殺虫剤研究班のしおり

第 80 号(2009 年 11 月)
日本衛生動物学会
殺虫剤研究班のしおり
事務局:
国立感染症研究所昆虫医科学部内; 〒162-8640
郵便振替:
口座番号
00190-4- 742186;
東京都新宿区戸山 1-23-1; TEL & FAX 03-5285-1147
加入者名 日本衛生動物学会殺虫剤研究班
目次
1.2009 年度殺虫剤研究班研究集会報告.................................................................... 02
2.シンポジウム
Ⅰ.防疫用殺虫剤の現状と対策
日本における主要媒介蚊種の薬剤感受性(冨田隆史)…………………................... $3
ネッタイシマカおよびヒトスジシマカの殺虫剤感受性について(川田 均).….. 18
効力面から見た適切な薬剤(水谷 澄).…………………………………................. 36
有機リン剤の現状・動向・問題提起(新庄五朗)…….…………………...................46
供給可能な薬剤(池田文明)……………………..…….…………………................... 48
シンガポールのチクングニヤ熱・デング熱媒介蚊対策(葛西真治)…………....... 58
Ⅱ.衛生害虫防除の最前線
トコジラミの現状と課題(平尾素一)……………………………........................... 67
ゴキブリ防除の現状と課題(伊藤弘文)…………..............................................…. 73
3.新上市品殺虫剤リスト 2004-2007 年度 ..............................................…………. 80
1.2009 年度研究班研究集会について
2009 年 4 月 2 日(木)13 時からサンポートホール高松(香川県高松市)にて研究集
会を開催した。参加者は 45 名。総会(10 分)では下記の事項が審議され,いずれも承
認された。
1)前年度事業報告
①研究集会
2008 年 4 月 17 日に自治医科大学地域医療情報研修センターで研究集会を行った。内
容は「新規殺虫剤・殺虫剤忌避性」をテーマとしたシンポジウムで,詳細は「殺虫剤研
究班のしおり」第 79 号に掲載済み。
②研究班会報
「殺虫剤研究班のしおり」第 79 号を 2008 年 11 月に発行した。
③委員会の開催
2007 年 12 月 12 日に国立感染症研究所にて委員会を開催し,次期研究集会のテーマ等
に関して討議した。
2)前年度会計報告
収支状況は以下のとおりで,今次総会で承認された。
収入
2007年度繰越金
支出
1,480,705
大会参加費
5,500
団体会員年会費
(2009年度分)
30,000
(2008年度分)
5,000
印刷費
21,560
通信運搬費
19,460
会議費
17,235
講師謝金・交通費
94,000
雑費
20
個人会員年会費
(2009年度分)
90,000
(2008年度以前分)
36,000
雑収入
合計
0
1,647,205
152,275
差引残高(2008年度繰越金)
1,494,930
期間:2008.4.1~2009.3.31
3)会員数
個人会員 65 名,団体会員 10 社(2009 年 3 月 31 日現在)
2
日本における主要媒介蚊種の薬剤感受性
冨田隆史,駒形修,葛西真治
国立感染症研究所昆虫医科学部
今年の殺虫剤研究班シンポジウム第Ⅰ部「防疫用殺虫剤の現状と対策」のテーマの手
始めとして,わが国における主要媒介蚊種の薬剤感受性の現状を紹介した。化学的防除
の問題点の 1 つとして,同じ殺虫剤(または化学構造の類似した殺虫剤)を使い続けて
いるうちに昆虫が殺虫剤に対して遺伝的に耐性を示すようになることがあげられる。こ
の現象を殺虫剤抵抗性とよぶ。抵抗性のおもな生理的メカニズムは,殺虫剤作用点の感
受性が低下したり,代謝酵素による殺虫剤解毒代謝活性が増大したりすることであるが,
それらのおおもとにある原因は突然変異にある。蚊が媒介する感染症を征圧したり,不
快害虫として住環境に発生する蚊の密度を抑制したりする目的で,自治体レベルで化学
的防除をとり行う場合には,家庭用殺虫剤を使い家屋に侵入した成虫を対象にして個人
レベルで行う防除と違って,殺虫剤の散布による抵抗性の選抜に大きな拍車がかかる可
能性がある。大規模な散布の前後で,蚊の発生密度の調査をするだけでなく,感受性の
高さに変わりがないか,抵抗性個体の割合が増えていないかについても,注意を向ける
必要がある。
わが国に生息する蚊種のうち,住環境でもっとも大量に発生する蚊はアカイエカ種群
蚊とヒトスジシマカであり,田園地帯でそれに該当するのはコガタアカイエカとシナハ
マダラカである。アカイエカ種群蚊とヒトスジシマカは,それぞれ,ウエストナイル熱・
脳炎(1)とチクングニヤ熱(2)の主要な媒介蚊である。アカイエカ種群蚊のうち,チカイ
エカはビルの汚水槽などの地下の水溜まりにおもに発生し,アカイエカ(南西諸島など
の亜熱帯地域ではこれに代わりネッタイシマカ)は雨水枡や側溝などの地上の停留水で
おもに発生する。ヒトスジシマカの発生場所はアカイエカに重なる場合もあるが,さら
に小水域となる古タイヤ、植木鉢の水受け皿,お墓の花立てのような人工容器でおもに
発生する。これらの蚊が媒介する上に述べた 2 つの感染症については,わが国ではまだ
輸入感染の例しかないが,近年の海外での流行状況から,国内感染の始まりに注意を払
うべき感染症である(1-2)。しかしながら,わが国では,アカイエカ種群蚊とヒトスジシ
マカの殺虫剤感受性に関して,同時期に行われかつ調査地点の数が豊富といえる調査例
はこれまで乏しかった。
コガタアカイエカは,日本脳炎の主要媒介蚊である。日本脳炎は極東・東南アジア・
南アジアにかけて広く分布し,世界的には年間 3~4 万人の日本脳炎患者の報告がある
が、日本・韓国・台湾ではワクチン接種によりすでに流行が阻止されている。わが国に
おいては,2009 年を含む過去 5 年間に年間 10 名を下回る規模ながら,日本脳炎感染者
3
の発生が続いている(3)。本種は水田や湿地などの広水域系で発生するため,日本脳炎
の媒介を阻止することを目的として幼虫の化学的防除を行おうとした試みはあったが
(4-5),本格的に実施することは困難であった。しかしながら,本種はイネ害虫の防除を
目的とする農薬の曝露を受けており,水田でもっとも利用されてきた有機リン系殺虫剤
に対して強い抵抗性が発達している。
筆者らは,2000 年代になり,これら 3 つの蚊種における殺虫剤抵抗性の発達または
抵抗性メカニズムを調査・研究したので,その成果を交えて紹介する。
1. ヒトスジシマカ
蚊:2003 年に東京都内の 10 地点でヒトスジシマカの幼虫または成虫を採集し,それ
ぞれの採集に由来するコロニーを殺虫剤選抜なしに継代飼育し,殺虫試験に用いた(表
1)
。殺虫剤感受性の対照として医科研系
統を用いた。
表 1. ヒトスジシマカ野外コロニーの由来
名称
採集年
殺虫剤:わが国で蚊幼虫の防除に登録
のある殺虫剤製剤,またはそれに該当す
採集地
ヒトスジシマカ (Aedes albopictus ) :
る製剤に含まれる殺虫剤原体として,次
雑司ヶ谷霊園02
2003
東京都豊島区雑司ヶ谷霊園
雑司ヶ谷霊園03
2003
(同上)
の 5 つの殺虫剤を選んで用いた。フェニ
林試の森
2003
東京都目黒区林試の森公園
トロチオン(97.2%,住友化学工業);テ
戸山
2003
東京都新宿区戸山公園
谷中霊園(東)
2003
東京都台東区谷中霊園東部
谷中霊園(西)
2003
東京都台東区谷中霊園西部
エトフェンプロックス(99.0%,三井化
北府中
2003
府中市北府中公園
学)
;ジフルベンズロン(デミリン水和剤
駒沢公園
2003
東京都世田谷区駒沢公園
下丸子公園
2003
東京都大田区下丸子公園
日野
2003
日野市
メフォス(96.0%,三共ライフテック);
25%,三共ライフテック)
;ピリプロキシ
フェン(シントースミラブ S 粒剤 0.5%,
シントーファイン)
。
殺虫試験:4 齢幼虫 30 頭を底面直径 6 cm,容積 100 mL のプラスチックカップに入れ
た 49.75 mL の蒸留水に浸漬し,エタノールに溶解(または十分に懸濁させた)殺虫剤
溶液を 250 µL 添加し十分攪拌した。フェニトロチオン,テメフォス,エトフェンプロ
ックスの効力は処理開始 24 時間後の死亡率により判定した。ジフルベンズロンとピリ
プロキシフェンの効力は羽化阻止率により判定した。各濃度あたり処理を 3 回反復した。
有機リン系のフェニトロチオンとテメフォス,ピレスロイド系のエトフェンプロック
ス各原体,および昆虫成長制御剤(IGR)に分類される皮膚形成阻害剤のジフルベンズロ
ンと幼弱ホルモン様剤のピリプロキシフェンの各種薬剤を用いて,まず,医科研系統幼
虫の各種殺虫剤 LC99 値を求めた。次いで,この LC99 値の等倍,10 倍,100 倍の 3 つ
の濃度により野外コロニーの感受性レベルを調べた。その結果を図 1 に示す。
4
図 1. ヒトスジシマカ野外コロニーの殺虫剤感受性レベル
本図には実用濃度に相当する有効成分濃度も参考として併記しているが,エトフェンプロックスに関して
は,本剤のみを有効成分として含む蚊幼虫防除用製剤が登録されていないため,本剤のほかに共力剤(S-421)
を有効成分として含むレナトップ乳剤に定められている実用濃度に相当するエトフェンプロックス濃度を
記している。
幼若ホルモン様剤のピリプロキシフェンに関して,調査した 10 コロニー全てが感受
性系統の示す LC99 濃度において死亡率が 90%を下回った。谷中霊園(東),野毛町公
園,北府中コロニーの同濃度での死亡率は,それぞれ,約 40%,60%,70%であり,ピ
リプロキシフェン抵抗性の個体が含まれていたといえるが,用法容量に示される 0.05
ppm よりも低い「LC99 X10 濃度」では,ピリプロキシフェンは試験した全コロニーに
対して良好な効力を示した。ヒトスジシマカ野生コロニーは,その他の殺虫剤に対して
は設定したうちの最も低い薬剤濃度(すなわち感受性系統の LC99 値)で十分な効力を
示した。
国内のヒトスジシマカの殺虫剤感受性に関する過去の調査例は非常に限られている
が,今回の供試薬剤のうちの 1 つであったピレスロイド系薬剤と作用点(ナトリウムチ
ャンネル)が共通である DDT について感受性の低下を確認した報告が少なくとも 2 つ
ある。それによると,1958 年の鹿児島県名瀬市(現奄美市)(6)と 1983 年の長崎市(7)
の採集に基づくコロニーは,それぞれ,約 6 倍と 4 倍という小さな感受性の低下しか示
していない。
5
2. アカイエカ種群蚊
蚊:2003 年と 2004 年に 10 都道府県の 56 地点でアカイエカ種群蚊の幼虫を採集し,
それぞれに由来するコロニーを殺虫剤選抜なしに継代飼育した。蚊種ごとのコロニー数
の内訳は,アカイエカが 37,チカイエカが 17,ネタイイエカが 2 であった(表 2)
。殺
虫剤感受性の対照としてアカイエカの洞穴系統を用いた。
表 2. アカイエカ種群蚊野外コロニーの由来
記号
名称
採集年
採集地
記号
Culex pipiens molestus
M01*
M02*
M03
M04
M05
M06
M07
M08
M09
M10
M11
M12
M13
M14
M15
M16
M17
市川
渋谷
柏
倉橋A
倉橋B
新宿04
大門
鳩ヶ谷
中町公園
福岡
吉祥寺
大手町
千葉
鴨川
日環セ
堺A
横浜
2003
2003
2003
2003.12.2
2003.12.2
2004.4
2004.5.5
2004.6.24
2004.6
2004.7.9
2004.7.2
2004.7.24
2004.7.26
2004.7.26
2004.8.18
2004.8.23
2004.9.7
戸山東
林試の森
盛岡
日野市
立川市
稲荷木
玉川野毛町
北府中
駒沢公園
戸越公園
狛江市
2001.6
2003.4
2003.7
2003.9.9
2003.9.9
2003.9.23
2003.9.23
2003.9
2003.9.29
2003.9.29
2003.10.2
採集年
採集地
Culex pipiens pallens
千葉県市川市
東京都渋谷区
千葉県柏市
東京都東久留米市氷川台
東京都東久留米市氷川台
東京都新宿区
東京都東久留米市大門町
埼玉県鳩ヶ谷市
長崎県長崎市中町公園
福岡県福岡市
東京都武蔵野市吉祥寺
東京都千代田区大手町
千葉県千葉市
千葉県鴨川市
神奈川県川崎市
大阪府堺市旭ヶ丘中町4-4(病院前)
神奈川県横浜市
P12*
P13*
P14
P15
P16
P17
P18
P19
P20
P21
P22
P23
P24
P25
P26
P27
P28
P29
P30
P31
P32
P33
P34
P35
P36
P37
Culex pipiens pallens
P01*
P02*
P03*
P04*
P05*
P06*
P07*
P08*
P09*
P10*
P11*
名称
東京都新宿区戸山東公園
東京都目黒区林試の森公園
岩手県盛岡市
東京都日野市市民の森スポーツ公園
東京都立川市立川諏訪の森公園
東京都府中市稲荷木公園
東京都世田谷区玉川野毛町公園
東京都府中市北府中
東京都世田谷区駒沢公園
東京都品川区戸越公園
東京都狛江市西河原公園
砧公園
萩中公園
春日部
麻布大
熱研
山王公園
中町公園
大阪城
玉津B
玉津A
小橋
堺A
堺B
堺C
名古屋
熊野神社
三河島公園
荒川公園
西ヶ原
板谷公園
平和公園
向台公園
東部公園
水木公園
高原公園
林試の森2
2003.10.2
2003.10.7
2004.4
2004.5.9
2004.6.
2004.6
2004.6.
2004.7.4
2004.7.4
2004.7.11
2004.7.11
2004.8.23
2004.8.23
2004.8.23
2004.7.
2004.9
2004.9.21
2004.9.21
2004.9.21
2004.9.22
2004.9.23
2004.9.24
2004.9.24
2004.9.28
2004.9
2003.4
東京都世田谷区砧公園
東京都大田区萩中公園
埼玉県春日部市
神奈川県相模原市
長崎県長崎大医学部熱研
長崎県長崎市山王公園
長崎県長崎市中町公園
大阪市中央区大阪城内
大阪市東成区玉津1-9 大阪市東成区玉津1-8
大阪市東成区小橋 大阪府堺市旭ヶ丘中町4-4(病院前)
大阪府堺市旭ヶ丘南町4-1(三稜側)
大阪府堺市旭ヶ丘南町4-1(公園側)
愛知県名古屋市
千葉県松尾町熊野神社
東京都荒川区三河島公園
東京都荒川区荒川公園
東京都北区西ヶ原2丁目
東京都板橋区板谷公園
東京都板橋区平和公園
東京都西東京市向台第2公園
東京都小平市東部公園
東京都羽村市水木公園
東京都練馬区谷原1-18-1
東京都目黒区林試の森公園
Culex pipiens quinquefasciatus
Q01
Q02
西原
那覇
2004.5.29
2004.5.29
沖縄県那覇市西原
沖縄県那覇市内
* 2003年およびそれ以前の採集に由来するコロニー。
殺虫試験:先に述べたヒトスジシマカの場合と同様な方法で殺虫試験を行い,殺虫剤
感受性の洞穴系統が示す各種殺虫剤の LC99 値の等倍,10 倍,100 倍の 3 つの濃度での
各野外コロニーの幼虫死亡率を表した。
エトフェンプロックスとその他 4 つの殺虫剤に対する殺虫試験の結果を,それぞれ,
図 2 と図 3 に示す。チカイエカとアカイエカを併せ見て抵抗性のレベルの高さ,および
抵抗性個体を含んでいたコロニーの多さの双方において著しかった殺虫剤は,エトフェ
ンプロックスであった。感受性の低下した個体を含むコロニーの数は,供試コロニー全
体からすれば少数であったものの,ピリプロキシフェン,テメフォス,ジフルベンズロ
ンを使った試験の降順に多く認められた。フェニトロチオンについては,実用濃度 2 ppm
を下回る「LC99 X10」の濃度で例外なく有効(生存率 0%)であった。
6
図 2. エトフェンプロックスに対する感受性
チカイエカをエトフェンプロックスで処理した場合に,抵抗性レベルの著しく高い群
とそうでない群にほぼ二分された。実用濃度またはそれを上まわる濃度で 10%以上の生
存率をみたコロニー数が多い順に,エトフェンプロックス(22 コロニー),ジフルベン
ズロン(2 コロニー)
,テメフォス(1 コロニー)となった(図表は省略)。
ネッタイイエカについては,調べたコロニー数が少なかったことから野外集団での殺
虫剤の有効性を推測することは尚早であるが,試験を行った 2 つのコロニーに関しては,
他の 2 種と比べて特筆すべき感受性の低下は認められなかった。なお,以上本稿で述べ
たアカイエカ種群野外コロニーの殺虫剤感受性についての詳細は,葛西ら(2007)による
報告を参照されたい(8)。
エトフェンプロックスに対する顕著な抵抗性個体が含まれていた野外コロニーの中
で,チカイエカの 4 つのコロニーとアカイエカの林試の森コロニーについては,通常の
死亡率-プロビット解析を行い LC50 値を求め,アカイエカの殺虫剤感受性洞穴系統と
対比して抵抗性比を求めた(表 3)。その結果,チカイエカの 6 つのコロニーでは 400
倍~2300 倍以上という 1000 倍前後の高度なエトフェンプロックス抵抗性を表すことが
示された。
表 3 にも取り上げたアカイエカの林試の森コロニーは,室内で殺虫剤選抜を行わない
状態で維持した状態では,エトフェンプロックス抵抗性個体を含む割合は小さかった
(図 2 では約 15%と示される)
。同コロニーを 7 世代の間エトフェンプロックスで選抜
すると,同薬剤に関し 2000 倍の抵抗性比を示す系統ができあがった(これを林試の森
系統とよぶことにする)。林試の森系統とチカイエカの室内選抜を加えていない福岡コ
7
図 3. 有機リン系殺虫剤・昆虫成長制御剤に対する感受性ロニーについては,ペルメト
8
表 3. エトフェンプロックスに関するアカ
ロニーについては,ペルメトリンとフェ
イエカ種群蚊野外コロニーの抵抗性比
ノトリンに対する交差抵抗性が示され
蚊種
コロニー
LC 50 (ppm)
渋谷
新宿04
福岡
大手町
千葉
横浜
感受性
林試の森
Cx.p. molestus
(チカイエカ)
Cx.p. pallens
(アカイエカ)
た(表 4)
。この殺虫試験に用いた 3 つ
RR *
のピレスロイド系化合物は共通して,
23.9 00
919
13.7 00
527
> 60 .000 > 2307
10.3 00
396
27.3 00
1050
> 50 .000 > 1923
0.026
0.11 0
4.2
α-シアノ基を持たない化合物である。
洞穴系統を殺虫剤感受性の対照系統
として用い,上に述べたアカイエカ林
試の森系統,チカイエカ新宿コロニー
をエトフェンプロックスで 2 世代選抜
表 4. ピレスロイド系薬剤内薬剤間の交
した後のコロニー,および室内で選抜は
差抵抗性
行わなかったが元来エトフェンプロッ
殺虫剤
Slope (SE )
N
LC 50
(mg/L)
クス抵抗性レベルが高く均一な抵抗性
95% CL
(mg/L)
RR
を示していたチカイエカの 5 つのコロニ
林試の森 (アカイエカ,エトフェンプロックスで幼虫を7世代選抜)
エトフェンプロックス
1221 1.5 (0.2)
ペルメトリン
285 1.4 (0.1)
フェノスリン
245 1.7 (0.2)
51.2 33.2 - 109
1.7
1969
425
シトクロム P450 酵素(以下 P450 と略)
1043
の一般的阻害剤であるピペロニルブト
1.2 - 2.4
16.7 12.3 - 22.4
福岡 (チカイエカ,室内選抜なし)
エトフェンプロックス
103
ペルメトリン
285 1.6 (0.1)
-
フェノスリン
245 2.1 (0.2)
> 60.0
2.3
-
> 2307
1.9 - 2.8
19.2 09.2 - 39.9
ーの併せて 7 つのコロニーを対象として,
523
1200
キサイド(PBO)の共力効果を解析した
(図 4)。P450 は昆虫生理活性物質の代
謝のほかにも脂溶性物質の水酸化反応
を介して広汎な殺虫剤の解毒代謝を担
う酵素で,現在アカイエカ種群蚊のゲノムには約 200 種の異なる P450 遺伝子が存在す
ると推定されている。
「感受性系統蚊における PBO の共力効果」で除算した後の「抵抗
性コロニーにおける PBO の共力効果」
(図 4 の積み重ね棒グラフにおける赤のブロック
がこれに相当)は,P450 の解毒活性増大に基づく抵抗性要因の強度とみなすことがで
きる。PBO の共力効果を解析した結果,エトフェンプロックス抵抗性要因の概ね半分
エトフェンプロックスに関する抵抗性比
がこれら抵抗性コロニーにおける P450 活性増大で説明可能であった。
10000
図 4. エトフェンプロックス抵抗性蚊に
P450 (= Synergism Ratio by PBO)
Others (= Resistance Ratio /Synergism Ratio)
対する PBO による共力効果
JPP, サウジアラビア由来ネッタイイエカのピレ
スロイド抵抗性の JPal-per 系統である。
1000
100
10
1
OTM 新宿
SNJ YKH
CHB 渋谷
SBY SNG
JPP RNS
林試 FKO
福岡 大手町
横浜 千葉
____ ____ ___________________________________
Cx.p. アカ
Cx.p. Cx.p.
molestus
Cx.
