プロトン供受性配位子を有する鉄錯体の合成と性質および窒素活性化

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Author(s)
プロトン供受性配位子を有する鉄錯体の合成と性質およ
び窒素活性化 Synthesis and characterization of iron
complexes supported by the functional ligands with proton
donating/accepting abilities
鈴木, 達也
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2015-03-23
http://repo.lib.nitech.ac.jp/handle/123456789/24940
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Thesis or Dissertation
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博士論文
プロトン供受性配位子を有する鉄錯体の合成と性質
および窒素活性化
Synthesis and characterization of iron complexes supported by the
functional ligands with proton donating/accepting abilities
指導教官 増田秀樹 教授
名古屋工業大学 工学研究科
未来材料創成工学専攻
博士後期課程
平成 24 年度入学
鈴木 達也
1
目次
5
略語解説
第1章
緒言
1.1. はじめに
1.2. 産業における分子変換および遷移金属錯体の応用
6
1.3. 生体系における分子変換
6
1.4. 遷移金属錯体による分子変換
7
1.5. 研究目的
8
1.6. プロトン脱着機能性配位子を持つ遷移金属錯体
8
1.7. 戦略
9
1.8. 本研究の意義
9
11
参考文献
第2章
6
Thioamide pincer 配位子を有する Fe(II)錯体の合成と性質、および thioamide NH プ
13
ロトン脱着による反応制御
2.1. 序論
13
2.1.1. pincer 配位子に関して
13
2.1.2. チオアミド基について
14
2.2. 実験
14
2.2.1. 試薬
14
2.2.2. 測定
15
2.2.3. 合成
16
2.3. 結果と考察
2.3.1. 配位子 H2L
19
DIP
および H2L
DPM
を用いた bischelate 錯体[Fe(H2L
DIP
)2](2⋅Br)
および monochelate 錯体[FeBr2(H2LDPM)]の合成
2.3.2. [Fe(THF)2(LDPM)]の合成
2.3.3. [Fe(THF)2(L
DPM
19
23
)]と CO の反応
25
2.3.4. [Fe(THF)2(LDPM)]と 2,6-dimethylbenzene isocyanide(CN-xylyl)の反応
27
2.3.5. [Fe(THF)2(LDPM)]と N-heterocyclic carbene (NHC)の反応
29
2.3.6. [Fe(THF)2(L
DPM
)]と NO の反応
2
31
2.4. 結論
33
Crystallographic and structure refinement data
34
36
参考文献
第3章 安定な phosphazide の合成と phosphazido および iminophosphorane への変換反応
enamido phospazide 配位子の C−N 結合解裂反応メカニズム
39
3.1. 序論
39
3.2. 実験
39
3.2.1. 試薬
39
3.2.2. 測定
40
3.2.3. 合成
40
3.2.4. m-xylene の単離
43
3.2.5. Radical 反応の観測
43
3.3. 結果と考察
43
3.3.1. 配位子 HNpN3
iPr,Me
および KNpN3
iPr,Me
43
の合成
3.3.2. [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]および[Fe2(NpN’)2]の合成
46
3.3.3. [Fe2(NpN’)2]生成の反応メカニズム
50
3.4. 結論
52
Crystallographic and structure refinement data
53
参考文献
54
第4章 Enamine-iminopohosphorane 基含有配位子を用いた新規窒素錯体の合成と性質、および
その反応性
56
4.1. 序論
56
4.1.1. 窒素分子
56
4.1.2. 窒素固定
56
4.1.3. 遷移金属錯体を用いた窒素固定の研究
58
4.2. 実験
60
4.2.1. 試薬
60
4.2.2. 測定
61
4.2.3. 合成
63
4.3. 結果と考察
4.3.1. [FeBr(NpN
67
iPr,iPr
)], [FeBr(NpN
3
iPr,Mes
)] お よ び [Fe(NpN
iPr,Mes
)]2(µ-N2) の 合 成
67
4.3.2. HNpNPiPr および LiNpNPiPr の合成
iPr
72
4.3.3. [FeBr(NpNP )]錯体の合成
74
4.3.4. [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の合成
76
4.4. 理論計算による窒素分子の活性化構造の解析
79
4.4.1. 窒素錯体の電荷移動
79
4.4.2. Fe から窒素分子への π-back donation
83
4.5. 結論
85
Crystallographic and structure refinement data
87
参考文献
89
第5章 総括
93
発表論文
95
謝辞
96
4
略語解説
PCET
H 2L
Proton-Coupled Electron Transfer
DIP
2,6-bis(N-2,6-diisopropylphenylthioamide)pyridine
H2LDPM
2,6-bis(N-2,6-diphenylmethyl-4-isopropylphenylthioamide)pyridine
NHC
1,3-bis-(2,6-diisopropylphenyl)imidazol-2-ylidene
NMR
Nuclear Magnetic Resonance
FT−IR
Fourier Transform InfraRed
ESI−TOF−MS
Electrospray Ionization Time Of Flight Mass Spectrometry
CCD
Charge Coupled Device
THF
Tetrahydrofuran,
C 4H 8O
TMS
Tetramethylsilane,
(CH3)4Si
CN-xylyl
2,6-xylyl isocyanide
NO
Nitric Oxide
CO
Carbon monoxide
PDI
bis(iminopyridine)
ORTEP
The Oak Ridge Thermal Ellipsoid Plot
ppm
parts per million
n-Bu
normal-butyl,
(CH3)-(CH2)3-
tBu
tertiary-butyl,
(CH3)3C-
TMEDA
Tetramethylethylenediamine
iPr
isopropyl,
(CH3)CH-
Me
methyl,
CH3-
HNPiPr
HNP
Ph
2,6-diisopropyl-N-(2-diphenylphosphinocyclopentylidene)aniline
deg.
degree
nacnacMe
nacnac
2,6-diisopropyl-N-(2-diisopropylphosphinocyclopentylidene)aniline
tBu
N,N’-bis(2,6-diisopropylphenyl)pentane-2,4-diiminate
N,N’-bis(2,6-diisopropylphenyl)-2,2-6,6-tetramethylheptane-3,5-diiminate
GCMS
Gas Chromatograph Mass Spectrometry
GOF
Goodness Of Fit
HIPT
hexaisopropyl terphenyl
Mes
2,4,6-mesityl group
R.T.
Room Temperature
DFT
Density Functional Theory
5
第一章
緒言
1.1 はじめに
分子変換は常に自然界で起こっており、重要な役割を果たしている。その分子変換を
自在に操作することは、産業や医薬品、機能性分子などの開発に必要不可欠である。分
子によっては非常に遅い変換反応もあるが、自然界、特に生体は精密な設計された酵素
によって反応を促進している。このような生体中で起きている反応を自在に起こせるこ
とができれば、産業の発展のみならず、更には次世代の機能性分子の開発に貢献できる
と考えられる。そのため、生体中の酵素が持つ金属含有の活性中心を模倣した遷移金属
錯体を用いた研究が盛んに進められている。特に遷移金属錯体による H2, H2O, CH4, CO2,
N2, O2, NO, CN 等の小分子活性は環境を配慮したクリーンなエネルギーの発展に繋がる
大きな挑戦的テーマである。
1.2 産業における分子変換および遷移金属錯体の応用
産業における分子変換で代表的な反応は、窒素分子をアンモニアへ変換するハーバー
⋅ボッシュ法、一酸化炭素と水素分子から炭化水素を合成する Fischer-Tropsch 法など数
多くのプロセスが存在し、基礎研究上で達成されてきた。特にハーバー⋅ボッシュ法で
は Haber, Bosch, Mittasch らにより鉄系触媒の発見と高圧循環プロセスでの工業化に始
まり、今日でも基本的な触媒およびプロセス原理は変わっていない。このような反応の
中で、金属が触媒あるいは助触媒となる 1。
遷移金属錯体を用いた均一系触媒反応は活性中心が明確であり反応メカニズムが理解
しやすいため、不均一触媒に比べて設計しやすい。しかし、触媒が反応系に均一に溶け
てしまうため、生成物から取り除く操作が必要となり、コストが懸かってしまう。その
ため、工業的に用いられる例は固体触媒(不均一触媒)に比べて少ない。このような問題
を解決し、実用化に向けて、固相に担持した金属錯体を用いた研究が盛んに行われてい
る 2。均一系触媒や錯体の再利用は経済性、実用性だけでなく省資源、省エネルギーの
観点からも重要視されている。
1.3 生体系における分子変換
自然界には分子変換するシステムが酵素中に備わっている。酵素の反応では天然条件
(常温常圧)という温和な条件で反応を進行させている。更に基質選択性も備えており、
副生成物等がほとんど生じない。酵素が行う優れた反応は反応場に要因があり、活性中
6
心の第一配位圏(金属周りの環境)のみならず、更にその外側の第二配位圏も重要である。
その代表的なものが水素結合のネットワークであり、その模式図を Figure 1-1 に示す。
黄色が活性中心であり、緑色が配位
原子、赤色が第二配位圏である。こ
のような水素結合ネットワークを
利用することで分子認識およびプ
ロトン輸送を効率よく行うことが
できる 8。しかしながら、酵素は熱
や pH 変化に弱いことや、反応自体
が遅いなど、工業化に適していない
こともある為、応用した例が少ない。
そのような観点から酵素の活性中
心を模倣した遷移金属錯体の研究
3
が盛んに行われている 。
Figure 1-1. Domain model for hydrogen bonding interaction. Metal
domain (yellow); ligand domain (green); periphery domain (red).
1.4 遷移金属錯体による分子変換
通常の有機反応では起こらないような反応を起こす為に触媒(錯体)が用いられる。遷
移金属錯体は無機金属塩とは異なり、配位子を用いることで反応性、安定性の制御が可
能になるため、無限の可能性を占めている。分子変換触媒として錯体を用いる場合では
中心金属まわりに空きサイトが必要になる。この空きサイト構築の為に立体的、電子的
など配位子の性質が役立つ。また、近年では、その配位サイトだけではなく配位子上の
性質を利用した設計が活発的に行われており、反応を向上させるような機能性錯体の合
成や性質に関する研究が行われてきている。 上述の通り、遷移金属錯体を用いた小分
子変換反応に関する研究は盛んに行われており、基質との相互作用を確認しやすいこと
とその詳しい反応メカニズム解明に基礎研究として役立つ為である。
遷移金属錯体は繊維や産業の分野に留まらず、シスプラチンなどの医薬品にも利用価
値がある。現代における金属錯体の利用価値は計り知れず、2000 年以降のノーベル賞
受賞功績(野依らによる不斉触媒による水素化反応、Grubbs らによる有機合成における
メタセシス法、Suzuki らによる有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング)
からも明らかである 4。
7
1.5 研究目的
本研究では窒素分子の活性化をターゲットに研究を行った。天然で窒素分子をアンモ
ニアへ変換するニトロゲナーゼの活性中心 FeMoco には Fe イオンが多く含まれており、
鉄イオンが窒素固定に関与している。更に、FeMoco よりも活性が落ちるものの、モリ
ブデンのイオンがバナジウムに置き換わった V ニトロゲナーゼ 5 や鉄だけで構成された
Fe ニトロゲナーゼも存在することも明らかにされ 6、共通する Fe イオンが重要である
ことが考えられている。Fe イオンは地球上に多く存在し、安価で毒性の少ない為工業
化を考えると重要な課題だと考えられる。ことから Fe 錯体により窒素分子の変換に挑
戦することとした。更に、ニトロゲナーゼの窒素固定反応メカニズムでは配位硫黄原子
がプロトンを受ける過程が提案されており、配位子上にプロトンを受ける機能性配位子
を導入した効果に興味が持たれる 7。
1.6 プロトン脱着機能性配位子を持つ遷移金属錯体
遷移金属錯体の触媒作用発現には第一配位圏(金属周りの環境)だけでなく、更にその
外側の第二配位圏も重要である 8。例えば、水素分子を可逆的に電子およびプロトンへ
変換する Fe-Ni ヒドロゲナーゼでは Fe イオンに配位した CN の N が水素分子のプロト
ン(H+)受け取ることで水素分子の解裂を促進していると考えられている 9。また、窒素
分子をアンモニアへ変換する酵素、ニトロゲナーゼも同様であり配位 S 原子がプロトン
化を受けて配位窒素分子に付加すると行った推定反応メカニズムが提案されている 7。
遷移金属錯体の分野でも同様に配位子上でプロトン脱着部位を持つ機能性錯体が様々
な研究者により研究されている。Ogo らは前者の酵素 Fe-Ni ヒドロゲナーゼを模倣した
Ru-Ni ヒドロゲナーゼモデル錯体で Ru に配位した水分子の O 原子が base として働き効
率よく H2 分子を解裂すると報告している 10。 更には、Dubois らはペンダントアミン導
入錯体[Ni(PPh2NPh)2](BF4)2, (PPh2NPh = 1,3,6-triphenyl-1-aza-3,6-diphosphacycloheptane)を用
いて酸性溶液中で電気化学的に効率よく水素分子を発生させている 11。プトロン脱着機
能性配位子は水素分子の活性化だけではなく、窒素分子の還元体であるヒドラジンの不
均化反応(PCET 反応 = Proton-Coupled Electron Transfer)やケトンをアルコールへ変換する
水 素 付 加 反 応 (hydrogenation) な ど に も 有 効 で あ る 。
Ikariya ら は pincer 型
bis(pyrazole)pyridine Fe(II)錯体で pyrazole β-N 原子がプロトン脱着部位として機能し、
PCET 反応により触媒的にヒドラジンをアンモニアへ不均化する反応を促進できること
を見出した
12
。Milstein は imino-phosphine 骨格を持つ lutidine ベースの(P^N^P) pincer
Fe(II)錯体でケトンをアルコールへ変換している 13。この反応でも pyridyl の metylene プ
ロトンが脱着可能となり反応性の向上に寄与している。
8
以上の様に錯体に機能性を持たせる為に配位子上にプロトンを脱着可能な部位の導入
は必要である。
1.7 戦略
窒素固定を行う為、金属上に窒素分子を捕捉する必要がある。これは窒素分子の空の
反結合性 π*軌道へ金属から逆供与的に供与する必要があるからだ。そのため、金属は
低原子価にすると効率が良い。しかし、Fe イオンを用いた場合、還元した際に鉄粉が
落ちてきてしまうことがある。このことから電子を非局在化する配位子の設計が必要不
可欠ではないかと考えた。配位子上が非局在化した配位子の代表的な物が bis-imino
pyridine (PDI)である。この配位子は形式上低原子価 Fe0 価錯体を安定に合成、単離する
ことができる。実際には非局在化した配位子がラジカルアニオンを non-inocent として
配位子上におくことができ、形式上 0 価ではあるが、鉄 2 価を形成している。このよう
に配位子上を非局在化させることで有効的に低原子価錯体を安定化すると考えられる
14
。このことから、窒素捕捉および活性化を思考した配位子として thioamide pincer 配位
子および iminophosphorane 配位子を設計した。更に、捕捉窒素分子を活性化した後、プ
ロトン化が重要である。このことから、配位窒素分子の近傍にプトロン脱着可能な部位
を導入することで捕捉窒素分子のプロトン化反応を促進できることを期待した。
1.8 本研究の意義
本研究では、高温高圧条件下で化石燃料由来の H2 を利用するハーバー⋅ボッシュ法と
は異なり、ニトロゲナーゼの様に常温常圧下でプロトンを利用して窒素分子からアンモ
ニアを合成することを目的として、蛋白の様な第二配位圏を指向したプロトン供受部位
を持つ配位子を用いて鉄錯体の合成、反応性およびその性質について言及した。
二章ではプロトン脱着機能性配位子である thioamide 基を持つ鉄錯体を合成し、その反
応性、性質、プロトン脱着による変化について検討した。thioamide 基含有錯体は平面
四配位構造を持つ Ni, Pt, Pd 錯体がほとんどであり、プロトン脱着による発光性の違い
や、Pd 錯体による Mizoroki-Heck、Suzuki-Miyaura、Negishi カップリングなどの反応を
行っているものの、全てがレアメタルを用いており安価な Fe イオンを用いた報告が全
くない。そこで Fe イオンを用いた thioamide ピンサー配位子を持つ錯体の合成を行い、
その性質および反応性について検討すると共にプロトン付加反応における性質変化に
について検討し、配位小分子の性質を変化させることを見出した。三章では有機合成で
重要な Staudinger 反応、aza-Wittig 反応の中間体である iminophosphorane を合成する為
に azide と嵩高い置換基を持つ phosphine を反応させたところ iminophosphorane 生成の
9
中間体である phosphazide 化合物が得られ、その単離に成功した。この化合物は非常に
珍しい物であり、その化合物を持つ錯体の性質について興味を持った。この triazide ユ
ニットを持つ FeBr 錯体はヒドリドと反応し、N–C を解裂するといったユニークな反応
性を示し、その反応メカニズムを明らかにした。四章ではアンモニア合成触媒の開発を
目指し、窒素捕捉およびその活性化を他の錯体と比較することで検討した。その結果、
iminosphosphorane 基を持つ Fe 錯体を合成し、低原子価 Fe 錯体を合成することで窒素分
子の捕捉に成功した。さらに、酸を加えることで少量ではあるがアンモニア生成に成功
した。
五章では論文を総括し、プロトン脱着配位子を持つ Fe 錯体の有用性およびそれを用い
た窒素分子変換反応の有用性について述べた。加えて、遷移金属錯体を用いた高効率変
換触媒の開発の可能性に関して言及し、まとめとした。
10
参考文献
1. 菊地英一, 瀬川幸一, 多田旭男, 射水雄三, 服部英, 新しい触媒化学 第 2 版 三共出版,
1997.
2. 小林修, 小山田秀和, 固定化触媒のルネッサンス シーエムシー出版, 2007.
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L. DuBois, J. Am. Chem. Soc., 2006, 128, 358.; M. Rakowski DuBois and D. L. DuBois,
Chem. Soc. Rev., 2009, 38, 62.; M. Rakowski DuBois and D. L. DuBois, Acc. Chem. Res.,
2009, 42, 1974.; D. L. DuBois and R. M. Bullock, Eur. J. Inorg. Chem., 2011, 1017.; J. Y.
Yang, S. E. Smith, T. Liu, W. G. Dougherty, W. A. Hoffert, W. S. Kassel, M. Rakowski
DuBois, D. L. DuBois and R. M. Bullock, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 9700.
12. S. Kuwata and T. Ikariya Chem. Commun., 2014, 50, 14290-14300.; K. Umehara, S.
11
Kuwata and T. Ikariya, J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 6754−6757.
13. C. Gunanathan and D. Milstein, Acc. Chem. Res., 2011, 44, 588.; T. Zell, P. Milko, K. L.
Fillman, Y. Diskin-Posner, T. Bendikov, M. A. Iron, G. Leitus, Y. Ben-David, M. L. Neidig
and D. Milstein, Chem. Eur. J., 2014, 20, 4403.; M. Vogt, A. Nerush, M. A. Iron, G. Leitus, Y.
Diskin-Posner, L. J. W. Shimon, Y. Ben-David and D. Milstein, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135,
17004; D. Srimani, Y. Ben-David and D. Milstein, Chem. Commun., 2013, 49, 6632.
14. S. K. Russell, A. C. Bowman, E. Lobkovsky, K. Wieghardt, and P. J. Chirik, Eur. J. Inorg.
Chem., 2012, 535–545.; S. K. Russell, J. M. Darmon, E. Lobkovsky, and P. J. Chirik, Inorg.
Chem., 2010, 49, 2782–2792.; S. C. Bart, E. Lobkovsky, E. Bill, K. Wieghardt, and P. J.
Chirik, Inorg. Chem., 2007, 46, 7055−7063.; B. M. Wile, R. J. Trovitch, S. C. Bart, A. M.
Tondreau, E. Lobkovsky, C. Milsmann, E. Bill, K. Wieghardt, and P. J. Chirik, Inorg. Chem.
2009, 48, 4190−4200.; A. M. Archer, M. W. Bouwkamp, M. P. Cortez, E. Lobkovsky, and P.
J. Chirik, Organometallics, 2006, 25, 4269-4278.
12
第2章 Thioamide pincer 配位子を有する Fe(II)錯体の合成と性質、および thioamide
NH プロトン脱着による反応制御
2.1. 序論
窒素分子をアンモニアへ変換しているニトロゲナーゼの活性中心 FeMoco は Fe イオ
ンを含んでおり Fe による窒素分子の活性化が予想されていることや、工業化の観点か
ら Fe 化合物は毒性が低く安価であるため、近年では Fe 錯体による窒素固定が研究され
ている 1。しかし、Fe 錯体でアンモニアを生成している系はあるものの、強酸を用いて
無理矢理プロトン化しているため錯体が分解してしまうなど触媒として働いている例
はほとんどない 2。
本研究では、ニトロゲナーゼの様々な推定反応メカニズムの中から、Fe イオンが窒
素分子を捕捉して、その近傍にある S 原子が外部からのプロトン化を受けた後に窒素分
子へプロトンが付加するというメカニズムの提唱に着目した 3。
これまでに報告された窒素錯体では配位子からの電子供与性が重要視されている。それ
は配位子が金属に電子供与することで金属は電子豊富な環境になり、窒素分子に対して
逆供与しやすい環境になる為である。ここでは、FeMoco の Fe 周りの配位環境(S 配位
原子を含んだ環境)を再現したチオアミド含有 SNS ピンサー型配位子を用いて、Fe 錯体
の合成に取り組み、そのプロトン授与部位による性質変化について検討した。
2.1.1. Pincer 配位子に関して
近年、pincer 型配位子は触媒や材料の分野で注目されている。pincer 型配位子は金属
イオンに meridional に配位結合し、金属の d 軌道と相互作用しやすい有機分子である。
そのため、pincer 配位子を用いた錯体はキレート効果および d 軌道との強い相互作用に
より安定な錯体を生成し、触媒反応時の分解を軽減できる 4。実際に、bis-iminopyridine
Fe および Co 錯体は olefin polymerization 反応、窒素活性化、hydrogenation および
hydrosilylation など反応の高い触媒活性を示している 5。また、bis-iminopyridine のシリ
ーズとしてヘテロ原子を導入した imino thioether pincer 配位子を用いた錯体も研究され
ている 6。更に、thioamide pincer 配位子も bis-iminopyridine のシリーズとして考える事
ができ、プロトン脱着可能な thioamide 基を有するため、非常に興味深い。
13
2.1.2. チオアミド基について
thioamide 基は thioamide、iminothiol 異性体構造を有するだけでなく、脱プロトン化する
こ と で
thioamidate 、
iminothiolate 構造を形成でき
る(Figure 2-1)7。
R'
R'
amide 基よ
S
H
S
りも Brønsted 酸性が強く、容
amino-thione
imino-thiol
易にプロトンを脱着できるの
+
H+
-
H+
で配位子上の性質を大きく変
え る こ と が で き る 。
Brownman-James
N
R
H
N
R
お よ び
Kanbara らは四配位平面型構
造 Pd、Pt 錯体を用いて触媒反
応および、配位子上のプロト
N
R
N
R
R'
R'
S
S
thioamidate
imino-thiolate
Figure 2-1. Equilibrium of secondary thioamide group under neutral and
basic conditions
ンを脱着による発光性の違いについて報告している 7。更に、Kanbara らは Ru 錯体を用
いて段階的にプロトンの脱着に成功し、中心金属上の電子密度の変換について電気化学
的に検討している 8。
Cu, Co を用いた錯体も報告されており 9、クラスター構造をと
ることや六配位八面体構造をとることも報告されているが、置換活性な配位子を持つ単
核錯体の報告はない。類似骨格の thiourea 平面三座配位子を有する Fe(II)錯体では配位
子が二分子配位した bischelate 錯体を生成すると報告されている 10。また、類似の amidate
型ピンサー配位子では κ3-(N,N,N) Fe(III)bischelate 型の錯体が報告されている 11。このよ
うな bischelate 錯体では窒素分子の配位する空間がなく触媒として機能しないと考えら
れる。このことからチオアミド基の N 原子上のフェニル基により嵩高い置換基を導入
し た 配 位 子
2,6-bis(N-2,6-diisopropylphenylthioamide)pyridine
(H2LDIP),
お よ び
2,6-bis(N-2,6-diphenylmethyl-4-isopropylphenylthioamide)pyridine (H2LDPM)を合成し、その
鉄錯体の合成およびその反応性について検討することとした。更には、thioamide 基上
のプロトン脱着による錯体の性質変化について興味深い為、評価する事とした。
2.2. 実験
2.2.1. 試薬
配位子 2,6-bis(N-2,6-diisopropylphenyl thioamide)pyridine (H2LDIP)および 2,6-bis(N-2,6diphenylmethyl-4-isopropylphenyl thioamide)pyridine (H2LDPM)は当研究室で確立した方法
で 合 成 し た
12
。 試 薬 お よ び 溶 媒 は 全 て 市 販 品 を 用 い た 。
1,3-bis-(2,6-diisopropylphenyl)imidazol-2-ylidene (NHC)は論文を参考に合成した 13。
14
2.2.2. 測定
2.2.2.1. 核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定
測定は Varian 社製 Gemini-300 型 300 MHz フーリエ変換核磁気共鳴装置および、
BRUKER 社製 AVANCE 600 型 600 MHz フーリエ変換核磁気共鳴装置を用いて行った。
サンプル管は 5 mm のサンプルチューブを用い、基準物質に TMS を用いて測定を行っ
た。
2.2.2.2. フーリエ変換赤外吸収(FT−IR)スペクトル測定
測定装置は Jasco 社製フーリエ変換赤外分光光度計 FT/IR−410 を使用し、測定は KBr
ペレット法を用いて行った。測定に用いたペレットは乳鉢上で KBr とサンプルを混合
粉砕した後、プレス機で圧力をかけて調製した。
2.2.2.3. ESI−TOF−MS スペクトル測定
測定装置は Micromass 社製 ESI−TOF 型質量分析装置を用いた。サンプル濃度は 10 ま
たは 100 µmol dm–3 に調整し、マイクロシリンジを用いて毎時 600 µl/h の速度で溶液を
噴出させた。
2.2.2.4. CHN 有機微量元素分析
分析は Perkin Elmer 社製 CHN-900 元素分析装置を使用して行った。まず、試料測定前
にガスブランク測定を 20 回以上行った後、スズカプセルに封入した試料約 2.0 mg を
2 回測定し、それをキシダ元素分析用アセトアニリド標準試料による補正を行うことに
より C, H, N の各元素含有量(%)を求めた。
2.2.2.5. 単結晶 X 線構造解析
測定サンプルには、単結晶をグラスファイバー上にグリースで固定したものを用いた。
測定には Rigaku 社製 Mercury-CCD 単結晶 X 線構造解析装置を用い、グラファイト結晶
で単色化した Mo Kα線(λ = 0.71070 Å)を X 線源とした。測定温度は−100 ± 1 °C、測定領
域の最大値として 2 θ = 55.0 °を設定した。結晶からディテクターまでの距離はそれぞ
れ 45 mm としディテクターの振角はそれぞれ 20.22 °とした。回析データの収集は、
CrystalClear プログラムを用いて行い、全ての測定について、ローレンツ因子、および
偏光の補正を行った。重原子の初期位相の決定はそれぞれ直接法 SIR 9214, SIR200415 ま
たは SHELX 9716 を用いて行った。水素以外の原子はフーリエ合成によって求め、非等
15
方性温度因子で CrystalStructure ver.7.3.018 を用いて精密化した。精密化の最終段階にお
いて、全ての水素原子は等方性で固定化した。R 値および、wR2 値については、R = ∑
║Fo│ − │Fc║/∑│Fo│, wR2 = [ ∑(w(Fo2 – Fc2)2)/∑w(Fo2)2]1/2 で得られた。
2.2.2.6. 磁化率測定
固体状態の Evans 法によって求めた。磁化率測定は Sherwood Scientific 社製 MSB-MKI
装置を使用して行った。まず、サンプルチューブに試料を 1.5 cm 以上になるまで加え
て測定した後、更にサンプル量を増やして合計三度測定しその平均値を求めた。
2.2.3. 合成
[Fe(H2LDIP)2](2⋅Br)の合成
20 mL のバイアルを用いて、Et2O 2 mL に FeIIBr2 41.6 mg (1.93 × 10–1 mmol)および H2LDIP
100 mg (1.93 × 10–1 mmol)を撹拌させながら加えることで緑色の沈殿物を得た。沈殿物を
濾取した後、EtOH 2 mL に溶かして自然濃縮することで緑色のブロック結晶を 18 mg 得
た。(収率 : 7 %)
ESI-TOF-Mass: m/z 545.2 [M – 2Br]2+, 1089.4 [M – 2Br – H]+. FTIR(KBr, cm–1): ν
3064 (NH), 2963, 2866 (CH3), δ 1503, 1462 (CNH). Anal. Calcd. for C62H78Br2N6S4Fe:
C, 59.51; H, 6.28; N, 6.72. Found: C 59.64; H 5.95; N 6.69.
