海は空の鏡?

海は空の鏡?
会社勤めの最後の半年間、浜松で勤務していたことから、プレジャー・ボート(レジャ
ー用ボート)業界の関係者にも懇意にしていただいている。浜名湖でのイベントの案内が
きたので、4月に久々に浜松を訪れた。浜松勤務時から、
「航空とプレジャー・ボートを取
り巻く日本の状況には、共通の問題点がある」と話し合っていたが、改めてその思いを強
くすることとなった。まず航空とプレジャー・ボートはいずれも、
① 諸外国に比べ、利用量が圧倒的に少ない
② 利用環境が諸外国に比して著しく未発達である
③ 使う文化・意識がほとんど発達していない
④ 産業上の重要性が理解されていない(「趣味・道楽」程度にしか認識されていない)
──さて、こうした状況には、どのような問題点が潜んでいるのだろうか。
↑ロンドン市街地を流れる運河と、運河旅行用ボート「ナローボート」の数々。船内にはキッチ
ン、リビング、ベッドルーム、シャワールームなどが完備されており、寝泊りしながら運河ネッ
トワークを使いイギリス各地にアクセスできる
↑浜名湖畔の「むらくし海の駅」で4月 17-18 日に開かれた「はまなこボート&スポーツショ
ー2010」。2日間で述べ 2,500 人以上、ボート 50 艇以上が参加した。概要は文末参照。
◆ 諸国の事例
イギリスはじめヨーロッパ諸国の運河は、産業革命時代に石炭などを輸送するため発展
したが、鉄道や自動車の発達により一度は衰退した。しかし 20 世紀後半から、観光レジャ
ーの舞台として再利用が進み、今では世界中からプレジャー・ボート愛好家などが集まり、
にぎわいを見せている。
旅行ガイド本「地球の歩き方
イギリス
‘06~’07」によれば、前掲の写真にあるナロー
ボートを貸し出すハイヤー会社は、イギリスに 100 社以上あり、約 3,000km におよぶ運河
ネットワークの旅を支えている。ボートは時速約5km 程度で航行し、テムズ河などの主要
河川を含め、ほぼ全ての水路で免許不要で運転できる。
ロンドンの運河沿いに連なる停泊中のナローボートには、食事の支度をする老婦人や、
ハッチから犬の散歩に出てきた中年男性など、生活感あふれる光景が見られる。自転車を
積んだナローボートもよく見かける。運河を旅しながら、時に陸に上がり、サイクリング
を楽しむというスタイルだ。
オランダ南部の古都マーストリヒトで出会ったボート旅行者には、パリから運河と河川
を伝ってやってきた人もいた。定年退職後のセカンド・ライフをボート旅行で楽しんでお
り、そのときは「5週間かけて、ボートでヨーロッパ各地を旅している」とのことだった。
↑マーストリヒトを流れるマース河を、プレジャー・ボートで旅行する人々。マース河と、河川
から分かれた運河は、北はバルト海、南はベルギーを経てフランスにまで通じている
中国でも隋の時代から張り巡らされた運河網を、レジャー用に再利用し、観光資源とし
て活用している。また、上海のリゾート・マンションの大半はプライベート・マリーナ付
で、ボート需要が急拡大しているという。
韓国では、ソウル市や韓国政府がボートレジャーの普及・発展の促進を、政策として明
確に打ち出しており、ソウルを流れる主要河川の漢江では、プレジャー・ボートの利用環
境がどんどん整備されている。浜松のボートレジャー産業の盛り立てに尽力しているボー
ト開発メーカーShipMan(本社浜松市)の城田守代表は、
「韓国のボート開発メーカーの工
場は、ひところは中国に流出していたが、韓国政府の優遇・支援策を受け、韓国に戻って
きている。韓国は今や一大ボート製造大国であり、ボート利用者のメッカでもある」と語
る。
◆ 海洋国家と島国
こうした国々の事例を眺めたとき、浜松政財界の浜名湖、天竜川、遠州灘に対する関心
はおそろしく低い。浜名湖の観光振興策として取り上げられるのは、せいぜいウナギと舘
山寺温泉くらいだ。他の国々の水系が、プレジャー・ボート利用者たちの国際交流の舞台
として活用されていることと比べ、あまりに貧相といえる。
また、筆者が勤務していた 08 年度上期も今も、次の観点から、これら水系の活用はもっ
と真剣に議論されておかしくないはずだが、そうした気配は全く見られない。
・ 食料資源の確保
08 年度上期──食料価格の高騰