ネッタイ
チカイエカ
quinq.
q.
pallens
イエカ イエカ
9
一方,共力剤を加えた場合のエトフェンプロックスに関する抵抗性比(図 4 のグラフ
における灰色のブロック)は,その他の要因による抵抗性要因の強度とみなすことがで
きる。共力試験に用いたチカイエカ・アカイエカコロニーの蚊は,ピレスロイド作用点
(すなわちナトリウムチャンネル)に低感受性をもたらすアミノ酸置換突然変異が生じ
ている kdr 遺伝子をホモ接合の状態で保有していた。イエバエのナトリウムチャンネル
のアミノ酸座位番号を用いて表すと,共力試験に用いたチカイエカコロニーには共通し
てロイシン(Leu)1014→フェニルアラニン(Phe)と置き換えられた変異が,アカイエカの
林試の森系統には,同じアミノ酸座位に生じた置換であるが Phe とは異なるセリン(Ser)
へと置換した変異を有していた。イエバエの kdr ホモ接合体において,作用点の低神経
感受性が抵抗性に関与する割合は,抵抗性比で表して 10 倍(~数十倍)程度と推定さ
れている。したがって,これらの系統が示すエトフェンプロックス抵抗性の要因のうち,
P450 による解毒活性の増大によらない残りの部分の大半はピレスロイド作用点の低感
受性によるものと推測される。
以上の調査結果では,チカイエカとアカイエカの多数のコロニーに高いレベルのエト
フェンプロックス抵抗性を示す個体が存在することが確かめられた。したがって,日本
産のアカイエカ種群蚊の野外集団に対して,殺虫剤の効力の持続が現在もっとも憂慮さ
れるのはピレスロイド系殺虫剤といえる。エトフェンプロックスを有効成分として販売
されている幼虫用製剤
(レナトップ乳剤)には共力剤として S-421 が含まれているので,
今回のエトフェンプロックスのみを使った試験からは直ちに実際の製剤の有効性がな
くなっているとはいえない。共力剤の効果を確かめる研究が今後必要である。
東京都新宿区のビルの地下槽で発生し 1988 年の採集に基づき得られたチカイエカ新
宿コロニーには,フェニトロチオンを含む有機リン剤に対する抵抗性(フェニトロチオ
ン抵抗性比は 101 倍)が確認された(9)。その後の研究で,そのおもな抵抗性メカニズ
ムは,解毒代謝酵素の一つであるカルボキシルエステラーゼ(CE)の活性増大よること
(10),さらに活性増大をもたらす突然変異が CE 遺伝子の染色体上のコピー数の増加に
よること(11)が明らかにされている。その他,過去にさかのぼる 1960 年代後半,アカイ
エカとチカイエカの野外コロニーのそれぞれに,上に述べたチカイエカ新宿コロニーの
抵抗性レベルをかなり下回るとみなされる有機リン剤抵抗性が確認されている(12-13)。
今回調査の対象としたコロニーには,フェニトロチオンによる防除が困難とみなされる
コロニーは含まれなかったが,そのようなコロニーまたは個体が低い割合で現在も存在
する可能性には注意を払う必要がある。
なぜアカイエカ種群蚊がエトフェンプロックスに抵抗性を示すようになったのであ
ろうか?
アカイエカ種群蚊の幼虫の化学的防除に最も広く使われているのは,エトフ
ェンプロックスではなく,ピリプロキシフェンやフェニトロチオンである。先にふれた
チカイエカの福岡コロニーは,ペルメトリンとフェノトリンにも強い抵抗性を示す(表
4)
。その抵抗性メカニズムには,作用点の感受性低下と P450 の解毒活性の上昇にあっ
た。今回の調査で,アカイエカ種群蚊幼虫の中でもチカイエカ幼虫にピレスロイド抵抗
10
性の発達が著しかったことをふまえると,地下漕のある空間に発生するチカイエカ成虫
を防除するために,PCO 業務として散布されたペルメトリンまたはフェノトリンなど
の成虫用ピレスロイド製剤の散布により,ピレスロイド抵抗性が選抜された可能性も考
えられる。
それにしても,どのような殺虫剤選抜によりピレスロイド抵抗性が生じたのかについ
て,依然として疑問が残るのは,アカイエカ幼虫に見られたエトフェンプロックス抵抗
性である。アカイエカは雨水枡や側溝などの地表の水溜まりでおもに発生する。近年,
アカイエカの幼虫対策には,多くの場合,ピリプロキシフェンなどの IGR が利用され
る。アカイエカの成虫対策として,住環境や公園などにおいて自治会や自治体などの主
導で計画的にピレスロイド系殺虫剤の散布がなされる機会は,近年非常に少なくなって
いる。電気蚊取り,ハエ・蚊用スプレーなどを含む家庭用殺虫剤として主流の有効成分
はピレスロイド系化合物であるが,現在の利用規模を考慮すると,家庭用殺虫剤の使用
により抵抗性の選抜を大いに助長したとは考えにくい。一方,日本産のアカイエカ種群
蚊 3 種にそれぞれ DDT 抵抗性が発達していたことを示す報告は複数ある(6, 14-15)。東
京都江東区の貯木場で採取されたチカイエカの深川コロニーは DDT に関する LC50 が
17 ppm(参考文献(16)を基に控えめにみた抵抗性比は 170 倍)を示し,当時の比較にお
いてアカイエカ種群はもとより他の蚊種の例と比べても,最高水準の DDT 抵抗性を表
していた(17)。ピレスロイド作用点であるナトリウムチャンネルは,同時に DDT の作
用点でもあり,kdr 遺伝子を保有する個体は DDT にも交差抵抗性を示す。戦後の混乱期
から 1960 年代まで衛生害虫一般の防除に広く用いられていた DDT の散布により,アカ
イエカ種群蚊の DDT 抵抗性がそもそも選抜され,集団内に保有され続けてきた抵抗性
遺伝子がピレスロイド系殺虫剤の効力に影響を及ぼしている可能性も大いにある。
2007 年より葛西らが始めた分子分類に基づく屋内侵入アカイエカ種群蚊の季節消長
の調査によると,われわれの予想よりもはるかに高い頻度でヒトはチカイエカと接して
いることを示す結果が得られている。従来は,屋内侵入するアカイエカ種群蚊はアカイ
エカと信じられていた。ところが,屋内におけるチカイエカの捕獲数は 5~6 月にかけ
てと 10~11 月にかけての 2 つのピークを示し,これらの期間においては,チカイエカ
がアカイエカの捕集数を上回っている家屋が示されている(18)(葛西,未発表)。ピレ
スロイド抵抗性の発達は,アカイエカ種群の中ではチカイエカにおいて最も顕著であり,
家庭用殺虫剤に含まれる有効成分の主流はピレスロイド系化合物である。多くの蚊防除
用ピレスロイド系家庭用殺虫剤は蚊のヒトからの吸血を阻止することを一番の目的と
して開発されている。ピレスロイド系殺虫剤は,昆虫を殺すだけでなく,昆虫を寄せつ
けない忌避性の発揮によっても,吸血抑止に役立っていると考えられている。ピレスロ
イド抵抗性蚊においても,ピレスロイドの示す忌避性が失われていないかどうかを明ら
かにすることは,今後の研究課題となる。
3. コガタアカイエカ
11
わが国では,イネの害虫を防除する目的で全国的に似かよった殺虫剤散布が行われて
きた。有機リン系の殺虫剤が農薬として利用され始めたのは半世紀以上前であるが,登
録されている化合物は変わっても今なお同系の薬剤は稲作に使われている。しかし,
1993 年以降,イネ害虫の防除にはアセチルコリン受容体を作用点とするネオニコチノ
イド系の殺虫剤の利用が主流となってきた。日本脳炎の主要媒介蚊であるコガタアカイ
エカの殺虫剤感受性は,アカイエカ種群蚊に比べても頻繁に調査が行われてきた。この
わけは,1960 年代の半ばまでわが国では日本脳炎患者の発生が著しく,本種の殺虫剤
感受性に関心が高かったためと考えられる。
1980 年代になって,日本のコガタアイ
エカに著しい有機リン剤抵抗性が発達
表 5. コガタアカイエカ富山系統の殺虫
剤感受性
丸山は 1982 年に富山県婦中町で採集し
て得たコロニーを使い有機リン系殺虫
LC50 (µg/ml)
殺虫剤
感受性系統
(S)
富山系統
(R)
抵抗性比
(R/S)
テメフォス
0.0008
>100.0000
>1,300,000.0
フェニトロチオン
0.0008
0021.0000
00,027,000.0
剤に高度の抵抗性(フェニトロチオンに
関して 1 万倍以上の抵抗性比に相当)が
有機リン系
フェンチオン
0.0014
0032.0000
00,023,000.0
マラチオン
0.0040
0024.0000
00,006,000.0
ダイアジノン
0.0150
0004.8000
00,000,320.0
プロポクスル
0.0950
0030.0000
00,000,320.0
カルバリル
0.2700
0014.0000
00,000,053.0
0.0024
0000.0028
00,000,001.2
発達していることを初めて報じた。それ
以前の本種の有機リン剤感受性につい
ての報告は,少なくとも 1960 年代の採
集に基づくコロニーを対象とした試験
カーバメイト系
に 9 報あるが(19),いずれも有機リン剤
ピレスロイド系
ペルメトリン
していることが明らかにされた。上村と
の実用濃度に照らして問題ないレベル
の感受性の低下と判断されている(19)。
Yasutomi
Takahashi
(1987)
Takahashi&and
Yasutomi
(1987)
安富・高橋は,1983 年と 1984 年の採集
に由来する本州,四国,九州に及ぶ 17 地点での採集に由来するコガタアカイエカコロ
ニーが有機リン系殺虫剤の多くに対し 1 万倍以上の抵抗性を示すことを明らかにした
(20-21)。これら 17 コロニーの有機リン系,カーバメイト系,ピレスロイド系を含む各
種殺虫剤に対する感受性レベルは非常に似通っており,1983 年の富山県の採集に由来
する富山系統についての例(20)を表 5 に示す。テメフォス,フェニトロチオン,フェン
チオンに関しては抵抗性比が1万倍超えており,それらの殺虫剤を用いては防除不能で
あったことを示している。富山系統には,有機リン系に対する抵抗性レベルをかなり下
回るものの,カーバメイト系殺虫剤にも抵抗性が認められた。しかし,魚毒性の問題か
ら水田で利用されることがなかったピレスロイド系殺虫剤には感受性であった。渡辺ら
は 1969 年から 20 年間にわたり,富山県内の 10 地点でトラップにより捕集されるコガ
タアカイエカ成虫数を記録した。その結果によると,興味深いことに,いずれの観測地
点においても,1982 年または 1983 年以降にはそれ以前と対比して大幅なコガタアカイ
エカの捕集数の劇的な増加が記録されているが,この現象には,他の環境要因の変化も
12
寄与しうるが,殺虫剤抵抗性の発達が最大の要因であろうと推察されている(22)。
コガタアカイエカの有機リン抵抗性の最大の原因は,有機リン系とカーバメイト系の
殺虫剤の共通の作用点であるアセチルコリンエステラーゼ(AChE)の殺虫剤感受性低下
にあることが高橋・安富により初めて明らかにされた(20)。AChE は神経のシナプス後
膜の膜外に存在し,神経伝達物質の 1 つであるアセチルコリンの代謝(加水分解)を担
う酵素である。安富と高橋は,1974 年から 1984 年までの毎年,大阪府(1974~1978 年)
と宮城県(1978~1983 年)で蚊を採取し,有機リン剤(パラチオン)感受性低下を示
す AChE を保有する個体の頻度をパラオクソンによる阻害実験により求めた。それによ
ると,1978 年に大阪府と宮城県で採集した蚊の,それぞれ,3%と 6%の個体に有機リ
ン剤非感受性 AChE の保有が初めて認められ,以降,この頻度は短期間のうちに激増し,
宮城県の試料では 1981 年に同頻度が 100%に達した。この結果に基づき,1980 年前後
のわずか数年間に一挙に抵抗性個体の割合が増大したものと推測されている(21)。この
ほかにもコガタアカイエカの有機リン剤抵抗性のメカニズムとして,CE 解毒代謝活性
の増大も日本とスリランカの蚊を用い示されている(21, 23)。スリランカの蚊を用いて
は,CE 遺伝子のコピー数の増加が CE 酵素活性の増大をもたらしたことが明らかにさ
れている(23)。
殺虫剤感受性の高知系統と有機リン抵抗性の富山系統との間で AChE タンパク質配
列の違いを比べると,成熟タンパク質に含まれる配列に一箇所だけアミノ酸の違い(置
換)があった(24)。アミノ酸置換を生じた F455 座位は,基質を取り込んで加水分解を
行う酵素のポケット(活性ゴルジ)にあった。抵抗性の蚊がもつ AChE が殺虫剤による
阻害を受けにくい理由は,この座位がフェニルアラニン(Phe)からトリプトファン(Trp)
という,より大きなアミノ酸残基に置き換わったことで,活性ゴルジの容積が小さくな
り,本来の基質であるアセチルコリンよりも大きい有機リン系殺虫剤が入り込めなくな
ったものと推察される。
AChE阻害率
100
○ Ace2 (S)
● Ace2 (R)
80
60
図 5. アセチルコリンエステラーゼに生じ
た Phe455Trp アミノ酸置換突然変異がフェ
感受性に
10,000 倍の差
ニトロオクソンによる酵素活性阻害に及
40
ぼす効果
20
バキュロウイルス-Sf9 細胞系で in vitro 発現させた
AChE を用い,酵素阻害試験を行った。○コガタア
カイエカ高知系統由来の殺虫剤感受性 AChE;●殺
虫剤感受性 AChE 配列に Trp455 置換変異を導入し
た酵素。
0
10
9
8
7
6
5
4
3
2
フェニトロオクソン濃度 [-Log(M)]
異種昆虫の培養細胞 Sf9 の中で殺虫剤感受性蚊と抵抗性の富山系統蚊の AChE 遺伝子
をそれぞれ発現させると,フェニトロオクソン(フェニトロチオンの体内活性型フォー
ム)に対して約 1 万倍の感受性の低下が認められた(25)(図 5)。F455→W というたっ
13
た1つのアミノ酸の変異(塩基配列では TTT→TGG)が,コガタアカイエカの有機リン
剤抵抗性のおもな原因であることが明らかにされた。この抵抗性 AChE 遺伝子を保有す
ることで,フェニトロチオンや他の有機リン系殺虫剤によっては防除不能なレベルの抵
抗性に達しているものと考えられる。
「抵抗性 AChE 遺伝子は,いくつの異なる起源に由来するか?」という問いの手がか
りを得るために,2002 年から 2008 年にかけて,日本の本州,九州,南西諸島,南大東
島,台湾,ベトナム,ラオス,タイ,インドネシアジャワ島,スリランカに及ぶ 7 カ国
の 20 地点で蚊を採集し,AChE 遺伝子コード領域の W455 座位周辺の約 600 塩基配列
の変異を調べた。Trp455 をもつ AChE 抵抗性遺伝子は,ジャワ島とラオスを除く調査
地点のほぼすべてにおいて 7 千 km の範囲におよんで高い頻度で存在した(図 6,本図
凡例では Trp と Phe を 1 文字表記でそれぞれ W と F と表している)
。
図 6. 殺虫剤抵抗性 AChE 遺伝子の頻度分布
驚くべきことに,Trp455 をコードする抵抗性遺伝子は,西表島,石垣島,台湾とい
う近隣する 3 島に一部見られた例外を除き,すべて 1 つの起源に突然変異が由来すると
考えられる同一のハプロタイプであった。西表島の蚊を 57 頭(テストした遺伝子の数
はその 2 倍の 114 個に相当)調べたところ,W455 抵抗性遺伝子は 64%を占め,2 通り
14
の塩基配列があった(図 6)。1つは,有機リン剤抵抗性の富山系統で最初に見つかっ
た遺伝子配列と全く同じで,TYM 型ハプロタイプとよぶ。もう一方は現在までに西表
島のみで見つかっている遺伝子配列で,IRO 型ハプロタイプとよぶ。TYM 型と IRO 型
は,殺虫剤感受性の高知系統の AChE 配列(KCH 型)に比べると,Phe455 座位 (TTT)
が Trp (TGG)に置き換わっているという点では共通であるが,両者の間ではアミノ酸置
換を生じない 7 箇所の塩基座位で相異があった(図 7)
。一方,西表島の採集蚊の中で
は,Phe455 をコードする感受性遺伝子は残りの 36%しか占めないにもかかわらず,配
列決定を行った 600 塩基の範囲で調べて,13 通りもの塩基配列があると推定され,ハ
プロタイプの多型性が保存されていた(図表は省略)。TYM 型と IRO 型の他にも,同
じく Trp455 (TGG)をもち殺虫剤低感受性を発現しているが,TYM 型に比べ 1 塩基だけ
異なる配列をもつ TYM 亜型が台湾に,また,IRO 型に比べ 1 塩基だけ異なる配列をも
つ IRO 亜型が石垣島とベトナムに,ごく低頻度ながら存在した。これら 2 つの亜型が
TYM 型あるいは IRO 型から塩基置換突然変異または染色体間の遺伝学的組換えにより
派生したものとみなすと,抵抗性をもたらす突然変異の起源は,たった 2 つしかなかっ
たといえる。
変異座位# 1
|
KCH T
TYM C
IRO T
2
3
|
|
G T T T
G G G T
A G G C
4
|
C
T
C
5
|
T
C
T
6
|
C
C
T
7
|
C
T
C
図 7. 殺虫剤抵抗性 AChE 遺伝子のハプロタイプ
Phe455 (TTT)座位が Trp (TGG)へと共通に置き換わっている抵
抗性遺伝子の TYM 型と IRO 型ハプロタイプは,互いに 7 つの
塩基座位で異なっている。KCH は殺虫剤感受性高知系統に含
まれるハプロタイプ。
F455座位
わが国において稲作における有機リン系農薬の普及は 1952 年に実用化したパラチオ
ンによるニカメイチュウの防除に遡る。アジアの稲作を行う国では,経済的発展ととも
に農業害虫の防除のために殺虫剤が広く利用されるようになっている。F455W 突然変
異がアジアのどこかで起こり,この突然変異をもつ TYM 型ハプロタイプが蚊の移住と
殺虫剤選抜により急激にアジアの諸地域にまったものと考えられる。TYM 型ハプロタ
イプの誕生と広範なアジア地域への伝播には,コガタアカイエカの移動能力の高さが係
わっているのかも知れない。しかしながら,アジア大陸の一角にあるラオスでは,調べ
たサンプル規模(20 遺伝子)では Trp455 をコードする抵抗性遺伝子は見つからなかっ
た。この地への抵抗性遺伝子を保有する蚊の流入がなかったとは考えにくく,殺虫剤に
よる選抜がこれまでに働いていなかったと考えるのが自然であろう。わが国で記録上最
初に有機リン非感受性の AChE 酵素が確認されたのは 1978 年採集蚊に遡る(21)。これ
より以前から稲作に有機リン系農薬を利用していた国のいずれかで,抵抗性遺伝子が生
じたといえる。
以上,おもにグローバルに広まった有機リン剤抵抗性と抵抗性遺伝子について述べて
きたが,コガタアカイエカには,局地的で一時的に出現したといえるかもしれない抵抗
15
性が記録されている。1987 年の沖縄県知念村での採集に基づき,一度だけコガタアカ
イエカの明瞭なピレスロイド抵抗性が確認されている(26)。知念コロニーは,エトフェ
ンプロックスを除く各種ピレスロイド系殺虫剤に対し幼虫が 50~1000 倍の抵抗性を示
し,ペルメトリンに関しては幼虫と成虫がともに約 50 倍程度の抵抗性比を示した。DDT
への交差抵抗性が認められること,PBO などの共力効果が小さいこと,および抵抗性
因子の優性の度合いが低いことなどから,ピレスロイド抵抗性の主要因はピレスロイド
作用点の感受性低下によるものと推察された。発生地で農業害虫に使われたフェンバレ
レートにより抵抗性が選抜された可能性が指摘されている。しかし,後年試みられはし
たが,沖縄県においてピレスロイド抵抗性のコガタアカイエカの発生は再確認されてい
ない。
3 種蚊の殺虫剤感受性の現状について述べてきたが,これらは,いずれも幼虫に基づ
くものであった。ナトリウムチャンネルや AChE などといった神経作用点の遺伝子は,
その発現が昆虫の発育ステージに係わらず必須であるため,感受性を低下させる突然変
異は幼虫でも成虫でも共通に抵抗性のメカニズムとなり得る。しかしながら,P450,エ
ステラーゼ,グルタチオン転移酵素といった殺虫剤代謝酵素の活性増大による抵抗性メ
カニズムは,幼虫期に抵抗性の要因となっている遺伝子の過剰発現が成虫ではほとんど
見られないという例(またはそのステージを逆にする例)もネッタイシマカやイエバエ
のピレスロイド抵抗性系統を使って経験している。成虫における IGR を除く殺虫剤の
有効性についても併せて確認してゆく必要がある。
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17
ネッタイシマカおよびヒトスジシマカの殺虫剤感受性について
長崎大学熱帯医学研究所
川田 均
1.はじめに
デング熱およびデング出血熱は、熱帯地域において最も重要な蚊媒介性疾患の一つで
あるが、死亡患者の相対的な少なさによるものか、現在では「見放された熱帯病
(Neglected Tropical Diseases)」の一つにリストされてしまっている。デングの主要な媒
介蚊として、ネッタイシマカ Aedes aegypti (L.) とヒトスジシマカ Aedes albopictus
(Skuse) が重要な位置を占めていることは言うまでもない。ネッタイシマカは、中南米、
東南アジア、南アジア等の熱帯地域に広範囲に分布するが、黄熱病・デング熱その他の
多くの熱帯病の媒介蚊であることから、古くから防除の対象になっており、防除の歴史
に伴って、殺虫剤抵抗性に関する報告がなされてきている。1980 年以前には DDT 散布
が主流であり、DDT に対する抵抗性の報告が世界のほぼ全域からされている。1985 年
から 2000 年にかけては、有機リン剤およびカーバメイト剤に対する抵抗性報告が多く
表1 ネッタイシマカの殺虫剤抵抗性に関する報告
< 1970
1971 - 1975
1981 - 1985
1986 - 1990
OP CB PY
(Robert and Olson
1989)
北米
中南米
1976 - 1980
DDT
(Wood 1968)
1996- 2000
2001 - 2005
2006 - 2010
OP PY
(Rodriguez et al.
