1. - 筑波技術大学

筑波技術大学FD・SDハンドブック
平成 21 年 3 月
筑波技術大学 FD・SD 企画室
●はじめに
筑波技術大学長 大沼 直紀
筑波技術大学は聴覚及び視覚障害者のために創られた国立大学です。言葉や情報のバリ
アのない環境で思う存分勉強してもらいたい、そして、持っている能力を活かし自立した
生活ができるようになるにとどまらず、さらに、自ら障害を持つリーダーとして社会貢献
できる人に育ってほしい、そう願って本学が設立されました。
さて、学生が大学に通う意味は、ただ教室までバリアフリーにたどり着くことではな
く、高等教育機関として用意された学ぶべきことがら・内容が、キャンパスの中で確かに
伝わり合うこと、これが一番大切なことだと本学の教職員は考えています。ただ「障害者
にやさしい」大学であるだけでは、本当の教育バリアが取り除かれたとはいえません。耳
や目から入るはずの情報に制限のある学生が、高度で専門的な教育を受けようとするとき
に直面するのが、情報のやりとり、コミュニケーションの障害です。これが、通常の大学
教育ではなかなか解決しにくい最大の教育バリアなのです。
聴覚障害学生のいる教室に手話通訳やノートテイクが配置できる環境は大事です。ま
た、視覚障害学生のために最新の情報アクセス機器・システムを用意するといったことも
大事です。しかし、これだけで済ませてはいけません。教職員と学生との間で第 1 次情報
が直接交わされるコミュニケーション関係が理想的です。通訳者や機械が仲立ちして教職
員の話しを学生に伝え、また学生の質問や意見を通訳者等が教職員に代わって伝える状
況、これが最も良く情報保障された環境であるとは、私たちは考えていません。教職員と
学生とが直接に対面し、自らの言葉により教えたいことを学生に伝え思考を刺激する。そ
して、それに応える学生が自らの理解の様を教職員に伝える。学生同士も障害の程度や特
性を超えて理解し合う。言うまでもなくこれが大学生活の基本スタイルです。筑波技術大
学では、「なまやさしい」環境整備だけでは済ませない本物の教育・学生支援を実践してい
ます。
本学は長年にわたって障害者のための新しい教育方法を開発し、障害者が専門技術を身
につけるための高等教育を実践し、これまで約 1,300 名の卒業生を社会に送り出してきた
という実績があります。今回、FD・SD企画室が中心となり、開学以来 21 年にわたり蓄積
してきた本学独自の知見を含め、それを継承・革新・共有することにより、教員の教育能
力と事務職員の業務遂行能力がいっそう向上することを目的にFD・SDハンドブックを作
成しました。
今や、世界の聴覚及び視覚障害者の高等教育をリードする大学として高い評価を得てい
る筑波技術大学が、86 ある国立大学法人の中の一つとして、確かな役割を果たすための
参考書として活用されることを期待いたします。
目 次
はじめに
第1章 筑波技術大学の教育
1.歴史 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2.教育目標と組織 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3.研究内容 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
4.将来展望 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
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第2章 FD編
1.FDの目的と方法
(1)教授法の検討
1)授業 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)方法:講演会、研修会 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)教員による授業参観 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(2)学生の意識・行動の検討
1)学生による授業評価 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(3)教育システムに関する整備
1)カリキュラムとは ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)シラバスの作成 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2.視覚障害学生の教育方法
(1)視覚障害とは ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(2)障害に関する指導、支援
1)視力低下及び損失に対応した指導と支援 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)ロービジョンケア ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)心理的ケア ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
4)盲ろう学生への指導、支援 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(3)学習指導
1)視覚障害者の教育指導法(総論) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)授業における図書・資料及びノートテイキング ‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)指導の実例 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
教養教育系科目
専門教育系科目(鍼灸学専攻、理学療法学専攻、情報システム学科)
(4)生活支援
1)全盲とみられていた学生の視覚活用について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)環境因子改善による移動・歩行の保障 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)ファミリアリゼーション ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
4)視力低下後、全くひとりで外出することがなかったQさんの訓練 ‥
5)障害のある学生が共に学び共に生活する∼共生について∼ ‥‥‥‥
(5)就職指導
1)情報システム学科 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)鍼灸学専攻 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)理学療法専攻 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3.聴覚障害学生の教育方法
(1)聴覚障害とは ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(2)本学学生のコミュニケーションの状況 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(3)障害に関するコミュニケーションの状況
1)聴覚補償 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)発音指導 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)①手話コミュニケーション指導、②手話指導 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
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4)コミュニケーション指導 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(4)学習指導
1)聴覚障害児・者の学習の特徴と指導法 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)指導の実例 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
教養教育系科目
専門教育系科目(産業情報学科、総合デザイン学科)
専門基礎教育科目
(5)生活指導
1)生活指導の範囲はどこまでか ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)生活指導は誰が行なうか ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(6)就職に関する指導、支援
1)聴覚障害者の就労における課題と就労レディネス ‥‥‥‥‥‥‥‥
2)セルフアドボカシースキルの育成 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)就労レディネスを高めるための具体的指導場面 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥
4)就職及び職場適応に関する支援、指導 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
4.障害補償機器
(1)視覚障害
1)五感と補償機器 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)補償機器の分類 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)弱視者向けの補償機器 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
4)全盲者向けの補償機器 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
5)疑似体験関連 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
6)補償機器の設定 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(2)聴覚障害
1)聴覚を活用する機器 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2)視覚を活用する機器 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3)発音練習の機器 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
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第3章 SD編
1.SDの目的
(1)事務局職員の使命を認識 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 87
(2)本学特有の障害理解、障害学生への対応方法の獲得 ‥‥‥‥‥‥‥‥ 88
2.国立大学の法人化と事務局
(1)法人化の意味するもの ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 90
(2)事務局職員に求められるもの ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 92
3.本学における事務局組織
(1)事務組織 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 93
(2)事務組織の特徴 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 94
4.本学の事務局職員に求められる役割・資質等
(1)管理運営系職員 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 95
(2)教育研究支援系職員 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 96
(3)技術系職員 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 98
(4)図書系職員 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 99
(5)医療系職員 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 101
5.SDへの取り組み
(1)研修 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 103
(2)育成 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 104
参 考:障害のある人を取り巻く状況について
おわりに:−今後のFD・SDについて−
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 107
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第 1 章
筑波技術大学の教育
1 .歴史
本学の前身である「筑波技術短期大学」は、昭和 62 年 10 月、聴覚・視覚障害者を対象と
する我が国初の高等教育機関(3 年制短期大学)として設置され、平成 2 年度から聴覚障害
関係学科、平成 3 年度から視覚障害関係学科の学生を受け入れてきました。
教育の専門分野は、聴覚障害者については、社会自立に長年の実績をもつ職業分野(デ
ザイン、機械)及び将来有望であると考えられる職業分野(建築、電子情報)を、視覚障害
者についても、社会自立に長年の実績をもつ職業分野(鍼灸、理学療法)及び将来有望であ
ると考えられる職業分野(情報処理)を選んで編成されました。
平成 16 年 4 月法人化の後、平成 17 年 10 月には筑波技術短期大学が廃止され、新たに 4
年制「国立大学法人筑波技術大学」が設置されました。平成 20 年 3 月短期大学最後の入学
者が卒業し、平成 22 年 3 月には 4 年制大学としての第 1 期生が卒業する予定です。
本学が聴覚・視覚障害者を対象とする我が国初の高等教育機関であることから、障害者
教育等を支援することを目的として「教育方法開発センター」が学生受け入れ前の昭和 63
年 4 月に設置されました。同センターにおいて開発された教育機器、教材及び教育方法等
については、学内外の障害者教育の向上に役立ててきました。4 年制筑波技術大学設置時
に、同センターを「障害者高等教育研究支援センター」として改組・拡張しました。
(村上芳則 FD・SD企画室長(副学長))
2 .教育目標と組織
本学は聴覚・視覚障害者のみを対象とする高等教育機関として、「職業技術に関する教
育研究を行ない、幅広い教養と専門的な技術とを有する専門職業人を育成し、両障害者の
社会自立を促進することにより、福祉社会の一層の前進を図ること」及び「最新の科学技術
を応用して、障害の特性に即した教育方法を開発し、障害者教育全般の向上に貢献するこ
と」を目的としています。
開学以来、これらの設置目的達成のために、障害補償システムや教育方法の開発・研
究、そして教職員の資質の向上等により、課題の克服と改善に積極的に取り組んできまし
た。障害者教育を行なうための教育環境を整備し、両障害者に対して高等教育の内容を確
実に履修させ、専門職業人として社会参画・貢献できる人材養成に多くの成果を上げ、全
国の障害者教育の推進に先導的かつ中核的役割を果たしています。
聴覚障害者を対象とする「産業技術学部」は、情報、電子、機械、建築の専門分野からな
る「産業情報学科」と建築、デザインの専門分野からなる「総合デザイン学科」から、視覚障
害者を対象とする「保健科学部」は、鍼灸手技及び理学療法の専門分野からなる「保健学科
鍼灸学専攻及び理学療法学専攻」と情報の専門分野からなる「情報システム学科」から構成
されています。
学部構成は、聴覚障害と視覚障害の特性に応じた授業展開や情報補償機器が必要である
こと、入学定員が産業技術学部 50 名、保健科学部 40 名の計 90 名で少人数であることから
障害別の 2 学部体制とし、各々の学部は「工学系とデザイン系」、「医療系と工学系」の専門
1
分野が混在する形態となっています。
(村上芳則)
3 .研究内容
他大学と同様に、専門教育の分野として産業技術学部に関係した情報、電子、機械、建
築、デザイン、保健科学部に関係した鍼灸手技、理学療法及び情報の各専門分野の研究が
推進されています。
また、本学が障害者教育の先導的かつ中核的教育研究機関としての役割を果たすことが
期待されていることに鑑み、障害者高等教育研究支援センターを中心として、最新の科学
技術を応用した教育機器の研究・開発、教育方法の研究、教材の作成、コミュニケーショ
ン指導及び職域開拓など、障害者教育等を支援するための研究・開発が推進されていま
す。
これらの研究・開発の成果は、他大学、特別支援学校等(聾学校及び盲学校等)に公開提
供して、その教育の向上に役立ててきました。最近では、聴覚障害学生支援のための拠点
形成事業(T-TAC)、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)、数理点
訳ネットワークなどの拠点形成、連携体制の構築、ネットワーク運営をとおして、シンポ
ジウムや情報交換会の開催、相談の受付、そして専門家の派遣などにより、障害を補償す
るシステムや障害にあわせた施設環境の整備方法、教養及び専門教育等の教育方法の開
発・研究、教材作成とその方法等についての情報発信と支援を各大学、特別支援学校等に
行っています。
(村上芳則)
4 .将来展望
教育・研究を通して聴覚・視覚障害者のより上質な社会自立を促進するために、障害補
償システムや教育方法の開発・研究、そして教職員の資質の向上等により、両障害者に高
等教育の内容を確実に履修させるための課題の克服と改善に、より積極的に取り組むとと
もに、聴覚・視覚障害者のみを対象とする我が国で唯一の高等教育機関として本学は、他
大学、特別支援学校等に対して、障害を補償するシステムなどの施設環境の整備方法、教
養及び専門教育等の教育方法の開発・研究、教材作成など、障害学生支援のための拠点形
成、ネットワーク運営をとおしての支援をより充実させることが必要です。
(村上芳則)
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第 2 章
FD(Faculty Development)編
1 .FDの目的と方法
(1)教授法の検討
1)授業
音声は便利なコミュニケーション手段ですが、形が残らず、産業技術学部に在籍する聴
覚障害を持つ学生にとって、音声は補聴器等を介しても理解が困難な場合が少なくありませ
ん。従って産業技術学部の授業における説明とやりとりは、手話や文字(板書、字幕)などの
視覚情報で音声を補完します。在籍学生の聞こえの程度はさまざまで、手話が主たるコミュ
ニケーションの学生もいますが、聴者(聞こえる人々)が多い本学の教職員とのコミュニケー
ションでは、互いに声を出しながら手話をする場合が多くなります。授業時にはOHC(書画
カメラ)やビデオデッキにて映像やテキストなどの資料や写真をスクリーンに提示したり、
コンピュータのパワーポイントファイルを活用してより確実な情報の伝達につとめていま
す。教室によってはタッチパネル式の大画面がそのまま黒板代わりになっています。
保健科学部に在籍する学生の視覚障害の程度もさまざまです。景色や物の形が全く見え
ない盲や視力はあるが近距離でないと見えない弱視(メガネ等の矯正視力 0 .3 未満)など
です。中には、視野が狭い、明るすぎると見えにくい、薄暗いと見えにくいなどの個人差
もあります。点字や触図教材を用いる学生から拡大教材を用いる学生までさまざまです。
現在は合成音声を利用した図書や情報の検索も可能です。視覚障害を持つ学生にとって音
声は重要なコミュニケーションの媒体です。
産業技術学部と保健科学部の学生指導は、主たるコミュニケーション方法こそ異なりま
すが、配慮や授業時において共通に重要な事項があります。たとえば、「これ、それ」とい
う表現は聴覚に障害を持つ学生にとっては被指示対象が分かりにくく、手話や字幕で読め
ても対象の把握が困難な場合が多々ありますし、それが図や写真等の視覚情報でしたら、
視覚に障害を持つ学生にとって当説明方法は問題外です。可能な限り、具体的に「○○の」
という表現が有効です。また話を聞きながら(見ながら)理解をすることは精神的に大変負
荷のかかる作業です。従って、理由や主張したい事項が複数にわたるような場合は、「理
由は三つあります。一つ目は…、二つ目は…」という具合に話を整理して伝えることが有
益です。話す速さや対面かどうかも重要です。さらに視覚・聴覚情報提示の際は、文字の
大小、明るさ、濃淡、色合い、適切な音の大きさに細心の注意を払うことが両学部共に必
要です。物の見え方や音の聞こえ方の良否は学生本人からの意見を尊重し、情報がより快
適で確実に伝わるよう情報保障することは本学教員には必須です。その上で、わかる授業
の工夫、学生の学習意欲を刺激すること、教育スキルの向上が求められています
2)方法:講演会、研修会
本学は他大学のFDの取り組みも学ぶべく幾多の講演会を催し、在籍学生の理解と指導
のために平成 7 年度から「学生生活研究会」なる教員の研修・討論会を行なっています。こ
れらは本学教員としてなすべき事項や如何に学生と向き合うべきか、さらには教員自身の
教育力向上のヒントを得る重要な機会でもあります。
平成 20 年度の本学FDの一環として、山形大学の「個別支援型FD=授業支援クリニック」の講
演会が先ごろ実施されました。これまでのFDは教員の大学教育に対する知識や意識を高める
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ことには貢献しつつも、意識改革、授業改善までには至らぬ場合が一般的のようです。山形大
学にはFDネットワークの事務局があり、高等教育研究企画センターが組織されているとのこ
とです。本学でもFD・SD企画室が平成 19 年から設置され、当FDネットワークに参加し、より
効果的なFDを目指しています。FDは講演会や研修会を通じて、教員自身が大学組織の一員で
あることを自覚し、より良い教育、指導を行なうための自己改革の機会といえるでしょう。
(須藤正彦・障害者高等教育研究支援センター教授)
3)教員による授業参観
現在、「教員による授業参観」が学部事業として行なわれているのは保健科学部のみなので、
ここでは保健科学部について説明します。保健科学部では平成 12 年から教員相互による授業参
観をFD活動と位置づけ、段階的に実施してきました。本論では、保健科学部での教員相互授業
参観事業の取り組みを紹介し、その経緯と現状における問題点等を考察します。産業技術学部
では現在、学部単位の年間事業に位置づけられるような授業参観は行なわれていません。
「教員相互授業参観」の歴史と実績
保健科学部における「授業参観」の取り組みは、平成 12 年(2000 年)5 月から開始されま
した。この年にはFDの一環として教育方法開発センター(当時)主催の視覚補償機器の使
用法と補償機器を活用した授業展開、図書館のラウンジ・スペースと図書資料を活用した
理学療法学科の研究授業、鍼灸学科の「視覚部学生に対する生理学実験実習」が公開されて
います。また同時期には受験生や保護者・盲学校関係者等対象の模擬授業の公開もスター
トさせています。平成 13 年度は「相対話入試」の受験生を対象に、入学前に大学の授業を
知ってもらう機会として 12 月に授業参観を実施しました。
平成 14 年になるとFD「独立行政法人化に向けた教育改革その 1-授業公開はいかに行なう
べきか-」が開催され、これが「公開」し、「評価を受ける」から、「まず、お互いを知ろう、
授業を見せるから、授業を観るへ」への転換点となりました。これを受け、同年 12 月には
情報処理学科の授業が教員向け参観授業として「公開」されました。
平成 15 年度以降は「教員同士の授業公開」事業となり、WG体制のもと本格的にFD事業
化されました。臨床授業等を除いて、原則的に全授業を対象とし、参観者は期間中にひと
り 2 つ以上の授業を参観することとしました。この年度においては 80%以上の教員が公開
側または参観側として参加しました。
以降 16 年度は 2 月(短大全学年対象、 3 学期)、 17 年度 10 - 11 月(短大全学年対象、 3 学
期)、18 年度 12 月(大学 1 年対象、2 学期)、そして 19 年度は 11 月(大学 1・2 年対象、2 学
期)にそれぞれ 2 週間程度の期間で保健科学部の「教員相互による授業参観」は実施されて
きました。20 年度からはセメスターごとの年 2 回体制で実施中です。
授業参観実施の手順
保健科学部の「教員相互による授業参観」は年度により多少の変遷はあるものの、およそ
以下の手順で実施されてきました。
(1)保健科部教務委員会内の授業公開WGにおいて、その年度の公開実施時期を決める。
(2)教員及び学生への通知(掲示等により実施期間中は対象学年の授業は原則公開になる旨
連絡)
(3)授業担当者からの公開可能授業と非公開希望の授業、参観希望者からは参観希望授業
の調査
4
(4)
「公開授業一覧」、「参観希望者名簿」を全教員に配布し、参観する側とされる側のデー
タを示す
(5)参観希望者による、授業担当者への確認
(6)相互参観実施
(7)参観後の参観者による授業者への評価・コメントの連絡
(8)全教員を対象とした事後アンケート
事後アンケートでは事業への参加(授業参観・被参観)の有無、参考になったかどう
か、事業有効性についての評価等の項目について調査されます。
事業参加者数の推移
年間事業化された初年度の 15 年には 40 名以上の教員がこのFDに参加しましたが、2 年
目に参加者は初年度の半数に減じ、最近 3 カ年の実績では参観をした者も自分の授業を参
観された者も十数名程度で春日キャンパスの助教以上の教員の約 1/4 で推移しています。
他大学の状況
文科省の調査では 18 年度調査時点で 87 国立大学中 61 大学が教員相互の授業参観や授業
評価を実施しており、教員による授業参観は代表的FDといえます。
ファカルティ・ディベロップメントの内容(平成 18 年度)
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigaku/04052801/002 .htm
本事業のかかえる課題と今後に向けて
初年度以降、参観参加人数は減少傾向にあります。現状では事業としてなんらかの改善が
必要と思われます。「学生による授業評価」同様、マンネリ化の問題もかかえています。
教員からの事後アンケートでも、事業コンセプトの論議不足、認識の不徹底が指摘され
ています。スローガンは、他の教員の授業を素直に「観てみよう、知ろう」であったはずで
5
すが、実質的なノウハウの蓄積につながらないのであれば意味がないという意見も出てい
ます。「教員相互の授業参観」は、発足後の実績を検証し、再度原点に立ち返ってその目的
から論議する必要があると思われます。
大綱化以降ほとんどの大学で採用されてきた「学生による授業評価」も中止する大学が出
てきています。「学生による授業評価」も「授業参観」も導入が比較的早かった本学ですが、
学部へのFD義務化元年にあたりもういちど教育各事業全般を見直し、設置審後の教育課
程をにらんだFD実質化と新しい授業参観の形を探るべき時に来ているようです。
(加藤 宏・教務委員会委員長)
(2)学生の意識・行動の検討
1)学生による授業評価
学生による授業評価の実施方法
「学生による授業評価」は産業技術学部、保健科学部とも学期ごとの非常勤担当科目を含
む全科目についてアンケート調査(授業アンケート)が実施されています。いずれの学部で
も各学期の最終授業日を目安に実施されています。学生が特定できないように教員は回答
を回収しません。産業技術学部では学生に依頼して所定の回収用封筒に回収させ、その場
で封筒を糊付けし、教員が支援課へ届けます。保健科学部では年間の授業評価実施計画が
毎年年度初めに保健科学部教務委員会にて審議され、教授会の承認を得ます。各学期の授
業最終日を目安に実施される授業評価では、教員は調査票を配布後退室し、記入ずみの用
紙を学生の代表または他の教職員が回収袋に集め封をし、支援課の回収箱まで届けるシス
テムになっています。両学部とも授業アンケートはすべて電子化されて教員へ戻されるの
で、アンケートの自由記述部分の筆跡等から学生個人を特定することはできません。保健
科学部では点字回答者と墨字回答者がいますので、個人が特定できないように墨訳とコー
ディングを外注で行なっています。
公正な評価のためには、本学のような少人数教育システムでは学生個人は特定されずに
データが統計処理されること、回答が学生の成績に反映することはないことを学生に十分
に説明することが大切です。両学部とも調査に当たっては教員・学生双方にこのことが説
明されます。
調査項目
(2)板書、視覚教材、資料などの適
調査項目は産業技術学部では、
(1)シラバスの有用性
(4)授業の速度の
切性(3)理解を深める補助手段(資料・課題・小テスト・見学・質問等)
(7)教員の熱意(評価と自由記述)
適切性(5)授業の難易度(6)説明の仕方(評価と自由記述)
(9)学生の理解度(10)学生の取り組み姿勢(11)授
(8)教員との意思疎通(評価と自由記述)
業以外の勉強時間(12)あなたにとって良い授業だったか(評価と自由記述)の全 12 項目で
す。評価は 5 段階評価で答えます。
保健科学部の調査票も、5 段階評価で答える方式です。10 個の客観評価項目と最後に自
由記述の 3 質問があります。(1)教員の熱意(2)授業進行速度の適切性とシラバスへの準拠
(3)教員の説明の仕方(4)学生の授業への参加を喚起したか(5)教材の適切性と障害補償へ
の配慮(6)教員の話し方(7)授業の有意義度(8)学生の理解度(9)学生の学習度(10)授業で
6
関心が喚起されたか(11)授業の良かった点(箇条書きで)
(12)授業の改善すべき点(箇条書
きで)
(13)授業・カリキュラムへの要望(自由記述)の全 13 項目からなります。
調査票の教員へのフィードバックと教員による報告
産業技術学部では提出された授業アンケートは科目ごとにエクセルファイルに入力され
(外注)、学生個別の回答及び集計表( 5 段階評価の度数分布等)が授業担当教員へ送付され
ます。教員はファイル内容を見た上で、教員アンケート(授業に関するアンケート調査実施
結果の概況)に記入し、支援課へ返送します。教員アンケートの項目は(Ⅰ)教員への質問事
項、(Ⅱ)学生の自由記述コメントを受けての教員からのコメント、(Ⅲ)アンケート結果への
コメント、(Ⅳ)その授業の学生の成績の評価別(A∼K)分布の 5 項目があります。教員への
質問には(ⅰ)シラバスに書かれた授業計画の達成度(ⅱ)学生の理解度(ⅲ)学生の取り組み度
(ⅳ)成績評価の仕方(ⅴ)教育効果を高める方法と工夫(自由記述)の項目が含まれます。
なお、産業技術学部の教育活動に関する点検評価委員会は授業アンケート及び教員アン
ケートに基づいて必要な統計処理を行ない、教員会議等で報告します。授業アンケート結
果を学生と教員でどのように共有していくかは今後の検討課題です。
保健科学部では授業評価の集計結果は授業担当者のみに直接返却され、現在のところ学
部長等が結果を見ることはありません。教員へは学外者により集計された結果が知らされ
ます。フィードバックされる結果は各授業科目について、(ⅰ)学生各自による質問 1~10
の評定値、(ⅱ)質問 11~13 の自由記述、(ⅲ)質問 1~10 別のクラス全員の評定値ヒストグ
ラムとクラス平均値、(ⅳ)学科・専攻・基礎等の授業分類別にまとめた質問 1 ∼ 10 全回
答のヒストグラムと平均値、(ⅴ)その学期に実施された授業への保健科学部全回答の質問
1 ∼ 10 のヒストグラムと平均値です。
保健科学部では現在教員個人にのみ返されている結果が教員のFDとして十分に機能し
ていないことが問題なっています。今後は、データの公開や評価の方法、そして教員の授
業向上に結びつけるためのフィードバックの方法等を保健科学部教務委員会を中心に検討
していく予定になっています。
(加藤 宏)
(3)教育システムに関する整備
1)カリキュラムとは
大学においてカリキュラムとは、その大学の教育活動全体の計画書であり、教育課程と
もいい、入学から卒業までのすべての教育活動をさします。より具体的には、どのような
科目をどの時期に実施するかを示す設計図で、各科目レベルで見ればシラバスとして具現
化されることになります。
一般にカリキュラムは、目標、方略、評価の 3 要素からなるとされます。カリキュラムを
構築するとは、学習すべき内容の量や質を、修了時に期待される成果と関連づけることで
す。カリキュラムとは、その大学の教育理念を端的に表現したものといえます。さらに言え
ば、カリキュラムを見れば、その大学の教育のレベルと哲学が見て取れるというものです。
本学のカリキュラム
本学においては産業技術学部、保健科学部とも卒業に必要な単位は 124 単位です。学生
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はこの 124 単位を「教養教育系科目」と「専門教育系科目」に分けて学修します。平成 3 年の
大学設置基準の大綱化以降、教養と専門の区別は基本的になくなり各大学が自らの理念に
従い弾力的に「教養」と「専門」のカリキュラムを構築することができるようになりました。
本学でも平成 6 年の短期大学時代に大綱化に合わせたカリキュラム改定が実施されていま
す。産業技術学部の短大時代は卒業に必要な単位は一般教育系科目 27 単位、専門教育科目
69 単位の計 96 単位でした。視覚障害関係学科では国家資格の受験要件という制約もあり、
学科ごとに一般教育等単位数と専門教育単位数が異なり、卒業単位も違っていました。
大学昇格の際に、産業技術学部では教養系 39 単位、専門 85 単位、保健科学部は教養系
37 単位、専門 87 単位と学部内共通の割り振りとなりました。学科やコース別にコース選
定要件、進級条件さらに卒業研究科目の履修の条件が別途定められています。また、本学
では両学部とも短大時代から障害関係科目が一部必修で設定されているのが特色です。
表 短期大学時代と大学の卒業に必要な単位
筑波技術短期大学(平成 6 年改定版)
筑波技術大学
視覚障害関係学科
聴覚障害
産業技術学部 保健科学部
関係学科
鍼灸学科 理学療法学科 情報処理学科
一般教育科目等
27 単位以上 18 単位以上 22 単位以上 22 単位以上 39 単位以上 37 単位以上
専門教育科目
69 単位以上 80 単位以上 74 単位以上 74 単位以上 85 単位以上 87 単位以上
卒業に必要な単位 96 単位以上 98 単位以上 96 単位以上 96 単位以上 124 単位以上 124 単位以上
現在、設置審明け後のカリキュラム改正に向けて、一般教育と専門の科目の配分比率、
必修と選択の区分け、進級要件等の見直しの作業が行なわれています。今後は、初年次教
育・大学独自のスタンダードを示すコア・カリキュラム・問題解決型チュートリアルのよ
うな自学自習型の新しいカリキュラムにも挑戦し、同時に大学が自信を持って卒業生の学
習の質を保証し、社会に送り出せるような評価システムの導入も期待されます。
(加藤 宏)
2)シラバスの作成
シラバスとは何か
そもそもシラバスはなぜ重要なのでしょう。シラバスは単なる授業計画書でも学生との
契約書でもありません。学生がそのシラバスを読んで、その講義で求めているものは何な
のか、何が評価の対象となるのか、そしてその授業で学生が修得すべきスキルや知識が明
示されていなければなりません。予習や復習のための指針も含まれます。教員はその授業
の目標に対して学生が学習のために使用できる時間、教材の制約、予備知識などを全て勘
案してシラバスを設計しなければなりません。教員と学生のいずれもが主体的にその授業
の運営に当たるための指針となるものでなければなりません。
シラバスの要件
一般的にシラバスには「授業担当者」、「授業曜時限・教室」、「授業概要」、「各回授業の
内容」、「評価方法」、「授業を受けるに当たっての注意事項」、「教科書・参考書」、「オフィ
スアワー」などが書かれています。医療系や工業系を中心として、一般目標(GIO:Genaral
Instruction Objective)、行動目標(SBOs:Supecific Behavioral Objectives)、学習方略(LS:
Learning Strategies)などが含まれます。各回の予習・復習のための教科書ページ・課題な
どがシラバスであらかじめ詳細に指定されている大学もあります。
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なお、文科省の各種課程申請等においてもシラバスは最重要チェックポイントと見なさ
れているようです。本学を含め多くの大学がシラバスをwebに公開していますが、このこ
とは常に内外からチェックされることも意味します。国際化とともに国際基準に照らした
大学の教育の質の保障が求められるようになって来ています。その最大の根拠となるもの
がシラバスという訳です。
技術大のシラバスはどうなっているか
シラバスは常にチェックに耐えるものでなければならないと書きましたが本学の現状は
どうなっているでしょうか。
産業技術学部のシラバス
現在、産業技術学部のシラバスは以下の項目から構成されています。「授業科目名」、
「科目区分(教養・専門の別)」、「担当教員名」、「受講対象コース」、「科目番号」、「選択・
必修」、「標準履修年次」、「単位数」、「曜時限」、「受講人数制限の有無と人数」、「授業形式
(講義・演習等)」、「使用教室」、「実施学期」、「各回の授業概要」、「授業の目標と期待さ
れる学習効果」、「授業全体のキーワード」、「関連の強い科目」、「テキスト・教材・参考
書」、「授業における注意事項」、「成績評価の方法」、「担当教員からのメッセージ」です。
学科別の冊子になっており、科目シラバスの前にコース別の履修モデルと 4 年間のフロー
チャートなども示されています。「担当教員からのメッセージ」には学生に期待する教員の
生の声がよく伝わっています。
保健科学部のシラバス
保健科学部ではシラバスの様式は暫時変化してきましたが、最新の 20 年度版からは、上
記GIOに相当する「学習到達目標」が加えられました。また、保健科学部では 4 大移行時よ
り従来の紙媒体のシラバスは廃止し、web版のみとしました。学生には点字、または墨字
版の「開設授業科目一覧」が配付され、シラバスの確認は本学ホームページから読むか画面
読み上げソフトで確認するよう指導しています。
「科目区分(専門・教養、領域、必修・選択の指定)」、「科目名・科目番号・科目の英
名」、「単位数」、「(標準)履修年次」、「授業担当教員」、「学期・曜時限・使用教室」、「授業
概要」、「学習到達目標」、「各回の授業計画と回ごとのキーワード」、「教科書・参考書」、
「成績評価方法」、「留意事項」、「視覚障害補償への配慮」、「オフィスアワー」、「教員の専
門分野」となっています。
いずれにしても、本学のシラバスは発展途上であり、学生に必要な情報が与えられてい
るかという点からもシラバスとして標準的なものになるようこれからも随時見直していく
必要があります。
これからの改善方向
現在、両学部ともシラバスはwebに公開されています。公開しているということは外部
からの評価にさらされるということでもあります。次に、本学の現行シラバスから離れて
標準的なシラバスの構成について考えてみます。シラバスの意義と様式、さらにカリキュ
ラム全般や成績評価に関して岡山大のサイトを参考に説明します。
http://www.pharm.okayama-u.ac.jp/com/FD/
ここでは、教育によって学習者にもたらそうとする学習目標(GIO:一般目標とSBOs:
行動目標)とその目標を達成するための学習法略(LS)、評価方法などが説明されていま
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す。一般目標と行動目標はいずれも学習者を主語として、一般目標では「知る、理解す
る、考察する」、行動目標では、「記述する、分析する、列挙する、配慮する」などの動詞
が用いられます。どちらも「知識」、「態度・習慣」、「技能」について学習者を主語にした行
動表現が用いられます。
( 1)目標
学習者が、学習によって、より望ましい状態に行動が変化するためには、この状態が
目標として明示されなければなりません。目標は、一般目標(Genaral Instruction Objective
(GIO))と行動目標(Supecific Behavioral Objectives(SBOs))とに分類されます。
一般目標(GIO)
:期待される学習成果を記述したものです。知識、態度・習慣、技能の
三領域にわたり記述されます。学習者を主語にして、何のためにどのような能力を習得
するかを包括的に示します。GIOの記述では、一般に語尾は、「知る、認識する、理解す
る、感じる、判断する、評価する、考察する、創造する、修得する、身につける」などの
動詞が使用されます。
行動目標(SBOs)
:学習者が目標を達成できた時、どのようなことができるようになって
いるかを具体的に記述したもの。GIO ひとつにつき、数個から十数個のSBOs を用意され
ます。また、「知識」、「態度・習慣」、「技能」がそれぞれ別の SBO で設定されなければな
りません。学習者を主語にして、一般目標を達成するには、どんなことができるようにな
るかを具体的にに示します。「述べる、説明する、討議する、配慮する、工夫する、操作
する、調べる」などの動詞で記述されます。
(2)学習方略(Learning Strategies、LS)
学習方略とは、学習者が各 SBOs に到達するために必要な学習方法の種類と順序、そし
て必要な資源を示したものです。方法としては、講義・見学・実習・グループワークなど
に分類されます。資源には教員などの人的資源の他に、講義室、実習室等、教科書、教
材、メディアなどがあります。
(3)評価(Evaluation)
教育評価とは、何のために何を評価するかが問題となります。すなわち形成的評価
(Formative Evaluation)か総括的評価(Summative Evaluation)かです。しかし、シラバスと
の関連に限れば、評価と観点の重み付けとなります。通常は期末テスト、課題、レポー
ト、出席等ですが、それぞれ何%という評価に占める重み付けを示すことになっていま
す。「出席状況」は評価の対象とせず、評価のための「前提条件」として扱うという考え方
や、「形成的評価」の観点からは「小テスト」は授業の診断のために行なうもので個々の学生
の成績評価の観点には含めないといった考え方まであります。
重要なことは、単なる順位付けや篩い分けではなく、学習の定着や次の学習につながる
活動としての評価でなければならないということにつきます。
本学のシラバスはまだまだ発展途上といえます。情報保障という他大学にない課題も抱
えています。しかし、将来的にはJABEE認証などにも耐えうるものを志向し、暫時見直し
て発展させていくことが重要といえます。
(加藤 宏)
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2 .視覚障害学生の教育方法
(1)視覚障害とは
視覚障害とは、視力、視野、色覚などの視機能の永続的な低下をいいます。その範囲や
程度は、教育、福祉など、それぞれの分野によって異なっていますが、ここでは教育に関
わる内容を中心に解説します。
1)視力
通常、視覚障害は、その視力により、盲と弱視に分けられます。視力 0.02 未満(矯正視
力、以下同様)を盲といい、この中で特に、明暗弁別ができない状態が全盲です。盲と
いっても、光覚、眼前での手の動き、眼前に提示された指の数をわかる状態も含まれ、幅
は広いのです。
視力 0 . 02 以上 0 . 3 未満を弱視といいます。弱視は、 0 . 04 未満を重度、それ以上を軽
度と分ける場合もあります( 0 . 1 を境界とする場合もあります)。なお、世界保健機関
(WHO)は、0.05 未満を盲(Blind)、0.05 以上をロービジョン(Low Vision)としています。
盲の場合、点字を使用します。視力 0.01 ∼ 0.02 で、点字と墨字の使用がほぼ同率となり
ます。更に視力が良くなるにつれ墨字使用の割合が増加し、視力 0.05 を超えると九割が、
視力 0 .1 前後からほぼ全員が墨字使用となります。
このように、視力と使用文字との大まかな対応関係はあるのですが、単に視力により、
機械的に教育方法を当てはめるのではなく、学生の生活様式や学習スタイルを正しく認識
し、適切な方法を提供する必要があります。
2)視野の障害
視野の障害は、大きく三つに分類されます。
視野狭窄:視野狭窄は、視野の周辺部が欠け、見える範囲が狭くなる障害です。中心視野
は残っており、これを利用して教育などはできますが、周辺の状況が把握できないという
状態になります。
暗点:暗点は、視野の中の一部が抜け落ちたようになるものです。特に中心暗点では、鋭
敏な中心部分が見えないので、生活・学習上の影響は大きいといえます。
半盲:半盲は、視覚路上の障害部位により、見えなくなる部分が異なります。両眼の外側
半分が見えなくなったり(両耳側性半盲)、両眼右半分が見えなくなったり(同名半盲)とい
う症状が現れます。着席位置の工夫が必要となります。
3)主な眼疾患の概要
糖尿病性網膜症:糖尿病の患者に見られる網膜の病変で、網膜上に出血が見られ、網膜剥
離を引き起こし、失明にいたることも少なくありません。
白内障:水晶体の混濁により生じます。混濁が強い場合はできるだけ早い時期に水晶体の
摘出が必要です。
緑内障:以前は眼圧が正常眼圧を越えている状態を主な徴候とする疾患とされていました
