世界の事情を大きく替えたブッシュ大統領の登場

平成 18 年度横浜国立大学経済学部
B-LIFE21 寄付講座
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―地球環境時代の企業と社会―
第 13 回「地球温暖化対策の経済影響」
佐和隆光氏(立命館大学政策科学研究科教授/京都大学経済研究所特任教授)2007.1.17
金澤史男
それでは、本日第 13 回の「地球環境時代の企業と社会」を始めさせていた
だきます。本日は佐和隆光先生にお願いしております。テーマは「地球温暖化対策の経
済影響」です。佐和先生は、1942 年和歌山県生まれで、東京大学経済学部を卒業後、
京都大学経済研究所の助教授を経て 1980 年から教授に就任されています。
「京大の経済
研究所に佐和在り」と、われわれ経済学者の中では高名な先生でいらっしゃいます。現
在は京都大学経済研究所特任教授ということで、引き続き京都大学でもご活躍でござい
ますし、また立命館大学政策科学研究科の教授をされていらっしゃいます。この間、イ
リノイ大学の客員教授、国立情報学研究所副所長等を歴任され、現在中央環境審議会の
委員、交通政策審議会の環境部会の会長としてもご活躍中です。私も分野はやや異なる
のですが、佐和先生の本をいろいろと勉強させていただいております。理論に偏せず、
また実際のみではない、理論と実際の双方に精通した日本を代表する経済学者としてご
活躍です。その中で特に、地球環境問題についても研究をされ、地球環境問題の重要性、
市場主義の問題点も鋭く指摘されております。1995 年から環境経済政策学会の会長も
されており、環境に関する著書も紹介欄に書ききれないほどおありになります。本日は
その佐和先生から直接お話を聞けるということで、貴重な機会となると思います。それ
では先生よろしくお願いいたします。
世界の事情を大きく替えたブッシュ大統領の登場
佐和隆光
ご紹介いただきました佐和でございます。それでは始めさせていただきます。
まず、1991 年の 3 月 28 日に米国のブッシュ大統領が記者会見をして、
「アメリカは京
都議定書から離脱する」という宣言をしましたが、それがいったい何を意味するのかと
いうことについて私の思うところを話させていただきます。そしてまず、その 3 月 28
日に離脱宣言をすると、2001 年 6 月 30 日に、ちょうど小泉さんが日本の首相になられ
たのも 2001 年の 4 月なのですね。2001 年というのは 21 世紀が始まる最初の年であり
まして、その 1 月にブッシュが大統領に就任した。その前年 2000 年の 11 月に大統領選
挙があったのですが、ほんとにどちらが勝ったかわからない格好でブッシュ大統領の勝
利ということになったわけです。私はあの大統領選挙が世界事情を大きく塗り替えたと
思うのです。つまり、9・11 の同時多発テロがあり、そしてイラク戦争が勃発した。す
べてブッシュ大統領の一つの考え方に、いわゆるネオコン(新保守主義:
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Neoconservatism)という考え方に基づくものであったわけです。小泉さんは 2001 年 4
月に日本の総理大臣になり、6 月に早速訪米されて首脳会談を行いました。このときは
小泉さんの絶頂期でして、「京都議定書の精神が重要である。まだ日米で協議する時間
がある」と言ったことに対して、ブッシュ大統領は「温室効果ガスの削減という京都議
定書の目標には敬意を表しているけれども、目標達成の手段の如何が重要である」とい
うようなことを言ったわけです。
のみならず、話が前後するわけですが、高官が伝えたところによりますと、先ほど申
し上げた 3 月 28 日の議定書離脱宣言には表向きは次の二つ理由によるとされています。
一つは「発展途上国に義務を課していない京都議定書は不完全である」ということ。い
うまでもなく、これは先進 40 ヵ国に対して義務を課しているわけで、中国やインドの
ような排出量が非常に多いけれども発展途上である国々に対しては義務を課してはい
ないわけです。それが不完全だということです。第二は「議定書は米国経済をそこなう
内容である」そして、さらに 6 月 11 日にブッシュ大統領は「京都議定書には致命的な
欠陥がある」という声明を発表したのです。
問題はこの「致命的な欠陥」とは何を意味するのかということです。いったい何を意
味するか、これはまったく私が考えたことであって、どこかに書いてあったものではあ
りません。先ほど申し上げた途上国が参加していないことや、あるいはアメリカ経済を
そこなうということは致命的というほどのものではないですよね。このブッシュ大統領
の言う「致命的な欠陥」ということが何を意味するのかということを、十分吟味する必
要があるわけです。それについて私が得た、導いた結論は次の通りです。たとえ京都議
定書を遵守するにしても、地球温暖化防止に寄与するところは乏しいということを意味
するのではないか。さらに言えば、CO2排出削減に資する真に有効な技術の開発を、京
都議定書は阻害しかねないということを意味するのではないか。これが私の推論であり
ます。なぜ私がそのように考えたかというと、97 年の京都会議に先だつ数年間に繰り
広げられました地球温暖化対策にかかわる論争を踏まえてのことなのです。
論争の焦点は次の 3 点に要約することが出来ます。
第一は、目標とすべきなのは、温室効果ガスのフローとしての排出量、フローとスト
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ックという言葉がありますが、毎年毎年の排出量というのがフローですね。その排出さ
れたCO2をはじめとする温室効果ガスが大気中に溶け込むわけです。特にCO2はいった
ん溶け込むとずっと溜まり続けます。つまり大気中の濃度がどんどん上がっていくとい
うことです。そのストックとしての大気中の濃度なのかということが一つの焦点です。
二つ目の焦点は、早期の対策early actionsが必要なのか、それともゆっくりした対策で
十分なのかどうかということです。つまり、途中で出てくると思いますが、産業革命ま
でのCO2の大気中の濃度は 280ppmだったのです。産業革命まで 280ppmで一定だったと
いうことは、炭素循環が非常に上手くいっていたということです。つまり人間を含めた
動物が呼吸でCO2を出します、酸素を吸ってCO2を出す。そして当然昔でも暖房で石炭
を燃やすことはあったであろう。そういうことでも、大気中にCO2を出すのに対して、
植物や森林がCO2を吸収することでバランスが非常にとれていたので、大気中の濃度が
ずっと一定に保たれてきた。
ところが産業革命のあと蒸気機関というものが登場して、鉄道でも蒸気機関で走って
いたわけですが、そして石炭をどんどん燃やして、CO2を大気中に大量に排出するよう
になった。ということで大気中のCO2濃度がどんどん増えてきた。しかし、増えたとは
いえ現在まだ 380ppmです。そして危険水域は 550ppmだといわれている。550ppmとい
うのは、誰かが根拠のある数字かどうか調べましたが、まったく根拠のない数字なので
す。産業革命前までは、280ppmでコンスタントだった。それを 2 倍すると 560 になり
ますね。四捨五入ではなく二捨三入して 560 を 550 にした数値にすぎないのです。だか
ら 380ppmから 550ppmまでまだまだ大丈夫だということです。今後 20~30 年間は、今
まで通りCO2の排出量が増え続けてもどうということないということで、せいぜい 420
~430ppmくらいになる程度だ、だからゆっくりした対策で十分なのだ、という考え方
です。
三つめは、数値アプローチかそれとも価格アプローチかということです。数値アプロ
ーチというのは、各国に対して排出の何%削減ということを義務づけるという考えかた
です。価格アプローチとは、排出権取引みたいなものを重視する立場です。
上のシートを見ますと、京都議定書は A か B かですべて前者の立場に立っているの
です。フローとしての排出量に対して削減率を先進各国に対して義務付ける。早期の対
策にとりかかる。数値アプローチ。つまり各国に対して排出削減義務を課したというわ
けです。ここに書かれているとおりです。
他方、米国の共和党系の、あるいは保守派の気候変動専門家は後者の立場に組みする
のです。つまり、ストックとしての大気中の濃度なのだと、だから先ほど申し上げたよ