2001)
OP
(Lima et al. 2003)
OP PY
(Rodriguez et al.
2007)
OP PY
(Macoris et ai. 2007)
OP PY
(Sames et al. 1996)
OP
(Rawlins and
Ragoonansingh 1990)
OP
(Georghiou et al.
1987)
DDT
(Wood 1965)
1991 - 1995
OP CB PY
(Milena 1995)
OP
(Coto et al. 2000)
DDT OP CB PY
(Mekuria et al. 1991)
OP
(Rawlins and
Samuel 1998)
OP
(Rawlins and Wan
1995)
OP CB PY
(Mazzarri and
Georghiou 1995)
OP
(Macoris et al. 2003)
PY
(da-Cunha et al.
2005)
PY
(Brengues et al.
2003)
PY
(Rodriguez et al.
2005)
欧州
DDT OP PY
(Cui et al. 2006)
中国
DDT OP
(池庄司ら 1958)
DDT
(Margham and
Wood 1975)
DDT
(Kohn 1991)
DDT
(Bang at al. 1971)
東南アジア
PY
(Brengues et al.
2003)
OP PY
(Vu et al. 2004)
OP PY
(Ponlawat et al.
2005)
OP PY
(Ping et al. 2001)
DDT
(Thaung et al. 1975)
DDT OP CB PY
(Thanispong et al.
2008)
OP PY
(Sathantriphop et
al 2006)
OP CB PY
(Jirakanjanakit et al.
2007)
PY
(Ahmad et al. 2007)
DDT PY
PY
(Somboon et al. (Kawada et al. 2009)
2003)
PY
(Huber et al. 2003)
南アジア
OP
(Madhukar and
Pillai 1970)
DDT OP PY
(Mourya et al. 1993)
DDT OP
(Thavaselvam et al.
1993)
OP CB PY
(Failloux et al. 1994)
太平洋
アフリカ
DDT
(Inwang et al. 1967)
DDT
(Bansal and Singh
2003)
OP
(Karunaratne and
Hemingway 2001)
DDT OP CB PY
(Sharma et al. 2004)
DDT OP
(Tikar et al. 2008)
PY
(Brengues et al.
2003)
PY
(Brengues et al.
2003)
日本
*赤字は抵抗性に問題あり、青地は問題なし(OP, 有機リン剤; CB, カーバメイト剤; PY, ピレスロイド剤)
18
みられるが、1990 年代になるとピレスロイド剤に対する報告がこれに加わり、2000 年
以降はピレスロイド剤に対する抵抗性の報告が目白押しとなっている(表 1)。ヒトス
ジシマカは東洋に起源を発すると言われているが、20 世紀になってから、ハワイおよ
び南太平洋の島々に分布が拡大した(Hawley 1988)
。その後 1980 年代初期に、北米大
陸東南部での生息が確認され(Reiter 1998)、現在では北米大陸中南部の普通種となっ
ている(Moore 1999)
。1980 年代後半には、中南米や豪州、オセアニア、アフリカ大陸
にも侵入が確認されており、デング熱やチクングニア熱の重要な媒介蚊として注目され
ている。中古タイヤの日本から米国を中継した全世界への輸出が、この分布拡大の一つ
の重要な要因であることは確実である。ヒトスジシマカに関する殺虫剤抵抗性の報告は、
分布拡大が近年であることから、比較的少ないが、1980 年以前から日本人研究者によ
って殺虫剤抵抗性に関する研究がなされている事実は興味深い。1980 年代後半に北米
で有機リン剤抵抗性が報告されているが、
これは本種の侵入に対してマラチオンの ULV
散布が頻繁に行われたことに起因しているのであろう。その他の地域では、今のところ
表2 ヒトスジシマカの殺虫剤抵抗性に関する報告
< 1980
1981 - 1985
1986 - 1990
1991 - 1995
OP CB PY
(Robert and Olson
1989)
OP CB PY
(Khoo et al. 1988)
北米
1996- 2000
2001 - 2005
OP PY
(Sames et al. 1996)
OP CB PY
(Liu et al. 2004)
2006 - 2010
OP PY
(Sames et al. 1996)
中南米
OP PY
(Romi et al. 2003)
欧州
DDT OP PY
(Neng et al. 1992)
中国
DDT OP PY
(Cui et al. 2006)
DDT PY
(Somboon et al.
2003)
OP PY
(Ping et al. 2001)
東南アジア
OP PY
(Ponlawat et al.
2005)
DDT OP CB PY
(Sharma et al. 2004)
南アジア
OP PY
(Pethuan et al.
2007)
OP CB PY
(Jirakanjanakit et al.
2007)
PY
(Kawada et al. 2009)
アフリカ
日本
DDT OP
(池庄司ら 1958)
DDT OP PY
(高橋ら 1985)
DDT OP PY
(當間ら 1992)
*赤字は抵抗性に問題あり、青地は問題なし(OP, 有機リン剤; CB, カーバメイト剤; PY, ピレスロイド剤)
ヒトスジシマカの殺虫剤抵抗性はネッタイシマカほど深刻ではないように思われる(表
2)。以上のような現状を踏まえ、以下に筆者が関わってきた両種の殺虫剤抵抗性に関す
る話題を提供したい。
19
2.長崎市の公園におけるヒトスジシマカのピレスロイド感受性調査
(1)調査方法
2007 年 6 月 12 日から 9 月 5 日にかけて、長崎市内にある公園 308 カ所を選択し、公
園内にある雨水枡・集水枡に生息する蚊幼虫の分布調査およびピレスロイドに対する感
受性調査を実施した。感受性試験には、採集された終齢幼虫を使用したが、卵あるいは
若齢幼虫については、室内で飼育後終齢に達した時点で試験を実施した。d-T80-アレス
リン の 90%乳剤を使用し、0.4ppm と 0.1ppm の 2 濃度の溶液に幼虫を放ち、30 分間ノ
ックダウンを観察した。幼虫の感受性は Kawada et al. (2009) の方法に準じて、各濃度の
KT50 値を 6 段階のスコア(1-6)に分け、0.1ppm と 0.4ppm のスコアを掛け合わせたも
のを感受性インデックスとした。すなわち、感受性インデックス 1 が最も感受性が高く、
36 が最も感受性が低いと判断できる。
ヒトスジシマカ幼虫は原則 1 群 10 頭として 100mL
の各希釈液に放って観察した(原則として 2 反復)。アカイエカ群幼虫については、1
頭ずつ 20mL の各希釈液に放ち(原則として 20 反復)
、ノックダウンを観察後 Kasai et al.
(2008)の方法に準じて、幼虫体全体を使用した PCR 法によって、アカイエカとチカイエ
カの種同定を行った。採集地点の表示、および採集地点における蚊の種類とその周辺の
環境要因の解析には ArcGIS 9.2 (ESRI Japan)を使用した。
(2)結果
5 万分の 1 の地図と GPS を併用して調査を行ったが、実際に調査ができたのは、308
カ所中 194 カ所であった(図 1, 2)。また、194 カ所の公園のうち、アカイエカ群の幼虫
が確認できたのは 31 カ所、ヒトスジシマカ幼虫が確認されたのが 34 カ所、両種が確認
されたのが 14 カ所であった。アカイエカ群の幼虫のうち、アカイエカは 768 個体中 717
個体(93.4%)、チカイエカは 7 個体(0.9%)
、同定不能が 44 個体(5.7%)となり、採
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開設年
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図1
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調査対象公園の位置および開設年(中央部が長崎市中心部)
図2
20
調査対象公園の標高
標高
幼虫が採集された場所
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ヒトスジシマカ
アカイエカ
ヤマトヤブカ
クシヒゲカ
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図3
蚊幼虫の採集された場所と蚊の種類
集された幼虫のほとんどがアカイエカであることがわかった。チカイエカは稲佐児童公
園および扇町公園の 2 カ所でのみ採集された。ヒトスジシマカとアカイエカ群幼虫は、
いずれも比較的標高の低い場所で採集され、標高の高い場所では、ヤマトヤブカやクシ
ヒゲカ(アカクシヒゲカおよびヤマトクシヒゲカ)が主に採集された(図 3)。また、
蚊幼虫の分布と、公園の場所の標高、公園周辺の人口密度、トイレの有無(すなわち、
雨水以外に水の供給があるかないか)について相関を見たところ、アカイエカ群、ヒト
重回帰分析による幼虫の存在の要因解析
標高
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アカイエカ
要因
推定値
標準誤差
χ2
p
切片
1.3711
0.3554
14.88
0.0001
標高
0.0046
0.0035
1.65
0.1995
水設備の有無
0.6372
0.2175
18.59
0.0034
11.29
0.0035
全体
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水設備の有無
ヒトスジシマカ
要因
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推定値
標準誤差
χ2
切片
0.9605
0.3375
8.10
0.0044
標高
0.0078
0.0037
4.47
0..346
!
!
!
