ蔵(事例1)の低アルコール発泡清酒「すず音」
や白鳳堂(事例4)の化粧筆のように、商品のネット上での評判がヒットに結びついたケ
ースもみられる。
こうしたマス広告の効果減退、口コミ重視の傾向は、特定の顧客層を対象とし、ニッチ
分野に特化している中小製造業にとってはむしろチャンスである。費用のかかるテレビC
Mや全国紙への広告等に頼ることなく、インターネット等を活用して特定の顧客層への情
報発信を有効に行うことができる。
受注型の中小製造業の場合は顧客企業の評判、紹介が重要となる。万協製薬(事例6)
では日頃の取引を通じての信頼・評価が新たな顧客企業の紹介に結びついている。データ・
テック(事例 10)でもフォロー体制を整備し、ユーザー交流会等を通じて顧客との信頼関
係を築くことが、買い替えや新規顧客の紹介につながっているのである。
(試用・体験による評価)
実際に製品を使ってみて顧客に品質、機能の違いを感じてもらうことも重要なプロモー
ションの手法である。事例企業の中でも自社の製品の持つ特色、機能を実際に体験しても
らった上で販売する手法をとっているところがある。白鳳堂(事例4)では自社ブランド
製品については委託販売を行わず、直営店や百貨店の催事で社員が説明し対面販売するこ
とを原則としている。フタバ化学(事例5)ではホテル・旅館の浴場で実際に使ってみて、
その違いを体験してもらうことを重視している。先にみたように、こうした体験・評判は
口コミやインターネットによって伝えられ、商品購入に際しての意思決定に大きな影響を
持つようになりつつある。
(マスコミの活用)
先に述べたようにマス広告の内容に懐疑的な態度を取る消費者が増えてきており、テレ
ビCM、新聞広告を通じて企業名、商品名の認知度を上げることはできても、それが直ち
に企業、商品の評価に反映するとは限らない。これに対してテレビ番組・ニュースや新聞
記事によって企業や商品が紹介されることの効果は大きい。これは番組や記事の内容は広
告とは異なる客観的な評価に基づく情報とみなされているからであろう。
一ノ蔵(事例1)ではテレビ、ラジオを通じた広告宣伝は行っておらず、新聞広告もあ
まり利用していないが、積極的に各種のイベントを企画・開催したり、新製品発表の記者
会見を開いて、マスコミに採り上げられることで自社の知名度とイメージの向上を図るこ
とを重視している。白鳳堂(事例4)でも基本的には広告宣伝は行っていないが、海外有
名ブランドに化粧筆を提供していることが雑誌記事等で紹介されたことが国内の知名度向
上にも結びついたという経緯もあり、新聞、雑誌、テレビ等の取材に積極的に応じ、記事
等で紹介されることで効果的なプロモーションが行えると考えている。
16
(インターネットの活用)
自社製品を持つ中小製造業にとっては、インターネットをプロモーションに活用してい
くことも今後の大きな課題である。自社のホームページを持つ中小企業も増えてきている
が、インターネットを通じて何を伝えたいのかが明確でなく、企業要項程度の内容で終わ
っている先も少なくない。
早くから自社のホームページを開設し、口コミサイトと共同で商品開発も行っている白
鳳堂(事例4)のホームページでは販売商品毎に詳しい説明がなされ、筆の使い方、筆の
手入れ方法、素材の説明等も掲載されている。また、インターネット上の口コミサイトと
提携し、顧客の意見を活かしたオリジナル製品の開発も行っている。
インターネットを通じて自社製品の貴重品ロッカーを販売している仁張工作所(事例7)
ではホームページ上で自社は何が得意であるのか、何を売りたいのかを明確に出すことが
重要と考えている。写真を多く載せて具体的なイメージをつかみやすくするとともに、顧
客の問い合わせから納品までの流れの説明、製品のこだわり、製品の図面や標準単価も掲
載しており、顧客からも好評を博している。また、ホームページの作成に当たっては検索
にヒットしやすいようなキーワードを多く挿入し、リンク先を増やすことでホームページ
のランクを上げて検索されやすくするといった工夫もしている。
世界中にサーモスタットを販売している松尾電器産業(事例9)のホームページは日本
語以外に英語、フランス語、ドイツ語が使われており、製品案内、機種一覧表、用途一覧
表等の内容も充実している。
(4)流通戦略
(限定された市場、顧客への直接販売)
問屋経由で全国の量販店で販売するといった販売方法では価格面だけでの競争に陥りや
すい。また、問屋からの要求は単価やデザインに関することばかりで、商品の品質、機能
に関する消費者ニーズ等の情報は入ってこないことも多い。中小製造業が低価格競争を避
けて製品の差別化を図っていくためには、限定された市場、顧客への直接販売が有効な場
合が多い。米菓製造の三州製菓(事例2)は量販向け商品から撤退し、和洋菓子専門店、
テーマパークへのOEMと直営・FC店での高級米菓販売に転換している。フタバ化学(事
例5)も自社商品をスーパーマーケットやドラッグストアで販売して低価格競争に巻き込
まれることを避けて、旅館、ホテルへの直接販売を行っている。白鳳堂(事例4)も化粧
筆については有名ブランドへのOEM(直接取引)、直営店、百貨店催事および自社のサイ
トを通じての通信販売による消費者への直接販売となっている。
事例先には問屋等を介さず、限定された市場、顧客に直接販売する企業が多いが、顧客
が広い地域に分散している場合には、テレマーケティングの手法やインターネットを活用
17
することも重要である。徳武産業(事例3)は全国の介護施設、介護ショップへの直接販
売が中心あるが、注文はFAXまたはメールで本社に入り、商品は物流センターから指定
された送り先に直接送られる。仁張工作所(事例7)では自社製品の貴重品ロッカー等に
ついてはインターネットを使った直接販売を行っている。松尾電器産業(事例9)でもイ
ンターネット等を活用することで、自社ブランドによる直接販売が 70%を占めている。
(物流、配送)
物流、配送に関しては外部に委託し、製品の企画、開発、製造等に経営資源を集中する
ことも有効であろう。徳武産業(事例3)やデータ・テック(事例 10)では物流、配送を
全面的に外部企業に委託して効率化を図っており、徳武産業では本社で午前中に受注した
製品は当日中に発送するといった迅速な対応も可能となっている。
18
4.マーケティング戦略の展開と競争力の発揮
(求められる戦略的マーケティング)
消費者の価値観が多様化、個性化し、商品選択の基準も変化する中で、従来の大量生産、
大量流通を前提としたマス・マーケティングの手法は通用しなくなりつつある。中小製造
業も自らに適した分野、ニッチ市場を選択し、集中・特化することにより、専門的な技術、
ノウハウを蓄積し、小回りを利かせて多様なニーズに対応して競争力を高めていくことが
可能である。中小製造業が自社の持つ技術を活かして、売れるものづくりを実現していく
うえで、マーケティングの必要性は一層高まっているといえよう。
一般に中小製造業は市場調査能力が弱いと考えられているが、特定の分野にターゲット
を絞り、顧客に密着することによって的確に市場ニーズの動向を把握することも可能であ
る。さらに、顧客とともに技術を高め、製品の完成度を上げていくことで、競争力を発揮
できるのである。
(競争優位の構築)
有望な市場であればライバル企業の参入が予想される。ヒット商品には模倣や類似商品
の登場が避けられないところである。如何にして顧客のニーズを満たす製品、機能、提供
方法等で差別化していくかが問われる。
中小製造業が競争力を発揮していくうえで、優れた生産機能、独自の製造技術の存在は
重要な要素であるが、それだけでは十分ではない。優れた技術を売上に結びつけていくた
めの仕組みが必要である。技術力に自信を持つ中小製造業はともすれば技術偏重の考えに
陥りやすいが、技術力についてはライバル企業とさほど差がなくとも、提供方法や情報発
信力等で差別化し、売上を伸ばしている企業もある。製品の企画・開発から販売までの業
務プロセス全体におよぶマーケティング活動を通じて競争力を発揮していかなければなら
ない。競争の焦点は製品、技術、販売力といった個別の要素から業務プロセス全体、事業
の仕組みのあり方に移ってきているのである。
中小製造業は独自のマーケティング戦略に基づき、ターゲットとする市場と自社の位置
づけを明確にし、限られた経営資源を活用して独自の事業システムを構築し、競争力を発
揮していくことが重要であろう。
19
5.ヒアリング事例
事例1
(株)一ノ蔵
宮城県
清酒製造
事例2
三州製菓(株)
埼玉県
米菓、洋菓子製造
事例3
徳武産業(株)
香川県
ケアシューズ製造
事例4
(株)白鳳堂
広島県
化粧筆製造
事例5
(株)フタバ化学
愛知県
石鹸、洗剤製造販売
事例6
万協製薬(株)
三重県
医薬品製造受託
事例7
(株)仁張工作所
大阪府
金属製品製造
事例8
オネストン(株)
愛知県
金型部品製造販売
事例9
松尾電器産業(株)
東京都
サーモスタット製造
事例 10
(株)データ・テック
東京都
ドライブレコーダ製造
20
事例1
設
立
従業員
事業内容
(株)一ノ蔵
1973 年
資本金
1 億 5,000 万円
160 名
所在地
宮城県志田郡松山町
清酒製造
1.企業の沿革、特徴
当社は 1973 年に宮城県内の中堅酒蔵4社の企業合同によって誕生した。当時は地方にお
いても灘、伏見の大手清酒メーカーの製品がシェアを伸ばし、蔵元の淘汰が進みつつあっ
た。こうした中で、当社は手づくりの技術を守り、高品質の日本酒を作ることによって差
別化を図ってきた。
1976 年には日本酒の伝統を守り、本物志向の日本酒を販売していくことを目的とした蔵
元と酒販店のボランタリー組織である日本名門酒会に参加。1977 年にはどんなに品質の良
い酒でも審査を受けなければ二級酒表示という級別制度の下で、優れた品質の「一ノ蔵無
鑑査本醸造辛口」を酒税の安い二級酒として発売することで多くの消費者の支持を得た。
1992 年に清酒の級別制度が廃止されると、吟醸酒、純米酒、本醸造酒といった特定名称酒
のみを製造し、新商品開発は純米酒に限ることを宣言している(2004 年から清酒の製法品
質表示基準が改正され、麹米使用割合 15%以上という要件が加わったため、低アルコール
酒(後述)については特定名称酒ではなくなっている)。
このように当社は一貫して高品質の日本酒造りに徹しており、高品質清酒の販売数量で
は全国でもトップクラスの蔵元となっている。また、1985 年からは日本酒の裾野を広げる
ことを目指して低アルコール酒の開発に取り組んでいる。「ひめぜん」、低アルコール発泡
ね
