ソミュールのきのこ博物館 永井敦子 2009 年 3 月にフランスのソミュール市郊外にあるきのこ博物館を見学しまし た。ソミュールはパリから南西に 250 キロ程のロワール川両岸に広がる人口 3 万人程の市です。小さな市ですが、フランス中にその名が知られているのは、 そのお城と、ワインと、馬術学校と、マッシュルーム栽培のせいです。 この 4 つは、地理的、歴史的に互いに深く関係しています。ロワール川沿岸 は地理的要因もあって、ルネサンス期を中心に宮廷文化が花開いた土地です。 お城は 14 世紀に建築が始まりましたが、改築の末ルネサンス様式をとり、先の 尖った塔に囲まれ、私たちが子供の頃に描いたような、まさにおとぎ話のお城 の形をしています。そしてソミュールは 17 世紀の絶対王政の時代から、国軍の 馬術教育の中心地となり、大いに栄えました。現在は軍の管轄と、他の文化・ 教育・スポーツ方面の省庁の管轄とに分かれていますが、フランスにおける馬 術教育の中心地としての重要性は変わっていません。そしてワインです。ロワ ール川下流のアンジュー地方は、フランス国内でも赤ワイン生産のほぼ北限で すが、そのなかでもソミュール・シャンピニは、アンジュー地方のワイン特有 の軽さに、深い味わいの加わったワインとして全国的にも愛飲されています。 この地でワイン生産が盛んなのは、ロワール川に向かって下る傾斜地に日当り と水はけのよさがあってぶどうの木の栽培に適しているだけでなく、もともと 海底であったこの地が非常に石灰質の強い土地であり、それがぶどうの木の栽 培には向いた土壌を作っていることと、 「トログロディット」と呼ばれているの ですが、この地方の人々が、古くから柔らかい石灰質の河岸段丘を採掘して穴 蔵を作り、採掘した石材は建築用に、できた穴蔵は住居やワインの貯蔵に利用 してきたからなのです。こうくれば、マッシュルーム栽培がなぜ盛んなのか言 うまでもありません!ここソミュールには、石灰質の土と、馬糞と、冷暗所が ふんだんにあるのです。いわゆるマッシュルーム、ツクリタケは、フランス語 では「シャンピニョン・ド・パリ(パリの茸)」と呼ばれていますが、実はフラ ンス全土の生産量の 70%がソミュールで生産され、日に 500 トン以上にも及ん でいるのです。 そのようなわけで、ソミュールにはマッシュルーム栽培の見学や産直購入の できる箇所がいくつかありますが、今回はソミュール郊外のきのこ博物館 (www.musee-du-champignon.com)を訪ねました。この博物館は 1978 年に開 設され、はじめはきのこ栽培のプロセスの紹介と栽培の見学と直売だけでした が、1998 年から、いろいろな種類のきのこ標本を分類した展示部門も充実させ ました。現在もマッシュルームを中心に、ヒラタケ、シイタケなどを栽培して、 出荷や販売もしています。 訪れたのはシーズンオフの 3 月でしたので、ロワール川に沿った道路脇の駐 車場には車もほとんどなく、何と言っても建物があるわけではなく穴蔵の入り 口の横に看板が立っているだけですから、ぼうっとしていると見逃してしまう ほどです。中に入ると、石灰岩を掘り進めた通路の両側に、ランダムに小部屋 が掘ってあって、その小部屋を使って要領よくきのこ標本が分類、展示されて いました。標本の質と量については、私に力がないので判断は控えますが、き のこ愛好家が持つオーソドックスな図鑑 1 冊分という印象を持ちました。他に 石灰岩の採掘方法、きのこの栽培方法の説明コーナーや、実際の栽培の様子が 見られる場所があります。直線的な通路がほとんどなく、天井も低く、地図表 示はあちこちにあるので自分が全体のどの辺りにいるかはわかるので不安はな いのですが、オレンジ色の間接照明に照らされた洞窟内は、大腸のポリープ検 査の映像を思い出させました。博物館見学というよりは、洞窟体験の醍醐味が あります。もちろんシーズン中は、定期的にガイド付見学も行われます。しか し何と言ってもこの博物館見学の魅力は、ソミュールでのきのこ栽培がこの地 の太古からの自然要因とフランスの歴史的要因とに深く関係していることを実 感できる、その長い時間のダイナミズムの一端に触れることができることにあ ると思います。ソミュールへはパリから TGV を利用してアンジェに行き、そこ から乗り換えて、乗り継ぎがよければ 2 時間程で行けます。機会がありました らぜひお出かけになり、町で新鮮なきのこと赤ワインを味わってください。 今回この博物館を訪問したのは、1983 年から 2001 年までソミュール市長を つとめられたジャン=ポール・ユゴーさんが誘ってくださったためでした。3 月 にソミュール市のあるメーヌ=エ=ロワール県の県都にあるアンジェ大学の客 員教員をしたのですが、滞在中、サルコジ大統領の教育改革方針に反対した学 生がずっとストをして大学の講義棟をロックアウトしており、学生との交流が ほとんどできなかったため、今年の 1 月までアンジェ大学の文学部教員でもあ ったユゴーさんが、きのこ好きの客員教員を奥様のきのこ料理ときのこ博物館 見学でもてなして下さったのです。大学を早期退職されたユゴーさんはソミュ ールのためにまだまだいろいろやりたいと考えておられ、きのこを通じた日本 との交流にも意欲をお持ちです。私もきのこ博物館で栽培されていたシイタケ のあまり元気でない様子を見て、ぜひソミュールのきのこ農家の方々に日本の 原木栽培を見てもらいたいと思いました。折しもフランスは空前の日本食ブー ムです。ソミュール市のマッシュルーム栽培農家による、日本のきのこ見学派 遣団が実現されることを願います。 (埼玉きのこ研究会会誌『いっぽん』第 22 号(2009)に寄稿した記事をもとに してあります。)
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