威嚇のテクニック

様だけでなく飛び方まで似ているのである。そのあま
チに似た昆虫の擬態は形態より、その動きがハチに
の仲間も胸から泡をふいた。これらの昆虫は恐らくは
トビナナフシやツユム
りの類似を見ると、自然界の不思議にあらためて驚き
似ているものが結構多い。写真では動きを表せない
毒のある昆虫で、その泡の中に有毒な成分が入ってい
シ、ハゴロモの仲間で、カ
の念を禁じ得ない。そして、チョウが視覚動物である
ので、写真を見るとそれほど似ていないと感じるもの
るのであろう。
ムフラージュが上手である
ことを考えると、視覚的刺激がより完璧な類似を生み
でも、小刻みに歩き回り、触角をせわしく動かす動き
熱帯アジアのウシロムキアルキと名づけたヒロズアシ
が、普段は隠されている
出す一つの原動力であるような気がしてならない。
がハチとそっくりなものも多い。それほど似ていないの
ブトウンカの仲間は、頭と
後翅や腹部などに派手な
一方、そこまでの完璧な擬態が、より不完全な擬
にハチに擬態していると思われる昆虫は、触角の一部
お尻が逆に見える半翅目
模様を持つものがいる。こ
態と比べて、どれだけ生存に有利であるのかはいささ
が白いものが多い。これは触角そのものを目立たせる
の昆虫だ。学生時代に翻
うした昆虫はほぼすべて
か疑問である。特にテントウムシやベニボタルを見て
ことによって、擬態効果を高めていると思う。
訳を手伝ったヴィックラー
が、脅かすと翅を開いたり、
いると、なんとなくテントウムシ、なんとなくベニボタル
熱帯アメリカのトラフヤママユは、姿はハチには似
の『擬態』という本の中
逆立ちしたりして、派手な
という色彩や斑紋があって、必ずしもモデルとミミック
ていないが、脅かすと
にイラストが載っていて、
右が頭で左が尻、尻に触覚み
部分を見せる。
ビビウストビナナフシは驚かす
が 1 対 1 の対応をしていないものも多い。ある特定の
腹 部 を 曲 げ て、 死 ん
ゾウムシに似ているように
派手な模様はさまざまだ
種への完璧な擬態と、このように漠然としたおおざっ
だふりをする。すると、
も見えるこの半翅目の昆
尻が逆に見える
様を見せる。
ぱな擬態との間に差はあるのだろうか。筆者はミュー
腹 部の節間が伸びて、
虫が、歩くときはどうするのかが、そのイラストを見て
玉模様である。目玉模様の発達した昆虫は世界中に
ラーの擬態の効果なども
黄色い部分が出てくる。
以来興味があった。つい最近、タイでこの昆虫を観
いるが、特に中南米ではよく見られる。ユカタンビワ
考えると、おおざっぱに毒
毛むくじゃらの黄色と
察でき、後ろ向きに歩く姿を見てウシロムキアルキと呼
ハゴロモは、それ自体奇妙な形であるが、脅かすと翅
のあるグループに似る擬
黒の縞模様を見せられ
んでしまったのだが、
お尻に偽の顔を持つと、歩き
を開く。すると後翅にはまた奇妙な目玉模様がある。
態の方が有利なのではな
ると、思わず手を引っ込めてしまう。
方まで変わってしまう、というのが擬態のすごいところ
ヤママユガ科のメダマヤママユの仲間は中南米特
毒のあるなしにかかわらず、気味の悪い模様や色、
であり、進化の不思議である。このように、頭とお尻
産で多くの種類がある。休息時に翅を閉じていると、
形というのは存在するように思う。ぼくが気持ち悪いと
を逆に見せる擬態は尾状突起を持つシジミチョウ科の
後翅にある目玉模様は見
感じるものが捕食者と同じであるとは言えないが、ぼ
チョウにも見られる。南米で、葉にとまるとその場で
えない。休息中のメダマヤ
門に補食する動物もいる
く自身を昆虫の捕食者であると仮定すれば、同じよう
向きを変えて、攪乱するという手の込んだ行動をする
ママユに触ると、翅を開い
が、一般にアリを避ける
に視覚に頼って昆虫を探す鳥にとっても、手を出した
チョウを見たときは感動した。
て目玉模 様を見せる。通
動物が多いと思う。カメ
くないということはあり得ると思う。
ムシの幼虫、ツユムシの
