東京電力再建に向けた現状と課題 小野展克(嘉悦大学) <要旨> 福島原発事故で経営危機に陥った東京電力は再建に向けて多くの課題を抱えている。3 つのポイントについて現状と課題を分析したい。最初のポイントは原発の再稼働だ。東電 は、市場からの資金調達ができなくなったため、政府系の原子力損害賠償・廃炉等支援機 構と銀行から支援を受けている。銀行などの収益シミュレーションを分析して、原発再稼 働の必要性を点検したい。2番目は、原発事故にともなう賠償、除染、廃炉への対処。賠 償などの費用がどこまで拡大するのか、いまだに正確に見通せていない。東電の収益で費 用を負担するスキームには限界があるとの見方も多く、今後の政府の関与や支援について 検証したい。3番目は電力システム改革だ。政府は発送電分離など電力の自由化に向けた 法整備をした。合わせて東電の分割案も検討されている。ただ、自由化の負の側面が出な いよう競争環境の整備には注意が必要だ。東電の再建と電力システム改革は一体的に設計 すべきで、賠償などを東電の経営から切り離し、株主や債権者の責任の明確化した上で、 新たな競争環境を生み出す再編策なども不可欠である。 キーワード 東京電力 再建 原子力損害賠償・廃炉等支援機構 原発再稼働 電力シス テム改革 はじめに 東京電力の経営は、2011 年 3 月の福島第1原子力の事故によって一変した。事故によっ て避難を余儀なくされ、職を失った人などへの賠償費用、放射線汚染地域の除染費用、そ して福島第1原発1~4 号機の廃炉費用が、東電の収益、資産内容に重く圧し掛かっている。 東電は関東地域を中心に発電、送電事業を事実上、地域独占する国内屈指の優良企業から 一転して、経営危機に直面することになったのだ。 東電の経営を支援している政府系の原子力損害賠償・廃炉支援機構が作成した「新・総 合特別事業計画」 (2014 年 8 月 8 日改訂版)の試算1)によると、事故による賠償費用は 5 兆 4214 億円に達する見通しだ。環境省の試算によれば、除染費用は 2 兆 5 千億円とみられ る。東電に資金を融資している銀行など筆者が取材したところによると廃炉費用も「1基 につき 1 兆円は下らない」という。賠償、除染については、さらに負担が拡大するリスク があり、東電の負担はさらに膨らむ可能性もある。 政府は、こうした東電の経営危機を救済するため、政府系の機構を通じて 1 兆円を出資、 東電を国有化して、経営を支えている。政府は、賠償などは東電の責任で実施すると位置 づけた上で、政府が機構を通じて東電をサポートする仕組みを整えたのだ。 一方、原発の停止によって火力発電への依存度が高まった東電は、電力料金の値上げや リストラに取り組んでいるものの、大幅な収益力低下に陥り、黒字確保に四苦八苦してい る。収益改善の切り札である柏崎刈羽原発の再稼働の見通しも立たない状況である。 電力の供給は企業の生産活動や国民の日常生活に欠かせない。電力の安定供給を維持し ながら、どう東電の再建を実現するのか。政府・与党、そして銀行、東電、一人一人の国 民の利害が錯綜する大きな課題となっている。 本論文では特に、東電の融資する金融機関の立場から、東電再建に向けた現状と課題を 検証する。1 では、原発事故による東電の資金調達の変化を確認する。2では、機構や銀行 が、原発の再稼働による収益回復についてどのようにシミュレーションしているのか、筆 者が関係者から独自に入手した資料を中心に考察する。3では、銀行融資の保全度を高め る「私募債スキーム」を検証するとともに、賠償、除染、廃炉への国家負担の可能性や破 綻処理のメリット、デメリットについて考察する。まとめでは、政府が打ち出した「電力 システム改革」や東電の分割案を踏まえて、再建の道筋を整理したい。 1 原発事故による東電の資金調達の変化 まず、最初に福島第1原発事故以前の東京電力の資金調達環境について確認ししておき たい。東電などの電力会社が発行する社債は「電力債」と呼ばれ、電気事業法で優先的に 担保を付与する仕組みになっている2)。仮に東京電力の経営が破綻しても発電所などの資産 は、銀行など東電に融資する債権者や株主より社債権者が優先的に担保を付与され、弁済 を受ける権利を持っている。