論 文 地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 ――段階補正の見直しと地方交付税の削減 宮崎 毅* 明海大学 地方交付税改革が合併の「ムチ」として機能し、市町村合併を促進させたと指摘 されているが、地方交付税改革と合併の定量的な分析はほとんど行われてこなかっ た。本研究では、地方交付税改革、特に段階補正見直しと臨時財政対策債を含めた 地方交付税総額の削減が市町村の合併意欲に与えた影響を分析する。1996 年から 2007 年までの全国市町村パネルデータによる推定の結果、次のことが明らかとなっ た。第 1 に、1998 年の人口 4,000 人以下の団体への段階補正フラット化は合併協議 会の設置状況に影響を及ぼさないが、2002 年の段階補正見直しは小規模自治体の合 併協議会と法定協議会の設置確率を 7-8%上昇させる。第 2 に、段階補正見直しは法 定協議会よりも合併協議会の設置意欲に大きな影響を与える。第 3 に、2004-06 年の 臨時財政対策債を含めた地方交付税の削減が、小規模自治体の合併を促す効果は確 認できなかった。 1. はじめに 「平成の大合併」により、1999 年には約 3,200 団体あった市町村が大きく減少し、2009 年 3 月には 1,777 団体となった。 最近では市町村合併の進展とともに、 合併に関する様々 な研究が蓄積されている。市町村の人口規模に関する研究、合併のインセンティブに関 する研究、合併が歳出や地方交付税、地方公共サービスに及ぼす効果の実証分析とシミ ュレーション分析など、様々な側面から研究がなされてきた。本研究はどのような地方 公共団体が合併意欲を持っているのかを分析対象とするが、既存の実証分析では触れら れてこなかった、地方交付税改革、特に段階補正見直しと三位一体改革に伴う 04-06 年 の臨時財政対策債を含めた地方交付税総額削減1の効果について明らかにする。 90 年代後半以降、段階補正の見直しや事業費補正の改正、三位一体改革などにより地 日本財政学会第64回大会では、討論者である町田俊彦教授 (専修大学)及びフロアから貴重なコメントを頂 いた。本誌レフェリーからは、本稿を改善する上で数多くの非常に有益なコメントを頂いた。記して感謝し たい。 *(連絡先住所)〒279-8550 千葉県浦安市明海1 明海大学 (E-mail)[email protected] 1 以降、 「交付税総額」とすることもある。 日本経済研究 No.63,2010.7 79 方交付税が削減されてきたが、こうした改革が平成の大合併にどのような影響を与える のかについては様々な議論がある。岡本 (2002) で述べられているように、政府は合併 を促進するために交付税を改革するのではなく、時代の要請と共に適切な交付税制度を 構築する必要があるという考え方であった。しかし、青木 (2006) や町田 (2006) では、 交付税の縮小により特に小規模自治体の財政状況が悪化しており、一連の改革が小規模 自治体の合併を促したと指摘している。市町村へのヒアリング調査を実施した道州制と 町村に関する研究会(2008)では、段階補正の見直しと 04 年以降の交付税総額の削減 が財政の不透明さを印象付け、小規模自治体は合併を余儀なくされたと主張している。 そこで本稿では、近年の地方交付税改革、特に段階補正の見直しと三位一体改革に伴 う地方交付税総額の大幅削減が市町村の合併意欲にどのような影響を与えたのかを分 析する。96 年から 07 年までの 12 年間の全国市町村パネルデータを用いて、98 年の人 口 4,000 人以下団体を対象とした段階補正フラット化、02 年以降における段階補正の算 定方法の見直し、さらに 04-06 年の地方交付税削減が合併協議会の設置意欲に及ぼす影 響を考察する。従属変数を合併協議会2や法定合併協議会(以下、「法定協議会」)の設 置に関する 2 値変数とし、説明変数を交付税の段階補正見直しや地方交付税の増減に関 する政策変数とする。市町村固有の要因、つまり時間に不変な要因が合併の意思決定に 影響を及ぼすと考えられるため、固定効果線形確率モデルで政策の効果を推定する。ま た、別の定式化で推計の頑健性を確かめるほか、人口 3,000 人以下の自治体に対する段 階補正のアナウンス効果も検証する。 本稿は、財政学者や政策の現場で議論されてきた地方交付税改革と市町村合併の関係 を、全国パネルデータを用いて定量的に分析している点が既存の研究と異なる。市町村 合併は議会や首長、政党の性格、役所の体質、近隣の市町村との関係など市町村固有の 要因に左右されることが多いが、パネルデータ固定効果推計によって市町村の個別要因 が合併の意思決定に影響する場合にも一致推定が可能である。また、パネルデータであ ることの利点を生かして、合併を促進するための財政措置や交付税の増減の影響を考慮 した上で、政策の効果を推定している。 推定の結果、次のことが明らかとなった。第 1 に、98 年に実施された人口 4,000 人以 下の団体への段階補正フラット化は合併協議会の設置状況に影響を及ぼさないが、02 年 に実施された段階補正の見直しは小規模市町村の合併協議会と法定協議会の設置確率 を 7-8%上昇させることが明らかとなった。第 2 に、段階補正見直しは法定協議会より 2 ここで、合併協議会とは法定合併協議会と任意合併協議会の両方を含んでいる。 80 日本経済研究 No.63,2010.7 も合併協議会の設置意欲に大きな影響を与えることが示された。第 3 に、04-06 年の三 位一体改革に伴う交付税総額の大幅削減が、小規模自治体に合併を選択させる効果は見 られなかった。99 年における 7 度目の合併特例法改正(以下、「旧合併特例法」)の下 での合併を目指す市町村が多かったこと、或いは 02 年までの段階補正見直しの影響に より既に小規模自治体は合併協議会や法定協議会を設置していたことが理由と考えら れる。また、高木(2004)や町田(2006)で指摘されている、人口 3,000 人以下の団体 に対するアナウンス効果の合併への影響は確認できなかった。 本稿の構成は次のとおりである。第 2 節では、合併に関する財政措置と地方交付税改 革について説明した後、先行研究を概観する。第 3 節では、本稿の推計方法について説 明し、データの特徴を述べる。第 4 節が推計結果で、第 5 節が結論である。 2. 制度と先行研究 2.1 市町村合併促進策 本節では合併促進策、特に合併の財政支援措置を整理し、そうした財政措置がどのよ うな特徴を持っていたのかを検討する。99 年の旧合併特例法では合併算定替や合併特例 債の創設といった財政支援措置が充実し、手厚い財政支援措置によって地方自治体の合 併意欲が高まったが、こうした合併支援策はすべての自治体に同じ条件で適用されるわ けではない。不交付団体の合併では状況の変化がない限り合併算定替は適用されず、合 併特例債を発行すると交付団体であれば事業に要する経費のうち 70%弱は交付税措置 されるが、不交付団体では合併特例債の財政的なメリットが(合併相手にもよるが)交 付団体に比べて小さくなる3, 4。したがって、交付団体と比べて不交付団体では財政的な メリットは小さく、合併に積極的になりにくいと考えられる。 2.2 地方交付税と市町村合併 平成の大合併が大きく進展した 01 年から 06 年までの期間、政府の財政再建方針など もあり地方交付税制度が大きく変化した。本稿の分析と関係のある、近年の地方交付税 制度の変遷を整理し、合併との関係についても考察する。 景気低迷によって国と地方の財政が悪化する中、01 年頃から交付税の問題点が指摘さ 3 合併算定替は、合併後 10 ヵ年は合併しなかった場合の普通交付税を全額保証する制度である。