が、眼圧が正常な場合もあり、現在では、視神経障害を主症状とする疾患全般をさします。
網膜色素変性症:遺伝による眼疾で、幼少時より夜盲が起こり、徐々に進行し 20 歳頃に
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は視野狭窄、視力低下も強くなる場合と、青年期以降、夜盲や視野狭窄が急速に起こる場
合とがあります。
視神経網脈絡膜萎縮:視神経の変性、炎症、外傷等により生じ、萎縮の程度により症状は
まちまちですが、視力及び視野が障害されます。
(石田久之・障害者高等教育研究支援センター教授)
(2)障害に関する指導、支援
1)視力低下及び損失に対応した指導と支援
・“ゆっくり”と“繰り返し”
教育場面における視覚障害学生への対応として、二つの基本事項があります。一つは、
“ゆっくり”です。この世界は、見えることを前提にして作られている世界です。その世界
で、見えない、或いは、見えにくい学生が生活、学習をするのですから、当然、行動は慎
重にならざるを得ません。様々な面で動きはゆっくりとなります。“遅い。早くしろ。”
と、学生を焦らせてはいけないのです。学生のペースを理解する必要があります。
もう一つは、“繰り返し”です。重要な部分は、繰り返して説明します。分厚い点字資料
から、改めて必要箇所を見つけ出すのは大変なことです。後で調べなさいというのは、健
常者が考えるほど、簡単なことではありません。できるだけ、授業内で、理解させ、整理
し、記憶させるべきです。そのためには、何度でも繰り返す必要があります。
また、“もう一度、お願いします”は、授業を聞いている証拠です。聞いていない学生は
そんな質問をしません。“よく聞いておけ。”などと怒ってはいけないのです。
一年間で教えるべき内容は山ほどあります。「ゆっくり、繰り返してやっていては、全
部を教えられない。時間がかかり、時間が足りなくなる。」というご意見もありますが、
話す内容を精選し、資料を簡潔になどの工夫で解決できます。つまり、事前の準備も大切
ということです。
・教員とは
改めてここで、教員の役割について言及します。教員は、教室内における最大の支援担
当者です。なぜなら、授業を作るのは教員にしかできないからです。わかり易い授業とす
るのも、理解できない授業になるのも教員次第です。以前は、「分からないのは学生の勉
強不足」ですませていたのですが、今は違います。上述の事前の準備を含めた、教員の授
業技術が問われています。ここにFD研修の重要性があるのです。障害学生の行動特性を
理解しながら、わかり易い授業を展開するのは簡単なことではありません。
・点字を学習する学生への対応
盲学校(特別支援学校)で点字を習得した者は、学習上問題はありませんが、本学在籍中に
視力を失った者には適切な配慮が必要です。読み書きの手段として点字の学習が必要となり
ます。本学では、点字の授業があり、ここで学習できますが、授業に遅れない速度で触読す
るためには週 1 時間の授業では少なすぎます。授業だけではなく、障害者高等教育研究支援
センターの点字指導も利用するなど、学生自身の積極的な学習を促す指導も必要です。
・“文字を持たない”学生
本学学生の中には、視力がないので墨字は読めず、他方、点字の勉強も進んでいないの
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で、点字も読めないという学生がいます。音声を中心とした情報収集により生活を送って
いる学生です。このような“文字を持たない”学生には、早急な点字指導が必要です。本学
では、入学試験において、問題の読み上げ、解答の代筆などを行なっていますが、それ
は、決して、視覚障害者が、生活や授業において、文字が必要ないということを言っては
いないのです。
・空間位置
周りが見えない者にとって、空間位置の把握は、たやすいことではありません。晴眼者が日
常的によく使う、「あれ」
「その」
「そっち」などの言葉では、位置を特定できません。視覚障害者
には、具体的な物、場所、動きの説明が必要です。あまり意識しないで使う指示語に、注意を
払うのは難しいことですが、不正確・曖昧な内容を教えないためにも必要なことです。
(石田久之)
2)ロービジョンケア
・ピンボケ(図 1)
弱視学生(勿論、学生に限ったわけではありあませんが)の見え方の特長として、第一に
挙げられるのは、いわゆる“ピンボケ”です。いくら矯正しても網膜上に明瞭に焦点が結べ
ないものです。現象的には、字と字、字の中の線と線とを分離できず、それらが一つに融
合した結果、区別のはっきりしない漠然と一つになったものとして知覚されるものです。
図1 ピンボケ
Jackson, A. J. & Wolffsohn, J. S.“Low Vision Manual”より
・見える範囲(視野)の減少
眼疾によっては、見える範囲(視野といいます)が狭くなる場合があります(FD編 2 −
(1)視覚障害とはを参照)。障害された場所により、視野全体が狭くなったり(求心性視野
狭窄)、中心部以外に視力があったり(中心暗点)、様々な状態を示しますが、同時に対応
方法も様々です。求心性視野狭窄の場合、中心部の鋭敏さや色覚は残っているのですが、
狭い範囲しか見えないので、大きな文字の資料は読めません。また、周辺部の視力だけの
場合、色覚がなくなり、色の着いた資料は意味が無いということになります。
更に、半盲という、耳側、右側など視野の一側が障害を受けた場合、見える方向が決
まってしまうので、着席位置などの配慮が必要となります。
・眩しさ(羞明)
弱視学生には適切な明るさが必要です。“適切な”とは、暗くないことは勿論ですが、明
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るすぎてもいけないのです。コントラストが重要となります。また、“変化”も大敵です。
教室内の日差しの変化などにも注意は必要で、必要に応じカーテンなどを使い、一定の明
るさに保つ必要があるのです。
さて、多くの眼疾で眩しさを訴えます。白けて見える、目を開けていられない、などで
す。これは眼内で光が散乱することによるのですが、眩しさ(羞明)の原因となる波長を遮
る遮光メガネで対処します。また、簡便な方法として、教室内でつばの広い帽子を着用さ
せても効果はあります(図 2)。更には、室内の照明を落として、紙面の反射を抑えること
も時によってはあるのです。
また、ワープロ使用時には、黒い背景に白い字という、白黒反転も効果的です。
図2 簡便な眩しさ対策
・眼振
眼振とは、自分の意思とは無関係に生じる眼球の異常な動きのことである。ある方向の
急速な動きと元にもどる緩徐な動きからなります。気分が悪くなったり、身体バランスを
失ったりすることもあるので、付き添いやしばらく動かさないようにするなどの必要があ
ります。
・弱視学生の感覚・知覚・行動の特徴
弱視学生に生じる制約をまとめると以下のようになります。
(ⅰ)周囲の状況が視覚的にわかりにくい。
(ⅱ)移動や読み書きなど、社会生活が困難になる。
(ⅲ)視経験の曖昧さが生じる。特に文字の誤りなどは、影響が大きい。
(ⅳ)行動とその結果(知覚)とのギャップが生じる。
(ⅴ)疾病により存在しないものも知覚される(飛蚊症など)。
(ⅵ)他の感覚の動員が必要となる(聴覚や味覚、触覚など)。
(ⅶ)近づいて観ることが必要であり、近づけない物の把握が困難である。
(石田久之)
3)心理的ケア
心理的ケアが必要とされるのは、大きく分けて、以下の二つの場面です。一つは、障害
の受容過程、もう一つは、新たな環境への適応過程です。
・障害の受容
障害の受容過程は、以下のような段階的な過程として説明されることが多いようです。
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第一段階:病名告知による衝撃、ショック
人によって程度の差はあるのですが、重度の身体疾患の告知によって落胆し、失望感を
味わいます。病気らしい病気をした経験が無い人ほど、その種の感情は強くなります。混
乱、錯乱状態に陥る場合もあります。
第二段階:防衛的退行(否認、逃避)
「まさか自分に限って…」
「何かの間違いに違いない…」等、医師の告知を信じようとしま
せん(信じたくない)。無口になったり、周囲の状況に無感心を装ったりします。多弁(躁
的防衛)も生じます。これらは、身体或いは機能喪失により情緒不安定になり、これを最
小限に抑えるための心理的な動きです。
第三段階:悲しみと怒り
防衛的退行(第二段階)の心理が働いても、身体機能喪失という現実に直面し、認めざる
をえない時期がきます。「なぜ自分がこんな目にあわなければならないのか」という感情が
湧き、怒り、悲しみ、抑うつの状態となります。
第四段階:適応・受容(新しい自己への親しみ)
障害者となった自分や周囲を承認し、適応・受容へと続きます。他方、交通事故などに
よる中途障害や、青年期以降の障害の発現においては、否定や、怒りなどの段階に留まっ
ている場合もあります。
これらの段階は、一方向ではなく、行きつ戻りつであり、大学入学という新たな環境変
化で、前の段階に戻ることもあるのです。保護者や保健管理センターなどと情報を共有し
つつ、適応・受容へと指導していく必要があります。
・環境への適応
親元を離れての寄宿舎生活などは、それまで親の保護の下で生活してきた者にとって、
非常に大きなストレスとなります。特に大学生活は、自立的な学習が求められ、生活環境
と共にそれまでの学習形態も変更が求められます。昼間の授業とそれ以外の生活、環境の
変化は極めて大きいのです。これらに対する心理的ケアが必要となります。
生活に関しては、徐々に適応していきますが、集団生活になじめない学生も見られま
す。日常的な声かけなどにより、学生の心身の状態に留意することは、教職員の義務でも
あります。
環境の変化にはもう一つの場合があります。学外実習です。学内の自立的学習といって
も、やはり学内は学外の社会とは異なっています。学内は保護的教育の場ですが、実習と
言えども学外の機関で行なう以上は、社会生活の一コマです。容赦ない指導、叱責などを
まともに受けることもあります。残念ながら、それらを受け入れられる学生ばかりではな
いのです。障害のせいで、と否定的に考える学生もいます。
社会の偏見、無理解への啓発は、直ぐには無理としても、目の前で落ち込んでいる学生
への思いやりは、本学職員が有すべき資質の一つです。カウンセリングというほど大げさ
ではありませんが、しかし、人生の先輩としての一言を彼らは待ってます。
(石田久之)
4)盲ろう学生への指導、支援
「盲ろう」とは、「視覚障害と聴覚障害が重複し、それぞれの障害が単独でも身体障害者
手帳の交付対象となる程度の障害であること」という定義が一般的です。現在の日本では
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「盲ろう」という障害は独立した障害とは見做されていません。しかし、単に視覚障害と聴
覚障害の二つが重複しただけではなく、重複することによる新たな障害、困難さが発生す
るので、世界的には「Deafblind(盲ろう)」という独自の障害として考えられるようになっ
てきています。
盲ろうの人には、移動や空間認知、コミュニケーション、各種の情報獲得、日常生活、
就労、教育・訓練、プライバシーの確保などにおいて困難があると言われます。
盲ろうの人が移動、日常生活、コミュニケーションなどに必要な情報の獲得に主として
利用できるのは触覚です。触覚を用いた会話・文字情報の伝達には、点字・触図・指点
字・触手話・触指文字・手書き文字(手のひらに文字を書く)などが用いられています。も
ちろん残存している視覚、聴覚能力があればフルに活用します(耳元での再発話、近接手
話、拡大文字の筆談など)。情報の発信は、発話ができる場合は声によりますが、できな
いときは手話、指点字などを用います。
盲ろうの人の数は 2001(平成 13)年の厚生労働省の推計では約 1 万 3 千人とされていま
すが、一般には約 2 万人とも言われています。盲ろうの原因はさまざまですが、先天的聴
覚障害のある人の 3 ∼ 6%が発症するといわれる、網膜色素変性症と平衡機能障害を併発
する「アッシャー症候群」が盲ろうの人の約半数を占めるという報告もあります。
盲ろうという障害を分類すれば次のようになります。
(ア)全盲・全ろう(まったく見えず、まったく聞こえない)
:最も重い状態で、情報入手
手段はほとんど触覚のみです。点字を習得していれば、各種の情報を点字を通じ
て獲得することができます。日常のコミュニケーションには指点字、触手話、指
文字、手書き文字などが用いられます。
(イ)全盲・難聴(まったく見えないが、若干は聞こえる)
:補聴器を使うなどで音声情報
を得ることができます。発話が可能であれば通常に近い音声コミュニケーション
ができます。文字や図の情報獲得は点字や触図など、触覚を用いたものになりま
す。
(ウ)弱視・全ろう(若干は見えるが、まったく聞こえない)
:拡大読書機や弱視用レンズ
を用いて通常の印刷物を読むことができます。情報獲得に音声は使えませんが、
発話が可能であれば音声による情報発信はできます。また拡大文字による筆談や
近接手話が使われることもあります。
(エ)弱視・難聴(若干見え、若干聞こえる)
:その程度にもよりますが、適切な補償、支
援機器の利用により視覚情報、聴覚情報の受発信ができます。拡大文字筆談や近
接手話も使われます。
さらに、聴覚障害と視覚障害の発生時期、順序によって次のように分けることができ、
実際には上記の(ア)∼(エ)との組み合わせとなります。
(a)先天的視覚障害・先天的聴覚障害: 言語獲得やコミュニケーションなどに多くの
困難があります。
(b)先天的視覚障害・後天的聴覚障害: 盲ベースといわれます。発話には問題がな
く、多くは点字も習得しています。
(c)後天的視覚障害・先天的聴覚障害: ろうベースといわれます。多くは触手話や指
文字など触覚によるコミュニケーション手段をとります。
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(d)後天的視覚障害・後天的聴覚障害: どちらの障害が先かによって、盲ベースかろ
うベースに近くなりますが、コミュニケーション手段は人によってさまざまです。
重度の盲ろうの人が健聴・晴眼の人と会話するときや、授業や講演を聴講するときは通
訳介助者が必要です。通訳介助はマンツーマンで行なわれ、個々の盲ろうの人への情報入
力や移動介助などは通訳者に完全に依存することになります(慣れたところへの移動は単
独で行なわれることもあります)。
大学の授業を盲ろうの人が受講する場合には、以下のように障害の状況によっていくつ
かの対応を考える必要があります。なお、盲ろうの人が多く参加する講演会などでは通常
「盲ろうペース」と言われる、かなりゆっくりした話し方をしますが、大学での授業では他
との関係もあり、盲ろうペースにはしないことを予め学生と通訳介助者に了解を得ておく
ほうが良いと思われます。
(A)講義の声が聞こえず、手話や板書も見えない場合
通訳介助者が常にマンツーマンで付いて授業を受けることになります(通訳介助者は通
常は盲ろうの人自身で手配してもらう必要があります)。テキストは拡大文字あるいは点
字を使うことになりますので、それが読めることを前提に、授業は視覚障害系の教授法が
基本になります。講義の内容は通訳介助者が触手話や指点字などで通訳しますので、通訳
介助者が教室に入ることへの理解とともに、手話通訳のときと同じように、専門用語など
を事前に説明しておくことや、通訳しやすいようにゆっくり明瞭に話すことが必要です。
(B)講義の声は聞こえないが、拡大文字、板書、手話が読める程度の視力がある場合
通訳介助者を使わない場合は、聴覚障害系での授業が基本になります。ロービジョンへ
の配慮として、前の方の席の確保、拡大文字のテキストの配布、大きな文字の板書、本人
の近くでの手話などが考えられます。また、発話ができるか、手話ができることも必要で
す。
(C)手話や板書は見えないが、講義の声が聞こえる程度の聴力がある場合
通訳介助者を使わない場合は、視覚障害系での授業が基本になります。ただし、拡大文
字か点字が読めることが必要です。また、発話ができることも必要です。
ある程度見え、聞こえる弱視、難聴の場合
(D)
視覚障害系、聴覚障害系の授業のどちらが向いているかは、本人の状況(盲ベースかろ
うベースかなど)や希望をよく確認して判断することになります。本人が最も聞きやす
い、見やすいような席の配置、テキストの準備、話し方などに配慮が必要です。
(岡本 明・障害者高等教育研究支援センター教授)
(3)学習指導
1)視覚障害者の教育指導法(総論)
視覚障害のある学生を指導する際には、基本的に「視覚障害があるから、これはできな
い、あれは無理」という考え方ではなく、「できることは何か、どうすればできるようにな
るか」を工夫していく姿勢で進めていただきたいと思います。
まず改めて認識していただきたいことは、学生には全員「視覚障害」があるが、それは
「視覚障害」という一語でまとめられる画一的なものではなく、一人一人個別の状況があ
17
り、それにできる限り対応しなければならないということです。ここで状況とは、視力の
多様性についてのことだけではなく、視覚障害になった時期や高校までに受けてきた教育
の違いなどが大学での修学、学生生活に与える多様性も含みます。
一般大学ではなく、本学を志望してきた学生は、自分の障害に対して充分な配慮をした
授業を受けられることを期待して入学してきています。一般大学では晴眼の学生の方が圧
倒的に多いので、視覚障害学生への配慮は限られた範囲のものにならざるを得ないことが
ありますが、本学ではそのような制約なく、個々の学生にあった授業を提供しなければな
りません。
そのためには、その多様性を教員がよく理解して対応することが必要ですが、視覚障害
が専門でない多くの教職員にとってこれはなかなか難しいことなので、以下に述べるいく
つかのポイントだけでもとらえておいていただければと思います。しかし基本的には、学
生一人ひとりに対しての試行錯誤によってその状況に合わせるべき、といえるでしょう。
個々の学生の状況は、学生一人ひとりに聞くこと、教員同士で情報交換することなどで
把握することが必要です。個人情報保護の観点から、教員といえども学生個人の状況につ
いての情報を得にくくなってきていますが、保健管理センターとの連携も必要です。ただ
し、病名とか、視力数値などは授業での対応にはほとんど必要なく、最低限、どのくらい
の文字なら読めるか、明るさや眩しさに対する感受性はどうか(夜盲や羞明)の情報があれ
ばいいでしょう。本人の申告は必ずしもその学生に最適であるとは限りませんので、授業
で読みにくそうにしていないかどうかを観察することも大切です。なお、進行性疾患の場
合見えにくさの状況が変化していきますので、1 年生のときの視力のデータがそのまま 2
年生でも使えるとは限りません。6 ヵ月毎くらいに学生に聞くことが大切です。ただし聞
くときにはその学生の心の状態によく配慮することが必要です。
多様な視力への対応として、まず使う教材を学生の視覚障害の状況に合わせて個別に準
備しなければなりません。準備する必要があるのは、点字、触図、拡大プリント(12 ∼ 24
ポイント程度)、拡大コピー、白黒反転プリント、立体模型、録音図書などです。
視覚障害のある学生の場合、全盲、弱視に関わらず、授業のノートやメモがとりにくい
ので、配布する教材や資料を予習、復習しやすくすることが必要です。たとえば、教材で
はキーワードや項目だけを示して、その内容は授業のときに口頭で説明する、という授業
方法は、意図的にそのようにするとき以外はなるべく避けたいものです。
全盲の学生の場合、基本的に点字が読めることが必要ですので、もしまだあまり習熟し
ていない学生がいた場合は、並行して点字習得をするように勧めてください。ただし、あ
くまでも本人の意思を尊重し、無理に押し付けないことが大切です。
点字が読める学生でも、英語の 2 級点字や、ギリシャ文字(α、βなど)、数式、情報処
理の点字表記を読めるかどうかを確認しておくことが必要です。2 級点字が読めない場合
は、点字指導担当の教員と連携して習得のサポートをしてください。一方、教員側もなか
なか難しいですが、ゆっくりでも眼で読める程度には点字を覚えることが望まれます。
数式の標記、ギリシャ文字などは教員が事前に調べておいて、テキストに出てきたときに
説明すれば良いでしょう。
電子テキストファイル提供も希望する学生には、点訳の元になった電子テキストファイ
ルを渡せるように準備しておくことも必要です。
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弱視の学生に対しては、どのような文字(フォントサイズ、書体、白黒反転など)ならば
読めるかを、本人に聞いて、その文字で提供することが基本ですが、それでももし読みに
くそうにしていたら、本人の申告が目の状況に合っていないのではないかと疑い、改めて
確認することが望まれます。確認には、別の文字を使ってみて状況を見るのが最も簡単で
すが、より確実にはMNREAD(東京女子大学の小田浩一教授が開発したロービジョンの読
書能力チェックソフト)などのツールを使うと良いでしょう。文字の工夫だけでなく、単
眼鏡、ルーペ、遮光眼鏡などのロービジョン(弱視)補償機器の利用についても学生の状況
を見て検討する必要があります。
このようなことはかなり面倒で、また専門的知識を必要とするように見えますが、あく
までも学生本人と話して行けばよいことです。点訳、MNREADでのテスト、ロービジョ
ン補償機器の利用などについては、障害者高等教育研究支援センターの支援研究部がサ
ポートしますので問い合わせてください。
次に、授業の進め方ですが、全盲や強度のロービジョンの学生がいることを考慮して、
スライド、映像教材はなるべく使わないことが望まれます。やむを得ず使うときには、で
きる限り口頭で状況を説明してください。場合によってはアシスタントをつけることも必
要でしょう。板書も多用しない方がよいですが、板書した場合には必ずそのすべてをはっ
きり読み上げるようにしてください。「このように」、「ここがこうなって」、「ここに書い
てあるように」などのいわゆる指示代名詞で説明することは避けなければなりません。
点字や拡大文字のテキストは、同じ内容でもページ数が異なってきますので、今しゃ
べっているのがそれぞれのテキストでは何ページの部分にあるかを示す必要があります。
そして、点字の場合はそのページを探して到達するのに若干の時間がかかることにも配慮
して話す必要があります。点字プリントは分厚くなるので、いくつかの冊子に分けられる
ことがあり、場合によっては、別の分冊に入っているかもしれません。また、1 ページの
中でも、どの部分に該当箇所があるかを探すのにも多少時間がかかります。これは拡大読
書機を使う場合も同じです。この時間を充分与えるようにしてください。
点字は、後に述べるように漢字がなく、すべて「かな表記」ですので、同音異義語の区別
が難しい場合がありますので、分かりにくそうな文があったときにはその漢字や意味を説
明する必要があります(たとえば、「彼は創造性がある」という文は、「彼は、物を作り出す
という意味の創造性がある」と説明すれば、「想像性」と区別することができるでしょう)。
数式を読み上げて説明するときには、できるだけわかりやすく読むように工夫が必要で
す。たとえば、(X+Y)2 =Zのような簡単なものでも、「XプラスY割る 2 イコールZ」と言
うと(X+Y)2 =ZなのかX+Y/2 =Zなのか分かりません。より複雑なものは、たとえ正確
に読んだとしても分かりにくくなりますので、点字や墨字で示すことが必要です。ただ
し、数式の点字表記法については教員も学生も理解しておく必要があります。
図が必要な場合には触図を作ることが必要ですが、テキストの文中にその図の説明を入
れたり、口頭で分かりやすく説明してください。触図はただ触っただけでは分かりにくい
ものですので、ポイントとなる部分に学生の指を持って誘導したりして理解しやすくする
工夫をしてください(学生の指を持つことについては、その方が良いかどうかを学生に確
認してから行なってください)。
表は、大きくなると点字では表しきれなくなりますし、エクセルに入れてもセルを探す
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のが困難になりますので、ポイントとなる部分を文章や口頭で分かりやすく説明すること
が必要です。
盲導犬使用学生がいる場合には、授業中の盲導犬の居場所が確保できる席を決め、他の
学生には事前に仕事中の盲導犬についての対応方法(基本的には何もしないこと)を説明し
ておくことが必要です。
視覚以外の障害を重複している学生やメンタルな問題を抱えている学生もいます。これ
らについてはチューター、クラス担当、保健管理センターなどとよく連携を取って、対応
に充分配慮してください。
(岡本 明)
2)授業における図書・資料及びノートテイキング
(点字と触図・ロービジョン用の墨字と画像、録音図書、情報補償機器)
授業で使われる教材としては、点字、触図、拡大プリント、拡大コピー、白黒反転プ
リント、立体模型、録音図書などが考えられます。また視覚障害補償機器としては、ス
クリーンリーダー、DAISY再生機、点字ディスプレイ、点字PDA(「Braille Note」、「Braille
Memo」など)、拡大読書機、画面拡大ソフト、単眼鏡、ルーペなどがあります。
点字は視覚障害のある人が触覚で読む字で、3 行 2 列の 6 点で文字が表されます。点字
が発明される前は、ひもの結び目で文字を表したり、アルファベットを浮き彫りにした凸
字などが工夫されていましたが、ほとんどの視覚障害のある人は文字を持っていませんで
した。1819 年、フランスのシャルル・バルビエが、兵隊が暗い壕の中でも手で読めるよ
うにアルファベットを 12 の点で表すことを考え、さらに視覚障害のある人の文字に使え
ないか、としてパリの盲学校に提案したそうです。これを元に 1825 年、ルイ・ブライユ
がアルファベットの 6 点式点字を作り出しました。点字のことを英語でBraille(ブレイル)
というのは彼の名前からきています。
点字は明治の初めころに日本に入ってきて、1890 年、石川倉次の考案した日本語の 6 点
式点字が東京盲唖学校で採用され、1901 年には日本式点字が官報に公表されるにいたり
ました。日本の 6 点式点字はすべて“かな”で表されるので、分かりやすいように一定の
ルール(主として文節ごと)に従ってスペースを入れて「分かち書き」されます。また、ウ
段・オ段の長音は「ー」で表記する(「空白」は「クーハク」、「東京」は「トーキョー」など)、助
詞の「へ」
「は」は、「エ」
「ワ」と表記する(私は京都へ行くは「ワタシワ キョートエ イク」)、
などのルールがあります。また、数字、英文字などは前置符をつけて 2 文字(点字では 2 マ
スといいます)の点字で表します。(1 は、「数符+あ」、aは「外字符+あ」など)。
点字はかなり普及しているとはいえ、視覚障害のある人のすべてが読めるとは限りませ
ん。とくに中途で視覚障害となった人は点字が読めない人や慣れていない人がいます。本
学の場合は全盲で点字が読めないという学生はほとんどいないと思われますが、まだ慣れ
ていない学生がいる可能性はあります。
点字教材を作るには、市販の書籍を点字化する場合と、教員が自分で作成した文章を点
字化する場合があります。いずれも電子化テキストを自動点訳ソフトで点訳し、校正して
点字印刷する、というステップになります。前者の場合は、スキャナで印刷文字を読んで
OCRにかけて電子テキスト化し、後者はパソコンで作成したWORDなどの電子化文章をそ
のまま使います。これらの作業は、本学に常駐している点訳者の方々に依頼することがで
20
きますが、当然一定の時間がかかりますので、早めに依頼することが必要です。具体的に
は各学科の職員や障害者高等教育研究支援センター支援研究部の教職員に問い合わせてく
ださい。
点訳者に依頼せずに、教員が自分で点訳する場合は、たとえば市販の「EXTRA」などの
点訳ソフトを使うと良いでしょう。電子テキスト化した漢字かな混じりの原文ファイルを
このソフトに流し込むと自動的に点訳されたファイルができます。この点訳ファイルから
点字プリンタでプリントすればでき上がりです。原文ファイルは、点字化を考慮して事前
に次のようにいくつかの配慮をしておくと、墨字で配布するものをそのまま使えて校正が
楽になります。
(a)タイトル、見出し、小見出しなどの字下げを、点字のルールに合わせておく: 点
字では、マス空け(字下げ)は一般的な墨字の場合とは逆になる、基本的に偶数個
のマス空けをする、などのルールがあります(具体的には点訳参考書を参照してく
ださい)。
(b)改行後の文頭は全角スペースを 1 つ入れる: 点字では、改行後の文頭は 2 マス(全
角スペースを 1 つ分)を空けるルールになっています。
(c)
「行なった」は常に「イッタ」と訳される:「オコナッタ」と読ませたい場合には「行
なった」のように“な”を入れておくと良いでしょう。
(d)機種依存文字、特殊記号には点字がない場合があることに配慮する: 点字ではた
とえば①、②などの丸付き数字がなくて(1)、(2)に、○●◎はすべて○になって
しまいます。
(e)その他、事前に反映できるものは配慮しておく: 点字では 1)、2)などの方括弧は
使わない、・(ナカグロ)での箇条書きはしない、などがあります。
これらの制約があるため、やむを得ず墨字と点字では表記が異なる場合もありますの
で、授業時には注意が必要です。
次に、自動点訳では必ず間違いがありますので、校正が必要となります。間違いは主と
して原文がかな漢字混じりの日本語であることから起こるものです(英語だけの場合には
ほぼ正しく点訳されます)。
上記のように点字はすべて「かな表記」なので、読むときに「同音異義語」の区別を分かり
やすくすることが必要です。かなりのものは文脈から分かりますが、たとえば、「カレワ
ソーゾーセイガ アル」は「創造性」なのか「想像性」なのか、「ミエナイ ヒトノ タメノ テンジ
ノ セツメイショ」は「見えない人のための点字の説明書」か「見えない人のための展示の説
明書」かは、なかなか分かりにくいものです。このような場合には、文章そのものを変え
たり、説明を入れておく方が良いでしょう。この例ですと、「彼は物を作り出す創造性が
ある」
「見えない人のための点字で書いた説明書」などが考えられます。
点訳するときには、同じ漢字で違う読みをするもの(ヤヌス読み)の区別の問題がありま
す。個人名ではとくに注意が必要です。「長田」は「ナガタ」か「オサダ」か。「神戸」は「カン
ベ」か「ゴード」か「コーベ」か、などを間違えてはなりません。自動点訳ソフトはこの判断
はできず、人手によるチェック、修正が必要です。
これらに加えて、ときに「分かち書き」のミスが起こり、おかしな文章になることがあり
ますので注意が必要です。
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一般的な点訳のルールについては市販の参考書や障害者高等教育研究支援センターで作
成した冊子を参考にしてください。
触図は、全盲の学生も図やグラフを触って形を知ることができるので有効です。触図作
成には、サーモフォーム、発泡印刷、UV印刷、立体コピー、レーズライター、点字プリ
ンタでの点図などいくつかの方法がありますが、本学で通常使われるのは、点図と発泡紙
を使った立体コピーでしょう。点図は「エーデル 40」などの点図作成ソフトを使って作成
することができます。立体コピーは、元の図をコピー機でカプセルペーパーという特殊な
発泡紙にコピーし、それを専用の加熱機(「PIAF」など)を通すと、黒の部分が盛り上がっ
てきて触図となるもので、一般印刷物や手書きのものを簡単に触図にできるので便利で
す。しかし視覚と触覚の特性は異なりますので、なんでもそのままコピーして触図にすれ
ば分かりやすくなる、というものではありません。触図作成の際にはたとえば次のような
ことに配慮する必要があります。
(ア)点、線、面などの種類は 3 種類程度までにする(触覚では多くを判別できません)。
(イ)2 本以上の線が交差するときには、線の種類を変える。あるいは交差の前後で一方
の線を切る。
(ウ)グラフなどで線が多い場合は 2 枚のグラフに分ける。縦軸、横軸だけ残して、罫線
は省略する方が判りやすい場合が多い。
発泡紙へのコピーは、本来は定着温度を低く設定してある専用のコピー機(ミノルタ製)
を使うのが良いのですが、現在はほとんどの普通のコピー機でも大丈夫のようです。しか
しカラーコピー機は使えません(コピー機の中で発泡して紙が詰まってしまいます)。
授業中に話に応じてちょっと図にして見せたい、というような場合にはレーズライター
が便利です。これはライター板の上で薄いプラスチックの紙にボールペンの先のような固
いもので強く書くとその部分が盛り上がってくるもので、1 回しか使えませんが、自由に
すぐ書くことができます。
拡大プリント、拡大コピーはロービジョンの学生の視力の状態に合わせて何種類かを作
成する必要があります。拡大プリントはテキストをいろいろなサイズのフォントでプリ
ントアウトするもので、本学では通常 12 、14 、16 、18 、24 ポイントが多く使われます。
フォント種はよく使われる明朝体ではなく、マルゴシック体で太字にするのが読みやすい
といわれています。ポイント数ごとにページ数が変わってきますので、目次はそれに合わ
せて作り、話すときにはあらかじめ調べておいて、「点字テキストでは○○ページ、12 ポ
イントでは△△ページ、24 ポイントでは□□ページを見てください。」のように示すこと
が必要です。拡大コピーは元の 1 ページを拡大しても 1 ページになる範囲で作るのが基本
ですが、プリントのサイズが大きくなりすぎないように、B4 判程度を最大にするのが良
いでしょう。
白黒反転プリントは、作成に手がかかり、印刷トナーを大量に使うので無駄に利用はし
たくないものですが、どうしても必要な場合には、サーマル転写プリンタで黒の用紙に白
のリボンを使う方法があります。テキスト全体を白黒反転プリントで提供するのは現実的
ではありませんが、少量の図などには利用できます。
立体模型、あるいは実物は、文章や図では分かりにくい物の形や構造を理解させるとき
に、全盲の学生にもロービジョンの学生にも有効なものです。できるだけ多く利用するの
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が良いと思われます。触る際に壊したり手を傷つけたりしないようにしておくことが必要
です。
録音図書は、市販のDAISY図書のほか、本学の朗読後援会に、本や印刷物を対面朗読、
あるいは読み上げ録音を依頼することができます。朗読後援会への依頼については障害者
高等教育研究支援センター支援研究部の教職員に問い合わせてください。
DAISY(Digital Accessible Information SYstem)はデジタル録音図書の国際標準規格で、40
カ国以上の会員団体で構成されるDAISYコンソーシアムで開発、維持されている情報シス
テムです。公認のオーサリングツールでデジタル図書を作ることができ、「PlexTalk」など
の専用の再生機やパソコンで再生することができます。点字図書館やボランティアなど
が作り、CD-ROMで貸し出されています。DAISY録音図書では、目次から任意の章、節、
ページに飛ぶことや、音声にテキストや画像を同期させることなどができます。
授業で使われる視覚障害補償機器としては、スクリーンリーダー、DAISY再生機、点字
ディスプレイ、点字PDA(「Braille Note」、「Braille Memo」など)、拡大読書機、画面拡大ソ
フト、単眼鏡、ルーペなどがあります。
スクリーンリーダーはパソコンの画面情報を読み上げるもの、DAISY再生機は上記のよ
うにデジタル図書を読むものですが、教員が話している音声とぶつからないように気をつ
ける必要があります。学生は講義のノートテイキングをパソコンや点字PDAで行なうこと
がありますが、板書されたもののメモの場合には、板書の読み取りに時間がかかりますの
で、すぐ消してしまうことの内容にするなどの配慮は必要です。しかしそのほかは一般の
大学で手書きでノートをとるときと同様で教員としてはとくに配慮すべきことはないと思
われます。拡大読書機、画面拡大ソフト、単眼鏡、ルーペなどを使う学生がいる場合は、
先にも述べたように、テキスト中の該当部分を探すのには若干の時間がかかることを考慮
してください。ここで述べた視覚障害補償機器やソフトについて、さらに詳しくは本章の
「4 .障害補償機器」を参照してください。
(岡本 明)
3)指導の実例:①教養教育系科目(全般)
本学の視覚障害系の教養教育系科目の指導法について実例をあげて説明します。まず教
養教育系の科目は、「セミナー・総合教養科目」、「主題別教養科目」、「外国語科目」、「日
本語科目」、「情報リテラシー科目」、「障害関係教養科目」、「健康スポーツ教育科目」に大
別されます。また授業形態別に主に講義を中心とした科目と体育・スポーツなどの実技中
心の科目にも分けられます。さらに、本学のように小さな大学では教員の専門分野も限ら
れるため、教養系科目の授業には非常勤講師による授業が多いのも特徴です。以下では主
に講義による座学形式の授業と体育実技の授業を中心に視覚を補償する授業について述べ
ていきます。
講義では、教員本人または事務補助者や点訳支援ボランティア・グループなどが点訳や
拡大教科書・触図などを準備します。教科書 1 冊点訳などの場合は準備に半年以上かかる
場合もあるので、できるだけ早い教科書の選定と授業計画書の作成がまず課題となりま
す。非常勤講師担当科目では、授業の実施法の打ち合わせも含め、教材準備は特に問題と
なり、世話人を決めての授業担当者との事前打ち合わせは必須です。
教養科目の講義系の科目では視覚障害のある学生への授業には、あまり特別なノウハウ
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はないといえます。当然ですが、保健科学部では基本的に一般大学の授業の質と同じ基準
で授業を行なうことを目指しています。これは学生の権利でもあります。授業中に手話や
字幕などによるリアルタイムの情報保障が必須の聴覚障害とは異なり、視覚障害ではオフ
ラインでかまわないから、質の高い点字や触図、拡大図書等が求められます。機械翻訳に
任せるのではなく、人間の手による校正が必要となります。いわばオフラインでの準備段
階が大切です。また、学生は授業時間外に教材や資料・メディアにアクセスできなければ
自学自習できません。テキスト形式やテキスト埋め込みPDF文書のような利便性の高い形
式で教科書やレジュメの元ファイルを用意し、これをサーバ経由や適当なメディアで学生
に提供し、学習者の側で自分の使用しやすい形式に変換するという情報保障の形態が現在
も行なわれていますし、将来的にはほとんどの学生がメディアの自主活用に進むと考えら
れます。現在は、過渡期で点字、複数種ポイントの紙媒体のハードコピー、CD、DVD、
フロッピィなど多様なメディアで教材が提供されています。放送大学の科目では希望する
学生にはビデオを貸し出しています。
授業時間中に教科書の該当場所を逐次指示したり、触図の読み方を手を添えて細かく指
示を出すという考え方もありますが、少人数教育制をとる技大の授業とはいえ、全ての授
業で学生全員にこのような支援を行なっていたのでは、シラバスに盛り込まれた内容を消
化しきれなくなります。初年次教育でメディアへのアクセス方法が指示され、サーバ等に
コンテンツの蓄積ができれば、あとは授業時間外に自学自習できるようになっていなけれ
ばハードなカリキュラムはこなせないのではないでしょうか。
非常勤講師による科目も含め保健科学部では情報保障の方法も基本的には授業内容と同
じく講師の裁量に任されています。ただし、新任の教員の時には本学における教育と情報
保障の方法について一通りの説明を世話人の教員がします。講義系の科目ではおよそ以下
のようなことを説明し、授業には立ち会いません。
①教材の点訳・触図・拡大の概要と情報保障の必要性
②授業・試験における拡大読書器・講義の録音・PC使用持ち込み等の許可
③講義における「指示語使用」、「図の説明方法」、「板書」の際の注意事項
④試験やレポートの形式及びその採点方法における注意
⑤メールやネットの活用
障害の程度も種類も多様であるので、学生とコミュニケーションを取りながらできるだ
け情報保障を心がけてくださいとお願いしています。保健科学部の基礎教育ではむしろ本
学の教員だけではカバーしきれない教養分野の最新の知見を伝えてもらえるように非常勤
の先生方にはお願いしています。教養科目も人文系・社会学系・自然科学系とあります
が、非常勤担当科目でも自然科学系科目等では必要な図や数式はボランティア・グループ
で触図化及び点訳を行なっています。
その他の基礎教育の特筆事項
最後に特筆すべき情報保障を行なっている科目として「英語」があります。英語では音声
出力、モニターでの拡大表示が中心となります。音声出力にはTTS(Text to Speech)技術を
活用します。画面読み上げなどにも用いられている合成音声を英文読みの補助として使用
しています。ネイティブの肉声ではなく合成音声を語学教育に利用するというのは発音と
いう面からは問題もありますが、視覚障害者の教育において主たる問題は視覚に障害があ
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ることに起因する英文に接する機会が極端に少ないという点が指摘できます。学生が画面
上の拡大文字を読むときに、いっしょに合成音声が同じ文を読みあげる音が耳から入るこ
とによって、読む事への負担も軽減され、結果、より多くの英語に接することができま
す。何よりも、合成音声であれば、パソコンさえあれば場所と時を選ばず、英語を読むこ
とができ、授業時間以外の自習を促進する効果も期待できます。実際、TTS活用を取り入
れることによって学生の英文読速度の上昇が示されました。英語の授業では画面拡大でも
独自の技術を使用しています。視覚特別支援学校の教員と共同開発したソフトで、こちら
はテキスト文形式で記録された英語を随意の倍率に拡大できます。色などもユーザが選択
できます。弱視の学生にとってはワードなどのフォント変換や拡大機能よりも使用しやす
いようです。その他、本学情報システム学科教員と共同開発した語彙力診断テストも授業
では活用しています。これは、主に入学時に学生の英語に関する学力レベルの診断に使用
され、結果は能力別授業のための判断基準として利用されます。いずれのソフトや機器も
授業時間以外にも学生は使用でき、自学自習の促進効果も出ているようです。
(加藤 宏・障害者高等教育研究支援センター教授)
3)指導の実例:保健科学部教養教育系科目・実技授業における指導
①学生の現状と授業のねらい
保健科学部に入学してくる学生は、年齢(学齢から中高年まで)や視覚障害の状況(発生
時期、視力や視野の状況)、教育歴(一般校あるいは盲学校)、体力レベルや健康状態(視覚
障害以外の内科的疾患など重複障害者も存在)など千差万別です。中でも一般校出身者は
本学入学以前の学校体育において、種目によっては見学ばかりで実技をやっておらず、運
動経験が乏しかったり体育に苦手意識や恐怖心などネガティブな印象をもっている学生が
少なくありません[1]。そこで、保健科学部の体育系実技授業では、
1)全員が実技に参加できるように視覚障害者スポーツを取り入れ、視覚障害があっても道
具やルールを工夫することにより、スポーツができて楽しめることを実体験させる。
2 )色々な種目を実施することにより、学生がマイスポーツを見つけ、できれば生涯ス
ポーツにつなげていく。
3 )授業を通して各自の健康づくりや体力向上の方法を身につけ、日常生活でも実践す
る。
主にこの 3 点をねらいとして、1 、2 年次に通年で様々な種目を取り入れています。複
数の教員で対応し基本的には集団で実施しますが、内科的な障害などで同じ種目が実施で
きない学生には個別対応をしています。ただし、授業のクラス編成は学科・専攻別なので
上記のような千差万別の学生が一緒にスポーツすることになり、活動レベルをどこに合わ
せるのかが指導上難しくなっています。
②視覚障害学生の実技指導のポイント
視覚に障害があると、行動範囲が制約され身体活動が不足しがちになります。そこで体
育授業では安全に、思い切り活動できるような配慮が必要になります。具体的には、環境
面や指導面において以下のポイントが重要になります。
1)学生の身体状況の把握:視覚障害の状況や運動制限を把握しておき、配慮が必要な学生
には適切な対応をします。
2)安全で見やすい環境作りや用具の使用と恐怖心への配慮:安心して恐怖感無く活動でき
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るように、不要な物品を片付けたり、弱視学生が見やすいようなフロア(不要なラインを
消すなど)や照明の明るさに配慮します。使用するボールなども色や大きさ、柔らかさな
ど学生が見やすく安全な物を選択します。
3)具体的で適切な説明や助言:身体の動かし方やゲームの進行状況などを、できるだけ詳
しく言葉で説明します。その際ただ説明するだけでなく、こちらの意図が正確に伝わって
いるかの確認も必要です[2]。特に、「こそあど言葉」はなるべく使わないようにします。
4)音や触覚の利用と不要な音の除去:視覚障害を補うには聴覚情報と触覚情報の利用が有
効であるため、位置の把握には手ばたきなどの音を利用したり、動きの理解には実際に教
員が学生の身体を触って動きの誘導をしたり、逆に教員の身体の動きに触れてもらうよう
にします。また、ゲーム中などボールの音をききながらプレーしている時には、応援など
不要な音を出さないようにします。
③授業の内容
授業では、体育館にあるトレーニングマシンの使い方とそれによる健康・体力づくり、
体力テストによる各自の体力レベルの理解をはじめ、各種の視覚障害者スポーツ(主に球
技種目)[3]や水泳、ラート、インラインスケートのような一般的な種目など、幅広い内容
を行なっています。
<参考文献>
[1] 香田泰子・天野和彦:視覚障害者の中学・高等学校における体育・スポーツ活動の
状況− 15 年間の動向−.日本体育学会第 56 回大会予稿集,2005, pp.388.