[FeBr2(H2LDPM)]の合成
20 mL のバイアルを用いて、Et2O 2 mL に FeIIBr2 8.28 mg (9.10 × 10–2 mmol)および
H2LDPM 100 mg (9.10 × 10–2 mmol)を撹拌させながら加えることで緑色の沈殿物を得た。
沈殿物を濾取して CH2Cl2 に溶解させて沈殿物を濾去し、濃縮することで緑色の粉末を
得た(収率 : 84 mg 84 %)。ジメトキシエタンに溶かして自然濃縮することでプレート状
の結晶が得られた。
ESI−TOF−Mass: m/z 1235.3 [M − Br]+, M = 1313.0 (C77H67N3S2FeBr2). FTIR(KBr, cm–1):
ν(ΝΗ) 3327, 3157 , (CH3) 3082, 3059, 3024, 2958, 2924, 2868, (C=C) 1948, 1884, 1807, (C–N)
1598, 1383, δ(NH) 1582. Anal. Calcd. for C77H67N3S2FeBr2: C, 70.37; H, 5.14; N, 3.20. Found:
C, 70.09; H, 5.24; N, 2.98.
[Fe(THF)2(LDPM)]の合成
THF 2 mL に[FeBr2(H2LDPM)] 100 mg (76.1 × 10–6 mol)を加え、懸濁状態で過剰の NaH を
加えると溶液から気泡を確認した。6 時間かき混ぜることで緑色から赤茶色へと変色し
16
た。余剰の NaH を濾取して冷凍庫で冷やすことで茶色の沈殿物を得た。得られた沈殿
物から THF を用いることでオレンジ色のブロック状の結晶を得た。
FTIR(KBr, cm–1): ν 3082, 3059, 3024, 2958, 2924, 2868 (CH3), 1948, 1884, 1807, 1598 (C=C),
1565 (C=N). Anal. Calcd. for C85H79N5S2O2Fe: C, 78.86; H, 6.15; N, 3.25; S, 4.95, Found: C,
77.53; H, 6.23; N, 3.18; S, 4.83.
[Fe(CO)3(LDPM)]の合成
シュレンク管を用いて、[Fe(THF)2(LDPM)] 100 mg (7.73 × 10–5 mol)を toluene 2 mL に加え
て CO 雰囲気下で一晩かき混ぜた。[Fe(THF)2(LDPM)]は懸濁の状態から赤色の溶液に変化
した。–30 ºC まで冷やすことでブロック状の黄色の結晶を得た。(42 mg, 44 %)
1
H-NMR (δ/ppm from TMS in benzene-d6, 300 MHz): 7.71 (t, 1H, Py(4)), 7.29-7.13 (overlapped
with solvent peaks), 5.976 (s, 4H, CH(Ph)2), 2.508 (m, 2H, CH(Me)2), 0.970 (d, 12H,
CH(CH3)2).
13
C-NMR (δ/ppm from solvent in CDCl3): 206.9 (CO), 200.3 (CO), 169.5 (CS),
159.1, 145.6, 143.9, 143.8, 143.5, 132.3, 129.8, 129.3, 128.3, 128.1, 126.5, 126.2, 126.0, 125.9,
52.5 (CH(Ph2)), 33.6 (CH(CH3)2), 24.1 (CH(CH3)2).
FTIR (KBr, cm–1): 3082, 3059, 3024,
2958, 2924, 2868 (CH3), 2044, 1993 (CO), 1948, 1884, 1807, 1598 (C=C), 1565 (C–N).
Anal.
Calcd. for C80H68N3S2FeO3: C, 77.53; H, 5.53; N, 3.39, S, 5.17. Found: C, 77.85; H, 5.72 2.88;
N 4.89; S, 4.82.
[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]の合成
20 mL のバイアルを用いて、toluene 2 mL に[Fe(THF)2(LDPM)] 100 mg (7.73 × 10–5 mol)を
溶解させてかき混ぜながら 2,6-xylyl isocyanide 30.4 mg (2.32 × 10–4 mol)を加え、1 晩かき
混ぜて赤色の溶液を得た。その後、n-pentane を加えることでブロック状の赤色の結晶
を得た(88 mg, 74 %)。
1
H-NMR (δ/ppm from TMS in benzene-d6, 300 MHz): 7.783 (d, 2H, Py(3, 5)), 7.419 (d, 8H, Ph(2,
6)),
6.714 (t, 1H, Py(4)), 6.781 – 7.124 (m, 14H, Ph, Xylyl), 6.477 (m, 3H, Xylyl), 6.377 (d, 4H,
Xylyl), 5.976 (s, 4H, CH(Ph)2), 2.508 (m, 2H, CH(Me)2), 2.268 (s, 6H, Xylyl), 1.878 (s, 12H,
Xylyl), 0.970 (d, 12H, CH(CH3)2).
13
C-NMR (δ/ppm from solvent in CDCl3): 175.18 (xylyl),
175.29 (xylyl), 160.79 (CS), 147.85, 145.21, 144.12, 142.12, 138.13, 135.61, 134.68, 134.47,
132.12, 130.05, 129.43, 129.31, 128.04, 128.50, 127.75, 127.66, 126.48, 125.59, 124.22, 51.97
(Ph2CH), 33.63 (Ar-CH(CH3)2), 24.28(Ar-CH(CH3)2), 19.45 (xylyl), 18.50 (xylyl).
FTIR (KBr,
cm–1): 3082, 3059, 3024, 2953, 2922, 2854 (CH3), 2110, 2087 (CN), 1948, 1884, 1807, 1598
(C=C), 1538 (C–N).
Anal. Calcd. for C104H92N6S2Fe: C, 80.80; H, 6.00; N, 5.44; S, 4.15.
17
Found: C, 79.67; H 6.04; N 5.16; S, 4.10.
[Fe(CN-xylyl)3(H2LDPM)](2⋅BF4)2 の合成
シュレンク管を用いて、toluene 3 mL に[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)] 100 mg (7.73 × 10–5 mol)
を溶解させて、HBF4 (20 mL, 1.47 × 10–1 mmol)を加え、1 晩撹拌させることで茶色の沈殿
物 を 得 た 。 そ の 後 、 沈 殿 物 を 濾 取 し 、 n-pentane で 洗 浄 す る こ と で
[Fe(CN-xylyl)3(H2LDPM)](2⋅BF4)を得た。(79 mg, 60 %)
1
H-NMR (δ/ppm from TMS in benzene-d6, 300 MHz): 10.51 (s, 2H, NH), 8.59 (t, 1H, Py(4)),
8.16 (d, 2H, Py(3, 5)), 7.40-5.44 (overlapped with solvent peaks), 5.44 (s, 4H, Ar-CHPh2), 2.69
(m, 2H, CH(CH3)2), 2.52 (s, 6H, Xylyl), 1.89 (s, 12H, xylyl), 0.99 (d, 12H, CH(CH)2).
13
C-NMR (δ/ppm vs solvent in CDCl3): 194.71 (CS), 155.71 (xylyl), 150.57 (xylyl), 142.56,
142.16, 140.89, 134.88, 134.63, 131.77, 130.30, 130.17, 129.25, 129.06, 128.86, 128.73, 128.51,
128.44, 127.86, 127.58, 127.24, 126.54, 126.16, 52.03 (Ph2CH), 33.91 (Ar-CH(CH3)2), 23.69
(Ar-CH(CH3)2), 19.38 (xylyl), 18.52 (xylyl).
FTIR (KBr, cm–1): 3269 (NH), 3082, 3059, 3024, 2953, 2922, 2869 (CH3), 22175, 2144 (C≡N),
1948, 1884, 1807, 1150, 1127, 1077, 1051 (BF4).
Anal. Calcd. for C104H94N6S2FeB2F8: C,
72.56; H, 5.50; N, 4.88; S, 3.73. Found: C, 71.86; H, 5.54; N, 4.50; S, 3.52.
[Fe(NHC)(LDPM)]の合成
[Fe(THF)2(LDPM)] (300 mg, 2.31 × 10–1 mmol) を 5 mL の toluene に懸濁させて撹拌
させながら NHC (90 mg, 2.31 × 10–1 mmol)が溶解した toluene 5 mL を滴下した。一
晩、反応させることでオレンジ色の懸濁溶液が緑色溶液へと変化した。その後、
n-pentane
10 mL をゆっくり加えて–35 °C で静置させることで緑色の結晶
[Fe(NHC)(κ3-LDPM)] (122 mg, 7.91 × 10–2 mmol, 34 %)を得た。
1
H-NMR (δ/ppm vs TMS in benzene-d6, 300 MHz): 43.84, 28.47, 26.36, 14.91, 11.83,
10.45, 8.88, 8.25, 7.06, 6.91, 4.29, 4.09, 2.64, 2.14, -0.24, -6.22, -11.04, -31.69, -36.40.
Anal. Calcd. for C104H101N5S2Fe: C, 81.06; H, 6.61; N, 4.54; S, 4.16, Found: C, 81.08; H,
6.66; N, 4.32; S, 3.93.
[Fe(NO)2(LDPM)]の合成
[Fe(THF)2(LDPM)] (1.00 g, 7.72 × 10–1 mmol)を 30 mL の toluene に懸濁させて NO 雰
囲気下で一晩撹拌させることで茶色の溶液を得た。その後、減圧濃縮することで
18
茶 色 の 粉 末 [Fe(NO)2(LDPM)] (655 mg, 5.40 × 10–1 mmol, 70 %) を 得 た 。
[Fe(NO)2(LDPM)]の単結晶は CH2Cl2/n-pentane によって得た。
1
H-NMR (δ/ppm vs TMS in benzene-d6, 300 MHz): 7.74 (d, 2H, Py), 7.37 (d, 8H, Ph),
7.23-6.99 (overlapped with solvent peak), 6.77 (t, 1H, Py), 5.87 (s, 4H, Ph2CH-Ar), 2.56 (m, 2H,
Me2CH-Ar), 1.04 (d, 12H, (CH3)2CH-Ar). FTIR(KBr, cm–1): ν 1840, 1790 (NO). Anal. Calcd.
for C77H65N5S2O2Fe: C, 76.28; H, 5.40; N, 5.78; S, 5.29, Found: C, 76.69; H, 5.64; N, 5.82; S,
5.41.
Figure 2-2. ORTEP view of the molecular structure of H2LDIP (left), H2LDPM (right) with ellipsoids at the
30% probability level. The hydrogen atoms and aromatic substituents on N–thioamide group are omitted
for clarity except for H(2) and H(3) atoms for H2LDIP. Selected bond lengths (Å): C(1)–N(2) 1.337(5),
C(2)–N(3) 1.340(5), C(1)–S(1) 1.649(4), C(2)–S(2) 1.642(4).
The hydrogen atoms and aromatic substituents on N–phenyl unit have been omitted for clarity except for
H(2) and H(3) for H2LDPM. Selected bond lengths (Å) and angles (deg): C(1)–N(2) 1.340(3), C(2)–N(3)
1.339(3), C(1)–S(1) 1.648(2), C(2)–S(2) 1.651(2), S(1)–C(1)–N(2) 123.93(16), S(1)–C(1)–C(3)
121.41(14), N(2)–C(1)–C(3) 114.67(17), S(2)–C(2)–N(3) 124.74(14), S(2)–C(2)–C(7) 121.85(14),
N(3)–C(2)–C(7) 113.41(16).
.
2.3. 結果と考察
2.3.1. 配位子 H2LDIP および H2LDPM を用いた bischelate 錯体[Fe(H2LDIP)2](2⋅Br)および
monochelate 錯体[FeBr2(H2LDPM)]の合成
Fe 錯体を合成する際の bischelate 錯体の生成を防ぐ為、pyridine の 2,6 位に嵩高い置換
基 N-(2,6-diisopropylphenyl)thioamide を持つ配位子 H2LDIP および N-(2,6-diphenylmethyl- 4-isopropylphenyl)thioamide を持つ配位子 H2LDPM を合成した。H2LDIP はクロロホルムをに
溶解させた後、自然濃縮する事でブロック状の単結晶が得られる。 また、H2LDPM はメ
タノールから再結晶することで黄色のブロック結晶を得た(Figure 2-2)。
19
thioamide 基上の C=S (H2LDIP: 1.649(4), 1.642(4) Å, H2LDPM: 1.648(2), 1.651(2) Å)および
C–N (H2LDIP: 1.337(5), 1.340(5) Å, H2LDPM: 1.340(3), 1.339(3) Å)の結合長から thioamide 基 N
上にプロトンがいる(–NH(C=S)–)状態であると分かった。
Figure 2-3. ORTEP drawing of [Fe(H2LDIP)2](2⋅Br) with ellipsoids at 30% probability level. The
hydrogen atoms and aromatic substitute on N–thioamide unit have been omitted for clarity except for
H(2a), (H3a), H(5), and H(6a) atoms. Selected bond lengths (Å): Fe(1)–N(1) 1.943(3), Fe(1)–N(4)
1.948(3), Fe(1)–S(1) 2.3172(10), Fe(1)–S(2) 2.2572(11), Fe(1)–S(3) 2.2547(11), Fe(1)–S(4)
2.3193(11), C(1)–N(2) 1.325(5), C(2)–N(3) 1.326(5), C(33)–N(5) 1.327(5), C(32)–N(6) 1.324(5),
C(1)–S(1) 1.681(4), C(2)–S(2) 1.673(4), C(32)–S(3) 1.678(4), C(33)–S(4) 1.678(4).
Bischelate Complex with Smaller Aryl Substituents
H
N
H
N
H
N
H
N
N
S
FeBr2
Ar
in EtOH
S
N
S
S
Ar
Ar
S
N
iPr
Ar =
Ar
N
H
N
H
H2LDIP
iPr
S
Fe
(2·Br)
[Fe(κ3-H2LDIP)2](2·Br): 7 %
Sterically Protected Iron Complexes
H
N
H
N
N
S
S
FeBr2
in Et2O
H
N
S
Fe
NaH
–2 NaBr
H
N
N
in THF
S
Br
Fe
S
THF
[FeBr2(κ3-H2LDPM)]: 84 %
DIP
Scheme 2-1. Syntheses of compounds bischelate [Fe(H2L
[Fe(THF)2(LDPM)].
20
N
N
S
THF
Br
H2LDPM
N
[Fe(THF)2(κ3-LDPM)]: 39 %
)2](2⋅Br), monochelate [FeBr2(H2LDPM)] and
配位子 H2LDIP を FeBr2 と Et2O 中で反応させることで緑色の沈殿物を得た。エタノー
ルに溶かし直した後、自然濃縮する事で緑色の針状結晶[Fe(H2LDIP)2](2•Br)を得た
(Scheme 2-1)。 X 線結晶構造解析の結果、かなり歪んだ octahedral 構造の bischelate Fe(II)
錯体であるとわかった(Figure 2-3)。 金属周りの結合長(Fe(1)–N(1), Fe(1)–N(2) = 1.943(3),
1.949(3)および Fe(1)–S(1), Fe(1)–S(2), Fe(1)–S(3), Fe(1)–S(4) = 2.3145(10), 2.2542(10),
2.3174(10), 2.2536(11) Å)は以下に示す high-spin 錯体に比べて非常に短い為 low-spin 錯体
であると考えられた。固体中の Evans 法で磁化率測定したところ反磁性になったため、
錯体[Fe(H2LDIP)2](2•Br)は反磁性であると確認された。この錯体は溶解性が非常に悪いた
め、溶液中の状態で測定できなかった。このように H2LDIP を用いた場合では 2,6 位の置
換基 isopropyl 基が立体的に小さい為、bischelate 錯体を生成したと考えられた。
Figure 2-4. ORTEP view of the molecular structure of [Fe(H2LDPM)Br2] with ellipsoids at the 30% probability level.
The hydrogen atoms have been omitted for clarity except for H(2) and H(3). Selected bond lengths (Å) and angles
(deg): Br(1)–Fe(1) 2.4272(12), Br(2)–Fe(1) 2.4642(12), Fe(1)–S(1) 2.459(2), Fe(1)–S(2) 2.458(2), Fe(1)–N(1)
2.164(4), S(1)–C(1) 1.674(5), S(2)–C(2) 1.667(5), N(2)–C(1) 1.326(7), N(3)–C(2) 1.323(7), Br(1)–Fe(1)–Br(2)
123.19(5), Br(1)–Fe(1)–N(1) 112.16(10), Br(2)–Fe(1)–N(1) 124.61(10), S(1)–Fe(1)–S(2) 160.93(6).
一方、H2LDIP より更に嵩高い置換基を持つ配位子 H2LDPM を用いた場合では FeBr2 と
Et2O 中で反応させた後、ジメトキシエタンに溶解させ slow evaporation することで緑色
針状の結晶[FeBr2(H2LDPM)]を得た(Scheme 2-1)。 X 線結晶構造の結果、[Fe(H2LDIP)2](2•
Br)錯体とは異なり、monochelate [FeBr2(H2LDPM)]錯体であることがわかった(Figure 2-4)。
[FeBr2(H2LDPM)]は少し歪んだ trigonal bipyramidal 構造を持つ monochelate Fe(II)錯体(τ =
0.6) で あ り 、 金 属 周 り の 角 度 は そ れ ぞ れ 、 Br(1)–Fe–Br(2) 123.19(5), Br(1)–Fe–N(1)
21
112.16(10) および、Br(2)–Fe–N(1) 124.61(10)であり Br(1)–Br(2)–N(1) で trigonal 平面を
形成し、S(1)–Fe–S(2) (160.93(6)°) が歪んで trigonal apical に位置している。また、金属
周りの結合長はそれぞれ、Fe–N(1) 2.164(4) Å, Fe–S(1), Fe–S(2) 2.459(2), 2.458(2) Å であ
り、典型的な high-spin Fe(II)の結合長であるとわかる。bis(iminopyridine) (PDI)のシリー
ズとして iminothioether を導入した Fe(II)錯体が報告されており、2 つの imine N および
pyridine の N で κ3-N,N,N 配位している 6。しかし、今回の化合物では thioamide あるい
は iminothiol 配位子の N 原子で配位した κ3-N,N,N Fe(II)錯体は観測されず、専ら
thioamide κ3-S,N,S 錯体を観測した。thioamide pincer 配位子と類似の三座配位子 thiourea
配位子では多くの Fe(II)および Co(II)錯体が報告されている
10
。しかし、ながらそれら
は全て bischelate 錯体であり、thioamide 基含有の pincer 配位子を用いた Fe(II) monochelate
錯体の合成は初めてで、大変珍しい化合物といえる。以上の結果から、反応性の高い
monochelate Fe(II) 錯 体 を 合 成 す る 為 に は 、 thioamide N 原 子 上 の Ar 置 換 基 は
2,6-diisopropyl 基よりも嵩高い 2,6-bis(diphenylmethyl)基を導入する必要があると明らか
になった。[FeBr2(H2LDPM)]の thioamide 基上の結合長 C=S (1.649(4), 1.667(5) Å)は free の
配位子 C=S (1.648(2), 1.651(2) Å)に比べて長くなっている。一方、結合長 C–N (1.326(7),
1.323(7) Å)では free の配位子 C–N (1.340(3), 1.339(3) Å)に比べて短くなっている。これ
らの結合長は(–NH(C=S)–)を示唆しているが、配位する事で配位 S 原子が anion 性に誘
発されていると考えられる。このことは thioamide NH が free の NH よりも脱プロトン
されやすい状態にあると考えられる。[FeBr2(H2LDPM)]の 1H NMR では、ブロードしたピ
ー ク が 得 ら れ た こ と か ら high-spin の 錯 体 で あ る と 考 え ら れ た (Figure 2-5) 。
[FeBr2(H2LDPM)]はメタノール中で分解して、沈殿物として配位子 H2LDPM が得られる。
[FeBr2(H2LDPM)]の固体状態の磁化率は[FeBr2(PDI)]と同様に 23 °C で 5.4 µB であり、不対
電子を 4 つ持つことがわかった。反応性の高い monochelate Fe(II)錯体が合成できた為、
[FeBr2(H2LDPM)]を原料として反応性を検討した。
Figure 2-5 1H NMR spectrum of [FeBr2(H2LDPM)] in CDCl3.
