高卒10年目の働き方と住まい・家族形成

東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト
ディスカッションペーパーシリーズ No.83
2014 年 10 月
高卒 10 年目の働き方と住まい・家族形成:
高卒パネル調査 wave10 の結果から
鈴木富美子(東京大学社会科学研究所)
元濱奈穂子(東京大学大学院教育学研究科)
伊藤 秀樹(東京大学大学院教育学研究科)
要旨 本稿は、2013 年 10 月に実施した「高校卒業後の生活と意識に関するアンケート(第
9 回」
(高卒パネル調査 wave10)についての基礎的な集計と分析をまとめたものである。
対象者は高校を卒業して 10 年目を迎え、年齢も 27~28 歳となった。
今回は仕事に着目し、
彼/彼女らの「就業状況・就業経歴」「離職・転職」
「通勤時間」「仕事と家庭」の 4 つの
テーマについて集計・分析を行った。
就業状況・就業経歴については、年々、男女の差が広がり、wave10 では男性の 8 割近
くが安定した職に就いていたのに対し、女性では半数にとどまった。10 年間の就業経歴に
ついても、
「安定就業一貫型」は男性に多くみられた(男性 57%、女性 37%)。
離職・転職については、wave7 ~wave10 の 3 年間で、特に非正社員や離職の意向をも
っていた人が実際に離職していた。また転職した場合、必ずしも収入増加につながるわけ
ではなく、3 分の 1 の人に収入減少がみられた。
通勤時間については、長時間かけて通勤している人ほど、日頃から時間の余裕について
悩む傾向があった。また子どもをもつ女性は通勤時間の負担を避ける様子がうかがえたが、
親類以外の人から育児のサポートを得やすい女性においてはこの傾向は弱まっていた。
仕事と家庭については、女性既婚者の場合、子どもの有無によって就業率が大きく異な
っていた(子どもあり 50%、子どもなし 90%)
。さらに子どもがいて就業している女性の
9 割が実母もしくは義母のいずれかと「近居」しており、就業していない女性に比べて母
親からのサポートを得やすい状況にあった。
謝辞 本研究は、科学研究費補助金基盤研究(S)(22223005)、基盤研究(C)(25381122)
および厚生労働科学研究費補助金政策科学推進事業(H16-政策-018)の助成を受けた
ものである。東京大学社会科学研究所パネル調査の実施にあたっては、社会科学研究所研
究資金、株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。パネル調査データの使用
にあたっては社会科学研究所パネル調査企画委員会の許可を受けた。
1. はじめに
東京大学社会科学研究所では、2004 年 3 月に高校を卒業した人々を対象として、質問
紙(アンケート)によるパネル調査(高卒パネル調査:JLPS-H)を実施している。本調
査は、現代の日本の若者がおかれている格差的な社会状況と、そのなかでの自立プロセス
を明らかにすることを目的としている。成人期への移行には数年から 10 年近い時間を要
する。その間の働き方や結婚・出産などの家族形成における個人の行動や意識の変化を捉
えるために、同一の対象者に繰り返し尋ねる「パネル調査」という手法を用いている。
最初の調査である wave1 では、2004 年 1 月~3 月にかけて、日本全国のなかから抽出
した 4 県 101 校の全日制高校に在学する高校 3 年生を対象に質問紙調査を実施し、7,563
名から回答を得た。その後は、追跡調査への協力受諾者に対して、2004 年 10 月以降、ほ
ぼ毎年、郵送による質問紙調査を実施している(wave2~10)
。wave4 以降では回答方法
を質問紙と web 回答システムの 2 つから選ぶことが可能となり、最近では 1 割以上の回答
者が web 回答システムを利用している。また、wave2 と wave4 では、高卒者への調査と
同時に保護者に対しても質問紙調査を実施している。
Wave2~10 の調査票発送数・回収数・回収率は、図表 1 のとおりである。
表 1 高卒パネル調査 wave2~10 における発送数・回収数・回収率
高卒者票
wave2
wave3
wave4
wave5
wave6
wave7
wave8
wave9
wave10
2004年10月~
2005年10月~
2006年10月~
2008年10月~
2009年10月~
2010年10月~
2011年10月~
2012年10月~
2013年10月~
発送数
2036
2014
1969
1923
1861
1757
1723
1673