清酒「すず音」といったヒット商品も生まれ、低アルコール酒は伝統的な清酒と並ぶ経営
の柱となっており、現在の売上構成は伝統的な清酒が 65%、低アルコール酒 35%となって
いる。
日本酒本来の姿である純米酒に力を入れ、原料米にもこだわっている当社は 2005 年から
地元松山町の「醸華邑(じょうかむら)構想・水田農業活性化特区」を活用して、社内に
農業部門として「一ノ蔵農社」を設けて、酒造米の自社生産にも取り組んでいる。
2.事業領域(事業ドメイン)
当社はナショナルブランドの大手酒造メーカーと同じ土俵で戦うのではなく、手づくり
の条件を満たす伝統の手法を堅持し、純米酒にこだわり、高品質の地元の酒を作っていく
ことを目指している。伝統的清酒は業務用の需要が多いが、安い普通酒を作って販売量を
確保することはせずに、高品質の清酒を評価し受け入れてくれる料飲店に供給する方針を
採ってきた。また、低アルコール酒は、これまで日本酒を敬遠していた層や若い女性をタ
ーゲットにするというマーケティングが効を奏して売上が順調に伸びており、伝統的清酒
21
と並んで当社を支える重要な柱となっている。
3.製品戦略・価格戦略
当社は年間 20 件以上にも上る新製品の開発、製品のリニューアルを行うとともに、商品
アイテムの見直し、スクラップアンドビルドも実施している。伝統的な清酒では製品開発
の範囲を大きく変えることは難しい面があるが、低アルコール酒については 20 歳代から 40
歳代の女性をターゲットとした商品開発を意欲的に行っている。マーケティング室のスタ
ッフ(4名)は全員女性であり、製品のデザイン、ネーミングもマーケティング室が担当
している。なお、当社では容器については環境に優しいことを重視し、再使用ができない
特殊な形状の瓶は使わない方針を採っている。
また、当社では原料米にこだわり、地元松山町の農業特区を活用して遊休農地を借り受
けた自社田での栽培を行っている。2005 年から 1.6 ヘクタールの米作りに挑戦しており、
2006 年は 4.3 ヘクタール程度にまで拡大する。将来的には 100 ヘクタールくらいまで作付
面積を増やしたいと考えており、地元の米を使った酒、自社栽培の環境保全米から作った
酒で差別化を図っていく方針である。
4.販売戦略・プロモーション戦略
当社の売上を地域別にみると県内4割、県外6割という構成となっており、県外へは日
本名門酒会のルートを通じて販売している。
販促経費に金をかけるよりも、品質向上のために金をかけ、味で顧客に還元するという
のが、創業当初からの当社の方針であり、他の酒蔵に比べて広告宣伝費は少ない方である。
新聞広告も業界紙への広告や地元紙に季節限定商品の広告程度であり、ラジオ、テレビで
は商品のCMは流していない。
一方、年間を通じて「日本酒大学」、「いちのくら微生物林間学校」、「酒蔵開放」、「一ノ
蔵を楽しむ会」といった様々なイベントを開催するとともに、絶えず新商品発表の記者会
見を行うことで、常にチャレンジしている企業であることを顧客にアピールし、企業イメ
ージの向上を狙っている。またマスコミの取材を積極的に受け、当社の社名・商品名がマ
スコミに採り上げられる機会を増やすことに努めている。
インターネットを通じた通信販売については製造規模による規制があるため、当社とし
ね
ては行っていない。しかし、低アルコール発泡清酒「すず音」がインターネット上の口コ
ミで評判となったことで売れ行きが大きく伸びたように、インターネットによるマーケテ
ィングは重要であると考えている。当社ホームページの掲示板への書き込みも新商品に対
する消費者の反応を知る上で貴重である。
5.競争力の基盤
技術面では伝統的な清酒の醸造技術に加えて、低アルコール酒醸造に関する技術・ノウ
22
ね
ハウを蓄積していることが当社の強みである。特に「ひめぜん」、「すず音」というヒット
商品を生み出したことに示されているように、低アルコール酒の商品開発力においては他
社の追随を許さないものがある。こうした醸造技術については特許を取得している。
ね
「すず音」はデリケートな商品管理の難しい商品であり、その出荷量、賞味期間につい
ては厳重に管理している。生産が追いつかないほどの人気商品であるが、無理な出荷をせ
ず、品質と味を守ることを最優先し、息の長い商品となるよう大事に育てている。製品開
発力、醸造技術だけでなく、こうした流通面のノウハウも当社の強みとなっている。
6.課題と展望
アルコール消費量全体が落ち込み傾向にあり、清酒の需要も低迷してきている。当社製
品でも伝統的清酒についてはレギュラークラスの商品の売上が伸び悩んでいるが、有機米
で作った純米酒、特別栽培の米で作った純米酒といった高額商品は順調に売上を伸ばして
いる。また、低アルコール酒は生産が注文に追いつかない状況も生まれており、毎年設備
を拡充して需要の増大に対応している。
当社は今後も自社田での米作り等、原料米にこだわり、純米酒に力を入れるとともに、
原料の違いが活きるような酒造りをしていきたいと考えている。2006 年からは冬の間も水
を抜かない冬季湛水田で栽培した米を使った純米酒や低アルコール酒では宮城県産のりん
ご、桃、ブルーベリー、ゆずといった果物を使った日本酒ベースの果実酒の開発の他、既
に取り組んでいる地元特産の長ナス漬など農作物を使った食品加工の分野でも自社の強み
を活かして展開の幅を広げていく予定である。
23
事例2
設
立
従業員
三州製菓(株)
1950 年(創業:1947 年)
資本金
8,600 万円
160 名
所在地
埼玉県春日部市
事業内容
米菓、洋菓子製造
主要製品
菓子専門店向け高級米菓(せんべい、あられ)
、高級洋菓子、健康食品
1.企業の沿革、特徴
当社は創業以来、せんべい、あられといった米菓の製造を行ってきたが、1988 年にそれ
までの量産品の市場から完全に撤退して老舗菓子専門店へのOEM供給と自社ブランド商
品の直接販売による多品種少量生産に路線を転換。1997 年からは大手テーマパークにも米
菓、クッキーのOEM供給を開始している。
現在、当社は①3000 社を超える全国の和洋菓子専門店へのOEM供給、②直営店、FC
店(計 29 店舗)での自社ブランド商品の販売、③大手テーマパークへのOEM供給を行っ
ており、これら3つのジャンルで米菓部門としては日本一のレベルを達成している。
2.事業領域(事業ドメイン)
1988 年に量産品市場から撤退するまでは、当社も売上の大部分を問屋経由でスーパーマ
ーケットやコンビニエンスストアに販売していた。しかし、こうした市場においては次第
に卸・小売の集中・寡占化が進み、取引が不安定となってきた。自社の製品が大手スーパ
ー、コンビエンスストア等に採用されるか否かで売上げは大きく変動する。自社の製品が
採用されて、ヒット商品が出れば、売上は大きく伸び、生産が追いつかないという状態に
なるが、設備・人員を増強し生産能力を大幅に拡大して対応しても、来期以降の売上が保
証される訳ではない。また、量産品の米菓では製品の差別化が困難であり、コスト面では
新潟県を中心とする大手米菓メーカーには対抗できないという状況であった。
こうした中で当社は量産品市場からの撤退を決断し、大手メーカーが手を出せないよう
なニッチな市場を目指した。当社が注目したのは全国の和洋菓子専門店(地域の一番店)
である。これらの和洋菓子専門店は独自の高級和洋菓子を主体に販売しているが、品揃え
の一部として米菓(せんべい、あられ)も扱っている場合が多い。当社はこうした店を対
象に高級な米菓を相手先のブランドで、問屋を通さない形で直接販売を行っている。こう
した和洋菓子専門店向けの高級米菓は製造に手間がかかるうえ、そのアイテム数も多く、
多品種少量生産とならざるを得ないが、当社は、生産設備を独自に改良するとともに、パ
ートタイマーを含む現場の従業員の意識改革と能力強化を図ることで多品種少量生産に対
応した効率的な生産を実現している。
このように当社は量産品の市場で大手メーカーと競争するのではなく、個別のきめ細か
な対応が要求される限定された市場において、品質を重視し、素材にこだわった特徴のあ
24
る商品を多品種少ロットで供給していくという方向を選択しているのである。
3.製品戦略・価格戦略
当社の米菓は高級品であり、米、水、醤油、塩等の原料・素材にこだわり、包装の材料
にも高いものを使うことで、スーパーマーケットやコンビニエンスストアで売られる商品
との差別化を図っている。当然のことながら、全て国産の材料を使って国内で生産してい
る。OEM商品についてはOEM先の地元の素材や特産品を使うことで特色を出すといっ
た工夫もしている。また、大手テーマパークへのOEM供給開始を契機に、製造現場には
HACCPの考え方を取り入れた厳重な衛生管理システムを導入している。
OEM供給する商品は多種多様であり、小ロット生産とならざるを得ない。また、大口
先については包装も独自ものとなるため、10 分、20 分という単位で包装のフィルムを交換
することも多い。こうした多品種少量生産に適した製造機械は一般には売られていないた
め、自社で設計した特注の機械で対応している。OEM先のニーズに応えるために、新商
品の開発に際して、その商品のためのオリジナルな機械を作る場合もあるとのことである。
当社では毎年 30 件程度の新製品を開発している。米菓という商品の性格から最終顧客は
シニア層が中心となるため、シニア層のニーズを意識した商品開発を行っており、消費者
モニター、直営店を通じて得た情報を基に消費者のニーズを把握している。
また、1996 年からは、100 種類の特徴ある米菓を開発することにより、米菓の可能性を
追求し、米菓文化を本格的に創造するという「米匠百珍」の企画をスタートさせており、
夏と冬に2種類ずつ季節限定の商品を発売している。
4.販売戦略・プロモーション戦略
販売方法による売上構成をみると、OEM先への直接販売が売上の 80%を占め、直営店、
FC店を通じての自社ブランド商品の販売が 15%、インターネットによる通信販売が 5%
となっている。
当社はOEM供給が中心ということもあり、一般的な広告宣伝活動はほとんど行ってい
ないが、OEM先に対しては、積極的な提案型営業を実施している。製品企画に際しては、
ターゲットとする客層、製品コンセプト、ネーミング、包装のデザイン、ギフトセットの
企画、販売方法、商品の陳列方法に至るまで一括して当社から提案を行っている。また、
年2回の顧客満足度調査も実施している。
自社ブランド商品の販売促進については、直営店、FC店で年2回の「ありがとうセー
ル」を実施している。また、「オーナー会議」を通じてFC店との意思疎通を図り、売る側
と作る側が一緒になって商品の企画を立てている。