まちづくりの ための建設事業に対して発行が認められている合併特例債は、経費の 95%(公営企業に係るものは 100%)に 充当できる上、元利償還金のうち 70%は普通交付税措置される。 4 ただし、高木(2006a)は、実際の合併特例債の地方交付税への算入額は小さく、近年では基準財政需要総額 は拡大するよりもむしろ減額していることを指摘している。 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 81 れるようになり、2000 年代前半には段階補正や事業費補正の見直し、臨時財政対策債の 発行など交付税総額を減らす目的の改正が実施された。01 年度には臨時財政対策債の発 行により地方交付税額が減少し、04 年度には交付税と臨時財政対策債の合算額も減少に 転じている。 次に、地方交付税改革の中でも本研究が着目している、段階補正見直しについて考察 する。各地方団体の財政需要である基準財政需要は「単位費用×測定単位×補正係数」 で計算されるが、段階補正は補正係数のうちの 1 つである。行政事務は一般的に規模の 経済が働くが、段階補正は規模によって生じる経費の差を反映させることを目的として いる。段階補正の係数は、97 年以前には人口 1,000 人程度の町村では大幅な割増が行わ れていたこともあったが、小規模団体において効率化の努力が必要などの理由から、98 年から人口 4,000 人以下の団体に対して割増の頭打ちが行われ、人口 4,000 人未満の団 98 年以降順次見直しが行われて、 体の割増率は 4,000 人の団体の基準で一律化された5。 01 年にはほぼ見直し作業は終わっている6。したがって、人口 4,000 人以下の団体では、 財政状況が逼迫する中で生き残っていくためにも、合併への取り組みに変化が生じてい る可能性がある。 また、02 年度には段階補正の算定方法見直しが行われ、段階補正の割増率が順次引き 下げられた。表 1 にあるように、団体規模別の影響額は規模 4,000-20,000 人の団体で 影響額が大きいが、人口 1 人当たりの影響額では、人口 8,000 人以下の小規模団体で削 減額が大幅に増加している。段階補正見直しの対象は消防費やその他の土木費、社会福 祉費など測定単位が人口の費目が多く、1 人当たりの影響額を比べた方が地方の実際の 負担に近いと考えられる。道州制と町村に関する研究会(2008)によれば、規模の小さ い市町村ほど段階補正見直しによる交付税削減の影響が大きく、合併を選択せざるを得 ない状況が生じている。また、高木 (2004) は段階補正見直しの影響は人口 3,000 人以 下の団体に集中したと論じている。したがって、段階補正見直しが自治体財政に及ぼす 影響は団体規模により異なり、人口の少ない小規模団体において算定見直しの影響は大 きいと思われる。 5 段階補正の見直しは、岡本(2002)が詳しい。 2000 年頃には、人口 8,000 人以下の団体における割増率を人口 8,000 人で頭打ちにする制度変更も行われて いるが、実施の時期が費目ごとに異なり分かりにくいため、本論文では分析の対象としないことにした。 6 82 日本経済研究 No.63,2010.7 表 1 規模別段階補正見直しの影響額 単年度影響額(円) 段階補正見直しによる削減 (1人当たり,円) 1,000人前後 8,000,000 8,000 4,000人前後 18,000,000 4,500 8,000人前後 17,000,000 2,125 12,000人前後 17,000,000 1,416.7 20,000人前後 17,000,000 850 30,000人前後 10,000,000 333 人口規模 注)『地方交付税のあらまし』(財団法人地方財務協会)を元に、筆者加筆。 2.3 先行研究と仮説 2000 年以降の地方交付税改革と市町村合併の関係については、政策の現場や学問的立 場から様々な議論が行われている。岡本 (2002)は交付税の改革は合併の強制につなが るようなものではないと述べているし、岡本 (2003) では段階補正の見直しは小規模団 体の合併を促すものではないと説明している。 一方、小西 (2003) は、合併はまちづくりの手段であって財政的問題は中心的役割を 担うものではないと主張しているものの、市町村の現場では財政運営の危機と合併は切 り離せなかったと論じている。財政再建のために財政力の乏しい小規模市町村の合併を 進めるという国の政策が合併を促進した(青木,2006)、様々な財政支援措置の中で地 方交付税が合併に最も影響を与えた(町田,2006)という研究もある。17 の市町村の首 長や自治体職員へのヒアリング調査を行った道州制と町村に関する研究会(2008)では、 合併の目的や影響に関するヒアリング調査から、段階補正の見直しや地方交付税・臨時 財政対策債の削減による地方交付税の減額が市町村に合併を選択させ、特に小規模市町 村で影響が大きかったと主張している。 このように段階補正見直しを含めた地方交付税改革の合併への影響は財政学的見地 だけではなく、国や市町村の政策の現場でも議論されているが、定量的な検証は行われ ていない。本稿では、近年政策の分析で頻繁に用いられるパネルデータ分析で、段階補 正の改正と 04-06 年の地方交付税総額削減が合併に与える効果を分析する。地方交付税 改革の影響は小規模自治体で大きかったと考えられていることから、特に小規模自治体 への影響に着目する。 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 83 3. 推計モデルとデータ 3.1 推計モデル 3.1.1 基本モデル 本稿では、地方交付税改革が市町村の合併意欲に及ぼす影響を、パネルデータ分析の 初めて任意合併協議会 (以下、 手法で検証する。 従属変数は合併協設置ダミー変数 yit で、 「任意協議会」)か法定協議会を設立した年に 1 をとり、それ以外の年には 0 をとる。 例えば、01 年に任意協議会を設置し、02 年に法定協議会を設置した場合、02 年の法定 協議会設置は初めての協議会設置ではないので、( y i 2001 = 1, y iそれ以外の年 = 0 )となる。法 定協議会の設置意欲を調べるために、法定協議会が初めて設置された年に 1 をとり、そ れ以外の年に 0 をとる法定協設置ダミーも作成する。本稿では、合併協議会(或いは、 法定協議会)を設立した年に合併への意欲が高まったと考え、合併協設置ダミー(法定 協設置ダミー)をこのように定義した。なお、合併に向けた準備を既に始めている協議 会設置済み市町村と合併した市町村は、他の市町村と異なる特性を有する可能性がある ので、これらの市町村は分析から除外した7。 推定は、地方交付税改革に関する政策変数のみを含むモデルとその他に合併と関連し たコントロール変数を含むモデルで行う。コントロール変数は、人口の対数、町村の面 積の対数(市では 0 となる)、市の面積の対数(町村では 0 となる)、町村の自主財源 比率(市では 0 となる)、市の自主財源比率(町村では 0 となる)となる。人口を加え るのは各市町村の規模が合併に及ぼす影響を説明するためで、面積と自主財源比率を町 村と市で区別しているのは、西川(2002)でこれらの変数の影響が町村と市で異なるこ とが指摘されているためである。町田 (2006) では、合併後の人口密度が大きく低下す る場合、合併による行政効率化の効果は限定的で、市と町村の合併では町村の面積が大 きいために合併後人口密度が小さくなる合併は自主的に行われないと述べている。その ため、面積の大きい町村は合併が容易ではないと推測できる。 