地下水と土壌

第1章
地下水・土壌汚染を取り巻く背景
地下水と土壌
Ground surface
Soil zone
Pores partially filled with air
Capillary zone
地下水面
Water table
Pores entirely filled with water
不飽和層
Unsaturated zone
(vadose)
帯水層(飽和層)
Saturated zone
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地球規模の水の循環
地下水は大気、表層水、土壌の影響を受けている
土壌水と表層水では水質が異なる
(表層水の水質は一般に地下水の水質を反映している)
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地下水の流れを制御する要因
• 岩盤の空隙率(porosity)
• 岩盤の透水性(permeability)
帯水層は水を移動させるに十分な空隙率と透水性をもっている
単純な地形で、均一な降雨量があり、均一な透水性をもつ岩盤の場合
Water tableのレベルが高いほうから低いほうへ地下水は流れる
Water tableのレベルは降雨量の変動に応じて変動する
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透水層と不透水層が繰り返し重なっている場合
宙水層や被圧帯水層ができる
宙水層
被圧帯
水層
非
被
圧
帯
水
層
被圧帯水層に向かって穴を掘ると井戸水が得られる
動水面
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地下水の用途
• 地下水は、農業用水、鉱工業用水、生活・商業用水
の重要な水源となっている(全体の35%、生活用水・
商業用水の88%)
• 地下水は水質(成分、水温)の変動が少なく、優れた
水資源であり、とくに清浄な地下水は「名水」になって
いるものもある
廃棄物処分場からの地下水・土壌汚染
地下水面
難透水層をはさんで帯水層の流れ
の向きがかわっていることがある
不透水性基盤
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地下水・土壌汚染の特殊性
• 調査に伴う問題
–
–
–
–
汚染経路が多岐にわたる
発生源の特定が難しい
汚染範囲の特定が難しい
長期間にわたる汚染の蓄積による(蓄積型)
• 修復に伴う問題
– 滞留時間が長く、ひとたび汚染されると回復困難
• 人の健康被害に関する問題
– 食物連鎖に入ると人体が有害物質の集積場となる
• 社会的問題
– 汚染が明らかになることにより土地の評価が著しく低下し、社会的に重
大な影響を及ぼす
人間活動と地下水・土壌汚染
∼どんな発生源が考えられるか∼
都市排水:生活排水、飲食店・ホテル・ドライブイン、病院、公衆浴
場、クリーニングなどの廃水、学校、研究所、保健所などの廃
水、ガソリンスタンド、印刷所からの排水など
工業排水:各種製造業(先端産業も含む)
鉱業廃水:鉱山、選鉱、製錬の廃水
農業排水:かんがい排水、牧場・畜舎の汚水、水産養殖場の排水
その他:船舶の排水、ごみ焼却場・屎尿処理施設・下水処理場・
水道浄水場などの排水、廃棄物処分場の浸出水
発生源は、鉱業や農業の排水だけでなく、先端産業か
ら人の日常生活に至る幅広い範囲へと移行してきた
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各種地下水・土壌汚染
重金属類など
病原性微生物類
有機化合物類
放射性物質類
カドミウム、鉛、ク
ロム,銅、ヒ素、水
銀、マンガン、鉄、
亜鉛、シアン
チフス菌、パラチ
フス菌、コレラ菌、
赤痢菌、大腸菌、
流行性肝炎ウイ
ルス、ポリオウイ
ルス、赤痢アメー
バなど
合成有機塩素系 3H, 90Sr, 120I,
137Cs, 239Pu,
(BHC, DDT,
PCB, トリクロロエ 226Raなど
チレン、テトラクロ
ロエチレン、
1,1,1-トリクロロエ
タン)合成有機リ 無機富栄養塩類
ン系、有機水銀
化合物、ABS,
無機態窒素、無
フェノール類など 機態リン、塩化
物、硫化物、リン
酸塩など
地下水の水質を決める要因
• 岩質との関係
pH
花崗岩・流紋岩
溶存成分
濃度
主要イオン
SiO2濃度
6.3∼7.9
低い
Na+, HCO3-,
中位∼高い
斑レイ岩・玄武岩 6.7∼8.5
中位
Ca2+, HCO3-,
高い
砂岩
5.6∼9.2
高い
Ca2+, Mg2+, Na+,
HCO3-,
低い∼中位
シルト・泥岩
4.0∼8.6
高い
Ca2+, Mg2+, Na+,