[2] 天野和彦:視覚障害児・者教育の実際−その内容と方法−.障害者教育の人間学(中
央法規),2001.
[3] 香田泰子:視覚障害者のアダプテッド・スポーツ.アダプテッド・スポーツの科学
(市村出版),2004, pp.152-155.
(香田泰子・障害者高等教育研究支援センター准教授、
天野和彦・障害者高等教育研究支援センター准教授)
3)指導の実例:鍼灸専攻
①盲教育に根ざした実例
盲教育は視覚障害者教育とは異なります。鍼灸按摩に関する盲教育は、歴史的には江戸
時代の杉山和一検校による教育までさかのぼると考えられますが、盲学校でも 100 年以上
の歴史があり昭和 37 年に「強度の弱視者」が盲学校の対象者に含まれるまでは、全盲を対
象にした教育だったといえます。この全盲を対象に発展してきた盲教育は、現在の盲学校
教育にも色濃く反映されており、どの様な学習の内容と展開であっても全盲の人が学習で
きることを条件に学習と指導が考えられていくという傾向があります。一方、視覚障害者
教育と言った場合は、定義が曖昧で最近ではロービジョンケアの最低視覚を 0(ゼロ)に設
定して、全盲を含めてロービジョンケアの基に実施される教育を指している場合もありま
す。本学では、盲教育の流れを継承しているとは言え、全ての学習が全盲を設定して計画
されているとは考えられない授業も存在します。特に杉山和一以来の歴史を有する本鍼灸
専攻は今後、先導的にこの分野の教育を整理し発展させていくことが求められていると考
えられます。
ここでは、現代でも実践的に行なわれている杉山検校の考案した管鍼法を、視覚障害者
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エイドとしてみた解説Aと、鍼灸専攻で作成した盲教育ポイント解説Bを紹介します。
A.管鍼法
ウィキペデアでは『杉山和一「 1610 年(慶長 15 年)- 1694 年 6 月 10 日(元禄 7 年 5 月 18
日)」は、伊勢国安濃津(現在の三重県津市出身の検校。鍼の施術法の一つである管鍼
(かんしん)法を創始するとともに、鍼・按摩技術の取得教育を主眼とした世界初の視覚
障害者教育施設とされる「杉山流鍼治導引稽古所」を開設した』と紹介されています。
それ以前の鍼が、鍼そのものを直接、手指で保持して患部に刺入していたのに対し、
管鍼法は、鍼そのものよりは数ミリ程の短い管に鍼を入れたものを患部に立てて、鍼で
はなく管を手指で保持して、その管の上部に出ている鍼の柄の頭をもう一方の示指で叩
打して最初の刺入を行う方法です。この管を視覚障害者エイドと考えた場合は次の利点
が考えられます。
1.刺入ポイント(治療点・経穴)の確認後に刺入できます。特に現代中国流の鍼を直接
保持しポイントへ狙いをつけて勢い良く差し入れる刺入方法は、視覚を活用するため
に全盲では難しい方法です。
2.特に視覚障害者が行う診察においては、触診が視覚に関係なく不利なく可能ですの
で、触診により決定した刺入ポイントへ管ごと鍼をポインティングできることは全盲
の施術者にとっては合理的な方法です。
3.鍼を手指で直接に保持しないことは、衛生管理上、有利です。特に消毒設備の不充
分な江戸時代の場合は有効であったと推察されます。
このような特長を持つ管鍼法は、本学の鍼灸実習はもちろん、視覚障害者のみなら
ず晴眼者にも一般的に利用される方法として定着しています。本学は、杉山和一の考
案した方法の本質を見極め、今後に継承と発展をさせていく使命があると考えられま
す。
B.盲教育ポイント解説
本学鍼灸専攻で初めて視覚障害学生を対象に授業を担当する非常勤講師の先生のため
に、盲教育の基本を分かりやすくポイント解説することを目的に作成した配布プリント
「学習保障について」を次に紹介します。このプリント作成は短期大学時代に鍼灸学科長の
依頼で行なわれました。一部、現行に即して追加しています(アンダーライン箇所)。
「学習保障について」
目が見えないこと、見えにくいことに関して、本学が教育で実践すべき最低限の内容
は、下記のとおりです。視覚障害補償は本学教育の要です。これらの実践は、目の前に目
の見えないあるいは見えにくい人がいれば、どの分野の人でも、当たり前に行う基本であ
り、特に盲教育の基本ではありますが特殊な技術や方策ではありません。
( 1)個々が使用するメディア(点字・墨 字・音声)に対応した教科書やテキスト及びコン
ピューターを用意します。拡大文字の場合は、個々の使用ポイントを調査して印刷物を用
意します。例えば、墨字だけに片寄った文書の配布や、音声の使えない学生用コンピュー
ターの設備はしません。学生使用文字については、大まかに①ポイント(14,18,24)②点字
③電子テキストデータについて調査した内容をまとめた一覧があります。
(2)口頭説明では、指示代名詞(あれ・これ・あっち・こっち等)を使いません。
例:項目Aと項目Bを無言で板書した後に、「ここから、あっちへ変化します」等と説明
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しては見えない学生には分かりません。項目Aと項目Bをそれぞれ「○○」
「△△」と
発語しながら板書し、「○○が△△に変化します」と説明します。
(3)視覚情報を、触察や聴覚等の感覚情報に換えて提示します。
例:図は触図にします。
例:板書やスライド及びビデオ教材は充分な言葉の説明を行ないます。
例:作業や実習の手順を学生の前で教員が行なって見せるデモンストレーションは、学
生の手をとり、または学生が台になり触察で伝えます。
(4)特に全盲の学生が学ぶ際、不利にならない教材教具の利用や授業の展開を行ないま
す。事前に職員自身がアイマスクをして学習体験を行ない必要なものの確認と用意を
して授業に臨みます。
(5)位置・周囲・移動等の情報を提示します。
例:目が見える職員は、学生がそばにいる場合は、自分がそばにいることを自分の方か
ら伝えます。
例:学生が教室内や屋外を移動する場合は、学生のいる位置や周囲及び行き先の情報等
を順に提示して確認できるようにします。
例:道具や模型を使う学習の場合は、学生がその全体像を視覚や触覚で把握してイメー
ジ化した後、指が触れている部分の位置や周囲及び移動(動き)の情報等を順に提示
し確認できるようにします。
(佐々木 健・保健科学部准教授)
3)指導の実例:理学療法と臨床実習
①理学療法学専攻の教育目標と臨床実習の目的
A.理学療法学専攻の教育目標
急速な高齢化、疾病や障害の多様化、高度化・専門化する医療のなかで、保健・医療・
福祉が一体となったシステムやサービスが求められています。このような社会環境に対応
できる視野と高度な専門性を備えると同時に、幅広い知識・教養、豊かな人間性を持った
理学療法士の養成を目標としています。
(1)医療人としての資質を身につける。
(2)医療人としての知識・技術・能力を身につける。
(3)視覚障害を乗り越えて、職業人としての適応能力を身につける。
(4)勉学・学生寄宿舎生活・クラブ活動・ボランティア活動等を通して、良き社会人と
しての資質を身につける。
B.臨床実習の全体目標
臨床実習は、それぞれの学年で学んだ知識・技術を統合・展開する機会であり、臨床の
場でなければ学ぶことのできない患者の状態、患者への対応、実践的な技術、チームアプ
ローチなどを学習する機会です。
C.カリキュラムにおける臨床実習の位置づけ
カリキュラムは、厚生労働省の指導要領に基づく基礎科目等と専門基礎科目、専門科目
からなりますが、臨床実習は専門科目の必修科目です。
また、学内で学んだ医学知識や理学療法の知識・技術を基に、臨床の場で実地修練する
ものでもあります。
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厚生労働省の指導要領では、臨床実習は 18 単位と規定されており、理学療法学専攻で
はこれを、2 学年で臨床実習I(1 単位:45 時間)、3 学年で臨床実習II(3 単位:135 時間)、4
学年で臨床実習III(8 単位:360 時間)、IV(8 単位:360 時間)に分け履修します。
D.臨床実習期間
(1)臨床実習Ⅰは、1 単位(45 時間)で、第 2 学年の第 1 学期夏期休業中、9 月の第 2 週目
に設定しています。
(2)臨床実習Ⅱは、3 単位(135 時間)で、第 3 学年の 2 学期終了後、3 月の第 1 週目から第
3 週目に設定しています。
(3)臨床実習Ⅲ及びIVは、それぞれ 8 単位(360 時間)で、第 4 学年の 6 月から 10 月にかけ
て、それぞれ 8 週間を設定します。
②臨床実習における目的
A.臨床実習I(第 2 学年)の目的
病院、施設内での理学療法士の役割と責任を包括的に把握し、下記到達目標の各項を達
成して、3 年次、4 年次の専門知識習得に向けて準備します。
B.臨床実習II(第 3 学年)の目的
本学で習得した理論と技術等の知識を踏まえて臨床場面で実際の症例にあたり、評価実
習を行なうことを目的としています。具体的には、情報の収集、検査測定、問題点・目標
設定・治療計画の作成等の実習をすることです。可能ならば、治療の基本技術についても
実習します。
C.臨床実習III及びIV(第 4 学年)の目的
臨床実習指導者の指導・監督のもとで、今まで学んだ専門科目の知識・技術・問題解決
方法を臨床の場で実地修練します。
このため学生は、理学療法の適応となる疾患について評価(疾患の理解、情報収集、検
査・測定、問題点の整理)、目標設定、治療計画立案、治療という行為ができ、理学療法
士として必要な記録、報告ができ、医療専門職として責任のある態度がとれる必要があり
ます。
<引用資料>
平成 19 年度実習連絡協議会資料
(石塚和重・保健科学部教授)
3)指導の実例:情報システム学科
情報システム学科の授業において、教員が留意すべきポイントの具体例としては、①教
材の電子化における注意点、②記号・専門用語の読み方の違いへの配慮、③情報保障機器
操作法の習得、の 3 点が挙げられます。以下順を追って説明します。
①教材の電子化における注意点
情報システム学科では、低学年時におけるコンピューターリテラシー教育と併せて、各
教員が作成した教材の電子化とその運用を進めています。プログラミング言語の実習授
業など、各教員が独自に多くの資料を作成する授業においては、テキストデータやHTML
データで作成したファイルをサーバに転送します。これらのデータは教室だけではなく寄
宿舎からも自由に読み出すことができるので、学生にとっても必要に応じて各自が点訳・
点字出力できるなど利便性が高いものとなっています。しかし、本学科用の電子化データ
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作成に際しては、以下の点に留意する必要があります。
・弱視学生用の墨字資料に図表を用いる場合には、当該図表を想起するに十分な説明文
を用意しなくてはなりません。
・音声で読み上げた場合の理解し易さを考え、文意が複数の意に受け取られる文章、必
要以上に長い文章、括弧を多用する文章は避けます。同音異義語にも注意します。
・テキストファイルを「メモ帳」などを用いて行単位で読み上げる学生がいる場合には、
句読点区切りや意味の区切りで改行し、結論部分が複数行にまたがることのないよう
にします。
・プログラムコードの始点と終点などは区切りを説明する文章を挿入します。
・全体が長いファイルの場合は、最初に概要や全体の構成、長さなどを記すことが好ま
しいです。例えばレポートやテスト問題を電子化する場合には、総問題数や問題の性
質などを冒頭に列挙します。
・情報処理用点字に点訳する場合には、学生が表記自体を理解しているかどうか確認し
ます。
・簡単な数式をテキスト形式で表現する場合には、よく学生とコミュニケーションを
とって相互の共通認識を深めます。例えば、べき乗をハットで表現したり、分数をス
ラッシュで表したりする時などは、事前の説明と授業中の理解度確認が必要です。教
員間で違う表記法を使うと学生が混乱するため、似たような表記が頻出する科目間で
は、教員同士の連携も必要となります。
電子化については概ね以上のような点が留意事項ですが、学生の要望によって、拡大版
の墨字資料や点字化した資料なども適宜用意する必要があるため、電子化・データ化だけ
でよしとせず、常に学生らとコミュニケーションをとることと、様々な形態の資料を作成
するスキルを身につける必要があります。
②記号・専門用語の読み方の違いへの配慮
記号や情報処理に関する専門用語は、教員の出身分野や年代によって呼び方が異なる場
合があります。これらについては、可能な限り教員間で統一するのが望ましいですが、そ
れが難しい場合には事前に学生に説明することが必要です。例えば「!」
「*」の読み方につい
ては、それぞれ「びっくりマーク、エクスクラメーションマーク」、「コメ、スター、アス
タリスク」などの可能性がありますが、教員間の読み方の違いに加えて、スクリーンリー
ダー間でも異なる場合があります。そのため、初出時には、半角や全角の違いも含めて
キーボードで打ち間違いのないよう指導することが必要です。「etc」などの読み方も同様
です。また、「/usr/local/bin」のようなディレクトリ表記や「cd /usr」のようなコマンドライ
ン命令などを授業中に説明する場合、スラッシュや半角スペースは発音せず、間をおくだ
けのこともあります。墨字・点字教材を併用しないと、学生が間違って理解する可能性が
あるので、記号と同様、教員の言葉の癖や意味するところなどを、きちんと説明すること
が必要です。
③情報保障機器操作法の習得
情報システム学科の授業では、プログラミングやソフトウェア実習以外の授業でも、
ノートテイクや資料の閲覧のためにコンピューターを利用することが多くあります。その
ため、拡大読書器などの情報補償環境に加え、スクリーンリーダーや画面拡大ソフトウェ
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アなども授業中に利用しています。教員は、それらソフトウェアやハードウェアの扱い方
について、最低限自分の授業で情報取得するためにはどのような操作が必要なのか、整理
していつでも支援できる体制を整えておく必要があります。扱い方を全て知っていなくて
も、どこにヘルプファイルやマニュアルがあるのか、どういった機能があるのかについ
て、基本的な知識とスキルがないと、学生が操作に行き詰った時に手を差し伸べられませ
ん。
最後に学科特有な注意点ではありませんが、授業中は音声情報を同時に多く与えすぎな
いように配慮する必要があります。例えばテキスト化された資料をスクリーンリーダーで
聞きながら授業を受ける場合、スクリーンリーダーの音声と教員の音声が同時に発せられ
ると、学生によっては理解が妨げられることもあるのです。座学で教科書を読む場合にも
同様です。そこで、点字が利用できる学生に対しては点字教科書や点字ディスプレイの利
用を促したり、学生が自分で読む時間を個別に与えたり、もしくは教員の声のみに集中さ
せるなど、音声情報を限定した方が良い場合があります。もちろん、これらは学生の能力
によるので、同時進行が可能な場合もあります。いずれにせよ、総じて学生の状況に困難
がないかどうか、常に目を配ることが重要です。
(小林 真・保健科学部准教授)
(4)生活支援
視覚障害者の「移動と歩行」や「日常生活技術」については、盲学校(特別支援学校)におい
ては「自立活動」として、地域社会においては「視覚障害リハビリテーション」としてサービ
ス提供が行なわれています。サービス提供者は、盲学校(特別支援学校)教員もしくは厚生
労働省講習認定資格である生活訓練指導員(通称、歩行訓練士・生活訓練士)です。本学に
おいても、本学教員(常勤)と、生活訓練指導員(非常勤)によってサービス提供が行なわれ
てきています。
個々の学生への本学における移動・歩行のアビリティ獲得プロセス、及び移動・歩行
(佐々木健担当)、
に関するディスアビリティの背景因子について特徴的な事例である 1)
(佐々木亜紀担当)、4)
(河野恵美担当)を、サービスを利用した学生の了解を得て
2)・3)
以下に記載します。また、視覚障害のある学生が共に学び、共に生活する本学学生のため
に作成したマナーブックを 5)に示します。
特に本学内における生活訓練指導員による生活支援活動は、教育環境の基盤の改善に資
するものが大きく、今後の継続と発展が期待されます。
1)全盲とみられていた学生の視覚活用について
ある夜間歩行訓練でのことです。A君は、障害物(路上駐車の軽自動車)をよけて歩く際
に、白杖を障害物に当てることなく障害物をよけて歩きました。
筆者「今、障害物よけたよね。」 A君「はい。」 筆者「障害物があることは、何でわ
かったの。」 A君「なんとなく。」 筆者「障害物だと分かる時は、どんな感じなのか
な。」 A君「自分でも不思議です。前に何かあることは分かります。それは音や反響だけ
じゃなくて、何かあるなって…。第 6 感かな。」 筆者「じゃあ。戻ってもう一回歩いてみ
ようか。前に何かあるなって感じたら、そこで止まってください。」
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A君は障害物に向かって歩き出し、障害物の前で止まりました。そこでA君は障害物を
指差すことができました。その先には車のフロントガラスが街灯に照らされて光っていま
す。「もしかしたらフロントガラスの光が見えて止まってのでは」と感じた筆者は、手に
持っていた懐中電灯の光をA君の目前数メートルから顔に向けました。A君「あっ、何かあ
ります。」 筆者「これ懐中電灯の光だよ。」 A君「えっ」
これ以外にもいろいろ試した結果、A君が視覚を活用しているのは確実だったのです。
A君は視神経萎縮による視力低下のために小学校 3 年の時に盲学校へ入学しました。眼
科医からは視力低下してもなお視覚活用するように指導されていたのですが、盲学校では
通称全盲クラスに在籍し、その学校の盲教育の指導方針として視覚以外の感覚活用訓練を
優先し、視覚活用は逆にしないように配慮されていたそうです。その後、視力低下は進行
しましたが眼科に通うこともなくなり、本人も周囲も全く見えないのであろうと思いこん
でいました。本学の教育でも同様に全く見えない学生とされていました。A君本人も認識
していなかったというのは、どういう事なのでしょうか。時に視覚は知覚されていました
が、それが視覚だとは言語的に理解していなかったと言うことなのでしょうか。その後の
歩行訓練には視覚活用を積極的、計画的に取り入れることにしました。
本学は、盲教育を引き継ぐ使命が課されている教育研究機関ですが、視覚遮断による代
行感覚訓練は確かな医学的、教育的な評価を経て計画されるべきだという基本的なことを
確認させられました。
2)環境因子改善による移動・歩行の保障
春日キャンパス校舎棟北側には、寄宿舎や食堂や自動販売機があります。ここは学生
にとって 24 時間重要な生活拠点であり、何よりも快適さが優先されるべきエリアなので
す。ところが、そこを通っている屋根付き通路(校舎棟と大学会館や寄宿舎共用棟や体育
館をつなぐ道)は、その屋根を支える鉄柱が数メートルおきに林立していて、何とこの鉄
柱は黒色であるために夜間は闇にとけ込み、見えない見えにくい学生にとっては歩行時に
衝突や怪我を意識する危険地帯になっていました。ある夜、遂に一人の学生が黒鉄柱に衝
突し頭部を強打する事故が発生しました。これをきっかけに、黒鉄柱に銀色レジャークッ
ションシート(青色ウレタンシートにアルミ蒸着したもの)を張る作業が急遽、数人の教員
と学生によって行なわれました。一部、羞明(まぶしい症状)のある学生にはギラギラして
逆に危険ではないかとの危惧も伝えられましたが、概ね学生には好評で、数年に渡りこの
応急処置は取り外されることはなく補修も行なわれて存続してきました。2008 年、保健
科学部障害学生支援委員会の働きかけが実り応急処置はその役割を終え、正式な黄色衝突
防止クッションとして生まれ変わりました。数年来の要望が実現し予算がついて改修され
たのです。このクッションによる改善は、春日キャンパスの環境因子改善に関して特筆に
値する例ではありません。ただの一例です。このような環境因子改善は多くの場所で行な
われ続けており、移動・歩行の保障は年々向上しています。しかしながら、この改善進行
中という事実は、視覚障害者の移動・歩行の観点から評すれば、筑波技術大学の建造物に
いかに多くの問題が内在しているかを物語っていることになり、より抜本的な環境因子対
策が必要であることを示し続けていると言えます。改善は一歩前進ですが、満足はできま
せん。今でも参加・活動の制限に泣いて学生がいるかもしれません。
32
3)ファミリアリゼーション
歩行訓練を担当してO君と出会ったのは、入学式から数ヶ月が過ぎた頃でした。O君か
らは「お会いできてうれしい」と歓迎されましたが、よくよく話を聞いてみると、入学前後
の一番大変な時期に筆者がいなかったという意味が込められていたことが分かりました。
O君は、オリエンテーションの学内案内だけでは一人でキャンパス内や建物内を移動でき
ませんでした。自力で数ヶ月かけて、キャンパスの構造や教室の位置等を少しずつ確認し
て行なったのだそうです。昼間にその確認歩行を行なっている様は、道に迷っていると周
囲の目を引くことに警戒して、あえて夜間に行なったそうです。O君だけではありません
でした。何人かの学生から「入学式が終わったら未開のジャングルに一人ぽつんとおかれ
た気分だった」とか、「盲学校よりも敷地や建物が広く大きくて理解しにくかった」等、い
わゆるファムが無かった状況が不利益をもたらしているという声を聞きました。
ファムという用語は正式にはファミリアリゼーション(Familiarization)のことです。
ファムについて、視覚障害者が初めて利用する部屋を例に説明すると、室内の移動や利
用を思ったとおり、考えたとおりに出来るようにすることと言えます。具体的には、①言
葉による部屋の構造(大きさ、形、柱、窓、ドア、机、椅子)を支援者(一般的には目の見
える人)から聞くことと、②移動の安全を確保しながら実際に移動・歩行しながら確認を
していくことと、③カーテンやエアコン等の設備や機器の操作をすること等を組み合わせ
て、その人に応じて未知の部屋を既知の部屋にするために行なう活動です。通常は視覚障
害者と支援者は、現場において 1 対 1 でこの活動を行ないます。実施に際しては、歩行者
が主体となり、支援者がそばにいて、歩行者は手引き(視覚障害者誘導)を利用することも
あれば、会話だけを利用することもあり、一人ひとりに応じて方法は異なります。見える
人同士が行なう単純な施設案内や道案内とは異なります。筆者が以前、働いていた関西盲
導犬協会では最初に訪れる視覚障害者には必ずファムを提供していました。初回ファムで
その人が活用した感覚や環境の活用情報を知ることは、その後の本人の学習や生活での活
用と共に、指導者側が提供する訓練や配慮の情報になることから、本人にも指導員にも欠
かせない活動です。ファムの実施によって「自分がいま立っている場所の特定」や、「移動
中の角・段差・障害物の確認」にしても、その人が利用している感覚、すなわち手や白杖
の感覚、足裏の感覚(点字ブロック等)、皮膚の温度覚(日当たりと陰の判別等)、聴覚、嗅
覚、視覚等のどの感覚を、どのように利用しているのかということが分かります。どの様
な道具を、どの様な場面で、どの様に使うのかも分かります。地図を利用するにしても、
見えていた経験の有無、拡大縮小概念の活用性、墨字の活用性、点字や触図の活用性等に
よって、ビジュアルマップや、立体コピーマップや、サウンドマップあるいは掌に指で書
く簡易な地図等と、その人に必要な情報を提供することができるようになります。ロービ
ジョンの評価においても、例えば、左右どちらの眼の、どの程度の視野欠損に対して、ど
の様な明るさの場所で、どの様に眼を利用して、どの程度のものを、どの様に認知してい
るのかを知ることができます。場合によっては、視覚障害のある人自身が、漠然と行なっ
ていた自分の認知の手段や経過を明確化することもあります。
このO君からの声がきっかけになり、次年度から入学生ファミリアリゼーションという
本学の行事が行なわれるようになりました。現在の保健科学部障害学生支援委員会が企画
する行事です。
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今後、筑波技術大学の全ての学生や職員にとってファムが認識され、入学時以外でも学
生や訪問者が当たり前にそのサービスを活用できることと、教員が教育活動でより発展的
に活用されることを期待しています。
4)視力低下後、全くひとりで外出することがなかったQさんの訓練
Qさんは網膜色素変性症による視機能低下のために退職、地元の盲学校を経て筑波技術
大学に入学された方で、歩行訓練に対する希望は「コンビニに買い物へ行きたい」というも
のでした。昼間は白杖を使わずに学内を移動可能だということでしたが、少し暗くなると
よく迷う、ひとりでの外出はもう何年も全くしていないし、怖くてできないということで
した。また「何を目印に歩いていますか?」という質問に「なんとなく」と答え、具体的に何
に困っているのかを言葉で表現できないようでした。そこで、自分の見え方や移動に関し
て言葉にできることは今後生活していく上で大切なことであると考え、訓練士の方から見
え方や移動に関して積極的に質問をしていくことにしました。また、訓練前のQOL評価[1]
や実際に学内での移動を観察した結果、ご本人の希望であるコンビニへ行くという学外で
の歩行訓練をいきなり始めるのではなく、まず学内で白杖の使い方に慣れること、路面か
らの触覚的な手がかりを知ることなどの段階が必要と判断し、ゆっくりと進めることにし
ました。結果として約 6 ヶ月間、計 21 回の訓練を行ないました。
実際の訓練では、階段昇降、寄宿舎から図書館まで、コンビニまで、と歩く距離を伸ば
しながら、大学周辺を歩くなど環境を知ることにも重点を置きました。また、同じ場所を
昼間、夕方、晴れの日、曇、雨上がりなど異なる条件で歩いてみて見え方や活用できる手
がかりの違いを確認し、話し合うことを大切にしました。
訓練開始前、学外訓練開始前、訓練終了後の 3 回、訓練の節目に行なったQOL評価[1]の
結果を以下に示します。3 回のQOL評価について移動に関する基本的な項目及びQさんが
希望した目標に関わるものについて抽出しました。なお、QOL評価表は、
「2 支障なくで
「0 する必要がない」
「− 1 き、満足している」
「1 やや難しいが、解決でき満足している」
なんとか解決できるが、満足していない」
「− 2 非常に難しく、できない。または解決方
法もわからない」の 5 段階評価となっていて聞き取りにて行ないました。
QOL評価得点の推移(表)をみると、訓練開始前と比べて徐々に評価得点が上昇している
ことがわかります。特に、「よく知っている場所での移動」
「夜間の移動(既知の環境)」
「段
差の検出」
「人や障害物への衝突」
「つまづき」
「道に迷う」
「方向を見失う」
「軌道修正」
「道を尋
ねる」
「買い物」といった項目の得点が上昇しており、これは歩行訓練の中で白杖を適切に
用いた触覚的な手がかりが使用可能になったこと、訓練の中で少しずつ行動範囲を広げな
がらさまざまな課題を行なう中で、移動に必要なスキルを習得したことを示しているとい
えるでしょう。「信号の判別」
「羞明」の項目についてあまり変化がないのは、視機能に関係
しているためだと思われます。また、「混雑した場所での移動」
「交通機関などの利用」につ
いては今回の訓練では行なっていないため得点の変化が見られませんでした。「はじめて
の場所での移動」についていずれも「− 2」と低い得点で変化がないのは、訓練によって行
動範囲が広がってもなおかつ初めての場所は存在しているからだと考えられます。
34
表 移動に関するQOL評価の推移
訓練開始前
自宅などよく知っている場所での移動
−1
はじめての場所での移動
−2
混雑した場所での移動
−2
夜間の移動
−2
信号の判別
−2
段差の検出
−2
羞明
1
交通機関などの利用
−2
人や障害物への衝突
夜− 1 /昼 2
つまづき
−1
道に迷う
−1
方向を見失う
−1
軌道修正
−1
道を尋ねる
0
買い物
−2
屋外訓練開始前
既知‥
既知‥
既知‥
既知‥
屋外訓練終了後
2
2
−2
−2
−2
−2
1 ,未知‥− 1 既知‥ 1 ,未知‥− 1
−2
−2
−1
1
2
1
−2
−2
1
1
1
1
2 ,未知‥− 1 既知‥ 2 ,未知‥− 1
1 ,未知‥− 1 既知‥ 2 ,未知‥− 1
1 ,未知‥− 1 既知‥ 2 ,未知‥− 1
−2
1
−2
1
2 回目のQOL評価の聞き取りの際に、Qさんから「(今の生活で)困っていることは特にな
いが、気軽に出かけられはしない」という話が出ました。視機能の低下でおのずと行動範
囲が狭まっていき、ひとりでの外出をやめたことで「できない」
「怖い」と感じるようになっ
てしまうことを改めて感じさせられた言葉でした。
コンビニへのルート歩行を行なっていた訓練後期になると、Qさんは視覚・聴覚的手がか
り、白杖や路面からの触覚的手がかりを使いながらスムーズに移動できるようになり、訓
練開始時と比較して自分から発言し、的確に状況を説明できるようになりました。そのこ
ろ、Qさんから喫茶店に行ってみたいという希望があり、喫茶店へのルート歩行を行なうこ
とにしました。その結果、初めて歩く場所でも信号機のない車道の横断や安全確認も確実
に身に付いていることが確認でき、訓練終了となりました。Qさんのように社会人経験豊富
でありながら、視覚障害により移動に制限をもち入学される方にとって、筑波技術大学で
専門知識以外に何が得られるのか、それが大学の魅力になるのではないでしょうか。
<参考文献>
[1]西脇友紀・田中恵津子・小田浩一・岡田アナベルあやめ・樋田哲夫・藤原隆明
(2001).ロービジョンケアに適したQOL評価表の試作.臨床眼科,55(6),1295-1300 .
