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研 究 年 報
第34号 平成22年度
公益財団法人 成 長 科 学 協 会
序 文
当財団は設立後34年を迎えますが、設立以来その年度に行なった研究助成
の成果を次の年度に研究年報として刊行し、全国の大学(医科大学・大学医
学部)等の図書館及び関係者に配布してきました。
その第 34 号として、平成 22 年度に行なった指定課題研究(6件)、自由課
題研究(26 件)、成育治療研究指定課題研究(5件)、国外学術集会参加(1
件)、国外留学(1件)及びヨード欠乏症関係事業(1件)の報告書をまと
めて刊行する運びとなりました。これらの研究成果の中に、国際的に高く評
価されるものが年々増加しつつあることは喜ばしい限りです。
また本年報には、同年度に当財団が開催した第23回公開シンポジウム「食
と栄養から心の発達と体の成長を考える−今、子どもの食が危ない−」の講
演要旨を収載しました。
本年報を通じて、平成22年度の当財団の研究助成関係などの活動状況を見
て頂きたいと思います。また、本年報は関係者の研究に寄与するものと考え
ており、その活用を強く願っております。
尚これらの研究助成費は、平成22年度に当財団に御寄付下された各位の寄
付金によるものです。ここにそれらの方々の御厚意に対し、衷心よりお礼申
し上げる次第であります。
平成 23 年8月
公益財団法人 成長科学協会理事長
入江 實
凡 例
1. 内容は、当財団が平成 22 年度に助成した指定課題研究(6件)、自
由課題研究(26 件)、成育治療研究指定課題研究(5件)、国外学術
集会参加(1件)、国外留学(1件)、ヨード欠乏症関係事業(1件)、
計40件につき、それぞれ助成対象者より提出された報告書を収載し
た。
2. 報告書を収載するにあたっては、前記の6項目の記載順とした。
各項目内における記載順は、指定課題研究は当該年度の事業計画に
記載の順、自由課題研究は報告者の氏名の五十音順である。
3. 助成対象者については、指定課題研究及び自由課題研究は当財団に
おいて設定した「研究助成事業に関する実施要領」に基づき、それ
ぞれ公募のうえ選考したものである。
目 次
指 定 課 題 研 究 報 告
成長ホルモン療法の治療効果に及ぼす諸因子の解析並びにアドバース・イベントの調査に関する研究 …………………1
主任研究者
長谷川奉延
(慶應義塾大学医学部小児科学教室)
横谷 進
(国立成育医療研究センター生体防御系内科部)
島津 章
(国立病院機構京都医療センター臨床研究センター)
田中弘之
(岡山済生会総合病院小児科)
和田尚弘
(静岡県立こども病院腎臓内科)
寺本 明
(日本医科大学脳神経外科)
永井敏郎
(獨協医科大学越谷病院小児科)
西 美和
(広島赤十字・原爆病院小児科)
羽ニ生邦彦
(羽ニ生クリニック)
堀川玲子
(国立成育医療研究センター生体防御系内科部)
藤田敬之助
(大阪市立大学小児科)
棚橋祐典
(旭川医科大学医学部小児科)
伊藤純子
(虎の門病院小児科)
田島敏広
(北海道大学医学部小児科)
高野幸路
(東京大学医学部腎臓・内分泌内科)
重症成人成長ホルモン分泌不全症患者の診断・治療及び追跡調査に関する研究 ……………………………………………43
主任研究者
高野幸路
(東京大学医学部腎臓・内分泌内科)
置村康彦
(神戸女子大学家政学部)
田原重志
(日本医科大学脳神経外科)
成長ホルモン及びIGF-Ⅰ測定の標準化に関する研究 ……………………………………………………………………………53
主任研究者
島津 章
(国立病院機構京都医療センター臨床研究センター)
立花克彦
(日本ケミカルリサーチ株式会社)
勝又規行
(国立成育医療研究センター研究所)
肥塚直美
(東京女子医科大学内分泌センター内科)
横谷 進
圭太
(国立成育医療研究センター生体防御系内科部)
(大阪大学大学院医学系研究科)
堀川玲子
(国立成育医療研究センター生体防御系内科部)
田中敏章
(たなか成長クリニック)
ヨード摂取と妊婦及びその出生児の甲状腺機能に関する臨床的研究 …………………………………………………………55
主任研究者
布施養善
(国立成育医療研究センター研究所)
小川博康、的野 博、五十嵐雄一、藤田正樹 (医療法人小川クリニック)
布施養慈
(仲町台レディースクリニック)
荒田尚子、原田正平 (国立成育医療研究センター)
低身長児の生活の質評価尺度の開発 ………………………………………………………………………………………………57
主任研究者
花木啓一
(鳥取大学医学部保健学科母性・小児家族看護学講座)
西村直子、木村真司、遠藤有里、南前恵子
(鳥取大学医学部保健学科母性・小児家族看護学講座)
主任研究者
田中敏章
(たなか成長クリニック)
有阪 治
(獨協医科大学小児科)
神闢
(鳥取大学医学部周産期・小児医学分野)
晋
柿沼美紀
(日本獣医生命科学大学)
上村佳世子
(文京学院大学)
高橋桃子
(日本大学医学部附属板橋病院)
宮尾益知
(国立成育医療研究センター)
廣中直行
(NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部)
上林靖子
(中央大学文学部)
丹羽洋子
(育児文化研究所)
長田久雄
(桜美林大学大学院)
小林 登
(譛中山科学振興財団)
自 由 課 題 研 究 報 告
成長ホルモン分泌刺激物質グレリンの産生・分泌調節、生合成、生理作用に関する研究 …………………………………73
赤水尚史
京都大学医学部附属病院探索医療センター
(現 :和歌山県立医科大学内科学第一講座)
岩倉 浩、有安宏之
京都大学医学部附属病院探索医療センター
ターナー症候群のトレーニングキットを用いた家庭での空間認知障害訓練の検討 …………………………………………77
荒木久美子
秋山成長クリニック
稲田 勤
高知リハビリテーション学院言語療法学科
望月貴博
大阪警察病院小児科
藤田敬之助
大阪市立大学大学院医学研究科発達小児医学
造血幹細胞移植後長期生存者における成長ホルモン分泌能と非アルコール性脂肪肝炎発症機序の解明 …………………91
石黒寛之
東海大学医学部専門診療学系小児科学
兵頭裕美、冨田雄一郎
東海大学医学部専門診療学系小児科学
加藤俊一
東海大学医学部基盤診療学系再生医療科学
骨格筋脂肪変性における成長ホルモンの阻害作用とその作用機構 ……………………………………………………………95
磯崎 収
東京女子医科大学内分泌疾患総合医療センター内科
大久保久美子、吉田昌子、石垣沙織、吉原 愛、西巻桃子、野添康子、村上ひとみ
東京女子医科大学内分泌疾患総合医療センター内科
The signal transducer and activator of transcription 5B gene polymorphism contributes to the cholesterol metabolism
in Japanese …………………………………………………………………………………………………………………………105
Mika Makimura 1), Kenji Ihara 1), Kanako Kojima-Ishii 1), Takafumi Nozaki 1), Kazuhiro Ohkubo 1),
Hitoshi Kohno2), Junji Kishimoto3), Toshiro Hara1)
1)Department of Pediatrics, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University
2)Department of Endocrinology and Metabolism, Fukuoka Children’s Hospital
3)Digital Medicine Initiative, Kyusyu University Hospital, Fukuoka, Japan
糖尿病性神経障害に対するグレリンの基礎的研究と臨床応用 ………………………………………………………………113
上野浩晶
宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝学分野
成長ホルモン不足・過剰状態における内臓脂肪量変化の病態的意義の解明 ………………………………………………115
大月道夫
大阪大学大学院医学系研究科内分泌・代謝内科学
成長ホルモンのラット筋細胞増殖におよぼす効果 ……………………………………………………………………………117
置村康彦
神戸女子大学家政学部管理栄養士養成課程
牧 大貴、中西志帆、山本大輔、大口広喜
神戸大学大学院保健学研究科病態解析学領域病態代謝分野
近兼千夏、川端麻友、村上量子
神戸女子大学家政学部管理栄養士養成課程
AMP-activated protein kinaseを介するエネルギー代謝機構の骨の成長における役割に関する研究 ……………………121
小澤 修
足立政治
岐阜大学大学院医学系研究科薬理病態学分野
岐阜大学大学院医学系研究科薬理病態学分野
ヒト小人症モデル動物としての矮小変異マウスを用いた小人症原因因子の探索 …………………………………………125
加納 聖
東京大学大学院農学生命科学研究科応用遺伝学教室
本邦女子におけるDOHaDの検証に関する研究 …………………………………………………………………………………137
久保俊英
岡山医療センター小児科
古城真秀子
岡山医療センター小児科
中村 信
岡山医療センター新生児科
宮河真一郎
呉医療センター小児科
オレキシン神経系の破綻が脳でのインスリンとインスリン様増殖因子1(IGF-1)の
作用不全を介した摂食と行動に及ぼす影響の解明 ……………………………………………………………………………149
笹岡利安
恒枝宏史
富山大学大学院医学薬学研究部・病態制御薬理学
富山大学大学院医学薬学研究部・病態制御薬理学
GH分泌の可視化による分泌動態の解析と病態生理の解明 ……………………………………………………………………153
高野幸路
東京大学医学部 腎臓・内分泌内科
心の発達障害モデルマウスを用いた異常シグナル伝達系の解析 ……………………………………………………………157
内匠 透
広島大学大学院医歯薬学総合研究科
体質性低身長を含む、低身長小児におけるGH-IGF-1 axisの分子遺伝学的網羅的解析 ……………………………………161
棚橋祐典
松尾公美浩、鈴木 滋
旭川医科大学小児科学講座
旭川医科大学小児科学講座
PWSにおける脂質研究:PWSにおけるGH療法の脂質に対する影響について ………………………………………165
永井敏郎
田中百合子
獨協医科大学越谷病院小児科
獨協医科大学越谷病院小児科
成長ホルモン受容体発現調節へのマイクロRNAの関与の解明 ………………………………………………………………167
根本崇宏
大畠久幸、眞野あすか
日本医科大学生理学講座(生体統御学)
日本医科大学生理学講座(生体統御学)
Akt基質、AS47を介したグルコーストランスポーター(GLUT)4の糖輸送機能の新しい活性化機構の解明 …………171
伯野史彦
安藤康年、山中大介
東京大学大学院農学生命科学研究科
東京大学大学院農学生命科学研究科
軟骨低形成症における遺伝子変異別の臨床像及び成長ホルモン治療効果の比較検討 ……………………………………177
長谷川高誠
岡山大学病院小児科
複合型下垂体ホルモン欠損症におけるSIX6遺伝子変異の頻度および変異SIX6機能解析 …………………………………179
長谷川奉延
闍木優樹
慶應義塾大学医学部小児科学教室
慶應義塾大学大学院医学研究科
転写制御因子δEF1およびSIP1のコンディショナルノックアウトマウスを用いた、
下垂体前葉細胞の分化成熟過程と成長ホルモン(GH)遺伝子の発現制御機構に関する研究 ……………………………181
東雄二郎
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所周生期学部
松井ふみ子
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所周生期学部
岡部 勝
大阪大学微生物病研究所遺伝情報実験センター
日本人成人のヨウ素摂取量と甲状腺機能との関連について …………………………………………………………………185
布施養善
国立成育医療研究センター研究所
田中卓雄
サヴァイクリニック健診センター
荒田尚子、原田正平
国立成育医療研究センター
第7染色体母性片親性ダイソミー(upd(7)mat)によるシルバーラッセル症候群発症機序の解明………………………195
松原圭子
国立成育医療研究センター研究所分子内分泌研究部
石川俊平、油谷浩幸
東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門
佐藤智子、鏡 雅代、緒方 勤
国立成育医療研究センター研究所分子内分泌研究部
胎児期のリン代謝調節分子機構と胎盤機能の関与 ……………………………………………………………………………201
道上敏美
大阪府立母子保健総合医療センター研究所環境影響部門
ヒストンメチルトランスフェラーゼMLLノックアウトマウスにおける成長障害の解析 ………………………………205
山田正信
群馬大学病態制御内科学
田口 亮、佐藤哲郎、橋本貢士、森 昌朋
群馬大学病態制御内科学
成長ホルモン腺腫および血清におけるmiRNAの解析 …………………………………………………………………………209
吉本勝彦
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部分子薬理学分野
岩田武男、水澤典子
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部分子薬理学分野
銭 志栄
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部人体病理学分野
山田正三
虎の門病院内分泌センター間脳下垂体外科 (五十音順)
成育治療研究指定課題研究報告
肝移植小児の成長に関する研究 …………………………………………………………………………………………………217
笠原群生
国立成育医療研究センター移植外科
川崎病罹患後の身体発育が血中レジスチンに及ぼす影響に関する研究 ……………………………………………………221
鴨田知博
筑波大学大学院人間総合科学小児科
野末裕紀
筑波メディカルセンター病院小児科
難治性抗リン脂質抗体症候群合併不育症患者(iAPS)に対する大量ガンマグロブリン療法の有効性の検討 …………229
小澤伸晃
国立成育医療研究センター周産期診療部不育診療科
村島温子、山口晃史
国立成育医療研究センター周産期診療部母性内科
渡辺典芳
国立成育医療研究センター周産期診療部産科
発展途上国における新生児の発達予後に関する研究 …………………………………………………………………………235
中村知夫
国立成育医療研究センター周産期診療部新生児科
Saysanasongkham Bounnack、Vesaphong Phommady
ラオス母子保健病院小児科
斉藤真梨
国立成育医療研究センター臨床研究センター臨床研究推進室
ラオスの子どもの成長 ……………………………………………………………………………………………………………241
前川貴伸
国立成育医療研究センター総合診療部
Saysanasongkham Bounnack
ラオス母子保健病院小児科
国 外 学 術 集 会 参 加 報 告
The 5th International Congress of the GRS and IGF Society…………………………………………………………………247
高橋伸一郎
東京大学大学院農学生命科学研究科
国 外 留 学 報 告
石川真由美
東邦大学医学部内科学講座(大森)糖尿病代謝内分泌科 …………249
ヨード欠乏症関係の事業としての研究報告
旧ソ連邦の妊婦を対象とした尿中ヨード濃度のスクリーニング、妊娠期間中におけるヨード充足状況の評価 ………251
高村 昇
林田直美
長崎大学医歯薬学総合研究科国際保健医療福祉学研究分野
長崎大学医歯薬学総合研究科国際保健医療福祉学研究分野
公 開 シ ン ポ ジ ウ ム
「食と栄養から心の発達と体の成長を考える −今、子どもの食が危ない− 」
講演要旨 ……………………………………………………………………………………………………………………………255
−心の発達研究委員会企画−
小泉美和子
お茶の水女子大学生活科学部食物栄養学科
児玉浩子
帝京大学小児科
指 定 課 題 研 究 報 告
成長ホルモン療法の治療効果に及ぼす諸因子の解析並びに
アドバース・イベントの調査に関する研究
主任研究者
長谷川奉延 (慶應義塾大学医学部小児科学教室)
共同研究者
横谷 進
(独立行政法人国立成育医療研究センター生体防御系内科部)
島津 章
(国立病院機構京都医療センター臨床研究センター)
田中弘之
(岡山済生会総合病院小児科)
和田尚弘
(静岡県立こども病院腎臓内科)
寺本 明
(日本医科大学脳神経外科)
永井敏郎
(獨協医科大学越谷病院小児科)
西 美和
(広島赤十字・原爆病院小児科)
羽二生邦彦 (羽二生クリニック)
堀川玲子
(独立行政法人国立成育医療研究センター内分泌・代謝科)
藤田敬之助 (大阪市立大学小児科)
棚橋祐典
(旭川医科大学医学部小児科)
伊藤純子
(虎の門病院小児科)
田島敏広
(北海道大学医学部小児科)
高野幸路
(東京大学医学部腎臓・内分泌内科)
研究目的
本研究の目的は、わが国における成長ホルモン(GH)分泌不全性低身長症、ターナー症候群、小
児慢性腎不全、Prader-Willi症候群、軟骨異栄養症、SGA性低身長症、成人成長ホルモン分泌不全症
に対するGH療法の治療効果、特に長期効果としての成人身長あるいは体格に影響する因子、合併症
などを検討すること、さらにこれらの疾患に対するGH治療のアドバース・イベントを検討すること
である。
研究総括
本年度は特に以下の10点について大きな成果を得た。
1.Prader-Willi症候群における成長ホルモン療法に関する研究(分担:棚橋祐典)
97例のPrader-Willi症候群におけるGH治療データ解析から、身長SDSの改善が示された。年長
児では身長SDSの改善が乏しい傾向にあることが明らかになった。遺伝学的病型による身長
SDSへの改善に差異はなかった。
2.生殖補助医療はPrader-Willi症候群の頻度を増加させるか?−母親の年齢に起因したバイアスの
有無について−(分担:永井敏郎)
生殖補助医療で出生したPrader-Willi症候群にuniparental disomy (UPD)が多い。UPD増加
−1−
の病因は、母親の高年齢の関与が強く示唆された。
3.疾患別による慢性腎不全患児の成長ホルモン治療における骨年齢の長期推移(分担:和田尚弘)
慢性腎不全患児を先天性と後天性の二群に分けて成長ホルモン治療における骨年齢を検討した。
成長障害が出現する程度の腎不全になってしまうと、先天性あるいは後天性に関係なく骨年齢
は徐々に遅延する。
4.ターナー症候群の早期・高用量GH治療効果について−治療開始年齢別長期身長予後−(分担:
堀川玲子)
日本人ターナー症候群において、早期に高用量GHで治療すると、良好な身長改善率が得られる。
特に、3歳以下の早期にGH治療を開始した場合、1年後には約半数の症例で身長SDが標準範
囲内に達する。
5.ターナー症候群の体格指数の検討について(分担:伊藤純子・横谷進)
ターナー症候群のrevised new reference growth chartsを作成した。Clinical Pediatric
Endocrinologyに投稿し、日本小児内分泌学会を通じて全国に配布した。
6.ターナー症候群の最終身長と合併症等に関するアンケート調査(Preliminary Report)
(分担:羽二生邦彦・堀川玲子・田中敏章・長谷川奉延・藤田敬之助・横谷進)
成長ホルモン治療を行い最終成人身長まで到達したターナー症候群の主治医にアンケート調査
の協力を依頼し、72例の回答を得た。暦年例16歳以上で骨年齢14歳以降のAuxological data、
合併症、QOL関連に関する貴重かつ豊富な情報が得られた。今回はPreliminary reportである
が、さらに検討と解析を加える予定である。
7.結婚しているターナー女性の実態(分担:藤田敬之助)
結婚しているターナー女性(TS)17例を対象にアンケート調査を行った。全例で夫は妻の不妊
を知っていた。パートナーにTSを知らせた上で結婚するTSが増えている。
8.重症成人成長ホルモン分泌不全症患者に対する成長ホルモン補充療法のQOLに対する効果の性
差について(分担:高野幸路)
重症成人成長ホルモン分泌不全症患者に対する成長ホルモン補充療法によるQOLの性差を検討
した。心理・社会領域については、治療前のQOLスコアに性差が認められ、女性のQOLスコア
が有意に低かった。治療3か月の時点で改善効果は認めなかった。症状関連領域については、
治療3か月の時点で男女ともにQOLの改善を認め、明らかな性差は認めなかった。
9.成長ホルモン分泌不全性低身長症で成人身長に到達した患者での身長とGH投与量の関係
−2−
(分担:田島敏広)
成長ホルモン分泌不全性低身長症で成人身長に到達した患者での身長とGH投与量の関係を検討
したが、成人身長到達症例の収集が困難であった。今後はGH投与後1、2、3年目までのGH
投与量と身長の伸びを比較し、GH投与の適正投与量を検討予定である。
10.成長ホルモン治療による二次性腫瘍に関する研究(分担:西美和)
小児がんの既往を有する患者にヒト成長ホルモン(GH)を投与した場合、二次性腫瘍の発現リ
スクが上昇するとの報告があるが、二次性腫瘍には、良性(meningiomaなど)と悪性を含むこ
とが記載されていない。GH治療と二次性腫瘍(とくに二次がん)発症と因果関係はあるとは断
定されていない。
−3−
Prader-Willi症候群における成長ホルモン療法に関する研究
旭川医科大学小児科 棚橋祐典
目的
Prader-Willi症候群(PWS)における成長ホルモン(GH)療法は広く認知されているが、多くの
患者の治療データや臨床情報を収集・調査し、調査結果を共有することは治療方針に有用である。
本分担研究ではわが国における最大のデータベースである成長科学協会の申請登録データ解析か
ら、GH治療後の身長の伸びと年齢およびPWSの遺伝学的病型との関連について検討し、本疾患に
おけるGH治療の向上を図ることを目的とする。
対象
2002年から2009年まで成長科学協会に登録申請されたPWS診断症例165例(男92,女73例)のうち、
GH治療が行われ治療経過を把握できた97例(男57,女40例)を対象とした。全例に遺伝学的病型を
決定し、GH治療開始1年から3年後の身長SDスコアを解析した。
結果
1)GH治療効果
GH治療開始時年齢は生後4か月∼16歳、平均6.1歳であった。GH治療開始後1年目、2年目、3
年目につれてドロップアウトおよび未報告例があり、それぞれ97例、55例、35例の身長SDスコアお
よび変化量(ΔSDSスコア)を解析した。GH治療前の平均SDスコア(−3.0)に対して、治療後1
年目には平均SDスコア−2.34と著明に改善した。
GH治療による身長SDSスコアの変化
−4−
2)年齢依存性
年齢別のGH治療の効果を検討するために、GH治療開始時の年齢を0−3歳(39例)、4−8歳
(37例)、9−16歳(21例)の3群に分け、治療後1年目および2年目の治療前からの身長SDSスコ
アの変化量(ΔSDSスコア)を解析した。
9−16歳の群では、他の2群に比較して有意にΔSDSスコアは低く、1年目では平均0.23、2年
後は0.32であった。
3)遺伝学的病型
PWSの遺伝学的病型を15番染色体欠失およびメチル化テストを施行し、片親性ダイソミーまたは
刷り込み変異を示すメチル化陽性例の2群に対してGH治療の効果の差異を検討した。
染色体欠失例は71例(73%)、メチル化陽性例は26例(27%)であり、平均年齢はそれぞれ5.7歳、
7.0歳であった。2群間でのGH治療後の身長SDスコアの変化には有意差はなかった。
考察
従来から報告されているように、PWSにおける身長SDSに対するGH治療の有用性が大規模な集
約データ解析でも明らかになった。GH治療は身長SDSの改善だけではなく、筋力向上や体組成改善、
また知能や性格にも関与する可能性があり、積極的に進められるべき治療である。
本研究では、年長児(9歳以降)における身長SDSの反応性の低下が示されたが、これは性腺機
能低下による思春期年齢における性ホルモンの関与が少ないことと関連がある可能性がある。しか
し、GH治療の身長促進以外の効果も考慮すると一概にはGH治療を否定するものではない。
遺伝学的病型による差異は少なくとも身長SDSに関してはみられなかった。欠失例、メチル化陽
性例の頻度は、従来からの頻度と一致しており、この2群間での他の要素についての比較検討が必
要と思われる。
しかしながら、本研究の解析に使用したSDSスコアは身長体重の2000年度版標準曲線データから
算出したものである。これはPWSの集団においては正確な評価を与えるものではない可能性がある。
そこで、永井先生の作成されたPWS標準成長曲線から、PWSの標準化SDSスコアで再評価をおこな
うことを検討している。さらに、今後は体組成変化に関する検討と糖代謝、脂質代謝への影響、側
湾症などの副作用の面からの解析を進める予定である。
結論
成長科学協会に登録された97例のPWS症例におけるGH治療データ解析から、身長SDSの改善が
示された。年長児では身長SDSの改善が乏しい傾向にあることが明らかになった。また、遺伝学的
病型による身長SDSへの改善に差異はなかった。
今後はPWS体重身長標準曲線からのSDSスコアにて再検討をする予定である。
−5−
生殖補助医療はPrader-Willi症候群の頻度を増加させるか?