水設備の有無
0.4735
0.2027
5.46
0.0195
11.15
0.0038
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図4
幼虫の存在と環境要因との相関性
21
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全体
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アカイエカのアレスリンに対する感受性
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ヒトスジシマカのアレスリンに対する感受性
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図5
アカイエカおよびヒトスジシマカ幼虫のアレスリンに対する感受性の分布(数字は感受性インデックス)
22
スジシマカいずれの種においても、水設備のある公園での存在確率が高いことがわかっ
た(図 4)。
アカイエカおよびヒトスジシマカ幼虫の d-T80 アレスリンに対する感受性の分布を
図 5 に示した。両種とも、全体的にみると際だって高い抵抗性を示さなかったものの、
アカイエカに比べると、ヒトスジシマカのアレスリンに対する低感受性が目立った。そ
こで、長崎市における蚊の防除に関する記録を文献や市役所への聞き取り調査で調べた
ところ、表 3 のような背景が明らかとなった。すなわち、1950 年代前半には、墓地の
周辺やアカダナに DDT 油剤や粉剤を重点的に散布していた。そして、DDT の使用禁止
蚊とハエのいない健康で明るい町作り運動
5%DDT油剤(発生を認めた水域に不定期に散布)
1953
5%DDT油剤(発生を認めた水域に1回/10-15日散布)
1954
3%BHC粉剤(発生可能な水域に1回/10-15日散布)
全墓地の容器にDDT(100ppm)を3-4回/年注入 (大利, 1958)
1962
DDTの墓地容器での残効性調査 (大利ら, 1962)
1973
DDT使用禁止
1974
ダイアジノン乳剤・テメフォス乳剤の有効性確認 (伊藤・下釜, 1974)
5%テメフォス乳剤の墓地容器への使用開始
1985
墓地で採集したヒトスジシマカコロニーにDDT抵抗性 (高橋ら, 1985)
1987~ 5%フェンチオン乳剤の墓地容器への使用開始
1952
道路側溝:5%フェニトロチオン粉剤→1%ダイアジノン粉剤
→1%フェンチオン粉剤
墓地:5%フェンチオン乳剤
暗渠:DDVP油剤
2000
伝染病予防法改正による散布中止
表3
長崎市における蚊防除の歴史と殺虫剤の散布歴
に伴って、ダイアジノン、テメフォス、フェンチオン、フェニトロチオンなどの有機リ
ン剤がこれに代わったが、ピレスロイド剤は全く防除には使用されなかったことが分か
った。さらに、2000 年以降には伝染病予防法改正によって組織的な殺虫剤の散布は実
施されなくなっている。したがって、長崎市内のヒトスジシマカにおけるピレスロイド
低感受性は、おそらく 1950 年代の DDT 散布による影響と考えるのが妥当と思われた
(Kawada et al. 2009c)
。
23
3.ベトナムの中古タイヤから採集されたネッタイシマカのピレスロイド感受性調査
(1)調査方法
2006 年 12 月 7 日から 2008 年 1 月 16 日にかけての 3 年間にわたって、ベトナム北部
の山間地から南部のメコンデルタ地帯にかけて 5 回の蚊幼虫採集調査を実施した。調査
は、国道を自動車で移動しながら、国道沿いに点在する中古タイヤ(主に自動車修理店
の周辺が多い)に発生していた蚊幼虫を採集することによって行った。調査地点は GPS
によって位置を記録し、タイヤ数、水の有無、幼虫の有無、周囲の環境等を記録した。
調査地点にはネッタイシマカとヒトスジシマカが混在している可能性があるので、採集
した幼虫は、生きたまま持ち帰り、Stegomyia グループの幼虫について d-T80 アレスリ
ンを使用した前述と同様の感受性試験を採集したその日に実施(1 頭づつの試験を 1 濃
度につき原則 20 反復)
、その後実体顕微鏡下で種同定を行い、ネッタイシマカとヒトス
ジシマカの両種について感受性インデックスを求めた。採集地点の表示、および採集地
点における蚊の種類およびピレスロイド感受性とその周辺の環境要因の解析には
ArcGIS 9.2 (ESRI Japan)を使用した。
(2)結果
(2)-1
ベトナムの中古タイヤから採集されるネッタイシマカにおけるピレスロイド抵
抗性の分布
採集は総計 527 地点で実施した。調査対象の 19188 個のタイヤのうち、4757 個のタ
イヤについて幼虫の有無を調査した。うち、2468 個のタイヤには水が存在し、852 個か
ら蚊幼虫が採集された。さらに、そのうち 653 個からデング熱媒介蚊であるネッタイシ
マカあるいはヒトスジシマカ幼虫が採集された。また、採集された全幼虫のうち、8771
頭はネッタイシマカ、5916 頭はヒトスジシマカ、11656 頭がネッタイイエカであった。
Stegomyia グループの 2 種について解析すると、ネッタイシマカはベトナム南部におい
て優占種であるが、北部に行くに従って次第にヒトスジシマカが優占種となることが分
かった。また、南部においても、山間部ではヒトスジシマカが優占種となった(図 6、
Higa et al. 2009)
。
ネッタイシマカ、ヒトスジシマカおよびネッタイイエカ幼虫のアレスリンに対する感
受性インデックスを図 7 に示した。ネッタイイエカは南部の都市(Nha Trang)周辺に
おいて、若干の感受性低下を示す地域が散見されるものの、全体的にはさほど高い抵抗
性は顕著ではなかった。ヒトスジシマカは、ベトナムのほぼ全域にわたって、正常な感
受性を示すと言っていいであろう。これに対して、ネッタイシマカでは、明らかに南部
地域での感受性低下が顕著にみられた。この感受性低下はデング発生のほとんど問題と
ならない南部の山間部においても同様であった。ネッタイシマカの感受性インデックス
と、1998 年から 2002 年にかけての全国でのマラリアコントロール用およびデングコン
トロール用に使用されたピレスロイド剤の使用量(図 8)との相関を解析したところ、
24
Aedes aegypti
Aedes albopictus
図6
ベトナムの中古タイヤに生息するネッタイシマカとヒトスジシマカの分布状況
(各円グラフは、2 種の相対的比率を示す;青丸は標高の高い山間地)
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Susceptibility Index
1-10
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Aedes albopictus
Culex quinquefasciatus
ベトナムの中古タイヤに生息するネッタイシマカ、ヒトスジシマカ、ネッタイイエカのア
レスリンに対する感受性インデックスの分布
25
デング対策のためのピレス
ロイド使用量 (2007)
感受
図8
マラリア対策のためのピレス
ロイド使用量 (1998-2002)
性イ
ベトナムにおける省別のマラリアコントロール用、およびデングコントロール用のピレス
ロイド使用量
ンデックスはマラリアコントロール用に使用されたピレスロイド使用量に正の相関を
示した(Kawada et al. 2009a)。ベトナムでは、1994 年までは DDT が主にマラリアコン
トロールのための残留散布剤として使用されてきたが、1995 年に DDT の使用がが禁止
されてから今日まで、λ-サイハロスリン、α-サイパーメスリン、デルタメスリン、
ペルメトリンといった高性能のキル剤のみが大量に使用されてきている。この使用量は、
近隣のアジア諸国に比べても有意に多い(図 9、Zaim and Jambulingam 2007)。一方、
デングコントロールももっぱら上記にあげたようなピレスロイド剤で行われており、ホ
ーチミンのパスツール研究所からの報告では、2007 年の 1 年間にλ-サイハロスリン、
デルタメスリン、ペルメトリンが南部の 20 省において 21000 リットル使用されている。
このように、ベトナムでは大量の高性能ピレスロイド剤が広範囲に散布されてきている
とみられ、南部でのピレスロイドに対する感受性低下の原因となっているものと思われ
る。これは、マラリア媒介蚊においても同様で、Anopheles dirus s.l. や An. epiroticus が
ベトナム中南部において広範囲にわたってピレスロイド抵抗性を発達させている事実
が最近詳細に報告されている(Bortel et al. 2008)。
26
(L)
40000
Indonesia
35000
Myanmar
30000
Sri Lanka
Thailand
25000
Malaysia
20000
Vietnam
15000
10000
5000
図9
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
0
東南アジア諸国におけるマラリアコントロール用ピレスロイド剤の年間使用量(Zaim and
Jambulingam 2007)
(2)-2
ベトナムのネッタイシマカにおけるピレスロイド抵抗性機構の解析
ピレスロイド抵抗性機構としては、大きく分けて P450 由来の酵素による代謝活性の
増大と、神経膜電位依存性のナトリウムチャンネルを構成する遺伝子のアミノ酸置換に
起因した神経の低感受性の二つが主要因として考えられる。特に後者はピレスロイドの
ノックダウン活性を極度に低下させるために kdr あるいは kdr 様の塩基置換として重要
視され、数多くの研究がなされている。さらに、後者は代謝阻害剤などの添加によって
も感受性を回復させることが不可能であり、各種害虫の難防除の主原因となっている。
そこで、我々はこの kdr 様の塩基置換に注目して、PCR による遺伝子増幅とダイレクト
シークエンシングによる解析により、ピレスロイド抵抗性機構の解明を試みた。ピレス
ロイドの作用点であるナトリウムチャンネルの遺伝子変異として、これまで多くの衛
生・農業害虫種で報告されているドメイン II-膜貫通セグメント 6(DIIS6)領域のアミ
ノ酸置換(L1014F 変異)
(Martinez-Torres et al. 1998, 1999; Enayati et al. 2003)、およ
びネッタイシマカのピレスロイド抵抗性に関連するアミノ酸置換変異で、同じく DIIS6
領域にある V1016G および I1011M (あるいは I1011V)変異(Brengues et al. 2003,
Saavedra-Rodriguez et al. 2007)に関して、ベトナム国内の72カ所から採集されたネ
ッタイシマカ幼虫(計860個体)につき調査したところ、I1011M(あるいは I1011V)
と L1014F 変異は全く見られず、V1016G 変異についてもベトナム南部からの採集幼虫
からわずか2個体が確認されるに留まった。一方、Yanola et al. (2008) は、タイの採集
個体から、上記のアミノ酸置換変異とは異なるドメイン III-セグメント6(DIIIS6)領
域の新しいアミノ酸置換変異(F1269C)を報告しているが、この部位の変異について、
27
Dong Ha
Hue
Da Nang
Tam Ky
Susceptibility
Quang Ngai
1-10
10-20
20-30
> 30
Quy Nhon
Nha Trang
Don Xoai
Ho Chi Minh
My Tho
Can Tho
Ca Mau
Bien Hoa
Soc Trang
Bac Lieu
図 10
ベトナム中南部の中古タイヤから採集されたネッタイシマカ幼虫のアレスリンに対する
感受性と膜電位依存性ナトリウムチャンネルの塩基置換(F1269C)の頻度分布
上記幼虫サンプルに関して同様に調べたところ、非常に高頻度かつ広範囲の地域でこの
変異が確認された。この塩基置換は、ベトナム中部以北では低頻度であるが、中南部に
おいて高頻度となり、特に南部のほぼ全域と Dong Ha、Hue、Da Nang、Tam Ky、Quang
Ngai、Quy Nhon、Nha Trang などの大きな都市部周辺において頻度が高くなる傾向が見
られた。最も高い遺伝子頻度は 87.5%で、Da Nang 市内の採集コロニーにみられた。南
部の山間地において、バイオアッセイでは抵抗性を示しながらも F1269C の頻度が低い
地域がみられたのは興味深い。この地域のネッタイシマカでは異なるピレスロイド抵抗
性機構が関与している可能性が高く、今後の調査が必要である。同様の変異は、タイ、
ミャンマー、カンボジアでも見つかっており、東南アジアに普遍的なアミノ酸置換変異
の可能性が高い(Yanola et al. 2008)
。F1269C を有するコロニーに対しては、PBO の協
力効果もみられず、成虫のピレスロイドに対するノックダウンも極めて遅延されること
から、この塩基置換はベトナムのネッタイシマカのピレスロイド抵抗性において重要な
役割を果たしているものと思われる(Kawada et al. 2009b)
。
28
4.おわりに
ベトナムにおける熱帯病媒介蚊のピレスロイド抵抗性に関する報告は極めて少ない
が、その数少ない結果だけを見てもかなり深刻な状況であることが覗われる。ピレスロ
イド剤は媒介蚊防除の主流となりつつあり、今のところこれに代わる新しい殺虫剤の出
現はなかなか期待できないことから、今後しばらくはできるだけピレスロイド剤の寿命
を長く保ちながら効率的かつ合理的な防除を行う必要がある。Vu et al. (2006)は、ピレ
スロイド抵抗性のベトナム南部地域のネッタイシマカコロニーが、いずれも有機リン剤
に対しては比較的感受性が高いことを報告している。したがって、この地域における有
機リン剤の使用には期待が持たれる。しかし、殺虫剤の無計画かつ大量の使用は、いず
れは抵抗性問題を引き起こすことは必至である。ポピュレーションレベルで殺虫剤抵抗
性を生化学的・遺伝学的にモニターできるシステムの構築、および新しい作用性を有す
る殺虫剤の早期の開発、そして理論的には抵抗性発達の危険性が考えられないノックダ
ウン剤を用いた空間忌避剤(蚊取り線香剤や常温揮散性ピレスロイドを使用した製剤な
ど)の使用等の手段の再考が急務であろう(Kawada et al. 2005, 2006)
。
ヒトスジシマカの抵抗性は、今のところ深刻ではない。これは、発生源がネッタイシ
マカより複雑であることに起因するのかもしれないが、徹底した発生源対策を行えば、
抵抗性が出現することは長崎市の例からも証明済みである。これは幼虫への淘汰が成虫
の抵抗性に影響を及ぼした典型的な事例の一つと考えられる。したがって、ピレスロイ
ド剤を成虫対策の主要手段とするのであれば、幼虫対策に同じ作用性の殺虫剤を使用す
ることは非常に危険である。ヒトスジシマカのピレスロイド抵抗性は、前述の通り世界
的にはまだほとんど問題となっておらず、研究も進んでいないが、kdr 遺伝子解析や代
謝酵素阻害剤の使用による生化学的な解析手法を用いれば、長崎市内のピレスロイド低
感受性の原因がさらに明らかになってくるものと予想される。
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35
効力面から見た適切な薬剤
開放環境下における蚊成虫対策用薬剤の用法・用量
財団法人
日本環境衛生センタ-環境生物部
水谷
澄
はじめに
蚊媒介性疾病が日本国内で発生する確率は、自治体の環境整備による蚊の公共発生源の
激減、これに伴う蚊の密度の減少から必ずしも高くないと思われる。
しかし雨水枡への蚊の定着も各地で認められ、浄化槽のチカイエカ以外の蚊、例えばオ
オクロヤブカの侵入も記録されている。彼らの順応性を考慮すると、諸種条件が満たされ
た時には局所的な流行が起こる可能性は考えなければならない。
その時は緊急対策としてウィルス等病原体を保持している雌成虫を対象とした速やかな
媒介蚊駆除を行う必要がある。具体的には、人家周辺開放環境下での効力の保証された薬
剤処理が必要となる。
ここでは適切な薬剤の選定と用法・用量について検討したので報告する。
1.
供試虫
アカイエカ
Culex pipiens pallens 御所コロニ-
有機燐剤、ピレスロイド剤感受性
アカイエカ
Culex pipiens pallens 林試コロニ-
有機燐剤、ピレスロイド剤に 10 ~
20 倍の抵抗性を獲得している集団(国立感染研昆虫医科学部から分譲を受けた集団)
ヒトスジシマカ
Aedes albopictus 伝研コロニ-
オオクロヤブカ
Armigeres subalbatus 川崎コロニ-
キンパラナガハシカ
殺虫剤感受性集団
殺虫剤感受性集団
Tripteroides banbusa 大磯コロニ-、逗子コロニ-
いずれのコロニ-も当研究室で飼育した羽化 10 日以内の雌成虫を供試した。
2.
供試薬剤
Fenitrothion 10 %乳剤(当研究室で原体から調整した乳剤)
Chlorpyrifos- methyl 10 %乳剤(市販品)
Permethrin 5 %乳剤(ULV 専用剤)
Phenothrin 10 %乳剤(ULV 専用剤)いずれも所定濃度に希釈して供試した。
3.
試験方法
3-1
開放環境の施用を想定した基礎効力試験
上下の抜けている縦、横 0.4m × 0.7m
高さ 1.3m のアクリル製容器を高さ 0.6m の大型
金網かご(目の粗さ 0.5cm)の上に置く。試験容器に接したこの金網にサラン網に入れた
供試虫を吊した。
容器外側上方 10cm 程上空から平行に所定量の薬剤を容器開口部に噴霧し下方の供試虫
36
に暴露させた。
試験は主に 24 立米の試験チャンバ-内で行い、噴霧試験毎に強制換気を行った。なお
1部の試験は研究室 4F ベランダに上述の試験装置を運び実施した。
噴霧方法は HV 処理(低濃度多量処理)ならびに ULV 処理(高濃度少量処理)で行っ
た。なお多量処理は、細霧が放出可能なトリッガ-式の市販噴霧器を用い 250mL/㎡処理、
(この装置では 70mL)、少量処理はガラス製のクロマトグラフ用噴霧器を使用して
2mL/㎡(この装置では 0.56mL)宛処理をした。
薬剤暴露後の供試虫の効果判定は、60 分後までの KD の状況と 24 時間後の致死率によ
り行った。KD の状況を判定後、供試虫を入れたサラン網上にはシロップ綿を置いた。
3-2
実地効力試験
静岡県修善寺町大野地区の極めて開放的な某牛舎で実施した。切り妻型の屋根はあるが、
側面は主に柱で支えられており板で覆われた部分は 40 %程度しかなかった。この中で牛
は 10 数頭飼育されていた。
サラン網に入れた各種供試虫を地上約 1.6 mの牛舎内空間に4箇所に分けて吊した。
薬剤処理範囲は床面積 330 ㎡、地上3m以下の空間に HV 処理は動力噴霧器で83L、
ULV 処理は0.66L宛 ULV 機を用いて均一になるよう空間噴霧した。
効果の判定は処理開始後 30 分後のノックダウン率と 24 時間後の致死率で行った。
4.試験結果と考察
4-1
基礎効力試験
表1は試験室のあるビル4Fのベランダに装置を運び試験を行った結果である。屋外の
風のある中で行う方がより実地に近いとの判断によったが、不安定なビル風が上下の抜け
た装置の下から吹き上げ、上から処理した薬剤は視覚的にはほとんど装置内に降下して
いないと思われた。しかし結果は低濃度多量処理(HV 処理)を行った Chlorpirifos-methyl
10 %乳剤と高濃度少量処理(ULV 処理)の Phenothrin 10 %乳剤いずれも前者は 500 倍区
まで後者は4倍区まで、供試したアカイエカとオオクロヤブカ雌成虫にほぼ 100 %の致死
率が得られ、濃度依存的な明瞭な結果が得られた。
しかしながら風の影響は基礎試験としての効力限界の確認や薬剤間の比較を行う上で無
視できないので、その後の試験は屋内の強制換気可能なチャンバ-内で行った。
後に室内で行った同一試験・同一薬剤(表3.Chlorpyrifos-methyl 1000、2000 倍区参照)
で効力を比較すると処理薬量の約 3/4 が装置外に飛散したことがわかった。
表2は Fenitrothion 10 %乳剤の 500、1000、2000 倍液を用いて HV 処理を行った結果で
ある。60 分後までの3種の蚊成虫、アカイエカ2コロニ-、ヒトスジシマカ、オオクロ
ヤブカの KD 率は、当薬剤の遅効性を反映して低いが、24 時間後の致死率はすべての区
で 100 %致死が得られた。
表3は Chlorpyrifos-methyl 10 %乳剤の上述と同一希釈・処理を行った時の KD 率と致
死率を示している。初期の KD 率は Fenitrothion よりも相対的に高いが、濃度の高い 500
倍区でも 60 分後に 100 %の KD は得られず Fenitrothion と同様の効力傾向が示された。
注目すべきは 2000 倍区でオオクロヤブカ成虫に1部生存虫が見られたことで蚊の種類
37
によってはこの希釈倍率がこの基礎試験の効力限界であることを伺わせた。
表4は Permethrin 5 %乳剤の 500 ~ 2000 倍までの HV 処理と、10 倍希釈液での ULV 処
理を行った試験の KD 率と致死率を示す。アカイエカの抵抗性集団を除き、各希釈倍率い
ずれの試験区も KD の開始が早く、30 分後にほぼ 90 %以上の KD を示した供試コロニ-
区が延べ 16 区中 8 区を数えた。また 60 分後には 100 % KD 区が 50 %を示した。この結
果は供試薬剤がピレスロイドなので速効的な効力特性が示されたものであろう。
致死率は 2000 倍区のアカイエカ抵抗性集団に 1/3 の生存虫が認められた。しかしその
他の供試虫アカイエカ感受性、ヒトスジシマカ、オオクロヤブカは 100 %致死したのは