電力債は、電気事業という公共性の高い事業を営んでいる会 社に与えられた資金調達上の特権といえる。 東電の有価証券報告書によると福島第1原発事故前の 20011 年 3 月の調達構造をみると 社債が約 5 兆円なのに対して、銀行融資は 1・6 兆円にすぎない。東電は事実上の地域独占 企業であるという経営の安定性と高い収益性に加えて、電気事業法をバックに、市場から 低利で安定的に長期資金を調達してきたのだ。しかし、この調達環境は福島第1原発事故 によって激変した。東電の収益の見通しが不透明になった上に、賠償、除染、廃炉の負担 が財務に伸し掛かり、社債の発行停止に追い込まれ、市場からの資金調達の道を閉ざされ たのだ。資金繰りが続かなければ東電は資金繰り破綻に追い込まれてしまう。そこで東電 が頼ったのは銀行だ。しかし、銀行も東電の経営の先行きが見えない中で、簡単に融資を 実施するわけにはいかない。そこで政府が、銀行に対して融資の保全を約束したという「事 実上の政府保証」が多くのメディアで報じられた。日本経済新聞などによると福島第1原 発事故直後の 20011 年 3 月、経済産業の松永和夫事務次官と三井住友銀行の奥正之頭取(い ずれも当時)が会談、松永氏は「我々も責任をしっかり負う。金融機関も支えてほしい」 と奥氏に語ったという3)。奥氏は松永氏の発言を「融資への暗黙の政府保証」と受け止めた という。 しかし、この段階では、機構の出資を軸とした政府支援の枠組みが正式に決定してない 段階だったため、東電への融資に踏み切るのは、大きなリスクを孕んでいた。 銀行幹部の一人は筆者の取材に対して「東電の経営が行き詰まれば、電力の安定供給が 脅かされるリスクがあった。市場からの資金調達が停止される中、事実上の政府保証を担 保に、間接金融が東電の経営を支えるしかないと考えた。銀行の出番だった」と振り返る。 無論、東電の経営を確実に政府が支え、融資が保全されるなら、巨額の融資は大きな利益 を銀行に与えることになる。 こうして三井住友銀行などの銀行団は事実上の「政府保証」を背景に、1・9 兆円もの緊 急融資に乗り出した。これを受けて東電の資金調達構成は 2011 年 3 月末には社債が 4・7 兆円、緊急融資 1・9 兆円、既存融資 1・6 兆円へと大きく変化した。社債の割合はさらに 急減し、13 年 3 月末に 3・6 兆円、14 年 3 月末には 3 兆円まで圧縮された。15 年 3 月 末には 2・6 兆円まで減少する見込みになっている。東電の資金調達構造を中軸は社債と いう直接金融から銀行融資という間接金融へと大きくシフトしたのである。 筆者は金融関係者から独自に東電の資金繰りに関する資料4)を入手した。その資料によ ると 2014 年度から、この 1・9 兆円の緊急融資の返済が始まっている。まず 4 月に日本政 策投資銀行の 40 億円の返済を実施、12 月には三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、みずほ 銀行の主力銀行への各 500 億円の返済が予定されている。さらに 2015 年度には 2015 年 4 月と 10 月に日本政策投資銀行に各 40 億円、10 月には三井住友銀行に 500 億円、11 月に はみずほ銀行に 500 億円、2016 年 1 月に三井住友銀行に 300 億円、2 月に三菱UFJ信託 銀行に 500 億円、3 月に三井住友信託銀行に 400 億円の返済を迫られている。 2011 年 3 月に実施された 1・9 兆円の緊急融資のうち、14 年度と 15 年度の 2 年間で 3700 億円が返済期限を迎えることになる。資料によると 2015 年に 2800 億円の資金調達の手当 がついていないという。仮にこの 2800 億円の、資金の貸し手がいなければ、東電の資金繰 りは途絶え、経営破綻を迎えることになる。 そこで銀行は追加融資を実施して、東電の経営を支えるのだろうかが大きな焦点となる。 ポイントは大きく分けて二つある。1番目は東電が赤字から脱却できるのかどうかだ。 