陸上競技 5000m の競技パフォーマンスに関わる体力要因と寄与率 発 表 者 加藤俊介 指導教員 上地 勝 キーワード:陸上競技、5000m、重回帰分析、最大酸素摂取量、スピード、瞬発力 1. 緒言 陸上競技長距離種目には 5000m、10000m、フル マラソン等、様々な種目があり、主に持久力を競う 種目として考えられている。しかし近年、長距離種 目のスピード化が進んでいる。一例として、高校生 の記録向上が挙げられる。5000m を 14 分台で走る 選手が 2000 年には 500 人ほどであったのが、2012 年には 700 人を超えている。マーティンら¹⁾は 「5000m で安定した成功をおさめるためには、男女 を問わず、大きな持久力という土台の上にスピード と筋力を積み上げていかなければならない」と述べ ており、スピード能力強化の必要性が挙げられてい る。 また、近年ではランニングエコノミーにも注目が 集まっている。これはより少ないエネルギーで走れ る能力のことで、これが高い程、自分の体力を効率 的に使うことが出来る。この能力は様々な要因が関 わっているが、先行研究からいわゆる「ばね」との 関連も示唆されている。 このように、長距離種目も持久力以外の様々な要 素を鍛える必要性が指摘され、従来の長い距離を走 る練習だけではなく、様々なトレーニングを取り入 れることが求められている。しかし、長距離種目の 競技パフォーマンスと最大酸素摂取量との関係を 見た研究はあるが、複数の体力要因を合わせて分析 した研究は多くない。 本研究では 5000m に着目し、様々な体力要因を 測定、分析、競技レベル別に比較し、競技レベルに よって、どのような傾向があるのかを考察し、どの 体力要因をどの程度伸ばせば競技レベルを効率的 に向上させることができるのかを検討した。 2. 研究方法 2-1 対象 茨城県内の陸上競技部に所属している高校生男 子、大学生男子で 5000m の公式記録を持つ選手。 内訳は高校生 24 人、 大学生 8 人の計 32 人であった。 2-2 測定方法 2-2-1 12 分間走 スタート時の混乱防止ため、スタート地点を複数 設定した。記録は 10m単位で測定し、選手には時 表 1:各要因の平均値と標準偏差 要因 年齢 身長 BMI VO₂max RJ 指数 50m 400m 5000m 全体 n=32 17.1±1.4 168.9±3.5 20.1±1.2 71.1±3.7 1.91±0.4 6.6±0.4 57.2±2.2 15’54±40 上位群 n=16 16.8±0.8 168.2±3.7 20.2±1.4 72.8±4.2 1.89±0.4 6.5±0.4 56.4±2.2 15’21±23 下位群 n=16 17.4±1.7 169.7±3.0 19.6±0.8 69.3±2.0 1.94±0.4 6.8±0.3 58.0±1.9 16’27±21 間の経過を 3 分毎と、残り 1 分に知らせた。その結 果からクーパーテストを用いて最大酸素摂取量(以 下 VO₂max)の推定値を算出した。 2-2-2 リバウンドジャンプ 腰に手を当て、5 連続ジャンプを測定した。測定 前に出来るだけ高く、接地時間を短く跳ぶように説 明し、リバウンドジャンプ指数(以下 RJ 指数)の測 定を行った。測定にはディケイエイチ製マルチジャ ンプテスタ(PH-1260D)を使用した。 2-2-3 基本属性(年齢、身長、体重)、50m、400m 基本属性と 5000m の記録を調査し、身長と体重 から BMI を算出した。50m、400m の記録は練習の 都合上、各高校・大学で測定したものを使用した。 2-3 分析方法 5000m の記録が上位の 16 人を上位群、下位の 16 人を下位群として 2 群に分類した。全体及び上位群、 下位群で分析を行い、比較し、競技レベルの違いで どのような特徴があるかを考察した。上位群と下位 群の差の検定には t 検定を用い、有意差を求めた。 5000m の記録を目的変数とし、年齢、BMI、VO₂ max、RJ 指数、50m、400m を説明変数とした重回 帰分析を用い、各体力要因の標準化係数を求め、各 要因が 5000m の記録にどの程度関わっているかを 分析した。その際体重については BMI と高い相関 があるため重回帰式には含めなかった。分析には EZR(Windows 版)を使用した。 3. 結果 3-1 年齢 標準化係数は全体が-0.87、上位群が-0.08、下位群 が-0.84 となった。下位群で僅かに有意な傾向が見 られた(P<0.1)。2 群間で有意な差は認められなかっ た。 3-2 身長 標準化係数は全体が 0.24、上位群で 0.31、下位群 で 0.10 となった。全ての項目において有意な関連 は認められなかった。 3-3 BMI 標準化係数は全体が-0.05、上位群で-0.09、下位群 で 0.90 となった。下位群で有意な関連が見られた (P<0.05)。 3-4 VO₂max 標準化係数は全体が-0.59、上位群で-0.81、下位群 で-0.83 となった。上位群では有意な関連が、下位 群では有意な傾向が見られた。2 群間では上位群が 下位群に対して有意に高い値を示した(p<0.01)。 3-5 RJ 指数 標準化係数は全体が 0.16、上位群で-0.10、下位群 で 0.03 となった。