うに危険水域が 550ppmなのだから、多少今後も今までどおりCO2の排出量を増やし続
けても大丈夫なのではないかということです。それからゆっくり対策をすればいいので
はないかということなのです。もっと、価格アプローチを重視するべきであるというこ
となのです。
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気候変化の頻発と不都合な真実
この前者と後者のいずれが正しいかは断言できません。しかし、基本的にはいずれに
組みするかは、さまざまな意味における思想の如何にかかわってくると言っても言い過
ぎではありません。先ほども申し上げましたが、つまり 280ppm が 380ppm まで達した
と。550ppm というのが危険水域なのだということです。
そこで問題になってくるのは、550ppm 以下に押さえ込むためには、10 年後の温室効
果ガスの排出量の削減率を先進各国に対して、「数値的」に義務付ける必要があるのか
否か、今すぐ「急いで対策」に取り掛かる必要があるのか否か、そして、削減率を数値
的に義務付けるのと、排出量取引などの「価格アプローチ」で臨むのとでは、費用対効
果の観点からみていずれが望ましいのかという問題があるのです。最近の”climate
change”と言いますか、これは「気候変動」と日本語では言いますが(誰が間違えて訳
したか知りませんが)
、気候は変動するのは当たり前のものでしょう。
「変動」というと、
本当は variation というのですよね。
「変化」は change なのです。「気候の変化」と本来
は訳すべきなのです。中国語では「気候変化」と訳されております。どうも日本では「気
候変動」という言葉が定着しておりますので、仕方が無いのでわれわれもおかしいと思
いながらも「気候変動」という言葉を使っております。
それからよく私のタイトルの「地球温暖化対策」の地球温暖化というのは global warming
と言いますが、ヨーロッパでは最近は global warming を使わなくなっています。という
のは、温度が上昇しているといっても今世紀になってから、20 世紀の 100 年間で 0.6 度
ないし 0.7 度の上昇。
その程度なのですが、
その程度でも実は大変なことなのですけど。
ところが、その温度上昇が原因になって、いろいろな生態系に変化が生じたり、それか
ら気候がおかしくなるのですね。例えば、都市型集中豪雨みたいなのが頻発しています。
去年、松江でも大洪水がありました。あんなことは今までには考えられなかった。台風
のときならまだしも、ごく普通のときにすごい雨が降るとかなんて。例えばニューヨー
クでも、つい最近私もニュースで見ましたけど、日中の気温が 22℃。ニューヨークと
いうところはもともと寒いところなのです。それが、Tシャツで半ズボン姿で皆街中を
歩いている。これは climate change としかいいようがないわけです。それから、最近皆
さま方ご存知かどうか知りませんが、前の副大統領アル・ゴアが”An Inconvenient
Truth”(「不都合な真実」ランダムハウス講談社)という本を書いて、日本語に翻訳さ
れております。これは結構それなりに分厚い本で、読むよりは見る本で、非常にいろん
な写真とか絵が出てきます。これ是非ご覧になるといいです。2,800 円ですから。あれ
だけ分厚くて、あれだけカラフルな本が 2,800 円なのですから、これはものすごいお買
い得です。その本でアル・ゴアが「地球に climate change がおこっているというのは否
定しがたいことである」と言っています。実際、アメリカで瞬間風速 80mを超えるカ
トリーヌという名前のついたハリケーンが一昨年アメリカを襲撃しましたね。日本でも
台風が 6 月ごろ上陸したりしますね。昔はなかったことです。つまり、そういうことだ
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け見ても、気候変化が頻発しているというまぎれもない事実なのです。そういう意味で
truth である。真実であると。ところが不都合な真実ということもあると。それは誰にと
って不都合か・・・ブッシュ大統領にとって不都合なのだということです。ですからそう
いうことで、この危険水域は 550ppm よりかなり低いのではないかということが連想さ
れてきています。
エネルギーを必要とするCO2の隔離
最近ヨーロッパの専門家達は、これも大して根拠のある数字じゃないのですが、
450ppm くらいなのではないかと言い始めています。ですから、京都会議のときは
360ppm で、現在は 380ppm になっているわけですが、それはすでに危険水域に接近し
ているか、場合によっては超えていると言っても言い過ぎではないのです。Climate
change という言葉を頭の中に入れておいていただく必要があると思います。
そして、ここが一つのポイントなのですが、ブッシュ大統領が「京都議定書には致命
的な欠陥がある」と言ったことの「欠陥」の意味なのですが、京都議定書は 10 年以上
のリードタイムが必要な、CO2排出削減に有効な大型技術の開発というものを底上げす
るのではないかというのです。それがブッシュ大統領の立場を正当化する一つの根拠で
はないかと思うのです。つまり、京都議定書は 2008 年から 12 年というのが第一約束期
間(commitment period)となっており、来年から始まるのです。2008 年から 12 年の 5
年間に平均排出量と、温室効果ガス(GHG)というのは、CO2とCH4(メタン)と、そ
れからN2O(一酸化窒素)と、それから代替フロンが 2 種類あるわけです。それから、
と、SF6(六フッ化硫黄)の六つの毒ガスなのです。そしてそれぞれが、例えば代替フ
ロンの 1 種が、ある種類の 2 種といいますが、そのうちの一つは、空気中に溶け込んだ
1gのフロンガスが、温室効果がCO2の 1 万倍くらいあるわけです。CO2の 1 万gがイコー
ル代替フロン 1g。それからメタンの場合は、メタン 1gがイコールCO2の 23gなのです。
というようなことなのです。世界全体で見ると、要するに年間に排出している温室効果
ガスの占めるCO2の割合が 60%なのですが、日本の場合は 90%なのです。大部分がCO2
である。だからCO2を削減することが問題となってくるのです。
その大型技術の開発を阻害する、これがcrucialな「欠陥」ということなのですが、そ
れ が ど の よ う な 技 術 の こ と を 言 う の か と い う と 、 二 酸 化 炭 素 の 隔 離 ( carbon
sequestration)です。これはどのようなことをやるのかというと、ご存知の方も多いか
と思いますが、例えば、ここに石炭火力発電所があるとしますね。煙突の煙の中から
CO2を分離し、その分離したCO2を冷却するのです。そして冷却してドライアイスまで
にするのはものすごい電力が必要なので、シャーベット状にして海の底に捨てたらどう
かと。ところが、そんなことをどんどんやると海洋の生態系に異常が起こるであろう、
そんなことはやめておこうとなるわけです。最近はそこで地中にCO2のまま埋め込む、
吹き込むという方法が言われています。しかしいずれにしても、エネルギーや電力が必
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要なのです。地中に埋めるにせよ、ドライアイスにするにせよ、それからだいたい煙突
から出てくる煙からCO2を分離するというのは大変な電力が必要なのです。
ということで、例えばここに火力発電所があるとして、1 日に 10 の電力を作ります。
しかしCO2を分離してどこかに埋め込むために、隔離するために、6 の電力を使うとい
うのであれば、そんなことをしていて割にあうのかなという感じがあります。だけど日
本では結構一生懸命研究しているのです。
大型技術開発の予防原則に則った対応か
宇宙太陽光発電というのは、太陽電池のパネルを大量にロケットで打ち上げて、宇宙
ステーションから宇宙ロボットが遠隔操作をして太陽電池のパネルを組み合わせて、大
きな大きな太陽光発電所を作るわけです。そうすると宇宙には雲がないわけですから、
年がら年中、電力を発生できる。では、そこからどうやって地上に送るのか。マイクロ
ウェーブにして送るのです。マイクロウェーブで送ってそれを受けとるレシーバーみた
いなものがあるわけです。それで受け取り、そこでマイクロウェーブを電気に変えて、