22
Figure 2-5. ORTEP view of the molecular structure of [Fe(THF)2(LDPM)] with ellipsoids at the 50%
probability level. The hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond lengths (Å),
angles (deg): Fe(1)–S(1) 2.3600(8), Fe(1)–S(2) 2.3621(8), Fe(1)–O(1) 2.0639(19), Fe(1)–O(2)
2.1418(18), Fe(1)–N(1) 2.1593(19), S(1)–C(1) 1.744(3), S(2)–C(2) 1.758(3), N(2)–C(1) 1.286(4),
N(3)–C(2) 1.284(3), S(1)–Fe(1)–S(2) 151.30(3), O(2)–Fe(1)–N(1) 162.05(8).
2.3.2. [Fe(THF)2(LDPM)]の合成
[FeBr2(H2LDPM)] を THF 中 、 過 剰 量 の NaH と 反 応 さ せ る こ と で bis-THF 錯 体
[Fe(THF)2(LDPM)]が得られる(Scheme 2-1)。 NaH の代わりに、2 等量の KN(SiMe3)2 を用
いた場合でも同様に化合物[Fe(THF)2(LDPM)]が得られた。[Fe(THF)2(LDPM)]は THF 中
–35 °C で単結晶が得られる。X 線結晶構造解析の結果、[Fe(THF)2(LDPM)]は pyridine N 原
子, 2 つの thioamide S 原子, THF O 原子を square 平面に、THF O 原子を apical に位置し
た square-pyramidal (τ = 0.16)錯体であると確認した(Figure 2-5)。 この[Fe(THF)2(LDPM)]
の THF は容易に置換反応し、不安定な化合物である。[Fe(THF)2(LDPM)]の thioamide 基上
C–S (1.744(3),1.758(3) Å) 結合長は[FeBr2(H2LDPM)]に比べてかなり伸びており、C–N
(1.286(4), 1.284(3) Å)は短くなっている。これらの結合長は thioamide 基 NH 上のプロト
ンが脱プロトン化して iminothiolate 型へ構造変化したことがわかる。IR スペクトルでも
同様に、[FeBr2(H2LDPM)]で観測されていた ν(NH) = 3157, 3327 cm–1 が [Fe(THF)2(LDPM)]
では消失していることから、iminothiolate 型を示唆している。 金属周りの結合長は
(Fe–N(1) 2.1593(19), Fe–S(1) 2.3600(8), Fe–S(2) 2.3621(8)) [FeBr2(H2LDPM)]に比べて全体的
に 短 く な っ て い る 。 こ の こ と か ら 、 [Fe(THF)2(LDPM)] の 配 位 子 iminothiolate 基 は
[FeBr2(H2LDPM)]の配位子 thioamide 基に比べて、強い σ-donor 性を持つと考えられる。
23
[Fe(THF)2(LDPM)]の 1H NMR では、ブロードしたピークが得られたことから high-spin の
錯体であると考えられ(Figure 2-6)、固体状態の 23 °C の磁化率は 5.2 µB であり、4 つの
不対電子を持つことがわかる。[Fe(THF)2(LDPM)]錯体は非常に不安定であり、その反応
性について検討した。
Figure 2-6 1H NMR spectrum of [Fe(THF)2(LDPM)] in THF-d8.
CO
N
N
S
under CO
– 2 THF
N
S
Fe
OC CO
in toluene
–196 °C to 23 °C
[Fe(CO)3(κ3-LDPM)] : 44 %
N
N
N
S
Fe
S
THF
THF
[Fe(THF)2(κ3-LDPM)]
3 eq. CN-xylyl
– 2 THF
in toluene
N
N
S
N
N
S
Fe
N
N
[Fe(CN-xylyl)3(κ3-LDPM)] : 74 %
Scheme 2-2. Synthesis of compounds [Fe(CO)3(LDPM)] and [Fe(CN-xylyl)3(LDPM)].
24
2.3.3. [Fe(THF)2(LDPM)]と CO の反応
toluene 中、赤色の沈殿物[Fe(THF)2(LDPM)]を CO 雰囲気下で撹拌させることでオレンジ
色の溶液を得た。その溶液を–30 °C で静置させると黄色の結晶[Fe(CO)3(LDPM)]を得た
(Scheme 2-2)。[Fe(CO)3(LDPM)]は反磁性であり、1H NMR で反磁性領域にピークを観測し
た(Figure 2-7)。13C NMR では配位子 CO に帰属されるピークを 206.9, 200.3 ppm に 1 : 2
の割合で観測した。 [Fe(CO)3(LDPM)]の X 線結晶構造解析の結果、配位子 κ3-SNS (LDPM)
と同一平面上に 1 分子の CO が配位し、2 分子の CO が trans に配位した octahedral 錯体
であるとがわかった(Fe–N(1) 1.980(2), Fe–S(1) 2.2676(11), Fe–S(2) 2.2638(11), Fe–C(4)
1.791(3), Fe–C(3) 1.861(3), Fe–C(5) 1.825(3), Figure 2-8)。 Fe–S(1), Fe–S(2)結合長は以下に
示す錯体[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]より短く、ピンサー平面 Fe–CO は他の 2 つの Fe–CO に比
べて短い。これは CO 分子が強い π 逆供与性を示しており、trans 影響が効いていると
考えられる。13C NMR もこれを示唆しており、ピンサー平面の CO 分子が他の 2 分子の
CO に比べて低磁場に観測されている。しかし、C–O 結合長に十分な違いは得られなか
った。[Fe(CO)3(LDPM)]の IR スペクトルでは、それぞれ trans 位に位置する 2 つの CO 分
子を 2044 cm–1 にピンサー平面の CO 分子を 1993 cm–1 に観測した(Figure 2-9)。
Figure 2-7. 1H NMR spectrum of [Fe(CO)3(LDPM)] in benzene-d6.
25
Figure 2-8. ORTEP view of the molecular structure of [Fe(CO)3(κ3-LDPM)] with ellipsoids at the 30%
probability level. The hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond lengths (Å):
Fe(1)–S(1) 2.2676(11), Fe(1)–S(2) 2.2638(11), Fe(1)–N(1) 1.980(2), Fe(1)–C(3) 1.861(3), Fe(1)–C(4)
1.791(3), Fe(1)–C(5) 1.825(3), S(1)–C(1) 1.743(3), S(2)–C(2) 1.745(3), N(2)–C(1) 1.291(3), N(3)–C(2)
1.285(4), S(1)–Fe(1)–S(2) 173.39(3), S(1)–Fe(1)–N(1) 86.73(7), S(1)–Fe(1)–C(3) 90.51(11),
S(1)–Fe(1)–C(4) 93.98(11), S(1)–Fe(1)–C(5) 89.49(12), S(2)–Fe(1)–N(1) 87.05(8), S(2)–Fe(1)–C(3)
87.04(11), S(2)–Fe(1)–C(4) 92.25(11), S(2)–Fe(1)–C(5) 92.41(12), N(1)–Fe(1)–C(3) 87.88(10),
N(1)–Fe(1)–C(5) 86.99(10), C(3)–Fe(1)–C(4) 92.30(12), C(4)–Fe(1)–C(5) 92.82(12).
Figure 2-9. IR spectra of [FeBr2(H2LDPM)], [Fe(THF)2(LDPM)] and [Fe(CO)3(LDPM)]. (KBr method)
26
2.3.4. [Fe(THF)2(LDPM)]と 2,6-dimethylbenzene isocyanide (CN-xylyl)の反応
トルエン中、赤色の沈殿物[Fe(THF)2(LDPM)]を 3 当量の CN-xylyl と反応させて赤色の
溶液[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]を得た(Scheme 2-2)。1H NMR で反磁性領域にピークを観測し、
2.268, 1.878 ppm に 1 : 2 の割合でメチルプロトンを観測した(Figure 2-10)。 6.7 – 7.2 ppm
に 観 測 さ れ た aromatic の ピ ー ク は overlap し て い る 為 、 帰 属 困 難 だ っ た 。 錯 体
[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]は空気中で安定であり、トルエンおよびベンゼン中で簡単に結晶化
できた。X 線結晶構造の結果を Figure 2-11 に示す。
Figure 2-10. 1H NMR spectrum of [Fe(CN-xylyl)3(LDPM)] in benzene-d6.
Figure 2-11. ORTEP view of the molecular structure of [Fe(CN-xylyl)3(κ3-LDPM)] with ellipsoids at the
30 % probability level. The hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond lengths (Å)
and angles (deg): Fe(1)–S(1) 2.2807(10), Fe(1)–S(2) 2.2744(10), Fe(1)–N(1) 1.9844(17), Fe(1)–C(78)
1.871(4), Fe(1)–C(79) 1.809(3), Fe(1)–C(80) 1.874(4), S(1)–C(1) 1.743(3), S(2)–C(2) 1.739(2), N(2)–C(1)
1.288(4), N(3)–C(2) 1.286(3), S(1)–Fe(1)–S(2) 172.33(3), S(1)–Fe(1)–N(1) 86.49(8), S(1)–Fe(1)–C(78)
90.39(10), S(1)–Fe(1)–C(79) 95.04(11), S(1)–Fe(1)–C(80) 90.24(10), S(2)–Fe(1)–N(1) 86.00(7),
S(2)–Fe(1)–C(78) 91.13(10), S(2)–Fe(1)–C(79) 92.45(11), S(2)–Fe(1)–C(80) 87.90 (10),
N(1)–Fe(1)–C(78)
89.49(10),
N(1)–Fe(1)–C(80)
87.90(10),
C(78)–Fe(1)–C(79)
91.17(13),
C(79)–Fe(1)–C(80) 91.41(13).
27
[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]は配位子 κ3-SNS (LDPM)と同一平面上に 1 分子の CN-xylyl が配位し
ており、他の 2 つの分子がお互いに trans に位置した octahedral 構造をとっている。ピン
サー平面上の Fe–N(1) (1.9844(17) Å), Fe–S(1) (2.2807(10) Å), Fe–S(2) (2.2744(10) Å)およ
び、Fe–C(79) (1.809(3) Å) 結合長は Fe–C(78) (1.871(4) Å), Fe–C(80) (1.874(4) Å) に比べ
て短い。thioamide 基上の結合長 C–S (1.743(3), 1.739(2) Å), C–N (1.288(4), 1.286(4) Å)は、
high-spin, low-spin に関わらず[Fe(CO)3(LDPM)]および[Fe(THF)2(LDPM)]とほぼ同じ長さで
あり iminothiolate を形成していることがわかる。
次に、トルエン中で[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]と HBF4 を反応させたところ、iminothiolate が
プロトン化を受け thioamide になった[Fe(CN-xylyl)3(H2LDPM)](2⋅BF4)が得られた。CDCl3
中の 1H NMR では NH に帰属されるピークを 10.51 ppm に観測した(Figure 2-12)。 この
ことから iminothiolate から thioamide へと変化したことがわかる。同様の反応を弱い酸
trimethylammonium chloride および 2,6-lutidinium tetrafluoroborate を用いて行ったが、原
料の[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]が回収された。この iminothiolate のプロトン化反応は IR スペ
クトル上でも確認でき、thioamide に帰属される ν(NH)を 3266 cm–1 に観測して、
iminothiolate から thioamide へ変化していることがわかる。
Figure 2-12. 1H NMR spectrum of [Fe(CN-xylyl)3(H2LDPM)](2⋅BF4) in benzene-d6.
更 に 、 非 常 に 面 白 い こ と に [Fe(CN-xylyl)3(LDPM)] の ν(C≡N) 2110 cm–1 が
[Fe(CN-xylyl)3(H2LDPM)](2⋅BF4)になることで 2144 cm–1 へシフトし、free の CN-xylyl (2121
cm–1) に 比 べ て 高 波 数 に 観 測 し た (Figure 2-13) 。 こ れ は 配 位 子 が iminothiolate か ら
thioamide に変化することで、配位 S 原子からの σ-donation が弱くなったと考えられる。
28
これにより、金属から isocyanide の π* orbital への π 逆供与性が減少し、isocyanide の σ*
orbital からの σ-donation が増加した結果だと考えられる。
Figure 2-13. IR spectra of [Fe(CN-xylyl)3(LDPM)], [Fe(CN-xylyl)3(H2LDPM)] (2⋅BF4).
2.3.5. [Fe(THF)2(LDPM)]と N-heterocyclic carbene (NHC)の反応
N-heterocyclic carbene (NHC)は有機金属の分野で多く報告されており、強い σ-donor 性お
よび中程度の π-acceptor 性を持っており、幅広い金属の酸化状態を安定化すると知られ
ている 19。この金属イオンとの強い相互作用を用いて、第二、第三遷移金属を用いた触
媒反応が多く報告されている。近年では、毒性が低く、豊富に存在する Fe イオンを用
いた Fe–NHC 錯体の報告が著しく増加している 20。しかしながら、まだ報告例が少ない
ため、本研究で Fe–NHC 錯体を合成することとした。
N
N
N
N
S
Fe
NHC
S
S
THF
THF
N
[Fe(THF)2(κ3-LDPM)]
N
[Fe(NHC)(κ3-LDPM)]: 34 %
Scheme 2-3. Synthesis of compound [Fe(NHC)(LDPM)].
29
N
N
Fe
S
[Fe(THF)2(LDPM)]を懸濁させた benzene 溶液を撹拌させながら NHC と反応させると緑色
の溶液が得られた(Scheme 2-3)。n-hexane を用いて冷凍庫で保存することで緑色のブロ
ック結晶[Fe(NHC)(LDPM)]が得られた(Figure 2-14)。
Figure 2-14. ORTEP drawing of [Fe(NHC)(κ3-LDPM)] with ellipsoids at 30 % probability level. The hydrogen atoms
and phenyl groups of diphenylmethyl units have been omitted for clarity. Selected bond lengths (Å) and angles (deg):
Fe(1)–S(1) 2.2217(6), Fe(1)–N(1) 1.965(2), Fe(1)–C(41) 1.939(3), S(1)–C(1) 1.7577(18), N(2)–C(1) 1.281(3),
S(1)–Fe(1)–S(2) 173.68(3), S(1)–Fe(1)–N(1) 86.838(15), S(1)–Fe(1)–C(41) 93.162(15), N(1)–Fe(1)–C(41) 180.
錯体[Fe(NHC)(LDPM)]は 1H NMR および元素分析によって同定され、1H NMR では –38
から 47 ppm に常磁性シフトしたピークを観測した(Figure 2-15)。 Evans 法による溶液中
の磁化率測定を行った結果、室温で 2.81 µB (S = 1)を示した。これは空の dx2-y2 軌道を持
ち 2 つの不対電子対を有していることを示している。
X 線結晶構造解析の結果、
[Fe(NHC)(LDPM)] は 平 面 四 配 位 構 造 を 有 し て お り 、 金 属 周 り の 結 合 長 (Fe(1)–N(1),
Fe(1)–S(1), Fe(1)–S(1’), Fe(1)–C(41) = 1.965(2), 2.2217(6), 2.2217(6), 1.939(3) Å)は非常に
短 い こ と が わ か っ た 。 こ の 結 合 長 は low-spin 錯 体 [Fe(CO)3(LDPM)] ((Fe(1)–N(1),
Fe(1)–S(1), Fe(1)–S(2) = 1.980(2), 2.2676(11), 2.2638(11) Å) および[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]
(1.9844(17), 2.2807(10), 2.2744(10) Å) と 近 い 値 を 示 し て お り 、 high-spin 錯 体
[Fe(THF)2(LDPM)] の そ れ ら (Fe(1)–N(1), Fe(1)–S(1), Fe(1)–S(2) = 2.1593(19), 2.3600(8),
2.3621(8) Å)よりも短い。Fe(1)–C(41)結合はこれまでに報告された平面四配位の中間ス
ピン Fe(II) carbene 錯体 (1.801(9) Å – 2.010(9) Å)21 と類似の結合長にあり、tetrahedral
Fe(II)錯体 carbene (2.075(4) – 2.363(15) Å)よりも短い 22。 このことから thioamide pincer
配位子の骨格と NHC 配位子の強いσ-donation が金属と強い相互作用することで配位子
30
場の分裂が大きくなり、空の dx2-y2 が不安定化すると考えられる。金属周りの角度
(S(1)–Fe(1)–N(1) 86.838(15), N(1)–Fe(1)–S(1’) 86.838(15), S(1)–Fe(1)–C(41) 93.162(15),
S(1’)–Fe(1)–C(41) 93.162(15))は合計で約 360 º であり平面四配位を形成している。
Thiamide 基上の C(1)–S(1) (1.7577(18)), C(1)–N(2) (1.281(3) Å)結合は[Fe(THF)2(LDPM)]と類
似の結合長であり、iminothiolate の形成を示唆している。以上の様に[Fe(THF)2(LDPM)]錯
体は NHC と反応させることで平面四配位の珍しい構造を形成できる。
Figure 2-15. 1H NMR supectrum of [Fe(NHC)(LDPM)] in benzene-d6.
2.3.6. [Fe(THF)2(LDPM)]と NO の反応
Nitrosyl の化学は神経伝達、血管拡張、および血液凝固などの生物学的機能と
non-innocent 配位子という化学的な性質の観点から興味がもたれ、生物無機の分野で多
く研究されている 23。 NO 分子は π*軌道に安定なラジカルを持っている。更に、配位
した NO は cation (NO+), neutral radical (NO⋅)、および anion (NO–)の状態変化することが
出来るため非常に興味深い。これらは金属–NO の角度で決定でき、~180 º では cation,
~120 º では anion であると知られている。24 本研究では Fe(II) nitrosyl 錯体の合成を試み、
配位した NO の状態について検討した。
N
N
N
S
Fe
NO
N
N
N
S
S
Fe
S
ON
THF
NO
THF
[Fe(THF)2(κ3-LDPM)]
[Fe(NO)2(κ3-LDPM)]: 70 %
Sheme 2-4. Synthesis of compound [Fe(NO)2(LDPM)].
31
[Fe(THF)2(LDPM)]をトルエン中に懸濁させて NO 雰囲気下で撹拌させることでオレンジ
色の懸濁溶液から茶色の溶液を得た。減圧濃縮により得た茶色粉末を n-pentane で洗浄
することで茶色の粉末[Fe(NO)2(LDPM)]を得た。CH2Cl2 から再結晶化でき、単結晶 X 線構
造解析から trigonal bipyramidal 構造 (τ = 0.80)の dinitrosyl 錯体であることがわかった。
金 属 周 り の 角 度 (N(1)–Fe–N(4) 118.14(9), N(1)–Fe–N(5) 121.30(10), N(4)–Fe–N(5)
120.37(10))は trigonal plane N(1), N(4), N(5)上で約 360 °を形成しており S(1)–Fe–S(2)
(169.49(3)°) が apical に 位 置 し て い る 。 金 属 周 り の 結 合 長 (Fe(1)–N(1), Fe(1)–S(1),
Fe(1)–S(2), Fe(1)–N(4), Fe(1)–N(5) = 2.028(7), 2.2802(7), 2.2844(8), 1.667(3), 1.664(2) Å)は
[FeBr2(H2LDPM)] (Fe(1)–N(1), Fe(1)–S(1), Fe(1)–S(2) = 2.164(4), 2.459(2), 2.458(2) Å)、および
[Fe(THF)2(LDPM)] (Fe(1)–N(1), Fe(1)–S(1), Fe(1)–S(2) =2.1593(19), 2.3600(8), 2.3621(8) Å)
よりも十分に短い。更に 1H NMR では反磁性領域にピークを観測した。結晶構造および
1
H NMR は錯体[Fe(NO)2(LDPM)]が中間スピン状態にあることを示唆している。結合長
C(1)–S(1), C(2)–S(2)および C(1)–N(2), C(2)–N(3)はそれぞれ 1.748(3), 1.750(2) Å, 1.280(4)
および 1.274(3) Å であり iminothiolate 構造を示している。結晶構造から明らかな様に、
二つの NO 分子は trigonal 平面上にあり、N(4)–O(1), N(5)–O(2)結合長(1.154(4), 1.166(3) Å)
は cationic NO+ 分子 (0.95 Å)よりも長く、anionic NO–分子(1.26 Å)よりも短い。更に
neutral NO・ 分子(1.15 Å)と類似の結合長であることから二つの NO 分子は neutral
radical NO・であることがわかる。上記で示した様に配位 NO 分子の性質は Fe–N–O の結
合角度でも観測できる。今回、Fe(1)–N(4)–O(1)および Fe(1)–N(5)–O(2)は、それぞれ
168.9(2), 168.03(19)°であり、cation NO+ (180 º)と anion NO– (120 º)の中間にある。このこ
とから、配位 NO 分子は radical として配位していることがわかる。IR スペクトルでも
同様であり、1840 cm–1 および 1790 cm–1 に ν(NO)に帰属されるピークを観測した。こ
の値は NO radical の性質を示している。1H NMR では CD2Cl2 溶液中で反磁性のスペクト
ルを示した。これは 2 つの Fe(II)の不対電子が 2 つの NO 分子が持つ radical と
antiferromagnetic coupling していることを示している。
通常、dinitrosyl 錯体{Fe(NO)2}8 は分解し、安定な mononitrosyl 錯体{Fe(NO)}7 を生成す
る。しかし、[Fe(NO)2(LDPM)]は大気条件では分解するが、嫌気条件下 23 Cºで光に対し
て非常に安定である 25。 dinitrosyl 錯体は S-nitrosothiols (RSNO)の分解および形成する
中間体として提案されている 26。 また、生体中 NO の輸送貯蔵物質としても提案され
ている。そのため、thioamide 基の性質を活かしてプロトン脱着により[Fe(NO)2(LDPM)]
を使って NO 輸送体の機能発現が期待された。
32
2.4. 結論
二種類の配位子 H2LDIP, H2LDPM を準備し、Fe(II)錯体の合成を行った。H2LDIP を用いた場
合 bischelate Fe(II)錯体[Fe(H2LDIP)2](2•Br)が生成した。一方で、H2LDPM を用いた場合では
置換基が非常に嵩高い為、monochelate 錯体[FeBr2(H2LDPM)]の合成に成功した。thioamide
pincer 型配位子を用いた monochelate Fe 錯体の合成は初めてであるため、その反応性に
ついて検討した。[FeBr2(H2LDPM)]の 2 つの Br–イオンは脱プロトン化と共に THF 分子と
交換でき、bis-THF 錯体[Fe(THF)2(LDPM)]を生成する。錯体[Fe(THF)2(LDPM)]は CO 分子あ
るいは、CN-xylyl 分子と簡単に交換し[Fe(CO)3(LDPM)], [Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]錯体が得ら
れる。 [Fe(CO)3(LDPM)], [Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]はそれぞれ octahedral の low-spin 錯体であ
るとわかった。iminothiolate 基を持つ[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]は非常に安定で HBF4 により
プロトン化することができ、thioamide 基を持つ[Fe(CN-xylyl)3(H2LDPM)](2⋅BF4)が得られ
る。それに伴って[Fe(CN-xylyl)3(LDPM)]の ν(C≡N)が 34 cm–1 も高波数にシフトすることが
わかった。おそらくこれは、配位子と金属の σ および π 結合性の性質で説明でき、
iminothiolate 基から thioamide 基へ変化することで配位 S 原子の σ-donation が弱まり、金
属からの π 逆供与が現象することで isocyanide の σ-donation が強められたと考えられた。
これらの結果より、thioamide 基上のプロトン脱着を行うことで金属および配位子の
donation をコントロールできることがわかった。更に、[Fe(THF)2(LDPM)]錯体に NHC 分
子あるいは NO 分子を反応させた結果、[Fe(NHC)(LDPM)]および[Fe(NO)2(LDPM)]を生成し
た。[Fe(NHC)(LDPM)]は平面四配位構造を形成しており、中間スピン状態にある。
[Fe(NO)2(LDPM)]は 2 つの NO 分子が配位しており、Fe(II)イオンと antiferromagnetic
coupling をしていることがわかった。
33
Table 1 Crystallographic and structure refinement data for compounds H2LDPM, [FeBr2(κ3-H2LDPM)],
[Fe(THF)2(κ3-LDPM)], [Fe(CO)3(κ3-LDPM)] and [Fe(CN-xylyl)3(κ3-LDPM)]
Compound
Chemical
formula
Formula weight
Temp (°C)
Crystal system
H2LDPM
1098.52
–100
Triclinic
[FeBr2(κ3-H2LDPM)]
C77H67Br2FeN3S2,
2(C4H10O2)
1494.42
–100
Triclinic
Space group
P-1 (#2)
a/Å
b/Å
10.888(2)
11.185(2)
c/Å
α/°
β/°
γ/°
V / Å3
Z
Dcalc/g cm–3
µ(Mo-Kα) / cm–1
F(000)
Reflections
collected
Independent
reflections
R(int)
R1 (I > 2σ(I))a
R1 (all)
wR2 (all)
GOF
CCDC number
a
[Fe(CO)3(κ3-LDPM)]
C80H65FeN3O3S2,
2(C7H8)
1420.66
–150
Triclinic
[Fe(CN-xylyl)3(κ3-LDPM)]
C104H92FeN6S2, 2.5(C6H6),
C5H12
1858.33
–100
Triclinic
P-1 (#2)
[Fe(THF)2(κ3-LDPM)]
C85H81FeN3O2S2,
3.5(C4H8O)
1537.85
–150
Monoclinic
P21/n (#14)
P-1 (#2)
P-1 (#2)
9.872(3)
19.911(7)
19.615(3)
22.908(3)
13.514(3)
16.520(3)
15.521(4)
19.590(5)
24.856(4)
97.198(3)
90.800(2)
91.953(3)
3001.0(8)
2
1.216
1.365
21.027(7)
110.172(5)
98.244(4)
94.284(3)
3805(2)
2
1.304
13.577
20.265(3)
8639(2)
4
1.191
2.770
19.046(4)
65.733(7)
79.394(9)
78.280(10)
3771.5(13)
2
1.251
3.095
20.683(5)
107.334(3)
108.6612(3)
105.3219(14)
5219(2)
2
1.154
2.363
1164
1556
3304
1496
1926
24032
30489
67790
30043
52730
13144
16706
19252
16577
23560
0.0331
0.0536
0.0854
0.1385
1.045
984342
0.0696
0.0769
0.1573
0.1811
1.027
984346
0.0312
0.0730
0.0872
0.2187
1.060
984347
0.0341
0.0603
0.0849
0.1706
1.064
984348
0.0396
0.0702
0.0995
0.1969
1.074
984349
C77H67N3S2
108.4184(12)
R = ∑ ║Fo│ − │Fc║/∑│Fo│, wR2 = [ ∑(w(Fo2 – Fc2)2)/∑w(Fo2)2]1/2
34
Table 2. Crystallographic and structure refinement data for compounds H2LDIP, [Fe(κ3-H2LDIP)2](2⋅Br),
[Fe(NHC)(κ3-LDPM)], and [Fe(NO)2(κ3-LDPM)].