インターネットによる通信販売にも取り組んでいるが、当社製品の主要なターゲットで
あるシニア層はまだインターネットに馴染みが薄いため、本格的な取り組みはこれからで
あると考えている。
25
5.競争力の基盤
当然のことながらライバル企業も存在しているが、当社のように製造機械の設計・製作
から商品の企画・開発、商品の製造、販売・陳列方法の提案まで一連の機能を持ち、一貫
して行える企業はない。また、当社は効率的な多品種少量生産やOEM先の厳しい品質管
理基準への対応といった点でも強い競争力を発揮しているが、その源はパートタイマーを
含む全従業員の能力向上の取り組みと緻密な生産管理を可能にする社内体制、経営姿勢に
あるといえる。主なものを挙げれば以下の通りである。
①従業員への経営情報公開等により当事者意識を高める
全従業員に当社の経営理念、組織図、予算、月次計画等が印刷されたシステム手帳を
配布。社員持ち株会の他、パートタイマーを含む従業員(50 人未満という制限付き)
が購入できる少人数私募債を発行。
②一人三役運動
1人の従業員が主に担当する業務以外に2つの業務をこなせるようにスキルアップす
ることを推奨。これにより、単一の業務に埋没してしまうことを防ぎ、多能工化によ
る作業能率向上を目指す。
③職人制度
「新人」から「天才」まで自己申告による8段階の職位を定め、従業員に向上心と目
的意識を持たせている。
④月間最優秀社員賞
従業員の互選により毎月最も優秀だった社員を選び、奨励金を支給している。
⑤委員会活動
各部門から1名選出された計数十名の委員で「クレームゼロ委員会」、「環境整備委員
会」、「社内IT化委員会」等の委員会が組織され、与えられた予算と権限の範囲内で
解決策を検討し、実行する。
⑥一人一研究活動
パートタイマーを含む全従業員が毎年何か一つのテーマを選んで研究し、成果を発表
する。自主性を重視し、日々の目的意識を高める品質改善運動である。
6.課題と展望
当社は今後も力を分散させることなく、今の市場を深く耕していく方針である。OEM
先についても無理に増やすことはせずに、既存の先との取引を強化していく。
また、消費者にとって一番大きな関心事項である安心、安全に配慮し、食品の安全性を
一層重視していく。異物の混入防止、アレルギー物質の表示や製造日付等を厳格に行うこ
とに力を入れており、2006 年度は製品のトレーサビリティ(履歴管理)情報システムを導
入する予定である。
26
事例3
設
立
従業員
徳武産業(株)
1965 年(創業:1957 年)
資本金
1,000 万円
42 名
所在地
香川県さぬき市
事業内容
室内履き、旅行用スリッパ、ケアシューズ製造販売
主要製品
高齢者・障害者用ケアシューズ、旅行用スリッパ、ルームシューズ
1.企業の沿革、特徴
当社は 1965 年に先代社長によって綿手袋縫製工場として創業。その後、旅行用スリッパ、
ルームシューズの製造に転じ、旅行用スリッパについてはその素材やデザインを工夫し、
トップシェア企業となった。
当社が高齢者障害者用のケアシューズの開発に取組んだのは 1993 年である。そのきっか
けは老人ホームを経営する知人からの「施設内での老人の転倒事故が多い。転倒しにくい
履物を開発して欲しい。
」という依頼を受けたことであった。全国の老人ホーム、病院、各
種介護施設を訪問して使う立場の高齢者、障害者の要望を調査し、さらに理学療法士等の
専門家からも意見を聞くとともに、述べ 1000 人近くの高齢者をモニターに製品を実際に使
ってもらって改良を重ねた。こうして2年間をかけて開発された自社ブランドケアシュー
ズ「あゆみ」の機能とカラフルなデザインは顧客に高く評価され、現在当社の主力商品と
して売上の 9 割を占めるに至っている。
2.事業領域(事業ドメイン)
社会の高齢化が進む中で高齢者用の靴に対する需要も大きく伸びることが予想されてい
るが、当社が目指しているのは健康な高齢者向けの靴ではなく、歩行が不自由になった高
齢者、障害者のための靴の市場である。転倒しにくい靴、より多くの人を歩行に導く靴、
履く人の症状に合わせた、歩きやすく、足への負担が少ない靴、着脱が容易な靴を提供す
ることに特化しているのである。
履く人に合わせた靴作りを追求する当社では「パーツオーダーシステム」という特注が
可能な商品も揃えている。これは顧客の足の状況に合わせてサイズ、足囲、靴底の高さ、
ベルトの種類・長さ・方向等の組み合わせが選択でき、左右異なるサイズの販売、片方の
みの販売も可能という個別の要望にきめ細かく対応できるシステムである。当社は個別の
細かなニーズに対応し、小さな需要を集めることで新たな市場を開拓していくことを目指
している。
3.製品戦略・価格戦略
ケアシューズ「あゆみ」は施設内用、家庭用、外出用の3つのタイプの他、寒冷地仕様
のブーツも揃えており、アイテム数は他社の2倍以上となっている。製品の素材には軽さ
27
と柔軟性を重視して綿、ポリエステルを採用し、サイズ、靴底の高さ等の組み合わせを選
ぶことができる「パーツオーダー」や補装具をつけている人への片足のみの販売にも対応
している。
製造に関しては、中国の上海と無錫に生産拠点(生産委託先)を持っている。当初は靴
底を除くアッパー部分の縫製のみを委託していたが、生産委託先の製造技術が向上したた
め、1999 年からは全工程を中国で一貫生産している。一方、国内の本社工場では新製品の
開発を行うとともに、パーツオーダーへの対応や特殊な製品の生産(中国で生産した製品
のパーツ交換、特殊な注文に合わせた製造)を行っている。
4.販売戦略・プロモーション戦略
旅行用スリッパ、ルームシューズは顧客のブランドによる供給(OEM)であったが、
ケアシューズ「あゆみ」は当初から自社ブランド商品として開発し、販売している。この
ため、販売ルートについては2年をかけてゼロから開拓。マニュアルを作り、約1万の全
国の老人保健施設、介護施設にダイレクトメールを送ってセールスし、最終的には 3000 施
設から注文を得ることができた。老人保健施設等から現在取引している地元の介護ショッ
プから買いたいという要望があった場合は、紹介してもらった介護ショップを通じて納品
する形をとった。
ケアシューズ「あゆみ」に関しては一部問屋経由の取引もあるが基本的には直接販売の
形をとっており、主要な販売先は全国の介護施設、介護ショップ等、約 400 先である。発
注は主にFAX、電子メールで直接当社宛てになされ、商品は指定された送り先(約 1200
先)に物流センターから直接発送されるというテレマーケティングのシステムを採用して
いる。
発送、物流については外部に委託することで負担の軽減と効率化を図っている。高松市
内にある運送会社の配送センター内に設けられた当社の物流センターは本社とオンライン
で結ばれており、商品のピッキングから配送までを運送会社に全面的に委託する形をとっ
ている。専門業者へアウトソーシングすることによって輸送コストを削減するとともに、
本社で午前中に受注した商品は当日中に発送するといった迅速な対応も可能となっている。
また、先に述べたように、左右のサイズ・靴底の高さ等を変えることができるパーツオ
ーダーシステムを採用しており、左右片方だけといった特殊な注文にも対応している。
当社では顧客との心のつながりを大切にしており、製品には従業員の手書きメッセージ
を印刷した「真心のはがき」とアンケートはがきが添えられている。この「真心のはがき」
は顧客にも好評で、受け取った顧客から当社に感謝の手紙が届くことも多いという。回収
されたアンケートはがきは顧客ニーズの把握、製品開発、改良に活用されている。
プロモーション活動としては、業界紙、専門誌に広告を出す他、国際福祉機器展、バリ
アフリー展といった各種の展示会へも出展している。
当社の営業担当者は本社と東京事務所に各1名のみであったが、2003 年からは神戸、名
28
古屋、千葉で各1名、地元の主婦を「エリアスタッフ」として採用し、自宅をベースに各
地域で営業活動を行わせるほか、新製品の市場調査等にも活用している。
5.競争力の基盤
ケアシューズの分野で施設内用、外出用、家庭用の3種類とも扱っているのは当社のみ
である。また、開発から生産、販売までを一貫して行っていることも強みである。
模倣対策として、意匠登録、商標登録、実用新案、特許等を取得しているが、それだけ
では類似した商品が出てくることは防げない。類似商品が出ることは先発企業の宿命とし
て受け入れ、後ろ向きの対策より常に他社の一歩先を行くことを心がけている。
ケアシューズの分野に取り組んだ時から、当社のような中小企業に向いたニッチな市場
であると感じていた。こうしたニッチな分野で最終ユーザーに対して徹底的なモニター調
査を行い、細かなニーズにも対応したことが成功の大きな要因であると考えている。今後
も顧客志向を徹底し、当社にしかできない製品、サービスを追求していくことが競争力の
強化に結びつくと考えている。
6.課題と展望
当社が扱っているケアシューズは高齢者用シューズの中の特殊な部分である。今後もこ
の分野にターゲットを絞り、さらに深掘りしていく方針である。
販売地域に関しては米国市場への進出を目指している。現在、米国にはリハビリ用の靴
はあるが、高齢者用ケアシューズという商品はなく、新たな市場を開拓する可能性がある
と判断。既に米国内の介護施設入居者を対象に製品評価調査を実施しているところである。
29
事例4
設
立
従業員
(株)白鳳堂
1974 年
資本金
5,000 万円
54 名(他パート 70 名)
所在地
広島県安芸郡熊野町
事業内容
各種筆製造販売
主要製品
化粧筆、書道筆、面相筆、和・洋画筆、デザイン筆、工業用筆
1.企業の沿革、特徴
当社は書道筆の産地として知られる広島県安芸郡熊野町で 1974 年に創業。大量生産によ
るコスト引き下げを志向し粗製乱造に流れる業界の風潮に対し、道具としての筆の機能を
重視し、工程を省くことなく、伝統の技術にこだわって品質の高い筆を作りたいとの思い
が当社創業の原点であった。
現在の主力商品となっている化粧筆も創業当初から手がけているものである。当時はま
だ高級な化粧筆はなく、コンパクトの付属品の化粧ブラシという扱いであった。社長は「良
い道具(化粧筆)を使えば女性はもっときれいになれる。
」という信念の下に、化粧時に求
められる機能を追求し、筆の形状、使う毛の選択と組み合わせ等を一から工夫することで、
独自の高級化粧筆を開発してきた。現在の化粧筆のスタンダードとなっている形はほとん
ど当社の社長が考案したものである。
しかし、当時、化粧筆は全て問屋を経由して納入されており、大手化粧品メーカーと直