黒字転換できなければ、賠償なおろか、自身の経営を支えることができなくなる。黒字転 換の鍵を握るのは柏崎狩羽原発の再稼働なのだ。2番目は賠償、除染、廃炉について政府 がどこまで責任を負うかだ。そして、その際、銀行の融資が保全されるのかどうかが。破 綻処理が現実になれば、銀行の融資は大半が毀損してしまうことになるのだ。 2 東電の収益と原発再稼働 東京電力の収益力をこれまでの決算で確認しながら、今後の収益力の見通しを原発再稼 働の時期などを含めたシミュレーションを活用して考察したい。試算は金融関係者から独 自に入手した資料5)である。 東電が公表している決算資料6)によると福島発事故直後の 2011 年 3 月期の東京電力の連 結純損益は、1 兆 2473 億円の巨額損失だった。これは、特別損失として事故処理の関連費 用など 1 兆円以上計上したこととなどによっている。ただ、経常利益は 3176 億円の黒字を 確保している。しかし一年後の 2012 年 3 月期決算では、経常利益は 4004 億円の赤字に転 落した。大幅赤字は、燃料費が 4650 億円ものマイナスインパクトを与えていることが主な 要因だ。原発が停止して、燃料コストの高い火力発電の稼働率を高めたことが赤字を生み 出す構造になっている。2013 年 3 月期決算の経常利益も 3269 億円の損失だった。法人向 けの平均 17%の値上げなど電力料金の引き上げや人件費の削減などで 6000 億円以上のプ ラス要因があったが、燃料費の増加などが足を引っ張り巨額の赤字から抜け出せないまま だった。2014 年 3 月期の経常利益は 1014 の黒字を確保している。しかし東電関係者への 筆者の取材によると「設備の更新投資などをぎりぎりまで引き延ばして作成した決算で、 決して恒常的に黒字体質に転換できたわけでない」という。 さらに、原発の再稼働の時期などを反映したシミュレーションに基づいて今後の収支見 通しを点検したい。 東電や機構、銀行団は当初、今年 7 月の柏崎刈羽原発の再稼働を想定していた。しかし、 柏崎刈羽原発の安全性をチェックする原子力規制員会の審査が遅れている上、地元の新潟 県の泉田裕彦知事の同意が得られない状況で、現段階で再稼働の見通しは立っていない。 そこで、このシミュレーションは、原発の再稼働の時期を 3 パターンに分けて、収益の 見通しを分析している。 最初は、当初の想定から 1 年遅れの 2015 年 7 月に再稼働が実現した場合である。2016 年 3 月期決算の経常利益は 1350 億円~1700 億円の黒字が確保できるとしている。さらに 2017 年 3 月期決算の経常利益は 3600 億円の黒字に達する。 2 番目は、1 年3か月遅れの 2015 年 10 月に再稼働した場合だ。2016 年 3 月期決算の経 常利益は 100 億円の損失から 250 億円の黒字の見通しだ。2017 年 3 月期決算の経常利益は 3500 億円の黒字が確保できる。 3 番目は 2 年半以上遅れ 2017 年度以降も再稼働できなった場合である。2016 年 3 月期 決算の経常利益は 1000 億円~650 億円の赤字となる。2017 年 3 月期決算の経常利益も 1250 億円の赤字が続くとの見通しだ。 黒字確保ができる 1 番目のシナリオなら銀行の追加融資は得られるだろうが、2 番目は 2016 年 3 月期決算での赤字のリスクがあり、追加融資は微妙な情勢と言えよう。当面、再 稼働の見通しが立たない 3 番目のシナリオでは銀行の追加融資は絶望的になる。 銀行と機構、東電の当初の想定では 2014 年 7 月には原発が再稼働、2016 年には社債の 発行が再開され、市場で調達された資金によって緊急融資は段階的に返済されるシナリオ だった。こうした目算は完全に崩れ去ってしまったのだ。 原発の再稼働できないとなると、東電の収益を黒字化するには、一段の電気料金の大幅 値上げが必要となる。 東電は 2014 年 4 月から法人向けの電気料金を平均で 17%も引き上げている。電気料金 の引き上げは、企業収益を圧迫、日本企業の競争力にダメージを与えている。家計へのし わ寄せも大きく、個人消費のマイナス要因だ。 