推計手法は、パネルデータ線形確率モデルを採用する。従属変数が合併協議会の設置 に関する 2 値変数なので、本来ならプロビット推定かロジット推定を行うべきである。 しかし、プロビットの固定効果推定は開発されておらず、ロジット推定には固定効果の 条件付き最尤法(Conditional MLE)があるものの、推計の制約がきついことと固定効 7 本稿のデータはアンバランス・パネルとなっており、推計にバイアスが生じる可能性がある。そのため、サ ンプルセレクション・バイアスがあるかどうかの検定が必要になるが、合併して消滅してしまった市町村の説明 変数が存在しないため、本研究ではこの方法による推計は不可能である。そこで、合併による脱落は一般的な サンプルセレクションによる脱落とは異なることもあり、本稿では合併協議会設置後のサンプルを除外して推 計している。 84 日本経済研究 No.63,2010.7 果の係数を推計することが困難で平均限界効果を推計できないため、本稿では時間ダミ ーと固定効果を考慮した線形確率モデルで推定する8(Wooldridge,2002)。 このモデルには次のような利点がある。 第 1 に、 固定効果モデルで推定しているので、 時間に関して一定な各市町村に固有の性質が合併協議会の設置に及ぼす影響をコント ロールした上で、政策の効果を一致推定できる。例えば、横道・和田(2000,2001)が 指摘しているように、広域プロジェクトを推進していた団体、首長や議会が積極的な団 体などで合併が促進されている可能性があるが、近隣市町村との関係や首長や議会の性 質などは数年で大きく変化するものではなく、固定効果推定ではこうした要因をコント ロールした上で合併への影響を測定できる。第 2 に、時間ダミーを加えることで、段階 補正の見直しを含めた地方交付税改革以外の政策の影響を軽減できる。第 2 節で説明し たように 99 年以降毎年、 市町村合併を促進するための様々な施策が実施されてきたが、 時間ダミーによって年度毎に異なる政策の影響をある程度コントロールすることがで きる。第 3 に、合併の意思決定に関する内生性にも対処している。例えば、実際の合併 状況を従属変数にすると合併が財政に及ぼす影響を排除できず、推定に同時性バイアス が生じる可能性がある。しかし、合併協議会を設置した段階では市町村の財政状況には ほとんど影響がないため、本稿の定式化ではこうしたバイアスの影響はないと考えられ る。 政策変数は、段階補正見直しと地方交付税の増減に関する変数から構成される。98 年 の段階補正フラット化は人口 4,000 人以下の交付団体にしか影響を及ぼさないので、政 策変数は 98 年以降の人口が 4,000 人以下の交付団体で 1 をとり、その他で 0 となるダ ミー変数である9。政策変更はその後も継続されているので、98 年だけの効果ではなく、 99 年以降も同じ効果を持つと仮定している。また 02 年には、効率的団体10を指標にした 新しい段階補正の算定方法が実施された。割増率が厳しくなることで交付税は結果的に 減額されるが、表 2 にあるようにこの制度変更の影響は人口規模によっても異なると考 えられる。特に小規模自治体で影響が大きいことが示されているため、段階補正の算定 8 線形確率モデルには、予測値が 0 と 1 の間にならないという問題点が指摘されている。まず、予測値が 0-1 に入らないと確率の予測値がマイナスや 1 よりも大きくなる。また、限界効果が説明変数の係数なので、説明 変数が増加を続けていくと予測確率がマイナスや 1 より大きくなる。ただし、これらの欠点は、大きな問題に はならないと言われている。第 1 の問題点については、予測値が 0-1 に入らないと分散がマイナスになること が問題だったが、この点は分散不均一頑健標準誤差(heteroskedasticity-robust standard error)を用いる ことによって解決できる。第 2 の問題点は、線形確率モデルは説明変数の平均値付近における限界効果の良い 推計値になることが言われており、極値で 0-1 を外れても問題ないという考えもある(Wooldridge, 2002, p.455) 。そのため、本稿では線形確率モデルによる推計を行う。 9 4,000 人以下フラット化は 98 年から 01 年まで段階的に実施されたが、本稿では開始から毎年同じインパクト を持っていると想定している。 10 相対的にみて財政運営が効率的な、上位 3 分の 2 の地方公共団体を効率的団体としている。 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 85 見直しの影響は、02 年以降、人口 8,000 人以下の交付団体で 1 となり、その他で 0 とな るダミー変数で測定する。 さらに、交付税改革や交付税の増減が合併に及ぼす影響を考慮して、普通交付税の変 化率をコントロール変数に加えて推計する。道州制と市町村に関する研究会(2008)等 で指摘されているように、地方交付税の増減による影響は小規模自治体とそれ以外の自 治体で異なると考えられることから、人口 8,000 人未満と 8,000 人以上の市町村を区別 した。また、04-06 年の地方交付税総額削減は特に小規模自治体で合併の選択に影響を 与えた(道州制と市町村に関する研究会,2008)と言われていることから、04-06 年に ついて人口 8,000 人未満と 8,000 人以上の市町村を区別した普通交付税変化率を政策変 数に加える。基本的に国庫補助負担金廃止額は交付税の基準財政需要に算入され、税源 移譲額及びそれに類する地方の収入は基準財政収入に算入されるが、自治体ごとに影響 額が異なるため、普通交付税の増減は三位一体改革に伴う交付税額の変動をある程度捉 えることができる11,12。そこで、普通交付税変化率を交付税改革の指標とした。本来は 普通交付税と臨時財政対策債の合算額の変化を調べるべきだが、臨時財政対策債発行額 のデータが整備されていないことから、代理変数として普通交付税を用いた。 上記で定義したコントロール変数を含むモデルは、次のようになる: y it = β 0 + β 1 D1it + β 2 D 2 it + ( β 3 D Sit + β 4 (1 − D Sit )) LATit + ( β 5 D Sit + β 6 (1 − D Sit )) LATit ⋅ DTit + z it' γ + τ t + c i + ε it t = 1993,K,2007 i = 1,K, Nt ここで、yit は合併協議会設置のダミー変数(或いは、法定協設置のダミー変数)で、D1it は 98 年以降の人口 4,000 人以下の交付団体で 1 をとる「段階補正ダミー1」、 D2it は 02 年以降の人口 8,000 人以下の交付団体で 1 をとる「段階補正ダミー2」である。また、DSit は人口 8,000 人未満の市町村で 1 をとるダミー変数、 DTit は 04-06 年に 1 をとるダミー 変数で、LATit は普通交付税変化率を表す。β k (k = 0,K,6) はそれぞれの変数の係数とな る。したがって、β 3 は人口 8,000 人未満の市町村、β 4 は人口 8,000 人以上の市町村、β5 は 04-06 年における人口 8,000 人未満の市町村、β 6 は 04-06 年における人口 8,000 人以 上市町村を対象とした普通交付税変化率の係数である。zit はコントロール変数のベクト 11 三位一体改革における交付税改革については、高木(2006b) 、小西(2007)などを参照されたい。 