接取引することはできなかった。そして問屋から伝えられる要望はデザインと単価に関す
ることのみで、化粧筆としての機能は無視されていた。実際に当社の化粧筆を使ってその
違いを評価してくれているメイクアップアーティストとの直接取引には成功したが、その
量はわずかなものであった。
このような状況下で社長がカナダの高級化粧品会社の本社を直接訪問してトップセール
スを行い、同社とのOEM取引(直接取引)を開拓することができ、1995 年から納入が始
まった。これをきっかけに他の海外有名ブランドとの取引も広がり、さらに海外有名ブラ
ンドへ高級化粧筆を納入している企業であるということで、マスコミの取材や口コミを通
じて知名度が高まったことによって、国内大手企業との直接取引や百貨店での自社ブラン
ド製品の販売も可能となった。
こうした努力と並行して、インターネットを活用した直接販売にも早くから取り組んで
きた。2001 年に化粧品に関する口コミ情報サイトである「アットコスメ」と共同で開発し
たオリジナルメイクブラシセットは1週間で用意した 1000 セットを完売する等、インター
ネットの普及に伴ってネット販売も軌道に乗った。
現在、当社の年商は 11 億円、世界の高級化粧筆の市場で 6 割以上のシェアを占めるトッ
プメーカーとしての地位を確立している。また、2005 年 8 月には、
「伝統的毛筆製造技術を
応用した新製品
化粧筆
を開発提案し、国内外に新市場を開拓」したことにより、内閣
30
総理大臣表彰「第1回ものづくり日本大賞」を受賞している。
2.事業領域(事業ドメイン)
現在、化粧筆が売上の 95%を占めているが、当社は筆の総合メーカーであると考えてお
り、書道筆、面相筆、絵筆、工業用の筆等も生産している。いずれの筆についても「確か
な機能を持った道具としての筆を提供する。」
、
「筆の形はしていても、筆の機能を持たない
商品は作らない。」ということが基本方針であり。低価格を訴求することなく、製品(筆)
の機能を重視し、高級品に特化している。
3.製品戦略
当社の筆は昔からの伝統的技術にこだわって、毛先を切り揃えるのではなく、丹念に揃
えて毛先を活かす方法で作られている。また、
「さらえ取り」という書筆の製造に使われる
伝統的技法を応用し、質の悪い毛、途中で切れてしまった毛を1本1本取り除いている。
当社の筆を生み出すのは職人の手づくりの技だけではない。機械を使わない手作業が基
本であるが、工程の工夫によって量産と品質の安定を実現している。すなわち、製造工程
を細分化し、作業を単純化させることで、各工程にプロを育てることで仕事が均一化され、
安定した品質の製品を作ることができる。また、それぞれの工程で用いる機械や道具も独
自に考案し、効率化を図っている。
このような生産体制が出来上がっているため、高級筆について高い品質を維持しつつ、
10 本、20 本という小口の注文から何万本という受注にも対応でき、海外の有名ブランドへ
OEM供給することが可能となっているのである。
当社は 1995 年から中国での生産を行ったが、製品の品質が安定しないため、1999 年に撤
退。現在では全ての工程を本社工場で行うことで高い品質を維持している。また、出荷さ
れる自社ブランド製品の全てについて社長が検品を行うことで品質に万全を期している。
4.販売戦略・プロモーション戦略
現在、化粧筆についてはOEM先への供給が全体の 70%、自社ブランドでの販売が 30%
(百貨店販売 20%、ネット通販 10%)という構成となっている。自社ブランドによる販売
の方が利益率は高いが、OEMも重要である。すなわち、多くのOEM先を持つことで、
リスクの分散が図られる。国内・海外のOEM先の販売力を活用することで工場の稼働率
が高まり、生産量も安定し、製造のノウハウが蓄積される。OEMは受注生産であり、見
込生産のリスク、在庫負担が軽減されるという効果もある。また、発展段階にある高級化
粧筆の市場で中小企業が独力で自社ブランドを育てていくのは大変であるが、有力なブラ
ンドに商品を供給することで高級化粧筆の市場が成長・拡大すれば、自ずと自社ブランド
商品の売上も伸びて行くと考えているのである。
現在、「白鳳堂」、「HAKUHODO」、「Misako Beverly Hills」等の自社ブランドを持
31
っているが、自社ブランド商品については代理店等を通じての販売は行っておらず、当社
の社員による販売が基本である(東京と広島に各1ヵ所ある百貨店の売り場にも当社の社
員が常駐している)。ネット販売についても自社のサイト上での販売のみであり、インター
ネット通販業者のサイトを通じての販売は行っていない。代理店等に販売を委託すると、
どうしても売上を増やすことに血道を上げることになって、顧客の満足を得られず、ブラ
ンドとして育っていかない。実際に当社の商品を手にとり、その機能を体験してもらって
販売するという地道なやり方を通じてブランドを大切に育てていく方針である。ただし、
委託販売等によって販売チャネルを広げていくことの重要性も認識しており、今後はブラ
ンドの種類を増やし、ブランドを使い分けていくことも検討している。
当社は基本的にはマスメディアを通じての広告宣伝は行っていないが、新聞、雑誌、テ
レビ等の取材に積極的に応じ、番組、記事で採り上げられることで、通常の広告宣伝以上
のプロモーション効果があると考えている。
当社の製品は筆という道具であるので、顧客に実際に触り、使ってみて選んでもらうこ
とが大事であると考えており、百貨店での催事には力を入れている。また、2004 年からは
筆という道具を広めるため、伝統工芸にかかわる様々な道具や道具を生み出した文化を紹
介する季刊誌「ふでばこ」の発行も行っている。
インターネットの活用に関しては、先にも述べたように、他社に先駆けて自社のホーム
ページを開設し、自社ブランド製品の直接販売を行ってきた。当初はまだホームページの
検索等によってインターネットを使いこなす人は少なかったこともあり、反応もあまり大
きくなく、当社としても経験・ノウハウの蓄積、学習の期間であったが、インターネット
が普及し、口コミによる個人の情報が蓄積、共有され始めた 2000 年頃から効果がはっきり
と現れてきた。2001 年には口コミ情報サイト「アットコスメ」を運営する株式会社アイス
タイルと連携して消費者の声を直接聞きながら商品を開発。オリジナルメイクブラシセッ
トは合計1万セット以上を売り上げる大ヒットとなり、インターネットの口コミパワーの
威力を改めて認識したところである。
5.競争力の基盤
技術、品質、生産能力、ブランドの面からみて、当社のライバルとなるような企業は存
在していない。製品を実際に使ってみれば品質、機能の差がわかる。また、他社の場合、
高級な化粧筆を 10〜20 本だけ作ることはできても、大量の注文に対応できる生産能力が自
社内にはなく、量を作ろうとすれば、外注や海外生産に頼るしかないが、そうしたやり方
は製品の品質を維持できない。OEM先は商品の調達先を他社に切り替えても、品質が安
定しないため、結局は当社に戻って来る。
筆の製造システムについては特許を取得しているが、他のメーカーが同じやり方を取り
入れていてもあえて訴えることはしていない。
32
6.課題と展望
受注の増大に対応して製造能力の増強をすべく、現在、本社工場の増設を行っている。
販売先に関しては、現在は北米地域への販売が多くなっているが、今後は国内市場、ヨー
ロッパ市場についても開拓を進め、販売地域の分散を図っていく。将来大きな市場となる
ことが予想される中国への販売も今後の課題である。また、リスク分散という観点から新
規OEM先の開拓にも力を入れていく方針である。
製品に関しては、伝統工芸に使われる面相筆、工業用の筆等、化粧筆以外の筆にも力を
入れ、失われつつある筆造りの伝統技術を復活させていく方針である。こうした筆の市場
は小さく、採算的にも厳しいと思われるが、伝統的な筆の技術を極めることによって、他
の筆作りにも応用できる技術・ノウハウが蓄積され、新しい市場の開拓にも結びつくと考
えている。
例えば、絵手紙がブームとなっているが、使いやすく、だれでもうまく描ける筆を提供
することで、こうした分野でも市場を開拓していきたい。また、工業用の筆については、
既に自動車部品の接着や塗装に使われる筆を作って納めている実績があるが、自動車部品、
電子部品等の製造工程の中で筆を使う部分、筆の方が優れている部分を見つけ、機能性に
優れた筆を提供することで、さらに用途を掘り起こしていきたいと考えている。
33
事例5
設
立
従業員
(株)フタバ化学
1946 年
資本金
5,400 万円
80 名
所在地
名古屋市中村区
事業内容
石鹸、洗剤製造販売
主要製品
ボディソープ、シャンプー、リンス
1.企業の沿革、特徴
当社は 1946 年に先代社長により石鹸メーカーとして創業。その後、電気洗濯機の普及に
伴って主力商品は固形石鹸から粉石鹸へと変わった。1960 年代に入ると洗剤の大きな容器
を家庭に置いてもらい使った分だけ代金を集金するという、独自の配置販売方式による直
販・フランチャイズシステムを開発して、最盛期には 2,000 人近い販売員を擁して全国に
販売を行った。また、折から急成長したスーパーマーケット等の大型量販店にも液体・台
所用洗剤を提供し、中部地区最大級の洗剤工場を建設するまでになった。
しかし、パートタイマー等で働きに出る家庭の主婦が増えて主婦の在宅率が次第に低下
していき、配置販売方式による訪問販売は難しくなった。スーパーマーケット等への販売
についても大手メーカーとの競争が激化し、販売不振に陥った当社は 1984 年に工場売却を
含む大幅な経営の建て直しを実施。バブル崩壊前の時期であったため、工場も高い価格で
売ることができ、売却代金によって借入金も返済することができた。しかし、もはや大手
メーカーと同じ市場で競争して勝ち目はない。当社は新しい市場を開拓することを迫られ
たのである。
既にボディソープという独自の商品を持ってはいたが、ボディソープはまだ一般に認め
られておらず、スーパーマーケット等では扱ってもらえなかった。販路開拓の試行錯誤を
繰り返す中で、当社はリゾートホテル、観光旅館に着目した。ボディソープをホテル、旅
館の浴場用に売り込むだけでなく、使って気に入った宿泊客に対してホテル、旅館の売店
でも当社の商品を販売するという新しい販売システムを開発したのである。当時、旅館の
大浴場に置かれていたのはまだ石鹸であった。前に誰が使ったのかわからない石鹸に比べ、
ポンプ式容器から必要量だけを出して使うボディソープは清潔で機能的であり、若い人た