原発の停止を前提に東電の黒字確保を目指せば、さらなる大幅な値上げが必要となる。 日本経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会が 2014 年 6 月 12 日に公表した「電 気料金・エネルギーコスト高騰が招いた窮状」によると、原発を停止したままだと電気料 金は福島原発事故前と比べて法人向けが 3 割、家庭用が 2 割上昇すると指摘、火力発電の ための燃料の輸入額が 10 兆円も増加すると指摘している。また、秋元は原発ゼロでは可処 分所得が9%低下するとの試算も公表している7)。2015 年秋には消費税 10%への引き上げ も控えており、電気料金の値上げは政治的にもハードルが高い。 3 東電破綻のメリットとデメリット そもそも、原発事故による賠償、除染、廃炉の費用は誰が負担すべきものなのだろうか。 原子力損害賠償に関する法律(原賠法)では、原子力事故の賠償は、電力会社が無過失損 害賠償責任を負う仕組みとなっている。つまり、福島第1原発事故の賠償などの責任は一 義的に東電が背負うべきなのだ。しかし、原賠法 3 条1項ただし書きには「その損害が異 常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるとき」に限定して、電力会 社の責任を免除すると規定している。 では、今回の事故は、この規定に沿っているのだろうか。 安原は、東日本大震災が「異常に巨大な天災地変」に当たるかどうかは、行政府や立法 府が判断できるものではなく、裁判所で判断すべきであり、東電が賠償などの責任を負う べきかどうかは未確定なままだと指摘している8)。 ただ当時の管直人政権は東電がすべての賠償を背負う無限責任を前提に据えた。その上 で、政府が東電の経営をサポートする仕組みを整えた。政府が原発賠償支援法を制定、官 民で支援機構を設立、政府が交付国債を付与して賠償資金を用立て、東電が債務超過に転 落しないように機構が 1 兆円の増資を引き受けたのだ。この枠組みは自民党に政権が交代 しても引き継がれている。 つまり東電は、賠償の責任をすべて負わされた上で、政府の支援で、何とか生きながら えているのが現状なのだ。 2で見てきたように東京電力は恒常的な黒字回復の見通しすら立っていない。原発の再 稼働、大幅な電力料金の値上げがない中で、賠償などの費用を負担するのは至難の業だ。 では、安価で安定的な電力供給を維持し、産業活動や日常生活に影響が出ないようにす るには東電はどう再建すべきなのだろうか。 八田は、実質的に債務超過に転落して経営破綻している東電を政府が支援している状況 を批判、 「原発事故を未然に防ぐ責任の一端は株主と債権者にもある」としてガバナンスの 観点から株主責任を厳しく問い、融資した銀行も責任を取るのが筋だと主張している9)。 国民負担を減らす観点からも破綻処理すべきとの見方もある。古賀は、破綻処理した方 が国民とって「3 兆円弱得」と主張する10)。古賀は、株式は 100%減資で紙切れにした上 で、社債を除く約 4 兆円弱の銀行からの借金は大半をカットすべきだと指摘する。賠償な どの負担が税金に回れば、本来責任のない消費者・国民負担が付け回されるという。政府 による銀行への「事実上の政府保証」は正式な契約文書ではなく、無効だという考えだ。 現在、東電には政府系の機構から 1 兆円が出資されている。破綻処理すれば、この 1 兆円 が毀損して国民負担になるとの議論もあるが、銀行が 4 兆円弱の借金を棒引きすることを 考えれば、差し引きで 3 兆円弱の国民負担が減ると古賀は説明する。 破綻処理すれば、賠償などの補償もカットされてしまうが、古賀は、別途、政府が補償 のための仕組みを整えれば良いという。 一方で、山内は破綻処理のデメリットの方が大きいと主張する11)。山内も、破綻処理の 方が経営者と株主の責任が明確になる上、古賀が主張するような債務カットによるバラン スシートの改善、公的支援の納得性の観点から政治的なアピール度が高い点はメリットし て認めている。