そこから送電する。そんなことをすると、焼き鳥ができるくらいだったらいいのですけ
ども。例えば携帯電話のマイクロウェーブだって、いろいろ害があると言います。いわ
んや、そんな宇宙に出来るその宇宙太陽光発電は出力は 100 万 kW だということですか
ら、原子力発電所 1 基分なのに、それだけの電力をマイクロウェーブに変えるなんて強
烈なものが必要で、それはやっぱり環境に対して悪いことが起こりそうですね。という
研究をアメリカでは進めているのです。次世代の原子力発電として。そのようなことを、
京都議定書が阻害するというのが、ブッシュ大統領の立場を擁護する考え方ではないか
と私は思っています。
そして、環境問題を考える際に一つの考え方として、予防原則(precautionary principle)
という考え方があります。例えば、遺伝子組み換え作物というのがあります。遺伝子組
み換え作物は、ヨーロッパは拒否するのです。それに対してアメリカのグリーンビジネ
スは、
「何を言っているのだ」
「遺伝子組み換え作物は促成栽培ができるし、コストが安
くできるし、いろんな作物、トウモロコシとか何かをクローンでできるんだ」というわ
けです。「それで食べて、例えば牛とか豚が食べて何か変なことが起きたとか、その肉
を食べた人間に何か異常が起きたとかそのような例が全くないではないか。何でそんな
ことをヨーロッパは言うのか」と言います。ヨーロッパは、予防原則にもとづいてその
ようなものは拒否します。なぜかというと「現在の食料は足りているではありませんか。
なのに、わざわざ危ないものを食べる必要がないではないか」とヨーロッパは言います。
そして予防原則の立場に立てば、
「こんな大型な技術開発は、むしろ環境破壊に繋がる」
ということで否定的なのです。そして大規模集中型電源よりも小規模分散型の再生可能
電源が望ましいとする。ヨーロッパ各国はほとんどそうなのですね。もちろんフランス
のように 75%の電力を原子力発電で供給しているという国もありますけど、おおむね
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「予防原則」に則って小規模分散型の電源を推奨するというのがヨーロッパの立場です。
そして環境保全を経済成長に優先させるべきであるという人たちが京都議定書を支持
するわけです。
ところが大型技術開発に望みを託して、今までのように何もせずに、お金を大型技術
開発にドンとつぎ込んで、そしてその技術開発に成功すれば、例えばさっき言ったよう
に煙突から出てくる煙からCO2を隔離してそのようなことが出来れば何もする必要も
ないわけですよね。われわれが省電力にしたり、省エネに努める必要もないということ
になるわけです。そして、環境か経済かというとまず経済を優先するべきであるとする
立場の人が、京都議定書を指示しないということになります。日本でも例えば日本経団
連は依然として京都議定書に対してはネガティブな態度を取り続けています。
評価できる CDM の考え方
ロシアが 2004 年 11 月に批准して、そしてその 3 ヵ月後、2005 年 2 月 16 日に、京都
議定書が発効したのです。いったいロシアが批准に手間取ったのはなぜかというと、ロ
シアは京都議定書によって排出権の輸出で膨大な外貨を獲得する可能性を手に入れて
いたわけです。京都議定書は、京都会議で採択されて間もないころに、いろんなモデル
で分析されました。いったい排出権の価格はどのくらいになるかということを予測した
のです。それによると炭素 1t あたり 50~80 ドルくらいです。ところが、議定書をアメ
リカが離脱したことによって 5~8 ドルに下落したのです。その損失を補填してもらわ
ないと困るというのがロシアの立場でした。そして最終的に EU がロシアの WTO 加盟
を支持するということがあって初めてロシアは批准することになったのです。
ところで、皆さん方はロシアはあんなに寒い国なのだから温暖化によって利益を受け
ることはないのかと思っているのかも知れませんが、それは誤りです。シベリアには凍
土があります。温暖化によって凍土が溶解します。ロシアの地中には膨大な量のメタン
があり、そのメタンが溶けた氷のところからボコボコ出てくるわけです。それが森林に
充満すると、森林の木と木が触れ合ってポッと火が出る。それがメタンに燃え移ること
によって、森林火災が多発しているのです。2003 年 1 月から 8 月にかけて、火災によ
って失った森林の面積は、日本の国土の 60%に相当するのですから、これは大変なこ
とがおきているということになるのです。ロシアもそれなりに被害をこうむっていると
いうことになるのです。
私がやった簡単なシミュレーションですが、アメリカが離脱していなければ、先進国
全体で 2010 年のCO2排出量は 90 年比 8%増と、プラス 8%となるのに対して、離脱後
は 5%強マイナスになるというわけです。従いまして、突然「クリーン開発メカニズム」
というのが出てきましたが、このCDMというのが京都議定書に書き込まれたというこ
とは、京都議定書のこれは拍手喝采すべき点だと思うのです。なぜかと言うと、排出削
減を義務付けられた先進国が、途上国に投資をするわけです。例えば風力発電所を作る。
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そうすると風力発電所を作れば、ずっと今まで石炭で発電していたのを風力に置き換え
れば、それによって年間何tのCO2排出量の削減できたかというのがちゃんと計算できま
すね。その投資を日本がしたのであれば、日本の削減分としてカウントしましょうとい
うのがクリーン開発メカニズムなのです。
そうすると、
先進国全体で 5%強のマイナスとなると、
京都議定書が定めているのは、
先進国全体で 90 年の排出量に比べて少なくとも 5%削減する、ということが議定書の
中に書かれているのです。そして各国に割り当てられた削減率というのは、EUは 8%、
アメリカが 7%、そして日本が 6%、ロシアやウクライナなどは 0%です。そうすると、
もしアメリカが離脱していなければ、ここにあるように 8%増となるわけですから、こ
れをまかなう為に、どうしてもCDMをやる。よく専門家は、
「炭素クレジット」という
言葉を使うわけですけど、要するに排出権に投資することによって削減を稼がなくてい
けないということになるのです。そうすると途上国で削減すれば相対的に安い費用で出
来る。そのようなことでCDMが京都議定書に書き込まれたということは大変評価する
ことなのです。安い費用でとにかく地球全体のCO2の排出量を削減するということなの
ですから。
優先して考えるべき経済的措置
私は実際以下のようなことを前から言っていて、政府もやり始めたのですが、政府は
日本の企業から CDM 事業によって獲得した炭素クレジットを、しかるべき価格で買い
上げることを約束して、企業に CDM をモチベートすべきです。つまり例えば、CDM
で得た削減、それを炭素クレジットと言うのですけど、炭素クレジットをカーボン 1t
当たり例えば 2,000 円で買いましょうと約束しておけば、企業も安心して投資すること
ができるわけです。そうでなければ、さきほどもあったように何もしなくても先進国全
体で 5%削減が出来るというのであれば、この炭素クレジットは紙切れみたいになって
しまう。そうしたらどうなるかというと、先進国全体では 5%削減しても、日本は今温
室効果ガスが 1990 年比、2005 年の数字なのですけどプラス 8.1%なのです。ですから、
マイナス 5%なのですから 14%くらい削減しなければならないのです。そのためにはや
はり、CDM から得た炭素クレジットで埋め合わせをしなくてはならない。そういうこ
とをきっちりやってこないと、排出権の不足分をロシアのホットエアーを相対取引で買
わなくてはならなくなるのです。
そうすると「日本は 6%の義務を果たせなかったから、
何千万 t の排出権をロシアから買わなくちゃいけない」
。そうなると何が起こるかとい
うと、相対取引ですから、日本は外国との交渉が下手なのですから、すごい高値で買わ
される可能性があるのでもったいないではありませんか、ということなのです。
次に、京都議定書の定める温室効果ガスの排出削減義務は達成可能か否か。まず、市
場経済体制のもとでの地球温暖化対策のあり方。どんな対策が考えられるのでしょうか。
まず最初に自主的な取り組み(voluntary cares)。これは日本経団連がさかんに言うこと