集団でいるものや、あまり普通に存在しない色や模
いかとも考えている。
アリは生物界の嫌われ
者であると思う。アリを専
幼虫、カマキリの幼虫な
いつもアリがまとわりついてい
るコツノゼミの仲間。
アリを担いでいるように見える
アリカツギツノゼミ。
クワゴの幼虫は胸を膨らませると少
しヘビに似ている。
たいな突起が付いていて、頭と
が、最もよく目立つのは目
と翅を開き、派手な腹部の模
常目玉模 様を見せたまま
威嚇のテクニック
様、形態は捕食者に一瞬のたじろぎを与えるかもしれ
仮死状態に陥り、次に飛
ぶときまではそのままの姿
ない。ユカタンビワハゴロモの頭部がワニに似ている
カムフラージュ、隠蔽擬態は、できるだけ存在を隠
勢でいることが多い。メダ
多い。これらの昆虫は小さいときだけアリに似ている。
とか、ヤママユガ科の前翅に見られることが多い、ヘ
す擬態で、主に休息時に、その効果を発揮する。活
マヤママユの目玉模様は、
モデルとなるアリが小さいからである。ツノゼミの仲間
ビのような模様、これらの模様もその真偽はともかく、
動する場合は、木の葉や地衣類に擬態したツユムシの
捕食者の小鳥が嫌う猛禽
は排泄物でアリを引きつける種類が多いが、背中にア
捕食者をたじろがす効果はあるのではないだろうか。
ように体を風に吹かれた植物のような、体を揺さぶり
の顔に擬態しているという
リが乗っているような形態
つかまえると体から体液を出すものもいる。テント
ながら実にゆっくりとした動きをする。もし捕食者に発
考え方もある。目玉模 様
をしている、中南米のア
ウムシは赤やオレンジの臭い液を出すことがよく知ら
見されたら逃げるすべを持たないものがほとんどだ。一
を鳥の糞害や、作物の防
リカツギツノゼミは、アリ
れている。驚くのは体からぶくぶくと泡を出す昆虫が
方ベーツ型擬態は存在を目立たせることによって、効
護のために使う目玉風船というのもある。大きな目玉
にはあまり魅力がないよう
いることだ。タイなどに
果を発揮する擬態であるから、活動中も効果がある。
模様は鳥を驚かす効果があるのだ。けれど、目玉風
で、アリがまとわりついて
住む派手な色彩をした
しかしカムフラージュしている昆虫の中には、発見さ
船はずっとぶら下げておくとすぐに効果がなくなるらし
いるのを見たことがない。
バッタは、掴むと写真
れたときに第 2 の防衛戦略をとるものがいる。危険が
い。鳥は結構頭がよいから、無害であることをすぐに
ハチは毒針を持つので
のように泡をふく。口か
迫ると、隠し持った目立つ模様を見せるのである。木
覚えてしまうわけだ。ところが目玉風船を何種類も用
嫌われる存在だろう。ハ
ら出るわけではなく胸
の葉や枝に紛れている昆虫が、突然目立つ模様を見
意し頻繁に換えると効果は持続するのという。メダマ
せて変身するのは、捕食者に相当のインパクトを与え
ヤママユの仲間は、たくさんの種類があって、その目
る可能性が強い。隠された目立つ模様は毒のある昆虫
玉模様も多様であるから、効果が持続する可能性が
に見られる警戒色を模した擬態と考えてもよいだろう。
ある。
どアリにそっくりな昆虫も
チに擬 態 する昆 虫はガ、
キリギリス、カメムシ、ア
ブなど多岐にわたる。ハ
144
ナンヨウクマバチ
(上)に似たク
マバチモドキホウジャク、ガの
仲間だ。
と腹の境目あたりから
出るようだ。ホンジュラ
スで見つけたマダラガ
掴んだら胸から泡をふいたバッタ。
毒々しい色彩のバッタで、恐らくは
毒がある。
メダマヤママユの仲間を見つけ
たら必ず触ってみる。びっくり
箱みたいにさまざまな目玉模様
が出てくる。
145
学名索引
中段・左 オオコノハツユムシ Onomarchus sp.(MYS)
にしているが、触ろうとすると、その場に留まって威嚇
学名はできるだけ種名まで記したが、上位分類までしか
下段・左 コノハツユムシの仲間 Baryprostha foliacea(MYS)
をするのである。