しかし、山内は東電が発行する社債がデフォルト(債務不履行)となれば、 社債市場が大きく混乱することを指摘した上で、東電の経営の安定性と持続性を確保した 上で、負債を返済する方法が、社会全体への負荷が小さいという。破綻処理すると東電の 社員も大きく動揺して賠償、除染、廃炉などの作業が混乱するリスクがある。そのため、 山内は、東電という組織を使うことの費用対効果が高く、むしろ国民負担は減るとしてい る。 八田は株主責任、銀行などの債権者の責任も明確化すべきだと主張、さらに古賀は、借 金の棒引きなどで国民負担の最小化できると指摘する。山内はこれまでの東電の組織と機 能をうまく活用することの方が、かえって合理的で国民負担が少なくてすむと考察する。 一方で、会社更生法などを適用した場合、株主や債権者の責任は明確化するものの、東 電という組織の延命、責任逃れにつながる可能性がある点には注意が必要だ。事実上の地 域独占企業の東電は、会社更生法の力で、株主の負担や借金の棒引きで身軽になった上で 賠償責任からも逃れ、突然、高収益企業に蘇る可能性があるのだ。会社更生法の適用で、 競争力が増し、過去最高益をたたき出した日本航空のケースが、これに当たる 12)。 こうした点も踏まえて、橘川は、火力、原子力などのすべての発電資産を売却する大胆 なリストラを提言する 13)。東電は送配電系の運用部門だけを残す会社になって再出発すべ きだという。 柏崎刈羽原発の再稼働と賠償、除染、廃炉への税金投入が避けられない以上は、東電に 厳しいリストラを強いた上で、最後に国費投入、原発再稼働という手順を踏まなければ国 民の納得感は得られないとの指摘だ。例えば、中部電力が火力発電を買収すれば、首都圏 への電力供給が可能になり、競争原理が働ければ、電力料金の値下げやサービスの向上に もつながるというわけだ。 原発再稼働が想定より遅れ、見通しすら立っていないことは、緊急融資に乗り出した銀 行にとっては厳しい展開といえよう。さらに、識者の間で、破綻スキームが公然と指摘さ れると「事実上の政府保証」が破られ、融資が毀損するするリスクさえ感じることになる。 そこで銀行は、融資を保全する方策に知恵を絞ることになる。 その一つが「私募債スキーム」だ。これは東電が発行する私募債を信託の枠組みを使っ て組成したファンドが引き受け、このファンドに銀行が融資するという仕組みだ。こうし た複雑な仕組みを導入した背景には、銀行融資を私募債に切り替えることで社債と同じ取 扱にすることがある。つまり私募債スキームを活用することで、銀行融資を社債と同じ取 扱いにして電気事業法上、優先的に担保が付与されることになるのだ。 私募債スキームには「社債が償還された範囲」との上限も設定、既存の社債権者の担保 が減少して、不利にならない配慮も設けた。 銀行にすれば、社債の発行が停止して、償還が進んだ分は銀行融資で穴埋めをしている のだから、その分の担保は確保したいとの思惑がある。 ただ、2013 年 11 月 12 日の参議院・経済産業委員会で松田公太議員(みんなの党)が「緊 急融資の私募債化は絶対に認めるわけではない」と指摘、政府内にも「政府が一歩前に出 ているのに、銀行だけが融資の保全に走るのはおかしい」との声が広がった。私募債スキ ーム批判が高まったことで、銀行の担保の確保が難しくなり、融資姿勢は、ますます厳し くなっているのが現状だ。 まとめ 政府は 2013 年 4 月、電力システム改革の基本方針を閣議決定した14)。改革方針には 3 つの柱がある。最初は「広域系統運用の拡大」。地域ごとにバラバラに運用されていた電力 系統を一本化、地域間で電力が融通できるようにする。2 番目は、 「小売り及び発電の全面 自由化」 。これまで規制されていた家庭向けも含めた小売を自由化する。3 番目は「法的分 離の方式による送配電部門の中立性の一層の確保」 。電力会社が一体的に運営している発電 部門と送電部門を分離、電力の自由化を推し進める。すでに法整備なども進められており、 2018~2020 年には発電と送電の分離まで改革が進む段取りだ。 こうした電力改革は、東京電力の経営が盤石だったなら決して立案できなかっただろう。 事実上の地域独占と費用に一定の利益を積み増して電力料金を決める「総括原価方式」が、 東電に超過利潤を与えた。