ちの間に広まっていた清潔志向にもマッチした。当時、ボディソープを扱っていたのは当
社のみであったから、天然原料にこだわりアロエエキスを配合したポンプ式ボディソープ
「リーブルアロエ」は全国の全国 3000 軒以上のリゾートホテル、観光旅館に採用される大
ヒット商品となり、ピーク時にはそのシェアは 80%にも達した。その後、市場の拡大やラ
イバル企業の参入により市場シェアは低下したものの、当社は現在でもリゾートホテル、
観光旅館向けでは約 30%のシェアを持つニッチトップ企業である。
34
2.事業領域(事業ドメイン)
当社はホテル、観光旅館を対象にボディソープ、シャンプー、リンス等の身体洗浄剤の
販売を行っている。一般市場における大手メーカーとの競合、低価格競争を避けて、ホテ
ル、観光旅館向けという市場を開拓したのであるが、市場の可能性に着目した大手メーカ
ー等が次々と参入してきた。そこで当社は旅館、ホテルに対するプライベートブランド商
品の提案や取扱いが難しく大量生産が困難な天然素材を使った製品の開発といった、商品
性、販売方法、きめ細かな対応の面で大手メーカーとの差別化を図っていくことで、新た
なニッチ市場の開拓を目指している。
3.製品戦略・価格戦略
当社は創業以来、研究開発に力を入れ、新製品開発も積極的に行っている。また、製品
原料には天然素材を使うことに徹しており、主原料にはヤシ油を使い、石油系の界面活性
剤は一切使っていない。配合されるエキス等の素材もアロエ、炭、唐辛子、にがりといっ
た天然のものにこだわり、米ぬか、茶の実、湯葉豆乳(湯葉を取って表面に膜が張らなく
なった豆乳)等の未利用資源を活用した商品の開発も積極的に行っている。
1995 年にはボディソープに天然塩を加えてゲル状にした、つぶ塩マッサージソープ「ア
ロエシオ」を発売し、現在では、ボディソープに並ぶ主力商品となっている。「アロエシオ」
シリーズにはノーマルタイプの他、
「米ぬかアロエシオ」、「茶の実アロエシオ」、「炭アロエ
シオ」、「にがりアロエシオ」、「唐辛子アロエシオ」、「湯葉豆乳アロエシオ」等がある。
最近では洗浄剤が泡の状態で出てくるため、無駄がなく、環境にも優しい製品である泡
ボディフォームや、植物エキス配合のピーリングジェル(皮膚表面の古い角質を落とす化
粧品)も開発し、発売している。
旅館、ホテルへのオリジナルブランド商品の提供にも取り組んでいる。これは、旅館、
ホテル毎にオリジナルのラベル、ブランドのボディソープ、シャンプー、リンス等を提供
するもので、パッケージだけでなく、りんごの匂いや梅の匂いといったその旅館、ホテル
独自の香りの製品も開発、提供している。こうしたオリジナル商品の容器・ラベルの印刷
については外注せずに、機械を購入して自社内で行うことできめ細かい対応と効率化に努
めている。
4.販売戦略・プロモーション戦略
当社の商品は、一部、旅行代理店や地元の問屋経由の販売もあるが、ホテル、旅館への
直接販売が基本であり、一般市場では販売していない。やはり、ただ棚に並べておくだけ
では当社の製品の特徴を消費者に理解してもらえない。ドラッグストア、スーパーマーケ
ット等で販売しても、良い商品を見極めて消費者に説明して売っていくという姿勢、能力
は期待できず、ただ安売り競争に巻き込まれてしまうだけであると考えている。低価格を
訴求するのではなく、実際に製品を使用し、違いを感じてもらう、ホテル、旅館の大浴場
35
で使ってみて、気に入れば売店で購入してもらうという「体感マーケティング」を重視し
ており、新聞、テレビ等の媒体を通しての広告宣伝はほとんど行っていない。
本社ビルの7、8階は製品のモニタリングと顧客ニーズ把握のための入浴施設となって
いる。7階は檜風呂の浴室と和室、8階にはジャグジー風呂とサロンが作られ、申し込め
ば誰でも無料で入浴し休憩できる。浴室には当社の製品が備えてあり、利用後に使い心地
についてのアンケートに答えてもらうことで製品開発に役立てている。この入浴施設は消
費者のニーズ、意見を直接に把握し、分析するための研究施設でもあり、新製品のテスト、
モニタリングもここで行われている。
なお、旅館等で当社の製品を購入したが使い切ってしまい、もっと買いたいという顧客
には関係会社である(株)リーブルを通じての通信販売も行っている。
5.競争力の基盤
ポンプ部分を抜かずに中身の詰め替えや補充が可能な容器の「オーバルキャップ」や安
定した三角錐型で、開封し一部使用後も密封状態で保管できる詰め替え用軟包装容器「座
パック」等、独自に考案した容器については特許を取っているが、ボディソープ等の製品
の製法については特許を取得していない。これは「洗剤のような日用の消耗品で特許を取
ると自社だけの製品となってしまい、広く普及せずいいものができない。消耗品は普及さ
せなければいけない。」という先代社長からの方針によるものである。
新たに開発した「つぶ塩マッサージソープ」についても製法の特許は申請していないが、
製法が難しいため簡単には真似ができない。特に米ぬか、湯葉豆乳といった天然素材は品
質が変化しやすく、取り扱いが難しい。これらを使った製品の製造には独自の技術・ノウ
ハウが必要であり、大企業の大量生産には不向きである。創業以来、技術・ノウハウの蓄
積に務めてきた当社のような中小企業に適した製品といえる。
旅館、ホテルにPB商品を提案していくビジネスも、小ロットで個別の対応が求められ、
大企業が参入しにくい分野である。当社はこうした分野に展開することで競争力を発揮し
ていくことを狙っている。
6.課題と展望
当社は今後も天然素材を使った商品により他社との差別化を図っていく方針であり、新
製品の開発に一層力を入れ、マーケットシェアの回復を目指したいと考えている。
販売に関しても一般市場では販売せず、旅館、ホテルへの直接販売を中心に行っていく
という従来の方針に変化はないが、営業担当者(現在は男性のみ)に女性を起用したり、
オリジナル製品の開発に際して、研究開発部門の人間、デザイナーも営業担当者に同行す
る等、女性の感性を活かした製品開発や顧客への提案への取り組みを強化していくことも
必要であると考えている。
36
事例6
設
立
従業員
万協製薬(株)
1960 年
資本金
4,000 万円
50 名
所在地
三重県多気郡多気町
事業内容
医薬品製造受託
主要製品
外用薬(クリーム剤、軟膏、液剤)
1.企業の沿革、特徴
当社は先代社長により 1960 年に神戸市で外用薬メーカーとして創業。創業以来、当社は
専ら製造を行い、販売については全国の開局薬剤師によって組織された「日本薬局協励会」
の事業部門である日邦薬品工業に全面的に任せる形をとってきた。
当社は 1995 年の阪神大震災により工場全壊という大きな打撃を受けたが、翌年には本社
工場を三重県に移転して操業を再開している。この移転を機に従来からの自社ブランド製
品を製造する一方で、外用薬、スキンケア商品の受託製造を積極的に行うようになり、現
在では受託製造部門の売上が全体の7割を占めるに至っている。これに伴って当社の業績
も大きく伸びており、三重県に移転した翌期の 1998 年 3 月期と 2004 年 3 月期を比較して
みても、6 年間で売上高が4倍以上という高成長を実現している。
2.事業領域(事業ドメイン)
当社は製品分野としてはスキンケア(クリーム剤、軟膏、液剤)の分野に特化している
が、これは製薬市場全体の中では1割にも満たない小さな市場である。また、クリーム剤
は水と油を混ぜて乳化させるという複雑な工程を経て作られるが、その品質を安定させる
のは難しく、専門的な技術・ノウハウが要求される。当社は、いわば手間のかかる割に儲
からない、他社はあまりやりたがらない分野をあえて選択し、特化するという戦略を立て
ているのである。
事業形態については自社製品の生産よりも、受託製造、OEM生産を積極的に行ってい
る。阪神大震災で工場が壊滅した時に他社に製造を委託しようとしたが、引き受けてくれ
る企業が見つからなかったという自社の体験から、地震といった非常事態でなくても、何
らかの要因で生産を継続できない企業、生産を他に委託したい企業はあるのではないか、
そうした企業から生産を受託するというサービスがビジネスになると考えたのである。
絶えず変化する市場の多様なニーズに対応しつつ、集中と選択を求められている企業に
とって、当社のように特定のニッチな分野に専業化してアウトソーシングの受け皿となっ
てくれるメーカーの存在は魅力的である。一方、当社は他社の加工を引き受けることで生
産量が確保され、高度な設備投資、機械化が可能となる。更に、受託製造に特化し、開発、
製造に経営資源を集中することで当社の競争力は一層高まるのである。
また、当社の経験、ノウハウを活かせる新たな分野を開拓することにも取り組んでおり、
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化粧品の分野にも進出している。
3.製品戦略・価格戦略
当社は自社で開発する製品については、既に市販されている先発品を改良して安価に提
供することに徹しており、全く世の中にない新しい製品を開発することはしていない。新
しい医薬品を開発し、国の承認を得るまでには治験、データ収集等に大きな投資が必要で
あり、当社のような中小企業の生産・販売量では採算を確保するのは困難である。それよ
りも大手企業が開発し、承認された医薬品を製造方法、質感等の面で改良するという開発
の方が市場のニーズが明確であり、リスクも少ないと判断しているのである。
また、製品開発に際しては、開発中の製品を顧客に開示して意見を求めることが重要で
あると考えている。そして採用予定の顧客が2社以上現れない製品については開発を中止
している。当社ではこの開発方式を旅行代理店が行う募集型企画旅行では参加人員が少な
ければその催行が中止されることになぞらえて「ツアー方式」と呼んでいる。製品化の成
功率・成熟度を上げるためには顧客の要求を開発に予め盛り込むことが重要であり、かつ
効果的であると考えているのである。
受注生産品にはそれぞれに納期が設定されている。多くの顧客から多様な製品の製造を
受注し、納期を守っていくには、生産における最適なスケジューリングが必須条件となる。
当社では製造ラインごとに 6 ヵ月先の細かな工程まで入れた製造スケジュールが立てられ、
これに基づいて1週間単位の人員配置を含めた細密スケジュールが作られている。このス
ケジュールは各部門の責任者が参加して作成し、全ての従業員がいつでも閲覧できるよう
に掲示されている。従業員全員がものづくりに参加し、情報を共有しているのである。当
社はこのシステムを活用することで、顧客からの急な仕様・納期の変更要求にもフレキシ