わからないものもあり,表記には統一が取れていない。2
下段・右 シモフリコノハツユムシ Anapolisia maculosa(CRI)
個の単語が組み合わさっているものは種名まで、sp. とあ
P.21 上段・左 ディスモルファツユムシ Dysmorpha obesa(MYS)
るものは属名まで、1 つの場合、語尾が idea で終わって
上段・右 キノハツユムシの仲間 Itarissa sp.(PER)
いるものは上科、idae で終わっているものは科名、inae
中段・左 カレハツユムシの仲間 Hetaira cornuta(PER) 昆虫の擬態は、我々人間にはとてもわかりやすい現
で終わっているものは亜科名、ini で終わっているものは
中段・右 カレハツユムシ Pycnopalpa bicordata(PAN)
象だ。それは人間が、主たる昆虫の敵である鳥と同
族名までしかわからなかったものだ。なお、撮影地につい
下段・左 マレーコノハツユムシ Leptoderes ornatipennis(MYS)
様に視覚動物であること、我々の観念の中に擬態へ
ては、日本の撮影地については都道府県名で、海外の撮
下段・右 カワリコノハツユムシ Orophus conspersus(CRI)
の指向性が存在するからである。人類の歴史は昆虫
影地は以下の略記で表している。
P.22 上
コノハバッタ Systella rafflesii(MYS)
の歴史と比べればずっと短いけれど、脳の発達と文化
AUS =オーストラリア、BRA =ブラジル、CMR =カメルー
の蓄積によって、あたかも種分化を繰り返しているか
ン、COD =コンゴ、COL =コロンビア、CRI =コスタリカ、
下
コノハバッタ Systella rafflesii(MYS)
のごとく、多様な価値観や思考が生まれているからで
ECU =エクアドル、FRA =フランス、HND =ホンジュラス、
P.23 上
コノハバッタ Systella rafflesii(MYS)
熱帯アジアのカレハカマキリの仲間は枯葉そっくり
ある。巨大な脳の獲得によって、昆虫が長い歴史の
LAO =ラオス、MDG =マダガスカル、MYS =マレーシア、
下
ムシクイコノハツユムシ Mimetica; sp.(CRI)
に見える。胸の部分が横に張り出し、枯葉を模して
中で獲得してきたさまざまな生き方を、短期間で獲得
MEX =メキシコ、PAN =パナマ、PER =ペルー、PHI =フィ
P.24 カレハツユムシの仲間 Typophyllum sp.(PER)
いる。腹部を覆う翅も、丸まった枯葉のように見える。
したのである。昆虫は種を増やすことでさまざまな生
リピン、PNG =パプアニューギニア、THA =タイ、VEN =
P.25 上
カレハバッタ♀ Chorotypus gallinaceus(MYS) コノハチョウが同じ種でも、裏面はさまざまな色のも
き方を獲得し、生物界で最も成功した生き物である
ベネズエラ、VNM =ベトナム
下
カレハバッタ♂ Chorotypus gallinaceus(MYS)
のがあるように、カレハカマキリの色彩も多様である。
が、人間は脳の発達で多様な価値観や考え方を身に
カレハカマキリは驚かすと翅を広げて威嚇の姿勢をと
つけて、あたかも種分化を繰り返してきたかのごとき
る。これは多くのカマキリ類に共通の行動だ。日本の
多様な生き方を獲得したのである。最も繁栄している
カマキリのように、あまり擬態が発達していないカマキ
昆虫というグループと、単一の種として最も成功した
リの場合、威嚇姿勢は長くは続かない。ところがカレ
我々には当然のごとく共通点があり、擬態は最もわか
ハカマキリの威嚇姿勢は、時に 10 分を越え、体を揺
りやすい生き方の一つの例であると考えるのである。
キリ類のメスは産卵の後、その場に留まって卵のうを
保護する習性を持つ。普段は卵のうに覆い被さるよう