―母親の年齢に起因したバイアスの有無について―
獨協医科大学越谷病院小児科 永井敏郎
はじめに
生殖補助医療(ART)は、染色体異常の頻度を増加させないといわれている。しかし、
imprinting病であるAngelman症候群やBeckwith-Wiednmann症候群でARTによる出生児が多いこ
とが報告されている。imprintingという簡単な作業がARTというダイナミックな操作により異常を
きたす可能性は容易に推察される。imprinting病であるPrader-Willi症候群(PWS)は、ARTによ
り頻度が増加している可能性はあるが報告はない。
目的
ARTがPWSの頻度を増加させている可能性について検討し、特に母親の年齢との関連について検
討する。
対象
獨協医科大学越谷病院小児科でフォロー中のPWS患者157名。
結果
157名中ARTがらみでの出生は12名(7.6%)であった。
ARTの内容は、ICSI 6名、IVF 1名、排卵促進(COS)3名、男性不妊(AID)1名、であった。
発症原因は、UPD
6名、欠失 4名、エピ変異 1名、不明 1名であった。
ART実施時の母親年齢は、PWS患者では平均40歳(36−45歳)、一般でのART実施時の母親年齢
平均34歳(21−53歳)。有意にPWS患者の母親年齢が高い(p=0.0037)
。
母体年齢を適応させるとPWS児がART経由で出生する頻度が高いと言えなかった(p=0.14)
。
考察
ARTがらみでの出生は、PWSでは7.6%と一般のARTでの出生の1.5%に比して高かった。しかし、
一般的にARTは、現在、ICSIとIVFに対して使用されている言葉であり、排卵促進剤のみの使用は
ARTには含まれていない。また、男性不妊のAIDも除去すると12名中8名がART経由となるが、頻
度は5.1%で、やはり有意に高い。
PWS患者は、ICSI、IVF、COS、AID全てで発症しており、これらに共通するものは排卵促進剤使用
である。排卵促進は、未熟な卵子を無理やり採取するため、対合時のアラインメント異常をきたし、
第一次減数分裂の不分離を惹起しやすくし、トリソミーレスキューのUPDを招く可能性がある。
−6−
まとめ
ARTで出生したPWS患者にUPDが多かった。
UPD増加の病因は、母親の高年齢の関与が強く示唆された。
ART特に排卵促進剤使用についても注意が必要である。
−7−
疾患別による慢性腎不全患児の成長ホルモン治療における骨年齢の長期推移
静岡県立こども病院 腎臓内科 和田尚弘
はじめに
長期透析を行っているわが国は、長期にわたる透析患児の成長データが存在する唯一の国である。
しかし、小児腹膜透析研究会からのデータベースには身長の推移のみで骨年齢のデータはない。小
児慢性腎不全・透析患者数は少ないため、骨年齢の判定が主治医報告という問題点はあるものの骨
年齢データは大変重要となる。以前より、慢性腎不全患者の成長ホルモン使用による骨年齢の長期
的推移、腎機能別などを検討したが、今回原疾患別に成長ホルモン治療後の骨年齢の進行度が長期
的に異なるのかを、骨年齢(BA)と暦年齢(CA)の差の長期的推移で検討した。
対象
慢性腎不全によるGH治療のため成長科学協会に登録され、原疾患が明らかで、2年以上骨年齢の
継続データの記載がある慢性腎不全患児102名。原疾患を先天性群と後天性群に分けて検討した。
先天性群は63名、後天性群39名で、先天性群の内訳は腎低形成・異形成、アルポート症候群、先天
性ネフローゼ、多発性嚢胞腎、若年性ネフロン癆などである。後天性群は慢性糸球体腎炎、巣状分
節性糸球体硬化症、急速進行性腎炎、ループス腎炎、間質性腎炎、溶血性尿毒症症候群、腫瘍など
である。
結果
先天性群のGH開始時年齢は8.9±4.6歳で身長SDSは−3.3±1.2、クレアチニンクリアランス(Ccr)
は15.9±14.6ml/min/1.73m2であった。後天性群では、GH開始時年齢11.3±3.8歳と先天性群に比べて
高く、身長SDSは-3.1±1.1、Ccrは13.5±14.3 ml/min/1.73m2であった。
先天性群の治療開始時の骨年齢(BA)は6.7±3.8歳で、暦年齢と骨年齢の差(CA-BA)の平均は
2.2±1.5であった。治療開始1年後のCA-BAは2.4±1.5、2年後CA-BAは2.7±1.4、3年後のCA-BA
は3.2±1.7であった。後天性群の骨年齢(BA)は9.6±3.6歳と先天性群と比較して高く、暦年齢と骨
年齢の差(CA-BA)も1.7±1.4と先天性群と比較して小さかった。治療開始1年後のCA-BAは1.8±
1.6、2年後CA-BAは2.1±1.5、3年後のCA-BAは2.8±2.3であった。
結論および考察
腎不全の原疾患は様々であるが、特徴として先天性疾患では保存期腎不全が長く長期にわたり腎
不全状態が続いていることが多く、ステロイド治療などの薬物療法はなされずに食事・生活制限な
どが加わることがある。一方後天性疾患は、本来正常な腎機能であった物が短期間で腎機能低下に
陥りステロイド治療など積極的治療などがなされていることも多い。そこで先天性群と後天性群の
二群に分けて骨年齢の経過の違いがあるか検討した。先天性群と後天性群との比較で、腎機能低下
−8−
期間の長さの影響と考えられる開始時のCA-BAの差は違いがあるが、治療後の経過は両群とも差が
なく、徐々にCA-BAは大きくなり、その進行速度も先天性群と後天性群で差は認められなかった。
成長障害が出現する程度の腎不全になってしまうと、原疾患とは関係なく骨年齢は徐々に遅延して
いくことが明らかになった。
−9−
ターナー症候群の早期・高用量GH治療効果について
−治療開始年齢別長期身長予後−
国立成育医療研究センター内分泌代謝科 堀川玲子
本研究の背景
ターナー症候群は、低身長・卵巣機能不全、特徴的骨格を有する疾患で、X染色体の欠失・構造
異常によって起こる。ターナー症候群の低身長に対しては、成長ホルモン(GH)治療の有効性が確
立しており、わが国でも1991年よりGH分泌不全を伴ったターナー症候群に0.5IU/kg/w
(=0.175mg/kg/w)、ついで1999年よりすべてのターナー症候群に高用量のGH(1.0IU/kg/w=
0.35mg/kg/w)が保険適応となった。一般に、成長ホルモン治療は開始時年齢が若い方が身長予後
は良好とされている。また、その成長促進効果は、特に初期において用量依存性である。
これまでに本研究では、成長科学協会に登録されているGH治療を受けたターナー症候群について、
成長に対する治療効果を用量(0.35 vs 0.175 mg/kg/w)、治療開始年齢5歳以下と6歳以上に分けて
検討してきた。その結果、治療開始後3年間の身長SDの推移で比較すると、5歳以下で治療を開始
すると用量に関わらず、約+0.7SDの身長SD改善が認められ、高用量群では1年目のSD改善率が有
意に高いこと、6歳以上治療開始群は、治療開始時の身長SDが早期開始群に比し有意に低く、身長
SD改善率も特に低用量群で低いことを示した。
目的
今回の検討では、高用量群において治療開始年齢をさらに細かく分類し、何歳でGH治療を開始す
るのが適当かを検討した。
対象と方法
対象は、成長科学協会にGH治療登録を行い、高用量にてGH治療を開始した254名。治療開始時年
齢別に治療開始時と治療開始1年後、3年後の平均身長SDの変化を検討した。
結果
各群における平均身長SDの変化を図1に示す。低年齢開始群の方が、治療開始時の身長SDは高
く、3歳以下開始群の開始時平均身長SDは−2.8SDであったのに比し、8歳を超えて開始した群
(9歳以上開始群)では−3.4SDと有意に低かった。治療開始1年後に、3歳以下開始群では平均身
長SDは−2SDに達していた。
身長が標準身長の−2SD以上に達した割合を、治療開始1年後、3年後において検討した(図2、
3)。3歳以下開始群では、1年後において約50%の対象が身長−2SD以上となった。治療開始後
1年間の身長SD改善割合は、5歳までは年齢と共に低下した。治療開始3年後の身長SD改善割合
は、3歳以下開始群で1年後のSD改善割合と有意差はなかったが、4歳以下開始以降からは年齢依
−10−
存性に改善割合は低下したものの、1年後の割合と比較すると改善割合は増加していた。
図1 GH開始年齢別平均身長SDの変化
図2 GH治療開始1年後の身長SD改善割合
図3 GH治療開始3年後の身長SD改善割合
−11−
考察
日本人ターナー症候群において、早期に高用量GHで治療すると、良好な身長改善率が得られるこ
とが示された。特に、3歳以下の早期にGH治療を開始した場合、1年後には約半数の症例で身長
SDが標準範囲内に達しており、早期キャッチアップによる心理社会的改善やQOLの改善が期待で
きるものと考えられた。一方、投与開始年齢が遅い場合は、1年後のキャッチアップ割合が低年齢
開始よりも低いが、3年後には改善割合の増加が認められた。キャッチアップに時間がかかること、
約20%の症例では3年後にもキャッチアップしないことが示された。成人身長の改善や二次性徴の
適切な導入時期を確保するためには、5歳までの早期治療開始が効果があると考えられた。
−12−
ターナー症候群の体格指数の検討について
虎の門病院小児科 伊藤純子
成育医療研究センター 横谷 進
東京大学小児科 磯島 豪
1)ターナー症候群の新しい標準成長曲線の作成
成長科学協会に登録された成長ホルモン開始時身長・体重を用いて2009年にターナー症候群の新
しい成長曲線を作成、publishした(Isojima T, et al. New reference growth charts for Japanese
girls with Turner syndrome. Pediatrics International 2009;51, 709-714)
。しかし、本研究の対象集
団が成長科学協会に登録され成長ホルモン治療開始された症例(すなわちその時点ですでに低身長
である児)に限られるというselection biasによって、低年齢の集団では身長がより低く評価されて
いると考えられた。
上記のselection biasを解決するため、国立成育医療研究センターおよび虎の門病院で10歳前後か
ら成長ホルモン治療開始されたターナー症候群の年少時の身長・体重データを組み入れるなどの方
法により、revised new reference growth chartsを作成、Clinical Pediatric Endocrinologyに投稿
(Isojima T, et al. Proposal of New Auxological Standards for Japanese Girls with Turner
Syndrome. CPE 2010; 19(3), 69-82 :添付)。さらに日本小児内分泌学会を通じてrevised new
reference growth chartsを全国に配布した。
2)ターナー症候群に対する、GH治療による体格指標の変化についての検討。
Preliminaryなデータとして
(治療後1年目のBMI)/(開始時のBMI)を計算した
対象と方法
成長科学協会に登録されたターナー症候群「治療開始時」と「1年目」のデータにおいて
GH治療を受けたターナー症候群1370例のうち、1年後の身長・体重の計測値があり、
GH治療開始から計測時までの期間が 0.4∼2年のもの
968例、
0.8∼1.2年のもの 688例
それぞれについて(治療後1年目のBMI)/(開始時のBMI)を計算
結果
GH治療期間が0.4∼2年の968例では
1.023±0.027
GH治療期間が0.8∼1.2年の688例では
1.022±0.0023
したがって、治療後1年目で、BMIは約2%増加している
考察と今後の展望
1)に示した磯島らの新しい標準曲線には身長、体重に加えて、BMI標準曲線も記載されている。
それによると、ターナー症候群のBMI曲線M値は7歳から14歳の間では年々0.6∼0.8上昇している。
−13−
たとえば8−9歳でのM値の変化は 17.31/16.59=1.043、11−12歳でのM値の変化は19.48/
18.81=1.036であり、これらの年齢では平均的な成長をするターナー女児の1年後のBMIは約4%の
自然増加を示すことになる。
したがって、GH治療の効果をみるためには、今後、体格指標を、各年齢のターナーBMI
SDス
コアに換算したうえで治療による変化を評価し、GHの影響が有意であるかを検討することが必要で
ある。
−14−
−15−
−16−
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ターナー症候群の最終身長と合併症等に関するアンケート調査
(Preliminary Report)
羽二生邦彦、堀川玲子、田中敏章、長谷川奉延、藤田敬之助、横谷 進
一般女児では骨年齢が14、5歳になるとそこから最終成人身長到達まで2cmから1cm位の伸び
しか期待できないが、ターナー症候群では一般的に骨年齢が遅延する傾向にあり上記の骨年齢から
の伸び率もより大きい事が予想される。成長ホルモン(hGH)治療をうけたターナー症候群の最終
成人身長を検討することは本症におけるhGHの治療効果の判定や治療効果に及ぼす様々な要因の検
討を行う上でも重要である。
そのため、hGH治療を行い最終成人身長まで到達したターナー症候群の主治医にアンケート調査
の協力をお願いし、協力可能な医師より回答を頂いた。
また、これらのターナー症候群患者は殆どが成人となっているため、本症によく合併するとされ
ている多様な疾患の有無やその治療の有無、QOLと関連した現在の状況、学歴、受診科等について
も、この機会を借りてアンケート調査を行うこととした。アンケートの内容は表1に示す。
1)アンケート回収状況
1993年8月1日以前に出生し2009年8月1日までに16歳以上となったターナー症候群例を対象と
した。その結果は表2の如くであった。送付対象に比し協力可の数が少ない(887/1656=53.6%)の
はhGH治療終了後患者が受診していない、カルテが存在しない、主治医が転勤した、受診していた
施設が廃院となった等の理由によるもので、協力可の施設からの返答数は満足すべきものであった
(592/887=66.7%)。
2)アンケート結果の概略
骨年齢14歳から最終身長までFollow upできたのは72例で、その時の身長は144.4±0.6(SEM)cm
で最終成人身長は146.2±0.6cm、伸び率は1.8±0.2cm、骨年齢14歳時の暦年例は17.0±0.2歳、最終身
長到達時年齢は19.9±0.3歳で骨年齢14歳から最終身長到達までに3.6±0.3年を要した。
一方、合併症の頻度は慢性甲状腺炎が全体の25.3%、糖尿病5.4%、高血圧8%、高脂血症18.9%、
難聴6.4%、骨密度の低下43.6%、心血管系の異常11.8%、甲状腺疾患以外の自己免疫疾患1%、尿路
奇形11.2%、脊椎側弯症8.3%、肝機能障害12.0%、その他の合併症では癲癇が2.5%で最も多かった。
QOL関連のアンケート結果では、66.2%の症例がエストロゲン療法を受けており、その平均開始
年齢は15.9歳でその時の平均身長は141.9cmであった。一方、月経発来のためのカウフマン療法は
69.6%の症例が平均18.0歳から受けており、その時の平均身長は145.1cmであった。
最終学歴では短大、大学卒業以上が全体の43.7%で、中学卒1.4%、高校卒30.6%、専門学校卒
23.8%、養護学校卒0.5%であった。
現在の就職状況は就業中が61.0%、未就業が26.3%で、残る12.7%が現在学生となっている。
−29−
尚、現在の婚因率は5.6%であった。
最後に現在治療を受けている診療科であるが、有効回答数389例中小児科系(小児内分泌科・代
謝科、一般小児科)が最も多く206例、内科系(内科内分泌・代謝科、一般内科)が60例、婦人科
が121例、その他が27例であった(複数科受診例があり総数が回答数を越えている)
。
以上、成長科学協会にターナー症候群を登録されている多くの医師より暦年例16歳以上で骨年
齢14歳以降のAuxological data、合併症、QOL関連に関する貴重かつ豊富な情報が得られた。今回
はPreliminary reportであるが、さらに検討と解析を加え、内容を充実させ、報告書を完成させる
予定である。
−30−
表1 アンケート内容
Serial No.
御施設名
御担当医師名
氏名
生年月日(S.H) 年 月 日
登録番号
①上記患者さんにつき以下の項目をお埋め下さい。
骨年齢≧14才
となった時
年月日
その1年後
その2年後
その3年後
その4年後
その5年後
その6年後*
最近
S.H
S.H
S.H
S.H
S.H
S.H
S.H
S.H
年 月
年 月
年 月
年 月
年 月
年 月
年 月
年 月
日
日
日
日
日
日
日
日
身長
体重
暦年齢
骨年齢
S:昭和 H:平成です。いずれかを○で囲んで下さい。1∼6年後*のデータは直近のもので結構です。
②合併症とその治療の有無等につきまして該当するものを○で囲んで下さい。
1)慢性甲状腺炎(あり・なし・不明)
ありの場合
甲状腺自己抗体(陽性、陰性)
甲状腺ホルモン治療(あり・なし)
2)糖尿病(あり・なし・不明)
ありで薬物治療中の薬剤(インスリン・経口糖尿病薬)
タイプ(1型類似・2型類似・その他)および膵自己抗体(あり・なし・不明)
3)高血圧(あり・なし・不明)
治療(あり・なし)
4)高脂血症(あり・なし・不明)
治療(あり・なし)
5)難聴(あり・なし・不明)
補聴器(あり・なし)
6)心血管系の異常(あり・なし・不明)
ありの場合の病名( )
治療(あり・なし)、ありの場合の治療名( )
7)骨密度低下(あり・なし・不明)
治療(あり・なし)、ありの場合の薬剤名( )
8)自己免疫疾患(あり・なし・不明)
ありの場合の病名( )
9)尿路奇形(あり・なし・不明)
ありの場合の病名と合併症
〔重複尿管、馬蹄腎、その他( );二次性腎尿路系障害〕
10)脊椎側弯症(あり・なし・不明)
11)肝機能障害(あり・なし・不明)
12)その他の合併症(あり・なし・不明)
ありの場合の病名( )
13)二次性徴誘発の為のエストロゲン治療(あり・なし)
ありの場合の
開始時の年齢( 歳 ヶ月)と身長( cm)
薬剤名( )
14)カウフマン療法(あり・なし)
ありの場合の
開始時の年齢( 歳 ヶ月)と身長( cm)
薬剤名( )
なしの場合、月経(あり・なし)
15)現在の就職(あり・なし・不明)
16)最終学歴(中学校・高校・専門学校・短大・大学・大学院)
17)結婚歴(あり・なし)、現在結婚している(いる・いない)
18)現在治療を受けている科(複数選択可)
(一般小児科、小児内分泌代謝科、一般内科、内科内分泌代謝科、小児及び成人の内分泌代謝科、婦人科、その他 )
−31−
表2 アンケート回収結果
総送付数合計
544件(1656名)
・送付件数(主治医宛)
263件
・送付施設数(外来宛)
281件
アンケート協力可か否かの返答数
340件
アンケート協力可の総数
225件(887名)
アンケートの返答数
155件(592名)
−32−
結婚しているターナー女性の実態
大阪市立大学小児科 藤田敬之助
背景
ターナー症候群(TS)は不妊であることを理由に結婚できないと思っている人も多く、主治医や
親は告知をためらい、かつては告知を受けずに結婚しているTSも多かった。最近は自分がTSであ
ることを知った上で結婚する人も増えている。結婚しているTSの実態を検討した。
対象
本人・家族の会などの情報により結婚していることがわかっているTS 17例。
方法
目的・意義を説明し、アンケートに協力が得られたTSにアンケート用紙を郵送した。
結果
年齢は20代1例、30代12例、40代4例。身長は135−140cm 4例、141−145cm 7例、146−150cm
4例、151cm以上2例。妊娠しにくい体質と知ったのは10−15歳5例、16−20歳5例、21歳以上6
例、不明1例。妊娠しにくいことを知った方法は、医師から9例、母から3例、家庭の医学1例、
学校の授業1例。不明3例。結婚前にTSと知っていたのは16例、結婚後知ったのは1例。夫は妻の
TSを知っているのは15例、知らないのは2例。夫は妻の不妊を知っているのは全例。夫の両親は嫁
のTSを知っているのは6例、知らないのは11例。嫁の不妊を知っているのは13例、知らないのは4
例。現在、子どもを産むことを望んでいる夫婦は11例。うち3例は卵子提供により、1例は自然妊
娠により挙児を得た。望んでいないのは6例で理由は年齢が高い、経済的に無理、子どもがすべて
ではない、安全性に不安など。望んでいるTSからは姉妹からの卵子提供を認めて欲しい、世論の理
解が欲しい、卵子バンクがあればいい、iPS細胞の研究が進んで欲しい、里親制度が受け入れやすく
なって欲しいなどの意見が得られた。
考察
パートナーにTSを知らせた上で結婚するTSが増えている。卵子提供に対して賛否両論があるが
「是か非かを問う」という問題ではなく、その夫婦の人生観が大切と思われる。
謝辞
「ひまわりの会」の岸本佐智子さんの協力に感謝する。
(第84回 日本内分泌学会学術総会で発表)
−33−
重症成人成長ホルモン分泌不全症患者に対する
成長ホルモン補充療法のQOLに対する効果の性差について
東京大学医学部腎臓・内分泌内科 高野幸路
背景・目的
成人成長ホルモン分泌不全症の患者においては、体組成、脂質プロファイルの変化、骨密度の低
下等の身体面での問題や生命予後の悪化が引き起こされることが明らかになっており、成長ホルモ
ンの生理量の補充により身体的障害とともに、生命予後の悪化も改善することが証明された。成長
ホルモン補充療法が承認された際にこれらの効果が明らかになった。近年では成人成長ホルモン分
泌不全症患者に、脂肪肝や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の合併が多いことも明らかになり、
身体面での問題も多いことが明らかになっている。
これまで、身体面での効果については性差が存在することが知られており、最近の報告ではこの
性差は成長ホルモンがIGF1に及ぼす効果に性差があるために、IGF1の正常化が達成されるまでの
時間経過に差があることが一因であることが報告されている。
一方、成長ホルモン分泌不全症の患者においては身体面での問題に加え、社会心理的、症状関連
での問題があり、心理社会的障害、身体的障害の二つの面においてQOLの著しい低下が起こること
が報告されている。成長ホルモン補充療法は、QOLの低下についても改善をもたらすことが欧米か
らの複数の報告で示されている。
QOLの改善効果にも性差がある可能性があり、本邦の報告ではその検討は十分になされていない。
QOLの改善効果がGHの直接作用であるのかIGF1を介した作用であるのかも解明されておらず、心
理社会面のQOLと身体症状に関するQOLで作用機序が異なる可能性も考えられる。その場合、QOL
の分野によって性差の表れ方が異なる可能性もある。これらの疑問に答えるためには、QOLの改善
効果および改善の時間経過に性差があるのかを明らかにする必要がある。
そこで、成人成長ホルモン分泌不全症患者において、QOLの改善効果に性差があるかを明らかに
するために、重症成人成長ホルモン分泌不全症の患者に対して日本で開発された疾患特異性の高い
AHQによるアンケート調査を行い、その結果を解析した。
対象・方法
研究は、各施設の倫理委員会での承認を得て行った。アンケート調査の施行と利用は患者さんや
ボランティアの一般成人から書面によるインフォームドコンセントを得たうえで行った。ノルディ
トロピン® 成人成長ホルモン分泌不全症特定使用成績調査において2010年10月末時点でAGHDの新
規症例としてAHQを回収し得た74例を解析対象とした。これらの症例のうち、治療前と治療後の
QOLデータがそろっている40例(女性21例、男性19例)について解析を行った。
−34−
AHQの得点化
AHQには、心理・社会関連領域と症状関連領域の2つの主要領域があり、この下に下位領域が存
在する。
各質問項目の得点は「0が最悪、6が最良」となるように変換し、領域得点および下位領域に帰
属する質問項目の得点を単純和した後、100点満点に換算した。得点が高いほど、QOLが高いこと
を示す。
解析は領域別に治療前後(治療開始直前と治療3ヵ月後)のAHQスコアの変化の性差を比較した。
統計処理
投与前後の比較には対応のあるt検定、群間比較には分散が等しいと仮定したt検定を用いた。探
索的な解析のため、多重性は考慮しなかった。また、統計的検定は両側検定、有意水準は0.05とし、
統計解析にはSAS9.1.3を用いた。
結果
1.心理・社会領域でのGHによる改善効果の性差
心理社会領域全体でのQOLスコアは男性で治療前が56.6±20.1、治療3カ月後が63.6±21.0であり有
意な変化は認めなかった。女性では治療前が47.7±19.2、治療3カ月後が49.3±16.5で有意な変化は
認めなかった。治療前のスコアが女性で男性に比べ有意に低く、男女とも3カ月の治療では有意な
変化が確認できなかった。今後症例数を増した解析結果と、6ヵ月後、1年後の成績を待ちたい。
2.症状関連領域でのGHによる改善効果の性差
症状関連領域全体でのQOLスコアは男性で治療前が62.0±17.2、治療3カ月後が69.3±17.1と有意
な改善を示した(p=0.0047)。女性では治療前が54.0±14.9、治療3カ月後が59.2±12.8とこれも有意
な改善を示した。症状関連領域の方が、治療後早期に改善効果を認めることが明らかになり、3カ
月の時点では改善の程度もあまり性差が認められていないことが示された。この点についても、症
例数の増加と6カ月、1年後の成績を待ちたい。
考察
心理・社会領域については、治療前のQOLスコアに性差が認められ、女性の方がQOLスコアが有
意に低かった。また治療3カ月では改善効果は認めなかった。症状関連領域については、男女とも
にQOLの改善を認め、この時点では明らかな性差は認めなかった。今後、症例数を増加し、観察期
間を増すことによりGH治療のQOLに対する効果の性差について解明してゆきたい。
−35−
図1 心理社会領域でのGH治療効果の性差
図2 症状関連領域でのGH治療効果の性差
−36−
成長ホルモン分泌不全性低身長症で成人身長に到達した患者での身長とGH投与量の関係
北海道大学小児科 田島敏広
成長ホルモン分泌不全性低身長症で成人身長に到達した患者での身長とGH投与量の関係を検討し
た。
成人身長到達症例の収集が困難であったため、解析が不可能であった。今後成人身長評価につい
ては難しいため、GH投与後1、2、3年目までのGH投与量と身長の伸びを比較し、GH投与の適正
投与量を検討したい。
−37−
成長ホルモン治療による二次性腫瘍に関する研究
広島赤十字・原爆病院 小児科 西 美和
「小児がんの既往を有する患者にヒト成長ホルモンを投与した場合、二次性腫瘍の発現リスクが上
昇するとの報告がある」
1.表現があいまい、それではどうすべきか?
① 二次性腫瘍=二次がんと誤解されやすい → 二次性腫瘍には、良性(meningiomaなど)と悪性
を含むことが記載されていない。
②「----
との報告がある」→ それでは、医療現場では患者・家族に対してどのように対処すべ
きか? 医療現場任せ?
③ いかにも、GH治療すると二次性腫瘍(二次がん?)の発症が高まるとの印象を与える?
④ GH治療と二次性腫瘍(二次がん)発症と因果関係はあるとは断定されていない。GH治療が危
険因子であるかどうかは不明。← ただ、「--- との報告がある」のみ
U.S.のWarnings and precautions
In CCS, an increased risk of a second neoplasm has been reported in patients treated with
somatropin after their first neoplasm. Intracranial tumors, in particular meningiomas, in patients
treated with radiation to the head for their first neoplasm, were the most common of these
second neoplasm.
→ GH治療と二次性腫瘍(二次がん?)発症と因果関係はあるとは断定されていない。 ← ただ、
「--- との報告がある」のみ
2.報告がある以下の2論文
1.Sklar CA, et al. 2002 Risk of disease recurrence and second neoplasms in survivors of
childhood cancer treated with growth hormone: a report from the Childhood Cancer Survivor
Study. J Clin Endocrinol Metab 87:3136-3141, 2002.
2.Ergun-Longmire B, Sklar CA , et al. Growth hormone treatment and risk of second
neoplasms in the childhood cancer survivor. J Clin Endocrinol Metab 91:3494-3498, 2006.
The Childhood Cancer Survivors Study (CCSS)、1970 ∼1986年に発症した患者(21歳以下)で、5
年以上生存者. Craniopharyngiomaは除外
−38−
2文献の要旨と問題点
2002年にGH治療Childhood Cancer Survivors (CCS)では、GH未治療CCSに比して二次性腫瘍
(second neoplasm)発症が3倍多いと報告したが、32か月後の再検討では、二次性腫瘍発症の危険
性は約2倍に減少したと報告。
1) 一般人でもCCSでも腫瘍、がんの発症は経年的に増加するのに対し、この再検討では逆に減少
していることから、GH治療と二次がん発症とは関係ない可能性が高い?
2) 二次性腫瘍(GH未治療群での):2002年には344例 → 2006年には555例と、32ヶ月間で111例
増加。→ 32か月後の再検討ではGH未治療群での二次性腫瘍が増加したので、GH治療群での
二次性腫瘍発症の危険性は約2倍に減少した可能性がある。→ 2006年報告からすでに約4年経
過しているので、その後のdataはあるのか? → その後のdataを報告する責任がある?
3) 二次性腫瘍(GH未治療群での):1970 ∼1986年の発症患者(21歳以下)で、2002年報告時
(344例)には、すでにかなり年数が立っているので、もし32カ月間で111例(約40例/年)の割
合で増加しているなら2002年報告時には344例以上あっても不思議ではない(経年的に増加す
ることは無視できないが) → キチンと報告されていない? 見逃されていた?
4) 2002年論文:When the analysis was restricted to malignant SN (excluding meningiomas), the
effect of GH on the risk of SN was no longer observed.
2006年論文:このような記載なし。
5) 2006年論文:二次性腫瘍20例全例が固形腫瘍で、meningioma(髄膜腫、ほとんどが良性)が
9例(45%)を占めている。
6) 2006年論文:GH治療群での二次性腫瘍は、20/361(5.5%)(meningiomaを含む)、11/352
(3.1%)(meningiomaを含まない)。GH未治療群での二次性腫瘍は、555/13,747(4.0%) →
meningioma を除外すれば3.1%と4.0%で相違なし!
7) meningioma 9例の原疾患は脳腫瘍で頭部照射を受けている。
元来、meningiomaは、GH治療とは無関係に頭部放射線治療後に発症する危険性がある。
8) meningiomaは無症状の期間が長く、GH治療患者には積極的に頭部MRI/CT検査をした可能性
があり、GH治療をしなくても数年後にはmeningiomaを発症した症例を早期に発見した可能性
がある。実際に、meningiomaを発症したGH治療群(361例中9例)の頭部放射線治療から
meningioma診断までの期間は12.2年で、GH無治療でmeningiomaを発症したGH無治療群
(13,747例中62例)の19年よりも短く、GH治療群では頭部MRI/CT検査が積極的に行われたこ
−39−
とが示唆される。
9) GH治療により発症したであろうmeningiomaが早く大きくなった?