東電は、この超過利潤を活用して政治家や官僚、マスコミに影 響慮力を行使、現在の発電システムを維持、拡大してきたことは疑い得ないだろう。原発 事故で東電の経営危機に直面したことで、電力改革は大きく前進することになったのだ。 東京電力の再建では、原発事故の賠償等が速やかに円滑に実施され、企業へ国民への安 定的な電力供給が維持されることだけでなく、競争原理の導入によって利用者にメリット が出る仕組みを後世に残すことを目標にしたい。日本中を震撼させ、多大な被害を及ぼし た原発事故から教訓だけではなく、われわれは何らかの果実を得るべきであろう。競争を 通じて、低廉な電力供給を促すことに加えて、発電をめぐる様々なイノベーションの創出 も期待したい。 ただ、規制緩和や自由化を進めただけで、電力料金の低下やサービスの向上が起こらな い特殊な要素を電力事業が抱えている点には注意が必要だ。電力は季節や時間帯によって 需要が大幅に変動する上、貯蔵が困難で、ピーク時に供給体制を合わせねばならないのだ。 大石は、欧米での電力自由化の事例を踏まえて、ピーク時の価格上昇は自由化の「負」 の側面として出てくると指摘する15)。また、特定の発電事業者の市場支配力が強いと、ピ ーク時に恣意的に発電を手控えて価格を引き上げる誘因が出てくるという。このため送電 部門から独立した中立機関が発電状況をチェックする仕組みを整えることが必要だと分析 する。停電などのトラブルを避けるためには、電力需要のピーク時には強制的に発電を命 じることができる法的な枠組みの整備も不可欠となる。 また、電力料金の可視化ができるスマートメーターの普及で、消費者の電力使用の行動 の合理化を促す一方で、多くの発電事業者が参入する環境整備も必要だ。 大口の企業向けの電力供給は自由化されているが、需要の5%程度を供給しているに過 ぎない。 橘川の提言する東電の発電資産の売却は、新たな事業者が発電資産を持つことで、合従 連衡が進み、競争環境を整える意味でも大きな効果が期待できる。東電の再建は、電力量 機の低下やサービスの向上といった果実をもたらすために電力システム改革と整合的かつ 一体的に設計される必要がある。 特に会社更生法を適用による破たん処理は、株主や債権者の責任を明確はできるが、更 生計画の作り方次第では、かえって現在の東電の組織形態を維持、強化することにつなが りかねない。多くの事業者が存在する業界なら、収益力の高いライバル企業による買収に よって淘汰と再編が進むのが一般的だ。ただ、日本航空の例では、会社更生法の申請によ る債務のカットなどに加え、政府の出資によって財務内容が一気に好転した。更生計画で、 日本航空の圧倒的な市場支配力が維持されたため、国家支援で過去の負債という重荷を降 ろしたことで競争力が回復した。最終利益でANAホールディングスを超える過去最高益 を確保したことに対しては、政府支援が競争環境を歪めたと考える。 東電の場合は関東地域の電力供給を事実上独占しており、市場支配力は圧倒的だ。今は、 国の支援がなければ、経営の存続すら危ぶまれる状況だ。ただ、会社更生法によって負債 を一掃、賠償や除染などの負担から解放され、現在のままの発電資産を維持、柏崎刈羽原 発の再稼働が実現すれば、東電の経営は、福島原発事故前より強靭になって甦るだろう。 東電の組織を維持したまま再生させれば、政府の計画通りに自由化が実現したとしても 大橋の指摘する自由化の負の高価が顕在化、東電が市場支配力を駆使して、ピーク時の電 気料金を引き上げるなによる利益拡大に突き進む可能性が出てくる。 東京電力は、2016 年 4 月に持ち株会社に移行、持ち株会社の下に「火力・燃料」、 「小売 り」 、 「送配電」 、 「水力・再生エネルギー」の 4 事業がぶらさがる組織体制に変わる。電飾 システム改革に対応した体制の変更で、東電は火力発電の包括提携も検討している。 ただ、東電の組織体制は大筋で維持される仕組みで関東地域での電力供給に適正な競争 環境が生まれるような再編の絵図が示されているわけではない。 