HCO3-,SO42-
低い∼中位
石灰石
7.0∼8.2
高い
Ca2+, Mg2+,
HCO3-,
低い
片岩・片麻岩
5.2∼8.1
低い∼中位
Ca2+, Na+, HCO3- 低い
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重金属の天然賦存量
• 地殻中に含まれる元素の存在量
– クラーク数
– Taylor, Masonによるデータ収集 (プリントNo.2表1)
• 表層土壌元素組成バックグラウンド
– Bowenによるデータ (プリントNo.2表3)
– Togashiらによる日本の上部地殻平均組成データ (プリント
No.2表2)
• 両者の比較
– As, Cd, Pb, Se: 表層土壌平均>地殻平均
– F, B, Ca, Na:
表層土壌平均<地殻平均
print
日本の上部地殻の平均組成
Togashi, et al., 2000
化合物
割合
元素
%
SiO2
67.53
濃度
元素
mg/kg
Sc
16
濃度
元素
mg/kg
Y
26
濃度
元素
mg/kg
Sm
4.28
濃度
mg/kg
Hf
4.10
TiO2
0.62
V
110
Zr
135
Eu
1.07
Ta
0.72
Al2O3
14.67
Cr
84
Nb
9
Gd
3.65
Pb
16.9
Fe2O3
5.39
Co
15
Sb
0.61
Tb
0.70
Th
8.30
MnO
0.11
Ni
38
Cs
5.5
Dy
3.94
U
2.32
MgO
2.53
Cu
25
Ba
Ho
0.72
CaO
3.90
Zn
74
La
21.7
Er
2.39
Na2O
2.72
As
6.5-7.1
Ce
46.4
Tm
0.39
K2O
2.42
Rb
85
Pr
Yb
2.57
P2O5
0.12
Sr
225
Nd
Lu
0.40
458
5.54
20.8
166種の岩石を分析し、地質の分布に重み付け平均化して解析した
8
print
土壌中重金属類の含有量の基本データ
単位(mg/kg)
元素
最小値
中央値
最大値
平均値
標準
偏差
平均値
+3σ
Hg
0.005
0.054
0.598
0.081
0.089
1.43
Se
0.02
0.08
0.54
0.14
0.129
2.09
Cd
0.04
0.13
1.01
0.19
0.176
1.48
As
0.3
3.9
4.6
4.05
Pb
1.6
13
141
19
21
148
B
5
19
55
20
10.7
104
F
91
234
609
249
94.7
702
25.4
39.4
環境庁(平成12年3月)
68.3%
95.4%
99.74%
9
バックグラウンド値
• 汚染評価をおこなうための基礎として、自然界における平均
的存在量と分布を把握する必要がある
平均地殻存在量
/ mg・kg-1
バックグラウンド値
/ mg・kg-1
土壌含有量基準
/ mg・kg-1
Pb
13
2~80
150
Cd
0.1~0.5
0.05~0.8
150
As
2
3~10
150
Hg
0.08
0.02~0.5
15
Se
0.05
0.05~0.5
150
B
10
10~30
4000
F
500
100~600
4000
• 土壌含有量基準は自然界における濃度の上限と考えられる値
• バックグラウンド値は土壌含有量基準値よりかなり低いことに注意
岩石中の微量重金属含有率(µg/g)
岩石中の重金属含有率は偏りがある
10
日本の土壌中重金属の天然賦存量(µg/g)
11
重金属による主な水域汚染の歴史
1887年
渡良瀬川(栃木県)で足尾銅山鉱毒害発生
1950年代 神通川流域(富山県)でイタイイタイ病発生
鉱業所から排出された鉱滓中のカドミウムが原因
1950年代 水俣(熊本県)で神経障害を症状とする水俣病発生、
肥料工場から排出されたメチル水銀の生物濃縮
1960年代 阿賀野川流域(新潟県)で水俣病と同じ中毒事件発生、
アセトアルデヒド製造工場から排出されたメチル水銀
1965年
田子の浦湾しゅんせつ中に硫化水素発生
1970年代 八王子市(東京都)でめっき工場廃水による井戸水のシアン汚染
1975年
六価クロム汚染の社会化
おもな重金属による人の健康障害
金属
汚染源
人の健康への影響
Pb
ガソリン、缶詰食品、ペンキ
血液中から軟組織・骨格に移動し、長期滞留
血液酵素の変化、神経障害
Hg
工場排水、農薬類
メタン生成菌によりメチル水銀となって、食物連鎖系へ入り、
生体濃縮、中枢神経障害、運動機能失調、言語障害、視野
狭窄(水俣病)
Cd
メッキ工場、電池工場、亜鉛
精錬所
亜鉛と同時に植物に吸収されやすい
骨髄異常、高血圧、腎機能障害、貧血(イタイイタイ病)
Cr(VI)
メッキ、皮なめし、医薬品製