10) GH治療量・治療期間と二次がん発症との関連はない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
Bell J, et al. Long-term safety of recombinant human growth hormone in children. J Clin
Endocrinol Metab 95:167-177, 2010.
The National Cooperative Growth Study (NCGS)で、1985∼2006年1月の調査、GH治療期間のみ、
約55,000人で、内1,500人:intracranial malignancies(craniopharyngiomaは除外)、1,000人:
extracranial malignancies
問題点:
1)GH未治療群での二次性腫瘍発生率のdataなし
GH治療
1,000
二次性腫瘍
例
patient-year
of GH Tx
Sklar
元の疾患
頭部
Meningi-
Glioblasto
頭蓋内
Rx
oma
ma/glioma
腫瘍
白血病
Retinoblastoma
あり
4.3
後も含む*
20
20
9(45%) 3(15%) 14(70%) 4(4%)
4.6
中のみ
49
37
3(6%) 14(29%)
0
2論文
Bell
不明
18(37%) 5(10%)
* GH治療終了後何年までフォローすればよい?
経年的に腫瘍は増加するので、フォロー期間が長ければ長いほど発生する
GH治療終了後のフォローは不完全である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
放射線療法:二次性腫瘍発生の危険因子であることは認められているが、
GH治療が危険因子であるかどうかは不明。
⇒ GH治療が危険因子かどうかは、頭蓋内腫瘍群と頭蓋外腫瘍群とを分け、各々の群でGH治療あ
り+放射線量あり群とGH治療なし+放射線治療あり群とでの比較検討が必要である。
−40−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヨーロッパの状況
SAGhE Study in Europe http://saghe.aphp.fr/site/spip.php?article40
約33,000例の主としてCCSのdataを2010年まで集めて解析するので、現時点では、U.S.や日本でのよ
うな「Warnings and Precautions」しない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本:CCSへのGH治療は脳腫瘍が多いので、脳腫瘍を診ている脳外科医の
意見は?
白血病、MLを診ている小児血液専門医の意見は?
小児期
1.血液腫瘍性疾患(白血病、M Lなど)
2.頭蓋内腫瘍(intracranial malignancy)
3.固形腫瘍(extracranial malignancy)(骨肉腫、神経芽腫など)
で治療法も違い、二次性腫瘍、二次がん発生率も違うので3群に分けて考える必要あり!
放射線療法:
二次性腫瘍・がん発生の危険因子であることは認められているが、
GH治療 が危険因子であるかどうかは不明。
⇒ GH治療が危険因子かどうかは、
1.血液腫瘍性疾患群(白血病、M Lなど)
2.頭蓋内腫瘍群
3.頭蓋外腫瘍群とに分け、各々の群で
放射線治療あり + GH治療あり 群
放射線治療あり + GH治療なし 群
の間での比較検討が必要である。
Y. Nishi. Growth hormone treatment and risk of second neoplasms in childhood cancer survivors.
JCEM(3 November 2010) http://jcem.endojournals.org/cgi/eletters/95/1/167
−41−
重症成人成長ホルモン分泌不全症患者の治療成績に関する研究
主任研究者 高野幸路 (東京大学医学部腎臓・内分泌内科)
共同研究者 置村康彦 (神戸女子大学栄養学科)
田原重志 (日本医科大学脳神経外科)
背景・目的
成人成長ホルモン分泌不全症の患者においては、体組成、脂質プロファイルの変化、骨密度の低
下等の身体面での問題や生命予後の悪化が引き起こされることが明らかになっており、成長ホルモ
ンの生理量の補充により身体的障害とともに、生命予後の悪化も改善することが証明された。成長
ホルモン補充療法が承認された際にこれらの効果が明らかになった。近年では成人成長ホルモン分
泌不全症患者に、脂肪肝や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の合併が多いことも明らかになり、
身体面での問題も多いことが明らかになっている。
一方、成長ホルモン分泌不全症の患者においては、これらの身体面での異常に加え、社会心理的
や症状関連での問題もあり、心理社会的障害、身体的障害の二つの面においてQOLの著しい低下が
起こることが報告されている。また成長ホルモン補充療法は、QOLについても改善をもたらすこと
が欧米からの複数の報告で示されている。
わが国では、重症成人成長ホルモン分泌不全症患者に対して第3相の臨床試験が複数行われ、そ
れぞれで成長ホルモン補充療法が体組成、脂質プロファイルの改善をもたらすことが示された。こ
れらの成果により成長ホルモン補充療法は承認され、わが国でも多くの患者が補充療法の恩恵に浴
するようになっている。これらの第3相臨床試験では、QOLの改善については有意な効果を証明す
ることができなかった。日常臨床における医師の経験とも異なる結果であり、これらの試験に用い
られている方法に限界があった可能性が考えられる。実際にGH補充療法を受けている患者さんの報
告や、主治医の観察からもQOLの改善が示唆される。また、QOLの改善は患者の治療継続の重要な
動機になっている。
本研究事業において昨年度までの研究で、日本の重症成人成長ホルモン分泌不全症の患者に対し
て日本で開発された疾患特異性の高いAHQによるアンケート調査を行い、成長ホルモン補充療法が
これらの患者さんのQOLに改善をもたらすかを検討した。その結果、治療前後のQOLで有意な改善
を明らかにした。一方、治療を受けなかった成長ホルモン分泌不全症患者についてもAHQを用いた
アンケートを行いQOLの経年変化が少ないことを確認した。このことから、治療で認められた有意
なQOLの改善が偶然によらないことが確認できた。しかしながら、これまでの研究では一般成人に
比べ重症成人成長ホルモン分泌不全症患者のQOLがどの程度低下しているかは明らかになっていな
い。
そこで、本年度の研究では、
1、 日本の重症成人成長ホルモン分泌不全症患者のQOLは一般成人に比較して低いか。
−43−
2、 重症成人成長ホルモン分泌不全症患者に対する成長ホルモン補充療法の効果は、異なる(これ
まで研究した患者集団とは独立した)患者集団でも認められるか。
の二つを明らかにすることを目的とした。
対象・方法
研究は、各施設の倫理委員会での承認を得て行った。アンケート調査の施行と利用は患者さんや
ボランティアの一般成人から書面によるインフォームドコンセントを得たうえで行った。ノルディ
トロピン®成人成長ホルモン分泌不全症特定使用成績調査において2010年10月末時点でAGHDの新規
症例としてAHQを回収し得た74例と下垂体機能低下症のない一般成人より回収したAHQ67例を解
析対象とした。
AHQの得点化
AHQには、心理・社会関連領域と症状関連領域の2つの主要領域があり、この下に下位領域が存
在する。
各質問項目の得点は「0が最悪、6が最良」となるように変換し、領域得点および下位領域に帰
属する質問項目の得点を単純和した後、100点満点に換算した。得点が高いほど、QOLが高いこと
を示す。
解析1 成人成長ホルモン分泌不全症患者と一般成人のAHQスコアの分布
1.領域別
2.下位領域別
解析2 投与前後のAHQスコアの比較
1.投与前と投与3ヵ月後の比較 領域別
2.下位領域別
統計処理
投与前後の比較には対応のあるt検定、群間比較には分散が等しいと仮定したt検定を用いた。探
索的な解析のため、多重性は考慮しなかった。また、統計的検定は両側検定、有意水準は0.05とし、
統計解析にはSAS9.1.3を用いた。
結果
1.日本の重症成人成長ホルモン分泌不全症患者のQOLは一般成人に比較して低いか
1−1 主要2領域の差
AHQ質問紙を用いたQOLについて、重症成長ホルモン分泌不全症患者のQOLが一般成人のQOL
と差が認められるかを検定した。重症成長ホルモン分泌不全症患者では74例では心理・社会領域で
−44−
53.0±19.2であり、症状領域では58.2±15.1であり、一般成人67例については心理・社会領域で67.7±
16.4であり、症状領域では75.3±16.2であった(図1)。重症成長ホルモン分泌不全症患者のQOL
scoreが有意に低いことが明らかになった。
1−2 心理・社会領域での下位領域の差
図2に示されるように、対人関係以外のすべての下位領域で、重症成人成長ホルモン分泌不全症
患者のQOLスコアが一般成人に比して有意に低いことが明らかになった。
1−3 症状領域での下位領域の差
図3に示されるようにすべての下位領域で、重症成人成長ホルモン分泌不全症患者のQOLスコア
が一般成人に比して有意に低いことが明らかになった。
2.成長ホルモン補充療法を受けた重症成長ホルモン分泌不全患者においてQOLの変化は観察され
るか
2−1 AHQの主要2領域の変化
AHQの主要2領域について治療前後を調べた。心理・社会関連領域について、治療前は51.9±
19.9、治療後は56.1±19.9で有意な改善を認めなかった。一方、症状関連では、治療前が57.8±16.4、
治療後は64.1±15.6で治療前後の変化量は6.2±1.6と有意な改善を認めた。GH治療3カ月後という比
較的早期では症状関連のQOLが先に改善し、心理社会領域の改善はまだ認めないことが示された。
昨年報告した、本研究の対象とは独立した患者群においては6カ月目には両領域ともに有意で大き
い改善を示したことから、6カ月目を解析することで改善の時間経過が明らかになると考えられる。
(図4)。
2−2 心理・社会関連領域で想定される下位領域の変化
下位領域として、うつ気分、社会活動の制限、気力・活力、睡眠、治療への不安、対人関係が分
けられているが、これらの詳細をみると、うつ気分で治療前が44.8±25.0、治療後が48.8±25.0、社
会活動の制限で治療前が61.2±22.8、治療後が65.5±22.5、気力・活力で治療前が47.3±24.1、治療後
が52.3±25.8、睡眠で治療前が48.6±26.0、治療後が55.4±22.7、治療への不安で治療前が58.2±24.1、
治療後が59.0±23.7といずれの下位領域においても有意な変化は認められなかった(図5)
。
2−3 症状関連で想定される下位領域の変化
下位領域として、体温調節、全般的体力、免疫・消化器・筋骨格、尿量調節、皮膚・視覚、体重、
性機能が分けられているが、これらの詳細をみると、体温調節で治療前が49.9±24.0、治療後が
58.6±22.7、全般的体力で治療前が39.1±23.4、治療後が50.3±21.2、免疫・消化器・筋骨格で治療前
が68.6±19.2、治療後が71.1±16.9、尿量調節で治療前が53.7±26.5、治療後が64.8±25.7、皮膚・視
−45−
覚で治療前が62.7±20.2、治療後が69.5±18.8、体重で治療前が50.1±27.5、治療後が51.1±24.1、性
機能で治療前が70.8±23.9、治療後が74.2±21.3と免疫・消化器・筋骨格、体重、性機能以外の多く
の下位領域において有意な改善を認めた(図6)
。
参考、昨年報告したように、成長ホルモン補充療法を受けていない重症成長ホルモン分泌不全患
者における6カ月間隔前後でのAHQの変化は以下のようになる。
AHQの主要2領域の変化(参考図1)
成長ホルモン補充療法を受けた患者において治療前後にQOLの改善が得られることが明らかになっ
たが、これが偶発的に起こりうるものであるかを明らかにするために、同程度の数の成長ホルモン
を受けなかった重症成人成長ホルモン分泌不全症の患者において同程度の期間をおいて2回QOL調
査を行い、QOLの変動が大きく生じうるかを検討した(図5)
。
AHQの主要2領域について変動を調べた。心理・社会関連領域について、治療前は79.0±15.1、
後は75.7±14.6でQOLに有意な変化は認めなかった。症状関連では、治療前が78.4±12.2、治療後は
72.7±14.1でQOLに有意な変化は認めなかった。時間経過による変化率はQOLが低下する方向であっ
た。
心理・社会関連領域で想定される下位領域の変化(参考図2)
参考図2に示すように心理・社会関連領域で想定される下位領域についても、社会活動の制限が
時間経過とともに低下している以外には有意な変化は観察されなかった。
症状関連で想定される下位領域の変化(参考図3)
参考図3に示すように症状関連で想定される下位領域についても、体重の項目でQOLの低下が認
められた以外は有意な変化は観察されなかった。
考察
本研究では、十分な数の成人成長ホルモン分泌不全症の症例と一般成人のQOLを比較することが
できた。その結果、心理社会領域と症状領域の両領域において成人成長ホルモン分泌不全症患者さ
んがQOLの低下を示していることが明らかになった。これは、これまで十分には解明されてこなか
ったことであり、明らかにできた意義は大きい。今回の途中経過報告では、一般成人ボランティア
のエントリーがまだ不十分であったこともあり年齢、性別の厳密なマッチングが行えなかったが、
今後十分な結果を集積して正確な比較を行う予定である。
一方、成長ホルモン治療前後でQOLの評価が可能であったのは40例であったが、3カ月目という
比較的早期にもかかわらず症状関連領域で有意な改善が認められた。このことはAHQ評価表による
QOL評価が日本人の成人成長ホルモン分泌不全症患者のQOL評価および成長ホルモン補充療法によ
るQOLの変化を解析する上で、有効な評価方法であることを示している。これまでの、QOL-
−46−
AGHDAやSF-36で評価できなかった成長ホルモン補充療法によるQOLの改善を明らかにできたこ
とは重要な結果である。
昨年の報告で、成長ホルモン補充によるQOL改善が偶発的に起こりうるものであるかを明らかに
するために、成長ホルモンを受けなかった重症成人成長ホルモン分泌不全症の患者において約6カ
月の期間をおいて2回QOL調査を行い、QOLの変動が大きく生じうるかを検討した。その結果、未
治療患者では期間をあけて行った2回の質問において、有意な変化は認められず、変化量は経時的
にQOLが低下する方向に変動する場合が多かった(参考図1−3)
。
今回昨年の報告と独立した患者群において成人成長ホルモン分泌不全症患者の、とくに症状関連
領域でのQOL改善が3カ月という比較的短期間で得られた。これらの結果から、成長ホルモン治療
によるQOL改善は偶発的な現象ではないと考えられた。
図1 重症成人成長ホルモン分泌不全症患者と一般成人のQOLの比較
−47−
図2
図3
−48−
図4 成長ホルモン治療前後の主要2領域の変化
治療前と治療後3ヵ月後の変化
図5 心理・社会関連領域で想定される下位領域の変化
−49−
図6 症状関連で想定される下位領域の変化
参考図1 未治療患者のQOLの変動
−50−
参考図2 未治療患者の心理・社会関連領域で想定される下位領域の変動
参考図3 未治療患者の症状関連で想定される下位領域の変動
−51−
成長ホルモン(GH)および関連因子の測定に関する研究
主任研究者
島津 章
(国立病院機構京都医療センター臨床研究センター)
共同研究者
立花克彦
(日本ケミカルリサーチ株式会社)
勝又規行
(国立成育医療研究センター研究所)
肥塚直美
(東京女子医科大学内分泌センター内科)
横谷 進
(国立成育医療研究センター生体防御系内科部)
圭太
顧 問
(大阪大学大学院医学系研究科)
堀川玲子
(国立成育医療研究センター生体防御系内科部)
田中敏章
(たなか成長クリニック)
はじめに
成長ホルモン(GH)と関連因子であるインスリン様成長因子-Ⅰ(IGF-Ⅰ)の測定はGH分泌異常
症の診断と治療に必須であり、視床下部・下垂体機能の指標の一つとしても用いられる。従来、放
射性同位元素(RI)を用いたポリクローナル抗体による競合型免疫測定法(ラジオイムノアッセ
イ:RIA)であったが、モノクローナル抗体による捕捉抗体と標識抗体によるサンドイッチ型の非
RI免疫測定法が主流となり、測定時間の短縮・検体量の少量化・測定感度にすぐれた全自動測定キッ
トが数多く開発された。しかし、測定キットにより測定値のバラツキが問題となり、その対策とし
て成長科学協会GH・関連因子測定検討専門委員会による測定値補正式の作成、リコンビナントGH
の較正標品の導入による測定値の標準化が行われた。
1.GH測定キット間差に関する研究
現在、GH測定キットは、GHキット「第一」(株式会社テイエフビー)、ST Eテスト「TOSOH」
ⅡHGH(東ソー株式会社)、Access GH(ベックマン・コールター株式会社)、シーメンス・イムラ
イズ GHⅡ2000(シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社)の4社、IGF-Ⅰ測定キッ
トは、IGF-Ⅰ(ソマトメジンC) IRMA「第一」(テイエフビー株式会社)、ソマトメジンC・Ⅱ
「シーメンス」(シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社)の2社である。
流通しているGH測定キットのメーカーに協力を依頼し、測定値標準化後のキット間差について各
測定キットによる同一検体の測定を行う調査の実施を計画している。予備的検討では、キット間差
がなお認められている結果であるが、免疫学的測定法で避けられない抗体の親和性・特異性やマト
リックス効果について検討を加える予定である。
2.国際的なGH/IGF-Ⅰ測定標準化
IFCC(International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine)認証の下、
GH測定に関する国際ワーキンググループ(WG)が、Bidlingmaier教授をWG長として形成された。
2009年10月15日∼17日米国キスウィックにて開催されたGHおよびIGF-Ⅰ測定の国際的協調のため、
−53−
なすべきことの定義、戦略、実施に関するコンセンサス会議の成果が、2011年Clinical Chemistry
誌1)に掲載された。その概要については、平成22年度の国際協力研究助成報告2)に記載したが、GH
の国際標準品はIS 98/574を、IGF-Ⅰの国際標準品はIS 02/254(Bruns C, et al. GH IGF Res 2009;
19(5): 457-462)を用い、測定法に関する情報開示、精度管理が提示された。今後、コントロール
プール血清作成や基準範囲設定に関する国際協力・協調が必要である。
参考文献
1.Clemmons DR. Consensus statement on the standardization and evaluation of growth
hormone and insulin-like growth factor assays. Clin Chem. 2011; 57(4): 555-559.
2.島津 章:GH/IGF-I測定の現状と未来に関するコンセンサスワークショップに参加して、成長
科学協会年報 2009年度
−54−
ヨウ素摂取と妊婦及びその出生児の甲状腺機能に関する臨床的研究(中間報告書)
1.分娩周辺期のヨウ素代謝の母子間相関について
2.早期産児のヨウ素代謝について
研究責任者
布施養善(国立成育医療研究センター研究所共同研究員、サヴァイクリニック)
共同研究者
小川博康、的野博、五十嵐雄一、藤田正樹
(医療法人 小川クリニック)
布施養慈(仲町台レディースクリニック)
荒田尚子、原田正平
(国立成育医療研究センター)
研究の背景と目的
甲状腺ホルモンは胎児の発育、発達に不可欠であり、特にヨウ素欠乏地域においては妊娠中のヨ
ウ素欠乏は胎児の重篤な精神発達障害をもたらす一方、周産期のヨウ素負荷(母体のヨウ素過剰摂
取、ヨウ素を含む消毒薬の使用など)により新生児の一過性甲状腺機能障害が報告されている。ヨ
ウ素は甲状腺ホルモンの合成に必須であり、胎児では胎盤を介して母体から移行するヨウ素を利用
して胎児甲状腺で甲状腺ホルモンの合成がおこなわれている。胎児に移行したヨウ素は胎児尿から
羊水中に排泄され、さらに羊水が胎児に嚥下されることによりヨウ素は再利用されると考えられる
が、詳細は明らかではない。出生と同時にヨウ素の供給源は胎盤を介した母体血から母乳あるいは
人工乳へと切り替っていく。妊婦、褥婦のヨウ素動態については胎児へのヨウ素移行率、胎児での
ヨウ素利用率、母乳への移行率とその妊娠時期による変化など不明な点が多い。本研究の目的はこ
れらの機序を明らかにすることである。
研究計画1:分娩周辺期のヨウ素代謝の母子間相関について
対象と方法:妊娠36週以降の帝王切開で分娩予定の甲状腺疾患の既往歴、現病歴のない妊婦とその
新生児30組、文書により研究への同意が得られたもの。
①帝王切開時に羊水と臍帯動脈(胎児)血と臍帯静脈(母体)血を採取し、血清ヨウ素濃度を測定。
②入院時(手術前日)に母体の随時尿と血液を採取し、尿中ヨウ素、クレアチニン濃度、血清ヨウ
素、FT4、FT3、TSHを測定する。
③分娩(手術)後3日間、母体の24時間蓄尿をし、尿中ヨウ素を測定する。
④生後3日目前後の新生児の尿中ヨウ素、血清ヨウ素、FT4、TSHを測定する。
⑤分娩前の母体のヨウ素摂取量(質問紙法による食物摂取頻度票による)を調査する。
⑥分娩後7日目前後に褥婦血液と母乳中のヨウ素濃度を同時に測定する。
研究計画2:早期産児のヨウ素代謝についての縦断的研究
対象と方法:在胎37週未満の早期産児を3群(在胎28週未満、29−32週、33−36週)に分け、各群
30例、合計90例において出生時から修正在胎37週に達するまで、尿中ヨウ素、クレアチニン血清
−55−
TSH、FT4を測定し、ヨウ素代謝と甲状腺機能の変化と関連を観察する。
現在までの研究経過と今後の予定
成長科学協会指定研究課題としてヨウ素代謝と甲状腺機能について妊産婦、新生児、小児を対象
とした研究をおこなってきた。平成18-19年度の研究において妊婦701例、褥婦545例、新生児722例
を対象に妊娠分娩経過に伴う母体の尿中ヨウ素排泄量の変化と母子の甲状腺機能について報告し
(参考文献1、2)、現在、論文の刊行準備をおこなっている。さらに加工食品中のヨウ素含有量を
測定し、食事からのヨウ素摂取量を推定するための食事調査法(質問紙法による食物摂取頻度調査)
を開発し、発表した(参考文献3、4)
平成20-21年度研究課題は「周産期の母体のヨウ素摂取と新生児の甲状腺機能との関連について」
であり、周産期(妊娠第3三半期から産後1ヶ月まで)の母体、新生児、乳児のヨウ素代謝と甲状
腺機能を検討するものである。神奈川県横浜市内の小川クリニックおよび仲町台レデースクリニッ
クにおいて分娩予定の妊婦のうち、研究に同意を得られた症例が現時点で119例と予定症例数(100
例)に達したので、保存した生体材料の尿中ヨウ素濃度、血液甲状腺ホルモン・甲状腺自己抗体を
測定し、また改訂食事調査票による推定ヨウ素摂取量の統計学的検討をおこない、発表、刊行する
予定である。
本年度(平成22年度)の研究経過について
研究計画1は前年度と同じ研究対象施設において対象症例のエントリーを開始し、生体材料を保
存している段階である。
研究計画2については新生児集中治療施設との打ち合わせの段階で、実施に至っていない。
参考文献
1.布施養善ほか(2009):妊娠・分娩・産褥期のヨウ素代謝の変化と甲状腺機能に関する臨床的
研究、第52回日本甲状腺学会、名古屋
2.FUSE Y. et. al(2010) : Iodine status of Japanese pregnant women: reference values for spot
urine iodine concentrations in iodine-sufficient region. 14th International Thyroid Congress,
Paris
3.布施養善ほか(2011):日本人のヨウ素摂取量推定のための加工食品類のヨウ素含有量につい
ての研究.日本臨床栄養学会雑誌 32:26-51
4.布施養善ほか(2011):食物からのヨウ素摂取量を推定するための食物摂取頻度調査票作成の
試み.日本臨床栄養学会雑誌 32:147-158
−56−
低身長の生活の質
低身長児の身長イメージと心理社会指標の関連
研究代表者
花木啓一 (鳥取大学医学部保健学科母性小児家族看護学講座)
共同研究者
西村直子、木村真司、遠藤有里、南前恵子
(鳥取大学医学部保健学科母性小児家族看護学講座)
田中敏章 (たなか成長クリニック)
有阪 治 (獨協医科大学小児科)
神闢
晋 (鳥取大学医学部周産期・小児医学分野)
はじめに
低身長児が自分の身長について抱くイメージを評価する方法として従来から用いられていたシル
エット式は、低身長から高身長までの人間の模式図を一列に並べて、自分に相当する身長の図を選
択させる方式であった。しかし、自分の身長をこのような平面図で意識することは日常的であると
はいえない。私たちは現在までに、児の自分自身の身長に対する認識の様子をより正しく把握する
ために、児が低身長から高身長の相手それぞれと対面している模式図を作成し、児が日常的に感じ
ている身長差を意識しながら自分に相当する人間の模式図を選択できるようなテストを開発し、検
討を重ねてきた。平成20年∼21年までの本研究助成により、健常小児については、従来のシルエッ
ト式よりも、この対面式の方が実測身長と良い相関を示すことが明らかとなった1)。
一方、療法を受けているか否かにかかわらず、低身長児とその親は社会心理的ストレスを抱える
可能性がある。現状では、低身長児とその家族に対しての外来や地域での系統的な心理的サポート
は確立されていない。そのため、低身長児の身長イメージ、低身長児の心理社会指標の解析に加え
て、低身長児の家族が、低身長であることについてどのような思いや不安を持っているのかを分析
することは重要であると考えられる。
本研究では、低身長児のイメージ身長と心理社会指標の関連を検討するとともに、低身長児を養
育する保護者の思いを解析することにより、低身長児の心理社会ストレス発症にかかわる機構につ
いての知見を得ることを目的とした。
対象
1)低身長児
低身長を主訴に小児科外来を受診した6∼18歳の74名を対象とした。男女別に、年齢と身長SDス
コアの、平均、SD値、最小、最大値を示す(表1)。年齢は11.6+−2.7歳、身長SDスコアは−
2.3+−0.9、範囲は−6.1∼−0.4であった。同様に、年齢群別に、身長、身長SDスコア、体重の平均
とSD値を示す(表2)。
2)低身長児の母
上記の低身長児を養育する母の中で、意識調査への同意の得られた者16名。
−57−
表1.低身長群の属性(年齢・身長)
表2.低身長群の属性(年齢群別)
方法
1)低身長児に対して
a)イメージ身長
対面式身長イメージ評価方法を用いた。こちらを向いている50パーセンタイルの平均的な身
長の小児と、それぞれ3、25、50、75、97パーセンタイルの自分が向かい合っている図を用い、
平均的な身長の小児と向かい合った場合に、自分がどの図に相当するかを選択させた(図1)
。
図1.対面式身長イメージ評価表
b)実測身長
外来受診時に測定した身長、体重と年齢別標準身長より、SDスコアを算出した。
c)心理社会指標
Harterによって開発されたSelf-Perception Profileの日本語版を用いた(以下、SPP)2)。SPP
は、学業能力・運動能力・容姿・友人関係・道徳性・全体的自己価値の6つと、高校生につい
ては親友関係・異性関係・職業の3つの側面を加えた指標で構成されている。各側面の粗点の
SDスコアを評価に用いた。4件法にて各項目で評価の高い方から4、3、2、1と得点化し
ており、高い得点が自尊感情が高いことを示す。
自記式のSPP質問紙を小児科外来で配布し、本人に記入を求めた。
−58−
2)低身長児の母について
a) 自由記載式の質問紙を用い、自身の養育する低身長児について、日常生活での心配事や問題
点、受けている治療についての心配事、等の記載を求めた。質問紙の配布は、低身長外来の定
期受診時に実施した。
3)解析方法
a) 統計用パッケージ SPSS ver 13.0を用いた。単純集計、Man-Whitney検定、Kruskal wallis
検定、一元配置分散分析を用いて検討した。有意水準はp<0.05とした。
b) 実測身長と対面式イメージ身長はそれぞれ、低身長から高身長の順に5つに区分し、それぞ
れclass1∼5と表記し、その数値をノンパラメトリック分析に用いた。
c) 自由記載データの解析には、内容分析法を用いた。母による自由記載の文章を複数回、読み、
不安や悩みとして記録された文脈を抽出して1文からなる解析単位へ分割した。その単位を類
似性と相違性により帰納的にカテゴリー化しラベルをつけた。信頼性確保のため、複数の研究
者で内容を確認し一致させた。
4)倫理的配慮
鳥取大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号1163、1273)。対象者とその保護者に
は文書にて研究の目的・意義などを説明した。調査は匿名で行い、回答は任意とした。質問紙の提
出をもって同意とした。
結果
1)低身長群のイメージ身長と実測身長の比較
低身長群の実測身長とイメージ身長の相関を図2に示す。低身長群のイメージ身長と実測身長の
間の相関は乏しく(r=0.22)、なかには大きく乖離している例がみられた。
図2.実測身長とイメージ身長の相関:低身長群
−59−
2)低身長群の心理社会指標
小・中学生では6種の、高校生では9種のSPP素点から、一般集団の平均値とSD値を用いて、
SPPのSDスコアを算出した。小・中・高校生それぞれの、SPPのSDスコアを記す(表3)
。
a) 小学生の低身長群では、容姿評価スコアの平均が−0.35 SDで有意に低値であった。一方、
全体的自己価値、友人関係評価のスコアは、それぞれ+0.47 SD、+0.61 SDと高い傾向を示した。
b) 中学生でも小学生と同様に、低身長群で容姿評価スコアが−0.41 SDと低く、逆に友人関係
評価は+0.33 SDと高い傾向を示したが正常群との差はなかった。
c) 高校生の低身長群では、運動能力評価のみが低い傾向であった。一方、友人関係評価は
+0.91 SD、全体的自己価値は+0.57 SDと、正常群に比べて高い傾向を示した。
3)母親の自由記載項目の内容分析
母親の表出した内容からは、3つのカテゴリーと9つのサブカテゴリーが抽出された(表4)
。
カテゴリーは、1)精神的苦痛、2)子どもに医療を受けさせていることに由来する思い、3)
親としての思い、の3つに分けられた。
a) 精神的苦痛のサブカテゴリーとしては、子どもが被るであろういくつかの精神的苦痛への思
いが表出された。
b) 子どもに医療を受けさせていることに由来する思いのサブカテゴリーとしては、医療への不
満、低身長の認識、治療への過度な期待、が含まれた。
c) 親としての思いのサブカテゴリーとしては、親としての振る舞いについての迷い、子どもを
ほめてサポートすることなどが含まれた。
カテゴリー・サブカテゴリーをもとに、内容を構図化したものを図3に示す。低身長への医療を
介しての親と子どもの間の相互関係を示している。
表3.低身長児(者)のSPP(SDスコア)
−60−
表4.母の表出内容についての内容分析
精神的苦痛
図3.低身長児と母の思い
考察
1)低身長児(者)の身長イメージと心理社会的適応
小児の心理社会的適応状態は、実測の身長より小児自身の持つ身長のイメージとより関連してい
るとされている3、4)。たとえば、実際に身長が低くても「自分は身長が低い」という認識がないと、
心理社会的適応が肯定的な場合がある。逆に、平均的な身長でも「自分は背が低い」と感じている
と心理社会的な不適応が起こりやすい5、6)。このように、小児のもつ身長のイメージと実測の身長と
−61−
は必ずしも一致しないとされているので、小児の健全な心理社会的適応を支援していくためには、
小児自身のもつ身長イメージを正確に評価することが重要であるといえる。
小・中学生の低身長児では、容姿評価が低く、全体的自己価値が高い傾向であった。一方、高校
生の低身長者では運動能力評価が低い傾向であった。このように低身長者の心理社会的適応が年齢
によって異なった様相を示したことより、特に低身長を主訴に医療機関を受診した小児への精神的
サポートには注意が必要であることが示唆された。また、医療機関に受診している低身長児(者)
としていない小児(者)では心理社会的適応に相違を認めるとの報告があり7)、この点については
十分に留意する必要があると考える。
2)低身長児(者)の母の心理不安
低身長小児の心理社会的適応の指標としては、親の立場からみた児童の問題行動についての調査
研究が主に報告されている8、9)。これに対して本研究では、母親自身の心理不安についての解析を試
みた。
a)精神的苦痛
母は、子どもが身長についてどのように感じているのかを直接には尋ねることができずに、
推し量ったり、その話題を避けている様子が推測された。母が自分の感情や子どもに関係する
不安を他人に話す機会がないことをストレスと感じている可能性がある。
b)子どもに医療を受けさせていることに由来する思い
母は、自分の子どもの身長に対しての強いこだわりを持ち、身長を伸ばすためにできるだけ
たくさんの情報を得たいと望んでいた。医療者のアプローチ方法の違いが、母の感情を否定的
にしたり前向きにしたりする要因になる可能性が示唆された。
c)親としての思い
母は育児について思い悩んでいた。一方で、自分なりの育児スタイルを身につけている母も
いた。医療者の介入がなくても、いずれ母は自分なりの育児を見つけていくのかもしれないが、
その過程で母子の相互作用が障害される場面も想定される。
文献
1)西村直子, 花木啓一, 他. 低身長児が自分の身長に抱くイメージと心理社会的適応の関連:対面式
イメージ身長評価法を用いて. 成長 17(1), 33-40, 2011.