[Fe(NHC)(κ3-LDPM)]
[Fe(NO)2(κ3-LDPM)]
C31H39N3S2 ⋅ C62H78FeN6S4 ⋅ 2Br ⋅
3(C2H6O)
CHCl3
637.17
1389.44
–100
–100
Monoclinic Triclinic
P21/n (#14) P-1 (#2)
12.089(3)
12.572(2)
15.277(3)
15.106(3)
C104H101FeN5S2⋅
2(C6H6) ⋅ C5H12
C77H65FeN5O2S2 ⋅ CH2Cl2
1771.33
–120
Monoclinic
P2/n (#13)
19.615(3)
22.908(3)
1297.29
–100
Triclinic
P-1 (#2)
8.53160(10)
17.3689
c/Å
α/°
β/°
γ/°
V / Å3
Z
Dcalc/g cm–3
µ(Mo-Kα) / cm–1
18.575(4)
20.265(3)
3400.9(11)
4
1.244
4.171
18.852(3)
87.160(4)
84.309(4)
87.522(4)
3805(2)
2
1.298
15.036
8639(2)
2
1.142
2.375
23.9404(2)
73.322(4)
84.257(4)
79.592(4)
3338.07(8)
2
1.291
4.197
F(000)
Reflections
collected
Independent
reflections
R(int)
R1 (I > 2σ(I))a
R1 (all)
wR2 (all)
GOF
CCDC number
1344
1460
1892
1356
26859
28056
40001
26248
7774
15634
11790
14602
0.0721
0.0846
0.1507
0.1941
1.074
1028474
0.0500
0.0568
0.0768
0.1459
1.035
1028475
0.0359
0.0552
0.0667
0.1556
1.079
1028476
0.0228
0.0520
0.0704
0.1453
1.052
1028477
Compound
H2LDIP
Chemical
formula
Formula weight
Temp (°C)
Crystal system
Space group
a/Å
b/Å
a
97.530(3)
[Fe(κ3-H2LDPM)2](2⋅Br)
108.4184(12)
R = ∑ ║Fo│ − │Fc║/∑│Fo│, wR2 = [ ∑(w(Fo2 – Fc2)2)/∑w(Fo2)2]1/2
35
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102, 1091−1134.
38
第3章 安定な phosphazide の合成と phosphazido および iminophosphorane への変換
反応 enamido phospazide 配位子の C−N 結合解裂反応メカニズム
3.1. 序論
azide から amine, imine を合成する Staudinger およ
R'
R3P +
び、Aza-Wittig 反応は有機合成の分野でよく利用
されており 1、その中間体である iminophosphorane
は phosphine と azide を反応させて簡単に合成でき
N
2
。
+
N
s-trans
持たせることができるため、配位子としても注目
N
N
R3P
R3P
る。この iminophosphorane は、強い σ-donor 性を
されている
N
N
N
R'
N
R'
N
s-cis
Figure 3-1 の 様 に 、
‡
iminophosphorane を生成する反応メカニズムは不
R3P
安定な phosphazide が s-cis, s-trans 異性体を形成し、
N
cis 4 員環遷移状態を形成し、N2 を放出することで
3
び s-trans phosphazide 中間体は単離できる 。 例
えば、シス体の形成を阻害ために、phosphine ある
R'
N
(– N2)
iminophosphorane を 生 成 す る 。 こ の 不 安 定 な
iminophosphazide は、ある特定の状態で s-cis およ
N
R3P
N
R'
Figure 3-1. Reaction mechanism of the formation of
iminophosphorane compound
いは azide 化合物との間で立体的障害のある分子
を用いた場合や、金属イオンと配位させる、水素結合を用いて安定化させる等の適切な
置換基を用いて電子的に安定化させる場合などがある。本研究では非常に珍しい
phosphazide 化合物および imine-amidophosphorane 化合物の合成に成功したため Fe(II)錯
体の合成および、その反応性について検討した。
3.2. 実験
3.2.1. 試薬
全ての操作は N2 雰囲気下のグローブボックス中あるいは Schlenk 操作で行った。THF,
toluene, Et2O および n-hexane は Aldrich の脱水溶媒を購入し、アルミナとモレキュラー
シーブスを含んだ溶媒精製装置を通した物を用いた。benzene-d6 はナトリウムで脱水し
た物を vacuum transfer により回収した物を用いた。aryl-azide はこれまで報告されてい
る方法を用いて合成した 4。出発物質である phosphine-imine は過去の合成法により得た
5
。その他の化合物は Aldrich または東京化成の物をそのまま用いた。KEt3BH (KEt3BD)
39
は嫌気条件下、KH (KD)および Et3B を toluene 中で撹拌させ減圧濃縮することで白色粉
末として得た 6。KD は以下の操作で合成した 7。n-BuLi および TMEDA を–30 ºC 以下
n-hexane 中で撹拌した後、–25 ºC 以下の KOtBu が懸濁した n-hexane 溶液に加えて、D2
をバブリングさせながら撹拌した。その後、減圧濃縮した後、THF および n-pentane で
洗浄し白色粉末 KD を得た。
3.2.2. 測定
3.2.2.1. 核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定
測定は BRUKER 社製 AVANCE 300 型 300 MHz フーリエ変換核磁気共鳴装置を用い
て行った。サンプル管は 5 mm のサンプルチューブを用い、1H-,
31
P-NMR は基準物質
に TMS (0 ppm), および 85 % H3PO4 (0 ppm)を用いて測定を行った。
3.2.2.2. CHN 有機微量元素分析
分析は Unicersity of British Columbia で測定を行った。
3.2.2.3. 単結晶 X 線構造解析
単結晶 X 線構造解析 Unicersity of British Columbia で測定を行った。
3.2.3. 合成
(E)-N-(2-(((2,6-dimethylphenyl)triazenylidene)diisopropylphosphoranyl)cyclopentenyl)-2,
6-diisopropylaniline (HNpN3iPr,Me)の合成
氷浴下 THF 10 mL に 2,6-diisopropyl-N-(2-diisopropylphosphinocyclopentylidene)aniline
(1.00 g, 2.78 mmol) を溶解させ撹拌させながら 2,6-dimethylphenylazide (450 mg, 3.06
mmol)を加え室温で 1 晩撹拌した。その後、減圧濃縮した後 n-pentane 2 mL に溶解させ
–35 °C で静置させることで無色の結晶 HNpN3iPr,Me (1.40 g, 2.76 mmol, 99 %)を得た。
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.02 (m, 6H, CH3CHP), 1.14 (m, 6H,
CH3CHP), 1.25 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH-Ar), 1.26 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH-Ar), 1.55 (quin, 7.5 Hz,
2H, CH2CH2CH2), 2.06 (t, 7.5 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.18 (t, 7.5 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.23
(m, 2H, CH3CHP), 2.38 (s, 6H, CH3-Ar), 3.42 (sep, 7 Hz, 2H, CH3CH-Ar), 6.97-7.21 (m, 6H,
Ar-H), 10.87 (s, 1H, NH).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 50.93 (s).
Anal. Calcd for C31H47N4P: C, 73.48; H, 9.35; N, 11.06. Found: C, 73.62; H, 9.30; N, 11.29.
40
N-(2,6-dimethylphenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-diisopropylphenylamino)cyclopent-1-enyl)phosphoranimine (HNpNiPr,Me) の合成
HNpN3iPr,Me (1.00 g, 1.97 mmol)を toluene 10 mL に溶解させ 80 °C で 2 日間還流させた。
その後、減圧濃縮した後、n-pentane 2 mL に溶解させ–35 °C で静置させることで無色の
結晶 HNpNiPr,Me (850 mg, 1.78 mmol, 90 %)を得た。
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.05 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH-Ar), 1.08-1.17 (m,
12H, CH3CHP), 1.22 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH-Ar), 1.56 (quin, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.09 (m,
4H, CH2CH2CH2 and CH3CHP), 2.27 (t, 6.5 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.57 (s, 6H, CH3-Ar), 3.47
(sep, 7 Hz, 2H, CH3CH-Ar), 6.86 (t, 7.4 Hz, 1H, Ar-H), 6.03-7.19 (m, 5H, Ar-H), 9.09 (s, 1H,
NH).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 18.28 (s).
Anal. Calcd for C31H47N2P: C, 77.78; H, 9.90; N, 5.85. Found: C, 78.15; H, 10.50; N, 5.98.
N-(2,6-dimethylphenyl)-P,P-diphenyl-P-(2-(2,6-diisopropylphenylamino)cyclopent-1-en-yl)
phosphoranimine (HNpNPh,Me) の合成
THF 10 mL に 2,6-diisopropyl-N-(2-diphenylphosphinocyclopentylidene)aniline (1.31 g, 3.06
mmol) を溶解させ撹拌させながら 2,6-dimethylphenylazide (450 mg, 3.06 mmol)を加え室
温で 1 晩撹拌した。その後、減圧濃縮した後 n-pentane 2 mL に溶解させ–35 °C で静置さ
せることで無色の粉末 HNpNPh,Me (1.33 g, 2.44 mmol, 80 %)を得た。
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.17 (d, 6H, CH3CH), 1.28 (d, 6H, CH3CH),
1.57 (quin, 2H, CH2CH2CH2), 2.21 (m, 4H, CH2CH2CH2 and CH2CH2CH2, overlap), 2.27 (s, 6H,
CH3), 3.71 (sep, 2H, CH3CH), 6.83 (t, 1H, Ar-H), 7.04-7.18 (m, 11H, Ar-H), 7.67 (m, 4H,
Ar-H), 10.68 (s, 1H, NH).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 2.57 (s).
(E)-N-(2-(((2,6-dimethylphenyl)triazenylidene)diisopropylphosphoranyl)cyclopentenyl)-2,
6-diisopropylaniline potassium salt (KNpN3iPr,Me)の合成
窒素雰囲気下、HNpN3iPr,Me (680 mg, 1.34 mmol)を THF 5 mL に溶解させ、potassium
hydride (70 mg, 1.75 mmol) を加えて 1 晩室温で撹拌した。その後、沈殿物を濾去し、減
圧濃縮した後 n-pentane に溶解させ、更に減圧濃縮して THF を共沸させた後、n-pentane
で洗浄することで黄色の粉末(550 mg, 1.01 mmol, 75.3 %)を得た。X 線結晶構造解析に適
した結晶(K[NpN3iPr,Me]⋅2THF)n は黄色の粉末を THF/n-pentane の混合溶媒に溶解させて
–35 ºC で静置させることで得た。
41
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.04 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH-Ar), 1.19-1.24 (m,
12H, CH3CHP), 1.32 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH-Ar), 1.39 (m, 8H, OCH2CH2-THF), 1.88 (sep, 7 Hz,
2H, CH3CHP), 2.27 (t, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.33 (s, 6H, CH3-Ar), 2.51 (m, 2H,
CH2CH2CH2), 2.66 (t, 7 Hz, CH2CH2CH2), 3.35-3.46 (m, 10H, CH3CH-Ar and OCH2CH2-THF),
6.97-7.12 (m, Ar-H, overlap with the solvent peak).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 48.97 (s).
Anal. Calcd for C31H46KN4P·2THF: C, 67.98; H, 9.07; N, 8.13. Found: C, 67.19; H, 9.20; N,
8.44.
[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]
窒素雰囲気下, [FeBr2(THF)2] (363 mg, 1.01 mmol) を Et2O 5 mL に溶解させ、
[K(NpN3iPr,Me)] (550 mg, 1.01 mmol)加えて 3 時間撹拌した。その後、沈殿物を取り除き減
圧濃縮した後、n-pentane に溶解させ、更に減圧濃縮することで Et2O を共沸させて
n-pentane を 用 い て 洗 浄 す る こ と で 茶 色 の 粉 末 [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] を 得 た 。
[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]を Et2O 1 mL に溶解させた後–35 °C で静置させることでオレンジ
色の結晶
1
[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] (351 mg, 0.491 mmol, 48.7 %)を得た。
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ -32.90 (1H), -13.32 (6H), -5.39 (1H), 0.53,
1.34, 2.18, 3.53, 5.20, 6.49 (overlapped each other), 10.78 (3H), 14.80 (2H), 16.57 (4H), 18.88
(2H), 26.94 (2H), 34.65 (4H), 95.56 (2H).
µeff = 4.8 µB (Evans).
Anal. Calcd for C31H46BrFeN4P: C, 58.05; H, 7.23; N, 8.73. Found: C, 58.27; H, 7.47; N, 8.52.
[Fe2(NpN’)2]
窒素雰囲気下、n-pentane 5 mL に[FeBr(NpN3iPr)(THF)] (250 mg, 0.350 mmol)を溶解させ
た後、potassium triethylborohydride (52 mg, 0.376 mmol) を撹拌させながら加えた。すぐ
に気泡を出し溶液はオレンジ色から茶色へ変化した。1 晩撹拌させた後、沈殿物を濾取
し、n-pentane 1 mL を用いて洗浄した後 Et2O 5 mL を用いて溶解させた。その後、1 mL
程度になるまで減圧濃縮し、–35 ºC で静置することで茶色の結晶[Fe2(NpN’)2] (61 mg,
0.0712 mmol, 40.7 %)を得た。
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ -3.00 (6H), 1.29 (6H), 1.44 (2H), 2.00 (6H),
3.00 (6H), 3.87 (2H), 4.49 (1H), 5.34 (2H), 8.34, 8.37 (1H + 1H), 9.64 (2H), 12.20 (2H).
µeff = 2.53 µB (Evans).
Anal. Calcd for C46H74Fe2N4P2: C, 64.49; H, 8.71; N, 6.54. Found: C, 64.38; H, 9.14; N, 7.18.
42
3.2.4. m-xylene の単離
[FeBr(NpN3iPr)(THF)] (500 mg, 0.700 mmol)および potassium triethylborohydride (104 mg,
0.752 mmol)を反応させた n-pentane 10 mL を 1 晩撹拌させた後、vacuum transfer より揮
発性物質を回収した。その後、–45 ºC で減圧濃縮することで余剰の n-pentane を取り除
くことで m-xylene を得た。
3.2.5. Radical 反応の観測
[FeBr(NpN3iPr)(THF)] (500 mg, 0.700 mmol)および potassium triethylborohydride (104 mg,
0.752 mmol)を反応させた 1-hexene 10 mL を 1 晩撹拌させた後、ショートカラムにより
金属錯体を取り除いた。その後、溶液を減圧濃縮することで hexane に m-xylene 基が導
入された化合物を得た。生成は GCMS および 1H NMR によって確認した。
iPr
iPr
(R = Ph)
Ar–N3
N
iPr
P
R
NH
toluene
RT
(–N2)
R
iPr
Ar
R
R = Ph, Ar = 2,6-Me2C6H3 : HNpNPh,Me
R = iPr, Ar = 2,6-Me2C6H3 : HNpNiPr,Me
iPr
N
(R = iPr)
NH
iPr
THF
RT
P
R
R = Ph, HNPPh : HNPPh
R = iPr, HNPiPr : HNPiPr
Ar–N3
N
N
P
iPr
Ar
N
Δ
toluene
(–N2)
iPr
Ar = 2,6-Me2C6H3 : HNpN3iPr
Scheme 3-1. Synthesis of HNpN3iPr,Me ligand.
3.3. 結果と考察
3.3.1. 配位子 HNpN3iPr,Me および KNpN3iPr,Me の合成
cyclopentyllidene
で
架
phosphinocyclopentylidene)aniline
橋
し
た
(HNPiPr) お よ び
2,6-diisopropyl-N-(2-diisopropyl2,6-diisopropyl-N-(2-diphenyl-
phosphinocyclopentylidene)aniline (HNPPh)はこれまでの論文と同様の手法で合成した。5
HNPPh は専ら imine を形成しているが、HNPiPr は 2 : 1 の割合で imine : enamine の混合物
で あ る 。 HNPPh お よ び HNPiPr と 2,6-dimethylphenylazide を 反 応 さ せ る と 、
43
enamine-iminophosphorane 体である HNpNPh, Me および HNpNiPr, Me が生成し、enamie 体は
1
H NMR スペクトルで 9 〜 11 ppm に NH 由来のピークを簡単に観測できた。HNPPh を
用いた場合、2,6-dimethylphenylazide と室温で反応させると iminophosphorane HNPNPh,Me
が得られる。一方、diisopropyl 基を持つ HNPiPr と 2,6-dimethylphenylazide を室温で反応
させた場合、iminophosphorane 生成中間体である phosphazide 化合物 HNpN3iPr,Me が収率
よく得られた。さらに、HNpN3iPr,Me を 80 ºC で加熱することで iminophosphorane 体
HNpNiPr,Me が収率よく得られる(Scheme 3-1)。
中間体 phosphazide は 31P NMR スペクトルで低磁場 50.9 ppm にピークを観測できるが、
1
H NMR スペクトルでは HNpN3iPr,Me あるいは HNpNiPr,Me を判別できない。HNpN3iPr,Me の
生成は X 線結晶構造解析の結果から判別でき、phosphorus と 2,6-dimethylphenyl の間に
triaza 基がある構造だとわかった(Figure 3-2)。
Figure 3-2. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of HNpN3iPr,Me (ellipsoids at 30% probability level). The
hydrogen atoms have been excluded for clarity except for H1, whose positions were determined from the difference map.
Selected bond lengths (Å), bond angles (deg), and torsion angles (deg): N1−C13 1.3657(15), C13−C17 1.3669(14),
C17−P1 1.7540(12), P1−N2 1.6393(13), N2−N3 1.3584(12), N3−N4 1.2666(14), H1···N2 2.046(16), C1−N1−C13
122.10(8), N1−C13−C17 128.07(9), C17−P1−N2 105.37(5), P1−N2−N3 110.30(7), N2−N3−N4 112.92(8), N3−N4−C24
111.18(8), C1−N1−C13−C17 157.39(10), C13−C17−P1−N2 3.72(10), P1−N2−N3−N4 177.26(7).
HNpN3iPr,Me の生成は元素分析でも同様に確認され、azide の N2 が残った N3 構造である
こ と が わ か っ た 。 こ の phosphazide は s-trans 体 を 形 成 し て お り (torsion angle:
P(1)−N(2)−N(3)−N(4) 177.26(7))、phosphine 上の isopropyl 基が大きいことにより、s-cis
体を形成しづらいため、不安定な中間体 phosphazide 化合物 HNpN3iPr,Me を単離できたと
考えられる。更に、enamine NH と N(2)の間に水素結合(H1…N2 = 2.046(16) Å)があり、
enamine-phosphazide を安定化したと考えられる。HNpN3iPr,Me の結合長 C(13)–C(17)
(1.3669(14) Å), P(1)–N(2) (1.6393(13) Å), N(3)–N(4) (1.2666(14) Å)は短く、N(1)–C(13)
(1.3657(15)), P(1)–C(17) (1.7540(12)), N(2)–N(3) (1.3584(12)) は 長 い こ と か ら
44
enamine-phosphazide 体を形成していることがわかる。
THF 中 enamine-phosphazide HNpN3iPr,Me と KH を反応させることで KNpN3iPr,Me が得ら
れる。31P NMR では HNpN3iPr,Me (50.9 ppm)から KNpN3iPr,Me (49.0 ppm)へ脱プロトン化す
ることより、高磁場シフトした。X 線結晶構造解析の結果、K+イオンは enamido および
phosphrane と相互作用するのではなく、triaza ユニットが κ3 の状態で配位している(Figure
3-3)。
Figure 3-3. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of KNpN3iPr,Me (ellipsoids at 50% probability level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg), and torsion angles (deg):
K1−N2 2.715(2), K1−N3 3.288(2), K1−N4 2.860(2), K1−O1 2.863(2), K1−O2 2.675(2), K1−C3′ 3.257(3), K1−C4′
3.107(3), K1−C5′ 3.257(3), N1−C13 1.320(3), C13−C17 1.405(3), C17−P1 1.729(2), P1−N2 1.660(2), N2−N3
1.342(3), N3−N4 1.276(3), C1−N1−C13 120.5(2), N1−C13−C17 128.4(2), C13−C17−P1 128.02(19), C17−P1−N2
105.48(11), P1−N2−N3 112.50(17), N2−N3−N4 111.3(2), C1−N1−C13−C17 178.7(2), N1−C13−C17−P1 0.8(4),
C13−C17−P1−N2 149.2(2), P1−N2−N3−N4 173.38(17).
KNpN3iPr,Me は phosphorane-enamine が phosphazido-imine に変化し、phosphazido ユニット
が anionic になっている為 κ3 で配位していると考えられる。この結果は結合長からも観
測でき、例えば、imine の結合長(1.2767(4) Å5)程短くないが、(K[NpN3iPr,Me]⋅2THF)n の結
合 C(13)–N(1) (1.320(3))は HNpN3iPr,Me の結合 C(13)–N(1) (1.3657(15))よりも短くなってい
る 。 ま た 、 P(1)−N(2) 結 合 も 同 様 に P=N (HNpN3iPr,Me, 1.6393(13) Å) か ら P–N
((K[NpN3iPr,Me]⋅2THF)n, 1.660(2)) へ 変 化 し phosphorazido を 形 成 し て い る 。
(K[NpN3iPr,Me]⋅2THF)n の結晶構造には K+イオンと imine の N-aryl ユニットとの間で相互
作用がありポリマーになっているが、1H NMR の結果から溶液中ではこの相互作用はな
いと考えられる。
45
N
Ar
Ar
N
iPr
iPr
imine-phosphazide
enamine-phosphazide
HN
N
P
iPr
iPr
N
N
N
H
P
Ar
Ar'
N
N
N
NH
Ar'
Ar'
Ar'
N
Ar
N
N
HN
N
P
P
iPr
iPr
iPr
iPr
imine-azophosphorane
imine-aminophosphorane
Figure 3-4. The enamine-phosphazide is in the equiblium of imine-phosphazide, imine-aminophosphorane and
imine-azophosphorane.
Figrure 3-4 に 示 す よ う に HNpN3iPr,Me に は 4 つ の 異 性 体 imine-phosphazide,
imine-azophosphorane, imine-aminophosphorane および enamine-phosphazide が存在すると
考えられるが、溶液状態および固体状態で enamine-phosphazide のみが観測された。し
かし、脱プロトン化した(K[NpN3iPr,Me]⋅2THF)n では結合長から imine-amidophosphorane に
近い構造が得られた。このような azide が anion になる化合物は稀であり、詳細に検討
できたのは初の例である。
iPr
O
iPr
N
iPr
iPr
P
P
O
FeBr2(THF)2
K
N
N
N
iPr
N
iPr
iPr
N
Fe
Br
iPr
N
N
O
Me
Me
Scheme 3-2. Syntheis of iron complex with phosphazide ligand.