5)障害のある学生が共に学び共に生活する∼共生について∼
①理念
本学に学ぶ学生は、一人ひとり、年齢、出身地、価値観、人間関係の歴史等、それぞれ
がそれぞれに個性や特徴を有しています。
コミュニケーションの状況も一人ひとり異なります。その状況に応じて用いる方法は
様々です。字を読む方法も、点字・墨字(目で見る文字)・拡大墨字・録音音声・合成音声
等、様々です。会話の方法も、音声・筆記・パソコン入力・指点字・手話あるいは英語
等、様々です。
歩行の方法も、白杖や懐中電灯等の道具を使う方法や、人による手引きを利用する方法
及び視覚を利用する方法等、様々です。
視覚利用の状況も、全盲、弱視、晴眼等、様々です。目の病気の発症時期や症状も様々
です。
35
このように、人は皆、異なりますが、生活・学習の権利や、人としての尊厳は皆、同じ
です。異なるのは、用いる道具や方法です。また、用いる方法にも上下の差はありませ
ん。例えば、点字や手話は墨字や音声言語の代用ではありませんし、手引き歩行が白杖歩
行に劣る方法でもありません。また、視力の如何に問わず何でも一人でできることが自立
ではなく、それが生活や学習の条件でもありません。真の自立とは自分で選び自分で決め
ていくことです。
学校や寄宿舎は、集団や共同生活が基本ですが、利用者・学習者一人ひとりは自分で選
び決めた生活や学習の方法を利用して自分の課題に挑戦しています。それぞれがそれぞれ
を認め尊重することが「共に生きる」ことの基盤です。
②マナー
目が見えない者・見えにくい者・見える者あるいは他の困難がある者が、共に学び生活
するために守らなければならない最低限のマナーを挙げます。
(ⅰ)共用部分や道路及び廊下に物を置いたり、移動したりする時は、周囲の者にも伝え
ます。勝手に放置や移動することは危険です。
・道路に違法な駐車や駐輪がある場合は、学生係へ申し出てください。
(ⅱ)物を使った時には、次に使う者が困らない様に原状復帰しておきます。
・寄宿舎や教室の共用品は所定の場所に戻します。
・ドアは必ず閉めます。開け放す必要がある場合は、周囲の者にも伝えます。
・椅子は使用後、机の奥に戻します。
(ⅲ)廊下や通路を走って移動しません。
(ⅳ)学内で出会った者同士、気軽に声を掛け合います。
・自分より目の見えない人が自分の存在に気がつかない時は、自分から名前を名の
り声を掛けましょう。目の見えない人の目を盗んで行なうような行動はその人に
対して失礼です。
(ⅴ)障害をサポートする側に立った場合は、その利用者に「お手伝いしましょうか」
「ど
のようにしますか」
「これでよかったですか」等と聞いて行います。援助者側が勝手
に選択や決定を行ないません。
(ⅵ)サポートの提供者も利用者もプライバシーを守ります。
(ⅶ)サポートの提供者も利用者もどちらが上でも下でもなく同じ高さで接します。
・提供者側が利用者に対して謝礼を強要することや、利用者側が「サポートさせて
やる」等と見下す事がないようにします。
・「してあげる」
「してもらう」等という言葉づかいもしないようにします。
・サポート行為を「特別にすごい事だ」等と捉えずに、自然に「ありがとう」
「どうい
たしまして」と言える日常的なマナーの範囲で捉えましょう。
☆ 共同生活のために最低限のマナーを考え、一人ひとりが気持ちよく大学生活を送る事
を願います。
(佐々木 健・保健科学部障害学生支援委員会、
佐々木亜紀・筑波技術大学非常勤講師・非常勤職員、
河野恵美・筑波技術大学非常勤職員)
36
(5)就職指導
保健科学部には、情報システム学科、鍼灸学専攻、理学療法学専攻があります。情報シ
ステム学科は、鍼灸や理学療法と異なり、卒業しても特別な資格が得られるわけではあり
ません。さらに、保護者からの職業自立に対する期待も非常に高いものがあります。従っ
て、情報システム学科にとって、就職は教育の成果を問われる重要な課題となります。
一方、鍼灸学専攻、理学療法学専攻は、国家資格の取得が重要な課題となります。就職
ができても、国家資格の取得に失敗すれば就職が取り消されることもあります。従って、
ここでは、主として情報システム学科の就職について説明します。鍼灸学専攻、理学療法
学専攻については、特記事項を中心に述べたいと思います。
1)情報システム学科
①視覚障害者の一般企業への就職の状況
障害者雇用促進法による障害者雇用率制度( 1 .8%)等により、視覚障害者の雇用も大
都市部における大企業を中心に進展しています。地方や中小企業においては、未達企業が
多いですが、本学科の 1 学年 10 名という人数を満たすには十分です。さらに、社会環境
の変化とともに情報機器の急速な発展は、視覚障害者の障害補償、及び、ビジネスのツー
ルとして、視覚障害者の一般企業への就業を容易にしています。
これらのことから、視覚障害者の一般企業への就業は急速に進展し、一般化しつつあり
ます。しかしながら、視覚障害者の一般企業への就業は今だ 20 年程度と歴史が浅く今後
の展開が定まっていないこと、及び、就職が大都市部における大企業に限られなど課題も
多くあります。
障害者の就職の難易度は、一般的に肢体不自由者⇒聴覚障害者⇒視覚障害者の順です。
視覚障害者の就職は、障害者の中でも容易な方ではありません。肢体不自由者や聴覚障害
者は、比較的人事担当者にも障害が分かりやすいものです。一方、視覚障害者について
は、障害状況と仕事の仕方が結び付けにくく、就職の大きな妨げとなっています。
②情報システム学科における就職指導
情報システム学科の就職指導の年間予定を下記に示します。
■進路アンケート(3 年生の 10 月)
■個別進路面談(10 月)
■就職説明会(10 月)
■アドバイザーによる個別指導及び就職担当者のアドバイス(10 月∼)
個別指導内容は、進路相談、履歴書の添削、自己PRの添削、面接対策、企業選定
等です。アドバイザーは学生 1 人に 1 名付き、進路指導及び卒業研究の指導を担当し
ます。就職担当者は、個別学生を直接支援するのではなく、情報提供等によりアドバ
イザーの指導活動を支援します。
■SPI模擬試験(11 月と 2 月)
本学科独自に問題を提供し、試験実施後には解答の解説も行なっています。
■企業招致による個別企業面接会(1 月∼ 3 月)
情報システム学科では、企業の人事の方を 10 回から 15 回に分けて招致し、情報シ
ステム学科用の個別企業面接会を開催しています。学生は事前に履歴書等を企業に提
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出しておきます。面接会では企業の説明を受けた後に、学生一人ひとりがパソコンを
使用してどのように入力、読み取りをするか、さらに、紙媒体はどのように読み書き
するかを実演します。企業の人事の方より、「視覚障害者が、何ができて何ができな
いかが明確となった」と好評です。最近はこの会で就職が決まる学生が増えておりま
す。
■外部講師による模擬面接会(11 月と 2 月)
東証 1 部上場企業やその子会社の元人事部長や現役人事課長等を招致して、年 2
回ほど模擬面接会を開催しています。事前に自己PR文等を講師に提出します。そし
て、模擬面接会では、参加者全員の前で一人 20 分程度の時間をかけ、実際の採用面
談と同様に行ないます。学生は他人の面接を観察することにより気がつくことが多い
ようです。面談後には改善すべ点等厳しい講評を受け、面接力向上に効果があると思
われます。
なお、模擬面接会は情報システム学科と鍼灸学専攻が共同で行なっています。
■アドバイザーによる個別活動への指導及び就職担当者による情報提供(∼就職内定
まで)
③情報処理学科(短大)の進路
情報システム学科の卒業生はまだ出ておりませんので、直近 5 年間の短大情報処理学科
の卒業生の就職先について述べます。卒業生は 47 名でうち就職者は 34 名です。就職者の
内訳は、上場企業 15 名、上場企業子会社 8 名、大企業等 6 名、学校・福祉系・経営等 5 名
です。就職者以外は、4 年制大学 2 名、音楽専門学校 1 名、鍼灸関連の学校 6 名、その他 4
名です。このように、就職者では、2 人に 1 人が上場企業に、子会社を含めれば 3 人に 2 人
が就職するなど、就職は上場企業等に集中しています。
④情報システム学科の就職の課題
企業においては、点字使用者への職務が確立されていません。従って、点字使用者が就
職できる企業は、弱視者に比べて非常に限定されます。そのため、点字使用者には、弱視
者より格段の努力が必要とされます。また、教員には、企業に対し点字使用者の職務の企
画・提案が求められますが、極めて困難な課題です。
2)鍼灸学専攻-鍼灸学専攻卒業生の進路傾向と若干の考察 鍼灸学専攻における、平成 16 年度から 19 年度までの 4 年間の進路状況を概観します
と、卒業生総数 59 名の進路先内訳は、就職者が 35 名(59.3%)、進学者が 6 名(10.2%)、研
修生・研究生が 12 名(20.3%)、その他(就職準備、専業主婦)が 6 名(10.2%)で、就職した
者の割合が最も高くなっています。就職者の職種別内訳をみますと、鍼灸マッサージ関連
の治療院が 15 名(42.9%)を占めた一方、従来、基幹職域であった病院・医院への就職者は
直近の 2 年間は該当者がなく、この 4 年間で 5 名(14.3%)にとどまっています。その反面、
企業内従業員の健康管理職として嘱望されつつあるヘルスキーパーは 10 名(28.6%)と好調
で、とくに平成 19 年度は 5 名が就職しました。昨年度までの企業景気とあいまって、労
働疲労に対するマッサージ療法に対する企業側の評価の高まりを示唆しています。
就職者以外では、全体の 2 割(12 名)の学生が本学の東西医学統合医療センターを中心
に研修生・研究生の道に進んでいますが、これは、臨床技術に関するリカレント教育に
対するニーズの高さを示すものです。一方、上級学校に進学した学生は 6 名(10.2%)で、
38
そのうちの 4 名が筑波大学理療科教員養成施設(盲学校(特別支援学校)等の理療科教員養
成コース)に進んでおり、教育公務員を目指す学生にとっての貴重な進路先となっていま
す。
3)理学療法専攻
①理学療法学科における就職・就業の状況と考察
本学理学療法学科を平成 5 年度から平成 17 年度までに卒業したすべての卒業生に対
し、就職状況調査を行ないました。医療施設勤務者が 66 .7%、老人保健施設 18 .5%、
その他でした。 2005 年理学療法白書によると今回の対象者の平均年齢に属する 30 ∼ 39
歳の職場は医療施設 73 .66%であり、本学卒業生は全国平均と比較するとやや少ないで
す。職場での地位は役職が 16%いました。理学療法白書によると経験年数 6 ∼ 10 年の理
学療法士の 24.9%が役職でしたが、本調査の平均経験年数は 6 .1 年であり、やや少ない
といえるかもしれません。転職件数の 40%が 2 年以内の転職であり、転職の理由は職場環
境、労働条件と個人的理由が多くなっています。仕事上での悩みは視覚に関連する事項が
多く、その中で障害補償や周囲の理解よりも、視覚に関する将来的な不安と情報収集・資
料作成などに苦労している姿が浮かび出されました。視覚の問題に対する仕事上の工夫・
対処として、28.6%が何もしておらず、71 .4%が何らかの工夫をしていました。彼らは
補助具の使用を中心として(49.0%)、同僚の援助を受けながら(30.6%)、人一倍努力して
いる(26.5%)というパターンが多いと考えられます。視覚に関する入学資格条件がほぼ同
じである筑波大学附属視覚特別支援学校の卒業生の場合、カルテ記入に何の苦労もない者
が 2/3 を占めていましたが、本調査では本校の卒業生の弱視の程度は重度化していると考
えられ、在学中及び卒業後の視覚補償について今後ますます対応が必要であると推測され
ます。
②理学療法学科における就職活動
短大時代での状況を述べます。職場探しは 3 年生になってから 1 期目と 2 期目の総合実
習の間の夏休みあたりから学生が個人で探し始め、教員が相談を受ければ、それに対応し
ます。実習中に就職希望施設の面接があれば実習に優先されます。2 回目の総合実習が終
わるのが 10 月になり、本格的にはそれから就職活動が始まります。短期間の間に国家試
験の勉強と平行しているので、学生は大変忙しい時期を過ごすことになります。最終的に
就職が決定するのが 2 月ころになることもあります。ただ国家試験が受からなければほと
んど就職が取り消されるため、就職のためには国家試験対策が重要になります。
③理学療法学専攻における就職の課題と指導
今ままでは上記のような方法で 100%就職が決まっていたのですが、ここ 2 ∼ 3 年前ら
就職状況が厳しくなりつつあります。加えて 1 ∼ 2 年前から国家試験が難度を増し今後も
その傾向が強まると予想されます。従って 4 年制大学になった現在、3 年次から就職活動
をするように指導しています。また国家試験対策を様々な方法で行なっています。
(隈 正雄・保健科学部教授)
39
3.聴覚障害学生の教育方法
(1)聴覚障害とは
1)伝音難聴と感音難聴
耳垢がつまって外耳道をふさいでしまったり、鼓膜に故障があったり、中耳に水が溜
まったりすると、音の物理的エネルギーが途中で妨害を受けて伝わりにくくなってしまい
ます。これが「伝音難聴」です。伝音難聴のほとんどは医学的に治療が可能です。耳のもっ
と奥にある内耳や聴神経などの障害で聞えなくなる難聴は、「感音難聴」と呼ばれ、医学的
に治療が可能な「伝音難聴」とは区別されています。感音難聴は一般に、医学的な治療に
よって聴力を回復させることは困難で、治せない難聴といわれます。
図 音の伝達と難聴の関係
2)難聴の聞こえ
難聴の耳では音や音声はどのように聞こえているのでしょう。最近は高齢者や身体障害
者のからだの不自由さを理解してもらうための様々な道具や装置が用意され、比較的容易
に運動機能の障害を擬似体験する機会がもてるようになりました。しかし一方、難聴は他
の人からは直接見えないので気づかれにくく、また聞こえの障害を適切に解説すること
の難しさがあり、聴覚障害についての理解は他の障害に比べ非常に遅れています。”音の
損失”といわれる「伝音難聴」は、耳栓をするなどの方法で比較的簡単に体験できます。し
かし、”聴覚の損失”といわれる「感音難聴」の聞こえ方を、聴力が正常な者が体験しようと
してもほとんど不可能なことです。自分の指で両耳をきっちりと塞ぐと、大きめの音は相
当に聞こえますが、小さめの音や離れた所からの音声は聞きにくくなります。これが中
等度(聴力レベル 40 デシベル程度)の伝音難聴の聞こえの擬似体験です。一方、感音難聴
の耳が聞いている音はどんなものなのか、本当のところ健康な耳の持ち主には知り得ませ
ん。感音難聴の人が説明してくれる表現では、例えばプールの底から水際に立った人の話
し声を聞く感じだとか、破れたスピーカーの歪んだ音を聞く感じだとかいうことが多いよ
40
うです。こうした比喩から想像すると、感音難聴の聞こえは単に音が小さくなるだけでは
なく、想像できないほどに元の音は歪んでしまい、音としては聞こえているのに何を言っ
ているのか弁別しにくいという特徴があるようです。難聴者の聞こえの特徴は、難聴の程
度、聴力型、感音難聴と伝音難聴などの条件によって実際は様々です。
3)補聴器と聴能
最新の高性能補聴器を適切にフィッティングすることにより、失った聴力のおよそ半分
の聞こえを補償することが可能となりました。また、従来は補聴器の恩恵にあずからな
かった最重度な聴覚障害に対しても、人工内耳を適用することにより中等度の難聴に補聴
器を装用したのと同程度の補聴効果が得られるようになりました。しかし、補聴器や人工
内耳によって耳が治ったということではないのです。音の有る無しに答える聴力検査の結
果が良くなったことと、音や音声を聞いて意味を理解する「聴能」とは同じではないという
ことです。同じようなオージオグラム(聴力図)をもつ二人に同じ補聴器を装用させ、補聴
効果の値をそろえてフィッティングしたとしても、言葉の聞き取り能力は同じにはならな
いのです。補聴器や人工内耳により見かけ上の「聴力」は相当に良くなりますが、「聴能」は
さらに開発されなければ「聞いて分かる」ようにはならないということです。言葉は「耳で
聞く」のではなく「脳で聴く」と言われる所以です。
4)子どもの難聴と大人の難聴
心身ともに発達途上の子どもに聴覚障害が起こると、それが早い段階であればあるほ
ど、言葉を話す能力や、理解力、表現力の発達が遅れるなどの学習、及び性格形成にもか
かわる精神的な影響が深刻なものとなります。重い難聴に比べて、軽度から中等度の子ど
もの難聴の発見は遅れることがあります。聞こえているように見えるし、言葉もとりあえ
ず発達しているように見えるからです。しかし、音としては聞こえていても、意味を理解
しにくい状態に置かれ、場合によっては音声の一部が聞こえないまま成長し、後になって
言語発達の問題に気がつくこともあります。子どもの難聴が「言語を獲得することの障害」
をもたらすのに対して、すでに言語を獲得している大人の難聴は「情報を獲得することの
障害」であるといわれます。大人の難聴であれ子どもの難聴であれ、周囲からの音声情報
が入りにくくなることが問題です。難聴は人とのコミュニケーションに障害をもたらしま
す。相手の言っていることがわからない。みんなが知っていることを、自分だけ知らされ
なかった。そこで、もう一度言ってもらう。何が起こったのか尋ねてみるが、聞き取りに
くいのでまた繰り返してもらう。そして、なんとか理解したつもりでいたら、聞きまちが
えていたらしく、とんちんかんな応対をしてしまった。このようなやりとりが続くうち
に、相手もうんざりしてしまうでしょう。難聴者にとってやりきれないのは、聞こえない
ことそのものより、話が通じないと、相手にやっかいな人間だと思われ、コミュニケー
ションが閉ざされてしまうことなのです。
(大沼直紀・学長)
(2)本学学生のコミュニケーションの状況
本学新入生に対しては毎年度、入学時にコミュニケーションに関する調査票の提出を求
めています。調査結果は新学期授業開始早々に「新入生対象コミュニケーション調査-個人
41
票-」としてまとめられ、学科長、基礎教育聴覚系主任、支援研究部能力開発部門長を通し
てクラス担任、授業担当者、コミュニケーション指導担当者等の閲覧に供しています。
表 1 は平成 18 ∼ 20 年度新入生を対象とした調査のうち、質問「あなたはどのような方法
で周囲の人々とコミュニケーションをしていますか。あてはまるもの全てに○をつけてく
ださい。」に対する回答の集計結果を示しています。この表から本学学生の入学時におけ
るコミュニケーション方法の選択、併用の状況が分かります。
表 2 は本学入学後の状況を表しています。四大生については未だ十分な調査が行なわれ
ていないためここでは短大生対象調査の結果を示しました(最終学年に調査を実施した 9
期生及び 12 期生)。対象集団が異なるため直接比較することはできませんが、両集団間の
入学時調査の結果(手話、聴覚口話、筆談の使用状況)に大きな違いはないことから、この
2 つの表の比較により本学入学後の学生のコミュニケーション特性の変化を推測すること
ができます。
(石原保志・障害者高等教育研究支援センター教授)
表 1 入学時調査(四大 1 期生∼ 3 期生 n= 149)
表 2 3年次調査(短大 9 期生及び 12 期生 n= 68)
(3)障害に関するコミュニケーションの状況
1)聴覚補償
現在、聴覚を補償する方法として補聴器と人工内耳があります。補聴器は内蔵されてい
るマイクロホンから入った音を増幅し、その音を装用者の耳に送ります。一方、人工内耳
は体外に装着されているスピーチプロセッサにて音声を電気信号に変換し、その信号を蝸
42
牛内に装着された電極を通じて送るものです。
以前は聴覚補償というと補聴器等で音声を増幅し、音声言語によるコミュニケーション
のためのものということが言われていました。そこで、本学における学生のコミュニケー
ションの様子をみてみると一部では補聴器・人工内耳を利用して音声言語でコミュニケー
ションをしている学生はいますが、多くは手話でコミュニケーションを行なっています。
しかし、そのような状況下であっても補聴器・人工内耳の必要性を感じている学生がみ
られ、このことは毎年入学時に行なっているコミュニケーション調査の中にも現われて
います(補聴器の活用について:「相手と向かい合った会話で役に立つ」53%、「ことばは
聴き取れないが話しの流れや音声の有無を知るのに役に立つ」29%、「集団での話し合い」
10%、「電話をかけるのに役に立つ」6%、「音がきこえないので活用しない」2%)。この調
査の結果より「話の流れや音声の有無を知るのに役に立つ」と答えた学生が 3 割近くいるこ
とがわかり、聴覚を補償することの必要性について以下のことが考えられます。
例えば、音をきいて音に対するイメージを膨らませる(音に対する情緒)、音楽をきいて
楽しむ、環境音などをきいて行動を起こす(危険を回避する・呼び出しに応ずる)など日常
生活においては聴覚の活用が考えられる様々な場面があります。それによって、音による
空間のひろがりがわかる、音の聴取によってかかわる不安、緊張、安心を感じる、そして
音の聴取によって自分と環境との関わりがわかるというような結果に至ります。さらに
は、補聴器・人工内耳の装用によって、聴覚を通して音声言語を理解するというだけでな
く、その音がどんなものであり、どんな意味を持つのかを推測し行動を起こすということ
も考えられます。
本学の学生の多くは感音難聴(内耳より奥の聴覚器官(蝸牛など)に障害がある)であり、
補聴器・人工内耳で聴覚を補償しても音声言語を明確に聴きとれるとは限りません。手話
またはパソコン要約筆記などで視覚情報を併用しながら、補聴器などによる聴覚補償でい
つ音声が発せられたのかというタイミングを掴む場合があります。生活面では聞きやすい
または好きな音楽を楽しむこともあります。しかし、補聴器・人工内耳のみではコミュニ
ケーションは難しいことを理解する必要があります。
本学で開講されている「聴覚障害補償演習」の 1 領域に「聴覚補償」があり、学生たちは、自
己の聴覚障害の生理学的な状況、聴力検査を行なうことの意味、補聴器・人工内耳の役割に
ついての講義を通じて、何故聴覚を補償し活用するのかということについて学習します。
(佐藤正幸・障害者高等教育研究支援センター教授)
2)発音指導
①青年期における発音指導
コミュニケーションスキル向上
における発音指導のゴールを「自己
の音声を活用するスキルを高める
こと」と捉えた場合、幼児期に行な
われる構音指導で発音指導が完了
するわけではありません。例えば
本学学生の中で、初対面の人物に
対しても 1 回で通じる発音明瞭度を有する者は少数ですが、聴覚障害者一般あるいは学生
43
個人との親密度の高い人物にとっては、たとえ不明瞭な発音であっても音声は重要な手が
かりになるはずです。しかし幼児期、児童期における発音指導は概して構音要領の構築に
終始し、肝心の使い方が十分に教えられていないというのが実情です。それ故、社会自立
を目前にした青年期の指導では、構音など発音そのもののスキルを向上させることと併せ
て、自身の発音が通じやすい条件を個々の学習者に理解させ、通じにくい状況(あるいは
音声以外の手段を使用した方が良い状況)を予測して他の手段を選択、併用するなど、実
際のコミュニケーション場面に即した発音の使用法が重要なテーマとなります。
②学習者の特徴
発話音声の実用性については学習者の間でかなりの個人差がありますが、何れの学習者
にも理解させなければならないことは、コミュニケーションにおける意思表出手段の“1
つ”として発音の技能を高めるという考え方です。このことは状況に応じて手段を使い分
け、その中で発音を有効に活用すると言うことを意味しています。一方、発音指導を希望
する聴覚障害者の中には、次のような考えを有する者がいます。
(a)コミュニケーションをできるだけ聴覚口話のみで行なおうという意志を持ち、筆談
等の手段を併用することに抵抗感がある。
(b)自己の発音にひじょうな劣等感を持っており、一方で発音ができないと社会では
やっていけないと思っている。
(c)訓練をすれば、健聴者と同様の発音明瞭度が得られると思っている。
(d)”発音技能=単音節レベルの構音”という認識を持っており、ひたすら単音節の明瞭
度向上を望んでいる。
(a)は比較的高い発音明瞭度を有する者に多く見られる傾向ですが、発音が明瞭な故に
相手が障害に対する配慮を怠りがちで、受容面に支障をきたしやすいという心配がありま
す。また聴こえる者のように振る舞いたいという願望を持つ場合が多く、相手の発言が良
く理解できないまま確認の手段をとらないために、仕事などでトラブルを起こす可能性が
あります。(b)に対しては、業務に関する打ち合わせなどでは筆談が中心であること、不
明瞭な音声でも相手の耳を慣れさせれば実用性は高まることを指導を通して理解させま
す。(c)のような者に対しては指導を開始する前に、予想される学習到達度を明確に説明
しておく必要があります。(d)の学習者には、指導の中では矯正された構音要領が音声連
鎖の中でどの程度活かされているのかを、対話指導などの中で認識させていきます。
③指導の手順、内容、方法
(1)指導前の発音の評価:できるだけ定量的、定性的な検査による客観的な評価データ
を示し学習者自身に発音技能の現状を正確に把握させ、学習者に具体的目標を立てさ
せます。
(2)目標の設定:学習者の状況(発音の状況、指導可能な期間と回数など)を考慮し、到
達可能な具体的な目標をたてます。
具体的指導:
具体的な指導事項は表 1 の通りです。青年期以降の指導では指導事項の④⑤に重点が置
かれますが、例えば週 1 回の指導を半年以上継続して行なえる学習者に対しては、指導事
項の①∼③についてもある程度の学習効果をあげることが可能です。
44
④ 指導効果
表 1 青年期における発音指導の内容、方法、効果
図 1 は、同一年度にお
いて 10 回以上の個別指
導を実施した学習者 5 名
の単音節発音明瞭度の変
化を、図 2 は同じ学習者
の「日常生活文リスト」音
読音声におけるキーワー
ド識別率の変化を表して
います。後者の上昇が高い者には発話時間の伸長がみられ「気をつけて話す」ことが発音の
伝達度向上に結びついていることが示されました。
(石原保志)
図 1 単音節発音明瞭度の変化 図 2 日常生活文リストのキーワード識別率の変化
3)①手話コミュニケーション指導
教職員に対する手話コミュニケーション指導
聴覚に障害のある学生とのコミュニケーションをスムーズにするため、障害者高等教育
研究支援センター支援研究部では、さまざまな形の手話コミュニケーション指導を行なっ
ています。以下はその一例です。
①新任教員を対象としたコミュニケーション実技研修
本学新任教員を対象に、約 5 日間にわたるコミュニケーション実技研修を行なっていま
す。ここでは、手話に限らず口話や筆談を
交えたコミュニケーション方法に関する指
導の他、聴覚障害に関する講義、学生を相
手にした模擬授業実習など、授業に入る前
に必要な最低限の知識や技術を学ぶための
支援を行なっています(右表)。
回
内容
1 日目 【講義】聴覚障害・コミュニケーション
2 日目 【講義】聴覚障害学生の多様性と手話
3 日目 【実技】模擬授業
4 日目 【実技】模擬授業
5 日目 【実技】情報保障・視覚教材の活用
【見学】補聴相談室
個別の障害状況の把握
②職員対象手話実技研修の実施
本学職員を対象に 10 日間の手話実技研修を実施しています。これは毎年秋に実施して
いるもので、職員の他、新任教員やその他希望する方々の参加も可能になっています。こ
こでは基本的な手話実技の他、聴覚障害学生とコミュニケーションを取るために必要な知
識や技術の研修を行なっており、毎年 10 数名の方々が参加されています(次ページ表)。
45
③個別教材の作成・個別指導
回
本学教職員の希望に応じて、お話になる
内容にあわせた手話教材を作成・配布して
います。また、学内行事や授業の前に、
個々の内容に応じて手話指導を実施するこ
とも可能ですので、適宜お声がけいただけ
れば幸いです。
④手話学習環境の整備
以上に述べた定期的な講習会開催や個別
指導のほかにも、手話学習室をはじめとす
る手話学習環境を整備し、必要に応じて手
話語彙を検索したり、マルチメディア教材
を活用した自主学習を推進しています。
内容
1 日目 聴覚障害者とのコミュニケーション
業務と関連して想定される学生との会話Ⅰ
(名前、組織名、疑問)
学生とのコミュニケーションにおける方略Ⅰ
3 日目
(確認、復唱、補助手段等)
業務と関連して想定される学生との会話Ⅱ
4 日目
(指文字、数詞、時制)
聴覚障害に関する基礎知識
5 日目
(聴覚障害関連の手話)
大学生活に関する手話
6 日目
(学内各種名称、位置・空間表現)
各種手続きに関する手話
7 日目
(依頼・命令表現)
本学入学前の教育
8 日目
(ろう教育関連の手話)
学生とのコミュニケーションにおける方略Ⅱ
9 日目
(手話表現の総復習)
10 日目 手話の文法、手話学習のポイント、まとめ
2 日目
(白澤麻弓・障害者高等教育研究支援センター准教授)
3)②手話指導
手話を使う能力をここでは「手話力」と呼ぶことにします。本学の入学資格で手話力の有
無は問われていません。また、入学した学生の手話力を評価する試験等も実施されていま
せんが、障害者高等教育研究支援センターが新入生に対して入学時にコミュニケーション
調査を実施しています。大別して、周囲の人とのコミュニケーション方法、自己の手話・
聴覚活用・発音・読話の実用性(スキル)に関する意識、手話・聴覚活用・発音・読話に対
する抵抗感の三項目が調査内容となっています。平成 18 年度及び 19 年度の調査結果を見
ますと、学生の手話に対する意識が二つのパターンに分かれていることがわかります。
それは、手話を理解できると意識し、手話に対する抵抗感をさほどもっていない学生の
グループと、手話を理解できないと意識し、手話に対する抵抗感の意識がやや強い学生の
グループに分かれる点です。卒業した学校の種別を見ますと、聾学校高等部を卒業した学
生が前者に多く、一般の高等学校を卒業した学生は後者に多いという相関性も見られま
す。
入学してくる学生は上述のように二極化しており、手話力についても有する学生と有し
ない学生の差がはっきりしています。そこで、本学における学生生活及び授業において手
話を使用した相互コミュニケーションが円滑に図られるために、この二極化された状況を
できるだけ早い時期に解消することが求められてきます。
そのためには、手話を理解できないと意識する学生に日常生活で必要な手話語彙を中心
とした手話指導を行なうとともに、手話を理解できると意識する学生に対しては大学で新
たに必要になる手話語彙の増強を図る形で、学生全体の手話力の向上を図る必要がありま
す。
現在は一年次学生が履修する必修科目「聴覚障害補償演習」の授業において手話指導を行
なっていますが、手話力に応じたクラス編成を行なっていないために、ひとつのクラスの
中で二つの異なるニーズに応じた指導をいかにして効果的に行なえるかが課題となってい
ます。また、授業において教員が使う手話が見やすく、且つ学生の手話による発言をお互
いに見やすい教室環境を整えることも、学生の手話に対する意識及び手話力の向上につな
46
がります。そこで、クラスの人数調整、席配置、教壇の高さ、黒板及びホワイトボード
の位置、窓ガラスの陽光遮断機能、天井灯の位置、LAN、プロジェクター及びスクリーン
の位置などの各項目において、手話コミュニケーションを妨げるものがないかどうかを
チェックして再整備することも課題とされるべきでしょう。
(大杉 豊・障害者高等教育研究支援センター准教授)
4)コミュニケーション指導
図 1 は、本学入学生のコミュニケーション技術に関する技術向上の意識を示していま
す(新入生コミュニケーション調査;第 2 章 3 。(2)参照)。このような学生のニーズに対し
て、障害者高等教育研究支援センターでは以下の指導、支援を行なっています。
①手話に関する指導、支援
第 1 年次必修科目「聴覚障害補償演習」において手話の実技、理論を扱っています。また
特にニーズの高い学生に対しては個別指導を実施しています。
②聴覚活用に関する指導、支援
上記科目において聴力検査、補聴管理について指導しています。また聴力検査や補聴相
談を随時、受け付けています。
③発音指導
希望者に対して個別指導を実施しています。
④その他
実際的なコミュニケーション技術を向上させるためには、特定の方法に習熟するだけで
なく、表出と受容の相互作用の理解、相手や場面に即したコミュニケーション方法の選択
と併用、文脈に沿った言語運用、面接など目的場面に即した対話技術などについて学ぶ必
要があります。上記の指導、相談では学生の要望及び一人ひとりのコミュニケーション特
性を踏まえた実際的、実用的なコミュニケーション技術の向上をはかっています。
(石原保志)
図 1 新入生調査回答:「とても向上させたい」コミュニケーション技術
47
(4)学習指導
1)聴覚障害児・者の学習の特徴と指導法
①聴覚障害児・者の学習の特徴
発達早期に聴覚に障害が生じ、このため音声言語の受容に困難が伴う場合、多くの者
は、成長してからコミュニケーションの障害のみならず、認知発達遅滞や言語発達遅滞を
併せ持ちます。認知発達遅滞は、対人的なコミュニケーションや様々な社会的経験、また
これらに伴う偶発学習の質と量が、健聴者よりも劣ることが関連し、この結果、言語的な
記憶範囲の狭小、推論や情報の統合といった高次認知能力の不全、知識の少なさによる概
念形成の遅れが、健聴児と比較した場合、顕著となります。また、語音知覚に関する聴覚
的技能の発達不全は、音韻面において顕著となります。感音性聴覚障害児・者は、韻律情
報の聴取は、概ね可能である者もいるが、音韻情報の聴取に関しては、困難を伴う場合が
ほとんどであり、このことが音韻障害を伴わせ、さらには語音の聴覚的記憶範囲の短さに
も寄与し、読解力の発達と密接な関連を持つ音韻意識の発達を阻害する要因のひとつであ
ると考えられています。以上のことが、主な理由となり聴覚障害児は、小学校高学年以上
の学習内容の習得が困難となるという現象、いわゆる「9 歳の壁」が観察されます。また聴
覚障害児・者は、認知能力だけでなく、メタ認知能力にも不全があることがわかっていま
す。メタ認知能力とは、認知活動をモニターしコントロールする能力のことであり、自己
の認知特性や課題解決などに関するメタ認知知識と、それを用いて自己を評価し、修正、
決定などをするメタ認知活動から構成されます。これが機能しない場合は、遂行している
課題についての成否、方略の妥当性、遂行計画の立案などについての判断がなされなくな