ブルに対応することが可能となり、顧客の支持と信頼を勝ち得ている。
製造機械は全て当社の意見に基づいて独自の仕様で作られたものである。また、当社の
生産品目はクリーム剤、軟膏、液剤の数種類に集約されており、製造設備にはどの薬剤の
生産にも対応できるように互換性を持たせている。そして、常時1〜2ヵ所の生産ライン
を予備として空けておくことで、突発的な事故による納期遅れを防ぎ、顧客からの急な発
注、増産要請にも応じられる態勢を整えている。
4.販売戦略・プロモーション戦略
受託製造に力を入れているが、自社ブランド製品もあえて否定していないというのが当
社のスタンスであり、自社ブランド製品については現在も日邦薬品工業1社を通じて販売
している。
受託製造部門については現在 40 社と取引しているが、受注目的の顧客訪問専門の営業担
当社員は置いていない。顧客が満足するような製品、サービスを提供することが重要であ
り、そうしたことを通じて顧客から信頼され、口コミで「あそこの会社は信頼できる」と
38
伝わることが受注拡大に結びつく。また、製造を受託することで、営業・販売部門だけで
なく、開発、品質管理等の面においても顧客企業と接点を持ち、深く付き合うことが可能
になる。
また、工場そのものが商品であるという考えに立ち、年1回、顧客による工場の査察、
評価も実施している。
5.競争力の基盤
当社のコアコンピタンスは高分子基材を使ったゲル乳化技術による高品位クリームの製
造にある。この技術・ノウハウの蓄積を活かしてスキンケア製品(クリーム剤)の開発を
行い、スキンケア製品に特化した製造設備を備えることで顧客企業からの厳しい要求に応
えることができる。
さらに、当社は阪神大震災で全壊した工場を短期間のうちに他県で再建したという経
験・ノウハウ、行動力、実行力、ダイナミズムを持つ、変革に前向きな企業である。そう
した経験・ノウハウを踏まえて、多様な品目、多様な企業の仕様に対応し、短期間でスケ
ジューリングして開発・製造を実行できるような処理能力こそが当社の最大の強みである
と考えている。
2005 年 4 月から改正薬事法が施行され、医薬品製造の全工程を委託することができるよ
うになったことにより、医薬品の製造受託が一層進むと思われる。新規参入も増えており、
競争の激化が見込まれるが、上記のような強みを活かすことで今後も競争力を発揮してい
けると考えている。
6.課題と展望
当社はこれからもスキンケア製品専門の受託メーカーとして「迅速」
「確実」「安価」「快
適」の4つの条件にこだわり、当社にしかできないような機能性の高い製品を提供してい
く方針である。
新たに進出した化粧品分野もOEMが中心であるが、医薬品の製造環境・品質管理の下
で、機能性の高い化粧品を開発し提案していく。また、長期的にはスキンケア、化粧品と
いう現在のカテゴリーを守りつつ、アンチエイジングといった関連する部門でもオリジナ
リティーの高いサービスを提供することを目指しており、サプリメントの製造や安価で実
効性の高いスポーツクラブの運営といった分野も視野に入れて行きたい。
39
事例7
設
立
従業員
(株)仁張工作所
1974 年(創業:1964 年)
資本金
1,000 万円
75 名
所在地
大阪府東大阪市
事業内容
箱物板金加工、精密板金加工
主要製品
スチール製ロッカー・キャビネット・ケース・各種保管庫
1.企業の沿革、特徴
1964 年に金庫メーカーの設計課長であった先代社長(現会長)が独立して個人創業し、
1974 年に法人を設立。板金加工の技術を活かし、主として業務用スチール家具・什器や産
業用機械装置の板金部分の受注生産を行ってきた。顧客の多様なニーズ、仕様に対応した
特注製品の製造を得意としており、郵便局の仕分棚、警察署の拳銃保管庫、消防署の防火
衣ロッカーなどの特色ある製品を数多く手がけている。
近年は自社製品の貴重品ロッカー、スポーツロッカー、スチール家具等を開発し、イン
ターネットを通じて販売することに取り組み、売上全体の 10%近くを占めるに至っている。
2.事業領域(事業ドメイン)
当社はあくまでも板金加工主体に事業を行っていく方針であり、全く新しい分野に手を
広げることは考えていない。しかし、板金加工の受注に関しては、大手企業の生産拠点の
海外展開等に伴い、総体としての発注量が減少傾向にあり、受注生産以外の新たな市場を
開拓していく必要を感じているところである。このため、インターネット等を活用し、自
社製品の販売、オーダーメードの板金加工、試作等の注文を幅広く集め、板金加工の技術・
ノウハウの蓄積を活かせるニッチの市場を開拓していく方針である。
3.製品戦略・価格戦略
製品開発に際しては、郵便仕分棚であれば郵便物が入口に引っかからないような加工方
法を選択する、船の貴重品ロッカーなら揺れる船内でも中に入れたものが飛び出さないよ
う工夫する等、常に使う側の立場に立ち、使いやすい製品を開発することを目指している。
自社製品は顧客からの特注で開発した製品のうちから一般にもニーズがあると思われる
ものを選び、アレンジしてインターネットの自社ホームページ上で紹介し、販売している。
直接販売であるため、他の大手メーカーの製品に比べて安い価格で提供できる(下請受注
に比べても採算的に悪くはない)。また、製品のサイズ、使用する素材、色などについては、
ニーズに合わせて選択できるセミ・オーダーメードの対応が可能となっている。こうした
自社製品の中でも特に貴重品ロッカーに力を入れており、2005 年 5 月から独立したブラン
ド「エヌ・フォルム」として売り出している。
インターネットを通じての受注は1件1〜2台という小ロットが多くなるため、効率良
40
く生産できるよう生産技術上の工夫を重ねている。先に述べたように塗装の色も自由に選
べるが、推奨する色を何色か挙げておくとその中から選んでくれることが多く、効率的で
あるという。顧客の個別ニーズへの対応と作り手のメリットの兼ね合いを図っていく工夫
も重要である。
新製品開発に際しては、できるだけ負担を小さくし、得意な板金加工から発展したもの、
最先端ではなくある程度普及した部分、儲かる部分を狙っていく方針を採っている。画期
的な新製品を開発しても販売に結びつかず、新製品開発に取り組んだという自己満足だけ
で終わるということにならないように気をつけている。
製品のデザイン面については、まだ弱いところもあり、これから一層工夫していかなけ
ればならないと考えている。
4.販売戦略・プロモーション戦略
自社製品の販売は全てインターネット上の自社のホームページを通じて行っており、広
告宣伝もインターネットが中心である。ホームページは専門業者に依頼して作成しており、
2005 年 5 月に5回目の改訂を行ったところである。他社のように、会社案内程度の内容で
終わることなく、箱物板金が得意である、バリエーションに対応できる、設計から製品ま
で一貫生産を行っているといった当社の特徴をアピールすることに意を用いている。
自社製品の販売、受注に関しても、ホームページ上でこれが得意というものを打ち出し、
何が売りたいのかをはっきりさせることが重要と考えており、写真を多く載せ、具体的な
イメージをつかみやすくする工夫をしている。また、「製品へのこだわり」や問い合わせか
ら納品までの流れを詳しく説明するとともに、製品の図面や標準価格についても掲載して
おり、顧客からは製品の仕様、サイズや値段の目安がわかり、注文しやすいと好評である。
製品図面を公表することによって模倣されるというリスクもあるが、顧客が求めている情
報を発信することのメリットの方が大きいと考えている。自社ホームページを充実したこ
とで、掲載している自社製品のみならず、企業からのオーダーメード加工、試作の受注に
も結びついているという。
また、ホームページの作成に当たっては、検索にヒットしやすいようなキーワードを多
く挿入したり、リンク先を増やすことでホームページのランクを上げ、検索されやすくす
る等の工夫を凝らしている。
ホームページにアクセスしてくる顧客とのコミュニケーション、フォローも重要である。
毎朝、必ず前日分の問い合わせメールをチェックし、その日のうちに見積りのFAX送付、
電話連絡等を励行している。新規の顧客についてはこまめにコンタクトすることで販売し
ても問題ない先かどうかという信用面の確認もできる。
貴重品ロッカーについてはインターネットを通じての引き合いがあったうちの3分の1
程度は成約に結びついており、ダイレクトメール、マッチングフェア、資材商談会といっ
た方法よりも確実であるという。なお、インターネットを通じて販売した顧客に対しては、
41
アンケート用紙を郵送して顧客満足度調査も実施している。
従来からの受注部門に関しては板金加工の専門企業として蓄積されたノウハウに基づい
た提案を積極的に行っていくことが重要であると考えている。また、
「工場は営業の窓口で
ある。」という考えの下に工場内の清掃、整理整頓にも力を入れている。
5.競争力の基盤
当社の強みは、箱物を得意とする薄板精密板金加工の専門メーカーとして「多品種変量
生産」により多様なニーズに対応できること、および設計から切断・プレス、組立、塗装、
仕上までの全工程を一貫して行える体制を持っていることである。
自社製品については、類似した製品を作っているライバル企業は多いと思うが、当社の
生産能力からいって、それほど大量に受注する必要はない。直販で割安であること、一貫
生産しているため設計段階からの対応も可能でサイズや色についても自由に選べるといっ
た形で個別のニーズに応え、幅広く需要を掘り起こして、インターネットを見ている人の
ごく一部から受注することができれば十分であると考えている。
6.課題と展望
今後の課題としては、やはり競争力のあるオリジナル商品を開発したいと考えており、
経営革新計画の承認を得た電気式ロッカーの開発にも積極的に取り組んでいるところであ
る。
42
事例8
設
立
従業員
オネストン(株)
1971 年
資本金
2,000 万円
60 名
所在地
名古屋市天白区
事業内容
金型部品、機械部品製造販売
主要製品
プレス金型部品
1.企業の沿革、特徴
工業用ゴムメーカーに勤務し、プレス金型に使われるウレタンの営業を担当する中で金
型部品の将来性に着目していた現社長が 1971 年に金型部品商社を創業。創業当初、仕入先
はウレタンメーカーのみで、期待していた金属部品の取扱いができないという状況が続く
中で、標準部品を二次加工して使う取引先が多いことに気づいた社長は、サービスの一環
として金型部品の二次加工も請け負うことで差別化を図ることを考えた。そして、単純な
