子どもたちが共鳴できる絵本を届けたい ∼コスタリカの自然と中国の伝統文化が育んだ世界∼ ウェン・シュウ フリーランスデザイナー、イラストレーター 今年3月13日に東京で開催されたACCU主催のシンポジウム「アジア・アフリカ・中南米の絵本創作の現場から」のパネリストの一人として来 日した折に、第16回野間国際絵本原画コンクールのグランプリ受賞作「ナディとシャオ・ラン」にかける思いや中米コスタリカの絵本事情など のお話を伺った。 Wen Hsu 台湾生まれ。幼少時に中米のコスタリカに 移住。コスタリカ大学で建築学の修士号 を取得後、米国ロードアイランド・スクー ル・オブ・デザインでイラストレーションの 美術学士号を取得。現在はコスタリカや 米国などで、パッケージデザインや本の挿 絵などを手がける。昨年 11 月に行われた 野間コンクールでグランプリを受賞。2 つ の異なった伝統文化を一つに融合させた 作品は高い評価を得た。 の力ではとても難しいので、様々な分野 と一緒にコスタリカに来ました。ですから のアーティストが集まっての情報交換やグ 当時の記憶はないのですが、両親ができ ループ展の開催、ベテランから若い人達 るだけ中国の文化を伝えてくれたし、それ への助言をする場があります。そこで野間 にコスタリカにも中国人のコミュニティが コンクールのことを知りました。色々なコ あって、中国の年中行事をはじめ様々な ンクールがある中で、野間コンクールが商 伝統を守り、若い人たちに伝えているの 業主義的でなく、伝統や文化の独自性を で、ずっと中国の文化に触れて育ちまし 大切にしている点に惹かれ、ぜひ応募し た。学校は英語とスペイン語での教育で ようと思いました。 したが、家では中国語でした。余裕のあ それまでやっていたのは小さなイラスト るときは、両親は私を台湾の親戚に預け が中心で、絵本一冊というのは制作した てくれたので、祖父母、叔父、叔母そして ことがなかったので、私にとって応募は大 いとこ達とも過ごせたし、その機会に中 きな挑戦でした。お話を作るにあたって、 国大陸を訪れたこともあります。 私は絶対にモラ を活かしたいと考えま 子どもの頃はなぜ中国の伝統やことば した。そこでまずその勉強からはじめまし を押し付けられるのかと思ったこともあり た。クナ族(中米パナマの少数民族の一 ましたが、成長してから、どれだけ自分が つ)の友人が、モラについての文学や伝説 幸運だったかに気がつきました。それは など資料を山のように用意してくれたの 自分の中にある異なった文化を誇りに思 で、それらを読んでどういうお話にしよう い、自分を愛することができるからです。 かずっと考えていました。そして、自分の そういった思いをこのお話に盛り込みま ※1 体験もお話に活かせないかと思った時、 した。私の作品の最後のページで話をし ─野間コンクールグランプリ受賞おめで 「ナディとシャオ・ラン」のストーリーがひ ているお父さんは、子どもの頃中国の民 とうございます。 らめきました。パナマの学校に通うクナ 話をたくさん聞かせてくれた私の父がモ ありがとうございます。最初の応募でま 族の女の子と中国からの移民の女の子の デルです。父は今回の受賞を本当に喜ん さかグランプリを取るなんて思ってもみま お話です。あとは自然にお話があふれ出 でくれました。 せんでした。今、入賞作品の図録を見てい てきて、まるで私のひざにポンと落ちてき たのですが、こんな素晴らしい方々の中 たようでした。建築デザインでも何でもそ でまだイラストレーターになったばかりの うですが、創造的な仕事では、悩んで悩 私がグランプリをいただくなんてとても光 んで悩みぬいて、目の前の大きな山を乗 栄です。 り越えたときに良いものが生れるのでは ないでしょうか。 ─野間コンクールを知ったきっかけは何 でしたか? ─シュウさんは中国からコスタリカにい ご存知のようにコスタリカは人口400万 らしたと伺いました。その体験がこの作 人のとても小さな国です。そこでイラスト 品に反映されているのですね。 レーターとして仕事をしていくには、個人 私は台湾で生まれ、2歳のときに両親 展示会場入口にて。絵左下の話し手はウェン氏の父 親がモデルになっている。 ※1 パナマの少数民族クナ族の女性による伝統手芸。受賞作では、本来布で作られるモラを紙に応用した。 6 ACCUニュース No.374 2009.8 自宅のアトリエ 紙を切り抜いて作品を製作中 ─作品の中にはたくさんの生物が描かれ ないので海外からの仕事も受けています。 