ります。以上のように聴覚障害児・者の多くは、学習心理学的課題を広範に抱えている
(図 1)と理解することが学習支援を考える上で重要です。
②学習指導法
聴覚障害児教育においては、授業で伝達される情報をいかに視覚的に表すかといった教
材などの提示方法について議論されることが多くありますが、教育上、重要視すべきは上
述したような情報の処理に関連する能力の低さです。記憶や思考、読解力、メタ認知能力
は、高等教育段階に在籍する者でも健聴者より劣るという報告は多いのです。したがって
教員は、主として授業場面において、遅滞する能力を補いながら学習内容を伝達すること
が求められます。このプロセスを欠いた場合、提示された情報を十分に理解できない学生
が出るという可能性があります。記憶、思考、言語の訓練は、健聴者を対象とする高等教
育機関ではあまり課題となりませんが、聴覚障害児・者については、これらのことが特に
修学を規定する要因の一つであることを教員は認識する必要があります。四日市( 2005)
も、聴覚障害児を対象とした場合の教授法について「授業場面においては、(中略)その前
提となる認知活動が展開されていることが必須である。」と述べ、学習者の特性の把握と
それに対応した指導を行うことの重要性を強調しています。高等教育段階での思考力につ
いていえば、各学問領域の基礎的な論理とそれを表現する日本語の習得に十分な時間をか
けることがその 1 つです。論理の標識は、接続表現と指示表現ですから、これらを学生が
理解できているかを含めて評価し、それに基づいた授業を展開することが肝要です。授
業中に行う学習評価を「形成的評価」といい、これは言語的記憶範囲が短く複雑な論理の理
48
解に困難を呈する聴覚障害者を対象に授業を進める際、学習者の理解の程度を教員が把握
する技法として有用です。また学習者の日本語力が低い場合、教員は授業中それに合わせ
た日本語を用いて解説などを行なう必要がありますが、徐々に高等教育レベルの表現を用
い、学生にも使わせるよう心がける必要があります。言語的な記憶範囲の課題に対して聴
覚障害児教育では、聴覚障害者に音声を受容させることと構音器官の筋運動感覚を利用す
ること、視覚的手段を利用することという指導法で成果をあげてきました。近年、補聴機
器の性能の向上が著しく、音声から情報を得る学生も増えていることから授業中に教員
は、音声を学生の耳に届けるという意識を持って発声することが必要です。加えて重要事
項については演習を多く設け、それを通じて学生にも音声を用いて復唱させる、暗記させ
る、書かせるなどの多様な活動を行なわせることも効果的です。またメタ認知能力が未発
達である学生には、学生の学習上の特性の把握、問題解決方略、認知活動のコントロール
方略の教示も必要となるでしょう。
③コミュニケーション手段について
これまで、聴覚障害児教育の指導法では、コミュニケーション手段に関して、とくに手
話を使用するかしないかという論点について、長く激しい議論が行なわれてきました。こ
れに伴い多様な教育方法が、実践されてきましたが、いずれかの指導法が聴覚障害児の学
力を劇的に改善させたという証拠は、現在のところ得られていません。手話は、コミュニ
ケーションを円滑に行なうための有効な手段の一つであり、先述の形成的評価を行なう場
合には、手話の技能が助けとなることもあるだろうし、授業中に豊なコミュニケーション
が行なえれば、学生に偶発学習の機会を増やすことも可能です。しかし、聴覚障害児の学
力の遅滞に関連する要因が、認知と音声言語体系の情報処理能力の不全である以上、コ
ミュニケーション手段の検討のみならず学習に関する心理学的な概念全体を視野に入れた
指導プログラムの開発が必要であり、このことは高等教育段階においても聴覚障害児教育
における課題の一つであるともいえます。
(長南浩人・障害者高等教育研究支援センター准教授)
図 1 聴覚障害と発達
49
2)指導の実例:教養教育系科目①「セミナー・総合教養科目」情報と社会環境
本授業は、学部 1 年生を対象とする教養教
育系の選択科目(前期 15 回)です。受講学生
の数が 30 名という集団であるため、お互い
の発言を見渡すことができるように机を配置
しています(右図参照)。しかし、それでも学
生同士の発言が読み取り難いということが起
こりますから、必要に応じて、前へ出てきて
発言することも促します。授業中のコミュニ
ケーションが確かであることは、学生の授業
参加度を高め、学習意欲の持続に貢献するこ
とが多いからです。
授業での語りは手話(口話併用)で行なうこ
とを基本にしています。しかし、新 1 年生は
手話を使い切れない学生も多いので、授業のはじめに、毎回、B6 ∼B5 の白紙を 1 人ずつ配
ります。この紙には、授業中に出す教員からの問いかけに対する回答や、学生からの質問を
書いてもらいます。また、板書や講義の要点をメモすることや、気分転換間のイタズラ書き
をする自分のノート的な使い方も認めています。毎回、授業終了後に回収し、学生から教員
への質問の返答やコメントなどを書き込み、次の授業で返却します。その際には、授業への
フィードバックを意識して、用紙に記述された内容や意見を取り上げることも度々です。
プレゼンテーション用ソフトを使っての説明や資料提示はよく行います。その際に最も
注意することは、画面表示しているから伝わる(分かりやすい)はずと思い込まないことで
す。スクリーンで示すコンテンツ(文章・表・図・アニメなど)を丁寧に見せながら、学生
との直接的な応答関係を作るようにしています。学生の視線がスクリーンを眺めるだけの
状態を続けることは、学生の思考を停止させてしまい、往々にして教員 1 人だけの勝手な
授業展開になってしまうからです。もちろん、学生との応答関係を維持するためには、手
話の使用は避けて通れませんが、手話を見ながらのノート取りやメモ書きは難しいため、
説明後には、分かったことを書き取る時間を必ず用意しています。
学生との応答関係を構築するためには、語りの中での間合いを十分に取り、学生との視
線のやり取りに注意を払います。また、学生が騒がしい(主に手話でのお喋りです)時に
は、語りを止めて、目線を周囲の学生へ回し、学生から学生へ状況を共有するように促し
ます。声(その大きさ)で学生を制御しようとしない方が授業運営は上手く行くと感じてい
ます。理屈を伝えたい時も同様です。教室を学生の知的活動の現場にすることが教員の仕
事ですから、目の前の学生との応答関係はそのための舞台と考えて授業をしています。
(新井孝昭・産業技術学部准教授)
2)指導の実例:教養教育系科目②「外国語科目」
産業技術学部では卒業に必要な履修科目として第一外国語としての英語 8 単位、第二外
国語 2 単位を求めています。一年生で英語Iを 4 単位、二年生で英語IIを 4 単位と第二外国
語 2 単位を履修するのが標準です。
英語Iは産業情報学科を 3 クラス、総合デザイン学科を 2 クラスに分けて 10 名前後のク
50
ラス編成をしていますが、若干名の再履修生が加わっています。週に 2 回ある授業のう
ち 1 回を講読として筆者(須藤)が担当、もう 1 回を作文として筆者(松藤)が担当していま
す。能力差のある学生がクラス内に混在することになりますが、一年生のうちは到達度別
クラス編成をせずに、学籍番号に基づくクラスごとに指導しています。授業についてゆく
ことが困難な学生にはチューターによる個人指導を補習として受けさせています。
英語Ⅱは産業情報学科を 3 クラス(高いほうからイロハ)、総合デザイン学科を 2 クラス
(高いほうからニホ)の到達度別クラスに分けて指導しています。到達度の高いイとニのク
ラスは週 2 回の授業のうち 1 回を本学専任教員、1 回を非常勤講師が担当し、非常勤の授
業には字幕による情報保障を行なっています。ロとホのクラスは、2 回とも手話に堪能な
非常勤が担当していますので、情報保障の必要はありません。ハのクラスは 2 回とも専任
教員が担当しています。
到達度別クラス編成は、受講者にとっても教授者にとっても効果的でやりやすい方法で
すが、評価が問題になります。評価の不公平を是正するために、冬休み明けに市販の共通
テストを実施し、成績に加味しています。なおこの業者テストは入学時にも同一のものを
受けさせており、二年間の力の伸長を見る資料にもなります。今のところ三分の二程度の
学生の力が入学時より伸びていることが分かり、指導体制に問題はないと思われます。
第二外国語はアメリカ手話(3 クラス)、ドイツ語(1 クラス)、フランス語(1 クラス)の中
から 1 科目選択します。1 クラス約 10 人ずつを想定しましたが、音声言語のドイツ語、フ
ランス語の人気が高く、 10 名以上の選択者がいます。ドイツ語、フランス語は非常勤講
師が担当し、字幕による情報保障を行なっています。
アメリカ手話は、かつては英語の中で指文字や簡単な単語や挨拶を指導するということ
が行なわれていましたが、独立した第二外国語として指導するようになったのは画期的な
ことであり、本学ならではのユニークな科目であると言えます。また、ドイツ語、フラン
ス語の担当者の話では、成績上位者については他大学の学生に遜色ないということです。
字幕による情報保障をすることによって、聴覚障害者でも新たな外国語を習得できること
になったのは、大変喜ばしいことです。
一方で、履修申請をしながら出席不足で途中でドロップアウトする学生や、授業に出て
いても十分に理解できず単位を取得できない学生がいることが問題です。また、大学間交
流協定を締結している中国や韓国の言語を学ぶ機会を設けることの必要性も感じられるよ
うになりました。
(松藤みどり・障害者高等教育研究支援センター教授、須藤正彦)
2)指導の実例:教養教育系科目③「日本語科目」
大学教養教育における日本語リテラシー科目
大学生の日本語力の低さが近ごろ話題になります。これを「学力不足」とのみ見るのは不
適切です。情報機器の普及による情報授受の質的・量的変化に伴い、さらに多く、さらに
速く、読んで書くことが求められるようになりました。入学者が多様化しているにもかか
わらず、かつてより高い言語能力が期待されるところに矛盾が生じているのです。現在は
多くの大学で日本語リテラシーの育成・向上を目標とする科目が開設されています。
本学における日本語リテラシー科目
本学では日本語リテラシー科目として、「日本語表現法A」、「日本語表現法B」の 2 科目
51
を開設しています。授業内容は一般大学と同じですが、聞こえないことから派生する語彙
不足・誤用などの問題にも留意して授業を構成しています。
「日本語表現法」の実際
教材はプリント中心です。毎回のプリントは「前時の確認」
「本時の予定」から始まり、そ
の時間の「解説」
「課題問題」
「参考資料」などから構成されます。プリントの量は 1 枚だけの
時(前回からの継続課題に取り組んでいる時など)もあれば、10 枚を越える時(参考資料が
多い時など)もあり、不定です。ただ、授業時間内で読み切ることを原則にしていますの
で文字主体の資料で一度に 50 枚を越えるような量を配布することはありません。いずれ
にせよ、学生は配布物をしっかり管理する必要があります。
そのため、4 月の第 1 回の授業でA4 版の専用ファイルを用意するよう指導しています。
ノートも冊子型よりルーズリーフ型を推奨し、授業関係の紙資料はすべて綴じ込むよう指
示します。ですから配布する側も極力A4 版で統一して資料を作ります。
教室では実物投影機でプリントを映して、取り上げている箇所を明示した上で説明す
る、質問するなどしています。演習問題の解説や解答提示では、プリントをパワーポイン
ト資料に再加工して、分かりやすく、見やすいスライドを作るよう心がけています。学生
は一般にスライドをプリントアウトしたものをほしがります。配布するかどうかは担当者
の考え方次第だと思いますが、筆者はすべてを印刷して与えることはしません。
筆者のクラスでは「教室は公の場、作成物は公開」とし、学生にはそれにふさわしい態
度、適切な表現と内容の作文を求めます。必要に応じて学生の書記資料を全体に公開しま
す。前回の分をコピーして次の時間に提供するときもあれば、その場でホワイトボードに
掲示して全員で読み、コメントするというときもあります。ですから、授業での作成物に
公開したくない個人的なことは書かないということをルールとして徹底しています。入学
直後の新入生の中には「感動的な心情吐露」が作文のポイントと誤解している者もいます
が、授業が回を重ねるうちに、「日本語表現法」の授業目標も理解されるようになります。
今後の課題
教養系科目は後期中等教育と高等教育専門課程とを結ぶ位置にあるのですが、本学では
学生の障害から派生する言語力問題を無視できません。日本語リテラシー科目として扱う
べき本来の内容を押さえつつ、基本的な日本語力伸長をいかに支援するかが課題です。
(細谷美代子・障害者高等教育研究支援センター教授)
2)指導の実例:教養教育系科目④「障害関係教育科目」聴覚障害学の指導
障害者高等教育研究支援センターでは、幅広い教養を養い基礎学力の向上を図るだけで
なく、自らの持つ障害を深く理解し、社会に出てからの様々な場面に対応できる力を身に
つけることを目的として、聴覚障害に関連する 8 科目を開講しています。
それは例えば、職場で自分が聴覚に障害を持っていることを周りに伝え、わからないこ
とがあったら必ず確認を取る姿勢をとり、自分の意見、自分のできることできないことを
回りに伝えるために、表現の方法をいくつか学ぶということです。自分も社会の一員であ
ることを自覚し、自分自身の生き方に自信を持つことでもあります。
そのためには、自分に適したコミュニケーション方法は何であるか、聴覚に障害を持つ
人々がどのような生き方をしてきたのか、どのような問題に直面しどのような方法で解決
してきたのか、情報・コミュニケーション支援に関する最新の技術、インターネットを
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使った情報保障、手話通訳派遣といった制度をどのように活用できるのかなど、聴覚障害
に関する幅広い知識や技術を養っておくことが必要なのです。
授業例①:聴覚障害を持つ俳人
杉山杉風は松尾芭蕉の弟子(蕉門十哲)の一人で、「おし蝉の鳴かぬ梢もあわれなり」
「雪
の松おれ口みればなお寒し」などの俳句を詠んでいます。また、奥の細道紀行の旅費を提
供するなど芭蕉を経済的に支援していた事実が残されています。村上鬼城は「冬蜂の死に
どころなく歩きけり」
「闘鶏の眼つぶれて飼はれけり」など自分の境涯を重ねた印象的な俳
句が知られています。阿波野青畝は鬼城と同じくホトトギス派の俳人として、「補聴器が
ぴいぴい衣更ふるときに」などの俳句を残しています。
聴覚障害を持つ三人の俳人がいたことを知り、聴覚障害が俳句にどのように詠まれてい
るか、三人はそれぞれ聴覚障害とどのように向き合っていたのか、ろう者コミュニティと
どの程度関わっていたのかなどの視点で授業を展開しています。
授業例②:点字新聞と聴力障害新聞
「聴覚障害者と新聞」の講義では、視覚障害者を対象に発行されている毎日点字新聞を紹介
しますが、ほとんどの学生が初めて接するものです。聴覚障害者を対象にした日本聴力障害
新聞の存在を知っている学生も多くはないのですが、授業では点字新聞と日聴紙それぞれが
発刊された経過、それぞれの発行形態、内容、記事構成などを比較して分析します。
視覚障害にも盲、弱視などの程度があり、点字や音読など情報を得る手段にも種類がある
ことを知り、また障害の違いによって取り上げる記事の種類が分かれることや、日聴紙を通
して見えてくる聴覚障害者の社会(ろう者コミュニティ)を学ぶことに主眼を置いています。
本学には視覚障害者が学ぶ春日キャンパスがありますので、視覚障害を持つ学生との交
流に関心を持っていただくこともこの授業のねらいです。
(大杉 豊)
2)指導の実例:教養教育系科目⑤「健康・スポーツ教育科目」
健康・スポーツ教育科目は、健康や体力に関する理論と実技を通して、健康で安全なラ
イフスタイルについての理解を深めることを目的とし、健康・スポーツI∼IV、シーズン
スポーツA、B、応用健康・スポーツを開講しています。
【健康で安全なライフスタイルを確立するための理論学習】
多くの学生は、大学入学と同時にそのライフスタイルも激変します。そのため、健康で
安全な大学生活を送るためには、正しい知識を獲得し、自らそれを実践する能力を身につ
けることが重要です。健康・スポーツ教育科目では、アルコール、運動・スポーツの必要
性、身体組成、食事と栄養、性の健康など、健康と密接に関わる日常的なテーマを取り上
げ、講義を行ないます。自分の生活習慣を見直すための作業やディスカッションを通し
て、自ら主体的に健康について課題を発見し、解決していくための方法を身につけます。
【各種の運動、スポーツの実践】
チュックボール、バドミントン、ラート、エアロビクス、テニス、ニュースポーツなど
様々なスポーツ種目を実施しています。また、霞ヶ浦でのマリンスポーツ体験や、キャン
プ、スキーなどの実習も選択できます。同じ障害のある者同士の 10 ∼ 20 人程度の集団で
行なわれるこれらの活動は、様々な動きの技術を獲得するだけでなく、コミュニケーショ
ンスキルや社会的スキルを向上させ、豊かな人間関係を形成する効果が期待できます。
53
また、文部科学省で実施しているものと同じ内容の体力・運動能力テストを毎年 1 学期
に実施しています。聴覚障害者の体力・運動能力は、健常者と比較すると一部の項目で
劣ることが国内外で報告されています[ 1 ]
[2]。また、大学生の年齢段階では、発育発
達学的に体力のピークを過ぎ、運動習慣の
ない学生では 1 年間で著しい体力の低下が
認められます。定期的に体力・運動能力を
測定し、自己評価することで、現在及び今
後の健康に関する課題を明らかにします。
【スポーツ場面における情報保障】
体育館アリーナは、四方の壁面に聴覚障
害者のためのライティングシステムが設置
されており、リモートコントローラーで
シーズンスポーツA(キャンプ)
ライトを点滅させることで聴覚障害者にもわかりやすく合図を伝えることができます。ス
ポーツタイマーを利用して時間や得点表示を常に確認できるようにしておくことは、活動
のスムーズな進行のために役立ちます。ま
た、音楽に合わせて動くエアロビクスでは
視覚情報機器によるリズム表示などの試み
[ 3 ]も行なっています。聴覚障害者に対す
るスポーツ指導では、運動中の声かけによ
るリアルタイムでの動きの修正が困難であ
るため、一連の運動が終了した後に動きを
確認し、修正する作業が重要となります。
本科目では、様々なスポーツ種目の指導
の際、ビデオカメラによる動きの撮影を多
用し、できるだけ時間を空けずにフィード
体育館のライティングシステム
バックすることで聴覚障害者にもわかりやすい指導を心がけています。
【今後の課題】
現在、少数ではありますが聴覚障害以外に運動機能等に障害のある学生がいます。現状
では、ルールや用具に工夫をするなどして、できる限り他の学生と同じ活動を行なってい
ますが、今後障害の程度が重い学生や、複数の学生が受講した場合、その学生に適したプ
ログラムを用意し、指導を行なっていく必要性が考えられます。そのためには、指導者の
数や時間的余裕が不足していると言えます。
<参考文献>
[1] Ellis, M. K.: The influence of parents’healing level and residential status on health-related
physical fitness and community sports involvement of deaf children. Palaestra, 2001, 17,
44-49.
[2] 及川 力・齊藤まゆみ・稲垣 敦:4 ∼ 6 歳の聴覚障害幼児の運動能力に関する横断
的研究.障害者スポーツ科学,2004, 2, 14-23.
[3] 村上裕史・齊藤まゆみ・橋本有紀・内藤一郎・加藤伸子・西岡知之・皆川洋喜・河
54
野純大・若月大輔:エアロビクス授業での視覚情報支援.筑波技術大学テクノレポー
ト,2007, 14, 69-74.
(及川 力・障害者高等教育研究支援センター教授 中村有紀・障害者高等教育研究支援センター助教)
2)指導の実例:専門教育系科目・産業情報学科①
プログラミング言語実習Ⅱ
①達成目標の選定
本授業には情報システム/コンピュータ科学/情報
通信/電子システムの各コース計 17 名が受講していま
す。この 4 コースの学生達はプログラミングに興味を
持っている事を前提として、以下のような条件で実習
のテーマを選択しました。
(ⅰ)Windows上で動くゲームを作る事ができる事。
(ⅱ)3D表現ができる事。
サンプルプログラム
(ⅲ)簡単に作れる事。
(ⅳ)フリーウエアである事。
(学生が自室で開発が出来る)
これらを満足できるソフトウエア群は以下の通りで
す。
○ 3Dモデリングソフト :メタセコイア
○モーション作成ソフト:RokDeBone2
○ 3Dツール :Easy3D
○ゲーム作成ソフト :HSP
学生作品①
②授業の進行
最初に簡単な例題を提示し、学生には最終目標を設
定させました。それに対し毎回新しい手法や技術を紹
介し最終目標の製作を行ないました。以下に授業の概
要を示します。
(ⅰ)最終目標レポート提出
(ⅱ)3Dモデルの製作
(ⅲ)モーションの付加
(ⅳ)プログラム言語との融合
学生作品②
③結果と評価
三点の学生作品を右に紹介します。私達が予想もし
ないような機能を組み込んだ作品や色鮮やかな作品を
製作することができました。
学生達は 3 Dモデリングでは集中して課題に取り組
んでいました。頭に描いたイメージがPC上で具現化
していく過程に引き込まれていました。しかし、プロ
グラミング言語との融合には少してこずっているよう
学生作品③
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でした。
(村上裕史・産業技術学部准教授)
2)指導の実例:専門教育系科目・産業情報学科②プログラミング基礎演習
①授業概要・指導内容
この科目は産業情報学科の 1 年次生対象の必修科目で、2 学期に 2 コマ(90 分× 2)開講さ
れています。大半の学生がはじめて使用するLinuxOSの搭載されたパソコンのある計算機
室で授業を実施しています。Linuxシステムの使い方、C言語プログラミングの基礎、アル
ゴリズムの基礎(フローチャートの描き方)について習得することを学習の目的としていま
す。授業の時間配分は、より長く学生の演習時間を確保するために説明時間を 50 分程度
に押さえています。毎週課すレポートのコメント、各回の授業のポイント並びに演習課題
の説明をした後は学生の演習時間となり、教員は個別に学生の質問に対応しています。
②授業準備・授業方法
授業の準備期間には授業時に提示するプレゼンテーション教材の作成と印刷、各回に提
出されるレポートの添削を行ない学生の理解度の把握に努めています。授業の開始時に、
授業資料として作成したプレゼンテーション教材を配布し、前回のレポートを返却し、そ
れから説明を始めます。
授業では、図 1 のように 3 つの映像提示装置を活用して、説明をしています。一番左は
プレゼンテーション資料等への手による書き込みができるタッチパネルつきプラズマディ
スプレイ(70 インチ)、真ん中と右は天吊りのプロジェクタからホワイトボードに映像を
提示しています。提示内容は左と真ん中が説明用のプレゼンテーション資料、右は学生が
演習時間に操作するLinuxシステムが稼動しているパソコンの画面で、「説明画面」と「操作
画面」の二つを提示しています。また、ホワイトボードに提示することによって、図 2 に
示すようにマーカーによる書き込みが可能になり、学生の授業理解の促進に繋がると考え
ています。
図 1 講義室での映像提示 図 2 ホワイトボードへの書込み
③まとめ
この授業では複数の提示装置を用いて、説明画面と操作画面の両方を提示して補足説明
はホワイトボード上に書き込みを追加して、説明を行なっています。パソコンを用いた演
習タイプの授業では、このような複数の提示装置の活用があることで、聴覚障害学生に
56
とって説明と実際の操作を視覚的に捉えやすくて良いと考えています。
(河野純大・産業技術学部准教授)
2)指導の実例:専門教育系科目・産業情報学科③
マイクロコンピュータ工学・マイクロコンピュータ工学実験
(電子システムコース/コンピュータ科学コース 3 年次対象)
◆学習目的・環境:マイクロコンピュータ(マイコン)の動作原理と応用について講義(1
コマ)と実験(2 コマ)により学び、ハードウェアとソフトウェアが互いに密接に関連しな
がら動作していることを理解させます。平成 20 年度新規開講科目ですが、マイコン技術
教育は短大開学(電子工学専攻)以来の歴史があります。新開講に合わせて、内容・機材を
一新しました。実験室には学生個別の実験ブースにパソコン(PC)と実験機材を備えてい
ます。PCは授業用サーバによりネットワーク化されています。サーバに本教科のための
Webサイトを構築し、学習・実験内容、定などが学内(寄宿舎を含む)からいつでも見られ
るようにしています。学生個別に実験環境を提供できるのは少人数教育の利点であり、学
生が他力本願とならず自己解決力を養うことに寄与しています。
◆スモールステップ学習:実験課題は学期を通して 20 数題準備しています。各課題はいくつ
かの小課題にブレークダウンし、目的の課題がスモールステップで達成できるように配慮し
ています(学生自ら課題を分析し計画的に取り組めるようになるための訓練にもなります)。
◆ノートチェック:ICT活用を図っても、face-to-faceの学習場面は重要です。学生は実験
が終了したらその日の実験課題をワードでまとめ、プリントアウトしたものを教員に見
せて説明し、また、教員の質問に答えることになります(これをノートチェックと呼ん
でいます)。この場で、考え方の誤りや実験の不備が教員に指摘され、また、理解のあい
まいな面がクリアとなります(例え、友人のプログラムや実験結果を拝借しても、ノート
チェックでたちまち露見します)。ノートチェックを終えないと、その課題のレポート提
出ができないきまりです。
◆レポート添削:実験で何より大切な
のは実験レポートを作成し、まとめと考
察を行なうことです。自分の書いた文章
をできるだけ教員の目に触れさせ、添削
を受けることが大事であることを常日頃
言っていますが、おざなりのレポートで
済ませ、せっかくの実力アップのチャ
ンスを逃している学生がいるのは残念
です。現在、学期通算 3 通を課してます
が、各レポートは添削・修正・講評のた
めに学生と教員の間で 2 往復させていま
す(このようなレポートの管理と添削を実
現するため、Webページから電子ファイ
ルによる提出・受領ができるようにして
います)。
(後藤 豊・産業技術学部教授)
教科のホームページから(「今日の予定」のページ)
http://cam.el.a.tsukuba-tech.ac.jp/micro/
57
2)指導の実例:専門教育系科目・産業情報学科④機械設計製図演習
(設計・加工システムコース、機械システムコース 2 年次対象)
①図面は技術者の言葉
機械製図の図面は機械技術者の情報伝達の手段、すなわちコミュニケーション手段であ
り機械技術者の言葉として必須のものです。授業では機械要素を含む製図を行ないながら
作図法やJIS機械製図を学び、図面を通して相手に加工するための情報を正しく伝え、図
面を正しく読み取りその情報を正確に把握する力を身に付けさせます。設計やCADに関わ
る仕事に就く卒業生も多く、機械系のコースでは非常に大切な授業の一つです。
②手描き製図とCAD製図、製図を通しての教育交流
1 学期は手描きによる製図で文字や線の練習、Vブロック、パッキン押えから始まり
1 学期最後は紙飛行機の飾り台を設計し図面を描きます。夏休みに特訓と称して 1 学期の
図面を全てCADで描き操作法の練習をして 2 学期からCAD製図に入ります。課題図面の
他、CADのセンスを学ぶペーパーカーの製作課題では木の丸棒の車軸以外はタイヤも車体
も全てケント紙で作った紙の車にモータを載せ電池で走らせスピードを競います。授業で
作った車を持ちより筑波学院大学と対抗レースを行ない、中国の姉妹校ともテレビ会議シ
ステムの同時中継で速さやデザインを競い合う国際交流も行なっています。
③モデリングによる図面の具現化
学生自身、自らの描く図面の上達の状況が確認でき、より良い図面が描けるようになる
よう指導しています。指導の初期の段階で図面と実際の形状とが結びついているかどうか
を確かめるために図面を読んでその形状をイメージしたスケッチ図を描かせたり、紙で図
面と同じ大きさの形状モデルを作らせ図面の形を具現化し、実際の寸法や大きさを確かめ
させ、頭の中のイメージを形でとらえながら確実な指導を図る手段としています。
④形状モデル教材の利用
本学では最新の三次元造形機の導入に
より製図教科書図面の形で形状モデル
(図 1)が作れるようになり、三次元デー
タからプラスチックの立体モデルが容易
にできます。模型でポイントを指し示し
ながら互いにコミュニケーションが図れ
るので正確なやり取りが出来るようにな
り、教育の質の向上が図れます。本物が
あることも必要ですが、立体モデルによ
る提示は学生の理解を深めています。
<参考文献>
荒木勉:機械設計製図教育における三
次元モデルの製作と利用.日本図学会
2008 年度本部例,会学術講演論文集,
2008, 111-116.
(荒木 勉・産業技術学部教授) 図 1 教科書の半断面図示の図面(上)と同様の
断面を切った形状モデル(下)
58
2)指導の実例:専門教育系科目・産業情報学科⑤
音・光環境工学及び演習(環境・安全システムコース 2 年次対象)
①講義内容
建築工学の中で「環境工学」の「音」・「光」分野を勉強します。
入学前の段階で工学系の建築の分野に触れる勉強をしている生徒が少なく、入学後にど
のような勉強をしていくのかイメージしにくい学生が多いです。
②必要分野
数学の分野でも最低限は三角関数、指数関数、対数関数を必要とします。(太陽光線の
角度や日影曲線を求めるために→三角関数、音のデシベル計算をするために→対数関数。
それらに付随して指数関数も扱います。)
習熟度によってはこれらの基礎知識を理解できていない学生がいます。また関数電卓の
使い方から教えないといけないのが現状です。
③講義の進め方
まず始める際に、本日の内容を「今日は照度について勉強します」というような告知しま
す。その言葉を元に学生たちの実生活でどのように(照度)考えているかを一人ひとりに聞
いてディスカッションします。
④手話、板書メイン
筆者の場合は手話と音声と板書をメインにしています。学生には「まず説明を聞いてく
ださい」とノートを取らないように指示して説明を始めます。講義時間内で 2 、3 回ノート
を取る時間を設けています。板書では間違った場合は消さずに二重線を引いて訂正、加筆
する場合は本文の色と違う色で加筆するようにしています。
⑤身近なものを使って実験する
音・光に関して、教室の照明、学内の建物の影、付近道路の交通騒音、敷地内の寄宿舎
の遮音や騒音など高価な実験器具などを使わずに、学生たちの日常生活に密着した身近の
ものを使って実験をして実感してもらいます。
今日のテーマと内容を板書している 講義室内で照度を測定している ⑥自分で考えること
レポート作成については、基本は手書きにしています。(実験データは、Excel等で作成
することもある)パソコンで文書作成した場合に、インターネット上で情報を検索して、
59
それをコピー&ペーストして済ませようとする学生がほとんどで、実験結果の分析や考察
を自分の力で考えるということがほとんどないというのが現状です。自分で悩みながら、
考えながら試行錯誤してレポートを作成してほしいです。
(今井 計・産業技術学部准教授)
2)指導の実例:専門教育系科目・総合デザイン学科①
オリジナル教材とe-Learningシステムを用いた視覚伝達デザインの演習系授業
聴覚障害学生の教育ではどのように視覚情報を活用して授業を行なうかが重要なポイン
トになります。さらに、見落としてはならない配慮ポイントは、説明や解説を受けながら
他の活動ができないということです。例えば、説明を受けながら機器を操作することは、
説明内容を読み取ってから機器を操作する、という別々のタスクになります。本稿では、
“聴覚障害学生が説明を受けながらアプリケーションを操作すること”を実現するために制
作したオリジナル教材を中心に紹介します。
本稿で取り上げるオリジナル教材は「CG基礎論・演習」
「 マルチメディア・デザイン演
習」
「視覚伝達デザイン論・演習 4」で活用しています。アプリケーションの操作によって
変化するPC画面を録画し、それに短い説明を重ねて提示することによって、聴覚と視覚
による情報処理の替わりに、視覚的にパラレルな情報処理が行なえるように工夫した教材
です。聴覚障害者の認知特性[1]に合わせて、一度に多くの説明文章を提示するのではな
く、注視点を誘導しながら短い説明を重ねて、つなげていくという基本設計になっていま
す。これらの教材は、学内専用サーバーを立ち上げ、e-Learningシステム上で構築しまし
た。学生はネットワークが利用できる環境とインターネット・ブラウザ付きのパーソナル
コンピュータがあれば、授業中でも授業時間以外の予習・復習・自主制作時でも、いつで
も教材を利用することができます。授業は説明やデモンストレーションの後で教材を用い
て演習を行なうという流れで進行します。教室環境は一方のモニターに教材を提示しなが
ら、もう一方のモニターで制作を行なえるようにダブルモニターです。教師がデモンスト
レーションした内容は、説明付きの動的コンテンツとして収録しています。これは再生
コントロールができるため(図 1)自分の学習ペースに合わせて繰り返し閲覧することがで
き、学生に好評です。授業を繰り返し受講できるようなシステムは、情報獲得の機会を増
やすことにつながるため聴覚障害学生の教育に有効です。
その他、e-Learningシステムでは様々なこ
とができますが、準備した小テストの結果
を見て即座に学生の理解度を把握し授業の
補強を行なえること、閲覧状況を確認し単
元の難易度を把握することなどが有効だと
思われます。聴覚障害学生の教育では、目
的の内容を伝えることができたかどうかの
確認が必要だと思います。
<参考文献>
[1] 生田目美紀・北島宗雄,“聴覚障害者の
ウェブ利用特性に基づくウェブユーザー
ビリティ向上に関する研究”.ヒューマン
60
図 1 オリジナル教材
インタフェース学会論文誌,2007, Vol.9, No.4, 435(17)-442(24).