3.3.2. [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]および[Fe2(NpN’)2]の合成
KNpN3iPr,Me を [FeBr2(THF)2] と 反 応 さ せ る と 錯 体 [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] が 得 ら れ る
(Scheme 3-2)。X 線結晶構造解析の結果、enamido-phosphazide の enamido N(1)および
phosphazide N(2)が Fe(II)に二座配位した錯体[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]が得られた(Figure
3-5)。Fe(II)の金属周りは(Fe(1)−N(1) 2.048(4), Fe(1)−N(2) 2.058(5)) tetrahedral 構造であり、
46
high-spin だと考えられる。1H NMR 測定の結果、–35 から 100 ppm にピークを観測し結
晶構造と同様に常磁性錯体であるとわかる(Figure 3-6)。磁化率測定の結果では 4.8 µB で
あり、4 つの不対電子を持っていることがわかる。
Figure 3-5. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] (ellipsoids at 30%
probability level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg), and
torsion angles (deg): Fe1−N1 2.048(4), Fe1−N2 2.058(5), Fe1−Br1 2.4176(9), Fe1−O1 2.109(4), N1−C13
1.345(6), C13−C17 1.395(7), C17−P1 1.724(6), P1−N2 1.652(5), N2−N3 1.330(7), N3−N4 1.272(8), N1−Fe1−N2
89.26(18), N1−Fe1−Br1 116.59(13), N2−Fe1−Br1 116.59(14), O1−Fe1−Br1 97.73(11), N1−Fe1−O1 105.89(16),
N2−Fe1−O1 131.25(18), C1−N1−C13 116.3(4), N1−C13−C17 129.0(5), C13−C17−P1 128.6(4), C17−P1−N2
105.5(3), P1−N2−N3 118.4(4), N2−N3−N4 108.3(5), C1−N1−C13−C17 162.8(6), N1−C13−C17−P1 13.2(10),
C13−C17−P1−N2 4.6(7).
Figure 3-6. 1H NMR spectrum of [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] in benzene-d6.
47
これまでに phosphazide 配位子を用いた様々な錯体が報告されており、金属に triazo ユ
ニットが配位することで安定化することや、triaza ユニットが η1, η2 および η3 など様々
な状態で配位するとこも報告されている 8。今回、得られた錯体[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]
は enamido N(1)および phosphazide N(2)が配位することで 6 員環キレートを形成してお
り、Fe(nacnac)錯体, (β-diketiminate Fe 錯体)を連想させる物だった 9。
[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]と KEt3BH を n-pentane 中で反応させることで enamido-phosphazide
から N2 および m-xylene が放出され、enamido-phosphinimido が配位した Fe(II)二核錯体
[Fe2(NpN’)2]が得られた(Scheme3-3)。 [Fe2(NpN’)2]の構造は X 線結晶構造解析によって
明らかになり、Fe(1)–Fe(1)’ (2.4995(10))が近い距離にあるとわかった。配位子骨格の結
合長 N(1)–C(13) (1.3578(17)), C(13)–C(17) (1.3809(17)), C(17)–P(1) (1.7654(15))から骨格
N(1)–C(13)–C(17)–P(1)上で非局在化していることがわかる(Figure 3-7)。
iPr
P
iPr
N
iPr
N
Fe
Br
iPr
iPr
KEt3BH
N
N
O
P
–
1/2
iPr
N
N
Fe
iPr
N2 ,
iPr
N
iPr
iPr
Fe
N
iPr
P
iPr
Scheme 3-3. The reaction study of [Fe(NpN3iPr,Me)(THF)] with KEt3BH.
Figure 3-7. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of [Fe2(NpN’)2] (ellipsoids at 30% probability
level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg), and torsion
angles (deg): Fe1−N1 1.9303(13), Fe2−N2 1.9246(13), Fe1-N2′ 1.8679(14), Fe1−Fe1′ 2.4995(10), N1−C13
1.3578(17), C13−C17 1.3809(17), C17−P1 1.7654(15), P1−N2 1.5847(13), N1−Fe1−N2 107.11(5), Fe1−N2−Fe1′
82.44(5), N2−Fe1−N2′ 97.56(5), C17−P2−N2 113.94(6), C1−N1−C13−C17 175.35(13), N1−C13−C17−P1 2.5(2),
C13−C17−P1−N2 12.45(15).
48
1
H NMR では非常に鋭いピークを–3 ppm から 13 ppm の間に観測した(Figure 3-8)。溶液
中の Evans 法により、錯体[Fe2(NpN’)2]の磁化率測定を行った結果、2.53 µB, S = 1 である
ことがわかった。この結果から Fe(II)–Fe(II)間に antiferromagnetic coupling が存在すると
考えられる。
Figure 3-8. 1H NMR spectrum of [Fe2(NpN’)2] in benzene-d6.
このように phosphazie 錯体[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]から phosphorane 錯体が生成するので
はなく、phosphinimido 錯体[Fe2(NpN’)2]が生成した。この反応は今までに例がなかった
ため、メカニズムについて詳しく検討することとした。
49
3.3.3. [Fe2(NpN’)2]生成の反応メカニズム
[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] から[Fe2(NpN’)2]の生成を考えると、N2 および m-xylene が生成
していると考えられる。このことから 3 つの反応スキームが考えられた(Figure 3-9, 10)。
Path 1.
iPr
P
KEt3BH の hydride がそのまま
iPr
N-aryl の ipso C へアタックし、
iPr
N
KEt3BH
(–KBr/ BEt3)
iPr
[FeCl(nacnac)]錯体を KEt3BH
iPr
と反応させた場合では Fe(II)二
N
iPr
(–THF)
+
N
N
H
iPr
P
N
H
THF
iPr
N
Fe
iPr
(–N2)
(–KBr/ BEt3)
(–THF)
(–N2)
N
N
Br
iPr
P
Fe
iPr
dimerization
核 hydride 錯体((nacnac)FeH)2 を
生成する 9。このことから、ま
iPr
1/2
P
ず Br–イオンが hydride と置き
iPr
iPr
Fe
Fe
iPr
iPr
iPr
Path 3
iPr
Path 3.
P
iPr
[(nacnac)FeH]2 は N2 雰 囲 気 下 で
N
N
iPr
iPr
KEt3BH
(–KBr/ BEt3)
N
Fe
iPr
iPr
iPr
N
N
N
N
P
H
FeII
O
Br
dihydride を水素分子として還元的脱
N
Fe
H
iPr
+
配位子上に受け取ると知られている。
iPr
P
[(NpN3
iPr
こ の こ と よ り 、
iPr,Me
生
成
過
程
iPr
iPr
iPr
N
N
FeI
P
iPr
iPr
N
N
N
P
dimerization
+ H (from solvent)
で
iPr
1/2
P
)FeH]2 錯 体 が 生 成 し
iPr
dihydride の還元的脱離が起こり、ラ
N
N
iPr
ジカル azide が生成した後、ラジカ
50
H
iPr
Fe
N
iPr
ル m-xylene が生成すると考えられる。
iPr
Fe
N
iPr
iPr
iPr
FeII
iPr
ら
N
N
N
N
N
FeII
(–N2)
iPr
iPr
iPr
iPr
(–H2)
して報告され、ラジカルアニオンを
か
P
N
N
N
azide 化合物は、noninnocent ligand と
[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]
N
iPr
iPr
離し窒素錯体を生成させる 9。また、
[Fe2(NpN’)2]
iPr
P
Figure 3-9. Proposed reaction mechanism (Path 1, 2).
び N2 を生成する。
。
N
N
配位子 hydride が N-aryl の ipso
C へアタックし、m-xylene およ
iPr
N
N
換わると考えられる。その後、
10
H–
N
Fe
THF
intramolecular
Path 2.
N
N
iPr
Br
THF
m-xylene および N2 を生成する。Path 2
iPr
N
Fe
iPr
P
external
N
N
iPr
Path 1
iPr
+
P
iPr
Figure 3-10. Proposed reaction mechanism (Path 3).
Path 1, 2 の推定メカニズムを確認する為に KEt3BD を用いて m-xylene の 2 位が D 化し
た化合物を得ることを試みた。しかし、2H NMR スペクトル上で deuteride を用いて、目
的の異性化した m-xylene は確認できなかった。このことから、hydride が求核的攻撃し
ているのではなく、反応系中にラジカル的に進行していると考えられた。(Path 3)
Path 3 を確認する為に、まず、H2 の生成 deuteride を用いて確認した。toluene 中 2H NMR
の結果、4.49 ppm に D2 に帰属できるピークを観測した(Figure 3-11)。
更に、m-xylene
ラジカルの生成を確認する為に反応性の高い 1-hexene を溶媒として用いて反応を行っ
たところ、m-xylene が置換基とした hexane が GCMS で観測された。(Figrure 3-12)
以
上のことから、Path 3 に示すように dihydride が還元的に脱離した後、ラジカル的に
m-xylene を生成し、[Fe2(NpN’)2]が得られることがわかった。
Figure 3-11. 2H NMR spectrum of H2 generated from the reaction of [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] with KEt3BD in toluene.
Figure 3-12. GCMS spectroscopy for observation of the m-xylene radical species.
51
3.4. 結論
phospine および aryl azide を用いて、稀な化合物 phosphazide (HNpN3iPr,Me)の単離に成功
した。HNpN3iPr,Me は enamine NH および triaza 基 alpha N の間で水素結合を形成している
にも関わらず、加熱条件下で N2 を放出して iminophosphorane へ変化することが明らか
となった。K 錯体(K[NpN3iPr,Me]⋅2THF)n は imine-amidophosphorane に近い構造をしており、
Fe(II)錯体の前駆体として用いられる。Fe(II)錯体[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]は配位子の骨格
上 N(1)–C(13)–C(17)–P(1) で 非 局 在 化 し て お り 、 nacnac 配 位 子 と 同 様 に
anilido-phospineimine 構 造 に 似 た 骨 格 で Fe(II) イ オ ン に 二 座 配 位 し て い る 。
Fe(II)-phosphazido 錯体[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]と hydride 試薬 KEt3BH を反応させると、
二核 Fe(II)錯体[Fe2(NpN’)2]と triaza 基の N2 および aryl azide と ipso C 間の N–C 結合が解
裂し m-xylene が生成した。
2
H, 1H NMR および GCMS の結果から、反応メカニズムはラジカル的に進行しているこ
とがわかり、[(NpN3iPr,Me)FeH]2 錯体が生成し dihydride の還元的脱離が起こり、ラジカル
azido が生じた後、radical m-xylene が生成していると考えられた。
52
Table 3-1. Crystallographic and structure refinement data for compounds HNpN3iPr,Me, KNpN3iPr,Me, [FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)] and
[Fe2(NpN’)2].
HNpN3iPr,Me
KNpN3iPr,Me
[FeBr(NpN3iPr,Me)(THF)]
[Fe2(NpN’)2]
C31H47N4P
C39H60KN4O2P
C35H54FeBrN4OP
C46H74Fe2N4P2
506.4
–100
Triclinic
P-1 (#2)
8.414(5)
12.315(5)
689.0
–100
Triclinic
P-1 (#2)
9.742(2)
10.616(2)
713.55
–100
Monoclinic
P21/c (#14)
22.7642(8)
10.2401(3)
428.37
–100
Triclinic
P-1 (#2)
8.526(3)
11.951(3)
c/Å
α/°
β/°
γ/°
V / Å3
Z
Dcalc/g cm–3
µ(Mo-Kα) / cm–1
16.046(5)
68.433(5)
80.379(5)
83.219(5)
1521.6(12)
2
1.150
4.171
19.454(5)
74.814(5)
79.099(5)
84.049(5)
1903.6(8)
2
1.202
2.20
16.6024(5)
3605.4(2)
4
1.315
16.03
12.272(4)
69.55(2)
87.64(3)
80.07(3)
1153.8(7)
2
1.233
7.33
F(000)
Reflections
collected
Independent
reflections
R(int)
R1 (I > 2σ(I))a
R1 (all)
wR2 (all)
GOF
552
748
1504
460
32276
39455
49902
26609
8629
11257
10631
6724
0.0207
0.0372
0.0977
0.1028
1.026
0.0302
0.0625
0.1581
0.1637
1.212
0.0368
0.0890
0.2127
0.2249
1.081
0.0208
0.0313
0.0794
0.0852
1.049
Compound
Chemical
formula
Formula weight
Temp (°C)
Crystal system
Space group
a/Å
b/Å
a
111.315(2)
R = ∑ ║Fo│ − │Fc║/∑│Fo│, wR2 = [ ∑(w(Fo2 – Fc2)2)/∑w(Fo2)2]1/2
53
参考文献
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54
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10. F. Ehret, M. Bubrin, S. Záliš, and W. Kaim, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 1-4.
55
第4章 Enamine-iminopohosphorane 基含有配位子を用いた新規窒素錯体の合成と性
質、およびその反応性
4.1. 序論
窒素は生体必須元素として知られており、動物や植物にとっても非常に重要である。
更に、我々人類にとっても重要なものであるため、食物の観点から豊富に存在する不活
性な窒素分子から有用なアンモニアへ変換するプロセス(窒素固定化)は非常に重要に
なる。また、近年、アンモニアはエネルギー資源としても注目されており、水素のキャ
リアーとして用いられることや、アンモニアをそのまま燃料として用いることも考えら
れているため、豊富に存在する窒素分子からアンモニアヘの分子変換は尚一層、重要な
プロセスとして考えられる。
4.1.1. 窒素分子
大気中に豊富に存在している窒素ガスを直接的に利用してアンモニアへ変換するこ
とは難しい。これは窒素原子間が三重結合で結ばれた、強い結合エネルギーを有してい
ることや、分極していないため不活性としられている。窒素分子の強い結合は分子軌道
でも説明がつく。2pの結合性軌道(σ軌道とπ軌道)を電子が占有しているが反結合性軌道
(σ*軌道とπ*軌道)には電子がない状態にあることから、窒素分子の反結合性軌道に電子
供与すれば、窒素分子のNN間の結合を弱めて活性化できると考えられる1。
4.1.2. 窒素固定
4.1.2.1. 工業的手法 ハーバー・ボッシュ法
窒素分子の反応性が乏しいことから、生体内や工業的に有益な化合物へと変換す
ること(窒素固定)は難しく、現在では工業的手法としては唯一、ハーバー・ボッシュ
法が用いられている。この方法は 1913 年に開発され、様々な改良が施されてきた。
Fe 系触媒では NH3 によって腐食することから、レアメタルである Ru 触媒へ改良さ
れた。しかし Ru では水素による水素被毒があるため、依然として基本的な手法が変
わっていない 2。更に高温高圧条件を必要としており、エネルギー消費の激しいプロ
セスである。さらに、窒素ガス(N2)からアンモニア(NH3)までのプロトン源として水
素ガスを利用しており、化石燃料の水蒸気改質から得らるため、エネルギーおよび
コストを必要としている。化石燃料から合成する水素ガスの製造も含めると、全人
類の消費エネルギー数パーセント以上がこのアンモニア合成に使用されているため
3
、より効率の良いアンモニア生成方法が求められている。
56
4.1.2.2. ニトロゲナーゼ
自然界で窒素固定を行うニトロゲナーゼは取り扱いの難しさもあって長い間謎に
包まれてきた。しかし、この酵素は 1992 年に結晶構造が初めて明らかにされ、そ
の研究が大きく進歩した 4。
最も研究が進んでいるMoニトロゲナーゼは2002 年に精度の高い構造が決定され
た5。その構造は分子量約64000 の鉄タンパクと、分子量約250000 のモリブデン鉄
タンパクで構成されている。モリブデン鉄タンパクはα, β 2種類のサブユニット2ず
つから成る4量体で、1つのサブユニット中にFeMoco (1つのMoイオン、7つのFeイオ
ン、8つのSイオンおよびC4–
イオンからなる複雑なクラ
スター)、およびPクラスター
(8つのFeイオンと7つのSイ
オンからなる電子伝達体)が
1つずつ存在する6。
Fe4S4 クラスターを含む鉄
タンパクは ATP を加水分解
により ADP に変換する際に
生じるエネルギーを利用し
Figure 4-1. A: Crystal structure of nitrogenase, B: FeMo-cofactor, C: P-cluster.
てフラボドキシンやフェレドキシンなどから得た電子を MoFe タンパクへ送る役割
を担い、P クラスターは鉄タンパクから電子を受け取り、それを FeMoco に伝達して
いる。 そして FeMoco がその電子およびプロトンを用いて N2 を NH3 へ変換してい
る。ニトロゲナーゼの反応性に関する研究では、生成物として NH3 が生成すると共
に H2 も発生しており、N2 がない状態では H2 をもっぱら発生し続けている。
また、N2 だけでなくアセチレンやニトリルをはじめとして様々な多重結合を含む化
合物を還元することから一般的な酵素とは異なり、基質選択性を持たない酵素であ
ることも明らかになっている 7。 N2 還元において金属への N2 配位様式は side-on 型
や end-on 型など様々な中間体が推定されている。 しかし、8 電子還元という複雑な
反応であるために反応メカニズムはほとんど解明されていない。また、モリブデン
のイオンがバナジウムに置き換わった V ニトロゲナーゼ 8 や鉄だけで構成された Fe
ニトロゲナーゼも存在することも明らかにされた。さらに、Mo ニトロゲナーゼに比
べて、これらは窒素固定能力が低いことも明らかになった。これまでの研究から、
これらは全て類似した構造を有していることが考えられているが、これ以上詳しい
ことは未だ明らかにされていない。
57
4.1.3. 遷移金属錯体を用いた窒素固定の研究
ハーバー・ボッシュ法およびニトロゲナーゼによる窒素固定では、共に大量のエネル
ギーを必要としている。一方、遷移金属錯体を用いた場合では、中心金属が捕捉した窒
素分子に主として π-逆供与により窒素分子を捕捉する。このことから、より温和な条
件で窒素固定を行うために遷移金属錯体を用いた研究が進められている。1965 年に初
めて窒素錯体[Ru(N2)(NH3)5]2+が報告 9 されて以来、窒素分子が金属に配位することが明
らかになった。Chatt や Hidai 等は P を配位子に持つ Mo 錯体で窒素分子を窒素含有化合
物に変換することに成功している。Chatt らは Mo 錯体を用いて Chatt サイクルと呼ばれ
る窒素分子の還元過程の推定スキームを提案している
10
。Chatt サイクルは配位窒素分
子が中心金属からの電子供与を受け、末端窒素が δ–になり、外部からプロトン化を受
けて diazenido へ変換され、さらにそれを繰り返して、末端窒素がアンモニアへ還元さ
れて nitrido 錯体を得る。nitrido も同様に、中心金属からの電子供与および外部からのプ
ロトン化を受けて ammine 錯体へ変換されて ammonia を得る。しかし、実際に触媒的サ
イクルまで至っていない 11。また、反応中に不均化を起こしてしまう為、アンモニアへ
収率も減少してしまう。Cummins 等はアルキルアミド配位子を用いた Mo 錯体で窒素分
子の結合を切断して Mo ニトリド錯体の合成に成功している。これは窒素還元において
重要な報告であり、Chatt らとは異なるアンモニア変換法である
12
。現在、遷移金属を
用いて触媒的に窒素固定に成功している例を以下に示す。R. R. Schrock 等は HIPT 置換
基(HIPT = hexaisopropyl terphenyl)を持つ四座のトレン型アミド配位子を有する Mo 錯体
を用いて高原子価 Mo 窒素錯体の合成に成功しており、弱い酸[2,6-lutidinium][B(ArF)4]
(ArF = 3,5-(CF3)2C6H3)と弱い還元剤 CrCp*2 を用いて触媒的な窒素固定に成功している 13。
また、それぞれの中間体をジアゼンやヒドラジンから誘導して生成および単離に成功し、
触媒サイクルを提案している。また、Nishibayashi らは PNP ピンサー型配位子を有する
Mo 錯体を用いて 2 核の Mo 窒素錯体の合成に成功して 6 分子の窒素の捕捉に成功して
いる 14。この錯体は溶液中で単核窒素錯体および酸由来のヒドリド錯体に変換され、反
応するなど中間体を推定している。 また、不活性な窒素分子を他の化合物へ変換する
研究も行われている 15。高原子価のニトリド錯体から窒素錯体へ変換することも報告さ
れている 16。窒素の配位形式も多数報告されており、ほとんどの例が単核あるいは 2 核
の end-on の状態で窒素分子を捕捉している。end-on の状態では末端の N がδ–、配位し
ている N がδ+に分極するのでプロトン化に有利であることが考えられる 17。一方、窒素
分子は side-on でも金属に配位することが報告されている
18
。このような配位形式は
end-on の配位形式に比べて窒素分子の活性化に優れていることが報告されている。また、
58
Ta を用いた場合で 2 核のµ−(η1, η2-N2)窒素錯体が報告されている 19。しかし、どのよう
にすれば窒素分子の配位形式をコントロールできるのか明らかにされていない。更に、
2014 年には、Peters らおよび Nishibayashi らによって Fe を用いた窒素分子の触媒的変
換が報告され窒素固定触媒の発展に目覚ましい 20。
以上のように遷移金属を用いることで窒素分子の反応性をあげることは確認されてい
る。しかし、未だに工業的に用いることのできる程度の触媒は開発できていないことか
ら更なる触媒の開発が最重要課題の一つであると言える。 窒素分子はσ結合性が小さく主にπ逆供与により配位することが考えられている 21。こ
のことから金属が低原子価の状態で中心金属の電子密度が高い場合に配位する。また、
強い σ-donor 性と中程度の π-acceptor 性を持つ P(リン)を配位原子に用いた窒素錯体の報
告例が多い
22,23
。このことからも配位子からの σ-donor 性と低原子化を安定化するため
の π-acceptor 性が重要であると言える。近年、Peters 等は配位原子の違いから窒素捕捉
に関する面白い報告をしている。tris(phosphino)silyl, bis(phosphino)(thioether)siliyl, およ
び bis(thioether)(phosphino)silyl を用いて鉄錯体を合成し、配位 P 原子が 2 つ以上の場合
では窒素分子を捕捉できることが分かり、bis(thioether)(phosphino)silyl 配位子を用いた
場合では σ-donation の強い hydride 配位子を加えることで窒素錯体の合成に成功してい
る(Figure 4-2) 23。
N2
iPr
2
iPr
2
Fe
P
P
P
SAd
Fe
N2
Si
Me
E
iPr
2
E = iPr2P
SAd
E
NaEt3BH
HBArF4
Si
Et2O
iPr
Fe
H
SAd
2
P
Si
Et2O
AdS
E = iPr2P or AdS
2
E = AdS
iPr
P
Fe
SAd
E = iPr2P or AdS
Si
Figure 4-2. The variation of capturing ability of dinitrogen molecule from σ-danation of coordinated ligand
atoms
更に、窒素活性化に関して Holland 等は nacnac-Fe 錯体を合成し、nitrogenase FeMoco
の鉄周りと同様の三配位および四配位窒素錯体は 5 配位および六配位窒素錯体よりも
窒素分子を活性化できると報告している 24 (Figure 4-3)。
59
tBu
tBu
iPr
iPr
iPr
Fe
N
iPr
iPr
iPr
N Fe
N
Fe
iPr
iPr
iPr
[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)
iPr
iPr
N
iPr
tBu
iPr
iPr
iPr
iPr
N
tBu
iPr
N
Fe
N Fe
iPr
tBu
iPr
iPr
iPr
N
tBu
N iPr
Fe
iPr
tBu
N
iPr
[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2)
[Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2)
tBu
Figure 4-3. Examples of low-coordination number iron dinitrogen complexes with nacnac ligand
以上のことから、配位不飽和で σ-donation の強い配位子を用いれば窒素錯体を合成と活
性化できると考えられる。 また、窒素分子のπ*-orbitals と金属 dπの強い相互作用でき
る構造を設計できれば効率よく窒素分子を活性化できると考えられた。これらを考慮し
て、強い σ-donor 性を持つ置換基 iminophosphorane 基
25
を持つ二座配位子配位子
N-(2,4,6-trimethylphenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-diisopropylphenylamino)cyclopent-1en-yl)phosphoranimine (HNpNiPr,Mes),
N-(2,6-diisopropylphenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-
diisopropylphenylamino)cyclopent-1-en-yl)phosphoranimine (HNpNiPr,iPr)、および三座配位子
N-(2-diisopropylphosphinophenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-diisopropylphenylamide)cyclope
nt-1-en-yl)phosphoranimine (HNpNPiPr)を合成し窒素分子捕捉および活性化を目指した。
4.2. 実験
4.2.1. 試薬
全ての操作は N2 雰囲気下のグローブボックス中あるいは Schlenk 操作で行った。THF,
toluene, Et2O は Wako Co. Ltd. の脱水溶媒を購入し、アルミナとモレキュラーシーブス
を含んだ溶媒精製装置を通した物を用いた。benzene-d6 はナトリウムで脱水した物を
vacuum transfer により回収した物を用いた。配位子 HNpNiPr,Mes および HNpNiPr,iPr は 3 章
と同様の合成法により得た 26。[FeBr2(THF)2]は THF 中に無水 FeBr2 を加え合成した。そ
の他の化合物は Aldrich または東京化成の物をそのまま用いた。
aryl-azide および KC8 はこれまで報告されている方法を用いて合成した
27,28
。
出発物
質である phosphine-imine は過去の合成法より得た 29。その他の化合物は Aldrich または