2)眞榮城和美. 改訂・自己知覚尺度日本語版の作成―児童版・青年版・大学生版を対象として―
心理学研究, 78(2), 182-188, 2007.
3)Hunt, L. et al. Perceived versus Measured Height. Hormone Research 53, 129-138, 1999.
4)Grew, R. S. et al Facilitating Patient Understanding in the Treatment of Growth Delay.
CLINICAL PEDIATRICS 22, 685-690, 1983.
5)Erling, A. Why do some children of short stature develop psychologically well while others
have problems? European Journal of Endocrinology 151, 35-39, 2004.
−62−
6)Visser, H., et al. Motives for choosing growth-enhancing hormone treatment in adolescents
with idiopathic short stature: A questionnaire and structured interview study. Bio Med
Central Pediatric, 5-15, 2005.
7)Stabler, B. et al. Behavior change after growth hormone treatment of children with short
stature.Journal of Pediatrics 133 (3), 366-3738, 1998.
8)長田久雄, 高橋亮, 田中敏章. SGA性低身長児における心理社会的特徴に着目した成長ホルモン
治療効果の検討.
小児保健研究.
68(2), 240-247,2009.
9)長田久雄, 田中敏章ら. SGA性低身長児と健常児のQOL比較およびSGA性低身長児の成長ホルモ
ン治療によるQOLの変化. 小児保健研究, 68(3), 350 -358, 2009.
−63−
低身長児の生活の質評価に関する研究:心の問題スクリーニングに向けて
主任研究者
柿沼美紀
共同研究者
上村佳世子 (文京学院大学)
高橋桃子
(日本獣医生命科学大学)
(日本大学医学部附属板橋病院)
宮尾益知 (国立成育医療研究センター)
廣中直行 (NTTコミュニケーション科学基礎研究所)
上林靖子 (中央大学)
丹羽洋子 (育児文化研究所)
長田久雄 (桜美林大学大学院)
小林 登 (譛中山科学振興財団)
はじめに
低身長による二次的な問題として低身長であることに伴う精神的、知的(Stabler et al 1994)
、あ
るいは社会的認知発達の遅れ(沖他 2003、長田他 2003、柿沼他2004)がしばしば指摘されてい
る。しかし、精神的あるいは社会的な問題が低身長のためなのか、あるいは親の養育不安や周囲の
対応、その他の医療的問題などの要因によるかは明らかではない(Erling 2004)
。
著者らはこれまでに低身長の治療を受けている親子を対象に多角的に調査を行ってきた。その結
果、低身長の治療は基本的に効果が見られ、本人、家族及び医療従事者にとって満足のいくものと
なっている(柿沼他2009)。
中でも低身長で受診している就学前の子どもの母親は、自分は子育
てにおいて社会的に周囲に支えられていると感じていた(柿沼他2008)。これは定期的に受診する
ことで、医療関係者と相談ができることも関係している可能性がある。しかし、小学校高学年にな
ると一般と同じ程度に子育てに不安を持ち、子どもに対して拒否感をいだくようになり、子どもは
平均よりも高い頻度で親に対して不満(夫婦の不和、厳しいしつけ、達成要求、被拒絶感)を感じ
ていた(柿沼他2007)。
医療関係者を対象とした調査からは、思春期に入ると子どもが治療に抵
抗するようになり、多くの家族が子どもを説得しながら治療の継続を促している様子が伺えた(柿
沼他2009)。子どもは日々の皮下注射や定期的な受診、採血などを介して親や医療関係者の管理下
におかれる。一般的には思春期は親子の距離が広がる時期だが、低身長児の場合は他の慢性疾患同
様に治療のために親が子どもに介入せざるをえない状況にある。親に対する不満はそれを反映して
いる可能性もある。治療を続ける子どもたちのQOLのためにも、親の負担の軽減のためにも精神的
な問題を引き起こしやすい要因を特定し、予防を講じる必要がある。
本研究では、2006年に実施した親子関係診断テスト(FDT)の結果をもとに、親子関係及び精神
的状態に影響する要因について検討した。結果をふまえ、二次的な問題の予防策及びFDTをコンサ
ルテーション資料として活用の可能性について検討する。
−65−
方法
調査方法:全国の低身長児の治療を行っている小児科20箇所に文書にて調査協力を依頼。外来で親
子が調査用紙に記入、医師が回収し返却。11機関が調査用紙を返却、105部配布、33部回収。回収
率31%。出生時体重が2000g以上を対象とした。有効回答数29部。低身長の治療中(経過観察2名
を含む)の小学校4年から中学3年の子と親、33組(小学生20名、中学生13名、男児16名、女児17
名、母30名、父2名)。
調査期間:平成19年2月から5月。
調査内容:1)FDT(東他2002)
、2)生育歴及び低身長治療歴、家族の身長などのアンケート調査。
FDTは、子どもが「親を安全の基地としているか」「親は子どもの個性を好んでいるか」といっ
た情緒的側面から把握することを目的としており、親子に実施する市販の検査である。親用紙は、
父親用または母親用として使用し、子どもは父親と母親それぞれについて回答する。子ども用の質
問項目は、被拒否感・積極的回避・心理的侵入・厳しいしつけ・両親間不一致・達成要求・被受容
感・情緒的接近の8尺度60項目、親用は、無関心・養育不安・夫婦間不一致・厳しいしつけ・達成
要求・不介入・基本的受容の7尺度40項目で構成されている 。項目の例を表1、表2に示す。
結果は子ども用は5つの型、安定型、ほぼ安定型(危険区域を含む)、典型的不安定型(親から
完全に拒否されていると感じていて、みずからも情緒的な行動の面でも、親を激しく拒否している
状態)、やや不安定型、不安定・無感動型に分類される。親の結果は4つの型安定型、ほぼ安定型
(危険区域を含む)、典型的不安定型(子どもにあまり関心がもてず、子どもを受容することが困難
になっている状態)、やや不安定型である。対象年齢は小学校高学年から高校生で、所要時間は子
どもが30分、親が15分である。
表1 子ども用尺度の項目例
尺度
被拒絶感
項目
母は、わたしのことを「こんな子でなかったらよかったのに」と思っている
ようだ
積極的回避
母と、できるだけ顔を合わせないようにしている
心理的侵入
母は、何かにつけて、いろいろと口を出してくる
厳しいしつけ
母から大きな声でどなられたり、注意されたりすることがある
両親間不一致
母は、父がわたしのことをあまり考えていないと思っている
達成要求
母は私に「そんなことをしていると将来ろくな人間にならない」と言う
被受容感
母は私の幸福を心から願っている
情緒的接近
母と、一緒にいると楽しい
−66−
表2 親用尺度の項目例
尺度
項目
無関心
自分のことや他のことで頭がいっぱいで、子どものことに関心を向ける余裕
がない
養育不安
自分は親として失格ではないかと思う
夫婦間不一致
夫(妻)には、子どもの将来のことは任せておけないと思う
厳しいしつけ
子どもは小さいうちにしっかりとしつけなくてはいけない
達成要求
子どものためにはおしまず金を使う
不介入
子どもが外で何をしてきたか、あまり気にならない
基本的受容
この子と話していると楽しい
結果
平均治療期間は45.8ヶ月±38.5(最低0ヶ月、最高135ヶ月、中央値35.5ヶ月)であった。中央値
を参考に、治療3年未満と3年以上に分けた。
FDTの結果でそれぞれの項目の危険区域(20%)に入った子どもの人数を表3に示す。危険区域
に入る親の数はそれぞれの項目で20%以下であったが、子どもの場合は20%を大きく越える項目が
あった。
表3 危険区域に入る子どもの人数(母について29人、父について28人中)
尺度
被拒絶感 積極的回 心理的侵 厳しいし 両親間不 達成要求 被受容間 情緒的接
避
母につい
7
2
て
父につい
6
5
入
つけ
高い5
高い11
低い1
低い1
高い7
高い4
て
近
一致
12
8
2
0
9
12
4
4
低い2
親子が危険区域に入る平均合計項目数は3.06±1.65であった。ここでは親子合計で5尺度以上が危
険区域に入ったものを問題あり群とした。
また特定の尺度に関して親子で認識に隔たりが見られた(柿沼他2007)。ここでは親子の各尺度
の数値が上位50%と下位50%に分かれた尺度数に着目した。尺度の組み合わせは、被拒絶観/無関
心、積極的回避/養育不安、心理的侵入/不介入、厳しいしつけ/厳しいしつけ、両親観不一致/
夫婦間不一致、達成要求/達成要求、被受容感・情緒的接近/基本的受容の7組とした(父が記入
の場合は父に対する結果を利用)。親子で分かれた平均項目数は2.5±1.63であった。ここでは5項目
以上分かれた3組を問題あり群とした。
診断の分類パターンを表4に示す。フィッシャーの直接確率を行うと親子でその関係性の捉え方
−67−
に違いが見られた(p=0.001)。子どもは関係性を安定型と捉えるのに対し、親の場合は多少不安定
な要素が含まれていた。やや不安定型を問題あり群とした。
表4 FDT検査結果
典型的安定型
ほぼ安定型
典型的不安定型
やや不安定型
親(n=29)
2
23
0
4
子(n=29)
14
13
0
2
上記の結果をふまえ、検査結果がやや不安定型(5組)、あるいは親子合計4項目以上危険区域
に入っている(11組)、もしくは親と子どもの認識の差に隔たりがある(3組)を問題あり群とし
た。その結果、13名が問題なし群、16名が問題あり群となった。その内訳を表5に示す。
表5 問題あり群となし群の内訳
性別
年齢
治療年数#
身長#
男
女
小学生
中学生
−1SD
−2SD以上
3年未満 3年以上
問題あり
7
7
5
9
5
8
3
11
問題なし
6
9
12
3
3
11
9
5
#1名未記入
フィッシャーの直接確率を行うと問題あり群となし群では性差は見られなかった(p=0.715)。年
齢による違いもなかった(p=0.253)。身長による差もなかった(p= 0.677)。治療年数では、長い方
に問題が多い傾向が見られた(p= 0.054)
。
問題あり群の親子のFDTのプロフィールを図1と表6に示す。
−68−
図1 FDTの結果
(母 記入)
危険区域
危険区域
危険区域
危険区域
表6 事例に関する情報とFDT結果
性別 男児 年齢 13歳7ヶ月 診断名 成長ホルモン分泌不全性低身長症
治療内容 ヒューマトロープ注射(毎日)
、リュープリン(月1回)
低身長に気がついた年齢 3歳2ヶ月 治療開始 3歳11ヶ月
治療前の身長・体重
88.3cm 12kg
治療1年経過時
96.6cm 14.5kg
現在
135.7cm 31.75kg
FDT結果
子 典型的安定型
母親 やや不安定型
危険区域
子 厳しいしつけ(高)
母親 養育不安、厳しいしつけ(低)
、基本的受容
コメント 全体的に子どもへの関心が低く、距離を取りたいという気持ちが強い。一方で、
子どもが思うように育たないのは自分の責任ではないかと感じている。それに対して子どもは
母親の不安をさほど感じておらず、一緒にいたいと思っている。勉強等に関しては期待されな
いことは理解しているが、しつけは厳しいと感じている。親子でその関係性の認識に大きなず
れが見られる。
−69−
考察
低身長児の心の問題が指摘される中、必ずしも低身長であることがその原因ではない可能性が指
摘されている(Earling 2004)。著者らはこれまでにFDTを用いて低身長児の親子関係について検討
してきた(柿沼2007)。その結果、子どもは比較的安定していたが、親子で、その関係の捉え方に
違いがあり、子どもは親のしつけが厳しい、両親の考え方に不一致がみられると感じていた。本研
究では同じデータを用いて身長、治療年数などにも焦点をあて、親子関係の認識のずれや、不安定
な関係との関連を検討した。
本研究の結果も先行研究同様(Zimet et al 1995)、低身長の度合いは必ずしも心の問題と関連し
なかった。また小学校高学年から中学校にかけては、年齢による差も見られなかった。ただし、年
齢に関しては高校生を含むと異なった結果が出てくる可能性はある。治療年数に関しては、治療が
長期にわたると問題が生じやすいことが示唆された。これは医療関係者を対象にした調査でも指摘
されていたことである(柿沼他2008)。長期間に及ぶ治療による制約を子どもは「厳しいしつけ」
や「達成期待」と捉えている可能性もある。しかし親は自分のしつけが厳しい、あるいは子どもに
多くを期待しているとは感じていなかった。これは、治療に関わる制約はしつけの一貫というより
は、日常生活の一貫ととらえているためともいえる。両親間不一致の認識に関しては、治療にとも
なう負担に関する夫婦の葛藤を反映している可能性もある。
長期間にわたる治療は親に精神的な負荷となりやすく、結果として子どもとの関係を悪化させる
可能性を含む。従って治療を継続するにあたっては、親へのサポートも重要である。今回使用した
FDTはそういった危険性を含む親子のスクリーニング、またコンサルテーションの資料として用い
ることが可能である。受診時に実施し、他の心理テストの結果などと合わせて子どもの特性にあっ
た形で親子をサポートすることが望ましい。
<謝辞>
本調査を実施するにあたりご協力をいただいた医療機関の方々および保護者、お子さんにお礼を
申し上げます。
<引用文献>
東洋、柏木惠子、繁多進、唐澤眞弓 2002.
FDT 親子関係診断検査
Earling, A. 2004. Why do some children of short stature develop psychologically well while others
have problems? European J. of Endocrinology, 151, S35-S39.
柿沼美紀、上村佳世子、高橋桃子他2009.母子相互作用の視点から考える低身長児のQOL
成長科学
協会研究年報 32,39-42.
柿沼美紀、上村佳世子、高橋桃子他 2008. 低身長児のQOLに関する研究(2)―親の養育不安―
成長科学協会研究年報 31,39-42.
柿沼美紀、上村佳世子、高橋桃子他 2007.低身長児のQOLに関する研究(1)―親子の情緒的接近
について― 成長科学協会研究年報 30, 57-64.
−70−
柿沼美紀、上村佳世子、高橋桃子他 2004.低身長児及び軽度発達障害児の親子関係に関する研究
成長科学協会研究年報 27,57-66.
柿沼美紀、宮尾益知、紺野道子 2003.心の理論の発達に関する基礎的研究 成長科学協会研究年報
26,79-82.
沖潤一、白井勝他 2003.低身長児の対人認知とQOLに関する研究 成長科学協会研究年報
26,67-78.
長田久雄、柿沼美紀、紺野道子、宮尾益知 2002.「心の理論」の発達に関する基礎的研究 成長科
学協会年報 25,93-100.
Stabler, B, Clopper, R,R., Siegel, P.T., Stoppani, C., Compton, P.G., & Underwood, L.E. 1994.
Academic achievement and psychological adjustment in short children. J. of Developmental and
Behavioural Pediatrics, 15, 1-6.
Zimet, G.D., Cit;er. <., Litvene, M., Dahms, W., Owens, R. & Cutltler, L. 1995. Psychological
adjustment of children evaluated for short stature: a preliminary report. J. of Developmental &
Behavioral Pediatrics, 16, 264-270.
−71−
自 由 課 題 研 究 報 告
成長ホルモン分泌刺激物質グレリンの産生・分泌調節、生合成、生理作用に関する研究
赤水尚史1)2)、岩倉 浩1)、有安宏之1)
京都大学医学部附属病院探索医療センター
1)
和歌山県立医科大学内科学第一講座
2)
【研究の背景と目的】
グレリンはGH secretagogue(GHS)受容体の内因性リガンドとして近年発見され、強力なGH分
泌作用を示すことが示されている(Kojima et al. Nature, 1999)。グレリンはGH secretagogue
(GHS)受容体の内因性リガンドとして発見され、強力なGH分泌作用や摂食亢進作用を発揮する。
グレリンは28個のアミノ酸からなるペプチドであり、3番目のセリンにオクタン酸が結合したユニー
クな構造を有し、生物活性に必須と考えられている。このアシル化構造を欠如したデスアシルグレ
リンは、成長ホルモン(GH)分泌刺激作用や摂食亢進作用を欠如する。しかしながら、グレリンの
生合成機構、特にアシル化修飾機構は不明である。アシル化修飾の問題は、グレリン過剰発現Tgマ
ウスやグレリン産生細胞の獲得も困難にしている。たとえば、全身型グレリン遺伝子Tgマウスでは、
デスアシルグレリンの過剰産生のみ認められた(Kanamoto, Akamizu, et al. Endocrinology 146:
355, 2005)。グレリン過剰発現Tgマウスは現在のところ皆無であり、グレリンの薬理・生理作用の
研究上大きな課題を残した状況にある。
また、優れたグレリン産生細胞株の欠如は、グレリンの発現、産生、分泌調節の分子機構の解明
を困難にしている。現時点では、我々が見出した甲状腺髄様癌由来のTT細胞が最も優れたグレリ
ン分泌細胞株であるが(Kanamoto, Akamizu, et al. J Clin Endorinol Metab, 86:4984, 2001)、これま
で胃由来の良い細胞株はなく、グレリン分泌調節機構や生合成機構の解明を進めていくためには極
めて不十分であった。グレリンの産生・分泌が種々のホルモンや栄養素によって影響を受けること
はin vivoを中心とした研究によって明らかにされており、それらの分子機構の解明が待たれている。
このような課題を克服するために、本研究では、グレリン産生腫瘍トランスジェニックマウス
(Tg)の開発とグレリン産生・分泌細胞株を樹立を行った。すなわち、内因性のグレリン細胞を人
為的に腫瘍化することによってTgマウスを作製した。さらに、同マウスから細胞株を解析すること
によって、グレリンのアシル化修飾を含めた生合成機構、分泌調節の分子機構、産生細胞のlineage、
薬理作用などの解明を目指した。
【研究方法】
SV40 T抗原の上流にヒトグレリンプロモーターを組み込んで、グレリン産生細胞にT抗原を発現
させ、グレリン産生腫瘍を発現するトランスジェニックマウスを作製する。そのマウスの機能解析
からグレリンの慢性薬理作用に関する解析を行った。次いで、同腫瘍からグレリン産生・分泌細胞
株を樹立した。同細胞株を用いて、グレリンの産生・分泌機構の細胞生物学的検討を行った。
−73−
【研究結果】
3回のインジェクションで11匹のF0マウスを得た。このうち5匹は、継代する前に死亡し、3ラ
インでは腫瘍の発生が認められなかったが、残り3ラインは腫瘍の発生を認め継代にも成功した。
マクロ所見で、胃などの上部消化管、膵臓、甲状腺に腫瘍の発生を認めているが、各個体によって
腫瘍発現場所に差が有った。トランスジェニックマウスの血中濃度の上昇を認めた(図1)。同マ
ウスの機能解析において、インスリン分泌の低下と耐糖能の異常を認めた(図2)
。
同腫瘍からグレリン産生分泌細胞株の樹立に成功した。同細胞株は、グレリンアシル化酵素
(ghrelin O-acyltransferase: GOAT)も発現しており、アシル化グレリンを産生分泌していた(図3)
。
図1:Tgマウスの血中グレリン濃度(絶食時)
図2:Tgマウスの糖代謝(15週齢).a: 空腹時血糖、b: 糖負荷試験、c: インスリン負荷試験、d: 糖
負荷におけるインスリン分泌
−74−
図3:細胞株におけるグレリン産生と分泌、およびグレリンアシル化酵素(GOAT)の発現。
【考察と今後の予定】
樹立したレリン産生分泌細胞株を用いて、グレリンの生合成や分泌制御の分子機構に関してさら
に検討を進める予定である。
【文献】
1.Akamizu T, Iwakura H, Ariyasu H, Kangawa K. Ghrelin and Functional Dyspepsia.
International Journal of Peptides. Article ID 548457, 6 pages, 2010
2.Akamizu T, Kangawa K. Ghrelin for cachexia. J Cachex Sarcopenia Muscle. 2010 Dec;1(2):169176.
3.Yamada G, Ariyasu H, Iwakura H, Hosoda H, Akamizu T, Nakao K, Kangawa K. Generation
of transgenic mice overexpressing a ghrelin analog. Endocrinology. 151(12):5935-40, 2010
4.Ariyasu H, Iwakura H, Yamada G, Kanamoto N, Bando M, Kohno K, Sato T, Kojima M,
Nakao K, Kangawa K, Akamizu T. A post-weaning reduction in circulating ghrelin
temporarily alters GH responsiveness to GHRH in male mice, but does not affect somatic
growth. Endocrinology. 151: 1743-50, 2010
5.Iwakura H, Li Y, Ariyasu H, Hosoda H, Kanamoto N, Bando M, Yamada Go, Hosoda K, Nakao
K, Kangawa K, Akamizu T. Establishment of a novel ghrelin-producing cell line.