(生田目美紀・産業技術学部教授)
2)指導の実例:専門教育系科目・総合デザイン学科②
レンダリング演習(2 年次対象)
(1)レンダリングの意義と位置づけと授業構成
図面やモデル(模型)に至る前の開発段階で、具体性は不明瞭ながらも造形の方向性等、
創作者の意図を伝えるプロダクトデザイン特有の重要な表現ツールであり、以下のような
特徴があります。
・現存しない立体形状を制作者の想像により表示する。
・形状説明を目的とし、幾何学形態の表現を基本に、その部分的適用・組合せにより応
用します。
(2)授業方法
上記の観点から、レンダリング技法習得のプロセスとして授業の構成を(1)幾何学形態
の的確な表現の習得。(2)思い描いた立体イメージの幾何学形態への置き換え(翻訳)方法
の習得。(3)オリジナルデザインの表現と段階的に進めています。
ただし、デザインの抽象的な形状や制作上の微妙な「加減」に関しては手話や筆記では伝
わりにくい要素が多くあります[1]。そこで、①概要説明、②教員による実演(図 1)、③
演習という流れを基本とし、④毎回その日の学習の復習を兼ねて同種の課題を宿題として
課しています。
(3)工夫のポイント
●上記①により制作プロセスへの理解を促し、②により抽象的表現や「加減」に関する理解
を促す工夫をしています。④では同じ課題の複数回経験によるブラッシュアップ効果を
期待しています。
●上記①、②では、制作過程を段階的に分割し、以下に留意して行なっています。
・サンプルによる各制作段階の完成状態(到達目標)を提示(図 2)。
・説明用ppt。資料は、前ページの要約を併記し、記憶にとどめやすいように構成(図 3)
[2]。
・繰返し学習用に、教員による実演を収録しましたDVDを配布(図 4)。
●特別支援学校(聾学校)高等部・専攻科生徒を対象とする高大連携インターンシップでの
[3]。
同様科目の評価を反映させた授業計画・テキスト・資料の作成(図 4)
図 1 教員による実演 図 2 各段階の完成状態を明示した資料
61
図 3 前ページの要約を併記したppt.紙面 図 4 テキスト、資料、DVD <参考文献>
[1] 筑波技術大学テクノレポート,Vol.9(1),119-124, 2002.
[2] 筑波技術大学テクノレポート,Vol.14, 195-198, 2007.
[3] 筑波技術大学テクノレポート,Vol.14, 113-116, 2007.
(本間 巖・産業技術学部准教授)
2)指導の実例:専門教育系科目・総合デザイン学科③講義時の情報提示について
講義時の情報保障としては、手話、口話、板書、OHP、PPT、配布資料等といった多様
なコミュニケーション手段を活用し、分かりやすい情報提示を心掛けています。
これらのコミュニケーション手段を用いるときに留意していることとしては、まず手話
と口話は常に同時に行ない、少しゆっくりめの普通の早さで、はっきりとした口形となるよ
う意識しながら行なっています。その際の配慮としては、手元、口元が暗くならないように
し、特に窓等の輝度対比が強くなる背景を背にしないよう注意を払っています。それから、
映像を写し出しているスクリーンの前に立っての手話、口話も避けています。映像が写し出
されているスクリーンの前に立つと、明るさとしては充分なのですが、手元、口元に映像が
映り込んだ状態となることから、むしろ非常に見え難くなってしまうからです。
板書においては、学生がノートに書き終えた頃を見はからい、これから説明すると合図
を送り、説明を始めるようにしています。その際、板書の量が多いと、説明が始まるまで
に多くの時間を費やしてしまうので、出来るだけ講義概要をプリントにまとめ配布し、重
要な事柄、詳細な説明が必要なものに絞って板書するようにしています。
OHP、PPT等を使っての情報提示については、写真、図面等画像情報が、解説を加える
時に効果的であることからよく使います。なかでも建築計画・設計系の講義においては、
建築空間と図面との相互関係を理解する上で特に重要であり、またその際、建築写真と図
面とを同時に提示することがより効果的となることから、現在は写真等画像をPPTで、図
面、書込みスケッチ等をOHPで映し出し、それらを同時に提示し説明をしています。PPT
については以前に、解説文、図面、写真等講義内容の殆ど全てを組込み編集したPPTのみ
で解説していた時期もありましたが、その映像化された流れるような情報提示が、むしろ
眠気をも誘ってしまうということがあると思われ、取止めにしたこともありました。
現在の情報提示装置等の配置状況としては写真に示すとおりです。情報提示としては、
まず正面右手のOHP用スクリーンで解説概要文を提示し、解説に詳細を加えるときには正
面のホワイトボードに板書し説明します。続いて、PPT用スクリーンに建築写真等映像情
62
報を、OHP用スクリーンに建築図面を提示し、必要に応じてその提示図面上にレイヤを重
ねるように新たなフィルムを乗せ、ゾーニングスケッチ、エスキススケッチ等の書き込み
をしながら説明するといった進め方をしています。この情報提示法はIT化とは反対の方向
に向いている感はありますが、一方この配置構成ですと、学生は右左のスクリーンを交互
に見ることを強いることになることから、眠気対策には効果があるものとも思っていま
す。
(平根孝光・産業技術学部教授)
2)指導の実例:専門教育系科目「専門基礎教育科目」①
①授業の形式
数学Ⅰ・Ⅱは、講義形式での必修科目であり、基礎数学演習Ⅰ・Ⅱは、数学Ⅰ・Ⅱと
セットで履修する演習科目です。どの科目も受講生が 12 名前後の少人数であるため、受
講生一人ひとりに目が届きやすく、特別に学習支援が必要な受講生に対しては、早い時
期からフォローすることが可能です。数学Ⅰと基礎数学演習Ⅰは 1 学期、数学Ⅱと基礎数
「平面図形と式」
「数列」
「極限」
学演習Ⅱは 2 学期の開設科目であり、内容は「関数とグラフ」
「微分法」
「ベクトル」
「行列」
「行列式」
「連立一次方程式」
「一次変換」などです。数学Ⅰ・Ⅱと
基礎数学演習Ⅰ・Ⅱは共に週一コマ(90 分)ずつ、二コマ続きになっています。
②指導方法の工夫
数学Ⅰ・Ⅱでは、ホワイトボードにその日の内容を板書し、それを手話、音声、文字な
どを用いてできるだけ詳しく解説します。基礎数学演習Ⅰ・Ⅱでは、数学Ⅰ・Ⅱの内容に
沿った演習問題を提示し、受講生は自分のペースでそれらに取り組みます。7 割くらいの
受講生が提示された課題をその時間内に終えます。時間内に終わらない場合は宿題になり
ますが、自宅で勉強し、どうしても分からないときは、空き時間や放課後などに質問に来
ます。また、数学に関しては、週 1 回放課後にチューターによる補習も実施しています。
補習に参加して課題を仕上げる受講生も少なくありません。高等学校までの数学の内容で
つまずいている受講生が毎年相当数いますが、彼らが授業時間外の個別指導無しに独力で
講義内容を十分理解し、課題に取り組むことは極めて困難です。そのため、授業以外の時
間を用いて学習支援が頻繁に行なわれています。
以下、授業や個別指導において配慮していることを列挙します。
・板書の文字の大きさ、濃淡、色、説明内容の区切り方、図の見易さ等に注意しています。
・説明内容は、ほぼすべて板書します。板書中は声を出さないように気をつけています。
また、板書内容を受講生たちがノートに写す時間を十分に確保します。
・説明する際には、しゃべる速さに注意しながら、手話、音声、文字、図表を用い、でき
63
るだけ伝達の部分での障壁をなくすように気をつけています。また、定理とその証明の
解説のみならず、具体例などをできるだけ多く提示し、説明の飛躍を小さくする工夫を
しています。
・受講生の表情を見ながら、こちらの表情を見せながら説明します。また、受講生から発
言があった場合には、それが全員に伝わるようにしています。
・配布物は、内容を簡単に説明してから配布するようにしています。
・受講生の理解度をチェックするために学期ごとに 7 、8 回確認テストを実施しています。
・個別に指導する際には、受講生の学力やペースに合わせるようにしています。また、理
解の浅い受講生は暗算をする傾向があるように見えるので、暗算をせずに記述すること
や知識の定着を図るために解いた後に自分のやったことを見直すことなどを繰りかえし
指導しています。
(新井達也・障害者高等教育研究支援センター准教授)
2)指導の実例:専門教育系科目「専門基礎教育科目」②
専門教育系科目である物理学を受講するに際し、基礎学力に問題のある学生が多く入学
してきます。その理由には以下の項目が含まれていると考えます。
・高校までの教育課程で履修していない。
・本学の受験科目にないために、十分な学習を行なっていない。
・ろう学校での教育によって近年、聞こえる学生と比較してその学力差が少なくなった
とは言え、未だ十分ではない。
・少子化等の諸理由により、特に受験者数が減少した年度においては、学力による淘汰
が行なわれづらい。
他大学でも学力低下等が原因で、教養科目及び専門科目で躓く学生が多く、大学側で補
習講義を開講しているという例も珍しくない現状は、新聞報道等でご存知のとおりです。
本学でも同様に、補習的な講義を実施すべきであることは無論の事であり、そのために演
習科目が用意されています。また更に、本学の大きな特徴の一つである「少人数制教育」
は、学力の個人差を吸収するための枠組みです。演習科目で吸収できない場合には、個別
指導によって各学生に合った教え方で、講義内容の再教育や次回の講義内容の基礎に関す
る教育を実施する必要があります。この個別指導はセンター教員や学部教員を問わず、教
員毎に実施している開学当初からの良い慣習であり、十分有効に機能する仕組みであると
言えます。学力の不十分な学生に対する積極的な個別指導も含む教育活動は、聴覚障害者
全体の社会的な地位の底上げとしての意義もあります。
4 年制大学となった本学では、それに相応しい教養科目としての数学・物理学系教育を
目指さねばならないという反面、最低限、学力の不十分な学生の増加も鑑みて専門のコー
スに進んだ後の講義内容の理解が可能な能力を養うこと、また、数学科や物理学科のよう
な理学系学部ではなく、産業技術学部で産業技術に関する教育を受けたいという学生側の
ニーズにも答えて行かなければなりません。
限られた講義回数・個別指導回数の中で、幅広い教養を習得させるための内容と、専門
のコースに進んだ後のスムーズな学習を意識した内容とのバランスが非常に重要となりま
す。
(三好茂樹・障害者高等教育研究支援センター准教授)
64
(5)生活指導
1)生活指導の範囲はどこまでか
大学生の個人生活に教員がどこまで指導するべきかは議論の分かれるところもあります
が、ここでは、生活指導の課題を次の(a)∼(d)の 4 項目に分けて整理してみます。
(a)集団生活に必要な生活指導(法律や規則に違反する行為)
①法律に反する行為
万引き、窃盗、交通違反、暴力行為、セクハラ、いじめ、性的な犯罪、
未成年の飲酒と喫煙、インターネット上の違反行為や犯罪、など
②学内規則に反する行為
異性を寄宿舎の居室に招き入れること、
自動車等を学内に持ち込むこと、
非常ベルや火災探知器等にいたずらすること、
故意に寄宿舎や大学の施設及び備品を破損すること、など
(b)安全に関わる生活指導(危険な行為、犯罪に巻き込まれる行為)
酒のイッキ飲み、酔っ払って車道の真ん中で寝る、けんか、
寄宿舎の避難路の整理・整頓、
寄宿舎の 2 階から飛び降りるなどの危険行為、
交通安全の指導(自動車、バイク、自転車の乗り方)、
(事例 1)学内でバイクを乗り回して壁に激突、
(事例 2)学外でバイクを運転中に田んぼに墜落、
自動車から声をかけられて連れていかれる、
キャッチ商法やインターネット犯罪等による被害、など
(c)卒業に必要な生活指導(学業を妨げる生活習慣)
遅刻・欠席の多い学生、寝坊、
サークル活動やアルバイトと学業とのバランスを欠く、など
(d)就職に必要な生活指導(社会に出る準備)
ドアの開閉に大きな音をたてる、必要な連絡を怠る、
夜遅くまで騒ぐ(近隣住民への騒音)、
メモ帳と筆記用具を持ち歩きメモを取る習慣がない、など
2)生活指導は誰が行うか
内容に応じて、それぞれの立場で全教員が学生の生活指導を行なうことになります。特
に、授業担当教員、クラス担当教員、サークル活動顧問教員、寄宿舎学生生活委員会委
員、全学学生生活委員会委員、学科長、学部長は、それぞれの立場で生活指導に関わりを
もちます。問題が重大で処分の検討も必要な場合には、学部長による処分は産業技術学部
の寄宿舎学生生活委員会において審議され、さらに学長による懲戒処分が必要と考えられ
る場合には全学の学生委員会において審議されます。その間、該当する学生のクラス担当
教員、学科長、そして担当する寄宿舎学生生活委員会委員と学生委員会委員が連携して学
生の対応と指導にあたります。
いずれにしても、それぞれの立場において臨機応変に対応していくことが望まれます。
65
また、教員組織として上手に対応していくことが必要です。
(岡田昌章・産業技術学部教授)
(6)就職に関する指導、支援
本学聴覚障害系卒業生の就職率は短期大学第一期生卒業以来、毎年度ほぼ 100%となっ
ています。この実績は学外からも評価されており、例えば志望動機として「就職のしやす
さ」をあげる入学生は多いようです。一方、本学には様々な教育歴、生育歴をもつ学生が
入学することもあり、就職に際してのレディネスには大きな個人差があります。教育機関
としての就職指導、支援の目的は、職業人として職場や社会で生き抜くための意欲、能力
を高めることにありますが、この一人ひとりのレディネスと適性に即した組織的な指導、
支援は、他大学とは異なる本学の特色といえます。本稿では聴覚障害学生の就労レディネ
スとは何か、レディネス育成に際して本学ではどのような指導、支援を行なっているのか
を概説します。
1)聴覚障害者の就労における課題と就労レディネス
聴覚障害者の就職率は他障害と比較して高く、さらに近年においては事業所に対する障
害者法定雇用率達成への行政指導が厳しくなっていることもあり、企業等における聴覚障
害者雇用はいっそう促進されています。一方、聴覚障害者の職場適応に関しては共通した
問題が聴覚障害者自身、及び雇用者側(上司)の双方から指摘されており、本学卒業生にお
いても特に業務の遂行や人間関係に関わる問題は当事者にとって看過できぬ事態に発展す
ることが少なくありません。このような就労における問題は次の三点に集約されます。
①障害に起因する活動制限、参加制約(活動参加)
:会議や研修への参加、業務に関わる
情報伝達、職場におけるコミュニケーション等
②活動制限、参加制約に対する周囲の理解と対応(環境因子)
:情報保障、コミュニケー
ションにおける配慮等
③聴覚障害者個人の能力、態度(個人因子)
:業務遂行に関する知識、技能、コミュニ
ケーションスキル、リテラシー、社会常識・マナー、セルフアドボカシースキル
このうち①は、②への対応が十分であれば問題の原因になり得ませんが、現実には制
限、制約に対する対応が完全になされる職場というのは希有であり(特例子会社であって
も)、業務活動や昇進の制約などの二次的、三次的な不利益に結びついているのが現状で
す。
②と③は共に多くの問題事例のベースとなっていますが、同一の事態に対しても上司ま
たは部下である聴覚障害者といった当事者の立場により、何れか一方に偏った解釈がなさ
れることがあります。問題の所在が聴覚障害者個人の資質(社会性、パーソナリティ)に帰
結される傾向がありますが、ほとんどの問題事例においてその背景には周囲の障害に関す
る理解不足があります。
③は就職前にレディネスを培っておかなければならない事柄です。この中には、業務に
関わる専門的知識、技術、技能、学力、読み書き能力(リテラシー)と、職場に適応するた
めのコミュニケーション能力、社会常識、マナー、職業人としての職務に対する姿勢が含
まれます。さらに職場適応において重要な“自己の機能障害とこれに起因する活動制限、
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参加制約障害に関する説明及び必要な措置に関する要求(セルフアドボカシー)”の姿勢と
このための知識、技術は、業務における能力発揮と職場適応の成否を大きく左右します。
2)セルフアドボカシースキルの育成
聴覚障害に起因する活動制限、参加制約は一般には分かりにくく、一方で職場では誰も
が仕事に追われ他者を気遣う余裕がないという現実があります。このような環境の中で職
業人としての自己実現をはかるためには、周囲に対して自己の障害に関する理解と必要な
措置を求めることが必要となります。このことの必要感(エンパワメント)や、説明に要す
る知識、説明技術を培うための学習の機会が学校教育の中で与えられなければなりませ
ん。
①自己の障害を客観的に理解する(知識)
「○○さんは話ができるのにあなたができないのは努力不足では」
「聞こえていたは
ずなのに分からないわけがない」といった誤解に対して、聴覚障害そのもの(聞こえと
ことばの関係など)や自己の障害特性について分かりやすく説明するための知識。説
明資料などの紹介を含め、青年期においても効果的な学習が期待できる。
②自己のニーズを理解する(経験)
職場という環境の中で、障害に起因してどのような不利益が生じるのか、これに対
してどのような措置が必要なのかを知る。例えば会議参加における議事録作成を兼ね
たPC要約筆記の要望など。インターンシップなどの実習を通して体験的にニーズを
理解するのが理想であるが、実習先が確保しにくい、短期間の実習ではニーズが理解
しにくいという問題もある。卒業生等を講師とした授業、講演なども有効。情報保障
やコミュニケーション方法(筆談ノートやタックメモの使用といった具体的なことが
ら)に関する知識の提供も欠かせない。青年期において効果的な学習が期待できる。
③自己の障害を説明する(技術)
言語コミュニケーション能力が大きく関与する。この中には文脈(context)を理解し
効果的なタイミングで説明、要望する技術も含まれる。青年期以前からの学習の積み
重ねであるが、どういう場面で誰に相談したらいいかといったことについてはアドバ
イスできる。
3)就労レディネスを高めるための具体的指導場面
①インターンシップ:インターンシップは、学生の就労に対する意識を高めるだけでな
く、障害のない学生と比較して概してアルバイト等の社会経験が少ない障害学生が、
働く場を垣間見、体験する絶好の機会ともなります。学科によってはインターンシッ
プ終了後に報告会を実施し、職場の状況や仕事の内容等についての情報交換が行なわ
れます。インターンシップ先に就職する学生も多く、この場合は職場側の障害啓発と
学生受け入れに対する準備を促す効果もみられます。なおインターンシップとは別
に、採用審査の一環として職場実習の機会が与えられる場合もありますが、これは学
生自身にとっても、職場や職務内容と自己の適性とのマッチングをはかるために有効
です。
②障害学の授業:第 1 年次から必修、選択を含め聴覚障害学系の 5 科目が開講されてお
り、社会生活に備えたエンパワメントをはかっています。コミュニケーション、情報
保障、コミュニティ、福祉、法律、各種制度、文化などについて具体的な情報を提
67
供し、実技や討論を通して積極的に社会参加する意欲を高めています。2 年次以降に
は、卒業生調査や相談事例から得られた職場適応上の困難点、改善策を紹介し就職先
の選択や就労に際しての準備に関わる指針を与えています。
③卒業生講演会:フレッシュマンセミナー、聴覚障害学系科目、一部の専門教育科目で
は、卒業生を招聘して講演会を行なっています。在学生にとって先輩の話は素直に受
け入れやすいようですが、在学時に遅刻が多かった卒業生が職場での時間厳守を説く
様子などは教員にとっても印象的です。
④就職ガイダンス・就職模擬試験:卒業の前年度に卒業予定者全員を対象とした就職ガ
イダンスを実施し、学校推薦や自由応募等の就職活動の手順、障害者対象面接会の案
内、就職に関わる各種書類の作成、面接のスキル等について案内しています。また就
職模擬試験を実施し、この結果をもとにSPI対策やエントリーシート、履歴書の書き
方について指導しています。
⑤面接指導:個別コミュニケーション指導の一環として、希望者を対象とした個別の面
接指導を行なっています。聴覚障害教育の専門性を有する教員、または聴覚障害者と
のコミュニケーションの経験が浅い事務職員との想定問答を通して、学生一人ひとり
のコミュニケーション特性に応じたコミュニケーション方法の選択、筆談や手話通訳
を通したコミュニケーションの方略、面接における基本的なマナーについて指導して
います。毎年度、就職希望者のおよそ四分の一がこの指導を受けています。
4)就職及び職場適応に関する支援、指導
学部教員、支援センター教員、事務部就職担当職員が連携して、以下の支援を行なって
います。
企業向け大学説明会(年 1 回)/本学における会社説明会(年間数社)/個別企業求人対応
(随時)/ハローワーク、障害者職業センター等との連携/個別コミュニケーション指導/聴
覚障害学生雇用ハンドブック/相談対応(卒業生または卒業生を雇用する企業等)/卒業生
調査(10 年度、19 年度)/聴覚障害者の就労に関するシンポジウム(年 1 回)/卒業生対象出張
講座(年間 10 回程度)
(石原保志・聴覚障害系就職委員会委員長)
68
4.障害補償機器
(1)視覚障害
1)五感と補償機器
人間には、”視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚”の 5 つの感覚があり、場面に応じて最も適
切な感覚を用いて情報収集を行なっています。ちなみに、情報収集には、常に 1 つの感覚
だけが使われるわけではなく、複数の感覚が動員されることもあります。例えば、料理に
ついて言えば、味(味覚)やにおい(嗅覚)だけでなく、「和食は目で味わう」とも言われ、盛
り付けや食器が料理をよりおいしそうに感じたり(視覚)、また、中華料理などを炒める音
を耳で聞く(聴覚)と食欲が湧くことでも理解いただけると思います。
人が外部から入手する情報にはさまざまなものがありますが、文字・画像など表示・提
示されている情報に限ると、”味覚と嗅覚”は使うことができないので、”視覚、聴覚、触
覚”の 3 種類を使うことになります。これを主な補償手段に置き換えると、それぞれ“拡大
表示、音声読上げ、点字(触図)”となります。
視覚障害者と言っても、ある程度視覚が使えるの場合(弱視)は、“拡大表示”を使うこと
が多いです。拡大しても見えにくい場合は、“音声読上げ”を使うことになります。さら
に、点字が読める利用者は“点字”を使うことがあります(ちなみに、視覚障害者のうち点
字の使用者は 1 割程度といわれています)。これらを模式的に示したものが、図 1 です。
図 1 視力の程度と補償手段
障害の軽度な人は”拡大”を、重度になると”音声や点字”を使うことがわかります。利用
される機能の範囲は単一な手段を用いる場合もあれば、それぞれの手段の特長を活かして
併用する場合もあります。すなわち、弱視の人が、文章を書く場合はパソコン画面を拡大
表示して漢字を確認しながら作成するのに対し、文章を読む場合は合成音声で聞く(聞き
流す)などは良くある例です。また、全盲の人が内容をざっと確認する場合は音声読み上
げを使うのに対し、数字や固有名詞などを確実に理解する場合は点字ディスプレイ(後述)
を利用する、などの使い方です。
69
視力低下が軽度の場合に使われるのは眼鏡で、日本の眼鏡人口は 6,000 千万人以上とも
言われていますが、本章では補償機器には含めません。
さらに、視力が低下するなど視覚障害が進むと、普通の眼鏡だけでは矯正できなくな
り、他の補償機器が必要になります。多くの人が思いつく方法としては、弱視であれば①
ルーペで拡大する、全盲であれば②代読してもらうか、③点字を指で読む、ということに
なります。これは前述の 3 つの感覚に当てはめてみると、①は視覚を補完する、②は聴覚
で代替する、③は触覚で代替する、ということになります。
図 2 ルーペと点字
これらの補償機器も、近年のIT技術の進歩によって、障害者の情報入手効率は飛躍的に
改善しました。例えば、全盲者にとって、パソコンで合成音声を利用したスクリーン・
リーダーとワープロソフトを使えば、従来まったく不可能であった墨字(普通の文字)文書
を作成することが可能になったのです。また、音声機能付きOCRを使えば印刷物を読みあ
げさせることができ、その内容を理解することができるようになりました。更に、イン
ターネットを使えば世界中の情報をいち早く入手することも可能です。すなわち、前述の
②で示した、これまで家族などに代読・代筆してもらうしかなかったことを、視覚障害の
ある人が独力でできるようになった点が画期的です。弱視者にとっても、画面拡大表示ソ
フトウェアでいろいろな電子データを効率良く見ることができるようになりました。ま
た、高輝度で長寿命のLEDが開発され、従来型のルーペにも照明がつき印刷物を非常に明
るく見ることができるようになりました。
2)補償機器の分類
人が外界の情報の約 8 割を視覚から得ているといわれています。すなわち、視覚障害が
あると、日常生活のさまざまな場面で困ることが多くなります。そのうちでも特に、“移
動・歩行”、“情報の取得”が難しくなります。
その不便さを、できるだけ軽減する目的で、さまざまな補償機器が開発され、視覚障害
の程度、用途に応じて、活用されています。
補償機器は、単独で用いられるだけでなく、その特長を活かして併用する場合もありま
す。
今回は、補償機器全般の概略を理解していただくために、視覚障害を“弱視”と“全盲”に
分けて、場面を“移動・歩行”、“情報の取得”別に主な補償機器を分類しました(表 1)。
70
表 1 主な視覚障害者用補償機器
移動・歩行
情報の取得
弱視
遮光眼鏡・強力懐中電灯
ルーペ・単眼鏡
拡大読書器(据置、携帯)
画面拡大表示ソフト
コントラスト強調グッズ
全盲
白杖
音声機器(OCR、デイジー、時計、電卓)
画面読上げソフト
点字タイプライター、プリンター
障害の程度や用途によって必要な補償機器は異なりますが、移動・歩行については、移
動しようとする方向のまぶしさ、暗さ、障害物などを検知するために用いられます。ま
た、情報の取得については、視覚を補ったり、代替したりする機器が用いられます。次項
以降で、代表的な補償機器の特長などを紹介しますが、これらはすべて筑波技術大学障害
者高等教育研究支援センター(春日キャンパス)障害補償教育室で所有しているものです。
3)弱視者向けの補償機器
①ルーペ
弱視の人が訴える生活上での一番の問題は、新聞や本の文字が読み取れないことです。
これに対してルーペが有効です。ルーペは代表的な補償機器であり、用途に応じたさまざ
まなものが製品化されています。
a)ハンドルーペ
オーソドックスなタイプです。片
手で持って拡大して見ます。倍率も
さまざまで、丸型だけでなく角型も
あります。
最新式のタイプでは、握るとLED
ライトが点灯し、暗い場所でも文字
が大きくしっかり読むことができま
す。手を離せばライトが消えるので
消し忘れもなく経済的です。
b)小型ルーペ
小型で、レンズ・フレームともプラ
スチック製ものは軽く持ち運びやすく
なっています。複数のレンズを組合わ
せるタイプもあります。レンズ径、倍
率ともそれほど大きくないので一時的
に見るのに適しています。
c)バールーペ
棒状のルーペです。読みたい書類の上に直接置いて使用しま
す。ルーペ中に線が印刷されており、辞書など行間が狭い印刷物
でも、行を間違えずたどって読み取ることができます。文章を読
むのに適しています。
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d)デスクトップルーペ
レンズを覗きながら書き込みや手作業などができるルーペ
です。読みたい印刷物の上に置くだけで、読みたいところが
拡大します。右図の機種は、LED照明があるので、明るく、小
さな文字を見ることができるタイプです。
e)カードルーペ
名刺型のルーペです。レンズは回折原理を用いており、とて
も薄く( 6 mm)、バックや上着のポケットなどに収納できるた
め、映画館・劇場などでちょっと見たいとき便利です。レンズ
を開くとLED照明が自動的に点灯します。
②単眼鏡
遠くの物や文字がよく見えないときに使用する遠方視用の補助具です。小さい望遠鏡の
ようなもので、焦点を合わせること
で遠方から比較的近くまで見ること
ができます。拡大倍率が高いほど像
が大きくなりますが、一度に見える
範囲は狭くなります。視力や見たい
ものとの距離(自席から黒板まで等)
に応じて、適切な倍率のレンズを選
んで使い分けます。
③拡大読書器
拡大読書器は、ディスプレイ画面に印刷物上の文字や画像などを拡大して映し出す機器
です。電気的に拡大するため、高倍率で鮮明な画像を得ることができます。
その大きさ・形状から、据置き型、ポータブル型、携帯型に分類することができます。
据置き型は、本体の下のテーブルに読みたいもの(教科書、辞書など)を置くと、ディスプ
レイ上に大きく拡大して表示されます。最近は、一般の図書館などでも設置されるように
なってきました。ポータブル型は、専用のハンディスキャナーで読みとるものと、読みた
いものの上に置くものがあります。携帯型は、内蔵バッテリーを持っているため、AC電
源のない外出先にも持ち歩くことができます。
72
また、拡大読書器は、単に拡大表示できるだけではなく、さまざまな優れた機能があり
ます。
a)白黒反転機能
パソコンのワープロソフトなどは白地に黒文字が
一般的ですが、拡大読書器ではそれを黒地に白文字
に反転表示する機能があります。これは網膜色素変
性症や白内障などの症状としてまぶしさを強く感じ
る人に有効です。黒下地に白文字にすると、文字が
くっきり見やすくなります。
b)XYテーブル
据置き型の拡大読書器に装備されている機能です。上下左右に動くテーブルで、拡大表
示すると元の印刷物すべてを一度に見ることができないので、見たい箇所に移動させるこ
とによって、見開きのままで読むことが可能です。XまたはY方向だけ移動させると、新
聞などを 1 行ずつ読む場合に便利です。
c)コントラスト強調機能
淡い文字や色つきの文字を見る場合に使います。レシートなどの薄い青文字が見づらい
場合があります。コントラスト強調機能を使うと、淡い文字もはっきり見ることができま
す。
d)オートフォーカス機能
広辞苑などの厚みのある本やビンの曲面に書かれた薬の注意書きにピントを自動的に合
わせる機能で、楽に読むことができます。
④画面拡大表示ソフト
パソコンの画面に表示される文字やアイコンなどが見に
くい場合に、画面の一部分を拡大表示するためのソフト
ウェアです。OSに標準搭載されている機能や、専用の画
面拡大表示ソフトウェアがあります。画面拡大ソフトは、
単に拡大表示するだけでなく、上述の反転表示機能なども
備えています。その主なものをご紹介します。
a)
OSの補助機能:Windows拡大鏡
Microsoft Windowsに標準搭載されている機能です。
具体的には[スタート]メニューから[プログラム]→[ア
クセサリ]→[ユーザー補助]
(Windows Vistaでは[コン
ピュータの簡単操作])→[拡大鏡]を選択すると拡大鏡が
起動します。Windows画面全体を指定した倍率で拡大表
示できます。また反転表示やハイコントラスト表示も設
定できます。
b)拡大専用ソフトウェア 商品名:ZoomText
Windowsの表示画面を 2 から 36 倍まで拡大表示します。全画面拡大、部分拡大などがで
きます。文字のギザギザを滑らかに表示する輪郭補正機能などもついています。
73
⑤遮光眼鏡
紫外線に近い光は波長が短
く、エネルギーが高いです。こ
れが目にとってのまぶしさの要
因になります。
遮光眼鏡は、この短い波長の
光(青や紫色など)だけを主にカッ
トし、それより長波長の光(赤や
黄色など)をできるだけ多く通すように作られていま
す。まぶしさを低減でき、かつ暗くは感じないとい
う特長があります。眼疾患などによって、「全体的に
白く乱反射する、もやもやする」などの症状に対して
効果的です。
⑥強力懐中電灯(フラッシュライト)
視覚障害者向けの強力フラッシュライトは、家電
量販店などで販売されている安価なタイプのものと比較して、非常に明るいタイプのもの
です。アルカリ乾電池、リチウム電池、充電式などいろ
いろなものがあります。
網膜色素変性症で現れる症状の一つに、夜や薄暗い屋
内でものが見えにくくなる「夜盲(やもう、鳥目)」があり
ます。強力なフラッシュライトは、足元などを明るく照
らせるので夜間の歩行に有効です。
⑦コントラスト強調グッズ
文字などを大きく印字するほかに、色のコントラストをはっきりさせることで、弱視の
人に使いやすくなります。
a)ユニバーサルデザイン電卓
ボタンの色を白黒反転し、ボタンの数字と液晶表示を大きくしたものです。
b)まな板としゃもじ
切る食材に合わせて白黒選べる
まな板です。なすなどの黒っぽい
食材のときは白い面を使います
が、大根やタマネギなど白っぽい
食材は白いまな板ではどこにある
のかわかりにくいので黒い面を使
います。
しゃもじも黒いので、白いご飯
がよく見えます。おひつから茶碗
にきれいによそうことができま
す。
74
c)ものさし
透明な素材のものさしは、下地の色によって大変見にく
い場合があります。右の製品は、黒下地に目盛りを白色で
刻印したものです。触ってもわかるよう 5cmごとに目盛り
が浮上加工されており、まぶしさを抑えるためにつやけし
加工されています。
d)便箋ガイド
ノート・便箋、各種申請用紙などに書かれている罫線
は細いため見にくく、線に沿って、または枠内にきちん
と書くのは難しいものです。便箋ガイドは、まっすぐに
文字を書くための補助具です。用紙の上にのせてガイド
に従って書けば、まっすぐに書くことができます。
4)全盲者向けの補償機器
①画面読上げソフトウェア(スクリーン・リーダー)
現在、パソコンのOSはMicrosoft Windowsが主流であり、その画面はアイコンやボタン
などを多用し、マウスで選択・実行するGUIです。このため、画面が見えない全盲者に
とっては、Windows画面の状態や操作状況を音声化するスクリーン・リーダーというソフ
トウェアが必須です。画面に表示されている文字は単語を滑らかに読み上げ、ワープロソ
フトWordでの入力時には同音異義漢字を読み分けます(「学校」⇒”マナブノ ガク ガッコー
ノ コー”、「構」⇒”カマエルノ コー”など)。
また、弱視者の場合には拡大表示ソフトウェアと併用したり、点字の読める人は後述の
点字ディスプレイと併用したりすることもしばしばあります。主なスクリーン・リーダー
には、PC-Talker、95-Reader、JAWSなどがあります。
②音声ブラウザ
最近は、大学・企業でインターネットを利用することはごく一般的になってきており、
視覚障害者にとってもインターネットに自由にアクセスできることは非常に重要です。
アクセスするためには、Internet Explorerなどの一般のブラウザを上述のスクリーン・リー
ダーで読み上げさせる方法と、リンクの読み分けなど視覚障害者用に工夫された音声読み
上げ機能付きのブラウザ(音声ブラウザ)を利用する方法とがあります。
また、メールについても同様で、汎用のメーラーと専用のメーラーの 2 種類の方法があ
ります。専用ブラウザには、ボイスサーフィン、ホームページ・リーダーなどが、また、
専用メーラーには、マイメールなどがあります。
③音声読書機・ソフトウェア
一般のOCR(画像として読み取った印刷物を文字に変換する機器、ソフトウェア)を更
に、視覚障害者用に改良し、OCR技術で読み取った文字を
音声で読み上げるところまでを簡単な操作で行なえるシス
テムです。原稿台の上に目的の印刷物を乗せるだけで後は
操作パネルでの簡単操作でその内容を音声で読み上げる
ことができます。市販のスキャナーと専用読み上げソフト
ウェアを組み合わせてもほぼ同様なことができます。
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④点字プリンター
これまで点字といえば、視覚障害当事者や点訳ボランティアが点筆と点字版で 1 点 1 点
打刻していましたが、点字を高速で打刻するプリンター
が開発されました。パソコン画面に表示された文字デー
タを点字データに変換し、点字用紙に点字を打ち出しま
す。点字の打刻音が静かなもの、点字用紙の両面に点字
を印刷するもの、高速で点字印刷できるもの、パソコン
で作成した図形を点図として打ち出せるもの、など用途
に応じてさまざまなものがあります。
⑤点訳ソフトウェア
点訳ソフトには、1 字 1 字点字データとして手入力するものと、自動点訳ソフトウェア
があります。前者は、点字用のワープロソフトやエディタ
ソフトのようなもので、点訳の規則を習熟した点訳ボラン
ティアが、点字固有の「分かち書き、長音符、数符」などを
考慮しながら入力するもので、入力に時間がかかりますが
完成度の高い点字データが作成できます。一方、自動点訳
ソフトウェアは、普通のワープロなどで作成した漢字かな
混じり文章を、一気に点字データに変換してくれるもので
す。扱うデータによっては不完全ですが、短時間で点字
データが作成できます。用途や時間制限に応じて、それら
を選択、または組み合わせて使用します。
⑥点字ディスプレイ
パソコン画面に表示された文字を点字データに変換し、リアルタイムに点字表示する専
用ハードウェアで、一般的に 1 行 40 文字程度の点字が表
示できます。スクリーン・リーダーと併用して、また点
字文書の編集などに使用されます。点字ディスプレイ上
のボタン操作で、次の行に進んだり、前に戻ったりもで
きます。最近では、携帯用に内蔵バッテリーを備え、外
出先で電子手帳代わりに利用している場合もあります。
5)疑似体験関連
①視覚障害擬似体験キット
視覚障害者の日常生活での困難さを認識し、より理解を
深める事を目的に開発された視覚障害疑似体験キットで
す。ゴーグルに、強度近視、黄斑変性症、網膜色素変性
症、視野狭窄など模した疑似レンズを装着し、歩行体験や
見え方などを体験します。
②色弱模擬メガネ
色の感じ方が一般と異なる、色覚異常がある人は、日本では男性の 20 人に 1 人、女性
の 500 人に 1 人の割合、すなわち日本全体では 300 万人以上いるとされています。この多
様な色覚を持つ人の日常生活での困難さを認識し、より理解を深める事を目的に開発され
76
た特殊フィルタつきのメガネです。
なお、疑似体験は、視覚障害者が日常生活で遭遇する困難を理解したり、配慮や支援が
適切であることに共感できたりする点で有効なツールで
す。しかし、その一方で障害者の気持ちや、ものの見え
にくさのすべてを理解できたと過大評価したり、体験時
に過度の不安感・恐怖感を感じたりすることは本来の体
験の意義とは異なるものです。あくまで疑似体験として
の限界を理解しつつ、視覚障害の理解のために適切に活
用することが大切です。
6)補償機器の選定
前項まで紹介した補償機器やソフトウェアは、その特徴もさまざまで、かつ利用者の視
覚障害の程度や利用目的もいろいろです。従って、それらの機器を正しく活用するには、
機器の仕様を理解すると同時に、自分の利用環境(教室や自室など)での一定期間での試用
が有効と考えています。
そこで、筑波技術大学春日キャンパスにはこのニーズに対応するために、多くの補償機
器を完備した障害補償教育室を設置しています。
本学在籍の学生、教職員の方は、複数の機器やソフトウェアを比べてみることができま
す。また、使えそうと感じた機器は、一定期間貸し出しを行なっています。一部、他大学
で学ぶ障害学生の方にも貸し出しを試行し始めています。
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<参考文献>
視覚障害リハビリテーション協会,視覚障害者のための最新情報機器&サービス
(2006),大活字,2005.
