サバイバーシップの潮流 患者中心の質の高いがん治療実現モデル

第 48 回癌治療学会学術集会
Patient Advocacy Lounge
ランチョンセミナー(2010/10/29)講演録
タイトル:
サバイバーシップの潮流
患者中心の質の高いがん治療実現モデル
~連合による患者アドボカシーの構築~
講演者:
Thomas P. Sellers 氏
NCCS(全米癌経験者連合)理事
◆ NCCS の活動と自己充足
私は NCCS(National Coalition for Cancer
Survivorship)1という癌経験者の連合を率い
るチーフエグゼクティブとして、恵まれた
経験を積んでいます。私の母親は 51 歳にな
る 3 日前、肺がんで亡くなりました。父親
は前立腺癌を患い、その後 10 年近く生きま
したが、2004 年に手術不可能といわれる脳
腫瘍になりました。私は一人息子として、
その診断から 5 ヶ月の間、介護を行いまし
た。11 年前には、私自身が前立腺癌を患い
ました。このような経験から、癌医療の質
の向上を目指す NCCS の活動に携わること
は自分自身にとっての心の充足にも繋がっ
ていると感じています。
◆ NCCS の発足とサバイバーシップ
NCCS は 1986 年に設立されました。
医師、研究者、患者さん、また患者さんの
権利を擁護する活動をしておられる方々の
声が集まって発足しました。発足当時、
癌患者は犠牲者であるといわれていました。
このような時代に、NCCS は癌患者は犠牲
者ではなくサバイバーであると考え、サバ
イバーシップという言葉を定義したのです。
サバイバーシップというのは、癌と共に生
きて、それを乗り越えていくという意味で
す。また、患者さんご自身だけではなく、
その介護をする方々、家族、友人すべてを
共にサバイバーとして定義に含んでいます。
1
NCCS: http://www.canceradvocacy.org/
“Reported by 株式会社ジェイ・ピーアール”
NCCS は、全米を巻き込んで、癌患者に
与えられる治療の質の確保・向上の為のア
ドボカシーを行ってきましたが、様々な活
動を展開する中で、やはり政策決定の中心
地であるワシントン DC に近い方が、国レ
ベルでの公共政策に声を届けやすいという
ことに着眼して 1992 年にオフィスをワシ
ントン DC に移しました。ワシントン DC
には、多くの大学関係の研究所やシンクタ
ンクがあり、これらの機関ともコラボレー
ションを行うことができるようになりまし
た。全米科学アカデミーの医学研究所とも
共同研究を行い、その成果を発表してきま
した。その中の一つに、サバイバーやサバ
イバーシップの定義も示しています。私た
ち独自では、1996 年に「質の高い癌医療に
関わる規範」
、
「アクセス」
、
「アドボカシー」、
「活動と責任」というタイトルでレポート
を発行しました。これらは、NCCS のサバ
イバーシップ・オフィスの設立の基礎に
なっています。
◆ 「自分自身のアドボカシー」とは
NCCS はその誕生から一貫して、患者さ
んや患者さんを取り巻く人々にとって、
クオリティの高い癌の治療を届けるために、
アドボカシーとして声を上げることを主
目的としてきました。アドボカシー=権利
主張といわれていますが、これはたやすい
ことではないと私も実感しています。アド
ボカシーをしましょう、声を挙げましょう
といわれても、怯んでしまう気持ちが私に
もありました。
(癌と宣告を受けるほどには
怖いことではありませんでしたが・・・。)
私はまず「自分自身のアドボカシー」を
考えることにしました。私が「あなたは癌
です」と宣告されたとき、心のどこにもア
ドボカシーという言葉は浮かびませんでし
た。ただ、
「私はどんな治療を受けるのだろ
う」、「私はどのような治療を決断していく
のか」ということを考え始めたところから、
自分自身が治療の決断に関与していきたい
という思いがあることに気がつきました。
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「サバイバーシップの潮流 患者中心の質の高いがん治療実現モデル ~連合による患者アドボカシーの構築~」
これをきっかけに、癌患者さん全体のため
の 活 動 を し て い く と い う 自 分 の Journey
(旅)が始まりました。
私はハーバード大学のケネディスクール
(公共政策大学院)で学位を取得していま
すし、癌患者としての経験もありますが、
それでもまだ、当初は自分自身が声を上げ
るとか、他の患者さんの権利を擁護すると
か、アドボカシーをするような知識や技能
を何も身に付けていないように感じて不安
でした。
◆ アドボカシーの技能とは
アドボカシーに必要な技能は、6 つに纏
めることができると考えています。まず、
「コミュニケーションの力」、「情報を探す
力」、
「意思決定の力」、
「問題解決の力」
、
「交
渉する力」、最後に、「自分の権利を主張す
る力」です。
自分自身のアドボカシーのためには、自
分がどのような治療を受けるのかというこ
とを決定するときに、情報を得て意思決定
できる力をつけなければなりません。例え