なお地方財政計画では、国庫補助負担金廃止分を税源移譲などによる財源措置や交付税、臨時財政対策債に よるマクロの財源保障などによって全額賄っているわけではなく、特に 04 年度は大幅に事業費がカットされた。 12 86 日本経済研究 No.63,2010.7 ル、 γ はそれぞれのコントロール変数の係数ベクトルで、コントロール変数の要素には 人口の対数、町村の面積の対数、市の面積の対数、町村の自主財源比率、市の自主財源 比率が含まれる。τ t は時間ダミー変数、ci は個別効果、ε it は通常の仮定を満たす誤差項 である。Nt は、各年度における市町村の数である。本稿で用いる変数の詳しい説明は、 表 2 を参照されたい。 表 2 変数の作成方法 変数名 単位 作成方法 出典 合併協議会を設置した年=1、 合併協議会設置状況* {0,1} その他=0 HP『市区町村変遷情報』 (http://uub.jp/upd/)を基 に作成 法定合併協議会を設置した年=1、 法定協議会設置状況* {0,1} その他=0 HP『市区町村変遷情報』 (http://uub.jp/upd/)を基 に作成 段階補正ダミー1 {0,1} 1998年以降の人口4,000人以下の 自治体=1、その他=0 『市町村別決算状況調』 から作成 段階補正ダミー2 {0,1} 2002年以降の人口8,000人以下の 自治体=1、その他=0 『市町村別決算状況調』 から作成 段階補正ダミー2a {0,1} 2002年以降の人口3,000人以下の 自治体=1、その他=0 『市町村別決算状況調』 から作成 段階補正ダミー2b {0,1} 2002年以降の人口3,001~8,000人の 『市町村別決算状況調』 自治体=1、その他=0 から作成 普通交付税変化率 率 (当年度基準財政需要額 -前年度基準財政需要額) /前年度基準財政需要額 『市町村別決算状況調』 地方交付税変化率 率 (当年度地方交付税額 -前年度地方交付税額) /前年度地方交付税額 『市町村別決算状況調』 log (人口) 人 人口の対数 『住民基本台帳人口要覧』 log (面積(町村)) km2 町村=面積の対数、それ以外=0 『全国市町村要覧』 log (面積(市)) km2 市=面積の対数、それ以外=0 『全国市町村要覧』 自主財源比率(町 村) 率 町村=自主財源比率、それ以外=0 『市町村別決算状況調』 自主財源比率(市) 率 市=自主財源比率、それ以外=0 『市町村別決算状況調』 注) *について、詳しくは本文の補論を参照されたい。自主財源比率は、(地方税+使用料+手数料+諸収入)/ 歳入で計算。 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 87 3.1.2 拡張モデル 別の定式化でも推計を行い、基本モデルの頑健性を確かめるとともに、段階補正見直 しの効果に関する別の仮説も検討する。基本モデルでは小規模自治体を人口 8,000 人未 満と定義して普通交付税変化率が合併協議会の設置に及ぼす影響を検討したが、基準の 決め方の恣意性を排除するため、人口 6,000 人と 10,000 人を基準とした推計も行う。 また、次年度の地方財政計画は前年の 12 月に決定され、決定内容が即座に合併の意思 決定に反映される可能性があることから、段階補正の改正と普通交付税変化率の 1 期フ ォワードを政策変数とした推計を行う。さらに、三位一体改革に伴う地方交付税総額削 減の影響について、普通交付税ではなく地方交付税変化率を地方交付税改革の変数とし た推計も行う。 町田 (2006) や高木 (2004) では、2002 年の段階補正見直しは人口 3,000 人以下の町 村に対する、今後の地方財政や総務省の姿勢に対するアナウンス効果が大きかったと述 べている。そこで、段階補正見直しのアナウンス効果を検証するために、「段階補正ダ ミー2」を人口 3,000 人以下 (「段階補正ダミー2a」) と人口 3,001 人以上 8,000 人以 下 (「段階補正ダミー2b」) に分割したモデルでも推定を行う。 3.2 データ 3.2.1 合併協議会の設置状況 計量モデルで推定を行う前に、合併協議会の設置状況を調べる。表 3 は年度別人口規 模別の任意協議会、法定協議会の設置割合である。人口規模を区別しない集計結果から、 任意協議会の設置割合は 01 年から 02 年にかけて上昇してその後低減するが、法定協議 会の設置割合は 03 年に 28.6%とピークを迎えてその後減少することが分かる。平成の 大合併の初期には任意協議会、法定協議会の順番で合併を進めることが多く、02 年に合 併意欲が高まって任意協議会が設置され、その後法定協議会が設立されたためと考えら れる。 また、99 年以前は規模の大きい市町村で合併協議会が設置されやすかったようだが、 2000、 01 年は人口 4,000 人、 8,000 人未満の小規模団体で合併協議会の設置割合が高い。 02、 03 年は人口 14,000 人未満、 30,000 人未満の市町村でも設置割合が高くなっており、 01 年までと比べると規模の大きい市町村の合併意欲が高まっていた。 次に、法定協議会(上段)と任意協議会(下段)の設置割合を合計して計算できる合 併協議会の設置割合を議論する。30,000 人未満を除いて、人口規模に関係なく 02 年に 88 日本経済研究 No.63,2010.7 表 3 年度別人口規模別法定協議会・任意協議会設置割合 1999年以前 0.2% 0.2% 2000年 0.4% 4.9% 2001年 2.4% 8.8% 2002年 28.8% 19.9% 2003年 30.3% 2.3% 2004年 10.9% 0.0% 2005年以降 0.2% 0.0% 7,999-4,000人 (8,000人未満) 0.3% 0.2% 0.9% 2.8% 2.5% 8.3% 28.3% 18.2% 30.7% 3.7% 16.9% 0.0% 0.7% 0.0% 13,999-8,000人 (14,000人未満) 0.0% 0.1% 1.8% 1.8% 1.7% 7.4% 26.0% 15.6% 30.9% 4.1% 16.2% 0.0% 0.9% 0.2% 29,999-14,000人 (30,000人未満) 0.3% 0.0% 1.0% 1.0% 0.9% 6.2% 15.1% 14.7% 28.5% 3.0% 12.5% 0.2% 1.3% 0.3% 99,999-30,000人 (10万人未満) 0.2% 0.3% 0.4% 1.1% 0.7% 3.1% 13.3% 12.2% 22.6% 2.3% 8.8% 0.0% 0.3% 0.0% 10万人以上 0.9% 0.0% 0.5% 0.0% 1.1% 3.7% 12.6% 13.2% 22.2% 2.9% 8.3% 0.0% 0.4% 0.0% 合計 0.2% 0.2% 1.0% 2.2% 1.7% 6.8% 22.4% 16.1% 28.6% 3.2% 13.1% 0.0% 0.7% 0.1% 4,000人未満 注) 上段は法定協議会、下段は任意協議会。 最も合併協議会の設置割合が高くなり、03 年以降設置割合は逓減する。特に、02 年か ら 03 年にかけての合併協議会設置割合は、4,000 人未満自治体が 48.7%から 32.6%、 8,000 人未満自治体が 46.5%から 34.4%と大幅に減少しており、02 年において段階補 正見直しの対象となる小規模自治体が合併に積極的となった可能性が考えられる。一方、 地方交付税が大幅に削減された 04-06 年に、小規模自治体が合併協議会を設置し始めた という傾向は見られなかった。 3.2.2 記述統計量 表 4 は、(1)人口 8,000 人以下の自治体と(2)人口 8,001 人以上の自治体で区別し た記述統計量である13。