加藤明彦:らくらく視覚障害生活マニュアル.医歯薬出版,2003.
大活字,http://www.daikatsuji.co.jp/
芝田裕一:視覚障害児・者の理解と支援.北大路書房.
中野泰志:視覚障害の理解と疑似体験 ロービジョン.視覚障害,vol. 152 , pp. 6 - 13 ,
1997.
(飯塚 潤一・障害者高等教育研究支援センター教授)
(2)聴覚障害
1)聴覚を活用する機器
聴覚を活用する機器には、補聴器・人工内耳・補聴援助システムがあります。ここでは
これらの機器について解説していきます。
①補聴器
補聴器は、その働きを簡単に言うとまず、マイクロホンで音を拾い、それを増幅してイ
ヤホンできくというものです。しかし、補聴器は、音の大きさ・高さの面において聴覚障
害のある学生の聴力レベルに適応させるだけでなく、学生の好み、音に対する心地よさな
ど、その学生が補聴器を装用することによって利益が得られるものでなければなりませ
ん。その意味で、補聴器のフィッティングを考える場合、補聴器の機能・特性だけでな
く、補聴器を装用している周辺の環境(音場)、コミュニケーション上の相手の協力性、本
人のコミュニケーション意欲等も重要な要因とされるべきでしょう。また、コミュニケー
ションだけでなく、補聴器を通した音環境へのアクセス、補聴器を通して得られる音に対
する情緒、音がきこえることによる心身の安定についても考える必要があります。これ
は、人工内耳についても同じようなことが言えます。
現在、補聴器の種類は大きく分けて 3 つの種類があります。それは、1)ポケット形、2)
耳かけ形、3)耳あな形に分けられます。
a)ポケット形(Box 、Body-worn type、Pocket-type)
補聴器の基本形で、歴史的にも最も古いタイプです。比較的大型で、操作もしやすく、
価格も安くなっています。マイクの位置が自由に変えられ、自分の声をフィードバック
し、音源にマイクロホンを近づけるためには好都合です。しかし、補聴器を衣服のポケッ
ト等に入れている時は、高い音が衣服に吸収され、衣服のこすれ合う音が入ってしまい、
ことばの明瞭度が著しく低下することがあります。最近では、耳かけ形、耳あな形が普及
し、このポケット形を取り扱わない補聴器メーカーが増えてきています。
78
図 1 ポケット形補聴器(リオン社 HP(http://www.rion.co.jp/)より)
b)耳かけ形(BTE:Behind The Ear type、ELA:Ear Level Aid、PA:Post-aural Aid)
今日、最も出回っている形であり、リリースしているメーカー及び機種も豊富です。
この形は、レシーバ、マイクロホン、アンプが一体型となっており、音は軟質のプラス
ティックチューブで耳に送られます。性能的にも、軽度用から高度及び重度用に幅広く対
応できるようになっています。しかしながら、防水型を除いては汗水など湿気に弱いこ
と、チューブなどが痛みやすいこと、マイクロホンとレシーバの距離が箱形と比べ極端に
短くイヤモールドが合わなくなってくると音響的フィードバックが生じピーピーとハウリ
ングすることなどの欠点があります。
図 2 耳かけ形補聴器
(フォナックジャパン社のHP(http://www.phonak.jp/)より)
c)耳あな形(挿耳形)
(ITE:In The Ear type、
Concha type = Custom type
Canal type
CIC:Complete in-the-canal type)
耳かけ形が、ポケット形の不便さを補うべく耳上方に収まって目立たなくなったのに対
し、耳の中に全ての機器が収まるように開発されたのが耳あな形補聴器です。これには 3
つのタイプがあり、大きさによって分類されます。これには、耳介を全て埋める大き目の
タイプ( Concha type = Custom type )、外耳道にはまる小ぶりのタイプ( Canal type )、最近
開発された外耳道の中にすっぽり押し込み、外からは全く見えないタイプ( CIC:Complete
in-the-canal type )があります。これらの補聴器は、それぞれの装用者の耳形に合わせてそ
の補聴器の本体が作られるので全てオーダーメイドでなされます。
79
外耳道の中に挿入されていることから、マイクロホンの位置が本来の耳介の集音効果を
利用できる位置にある。このため、高い音に対する補聴効果が期待されます。
その反面、マイクロホンとレシーバの間の距離が耳かけ形よりさらに短く、耳形(シェ
ル)が装用者の耳の形にあっていないとピーピーと音がなるように音響的フィードバック
が生じます。特に高出力の補聴器の場合は顕著です。
Canal(カナル)タイプ CICタイプ 図 3 耳あな形補聴器(ワイデックス社HP(http://www.widexjp.co.jp/)より)
②人工内耳
人工内耳の機器は図 4 のように体外部と体内部に分かれています。
体外部には、耳掛けマイク、スピーチプロセッサ、送信コイルやケーブルなどがあり、
体内部には、受信コイル、受信器、電極などがあります。
音として感ずるまでの仕組みは、まず、耳掛けマイク①から入った音はスピーチプロ
セッサ②で分析され、どの電極 9 を電気刺激するかを決め、その情報を送信コイル③に送
ります。送信コイルの磁石④は、側頭部に埋め込まれた受信器⑤の磁石⑥に貼りつき、頭
部の皮膚⑦を介して無線で情報を受信器に送ります。そして、蝸牛⑧に挿入されている電
極は、送られて来た情報により内耳を電気刺激します。これが脳に伝わり音として感じら
れます。
図 4 人工内耳(人工内耳友の会より)
(http://www.normanet.ne.jp/~acita/info/arekore2.html)
80
③補聴援助システム(Assistive Listening Devices)
補聴援助システム(Assistive Listening Devices)は、聴覚障害学生のきこえまたは情報の受
容における環境を改善し、円滑な情報伝達を担うために開発されたものです。例えば、講
義の際、周囲の騒音の影響を受けることなく担当教員の音声を直接耳に送ることがきる磁
気ループシステム(集団補聴システム)及びFM補聴システムが挙げられます。本学では創
立(短期大学)以来、磁気ループシステム(集団補聴システム)が講義に活用されていました
が、電波法改正により教員用ワイヤレスマイクなどに変更の必要性が生じ、現在、関係者
でFM補聴システムへの移行等を含めた新システムへの移行を構築中です。
図 5 FM補聴システム(フォナックジャパン社のHP(http://www.phonak.jp/)より)
このように聴覚を活用する機器について補聴器・人工内耳及び補聴援助システムを紹介
してきましたが、これらの機器のみで聴覚障害のある学生の学習環境及びコミュニケー
ション環境が完全に整備されたわけではありません。学生たちは、個々に適切にフィッ
ティングされた機器を用い、なおかつ手話を読み取り、視覚教材を併用しながら講義を受
けています。
(佐藤正幸・障害者高等教育研究支援センター教授)
2)視覚を活用する機器①
①インターネットに対応したリアルタイム字幕提示システム
本学では長年にわたって文字による情報保障手段に関する研究及び開発を実施してきて
います。障害者高等教育研究支援セン
ターで開発されたISDN対応の字幕シ
ステムは、開学当初から教養科目にお
ける非常勤講師、入学式・卒業式を含
めた各種の式典や学会での運用実績を
有しています。近年、専門課程におけ
る情報保障の必要性から、どの講義室
からも利用でき、且つ多くの専門用語
を含む講義でも対応可能な字幕システ
ムが必要となりました。
そこで本学では、ISDN対応の字幕
図 1 インターネット対応のリアルタイム学習提
示システム
81
システムを元に、図 1 のような「イン
ターネットに対応した遠隔によるリア
ルタイム字幕提示システム」を研究・
開発し、非常勤講師の支援等の場で実
運用しております。本システムでは、
東京都内にいる特殊なトレーニングを
受けた速記タイピストと本学の講義室
図 2 専門用語の入力
図 3 各種通信用PC
を上記のシステムで結び、講義室の音声や映像及び専門用語を速記タイピストへリアルタ
イムで送ります。速記タイピストに対する専門用語提示(図 2)に関しては、講義内容を理
解した専門家がリアルタイムに入力し、速記タイピストに送信します。その音声・映像と
専門用語から、正しい字幕データを講義室に戻し(図 3)、聴覚障害学生に提示します。こ
のような流れで、情報保障を実施しており、現在はPC要約筆記に対応した遠隔通信シス
テムも開発・運用しており情報保障の場で利用されています。
一方、音声認識技術を利用した次世代の情報保障手段に関する研究・開発や実験的な情
報保障も産業技術学部と支援センターが協力して実施しています。
②キャンパスライフをサポートする各種の学内設備
・学内CATV及び学内広報システム
学内には文字デコーダを予め通した字幕付きのアナログ放送を寄宿舎や学内の実験
室等に配信しています。また、2011 年から完全以降する地上波デジタル放送(標準で
字幕表示可能)も学内配信しています。各放送に対して学内広報も配信しています(図
4 )。この学内広報システムは寄
宿舎だけではなく、天久保キャン
パス全域に約 80 台のモニタを設
置し、各種の情報を配信していま
す。表示される情報は、教職員が
各自のPCから入力されます。
・文字による警報システム及びお知
らせランプ
火災警報に連動して作動する
「文字による警報システム」の表示
用端末が、天久保キャンパスの寄
宿舎を中心に約 60 台が設置され
ています。火災警報の発報と同時
図 4 キャンパスライフをサポートする各種の学内設備
に、非難を促すメッセージを自動
的に表示します。また、このメッ
セージには“火災の発生場所”の情
報が付加されており、危険な場所
を避けられるように配慮してあり
ます。これらの機器に加えて、講
義の開始・終了や火災発生を知ら
82
図 5 文字による警報システム作動時の表示例
せる 3 色のお知らせランプも、天久保キャンパスの各所に設置されています。
(三好茂樹・障害者高等教育研究支援センター准教授)
2)視覚を活用する機器② マルチメディア教室について
開学当時の筑波技術短期大学(本学前身校)では、各教室にホワイトボードとOHP用スク
リーンが設置してありました。ここでは、前もって作成したOHP用紙に従って授業を進
め、キーポイントとなる言葉などはOHPまで近寄って用紙に透過性のペンでマークをし説
明していました。通常の説明では手話や口話を交えて授業を行ないましたが専門用語を使
う場合は手話表現が無い物が多く、書いて説明することが中心となりました。また、学生
の質問などでは先ず質問内容を全員に説明した後に回答を行ない、説明用OHP用紙の準備
ができていない質問にはホワイトボードに説明文や図形を描き説明しました。この状態で
授業を受けている学生は、教官の手話/口元・OHP画面・ホワイトボード・配布資料の四
点に注目しながら情報を取得する必要がありました。加えて、学生の一般的な基礎知識は
十分でなく授業を進めて行く上での前提条件が崩れるのが常でした。その場合は、必要に
応じて説明を加えながら授業を進めていました。
◆このような状況を改善するために以下のような項目を中心に改善策を模索しました。
①視線の移動が少なくて情報が収集できる。
②一般常識を簡単・迅速に検索し、視覚情報として表示できる。
③質問内容を迅速に共有できる。
④視覚教材の製作と配信ができる。
⑤授業中での学生間コミュニケーションの促進が行なえる。
これらの改善点に着目し、情報補償の完備した教室には
表 1 システム装置一覧 Ⅰ.視覚情報教材作成システム Ⅱ.視覚情報検索・配信サーバ
Ⅲ.視覚情報提示システム
の三部構成でシステムの導入を計画しました。
◆「教材作成システム」では、ノンリニア編集PCを
中心に静止画や動画の取り込みが可能で、これ
らに対し字幕挿入等の必要な視覚化加工が可能
システム名
機 器 名
Ⅰ
ノンリニア編集装置一式
Ⅱ
配信用サーバ一式
教官用PC
ノートPC
外部カメラ
Ⅲ
マトリックススイッチ
タッチパネル機能付き
大型ディスプレイ
2 連プロジェクタ
なシステムとしました。
◆「検索・配信サーバ」は教材作成システムで作成しました教材を蓄積し、必要に応じて
「キーワード」による検索を行ない配信できる機能を持たせました。
◆「情報提示システム」では、色々な視覚情報メディアを必要な場所に表示することが可能
なシステムとしました。
これらの考え方を基にして予算請求や機器の選定を行ないました。その後、実際に完
成した教室の機器構成の概略を表 1 に示します。
現行の教室ではⅢの「視覚情報提示システム」が運用されています。Ⅰの「視覚情報教
材作成システム」はより高機能なノンリニア編集機能を持つPCに更新され、授業で活用
されています。Ⅱの「視覚情報検索・配信サーバ」は単純なファイルサーバとして稼働し
ています。
83
次に現在稼働中の「視覚情報提示システ
ム」
(現マルチメディア教室)の機器接続概
要を図 1 に示します。また、ここで実現し
ている機能を紹介します。
○「視線の移動を少なくして情報が収集で
きる」に関しては、タッチパネル付き
大型ディスプレイが大きく貢献してい
ます。これはPC画面とホワイトボード
を合成したような機能を持ち、PPT(パ
ワーポイント)画面へ直接指で記入でき
図 1 視覚情報提示システム概要
る装置です。学生からすればPPTと解
説・重要なキーワード等が視線の移動なしに視野の中におさまり、容易に情報を得るこ
とができます。
また、マルチスクリーン環境は書画カメラ等からの映像を好きな場所に表示できるの
で、学生の質問に対する付加説明などを授業の流れを中断し別のスクリーンで説明する
ことができ、円滑な授業進行に大いに役立っています。
○「質問内容を迅速に共有できる」に関しては、学生を映すカメラを天井に設置していま
す。これは質問をしている学生をクローズアップでき、教員の後ろに設置してあるスク
リーンに表示できるので、学生は教員を見ながら少しの視線移動で質問をしている学生
を見ることが可能です。この事により学生の質問内容を瞬時に全員が共有することが可
能となり、円滑に授業進行を行なう事ができるようになります。学生の評価は「皆の様
子が分かって良い」から「大写しになって恥ずかしい」と賛否両論でした。現在カメラは
マニュアル操作で学生にフォーカスしているが今後は自動化を計画しています。
○「授業中での学生間コミュニケーションの促進」に関しては、三角形のやや大きめな机
(おにぎり机と呼んでいる)を導入しました。この机は簡単に移動が可能で授業の進行に
合わせ配置を自由に変更が可能です。特に学生間の話し合いなどではお互いに向き合う
形にも簡単に移動できるので、特に聴覚障害学生には有用であると思われます。学生も
その形状からか好感を持てるようです。
「一般常識を簡単・迅速に検索し、視覚情報として表示」と④「視覚教材の製
しかし、②
作と配信」に関しては、当時のPCパワーとネットワーク容量の不足により十分な性能を発
揮できませんでした。また、ソフトウェアに対する要求仕様が高すぎたので実現できな
かった面もあります。現在は、当初の目的の半分程度が実現できているにすぎないので残
りの課題に対し積極的に取り組んでいく予定です。
(村上裕史・産業技術学部准教授)
3)発音練習の機器
聴覚的にフィードバックすることが困難な言語音の発話スキルを習得するためには、視
覚、触覚、筋運動感覚など、他感覚からのフィードバックが重要な手がかりとなります。
伝統的発音指導法においては、呼気を意識させるための綿飛ばし(視覚)、掌を首に添えた
有声音と無声音の弁別(声帯振動の触知覚)、サ行音の構音点と構音方法を理解させるため
のストロー吹き(視覚及び筋運動感覚)といった様々な手法が考案されてきました。これに
84
対して 1970 年代以降には国内外においてパソコンを利用した聴覚障害児用発音指導機器
が多数開発されその一部は教育現場にも普及しましたが、何れの機器も発音要素の一部を
視覚的に表示するに過ぎず、発声や構音のスキルの構築、修正は伝統的発音指導法に頼ら
ざるを得ないというのが実情です。しかしこれらの機器の中には伝統的手法ではフィード
バックが困難な無声子音等の構音の状況を視覚的に表示できるものがあり、本学の発音指
導においても有効に活用されていま
す。
①発声発語訓練システム
松下通信工業が商品化したもの
で、1989 年から松下視聴覚教育財団
を通して全国の特別支援学校(聾学
校)に貸与されました。その後、成人
聴覚障害者の学習に活用すべく本学
との共同研究で一部機能が改良され
ています。図 1 は同機によるサ行音の
発話音声の表示画面です。下の波形
は子音の摩擦音を表示し、上の波形
図 1 発生発語訓練システム
は後続母音の声帯振動を表示しています。
②Sインジケータ
サ行音やチ、ツといった 6KHz付近の高い周波数
成分をもつ子音の有無、強さを、小型電球の点滅
とUVメータで表示する装置です。単一機能機器で
すが、立ち上げ時間が事実上皆無なので必要な場
面で直ぐに使えるという利点があります。持ち運
びができるので、学習者に貸し出して対面指導に
より学習した構音を自室で復習することが可能で
す。
(石原保志)
図 2 Sインジケータ
85
第 3 章
SD(Staff Development)編
1.SDの目的
(1)事務局職員の使命を認識
大学には様々な側面があります。研究機関、学生の教育機関、地域コミュニティーの一
構成員などなど、社会において多様な役割を果たしているわけですが、当然、それぞれの
主役も異なっています。
従来、研究・教育は教員、職員は裏方というような役割分担が漫然と受け入れられてき
ましたが、少子化、大学全入時代を目の前にした今日、組織の総力を挙げて、他大学との
差別化、競争力の滋養を図る必要があります。そこには、研究能力・教育能力の更なる開
発と共に、管理・運営、施設整備、学生生活対応、就職活動支援などの様々な領域におい
て事務局職員も持てる能力・技術を最大限に発揮することが含まれており、強く求められ
ています。近年、SD研修が企画され、事務局職員(Staff)の能力開発(Development)が声高
に叫ばれているのは、このためです。
さて、能力開発といった時、多くの方々は技術的側面を中心に考えると思います。それ
は誤りではありませんが、同時に大切なことは、それらの知識・ノウハウが“何のために”
あるのかをきちっと理解することです。つまり、“ポリシー”がわかっていなければなりま
せん。なぜ、大学に事務局があり、少なくない職員が配置されているのか。本当に事務局
は裏方なのか。
40 年近く前、大学紛争華やかなりし頃、“大学構成員”という言葉が流行りました。教
員、職員、学生の三者です。それぞれがお互いを尊重し、という主張は、残念ながら、多
くの大学で全面的には受け入れられませんでした。無条件に、三者がお互いを、というの
は、やはり無理があったのだと思います。
1)二つの文化
ここで新たな概念を出そうと思います。ただし、学生についてはおいておきます。
FD・SDハンドブックですから。新たな概念、それは、大学というコミュニティーにおけ
る二つの“文化”という概念です。
教員と事務職員とは、同質ではありません。同時に、優劣・上下もありません。つま
り、両者を無理やり同じ枠の中で考えずに、異なった質の集団が大学を構成していると考
えたいのです。私のイメージからすれば、“自由奔放”
な教員文化と“規律ある”事務職員の
文化の融合が大学であると考えられます。
イメージの正しさはともかくとして、そのように考えると、自ら、事務局組織にも独自
の使命があるということになり、少なくない数の職員が、使命を果たすために必要となる
のです。そして、この使命を端的に言うなら、“教員と対等の立場に立つ、現在及び将来
における学内の物的・人的資源の維持・発展、管理・運営、調整”となるわけです。
2)労働としてのサービス提供
と、同時に、もう一つ大きな使命があります。それは、“教員や学生へのサービス提供”
という役割です。教員が良質の教育・研究を行ない、学生が十分な学習・学生生活を維持
できるための様々な環境やサービスの提供者、という役割です。
87
ただし、これは“労働”です。もう死語に近いですが、“公僕”という言葉があります。
“僕(しもべ)となって公につくす者”ということですが、サービスの提供者とは、“しもべ”
ではありません。サービスの提供とは、労働なのです。つまり、主体性を持ち、学習を必
要とし、契約によってのみ縛られる、個人・組織の意思の発現の一つの形態です。
事務局職員には、自らの意思の発現として、行なうべき業務があるのです。
(2)本学特有の障害理解、障害学生への対応方法の獲得
1)機能障害・能力障害の理解
一般論としてのSD研修の重要性は、上に示しましたが、より重要なのはここからで
す。SD研修が、本学において特に必要な理由、それは、障害学生を対象とした大学だか
(視覚障害とは)、3 −(1)
(聴覚障害とは)に示したように、視覚障害
らです。FD編 2 −(1)
者、聴覚障害者に特有の行動特性というものがあります。そのため同じ大学生と言って
も、健常学生と障害学生とでは、対応の仕方がかなり異なります。それぞれの機能障害
(impairments)からくる能力障害(能力低下:disabilities)があります。よく聞こえない。ぼ
やけて見えるなどの状態です。これらの様々な特徴に対し、適切な対応の方法があります
が、それらは多くの場合、学習しないと分からないものばかりです。手話を学習、点訳方
法を学習。これらは、SD研修の大事な項目の一つです。
しかし、健常学生と違うのは、能力の面だけではありません。ここで、視点を少し変え
ます。今の世の中、障害者にとって住みやすいのでしょうか。様々な誤解、いわれのない
偏見、健常者の優越感など、多くのバリアが存在しています。
2)心の理解
本学に入学してきた障害者もまたそれらの中で生きてきたわけです。機能障害、能力障
害だけでも大変な苦労があるのですが、それに加え、ぶしつけな社会の目にもさらされて
きたのです。一つ一つの彼らの行動の中に、健常学生とは異なる行動パターンがあっても
不思議ではありません。本学職員は、これらのことも知っておく必要があります。
例えば、何回も聞きなおす視覚障害学生がいます。これを疑い深いとか、しつこいと
か、考えるべきではありません。その場で正確な情報を記憶しているだけです。彼らに
とって、忘れたら、また事務室に行って聞けばいいというのは、健常者が思う程、たやす
いことではないのです。目に見える障害の面だけではなく、障害者が取りやすい思考過
程、行動パターンなど、内面もできる限り理解することが重要であり、これらもSD研修
が必要となる理由の一つです。
3)バリアフリー
本学教職員は、学内における様々なバリアの排除が義務であるといえます。しかし、何
がバリアであるかを理解していなければ、これはかないません。“バリア”についての理解
が、SD研修の三つ目の目的です。
バリアは、大きく、四つに分けられます。一つは、物理的バリアです。これには、キャ
ンパス内の施設や設備のバリアが入ります。暗い廊下、点字ブロックのない道などです。
次は、情報のバリアです。手話やノートテイクなどの情報保障のない授業や会議、点字
資料を用意しない視覚障害(盲)学生への授業や事務的な連絡のことです。
88
三つ目は、心理的バリアといわれます。暗くてよく見えないという周囲の事情が分から
ない状況は、障害学生に、心理的にも不安を増大させ、負担を強います。また、慎重に行
なっているつもりが、作業が遅いと叱咤される状況も心理的バリアです。
そして最後は、制度的バリアです。視覚障害者は医者になれないというような、近年ま
であった各種の欠格条項がそうです。視力の無い人に外科医としての手術は無理であって
も、診療できる科はあるはずです。それらをひとまとめにして排除するような規則は不当
であり、大きなバリアです。このような制度の下で、実際、障害者の受験・受け入れ拒否
なども過去にありました。
本学内に制度的なバリアは無いと思いますが、理学療法士の国家試験で試験時間の延長
が認められないなど本学に関連する制度的バリアはいくつもあり、監視と改善の声をあげ
ることが必要です。この制度的バリアは、社会全体が障害者を受け入れ、共生を目指すと
いう理想への正反対の力といえるでしょう。
本学教職員は、これらのバリアを正しく理解し、常に周囲からそれらを取り除いていく
努力が求められています。特に心理的バリアは、直接見ることができないため、健常者
には分かりにくい場合も多々あります。これに対する方法はただ一つ、障害学生とのコ
ミュニケーションを心がけ、その気持ちに触れることです。残念ながら、何回SD研修を
行なっても、それに勝る方法はありません。
4)教育におけるユニバーサルアクセス
一般大学において、障害学生へのサポートは、教育における様々な学習困難者へのサ
ポートの一つです。留学生、高齢学生、最近ではママさん学生、それぞれが色々な難しさ
を抱えています。そういう学生により良い学習・生活環境を提供しようという実践の一環
なのです。すなわち、能力と意欲があるのなら誰でも良質の教育を受けられるという“教
育におけるユニバーサルアクセス”への試みです。
そしてこれは、障害者のみを受け入れているとはいえ、先天的或いは中途障害、外国
人、高齢者など幅広い特徴を持つ学生集団を対象としている本学でも同様です。
能力と意欲があるのなら、障害の程度、年齢、性別、勿論、生育環境などとも無関係
に、彼らが求める知識と技術を提供できるような教育環境―ユニバーサルアクセス―を完
成させるための両輪として、教員と職員の不断の努力が必要です。
(石田久之)
89
2.国立大学の法人化と事務局
(1)法人化の意味するもの
平成 16 年 4 月から国立大学は法人化されました。それまでは国立大学の設置者は国で
したが、国立大学法人法が制定され、国立大学法人ができ、それが国立大学の設置者とな
りました。国立大学は文部科学省の附属機関から法人格を持った独立した機関になったわ
けです。では、この法人化によって、事務局を中心に具体的に何がどのように変わったか
を説明したいと思います。
1)管理運営から経営へ
従来は、文部科学省の 1 機関でしたから、文部科学省の指示・監督の下に管理運営を行
なえばよいというのが基本でした。また、教育研究や事務の組織を変更する場合は、文部
科学省の了解が必要でした。しかし、現在は法人格を持った、独立した機関になったわ
けですから文部科学省の指示を仰ぐのではなく、自ら考え、自ら実行しなくてはいけませ
ん。もちろん、国立大学法人法をはじめ各種法令等を遵守しなければならないのは当然で
すが、その範囲内であれば、自らの判断でいろいろなことが可能となり、また、実施しな
ければなりません。これからは独自に法人を維持していくことになりますから、管理運営
ではなく、経営という感覚が求められるのです。経営を行なうためには、法人の資産や費
用・収益をよく分析し、それをどのような業務が重要かを判断し、資金を投入していかな
ければなりません。職員それぞれの企画・立案能力が重要になりますし、また、同時に常
に経営という感覚を持って業務に当たるということが求められます。法人として独立した
わけですから、自由度は高まりましたが、例えば、以前のように人事院勧告で給与等があ
がれば国がその予算をつけてくれる、天災等で被害が出ればその補修等の予算がつくとい
うことはありません。原則は自己の責任ですべて対応していかなければならなくなりまし
た。
因みに、本学の資産は、約 125 億円です(図 1)。これは国から出資された土地・建物・
設備がほとんどです。また、20 年度に法人として扱っている金額は約 33 億円です。この
うち、科研費やGP等も含めると、90%以上が国等からの収入です(図 2)。また、経常収
益に占める運営費交付金の割合は 19 年度決算で 85%となっており、全法人の中で一番依
図1
90
存率が高くなっています。全法人の平均は 50%程度であり、法人としての健全性・安全
性を維持するためには、今後、運営費交付金の確保はもとより、外部資金(寄付だけでな
く、GPや委託費も含めて)の確保や資産のより有効な活用を行なうとともに、不断に無駄
の排除、業務の見直し等を行なっていくことが必要です。
図2
2)組織
法人化による組織の変化としては、まず、学長のリーダーシップが挙げられます。従来
の大学の学長としての役割に加えて、法人経営の最高責任者という役割も同時に担うこと
になりました。国立大学として教育研究に関する重要事項を審議する教育研究評議会に加
えて、国立大学法人の経営に関する重要事項を審議する経営協議会、法人としての最高の
意思決定機関である役員会の議長を務め、法人としての中期計画・年度計画の策定、予算
の作成・執行、決算等を行なうことになりました。
また、大学としての主要な業務として、従来の教育・研究に加えて社会貢献が位置付
け られました。このことからもわかるように、国立大学はより社会に対して開かれ、社
会の要請に応えることが求められるようになりました。それに伴い、外部の人材を数多く
登用する必要が出てきました。最低でも理事、監事のうちそれぞれ 1 人は外部の方を、ま
た、経営協議会の半数以上は学外の方をお願いすることになっています。本学では、この
他にも顧問、アドバイザー、各種委員会の委員などに外部の方をお願いしています。これ
らの方々の意見を積極的に取り入れて、より開かれた大学になるよう努めなくてはなりま
せん。さらに、法人化に伴い、教員と事務系職員の協働ということも重要になってきまし
た。法人化以前は、事務系職員は教員に対して、従属的・補助的な色彩が強かったのです
が、これから法人として存立していくためには事務系職員の役割は大きなものとなりまし
た。それぞれが、総務、財務、教務、学生支援等の専門家になり、教員と協力して法人の
運営にあたることが求められます。それを実行する仕組みとして室というものが設置され
ました。また、委員会の委員としても正規のメンバーとしてその意見がしっかり大学の運
91
営に反映される仕組みを採るようになりました。法人運営(経営)ということについては自
分たちが専門家だという気概を持ってしっかりと自分の役割が果たせるよう自己研鑽を積
んでいただきたいと思います。
3)評価
法人化に伴って、中期目標・中期計画が設定されることになりました。国立大学法人の
場合は、これが 6 年間という期間で設定され、教育・研究についてはこの期間中の目標に
対しての達成度が大学評価・学位授与機構により評価されます。また、業務運営の改善及
び効率化、財務内容の改善等については、毎年、年度計画を策定し、国立大学法人評価委
員会にその達成度が評価されることになっています。それらを併せて 6 年間の全体として
評価がなされ、それにより達成度の低いところは設置そのものの必要性や組織の在り方に
ついての検討がなされることになります。言い換えれば、この評価により大学のその後が
決定されることになります。また、これ以外にも障害を持つ人やその団体、地域の人々、
地方公共団体、保護者等いろいろな方々からの評価も極めて重要です。これらの方々にこ
の大学の必要性等を十分理解してもらえないことには大学の存立が危ういことになりま
す。その意味からも適切な情報公開、広報ということもより重要になりました。
4)その他
職員の身分が、国家公務員から非公務員へ、あるいは、会計規則が国の基準から民間準
拠になったことなど、この他にも大きな変化があります。
(2)事務局職員に求められるもの
職場が大学という機関である以上、その基本は教員による教育・研究にあることは言を
待ちませんが、その教育・研究がしっかり行なえるようにするための体制作りや経費の確
保、教育の対象である優秀な学生を確保し、その学生がしっかり学べるための学習や生活
の環境を創ることが必要で、それらは教員と力を合わせて皆さん方が企画・実行していく
ことになります。この大学を支え、発展していく鍵は皆さん方職員一人ひとりです。本学
では、人件費が基盤的経費の 90%近くを占めています。これは、経営的には非常に硬直
していて好ましいことではありませんが、教育を行なうのは人ですから、本学のような大
学ではある程度仕方のないことといえます。しかし、その意味からも皆さん一人ひとりの
役割が重要になってきます。視覚障害・聴覚障害者のための大学で働く皆さんにとって、
何より重要なことは自立した専門職業人を養成し、障害者のリーダーとなるべき人材を育
てる大学にあって、自分はそれぞれの立場で何をすべきか、何を改善すればよりよくなる
かということを絶えず考え、それをやり遂げる熱意に他なりません。このことを常に頭に
置いて、本学で大いに活躍されることを期待しています。
(竹田貴文・理事・事務局長)
92
3.本学における事務局組織
(1)事務組織
平成 16 年 4 月に国立大学が法人化となり、各国立大学の事務組織が変わりつつありま
す。その理由には、法人化後の事務組織の編成が法令に規定されず、大学の予算の範囲内
で自主的な判断によって柔軟な事務組織を編成することが可能になったからです。このた
め、従来の画一的な課や係体制にとらわれることなく、例えば法人の経営戦略を専門に分
析担当する課(室)を新たに設ける大学、あるいは学生中心の大学づくりを目指す観点か
ら、学生支援を一体的に行う組織としてグループ制又はユニット制などを編成する大学な
どもあります。
本学は、平成 17 年 10 月の 4 年制大学化を契機に、事務組織が事務部体制から事務局体
制に変わりました。事務局組織を編成するに当たっては、短大時代の 4 課体制(天久保地
区の総務課、会計課及び教務第一課と春日地区の教務第二課)を基本としつつ、法人の総
務、会計(施設を含む。)及び教務等に関する事務を処理するため、現在、事務局長をトッ
プに、総務課、財務課、聴覚障害系支援課及び視覚障害系支援課の 4 課体制(図)の組織を
編成しています。
図 事務組織図
93
(2)事務組織の特徴
1)本学の事務組織の特徴は、なんと言っても「障害系」を冠とした聴覚障害系支援課及び視
覚障害系支援課を組織名称としたことでしょう。この名称は、全国の国・公・私立大学の
中で最もユニークなものではないかと思います。この名称を決めるまでには色々議論され
たようですが、最終的には、短大時代の業務内容を付す名称とするのではなく、学生や教
職員、そして、学外からも分かりやすい名称にするという方針に基づいて
「障害系」を冠と
したユニークな名称の課が誕生したという経緯があります。そしてもう一つ、聴覚・視覚
障害学生にかかわる修学支援に関して、学内をはじめ学外に対しても広くサポートしてい
くという期待を込めて付けられたという理由があったようです。
2)聴覚障害、視覚障害の程度(聞こえ方、見え方など)は、学生一人ひとり異なるという
特殊性があります。そのため、聴覚障害系支援課及び視覚障害系支援課が行なう学生対応
については、他の大学に比べてよりきめ細やかで丁寧な学生支援を行なうことができるよ
う、両支援課にはそれぞれ学生係、教務係、図書係、技術係、専門職員
(企画担当)といっ
た体制で業務を遂行しています。
3)春日地区の保健科学部には、東洋医学と西洋医学を統合して行なう附属施設として「東
西医学統合医療センター」を設置しており、このセンターは、保健学科鍼灸学専攻の学生
実習をはじめ、東西医学をとおした地域医療の場となっています。そのため、医療サービ
スの充実・向上を図る観点から、主に学生対応の事務部門である視覚障害系支援課に、医
療事務に関する専門知識を有するスタッフを配置した「統合医療センター係」を設けていま
す。
(柴 正彦・総務課長、高瀬正明・財務課長)
94
4.本学の事務局職員に求められる役割・資質等
本学の事務局職員(管理職、技術系及び医療系を除く。)は、80%以上が筑波大学との人
事交流という大きな特徴があります。この人事交流のメリットとしては、事務経験が豊富
で即戦力として期待できるというところにあります。一方、多くの人事異動が 3 年周期で
あるため、蓄積したノウハウがうまく継承できないという課題もあります。また、3 年経
てば本籍地に戻れるという安堵感があり、本学への愛着心やチャレンジ意欲が少し薄らい
でしまっているという感があると思います。
それでは、本学の事務局職員に求められる共通的な要素とは何かと考えると、まず、本
学は、聴覚・視覚障害者のための我が国唯一の国立大学であるということを十分認識し、