造業、化学製造工場
皮膚を腐食、鼻粘膜充血・潰瘍、発がん性
As
鉱さい、ガラス製造業、半導
体製造業、電池材料
腹痛、嘔吐、ショック状態、心筋障害、発がん性
Se
銅電解精錬工程、セレン整
流器製造工程
体力の減退、内臓障害、脱毛、皮膚炎
F
金属表面処理工場、半導体
工場、光学ガラス工場
甲状腺障害、慢性フッ素中毒症
B
メッキ、ガラス工場
胃腸障害、皮膚紅疹
メッキ、選鉱精錬工程
呼吸異常
CN
12
水銀の化学式と毒性
食物連鎖と食物濃縮
海洋汚染
土壌汚染
食物連鎖により濃縮されるものは重金属類に限らない
13
農薬類による環境汚染
1968年
酢酸フェニル水銀(稲イモチ病特効薬)使用禁止
1971年
DDT,BHC(有機塩素系殺虫剤)、パラチオン、メ
チルパラチオン製造および使用禁止
dichlorodiphenyltrichloroethane
(DDT)
benzenehexachloride
(BHC)
海洋におけるDDTの分布
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農薬の分解過程
蒸発
流出、光分解
浸透、拡散、吸着
微生物分解
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地下水・土壌汚染の
多様化
発生源
汚染物質
鉱山
重金属類
農業
農薬類
発生源
汚染物質
生活排水
窒素、リンなど富栄養化成分
ゴルフ場
農薬類
工場や研究所跡地
重金属類
半導体工場、クリーニング事業所
有機塩素化合物(トリクロロエチレン、
テトラクロロエチレン)
廃棄物処分場、ごみ焼却炉
ダイオキシン類
ウラン鉱山、核実験所、原子力発電
所、放射性廃棄物処理場
放射性核種
そのほか、地下開発などによる地質かく乱にともなう自然汚染(重金属)
残留性有機汚染物質
persistent organic pollutants (POPs)
•
•
自然には分解されず、意図せず生物に蓄積され、長距離を移動する化学物質、
発がん性・内分泌かく乱化学物質の疑いのあるもの
ストックホルム条約(2001年5月)で12物質を規制
製造・使用の禁止
農薬・殺虫剤など
アルドリン(害虫駆除剤)
ディルトリン(防ダニ剤)
エンドリン(殺鼠剤)
クロルデン(シロアリ駆除剤)
ヘプタクロル(シロアリ駆除剤)
マイレックス
トキサフェン
DDT(蚊駆除剤)
製造・使用の制限
BHC(殺虫剤)
工業製品
PCB(トランス、コンデンサ)
PCDDs, PCDFs
非意図的生成物
排出削減
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新しいかたちの地下水汚染
• 有機塩素化合物による汚染
• ダイオキシン類による汚染
– ダイオキシン類:ダイオキシン、ジベンゾフラン、コプラ
ナーPCBの総称
– 塩素を含んだものが不完全燃焼するとき、あるいは化学
物質製造過程における副生成物として発生
NAPLs
(non aqueous phase liquids,非水相液体)
light non aqueous phase liquids
(LNAPLs) :
直鎖炭化水素(オクタンなど)、芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエンなど)
dense non aqueous phase liquids (DNAPLs):
塩素化炭化水素(DDT, TCE, PCBなど)、複核芳香族炭化水素(ピレンなど)
LNAPLs
DNAPLs
比重
水への溶解度
(mg/L, at 25℃)
log Kow
<1
>1
170∼1800
0.13∼8500
2.13~4.50
1.00~6.19
Kow: オクタノール-水分配係数、疎水性を表す一般的な尺度
Kow = co/ cw
比重が水より小さいものをLNAPLs、 大きいものをDNAPLsという
DNAPLsはLNAPLsよりも疎水性に幅があり、水への溶解度がまちまちである
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LNAPLs
(light non aqueous phase liquids)
Specific gravity < 1
ガソリン、燃料など
可溶性成分が地下水に溶けて移動
DNAPLs
(dense non aqueous phase liquids)
Specific gravity > 1
塩素化炭化水素化合物など
地下水に溶けた部分は
地下水流にのって移動
地下水に溶けない部分
は地下水流と逆に移動
地下水面を超え、不透水層に達する
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