普通交付税変化率は人口 8,000 人以下の小規模自治体と人口 8,001 人以上の中・大規模自治体で減少率に 2.6 倍、地方交付税は減少率に 4 倍弱の差が あり、小規模団体ほど減少幅が大きいことが分かる。小規模自治体では町村の面積が市 より 2 倍以上大きいが、中・大規模自治体では市が町村よりも大きい。自主財源比率を 比較すると、小規模自治体はそれ以外の自治体より財政力が弱い。また、中・大規模自 治体においては市と町村で財政状況に差があるが、小規模自治体では財政状況に差はほ とんどない。 13 行政権限が異なるため、東京都区部はデータから除いている。 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 89 表 4 記述統計量 変数名 (1)人口8,000人以下の自治体 普通交付税変化率 人口 面積(市) 面積(町村) 自主財源比率(市) 自主財源比率(町村) 地方交付税変化率 平均 標準偏差 最小値 最大値 観測値数 -2.19% 4,560 56 126.5 0.15 0.16 -1.98% 0.06 2,017 0.004 140.6 0.03 0.10 0.06 -1.00 173 55.99 1.0 0.11 0.02 -0.98 24.16 8,000 56 1067 0.19 0.87 92.5 10,594 11,951 12 11,939 12 11,906 9,948 (2)人口8,001人以上の自治体 普通交付税変化率 人口 面積(市) 面積(町村) 自主財源比率(市) 自主財源比率(町村) 地方交付税変化率 -0.83% 58,600 151.3 92.0 0.51 0.32 -0.55% 0.18 162,927 158.9 128.2 0.11 0.14 0.23 -1.00 8,004 5 3.0 0.09 0.05 -0.99 46.45 3,585,785 1231.3 1408.3 0.79 0.85 118.5 16,416 19,539 6,896 12,643 6,885 12,617 16,422 注) 96 年から 07 年までの平均。単位は、人口は人、面積は km、自主財源比率は比率。自主財源比率 は歳入をウェイトとして計算している。 4. 推計結果 4.1 基本モデルの推定 表 5 は、パネルデータ線形確率モデルで地方交付税改革が合併協議会と法定協議会の 設置に及ぼす影響を推定した結果である。推計結果(1)と(2)より、コントロール変 数の有無にかかわらず段階補正ダミー1 は有意ではなく、人口 4,000 人以下の町村の段 階補正フラット化が合併協議会の設置割合を高める直接的な効果は見られなかった。一 方、02 年の新しい段階補正の導入は、小規模団体の協議会設置確率をコントロール変数 のないモデルでは 8.4%、コントロール変数のあるモデルでは 7.6%上昇させることが 示されている14。普通交付税変化率の係数は負で有意とならず、04-06 年に限定した普通 交付税変化率の係数も有意にならないことから、地方交付税の削減と三位一体改革に伴 う地方交付税改革が合併協議会の設立に与える影響は確認できなかった。 コントロール変数では、人口の 1%上昇が協議会の設置確率を約 24%低め、町村の自 主財源比率の 1%増加が同確率を約 24%高めるという結果となった。規模の小さい市町 村で合併への危機感を持ちやすいと考えられるため、人口の係数が負という結果は直感 14 線形確率モデルなので、推計結果の係数が限界効果を表す。 90 日本経済研究 No.63,2010.7 的にも整合的である。自主財源比率が高いいわば財政力のある町村が合併に意欲的とい う結果からは、合併後に財政力低下と行政サービスの低下が懸念されるため、財政力の 弱い自治体との合併は敬遠されていると考えることもできる。ただし、表 5 をみると法 定協議会の設置に関しては自主財源比率の係数は有意となっていないため、推計結果の 解釈には注意が必要だろう。 推計結果(3)と(4)には、98 年に実施された段階補正改正は法定協議会の設置確率 には影響を与えないが、02 年の段階補正見直しが設置確率を約 7%弱高めることが示さ れている。そのため、02 年の段階補正見直しは合併協議会だけではなく法定協議会の設 置を促し、合併への意欲を高めたと考えられる。普通交付税変化率及び 04-06 年に限定 した同変化率の係数は、小規模自治体とそれ以外の自治体の双方で合併協議会の設置に 関する推計と同様に負で有意とはならず、三位一体改革を含めて、交付税の削減が合併 意欲を高めたとは言えない。 したがって、合併協議会と法定協議会の設置に関する推計結果から、02 年の段階補正 算定見直しが小規模自治体の合併意欲を高めること、特に法定協議会よりも合併協議会 の設置確率を高めることが明らかとなった。また、交付税の削減や 04-06 年の三位一体 改革に伴う交付税総額の大幅削減が、小規模自治体の合併意欲を高める効果は見られな かった。その理由として、第 1 に、段階補正の見直しの影響や旧合併特例法の期限を意 識して、既に任意協議会や法定協議会が設置されていたためと考えられる。本稿の分析 から 02 年の段階補正見直しは小規模市町村の財政に大きな負担となり、合併協議会の 設置意欲を高めたことが示されている。また、旧合併特例法は当初、05 年 3 月までの合 併を適用要件としていたため、逆算すると期限の 2 年前である 03 年ぐらいまでに合併 協議会を設立する必要があった(宮崎,2006)。表 3 から推察されるように、02 年と 03 年には多くの合併協議会が設立されたが、04 年以降は合併協議会の設置件数が急激 に減少していた。したがって、合併意欲のある自治体は既に合併協議会を設置しており、 交付税総額の削減が新たな合併協議会の設置にはつながらなかったと考えられる。第 2 に、地方交付税の削減に関係なく、小規模市町村は元々財政力が弱く、合併意欲が高か った。表 3 にあるように、人口 8,000 人以下の小規模自治体は 02 年と 03 年に既に多く の合併協議会を設立していた。確かに、交付税総額の削減により市町村存続についての 危機意識は生まれたが、小規模自治体には財政力の弱い市町村が多く、交付税の増減に かかわらず合併の必要に迫られていた可能性が高い。 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 91 表 5 パネルデータ線形確率モデル 従属変数 合併協議会 交付税変化率 小規模自治体の定義 (1) 段階補正ダミー1 段階補正ダミー2 法定協議会 普通交付税変化率 人口8,000人以下 (2) (3) 合併協議会 法定協議会 普通交付税変化率 (4) 人口6,000人以下 (5) (6) 0.0135 0.0072 -0.0007 -0.0027 0.0070 -0.0028 (0.0101) (0.0103) (0.0072) (0.0074) (0.0102) (0.0074) 0.0838*** 0.0760*** 0.0696*** 0.0676*** 0.0762*** 0.0677*** (0.0121) (0.0127) (0.0098) (0.0127) (0.0094) (0.0098) 交付税変化率 小規模自治体 それ以外の自治体 -0.0029 -0.0033 -0.0046 -0.0054 -0.0067 -0.0069 (0.0048) (0.0049) (0.0034) (0.0037) (0.0074) (0.0048) 0.0088** 0.0082** 0.0030 0.0028 0.0086** 0.0030 (0.0035) (0.0033) (0.0029) (0.0029) (0.0034) (0.0029) 交付税変化率 :2004年から2006年 小規模自治体 それ以外の自治体 -0.0182 -0.0156 -0.0217 -0.0216 0.0393 -0.0172 (0.0227) (0.0223) (0.0253) (0.0254) (0.1236) (0.1377) -0.0074 -0.0168 0.0167 0.0036 -0.0204 -0.0027 (0.0192) (0.0183) (0.0210) (0.0201) (0.0154) (0.0169) -0.2350*** -0.0990 -0.2360*** -0.1000 (0.0804) (0.0620) (0.0803) (0.0619) 0.1099 0.2015* 0.1110 0.2039* (0.1049) (0.1222) (0.1048) (0.1216) 0.0392 0.1165 0.0404 0.1183 (0.2135) (0.1824) (0.2135) (0.1821) log (人口) log (面積(町村)) log (面積(市)) 自主財源比率(町村) 自主財源比率(市) 観測値数 F検定:固定効果 25,536 0.2399** 0.0960 0.2400** 0.0955 (0.1087) (0.0933) (0.1087) (0.0933) -0.1138* -0.2033*** -0.1131* -0.2035*** (0.0670) (0.0606) (0.0671) (0.0607) 25,692 25,473 25,692 25,473 25,755 2.252 2.193 1.158 1.128 2.193 1.128 [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] Breusch-Pagan検定 469.038 432.551 23.243 30.274 432.651 30.307 [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] Hausman検定 4787.951 4656.837 3277.307 3190.257 4656.378 3189.875 [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] 0.316 0.317 0.244 0.244 0.317 0.244 修正R2乗 注) 96 年から 07 年までのパネルデータ。()内は分散不均一を考慮した標準誤差で、[ ]内は P 値。 ***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%で有意。すべて固定効果モデルにより推定され、個別効果と 時間効果の係数は省略。従属変数で合併協議会は合併協議会ダミーを、法定協議会は法定協議会ダ ミーを指している。(9)と(10)の段階補正ダミー1、2 と交付税変化率は 1 期フォワード。 92 日本経済研究 No.63,2010.7 表 5 パネルデータ線形確率モデル(続) 従属変数 合併協議会 法定協議会 合併協議会 法定協議会 合併協議会 法定協議会 交付税変化率 普通交付税変化率 普通交付税変化率のフォワード 地方交付税変化率 小規模自治体の定義 人口10,000人以下 (7) (8) 人口8,000人以下 (9) (10) 人口8,000人以下 (11) (12) 段階補正ダミー1 段階補正ダミー2 0.0071 -0.0027 0.0019 -0.0077 0.0070 -0.0036 (0.0103) (0.0074) (0.0082) (0.0061) (0.0106) (0.0077) 0.0759*** 0.0675*** 0.0565*** 0.0323*** 0.0929*** 0.0809*** (0.0128) (0.0105) (0.0075) (0.0136) (0.0104) (0.0098) 交付税変化率 小規模自治体 それ以外の自治体 -0.0074 -0.0091 -0.0042 -0.0025 0.0014*** 0.0013*** (0.0079) (0.0065) (0.0052) (0.0019) (0.0005) (0.0004) 0.0088** 0.0033 0.0114** 0.0093** 0.0021*** 0.0015*** (0.0035) (0.0030) (0.0050) (0.0046) (0.0006) (0.0005) 交付税変化率 :2004年から2006年 小規模自治体 それ以外の自治体 log (人口) log (面積(町村)) log (面積(市)) -0.0222 -0.0269 0.0384 0.0571 -0.0084 -0.0234 (0.0282) (0.0324) (0.0624) (0.0731) (0.0312) (0.0298) -0.0138 0.0071 -0.0024 0.0014 0.0070 0.0095 (0.0184) (0.0202) (0.0054) (0.0053) (0.0094) (0.0105) -0.2335*** -0.0977 -0.2777*** -0.1437*** (0.0804) (0.0621) (0.0726) (0.0538) (0.1002) (0.0765) 0.1083 0.1998 0.2117* 0.3048** 0.1649 0.2505** (0.1052) (0.1225) (0.1133) (0.1227) (0.1081) (0.1214) 0.0399 0.1169 0.1361 0.1979 0.1297 0.1902 (0.2137) (0.1826) (0.1868) (0.1566) (0.2466) (0.2013) 自主財源比率(町村) 0.2389** (0.1086) 自主財源比率(市) 観測値数 F検定:固定効果 -0.4642*** -0.2696*** 0.0951 0.1657 0.0269 0.2568** 0.1162 (0.0932) (0.1043) (0.0817) (0.1045) (0.0920) -0.1152* -0.2051*** -0.0862 -0.1371*** -0.1359* -0.2268*** (0.0671) (0.0607) (0.0602) (0.0515) (0.0731) (0.0663) 25,473 25,692 26,699 26,905 24,876 25,099 2.193 1.128 1.864 1.165 2.069 1.059 [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.016] Breusch-Pagan検定 432.886 30.217 277.994 5.190 429.504 36.869 [0.000] [0.000] [0.000] [0.023] [0.000] [0.000] Hausman検定 4658.047 3191.697 3438.401 1986.535 4689.815 3199.975 [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] [0.000] 0.317 0.244 0.308 0.216 0.311 0.240 修正R2乗 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 93 4.2 推計の拡張 次に、基本モデルとは異なる定式化で推計の頑健性を調べ、その後地方交付税のアナ ウンス効果を検証する。