全ての項目で有意な関連は認め られなかった。 3-6 50m 標準化係数は全体が 0.17、上位群で 0.09、下位群で 0.05 となった。全ての項目で有意な影響は認められ 表 2:各要因の相関係数 年齢 身長 体重 50m 400m 身長 1.00 0.10 1.00 体重 BMI 1.00 0.74 1.00 -0.18 -0.04 -0.02 0.00 1.00 -0.07 0.13 -0.14 0.02 0.16 -0.22 0.25 -0.23 0.21 -0.52 1.00 -0.36 1.00 0.16 0.28 -0.04 -0.25 -0.22 -0.28 0.40 1.00 0.10 0.27 0.03 -0.17 -0.66 -0.07 0.49 0.30 表 3:重回帰分析結果 年齢 身長 BMI VO2max RJ 指数 50m 400m 400m 0.37 4. 考察 本研究では VO₂max が 5000m の記録に対して、 最も寄与率が高く、本研究の結果は多くの先行研究 と一致した。2 群を比較をすると、VO₂max は上位 群が下位群に比べ有意に高い値を示し、この結果か ら長距離走の競技レベルの向上に VO₂max の強化 は必要不可欠だといえる。 RJ 指数は有意な関連はなく、2 群間で有意な差は ないという結果であった。本研究では最大努力での 連続跳躍を用いて下肢のばねを評価した。しかし、 先行研究³⁾では、最大下ホッピングエクササイズを 用いて測定した下肢の SSC(ストレッチ・ショート ニング・サイクル)運動の遂行能力で評価した下肢 のばねとランニングエコノミーは有意な関連があ ると述べている。また、最大努力での連続跳躍は有 意な関連がないと述べている。このことから最大努 力での連続跳躍で評価した下肢のばねは関連がな いが、下肢のばね自体はランニングエコノミーと関 係があると考えられ、ばねの強化は競技レベル向上 に繋がると推察できる。 50m、400m は、5000m の記録に対して有意な関 連がないという結果になったが、上位群が下位群に 対し有意に高い値を示している。この結果から、研 究では有意な関連は見られなかったが、競技レベル が高い選手ほどスピード能力が高い傾向にあった。 スピード能力と長距離走の関係については先行研 全体 β 50m -0.36 なかった。2 群間では上位群が下位群に対して有意 に高い値を示した(p<0.05)。 3-7 400m 標準化係数は全体で 0.10、上位群で-0.03、下位群 で-0.41 となった。全ての項目で有意な影響が見ら れなかった。2 群間では上位群が下位群に対して有 意に高い値を示した(p<0.05)。 -0.09 0.24 -0.05 -0.59 0.16 0.16 0.10 RJ 指数 0.18 5000m 要因 VO2max 0.25 BMI VO2max RJ 指数 年齢 上位群 P 0.56 0.14 0.75 0.01 0.29 0.39 0.54 β -0.08 0.31 -0.09 -0.81 0.10 0.09 0.03 下位群 P 0.74 0.25 0.77 0.02 0.75 0.09 0.54 β -0.84 -0.10 0.90 -0.83 0.03 0.05 -0.41 P 0.08 0.72 0.05 0.08 0.03 0.88 0.27 5000m 1.00 究で無酸素的能力は有意な関連が見られないと報 告したものと³⁾、ATP-CP 系能力は関連がないが、 解糖系能力は有意な関連が見られたことを報告し たものがあり⁴⁾、先行研究でも結果が一致しておら ず、スピード能力と 5000m の競技パフォーマンス の関係は検討を続ける必要がある。 基本属性は殆ど有意な関連や差は見られなかっ たが、下位群で年齢、BMI に有意な傾向が見られた。 しかし、両項目とも 2 群間で有意な差は認められな かった。しかし、本研究では対象者は高校生が多く、 年齢の項目で結果が偏っている可能性がある。また、 多くの先行研究で長距離選手の適正体重とパフォ ーマンスの関係について述べているものがあり、さ らなる検討が必要である。 以上の考察から競技パフォーマンスの向上には VO₂max の強化だけではなく、下肢のばね、スピー ド能力の強化が効果的であると推察できる。 5. まとめ 本研究の結果から VO₂max を向上させるトレー ニングのみではなく、様々な要因を伸ばすことで競 技パフォーマンスを効率的に向上できると考えら れる。しかし、対象者が十分に集まらず、結果に偏 りがある可能性があり、対象者を増やし、分析の信 憑性の向上が今後の課題である。 6. 参考文献 1) デビット・マーティン、ピーター・コー: 中長距離ランナーの科学的トレーニング. 大修館書店(2001) 2) 武田誠司、石井泰光、山本正嘉、図子浩二: 長距離ランナーにおけるランニングと連続跳躍 による経済性の関係. 体力科学 59、107-118、 2010. 3) 山崎省一、青木純一郎:長距離走者の競技記録 と無酸素的能力.体力科学 26、87-95、1977. 4) 杉田正明、松垣紀子、小林寛道:大学長距離選 手におけるエネルギー供給系能力とパフォーマ ンス.日本体育学会大会号、48、260、1997
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