特筆される。
表1.基礎効力試験(於ビル4Fベランダ)
──────────────────────────────────────
希釈
供試薬剤
倍率
供試
供試虫
虫数
KD率(%)
30min
致死率(%)
60
24 時間
──────────────────────────────────────
Chlorpyrifos
× 250
- Methyl
10 % EC*
500
1000
Cpp
90
36.7
96.7
100
As
60
6.7
30.0
100
Cpp
90
7.8
34.4
100
As
60
5.0
21.6
100
Cpp
45
2.2
13.3
As
30
6.7
36.7
──────────────────────────────────────
Phenothrin
10 % EC** × 2
4
10
Cpp
45
22.2
91.1
100
As
30
33.3
73.3
100
Cpp
45
2.2
26.7
97.8
As
30
46.7
100
2.9
47.1
33.3
100
Cpp
As
34
30
──────────────────────────────────────
注)Cpp アカイエカ雌成虫
As オオクロヤブカ雌成虫
薬量 * 250mL/㎡(70mL/装置) ** 2mL/㎡ (0.56mL/装置)
ペストロジ- 23(2)
65 (2008) 元木、佐々木,楠木、水谷を改変
38
Permethrin 5 %乳剤 10 倍液を用いた ULV 処理区は、上記3種4コロニ-の供試虫いず
れも 100 %致死した。有効成分量を HV 処理に換算すると 1250 倍に相当するので、試験
結果は妥当であると云える。
表5は Phenothrin 10 %乳剤 HV 処理の結果である。アカイエカ抵抗性集団の効力が低
く供試虫の 80 %が生き残った。しかしその他の供試虫は前述した Permethrin 同様 100 %
致死を示し極めて優れた効力が得られた。
表 6 は 低 濃 度 多 量 処 理 ( HV 処 理 ) を 行 っ た 時 の 、 供 試 4 製 剤 、 Fenitrothion、
Chlorpyrifos-methyl、Permethrin、Phenothrin の 2000 倍区の効力を比較した表である。
表2.基礎効力試験(試験チャンバ-内)
フェニトロチオン
──────────────────────────────────────
希釈
供試薬剤
倍率
供試
供試虫
KD率(%)
虫数
30min
60
致死率(%)
24 時間
──────────────────────────────────────
Fenitrothion × 500
10%EC
Cpp-S
30
16.7
40.0
100
Cpp-R
24
4.2
8.3
100
albo
30
10.0
36.7
100
As
24
8.3
100
───────────────────────────────
× 1000
Cpp-S
30
16.7
100
Cpp-R
24
8.3
100
albo
30
13.3
100
As
24
4.2
100
───────────────────────────────
× 2000
Cpp-S
30
0
100
Cpp-R
30
0
100
albo
30
3.3
100
As
15
0
100
──────────────────────────────────────
注)Cpp-S・R:アカイエカ感受性・抵抗性
薬量
albo:ヒトスジシマカ
As:オオクロヤブカ
250mL/㎡(70mL/0.28 ㎡)- HV 処理(低濃度多量処理)
有機燐剤とピレスロイド剤の効力の違いは、特に標準的な空間噴霧を行った時、ピレス
ロイド剤は処理後短時間内に供試虫の KD が顕著に現れるのが特徴であるが、その傾向は
見られているものの Chlorpyrifos-methyl と比べると著しい差はない。
39
一方ピレスロイド剤2薬剤の致死効力が 2000 倍(有効成分濃度 0.0025 ~ 0.005 %)と
いう低い濃度にもかかわらず、供試した有機燐剤2製剤と同じく 100%致死が得られてい
るのは興味深い。何故なら微量滴下試験結果等から判断すると、この濃度を 0.5 ~ 1uL(マ
イクロリッター)蚊が取り込んだ時どうにか 100 %致死が得られる量だからである。
薬剤感受性のアカイエカ雌成虫の基礎効力を、最低致死量から判断するとおよそ
Chlorpyrifos-methyl は Fenitrothion の2~3倍の効力、Fenitrothion は Permethrin、Phenothrin
の約3倍の効力があると考えられる。この計算でいくと蚊の種類によっては(薬剤感受性
集団)2000 倍区は生き残りが出てもおかしくない希釈濃度になる。
最も効力の高いと思われている Chlorpyrifos-methyl 製剤のオオクロヤブカで生存虫が認
められた。この事実は本試験の薬量 250mL/㎡、HV 処理、2000 倍区が最低致死量のほぼ
効力限界あるいは近ずいた希釈濃度、薬量であると考えられる。
4000 倍区の試験を行っていないのであくまでも予測であるが、供試虫によっては 24 時
間後の致死率に生き残りが出現するのではないかと思われる。
表3.基礎効力試験(試験チャンバ-内)
クロルピリホスメチル
──────────────────────────────────────
希釈
供試薬剤
倍率
供試
供試虫
KD率(%)
虫数
30min
60
致死率(%)
24 時間
──────────────────────────────────────
Chlorpyrifos
× 500
Cpp-S
30
30.0
86.7
100
-methyl
Cpp-R
27
37.0
77.8
100
10%EC
albo
30
20.0
53.3
100
As
24
8.3
25.0
100
───────────────────────────────
× 1000
Cpp-S
30
6.7
56.7
100
Cpp-R
30
3.3
33.3
100
albo
30
6.7
36.7
100
As
24
8.3
29.2
100
───────────────────────────────
2000
Cpp-S
30
0
16.7
100
Cpp-R
15
0
20.0
100
albo
30
10.0
53.3
100
As
15
0
6.3
86.7
──────────────────────────────────────
注)Cpp-S・R:アカイエカ感受性・抵抗性
薬量
albo:ヒトスジシマカ
250mL/㎡(70mL/0.28 ㎡)- HV 処理(低濃度多量処理)
40
As:オオクロヤブカ
表4.基礎効力試験(試験チャンバ-内)
ペルメトリン
──────────────────────────────────────
希釈
供試薬剤
倍率
供試
供試虫
KD率(%)
虫数
30min
60
致死率(%)
24 時間
──────────────────────────────────────
Permethrin
× 500
5%EC
Cpp-S
30
96.7
100
100
Cpp-R
15
53.3
93.3
100
albo
22
95.5
100
100
As
24
95.8
100
100
───────────────────────────────
*250mL/㎡
× 1000
(70mL/0.28 ㎡)
Cpp-S
30
93.3
100
Cpp-R
15
0
albo
24
87.5
100
100
As
24
91.7
95.8
100
20.0
100
100
────────────────────────────────
× 2000
Cpp-S
30
23.3
83.3
100
Cpp-R
15
0
26.7
66.7
albo
30
90.0
100
100
As
15
93.3
100
100
──────────────────────────────────────
Permethrin
× 10
Cpp-S
30
6.7
56.7
100
5%EC
Cpp-R
15
0
13.3
100
**2mL/㎡
albo
12
33.3
83.3
100
(0.56mL/㎡)
As
15
60.0
100
100
──────────────────────────────────────
注)Cpp-S・R:アカイエカ感受性・抵抗性
処理方法
*
**
albo:ヒトスジシマカ
HV 処理(低濃度多量処理)
ULV 処理(高濃度少量処理)
41
As:オオクロヤブカ
表5.基礎効力試験(試験チャンバ-内)
フェノトリン
──────────────────────────────────────
希釈
供試薬剤
倍率
供試
供試虫
KD率(%)
虫数
30min
致死率(%)
24 時間
60
──────────────────────────────────────
Phenothrin
× 500
10%EC
Cpp-S
25
96.0
100
100
Cpp-R
24
29.2
87.5
100
albo
24
95.8
100
100
As
24
100
100
100
──────────────────────────────────────
× 1000
Cpp-S
30
40.0
93.3
100
Cpp-R
24
12.5
25.0
100
albo
24
95.8
100
100
As
24
95.8
100
100
──────────────────────────────────────
× 2000
Cpp-S
30
3.3
Cpp-R
15
0
albo
30
As
15
16.7
100
0
20.0
86.7
96.7
100
66.7
93.3
100
──────────────────────────────────────
注)Cpp-S・R:アカイエカ感受性・抵抗性
薬量
albo:ヒトスジシマカ
As:オオクロヤブカ
250mL/㎡(70mL/0.28 ㎡)- HV 処理(低濃度多量処理)
表7は極めて開放的な牛舎で行った実地効力試験の結果である。供試薬剤は HV 処理に
Chlorpyrifos -methyl 10%EC、ULV 処理に Phenothrin 10%EC を選定した。
希釈倍率は HV 処理の基礎効力試験結果から効力の安全係数を考慮して前者は 200 倍と
500 倍区、後者は2倍と4倍に決定した。
供試虫は通常屋外で普通に生息しているアカイエカ感受性集団、同抵抗性集団、ヒトス
ジシマカ、キンパラナガハシカ、オオクロヤブカを供試した。設置場所は牛に邪魔されな
い4空間を選び吊した。
噴霧機器は試験法に示した通り動力噴霧器と ULV 機を使用した。
その結果、HV 処理の Chlorpyrifos-methyl の 200 倍処理では、30 分後の KD 率と 24 時
間の致死率は、供試した5コロニ-すべて 100 %であった。また 500 倍処理区も 24 時間
後に供試4コロニ-共 100 %致死が得られた。
他方、ULV 処理の Phenothrin10%EC の 2 倍ならびに 4 倍区は、供試虫すべてが 100 %
の KD 率、致死率を示した。
42
表6.基礎効力試験4薬剤 2000 倍区の効力比較
───────────────────────────────────
KD率(%)
供試薬剤
供試虫
30min
致死率(%)
24 時間
60
───────────────────────────────────
Fenitrothion
Cpp-S
0
0
100
10%EC
Cpp-R
0
0
100
albo
0
3.3
100
As
0
0
100
───────────────────────────────────
Chlorpyrifos
Cpp-S
0
16.7
0
20.0
100
-methyl
Cpp-R
100
10%EC
albo
10.0
53.3
100
As
0
6.3
100
───────────────────────────────────
Permethrin
Cpp-S
23.3
83.3
100
10%EC
Cpp-R
0
26.7
66.7
albo
90.0
100
100
As
93.3
100
100
───────────────────────────────────
Phenothrin
Cpp-S
3.3
16.7
100
Cpp-R
0
0
20.0
albo
86.7
96.7
100
As
66.7
93.3
100
───────────────────────────────────
薬
量 : 70mL/㎡
(低濃度多量処理)
以上の結果から、ここで行った低薬量区、HV 処理では 500 倍希釈、ULV 処理4倍希釈
は屋外の開放空間で有効であると判断された。
しかしながら今回行った一連の試験は室内飼育集団を設置した試験で、フィ-ルドに生
息している蚊集団を対象に行った試験ではない。
多くの開放空間は、樹木や草むら、その他あらゆる障害物が存在するので、そこに隠れ
て係留している蚊成虫に薬剤の噴霧を到達させなければならない。さらに単なる成虫対策
とは異なり緊急時対策用であることを考慮して、効力の安全係数を加えると以下の用法・
用量が妥当であろうと思われた。
低濃度多量処理(HV 処理)-
高濃度少量処理(ULV 処理)-
250 ~ 500 倍希釈
2~4倍希釈
薬量
薬量
250mL /㎡
2mL /㎡
いずれの処理方法も地上3m以下の開放環境を対象に均一に空間噴霧する。
43
表7.開放的な牛舎で行った実地効力試験
─────────────────────────────────────
* Chlorpyrifos-methul 10%EC × 200(0.05%)
供試
供試虫
虫数
KD 率(%)
30 分
× 500(0.02%)
致死率
供試
24 時間
虫数
KD 率(%)
30 分
致死率
24 時間
─────────────────────────────────────
Cpp-S
60
100
100
60
71.7
100
Cpp-R
11
100
100
11
45.5
100
albo
55
100
100
48
64.6
100
Tb
16
100
100
10
100
As
15
100
-
100
100
-
-
─────────────────────────────────────
** Phenothrin 10%EC × 2 (5%)
供試虫
× 4(2.5%)
供試
KD率(%)
致死率
供試
KD率(%)
致死率
虫数
30 分
24 時間
虫数
30 分
24 時間
─────────────────────────────────────
Cpp-S
30
100
100
40
100
100
Cpp-R
11
100
100
11
100
100
albo
36
100
100
35
100
100
Tb
17
100
100
15
100
100
As
-
-
-
15
100
100
─────────────────────────────────────
注)
Tb : キンパラナガハシカ
薬量* 83L/330 ㎡
** 0.66L/330 ㎡
ペストロジ- 23(2) 65-66 元木、佐々木、楠木、水谷(2008)を改変
5.まとめ
1)蚊媒介性疾病が日本に発生した時の屋外での成虫対策用薬剤の用法・用量を検討す
るため以下の試験を行った。
2)屋外開放環境下に薬剤処理する方法として、動力噴霧器を使用する HV 処理(低濃
度多量処理)と ULV 処理(高濃度少量処理)を採用した。
3)薬剤は実用性が高いと思われる有機燐製剤2薬剤(フェニトロチオン 10 %乳剤、
クロルピリホスメチル 10 %乳剤)ならびにピレスロイド剤2製剤(ペルメトリン5%乳
剤、フェノトリン 10 %乳剤)を選定した。
4)実地を想定した基礎試験では、HV 処理(用量 250mL /㎡)において4薬剤いず
れも 2000 倍希釈液まで供試虫感受性集団にほぼ 100 %の致死率が得られ、1000 倍液では
抵抗性集団を含む全ての蚊集団が 100 %致死した。
44
5)実地試験は開放的な牛舎で行った。供試薬剤はクロルピリホスメチル 10 %乳剤(HV
処理用)と、フェノトリン 10 %乳剤(ULV 処理用)を選んだ。希釈濃度は基礎試験の結
果から効力の安全係数を考慮して決定した。
6)その結果、クロルピリホスメチル 10 %乳剤、HV 処理は 500 倍区(0.02 %)まで、
またフェノトリン 10 %乳剤、ULV 処理は実施した4倍区まで、供試した4種5コロニ-
の蚊成虫に実用効果が高いことを認めた。
7)今回供試した4製剤クロルピリホスメチル 10 %乳剤、フェニトロチオン 10 %乳剤、
フェノトリン 10 %乳剤ならびにペルメトリン 5 %乳剤は基礎効力で得られた効力の同等
性から、いずれも緊急時対策用薬剤として適切であると思われた。
8)用法・用量は実地試験の結果や対象となる開放環境下の条件、さらに効力の安全係
数等から以下のように設定した。。
9)低濃度多量処理(HV 処理)は 250 倍または 500 倍希釈(用量 250mL /㎡)で上記
4薬剤を対象に、高濃度少量処理(ULV 処理)はフェノトリンとペルメトリン製剤の2
または4倍希釈(用量 2mL /㎡)を施用する。
10)なお薬剤の噴霧施用範囲は地上3m以下の開放環境とする。
以
45
上
有機リン剤の現状・動向・問題提起
(財)日本環境衛生センター
新庄 五朗
客員研究員
有機リン系殺虫剤が第2次世界大戦後我が国に導入され、農業分野及び環境衛生分野で
活用され、石化時代の利便性を標榜する一つの時代を築いた。1991 年の防疫殺虫剤協会に
よれば、薬事法による製造販売承認を得た有機リン剤は昭和 50 年末まで 16 品目を数える
(表1)。昭和 57 年に製造販売承認されたプロペタンホス以降、一般医薬品としての新たな
有機リン剤の製造販売承認はない。平成2年に改訂された殺虫剤指針によると、表1のリ
ストから「クレカルビン」が収載品目から消え 15 品目になっている。平成 15 年に開始さ
れた殺虫剤指針改訂作業では、従前と同様(明確な証拠はないが)一般医薬品の収載する
条件を販売数量1トン以上として収載品目を検討された結果(まだ成果品が世に出てない
が)、検討時点で流通の実績がないか、殆どないとの理由によりマラチオン、フェンクロホ
ス、シアホス、ナレド、ブロモホス、プロチオホスの 6 品目の収載品目から除外されるこ
とになった。そして最近(平成 21 年)になって、更にダイアジノン、クロルピリホスメチ
ル、テメホス、フェンチオン、ピリダフェンチオンの5品目が市場撤退するとの情報が流
れている。残された 4 品目に内でジクロルボスについてもその挙動が心配されている。こ
のような我が国の有機リン剤の品目の減少動向は事実のようである。
この有機リン剤の品目減少の理由は、私見であるが、以下のようなことが考えられよう:
1)有機リン剤による健康被害のリスクは予想以上に大きい?:空散、シックハウス、
シックスクール、化学物質過敏症・・・・・
2)市場が小さくなった?:抵抗性、環境整備、感染症の流行、法律の改変・・・
3)有機リン剤に代わる剤が開発?:ニコチン受容体、GABA 受容体・・・
4)防疫分野は農業分野の殺虫剤に依存?
5)諸外国の有機リン剤の規制にともなう国際的脱有機リン剤の流れ?
6)その他
そして、なにが正しいものかは一般的には見えてこない。
そこで、我が国の環境衛生の向上に寄与した有機リン剤を検証し、近年諸外国で様々な
節足動物媒介性感染症が蔓延のリスクに対し、残された有機リン剤(ジクロルボス、トリ
クロルホン、フェニトロチオン、プロペタンホスの 4 品目?)で緊急時対策が可能か?ポ
スト有機リン剤はあるか?などの議論が必要と思える・
この機会に殺虫剤研究班で議論することを提案する。
なお、参考までに 1991 年度と 2008 年度の日本防疫殺虫剤協会の加盟会社を附記した。
ここ十数年の間の加盟会社の変化も見られる。
46
以上
表1
薬事法で製造販売承認された有機リン系殺虫成分一覧(防殺協ニュース
承認年度
殺虫剤名
1
昭和 30 年
マラソン
2
昭和 31 年
3
4
1991)
承認年度
殺虫剤名
9
昭和 47 年
テメホス
ジクロルボス
10
昭和 48 年
シアホス
昭和 32 年
ダイアジノン
11
昭和 49 年
クレカルビン
昭和 37 年
トリクロルホン
12
昭和 50 年
ブロモホス
5
フェンクロホス
13
昭和 51 年
ピリダフェンチオン
6
ナレド
14
昭和 54 年
クロルピリホスメチル
7
昭和 38 年
フェニトロチオン
15
昭和 56 年
プロチオホス
8
昭和 39 年
フェンチオン
16
昭和 57 年
プロペタンホス
(参考)
1.日本防疫殺虫剤協会名簿:1991 年度
東洋化学薬品(株)、大阪化成(株)、大日本除虫菊(株)、玄々化学工業(株)、フマキラ
ー(株)、近藤化学工業(株)、アース製薬(株)
、三共(株)
、有恒薬品工業(株)、明治薬
品工業(株)
、三笠化学工業(株)、神東塗料(株)
、永光化成(株)、日本特殊農薬製造(株)、
日本化薬(株)、呉羽化学工業(株)、三井製薬工業(株)、住友化学工業(株)、稲畑産業
(株)、繁和産業(株)、長瀬産業(株)、住友商事(株)
以上 22 社
2.防疫殺虫剤協会名簿:2008 年度
アース製薬(株)、大阪化成(株)、三共アグロ(株)、住化エンビロサイエンス(株)、大
日本除虫菊(株)、日本曹達(株)、フマキラートータルシステム(株)、ヤシマ産業(株)、
(株)クレハアグロ、住友化学(株)、デュポン(株)、日本化薬(株)、日本液炭(株)、
バイエルクロップサイエンス(株)、アリスターライフサイエンスアグリマート(株)、稲
畑産業(株)
、住商アグロインターナショナル(株)、長瀬産業(株)、鵬図商事(株)
以上 19 社
•
47
供給可能な薬剤
日本防疫殺虫剤協会
専務理事 池田文明
1.