Endocrinology. 151: 2940-5, 2010
−75−
ターナー症候群のトレーニングキットを用いた家庭での空間認知障害訓練の検討
荒木久美子
秋山成長クリニック
稲田 勤
高知リハビリテーション学院言語療法学科
望月貴博
大阪警察病院小児科
藤田敬之助
大阪市立大学大学院医学研究科発達小児医学
はじめに
ターナー症候群女性は動作性IQの低下だけでなく、空間認知障害や相貌認識障害1,2)、注意力の不
足や不安など3)があり、社会生活をおくるための適切なコミュニケーションや対応ができず、対人
関係の構築に困ることがある。この原因としては脳の解剖学的問題4,5)や卵巣機能不全による女性ホ
ルモンや男性ホルモンの濃度の低下1,2,3)などが指摘されている。しかし、ターナー症候群女性につい
ての社会的および精神的特性についての研究は少なく、有効な薬物治療や療育方法、教育的配慮な
どについてもいまだ十分な検討はなされていないようである。心理的特性を生かした療育方法や教
育的配慮を行うことは、学習の障害やそれに伴う問題を抱えているターナー症候群女児に対する重
要な社会的支援のひとつと考えられる。
そこで、私たちはターナー症候群女児の空間認知機能を含めた脳・認知機能を検討してその心理
学的特性を明らかにし、学習の障害を訴える女児に言語聴覚療法を実施して空間認知機能の改善と
学業成績の向上をはかってきた6)。今回は、就学前後の小児を対象として、我々が作成した空間認
知障害の訓練マニュアル6,7)を使用して、家庭で保護者に言語聴覚療法を行ってもらい、その効果と
問題点を検討した。さらに、保護者に空間認知障害のアンケートを実施した。
対象と方法
対象は明らかな発達障害のないターナー症候群女児7例(7.3±1.3歳)である(表1)。全例が1∼5
歳から継続して成長ホルモン治療を受けているが、思春期発来や女性ホルモン治療歴はない。頭部
MRI検査は実施できていないが、明らかな聴力低下はなく、今までに言語聴覚療法などの訓練は全
く受けていない。
方法は、我々が以前から実施してきた言語聴覚療法で改善が認められた神経心理学的要素を分析
して作成したターナー症候群女児に必要な空間認知障害の訓練マニュアル(トレーニングキット)6,7)
を用いて、あらかじめ保護者に使用方法とその意義を説明した後に、家庭で空間認知障害の訓練を
1年間にわたって実施していただいた。訓練内容は、3目・5目並べ、折り紙、切り絵遊び、ミシン
目切り取り遊び、トランプ遊び、色積み木遊び、ドミノ遊びの7項目であるが、いずれもターナー
−77−
症候群の空間認知機能訓練のために工夫を行っている遊びである。
神経心理学的検査として、Wechsler Intelligence Scale for Children-Third Edition(WISC-Ⅲ)
を訓練開始前と開始6ヵ月後および1年後に実施した。WISC-Ⅲは、言語性IQおよび動作性IQと全
検査IQに加えて、言語理解、知覚統合、注意記憶、処理速度の4つの群指数(因子分析)の評価を
行い、さらにプロフィール分析として、下位検査の中で絵画完成と積木模様、組合せの3項目の評
価点の合計(基準値30)を空間認知機能として評価した。保護者には訓練開始前と開始6ヵ月後お
よび1年後にアンケートを実施し、さらに開始6ヵ月後および1年後には訓練実施状況の聞き取り
調査を行い、必要に応じて訓練方法などを個別に指導した。
結果
家庭での6ヵ月の訓練による7例のWISC-Ⅲの評価の推移を表2と図1、図2および図3に示し
た。訓練開始前の検査では7例の言語性IQの平均は90.43±4.61、動作性IQの平均77.86±7.93、全検
査IQの平均83±4.62で、言語性IQに比べて動作性IQが有意(p<0.05)に低下していた。しかし、訓
練により6ヵ月後にはそれぞれ98.29±7.16(p<0.01)
、91.57±19.24(p<0.05)
、94.57±11.0(p<0.01)
と有意に向上し、言語性IQに比べて動作性IQはやや低下していたが、有意差はなくなった。群指数
では、訓練前の7例の言語理解の平均は92.57±5.86、知覚統合の平均77.00±8.98、注意記憶の平均
94.00±4.58、処理速度の平均85.29±8.30で、言語理解と注意記憶は正常であったが、処理速度はや
や遅く、知覚統合は最も低下しており、言語理解に比して有意(p<0.01)の低下がみられた。しか
し、訓練により6ヵ月後にはそれぞれ100.29±7.54(p<0.01)、88.86±20.41、99.57±8.38、99.57±
8.92(p<0.05)と向上し、言語理解と知覚統合の有意の差は認められなくなった。プロフィール分
析での空間認知機能の評価(基準値30)は、訓練開始前は平均18.14±4.53であったが、6ヵ月後に
は25.14±9.32と有意(p<0.05)の向上が認められた。
図3の各症例の項目毎の評価の推移については、6ヵ月の訓練により、症例3を除く6例の評価
項目すべてが向上し、各評価項目の差も少なくなった。特に、症例2については動作性IQと知覚統
合および空間認知機能の評価が著しく向上したが、症例3ではむしろやや低下傾向を示した。
家庭で1年間の訓練を実施できた4例(症例1、2、3、7)のWISC-Ⅲの評価の推移を表3と図
1および図2に示した。訓練開始前の検査では4例の言語性IQの平均は91±5.23、動作性IQの平均
79.25±10.34、全検査IQの平均84±6.27であったが、1年後の検査ではそれぞれ103.5±7.76、106.5±
18.23、105.75±7.37と向上し、動作性IQ(p<0.01)と全検査IQ(p<0.01)の向上は有意であった。
群指数では、訓練前の4例の言語理解の平均は95±5.72、知覚統合の平均80±10.23、注意記憶の平
均93.25±5.12、処理速度の平均85.25±10.53であった。しかし、訓練により1年後にはそれぞれ
105.25±9.32、106±17.93、102.25±14.77、104±10.55と向上し、特に知覚統合(p<0.05)と処理速
度(p<0.01)の向上は有意であった。プロフィール分析での空間認知機能の評価は、訓練開始前は
平均20.5±4.36であったが、1年後には31.5±8.02と基準値30を超える有意(p<0.05)の向上が認め
られた。
各症例の項目毎の評価の推移を図4に示した。1年間の訓練で、4症例とも評価項目のほぼすべ
−78−
てが向上し、特に動作性IQと全検査IQおよび知覚統合と処理速度が明らかに向上した。また、6ヵ
月後の評価でみられた各評価項目の個人差が少なくなり、症例3も明らかな向上が認められた。
保護者に実施したアンケートについては、図5に示す通り、訓練開始前の空間認知障害に関して
しては、7例全例が空間認知機能に不安を感じておられた。特に兄弟や友人との比較での不安が4
例と多く、探し物や絵の立体感などでの不安が認められた。苦手な遊びや教科は、鉄棒や竹馬など
の運動と算数や社会、図工であった。家庭での空間認知機能向上の試みとしては3例がオセロやト
ランプのゲームを実施されていた。
家庭でトレーニングキットを用いて訓練を実施した頻度は、6ヵ月後は約30%が週に1∼2回で、
約60%が月に1∼2回であったが、1年後には約半数が週に1回未満であった(図6)。1日のト
レーニングにかけた時間については、6ヵ月後は約45%が30分で、10分、20分、40分がそれぞれ約
15%であった。しかし、1年後には20分、30分、60分がそれぞれ1人であった(図7)。保護者と
実施した頻度は、6ヵ月後は約60%がはじめだけ保護者と実施しており、約30%は保護者と子ども
だけとが半々で実施していた。1年後には、はじめだけ保護者と実施と保護者と子どもだけとが
半々で実施がそれぞれ1人であった(図8)。トレーニング実施後の変化については、6ヵ月後は
約40%がまずまずの変化があったと答え、ほとんど変化がないとの答えとわからないとの答えがそ
れぞれ25%であった。1年後には1人だけがまずまずの変化があったとの答えで、残り2人につい
てはわからないとの答えであった(図9)
。
考察
ターナー症候群の社会的および精神的特性としては動作性IQが低く、空間認知や相貌認識が低下
しており1,2)、注意力や判断力の未熟さ、不安や対人関係の困難さ3)などがしられている。解剖学的
には、小脳、橋、視床や海馬、レンズ核などが小さく、頭頂葉や後頭葉、脳梁および右側頭葉など
の脳容積の減少も報告されている4,5)。また、卵巣機能不全による性ホルモンの低下も関与している
と考えられている。Rossら1)の研究によると、ターナー症候群にエストロゲン補充療法を行ったと
ころ、非言語的な処理速度と視覚的な運動機能は改善されたが、空間認知や作業記憶、計算能力は
改善されず、男性ホルモン作用も持つ蛋白同化ホルモンを成長ホルモンおよび女性ホルモンと併用
したところ、算数に関する重度の学習障害が改善されたと報告した8)。これは、蛋白同化ホルモン
の投与により尾状核が大きくなったり、頭頂葉の神経密度が増えたりする9)ことが原因と考えられ
ている。また、Rossらは、X染色体の短腕遠位部(Xp22.3)に存在する遺伝子が視覚認知機能に関
与することも報告した3)。
米国のターナー症候群協会から出されている家族向けガイドブック10)によると、ターナー症候群
では特定の非言語性領域の学習障害を持つ可能性が高く、空間認知や社会的認知の困難さや計算や
手先の不器用さも指摘されている。問題が起こったときには適切な学術的指導や訓練などを行い、
将来の進路や職業についての計画を立てることが重要であるとしている。また、非言語的学習障害
は社会性の発達や人間関係の構築に影響を及ぼすので、社会生活を送る上でのコミュニケーション
スキルを身につけることが大切であり、そのためのロールプレイなどの具体的な方法も記載している。
−79−
しかし、我が国ではそれらの検討は少なく、有効な治療や教育的配慮などについての検討も不十
分である。そこで、我々は、動作性IQの低下と空間認知障害があり、学習の障害の訴えのあったタ
ーナー症候群女児3例に言語聴覚療法を行ない、言語性IQおよび全検査IQの向上と空間認知障害が
改善したことを報告した11)。さらに、平成20年度の本研究6)で、我々は、ターナー症候群女児6例
にWISC-Ⅲを含む様々な神経心理学的な検討を行い、6例中5例に明らかな空間認知障害を認めた。
また、学習の障害の訴えのあった3例は動作性IQと空間認知機能が特に低かったが、言語聴覚療法
により明らかに向上してほぼ正常となったことを確認し、学習成績の向上も認めた。平成21年度の
本研究7)では、明らかな発達障害のないターナー症候群女児7例を継続して数年間の検討を行った。
その結果、言語聴覚療法の有効性を再度確認したが、動作性IQと空間認知障害は年齢とともにある
程度の改善傾向がみられることが示唆された。また、自然に月経が発来した症例や1∼2年の女性
ホルモン投与による検討では、従来報告されてきた脳機能の改善1,2)は明らかでないことが判明した。
今年度の本研究では、就学前後の小児を対象として、我々が作成した空間認知障害の訓練マニュ
アル6,7)を使用して、家庭で保護者に言語聴覚療法を行ってもらい、その効果と問題点を検討すると
ともに、保護者には空間認知障害のアンケートを実施した。まず、家庭での6ヵ月の訓練では症例
3を除いた6例すべてに明らかな効果が認められ、特に動作性IQと空間認知機能だけでなく、言語
性IQや全検査IQに加えて言語理解や処理速度も向上し、訓練開始前に認められた知覚統合の低下も
改善がみられた。保護者へのアンケート調査や聞き取り調査による訓練の実施状況は、6ヵ月のと
きには多くて週1∼2回、半分以上の家庭では月に週1∼2回で、時間も1回に20∼30分程度と少
なかった。また、訓練も初めは保護者と一緒にするが、その後は子ども一人ですることが多かった。
この訓練マニュアル6,7)を用いた家庭での訓練は、我々が今まで実施してきた専門指導者による小学
校高学年から中高生を対象とした言語聴覚療法に匹敵するほどの効果があったと考えられた。各症
例を個別に検討すると、症例2は動作性IQと空間認知機能の低下が少なく、訓練でさらに向上して
いた。この原因として、聞き取り調査からは、症例2は家族ごっこ遊び(お姉さん役や母親役)や
お絵かき(ドレスを着た女の子)が好きで、年齢の近い弟がいるために男児と同じ運動をしていた
こと、訓練も弟とずっと一緒にしたので回数が増えて訓練効果がよく出たことが考えられた。症例
3は7例中で動作性IQと空間認知機能が最も低く、訓練でも改善は認められなかった。これは、訓
練を最初から保護者が付き添わずに実施しており、家庭で適切な訓練の指導ができなかったことが
大きな原因と考えられた。そこで、再度、保護者に具体的な指導方法についての助言を行った。
1年の評価ができたのはわずか4例であったが、すべてに明らかな効果が認められ、動作性IQと
空間認知機能だけでなく、全検査IQに加えて知覚統合や処理速度も明らかに向上した。各症例の個
別の検討では、6ヵ月の訓練では効果のみられなかった症例3に明らかな向上が認められた。しか
し、症例2と症例7については6ヵ月以降ほとんど家庭での訓練ができておらず、訓練を継続でき
た症例1や症例3と比較してその後の評価の向上が低下していた。
今回の検討から、我々が作成した空間認知障害の訓練マニュアル6,7)を使用した家庭での訓練では、
比較的少ない訓練回数で一定の効果が見られ、空間認知機能だけでなく処理速度や言語性IQも向上
した。しかし、適切に訓練を実施しないと効果が不十分であることや、6ヵ月以上の長期では訓練
−80−
を継続すること自体が困難になるなどのいくつかの問題も明らかになった。訓練を適切に行うこと
については、訓練マニュアルの指示通りに実施するだけでなく、間違えた時に適切な指導が必要で
あるが、保護者がよい指導ができないと悩まれていたことも判明した。保護者が空間認知機能の意
義を十分に理解されていないことが少なくないので、注意するべき点がわかりにくいことも考えら
れる。訓練は適切なものを継続することが最も重要で、できれば小学校低学年までに十分な訓練を
行って空間認知機能を向上させることができれば、学習やそれに伴う問題は少なくなり、社会にも
適応しやすくなると思われる。
米国などの報告9,12)ではターナー症候群では非言語性領域の学習障害が注目されているが、本邦で
は言語性領域の学習障害も問題となることが多いように思われる。これは、日本語の特性が関係し
ていると考えられる。すなわち、漢字の形が複雑で、文章の書き方も縦書きや横書きがあり、さら
にはローマ字などが入るために、空間認知機能が低下しているターナー症候群にとっては学習しに
くいと考えられるためである。実際、訓練を実施していても、漢字の形や句読点を間違えることは
比較的よくみられることである。そのため、今回のように空間認知機能の訓練を目的とした訓練マ
ニュアルを実施するだけで、動作性IQや空間認知機能だけでなく、言語性IQも向上する結果につな
がったと思われる。この結果からも、小学校入学前から空間認知機能の訓練を行うことができれば、
入学後の学習に困ることが少なくなり、学習の問題も起こりにくくなると考えられる。
空間認知機能の訓練を効果的に実施するためには、患者の能力や好みに合わせて訓練メニューと
指導方法の工夫を行うことが必要である。しかし、今回のように就学前後の小児では、訓練マニュ
アルを使用した家庭での訓練だけでも一定の効果を得ることができ、大変喜ばしい結果であった。
今後は、さらに訓練マニュアルの内容を充実させ、保護者が適切に指導できるように指導方法を工
夫する必要がある。また、学童では学習課題の支援も必要で、学習科目別の支援マニュアルの作成
も必要と考えられた。
文献
1)Ross, J. L., et al.: Effects of estrogen on nonverbal processing speed and motor function in
girls with Turner’s syndrome. J. Clin. Endocrinol. Metab., 83:3198,1998.
2)Ross, J. L., et al.: Use of estrogen in young girls with Turner syndrome: Effects on memory.
Neurology, 54:164,2000.
3)Ross, J. L., et al.: Androgen-responsive aspects of cognition in girls with Turner syndrome. J.
Clin. Endocrinol. Metab., 88:292,2003.
4)Murphy, D. G., et al.: X-chromosome effects on female brain: a magnetic resonance imaging
study of Turner’s syndrome. Lancet342:1197,1993.
5)Reiss, A. L., et al.: Neurodevelopmental effects of X monosomy: a volumetric imaging study.
Ann. Neurol., 38:731,1995.
6)荒木久美子、他:ターナー症候群6例の空間認知および学習の障害と言語聴覚療法の検討.成長
科学協会研究年報, 32:81,2008
−81−
7)荒木久美子、他:ターナー症候群7例の空間認知および学習の障害と言語聴覚療法の検討−女性
ホルモン治療の検討−.成長科学協会自由課題研究報告 平成21年
(http://www.fgs.or.jp/public/index.html)
8)Ross, J. L., et al.: Effects of treatment with oxandrolone for 4 years on the frequency of
severe arithmetic learning disability in girls with Turner syndrome. J. Pediatr., 155:714,2009.
9)MacLusky, N. J., et al.: Androgen modulation of hippocampal synaptic plasticity.
Neuroscience, 138:957,2006
10)Rieser, P., et al.: Turner syndrome: A Guide for Families. The Turner Syndrome Society of
the United States and Eli Lilly and Company, 2002
(http://www.turnersyndrome.org./ )
11)荒木久美子:ターナー症候群4例の空間認知障害と言語聴覚療法の検討.ホルモンと臨床,
55:1197,2007
12)Bondy, C.A., et al.: Care of girls and women with Turner Syndrome: A Guideline of the
Turner Syndrome Study Group. J. Clin. Endocrinol. Metab., 92:10,2007.
−82−
−83−
−84−
図1 家庭での訓練によるWISC-Ⅲの評価の推移
図2 家庭での訓練によるWISC-Ⅲの群指数の推移
−85−
図3 家庭での訓練(6か月間)によるWISC-Ⅲの評価の推移
図4
家庭での訓練(1年間)による
4例のWISC-Ⅲの評価の推移
−86−
図5 訓練開始前の保護者への空間認知障害のアンケート
−87−
図6 家庭で、トレーニングキットを用いて実施した頻度はどのくらいでしたか?
図7 家庭で、1日のトレーニングにかけた時間はおおよそ何分くらいでしたか?
−88−
図8 家庭で保護者の方と実施する頻度はどのくらいでしたか?
図9 本トレーニングを実施後、行動や遊び方など、毎日の生活の中で
何か変化はありましたか?
−89−
造血幹細胞移植後長期生存者における成長ホルモン分泌能と
非アルコール性脂肪肝炎発症機序の解明
石黒寛之、兵頭裕美、冨田雄一郎
東海大学医学部専門診療学系小児科学
加藤俊一
東海大学医学部基盤診療学系再生医療科学
はじめに
小児がんの治療成績は飛躍的に向上し、約70%以上の患者で長期生存が可能な状況になった。し
かし、長期生存者の成長障害、甲状腺機能低下症、性腺機能低下症、糖・脂質代謝異常など晩期内
分泌合併症は生存者のQOLを考える上で重要な問題解決課題であり、その病態解明ならびに治療法
が模索されている。
欧米では大規模多施設での移植後晩期合併症の解析が行われているが、いずれも“横断的”検討
が多く、より詳細な病態解析は行われていない。私たちは単一施設、同一プロトコールでの長期
“縦断的”経過観察を行い、現在までに造血幹細胞移植後成長障害、甲状腺機能、性腺機能等の詳
細な病態解析を行ってきた。一方、造血幹細胞移植後のメタボリックシンドロームもQOLを考える
上で重要となっている。一連の現症として認められる非アルコール性脂肪肝炎発症のメカニズム解
明は、成長ホルモン分泌不全という側面からも注目されているが、造血幹細胞移植後長期生存者に
関しての報告は少ない。
目的
造血幹細胞移植後長期生存者における成長ホルモン分泌能と非アルコール性脂肪肝炎発症に関し
て検討した。
対象と方法
1982年から1997年までに東海大学医学部付属病院小児科で造血幹細胞移植を受けた215名のうち、
移植後生存10年以上、最終評価日年齢18歳以上で、造血幹細胞移植前に内分泌代謝性疾患、肝疾患
を有さない51名(男性30名、女性21名)に関して検討した。また51名は移植前処置別に移植前頭蓋
照射(CRT)+全身放射線照射(TBI)群(10名)、TBI群(25名)、胸腹部放射線照射(TAI)+
化学療法群(16名)の3群に分類し検討した。インフォームドコンセントは、患者または患者家族
から得た。
内分泌学的検査(TSH、FT3、FT4、LH、FSH、E2、テストステロン、IGF-Iの各基礎値、下垂
体前葉系各種負荷試験、骨年齢、骨密度)
、脂質代謝マーカー(レプチン、アディポネクチン、TG、
TC、HDL-C、LDL-C)、腹部超音波検査による脂肪肝の有無、糖代謝マーカー(空腹時血糖、イン
スリン、OGTT、HbA1c)を経時的かつ縦断的に測定した。
−91−
最終評価日年齢において、全ての長期生存者は成人身長に達していた。BMI 25kg/m2以上を肥満、
BMI 18.5kg/m2以下をやせと定義し、またメタボリック症候群は日本内科系8学会合同委員会の診
断基準を用い評価した。脂肪肝は腹部超音波検査を用いて、51名、計460回におよぶ縦断的検討で
評価した。
結果
移植時年齢中央値10.5歳(0.9-15.9歳)、最終評価日年齢中央値26.6歳(19.4-34.3歳)、観察期間17.4
年(10.9-25.8年)。51名中男性2名が最終評価日年齢においてBMI25 kg/m 2以上(それぞれ25.6、
、女性15名
26.2 kg/m2)の肥満を認めたが、女性では肥満を認めなかった。一方、男性9名(30%)
(71%)はBMI18.5 kg/m2 未満のやせを呈していた。男性2名で腹囲85cm以上(91.2 cm
TBI群、87.2、92.2 cm
CRT+
TAI+化学療法群)を呈していたが、メタボリック症候群の診断基準を満
たす症例は認められなかった。男性女性ともCRT+TBI群はTBI群またはTAI+化学療法群と比較
して、統計学的有意差(それぞれp<0.05)をもってCRTがBMI増加に関係していた。しかし、3群
間のBMI値はいずれも肥満は呈していなかった。
脂肪肝は男性11名(37%)、女性10名(48%)で経過観察中に確認された。肝細胞障害を示唆す
る血液生化学所見は認められなかった。CRT+TBI群はTBI群、あるいはTAI+化学療法群に比べ
脂肪肝有病率が有意に高かった(90%、32%、25%、p<0.005)。血清IGF-I値は男性CRT+TBI群、
TBI群、TAI+化学療法群でそれぞれ187ng/mL、188ng/mL、271ng/mL、女性では145ng/mL、
203ng/mL、273ng/mLで、男性で統計学的有意差(p<0.05)を認めた。TBI群の4名、TAI+化学
療法群の2名で、適切な食事療法、運動療法で脂肪肝が改善した。しかし、CRT+TBI群において
は適切な食事療法、運動療法でも脂肪肝に改善傾向は認められなかった。脂肪肝を有する患者では
肥満傾向は認められず、男性、女性のBMI中央値はそれぞれ22.6、19.2 kg/m2であった。脂肪肝発
生時期と性別、移植時年齢、原疾患、GVHDとの間に統計学的有意差は認められなかった。インス
リン抵抗性の指標であるHOMA-IRはCRT+TBI群において、他のTBI群、TAI+化学療法群に比べ
インスリン抵抗性を示していたが、統計学的な有意差は認められなかった。75gOGTTにおいて、
全ての群で耐糖能異常は認められなかったが、CRT+TBI群において、他のTBI群、TAI+化学療
法群に比べインスリン抵抗性を示していた(p<0.05)
。
考察
本研究は小児期に造血幹細胞移植を受けた症例の縦断的な脂肪肝発症の推移を検討したものであ
る。新しい知見として、造血幹細胞移植前に頭蓋照射を受けた症例に性別、移植時年齢、原疾患、
GVHDとは関係なく脂肪肝が発症しやすいことを認めた。また、男性においては、脂肪肝を呈して
いる症例で血清IGF-I値が低い傾向を示していた。頭蓋照射を受け脂肪肝を発症した症例では、適切
な食事療法、運動療法を施行しても脂肪肝の改善が難しいことがわかった。さらに造血幹細胞移植
後の脂肪肝発症に肥満は関与しておらず、むしろ痩せを呈する症例が多かった。
近年、脂肪肝は肝硬変や肝不全へ進展する原因の一つとして位置づけられており、肝疾患に関連
−92−
した死亡原因の一つとして認識されている。私たちの施設で1989年から2000年まで健診センターを
受診し、腹部超音波検査にて確認された一般成人の脂肪肝罹患率は男性20-30歳代で18-27%、女性
で4-7%であった(1)。一方、本研究での罹患率は男性37%、女性48%であった。これらの結果から
造血幹細胞移植が脂肪肝発症に寄与していることが示唆された。インスリンは通常肝臓でのグルコー
ス産生を阻害する。肝臓での脂肪蓄積はインスリン抵抗性の原因であることはマウスの実験(2)
やリポジストロフィーの研究解析から示されている(3)。それ故に、インスリン抵抗性は脂肪肝発
症の主要な要因と考えられている。Kotronenらは(4)、メタボリック症候群を有する症例において
脂肪肝発症は4倍増加し、またインスリン抵抗性が相関していることを見いだした。これは肝臓で
のインスリンクリアランスの減少によって説明される。加えてrosiglitazone治療においてインスリ
ンクリアランスが20%増加することにより、肝臓内脂肪量が51%減少した。本研究において、頭蓋
照射がインスリン抵抗性と関連していることを示し、そのインスリン抵抗性が造血幹細胞移植後長
期生存者における肥満を伴わない脂肪肝発生に関連している可能性を示唆している。男性において
は、脂肪肝を呈している症例で血清IGF-I値が低い傾向を示していたが、病態解明のために更なる臨
床データの蓄積、解析が必要であると考えられる。
本研究において、造血幹細胞移植後長期生存者においては肥満を呈さないにもかかわらず高率に
インスリン抵抗性を合併し、また脂肪肝を有することがわかった。そしてこれら症例においては適
切な運動療法、食事療法を施行しても脂肪肝が改善しづらいこともわかった。それ故に、造血幹細
胞移植後長期生存者においては無症状であっても、より積極的な長期にわたる経過観察、検査が必
要であると考えられる。
参考文献
1.Kojima S, Watanabe N, Numata M, Ogawa T, Matsuzaki S. Increase in the prevalence of
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2003; 38: 954-961.
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3.Agarwal AK, Garg A. Congenital generalized lipodystrophy: significance of triglyceride
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4.Kotronen A, Westerbacka J, Bergholm R, Pietiläinen KH, Yki-Järvinen H. Liver fat in the
metabolic syndrome. J Clin Endocrinol Metab 2007; 92: 3490-3497.