賠償な円滑な実施、事実上の経営破綻に陥ったことへの株主、債権者の責任、電力の安 定的で廉価な提供を実現することを組み込んだ総合的な再建プランが必要になる。 東電の収益力で、賠償などの負担を背負うことが現実的でない以上、賠償などを東電の 経営から切り離し、政府が負担する法的な整備が必要となる。また、債権債務関係を整理 するためには会社更生法などを再建プランに組み込むことも不可避だろう。会社更生法に ついては弾力的な運用が進んでいる。銀行の融資については、原発事故以前の 1・6 兆円に ついては債権者としての責任から借金を棒引きする一方で、事故後の 1・9 兆円の緊急融資 は、保全するというのも一案だ。緊急融資は民事再生法などの際に適用される再生向けの 融資である DIP ファイナンスと位置付けることが可能だろう。債権者として事故の責任を 明確にした上で、再建のための資金繰りを維持す、銀行へのダメージを限定する仕組みと して有力だと考える。 また自由化への対応として火力発電を民間事業者に売却するだけでなく、原発について は政府が買い上げ、運営するのも一案だ。原発は東電にとって収益の源泉であると同時に、 リスクの大きさが、民間事業者で負える範囲を超えていることが今回の原発事故で明らか になった。安全審査の状況や経済へのダメージ、世論の動向などを十分に配慮した上で原 発再稼働の可否は政府が判断すべきだと考える。 注 1) 、原子力損害賠償廃炉支援機構 web ページ 「新・総合特別事業計画」 http://www.ndf.go.jp/gyomu/tokujikei/kaitei20140730.pdf 2)、電気事業法 第三十七条 一般電気事業者たる会社の社債権者は、その会社の財産 について他の債権者に先だつて自己の債権の弁済を受ける権利を有する。 3) 、日本経済新聞(2011/05/29)『薄氷の東電公的管理――幕引きなお見えず』2011/05/29 朝 刊 4) 、筆者が入手した「緊急融資約定償還予定」は東京電力と機構が作成した内部資料であ る。小野展克(2014 /4/29)『担保付き債券で銀行と政府が対立 巨額資金不足で東電存続に 黄信号』エコノミスト(毎日新聞社)PP.86-87 には、この資料を基に執筆している。 5) 、東京電力 web ページ「企業・IR 情報」 http://www.tepco.co.jp/ir/tool/setumei/bk-j.html 6) 、筆者が入手した「柏崎刈羽の再稼働想定スケジュールと収支見通し」は、機構と銀行 団が今後の融資計画などを検討する際に、使用された資料である。資料の日付は 2114 年 6 月 18 日 7) 、秋元圭吾(2012 年 8 月 31) 「会議所ニュース 9/1『エネルギー・環境に関する選択肢』 を深く正しく理解しよう」日本商工会議所 8) 、安念潤司「東電をどうすべきか(下) 賠償責任の範囲限定を」 (日本経済新聞 2013 年 9 月 25 日朝刊『経済教室』 ) 9) 、八田達夫「東電再建への課題(下) 『破綻前国有化』は前途多難」 (日本経済新聞 2012 年5月 10 日朝刊『経済教室』 ) 10) 、古賀茂明「官々愕々 東電を今こそ破綻処理せよ」(講談社・現代ビジネス) http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36765 11) 、山内弘隆「東電をどうすべきか(上) 国の負担・料金上げ不可避 リストラ徹底 が前提 破綻処理はデメリット大」 (日本経済新聞 2013 年 9 月 13 日朝刊『経済教室』) 12) 、小野展克(2014) 「JAL 虚構の再生」 (講談社文庫)pp.346-360 13) 、橘川武郎(2013・11・26) 「発電資産の売却以外に道はない」 (エコノミスト/ 毎日新聞社)pp96-97 14) 、経済産業 web ページ、 「電力改革に関する基本方針」 (2013 年 4 月 2 日閣議決定) 15) 、大石弘「電力需給、価格機能で調整」 (日本経済新聞 2012 年 12 月 4 日『経済教 室』 )
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