ば、主治医に治療の副作用について尋ねて
みるとか、セカンドオピニオンを求めに行
くとか、自分の治療をドクターと一緒に決
めること。患者として治療決定に参画し、
その権利を模索することが自分自身のアド
ボカシーの始まりです。そして、それが自
分の住む地域全体での「コミュニティアド
ボカシー」にも繋がります。
コミュニティアドボカシー活動というの
は、身近で途方に暮れている人々のために
サポーターとなって支援をするということ、
癌の患者サポートグループとの協業、ある
いは、市議会や病院などの委員会のメン
バーとなって癌患者さんの声を届けるとい
うことです。
◆ 公共のアドボカシー
このような活動の先に、国全体の癌患者
さんのために働くということを考えるよう
になってきます。これを私たちはパブリッ
ク・インタレスト・アドボカシー(公益の
アドボカシー)と呼んでいます。NCCS の
中核的活動は公益のアドボカシーであり、
癌患者さんに質の高い医療を届けようとす
ることであります。質の高い治療は、癌と
宣告されてからの色々な段階で選択してい
くものです。癌の宣告を受けた方が、どの
ような治療を望んでいるのかということを
人に伝えたくても伝えられないことがあり
ます。そのコミュニケーションを助けるこ
とも私どもの活動の一部です。他の活動を
している団体と一緒になって、癌治療の質
の向上の重要性を伝えていくことも重要で
す。共に政策決定者に働きかける必要もあ
ります。
◆ 質の高い癌医療とは
~The Coordinated Care~
質の高い癌医療ということを語りはじめ
たのは、先ほどお話した 2001 年の全米科学
アカデミーの医学研究所と共同で発表した
レポート『深い溝を埋めるためには』で、
当時の癌医療とあるべき癌医療の質が大き
く乖離していることを訴えたのが最初でし
た。その 2001 年のレポートに書かれていた
質の高い癌医療の要素は、
「患者さん中心」、
「有効性」、
「適切なタイミング」、
「安全性」、
「効率性」、
「公平性」です。
NCCS は、患者さんが意思決定に参画す
るために必要な情報を得られるよう活動し
ています。アメリカには、“Health Affairs”
という影響力のある医療経済・政策専門誌
があります。今年、この雑誌に Rochester 大
学の Ronald M. Epstein が寄稿しておられま
した。Dr. Epstein は、まず最初に情報を得
た患者さん、家族、友人、ケアギバーあり
き、そして、医療チームは、患者さんを受
け入れて、患者さんの声をよく聞く必要が
あり、これらの癌治療に関わる全ての人々
の Journey(旅)が巧くコーディネートされ、
統合されたケアが必要であると力説してお
られます。これらがそろって初めて質の高
い癌医療が可能になるのです。
この質の高い癌医療は、癌の宣告を受け
てから治療を受けていくプロセス全体を通
して考えるべきです。これは、2002 年に全
米科学アカデミーの医学研究所が NCCS と
共著で発表したロスト・トランジション「治
療後当惑する患者」というレポートでも記
しています。コーディネートされた治療に
は、まず診断時に治療計画がしっかりとあ
るということ、治療の後どうなるのかとい
うことも示されていて、その患者さんの
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“Reported by 株式会社ジェイ・ピーアール”
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「サバイバーシップの潮流 患者中心の質の高いがん治療実現モデル ~連合による患者アドボカシーの構築~」
人生全体に関わっている計画が示されてい
る必要があります。
◆ NCCS の活動
癌の診断がついて、人生の終末までの期
間が長い方も短い方もいらっしゃいます。
NCCS としては、患者が中心となって、診
断時から終末まで継続してコーディネート
された治療が実現できるよう活動していま
す。単独では何も達成できません。様々な
組織と共同作業をすることが重要です。例
えば治療ガイドラインや評価基準の策定に
ついて我々が意見を発する時には、アメリ
カの臨床腫瘍学会(ASCO)などに声をかけ
ます。また、エビデンスに基づいた治療の
確立のためには、私自身、アメリカの外科
学会の癌委員会のメンバーとして、医療の
エビデンスを審議し認定する役割を担って
います。米国では癌の外科治療を認定制度
にしようという動きをとっており、私は癌
サバイバーの連続的ケアという考え方を審
議の基準に入れるように訴えています。こ
れらの活動を重ね、コーディネートされた
治療が可能になると考えています。
また、患者さんのエンパワーメントのた
めに、NCCS ではキャンサー・サバイバル・
ツールボックス2という、先ほどの 6 つの技
能を習得するための自己啓発ツールを CD
の形で制作し提供しています。このツール
ボックスは、NCCS と全米のソーシャル
ワーカー協会、オンコロジーのソーシャル
ワーカーの団体、オンコロジーの看護師協
会が共同で制作したものです。初版から 14
年間、内容を更新しながら提供しており、