本学への愛校心を高めることが必要と感じます。そして、聴覚・視覚障害者に対する理解
を深めることが求められます。
(1) 管理運営系職員
1)本学の総務及び会計(施設を含む。)に関する事務を処理させるため、事務局に総務課及
び財務課が置かれています。この両課に所属する職員は、主に管理運営に係る事務を処理
することから、特に所掌する事務に係る諸規程や諸制度に精通していることが、当然、資
質として求められます。その上で、障害学生支援を重視している大学であることを十分認
識するとともに、教職員と連携・協力して企画立案に参画し、役員等を支えるなど、管理
運営を担う専門集団としての機能を発揮していく必要があります。
2)教職員へのサポートという意味では、教職員の中にも障害がある者が在職しているとい
うことを忘れてはいけません。これも本学の特徴ある点で、本学の平成 20 年度の障害者
雇用率は 15.45%となっています。このような状況を踏まえると、例えば総務課において
は、教職員のプライバシーに配慮しつつ、「だれがどのような障害(程度)で、どのような
支援(情報保障など)が必要なのか」といった情報などを把握・整理し、関係部局に提供す
るという気づきが必要です。この情報を教職員が共有することによって、例えば組織的に
は、会議を所掌する課においては情報保障の準備をスムーズに進めることが可能となり、
会議を円滑に運営することができるわけです。
3)管理運営系職員の業務は、教育研究支援系職員と比べ他大学の業務と同様の内容である
ことから、筑波大学との人事交流による職員の配置は、前述のとおり即戦力として有益で
あると考えられます。特に管理運営系職員は、文部科学省をはじめ対外的な折衝を行うこ
とが多いため、過去の経緯を熟知していることが必要であります。そのためには、人事計
画を立案する上で、3 年という交流期限に捉われない在職期間の延長など柔軟な対応を講
じることが求められます。
4)また、限られた人員・予算等を管理するという視点に立てば、法人化前は、人件費は義
務的経費であり、定員及び級別定数の範囲内で不足額が生じた場合に基本給に相当する部
分については、国からの追加予算が保障されていました。また、運営費についても予算科
目による制約はあるものの、年度途中に不足額が見込まれれば、追加要求による予算獲得
95
も可能であり、事項指定経費を除き、予算の透明性を欠いていました。こういった経緯が
いわゆる「お金を持つ者」の優位性という印象を与えがちでした。
しかし、法人化後は、国から財政支援される基盤的経費については、当該年度における
予算編成時に確定しており、「お金を持つ者」の優位性どころか、如何に必要な事業を如何
に効率的・効果的に実施するかというマネジメント能力が必要となります。
このことから、教育研究支援系職員、技術系職員及び図書系職員からの障害学生支援に
係る人事面や経費面での要望については、運営に要する経費の大部分を国から運営費交
付金として措置される国立大学の中であって、学生 1 人当たりに要する経費が突出して高
く、それが当然の如く、新たな障害学生支援事業を展開するのではなく、スクラップ&ビ
ルドによるメリハリのある障害学生支援を行なうよう関係教職員への理解を求める必要が
あります。
(柴 正彦、高瀬正明)
(2) 教育研究支援系職員
基本的姿勢として学生の障害の程度や能力に応じた配慮を心がけています。学生対応時
には特別に身構える気持ちを無くし、学生の立場に立ち、気持ちを理解することに注意し
ています。
1)学生サービスの最前線の自覚
利用者が何を求めてきているのかを明らかにし、早とちり・早わかりしないようにしま
す。こちらがどう理解したのかが、相手側に伝わるよう心がけ、また、他の部署とのコ
ミュニケーションも心がけます。
2)学生への個別対応の必要性とその判断
窓口対応ができない対応、メンタル及び個人的な悩み等は相談室(個室)での対応が必要
で、個人情報については、適切に取り扱います。
3)情報の収集・提供の重要性の認識
学生が窓口に立ったままだまっているような時に、その学生が何に困っているのかを表
情等から推察し、話をしやすい雰囲気作りをするなど、情報収集に努め、必要な情報を提
供することが必要です。
4)学生関係
○寄宿舎生活におけるプライバシーへの配慮
・入居者(学生)の立場になって、対応するよう心がける。
・勤務上必要があり入居学生の生活の場に立入る場合には、特にプライバシーへの配
慮が大切です。
・外部から容易に侵入できないように、当該学生寄宿舎の各ユニット(共用部分)ドア
をオートロック方式にし、各居室と鍵を兼用化しています。
・女子学生の入居者を 2 階以上に配置しています。
・女子入居学生用の共同浴室は、当該学生が自身で開錠・施錠できるよう、予め鍵を
配付し、利用させています。
96
○学生生活のアドバイザーとしての職
・窓口対応が困難な場合、別室で対応します。また必要に応じて保健管理センターや
クラス担任に対応を依頼します。
・苦情等があった場合には、偏見がないよう心がけながら早急に実情調査を行ない、
対応します。
5)教務関係
・本学では授業保障及び障害補償がどのような内容で行なわれているかを、教職員自
身が把握することが大切。
・上記に関して学生へ適切なアドバイスができる能力を身につける。
・期限等の厳守(障害学生といって日時・期限等を甘くしない。)させるよう心がけ
る。
・欠席・受講態度に関する何らかのモニタ機能(出席管理は教員の仕事ですが、学生
の状況について、アドバイスを提供できるような仕組み作り)が必要。
・聴覚障害学生が授業を受ける場合、教室内の座席配置、手話通訳の配置や実技・実
習配置などの配慮をする。
6)入試、受験相談関係
・保護者等からの受験相談時や入学時は丁寧に対応し、適切な語句を用いて誤解のな
いよう注意を払いながら説明を行なう。
・受験時のサポート内容を把握(受験相談・特別な配慮に注意)する。
・受験相談対応においてカリキュラムの概要説明とともに授業保障の説明を行なう。
・就職先を把握し説明できるようにする等、他の情報も把握する。
○入試に係る広報の配慮
視覚障害学生にとって、以下の配慮を行なうことが必要です。
・視覚障害に配慮した教育環境である旨の広報。
・ホームページ等の情報提供においては、PDFファイル等の絵情報は避け文字情報を
充実させることが必要。
・大学広報用CD等における音声対応版作成。
・大学概要やQ&A等の広報関係資料の点字版作成。
・オープンキャンパス等の開催時における引率移動に必要なサイドヘルプ技術の習
得。
・校舎棟等が建設物として、視覚障害者に配慮して設計されていることの説明。
○入学試験に係る対応
視覚障害学生への対応は、以下のことが必要です。
・入学試験時における視覚障害に特化した受験上の配慮。
・学生募集要項の点字版の作成。
・受験生に負担の少ない座席配置、補償機器の配置にも注意が必要。
・普通文字サイズの墨字以外に、拡大文字問題や点字問題等を希望により作成。
・受験時の手元照明用に、電気スタンド等の照明機器を貸与。
・点字の使用に不慣れな受験者に対する問題文の読み上げ対応。
・試験室移動に伴う受験者の引率。
97
聴覚障害学生への対応は、以下のことが必要です。
・手話通訳の配置。
・注意事項の文字伝達。
・補聴器の持参使用許可。
・OHPなどの補償機器の配慮。
(陸名 明・聴覚障害系支援課長、大内知行・視覚障害系支援課長)
(3) 技術系職員
○聴覚障害系教育研究支援室
(1)最新技術・ノウハウの獲得意欲
聴覚に障害のある人とのコミュニケーション手段には、それぞれ個人に応じ、手話・
口話・筆談・文字提示機器を用いた情報伝達手段があります。特に、聴覚障害情報保障の
うち、機器の進歩が早い業務に関連する、電子機器、福祉機器の国際見本市等を研修の場
として多くの最新の技術情報・各種ノウハウの習得が必要です。
さらに、大学職員対象の著作権セミナーへも参加し、字幕入りビデオ等作成における適
切な業務の遂行に役立てています。また、他大学の技術職員研究会にも積極的に参加し、
自身の技術の研鑽に努めています。
(2)技術を通しての学生とのコミュニケーション促進
実習の技術指導、寄宿舎内ネットワーク相談、学園祭の講堂利用説明会、学外引率補助
等の機会に聴覚に障害のある学生と前述のコミュニケーション手段を用いながら、積極的
にコミュニケーションを取るよう心がけます。
(3)各種イベントにおける技術支援能力・教員との協調能力
毎年の入学式・卒業式では教員及び各課との連携を図りながら式典を実施する上で必要
なリアルタイム字幕提示システムの設営及び操作をトラブルなく行なっています。また、
遠隔情報保障、国際シンポジウム等での情報保障も同様に担当教職員と連携して、各種イ
ベントにおける聴覚障害情報保障への技術支援を堅実に実施しています。
(鈴木 清・聴覚障害系教育研究支援室長)
○視覚障害系教育研究支援室
(1)最新技術・ノウハウの獲得意欲
約 8 割の情報は視覚から得られるといわれるように、視覚障害とは情報障害とも言える
ため、より良い情報保障を提供するためには、最新技術や情報を用いることが大切です。
それらを得るために学内外で開催される研修会・セミナー等への参加やインターネットか
らの情報収集など意欲的な姿勢を心がけます。
また、より確かな情報保障を行なうためには、過去の成功や失敗の経緯から得られたノ
ウハウを蓄積し、活用する意欲的な姿勢を心がけます。
(2)技術を通しての学生とのコミュニケーション促進
学生や教員とのコミュニケーションをより促進するための手段として、体得した最新技
術、最新情報やノウハウの蓄積を話題として用いることが有効です。そのためにも、最新
技術・ノウハウ獲得のための意欲的な姿勢を心がけます。
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(3)各種イベントにおける技術支援能力・教員との強調能力
学内外で開催される各種イベントにおいては、突発的なトラブルに対応できる技術支援
能力が必要です。これは過去の成功や失敗の経験から得られたノウハウを蓄積し活用する
ことにより対応が可能となります。さらに、イベントを成功させるためには、スタッフ間
の連携が必要とされます。
(後藤直哉・視覚障害系教育研究支援室長)
(4)図書系職員
本学附属図書館の役割は、「学習支援」、「教育支援」、「研究支援」及び「情報発信」が 4 本
柱であり、それらを円滑に進めるための資質及び技術を身に付ける必要があります。
特に学習支援においては、オリエンテーションの実施などにより、図書館から積極的に
学生に対して、図書館活用促進や情報収集力の向上方法の提供に努めることが必要であ
り、そのための企画力、また、聴覚、視覚障害学生に対する情報保障のノウハウについて
習得するなど、以下のことが必要です。
1)図書館の利用向上、また、学習支援のために役立つ情報について、日頃から意識し収集
するようにします。
①シラバス等から、授業の概要を把握しておく。
②他大学図書館の学習支援活動等の情報を収集する。
2)学習に必要な図書館資料を収集するための、選書能力を身に付けます。
①授業に必要な資料について、日頃から各出版社の書籍案内、新聞の書評などに目を通
し、チェックしておく。
②できれば授業で使用している参考書等にも目を通しておく。
3)より効果的に学習支援を行なうための、企画力を身に付けます。
①オリエンテーションなどの企画力を身に付けるための関連資料(図書館関係雑誌、図
書館ホームページなど)を読んで研究する。
②図書館とは直接関係しない、「ビジネス書」などからも知識を得る。
4)聴覚、視覚障害学生のそれぞれの特性に応じた対応のノウハウを身に付けます。
①情報保障にかかわる館内設備の使用方法の習得及び設備充実のための、情報の収集に
努める。
(聴覚障害系図書館)
・補聴器用イヤホン、磁気ループシステムなど
(視覚障害系図書館)
・拡大読書器、パソコンの読み上げソフトなど
②それぞれの障害に応じた、学生の情報保障のための対応に努める。
(聴覚障害学生への対応)
・相手の顔を見てはっきりと、大きな声で発音する。
・伝わりにくい時は筆談に切り替える。その際は、わかり易い字体と表現に心がけ
る。
・確かに伝わったかを確認しながら会話を進める。
・よく使用する表現など、部分的にでも手話の表現を含めるなど、より円滑なコミュ
99
ニケーションをとることに努める。また、より多くの情報の伝達をする上で、非常
に有効な手段である手話の習得に努める。(ただし、すべての学生が手話を習得し
ているわけではないので、配慮が必要)
・ビデオ、DVDなどの映像資料は字幕入りのものを備えるが、その利用に際して
は、補聴器用イヤホンの使用など、本人に合った方法を確認してから提供する。 など
(視覚障害学生への対応)
・「ここ」
「そこ」などの指示代名詞は使用せず、具体的な単語を使用する。
・掲示、案内は、墨字と点字の双方を用意し、墨字は 16 ポイント以上の大きさのゴ
チック体の文字で作成する。
・視覚障害学生が利用し易い配架方法について考慮するなど、配置には工夫する。
・リーディング・サービスや録音図書作成促進に努める。(外部ボランティア等との
連携など)
・学生に対しては積極的に挨拶・声かけをして、図書館員がその場に居て手助けがで
きることを伝える。
・点字の習得に努める。
など
5)学生が必要な情報を提供するレファレンス・サービスなどのため、情報収集及びデータ
の検索能力を身に付けます。
①学生が受講している専門科目に関連する情報に関連した文献の検索や、二次資料、
ウェブで入手できる情報などについての知識を身に付け、レファレンス能力を向上さ
せる。
②視覚障害のある利用者に対しては、代行で検索を行なうなど、情報保障に心がける。
また、各種申込みに際しても、定形の書面による申込みばかりではなく、電子メール
での申込みも認めるなど、柔軟な対応に心がける。
6 )本学の知的生産物を蓄積・発信する事業である、「筑波技術大学機関リポジトリ」に
は、聴覚及び視覚障害者への支援に関する論文など、本学学生の学習に役立つ論文も蓄積
されています。この事業遂行のための知識を身に付けます。
①デジタルアーカイブ、情報ポータル業務に関する知識を身に付ける。
②教員からの協力を得るための説明能力や機動力を身に付ける。
7)外部ボランティアの方々に対しては、尊敬と感謝の念を持って接します。
①何を手伝ってくれているのか、そして何をしてくれるのかを、学生に対して積極的に
広報する。
②学生に頼まれて対面朗読等の作業をお願いする時は、過度の負担をボランティアにか
けることのないように配慮する。
大学図書館職員としての知識及び技術の習得と、聴覚及び視覚障害学生への対応技術の
習得を心がけ、すべての図書館業務を遂行するに当たって、常にこの 2 つを念頭に置いて
行なうようにします。そのためには、本学のカリキュラムやシラバス、学生関連会議資
料などからの情報収集、また、学生が必要としている情報を学生から直接収集、さらに図
書館関係その他の研修への積極的参加や関連資料からの情報収集を行ない、さらなるスキ
100
ルアップに努めることが大切です。また、聴覚障害又は視覚障害を持つ学生は一様ではな
く、適応するコミュニケーションの仕方はそれぞれ異なります。個々の学生に合った方法
で対応し、そのニーズに応えることを心がけます。
(渡邊雅子・聴覚障害系支援課図書係長、近藤 務・視覚障害系支援課図書係長)
(5)医療系職員
1)視覚障害、聴覚障害についての理解
本学は視覚・聴覚に障害を持つ学生が学ぶ大学ですが、障害の程度はさまざまです。始
めからそれぞれの障害程度を把握することは困難であるため、本学の入学資格を認識する
ことが必要になります。視覚の場合「両眼の矯正視力がおおむね 0.3 未満であること。矯正
視力が 0.3 以上であっても視機能(視野等)に重度障害があるか、将来、視力低下や視機能
低下のおそれがある場合」とあり、また、聴覚の場合は「両耳の聴力レベルがおおむね 60
デシベル以上のもの又は補聴器等の使用によっても通常の話声を解することが不可能若し
くは著しく困難な程度のもの。」とあります。
視力が 0.3 未満はどう見えるのか、聴力が 60 デシベル以上はどれぐらいの音なのかを理
解したうえで学生に接することが大切だと思います。
2)学生との信頼関係の構築
本学の学生の障害を理解した上で、始めは視覚障害学生には穏やかな声で会話を心が
け、聴覚障害学生には笑顔を見せ、必要に応じて筆談をとることが大切です。このように
心がけすることで学生にその思いが伝わり、徐々に信頼関係が構築されていきます。
3)学生及び教職員についての健康状態把握と視覚管理、聴覚管理
保健管理センターでは、5 月に健康診断を実施し、学生及び教職員についての健康状態
を把握しています。また、校医として保健科学部には眼科医が産業技術学部には耳鼻科医
がいて、視覚・聴覚管理を行なっています。
(諸岡治美・看護師)
4)視力障害とは視覚機能異常の総称
①対象がぼやけて良くみえないという眼の状態から完全な失明までの視力障害。
②見える範囲が、狭かったり視野の一部が欠損したりする視野異常。
③明かるすぎたり、暗いと見えにくい光覚の障害。
④色の違いを区別する事が出来ない色覚の異常。
⑤眼球運動の障害。
⑥その他
どれ一つがあっても学習面に影響をおよぼします。学習面・生活面での問題点を把握す
るため障害の程度、原因疾患、先天的なのか、後天的(中途失明)なのかを把握しておく必
要があります。障害を補う能力、これまで育ってきた背景を知ること、その人その人に
あった援助、介助方法を見つけて対応に努めます。さらにその人個人を理解するように務
め、より良いコミュニケーションの方法を選択します。
差別的な言葉を使用せず相手に安心感を与えるようにこちらから声かけを積極的に行な
います。授業、その他説明時具体的にわかりやすい言葉やそのものに直接触れることで正
確に理解できるように努めます。誘導、介助時はどのようにしたら良いかを本人に尋ね、
101
より良い方法で援助するように努めます。
5)定期健康診断及び統合医療センターの受診
定期健康診断は必ず受診するよう周知徹底します。健康状態で心配な事があるときは保
健管理センターに相談するように、早めの受診、相談をお勧めします。
統合医療センター受診時は、問診票を記入していただきます。受診の目的を正確に把握
するとともに、個人情報については責任を持って管理・利用保護に努めています。障害を
おこした原因疾患、障害の程度、合併症の有無、他院受診中の方は治療内容を詳細に把握
するため、お薬手帳や診療情報提供書等を持参していただきます。診療予定は、曜日、午
前、午後によって診療科担当医師が決まっているので、受診前に統合医療センターに担当
医師及び休診等の有無を確認ください。
(菊池典子・看護師長)
102
5.SDへの取り組み
(1)研修
平成 20 年度、本学では、SDに関し二系統の研修が用意されました。一つは、FD・SD講
演会と題し、大学運営にかかわる内容です。経費不正防止、危機管理などのテーマが設定
されました。他の一つは、障害学生への対応を中心とした内容です。前者については、
FD編で詳述されていますので、ここでは後者について解説します。
1)SD研修に関する年間計画の策定
平成 20 年度より、本学では、学生対応に関するSDについて、年度計画を策定し、研修
を行なうこととなりました。本年度は、年間テーマを「学生生活及び、生活自立のアドバ
イザーとしての職員」とし、三回のSD研修講演会を以下のように組みました。
第一回:
①「学習及び生活自立に向けての学生自身のコーディネート」
②「平成 20 年度聴覚障害系・視覚障害系支援課学生対応状況調査報告」
第二回:「一障害学生一委員会のきめの細かさ」
第三回:「学びと成長、気づき」
本学と他の大学とで、決定的に違う点、それは、“全ての学生が障害学生であり、教職
員は、常に、障害者への対応を迫られている”という点です。“それを見てごらん”、“さっ
き言ったでしょ”などなど、通常何も意識せずに、授業や事務窓口で使われている言葉や
態度が、この大学では、大きなバリアとなりうるのです。どのように学生対応を行なわな
ければならないのか。逆に、どのようにしてはいけないのか。また、直接学生に接するこ
とは無い部署であっても、大学の環境は、設備は、そして本学事務局職員としての考え方
は、行動様式は、どうあるべきなのか、が全ての人々に理解されない限り、障害者のため
のユニークな大学ということはできません。本学は、単に“障害者がたくさんいる大学”で
はありません。
本学が、SD研修を極めて重要な課題とし、計画的な講演会を実施する理由はここにあ
ります。
2)他大学からのアイデア獲得
さて、本学は他の大学と異なると述べましたが、これは、他の大学が参考にならないと
いうことを意味していません。障害者だけの大学は本学だけですが、障害者が在籍してい
る大学・短大等は全国に約七百あります。きちっとした対応の取れていない大学も多いの
ですが、学内の様々な困難・“抵抗勢力”に抗しながら、地道に障害学生のサポートを行
なっている大学も少なくありません。それらの大学の障害学生対応の考え方、ノウハウ、
様々な努力やアイデアは、障害学生がいて当たり前という本学とは異なるが故に、見るべ
きものも多いのです。最先端の各種技術を縦横に使える本学を羨む他大学の障害学生担当
者は多いのですが、逆に、我々は、多くの技術・予算を持たない大学の担当職員が、障害
学生と密接にコミュニケーションを取りながら、親身なサポートを提供しているという点
にこそ、目を向けなければならないと思います。年度始めの支援内容についての面談、障
103
害学生とのランチタイムミーティングなど、参考にすべき点は多くあります。
また、障害があっても無くても、人と人との関係の基礎となるもの、つまり、他者への
思いやりや偏見を持たない接し方を、改めて、感じ取ってもらうことも、他大学から講師
を招き、SD研修を開催する理由の一つです。
3)実技研修とSD研修とのリンク
本学では、以前より、手話と点字の実技研修が行なわれています。聴覚障害学生と視覚
障害学生へのコミュニケーションの基本ということからです。しかし、本年度実施しまし
(詳細は事項)によりますと、障害についての解説やより実際的な実
た「学生対応状況調査」
技研修を求める声も多く、このことより、実技研修の一コマとして、SD研修を位置付け
ることとしました。両研修に参加する者の負担も少なく、併せて、実技だけではない“実
技研修”を行なえるものと考えています。多くのノウハウを得るために様々な研修が必要
ですが、それによって業務に差し障りがあっては、意味はありません。効率性もSD研修
の実施において考慮しなければならない、重要な要因です。
4)学生対応状況調査
本年度、聴覚障害系・視覚障害系両支援課職員において、「学生対応状況調査」を行ない
ました。両支援課職員が日々の業務において、どのような障害学生への対応を行なって
いるかを聞いたものです。内容は、以下のpdfファイルに報告されていますが、これによ
り、他者の対応内容を知り、自らの業務に取り入れることができれば、本学窓口業務・学
生対応のより一層の充実を図ることが可能となります。また、これを題材とした意見交換
の場もSD研修内において設定しています。なぜ、そうするのか、もっと良い方法は無い
のか、など、読むだけでは理解できない内容は、聞く、話し合う、に限ると思います。
http://www.k.tsukuba-tech.ac.jp/rc/staff/ishida/gakuseitaioujyoukyouchousa.pdf
5)研修・講座にこだわらない日常的な情報提供
ここまで、研修の意義と重要性を述べてきましたが、実は、より重要なのは、日常的な
情報提供の場です。参加したいけれど仕事を休めない、会場まで行くのがちょっと面倒、
など、いざ出席と構えなければならないことも多いと思います。学内掲示板やチラシ、パ
ンフを利用しての日常的、かつ、席に着いたままでの情報収集手段の確立と運営が、最も
必要です。そのためのインフラは、本学にすでに十分、整備されており、内容の整備が急
務です。
(2)育成
筑波技術大学の椅子に座っているだけでは、本学職員とは言えません。他大学で行なっ
ていたことと同じようにしているだけでは、本学職員には“なれません”。そのために、
SD研修があり、日常的な情報提供が重要であることを述べてきました。
それらに加え、以下の三点を本学事務局職員のすべき必須事項として挙げます。
1)所属する課、他の係の業務の把握
自分の所属する大学で起こっていることは全て把握すべき―そんな必要はありません、
できもしないでしょう。しかし、自分の所属する課で、今何が起こっているのか、特別な
ことでなくとも、日常的に、隣の係は何をどのようにしているのか、これらを知ることは
104
とても重要です。
例えば、授業で遅刻が多いため、単位が出せない。これは教務係の関連事項です。で
も、移動に時間がかかり、授業に間に合わない。性格的に一つのことが終わらないと次に
移れない。そのためには日常生活を改善させる必要があります。こうなると学生係も関わ
らねばなりません。
一人の障害学生を中心にすえた時、それはあっちの係、これはこっちの係ときれいに分
けることはできません。様々な要因が絡み、健常学生なら一笑に付すようなことでも、授
業に遅れ、人間関係を悪くする原因となります。少なくとも、同じ課内であれば、隣の係
で何が進んでいるのかは、障害者の大学である以上、知っておく必要があります。
このことは実は、課と課との問題でもあります。本学の目的は、障害者の社会自立の促
進であり、このための教育・研究、日常生活の支援です。日常的に障害学生と接していな
い課においても、その考え方、実際の動きは、ここを目的とされねばなりません。春日
キャンパスの講堂・宿舎から、体育館に続く通路脇の林のような柱の林立は、視覚障害者
がぶつからずに歩くことが不思議なくらいであり、その行動特性の理解は、直接の学生担
当課だけではなく、施設設備の整備、その基本ポリシーを策定する課においても、必要で
す。
2)常に問題意識を持っての業務及び提案
一般に、健常者の障害者への対応は、大きく二つに分かれます。“過保護”か“無関心を
装う”かです。なかなか、健常者同士のように“意識せず”というわけにはいかないので
す。これは、本学学生担当職員においても同じだと思います。何年業務を重ねても、様々
な問題に頭を悩まし、苦悶するものです。
それは健常学生に対しては可能な、問題の類型化と対応のマニュアル化が難しいから
です。これは、障害学生が、聾と難聴、盲と弱視というようには単純に分けられないから
です。同じ障害でも問題の表れ方は異なり、同じ問題でも対応方法は障害学生の能力や生
育歴によって異なります。
これらのことから、常に学生との対応について、方法・やり方は正しいのか、他に方法
はないか、やり過ぎではないか、学生の自立を邪魔していないか、などの問題意識を持つ
ことが大事です。そして答が出なければ、隣人と、上司と、或いは教員と相談することが
必要不可欠であり、本学ではそれが可能になっています。なぜならば、全職員、同じ土台
の上に立っているからです。これを十分に活用していただきたいものです。
一般大学では、障害学生の担当者が他者に相談できる環境は整えられていません。“担
当者が判断しろ”です。疑問を十分に議論できる環境は素晴らしいものであり、少々大げ
さではありますが、その中から出る新たな提案にこそ、本学の存在意義があります。
ここで一つ提案。疑問や新たな提案には、他大学の調査が“必須”ですが、これを夏休
み、遅くとも、十二月くらいまでにできないものでしょう。二月・三月に一斉にワッと出
かけることが多いようですが、行く方も、対応する方も、忙しい時期、じっくり腰を据え
ての調査は、難しいはずです(予算消化の出張といわれるゆえんです)。余裕のある時期に
行くべきですが、そのためにも、日々の業務の中で、問題点の洗い出しとその為の調査方
法・調査対象のメモの作成は必要です。
105
3)自分の業務へのプライドの保持
本学事務局職員の必須事項の最後に、業務へのプライドの保持を挙げたいと思います。
論語に“事を敬して信あり”という言葉があります。自らの仕事を敬う事によって、はじめ
て他者からの信を得られるという意ですが、この自らの業務への敬、つまりプライドに注
目したいものです。
本学は学生数もまたキャンパスも小さい大学です。しかし、そこで行なわれていること
は、技術の先端を取り入れた、障害学生への授業と各種のサポートです。また歴史的経緯
を見ますと、多くの大学で拒否してきた障害者への教育を、大学の責任としてとらえ、積
極的に展開してきており、そして、これからも進めようとしている大学です。
現在、我が国にある千二百の大学・短期大学・高等専門学校という高等教育機関が、そ
れぞれの役割を担っています。本学の持つ障害者の社会自立の促進という役割は、そのど
の大学の役割にも劣るものではなく、それ故に、本学職員も高いプライドを持って然るべ
きであると思います。
(石田久之)
106
参 考
障害のある人を取り巻く状況について
本書では本学の特性上、視覚障害と聴覚障害を中心に述べられていますが、ご承知の
ように障害にはほかにもさまざまなものがあります。その分類については、世界保健
機関(WHO:World Health Organization)が 2001 年に採択した、「国際生活機能分類(ICF:
International Classification of Functioning, Disability, and Health)」があります。ICFは人間の
「活動」と「参加」で表わし、それに影響を及ぼ
「生活機能と障害」を「心身機能・身体構造」
「個人因子」で示しています。そして人間と環境との相互作用
す「背景因子」を「環境因子」
を考え、健康状態や環境因子によって活動や社会参加が制限されたり促進されたりする
「身体機能」
「活動と参加」
「環境因子」のそれ
という見方をしています。ICFには「心身機能」
ぞれが細かく分類・記述されています。なお、国連では健康状態をICD-10(International
Classification of Diseases-10: 国際疾病分類第 10 版)で示しています。ICFとICD-10 は相補的な
関係にあり、利用する際には両方を用いることが推奨されています。ICFの日本語訳は厚
生労働省のWebページにあります。(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html)
さて障害のある人を取り巻く状況を見ると、障害者権利条約、特別支援教育、障害者自
立支援法などが近年の話題となっています。以下、これらについて簡単に紹介します。
障害者権利条約は 2006 年に国連で採択され、2008 年 4 月 3 日までに 20 ヵ国が批准し、
2008 年 5 月 3 日に発効しました。日本は 2007 年に署名しましたが、いまだに批准していま
せん。この条約を国内で有効にするためにはいくつかの法律の改正が必要で、これがま
だ進んでいないためです。この条約は人権の視点から作られたもので、固有の尊厳、個
人の自律及び人の自立の尊重、非差別、社会への完全かつ効果的な参加及びインクルー
ジョン、差異の尊重、並びに人間の多様性及び障害のある人の受容、機会の平等などを一
般的原則としています(第 3 条)。そして教育では、あらゆる段階におけるインクルーシブ
な教育制度を確立するとしています(第 24 条)。日本の学校教育制度は、障害のある生徒
のための「特別支援教育」を定めていますが、これは条約の保障するインクルーシブ教育と
はまだ異なるところがあります。条約の訳はたとえば次のWebページにあります。(http://
www.normanet.ne.jp/~jdf/shiryo/convention/index.html)
その「特別支援教育」は、 2006 年の学校教育法改正によって「特殊教育」が「特別支援教
育」に名称変更され、以前の盲・聾・養護学校が「特別支援学校」に一本化されたもので
す。これは、障害の種類によらず一人ひとりの特別な教育的ニーズに応えていくという考
えに基づきます。しかし実際には、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由など学校ごとに主な
障害種が決められることになっています(ちなみに、筑波大学付属盲学校、聾学校はそれ
「筑波大学附属聴覚特別支援学校」となりました)。
ぞれ「筑波大学附属視覚特別支援学校」
また特別支援学校は、地域の幼稚園や学校にいる子供の教育に関する助言、支援も役割と
されています(センター的機能)。
障害者自立支援法は、2003 年の「支援費制度」がサービス利用者の急増によって財源確
保が困難になってきたこと、サービス提供が身体障害、知的障害などの障害種別ごとにわ
107
けられていて、サービスに格差が生じたことなどから 2005 年に作られたものです。その
ポイントは、障害の種類に関係なく、共通の仕組みでサービスが利用できるようになった
こと、利用者の負担が原則として費用の 1 割(応益負担)となったこと、市区町村を事業の
母体とすること、などです。しかし、この 1 割の「応益負担」が利用者にとって大きな負担
となり、これまで受けていたサービスを受けられなくなってしまった利用者がたくさん出
てきました。また、サービスの提供側の報酬単価も引き下げられたことから、経営困難に
陥った事業所も出てきました。政府も負担額の減免、上限設定、などの改正を行ない、応
益負担から応能負担への再転換も検討していますが、まだまだ安定した法律とはなってい
ないのが現状です(2009 年 2 月現在)。
(岡本 明)
108
●おわりに
̶今後のFD・SDについて̶
村上芳則 FD・SD企画室長(副学長)
この「筑波技術大学FD・SDハンドブック」は、本学の新任教職員向けに執筆したもので
す。副題(聴覚・視覚障害学生の修学のために)にあるように、本学が聴覚・視覚に障害の
ある学生を対象とすることから、日常の教員の立場としての職務、職員の立場としての職
務において、学生と直接コミュニケーションを図り、学修指導、生活指導、就職指導等の
場面での配慮事項、注意事項等がとりまとめられています。新任の教職員のみならず、す
べての教職員のハンドブックとして活用できる内容が網羅されています。
今後、本学がますます多様化する学びの需要に応え、教育研究機関として着実な実績を
積み重ねていくためには、組織及び教職員個々人が問題意識を持って資質の向上に努め、
課題の克服と改善に継続して積極的に取り組むことが不可欠であり、特に「FD・SD」の効
果的な実施がより重要となります。研修会形式の「相互研鑽型」に加え、教職員個々のニー
ズに合わせた「個別支援型」のFD・SDを教職員の自己評価とリンクさせながら取り入れる
とともに、さらには、その実施の成果として
「どこがどのように変わったのか」を明らかに
することが必要となります。
FD・SD企画室が設置されたのを機に、「筑波技術大学FD・SDハンドブック」の作成を提
案し、多くの教職員の協力により実現しました。分散していた資源を 1 冊のハンドブック
にまとめることができました。新任の教職員のみならず、すべての教職員のハンドブック
(事務局・山形大
として活用されることを願っています。また、FDネットワーク“つばさ”
学)を通して、加盟大学への配付を要望されているところです。執筆を担当して頂いた多
くの教職員の方々、企画とりまとめを担当して頂いたFD・SD企画室の室員の方々に謝意
を表します。
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筑波技術大学FD・SD企画室員
平成 21 年 3 月 1 日現在
村上芳則 FD・SD企画室長(副学長)
森 英俊 FD・SD企画室室長補佐(保健科学部教授)
石田久之 特命学長補佐(SD支援調整担当)・障害者高等教育研究支援センター教授
後藤 豊 産業技術学部教授
山脇博紀 産業技術学部准教授
隈 正雄 保健科学部教授
飯塚潤一 障害者高等教育研究支援センター教授
長南浩人 障害者高等教育研究支援センター准教授
柴 正彦 総務課長
陸名 明 聴覚障害系支援課長
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筑波技術大学FD・SDハンドブック
「聴覚・視覚障害学生の修学のために」
編集・発行:筑波技術大学 FD・SD 企画室
発行日:平成 21 年 3 月(初版)