表 5 の(5)と(6)は普通交付税変化率の小規模自治体を人口 6,000 人以下と定義した推計で15、(7)と(8)は小規模自治体を人口 10,000 人以下と 定義した推計の結果である。どちらの定式化でも段階補正ダミー2 は正で有意となるが、 普通交付税変化率の係数は正か負でも有意とならず、04-06 年の普通交付税変化率の係 数は有意とならない。基本モデルでは、政策が施行された年と合併意欲の変化によって 合併協議会が設置される年が同じであると仮定していたが、前年度に制度変更の概要が 決定されるため、制度改正の前年に合併に向けた取り組みに変化が生じる可能性もある。 例えば、04 年の地方交付税総額大幅削減は 03 年 12 月に地方財政対策に盛り込まれた。 そこで表 5 の(9)と(10)では、2 つの段階補正改正に関する変数と全ての普通交付税 変化率の 1 期フォワードを政策変数とした、パネル線形確率モデルを推計した。合併協 議会と法定協議会のどちらの設置に関しても段階補正ダミー2 の係数は正で有意となり、 普通交付税変化率と 04-06 年の同変化率についても基本モデルと同じ結果を得ている。 なお、段階補正ダミー2 の係数が(9)では 0.057、(10)では 0.032 となり、基本モデ ルより大幅に低くなっているのは、制度改正の前年に協議会を設立する自治体よりも制 度改正と同じ年に合併への取り組みを変化させる自治体が多いためと考えられる。 また、地方交付税と臨時財政対策債の合算額の代理変数として地方交付税(普通交付 税+特別交付税)変化率を用いた推計も行った。表 5 の(11)と(12)より、2002 年の 段階補正見直しが合併協議会、法定協議会の設置確率をそれぞれ 9.3%、8.1%高めるこ とが分かる。この数値は基本モデルより 1%程度高いが、段階補正見直しが正で有意と なり、地方交付税変化率の係数が正か負でも有意とならない点は、基本モデルの結果を 支持しているといえよう。 推計結果を載せていないが、結果の頑健性を調べるために他にもいくつかの推計を行 った。合併協議会を設立した後では市町村の合併に対する姿勢が変化している可能性が あるので、 協議会設立年度以降を 1 としたダミー変数を従属変数とした推計も行ったが、 これまでの分析とほとんど同じ結果が得られた。また、合併市町村も加えた推計も行っ たところ、基本的に同じ結果を得ている16,17。 15 表 5 の(5)-(12)は、どの推計もコントロール変数のあるモデルの結果のみを掲載しているが、コントロ ール変数のないモデルにおいても推計結果の含意は同じであった。 16 02 年段階補正の見直しの係数が小さくなったが、合併市町村は既に合併を達成しているので、次の合併を行 いにくいためと考えられる。 17 また、以前実施された政策の影響で次の政策変更の際に協議会を設立することも考えられる。そこで、98 年 94 日本経済研究 No.63,2010.7 表 6 段階補正見直しのアナウンス効果 従属変数 合併協議会 法定協議会 (1) (2) (3) (4) 段階補正ダミー1 0.014 (0.010) 0.000 (0.007) 0.008 (0.010) -0.002 (0.007) 段階補正ダミー2a 0.078*** (0.020) 0.065*** (0.016) 0.068*** (0.021) 0.062*** (0.016) 0.086*** (0.013) 0.071*** (0.010) 0.079*** (0.014) 0.069*** (0.011) 小規模自治体 -0.003 (0.005) -0.005 (0.003) -0.003 (0.005) -0.005 (0.004) それ以外の自治体 0.009** (0.004) 0.003 (0.003) 0.008** (0.003) 0.003 (0.003) 小規模自治体 -0.019 (0.023) -0.022 (0.025) -0.017 (0.022) -0.023 (0.026) それ以外の自治体 -0.007 (0.019) 0.017 (0.021) -0.017 (0.018) 0.004 (0.020) 観測値数 25,536 25,755 25,473 25,692 0.111 0.123 0.251 0.194 [0.740] [0.726] [0.616] [0.660] 修正R2乗 0.316 0.244 0.317 0.244 説明変数 無 有 無 有 (3千人以下) 段階補正ダミー2b ( 3千人以上8千人以下) 普通交付税変化率 普通交付税変化率 :2004年から2006年 Wald検定:段階補正ダミー 注) 96 年から 07 年までのパネルデータ。***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%で有意。年ダミー及び コントロール変数などは、全て表 5 と推計結果が同じなので省略。( )内は分散不均一を考慮し た標準誤差で、[ ]内は P 値。モデルは固定効果モデルで、個別効果と時間効果の係数は省略。Wald 検定「段階補正ダミー2a」と「段階補正ダミー2b」の係数が等しいという帰無仮説を検定。 表 6 は、02 年段階補正見直しが人口 3,000 人以下の自治体に及ぼすアナウンス効果を 推計した結果である。基本モデルとの相違は、段階補正ダミー2 を段階補正ダミー2a(人 口 3000 人以下)と段階補正ダミー2b(人口 3001 人以上 8,000 人以下)に分割した点に の制度変更(人口 4,000 人以下自治体への段階補正フラット化)の影響が 02 年に表れる影響を、02 年に 4,000 人以下交付団体で 1 をとる「追加ダミー1」 、02 年の制度変更(人口 8,000 人以下自治体に対する段階補正見直 し)の影響が 04-06 年に表れる影響を、04-06 年に 8,000 人以下交付団体で 1 をとる「追加ダミー2」で捉える という定式化で推計を行った。 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 95 ある。その他のコントロール変数については全て同様の結果となることから、関心のあ る段階補正ダミーの係数のみを表に載せた。合併協議会の設置状況への効果を調べた (1)と(2)では、段階補正ダミー2a と段階補正ダミー2b の係数は双方とも正で有意 となった。しかし、2 つの係数が等しいかどうかのワルド検定を行ったところ、2 つの 係数が等しいという帰無仮説を棄却できず、この推定結果からは人口 3,000 人以下の自 治体に対する特別なアナウンス効果は確認できなかった。また、段階補正改定の法定協 議会設置に与える効果についても、ワルド検定は帰無仮説を棄却できないことから、02 年段階補正見直しが小規模自治体の合併意欲に及ぼすアナウンス効果はないようであ る。 5. 結論 市町村合併の進展に伴い、合併と地方財政の関係が取り上げられるようになってきた。 その中でも、本稿では地方交付税改革、特に段階補正の見直しと三位一体改革による地 方交付税総額の減少が市町村の合併意欲にどのような影響を及ぼしたのかに注目した。 近年の小規模自治体に対する交付税の厳しい削減が合併を促す効果を持っていたのか どうかに関する議論では、総務省は交付税改革と市町村合併は関係ないと主張している が、合併の現場や財政学者はそのように捉えていないようにも思える。本稿では、全国 市町村のデータを用いて、交付税改革と市町村合併の関係を客観的な数字で検証してい る。 