加工については自社で対応すべく、事務所の一角に研磨機を設置した。その後、各種複合
旋盤やマシニングセンターを備えた製販一体の体制を整備し、敬遠されがちな小口・短納
期の特注部品の注文にも積極的かつ迅速に対応することで着実に業容を拡大してきた。近
年は、多品種少量生産、リードタイムの短縮、コスト削減、品質向上が一層求められる中
で、「一個づくり」と呼ばれる独自の生産システムによって新たな需要を開拓し、業績を伸
ばしている。
2004 年、米国ケンタッキー州に現地法人を設立して進出企業への金型部品の販売開始。
2005 年には岡崎に新工場を建設し、活発な国内需要と海外からの受注に対応して生産体制
を強化するとともに、新鋭機の導入による高精度化を図っている。
2.事業領域(事業ドメイン)
販売先は 80%以上が自動車関連企業であり、金型の中でもプレス金型の部品に特化して
いる。プレス金型は基本的に単品で作られるもので、部品も共通のものはないため、金型
部品は文字通り1個、2個という単位での受注が中心となる。自動車部品メーカーの金型
製造部門や金型保全部門、あるいは金型専業メーカーをターゲットとし、金型部品、機械
部品の小口注文に迅速に対応して提供するのが当社のビジネスである。
量産部品の方が生産効率はいいが、メーカー同士の競争が激しく、低価格競争に巻き込
まれやすい。それに対し、当社の選んだ金型部品の「一個づくり」の分野はニッチでライ
バル企業が参入しにくい市場である。
当社の場合、1回あたり平均受注数量は 1.4 個であり、1ヵ月の売上伝票は 9,000 枚に
も達する。効率が悪く敬遠されがちな小口、短納期の発注に仕方なく対応するのではなく、
1 個数百円の部品まで積極的に受注し、1個、2個作ることを得意技としていくことで他社
との差別化を図っているのである。
43
3.製品戦略・価格戦略
リードタイムの短縮、コスト削減、品質向上という顧客のニーズに応えていくには、い
かに速く、効率よく作ることができるかが問われる。
「スピードこそ会社の命」なのである。
製造設備には力を入れているが、当社オリジナルの機械、特注の機械といったものは使
っていない。機械を如何にうまく使うかを重視し、この機械のスペシャリストというので
はなく、多能工を育成し、様々な機械を皆が使いこなせることを目指している。
工場内の機械・装置は作業者を中心に配置され、素材の手配から切削加工、熱処理、研
磨、仕上げ、検品といった一連の作業を同一チームで行う「自己完結型」のセル生産方式
を取り入れた「一個づくり」によって、短納期、コスト削減、品質の向上を図っている。
また、協力工場とも連携することで内容、納期にかかわらず、原則として「注文は断らな
い」体制を整えている。
4.販売戦略・プロモーション戦略
当社の取引先は 900 社以上と特定先に偏ることなく、小口分散が図られている。この 900
先を超える取引先を営業担当者が訪問して、フェイスツーフェイスで対応し、図面の内容
によっては当社から加工方法の提案も行っている。営業に関しては格別の工夫というもの
はなく、こまめに回るしかないと考えている。当社は営業職を男性に限定せず、1993 年度
からは女性営業職も採用している。現在、23 名営業職員のうち、4 名が女性であるが、女
性営業マンはきめ細かい対応で顧客の評判も良好である。
当社では午前中に図面を受け取れば、早ければ翌日、遅くとも2日後には納品できる体
制を整えているが、先にも述べたように当社の受注は小口で件数が多くなっており、1ヵ
月の受注伝票は 9000 枚にも達する。リードタイムを短くするためには営業マンが図面を読
むことができ、細かい注文を迅速に処理することが必要となるため、当社の営業マンは全
員が図面を読めるようにしている。
米国には当社の取引先企業も進出しており、金型部品の需要が見込まれたことから、2004
年から当社も北米にも進出している。現地では製造・加工は行っておらず、受注活動のみ
である。現在、米国現地法人が受注したものについては日本国内で製造して納入している
が、将来的には米国での現地生産も視野に入れている。
当社の営業の形態から広告宣伝費はあまりかけていない。展示会等への出展も創業後間
もない頃はかなり行っていたが、現在では出展することはない。なお、社長が愛知中小企
業家同友会の会長を務めていることから、マスコミの取材を受ける機会も多く、当社のP
Rにもなっている。
5.競争力の基盤
当然ながら、ライバル企業も存在している。また、顧客企業が自社内で内製した方がス
44
ピードとコスト面でメリットがあれば当社は受注できない。その意味では取引先の社内金
型保全部門等もライバルとなる。要はコストと納期の問題であり、如何に速く効率よく作
ることができるかが問われているのである。
当社は特殊な加工技術を持っているわけではないが、他社より迅速に対応し、納品する
ことで競争力を発揮している。まさしく「スピードこそ会社の命」であり、工場だけでな
く、営業も含め、全ての部門がスピーディに行動することによって発注から納品までのリ
ードタイムを短縮することが重要なのである。
6.課題と展望
当社は今後もプレス金型の部品に特化し、この分野をさらに深く耕していく方針である。
ただし、自動車の軽量化が進む中で、薄くても強度のある高張力鋼板のような新しい素材
の採用が進んでおり、加工するプレス金型の精度もより高いものが要求されてきている。
当社としても岡崎工場に新鋭機を導入して、こうした高精度加工の要求に積極的に対応し
ていく方針である。
45
事例9
設
立
従業員
松尾電器産業(株)
1967 年(創業:1960 年)
資本金
6,000 万円
40 名
所在地
東京都品川区
事業内容
サーモスタット製造
主要製品
コントロール型サーモスタット
1.企業の沿革、特徴
当社は創業以来、サーモスタット等の温度制御デバイスの製造を行ってきた。当初は大
手家電メーカーの下請としてサーモスタットを製造したこともあったが、1980 年代後半以
降、家電メーカーの海外展開が進み、単価引下げ要請が一層厳しくなる中で、当社は小型、
高精度、長寿命、低価格のコントロール型サーモスタット(一定の温度を保持するための
特殊なサーモスタット)を自社開発して脱下請を図った。当社はコントロール型サーモス
タットというニッチな市場に特化し、オンリーワン企業として国内外に1万社以上の顧客
を開拓。ここ数年は毎年前期比 20%程度の売上の伸びを記録している。
2.事業領域(事業ドメイン)
一般的なサーモスタットは温度が一定以上に上昇したときに電流をカットするというプ
ロテクター型のサーモスタットである。その構造はシンプルであり、低価格で作ることが
できる。これに対し、当社の主力製品であるコントロール型サーモスタットは一定の温度
を保つためのもので、小さい温度差に反応し何十万回もの動作に耐える構造と精度が求め
られる。現在、世界中で生産されているサーモスタットの 95%近くはプロテクタータイプ
のものであり、当社の主力製品であるコントロール型サーモスタットの市場はサーモスタ
ット全体の数パーセントの規模に過ぎない。
当社はこうしたコントロール型サーモスタットという特殊な市場に特化し、高級品から
低価格品までのフルラインを揃え、文字通り1個から数万個というロットの注文にまで対
応できる生産・販売体制を構築することによって世界の市場において5%程度のシェアを
持つにいたっている。
3.製品戦略・価格戦略
当社は大手の家電・自動車メーカーとの取引はなく、十万個、百万個単位といった大量
生産は行わない。当社の製品は1個作りの特注品ではなく一定の規格を持つ汎用品である
が、文字通り1個からの注文にも応じる。製品単価は注文個数に応じた価格体系となって
おり、1個の受注でも十分に採算がとれる。大口顧客と同様に小口の顧客も大切にすると
いうのが当社の方針である。
生産は自社内で行っており、外注はほとんど利用していない。早くからセル生産方式を
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導入し、部品の標準化を進め、1〜2個の注文にも対応できる多品種少量生産を行ってい
る。基本的には受注生産であるが、製品によっては多少の在庫を持っているものもあり、
少量の受注なら受注後2週間、大量の場合でも 1 ヵ月から 1 ヵ月半で出荷できる態勢とな
っている。
「人マネをしない。」、「常に先端技術を開発する。」という社是のとおり、当社のコント
ロール型サーモスタットは全て独自に開発したものであり、小型、高精度、長寿命という
製品の性能・コストパフォーマンスには絶対の自信を持っている。従って、こうした製品
については一切価格の値引きには応じていない。
製品構成としては、バイメタル式コントロール型サーモスタット約 60%、電子式サーモ
スタット 30%強である。プロテクタータイプのディスク型サーモスタットの売上も数%程
度あるが、これは競争が激しくあまり利益の出ない製品である。
当社は常に新製品の開発を行っている。製品開発のテーマ、コンセプトは長年の経験と
勘に基づいて社長が決定し、毎日一度は開発担当者と話し合って、開発の方針から外れる
ことのないようにしている。また、当社では製品設計の段階から「○○用サーモ」といっ
た特定の用途に限定された製品は開発しない。こうすることで特定の業種に偏ることなく
幅広い業種に製品を販売することができ、リスクの分散、経営の安定につながる。
最新の開発品としては「熱容量式水分率調節器」がある。これは固形物と水が混ざり合
っている状態の水分率を測定できるもので、今までにはなかったユニークな装置であり、
生ゴミ処理機や土壌中の水分率測定、降雨センサー、移動式トイレ、堆肥製造等の広範囲
な用途への応用が期待されている。
4.販売戦略・プロモーション戦略
当社では製品は全て自社ブランドで販売している。販売ルートは直販が 70%、商社経由
が 30%である。販売地域は日本国内 60%、ヨーロッパ 20%、北米 20%となっている。ア
ジア地域については、まだ当社製品のような高級なサーモスタットの需要がないため販売
していない。
当社の製品のユーザーは世界中に分散しており、取引先は 1 万社以上に達している。こ
うした顧客を見つけるのは大変であるが、値引きをせず、高い利益率を維持している当社
では売上の 10%を広告宣伝費に投入することでライバルメーカーには見えない顧客をつか
むことができる。新製品を市場に根付かせるのには技術力だけでなくPR力が必要である
というのが当社の考え方である。広告宣伝の内容としては専門誌への広告、内外の各種展
示会への出展、インターネットの活用が主である。こうした宣伝広告を見たユーザーから