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です。政府が税金を増やしたり、規制をしたりするのをやめてくれ。そんなことやらな
くても自分たちは自分たちの環境倫理に照らして自主的に取り組むからほうっておい
てくれという立場。考え方で、対策です。
次に、規制的措置(regulatory measures)。これは何かを義務付けたり何かを禁止した
りすることです。
その次は経済的措置(economic measures)。これは例えば環境税を課すとか、国内で
排出権取引制度を導入するとか、あるいは自動車の保有税を燃費効率に比例させるとい
いますか、燃費効率のいい車は税金を安くしますよと、燃費効率の悪い車は保有税を高
くしますよというのが、経済的措置です。
私の考えでは、市場を尊重する立場に立つならば、経済的措置が優先されてしかるべ
きだと思います。とくに近年の自由化と国際化の潮の流れとの整合性に配慮すべきであ
ると思います。規制的措置というのは例えば、コンビニエンスストアの午後 11 時の閉
店を義務付けるとか、これから新しい住宅を建設する人には屋根に太陽電池を取り付け
ることを義務付けるとか、それから例えば排気量が 3,000cc を超える車の生産を禁止す
るとか、そんな措置です。あるいはガソリンスタンドで、これは実際にオイルショック
のときは現にあったのですが、ガソリンスタンドの日曜営業を禁止するとか。
何かそのようなことは荒っぽいですね。こういう政策というのはスマートじゃない。
ですから経済的措置のやり方のほうがはるかにスマートなのです。つまり例えば、
6,000cc のベンツに乗りたいという社長さんがいたら「どうぞ乗ってください、その代
わりあなたの車は燃費効率が悪いから税金をたくさん払ってもらいますよ。それからガ
ソリンも炭素税がかかっているから 1L の値段もそれ相応に高いですよ」ということで
す。ですから選択の自由は尊重しつつ、それでも構わないという人には乗っていただく
ということです。
日本は、社会主義統制経済体制の国ではないので、経済的措置を「主」として、足ら
ずを規制的措置によって補うというのが真っ当な温暖化対策であると私は考えており
ます。2005 年 4 月 28 日に閣議決定されました「京都議定書目標達成計画」には、数多
くの具体的対策が網羅されており、それらの「効果」の量的な推計が掲示されています
が、そのための費用がどれくらいかかり、その費用を誰がどのようにして負担するのか
は一切書かれていないのです。
また、対策を促すための施策が不問に付されている。達成計画の中身には、例えば、
国民全体でシャワーを浴びる時間を 1 分間短くすれば、CO2の排出量が何t減る、そんな
ことだったらいっぱい書かれているのですが。
CIMA 現象から VITZ 現象へ
次に、二酸化炭素排出量の過去の趨勢と今後の見通しですが、86 年度から 96 年度に
かけて平均年率が 2.8%でCO2の排出量が増加しました。ところが 97 年度には不思議な
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ことに、これは京都会議が行われた年なのですが、0.36%減りました。それから 98 年
度には約 3%減少した。99 年度は逆に 2.98%増えました。00 年度も増えました。そし
て 01 年度は減りました。02 年度は増えました。03 年度と 04 年度と 05 年度は僅かなが
らも増えているということなのです。そして、05 年度の排出量はCO2のみに関して言え
ば、90 年度比 13.4%増、GHG全体では 8.1%増なのです。ただし、97 年度から 2005 年
度の間わずか 1.6%しか増えていないのです。逆に言えば、90 年から 96 年度の間にか
けてものすごい勢いで増えたということになります。
私は次のように考えています。80 年代後半から 90 年代前半にかけて、民生部門、こ
れは家庭とか業務ですが、エネルギー消費が著しく増えたのは、エアコンディショナー
をはじめとする電力多消費型の家庭電化製品の急速な普及が原因だと思います。もう一
つは、待機電力というのをみなさんもご存知だと思いますが、例えばリモコン付きのテ
レビジョン。テレビがリモコンでぱっとつくということは、絶えず待ち構えているとい
うこと。最近は消費電力が減りましたけど、一頃は 5w くらいの電力をずっと消費して
いるわけです。それからファクシミリなどもじっと待っているわけです。トイレの便座
も冬なんか温めるために、いつトイレに入ってくるかもわからないから待機しています。
そのような待機電力消費は皆さま方の家庭の電力消費の 10%だといわれているのです。
そのような家庭電化製品がどんどん普及している。昔は、テレビだって、ちゃんとテレ
ビのところに行ってチャンネルを変えていたのに、それが全部リモコンになってしまっ
た。そのために待機電力消費が増えてきた。そうやって家庭電化製品がどんどん普及し
てしまった。
冷蔵庫の省電力もすごく進んでいるのですが、昔は小さな冷蔵庫を使っていたのに今
は大きな冷蔵庫になっている。狭い家に大きな冷蔵庫を置くようになっている。せっか
く省電力設計の冷蔵庫も、大型ばかりになって結局駄目ということです。それから乗用
車が大型化しました。これはちょうどバブル経済の時代は 87 年から 90 年だとご存知だ
と思いますが、そのころに「CIMA 現象」というのがありました。日産自動車が今でも
走っている CIMA という 3 ナンバーの高級車を出してそれが売れに売れたのです。みん
な、車を買い替える人が 5 ナンバーから 3 ナンバーの車に買い換えたのです。そのとし
て結果、自動車の平均的な燃費効率がものすごく低下したというわけです。
私は、電力多消費型家電機器の普及と、自動車の燃費効率の悪化は、最近になって「飽
和」状態に達してきたのではないかと見ています。車に関して言えば、
「CIMA現象」か
ら「VITZ現象」へ。つまりVITZのような排気量 1,000ccの車とか軽自動車が売れまくっ
ています。そういった意味でも飽和状態に達してきているのかと。最近はそのような乗
用車が 1 年間に排出するCO2の量は減り始めているのです。
このような民生部門や運輸部門におけるBAU(Business-As-Usual)、つまり「何もし
なければこうなりますよ」というのを予測するにあたり、過去のトレンドに徐々に減速
を加えながら延長するのはあまりにもナイーブに過ぎる。もっと構造的な予測が必要な
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のではないかというのが私の意見です。特に、いわゆるIT技術がエネルギー消費を増や
すのか減らすのかということを、これは皆さん方にも考えていただきたいと思うのです。
例えばパソコンを誰もが持つようになったとすると、それは電力を消費しているから
CO2の排出量を間接的に増やしている。ところが、本を買うときにインターネットを利
用して本を買う、そうすると今まで例えば車で本屋さんへ行って買っていたのが車に乗
る必要がなくなったのでCO2の排出量が減ってきている、ということになりますね。い
ったい削減効果があるのかどうかは微妙な問題ですね。
温暖化対策のせいではない必然的な産業構造の変化
次に、グローバルな市場経済化が促す産業構造の転換です。産業構造の転換を見落と
してはいけないと思います。GDPに占める製造業の比率はこれはずいぶん昔になります
が 1970 年度は 37%だったのです。それが 80 年度には 28%で、かなり 10 年間で減った
のです。そして 90 年度には 26.7%、そして 2000 年度には 22.2%、04 年度には 21.0%
まで低下しているのです。そうすると製造業比率の低下というのは、当然CO2の排出量
を減らすわけですね。何が増えたのかというと、サービス産業です。
また、製造業に占める鉄鋼に代表されるエネルギー多消費型産業、鉄鋼とか窯業土石、
窯業土石とは難しい言い方ですが要するにセメントのことです。この比率が、70 年度
には 21.5%でした。やはり「鉄は国家なり」と言われていたのですね。80 年度にはそ
れがほぼ横ばいになっているわけですが、最近ではそれが 14.8%まで下がっているので
す。21.5 から 14,8%ではかなり減っている。
では、いったい製造業の中では何が増えているのかというと、それらの産業に代わっ
て、自動車や電器や電子部品などの製造業が今、日本経済の中枢部にいるわけです。
こうした産業構造の転換の趨勢というのは、GDPあたりのCO2排出量を漸次逓減させ