東京化成の物をそのまま用いた。
60
4.2.2. 測定
4.2.2.1. 核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定
測定は Varian 社製 Gemini-300 型 300 MHz フーリエ変換核磁気共鳴装置および、
BRUKER 社製 AVANCE 600 型 600 MHz フーリエ変換核磁気共鳴装置を用いて行った。
サンプル管は 5 mm のサンプルチューブを用い、基準物質に TMS を用いて測定を行っ
た。
4.2.2.2. 共鳴ラマンスペクトル測定
測定装置は Jasco 社製 NKS-1000 spectrophotometer、Andor 社製 CCD detector DU420-OE、
Ritsu Oyo Kogaku 社製 single polychromator DG-0100 を使用した。光源は Laser Quantum
社製 Ventus 532 Ar レーザーを用いた。測定条件は励起波長を 532.0 nm、スリットサイ
ズを 200 µm、レーザーパワーを 80 mW として室温で測定した。ラマンシフトのキャリ
ブレーションは indene で行い、ラマンバンドの誤差は± 1 cm–1 であった。
[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)に関しては UBC で測定を行い、励起波長 785 nm の物を用いた。
4.2.2.3. CHN 有機微量元素分析
分析は Perkin Elmer 社製 CHN-900 元素分析装置を使用して行った。まず、試料測定前
にガスブランク測定を 20 回以上行った後、スズカプセルに封入した試料約 2.0 mg を
2 回測定し、それをキシダ元素分析用アセトアニリド標準試料による補正を行うことに
より C, H, N の各元素含有量(%)を求めた。
4.2.2.4. 単結晶 X 線構造解析
測定サンプルには、単結晶をグラスファイバー上にグリースで固定したものを用いた。
測定には Rigaku 社製 Mercury-CCD 単結晶 X 線構造解析装置を用い、グラファイト結晶
で単色化した Mo Kα線(λ = 0.71070 Å)を X 線源とした。測定温度は−100 ± 1 °C、測定領
域の最大値として 2 θ = 55.0 °を設定した。結晶からディテクターまでの距離はそれぞ
れ 45 mm としディテクターの振角はそれぞれ 20 °とした。回析データの収集は、
CrystalClear プログラムを用いて行い、全ての測定について、ローレンツ因子、および
偏光の補正を行った。重原子の初期位相の決定はそれぞれ直接法 SIR 9230 を用いて行っ
た。水素以外の原子はフーリエ合成によって求め、非等方性温度因子で CrystalStructure
ver.7.3.031 を用いて精密化した。精密化の最終段階において、全ての水素原子は等方性
で固定化した。R 値および、wR2 値については、R = ∑ ║Fo│ − │Fc║/∑│Fo│, wR2 =
[ ∑(w(Fo2 – Fc2)2)/∑w(Fo2)2]1/2 で得られた。
61
4.2.2.5. 磁化率測定
固体状態の磁化率は Evans 法によって求めた。磁化率測定は Sherwood Scientific 社製
MSB-MKI 装置を使用して行った。まず、サンプルチューブに試料を 1.5 cm 以上になる
まで加えて測定した後、更にサンプル量を増やして合計三度測定しその平均値を求めた。
溶液の磁化率は論文参考 32 に 10 % cyclooctane を含んだ benzene-d6 中で測定した。
4.2.2.6. 計算方法
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の結晶構造中の電子状態は B3LYP33 を用いて密度汎関数法で計算
した。基底関数に鉄
34
およびリン
35
、キレート環のオレフィン炭素および窒素
36
に
6-311G(d)、炭素と水素に 6-31G(d)を用いた。電子密度の描画には鉄の基底関数に
6-311G37 を用いた。鉄には Wachters の 4p 関数用 p 型基底関数二個をスケーリングファ
クター1.5 で付け加えた。34 スピン状態は ESR の結果に基づいて S = 3 とした。
窒素錯体形成での電子移動を調べる為に差電子密度を計算した。差電子密度ρ(diff:r)は
結晶構造の電子密度 ρ(total:r)、結晶構造から N2 を除いた構造の電子密度 ρ(host:r)およ
び結晶構造での N2 構造 ρ(N2:r)を用いて、式(1)で定義される。
ρ(diff:r) = ρ(total:r) – (ρ(host:r) + ρ(N2, r)) (1)
Natural population analysis38 を行って原子電荷および原子スピン密度を計算した。また、
鉄から N2 への π 逆供与に関与する分子軌道として、最もエネルギーの高い四つの β 被
占 Kohn-Sham 軌道について Mulliken population analysis39 を行い、Fe と N2 の間の軌道重
なり密度 Qi,Fe-N(2)および軌道全密度 qi,Fe および qi,N(3)計算して、各軌道での Fe と N2 の
間の相互作用と成分の大きさとを確認した。
Qi,Fe-N =
∑ ∑C
ai
(2)
Cbi Sab
a∈Fe b∈N
qi, A = ∑
∑C
ai
Cbi Sab (A is Fe or dinitrogen N)
(3)
a∈A b∈All
ここで Sab は原子軌道 a と b の重なり積分、Cµi は i 番目の分子軌道についての原子軌道
µ の分子軌道係数である。また、四つの軌道についての Qi,Fe-N の和を β 軌道全体出の π
逆供与の尺度とした。Kohn-Sham 軌道(MO)よりも Fe や N2 へ局在化した natural orbital
(NO)の π 結合性および反結合性軌道について占有数 ni の重み付き Qi,Fe-N の和を計算して
Bπ,π*とし、a および b 電子全体での π 逆供与の尺度とした。
62
4
QFe-N (MO/NO) = ∑ ni ∑ ∑ Cai Cbi Sab (被占 Kohn-Sham β軌道んでの ni は 1)
i =1
(4)
a∈Fe b∈N
また、錯体[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)との比較の為に、Holland らにより報告された低配位
β-diketiminate (nacnac)錯体[Fe(nacnac)Me]2(µ-N2), [Fe(nacnac)Me(tBupy)]2(µ-N2),
[Fe(nacnac)tBu(tBupy)]2(µ-N2)の結晶構造 24 について同様の解析を行った。
[Fe(nacnac)Me]2(µ-N2)は nacnac のみが二座配位しており、各配位平面は共平面になって
いる。また、[Fe(nacnac)Me(tBupy)]2(µ-N2)と[Fe(nacnac)tBu(tBupy)]2(µ-N2)では phosphine の
代わりにピリジンが配位している。[Fe(nacnac)Me(tBupy)]2(µ-N2)は nacnac 配位平面がほ
ぼ共平面に、[Fe(nacnac)tBu(tBupy)]2(µ-N2)は nacnac 配位平面が互いに垂直になっている。
Fe の 3d 軌道と P–C 結合 σ*との π 逆供与相互作用は natural bond orbital (NBO)を基底と
する Fock 行列を用いて、二次摂動論より評価した 40。
電子状態計算は名古屋大学情報基盤センターの Fujitsu CX400 で Gaussian09 rev. D.0141
を用いて計算した。差電子密度および分子軌道の描画には MOPLOT と MOVIEW42 を用
いた。
4.2.3. 合成
配位子 HNpNiPr,iPr および HNpNiPr,Mes は 3 章の HNpNiPr,Me と同様の合成法で, KNpNiPr,iPr お
よび KNpNiPr,Mes は KNpN3iPr,Me と同じ合成法で得た。
HNpNiPr,iPr (収率 85.1 %)
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.12 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH), 1.15, 1.17
(m,12H, CH3CH and CH3CH), 1.21 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH), 1.31 (d, 7 Hz, 12H, CH3CH), 1.59
(quin, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.11 (t, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.22 (sep, 7 Hz, 2H, CH3CH),
2.30 (t, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 3.42 (sep, 7 Hz, 2H, CH3CH-Ar), 3.97 (sep, 7 Hz, 2H,
CH3CH-Ar), 6.99-7.18 (m, Ar-H, overlap with the solvent peak), 9.09 (s, 1H, NH).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 16.72 (s).
Anal. Calcd for C35H55N2P: C, 78.60; H, 10.37; N, 5.24. Found: C, 79.67; H, 10.18; N, 5.22.
HNpNiPr,Mes (収率 82.2 %)
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.06-1.24 (m, 24H, CH3CH-Ar and CH3CHP),
1.58 (quin, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.10 (m, 4H, CH2CH2CH2 and CH3CHP), 2.26-2.30 (m, 5H,
CH2CH2CH2, CH3-Ar), 2.57 (s, 6H, Ar-CH3), 3.50 (sep, 7 Hz, 2H, CH3CH-Ar), 6.96 (s, 2H,
Ar-H), 7.06 (d, 2H, Ar-H), 7.16 (overlapped, Ar-H), 9.29 (s, 1H, NH).
63
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 17.50 (s).
Anal. Calcd for C31H47N2P: C, 78.00; H, 10.02; N, 5.69. Found: C, 78.23; H, 10.26; N, 5.96.
KNpNiPr,iPr (収率 70.6 %)
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.09 (m, 12H, CH3CH), 1.27 (m, 12H,
CH3CH), 1.32 (d, 7 Hz, 6H, CH3CH), 1.39 (m, 8H, OCH2CH2-THF), 1.46 (d, 7 Hz, 6H,
CH3CH), 1.87 (quin, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.23 (t, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.75 (t, 7 Hz, 2H,
CH2CH2CH2), 2.90 (sep, 2H, CH3CHP), 3.39-3.51 (m, 10H, CH3CH-Ar and OCH2CH2-THF),
4.24 (sep, 7 Hz, 2H, CH3CH-Ar), 6.69 (t, 7.5 Hz, 1H, Ar-para-H), 7.09-7.20 (m, Ar-H, overlap
with the solvent peak).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 16.10 (s).
KNpNiPr,Mes (収率 76.8 %)
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.09-1.37 (m, 26H, CH3CH, OCH2CH2-THF),
1.87 (quin, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.21 (t, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 2.29 (s, 3H, Ar-CH3),
2.51-2.56 (m, 8H, CH3CHP, Ar-CH3), 3.24 (m, 2H, OCH2CH2-THF), 3.47 (sep, 7 Hz, 2H,
CH3CH-Ar), 6.96 (s, 2H, Ar-H), 7.05 (t, 1H, Ar-H), 7.18 (Ar-H, overlap with the solvent peak).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 16.70 (s).
Anal. Calcd for C31H47N2P: C, 72.41; H, 9.11; N, 5.28. Found: C, 72.48; H, 8.93; N, 5.45.
[FeBr(NpNiPr,iPr)]および[FeBr(NpNiPr,Mes)]の合成
Et2O 10 mL に[FeBr2(THF)2] (279 mg, 0.775 mmol) / (831 mg, 2.32 mmol)を加えて撹拌さ
せながら[K(NpNiPr,iPr)] (500 mg, 0.742 mmol) / [K(NpNiPr,Mes)] (1.57 g, 2.32 mmol)をゆっく
り加えた。3 時間撹拌した後、沈殿物を濾去して減圧濃縮することで黄色の粉末を得た。
そ の 後 、 n-pentane で 洗 浄 す る こ と で 黄 色 粉 末 [FeBr(NpNiPr,iPr)] (411 mg, 82.7 %) /
[FeBr(NpNiPr,Mes)] (950 mg, 65.3 %)を得た。
[FeBr(NpNiPr,iPr)]
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ -28.67 (2H), -23.30 (2H), -19.81 (6H), -16.74
(6H), -0.65 (6H), 1.14 and 1.35 (4H, overlapped), 3.26 (4H), 4.52 (6H), 6.40 (6H), 19.27 (3H),
27.03 (2H), 37.97 (2H), 40.93 (2H), 110.10 (2H).
µeff = 4.3 µB (Evans).
Anal. Calcd for C35H54BrFeN2P: C, 62.79; H, 8.13; N, 4.18. Found: C, 62.42; H, 8.18; N, 4.26.
[FeBr(NpNiPr,Mes)]
64
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in THF-d8) δ –31.77, -10.78, -1.57, 1.10, 4.20, 5.95, 8.30,
13.85, 17.82, 23.61, 27.79, 28.28, 37.19, 84.64.
µeff = 4.9 µB (Evans).
[Fe(NpNiPr2)]2(µ -N2)および[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ -N2)の合成
窒素雰囲気下、n-pentane 10 mL に KC8 (100 mg 0.74 mmol) / (115 mg 0.85 mmol)および
[FeBr(NpNiPr,iPr)] (500 mg, 0.74 mmol) / [FeBr(NpNiPr,Mes)] (500 mg, 0.80 mmol)を加えて一晩
撹拌した。その後、沈殿物を濾去し、溶液を 1 mL 程度になるまで濃縮し-35 °C で静置
させて茶色の結晶[Fe(NpNiPr,iPr)]2(µ-N2) , [Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)を得た。(15 mg 3 %) / (175
mg 39 %)
[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)
1
H{31P}-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ -37.56, -18.01, 10.53, 0.59, 0.87, 1.22, 17.29,
18.12, 19.77, 23.40, 33.73, 39.52, 46.89, 148.29.
(E)-N-(2-(((2-bromophenyl)triazenylidene)diisopropylphosphoranyl)cyclopentenyl)2-diisopropylaniline (HNpN3Br)
THF 50 mL に 2,6-diisopropyl-N-(2-diisopropylphosphinocyclopentylidene)aniline (30.0 g,
83.4 mmol)を加えた溶液に o-bromophenylazide (16.5 g, 83.4 mmol)を 0 ºC で滴下し、室温
で一晩撹拌した。その後、減圧濃縮して茶色の油状物を得た。油状物を十分に乾燥させ
た後、n-pentane を加えることで黄色の沈殿物 HNpN3Br を得た。(41.5 g, 74.4 mmol, 89 %)
1
H-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.02-1.09, 1.19-1.31(m, 24H, (CH3)2CH–Ar,
(CH3)2CH–P), 1.59 (m, 2H, CH2CH2CH2), 2.12 (m, 2H, CH2CH2CH2), 2.23 (m, 2H,
CH2CH2CH2), 2.25 (m, 2H, (CH3)2CH–P), 3.45 (m, 2H, (CH3)2CH–Ar), 6.70-6.75 (m, 2H,
Ar–H), 7.08-7.23 (m, overlapped, Ar-H), 7.61 (d, 1H, Ar-H), 7.73 (d, 1H, Ar-H) 10.53 (s, 1H,
NH).
31
P-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 50.18 (s).
Anal. Calcd. for C29H42N4P: C, 62.47; H, 7.59; N, 10.05. Found: C, 62.35; H, 7.92; N, 9.98.
N-(2,6-bromophenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-diisopropylphenylamino)cyclopent-1en-yl)phosphoranimine (HNpNBr)
HNpN3Br (25 g, 44.8 mmol) を toluee (200 mL)に溶解させて 80 °C で 1 日還流した。そ
の後、減圧濃縮することで白色の固体を得た。その固体を n-pentane で洗浄することで
白色粉末 HNpNPB (17.5 g, 33.0 mmol, 74 %)を得た。
65
1
H-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 1.20-1.31 (m, 24H, (CH3)2CH–Ar, (CH3)2CH–P),
1.440 (m, 2H, CH2CH2CH2), 1.85 (m, 2H, CH2CH2CH2), 1.94 (m, 2H, CH2CH2CH2), 2.32 (m,
2H, (CH3)2CH–P), 3.61 (m, 2H, (CH3)2CH–Ar), 6.54 (m, 1H, Ar–H), 7.08-7.14 (m, 3H, Ar-H,
Ar-H), 7.21-7.25 (m, 2H, Ar-H, Ar-H), 7.67 (m, 1H, Ar-H) 10.99 (s, 1H, NH).
31
P-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 34.98 (s).
N-(2-diisopropylphosphinophenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-diisopropylphenylamide)cyclopent-1-en-yl)phosphoranimine lithium salt (LiNpNPiPr)
Et2O
200
mL
に
N-(2-bromophenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-
diisopropylphenylamino)cyclopent-1-en-yl)phosphoranimine (20 g, 37.7 mmol)を溶解させて
撹拌しながら 1.6 M n-BuLi (47.2 mL, 75.5 mol) を–78 °C でゆっくり滴下した。室温まで
昇温させ 6 時間撹拌した後、chlorodiisopropylphosphine (6 mL, 37.7 mmol)を溶解させた
Et2O 20 mL を−78 ºC でゆっくり滴下した。一晩撹拌した後、沈殿物を濾去して減圧濃縮
することで白色粉末を得た。その後 n-pentane で洗うことで白色粉末 LiNpNPiPr (15.2 g,
26.5 mmol, 70 %)を得た。1H NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 0.81-1.42 (m, 36H,
CH3CH-Ar and CH3CHP), 1.78 (m, 7 Hz, 2H, CH2CH2CH2), 1.89 (m, 2H, CH3CHP), 2.32 (m,
2H, CH2CH2CH2), 2.49-2.61 (m, 4H, CH2CH2CH2, CH3CHP), 3.63 (m, 7 Hz, 2H, CH3CH-Ar),
6.74 (t, 1H, Ar-H), 6.92 (m, 1H, Ar-H), 7.09 (m, 1H, Ar-H), 7.15-7.21 (overlapped, Ar–H), 7.27
(d, 2H, Ar–H).
31
P-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 38.78 (s), –6.68(s).
Anal. Calcd. for C35H55N2P2Li: C, 73.40; H, 9.68; N, 4.89. Found: C, 73.17; H, 9.57; N, 4.82.
N-(2-diisopropylphosphinophenyl)-P,P-diisopropyl-P-(2-(2,6-diisopropylphenylamine)cyclopent-1-en-yl)phosphoranimine (HNpNPiPr)
THF 10 mL に LiNpNP (1 g, 1.75 mmol)を溶解させて撹拌させながら、Me3NHCl (165 mg,
1.75 mmol) を加えて一晩撹拌した。その後、沈殿物を濾去し、減圧濃縮した後、n-pentane
2 mL を加えて-35 °C で静置させて無色の結晶を得た。(545 mg, 55 %).
1
H-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 0.97-1.13 (m, 12H, CH3CHP), 1.12-1.25 (m, 24H,
CH3CHP and CH3CH-Ar), 1.55 (m, 2H, CH2CH2CH2), 2.06 (m, 2H, CH2CH2CH2), 2.17-2.27
(m, 4H, CH2CH2CH2 and CH3CHP), 3.32 (sep, 7 Hz, 2H, CH3CH-Ar), 6.81 (t, 1H, Ar-H), 6.88
(m, 1H, Ar-H), 7.07 (d, 1H, Ar-H), 7.19 (overlapped, Ar-H), 7.21(m, 2H, Ar-H), 9.00 (s, 1H,
NH).
31
P{1H}-NMR (121 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ 25.09 (s), –4.56(s).
66
Anal. Calcd. for C31H47N2P: C, 74.17; H, 9.96; N, 4.94. Found: C, 73.17; H, 10.10; N, 4.28.
[Fe(NpNPiPr)Br]
Et2O 40 mL に[FeBr2(THF)2] (3.01 g, 8.41 mmol)を加えて撹拌させながら[Li(NpNPiPr)]
(4.83 g, 8.43 mmol)をゆっくり加えた。3 時間撹拌した後、沈殿物を濾去して減圧濃縮す
ることで黄色の粉末[FeBr(NpNPiPr)]を得た。(5.18 g, 7.38 mmol, 87 %)
1
H-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ –146.81, –22.66, –9.90, –8.82, –5.38, –4.44, –2.37,
1.12, 3.27, 4.72, 8.13, 12.41, 13.28, 19.16, 24.22, 28.36, 30.25, 33.34, 46.49, 87.88, 106.99.
µeff = 5.06 µB (Evans).
Anal. Calcd. for C35H54BrFeN2P: C, 61.25; H, 7.71; N, 4.46. Found: C, 61.09; H, 7.18; N, 4.38.
[Fe(NpNPiPr)]2(µ -N2)
窒素雰囲気下、n-pentane 10 mL に KC8 (100 mg 0.74 mmol)および[FeBr(NpNPiPr)] (500
mg, 0.71 mmol)を加えて一晩撹拌した。その後、沈殿物を濾去し、溶液を 1 mL 程度にな
るまで濃縮し–35 °C で静置させて茶色の結晶[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)を得た。(51 mg 13 %)
1
H-NMR (300 MHz, δ/ppm in benzene-d6) δ -37.56, -18.01, 10.53, 0.59, 0.87, 1.22, 17.29,
18.12, 19.77, 23.40, 33.73, 39.52, 46.89, 148.29.
µeff = 6.92 µB (Evans in benzene-d6).
Anal. Calcd. for C35H54BrFeN2P: C, 68.44; H, 8.62; N, 7.48. Found: C, 62.42; H, 8.18; N, 4.26
iPr
iPr
iPr
N
KNpNiPr,R
iPr
Fe(THF)2Br2
P
iPr
iPr
N
N
R1
n-pentane
Br
P
N
iPr
N
R1
R1
Fe
iPr
iPr
R1
N
Fe
R1 N
iPr
N
Fe
KC8
P iPr
iPr
R1
R2
R2
R2
R = iPr or Mes
iPr,
[FeBr(NpNiPr,iPr)]
R1 =
R2 = H :
R1 = Me, R2 = Me : [FeBr(NpNiPr,Mes)]
iPr,
R1 =
R2 = H : [FeBr(NpNiPr,iPr)]
R1 = Me, R2 = Me : [FeBr(NpNiPr,Mes)]
Scheme 4-1. Syntheses of iron complexes with bidentate NpN iminophosphorane ligand.
4.3. 結果と考察
4.3.1. [FeBr(NpNiPr,iPr)], [FeBr(NpNiPr,Mes)]および[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ -N2)の合成
Scheme 4-1 に示すように、[K(NpNiPr,iPr)]あるいは[K(NpNiPr,Mes)]を[FeBr2(THF)2]と反応さ
67
せることで[FeBr(NpNiPr,iPr)], [FeBr(NpNiPr,Mes)]を得た。[FeBr(NpNiPr,iPr)]は Et2O 溶解させ冷
凍庫で保存することで、単結晶 X 線構造解析に適した結晶が得られた。(Figure 4-4)
[FeBr(NpNiPr,iPr)] の 結 合 角 度 (N(1)–Fe(1)–N(2)
106.35(7)°,
N(1)–Fe(1)–Br(1)
N(2)–Fe(1)–Br(1) 124.07(5)°, 129.53(5))は合計して約 360 ºであり、配位 N 原子および Brイオンから成る trigonal planar 構造であることがわかった。この構造は[FeCl(nacnac)]に
非 常 に 似 て お り 、 非 常 に 稀 な 平 面 三 配 位 錯 体 で あ る 。 N(1)–Fe(1)–N(2) 結 合 角 度
(106.35(7)°)は[FeCl(nacnac)]の N(nacnac)–Fe–N(nacnac) 96.35(11)ºより広い。これは cyclopentane
上の C–P 結合(1.762(5) Å)が nacnac 骨格 C–C 結合(1.403(3) Å)よりも長い為と考えられ
る。1H{31P} NMR スペクトルでは paramagnetic を示した。固体状態の磁化率測定では
(Evans 法) µeff = 4.3 µB で 4 つの不対電子を有すると分かる。[FeBr(NpNiPr,Mes)]錯体では
µeff = 4.9 µB を示し、[FeBr(NpNiPr,iPr)]と同様の構造であると考えられる。
Figure 4-4. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of [FeBr(NpNiPr,iPr)]: (ellipsoids at 30%
probability level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg), and
torsion angles (deg): Fe1–N1 1.9521(17), Fe1–N2 1.9700(17), Fe1–Br1 2.3328(4), N1–C1 1.439(3), N1–C13
1.362(3), C13–C17 1.374(3), P1–C17 1.764(2), P1–N2 1.6366(17), N1–Fe1–N2 106.35(7), N1–Fe1–Br1
124.07(5), Br1–Fe1–N2 129.53(5), C1–N1–C13 117.99(17), N1–C13–C17 128.5(2), C13–C17–P1 127.46(16),
N2–P1–C17 109.79(10).