のEメール、FAX、電話等での引き合いを受けて当社の営業マンが対応する形となって
いる。なお、北米地域ではセールスレップも活用している。
インターネット上の当社ホームページでは日本語、英語、ドイツ語、フランス語が使わ
れており、営業の英語専任者も常勤している。また、ホームページの内容の更新も頻繁に
47
行っている。こうした努力もあって、最近ではインターネットを通じての引き合いが増え
てきており、新規の顧客については 50%近くがインターネット経由の取引となっている。
5.競争力の基盤
当社は独自の技術・ノウハウの蓄積、優れた製品開発力、フレキシブルな生産能力を持
っているが、当社の競争力の源は何よりも特殊な製品を世界中の広範な小口ユーザーに正
価で販売するという独自の事業システムにある。すなわち、他のメーカーは当社の製品と
同じようなものを作ることができたとしても、それを売る先を見つけることができない。
他社は量産して安く大量に販売することはできても、世界中の小口需要家に売るための情
報、ルート、方法がわからないのである。そういう製品を大手メーカーに売り込んで、採
用されたとしても、納入単価は低く抑えられ、2〜3年で生産終了というケースがほとん
どであり、そういうビジネスは当社の脅威にはならない。海外を含めた広範な地域から多
数の小口の需要を集めて販売する、ニッチのマーケットを開拓して1つの製品を 10 年以上
継続して売っていくというのが当社のシステムである。
当社は既にISO9001、ISO14001 の承認を得ている他、欧米の製品規格も取得してい
る。EUの環境規制等にも積極的に対応していく方針である。製品名の商標登録や製品規
格については欧米各国で取得しているが、特許で技術を守るという考えはなく、製造技術
についての特許申請等は行っていない。
6.課題と展望
限定された市場で世界中から顧客を見つけていくことは社長の例えによれば「浜の真砂
の中からダイヤモンドを探す」ような時間と手間のかかる作業である。当社は積年の努力
によって世界中から1万社以上の顧客を開拓したが、ライバル企業が新たにこうした顧客
を見つけていくことは容易ではない。一方、量産、低価格競争のパターンから脱け出し、
売上の 10%の広告宣伝費やインターネットを有効に使って世界中の小口顧客に販売してい
くという事業システムを確立している当社にとっては世界市場における5%という現在の
シェアを着実に拡大していくことも十分可能であると思われる。当社は今後とも開発に力
を入れ、温度制御機器とその周辺の新製品によって市場を開拓して行く方針である。
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事例 10
設
立
従業員
(株)データ・テック
1983 年
資本金
6,230 万円
40 名
所在地
東京都大田区
事業内容
計測機器開発・製造
主要製品
ドライブレコーダ関連製品(セーフティレコーダ)、自律航法ユニット、DPGS
用FM多重レシーバ、各種角度センサー他
1.企業の沿革、特徴
1983 年、大学で研究生活を送っていた社長が区役所に勤務していた幼なじみの友人二人
と「ものづくりを通じて自分たちのやりたいことを実現する」ために当社を設立して創業。
全くの素人としてスタートしたため、当初はマイコン基板に制御用ソフトを移植するよう
な下請の仕事も請け負い、10 年くらいの期間をかけてシステム開発・回路設計・センサ応
用技術について独自の技術・ノウハウを蓄積し、加速度計とGPSを組み合わせた位置情
報技術を駆使した自社製品を持つ研究開発型企業へと脱皮した。
現在の主力商品は自動車版フライトレコーダーともいうべき運行管理装置ドライブレコ
ーダ(商品名「セーフティーレコーダ」)である。これは自動車のアクセルやブレーキの動
きといった運転情報を自動的に記録することで、事故防止や安全運転の徹底、燃料代の削
減に威力を発揮するもので、これまでに自動車メーカー、運輸業界、官公庁、電力会社等
150 社以上に累計 200 万台を納入している。
2.事業領域(事業ドメイン)
当社のコア技術は加速度計、ジャイロ、GPSを組み合わせた計測装置を作る技術であ
り、手ぶれ防止用振動ジャイロと加速度センサーを使った「バーチャルリアリティー用3
Dセンサー」
、カーナビ用自律航法ユニット、GPSの精度を高めるDGPS用FM多重レ
シーバ、自動車開発用車両計測ユニット等を開発してきた。当社の売上の約 6 割を占める
セーフティーレコーダも「いかにして自動車事故を減らすか」ということをメインテーマ
に当社のコア技術を応用して世界に先駆けて開発されたものである。
当社は今後もコア技術にこだわるとともにセーフティーレコーダを始めとする計測機器
の機能や使いやすさを追求することに力を入れていく方針である。
当社は最初からドライブレコーダ関連製品という分野を目指したわけではなく、試行錯
誤しながら、付加価値の高い部分を選択していく中で、現在の分野にたどり着いたという
ことである。また、当社では「小さくてもトータルなものを」ということを開発における
モットーとしている。これは、部品、パーツではなく、小さくても完結した製品を作って
いくということである。製品の一部分しか知らないのでは歯車の一つになってしまい大企
業に敵わない。新しい製品を開発していくには、その製品に関するトータルな幅広い知識
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を持っていることが重要であり、製品自体が小さければ、机の上に置いて全体像を見るこ
とができるし、全てを自社で作ることもできる。当社はこうしてトータルにものを作って
いく技術を養っていくことによって、大企業に負けないような競争力を持つことができる
と考えているのである。
3.製品戦略・価格戦略
当社は製品開発に際しては徹底的に顧客のニーズや意見を聞いて改良を重ねることで売
れる製品にしていくという方法を採っている。また、顧客に新製品の提案や説明をする際
には話だけでは信用してもらえないので、どんなに大きくても必ず試作品を作って持って
行くようにしている。新製品については、最初から採用が決まることなどない。実際に製
品に関する顧客の評価、意見を聞いて、顧客のニーズに合うように、顧客のメリットに結
びつくように、製品の仕組み、ソフト、ハードを改良して行くことで製品の採用に結びつ
けていくのである。
優れた技術があってもそれを商品化するまでのプロセスは簡単ではない。新製品の開発
に着手してから実際に売れるようになるまでには2〜3年といった期間が必要であり、こ
うした長期間の開発を持続していけるかどうかが成功の最も大きなポイントである。当社
の場合は、〔顧客の声をヒントに開発着手〕→〔具体化した試作品によるプレゼンテーショ
ン〕→〔顧客による評価、新しい要求〕→〔改良、プレゼンテーション〕といったプロセ
スを繰り返すことを通じて、製品の完成度を高め、製品の必要性を確信し、採用への保証
を得ていくのである。
当社は自社内で製品を作り上げる能力を持っているが、量産については2社の企業に委
託している。出荷・物流に関しても全面的にアウトソーシングしており、当社は出荷の指
示を行うのみである。
4.販売戦略・プロモーション戦略
当社では製品は全て自社ブランドで販売しており、OEMは行っていない。
先に述べたように、当社は製品に顧客のニーズ、意見を反映させることが不可欠と考え
ている。従って常に顧客との接点を持って信頼関係を築くことを目指しており、製品のフ
ォロー・サポート体制を重視している。新しく開発した製品にはトラブルが付き物である。
当社ではクレームがあってから訪問するのではなく、前もって定例的に訪問することを提
案している。この方が計画的な対応が可能となり、かえって費用もかからないという。ま
た、既往の顧客を大切にし、十分なフォローを行うことが製品の買い替えや新規顧客の紹
介にも結びつく。顧客の信用、口コミはマーケティングの面でも極めて重要である。
当社では、一般的な広告宣伝は行っていないが、内外の展示会に出展する他、顧客への
情報発信を重視している。セーフティーレコーダー(SR)の顧客に対しては毎月「SR
NEWS」を発行、配布し、どのような使い方をすると事故が減るのが、燃料代を削減で
50
きるのかといった有効な使用例を紹介している。また、ユーザー交流会、セミナー等にも
力を入れている。
5.競争力の基盤
ドライブレコーダの市場は当社が世界に先駆けて開拓したものであるが、今後の拡大が
見込める有望な市場であり、ライバルメーカーも参入してきている。
当社ではコアとなる技術については特許を取得しており、新製品については顧客にプレ
ゼンテーションを行う前に必ず特許申請を行っている。こうしたコア技術や製品の機能面
で差別化を図っていくことは当然であるが、他社が真似できないようなフォロー体制を整
備・充実していくことがより重要であると考えている。他社はともすれば売上優先、利益
優先となって製品のフォローが不十分である。また、大企業では効率化の観点からアフタ
ーサービスを関係会社等に任せ、設計もアウトソーシングしているケースが多く、顧客の
反応、要望を反映して、すぐに製品の改良、カスタマイズを行うことが難しい。これに対
し、当社では製品に対するサポート、フォローが最も重要で売上や利益はむしろ結果であ
るという考え方が社内に浸透しており、常に製品の導入効果を測定し、新たな改善の提案
を行っている。このようにフォロー体制が充実しており、売りっ放しではなく、顧客のニ
ーズに合わせて絶えず製品を改良し、カスタマイズし、完成度を高めていくという事業シ
ステムを確立していることが当社の競争力の重要な源となっているのである。
6.課題と展望
ドライブレコーダは今後の成長が期待できる市場であるが、売上の拡大に伴ってフォロ
ー体制を如何に充実させていくかが大きな課題である。従って無理に売上を伸ばすことな
く、年度間計画に基づいて代理店組織やフォロー体制を着実に整備しつつ、拡大を図って
いく方針を採っている。
51
[参考文献]
1.P.コトラー『マーケティング・マネジメント』プレジデント社、1996 年
2.山本久義『中堅・中小企業のマーケティング戦略』同文舘、2002 年
3.(財)東北産業活性化センター編『東北発!モノづくり企業のマーケティング戦略』日
本地域社会研究所、2003 年
52
平成 18 年 3 月
執 筆 者:主任研究員
財団法人
望 月
和 明
商 工 総 合 研 究 所
東京都江東区木場5−11−17 商工中金深川ビル
TEL:03−5620−1691
FAX:03−5620−1697