るだろうといわれています。一言で言えば、鉄鋼業で 100 万円の価値を見出すのに、ど
れだけのCO2を排出するか、どれだけのエネルギーを使うかというようなことです。銀
行が 100 万円の付加価値を稼ぎ出すのに、どれだけのエネルギーを使うのか、どれだけ
のCO2を排出するかいうと、前者と後者には圧倒的な差があるということです。
生産拠点の海外移転は、GDP に占める製造業の比率を低下させる要因の一つです。
生産拠点の海外移転に伴う産業構造の転換というのは、経済発展に伴う必然的な結果で
あり、そして過去欧米先進諸国がいずれも辛酸(本当に辛酸なのか?)をなめてきたと
いうことです。もともと日本も今から 100 年くらい前は農業が 70%くらいを占めてい
たわけです。その農業が徐々に減ってきた。その代わり増えてきたのは製造業です。そ
して金融業を始めとするサービス産業がその寄生虫のように思われていたのです。繰り
返しますが「鉄は国家なり」だったわけです。それが、最近は第三次産業の比率は 60
数%までいっているのです。それは実際 GDP の比率もそうですし、就業者の比率も 60
数%が第三次産業となっているのが現状です。そのような産業構造の変化というのは必
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然的なものなのです。
別の言葉で言い換えますと、工業化社会からポスト工業化社会への移行は避けがたい
ということなのです。そうすると産業界の人たちは、「温暖化対策などやるからみんな
逃げ出すのだ」と言うわけです。「仮に環境税などを日本で導入してしまうと、みんな
逃げ出して中国やタイに工場を移転してしまうぞ」と言うわけです。それは一つの歴史
的な趨勢であることを強調しておきたいのです。なぜ中国に移転するのかというと、ま
ず労働力賃金が安い、土地が安い、だから生産コストが安くてすむ。のみならず、また
巨大なマーケットがあるからなのです。向こうで作って売ればじゃんじゃん売れるとい
うことなのですね。だから中国に移転する。それは当然なことなのです。温暖化対策を
日本でやるから移転するというのは、見当はずれということになります。
次にグローバルな市場経済化が駆動する、トレンドとしての産業構造の転換に抗うこ
とは、結果的に日本の産業の国際競争力を低下させることになると。日本の経済構造を
そうしたトレンドにうまく適応させることこそが適切な産業政策なのではないでしょ
うか、ということです。
CO2排出削減は経済発展のバネ仕掛け
過去の日本経済の歴史をひも解いてみますと、次のようなことに気がつくのです。
何らかの制約があると、何かが不足していると、これらが技術革新も駆動力になるわ
けです。そしてその結果として、経済が発展し成長するという例が数多く見い出される
わけです。京都議定書にもとづくCO2排出削減は「新たな経済発展のバネ仕掛け」とし
て働く可能性があり得るし、そうしたバネ仕掛けを円滑に働かせることが政府の果たす
べき役割なのではないでしょうか、というのが私の言いたいことなのです。
例えば、トヨタ自動車がプリウスという車を 1997 年の 12 月の京都会議の直後に売り
出しました。賢い会社だと思います。当初、あの車が売り出されたころは、「トヨタは
プリウスを一台売るたびに数十万円の損をしている」と悪口を言った人がいました。あ
のプリウスという新しい自動車に研究開発投資をして売り出したのです。その研究開発
投資を短期間に全部償却してしまおうと思ったら、高い値段をつけなくてはならなかっ
たのです。しかし、適度な価格で売り出して 10 年くらいあるいは 20 年くらいで研究開
発の元をとればいいと考えるのが普通です。トヨタはそれによって成功し、今アメリカ
でもものすごい人気で、特にハリウッドスターが行列を作って納車を待っているという
状況です。数ヵ月間はプリウスを待っているようです。アメリカは京都議定書を離脱し
たとはいえ、やっぱり一人ひとりのアメリカ人は、むしろプリウスに乗ることがかっこ
いいと、そういう考え方をする人が多いということなのです。
以上に見た通り、6%の温室効果ガスの排出削減は決して不可能なことではなく、適
切な対策を速やかに講じることにより、京都議定書に定められた目標は、国内対策によ
り達成可能な範囲内にあると見ていいというのではないかということなのです。しかし、
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僕らは何年も前から言っていたことなのですが、政府は速やかな対策をとらないから、
適切な対策を速やかに講じないから、結局今はどうしようもない状態になっているので
す。
クリーン開発メカニズム(CDM)を有効に活用することによって、総体的に安い費
用でCO2の排出クレジットを手に入れることが出来るわけですから、国内でのCO2排出
削減に不必要に高い費用を支払うことなく、費用対効果を考えつつ国内対策とCDMの
適切な組み合わせを目指すべきです。
仮に目標が達成されなかった場合は、日本は統制経済国ではないわけですから、目標
が達成されない可能性は決して少なくないわけなのです。そういう場合はロシアから高
値でホットエアーを買わざるを得ないわけですから、「大変なことになりますよ」とい
うことなのです。
次に地球温暖化対策の経済影響ですが、マクロ経済影響は先進国と途上国で異なると
いうことです。
炭素税制の導入が成長率を低下させるというのは誤り
北欧三国とオランダとデンマークは、1990 年代初頭に炭素税を導入しています。ド
イツがやや変則的な炭素税を 99 年に導入しています。フランスは 2001 年から炭素税を
導入していて、イギリスはやはり 2001 年から Climate Change Levy を導入。Levy とい
うのは課徴金です。気候変動課徴金というのを導入しているのです。
なぜ税(Tax)ではなく、課徴金(Levy)というのか。
例えば皆さんはタバコや酒に税金がかかっているのは何故だと思いますか。タバコや
酒は身体に悪いからかかっていると思っている方は、大間違いなのです。実は、税とい
うのは「税源が安定している」ということが重要なことなのです。タバコや酒というの
は習慣性がありますから、税金が少々高くなったからといってお酒やめるとかタバコを
やめるとか、あるいは今までビール 2 本呑んでいた人がビール 1 本にするという考え方
はなかなかしないということなのです。だから税源が安定しているからかけるのだと。
ところが炭素税というのは、化石燃料の消費を減らすために、つまり税源をやせ細ら
せるために税をかけるということです。古典的な税の研究者の立場からすれば、それは
筋違いだということになるわけです。それで、イギリスでは課徴金という名前を付けて
いるのです。Levy と Tax というのは、そのような違いがあるのです。税源が安定して
いるのにかけるというのが Tax なのであって、化石燃料の消費を減らすためにそれを税
というのはけしからんという人がいるのでこのような呼び方にしたことなのです。
炭素税制の導入によるCO2排出削減と経済成長が「先進国においてもトレードオフ関
係にある」というのは、誤りです。つまり「CO2排出削減せよということは経済成長の
成長率が低下する」というのは誤りであると、私は先進国に関しては思うのです。CO2
排出削減に費用がかかるのは事実ではありますが、だからと言って、その結果、マクロ
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の経済成長率が低下するわけではありません。
発展途上諸国においては、排出削減に要する設備投資と、生産力増強のための設備投
資はトレードオフの関係にあります。つまり、投資する資金には限りがあるのですから。
例えば一番分かり易い例をあげると、これからここに発電所をつくるとします。出力
50 万 kW の石炭火力発電所をつくるとします。そうすると日本がそうあるように、脱
硫装置、脱臭装置をとりつけるよう義務付けたとすると、出力 50 万 kW の火力発電所
をつくろうと思ったのだけど、装置をつけるので経費がかさみ、結局 20 万 kW の発電
所しかできないということになるのです。ですから排出削減のために要する設備投資は、
生産力増強のための設備投資を制約することになるから、潜在的な経済成長力を低下さ
せると見てよいということです。これは途上国においての話しとみていいのですが。
ただし、今の日本のような成熟化した先進国におきましては、多くの産業が過剰設備