1623
回収数
501
670
548
531
465
517
506
514
485
郵送 428
Web 57
保護者票
回収率
24.6%
33.3%
27.8%
27.6%
25.0%
29.4%
29.4%
30.7%
29.9%
発送数
2036
回収数
483
回収率
23.7%
1957
348
17.8%
(※注:2014年4月16日現在)
本稿では、2013 年 10 月に実施した wave10 の分析結果について、特に仕事に焦点をあ
てて報告する。回答者は 485 名(男性 178 名、女性 306 名 不明 1 名1)、回答時における
対象者の年齢は 27~28 歳である。
1wave10
では性別を答える設問を用意しておらず、wave1 で性別に無回答であり、かつ性
別について改めて尋ねた wave5・wave8 に回答していないケースが性別不明となっている。
-1-
しかし、年々、男性では「正社員」の割合が増加、
「無職(含む学生)
」の割合が減少す
るのに対し、女性では「正社員」割合が減少し、
「無職(含む学生)
」の割合が増加するな
ど、男女で対照的な傾向を示すようになった。
「正社員」の割合は男性では 8 割近くを占めるのに対し、女性
2013 年の状況をみると、
では半数に留まる。一方、
「非正社員」の割合については、男性では 2 割に満たないのに
対し、女性では 3 割を超える。女性のほうが不安定な雇用条件のもとで働いている様子が
うかがえる。また「無職(含む学生)」の割合でみられた男女差(男性 5%、女性 15%)
は、男性が学卒から就業へ移行したことに加え、女性が結婚や出産によって仕事を辞めた
こととも関連している。
実際、
「無職(含む学生)
」の家族形成の状況をみると、男性では「結婚している人」も
「子どものいる人」も皆無なのに対し、女性では「結婚している人」や「子どもがいる人」
がいずれも 8 割を占める。
20 代の半ば以降、男女でライフコースが大きく異なっていく様子が示唆される。
(2) 10 年間の就業経歴:wave5 と wave10 から
先にみたように、wave10 では対象者にこの 5 年間(2009 年 10 月~2013 年 10 月)の
就業を尋ねたが、wave5(2008 年 10 月実施)においても、高校卒業後からの 5 年間の就
学・就業状況を尋ねている。
そこでこれら 2 つの wave の回答を用いて、高校卒業後から現在までの 10 年間に個々
人がどのような就学・就業の「経歴」を辿ったのか、その高校卒業後からの 10 年間の就
業パターンを把握する3。ここでは、wave5 と wave10 の両方に回答した 306 名(男性 103
名、女性 203 名)を分析対象とする。
就業経歴は乾(2010)を参考に、就学から就業への移行が比較的スムースに行われたか
どうか、就業が正社員などの安定した形態か、その安定した状況が続いているかどうかな
どに着目し、以下の 3 つのパターンに分けた。
これまでの全 10 回の調査への回答から経歴を把握する方法もあるが、全調査への回答者
は 113 名(男性 35 名、女性 78 名)と少ないことから、今回は 2 つの wave から 10 年間
の就業経歴を作成した。
3
-3-
a.安定就業一貫型
最終学歴の学校を卒業後すぐに「正社員」
(正社員、公務員、自営・家族従業者)と
なり、現在までその状態に変化がなく、継続している場合。
b.安定就業移行型
最終学歴の学校卒業直後は「正社員」の職に就いていなかったが、その後、
「正社員」
の職に就き、2013 年度の調査時もその状況を続けている場合(2013 年度に「正社
員」になった場合も含む)
。
c.不安定就業型4
①最終学歴の学校卒業後に正社員や自営などに就いておらず、現在まで「正社員」
の職に就いていない場合、②学校卒業直後は「正社員」だったがその後、
「非正社員」
になった場合、③「非正社員」と「無職」を繰り返している場合など(
「a. 安定就
業一貫型」
「b.安定就業移行型」以外の場合)
。
就業経歴を男女で比較すると、男性で最も多いのが「安定就業一貫」でほぼ 6 割を占め
る。次いで「非正社員」から「正社員」へ移行した「安定就業移行型」、「不安定就業型」
がそれぞれ 2 割を占める(図 2)
。一方女性の場合には、最も多いのが「不安定就業型」で
ほぼ半数を占め、
「安定就業一貫型」は 4 割に満たない。また男性に比べると、
「非正社員」
から「正社員」への移行も少ない。
この結果、現時点において、男性のほぼ 8 割が安定した職に就いているのに対し、女性
では半数に留まる。