[FeBr(NpNiPr,iPr)]あるいは[FeBr(NpNiPr,Mes)]を KC8 存在下 n-pentane 中で一晩撹拌すること
で[Fe(NpNiPr,iPr)]2(µ-N2)および[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)が得られる。THF 中や Et2O 中で反応
を行うと未反応物が単離された。これはエーテル中の水により、還元できないことが示
唆された。このため、厳密な水の除去が必要であると考えられた。残念ながら、
[Fe(NpNiPr,iPr)]2(µ-N2)では溶解性が良過ぎた為、少量の結晶しか得られなかった。また、
結晶構造では、窒素分子で架橋した錯体構造をある程度まで明らかにしたものの、
enamide-iminophosphorane 骨格上に cis, trans の disorder があり、解析困難な化合物だっ
た。また、高温中で反応させた場合では iminophosphorane N–P が還元を受けた錯体の結
68
晶構造が得られた為、反応条件の確立が難しいことがわかった(Figure 4-5)。
錯体[Fe(NpNiPr,iPr)(NHPhiPr)]および[Fe(NpNiPr,Me)](µ-NPhMe)[Fe(NPiPr)]は還元剤が P(V)を還
元し、P−N 結合を解裂して生成したことが考えられる。このように室温での反応では副
生成物が多い為、反応温度をコントロールする必要があると考えられた。また、よりゆ
っくり還元する為に、n-pentane 中の懸濁状態でゆっくり反応した方が良いと考えられ
た。そのため、ほどほどの溶解性である[FeBr(NpNiPr,Mes)]を主に用いることとした。
Figure
4-5.
[Fe(NpN
iPr,Me
Crystal
Me
structures
of
decomposed
compounds,
[Fe(NpNiPr,iPr)(NHPhiPr)]
and
iPr
)](µ-NPh )[Fe(NP )].
[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)は、溶解性が下がり n-pentane 中で反応進行速度が遅くなった為
か副生成物も見られないまま、X 線構造解析に適した結晶が得られた(Figure 4-6)。
Figure 4-6. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of [Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2) (ellipsoids at 30% probability
level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg), and torsion angles
(deg): Fe1–N1 1.968(4), Fe1–N2 1.964(4), Fe1–N3 1.767(4), N1–C1 1.435(7), N1–C13 1.347(6), C13–C17 1.383(7),
P1–C17 1.762(5), P1–N2 1.616(4), N3–N3’ 1.177(9), N1–Fe1–N2 102.84(18), N1–Fe1–N3 129.1(2), N3–Fe1–N2
127.71(19), C1–N1–C13 120.8(4), N1–C13–C17 128.4(5), C13–C17–P1 126.8(4), N2–P1–C17 110.6(2).
69
[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)の Fe1–N3 (1.767(4))は Fe(1)–N(1), Fe(1)–N(2) (1.968(4), 1.964(4))
よりも短いとわかり、Fe イオンから配位窒素分子に対してよく π 逆供与しているとわ
かる。架橋した窒素分子 N–N 間(N(3)-N(3’) 1.177(9) Å)は free の窒素分子(1.098 Å)に比
べて非常に伸びている。ラマンスペクトル測定の結果 ν(N2)の振動を 1801 cm–1 に観測し、
free (2359 cm-1) に 比 べ 非 常 に 活 性 化 し て い る (Figure 4-7) 。 類 似 の 構 造 を 持 つ
[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) (N–N = 1.186(7), ν(N2) = 1810 cm–1)と比較すると、結合長では標準
偏差内にあるが、振動から 9 cm–1 程度活性化できている。これは iminophosphorane の
σ-donor が強い為と考えられる。
Figure 4-7. Resonance Raman spectra of n-hexane and [Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2) in n-hexane.
[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)の iminophosphorane は trimethylphenyl 基を導入して立体的に methyl
基の反発があるにも関わらず、互いに cis ポジションにあり、trans 化合物は観測されな
かった。これは結晶構造中でFeイオンへ iminophosphorane の強い donation による分極を
打ち消していると考えられる。配位窒素分子は N2 よりも 2 電子還元された N22–状態で
あり、鉄イオンが配位窒素分子に 1 電子ずつ電子供与していると考えられた。鉄の酸化
数を決定するために、Mössbauer スペクトル測定を行った。その結果、quadrupole splitting
ΔEQ 値が 1.24、isomer shift σが 0.42 であり、2 つの鉄がそれぞれ 2 価状態であるという
ことが明らかになった。(Figure 4-8) これは Holland らが報告している錯体 (ΔEQ = 1.41、
isomer shift σ = 0.62)と類似した値を示しており、Holland らの錯体[Fe(nacnac)]2(µ-N2)も
Fe(II)と帰属している 24, 43。
70
その証拠として Peters 等が報告している tris(phosphino)borate 配位子を用いた Fe(I)窒素
錯 体 [Fe(PhBPiPr3)]2(µ-N2) で は ΔEQ = 0.89, σ = 0.53 で あ り 、 今 回 得 ら れ た 錯 体
[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)は形式的 Fe(I)にも関わらず quadrupole splitting の値が大きい 24, 44。
更に、[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)の配位窒素の結合長(N–N = 1.177(9) Å)は[Fe(PhBPiPr3)]2(µ-N2)
(1.138(6) Å)に比べて非常に伸びており、N22-の状態まで還元および活性化を示唆してい
る。
Figure 4-8. Mössbauer spectrum of [Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2). Some impure compounds are contained.
二座配位子 NpNiPr,Mes を用いて、窒素分子の捕捉、およびその活性化に成功した。しか
し、二座配位子 NpNiPr,Mes を用いた場合では Fe(I)平面三配位錯体が生成され、錯体
[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)は非常に活性が高いと考えられる為、不安定であり、配位子が外
れ易いことや配位子が Figure 4-5 の様に分解しやすい。このことから、安定性の高い三
座配位子 NpNPiPr を設計した。三座配位子を導入する利点として窒素分子を更に活性化
する効果も期待できる。 Holland らの報告では平面三配位錯体[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)
(ν(N2)
=
1810
cm–1) に
4-tert-butyl
pyridine
(tBupy) を 付 加 さ せ た 錯 体
[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2)を合成し、ν(N2)を 1770 cm–1 に観測するほど、配位 N2 を強
く活性化している。その為、三座配位子 NpNPiPr を用いた Fe 錯体でも同様の効果を期
待した。
71
Br
iPr
iPr
iPr
2-Br-Ar-N3
NH
iPr
P
NH
iPr
N
N
P
iPr
Δ
NH
iPr
HNpN3Br
iPr
P
iPr
N
P
iPr
iPr
HNpNBr
1. 2eq. n-BuLi
2. iPr2PCl
iPr i
Pr
iPr
Me3NHCl
N
N
iPr
iPr
Li
Br
P
iPr
iPr
HNP
iPr
iPr
N
iPr
NH
P
N
P
iPr
iPr
iPr
LiNpNPiPr
HNpNPiPr
Scheme 4-2. Syntheses of the ligands HNpNPiPr and LiNpNPiPr.
4.3.2. HNpNPiPr および LiNpNPiPr の合成
配位子 HNpNPiPr および LiNpNPiPr は Scheme 4-2 の方法より合成された。出発物質
2,6-diisopropyl-N-(2-diisopropylphosphinocyclopentylidene)aniline (HNPiPr)は過去の合成法
の様に準備した 29。HNPiPr と o-bromopenylazide を反応させると phosphazide (HNpN3Br)
が高収率で合成され、80 ºC で撹拌することで iminophosphorane (HNpNBr)が生成する。
その後、n-BuLi と反応させた後 iPr2PCl を反応させると LiNpNPiPr が得られる。LiNpNPiPr
にプロトン化剤 Me3NHCl を THF 中で反応させると HNpNPiPr が得られる。HNpNPiPr、
および LiNpNPiPr の結晶構造を Figure 4-9, 10 に示す。
Figure 4-9. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of HNpNPiPr (ellipsoids at 30% probability level).
All
hydrogen atoms have been omitted for clarity except for H1 and H3. Selected bond length (Å), angles (deg): P1–N2
1.5855(11), P1–C17 1.7726(17), P2–C29 1.839(3), P3–N4 1.5900(11), P3–C52 1.7687(15), P4–C64 1.837(3), N1–C13
1.3609(19), N2–C24 1.383(3), N3–C48 1.3570(18), N4–C59 1.385(3), C13–C17 1.364(3), C24–C29 1.4222(19), C48–C52
1.362(2), C59–C64 1.4172(19), N1–C13–C17 128.20(15), P1–C17–C13 124.24(11), N2–P1–C17 113.82(7), P1–N2–C24
128.13(13), N2–C24–C29 118.06(18), P2–C29–C24 117.81(15), N3–C48–C52 128.14(14), P3–C52–C48 123.56(11),
N4–P3–C52 113.50(7), P3–N4–C59 126.72(13), N4–C59–C64 117.99(17), P4–C64–C59 117.21(15).
72
Figure 4-10. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of LiNpNPiPr (ellipsoids at 30% probability level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg): P1–N2 1.6202(13),
P1–C17 1.757(2), P2–C29 1.825(3), N1–C13 1.3348(19), N2–C24 1.398(3), C13–C17 1.395(3), C24–C29 1.421(2),
N1–C13–C17 129.10(16), P1–C17–C13 131.57(11), N2–P1–C17 110.53(9), P1–N2–C24 125.75(14), N2–C24–C29
119.55(18), P2–C29–C24 118.95(14), P2–Li1–N1 155.4(2), P2–Li1–N2 87.56(15), N1–Li1–N2 117.03(17).
LiNpNPiPr の結晶構造では Li イオンが anilido N, phosphine P, phosphoraimine N で配位し
た平面三配位構造であり、結合角度(P(2)–Li(1)–N(1) 155.4(2), P(2)–Li(1)–N(2) 87.56(15),
N(1)–Li(1)–N(2) 117.03(17))の合計は約 360º であった。HNpNPiPr は cyclopentane を含む
N-P-N 平面から bent した構造であるが、ほとんど LiNpNPiPr に似た構造である。LiNpNPiPr
の N-P-N 上の π 電子は非局在化しており、HNpNPiPr は enamine を形成している。
このことは結合長にも現れており、LiNpNPiPr の骨格上結合長(P(1)–N(2), P(1)-C(17),
C(17)–C(13)および N(1)–C(13)は 1.6202(13), 1.757(2), 1.395(3) および 1.335(2) Å である。
一 方 、 HNpNPiPr の 骨 格 上 の 結 合 長 P(1)–N(2)/P(3)–N(4), P(1)–C(17)/P(3)–C(52),
C(17)–C(13)/C(52)–C(48) お よ び
N(1)–C(13)/N(3)–C(48) は
1.5855(1)/1.5900(11),
1.7726(17)/1.7687(15), 1.364(3)/1.362(2),および 1.3609(19)/1.3570(18) Å であり、HNpNPiPr
は enamine を示している。更に、HNpNPiPr の enamine NH および iminophosphorane N 間
距離(N(1)···N(2)/N(3)···N(4) = 3.006 and 2.990 Å)は水素結合を示している。HNpNPiPr は
enamine 体のみ形成しており、それは 1H,31P NMR でも確認できる(Figure 4-11, 12)。
73
Figure 4-11. 1H NMR spectrum of HNpNPiPr in benzene-d6.
Figure 4-12. 1H NMR spectrum of HNpNPiPr in benzene-d6.
iPr
P
iPr
iPr
N
Li
iPr
N
iPr
iPr
iPr
iPr
P
FeBr2(THF)2
N
P
Fe
Br
iPr
N
P
iPr
iPr i
Pr
LiNpNPiPr
[FeBr(NpNPiPr)]
Scheme 4-3. Synthesis scheme of [FeBr(NpNPiPr)].
4.3.3. [FeBr(NpNPiPr)]錯体の合成
窒素錯体の前駆体の[FeBr(NpNPiPr)]は LiNpNPiPr および[FeBr2(THF)2]を Et2O 中で反応
させることで得られた(Scheme 4-3)。[FeBr(NpNPiPr)]の結晶構造を Figure 4-13 に示した。
74
[FeBr(NpNPiPr)]は Br イオン, anilido N, phosphine P が平面に、phosphoranimine N が apex
位にある、歪んだ trigonal monopyramidal 構造(τ = 0.64)を示した。平面上の金属周りの角
度 Br(1)–Fe(1)–N(1) (120.88(11)°), Br(1)–Fe(1)–P(2) (113.67(5)°) および P(2)–Fe(1)–N(1)
(118.36(11)°)の合計は 353.0ºであり、約 360º である。basal 平面から axial の角度は
(N(2)-Fe(1)-Br(1) 109.40(11), N(2)-Fe(1)-N(1) 102.47(15), N(2)-Fe(1)-P(2) 83.58(10)°) 90 ºに
近い値だった。金属周りの結合長(Fe(1)-Br(1) 2.4306(11), Fe(1)-P(2) 2.4043(15), and
Fe(1)-N(1) 1.994(4) for the basal plane and Fe(1)-N(2) 2.056(5) Å) high-spin Fe(II)錯体と類似
の 値 だ っ た 。 骨 格 上 の N-P-N 上 は 結 合 長 (P(1)–N(2) 1.625(4), P(1)-C(17) 1.768(5),
C(17)-C(13) 1.393(8), N(1)-C(13) 1.359(6) Å)より LiNpNpiPr と同様に非局在化している。1H
NMR スペクトルでは結晶状態と同様に常磁性のシグナルと示した。[FeBr(NpNPiPr)]の固
体状態の磁化率(Evans 法)では µeff = 5.06 µB を示し、4 つの不対電子対が存在すること
が分かった。
Figure 4-13. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of [FeBr(NpNPiPr)] (ellipsoids at 30% probability
level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg): Br1–Fe1 2.4306(11),
Fe1–P2 2.4043(15), Fe1–N1 1.994(4), Fe1–N2 2.056(5), P1–N2 1.625(4), P1–C17 1.768(5), C13–C17 1.393(8), C24
C29 1.425(6), P2–C29 1.815(6), Br1–Fe1–P2 113.67(5), Br1–Fe1–N1 120.88(11), Br1–Fe1–N2 109.40(11),
P2–Fe1–N1 118.36(11), P2–Fe1–N2 83.58(10), N1–Fe1–N2 102.47(15).
iPr
iPr
iPr
N
Fe
Br
iPr
iPr
P
iPr
KC8, N2
iPr
N
N
iPr
P
iPr
P
iPr i
Pr
[FeBr(NpNPiPr)]
Fe
N
P
iPr
P iPr
N
iPr
N
Fe
N
P iPr
iPr
iPr
N
iPr
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)
Scheme 4-4. Synthesis of dinitrogen complex [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2).
75
4.3.4. [Fe(NpNPiPr)]2(µ -N2)の合成
窒素雰囲気下、[FeBr(NpNPiPr)]を n-pentane 中で KC8 と反応と茶色の溶液が得られ、
–35 ºC で静置させると赤茶色の結晶[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)が得られた(Scheme 4-4)。
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)は 2 つの Fe イオンを窒素分子で架橋した trigonal pyramidal 2 核錯体
(τ = 0.64, 0.65)であり torsion angle N(2)-Fe(1)-Fe(2)-N(4)が 92.07ºと約 90º ねじれた錯体で
あるとわかった(Figure 4-14)。basal–Fe(1)–basal 結合角度(N(5)–Fe(1)–N(1) 122.33(16)°,
N(5)–Fe(1)–P(2) 104.55(13)°, P(2)–Fe(1)–N(1) 126.14(14)°)の合計は 353.02°であり 360°に
近く、basal-Fe(1)-apex 角度(N(2)-Fe(1)-N(5) 116.23(17), N(2)-Fe(1)-N(1) 99.19(14), and
N(2)-Fe(1)-P(2) 80.30(12)°) は
90º に 近 い 。 basal–Fe(2)–basal 角 度 (N(6)–Fe(2)–N(3)
122.29(14)°, N(6)–Fe(2)–P(4) 105.16(13)°, P(4)–Fe(2)–N(3) 125.72(10)°)の合計(353.17°)も
同 様 に 360° に 近 く basal-Fe(2)-apex 角 度 (N(4)-Fe(2)-N(6) 113.38(16), N(4)-Fe(2)-N(3)
101.56(16), N(4)-Fe(2)-P(4) 79.96(10)°)は 90º に 近 い 。 金 属 周 り の 結 合 長 は そ れ ぞ れ
Fe(1)–N(1) 1.983(4), Fe(1)–N(2) 2.117(4), Fe(1)-P(2) 2.3486(16), Fe(2)–N(3) 1.992(4),
Fe(2)–N(4) 2.125(4), Fe(2)-P(4) 2.3466(13) Å であり、Fe(1)–N(5) 1.800(4), Fe(2)–N(6)
1.814(4) Å は形式的 Fe(I)窒素錯体の結合長と類似していた 24。
Figure 4-14. ORTEP drawing of the solid-state molecular structure of [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) (ellipsoids at 30%
probability level).
All hydrogen atoms have been omitted for clarity. Selected bond length (Å), angles (deg):
Fe1–P2 2.3486(16), N5–N6 1.186(6), Fe1–N1 1.983(4), Fe1–N2 2.117(4), Fe1–N5 1.800(4), Fe2–P4 2.3466(13),
Fe2–N3 1.992(4), Fe2–N4 2.125(4), Fe2–N6 1.812(4), P1–N2 1.614(4), P1–C17 1.758(5), P2–C29 1.823(5), P3–N4
1.622(5), P3–C52 1.747(5), P4–C64 1.815(5), N1–C13 1.340(6), N2–C24 1.407(6), N3–C48 1.351(7), N4–C59
1.400(6), C13–C17 1.384(6), C24–C29 1.416(8), C48–C52 1.383(7), C59–C64 1.430(8).
76
捕捉窒素の結合長(N(5)–N(6) 1.184(6) Å)は free の窒素分子(1.098 Å)よりも伸びており、
Table 4-1 に示す様に形式的 Fe(I)の中で長い距離にあるとわかる。532 nm の励起波長を
持つラマンスペクトル測定ではν(N2 / 15N2)を 1755 / 1700 cm–1 に観測した(Figure 4-15)。
この値は Holland 等によって報告された錯体 [Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2) (14N 1770/15N
1708 cm–1), および[Fe(nacnactBu)]2(µ-N2) (14N 1778 cm–1)よりも小さく、これまでに報告さ
れた形式的 Fe(I)の中で最も窒素分子を活性化している。[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の 1H NMR
スペクトルでは常磁性を示し、磁化率µeff = 6.92 µB, S = 3 を示した。Mössbauer スペクト
ルでは [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) isomer shift (δ) 0.34 mm/sec quadrupole splitting (ΔEQ) 1.37
mm/sec を示し、これまでに報告されている[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) (δ = 0.62 mm/sec, ΔEQ =
1.41 mm/sec)と類似した値である(Figure 4-16)。これはそれぞれの Fe イオンから窒素分
子のπ*軌道へ電子を送り込んだため、Fe(II)イオンと類似した ΔEQ の値となり、N22–と
Fe(II)の間で反強磁性相互作用が働いたため、それぞれの Fe(II) high-spin が S = 4 から S
= 3 となり、全体として S = 6 を示したと考えられた。
Figure
4-15.
iPr
Resonance
Raman
spectra
of
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)
14
in
n-pentane.
Top
(a);
[Fe(NpNP )]2(µ- N2) in n-pentane, middle (b); [Fe(NpNPiPr)]2(µ-15N2) in n-pentane, bottom (c); n-pentane.
77
Figure 4-16. Mössbauer spectrum of [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) at room temperature.
Table 4-1. Comparison of the Fe-N(dinitrogen) and N-N bond lengths and ν(N2) stretching vibration frequencies of complex
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) with those of formally monovalent iron-dinitrogen complexes reported previously.
Complexes
Me
[Fe(nacnac )(tBupy)]2(µ-N2)
Coordination numbera Fe–N (Å)
1.816(2)
4
N–N (Å)
1.151(3)
νNN (cm-1)
1770b
ref
24
1.804(2),
1.794(2)
1.800(4),
1.814(4)
1.745(3),
1.775(2)
1.760(6),
1.778(6)
1.811(5),
1.818(5)
1.817(4)
1.161(4)
-
24
1.184(6)
1755b
-
1.186(7),
1.172(5)
1.182(5)
1810b
24
1778b
24
[Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2)
4
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)
4
[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)
3
[Fe(nacnactBu)]2(µ-N2)
3
[Fe(PhBPiPr3)]2(µ-N2)
4
[Fe(SiPiPr3)(N2)]
5
Ph
[Fe(SiP 3)(N2)]
{[(ArN)2CtBu]Fe}2(µ-N2)
{Fe[N(SiMe2NtBu)(C2H4PiPr2)]}2(µ-N2)
a
Coordination number for iron atom.
b
5
8
4
1.819(2)
1.834(3)
1.8510(15)
1.138(6)
1.1065(5)
1.106(3)
1.124(6)
1.166(3)
45
2008c
45
c
45
46
47
2041
2005b
1760b
Measured by resonance Raman spectra. cMeasured by IR spectra.
78
4.4. 理論計算による窒素分子の活性化構造の解析
4.4.1. 窒素錯体の電荷移動
Fe(I)錯体の中で最も捕捉窒素を活性化している[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の電子構造を調べ
る為に結晶構造から DFT 計算を行った。差電子密度およびスピン密度図を Figure 4-17
に示した。Figure 4-17(a)の差電子分布では、期待通り、配位窒素分子 N–N 結合の電子
密度が低下している。すなわち、鉄イオン d 軌道と窒素分子が π-逆供与的に相互作用
することで、窒素分子上の π*の電子密度が増加し、N–N 間の電子密度(孤立電子対およ
び σ 結合)の減少が見られる。差電子密度を解釈する為にスピン密度を示した(Figure
4-17(b))。配位窒素分子上の π*電子密度増加(Figure 4-17(a))により、β-spin が関与してい
ることが示されている(Figure 4-17(b); (青色))。この結果、N–N 結合間の σ-donor 電子密
度の低下と π*電子密度の増加は N–N 結合を弱め、結合長が伸びている原因となってい
る。面白いことに、窒素分子配位の有無に関わらず、anilido N 上の電子密度の変化は見
られなかった。これは anionic な anilido N 原子の負電荷により、電子間反発の影響で鉄
イオンが高原子価に誘発され、配位窒素への π 逆供与が促進されたことを示唆している。
それぞれの Fe イオンの 2 つの dπ 軌道と P–C 結合の σ*軌道への逆供与があるため、Fe
イオンから配位窒素への π-逆供与は配位 P 原子の電子密度変化が関与している。
Table 4-2 には natural population analysis の結果を示した。ここでは上述したように配位
窒素分子上に β-spin と負電荷の増加がみられる。鉄イオン上のスピン密度は 3.28 であ
り Fe(I)の理想的な値 3 から大きくずれている。また、配位窒素上の電子密度は–0.7 で
あることから、high-spin Fe(I)から配位窒素分子に電子が移動したことがとわかる。
Holland ら が 報 告 し た [Fe(nacnacMe)2(µ-N2), [Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2), [Fe(nacnactBu)
(tBupy)]2(µ-N2)錯体の DFT 計算の結果と原子電荷と spin 密度の結果と比較した。(table
4-2) 配位窒素上の電子密度は[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2) < [Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2)
< [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) < [Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)の順に増えている。この結果は類似の配位
構造を持つ nacnac-Fe 錯体[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2), [Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2) の N
原子上の負電荷((–0.65, –0.65), (–0.65, –0.69))に比べて phosphorane-imine N 原子上の負電
荷(–1.10, –1.09)が大きい為、Fe イオンから配位窒素へ π-逆供与しやすくなったと考えら
れる。[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の Fe 上の電荷(0.73, 0.72)は[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) (0.93, 0.93),
[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2) (0.95, 0.95), [Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2) (0.97, 0.97)に比べて
小さい。これは Fe–P 結合の分極が小さく、電子が Fe–P 結合の間で非局在化していると
考えられる。これらの N 原子上の負電荷と P 原子の配位は Fe イオンから配位窒素へ
π-back donation を増大させている。
79
Figure 4-17. (a): Differential density of [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) and (b): spin density of [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)
80
Table 4-2. Population analysis for µ-dinitrogen diiron complexes.