を抱えているのです。しかも設備投資自体が往年に比べて軽薄短小化している。むしろ
電子機器に対する投資が多いわけです。したがってCO2排出削減のための投資は相対的
に重厚長大な、すなわちセメントや鉄をたくさん使うというわけで、むしろ経済成長に
対してプラスの効果を持つ傾きの方が強いということです。
1997 年にアメリカの DRI が行ったシミュレーションによると、
「炭素税制を導入する
と、当初のうちは内需、つまり個人消費支出の減少により GDP は減少するけれども、4
~5 年後には財政赤字がそれだけ削減され、金利が低下する。その結果、設備投資や個
人住宅投資が増加するというメカニズムが働く結果、GDP は、何もやらない場合にく
らべてかえって増加する」という結果を出しているのです。
炭素税制の導入というのは、「消費者と企業から政府への所得移転」をもたらすだけ
なのです。税金というのは政府の金庫に入るわけです。政府がそれを金庫にしまいっぱ
なしにすれば、経済成長に対してマイナスな効果になるわけです。経済成長率は鈍化な
り低下なりする。あるいは、増減税同額(税制中立)の原則にのっとって、炭素税収に
等しいだけの個人所得税減税をやったらどうか。そうするといわゆる可処分所得が増え
ますね。可処分所得というのは所得マイナス所得税ですから。可処分所得が増えると何
が起こるかというと、結局それによって個人消費支出が増えるはずです。税がかかって
何もかも値段が上がった結果、電力やガソリンの値段が上がるのは当然として、例えば
コーヒー1 杯の値段があがりますね。コーヒー1 杯をつくるために、喫茶店の中は冷房
をするし、コーヒーを沸かすためにガスや電気を使っている。ということですから電力
やガスの値段が上がるとすると、
当然コーヒー1 杯の値段も上がるということなのです。
その結果として個人消費支出が減る。しかし、所得税減税をやればそれによって可処分
所得が増え消費が増える。いったいそれは差し引きしてどうなのか、オフセットしてど
うなのかは、やってみないとわからない。いずれにしても、増減の幅は微々たるものに
とどまります。したがって、炭素税を導入したからといって、マクロの経済成長率が低
下するというのは、経済学の ABC をわきまえない理論だといわれるのは仕方ないとい
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うことなのです。
炭素税導入は技術革新のインセンティブにも
次に炭素税はCO2排出量を本当に減らすのか。
炭素税制の導入に反対する人たちは、その有効性に対して疑義を呈するのです。確か
に、電力やガスやガソリンは生活必需品ですから、需要の価格弾力性は乏しいというの
です。しかし、それはあくまでも短期の話しです。例えば、炭素税がかかった結果とし
てガソリンの値段が 20 円上がったとすると、だからといって毎日通勤や仕事のために
車を使っている人が走行距離を減らすということはあまりない。短期的な弾力性は乏し
いのです。しかし、3~6 年後に自動車を買い替える際には、低燃費車への志向が高ま
るはずですから、中期的には、ガソリン需要は価格に対して十分弾力的であるというこ
とです。つまり、今までCIMAに乗っていた人がVITZに乗り換えるということで、もの
すごくガソリンの消費が減ってCO2の排出が減ります。ですから中期的には十分効果が
あるということです。
次に炭素税の問題点と副次的効果についてです。
炭素税制の導入に当たっての問題点の一つは、税収を一般財源に繰り入れるべきか、
それとも温暖化対策の特定財源とするべきか、増減税同額とするべきか、ということで
すが、財務省は、日本の財政赤字はすごいものがあるのでその為に当然一般財源に繰り
入れるべきだと言いますし、温暖化対策関連官庁や環境省や経済産業省や国土交通省、
農林水産省は、特定財源にするべきだというのです。なぜ農林水産省が出てくるかとい
うと、植林や国有林の間伐をやります。密集しているとCO2を吸収するのがそれだけ少
ないわけです。それが間伐によって元気な木の吸収量が増えるということで、そういう
ところにお金を使いたいので特定財源にするのを賛成するのです。そして経済学者の多
くは「税のグリーン化」という観点から増減税同額をするべきだと主張するわけです。
ヨーロッパ諸国のほとんどは増減税同額なのです。
化石燃料への課税が、エネルギー多消費型輸出産業、鉄鋼などの生産コストを上昇さ
せ、それらの国際競争力を損なう可能性は十分あり得ます。そのための手当てとしては、
例えば鉄鋼を輸出する際に水際で炭素税を払い戻しますと、あなたがこの鉄をアメリカ
に輸出しますと、この鉄を作るのにどれだけ石炭を使ったか、また石炭に対してどれだ
け税金を払ったかということを申告させて、そこで炭素税を取る。また、外国から鉄鋼
を輸入する際には水際で課税するという国境措置(border measures)をとればいいとい
うことで影響を緩和することができると。要するに、国内で消費する鉄鋼には課税する
が、海外で消費する鉄鋼には課税しないことにすればよいということです。あるいはま
た、スウェーデンにならって、エネルギー多消費型産業に対する炭素税の免税措置を講
じればよいということで、問題は解決されるだろうというのです。
環境省が出している案も自民党が出している案も、鉄鋼の原料炭は免税にすると明記
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されています。そして電力には課税するが電源の燃料は非課税になっています。ところ
が、例えば東京電力とか関西電力は半分近くの電力を原子力でつくっているのです。そ
うすると、そのような電力会社は何を言うかというと、電源の燃料(石炭・石油・天然
ガス)に課税すべきだというわけです。しかし、そうすると沖縄電力や北海道電力は、
非常に困ったことになるわけです。北海道には一基しか原子力発電所がないわけです。
大部分が石炭火力発電所です。そうすると北海道電力の電力料金は、東京電力や関西電
力に比べて高くなってしまう。ただでさえ北海道に産業が立地しなくて困っているとこ
ろに、北海道に行くと電力が高くなるのでますます産業立地しなくなるということが起
こってしまう。電力会社によって損得があるということなのです。
炭素税制導入等による温暖化対策の推進が、技術革新のインセンティブを仕掛けると
いう効果も見落してはなりません。つまり、炭素税制が導入されれば、さきほども申し
上げましたように結果としてガソリンの値段が上がるので、次に車を買い替えるときに
は出来るだけ燃費効率がいい車を買うとすると、燃費効率のいい車を売り出した自動車
メーカーはそれだけ売り上げが増えるのです。トヨタ自動車は今では世界に冠たる存在
になりました。世界一の自動車メーカーになったと私は思うのです。それは 97 年 12 月
にプリウスというハイブリッドカーを売り出したということが、会社のプレステージを
非常に高めたと思うのです。しかもハイブリッドカーとはどのような車なのかという一
つの de facto standard(事実上の標準)いうのを作ったわけです。つまり少なくとも標準
モードで計ったら、燃費効率が普通のガソリン車に比べて 2 倍、つまり 1km 走るのに
消費するガソリンは半分ですむ。あるいは 1L のガソリンで 2 倍の距離を走れるという
車をだしたのです。
「あっそうか」と。
「ハイブリッドカーというのはガソリンエンジン
とモーターを組み合わせて走る車なんだ」となった。そんな車は誰でも作れるのですが、
それがガソリンの消費を半分に減らすということで、それでないとハイブリッドカーと
して売り出せないということになります。その後世界中で、独自の技術でハイブリッド
カーを売り出したのはホンダだけです。どこも追いついていない。de facto standard(事
実上の標準)をつくってしまったから、そこまで追いつかない。あれはやはり製造技術
の推移ですね。つまり、ガソリンエンジンとモーターを組み合わせて走るわけですが、
出来るだけ燃費効率を少なくするようにうまく最適制御した、その技術というのが真似
が出来ないということなのです。
温暖化防止対策は国際競争力を高める
次に、炭素税制のミクロ経済影響ということです。
炭素税を導入して温暖化対策を推進すると、Winner Industry と Looser Industry、つま
り得する産業と損する産業がでるわけです。Looser Industry のロスを最小限に食い止め
るための、適切な政策を考えなくてはいけないということなのです。