はじめに
■日本防疫殺虫剤協会とは
日本防疫殺虫剤協会は、昭和36年11月(1961年)業界の健全化及び殺虫剤の有効
性、安全性、利便性の向上を目的に製剤メーカー17 社で設立されました。現在の会員は、
防疫用殺虫剤を製造販売する製剤メーカー7社、殺虫剤原体を開発、製造、販売(輸入)
する原体メーカー及び商社の13社、合計20社からなる団体です。
防疫用殺虫剤とは、感染症を媒介する衛生害虫[ハエ、蚊、ゴキブリ、ノミ、シラミ、ト
コジラミ、イエダニ、(室内塵性ダニ)]を防除するために使用される殺虫剤です。
設立後これまでに、会員各社は一貫して、殺虫剤の有効性、安全性、利便性の向上に努
め、近年懸念されるO-157やウエストナイル熱等の新興感染症、再興感染症を媒介す
る衛生害虫防除の知識の普及、啓発活動を行っております。
防疫用殺虫剤は薬事法の承認、許可を得た医薬品及び医薬部外品であり、安全性の面から
毒薬、劇薬は認められず普通薬のみが市販されています。防疫用殺虫剤は戦後の伝染病蔓
延の時代から衛生環境の向上に多大の貢献をしてきました。
■伝染病予防法から感染症法へ
明治26年、香港でペストが大流行し、我が国への蔓延を危惧した政府は、明治30年
4月1日ペストなど伝染病の脅威から国民を守るため「伝染病予防法」制定しました。
「伝染病予防法」は、行政指導のもとに、国民の衛生意識を高め、官民一体となって共同
防除にあたり、長い年月と多大な努力を払った結果、今日のような昆虫媒介の伝染病の減
少に大きな貢献をしてきました。
これ等により伝染病が激減し、平成11年4月1日、その使命を終えて「感染症法」に
全面改正されました。この改正で、約100年という長い年月かけて培われてきた「伝染
病予防法」の精神である「平常時での予防と官民一体となった防疫業務」という観点が失
われました。行政においては、専門官と予算の削減。地域では、衛生組織の弱体化などが
顕著となり緊急時の感染症対策に大きな不安を残しています。
因みに、2007年度実施された「衛生動物に関する対応の現状」のアンケート調査に
おいて、ほとんど自治体で薬剤や散布器具の備蓄をしていないことがわかりました。
我々関係メーカーは、これまで以上に安心・安全で地球環境にやさしい、使い易い製品
の開発に日夜努力していますが、最近、まわりの環境だけを見て、疾病の予防には欠くこ
とのできない衛生害虫防除を軽視する風潮が見られることは非常に残念なことであります。
48
2.防疫用殺虫剤の変遷
第二次大戦以後、年間3万人もの患者を出した発疹チフスの媒介者シラミの駆除、ある
いはチフス、コレラの運び屋ハエ等の退治に、進駐軍によって昭和21年、有機塩素系殺
虫剤DDTが、翌年の昭和22年にはγBHC(リンデン)が持ち込まれ、頭から白い粉
を撒かれシラミの駆除が徹底的に行われ伝染病が押さえ込まれました。このことは、人間
に毒性が少なく、害虫には的確に効く化学殺虫剤の薬効が大きく印象づけられました。
その後、昭和20年代後半には有機リン系殺虫剤、ダイアジノン、フェニトロチオン、
フェンチオン等が、同じ時期に除虫菊の有効成分であるピレトリンの類似化合物ピレスロ
イド系殺虫剤、アレスリン、フタルスリンなどの神経毒系殺虫剤が多数登場してきました。
塩素系殺虫剤は、安価であり、且つ残効性も大きいことから、昭和 40 年代前半迄は、有
機リン系殺虫剤より多く使用されましたが、昭和 46 年5月31日に、生物連鎖濃縮性があ
り、環境汚染物質としての残留性が危険視されたため、塩素系殺虫剤の全ての製品の輸入、
製造及び販売が中止されました。
昭和 40 年代後半からは、新たにエンルギー代謝阻害、キチン合成阻害及びホルモン代謝
阻害等のIGR系殺虫剤などの新薬が次々に開発され承認されています。
防疫用殺虫剤の変遷(我が国での上市時期)
49
3.市場動向と業界の現状
■
市場動向(販売金額と数量の推移)
年間売上高は、最高時に約80億円ありましたが年々減少し、20年度は20%減の
16億円と大幅に減少しています。
これは感染症の発症減少から、薬剤の散布場所や散布薬量の低減と地方自治体の予算削
減などが絡み合ってのことかと思われます。
1社当たりの単純・年間売上高は、2億円にしかなりません。更に、1製剤当たりの単
純年間売上高は2千万円です。
これでは、新規製品の開発意欲はもとより、現在の供給すら危ぶまれます。
製剤中で油剤の需要はかなり減少しています。これは、防除対象がハエ成虫から幼虫(発
生源)になって来たことに起因しています。又、最近では、防除目的がハエや蚊よりもゴ
キブリやダニの防除に注力する傾向になって来たことも起因しているようです。乳剤や水
和剤は、使用時、水で希釈して噴霧使用出来るので、幼虫防除に向いている上、その周辺
に飛翔する成虫にも噴霧処理出来るし、稀釈倍率を変えて,ゴキブリ防除の残留噴霧も出来
るという便利さに加えて経済的でもあるので、好まれて使用されています。
粉剤は、屋内のダニ防除用に、且つ、屋外では幼虫防除用(発生源対策用)として使用され、
少量ですが根強い需要があります。
徐放性の粒剤やマイクロカプセル懸濁剤は、粉剤及び乳剤に比べ約 2 倍以上の残効性が
期待出来ます。徐放性の粒剤は、広域且つ特に静水域の幼虫防除用と適しています。
最近では、発泡錠剤が蚊幼虫防除用として注目されてきています。
マイクロカプセル懸濁剤は、ゴキブリ防除用として貴重な存在であります。
防殺協 年次別販売
販売金額 M\
販売数量 t
12,000
8,000
7,000
10,000
6,000
8,000
5,000
6,000
4,000
3,000
4,000
2,000
2,000
平成 19
平成 17
平成 15
50
平成 13
平成 11
平成 9
平成 7
平成 5
平成 3
平成 1
昭和 62
昭和 60
0
1,000
0
その他
乳 剤
油 剤
粉 剤
販売金額
■業界の現状
・年間売上高の減少に伴い、商品の絞り込みや一括生産など社内の合理化に留まらず、業
種の縮小や撤退など経営統合が急速に行われています。協会が誕生した昭和36年当時の
製剤メーカーは、アウトサイダーを含め 30 社位あったと思われますが、現在は7社いや5
社かもしれません。
・緊急時の製剤供給対応量は、製剤メーカーやPCO業者で数日分しか無く、新規の製造
出荷には、原体で半年、製剤で3ヶ月、合計8ヵ月が最低必要と予想されています。
・最近の業界を取り巻く環境は、薬事法改正やGHSなど環境問題の対応で製剤や包装容
器など改良が迫られている。また、昨年1月
厚生労働省所管の建築物衛生法が改正され
維持管理要領で、ねずみ等の防除に当たってはIPM(総合的有害生物管理)の考え方に
基づき実施することが明記された。このことでIPMは、殺虫剤を使用しないとの誤解を
与える風潮があり、更に、昨年の中国ギョウザ事件以来、食品混入問題などから薬剤の使
用減に拍車がかかるなどの不安材料が取り沙汰されている。
4.2003年に作成された、WN 熱媒介蚊対策に関するガイドライン
ガイドラインに掲載されている製剤で、一部取り扱いが中止されている商品があります。
商品名の前に、*印が付いている製剤が中止品目です。
WN媒介蚊幼虫防除用殺虫剤リスト 1
製剤名
商品名
1)有機リン剤
テメホス(5%)水和剤
クロルピリホスメチル・ジクロルボス(0.5/0.3%)油剤
クロルピリホスメチル(10%)乳剤
クロルピリホスメチル(3%)粒剤
クロルピリホスメチル・ジクロルボス(5/2%乳剤)
フェニトロチオン(10%)乳剤
フェニトロチオン(1.0%)油剤
フェニトロチオン1.5%粉剤
フェニトロチオン(10%)フロアブル剤
フェニトロチオン(10%)水溶剤
フェニトロチオン(1.0%)浮遊粉剤
フェニトロチオン・フタルスリン(5/0.5%)乳剤
フェニトロチオン・ジクロルボス(5/2%)乳剤
*アベイト水和剤
*ザーテルVP油剤
ザーテル乳剤
*ザーテル粒剤
*ザーテルVP乳剤
スミチオン乳剤
スミチオン油剤
スミチオン粉剤
スミチオン10FL
スミチオン水溶剤
スミチオンフローティング粉剤
スミチオンNP乳剤
スミチオンVP乳剤
51
WN媒介蚊幼虫防除用殺虫剤リスト 2
製剤名
フェンチオン(5%)乳剤
フェンチオン(5%)水性乳剤
フェンチオン(5%)水溶剤
フェンチオン(1%)浮遊剤
フェンチオン(5%)粒剤
フェンチオン発泡錠
フェンチオン・ジクロルボス(5/2%)乳剤
フェンチオン・ジクロルボス(3/2%)乳剤
フェンチオン・ジクロルボス(0.5/0.3%)油剤
ダイアジノン(5%)乳剤
ダイアジノン(5%)水性乳剤
ダイアジノン(1.0%)粉剤
ダイアジノン・ジクロルボス(5/2%)乳剤
ダイアジノン・ジクロルボス(0.5/0.3%)油剤
52
商品名
バイテックス乳剤
バイテックス水性乳剤
バイテックス水溶剤
バイテックス浮遊剤
バイテックス粒剤
*バイテックス発泡錠
バイテックスVP5/2乳剤
*バイテックスVP3/2乳剤
バイテックスVP油剤
ダイアジノン乳剤
ダイアジノン水性乳剤
ダイアジノン粉剤
*ダイアジノンVP乳剤
ダイアジノンVP油剤
WN媒介蚊幼虫防除用殺虫剤リスト 3
製剤名
トリクロルホン(20%)水性乳剤
トリクロルホン(2%)粉剤
ジクロルボス(5%)乳剤
ジクロルボス(0.3%)油剤
ピリダフェンチオン(10%)乳剤
ピリダフェンチオン(10%)粒剤
ピリダフェンチオン・ジクロルボス(5/2%)乳剤
プロペタンホス(3%)乳剤
プロペタンホス・ジクロルボス(3/2%)乳剤
プロペタンホス・ジクロルボス(0.3/0.2%)油剤
エトフェンプロックス5%・S-421 11%乳剤
商品名
ディプトレックス水性乳剤
ディプトレックス粉剤
VP乳剤
VP油剤
*オフナック乳剤
*オフナック粒剤
*オフナックVP乳剤
サフロチン乳剤
サフロチンVP乳剤
サフロチンVP油剤
*レナトップ乳剤
WN媒介蚊幼虫防除用殺虫剤リスト 4
製剤名
商品名
2)昆虫成長制御剤
メトプレン(10%)懸濁剤
ピリプロキシフェン(0.5%)粒剤
ピリプロキシフェン(0.5%)発泡粒剤
ピリプロキシフェン発泡錠
ジフルベンズロン(25%)水和剤
アルトシッド10F
スミラブ粒剤
スミラブ発泡粒剤
スミラブ発泡錠
デミリン水和剤
53
蚊成虫防除用殺虫剤
製剤名
ジクロルボス(0.3%)油剤
フェニトロチオン・ジクロルボス(0.5/0.2%)油剤
フェンチオン・ジクロルボス(0.5/0.3%)油剤
フェノトリン(10%)ULV(水性)乳剤
フェノトロチオン1.5%粉剤
フェノトリン粉剤
ペルメトリン(5%)ULV水性乳剤
フェノトリン炭酸ガス製剤
フェニトロチオン10%乳剤
ダイアジノン5%乳剤
フェンチオン5%乳剤
ピリダフェンチオン10%乳剤
クロルピリホスメチル10%乳剤
ジクロルボス(16~19%)樹脂蒸散剤
商品名
VP油剤
スミチオンVP油剤
バイテックスVP油剤
ULV乳剤S
スミチオン粉剤
スミスリン粉剤
ULV乳剤E
ミラクンS
スミチオン乳剤
ダイアジノン乳剤
バイテックス乳剤
*オフナック乳剤
ザーテル乳剤
殺虫プレート
a)店舗、事務室、倉庫等
b)浄化槽等
5.防疫殺虫剤の製剤と種類
・現在使用されている原体は、合計17種類です。有機リン系で6種類、ピレスロイド系
で7種類、昆虫成長制御剤で3種類、有機塩素系で1種類
・現在使用されている製剤は、混合剤を含め68種類です。
油剤、マイクロカプセル剤、乳剤(低臭性乳剤、水性乳剤)フロアブル剤、水溶剤、
水和剤、粉剤、粒剤、発泡錠剤、空間処理用の剤型(燻煙剤、炭酸ガス剤等)、食毒剤
(ベイト剤)など用途に応じて使用されています。
6.適切な散布機の使用
前述の薬剤を、剤型別・用途別に正しく散布することは防除の効率を高め、より一層
住みよい生活環境を創出するために適切な薬剤の使用とともに必要不可欠な対応であり、
そのためには適切な機材の選択と使用が必須となります。
54
防除機器の種類
照明器具
調査用器具
捕獲器具
同定器具
防除機器
安全器具
防護用器具
事故防止用器具
残留噴霧用機器
散布機器
空間噴霧用機器
防除用機器
捕獲器具
配置器具
その他の器具
散布機器の種類
散布機器写真
型式
用途
全自動噴霧器
様々な場面での防除に多様に使用され
る、防除の基本となる機材。散布処理、
塗布のために乳剤などの液剤を噴霧す
る。
電動式ULV機
屋内で発生するゴキブリ対策、飛翔昆
虫防除に使用する。ULV用の水性乳剤
を5~20ミクロンの粒子にして空間に噴
霧し、接触させて殺虫する。
エンジン式ULV機
炭酸ガス噴霧器
55
電源が取れない屋外で使用することが
多い。特に屋外で広範囲に発生するハ
エやカなどの飛翔昆虫防除に使用する。
有効成分を液化炭酸ガスに溶解し、特
殊ノズルから噴霧される超微粒化し薬
剤が屋内の隅々に行き届く。
散布機器写真
型式
用途
電動式ミスト機
広範囲の散布処理、殺菌、消臭に使用
する。粒子は粗く、空間に滞留する時間
は短い。
深層処理機
人の出入りができない狭い閉鎖空間内
に、薬液を細かい粒子にして、奥まで送
り込む。主にゴキブリ防除に使用される。
エンジン式煙霧機
油剤に熱を加えて気化させて煙(細か
い粒子)を空間に噴霧する。特に屋外
で広範囲に発生するハエやカなどの飛
翔昆虫防除に使用する。
エンジンや電動で粉剤を散布する動力
式やハンドルを回すと散布される手動
式がある。建物外周などに散布すると
きに使用する。
散粉機
7.検討すべき対応
・備蓄に対する提案
緊急時対策は、地震や風水害の自然災害と、新興感染症や再興感染症が発生したときに
二分されます。その時の対策は、平常時にモニタリングや防除対策が如何に実施されてい
るかが決め手になります。
緊急時の製剤供給対応は、製剤メーカーやPCO業者での在庫は数日分しか無く、新規
の製造集荷には、原体で半年、製剤で 3 ヶ月、合計8ヵ月が必要と予想されています。
人への対応は、(社)日本ペストコントロール協会で、2001年より各都道府県に「感
染症予防隊」の組織づくりが推進されています。
緊急事態に対応することを目的として、防疫用薬剤や散布機器は、国・自治体が備蓄し、
地域住民等が薬剤散布にも協力するなど官民一体となった取り組みが必須と考えられます。
・現存する薬剤を大切に
抵抗性問題の回避や、新規製品の開発が難しい状況から、有害生物由来感染症から人間の
健康を守るために、現存する貴重な薬剤を効果的に活用することが必須であると考えます。
・新感染症や生物テロ対策に人材の育成
国際交流の活発に伴い突然新しい感染症の出現や、地球温暖化などにより、沈静化した
筈の再興感染症が再流行する恐れや、生物テロが発生した時に、迅速な初動対応を可能に
56
するために、地方自治体での危機管理の専門知識をもった職員養成や機能強化に見合う人
材の育成が急務ではないかと思われます。
感染症はいつも、「隙あれば」と我々をねらっています。
我々は、今まで以上に官民一体となって生活環境、衛生意識を高め、疾病のない住み良
い環境で“美しい国”の維持を図るため、防疫に対するたゆまぬ努力と地域住民を巻き込
んだ関係者との協力が必要かと思います。
57
シンガポールのチクングニヤ熱・デング熱媒介蚊対策
国立感染症研究所 昆虫医科学部
葛西真治
はじめに
2009 年 3 月 11 日~14 日にかけて,チクングニヤ熱およびデング熱媒介蚊対策に関す
る情報交換のため,シンガポールを訪問した.チクングニヤ熱という病名は日本ではあ
まり馴染みがないが,実は 2005 年から 2006 年にかけてインド洋の諸島およびインドに
おいて大流行した蚊媒介性の疾病である.この時の流行ではインド全体で 140 万人以上
が感染したのをはじめとしてレユニオン島,モーリシャス島,セーシェル島,モルジブ
島,スリランカと行った諸島で大きな流行が起こり,全体で 25 万人以上が命を落とし
たとされている.レユニオン島においては全島民の 1/3 に相当する 24 万人が感染し,
病原ウイルスは非常に感染力が強いことが伺える.もともとこの疾病はデング熱の媒介
蚊であるネッタイシマカによっておもに媒介されることが知られていたが,最近になっ
て病原体であるウイルスの遺伝子に突然変異が生じ,ネッタイシマカよりもむしろヒト
スジシマカに対する親和性が高くなったことが明らかになっている.2005 年にインド
洋諸島で流行した本疾病の多くはヒトスジシマカによるものであると考えられている.
近年ヒトスジシマカが海外より持ち込まれ,定着しているイタリアでは 2007 年にイン
ドから帰国した一名をきっかけに,300 名近い患者を出すに至った.日本においてはヒ
トスジシマカが青森県以南のほぼ全域に広く分布すること,温暖化によってその分布北
限が徐々に北上していること,そして 2006 年から 2009 年 11 月現在までに国内で 13 名
が確定診断されており,ウイルスが頻繁に海外から持ち込まれている現状を考慮すると,
チクングニヤ熱の問題はまさに対岸の火事ではなく,いつ国内で流行が起こっても不思
議ではない状況にあるといえる.そこでデング熱をはじめとする蚊媒介性熱帯病対策で
世界的な先進国とも言えるシンガポールを訪れ,厚生省,環境庁の担当者と情報交換を
行うとともに,実際に媒介蚊のサーベイランスおよび防除の現場を視察させていただい
た.色々と貴重な情報を得ることが出来たので,ここでその一部を紹介したい.
シンガポールは地図上のほぼ赤道直下に位置する熱帯で,面積は 707 km2(琵琶湖と
同程度,東京 23 区より少し広い)
,人口は 480 万人,年平均気温は 26.8℃である.熱帯
雨林の中に巨大なビルが林立する先進的な都市国家で,一見
58
熱
熱帯病とは無縁のような印象を受けた.しかし,最近の 2005 年にも 14000 名以上のデ
ング熱患者が発生していることからも分かるように,経済力の高さが必ずしも熱帯病の
根絶につながっていない,蚊が媒介する疾病暴圧の難しさが伺える.また,2008 年に
は 537 名のチクングニヤ熱患者が発生し,うち 181 名は輸入症例であった.これは,マ
レーシアから毎日 30000 人が労働者として入国・出国していることと関係があるようだ.
私たちは厚生省,環境省,そして環境庁の傘下にある環境健康研究所を訪れ,チクン
グニヤ,デング熱制圧に向けての関係省庁の活動を統計学,サーベイランス,防除活動,
法律,社会啓蒙・教育活動といった側面よりそれぞれ 1 時間ほどをかけながら専門家に
詳しく講義していただいた.その中でもっとも印象
深かったのは,シンガポールにおける媒介蚊対策を推進する上での組織体制である.シ
ンガポール環境庁は北西部,南西部,中部,北東部,南東部に 5 つのブランチをもち,
それぞれのブランチが head を組織の長として general manager,senior manajor がおり,
その下に数地区のエリアマネージャーが配置されている.各エリアにはさらに数チーム
の監視グループが配備され,このサーベイランス単位(チーム)はシンガポール全体で
87 にのぼる.各チームはリーダーを筆頭に 4-10 名の environmental health officer から構
成される.シンガポール全土にはこのような officer が約 750 名いる.87 チームが毎月
73000 箇所の蚊発生地をまわり,発生源をくまなくつぶす作業を行っている.東京都の
23 区ほどの面積の国土に 87 のチームが散らばり,発生源を抑える努力をしていること
59
を想像すると,いかにこの国が媒介蚊防除に多くの力を注いでいるかがわかる.ちなみ
に面積あたりで換算すると日本に約 40 万人の environmental health officer がいるこ
とになる.チームリーダーは 2 年以上の実地訓練を経て,初めてその資格が得られる.
87 名のチームリーダーは環境庁で開かれる週に一度のミーティングでそれぞれのデー
タをもちより,お互いを評価する.環境庁のミーティングルームには,毎週各チームが
管轄するエリア内で何名のデング熱患者が発生し,いくつの発生源をチェックし,うち
いくつから媒介蚊の発生を確認したかといっ
たデータの一覧表がチームリーダーの顔写真とともにたえず張られ,成績が比較される
状況に置かれている.患者発生数が多いにもかかわらず発生源が見つけられない地域の
リーダーは相当なプレッシャーをかけられることになる.さらに,environmental health
officer は各現場に地理情報集積装置(PDA)を携帯し,幼虫発生地の地理情報をその場
でインプットする.
60
採集した幼虫は観光健康研究所に送られ,直ちに専門家によりネッタイシマカもしくは
ヒトスジシマカの分類がなされる.また,定期的に殺虫剤感受性の試験も行われている
らしい.それぞれの地理情報および分類結果は環境庁の本部に送られ,パソコンの地図
上でどこにどういう種類の蚊の幼虫が発生しているかといった情報が表示できるよう
になっている.一方,毎日夕方には厚生省から環境庁にデング熱およびチクングニヤ熱
の患者発生状況(氏名,年齢,性別,住所の郵便番号などの情報)が送られ,地図上で
先ほどの幼虫発生状況と重ね合わせて見ることが出来る.幼虫の発生状況と患者情報の
相関性が解析できるとともに,クラスター解析によって患者発生密度が高い地域を媒介
蚊対策重点地域として絞り込み,発生源対策の強化や成虫対策などが施されることにな
る.また,この GIS(Geographical Information System)により,シンガポールにおいて
は都市部でネッタイシマカが,地方でヒトスジシマカが多く分布していること,そして
この国におけるデング熱の媒介はおもにネッタイシマカによって起こっていることが
明瞭に示されている.
61
私たちは,訪問 2 日目に環境庁の中部地区のブランチを訪れ,媒介蚊サーベイランス
を行っている environmental health officer のチームに同行して,発生源調査の現場を見せ
ていただくことにした.数名の officer と,環境庁が契約を結んだ PCO 業者(2 名)が
チームを作り,行動する.PCO 業者が車や高所観察のためのハシゴ運搬などを担当し,
業務の効率化を図っていた.Officer らは棒の先にとりつけた手鏡を手に,調査地域をく
まなくまわり,普段人目に触れることがない雨どいや屋根に取り付けられたエアコンの
室外機周辺などを,鏡を使って徹底的に見て回る.定点観測地に置かれたオビトラップ
(産卵の有無を確認できるトラップ)を確認し,吸血蚊の密度を調査する.水を取り除
けそうな発生源は容器をひっくり返したり持参したポンプを使って水を抜き,日常的に
水がたまりそうな場所には有機リン剤テメホスを含んだ砂を処理していった.彼らの徹
底した活動を目の当たりにし,このような活動をこの狭い国土全体で行っていることを
想像すると,果たしてこの国で媒介蚊が生き延びることは非常に困難なことのように思
ってしまう.