このように男女で就業経歴が大きく異なる要因として、女性の場合には、結婚・出産に
よって働き方が変化する事情も考えられる。
そこで男女別に配偶者の有無によって就業経歴に違いがあるかどうかを確認したところ、
男女ともに配偶者の有無によって就業経歴が大きく異なっていた(図 3)。但し、関連の仕
方が男女でかなり異なっていた。
4
このパターンにはさまざまな場合が想定されるが、主なものを3つあげておく。
-4-
「配偶者がいる人」の割合は年々増加し、wave10 では男性の 4 分の 1、女性の 3 分の 1
となった。また、
「子どものいる人」の割合も wave10 の時点では男性では 1 割強、女性
でも 2 割程度となり、徐々に高くなっている。
とはいうものの現時点では、配偶者のいない人、子どもがいない人が依然として多数派
となっている。
(2) 既婚女性の仕事と家庭
先に性別や配偶者の有無によって、この 10 年間の就業経歴は大きく異なることを確認
した。ここではさらに子どもの有無にも着目し、女性について、現在の就業状況との関
連を探った。ここでの分析対象は既婚女性 102 名(子どもあり:62 名、子どもなし:40
名)である。
まず既婚女性全体では就業者が 66%、非就業者が 34%となり、就業している者が 3
分の 2 を占める。しかし子どもの有無別にみると、
「子どもなし」では 9 割が就業してい
るのに対し、
「子どもあり」では 5 割に留まる。子どもの有無によって既婚女性の就業状
況は大きく異なる。逆に言えば、女性が仕事を辞めるのは「結婚」ではなく、「子ども」
であることがわかる(図 14)。
但し、子どもの誕生によって仕事を辞めるのかどうかは、当人たちの意向のほかに、
子育てしながら仕事を続けられるか状況かどうかといった環境的な要因にも左右される。
今回の調査では、対象者の住まいと親(本人の父親と母親、配偶者の父親と母親)の
住まいとの距離を尋ねている。そこで、対象者本人の母親(以下「実母」)と配偶者の母
親(以下、
「義母」
)の住まいに着目し、
「両方の親と近居」
「いずれかの親と近居」
「両方
とも 1 時間以上」の 3 つのカテゴリーに分けて10、既婚で子どもがいる 62 名について、
親の住まいとの距離を就業の有無別に比較した(図 15)
。
10
調査票では親の住まいについて、
「同じ建物・敷地内」
「30 分未満」
「30 分~1 時間未満」
「1 時間~2 時間未満」
「2 時間~3 時間未満」「3 時間以上」
「そういう人はいない」項目
で尋ねている。これをまず実母と義母のそれぞれについて 1 時間未満を「近居」
、1 時間以
上(含む「そういう人はいない」
)を「遠居」にし、それらを組み合わせて、
「両方とも近
居」
「いずれかと近居」
「両方とも遠居」の 3 カテゴリーに分類した。
-14-
東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトについて
労働市場の構造変動、急激な少子高齢化、グローバル化の進展などにともない、日本社
会における就業、結婚、家族、教育、意識、ライフスタイルのあり方は大きく変化を遂げ
ようとしている。これからの日本社会がどのような方向に進むのかを考える上で、現在生
じている変化がどのような原因によるものなのか、あるいはどこが変化してどこが変化し
ていないのかを明確にすることはきわめて重要である。
本プロジェクトは、こうした問題をパネル調査の手法を用いることによって、実証的に
解明することを研究課題とするものである。このため社会科学研究所では、若年パネル調
査、壮年パネル調査、高卒パネル調査の3つのパネル調査を実施している。
本プロジェクトの推進にあたり、以下の資金提供を受けた。記して感謝したい。
文部科学省・独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金
基盤研究 S:2006 年度~2009 年度、2010 年度~2014 年度
厚生労働科学研究費補助金
政策科学推進研究:2004 年度~2006 年度
奨学寄付金
株式会社アウトソーシング(代表取締役社長・土井春彦、本社・静岡市):2006 年度
~2008 年度
東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト
ディスカッションペーパーシリーズについて
東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトディスカッションペーパーシリーズは、
東京大学社会科学研究所におけるパネル調査プロジェクト関連の研究成果を、速報性を重
視し暫定的にまとめたものである。