一番損する産業は石炭産業です。例えば火力発電所でも、石炭火力発電所が老朽化し
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たら今度は天然ガスの発電所にしようとするのです。皆さまもご存知だと思いますが、
石炭と石油と天然ガスを比べると、同じだけの熱量を出すのにどれだけのCO2を排出す
るかというと 5:4:3 です。ですから、天然ガスの火力発電所は石炭の発電所と比べる
とCO2の排出量が 60%まで減らすことができるのです。ですから新しくつくる火力発電
所の燃料として、天然ガスを使うということになりますから、石炭産業というのがThe
Biggest Looserということになります。
低燃費車の開発に先んじる自動車メーカーはトヨタやホンダですが、これは明らかに
Winner Company になります。省電力設計の電化製品の開発に先んじる電器メーカーは、
これもいずれも Winner です。ダイムラー・クライスラーとトヨタは一番低燃費車の開
発競争に先んじているのですが、ダイムラー・ベンツは、クライスラーと合併する以前
に「2004 年に燃料電池車を実用化してみせる」と言ったわけです。それにたいしてト
ヨタは「2003 年に実用化してみせる」と言った。現に 2003 年に実際実用化したのです
が。ただし 1 台当たりの値段はおそらく 1 億円くらいします。それを 1 台 1 ヵ月 160 万
円のレンタル料で霞ヶ関の省に貸し出しているわけです。東京都でも走っています。燃
料電池とは電気分解の逆で水素と酸素を一緒にして水を作り、その副産物で電力が出来
るわけです。その電力で走る車のことをいうのです。
そして Winner と Looser の選別が国内的規模にとどまらず、国際的規模で進展するこ
とを考えますと、わが国が他国に先んじて温暖化対策を講じるということは、中長期的
に、わが国企業の国際競争力を高めるための梃子として働くという意味で望ましいとい
うことを申し上げています。
そして京都議定書は自動車業界再編成の契機を提供したと言えます。研究開発のター
ゲットの時期(議定書の発効)があらかじめ決まっており、研究開発の目指すべき方向
(燃費効率の飛躍的改善)が明確に定まっています。熾烈な研究開発競争が始まったか
らです。98 年にアメリカのビック 3 の一つと言われたクライスラーは技術開発に立ち
遅れ、ダイムラー・ベンツと合併してダイムラー・クライスラーになる。京都議定書が
駆動する自動車業界再編成のはしりと見ることができるということなのです。
今、世界中に 40 数社ある自動車メーカーは、次の五つのメーカーの傘下に入るだろ
うと言われています。
一つは最近調子をあげている GM、Ford、ヨーロッパの Volkswagen、
DaimlerChrysler、五つ目はほかでもない TOYOTA です。現在、日本で完全にナチュラ
ルな会社はトヨタとホンダだけです。その他の日産をはじめ三菱もマツダも皆、海外の
メーカーと何らかの形で提携関係になっているというようなことで、自動車業界は今後
10 年くらいの間に大規模な再編成が起こると予想されます。
これから質問をお受けしたいと思います。
会場
排ガス規制を東京の首都圏はやっているのに京阪神はやっていないのはなぜだ
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と思われますか?
佐和 例えば京都などは、真っ先に自然を復活させるべきだと思っています。京都は非
常に皆さん方に注目されている街ですからね。昔は市電が走っていたわけですね。それ
を全部廃止してしまい、自動車にとって便利な道路にしていまいました。CO2を減らす
ためには、自動車を減らすことが必要です。では、自動車を減らすためにはどうしたら
いいかということなのですが、自動車を不便にすることです。国土交通省は、昔は建設
省でしたが、その建設省時代に、
「日本は年間で 12 兆円を環境のためにお金を使ってい
る」というのです。「えっ?」と思うでしょう。そんなたくさんのお金を環境保全のた
めに使っているとは思いもしませんね。そうしたらなんのことはない、そのうちの 8 兆
円は道路に使っているというのです。では、なぜ道路予算が環境予算になるのかという
と、道路を広くしてあるいは整備して自動車が走りやすくすれば、それだけ渋滞もなく
なる。渋滞がなければCO2の排出量が減るというのです。理屈はそうです。ところが「道
路を広くすれば車が増える」ということは全く言わなかった。子供だましにもならない
ことを建設省はずっと言い続けていたのですね。
会場 排気ガスの中でCO2の排出が中心になっていますが、一緒に出てくる窒素化合物
や煤塵問題はどうなっているのでしょうか?
佐和 排ガス規制は十分に環境省は強化しています。それは別に東京都だけではなくて、
全国ベースで非常に厳しい強化はしているのです。日本でかつてディーゼル車が乗用車
でも流行ったことがありましたね。ディーゼル車は燃費効率がとてもよいのです。ガソ
リン車と比べてです。ですから当然、同じ距離を走るのにCO2排出量が少ない。ところ
が今おっしゃったように、特に窒素酸化物と煤塵問題があり、そのようなことで日本で
はディーゼル乗用車は絶無に近い状態になっているのです。ところがちゃんとお金をか
ければ、煤塵を防ぐとか窒素酸化物を防ぐことができるということで、ホンダが本格的
にディーゼル乗用車の生産に乗り出すと聞いています。
会場 京都議定書でアメリカが離脱したことを考えると、中国やインド、アフリカなど
に対して参加を呼びかけるのは、不公平感があるように思うのですが。
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佐和 アメリカがなぜ議定書を離脱したかということは先ほど触れましたが、アメリカ
でいったいポスト京都議定書についてどうするのかということについては、モントリオ
ールの気候変動枠組条約締約会議に、去年(2006 年)ですが、クリントン前大統領が
カナダ政府の招きで皆があっと驚くところに現れて、次のような演説をしたのです。要
するに「京都議定書に反対しているのはブッシュ政権であって、アメリカ人ではない」
と言ったわけです。そして現にこの間の選挙でもブッシュ共和党は大敗を喫しましたよ
ね。そして今、クリントン政権時の副大統領であったアル・ゴアの「不都合な真実」と
いう映画がアメリカでも大評判なのです。日本でも今月(1 月)20 日に封切られます。
アメリカの一般市民は、ハイブリッドカーのプリウスがものすごく売れているというこ
とからわかるように、ハリケーンとかの気候異変を経験しているので、関心は非常に高
い。ですから、政権が変わってアメリカが京都議定書に復帰するということがあってか
ら、初めてインド、排出量世界第 2 位の中国、第 5 位のインドが議定書に参加するとい
うことが期待されているわけです。つまり、アメリカが復帰するということがまず大前
提だと私は考えております。
氏川 まだまだご質問があるかと思いますが、時間が参りましたので、この辺で本日は
終了いたします。
佐和先生どうもありがとうございました。
<講義後の懇談>
いくつかの質問に対して、まとめてお答えいただきました。
(事務局・注)
佐和
市民の方に、「環境税を導入することは賛成ですか反対ですか」というアンケー
トをしたら、やっぱり 70~80%近い人は賛成でしょう。今度は一部上場企業に対して、
「あなたの会社は賛成ですか反対ですか」と聞いたとしたら、新聞の調査では、40~50%
くらいがやむを得ないという形で賛成すると言われています。ところが、業界団体など
の団体になると、団体の代表としての発言は、単独の企業経営者としては賛成していて
も、反対の態度をとらざるを得ないということもあるのです。
佐和 石油産業においては、ガソリンなどに対しては税金をたくさん払っている。エネ
ルギー産業を見直したらどうかという議論もあります。現在、ガソリンにかける税は何
につかわれているかというと、道路財源なのです。道路財源とは道路に投資すること、
つまりは自動車のためです。ですから、自動車に乗っている人間から税金を取って、そ
れを充てるということ。その今ある道路財源の一部を温暖化対策にまわしたらどうかと
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いう議論もあるのです。あるいは減税して、減税した分を炭素税とか環境税にするとい
うのも一つです。
佐和 去年から検討が始まったのですが、アメリカの、さっき申し上げたようなアメリ