62
しかし,このような徹底的な努力を注いでいるにもかかわらず,デング熱患者は年間
10000 名近く発生しているのが現実である.何度も繰り返すようであるが,この 10000
名という数字は東京都の 23 区ほど,直径わずか 30 km ほどの島国での話である.デン
グ熱媒介蚊対策の難しさ,ネッタイシマカの媒介蚊としてのやっかいさを実感できたこ
とが今回のシンガポール訪問での最大の成果だったかも知れない.私たちが今回の訪問
をきっかけに入手することが出来たシンガポール産のネッタイシマカを調べたところ,
その多くが薬剤抵抗性の原因となる遺伝子変異を有しており,ピレスロイド剤はほとん
ど効果が期待できないことが明らかになった.環境健康研究所では殺虫試験を行ってい
るとはいうものの,現実的に民間業者の間では未だに成虫対策としてピレスロイド剤が
用いられているという.分子レベルの科学的根拠に基づいた媒介蚊対策が実行できてい
ないことも患者数を劇的に減らすことが出来ない要因になっているのではないかとい
うことが若干危惧された.
その他,細かいことをいくつか記述しておきたい.シンガポールでは媒介蚊撲滅キャ
ンペーン用ポスターが作られたり,さまざまなパンフレットが作成され,さかんに市民
へ啓発活動を行っているが,その中で環境庁は 5 大発生源というのを選定して特に注意
を促している.1.花瓶,2.鉢植えの皿,3.バケツ類,4.竹竿のホルダー,5.
屋根のとい,である.現地では日本に比べて花瓶が多く,水生の植物などをガラスの瓶
に入れて鑑賞する人が多いようで,たしかに店内を見渡してみると至る所にそういった
花瓶を見つけることが出来た.また,シンガポールの高層住宅では原則的にベランダが
存在しない.
63
したがって,洗濯物を干すスペースがない.そこで,竹竿ホルダーという筒状の穴に竹
竿を差して,建物に対して直角に竹竿をのばし,そこに洗濯物を干すのが一般的である.
この竹竿ホルダーが幼虫の発生源になるため,使用していないときは栓をするよう指導
されている.実際にはそれがなかなか徹底されず,栓がされていないホルダーも結構見
受けられた.
日本においては雨水ますがアカイエカやヒトスジシマカの一大発生源となっている.
シンガポールの雨水マスも注意深く観察してみたが,基本的に雨水がたまる砂貯まりの
構造にはなっておらず,雨水はマスを介さずに直接本流へ流れるような構造になってい
た.基本的に 2 週間に一度,側溝の掃除がされることで砂泥がたまる問題が回避されて
いるようである.
シンガポールではマンホール様の構造物の穴(マンホールを開ける際に使われる)は,
64
そこから成虫が入り込んで産卵し,中で幼虫が発生しないように小さなゴムの蓋がされ
ていた.このような細かいところにも配慮がなされていることに感心した.
夕方,少し時間があったのでホテルの近くの墓地で補虫網を用いたスイーピング(人
囮法)を行った.木がうっそうと茂り,湿度も高く,日本であれば格好の成虫休息場所
となり得ると思われたが,意外にも 8 分間の採集でヒトスジシマカ成虫がわずか 1~2
匹が採集されるのみであった.場所を変えて数カ所行ったが,いずれも同様の結果とな
った.これもやはり徹底した防除対策の効果と言えるかも知れない.
結局,シンガポール滞在中にネッタイシマカは,成虫はおろか幼虫でさえも見つける
ことが出来なかった.年間 10000 名のデング熱患者は,ほんの僅かな数の媒介蚊によっ
てもたらされているのだろうか.
環境庁中部ブランチの現場で,ネッタイイエカ幼虫を 1 集団 8 匹だけ採集することが
出来た.日本に持ち帰って何とか継代飼育し,遺伝子検査を行ったが,すべての個体が
ピレスロイドの作用点であるナトリウムチャネルの感受性低下をもたらす kdr 遺伝子を
保有していた.殺虫試験も行ったが,幼虫,成虫ともにピレスロイド剤に対してとてつ
もなく強い抵抗性を獲得していた.フィラリア症が大きな問題となっていないシンガポ
ールでネッタイイエカが防除の対象となることはない.恐らく,ネッタイシマカ成虫対
策で処理されたピレスロイド剤によってネッタイイエカも淘汰され,抵抗性となって生
き延びているのであろう.シンガポールで薬剤防除がいかに徹底されてきたかというこ
とを日本に帰ってきてあらためて実感することになった.
65
66
トコジラミの現状と課題
環境生物コンサルティング・ラボ
平尾素一
1
海外でのトコジラミ事情
1) 米国でのトコジラミ・リサージェンス
米国でトコジラミの被害が話題になり始めたのは 2000 年以降である。まず PCO の
間で駆除件数が徐々に増加するということが見られた。トコジラミ被害はマスコミに取
り上げられやすいようで、2004 年 5 月にカナダの航空会社の女性キャビンアテンダン
トが、泊まったホテルでトコジラミの被害を受け業務にも支障をきたしたと提訴したこ
とがニュースとして世界中に発信された。更に大きく取り上げられたのは次の年 2005
年 10 月、スイスから観光に来た 30 代後半の 2 人の女性がニュヨークのホテルで 500
箇所にも及ぶトコジラミ被害を受け、ホテルを提訴したというニュースが、
CNN,NBC,NBS などの TV ニュース社がいっせいにこの話題に飛びついた。新聞各紙
も取り上げ、トコジラミは一気にヒートアップ。この様子が各国のペストコントロール
業界誌に取り上げられたところ、いくつかの先進国でも『実は増えている』と被害が顕
在化し始めた。業界マーケッティング会社が 2007 年に全米の PCO に調査を行ったと
ころ北東地区では 3/4, 中西部では 2/3 の会社がすでに駆除を経験していた。売り上げ
は 2006 年には平均 2%であったが、2007 年には 3.4%, 金額では 2006 年 98 億円、2007
年 178 億円に達している。最近では 8%に達しているともいわれている。
今や全米規模で広がっているが、その様子を見る上で便利なのが Bed bug registry
というというサイトである。ホテル、アパートでトコジラミの被害を受けた人がこのサ
イトに報告すると市ごとに記録され、自分が行こうとする町を検索すると、どのホテル
でいつ被害があったかが示されている。消費者には便利かもしれないが、ホテルにとっ
て は 誠 に 迷 惑 な サ イ ト で あ ろ う 。 そ の 他 、 Bed bug vs NY,
Cincinnati/Hamilton,
Bed bug vs
Bed bug vs Chicago などがトコジラミとの戦いの様子をサイ
トで示している。特にひどいのは NY で、70%の市民は賃貸住宅に住んでいるため苦情
があれば Housing Authority へ連絡する。トコジラミに関しては 2003 年 0 であつたが、
2004 年 79,
2005 年 928, 2006 年 4638, 2007 年 7000, 2008 年 9000 で、2009 年には
1 万数千件に増えるとみなされている。担当者が苦情のあった住宅を訪問し、色々アド
バイスを行う(駆除はしない)が、その訪問率が 6 割くらいで対処しきれなくなっている
という。2009 年 3 月 18 日 Bloomburg 市長はついに Bed bug advisory board を条例化
し、10 人の委員長を任命し、9 ヵ月後には対策を提出することを命じている。
つ
いに EPA(米環境庁)も動き出し、4 月 14,15 日 Washington DC でトコジラミに関する
67
ステークホルダーを集め National Bed Bug Summit を開催し、意見を集約しているが、
何らかの法的な対策を打ち出すようである。
2) オーストらリアの場合
シドニー大学の医動物学教室に送られてくるトコジラミの検体は 1998-2001 年には
僅か 16 であったが、2001-2004 年には 138 と 250%増加。同大学が 2004 年に行った
PCO へのアンケート(n=121)では、2000 年以前は 571 回の駆除であったが、2000 から
2006 年までは 8707 回に急増している。2005 年にシドニー大は防除の参考になるよう
A code of practice, for the control of bed bug infestation in Australia を発行している。
2006 年にブリスベンで開催された FAOPMA 大会では州の観光局はトコジラミトラブ
ルで 80-100 億円の経済損失を受けたと報じていた。
3)
EU の場合
UK でトコジラミのリサージェンスが医学誌で取り上げられたのは 1998 年で、その後
2000 年、2001 年にも報じられた。ロンドンの 8 つの行政機関の 2000-2005 年までに
駆除回数は 24.7%増加。最近では年 2000 回を超えているという。
デンマークの Arthur 大学の Pest Infestation 研究室への問い合わせは 1950 年代に
はほとんどなく、1985 年頃一度ピークがあったが以後減少している。しかし 2000 年
頃から再び増加し始めているという。
スェーデンの大手 PCO は 2002 年に 38 回の駆除であったが、2006 年には 770 回に
増加。殆どは首都ストックホルムであるという。
2 トコジラミの害
トコジラミは昔から吸血のみで、疾病の媒介はないといわれている。米国の衛生行政
関係者の話では住民からあがってくる苦情には
・精神的苦痛: かゆみ、かゆさからくる不眠・イライラ
・皮膚病の悪化: 激しく掻く事による傷口からの菌による二次感染、特に糖尿
病患者や MRSA 保持者の傷口の悪化
・ワルファリン投与者の出血
・ダニ・ゴキブリなどとともにアレルギーの抗原になる
というようないわゆる Quality of Life に悪影響があると懸念されている。経済的な側
面も無視できない。問題を抱えているのは宿泊施設、ホテル、宿舎、寮、アパート、交
通機関等である。被害を受けたとしばしば訴訟に持ち込まれることもある。ロンドンの
マンダリン・オリエンタルホテルに泊まった NY のセレブ御用達の弁護士による数億円
の訴訟はマスコミの絶好の餌食になったが、有名ホテルほどイメージダウンは大きいよ
うである。
68
米国大手 PCO である Orkin 社のプレスリリース(2007.9.6)によると、刺咬被害を受
けたホテルの宿泊客の反応は、88%は支配人に文句を言う、50%はそのホテルを去る、
58%はそのホテルに二度と泊まらない、38%は同系列のホテルにも泊まらない、51%は
衛生関連の行政に届け出る、50%はその経験を 5 人の人に話すとしている。米国のホテ
ル案内のサイトに www.tripadvisor.com があるが、これに Bed Bug と入れるとトコジ
ラミ被害を届け出た人から、何時、何処のホテルでという情報が掲載されている。ホテ
ルによると宿泊客が被害を受けると、その階は完全に駆除されるまで 1 ヶ月は使用しな
いところもあると聞く。
3 なぜトコジラミ被害が増加したか?―米国で語られていること
1) 社会的・人的要因
・旅行・ビジネス等による人々の移動、特に汚染地帯への旅行
・都市部への人口密集、出稼ぎ・不法滞在者の増加
・イラク・アフガニスタン等からの軍関係者の持ち帰り、
・中古家具(ベット、ソファー等)の流通・レンタル家具の増加、
・トコジラミに対する人々の知識の低下(特に若年層)
・マスコミの過剰反応
2) 環境的要因
・建物内部温度の快適化
・地球温暖化
3) 防除サイドから見た要因
・殺虫剤使用パターンの変化(1980-90 年代残留処理からベイト法に転換した)
・効果のあった殺虫剤がなくなった(主に有機リン剤で、1996 年の FQPA 法の
影響で 1999 年からクロルピリフォスの室内使用が禁止になった)
・総合的な防除法の研究不足と防除技術者への教育・訓練不足
・殺虫剤の抵抗性の発達
4 トコジラミの防除
1) 調査と探知
トコジラミの潜伏場所を探し出すことは極めて大切である。PCO は長年ゴキブリ防
除の腕を磨いてきた。ゴキブリが行動しそうな所に殺虫剤を処理する待ち伏せ作戦は毎
晩動き回るゴキブリには効果があったが、トコジラミはいったん吸血するとしばらくは
行動しないためゴキブリ駆除ほどは効果が認められないようである。どれくらいの間隔
で吸血のための行動をするのかは十分にわかっていないが、週に 1-2 回程度で、その歩
行距離も少ないとなると殺虫剤の残留処理効果はあまり期待できないようである。潜伏
箇所を見つけ出し、直接スプレーするのが最も有効的である。したがって潜伏している
69
ものを見落したり、幼虫や卵を残したりすると吸血被害は続く。1 匹でも雌を見落とす
と、毎日 1-5 個産卵し、2 週間もすると孵化し、再び加害が始まるため、徹底的調査は
トコジラミ対策では極めて重要である。ある程度被害が広がった状態での調査はあまり
難しくないが、初期段階の探知は極めてむつかしい。しかしこれといつた探知法はなく、
目視が主体である。密度の高い場合は粘着トラップにも捕獲されるが、ゴキブリ捕獲に
比べ捕獲確率は落ちる。2008 年の全米のペストコントロール大会で初めて、小型炭酸
ガスボンベ(流量 40-50ml)と人肌程度(37.2-42.2℃)の温度と臭い(プロピオン酸、酪
酸、バレリアン酸、オクテノール)を利用した製品が展示された。アタッシュケースタ
イプの CD300 は 3.6m 離れた所から誘引し、1×1m のアリーナ内では 70%を誘引した
と報じている。最近人気なのはトコジラミ探知犬。生きたものと死んだものの識別は付
かないようであるが、その精度はどれくらいかをフロリダ大などが試験中である。
生息場所はまずは吸血源に近いところで、最も吸血しやすいのは寝室で、ベット周り
に多い。汚染当初は半径 2m 以内だが、だんだん広がり半径 6m 範囲に広がる。ケンタ
ッキー大の Mike Potter(2008)によると室内ではベット(85%)、寝具(52%)、巾木/カー
ペット(37%)、スタンド/鏡台のような家具(26%)、ソフアー/椅子(25%)、壁/天井(14%)、
衣類(6%)と報じている。
2) 防除
①物理的防除:
ベツト周りの処理が大切であるが、殺虫剤の処理は臭いが残るだけに好ましくはない。
ベットの継ぎ目に潜伏しているものは掃除機による吸い取り、スチーム(厨房の油落と
し用)の吹きつけなどが行われている。部屋全体に広がり、家具や衣類、ソファー、カ
ウチ、ぬいぐるみなどにも拡散している時は部屋全体に大型電気ヒーターを持ち込み、
50℃で 2 時間くらい加熱し、全滅させている。NPMA の展示会では数種のヒータが紹
介されていた。
トコジラミはその体のサイズより考え、目の細かいシーツは通り抜けできない。これ
を利用したベットカバー、枕カバーなどの防トコジラミ商品が製品化されている。ベッ
ト内のスプリングなどにいても吸血のために抜け出ることができないようで、PCO の
販売製品としてもヒットしている。トコジラミは平滑な面を昇れないことからベットの
足に取り付けるプラスチックのキャップのような Bed bug 止めも販売され、その効果
があることが発表されている(Changle Wang 2009)。
②化学的防除
餌と水・住み家をなくすという環境的防除法は、ねずみやゴキブリには効果があるが、
吸血に頼るトコジラミでは無理で、殺虫剤に頼る割合は他の害虫より高いといわれてい
る。現在米国で登録されている殺虫剤で、マットレスにも処理できるものとして、
Pyrethrin-synergist
、
Phenothrin-synergist,
70
Delthmethrin,
Cyfluthrin,
Silica+Pyrethrin+synergist, Diatomaceus earth, Ground Limestone, Permethrin,
Chlorofenapy, などがある。
マットレスに使用してはならないがトコジラミにのみ使用できるものとして
λ-Cyhalothrin(Demand), Permethrin(Dragnet), Bifenthrin(Telster one),
Fenvalerate(Onslaugt), Hydroprene(Gentrol) などがある。
トコジラミ駆除に適した殺虫剤は何がベストかについては未だ定説がない。かって使用
されていた有機リン剤は効果があると思われるが、1993 年の FQPA(Food quality
protection act) により、室内での使用をラベルからなくしたことより実質室内使用は
できなくなった。それが始まったのが 1996 年以降で、かって室内に処理していたクロ
ルピリフォスが使用できなくなったことがトコジラミのリサージェンスを招いたので
はないかと思われる。ピレスロイドを処理した面をトコジラミは忌避するためあまり効
力は期待できないとされてきたが、地域によってはかなり強い抵抗性のあることが報じ
られている。
米国の Moor(2006)らは感受性種の LT50 はλ-Cyhalothrin 0.34h, Bifenthrin 0.89h,
Deltamethrin 1.0h, Permethrin 1.46h, Chlofenapyr 243.7h であるとし、フィールド
で Delthmethrin に 343.5h という強い抵抗性種を発見している。
英国の Bose(2006)らは感受性種で 99%致死量を調べ、Bendiocarb 34.3mgai/m2
, α-Cypermethrin 23.1mgai/m2 であるとした。フィールド系では抵抗性が見られたと
報じている。米国の Romero(2007)らは Lexington と Cincinnati で採集した 16 系統の
うち、14 系統に Delthamethrin とλ-Cyhalothrin に抵抗性を発見した。最高は
Delthamethrin で、>12,765 倍、λ-Cyhalothrin で 6,123 倍の抵抗性を発見している。
③駆除完了宣言の難しさ
トコジラミの駆除に着手した場合、『駆除宣言』を出すことが困難といわれている。
その理由としてあげられているのが、
・確実なモニター手段が未発達。粘着トラップは高密度の場合は捕獲されるが
低密度では不確実
・早期発見は大切であるが、生息密度が低い場合は、極めて発見しにくい。
・雌の産卵場所は不確定で、発見は困難。特に卵の長さは 0.8-1.3mm、1 齢幼虫は 1.3mm
と小さく、見つけにくい。卵は 2 週間もすると孵化し吸血
・吸血は数日に 1 回(1 週に 1 回程度が普通)。その他は隙間等に潜伏し行動しな
い。殺虫剤に触れる確率は低くなり、場合によると効力がなくなっているこ
ともある。
・吸血源である人がいない時の行動がはっきりしない。替わりの吸血源として、
ネズミ、ペットなどを利用しているのか? 代替寄主の役割が不明
・隣接する部屋へ隙間・配管・ダクトなどを利用し移動している。隣接室、上下の部屋
71
も合わせた対策が必要である
・寝具・家具・品物に付着して拡散する。中古品売買が盛んなことも増加原因の一つと
されている。
3) 予防管理
再発を防ぐには、建物利用者、管理者の協力が不可欠であるとされている。特に宿泊
施設では日常の予防管理は必須である。
・宿泊施設従業員への生態・探知法・ベットメーキングの際の注意事項などの
のトレーニング
・定期的な室内の徹底調査
・トコジラミを室内に拡散させない洗濯物の取り扱い。被害のあった部屋のシ
ーツ、洗濯物等をビニール袋に入れ口を縛って移動。熱湯で洗濯。
・清掃用具室等の共通部屋の管理。ここから卵・幼虫が拡散することがある
・清掃の方法を考える。トコジラミの吸引、拡散防止
・ベット・家具のデザイン・材質の選択。生息場所がなく、分解しやすい家具。
鉄パイプのベットは昇りにくい。