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) [Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) [Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2) [Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2)
bond length (Å)
N–N
1.186
1.185
Fe–N
1.799
1.812
1.746
planarity b
337.7
337.2
359.1
1.151
1.167
1.815
359.1
345.6
1.800
345.6
349.0
350.4
atomic charge
N2 c
–0.70
–0.77
–0.65
–0.69
Fe
0.73
0.72
0.93
0.93
0.95
0.95
0.97
0.97
N(enamido/nacnac)d
–0.72
–0.73
–0.69
–0.69
–0.69
–0.69
–0.70
–0.65
N(P=N/nacnac)e
–1.10
–1.09
–0.69
–0.69
–0.65
–0.65
–0.65
–0.69
atomic spin density
Fe
3.28
N2 c
–0.83
orbital overlap population between Fe and N
a
3.30
3.37
3.38
–0.91
–0.79
–0.82
3.38
3.37
MO f
0.100
0.099
0.101
0.101
0.092
0.092
0.095
0.095
NO g
0.141
0.136
0.146
0.146
0.126
0.126
0.130
0.130
Crystallographic structures taken from Ref. 24.
b
The sum of the three angles around an iron center with respect to the chelate ring and the dinitrogen ligand as a
measure of coplanarity. The value 360° represents that the dinitrogen ligand is completely coplanar with the chelate
ring.
c
The total charge and the spin density of the dinitrogen ligand.
d
The N atoms attached to phenyl group in [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2), one pair of N atoms in each nacnac ligand furthest
apart in complex [Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2), and the pair of N atoms furthest apart from the pyridine attached to the
other center in complex [Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2).
e
The imino N atom in [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) and the other pair of N atoms in the each nacnac ligand in complex
[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2) and [Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2).
f
The sum of Qi,Fe-N for the four highest occupied Kohn-Sham β-orbitals. The values of each of the orbitals are
shown in Table 4-S2.
g
The sum of Qi,Fe-N for the natural orbitals having π bonding and antibonding nature between iron and dinitrogen.
The values of each of the orbitals are shown in Table 4-S2.
81
Figure 4-18. Four highest occupied β-orbitals concerning the π back-donation from the iron centers for complex
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)
82
Scheme 4-5. The orbital interactions between dπ, dδ of Fe and π* of the coordinated dinitrogen using a
virtual coordination structures for [Fe(nacnacMe)]2(µ-N2).
4.4.2. Fe から窒素分子への π -back donation
Fe イオンから配位窒素への π back-donation に関する四つの最高 β-spin 占有軌道を
Figure 4-18 に示した。 Figure 4-18 では、これら四つの相互作用を解釈する為に Scheme
4-5 に示す[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)錯体 parallel 構造の相互作用について考察した。Scheme
4-5 の[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)錯体は窒素分子の π*軌道の一つの節面上に chelate 環を持って
おり、二つの π*軌道は二つの鉄イオンの dπ 軌道と相互作用し、二つの dδ 軌道とは相互
作用しない。
一方、[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)錯体は P–C 結合の σ*軌道と金属上の dδ 軌道の間で超共役(π逆供与)が見られる為、dδ 軌道を安定化している(Figure 4-17)。錯体[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)
では配位子の歪みや立体障害の影響で、N(enamido)-N(phosphorane-imine) chelate 環が窒
素分子の π*軌道の節面からずれており、その影響で Fe イオンの dδ および dπ 軌道と配
位子の間で相互作用を引き起こしている。これにより、Figure 4-18 の様なエネルギー順
位となる。phosphorane-imine N 原子の負電荷と dπ 軌道が反発し dπ 軌道のエネルギーが
上昇する。その結果、エネルギーが高い軌道では、それぞれの Fe イオンの dπ 軌道の π結合の性質が大きく、低い軌道では非結合性 dδ 軌道の成分が大きく寄与している。ま
た、エネルギーの高い二つ軌道では配位窒素の軌道上の電子は少なくとも中心金属の
2/3 程度ある。この結果は形式的 Fe(I)が Fe(II)の性質を帯びているということを示唆し、
配位窒素分子に電子供与していることを示している。また、それぞれの Fe イオンの二
83
つの dπ 軌道は同じ方向に揃っている為、dπ 軌道から配位窒素 π*軌道ヘの π 逆供与が大
きいことがわかる。軌道相互作用の QFe–N(MO: Kohn-Sham moleculer orbital)および
QFe-N(NO: natural orbital)を Table 4-2 に示す。 QFe-N(MO) および QFe-N(NO)値は似たよう
な値をとっており、[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の QFe-N(MO) 値 (0.100, 0.099)は Fe–N 結合長が
ほ ぼ 同 程 度 に も 関 わ ら ず [Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2) (0.092, 0.092) お よ び
[Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2) (0.095, 0.095)よりも大きく、更に、[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の
Fe–N 結 合 長 は [Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) よ り も 長 い に も 関 わ ら ず QFe-N(MO) 値 は
[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) (0.101, 0.101)と同程度である。 これらのことは、Fe–N 結合長より
も軌道の重なりによって配位窒素分子上の負電荷密度分布が影響していることを示し
ている。例えば、nacnacFe 錯体[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2), [Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2)および
[Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2)の場合、nacnac 平面が配位窒素の π*軌道の節面からずれた
[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2),および[Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2)とは対照的に nacnac 平面
が窒素分子の π*の節平面の同一平面上にある[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)では配位窒素の π*と
dπ 軌道の重なりが極めて大きく、電子逆供与を起こし易い。しかしながら、錯体
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)では enamido-phosphoraneimine 平面は配位窒素の π*軌道節面からず
れているにも関わらず、[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)と同程度の負電荷密度を持っている。
Figure 4-17(a)でも同様に、配位 P 原子および phosphorane-imine N 原子は d 軌道の節面に
位置し、結晶構造中の Fe-P-N2 および Fe–N(phosphinorane-imine)-N2 と配位窒素の二面画
は約 90º (86.2º, 85.4º)であり、Fe–N2 結合軸は Fe-P-N(phosphorane-imine)平面へ傾いてい
る 。 (P–Fe–N2 = 104.55(13)°, 105.16(13)°, N(enamido)-Fe-N2 = 122.33(16), 122.29(14)°,
N(iminophosphorane)-Fe-N2 = 116.23(17), 113.38(16)°)
これらの事実から、d 軌道は配位 P
原子へ π 逆供与していると考えられる。この dδ および dπ 軌道の π 逆供与相互作用を簡
略化した図を Scheme 4-6 に示す。 Fe イオンの dδ 軌道および dπ 軌道は phosphorane-imine
N 原子の負電荷を避けるため、enamido-phosphorane-imine キレート上に広がっている。
更に、dδ 軌道は P–C(phenyl)結合の σ*軌道と π 逆供的に与相互作用することで、1.5, 1.6
kcal/mol ほど安定化し、dπ 軌道は P–C(isopropyl)結合のσ*と π 逆供与的に相互作用して
おり、1.0 kcal/mol 安定化に寄与している(Table S4-2)。 また、結晶構造中では Fe 周り
の構造が R-R 体および S-S 体を含んだ enantiomer の関係にあることが分かる。これは配
位 P 原子が他方の Fe イオンに配位した phosphorane-imine N 原子の trans に位置してお
り、この配置が分子の極性を打ち消し合い安定化していると考えられる。更に、その関
係がそれぞれの Fe イオンの二つの dπ 軌道を平行にしている。すなわち、この位置関係
がそれぞれの Fe イオンの dπ 軌道と窒素分子の π*軌道の相互作用を促し、窒素分子活性
化に寄与していると考えられる。
84
Scheme 4-6. The orbital interactions between dπ, dδ of Fe and π* of the coordinated dinitrogen using a
virtual coordination structures for [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2).
4.5. 結論
二 種 類 の iminophosphorane 配 位 子 ( 二 座 配 位 子 NpNiPr,Mes, お よ び 三 座 配 位 子
NpNPiPr,iPr)を用いて窒素捕捉錯体[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2), [Fe(NpNPiPr,iPr)]2(µ-N2)の合成に成
功した。[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)は X 線結晶構造解析によって、窒素分子が end-on 型で架
橋した二核の形式鉄(I)錯体であると明らかにした。それぞれの鉄周りは trigonal planar
構造を形成しており、それぞれの trigonal 平面が平行に位置している。配位窒素 N–N 結
合長は 1.177(9) Å であり、Holland らが報告する[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) (1.172(5) Å)と類似
した距離にある。 ラマンスペクトル測定では、[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)の ν(N2)を 1801 cm–1
に観測し、iminophosphorane 基の効果で[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2) (1810 cm–1)よりも活性化で
きている。また、Mössbauer スペクトルでは四極子分裂(ΔEQ) = 1.24, アイソマーシフト
(σ ) = 0.42 であり、ΔEQ = 1.24 は Peters らが報告する trisphosphinoborate 鉄窒素錯体 ΔEQ =
0.89 よりも大きく、Fe(II)性を帯びている。一方、三座配位子 NpNPiPr を用いた錯体では
X 線結晶構造解析によって、[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)は窒素分子が end-on 型で架橋した二核
85
の形式鉄(I)錯体構造であると明らかにした。それぞれの鉄周りは trigonal monopyramidal
構造を形成しており、それぞれの trigonal 平面が垂直(約 92.07 º)に位置している。配位
窒 素 N–N 結 合 長 は 1.184(6) Å で あ り 、 Holland ら が 報 告 す る 四 配 位 窒 素 錯 体
[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2) (1.151(3) Å)よりも長い。 ラマンスペクトル測定では、
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)の ν(N2)を 1755 cm–1 に観測し、iminophosphorane 基の効果これまで
に報告されている窒素錯体の中で最も活性化できているとわかった。また、Mössbauer
スペクトルでは四極子分裂(ΔEQ) = 1.75, アイソマーシフト(σ ) = 0.75 であり、ΔEQ = 1.24
は Peters らが報告する trisphosphinoborate 鉄窒素錯体 ΔEQ = 0.89 よりも大きな値を示し
た。DFT 計算の結果、Fe および配位 N2 上の β-spin 電子密度から Holland らの錯体と同
程度の β-spin 電子密度を示し、Fe(I)よりも Fe(II)であることが考えられた。Holland らの
錯
体
[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2),
[Fe(nacnacMe)(tBupy)]2(µ-N2),
お
よ
び
[Fe(nacnactBu)(tBupy)]2(µ-N2)では trigonal plane 錯体[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)が最も、配位窒素
分子と逆供与相互作用しやすい結果が得られている。しかし、[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)は
trigonal pyramide 錯体であるにも関わらず、[Fe(nacnacMe)]2(µ-N2)と同程度の窒素活性化
能を有していることがわかった。これは、配位 P 原子の P−C 結合が持つ σ*と Fe イオ
ンの dδ および dπ 軌道との π 逆供与的相互作用で、d 電子が非局在化しており、配位 P
原子の強い電子供与と phosphorane-imine および enamido の負電荷の影響で配位窒素分
子の活性化に寄与していることが明らかになった。以上、錯体[Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)お
よび[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2)は配位窒素 N−N の結合長、ν(N2)、Mössbauer の四極子分裂値か
ら Fe(II)の状態であり、配位窒素は三重結合から二重結合の性質まで還元できることが
わかった。
86
Table S1. Crystallographic and structure refinement data for compounds LiNpNPiPr, HNpNPiPr, [FeBr(NpNPiPr)],
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2), [FeBr(NpNPiPr,Mes)] and [Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2).
Formula weight
Temp (°C)
Crystal system
Space group
a/Å
[FeBr(NpNPiPr)]
C70H110Br2Fe2N4
P4
1403.06
–100
Monoclinic
P21/c (#14)
20.778(10)
[Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2) [FeBr(NpNiPr,Mes)] [Fe(NpNiPr,Mes)]2(µ-N2)
C70H110Fe2N6P4,
C32H54BrFeN2P
C64H96Fe2N6P2, (C5H15)
0.75(C5H15)
1339.41
669.53
1195.15
–150
–100
–100
Triclinic
Monoclinic
Monoclinic
P-1 (#2)
P21/c (#14)
C2/c (#15)
11.554(3)
16.7458(5)
21.642(5)
b/Å
9.147(4)
12.902(4)
12.3489(3)
20.337(5)
c/Å
α/°
β/°
γ/°
V / Å3
Z
Dcalc/g cm–3
µ(Mo-Kα) / cm–1
20.898(10)
33.7790(9)
16.105(5)
90.1720(10)
98.831(5)
3571(3)
2
1.305
16.591
27.798(8)
86.40(2)
78.867(12)
67.779(8)
3763(2)
2
1.182
5.136
6985.2(3)
8
1.273
16.46
7004(3)
4
1.111
5.00
F(000)
1480
1447
2832
2512
Reflections collected
Independent reflections
R(int)
R1 (I > 2σ(I))a
R1 (all)
wR2 (all)
GOF
27283
8154
0.0632
0.0733
0.0909
0.2073
1.128
30012
16485
0.0577
0.0752
0.1218
0.2073
1.080
84132
20559
0.0460
0.0424
0.0867
0.0969
1.012
25018
6423
0.0696
0.0809
0.2143
0.2307
1.077
Compound
Chemical formula
a
R = ∑ ║Fo│ − │Fc║/∑│Fo│, wR2 = [ ∑(w(Fo2 – Fc2)2)/∑w(Fo2)2]1/2
LiNpNPiPr
HNpNPiPr
Chemical formula
C35H55LiN2P2
C70H112N4P4
Formula weight
Temp (°C)
Crystal system
Space group
a/Å
b/Å
1138.41
–100
Monoclinic
P21/n (#14)
10.8261(8)
29.046(2)
1133.58
–100
Triclinic
P-1 (#2)
11.4502(12)
17.526(2)
c/Å
α/°
β/°
γ/°
V / Å3
Z
Dcalc/g cm–3
µ(Mo-Kα) / cm–1
12.3251(12)
3558.7(5)
2
1.062
1.029
19.427(2)
64.925(3)
82.924(5)
75.430(4)
3417.0(6)
2
1.102
1.517
F(000)
Reflections collected
Independent reflections
R(int)
R1 (I > 2σ(I))a
R1 (all)
wR2 (all)
GOF
1214
27643
7928
0.0248
0.0538
0.0607
0.1510
1.074
1240
26964
14932
0.0167
0.0522
0.0599
0.1528
1.034
Compound
a
115.960(7)
113.335(4)
R = ∑ ║Fo│ − │Fc║/∑│Fo│, wR2 = [ ∑(w(Fo2 – Fc2)2)/∑w(Fo2)2]1/2
87
Table 4-S2.
Natural bond orbitals and donor-acceptor interaction for complex [Fe(NpNPiPr)]2(µ-N2).
NBO a
type b
occupation number
coeff.(%) c
coeff.(%) c
Fe(1,dπ)—N(1,π)
BD
0.922
23
77
Fe(2,dπ)—N(2,π)
BD
0.855
23
74
Fe(1,dδ)
LP
0.949
—
—
Fe(2,dδ)
LP
0.948
—
—
P(1)—C(iPr, phenylene) σ*
BD*
0.034
63
37
P(1)—C(iPr, inner) σ*
BD*
0.030
61
39
P(1)—C(iPr, outer) σ*
BD*
0.035
61
39
P(2)—C(iPr, phenylene) σ*
BD*
0.032
63
37
P(2)—C(iPr, inner) σ*
BD*
0.043
61
39
P(2)—C(iPr, outer) σ*
BD*
0.015
61
39
donor-acceptor interaction (kcal/mol) d
donor NBO a
acceptor NBO a
interaction
P(1)—C(iPr, inner) σ*
0.38
Fe(1,dπ)—N(1,π)
P(1)—C(iPr, outer) σ*
0.98
Fe(2,dπ)—N(2,π)
P(2)—C(iPr, inner) σ*
0.34
Fe(2,dπ)—N(2,π)
P(2)—C(iPr, outer) σ*
1.06
Fe(1,dδ)
P(1)—C(iPr, phenylene) σ*
1.61
Fe(1,dδ)
P(1)—C(iPr, inner) σ*
0.31
Fe(2,dδ)
P(1)—C(iPr, phenylene) σ*
1.46
Fe(2,dδ)
P(1)—C(iPr, inner) σ*
0.48
a
The number in parentheses presents the numbering of iron atom where the donor atom is bonded.
b
The type of NBO.
c
(kcal/mol)
Fe(1,dπ)—N(1,π)
BD, LP, and BD* present a valence lone pair, two-center bond, and valence antibond, respectively.
The squares of the polarization coefficients of atoms A and B for bond A—B are in the left and right, respectively.
d
Second-order perturbation theory analysis of Fock matrix in NBO basis.
88
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Raghavachari, A. Rendell, J. C. Burant, S. S. Iyengar, J. Tomasi, M. Cossi, N. Rega, J. M.
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92
第5章
総括
本研究では、小分子活性化とその変換を指向し、プロトン脱着機能性配位子を用いた鉄錯
体の合成とその反応性を検討した。
第一章では、小分子変換反応を行う重要性に関して述べ、現代の工業的分子変換反応、お
よび生体中の酵素による分子変換反応における遷移金属錯体の役割について述べた。さら
に、生体の反応場を模倣したプロトン脱着部位を持つ遷移金属錯体の例をあげ、遷移金属
錯体の有用性について述べ、分子変換反応を人類のテーマとして定め、本研究の意義、目
的を明確にした。
第二章では、プロトン脱着可能な置換基 thioamide 基を用いた鉄錯体の反応性とプロトン
脱着による効果を検討した。分子変換反応における反応場の効果は重要であり、特にプロ
トン脱着部位の役割は非常に重要である。例えば、プロトン脱着部位が PCET 反応を促進す
る場合やプロトン脱着により金属上の電子密度を調節でき、反応性をコントロールできる
場合がある。脱着可能なプロトンを持つ thioamide 基も同様な効果が期待できるが、Ni, Pt, Pd
錯体が多く報告されており、置換活性な鉄錯体の報告例は少ない。鉄錯体を合成しプロト
ン脱着による効果について観測することを目指した。thioamide pincer 配位子を持つ鉄錯体
を合成し、小分子である CO 分子や CN-xylyl 分子の捕捉に成功した。更に、プロトン脱着
によって isocyanide の配位する性質を変化させ、小分子の活性化度のコントロールに成功し
た。
第 三 章 で は 、 プ ロ ト ン 脱 着 部 位 を 持 つ imine-phosphine 配 位 子 を 合 成 し 、 珍 し い
iminophosphazide の単離と反応性ついて検討した。有機合成において重要な反応である
Staudinger および、aza-Wittig 反応の中間体である iminophosphorane 生成メカニズムは報告
されており、通常、室温で s-cis phosphazide を経て iminophosphorane を生成する。しかし、
立体的な要因や電子的、分子内相互作用によって安定化され、珍しい iminophosphazide が単
離される。そのため、立体的に嵩高い置換基を用いて iminophosphazide を合成し、その錯体
の反応性を検討した。iminophosphazide 配位子を持つ鉄錯体を合成し、ヒドリドと反応させ
た結果、aryl-azide の C–N が解裂し、窒素分子が抜けた二核鉄 enamide-phosphimido 錯体を
生成した。この生成過程でラジカル種が生成していることを特定し非常に面白い反応性を
見出した。
93
第四章では、前章で変換したiminophosphorane配位子を用いて窒素分子の捕捉、活性化を検
討した。窒素原子は化成品、医薬品、肥料、燃料等に含まれ、生体必須元素でもある為、
非常に重要な原子である。我々はその原料となる窒素分子を多くのエネルギーを消費して
得ている。そこでより高効率な窒素分子触媒開発の為に、iminophosphorane配位子を用いた
鉄窒素錯体を合成し、他の窒素捕捉錯体との比較を行った。その結果、二座配位子および
三座配位子を用いて二つの窒素分子を捕捉錯体の合成に成功し、三座配位子を用いた錯体
では、これまでに報告された鉄(I)窒素錯体の中で最もN–N結合を活性化できていることが明
らかとなった。
分子変換を自在に操作ことは、産業や医薬品、機能性分子などの開発に必要不可欠で
あると考えられる。特に遷移金属錯体による小分子活性は環境を配慮したクリーンなエ
ネルギーの発展に繋がる大きな挑戦的テーマである。本研究では、プロトン脱着機能配
位子を用いて小分子活性化を行い、プロトン脱着により小分子の性質を変化できること
を明らかにした。更に、置換基の強い σ donor 性により、鉄(I)の中で窒素分子を最も活
性化できた。これを持って本研究の総括とする。
94
発表論文 1. “Deprotonation/Protonation-Driven Change of the σ-Donor Ability of a Sulfur Atom in Iron(II)
Complexes with a Thioamide SNS Pincer Type Ligand”
Tatatuya Suzuki, Yuji Kajita, and Hideki Masuda,Dalton Trans., 43, 9732-9739(2014) (査読
有り)
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2. “Cleavage of an Aryl Carbon-Nitrogen Bond of a Phosphazido Iron(II) Complex Promoted by
Hydride Metathesis”
Takahiko Ogawa, Tatsuya Suzuki, Nicholas M. Hein, Fraser S. Pick, and Michael D. Fryzuk,
Dalton Trans., 44, 54-57 (2015) (査読有り) DOI: 10.1039/C4DT03136A
3. “Nitrosyl and Carbene Iron Complexes Bearing κ3-SNS Thioamide Pincer Type Ligand”
Tatsuya Suzuki, Jun Matsumoto, Yuji Kajita, Tomohiko Inomata, Tomohiro Ozawa, and Hideki
Masuda,Dalton Trans., 44, 1017-1022 (2015) (査読有り) DOI: 10.1039/C4DT03128H
4. “Synthesis of Dinitrogen Diiron(I) Complex with Iminophosphoran Ligand”
Tatsuya Suzuki, Yuko Wasada-Tsutsui, Michael D. Fryzuk, and Hideki Masuda, in preparation
参考論文
5. “Dinitrogen activation by iron complex with β-diketiminate ligand bearing pyridine”
Tatsuya Suzuki, Takahiko Ogawa, Ken Ikeda, and Hideki Masuda, in preparation
6. “チタノセンを用いたイオン液体中での電気化学的アンモニア合成”, 日本機械学会第 4
回マイクロ・ナノ工学シンポジウム講演論文集
片山精、鈴木達也、小川崇彦、増田秀樹, 59-60 (2012)
7. “Synthesis and Characterization of Cobalt(II) Complexes with Tripodal Polypyridine Ligand
Bearing Pivalamide Groups. Selective Formation of a Six-coordinate and a Seven-coordinate
Cobalt(II) Complexes”
Jun Matsumoto, Tatatuya Suzuki, Yuji Kajita, and Hideki Masuda
Dalton Trans., 41, 4107-4117 (2012) (査読有り) DOI: 10.1039/C2DT12056A
95
謝辞
本研究は、名古屋工業大学工学研究科未来材料創成工学専攻増田研究室において、増田秀
樹教授の適切なるご指導のもと大学院工学研究科未来材料創成工学専攻博士後期課程の研
究として行ったものであり、増田秀樹教授に深く感謝の意を表すと共に謹んで御礼申し上
げます。 研究を行うにあたり、DFT 計算を行って頂いた和佐田祐子博士、日頃より御助言、御教授
して頂いた小澤智宏准教授、実験に関して御助言を頂きました舩橋靖博教授、猪股智彦准
教授、梶田裕二准教授に厚く御礼申し上げます。また、ブリティッシュコロンビア大学に
て適切な指導を頂きました Michael D. Fryzuk 教授に感謝するとともに[Fe2(NpN’)2]錯体の合
成法を確立して頂いた小川崇彦博士に御礼申し上げます。加えて、研究室の円滑な運営に
御尽力してくださった谷山八千代技官、天野浩子秘書に深く感謝いたします。
日頃より御助言をして頂いた松本純博士をはじめとする諸先輩方に深く感謝いたします。
また日々の研究を共にした兼平康行氏、高木啓充氏、池田健氏、北川竜也氏、片山精氏、
Truman C. Wambach, Nicholas M. Hein, Fraser S. Pick をはじめとする増田研究室および Fryzuk
研究室の皆様に深く感謝致します。
最後に、この十年間にわたる大学生活を精神面、経済面等で支えて頂いた両親、祖父母に
深く感謝の意を表し、これを謝辞とさせて頂きます。
2015 年 3 月
鈴木 達也
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