カが議定書に戻ってくるかどうか。途上国をどうするか。なかなか意見がまとめられな
いのです。やっぱりアメリカと途上国が入らない現状では、不十分である。もちろん、
アメリカを除く先進国は頑張っていますが。何とか途上国もアメリカも加わるような新
しい議定書を作る必要がある。
もう一つは、すでに気候がおかしくなってきていますね。実際にモルディブあたりは
海面が上昇して水没したところがあり、ちょっとした津波や高潮で大きな被害を受ける。
例えば東京でも、ものすごい強烈な津波がきたとしたら、両国国技館の辺りは一番海抜
が低いので、完全に海になったりするらしいです。日本の場合は海岸に砂浜があるので、
砂浜が全部沈んでしまう。陸地が高くなっている。実際失われる面積は 0.3%と大した
ことないのですが、津波や高潮がきたときそれの被害をどうするか。これからの問題で
す。
むしろ、炭素税制をかけるとどうこうするとか、省電力や省エネルギーのどうのこう
のよりも、気候変動の緩和策、英語で言うと mitigation(緩和、軽減)をどうするか、
それに対して適応する対策を考えなくてはいけない。そのような点で、例えば最近提案
されている例をみると、CDM でたくさんの CDM 事業が始まっていますが、その CDM
プロジェクトで出た利益の 2%を適応基金という、税金みたいな形で出し、それで基金
をつくって、その基金から例えばモルディブみたいなところに融資する。あるいは無償
で提供するということが、第 1 回京都議定書締約国会合(COP/MOP1)で合意しました。
どう適応すればいいかということが、これからのテーマなのです。
佐和 いわゆる排ガスと言いますか、硫黄酸化物や窒素酸化物や煤塵みたいなものを防
止するためには規制的措置しかないと思います。排ガス規制というのは経済的措置です
ね。もちろんアメリカでも、電力会社で火力発電の場合は排出権取引みたいな経済的措
置みたいなことはされていますけれども、やっぱり自動車の排ガス規制は規制的措置で
やるしかない。
他方、中国では排汚費というのがあります。汚物の汚、排出の排で排汚費です。例え
ば、水の中に有害な物質を流してもよい、ただし流した分の排汚費を税金として徴収す
る、ということをやっています。しかし、有害物質をパイプのところで出ないように装
置をつけるよりも、排汚費を払ったほうが安くつくというわけです。
CO2に関してはこれは規制的措置よりも経済的措置のほうが有効だし、スマートだと
いうことです。あと一人ひとりの消費者の意識の問題も大きいです。例えば環境税が導
入されてガソリンを買って領収書をもらったときに、今でも課税されていますね。同じ
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ように「環境税 2 円」と書かれている。ガソリンを買うたびに税金を取られる意識が出
る。アナウンスメント効果です。みんなで日本は意識を変えなくてはいけない。
バブル経済の頃は、もともと日本人は質素倹約とか質実剛健というように、「節約」
とか「もったいない」というのが日本人の生き様だったわけです。それがバブル経済の
ときに突然 180 度変わった。「贅沢することがかっこいい」という意識に変わってしま
った。あの頃は車も 3 ナンバーの高級車が売れていた。いろんなところで税金の無駄使
いをしていた。今、バブル経済が始まってから 20 年が経ち、意識が変わってきている。
そんなに贅沢がかっこいいと思っている人がいなくなっています。学生なのにイタリア
高級ブランドの洋服を着ていることがかっこいいとは決して思わないですね。一つのラ
イフスタイル、美意識なのです。何がかっこいいか、どのようなライフスタイルがかっ
こいいかという、美意識を変えていく。現に、最近は変わってきています。
佐和 北欧三国とオランダ・デンマークは早くから炭素税を導入しています。その五つ
の国に共通して言えることがあります。その一つは「十分豊かである」ということ。それ
から「教育水準が高い」ということです。確かに北欧三国とオランダ・デンマークは大
学進学率が、高いところで 80%を超え、低いところでも 50%なのです。それを日本で
考えてみると、一人当たり GDP ではかなり高い。では教育水準はどうかというと、大
学進学率は 50%、4 年制大学の進学率は 50%超えるかどうかというところです。少子
化問題もある。にもかかわらず、例えば日本経団連が「環境税反対」、一般の人の環境
の意識が低い。なぜなのか。それは、本当は豊かではないということです。環境のこと
を考えるほどのゆとりがない。
教育の面では、大学進学率は高いかも知れませんが、知識レベルはむしろ昔に比べて
低いということなのです。皆さんもそうでしょうが、受験勉強ばかりやっている。受験
勉強なんて何の役にも立たない。知っているかもしれませんが、15 歳児対象に OECD
諸国プラスの国々、世界 20 数ヵ国で読解力と数学的、科学的リテラシー(literacy:知
識、教養、能力)の 3 科目について試験をします。そうすると日本は 2006 年は出てな
いのですが、2000 年と 2003 年は出ています。2000 年に比べて 2003 年は落ちている。
読解力は全体の真ん中くらい 10 何位。数学的リテラシーはかつて 1 位 2 位を争ってい
たのに今は 6 位。科学的リテラシーは、なぜか 2 位なのです。これは多分、中学で理科
を一生懸命教えるからでしょう。
トップはどこの国かというと、フィンランドです。フィンランドは読解力トップ、数
学的リテラシーが 2 位、科学的リテラシーが 1 位です。数学的リテラシーのトップは韓
国です。
日本は最近、単に学力低下というだけではなく、やはり私は大学受験というのが一種
の目標になっているからではないかと思っています。例えば、少子化のために大学入試
が優しくなったとか、それからゆとり教育のせいだと言われていますが、大間違いです。
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本当の原因は受験勉強しかやらなくなったということじゃないかと思います。かつて、
私が大学に入ったときの大学進学率は 9%でした。女性は高卒か短大で十分だ、高校生
の半分くらいは親が貧しくて大学なんか行けないと最初からギブアップしていた時代
でした。残りのわずかな人間しか行けなかったわけだから、大学入試は総体的にやさし
かった。だからこそ、夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介などを高校生のときに読んでいま
した。それからマルクスやエンゲルスなどを一生懸命研究している高校生もいた。数学
が得意だから大学は理科系の大学に行くといった高校生もいた。そんなのがいっぱいい
た。学生運動が盛んだったときは、知的であることが誇りだった。知的に劣っている、
つまり「あんな本も読めないのは恥ずかしい」といった時代。
環境教育だって、環境のことを一生懸命教育するよりも、全体的な知的レベルをあげ
ることが重要です。世界史を勉強してきた人がほとんどいないことは、信じられないで
す。現実には、科目がないからやらない。フィンランドはどのようなことをやっている
かというと、平均的な学力を上げることに重きをおいているのです。学力の底上げをし
ている。フィンランドは幼稚園から大学院まで、全部無料です。
佐和 まず意識変化は有り得るかという質問ですが、皆さまのそれぞれの知的レベルを
高めることが一つ。それからマスコミの影響も大きいのでそちらの方向へ持っていくよ
うにしてもらう必要もあります。
ブッシュ大統領の問題ですが、次の大統領選挙では民主党が勝つ可能性が高いようです。
ある人から聞いて「あれ?」と思ったのですが、アメリカの歴代の大統領、ジョン・F・
ケネディは東部の出身ですね。東部の上院議員出身でした。東部の人たちは南部の人た
ちを嫌うのですね。あとクリントンもフォードも民主党のカーターも南部。ブッシュ親
子も南部出身。ジョンソンも南部。レーガンだけがカルフォルニア。東部出身の大統領
は今のところ、ジョン・F・ケネディ以外一人もいないのです。それほど選挙での南部
の影響力は強いのです。南部といえば石油資本。これは切っても切れない。仮に民主党
の大統領が出てきても、南部とのしがらみがある限り、やっぱりなかなか京都議定書批
准へ政策変換させるのは難しいかも知れない。私は、期待してはいますが。
以上
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