96 年から 07 年までの 12 年間の全国市町村パネルデータを用い、合併協議会や法定協 議会の設置状況を従属変数、小規模団体を対象にした段階補正割増率のフラット化や段 階補正の算定方法見直し、04-06 年における普通交付税の変化を政策変数としたモデル で、段階補正の改定を含む地方交付税改革が合併意欲に及ぼす効果を調べた。推定の結 果、98 年に実施された人口 4,000 人以下の団体への段階補正フラット化は合併協議会の 設置に影響を及ぼさないが、02 年に実施された段階補正の見直しは小規模自治体の合併 協議会と法定協議会の設置確率を 7-8%上昇させることが明らかとなった。また、法定 合併協議会よりも合併協議会の設置において、段階補正見直しの影響が強いことが示さ れた。一方、普通交付税の削減が合併協議会及び法定協議会の設置割合を高める効果は 確認できず、三位一体改革に伴う地方交付税改革が合併の動機付けとなったとは言えな いだろう。 ただし、本稿には問題点も残されている。本研究では、合併促進策や地方交付税改革 96 日本経済研究 No.63,2010.7 における個々の政策が合併意欲に与える影響を分析できていない。年ダミーによって地 方交付税と関連する政策の年度別の効果は調べられるが、合併のための財政措置や交付 税制度の改定に関する個別の政策の効果はみることができない。また、本稿では合併意 欲を合併協議会や法定協議会の設置で測定していたが、この方法では合併協議会設立後 の合併に対する姿勢などは評価できない。合併協議会設置しても合併まで至らないケー スもあることから、協議会設置後の合併意欲を考慮した分析も必要だろう。これらの問 題は、今後の課題としたい。 参考文献 赤井伸郎・佐藤主光・山下耕治 (2003)『地方交付税の経済学:理論・実証に基づく改革』有斐閣. 青木宗明(2006)「『平成大合併』から学ぶべきこと―求められる『地方の意向』の反映」 町田俊彦編著『「平成大合併」の財政学』pp. 1-22. 今井照(2008)『「平成大合併」の政治学』公人社. 岡本全勝 (2002)『地方財政改革論議:地方交付税の将来像』ぎょうせい. 岡本全勝(2003)「市町村合併をめぐる財政問題」『自治研究』79(11), pp. 3-27. 小西砂千夫 (2002)『地方財政改革論:「健全化」実現へのシステム設計』日本経済新聞社. 小西砂千夫(2003) 「市町村合併と地方財政制度・市町村の財政運営」 『自治研究』79(9),pp. 22-46. 小西砂千夫 (2007)『地方財政改革の政治経済学-相互扶助の精神を生かした制度設計』有斐閣. 佐々木信夫(2002)『市町村合併』ちくま書房. 高木信二 (2004) 「町村財政と交付税」(財) 地方自治総合研究所編『地方財政レポート 2004:三 位一体改革の虚実-地方財政計画のあり方を問う-』pp. 92-137. 高木信二(2006a)「合併特例債は『疑似餌』」町田俊彦編著『「平成大合併」の財政学』pp. 57-72. 高木信二(2006b)「三位一体改革と交付税」日本地方財政学会編著『三位一体改革-理念と現実』 pp. 20-33. 道州制と町村に関する研究会(2008)『「平成の合併」をめぐる実態と評価』全国町村会. 飛田博史(2006)「「交付税措置」の虚実―合併算定替を中心として―」町田俊彦編著『「平成 大合併」の財政学』pp. 57-72. 西川雅史 (2002)「市町村合併の政策評価-最適都市規模・合併協議会の設置確率」『日本経済研 究』46,pp. 61-79. 町田俊彦(2006)「地方交付税削減下の「平成大合併」」町田俊彦編著『「平成大合併」の財政 学』pp. 23-56. 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 97 宮崎毅(2006)「効率的自治体による法定合併協議会の設置-1999 年合併特例法と関連して」『日 本経済研究』54,pp. 20-38. 山崎重孝(2003)「基礎的地方公共団体のあり方」『自治研究』79(10),pp.3-64. 横道清隆 (2003a)「市町村合併の必要性」『自治研究』79 (9),pp. 3-21. 横道清隆 (2003b)「市町村合併の必要性と課題」『都市問題』94(2),pp. 3-12. 横道清隆・和田公雄 (2000)「平成の市町村合併の実証分析(上)」 『自治研究』76(12),pp. 110-123. 横道清隆・和田公雄 (2001)「平成の市町村合併の実証分析(下)」 『自治研究』77(7),pp. 118-129. 横山純一(2006)「三位一体の改革と自治体財政」日本地方財政学会編著『三位一体改革-理念 と現実』pp. 1-19. Wooldridge, J. (2002) Econometric Analysis of Cross Section and Panel Data, MIT Press. 補論 合併協議会・法定合併協議会ダミー変数の作成方法 任意合併協議会、法定合併協議会についてのデータは次の方法で作成した。データは 年度別に取り扱うことから、 範囲は 96 年 4 月 1 日から 08 年 3 月 31 日までの 12 年間で、 合併協議会ダミーは任意協議会、或いは法定協議会が設置された年に 1 をとり、その他 の場合に 0 となるダミー変数で、法定合併協議会ダミーは法定協議会が設立された年に 1 をとり、その他の場合に 0 となるダミー変数である 。したがって、法定協議会ダミー が 1 となる市町村の場合、合併協議会ダミーも 1 をとる。協議会の設置、合併に関する 情報は、インターネット上で日本地理の愛好家が作成している『市区町村変遷情報』を 利用した18。合併協議会は、08 年 3 月 31 日時点において成立した合併における合併協議 会の設置状況を対象としており、合併まで至らなかった協議会、まだ合併が実現してい ない協議会の設置は除外している。法定協議会も同様である。なお、合併協議会の変数 についての説明は、特に断りがない限り法定協議会の変数作成にも適用されるとする。 次に、ダミー変数の詳細な作成方法について説明する。合併を経験していない市町村 だけではなく、合併を経験した市町村も区別することなく扱っている。当初協議会に参 加していたもの合併に至らなかった市町村、合併協議会が途中で中断した場合は合併協 議会を設置していなかったとした。平成の大合併の終盤には、前身となる協議会を解散 して新しく協議会を設置して合併することがあるが、前身となる協議会が合併を実現す 18 このウェブサイトにおける市町村合併の情報は、全国の地方自治体、合併協議会の関係者に利用されるほど 充実している上、最新の合併協議状況が直接関係者から情報提供されており、信頼性の高いデータであること が関係者の間では知られている。 98 日本経済研究 No.63,2010.7 る上で重要な役割を果たしているならば、前身となる合併協議会でも協議会設置とした。 また、合併までに 2 つの協議会に参加しているケースもあるが、2 つの協議会に参加し ていることは考慮していない。合併協議会に途中から参加している場合には、途中参加 を考慮した。具体的な合併協議会と法定協議会設置変数の作成方法は、筆者に問い合わ せられたい。 変数の出典 変数名 出典 人口 『住民基本台帳人口要覧』 (総務省自治行政局) 地方交付税額、普通交付税額、歳入額、普通 交付税額、地方税、使用料、手数料、諸収入、 その他収入 『市町村別決算状況調』 (総務省自治税務局) 面積 『全国市町村要覧』 (総務省自治行政局) 任意合併協議会、法定合併協議会設置状況 『市区町村変遷情報』 <http://uub.jp/upd/> 論文:地方交付税改革が市町村合併に及ぼす影響 99
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