−93−
骨格筋脂肪変性における成長ホルモンの阻害作用とその作用機構
磯崎 収、大久保久美子、吉田昌子、石垣沙織、吉原 愛、西巻桃子、野添康子、村上ひとみ
東京女子医科大学内分泌疾患総合医療センター内科
Ⅰ.はじめに
ヒトにおいて成長ホルモン(GH)の作用は複雑でありヒトにおける欠乏状態の一つである成人成
長ホルモン欠損症(Adult GHD)においては筋力の低下、意欲の低下、脂質代謝障害、内臓脂肪増
大、インスリンの抵抗性が存在し、その一部はGH治療により改善することが報告されている。また
GHの過剰状態である先端巨大症においても糖代謝異常、インスリン抵抗性や脂質代謝異常を生じ、
手術や薬物治療により血中GHが正常化するとこれらの異常が改善することが報告されている。この
ようにインスリン感受性や糖質、脂質代謝に対するGHの作用と役割は複雑であり(1)、GHのこの
ような作用を発現機構については直接作用およびInsulin-like growth factor(IGF)-I を介する作用
が想定さてているが完全には解明されていないのが現状である。
当研究グループはこのような複雑な成長ホルモンの代謝作用を解明するため、いくつかのモデル
を用いて検討を行ってきた。第一のモデルとしてレプチン受容体遺伝子変異によりその機能が障害
されて、肥満、高レプチン血症および高インスリン血症を生じるとともにGHの分泌不全を伴う
Zucker rat(2, 3, 4)を用いた検討を行った。高用量のGHを投与したラットでは体脂肪が減少した。
また低用量のGHは体脂肪量を減少しなかったが、内臓脂肪に特異的にレプチン遺伝子発現を抑制し
た。また、IGF-Iを持続投与したラットでは変化が認められず、このような脂肪組織に対する作用は
IGF-Iを介さないGHの直接作用であることを報告した(5)。また、この実験系を用いて更に検討を
行いGHは内蔵脂肪組織で細胞内でグルココルチコイドを活性化する変換酵素1型11βhydroxysteroid dehydorogenase(11βHSD1)の遺伝子発現(6,7,8)を抑制することを明らかにし、
GHは内臓脂肪において脂肪細胞の分化を抑制することによりは11βHSD1遺伝子発現の抑制を介す
る可能性を明らかにした。またGHの内臓脂肪組織における局所作用の一つとしてグルココルチコイ
ド産生抑制を介する脂肪細胞への分化も考えられ、内臓脂肪に対してGHは幾つかの系を介してその
蓄積を抑制すると考えられた。またGHは内臓脂肪組織おいてTNF-αなどのサイトカインの産生も
抑制することより、脂肪組織の減少およびこのような糖質および脂質代謝に影響を及ぼすサイトカ
イン産生を抑制することによりこれらの代謝を改善する可能性も示唆された。
しかし、脂肪組織以外にも糖質や脂質代謝に大きな影響を及ぼす組織として骨格筋や肝臓があり、
特に骨格筋はエネルギー産生を介して糖代謝に大きな影響を及ぼす。このような骨格筋を介する新
規の代謝改善機構の解明とその情報伝達系を利用した新たな治療戦略の開発は糖質および脂質代謝
異常を伴うメタボリック症候群患者等に対する新た治療法と連結しており、疾患発症の予防や進展
阻止の観点からもその臨床的意義は大きい。また骨格筋自体もエネルギー産生臓器としての役割の
みでなく近年筋細胞で産生されるサイトカインとして発見されたmusclinは骨格筋で産生され全身の
−95−
糖質や脂質の代謝に影響を与えていることが示された(9)。また、IL-6等の炎症性サイトカインも
骨格筋細胞で産生されることが明らかになり、骨格筋におけるエネルギー産生やインスリンの感受
性に影響を及ぼすことが報告されている(10)。
また、このように骨格筋で産生されたIL-6は他の
組織の糖質および脂質代謝にも影響を及ぼすことも報告されている(12,13)。このように骨格筋は
運動を介するエネルギー産生臓器としての役割の他に、糖代謝や脂質代謝に影響を及ぼすサイトカ
イン産生の場であり、非常に重要な役割を果たしている。このような骨格筋におけるサイトカイン
産生の抑制は代謝改善を標的とした治療戦略の開発の上で重要であり、さらに検討を行いGHが
C2C12筋芽細胞におけるIL-6の遺伝子発現を抑制することを当研究グループは初めて発見した(14)
。
今回はさらに筋細胞の分化と代謝を介する代謝改善の治療戦略を開発するためGHによる筋細胞か
ら脂肪細胞への分化阻止作用および老化や炎症による骨格筋の萎縮や脂肪変性にGHおよびその関連
物質を用いた治療戦略の開発について検討を行った(15)
。
Ⅱ.方法
マウスC2C12筋芽細胞培養
マウス筋芽細胞C2C12は大日本住友製薬を通じてAmerican Type of Culture Collection(ATCC,
Rockvill MD, USA)より購入した。C2C12細胞は10% FCSを含むDMEM培地にて増殖させた。本
研究においては筋細胞に分化し、チュブルズを形成させた状態で検討を行った。すなわち、増殖期
の細胞をtype I コラーゲンコートのカルチャーディシュに播種し、定着後にセミコンフルエントの
状態で培地を0.2%のFCSを含む分化培地にて前培養を5から7日行い筋芽細胞への分化を確認後に
使用した。さらに筋細胞への分化抑制および脂肪細胞への分化を観察するためサイトカイン添加4
から24時間における遺伝子発現を観察した。mouse TNF-α、LPSはシグマ社より購入した。
mouse ghrelinはペプチド研究所より購入した。
ヒト線維芽細胞
脂肪分化における炎症性サイトカインの役割とその抑制物質を検索するため脂肪組織由来の線維
芽細胞を用いて検討を行った。線維芽細胞は10%FCSを含むDMEM培地にて増殖させ、脂肪細胞へ
の分化を促進するために増殖後にFCS濃度を0.2%FCSに減少させるとともにチアゾリジン誘導体で
あるトログリタゾン(Sigma社)を添加した。GHおよび各種検討物質の影響を遺伝子発現を測定す
ることにより検討した。ヒト TNF-α、LPSはシグマ社より購入した。
索医療センター赤水尚史博士より提供を受けた。
−96−
ヒト ghrelinは京都大学探
メッセンジャーRNA(mRNA)の測定
mRNA量の測定は既報(5)のようにRT-PCRを行った。培養細胞よりのRNAの抽出はQuiagen社
製のRNAeaseキットを用いて行った。キットの手順に従いDNAse処理を行い、RT-PCRによる
mRNA測定に対するゲノムDNAの増幅の影響を排除した。1.0マイクログラムのRNAをランダム
プライマーで逆転写を行い、RT産物(cDNA)を得た。
各種遺伝子の配列はGenebank(National Center of Biological Information, Bethesda, MD, USA)
より入手し、PCR priemer 作成プログラムであるPrimer 3(White head Institute, MIT, MA, USA)
を用いて作成した。PCR primerの塩基配列は別表に示した。PCR反応は1.0 μlのRT産物を10 μlの
容量でThermocylclerを用いて行った。基礎検討よりtemplateのRNAに対する用量反応性を認める
サイクル数を決定した。PCR産物は電気泳動を行い、ethidium bromide染色の後にEDAS 240
Digital Camera system(Kodak社製)を用いてそのmRNA量を定量的に測定した。各々のmRNA
量はGAPDHとの比を求めることにより算出した。得られたデーターの解析は統計解析プログラム
であるJMP8.1(SAS Institute)を用いてStudent’s unpaired t-test またはANOVAで検定を行っ
た。
表−1 使用したPCR primerとその塩基配列
Mouse IL6-91F
5'- GACAACCACGGCCTTCCCTA-3'
Mouse IL6-392R
5'- GGTACTCCAGAAGACCAGAGGA-3'
Mouse IGF-I-386F
5'-TGCAAAGGAGAAGGAAAGGA-3'
Mouse IGF-1-536R
5'-TGTTTTGCAGGTTGCTCAAG-3'
GAPDH 1034F
5'-ATG GGA AGC TGG TCA TCA AC -3'
GAPDH 1254R
5'-GTG GTT CAC ACC CAT CAC AA -3'
mouse TNF a 287F
5'-CCACCACGCTCTTCTGTCTA-3'
mouse TNFa 459R
5'-CACTTGGTGGTTTGCTACGA-3'
mouse ghrelin 286F
5'-TATCAGCAGCATGGCCGGGC-3
mouse ghrelin 440R
5'-CCGAGGAGGCTGAGGCGGAT-3
mouse GHSR 991F
5'-GGGCTCCTCGCTCAGGGACC-3
mouse GHSR 1206R
5'-ATGGGGTTGATGGCAGCGCTG-3
−97−
human ghrelin 174F
5'-AGCCACCAGCCAAGCTGCAG-3
human ghrelin 400R
5'-TCACTTGTCGGCTGGGGCCT-3
human GHSR 778F
5'-CGATGCTGTCGTGGGTGCCTC-3
human GHSR 965R
5'-ACACGAGGTTGCAGTACTGGCT-3
human IGF-1 140F
5'-CAGCTCTGCCACGGCTGGAC-3
human IGF-I 281R
5'-ACCTGTCTGAGGCGCCCTCC-3
Ⅲ.結果
1.筋芽細胞を用いた検討
今回は筋芽細胞への未分化細胞を用いて検討を行った。図−1はTNF-αの作用とその効果に及ぼ
すGHの作用を検討したRT-PCRでの結果を示したものである。TNF-αはIL-6 mRNAを増加させた
が、GHはTNF-αによって増加したIL-6 mRNAを用量反応的に抑制した。次にこのようなGHの作
用機構がIGF-Iを介するものか否かを検討するためIGF-Iの作用について検討したが、IGF-1は非添加
および添加の条件にてIL-6 mRNAを増加することが判明し、少なくとも比較的短時間で発現する
GHによるIL-6 mRNA抑制作用はIGF-Iを介さないことが判明した。
つぎに成長ホルモン関連物質としてGhrelin(16)がLPS刺激マクロファージよりのサイトカイン
放出を抑制して抗炎症作用を発現することが報告されている(17-19)ためこの実験系において検討
した。図−2に示すようにGhrelinはTNF-αによるIL-6の上昇は抑制することが判明し、成長ホル
モンと同様にGhrelinも抗炎症反応を示す可能性が示唆された。しかし図−3に示されるようにLPS
刺激で増加するIL-6のmRNAに対しては抑制作用が認められなかった。
2.線維芽細胞を用いた検討
脂肪組織由来の未分化線維芽細胞を用いてTNF-α刺激による影響を検討した。図−4に示すよう
にTNF-αは炎症性サイトカインであるIL-6遺伝子発現を増加させたがGHはTNF-αによるIL-6遺伝
子発現に対しては抑制作用を示さなかった。また、TNF-αは脂肪細胞への分化のマーカーの一つで
ある一型の11β水酸化ステロイド脱水素酵素(11βHSD-1)の発現を増加させたがGHは影響を与え
なかった。
次にTNFαによるIL-6および11βHSD-1遺伝子発現に対するGhrelinの影響を検討した。図−5
に示すように筋芽細胞とは異なりGrelinはTNF-αによるIL-6 遺伝子増加を抑制しなかった。また
TNF-αは11βHSD-1遺伝子を増加させたがGhrelinは高用量ではその発現を抑制し脂肪細胞への分
−98−
化を抑制する可能性が示唆された。また図−6に示すようにLPS刺激によるIL-6発現に対しては抑
制作用を示さなかった。LPSは脂肪分化マーカーである11βHSD-1に対しては影響を与えなかった
がLPS刺激状態ではGhrelinはIGF-1mRNAを少なくとも一時的には減少させる可能性が示唆され、
GHを介さないなんらかのIGF-1産生調節作用の可能性示唆された。
Ⅳ.考案
今回の検討で未分化な筋芽細胞においてもGHはTNF-αによるサイトカイン産生を抑制し抗炎症
作用を発揮することを明らかにした。またGHの分泌を促進するGrelinはTNF-αによる炎症性サイ
トカインの発現を抑制し、抗炎症作用を発揮することが明らかになった。Ghrelinの受容体は全身の
組織に発現しており、強力な抗炎症作用が報告されている(16-19)。GHは未分化な脂肪細胞において
は抗炎症作用を発揮できないが、Ghrelinは未分化細胞においても抗炎症作用を発揮するとともに11
βHSD-1 遺伝子発現を抑制して脂肪細胞への分化を阻害することが判明した。このことは成長ホル
モンのみならずその分泌促進物質であるGhrelinが筋肉疾患における廃用性萎縮症や各種炎症筋疾患
における治療薬として有用な可能性を示唆する。しかしながらGhrelinはマクロファージで報告され
ているような強力な抗炎症作用を筋芽細胞および未分化脂肪細胞では発揮しなかった。この点につ
いては幾つかの可能性があり、その一つとして受容体がこれらの細胞において少ない可能性があり、
予備実験では受容体mRNAの発現は比較的少なかった。また同様にGhrelin自体のmRNAもこれら
の細胞で発現していることより、外因性のGhrelinの効果を減弱している可能性がある。しかしなが
らGH分泌不全の患者においてはGHの減少のみならず局所におけるGrelinの産生も減弱している可
能性があり、外因性のGhrelin投与はGHの是正のみならず直接全身の臓器に作用して抗炎症作用を
含む多様な作用を発現する可能性があり今後の検討課題と考えられる。
Ⅴ.結語
GHおよびGhrelinはIL-6等の炎症性サイトカインの発現を抑制するとともに脂肪細胞への分化を
抑制することが明らかとなった。このような作用は感染症、ストレス、老化による動脈硬化や脂肪
変性を抑制する有用な手段となる可能性もあり今後の検討課題である。
Ⅵ.引用文献
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−110−
−111−
−112−
糖尿病性神経障害に対するグレリンの基礎的研究と臨床応用
上野浩晶
宮崎大学医学部内科学講座
神経呼吸内分泌代謝学分野
糖尿病患者に多く合併する末梢神経障害は、足趾や足底などのしびれ、違和感、疼痛、電撃痛と
いった症状を呈し、患者のQOL低下につながる。グレリンは、成長ホルモン分泌促進作用に加えて、
細胞の分化増殖作用や抗炎症作用、血管拡張作用などが報告されており、糖尿病性神経障害に対し
て発症抑制作用や改善作用を有することが考えられるため、基礎的および臨床的にそれらの作用を
明らかにするため、以下の検討を行った。
[糖尿病性末梢神経障害モデルマウスによる検討]
マウスにストレプトゾトシン(STZ)を 投 与 し 、 糖 尿 病 状 態 と し て 8 週 間 後 よ り グ レ リ ン
12nmol/日を4週間腹腔内投与すると、坐骨神経運動神経伝導速度や尾部神経感覚神経伝導速度、
および温度覚の改善、血流の改善、酸化ストレスマーカーの低下を認めることは既に報告している。
同様の条件において、von Freyテストにて感覚障害の改善、カルボニル化蛋白増加の抑制を認めた。
また、グレリンは脊髄神経節細胞の軸索成長を促進させることを認めた。一方、STZ投与と同時に
グレリン12 nmol/日を4週間腹腔内投与すると、生食投与群では坐骨神経運動神経伝導速度や尾部
神経感覚神経伝導速度が経過と共に低下したのに対して、グレリン投与群ではそれらの低下がみら
れず、STZを投与しなかった対照群と同様であった。
以上の検討から、グレリンは糖尿病性末梢神経障害に対する治療および予防に対して有効である
ことが示唆された。
[ヒトの糖尿病性神経障害に対するグレリンの臨床効果の検討]
対象は、インスリン療法を受けておらず、HbA1c ≤ 9.0%、かつ20∼70歳の2型糖尿病患者で、以
下のいずれかを満たす糖尿病性神経障害を有する者とした。①糖尿病性多発神経障害の簡易診断基
準を満たすand/or神経伝導検査異常、②糖尿病性有痛性神経障害。これまでに6例の患者に投与を
終了しており、年齢は59.0 ± 2.7歳、男性5例、女性1例、BMI 23.0 ± 1.9、罹病期間 14.5 ± 3.4年、
HbA1c(JDS値)7.7 ± 0.4%であった。グレリン1 μg/kg/日を2週間投与後に自覚的神経症状
(TSSで評価; 17.0 ± 0.3 → 11.6 ± 2.6点, P=0.03)と後脛骨神経運動神経伝導速度(35.0 ± 2.1 →
38.7 ± 2.2 m/秒, P=0.0002)は有意に改善した。腓腹神経感覚神経伝導速度は3例で投与前には検
出不能であったが、そのうち2例で投与後に検出可能となり、残りの症例では大きな変化は認めな
かった。糖代謝の指標(グリコアルブミン、1,5−AG)
、食事負荷試験での内因性インスリン分泌能、
および体重、体組成には有意な変化は認めなかった。高感度CRP、血中8−イソプロスタン、
TNF−α、尿中アルブミン排泄量、eGFRにも有意な変化は認めず、また、血圧、PWV、CAVIに
−113−
もグレリン投与前後で有意な変化は認めなかった。以上の結果より、糖尿病性末梢神経障害に対し
てグレリン投与は有用であり、新たな治療法となり得ることが示唆されたが、今後さらに症例数を
増やして検討する必要がある。
まとめ
糖尿病性末梢神経障害モデルマウスにおいて、グレリンの投与により神経伝導速度低下の予防お
よび治療的効果を確認でき、その作用機序として血流増加、抗酸化ストレス、神経細胞成長促進が
示唆された。ヒトにおいても、糖尿病性末梢神経障害の自覚症状や神経伝導検査の改善を認め、新
規治療法として有効であることが示唆された。
−114−
成長ホルモン不足・過剰状態における内臓脂肪量変化の病態的意義の解明
大月道夫
大阪大学大学院医学系研究科内分泌・代謝内科
目的
成長ホルモン(GH)の不足・過剰による内臓脂肪量の変化のメカニズムおよびエネルギー代
謝の変化を解析することにより、過食や運動不足による内臓脂肪量蓄積との病態生理学的意義の違
いを明らかにする。特に成人GH分泌不全症のGH補充療法においてIGF-I以外の合併症、QOLを考慮
した治療目標を確立する。
方法
未治療重症成人GH分泌不全症、先端巨大症患者を対象とし同意が得られた各20症例に対して
厚生労働省難治性疾患克服研究事業 間脳下垂体障害調査研究班の診断と治療の手引きに準じて診
断・治療を行う。
評価項目として腹部生体インピーダンス法を用いた内臓脂肪量、アディポサイトカイン
(TNF−α、アディポネクチン、MCP−I)
、酸化ストレス関連マーカー(チオレドキシン、尿中8−OHdG)
、
高感度CRP、除脂肪体重、骨密度、脈派伝播速度、基礎代謝量、心臓超音波(開始時、48週後)、
QOL評価(日本成人下垂体機能低下症QOL質問表、SF−36)を治療前、12週後、48週後に収集する。
収集した結果からGH、IGF-Iの内臓脂肪量への役割を解明し、インスリン抵抗性、動脈硬化指標
およびQOLとの比較検討を行うことによりGH不足・過剰による内臓肥満の病態およびQOLを考慮
した治療目標を確立する。
進捗状況
現在重症成人GH分泌不全症8例、先端巨大症17例をエントリーし、各項目を評価しなが
ら経過観察を行っている。今後も目標症例を達成するために患者さんのエントリーを継続する。
謝辞
本研究を行うにあたり研究費を助成頂きました公益財団法人 成長科学協会に深謝致します。
−115−
成長ホルモンのラット筋細胞増殖におよぼす効果
置村康彦、近兼千夏、川端麻友、村上量子
神戸女子大学家政学部管理栄養士養成課程
牧 大貴、中西志帆、山本大輔、大口広喜
神戸大学大学院保健学研究科病態解析学領域病態代謝分野
はじめに
筋萎縮は筋萎縮性側索硬化症などの神経疾患、悪性腫瘍、糖尿病、クッシング病、腎不全、長期
臥床などの様々な疾患、病態に伴い発症する。これらの筋萎縮時、共通して筋特異的ユビキチンリ
ガーゼであるatrogin-1やMuRF1の発現が亢進している
。タンパクのユビキチン化には、ユビキ
1,2)
チン活性化酵素、ユビキチン結合酵素、ユビキチン転移酵素(リガーゼ)の3種の酵素が必要であ
り、ユビキチン化されたタンパクはプロテアソームにより分解されるが、atrogin-1のノックアウト
マウスの成績より、種々の筋萎縮にatrogin-1が関与していることが報告されている3)。
IGF-Iは強力な筋肥大作用、筋萎縮抑制作用をもつタンパクの1つである。IGF-Iは、
phosphatidyl-inositol3-kinase(PI3K)/AKT経路を介して、Foxoをリン酸化することにより、Foxoに
よるatrogin-1の発現を抑制することが報告されている4,5)。
一方、成長ホルモン(GH)も筋肥大を促進するとされている。たとえば、成人成長ホルモン分泌
不全症(AGHD)では、筋萎縮・筋力低下が観察され、それはGHの補充療法により改善する。しか
し、それはGHの直接作用なのか、IGF-Iを介する作用なのか明確ではない。最近、私どもは、
atrogin-1の発現が、GHとIGF-Iにより、それぞれ正、負に調節されていることを見出した6)。この成
績は、GHはIGF-Iと異なり、直接的には筋萎縮を進める方向に作用する可能性を示唆する。
筋損傷時、静止期にあった筋衛星細胞は増殖した後、筋細胞に分化し、損傷した筋を修復するの
に大きな役割を果たしている。筋衛星細胞に対してもGH、IGF-Iは作用し、増殖を調節する可能性
がある。今回、GH、IGF-Iが筋衛星細胞の増殖に作用するのか、その作用は同一方向なのか検討し
た。
方法
1)筋衛星細胞の採取
Tatsumi、Allenの方法に準じて、衛星細胞に富む分画を採取した7)。6ヶ月齢のSD系雄ラットを
麻酔下で屠殺した後、体幹背部、大腿部の筋を採取した。十分に結合組織をのぞいた後、細切し、
プロテアーゼ(1.25mg/ml, typeXIV, sigma)処理を行ない、細胞を単離させた。遠心分離で細胞塊
と遊離単一細胞を分離した。134G x 5分の遠心で浮遊する分画を、筋衛星細胞に富む分画として採
取し、実験に使用した。実験ごとに、細胞の一部をポリ L リジンおよびフィブロネクチンをコート
した24穴プレートにまき、24時間培養したのち、免疫染色でPax7陽性細胞率を調べ、筋衛星細胞の
純度を確認した。
−117−
2)筋衛星細胞の増殖におよぼすGH、IGF-Iの効果
a)筋から採取した筋衛星細胞に富む分画をポリLリジンおよびフィブロネクチンをコートした24
穴プレートにまき、24時間培養した。100 ng/ml ヒトGH、あるいは250ng/ml IGF-Iを含む培養液に
交換した後、さらに培養した。GH、IGF-I添加22時間後に10μM BrdUを添加し、24時間後に細胞
をパラホルムアルデヒドで固定、抗BrdU抗体(G3G4 DSHB 1:100)を使用した免疫染色により
BrdU取り込み細胞数、非取り込み細胞数を計測した。1つのウェルにおいて8視野計測し、各視野
中の全細胞に対するBrdU取り込み細胞数を取り込み率とし、8視野の平均をそのウェルのBrdU取
り込み率とした。陽性コントロールとして、衛星細胞増殖を亢進させることが報告されている
hepatocyte growth factor(HGF)を使用した。
b)HGFにより活性化された状態の衛星細胞におよぼすGH、IGF-Iの効果を調べた。筋衛星細胞
に富む分画を24時間培養した後、HGFで24時間刺激し、その後さらにGH、IGF-Iを添加し、22時間
培養した。その後10μM BrdUを添加し、さらに2時間の培養をおこない、a)と同様にBrdU取り
込み細胞数を計測した。
ANOVA、Turkey-Kramerでコントロール群と処置群に差があるかを検定し、p<0.05のとき有意
差があるとみなした。
結果
1)筋細胞の増殖におよぼすGH、IGF-Iの効果
HGFは筋細胞のBrdU取り込みを増加させた。一方、IGF-I、GHはBrdU取り込みに影響を及ぼさ
なかった(図1)。
2)HGF活性化筋細胞の増殖におよぼすGH、IGF-Iの効果
HGFによりBrdU取り込みを増加した筋細胞に対し、HGF単独の効果以上に、IGF-I、GHは効果
を示さなかった(図2)。
考察
私どもは、筋萎縮に関連するユビキチンリガーゼであるatrogin-1発現に対するGHとIGF-Iの作用
が相反することを見出し、筋においてGHはIGF-Iと異なった作用を発揮する可能性を考えた6)。今回、
筋修復において重要な筋衛星細胞に注目し、その増殖に対するGH、IGF-Iの作用を検討した。通常、
筋衛星細胞は静止期にあるが、筋損傷時活性化され、増殖したのち、成熟筋細胞に分化する8)。こ
の機構は筋修復に重要と考えられているが、GH、IGF-Iとその活性化機構の関連については不明で
ある。
本研究において、陽性コントロールとして用いたHGFはBrdU取り込みを亢進させたが、GH、
IGF-IはBrdU取り込みに影響を及ぼさなかった。また、HGFにより亢進したBrdU取り込みに対して
も影響を及ぼさなかった。これらの成績から、GH、IGF-I両者とも筋衛星細胞の増殖には関与しな
いことが推測された。
筋損傷時、IGF-Iのスプライシングバリアントであるmechano-growth factor(MGF)産生が損傷
−118−
早期に高まることが報告されている。MGFは筋損傷の回復に作用を発揮すると考えられているが、
今回MGFの作用に関しては検討できていない。また、私どもは、筋細胞株であるC2C12細胞におい
てGHはMGF発現を増加させることを報告しているが 9)、今回の筋細胞初代培養系におけるGHの
MGF発現増加作用についても十分検討できていない。これらMGFに関連する問題は、今後の検討
課題である。
参考文献
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−119−
図1
図2
−120−
AMP-activated protein kinaseを介するエネルギー代謝機構の骨の成長における役割に関する研究
小澤 修、足立政治
岐阜大学大学院医学系研究科薬理病態学分野
1.研究目的
骨組織は身体の骨格維持、カルシウムの貯蔵および造血の場としての骨髄腔の構成という生体の
機能維持において極めて重要な役割を果たしている。このため骨のリモデリング(再構成)は絶え
ず活発に行われており、骨量は骨吸収とそれにカップルして生じる骨形成の平衡の上に維持されて
いる。骨粗鬆症ではそのバランスが崩れ、骨量が減少し骨の脆弱性が増し、骨折が生じやすくなる。
骨代謝は、骨を形成する役割を担う骨芽細胞の働きと骨を吸収する役割を担う破骨細胞の二つの機
能細胞の働きによって、巧緻に制御されている。そのバランスが保たれることにより、骨量は維持
されている。近年、副甲状腺ホルモンや活性化ビタミンDをはじめとする多くの骨吸収因子の受容
体が、破骨細胞ではなく骨芽細胞に存在することが見出された。すなわち、骨芽細胞はその細胞膜
上のRANKL(receptor activation of NF-κB ligand)を介し、骨吸収を担う破骨細胞の形成・分化
をも制御調節し、骨代謝の制御において中心的な役割を担っていることが明らかとなってきた。
エネルギー状態の変化は、生体の活動・恒常性維持のみならず組織・細胞機能に多大な影響を及
ぼす。筋・肝臓における糖・脂質代謝は、生体全体のエネルギー代謝に中心的な役割を果たしてい
る。エネルギー代謝の調節は栄養系シグナル、内分泌系ホルモンおよび神経系等により制御されて
おり、近年、栄養系シグナルによる筋・肝臓のエネルギー代謝調節においてAMP-activated protein
kinase(AMPキナーゼ)が中心的な役割を担っていることが明らかとされてきた。しかし、骨代謝
におけるエネルギー代謝調節およびAMPキナーゼの役割の詳細はこれまでほとんど明らかとされて
いない。最近、私共は骨形成のみならず骨吸収においても骨代謝の中枢的役割を担う骨芽細胞にお
いて、重要な骨形成促進因子の一つである塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)がAMPキナーゼを
リン酸化することを見出した。このように、AMPキナーゼの活性化が、骨代謝をコントロールする
骨芽細胞や破骨細胞の分化や細胞機能を調節している可能性は非常に高く、本研究では、骨代謝に
おいて中心的役割を果たしている骨芽細胞におけるAMPキナーゼの役割を明らかとすることを目的
とする。
2.研究方法
2−1.細胞培養
新生マウス頭蓋冠よりクローン化されたMC3T3-E1細胞およびヒト正常骨芽細胞NHOstを用いて
検討を行なった。培養には直径35mm、もしくは直径90mmの培養ディッシュを使用し、10%の牛
胎仔血清(FCS)を含むα-minimum essential medium(α-MEM)中で、37℃、5%CO2の条件下に
て細胞を培養した。5日後、培養液を0.3% FCSを含むα-MEMに置換し、その48時間後に実験に供
した。
−121−
2−2.VEGFアッセイ
MC3T3-E1細胞およびヒト正常骨芽細胞NHOstをFGF-2およびtransforming growth factor-β
(TGF-β)により48時間刺激した。AMPキナーゼ阻害剤(compound C)による前処理は、FGF-2に
よる刺激前に20分間行った。刺激終了後、溶液を回収し、溶液中のVEGF濃度をVEGF ELISAキッ
トを用いて測定した。ELISAプレート上のサンプルの吸光度はEL 340 Bio Kinetic Reader(BioTek Instruments, Inc., Winooski, VT)を用いて測定した。細胞内のVEGF mRNAをRT-PCR法を
用いて測定した。
2−3.Western blot 解析
Laemmliらの方法により、10%アクリルアミドのゲルを用いてSDS−PAGEを行った。Western
blottingは、リン酸化AMPキナーゼ(αおよびβ)抗体、リン酸化p44/p42 mitogen-activated
protein(MAP)キナーゼ抗体、p44/p42 MAPキナーゼ抗体、リン酸化stress-activated protein
kinase(SAPK)/c-Jun N-terminal kinase(JNK)抗体SAPK/JNK抗体、リン酸化Smad2抗体、
Smad2抗体、リン酸化MEK1/2抗体、MEK1/2抗体を用いて行った。PVDF膜上のペルオキシダー
ゼ活性をECLウエスタンブロッティング検出システムを用いてX線フィルム上に露光した。フィル
ム上の光学的密度はMolecular Analyst/Macintosh(Bio-Rad Laboratories, Hercules, CA)を用いて
定量化した。
3.研究成果
FGF-2 はAMPキナーゼ(α)のリン酸化を著明に促進したが、一方、AMPキナーゼ(β)のリン
酸化には何ら影響しなかった。Compound CはFGF-2刺激によるVEGF産生を用量依存的に抑制し
た。Compound CはFGF-2刺激によるVEGF mRNAの発現を有意に抑制した。Compound CはFGF-2
刺激によるSAPK/JNKのリン酸化には何ら影響しなかったが、p44/p42 MAPキナーゼのリン酸化
レベルを著明に減弱させた。
TGF-βはAMPキナーゼ(α)およびAMPキナーゼ(β)のリン酸化を著明に促進した。
Compound CはTGF-β刺激によるVEGF産生を用量依存的に抑制した。Compound CはTGF-β刺激に
よるVEGF mRNAの発現を有意に抑制した。Compound CはTGF-β刺激によるSAPK/JNK、p38
MAPキナーゼ、およびSmad 2のリン酸化には何ら影響しなかったが、MEK1/2およびp44/p42
MAPキナーゼのリン酸化レベルを著明に減弱させた。ヒト正常骨芽細胞NHOstにおいても
compound CはTGF-βによるVEGFの産生を抑制した。
4.考察
微小血管の発達は骨成長および骨リモデリングにおいて重要な過程であることはよく知られてい
る。VEGFは血管内皮細胞の特異的な細胞分裂誘導因子であることから、骨代謝において、骨芽細
胞より産生・分泌されるVEGFは骨芽細胞と血管内皮細胞との間の重要な細胞間情報伝達物質であ
ると認識されている。さらに、VEGFはマウスの骨幹端の成長版における骨形成と軟骨増殖部の拡
−122−
大に関与することが報告されている。これらを基に、私共の結果から、骨芽細胞においてAMPキナー
ゼの活性化は骨芽細胞からのVEGF産生・分泌に対し促進的に作用することが明らかとなった。ま
た、AMPキナーゼの作用点はp44/p42 MAPキナーゼの上流であることが明らかとなった。骨芽細
胞におけるAMP キナーゼによるシグナル伝達経路の役割の詳細を明らかにするにはさらなる研究
が必要と考えられた。
以上より、AMPキナーゼ活性化による骨芽細胞からのVEGF産生・分泌の促進作用は、血管内皮
細胞の細胞機能を介して、骨成長および骨代謝において重要な役割を果たし、その機能を制御して
いる可能性が示唆された。
−123−
ヒト小人症モデル動物としての矮小変異マウスを用いた小人症原因因子の探索
加納 聖
東京大学大学院農学生命科学研究科応用遺伝学教室
目的
低身長が主な特徴であるヒト小人症は、特定の遺伝子の突然変異、ホルモン異常など様々な原因
が考えられ、数多くの症例があるとされる。このヒト小人症の原因遺伝子の同定やその詳細な表現
型や症状の解析はヒト小人症の病態を理解する上で非常に重要である。そこで本研究課題では、ヒ
ト小人症モデル動物として矮小変異マウスに注目し、表現型の詳細な解析ならびに矮小化原因遺伝
子の同定とその機能解析を行うことによって、ヒト小人症原因因子の遺伝的メカニズムに基づいた
原因の解明、将来的な治療につなげることを目的とする。
DDR2欠損マウスであるslieマウスは矮小の表現型を示し、頭部の形態異常も見られることから、