・ホテルではカバン、スーツケースの置き場をベットから離すこと。
・マットを目の細かい布目の細かいベットカバーに入れる。潜伏・はい出だしを防ぐ。
米国には製品がある。
このような予防策を講じることが必要である。
72
以上
ゴキブリ防除の現状と課題
㈱東京三洋
伊藤
弘文
はじめに
我々PCO にとって、ゴキブリは重要な防除対象の一つである。飲食店舗、ビル、工場、
一般住宅など多岐にわたる施設でゴキブリ防除を実施している。
ゴキブリ防除の現状と課題について、二つの視点からみてみたい。
1.殺虫剤による防除の現状と課題
筆者が PCO に従事し始めた昭和 60 年ころは、フェニトロチオン・ジクロスボス混合乳
剤、クロルピリホスメチル乳剤などの残留噴霧、ペルメトリンやフェノトリンなどのピレ
スロイド系殺虫剤の ULV(高濃度少量散布)機あるいはエアゾール剤による追い出し(フ
ラッシング)、ジクロルボス油剤の煙霧やペルメトリンなどの燻煙剤による空間処理が主
流で、薬剤の使用量も多かった。
やがて、有機リン剤ではダイアジノンやフェニトロチオンのマイクロカプセル剤、ジク
ロルボス蒸散剤使用の殺虫機などが、ピレスロイド剤では噴射器を用いたペルメトリンの
燻煙剤、フェノトリンやシフェノトリンの炭酸ガス製剤などが現れた。
そして、ヒドラメチルノン、ホウ酸などを主成分とするベイト剤が出現すると、施工が
容易であること、養生などの手間がかからないことなどからゴキブリ防除の主流となった。
最近、PCO がゴキブリ防除にどのような殺虫剤を使っているかを、財団法人日本ペスト
コントロール協会が 2002 年に報告した「第 6 回ペストコントロール実態調報告書」でみて
みると、ベイト剤のヒドラメチルノンなどのほか、有機リン剤のフェニトロチオン、ジク
ロルボス、ダイアジノン(乳剤、混合乳剤、マイクロカプセル剤などの製剤として)や、
ピレスロイド剤のペルメトリン、フェノトリン(水性乳剤、エアゾール剤などとして)が、
現在も多く用いられている(図 1、2)。
これはベイト剤が主流になったとはいえ、有機リン剤の残留噴霧が防除手段として有効
であり、特に生息数の多い現場では今でも有機リン剤の散布が行われていること、また、
ピレスロイド系殺虫剤によるフラッシングは駆除施工に用いるばかりではなく、事前や事
後の調査においても効果を発揮しているためと考えられる。
しかし、殺虫剤の使用量は年々減少しており、日本防疫殺虫剤協会の調べでは、1986(昭
和 61)年には 68.8 億円あった防疫用殺虫剤の販売金額は、2008 年には 16.1 億円までに減
少している(図 3)。
これは、シックビル症候群、化学物質の室内汚染など屋内環境への影響を考慮し、でき
73
るだけ化学薬品の使用を制限する傾向、また、ゴキブリ防除に IPM(総合的有害生物管理)
の考え方が取り入られ始め、調査の結果に基づくポイント施工などの省薬剤化などが主な
要因と考えられる。
このような状況では、我々が新たな殺虫剤を手に入れることは望めそうにない。殺虫剤
メーカーが多額の開発費をかけて新しい防疫用殺虫剤の開発や医薬品・医薬部外品の承認
を受ける環境にないと考えるからである。
一方で、ゴキブリ防除の大きな問題として殺虫剤抵抗性の問題があり、既存の殺虫剤に
抵抗性ゴキブリが現れた場合の対策は新たな殺虫剤に頼らざるを得ない。
PCO としては、現有の殺虫剤に抵抗性が発現しないよう留意して有効に使用することが求
められていると考える。
2.建築物衛生法「維持管理要領」への対応
ゴキブリ防除は、施設内の衛生管理の一環であり、「建築物における衛生的環境の確保に
関する法律(建築物衛生法)」などによりそれぞれの施設について衛生管理が規定されてい
る。
建築物衛生法は昭和 45 年に制定され、平成 14 年に改正され「6 月以内ごとに 1 回、定
期に、統一的に調査を実施し、当該調査の結果に基づき、ねずみ等の発生を防止するため
必要な措置を講ずること」になった。そして、措置を行う基準として維持管理基準を設定
することになり、平成 20 年 1 月、厚生労働省健康局長から IPM の考え方に基づいて、生
息実態調査の実施と、この結果に基づく目標水準を設定し、対策の目標とすることなどが
示された「建築物環境衛生維持管理要領」(維持管理要領)が通知された。
また、維持管理要領と同時に生活衛生課長により建築物における維持管理マニュアルが
通知された。マニュアルでは、IPM 実施モデルとして、具体的な生息調査・環境調査の実
施方法、標準的な目標水準、防除作業の実施方法などが例示されている。ちなみにゴキブ
リの標準的な目標水準は表 1 に示すようである。
この維持管理要領は特定建築物の建築物維持管理権原者に対して示されたもので、個々
の特定建築物の管理方法はこの維持管理要領をもとに権原者が決めることになる。したが
って権原者から委託されゴキブリ防除を行うことなる PCO は、維持管理要領に沿った防除
を行うことが求められることが予想される。また、特定建築物以外の多数が利用する建築
物や興行場、クリーニング所、公衆浴場、旅館、理容所及び美容所、医療機関、食品事業
者における衛生管理においても維持管理要領を参考または留意して行うように通知がださ
れ、諸施設の衛生管理の基本になりつつあると考えられる。
2008 年に日本ペストコントロール協会では維持管理要領についてのアンケートを協会員
に行ったところ、回答者のうち 95%以上が通知されたことを知っており(図 4)
、その多く
が「IPM による施工が打ち出されたのはよかった」、「十分には理解していないが、防除の
あり方として正しい方向が打ち出されたと思う」と答え(図 5)、
「細かいところで問題があ
74
るが、まあ、対応できる」としている(図 6)。実施にあたっては、
「仕様を変更した」、
「対
応を考えている」と答えた会員が多いなか、「社員間の技術のバラツキが大きくなった」り
「複雑で大変さばかりが目立つようになった」という意見もあった(図 7)。
一方、顧客の反応は、「あまり理解してくれない」、「理解はしてくれるが協力が得られな
い」ことが多く(図 8)
、「IPM のことを理解し、協力してくれる」顧客は少ないのが現状
で、したがって、「予算の変更は少ないので、現状で新要領に対応すべく努力している」会
員が多く、なかには「予算の変更は無く採算性が悪くなった」あるいは「今回の変更を機
会に解約や減額される傾向が増加した」と答えたものもあった(図 9)。
これらの結果から、PCO は維持管理要領を理解し、対応しようとしているが、顧客はあ
まり理解しておらず、採算が取れにくい現状のようである。今後、いかに顧客(権原者)
に理解してもらうかが課題となるだろう。
おわりに
「IPM」は維持管理マニュアルでは「建築物において考えられる有効・適切な技術を組
み合わせて利用しながら、人の健康に対するリスクと環境への負荷を最小限にとどめるよ
うな方法で、有害生物を制御し、その水準を維持する有害生物の管理対策のことである」
と規定しており、生息環境を改善する防除方法に重きが置かれている。
IPM の考え方に基づいたゴキブリ防除において、殺虫剤は使用をなるべく控える方向に
向いている。しかし、多くの場合、ゴキブリ防除を実施する権原者が本来行うべき環境改
善などの措置はおざなりのまま PCO に対応を任せている現状では、有効な防除方法として
安全性に十分配慮した上での適正な薬剤使用が必要であり、今後も使用可能な薬剤量や種
類の確保、新たな薬剤の開発が望まれる。
75
有機リン系
フェニトロチオン
80.62%
54.33%
ダイアジノン
クロールピリホスメチル
61.59%
ジクロルボス
プロペタンホス
フェンチオン
70.59%
ペルメトリン
ピレスロイド系
48.10%
フェノトリン
薬
剤
名
シフェノトリン
エンペントリン
カーバメイト系
プロポクスル
IGR剤
メトプレン
ジフルベンズロン
その他
65.40%
ヒドラメチルノン
ホウ酸
その他
回答者数:289
無回答
0
50
100
150
200
250
事業者数
図1 ゴキブリで使用している薬剤
(社)日本ペストコントロール協会(2002) 第6回ペストコントロール実態調査報告書
80.97%
乳剤
69.55%
ベイト剤
60.21%
水性乳剤
59.86%
エアゾール剤
油剤
樹脂蒸散剤
製
型
燻煙剤
水和剤
燻蒸剤
粉剤
粒剤
発泡錠剤
その他
回答者数:289
無回答
0
50
100
150
図2 ゴキブリで使用している薬剤剤型
200
250
事業者数
(社)日本ペストコントロール協会(2002) 第6回ペストコントロール実態調査報告書
76
(100万円)
8,000
7,000
6,000
金
額
6,884
5,984
5,000
4,000
3,428
3,000
1,611
2,000
1,000
0
86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08
年度
図3 販売金額年推移
日本防疫殺虫剤協会調べ
表1 ゴキブリの標準的な目標水準
ゴキブリ
①トラップによる捕獲指数が0.5未満。
許容水準 (右の全てに該当すること。)
②1個のトラップに捕獲される数は2匹未満。
③生きたゴキブリが目撃されない。
①トラップによる捕獲指数が0.5以上1未満。
②1個のトラップに捕獲される数は2匹未満。
警戒水準 (右の全てに該当すること。)
③生きたゴキブリが目撃される。
(※その他、①~③の条件について許容水準及び措置水準に該当しない場合
は警戒水準とする。)
①トラップによる捕獲指数が1以上。
措置水準
(右のいずれか1つ以上に該当すること。)
②1個のトラップに捕獲される数は2匹以上。
③生きたゴキブリがかなり目撃される。
注:捕獲指数は、配置したトラップ10個までは上位3つまで(0を含む場合もある)、それ以
上配置した場合については、上位30%のトラップを用いて、1トラップに捕獲される数に換
算した値で示す。
77
78
79
2004年度新上市品リスト(2004年4月~2005年3月)
販売承認企業名
商品名
アース製薬(株)
販売名
剤型
有効成分名
承認年・月 上市年・月
電池でノーマット135日用つめかえ
ファン製剤
トランスフルトリン
2001年8月 2005年3月
アース製薬(株)
アースジェツトウオータータイプ
エアゾール
d-T80-フタルスリン,d-T80-レスメトリン 2004年5月 2005年3月
アース製薬(株)
ブラックキャップ
毒餌剤(ゴキブリ用) フィプロニル
2004年8月 2005年3月
アース製薬(株)
アースゴキブリホウ酸ダンゴ,コンク
ゴキンジャムゴキブリ誘引ソース付
毒餌剤(ゴキブリ用) ホウ酸
2004年6月 2005年3月
アース製薬(株)
アースレッドノンスモーク霧タイプ
アース製薬(株)
アースレッドノンスモーク霧タイプダ
ニ・ノミ
全量噴射エアゾー
ル
全量噴射エアゾー
ル
キング化学(株)
ワイパアゴキブリ殺虫ゾル
エアゾール
メトキサジアゾン,d・d-T-シフェノトリン 2004年6月 2005年3月
フェノトリン,メトキサジアゾン
2002年6月 2005年3月
イミプロトリン
2005年1月 2005年2月
大日本除蟲菊(株)
虫よけキンチョールローション
液剤
SRB
ディート
2004年5月 2005年4月
大日本除蟲菊(株)
カトリス240A
ファン式蚊取り
トランスフルトリン
2004年6月 2005年4月
大日本除蟲菊(株)
ダニキンチョールB
エアゾール
アミドフルメト
2004年10月 2005年4月
大日本除蟲菊(株)
水性コックローチS2F
エアゾール
イミプロトリン,フェノトリン
2005年1月 2005年4月
フマキラー(株)
蚊とりジェット
蚊とりジェット2
エアゾール
トランスフルトリン
2003年3月 2004年3月
フマキラー(株)
どこでもべ一プ蚊取り30日
フマキラー殺虫T2A
蒸散剤
メトフルトリン
2004年11月 2005年3月
フマキラー(株)
どこでもべ一プ蚊取り60日
フマキラー殺虫T3A
蒸散剤
メトフルトリン
2004年11月 2005年3月
フマキラー(株)
スキンベープさらさらソフト
ササレンCD1
エアゾール
ディート
2005年1月 2005年3月
フマキラー(株)
スキンベープクール
ササレンCD1
エアゾール
デイート
2005年1月 2005年3月
フマキラー(株)
スキンベープミスト
ササレンH2F
液剤
デイート
2003年1月 2005年3月
販売名
剤型
有効成分名
承認年・月 上市年・月
2005年度新上市品リスト(2005年4月~2006年3月)
販売承認企業名
商品名
アース製薬(株)
蚊に効くおそとでノーマット
ファン製剤
トランスフルトリン
2004年8月 2006年3月
アース製薬(株)
デスモアプロ
毒餌剤(ねずみ用)
ジフェチアロール
2005年1月 2006年3月
くん煙剤
メトキシジアゾン,d・d-T-シフェノトリン,
2005年7月 2006年3月
プロポクスル
アース製薬(株)
アースレッドプロ
大日本除蟲菊(株)
カトりスM120B
ファン式蚊取り
メトフルトリン
2006年1月 2006年3月
大日本除蟲菊(株)
カトリスM240
ファン式蚊取り
メトフルトリン
2005年2月 2006年3月
大日本除蟲菊(株)
カトリスM720
ファン式蚊取り
メトフルトリン
2005年2月 2006年3月
大日本除蟲菊(株)
カトリスM480
ファン式蚊取り
メトフルトリン
2005年10月 2006年3月
大日本除蟲菊(株)
水性キンチョールSRE
エアゾール
d-T80-フタルスリン,d-T80-レスメトリン 2005年6月 2006年3月
大日本除蟲菊(株)
虫よけキンチョールローション
エアゾール
SRC
ディート
2004年5月 2006年3月
フマキラー(株)
どこでもベープ蚊取り30日
フマキラー殺虫C2
ファン製剤
メトフルトリン
2006年1月 2006年3月
フマキラー(株)
どこでもべ一プ蚊取り60日
フマキラー殺虫C3
ファン製剤
メトフルトリン
2006年1月 2006年3月
フマキラー(株)
フマキラーAダブルジェット
フマキラーAt
エアゾール
d-T80-フタルスリン,d-T80-レスメトリン 2004年11月 2006年3月
ライオン(株)
バルサンダニ駆除フォーム
エアゾール
フェノトリン
80
2006年1月 2006年3月
2006年度新上市品リスト(2006年4月~2007年3月)
販売承認企業名
商品名
アース製薬(株)
医薬品 ゴキジェットプロ 秒殺+まち
ゴキジェットD1
ぶせ
エアゾール剤
アース製薬(株)
医薬品 ダニアースレッド
ダニアースレッドM1
加熱蒸散剤
アース製薬(株)
ダニアース(ハープの香り)
ダニアースM1
エアゾール剤
アース製薬(株)
アース渦巻香(炭練り)
アース渦巻Nb
線香
dl・d-T80-アレスリン
エアゾール剤
d-T80-フタルスリン,d-T80-レスメトリン 2003年4月 2007年2月
ファン製剤
メトフルトリン
2005年2月 2007年2月
アース製薬(株)
アース製薬(株)
販売名
庭仕事の前にシャッと一吹き(水性
アースジェットY1
ヤブ蚊ジェット:屋外用)
蚊に効く! おそとでノーマット200時
アース殺虫ファンNS2
間
剤型
有効成分名
イミプロトリン 0.5g,メトキサジアゾン
0.41g/450mL
フェノトリン 10.9%,メトキサジアゾン
1.7%,アミドフルメト 4.2%
フェノトリン,メトキサジアゾン,アミドフ
ルメト
承認年・月 上市年・月
2004年12月 2007年2月
2006年7月 2007年2月
2005年11月 2007年2月
2006年10月 2007年2月
アース製薬(株)
電池でノーマット60日用
アース殺虫ファン2
ファン製剤
トランスフルトリン
2005年1月 2007年2月
アース製薬(株)
サラテクトマイルドタッチ(虫よけぬ
るタイプ)
サラテクトマイルド1
液剤
ディート
2006年9月 2007年2月
アース製薬(株)
サラテクトUV
サラテクトm
エアゾール剤
ディート
1998年6月 2007年2月
(株)大阪製薬
ワイパアワンGコーナー
ワイパアワンB
ベイト
フィプロニル
2003年5月 2007年2月
小池化学(株)
スキンブロックマイルド
KI虫よけTA2
エアゾール
ディート
2007年1月 2007年2月
フマキラー(株)
どこでもベープ No.1 NEO
フマキラー殺虫N1
ファン製剤
メトフルトリン
2007年1月 2007年3月
ライオン(株)
バルサン虫よけ 無香性
L虫よけスプレーaa
エアゾール
ディート 10w/v%
2006年8月 2007年3月
ライオン(株)
バルサン虫よけ 緑茶の香り
L虫よけスプレーab
エアゾール
ディート 10w/v%
2006年8月 2007年3月
2007年度新上市品リスト(2007年4月~2008年3月)
販売承認企業名
商品名
販売名
剤型
有効成分名
承認年・月 上市年・月
アース製薬(株)
アースマーマットワイド60日
アースノーマットNW2
蚊取りリキッド剤
トランスフルトリン
2004年9月 2008年2月
アース製薬(株)
電池でノーマット90日用
アース殺虫ファンNK60
蚊取りファン製剤
トランスフルトリン
2001年8月 2008年2月
アース製薬(株)
電池でノーマット135日用
アース殺虫ファンNK90
蚊取りファン製剤
トランスフルトリン
2001年8月 2008年2月
アース製薬(株)
チュッとするスプレー
アース殺虫エアゾールA
エアゾール
トランスフルトリン
2003年2月 2008年2月
アース製薬(株)
プロ仕様チャバネ退治ジェル
アースゴキブリホウ酸ベイトC
ベイト剤
1
ホウ酸
1998年12月 2008年2月
アース製薬(株)
ゴキブリレストラン
アースゴキブリダンゴFR-1
ベイト剤
フィプロニル
2007年12月 2008年2月
アース製薬(株)
水性ヤブ蚊ジェット屋外用
アースジェットYb
エアゾール
トランスフルトリン
2007年12月 2008年2月
アース製薬(株)
デスモアプロブロック
デスモアDB1
殺鼠剤
ジフェチアロール
2007年11月 2008年2月
アース製薬(株)
ダニアース
ダニアースM2
エアゾール
アース製薬(株)
ダニアース ハーブの香り
ダニアースM2
エアゾール
アース製薬(株)
アースマット マイルド
アースマットCH
蚊取りマット剤
蚊に効くカトリス コンパクトタイプ
カトリスM240F
ファン式
大日本除蟲菊(株)
(*1)
プレシャワーUV トロピカルフルー 虫よけキンチョールローション
液剤
大日本除蟲菊(株)
ツの香り (*1)
SRN
フェノトリン・メトキサジアゾン・アミドフル
2006年8月 2008年2月
メト
フェノトリン・メトキサジアゾン・アミドフル
2006年8月 2008年2月
メト
dl,d-T80-アレスリン
2007年4月 2008年2月
メトフルトリン
2008年1月 2008年3月
ディート
2007年8月 2008年3月
フマキラー(株)
おすだけベープ60日 (*2)
フマキラー殺虫A1
エアゾール
トランスフルトリン
2004年7月 2008年4月
フマキラー(株)
おすだけベープスプレー60日 (*2)
フマキラー殺虫A1
エアゾール
トランスフルトリン
2004年7月 2008年4月
商品の内容をもっとも良く表すホームページのURL: *1, http://www.kincho.co.jp; *2, http://www.fumakilla.co.jp/products/insect/2008_05osudake_vape.html)
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