擬態と人との接点
カマキリの仲間も触ってみるとおもしろい。ヒシムネカレハカマキリ
を触ったら翅を開いて威嚇した。
すりながら、鎌を上下させて威嚇してくる。カレハカマ
シロモンクロシジミの蛹はまるでドクロのように見える。蛹はたいてい葉の上の目立つ場所にある。
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中段・右 トガリコノハツユムシ Phaneropteridae(PER)
P.26 上段・左 カレハガ Gastropacha orientalis(長野)
上段・右 ヤガの仲間 Noctuoidea(PER)
中段・左 ヤガの仲間 Noctuoidea(PER)
中段・右 シャクガの仲間 Geometridae(PER)
頁
和名・学名
下段・左 カギバヤママユの仲間 Goodia unguiculata(CMR)
P.6 スジボソヤマキチョウ Gonepteryx aspasia(群馬)
下段・右 ヤガの仲間 Noctuoidea(CMR )
P.7
ツユムシの仲間 Phaneropteridae(PER)
P.27 上段・左 キタテハ Polygonia c-aureum(長野)
P.8-9
オオコノハムシ Phyllium giganteum(MYS)
上段・右 マレーコノハツユムシ Leptoderes ornatipennis(MYS)
P.10 写真すべて オオコノハムシ Phyllium giganteum(MYS)
中段・左 オーストラリアカレハバッタ Goniaea australasiae(AUS)
P.11 ⑩ シキフォリウムコノハムシ Phyllium siccifolium(MYS)
中段・右 ユーカリカレエダバッタ Caelifera(AUS)
⑪〜⑮ ビオクラツムコノハムシ Phyllium bioculatum(MYS)
下段・左 オオミスジの蛹 Neptis aiwina(長野)
⑯〜⑱ フィリッピンコノハムシ Phyllium philippinicum(PHI)
下段・右 スミナガシの蛹 Dichorragia nesimachus(長野)
P.12-13
アフリカヒラタツユムシの仲間 Zabalius sp(CMR)
P.28 上
シャチホコガの仲間 Notodontidae(PER)
P.14
ヒラタツユムシの仲間 Phyllozelus caeruleus(MYS)
下
シャチホコガの仲間 Crinodes bellatrix(PER)
P.15
ヒラタツユムシの仲間 Phyllozelus caeruleus(MYS)
P.29 上
ヤガの仲間 Noctuoidea(PER )
P.16 上
オオヒラタツユムシ Despoina superba(MYS)
下
ムラサキシャチホコ Uropyia meticulodina(山形)
下
オオヒラタツユムシ Despoina superba(MYS)
P.30 上・左 ベアタミイロタテハの幼虫 Agrias beata(PER)
P.17 上
アフリカヒラタツユムシの仲間 Zabalius sp.(COD)
上・右 ヤマトカギバの幼虫 Nordstromia japonica(長野)
下
アフリカヒラタツユムシの仲間 Chondrodera notatipes(CMR)
下 スミナガシの幼虫 Dichorragia nesimachus(長野)
P.18-19
ブルネアナコノハツユムシ Brunneana cincticollis(MYS)
P.31
ヒシムネカレハカマキリ Deroplatys lobata(MYS)
P.20 上段・左 ツユムシの仲間 Phaneropteridae(CMR)
P.32 上
ツノゼミの仲間 Membracidae(PER)
上段・右 ツノコノハツユムシ Aegimia elongata(CRI) 下
カメムシの仲間 Phymata sp.(PER) 147