。また、DDR2
DDR2は骨格形成に関与している可能性が考えられる(Kano et al., 2008; 松村, 2008)
KOマウスにおいても矮小の表現型を示すことが報告されており、その原因は長骨の成長板におけ
る軟骨細胞の増殖能低下に伴う長骨の発達不全であるとされている(Labrador et al., 2001)。しか
しこれらのマウスはいずれも全身性のDDR2欠損マウスであり、骨格形成に見られた異常がすべて
軟骨細胞におけるDDR2欠損由来のものであるかは不明である。そこで本研究では、骨格形成に大
きく寄与している軟骨内骨化過程においてDDR2がどのような役割を果たしているのかを調べるた
めに、軟骨特異的にDDR2を過剰発現するトランスジェニックマウスを用いて解析を試みた。
材料と方法
1.使用した実験動物
本研究で用いたマウス(Tgマウス、C57BL/6J)は、室温23-25℃、湿度50-70%、明期12時間、暗
期12時間条件のSPF環境下で飼育した。TgマウスはBDF2をバックグラウンドとする軟骨特異的
Ddr2過剰発現マウスであり、本Tgマウスは軟骨特異的な発現を可能にするCol11a2プロモーターを
持つp742lacZInt(Tsumaki et al., 1996)を利用した。導入遺伝子であるCol11a2-Ddr2を(Fig. 1)
に示した。
2.Tgマウスの判定
Tgマウスの判定は、戻し交配によって得られた2週齢産子に対し以下の方法で行った。まず、2
週齢マウスの尾端部よりゲノムDNAを抽出した。尾端部を2-3 mm切除した後、1.7 mg/mlのプロテ
イナーゼKを含むTail Buffer(1 M Tris、0.5 M EDTA、5 M NaCl、10% SDS)中で、55 ℃の条件
下で12-18時間インキュベートした。攪拌した後、5 M酢酸アンモニウムを加えて再び攪拌し、氷上
で30分間静置した後に15,000 rpmで10分間遠心した。上清に対して、2-プロパノール沈殿および70%
エタノールによる洗浄を行ってゲノムDNAを回収し、TE Bufferに溶解した。
−125−
得られたゲノムDNAを鋳型として、BIOTAQ DNA Polymeraseを用いてPCRを行った。プライ
マーはForward側をp742lacZInt由来のSV40配列中に、Reverse側をDdr2 cDNA配列中に設計した
(Fig.1, Table 1 A-1)
。PCR条件は(Table 1 B-1, C-1)に示した。
3.Ddr2過剰発現の確認
A.肋軟骨からのRNA抽出
4週齢の軟骨特異的Ddr2過剰発現マウス及び同腹子より肋軟骨を単離し、total RNAを抽出した。
液体窒素中にて急速凍結した肋軟骨を、1mlのTrizol中にてホモジナイズし、4℃、12,000gで5分
間遠心分離し上澄みを採取した。上澄みに対しクロロホルム200 μlを加え、1分間よく攪拌した後
に室温で3分間静置し、4℃、12,000gで15分間遠心分離を行った。その後、水層を回収し等量のフェ
ノールを加えよく攪拌した後、室温で5分間遠心分離を行い、再び上澄みを回収した。上澄みに対
して、イソプロパノールを250 μl、high salt precipitation solution(0.8 M sodium citrate and 1.2
M NaCl)を250 μl添加し、攪拌した後に10分間室温で静置し、4℃、12,000gで10分間遠心分離し、
得られた沈殿を70% EtOHで洗浄し、乾燥させてRNAを得た。このRNAを50 μlのRNase Free水に
溶解し、吸光分光光度計により濃度を測定した。
B.RT-PCR
抽出したtotal RNAは SuperScriptⅢ Reverse Transcriptaseおよび 10 μM oligo dT primerによ
り逆転写反応を行った。total RNA 1 μg(1 μgとりきれない場合は、最大量)を鋳型として用い、
Oligo dT primer 1 μlおよびdNTP(2.5 mM each)1 μlを加え、RNase Free 水で計11 μlにした
後、65℃で5分間RNAを変性させた。変性後、反応液をただちに冷却し、5×First strand Buffer4
μl、0.1 M DTT1 μl、Ribonuclease Inhibitor 1 μl、SuperScriptⅢ Reverse Transcriptase 1 μlを
加え、50℃で60分間の逆転写反応を行い、70℃で15分間の処理で酵素を失活させ逆転写反応を停止
した。逆転写反応により得られたcDNAを鋳型として、Phusion DNA High-Fidelity DNA
Polymerasesを用いてPCRを行った。なお、使用したプライマー配列およびPCR条件は(Table 1
A-2, A-3, B-2, C-2)に示した。
C.リアルタイムPCR
逆転写反応により得られたcDNAを鋳型として、QuantiTect SYBR Green PCR Kit及び
LightCycler® 2.0を用いてReal Time PCRを行った。内部標準にはβ-2 microglobulin を採用した。
尚、使用したプライマー配列およびPCR条件を(Table 1 A-2, A-3, B-3, C-3)に示した。
4.Tgマウスの表現型解析
A.体重測定
C57BL/6Jマウスとの戻し交配によって得られた軟骨特異的Ddr2過剰発現マウス及び同腹子につ
いて、2週齢より1週間ごとに体重測定を行った。
−126−
B.大腿骨端組織切片の作成ならびに染色
C57BL/6Jマウスとの戻し交配によって得られた軟骨特異的Ddr2過剰発現マウス及び同腹子につ
いて、大腿骨端を単離し、組織切片の作成及び染色を行った。
組織切片の作成
単離した大腿骨端をBouin固定液(ピクリン酸:ホルマリン:氷酢酸 = 15:5:1)を用いて2、
3日間浸漬固定した後、脱灰液(70% EtOH、5% 蟻酸)を用いて約一週間脱灰を行い、その後脱
水(70% EtOH 一晩、70% EtOH、80% EtOH、90% EtOH、95% EtOH、100% EtOH 3回 各2
時間、100% EtOH 一晩)を行い、キシレンで透徹(Xylene 30分間 3回)し、さらにパラフィン
に浸漬(50% paraffin / Xylene 一晩 室温、Soft Paraffin、Paraffin 3回 各2時間、60℃)し、金
属製包埋プレート及び包埋リングを用いて包埋し、一晩静置した。切片の作成はミクロトームを用
いて厚さ6 μmに薄切し、水上で皺を伸ばし、さらに52-55℃の温水中で伸展させた後にスライドグ
ラスに貼り付け、一晩風乾した。
ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色
作成したパラフィン切片を脱パラフィン処理(Xylene 5分間 3回、100% EtOH 5分間 3回、
95% EtOH、80% EtOH、70% EtOH 各3分間、DW 1分間)した後、ヘマトキシリン溶液に5分
間浸漬した。流水中で10分間洗浄、色出しした後、エオジン溶液に10分間浸漬し、70% EtOHで軽
く洗浄した。その後、脱水(70% EtOH、80% EtOH、95% EtOH 各3分間、100% EtOH 5分間
2回、Xylene 5分間 2回)し、SP15-100 Toluene Solutionで封入し検鏡した。
アルシアンブルー染色
作成したパラフィン切片を脱パラフィン処理(Xylene 5分間 3回、100% EtOH 5分間 3回、
95% EtOH、80% EtOH、70% EtOH 各3分間、DW 1分間)した後、流水中で5分間洗浄を行っ
た。その後3%酢酸で5分間前処理をし、アルシアンブルー溶液に30分間浸漬した。さらに3%酢
酸で5分間洗浄した後、流水中で5分間洗浄し、脱水(70% EtOH、80% EtOH、95% EtOH 各3
分間、100% EtOH 5分間 2回、Xylene 5分間 2回)し、SP15-100 Toluene Solutionで封入し検
鏡した。
C.全身骨格標本の作製
C57BL/6Jマウスとの戻し交配によって得られた軟骨特異的Ddr2過剰発現マウス及び同腹子につ
いて、全身骨格標本の作製を行った。
二酸化炭素吸入法による屠殺後、マウスの皮膚を剥ぎ、脳以外の内臓をすべて取り除き、筋肉は
可能な範囲で除去した。95% EtOH中で攪拌しながら24時間固定を行った後に、300 mg/L アルシ
アンブルー溶液で24時間攪拌し軟骨組織を染色後、95% EtOHで2回洗浄し、2% KOH中で24時
間攪拌した。次に、25 mg/L アリザリンレッド溶液中で10時間攪拌し、骨組織を染色した。20%
−127−
Glycerol、1% KOH溶液中で7日間浸漬した後、20% Glycerol、20% EtOHに移し、一晩浸漬した。
さらに、50% Glycerol、50% EtOH溶液に移した後、100% Glycerolで保存した。
5.統計学的処理
本研究では、t検定により結果の有意差の検定を行い、危険率p <0.05をもって有意差があるとし
た。
結果
1.軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスにおけるDdr2発現量
本節では、以前作出した軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスが軟骨組織においてDdr2を過剰発現し
ているかを確認した。
PCRにより導入遺伝子(Fig. 1)がゲノムに組み込まれたと判定されたマウス(Fig. 2A)および
その同腹子について、肋軟骨より抽出したmRNAを逆転写することで得られたcDNAを用いて、リ
アルタイムPCRによりDdr2発現量の定量を行った(Fig. 2B)。その結果、Tgマウスにおいて同腹子
と比較して約8倍のDdr2が発現していることが確認された。
2.軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの表現型解析
1.より、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの肋軟骨において、Ddr2が過剰発現されていること
が確認された。そこで、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスが示す表現型について、特に骨、軟骨組織
に着目して解析を行った。
A.軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの体重推移
軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子について、2週齢から6週齢にかけて一週間ご
とに体重測定を行った(Fig. 3A, B)。体重測定の結果、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの体重推移
は雌雄共に同腹子とほとんど変わらないことが示された。
B.軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの大腿骨端組織
4週齢における軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子の雄マウスについて、大腿骨端
組織切片を作成しアルシアンブルー、Hematoxylin-Eosin共染色を行った(Fig. 4)。その結果、軟
骨特異的Ddr2過剰発現マウスにおいて、増殖軟骨細胞層、肥大軟骨細胞層、また周囲の骨組織につ
いて、いずれも同腹子と比較して変化が認められなかった。
C.軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの全身骨格
12週齢の軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子の雄マウスについて、アルシアンブルー、
アリザリンレッド共染色により全身骨格標本を作製した(Fig. 5A)。全身骨格標本の外観からは、
軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスと同腹子の間に変化は認められなかった。
−128−
次に、作製した全身骨格標本について、全長として鼻端から尾端部の長さを、頭蓋骨長として鼻
端から後頭部までの長さを、さらに、尺骨と脛骨の長さを測定した(Fig. 5B)。骨長測定の結果、
軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスと同腹子の間に有意差が無いことが確認された。
考察
DDR2 KOマウスは矮小の表現型を示し、長骨の成長板における軟骨細胞増殖能の低下が確認さ
れている(Labrador et al., 2001)。このDDR2の欠損に伴う軟骨細胞増殖能の低下が骨成長に影響を
与え矮小化の原因の一つとなったと考えられるが、DDR2 KOマウスは全身性のDDR2欠損マウスで
あり、DDR2 KOマウスに見られた軟骨細胞増殖能の低下は、軟骨組織におけるDDR2の欠損のみに
起因しているかどうかは不明である。そこで本研究ではDDR2が軟骨内骨化において果たしている
機能を明らかにするために、軟骨特異的にDdr2を過剰発現するマウスを作出し、軟骨組織における
DDR2の機能解析を試みた。
本節ではまず、以前作出した軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスが軟骨組織において本当にDdr2を
過剰発現しているかを、肋軟骨より抽出したmRNAを鋳型としてcDNAを合成し、リアルタイム
PCRによって確認した。その結果、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの肋軟骨において、対照同腹子
と比較して約8倍のDdr2が発現していることが確認された。この結果より、軟骨特異的Ddr2過剰
発現マウスでは軟骨組織においてDdr2が過剰発現されていると判断し、次に、軟骨特異的Ddr2過
剰発現マウスの表現型解析を行うことにより、DDR2が軟骨内骨化、骨格形成においてどのような
機能を有するかについて考察を試みた。
まず、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子について体重測定を行うことにより、軟
骨特異的なDdr2の過剰発現が個体サイズに影響を与えたかどうかについて大まかに調べた。その結
果、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスは雌雄ともに対照同腹子とほぼ同じ体重推移を示した。このこ
とから、軟骨特異的なDdr2の過剰発現は個体サイズに大きな影響を与えていない可能性が考えられ
たが、体重という指標だけでは骨格形成解析としては不十分であること、さらに、軟骨内骨化に何
らかの影響を与えている可能性があることから、骨、軟骨組織についてさらに詳細な解析を行った。
まず、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子について成長板における軟骨組織の細胞
構成を観察し、軟骨特異的なDdr2の過剰発現が軟骨内骨化に対してどのような影響を与えたか調べ
た。その結果、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスにおいて、増殖軟骨細胞層、肥大軟骨細胞層共に、
対照同腹子と比較して変化が観察されなかった。また、周囲の骨組織についても、同様に変化が観
察されなかった。
次に、軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよび対照同腹子について全身骨格標本を作製し、軟骨特
異的なDdr2の過剰発現が全身の骨格形成および体長に与えた影響について調べた。その結果、軟骨
特異的Ddr2過剰発現マウスと対照同腹子の間に全身骨格の差異は観察されず、また、尺骨、脛骨の
骨長および頭蓋骨の周長についても変化は見られず、全体の体長についても差は観察されなかった。
これらの解析から、Ddr2の軟骨特異的な過剰発現は軟骨内骨化および全身の骨格形成に特に影響
を与えなかったと考えられた。
−129−
本節において行った軟骨特異的なDdr2の過剰発現が骨、軟骨組織および骨格形成に影響を与えな
かったことの原因はいくつか考えられるが、一つは、生体内におけるDDR2の過剰発現という手法
に問題があったという可能性である。つまり、DDR2は軟骨組織において何らかの機能を持ってい
るものの、DDR2が受容体型チロシンキナーゼであることから、受容体のみを過剰発現としてもリ
ガンドである繊維性コラーゲン(Vogel et al ., 1997, 2006; Vogel, 1999; Ichikawa et al ., 2007;
Leitinger and Hohenester, 2007)の不足により決定的な影響が出なかった可能性である。もう一つ
は、軟骨特異的な発現が原因であったという可能性である。すなわち、DDR2は軟骨組織ではさほ
ど重要な機能を持っておらず、DDR2 KOマウスおよびDDR2欠損マウスに見られた矮小性や軟骨細
胞増殖能の低下(Labrador et al., 2001; Kano et al., 2008)は軟骨組織以外のいずれかの組織におい
てDDR2が欠損していることが原因となっているという可能性である。実際に、DDR2は様々な組織
で発現が確認されており(Alves et al., 1995; Labrador et al., 2001; Mohan and Wilson, 2001; Kano
et al., 2008)、これまでにも骨、軟骨組織以外にも生殖器官での重要な機能が確認されている
(Matsumura et al., 2009; Kano et al., 2010)ことからも、DDR2は軟骨組織以外の様々な組織で何ら
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5. Labrador JP., Azcoitia V., Tuckermann J., Lin C., Olaso E., Manes S., Bruckner K., Goergen JL.,
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13. 松村 宏和(2008)
マウス生体内におけるコラーゲンレセプターDDR2の機能解析
東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士論文
−131−
Fig. 1
遺伝子導入コンストラクト(Col11a2-Ddr2)
遺伝子導入コンストラクト(Col11a2-Ddr2)の模式図。 赤矢頭 :Tgマウスの同定に用いたプライ
マーの位置
Fig. 2
Ddr2過剰発現の確認
(A)軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの判定。マウス尾端部より抽出したゲノムDNAを鋳型として
PCRを行った。なお、positive controlとして顕微注入に用いたDNA溶液を用い、negative
controlとしてBDF1由来のゲノムDNAを用いた。
M:マーカー, L:littermate, Tg:軟骨特異的Ddr2過剰発現マウス, P:positive control, N:
negative control
(B)軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよび同腹子より単離した肋軟骨由来mRNAを鋳型として作成
したcDNAを用いて、リアルタイムPCRを行いDdr2発現量を定量した。なお、内部標準として
β-2 microglobulinを用いた。
−132−
Fig. 3
軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの体重推移
軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子について、2週齢から6週齢にかけて1週ごとに
体重を測定した。
(A)雄マウスについての体重平均値。n=3-5
(B)雌マウスについての体重平均値。n=2-5
Fig. 4
軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの大腿骨端組織
4週齢の軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子の雄マウスについて、大腿骨端 組織切片
を作成した。染色法は、アルシアンブルー、Hematoxylin-Eosin共染色である。PC:増殖軟骨細胞
層, HC:肥大軟骨細胞層
−133−
Fig. 5
軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスの全身骨格
(A)12週齢の軟骨特異的Ddr2過剰発現マウスおよびその同腹子の雄マウスについて、全身骨格標
本を作製した。染色法は、アルシアンブルー、アリザリンレッド 共染色である。
(B)作製した全身骨格標本について、全長として鼻端から尾端部の長さを、頭蓋骨長として鼻端か
ら後頭部までの長さを、さらに、尺骨と脛骨の長さを測定した。
−134−
Table 1 PCRの構成
−135−
本邦女子におけるDOHaDの検証に関する研究
久保俊英、古城真秀子
岡山医療センター小児科
中村 信
岡山医療センター新生児科
宮河真一郎
呉医療センター小児科
はじめに
DOHaD(developmental origins of health and disease)の検証データのほとんどは欧米のもので
あり、本邦は下よりアジアにおける大規模な検証の報告はまだ無い。そこで、本邦における
DOHaDの概念の妥当性を検証し、社会的問題となっている生活習慣病を出生前から予防する手段
を講じるための基礎的データを獲得する目的で本研究を行う。その中でも、今回の研究では
DOHaDの中でも成人生活習慣病、特に肥満に与える出生時の体重、出生後早期及び成長期におけ
る栄養状態の影響を明らかにすることを目的とする。
対象
国立病院機構岡山医療センター附属看護学校と国立病院機構呉医療センター附属看護学校の女子
看護学生519名にアンケート調査を行い、出生時の体重を必須条件として、有効な回答が得られた
19歳∼23歳の在学生506名(有効回答率97.5%)を対象とした。
方法
記述アンケートにより、出生時から現在までの身体計測値、両親の現在の身体計測値、乳児期の
栄養法を調査し、現在のBMI(body mass index)と相関する因子等について解析した。
相関係数の検定にはPearson’s correlation coefficientを、2群間の差の検定にはStudent’s t-testを、
比率の差の検定にはchi-square test for independenceを用いた。
結果
対象の内訳
出生体重2500g以上
出生体重2500g以上3500g未満
出生体重3500g以上
30例
392例
84例
−137−
1.BMIの年齢別変動
1)全体(図1)
出生後3ヶ月までは直線的に増加した。7∼8歳でBMI reboundが見られた。
2)出生体重2500g未満(図2−1,2)
出生後3ヶ月までは直線的に増加した。6∼7歳でBMI reboundが見られた。
3)出生体重2500g以上3500g未満(図2−1,2)
出生後3ヶ月までは直線的に増加した。7∼8歳でBMI reboundが見られた。
4)出生体重3500g以上(図2−1,2)
出生後3ヶ月までは直線的に増加した。7∼8歳でBMI reboundが見られた。
2.現在のBMIと相関する因子
1)全体(表1)
4歳時のBMIから正の相関がみられ、14歳時のBMIからは強い正相関が認められた。在胎週
数との相関は見られず、両親について母親との相関が強い傾向にあった。
2)出生体重2500g未満(表2)
症例数が少ないこともあり、一定の傾向が見られないが、15歳時のBMIからは強い正相関が
みられた。在胎週数との相関は見られず、両親について母親との相関が強かった。
3)出生体重2500g以上3500g未満(表2)
4歳時のBMIから正の相関がみられ、14歳時のBMIからは強い正相関が認められた。在胎週
数との相関は見られず、両親について母親との相関が強い傾向にあった。
4)出生体重3500g以上(表2)
4歳時のBMIから正の相関がみられ、14歳時のBMIからは強い正相関が認められた。在胎週
数との相関は見られず、両親について母親との相関が強い傾向にあった。
3.栄養法によるBMIの差異
1)全体(図3)
母乳栄養 180例、人工栄養258例、人工栄養37例と、人工栄養のみの者は少なかった。全年
齢を通じて栄養法によるBMIの差はなかった。
2)出生体重2500g未満(図4)
母乳栄養は少なかった。乳児期は母乳群が小さい傾向にあった。
3)出生体重2500g以上3500g未満(図4)
栄養法による差はなかった。
4)出生体重3500g以上(図4)
人工栄養は少なかった。栄養法による差はなかった。
−138−
4.肥満出現頻度
BMI > 85パーセンタイルを過体重、BMI > 95パーセンタイルを肥満として算出した*。
1)全体(図5)
幼児期にピークがあり、思春期以降再び増加傾向にあった。
2)出生体重2500g未満(図6)
症例が少なく解析が難しいが、16歳以降にのみ過体重児が出現した。
3)出生体重2500g以上3500g未満(図6)
幼児期にピークがあり、思春期以降再び増加傾向にあった。
4)出生体重3500g以上(図6)
年令が長ずるに従って、肥満の出現頻度は減少した。
5.乳児期で現在のBMIと相関する因子
1)出生体重の影響
出生体重別3群では、出生体重が小さい群ほど生後1年間の⊿BMIは大きかった(図7)が、
現在のBMIとの相関はなかった。
2)栄養法の影響
母乳栄養で有意に⊿BMIは小さかった(図8)が、現在のBMIとの相関はなかった。
考察
低出生体重児の例が少なく、出生体重の影響を明らかにすることはできなかったが、低出生体重
児ではBMI reboundが早い傾向にあった。また、乳児期の栄養法が母乳栄養の者が少なく、母乳栄
養では乳児期の⊿BMIが小さく、逆に低出生体重児の方が⊿BMIが大きいことを考えると、低出生
体重児の乳児期での栄養法が、その後のBMIパターンを規定する可能性がある。
症例の偏りもあり、若年成人期では出生体重、あるいは栄養法による肥満出現頻度に差は見られ
なかったが、低出生体重児では16歳以降にのみ過体重児を認めたことから、今後影響が出てくる可
能性がある。したがって、生活習慣病の発症し易い年齢に至るとその影響が明らかになる可能性が
ある。逆に、出生体重が3500g以上の児では、人工栄養の者が少なく、年齢が長ずるに従って肥満
児の出現頻度が減少することから、過体重での出生でも母乳栄養を主体とすることでその後の肥満
を防止できる可能性が考えられる。
結論
本邦女子においても、低出生体重児は後年生活習慣病を生ずるリスクがあることが予想された。
その要因として、出生時の体重そのものよりも乳児期の体重増加、特に栄養法が問題である可能性
がある。また、母乳栄養が、成人期の肥満防止に貢献する可能性がある。
井ノ口美香子.日本人小児の肥満―診断・頻度・国際比較―.慶應医学.85(2): T53-T85, 2009
*
−139−
−140−
−141−
−142−
−143−
−144−
−145−
−146−
−147−
−148−
オレキシン神経系の破綻が脳でのインスリンとインスリン様増殖因子1(IGF-1)の
作用不全を介した摂食と行動に及ぼす影響の解明
笹岡利安、恒枝宏史
富山大学大学院医学薬学研究部病態制御薬理学
はじめに
小児の肥満や糖尿病患者では、摂食調節異常とうつ状態が生じやすいことが知られている。うつ
状態は2型糖尿病の発症リスクを増加させることや、抑うつ症状の悪化によりインスリン抵抗性が
増大するなど1)、糖尿病とうつ病はその発症に関連性があることが明らかになりつつあるが、両疾
患を関連づける機序は不明である。最近、マウスにおいて、慢性ストレス刺激により視床下部外側
野のオレキシン神経数が減少することや、うつ患者では脳脊髄液中のオレキシン濃度が低下してい
ることが報告された 2)。慢性ストレスモデルマウスにカロリー制限を行うと抗うつ効果が得られ、
その際、視床下部ペプチドのオレキシン神経系が活性化されることが明らかとなった2)。オレキシ
ンは糖代謝調節に重要な役割を担うことからも3,4)、うつ状態でのオレキシン神経系の異常が糖代謝
異常に関わる可能性が示唆される。そこで本研究では、慢性ストレスを負荷したマウスでのうつ状
態とインスリン抵抗性に対するカロリー制限の影響を検討した。さらに、オレキシン欠損がうつ状
態での糖代謝に与える影響を調べることで、摂食と行動の異常に関連したインスリンとIGF-1作用
不全でのオレキシン神経系の関与を検討した。
方法
1.社会性敗北ストレスによるうつモデルマウスの作製
うつモデル作製に用いられる攻撃性の高い12週齢のICRマウス(Charles River Japan, Inc.,
Yokohama, Japan)の住居ケージに対照のC57BL/6Jマウス(CLEA Japan, Inc., Tokyo, Japan)
、あ
るいは、オレキシン欠損マウス(金沢大学桜井武博士より供与)を10分間同居させて攻撃を受けさ
せた。その後、二匹のマウス間に小さな穴の開いた仕切りを設置し、24時間視覚的・臭覚的ストレ
スを与え、本ストレス負荷を10日間繰り返すことで慢性的なうつマウスモデルを作製した。飼育室
では室温を24±1℃、湿度を55±10%に維持し、12時間サイクルで照明を調節した。また、食餌は
RI照射済のピコラボローデントを使用し、水は自由に摂取させた。なお、本実験は富山大学動物実
験取扱規定に従って実施した。
2.Social Interaction試験
マウスが逃げ出さないような壁で囲まれた四角のオープンフィールド内でマウスを2.5分間観察し
た。住居マウス存在下でInteraction zoneにマウスが滞在する時間(秒)と、住居マウス不在下で
Interaction zoneにマウスが留まる時間(秒)をビデオ撮影して測定し、Interaction ratio(%)を
求めうつ状態を評価した。
−149−
3.インスリン感受性と耐糖能の測定
インスリン感受性はインスリン負荷試験(ITT)により、また、耐糖能はピルビン酸負荷試験
(PTT)により肝の糖新生を評価することで検討した。インスリン負荷試験は、マウスを試験直前
まで自由摂食下で飼育したマウスに対し、ヒトインスリン(0.75 U/kg, Eli Lilly Japan Inc., Hyogo,
Japan)を腹腔に投与し、0, 15, 30, 60, 120分後に血糖値を測定した。ピルビン酸負荷テストでは、
16時間マウスを絶食させた後、ピルビン酸(2g/kg, Wako Pure Chemical Industries Ltd., Osaka,
Japan)を腹腔に投与し、0, 15, 30, 60, 120分後に血糖値を測定した。
結果
1.社会性敗北ストレスによるうつ状態にカロリー制限が与える影響
マウスに社会性敗北ストレスを10日間与え、その翌日にSocial Interaction試験を行うと、うつ状
態が認められた。うつ状態はさらに30日後に実施したSocial Interaction試験においても慢性的に持
続していた。そこで、後者の試験実施10日前より70%カロリー制限食餌下で飼育すると、慢性スト
レス群で低下したInteraction Ratioは対照群と同程度にまで増加し、うつ状態の改善が認められた。
2.慢性ストレス負荷が耐糖能とインスリン感受性に与える影響
対照と社会性敗北ストレスを10日間与えた後のマウスを用いてピルビン酸負荷試験を施行する
と、慢性ストレスマウス群では対照と比し、血糖値の上昇を認め耐糖能異常を呈した。インスリン
負荷試験においても、慢性ストレスマウス群では血糖低下作用が減弱しており、インスリン抵抗性
が認められた。
3.慢性ストレス負荷によるインスリン抵抗性に対するオレキシン欠損の影響
慢性ストレス負荷マウスを、70%カロリー制限食餌下で10日間飼育し、その後にインスリン負荷
試験を施行すると、血糖値の顕著な低下を認め、インスリン抵抗性の改善を認めた。興味深いこと
に、オレキシン欠損マウスに社会性敗北ストレスを10日間与えてうつ状態とし、その後に同様なカ
ロリー制限を行ってもインスリン感受性の改善は認められなかった。
考察
社会性敗北ストレスによる慢性ストレスモデルマウスにおいて、うつ状態とインスリン抵抗性が
認められたことから、うつと糖代謝異常が関連する可能性が示唆された。70%カロリー制限により、
うつ状態とインスリン抵抗性の改善が認められたことから、摂食異常は、ストレス社会でのうつ状
態とインスリン抵抗性に関与することが考えられる。慢性ストレス負荷を与えたオレキシン欠損マ
ウス群で認められるインスリン抵抗性は、カロリー制限により改善を認めないことから、オレキシ
ン神経系は、うつ状態に関連したインスリン抵抗性と深く関わる可能性が考えられた。神経系での
IGF-1作用は神経保護作用やシナプス可塑性に深く関与することから、慢性ストレスに伴ううつ状
態がオレキシン神経系を介してIGF-1作用不全を惹起する可能性につき、今後明らかにする予定で
ある。
−150−
謝辞
本研究の実施において、研究助成いただいた成長科学協会に深謝いたします。
参考文献
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Finland 1966 birth cohort. Mol Psychiatry 11:929-933, 2006.