今年はビデオバーションも制作します。
米国では医療改革が進んでいますが、医
療改革の立法の動きに関しても私たちは政
府へのアドボカシーを行っています。患者
さんの治療情報が全米の病院に電子記録と
して導入されるようオバマ政権が刺激基金
と名付けて 200 億ドルの予算をつけました
が、これも私たちの運動を受けた結果です。
◆ コラボレーションは力を何倍にも増幅
NCCS は、癌医療の質の向上の為に、同
じ目的を持っているどのような個人または
2
キャンサー・サバイバル・ツールボックス
http://www.canceradvocacy.org/toolbox/
組織とも協力をします。コラボレーション
は、“Enforced Multiplier(ある力を何倍にも
増幅するもの)”という意味であると考える
からです。多くの人々が同じ意見を持って
いるとき、その声を一つにまとめて叫べば、
その声はずっとずっと大きくなるというこ
とです。一人ひとりがバラバラに声をあげ
るよりも、一つのまとまった声にする方が
影響力が増します。
そのような私たちの努力の一環として、
キャンサー・リーダーシップ・カウンシル3
という月例の評議会を設置しました。この
評議会には、33 の異なる癌患者さんの支援
団体や ASCO のような専門家の団体をご招
待しています。この 33 の団体は、それぞれ
が持つ使命も若干異なりますし、対象とす
る癌種も異なります。行っている活動が違
う場合もあります。しかし、キャンサー・
リーダーシップ・カウンシルとして集まっ
たときには、共感できる要素を洗い出すこ
とを目的に議論することにしています。実
際に、米国議会の議員達からは、
「私たちは
個別の癌種を対象とした癌患者さんの会か
らもたくさん要望を聞いているが、キャン
サー・リーダーシップ・カウンシルの纏ま
った主張には最も注目している」と、評価
をいただいています。
もう一つの取り組みは、癌政策ラウンド
テーブルという会議です。年に 2 回ラウン
ドテーブルを NCCS がホストして開催し、
連邦政府の医療改革に関与している官僚、
FDA 関係者、製薬メーカー、患者団体、学
術研究者に集まっていただいています。こ
こでも、ラウンドテーブルという枠組みの
中で、それぞれに意見を出していただき、
どこに意見の一致があるか、そして、お互
いの意見を良く聞き共通のメッセージを生
み出していくということを行っています。
製薬企業とのコラボレーションで近年
成功を収めている事例は、イーライリリー
社と共に行っている「リリー・オンコロ
ジー・オン・キャンバス4」です。2 年に 1
回実施していますが、患者さん、患者さん
3
キャンサー・リーダーシップ・カウンシル
http://www.cancerleadership.org/index.html
4 リリー・オンコロジー・オン・キャンバス
http://www.lillyoncology.jp/lillyoncology/
第 48 回癌治療学会学術集会 Patient Advocacy Lounge ランチョンセミナー(2010/10/29)講演録
“Reported by 株式会社ジェイ・ピーアール”
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「サバイバーシップの潮流 患者中心の質の高いがん治療実現モデル ~連合による患者アドボカシーの構築~」
のご家族、友人の方々、介護者、医療チー
ムを対象に、癌治療の経験から湧き出てき
た感情をアートで表現していただくもので
す。日本では「癌と共に生きる私の物語」
と名付けています。2004 年に米国でこの活
動が始まり、これまで 3,600 点が集まって
います。今年は 600 点の応募があり、その
中で私たちは 23 名を表彰しました。今月、
イーライリリー主催のグランフィナーレで
23 名の受賞者を讃えました。受賞作品は、
ワシントン DC のユニオンステーションと
いう主要駅で展示されています。また、よ
り多くの患者さんやご家族、医療関係者の
方々に、癌患者の声に気付いてもらおうと、
全米の癌センターや病院、学会等で巡回展
示を行っています。
NCCS のアドボカシーの中核には、まず、
癌サバイバーの人生の全体の流れの中で生
じる様々な出来事へのケア・サポートを考
えるという姿勢があります。その中で患者
さんに届けられる癌医療はクオリティの高
いものでなければならないということ、そ
れを実現するためには、様々なグループと
協働作業をしなければならないということ、
これらに邁進すれば必ずポジティブな変化
を起こせるということです。
法律を作るために行政府に働きかけるこ
とも重要ですし、アートを通して多くの
人々に気付きを与えるということも重要で
す。こうした活動の中で、私共は必ず良い
方向へと流れを導いていくことが出来ると
考えています。
以上
第 48 回癌治療学会学術集会 Patient Advocacy Lounge ランチョンセミナー(2010/10/29)講演録
“Reported by 株式会社ジェイ・ピーアール”
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