ています。動物がお好きなのですね。 そういう中で、イラストレーターを目指す 生き物を含めて自然は大好きだし、と 人々がグループを作り、少しずつ職業とし ても大切だと思います。私の今の仕事場 て確立していこうとがんばっています。 も農地や森に囲まれた小さな町で、とて も気に入っています。仕事のインスピレー ─コスタリカの絵本の出版状況について ションが湧くのです。子どもの頃から植 聞かせてください。 物、動物、昆虫、何でも好きで、クラスメ 教材以外の純粋な絵本は、残念ながら ─今回、コスタリカの絵本を持ってきて ートが人形遊びをしている時、私は蟻や 年に2∼3冊程度しか出版されていないと いただいていますね。 バッタ、亀や蛙を追いかけていました。だ 思います。出版社も政府系の2社しかなく 何冊か持ってきましたが、成功例をあ から子どもの頃は獣医、少し大きくなって て、どちらも保守的です。優勝すれば出版 げるとすれば、この本“El Mono Papa- からは生物学者が志望でした。でもどこ できるという文化の振興を目的とした文学 ra z z i” 『お猿のパパラッチ』です。これ でどう間違ったか建築家を志して勉強中 作品のコンクールはありますが、そのよう は、イラストレーターのルース・アングロ に、自分はより創造的なことがしたいの な絵本のコンクールはありません。ブラジ と、お話を書いたヤスミン・ロスと彼女の だと気がついたのです。卒業後数年建築 ルやアルゼンチンのように市場が大きけ 夫の3人が制作した、熱帯雨林や海など 家として働いてお金をため、改めてイラス れば出版産業も発達するのでしょうが、コ コスタリカのエコシステムを紹介している トレーターの勉強をするためにアメリカに スタリカの規模では無理なのです。 シリーズの中の1冊です。コスタリカだけで 留学しました。ですからかなり遅いスター コスタリカの子どもたちが読んでいるの は市場が小さいので、観光客にも買って トですね。 はほとんどが輸入書です。それもラテンア もらおうと、文章はスペイン語と英語の2 メリカ諸国のものではなく、アメリカの本 言語で印刷されています。熱帯の動物や ─コスタリカではイラストレーターとし です。アメリカでは国内にスペイン語の需 植物がしっかりと描かれているので、子ど ての勉強はできないのですか? 要があるので、かなりの本がスペイン語に もへのお土産にとても良いと思います。 コスタリカで芸術として認められている 翻訳されています。輸入するのはラテンア 出版から2年目で既に3冊目が刊行されて のは彫刻、絵画、それにデザインの総称と メリカからの移民に関わるお話が多いで いて、それぞれ3000部というのは、儲か してのグラフィックアーツしかないので、そ すね。アメリカで野球で成功した人の話 っているほどではありませんが、成功とい れ以外を学べる大学はありません。イラス やラテンアメリカにいるおばあちゃんの話 えるのではないでしょうか。 トレーションは未熟でこれから育っていく とか。こんなに近いのに、私たちはアメリ 私の最終的な目標は絵本のイラストレ 分野。誰もイラストレーターが何をするの カ経由でラテンアメリカについて読んで ーターとして、読み手の子ども達の想像力 か知らないような状況です。仕事も多くは いるのです。同じ「輸入」であれば、文化 をかきたてる本を作ることです。子どもの や自然が共通しているブラジルやアルゼ 頃、私を魔法の世界に導いてわくわくさ ンチンやメキシコの本の方が良いと思うの せてくれたような本をいつかは作りたい ですが、書店は既に評価が定まった確実 のです。そして、コスタリカの子どもたちの に売れる物を扱いたいのでしょう。アメリ 生活に根ざし、彼らが心から共鳴できる カの市場で成功した物なら、リスクが少な 絵本を届けたいと思っています。野間コン くて済むので。その他、作家や画家が自 クールでのグランプリ受賞は、私の夢の 分で出版しているケースが多少はありま 実現への一つのステップとなりました。 コスタリカの絵本。上が『お猿のパパラッチ』 すが、部数も少なく、一般の書店に並ぶこ ともほとんどありません。絵本に限らず、 ─ありがとうございました。 一般書でもアメリカからの輸入書が圧倒 展示会来場者に作品の中の生き物について説明するウェン氏 的です。 (インタビュー:文化協力課 佐々木万里子) ACCUニュース No.374 2009.8 7
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