2010 年上期──北大西洋クロマグロの禁輸案
・ 大規模震災時の救援活動(陸上インフラ寸断時の水上輸送ルートの確保)
08 年度上期──中国四川大地震
2010 年上期──ハイチ大地震
当時も今も、浜松の経済戦略は「ものづくり」の連呼に終始している。08 年度上期の燃
油価格高騰と、その後につづく金融危機で、製造業依存の地域経済が大打撃を受けたにも
かかわらず、他のカードも仕込んでいこうという意識は結局、芽生えなかったようだ。
↑震災などで陸上インフラが寸断されたとき、浜名湖を活用した水上輸送はひとつの打開策とな
る。マリーナ関係者らは、災害時を想定し、より安全な航行ルートをプレジャー・ボート利用者
に把握してもらうためのスタンプラリー「どうまんラリー」を 08 年から毎年開催しているが、
地元政財界はほとんど関心を示していない
この構図は、名古屋経済圏にもそっくり当てはまる。
日本初のビジネスジェット専用国際ターミナルを開設し、首都圏以上に世界と密接に交
流できる優位性を確保したにもかかわらず、全く活用できないばかりか、存在さえ知らな
いまま5年が経過した。そして金融危機で自動車産業が大打撃を受けようと、いまだに「も
のづくり」以外の強みを育てようという取り組みはなされていない。
航空とプレジャー・ボート、それぞれの分野で日本を先導し得る2都市だけに鈍さが際
立つが、程度の差こそあれ、日本全体に共通の状況でもある。
ここで冒頭の問題提起に戻ろう。航空とプレジャー・ボートが未発達であることの、何
が問題なのか。未発達であることが問題ではなく、共通の問題の結果として、航空もプレ
ジャー・ボートも発達してこなかったのだ。
共通の問題とは、大手マリーナの支配人の言葉を借りれば、
「日本は海洋国家とは呼べない(水=海に向かって意識が開いていない)」
例えば仁川国際空港と釜山港で、空・海における人・モノの流れを掌握した韓国。その
韓国が、プレジャー・ボートにも国を挙げて注力し始めたことを、どう読むか──。北朝
鮮によって隔てられた韓国も、事実上の島国といえるが、日本とは全く動きが異なる。
欧米のビジネスジェット商談会でも、韓国人は見かけるが、日本人は見かけたことがな
い。
↑「はまなこボート&スポーツショー」のボート試乗体験。“海との距離”を近づけるための取
り組みが、少しずつ進められている
この“内向き志向”を変えることは、日本経済の衰退を防ぐ上で、非常に重要なテーマ
となるだろう。一方、共通の問題を抱える業界として、航空業界とプレジャー・ボート業
界で協力して解決にあたるという道もある。
なお、日本でプレジャー・ボートの利用が進まない要因のひとつとして、
・ マリーナ以外にボートを係留しておける場所が少なく、維持費が高くつく
・ 維持費が高くついた結果、不法係留が増える
・ 不法係留を取り締まることで規制が厳しくなり、ますます維持しにくくなる
──ということが挙げられる。
※ 「はまなこボート&スポーツショー」は、地元のプレジャー・ボート業界関係者など有
志による実行委員会が主催。地域住民とマリーナとの接点を増やし、マリンレジャーの
盛り立てにつなげることが目的。ボートに限らず、釣りや自転車、ラジコン・ヘリ、自
動車など、
“浜名湖を遊びのベースキャンプに”をテーマに、多彩な出展がおこなわれ
た。ボート試乗体験やコンサートも実施し、東京や名古屋からも参加者が訪れた。
文責:石原達也(ビジネス航空ジャーナリスト)
ビジネス航空推進プロジェクト
略歴
http://business-aviation.jimdo.com/
元中部経済新聞記者。在職中にビジネス航空と出会い、その産業の重
要性を認識。NBAA(全米ビジネス航空協会)の 07 年および 08 年大
会をはじめ、欧米のビジネスジェット産業の取材を、個人の立場でも
進めてきた。日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するた
め退職し、08 年 12 月より、フリーのジャーナリストとして活動を開
始。ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に、C-ASTEC とも協
力関係が始まり、現在に至る。