2.Lutter M, Krishnan V, Russo SJ, Jung S, McClung CA, Nestler EJ. Orexin signaling mediates
the antidepressant-like effect of calorie restriction. J Neurosci 28:3071-3075, 2008.
3.Tsuneki H, Murata S, Anzawa Y, Soeda Y, Tokai E, Wada T, Kimura I, Yanagisawa M,
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4.Tsuneki H, Wada T, Sasaoka T. Role of orexin in the regulation of glucose homeostasis. Acta
Physiol (Oxf) 198:335-348, 2010.
−151−
GH分泌の可視化による分泌動態の解析と病態生理の解明
高野幸路
東京大学医学部腎臓・内分泌内科
要旨
GH産生腺腫などの機能性下垂体腺腫からの過剰のホルモン分泌は、それらの疾患の症状を引き起
こすばかりでなく、多くの場合生命予後も影響する。しかしその過剰分泌の本態を知るためには、
分泌過程の可視化が必要である。また、成長ホルモン分泌不全症患者には、成長ホルモン分子の異
常などにより分泌顆粒の形成や分泌過程に異常があることが示唆される場合がある。これらの病態
の解析を行うために、蛍光蛋白質の発現などの人為的操作なしに分泌過程を可視化する2光子励起
法のTEP法を用いた、GH分泌の可視化を試みた。正常GH産生細胞としては、ラット下垂体細胞ク
ラスターを用い、GH分泌の病態としてヒトGH産生下垂体腺腫を用いた。GH産生下垂体腺腫では約
半数で盛んな自発分泌を観察した、残りの腺腫も35 ℃に加温するとわずかであるが分泌を認めた。
ヒトGH産生腺腫のGH過剰分泌の殆どが、制御されないGHの自発分泌によっていることが示された。
背景・目的
GH産生腺腫などの機能性下垂体腺腫からの過剰のホルモン分泌は、それらの疾患の症状を引き起
こすばかりでなく、生命予後にも影響を与える。また、成長ホルモン分泌不全症患者には、成長ホ
ルモン分子の異常などにより分泌顆粒の形成や分泌過程に異常があることが示唆される場合があ
る。これらの病態をかいめいするためには分泌動態の可視化解析が重要である。2光子励起法を用
いたTEP法は蛍光蛋白質の発現などの人為的操作なく、顆粒分泌過程を可視化できる方法であり、
正常器官の構造を保ったままの下垂体前葉細胞集塊を用いた解析や、初代培養細胞、ヒト下垂体腺
腫の手術標本などのインタクトな細胞での可視化解析を可能にする。ラット下垂体細胞からのホル
モン分泌の可視化やヒト機能性腺腫からのホルモン分泌の機構を明らかにすることを目的として研
究を行った。
研究方法
2光子励起法を用いたTEP法により、ラット下垂体前葉細胞集塊とヒト下垂体腺腫からのホルモ
ン分泌を可視化した。6週令のWister Ratの下垂体前葉をディスパーゼ処理により細胞塊を作成、
3日めに観察を行った。また病理学的に確定診断されたヒトGH産生腺腫を用いて手術後6時間以内
に細胞集塊を作成し解析を行った。(図1)下垂体腺腫の手術検体の利用は倫理委員会において許
可を得、患者にはあらかじめinformed consentで許可を得た。GHRH 刺激は10 nmol/Lの濃度で行っ
た。High Kによる分泌刺激には、細胞外液のNaを等浸透圧的にKに置き換え細胞外K濃度を30 mM
にした外液を用いた。細胞外液と分泌顆粒の蛍光染色には0.5 mMのsulforhodamine Bを用いた。実
験は室温(23-25℃)で行ったが、一部の実験は35℃で行った。
−153−
結果
ラットGH細胞のGHRHによる分泌
正常ラット下垂体細胞
ラット下垂体前葉細胞塊について観察を行った。GHRHによって分泌が誘発される細胞がGH産生
細胞とみなして解析を行ったところ、GHRHで分泌が誘発された45個の細胞において自発分泌を認
めなかった。液温を35℃に上昇させても自発開口分泌は認められなかった。GHRH刺激による顆粒
分泌の動態を解析したところ多くがfull fusionであったが、一部にcompound exocytosisを認めた
(図1)。
ヒトGH産生腺腫の自発分泌の有無
GH産生腺腫20例について、手術6時間以内の自発分泌を検討した。細胞外の蛍光物質を排除でき
ている細胞が9割以上を占めている腺腫が障害の少ない腺腫と判断して、そのような条件を満たす
19例を解析に用いた。25℃で自発分泌のない症例が8例、自発分泌のある症例が12例であった。自
発分泌のない8例のうち7例は液温を35℃に上昇させると分泌頻度は少ないが一部の細胞に自発分
泌を観察できた。自発分泌の分泌の動態を解析したところほとんどがfull fusionであり、一つの開口
放出は数秒のうちに終了した。
電気生理実験
25℃の室温において自発分泌を認めた2例と認めなかった3例について電流固定法によって自発
性の活動電位の発生を検討した。自発分泌を認めた2例とも自発性の活動電位の発生を認めた
(図2)。
一方、自発分泌をあまり認めない3例について各腫瘍あたり10細胞ずつで電気生理実験を行った
ところほとんど自発性の活動電位の発生を認めなかった。これらの細胞もGHRH(10−8 M)刺激に
より活動電位の発生が認められたことから、細胞の状態が悪いために自発活動電位が認められない
わけではないことが推測された。その中の2例について液温を35℃にしたところ、一部の細胞で自
発性の活動電位が観察された。
考察
ラット下垂体前葉細胞集塊の解析により、GHRHで分泌が診られる細胞では自発分泌はほとんど
見られないことが明らかになった。GHRHによる刺激では数秒(2-5秒)の経過で生じるfull
fusion様式の顆粒分泌が認められた。一方、ヒトGH産生腺腫ではほとんどの症例で液温35℃で自発
開口分泌を認めたが、症例によりその頻度には大きいばらつきがあった。この自発開口分泌の原因
として、自発性の活動電位の発生の関与が考えられた。このことから、ヒトGH産生腺腫のホルモン
過剰分泌の原因は、自発性の活動電位の発生に伴う自発開口分泌であることが示唆された。
自発性の開口分泌については、過去の報告でgsp変異のある下垂体腺腫において、制し膜電位の
上昇とそれに伴う自発活動電位を報告しており、これらの細胞についてはその機構が一部明らかに
なっている(1)。
−154−
図1、ラット下垂体細胞集塊の2光子励起像(ネガ像)。細胞外の蛍光物質により細胞間隙がき
れいに浮かび上がり、蛍光を発しない細胞を浮かび上がらせている。細胞間隙に接した、顆粒状の
黒点はGHRHによって発生した開口放出像を重ね合わせたもの。実際には、このような点が出現し
た後、数秒以内に消失する(full fusion)
。
図2、ヒトGH産生腺腫から記録された自発性の活動電位。GHRHにより脱分極し活動電位の発生
頻度が増加していることが示されている。
参考文献
1.Yasufuku-Takano J, Takano K, Fukumoto S, Fujita T, Yamashita N. Heterozygous gsp
mutation renders ion channels of human somatotroph adenoma cells unresponsive to growth
hormone-releasing hormone. Endocrinology 140:2018-2026, 1999
−155−
心の発達障害モデルマウスを用いた異常シグナル伝達系の解析
内匠 透
広島大学大学院医歯薬学総合研究科
1.目的
研究代表者はCre-loxP系に基づく最新のゲノム工学的手法を用いて、ヒト染色体異常型マウスを
作製し、本モデルマウスが自閉症様行動を示すことを明らかにした(Nakatani et al, Cell, 2009)。
本研究においては、本モデルマウスを用いて、行動学的および神経化学的解析を行うことにより、
心の発達における異常シグナル伝達系を明らかにする。
2.意義
心の発達障害モデルとして開発した本自閉症ヒト型モデルマウスは、ヒト染色体15q11-13重複モ
デルであり、社会的相互作用の障害、超音波啼鳴の発達異常、固執的常同様運動等の自閉症様行動
を示した。自閉症のモデル動物としては、lesionや感染モデルの他、ある単一遺伝子のノックアウ
トマウスの行動が自閉症様行動を示すといったものがいくつか報告されているが、本研究のもとと
なるモデルマウスは、これまでの動物モデルとは性質の異なるものである。すなわち、本モデルマ
ウスは、自閉症様行動を示すのは勿論、ヒト自閉症患者の生物学的(染色体)異常を同様に有して
おり、構成的妥当性を有するマウスと言える。この点において、ノックアウトマウスでたまたま自
閉症様症状が見られたこれまでの”putative”モデルマウスとは、一線を画しており、勿論世界初
の報告である。また、重複内のnon-coding RNAの解析より、父親由来重複マウス(patDp/+)にお
いて、セロトニン受容体2c(5-HT2cR)を介するセロトニンシグナルの異常が確認された。
3.結果
(1)発達障害モデルマウスの行動解析
12時間LDの同調ののち、DD条件下で、patDp/+マウスの概日行動リズムは野生型との間に有意
な差を認めなかった。概日リズム周期は両者の間で有意な差がなかった。同調期間の最初の1週間
の活動量は明期、暗期いずれもpatDp/+マウスは野生型に比べて減少していた。
オープンフィールドテストにおいては、patDp/+マウスは野生型に比べて、総移動距離が減少、
中心領域での滞在時間が減少、垂直方向の運動が減少していた。最初30分間の中心滞在時間/総移
動距離の比を計算すると、patDp/+マウスは野生型に比べて有意に低い値を示した。これらの結果
は、patDp/+マウスにおいて不安様行動が増加し、新奇環境での探索行動が減少していることを示
唆している。
Novelty suppressed feeding testでは、patDp/+マウスは野生型に比べて餌を食べに行くまでの
時間が有意に長かった。また、野生型マウスではほとんどのものが5分以内に餌を食べるのに対し、
60%のpatDp/+マウスは餌を食べなかった。これらの結果は、空腹という生理現象の中でも
−157−
patDp/+マウスの不安様行動が増加していることを示唆している。
Contextual and cued fear conditioningテストにおいて、foot shockに対するすくみ反応は
patDp/+および野生型マウスで同様に見られた。しかしながら、調べたいかなる条件下においても
(刺激の有無にかかわらず)、patDp/+マウスのもとのすくみ率は高かった。これらの結果は、
patDp/+マウスが恐怖様行動を示していることを示唆している。あるいは、patDp/+マウスのもと
もとのすくみ率が高いことから新奇な環境での不安度の高さを意味しているかもしれない。
Y迷路テストでは、patDp/+マウスがアームに入る数の差が野生型に比べて明らかに減少してい
た。一方、正しいアームを選択する率には両者に差は見られなかった。これらの結果は、patDp/+
マウスの作業記憶は障害されていないものの、新奇探索行動が減少していることを示唆している。
ガラス玉埋め行動テストでは、patDp/+マウスのガラス玉を埋める数は野生型に比べて有意に減
少していた。一方、両者の自発運動量には差が認められなかた。これらの結果はpatDp/+マウスの
新奇探索行動が減少していることを示唆している。
(2)発達障害モデルマウスの神経化学的解析
アダルト脳の領域毎のモノアミン量をHPLCで測定したところ、patDp/+マウスの小脳、中脳、
嗅脳において、セロトニン(5-HT)およびその代謝物である5-HIAAの量が減少していた。一方、
ドーパミン(DA)、ノルエピネフリン(NE)には差がみられなかった。
さらに発達段階を調べるために、1、2、3週の脳の領域毎のモノアミン量を同様に測定した。
調べた脳領域すべてにおいて(大脳皮質、海馬、小脳、視床下部、中脳、橋および延髄)
、patDp/+
マウスの5-HT量は野生型に比べて減少していた。また、DAおよびその代謝物であるHVA, DOAPC
は、patDp/+マウスの橋および延髄で増加傾向にあった。一方、NEおよびその代謝物であるMHPG
では一定の傾向はみられなかった。
以上の結果から、脳内、特に発達期における5-HT量の減少が行動異常に関与していることが示唆
された。
4.考察
行動実験の結果、patDp/+マウスは新規環境における不安度の増加という共通の現象が観察され
た。129S6バックグランドを用いた行動解析でも、例えば、放射状迷路試験では、最終的学習能力
に差がないものの、空腹であってもなかなか餌を食べに行かないという、今回の一連の行動実験で
みられた同様の行動が観察された。ヒト父性重複例では、同様の不安様行動が報告されている。さ
らに、ヒト父性重複例においては、運動協調性の問題が指摘されている。マウス小脳は探索行動や
動機付けに関与するとされており、低い探索傾向や常同様行動を示す自閉症患者と小脳の低形成が
リンクすることが報告されている。このようなことから、小脳はさらに解析する標的領域の一つで
ある。
今回の実験結果よりアダルト脳よりも発達期の脳内での5-HT量の違いが顕著であったことから、
発達期での5-HT量の重要性が示唆される。実際、マウスの生後4-21日でのSSRI投与は、成長後の
行動異常(探索行動の現象、不安の上昇、うつ様行動等)を示すが、アダルトでのSSRIの投与では
−158−
これらの異常が観察されないことが報告されている。
今回の行動実験や神経化学的解析でみられたpatDp/+マウスの表現型は、5-HT関連の遺伝子改変
マウスの表現型と共通のものが観察される。特に、セロトニントランスポーター(5-HTT)欠損マ
ウスとは、行動、神経化学両実験の結果とよく似通っている。面白い事に、5-HTTノックアウトマ
ウスでも、社会性行動の異常が観察されている。
我々は既に重複領域内に存在するsnoRNAのMBII52は父性発現を示すことおよびセロトニン2c受
容体(5-HT2cR)の関連を明らかにした。5-HT2cRが背側縫線核のGABA作動性インターニューロ
ンに発現すると5-HT神経活動および神経伝達を抑制することが報告されている。patDp/+マウスで
は、背側縫線核における局所回路の障害の可能性があり、この障害が異常行動の関連しているかも
しれない。
また重複領域内父性発現遺伝子であるNecdinと5-HTの関連が示唆されており、Necdin欠損マウ
スでは、縫線核の5-HT神経小胞が大きくなっており、5-HT神経線維の形態変化が観察されている。
この結果は、NecdinがpatDp/+マウスの責任遺伝子の一つである可能性を示唆している。
論文
1.Nakatani J, Tamada K, Hatatanaka F, Ise, S, Ohta, H, Inoue, K, Tomonaga S, Watanabe Y,
Chung YJ, Barnerjee R, Iwamoto K, Kato T, Okazawa M, Yamauchi K, Tanda K, Takao K,
Miyakawa T, Bradley A and Takumi T. Abnormal behavior in a chromosome-engineered
mouse model for human 15q11-13 duplication seen in autism. Cell, 137: 1235-1246, 2009.
2.Takumi T. A humanoid mouse model of autism. Brain Dev., 32: 753-758, 2010.
3.Tamada K, Tomonaga S, Hatanaka F, Nakai N, Takao K, Miyakawa T, Nakatani J and
Takumi T: Decreased exploratory activity in a mouse model of 15q duplication syndrome;
implications for disturbance of serotonin signaling. PLoS ONE, 5: e15126, 2010.
−159−
体質性低身長を含む、低身長小児におけるGH-IGF-1 axisの分子遺伝学的網羅的解析
棚橋祐典、松尾公美浩、鈴木 滋
旭川医科大学小児科学講座
【背景・目的】
GH-IGF1 axisは成長を規定する主たる要因であり、GH1, GHR, IGF1, IGF1R 遺伝子変異が、重度
成長障害の原因として同定されている1)。一方、軽度成長障害を呈する体質性低身長(家族性低身
長、特発性低身長、SGA性低身長症)においてもこれらの遺伝子変異がヘテロ接合性に認められる
ことがある2-4)。
今回、体質性低身長を含む、低身長小児における成長関連遺伝子の分子遺伝学的基盤を明らかに
するため、網羅的遺伝子解析を行った。
【対象・方法】
当科を受診した、身長SDスコア -2.0SD以下の体質性低身長小児54例(家族性低身長、特発性低身
長、SGA性低身長症)
インフォームドコンセントを得た後、末梢血を採取し、DNAを抽出した。その後、GH1, GHR,
IGF1, IGF1R遺伝子のcoding exonおよびexon-intron境界部について、PCR・直接シークエンス法を
行い、塩基配列を決定した。
さらに、同定されたミスセンス変異についてはWebプログラムであるPolyPhen-2
(http://genetics.bwh.harvard.edu/pph2/)およびSIFT(http://sift.jcvi.org/)を用いて機能変化の
予測を行った。
【結果】
54例中、3例(5.6%)において遺伝子変異を同定した。GH1遺伝子c.117 A>C(p.E39D)ヘテロ
接合性変異(症例1)、GHR遺伝子c.1660 C>T(p.L554F)ヘテロ接合性変異(症例2)、IGF1R遺
伝子c.2014/2015insA(p.K672fsX9)ヘテロ接合性変異(症例3)をそれぞれ1例ずつに認めた(表
1)。なお、健常コントロール50例においてこれらの変異は認められなかった。このほか、2例に
おいて同定された、GHR遺伝子の c.152C>G(p.T51I)一塩基置換はSNPであった(rs75028043)。
IGF1遺伝子について、変異は認められなかった。
表現型については、症例1・2は特発性低身長、症例3はSGA性低身長症であり、家族性低身長
において変異は同定されなかった。なお、IGF-1はいずれも年齢相当であった。ミスセンス変異に
よる機能変化については、GH1(E39D)変異は「影響しない」、GHR(L554F)変異は「影響し得
る」という結果であった(表2)。
−161−
【考察】
GH1遺伝子のミスセンス変異を有する症例1について、機能予測の結果から低身長の原因として
の影響は少ないものと推察された。逆に、GHR遺伝子のミスセンス変異を有する症例2については、
いずれのプログラムからも機能変化をきたし得るという結果が得られたことから、低身長の原因と
して影響を及ぼしているものと推察された。また、IGF1Rのヘテロ接合性変異を有する症例3につ
いてはSGA性低身長症であり、これまでの報告5)と同様の表現型であることから、低身長の直接的
な原因であると推察された。
今回、体質性低身長54例を対象にGH1, GHR, IGF1, IGF1R 遺伝子解析を行ったところ、5.6%にお
いて変異を同定した。これまで、特発性低身長やSGA性低身長症を対象とした検討において遺伝子
変異が5%前後に認められているが、今回の検討でも同様の結果であり、体質性低身長における
GH-IGF1 axis関連遺伝子の変異の頻度は比較的高いと言える。
今回、体質性低身長の分子遺伝学的要因としてGH-IGF1 axis関連遺伝子検討を行い、その関与の
一端を明らかにしたが、SHOX遺伝子など他の成長関連遺伝子についても症例数をさらに増やしな
がら、今後さらなる検討が必要である。
【文献】
1.Kronenberg HM et al : Williams Textbook of Endocrinology. 11th ed. Saunders, Philadelphia,
2007
2.Millar DS et al : Novel mutations of the growth hormone 1 (GH1) gene disclosed by
modulation of the clinical selection criteria for individuals with short stature. Hum Mutat. 21:
424-40, 2003
3.Sanchez JE et al : Growth hormone receptor mutations in children with idiopathic short
stature. J Clin Endocrinol Metab. 83: 4079-83, 1998
4.Kawashima Y et al : Mutation at cleavage site of insulin-like growth factor receptor in a
short-stature child born with intrauterine growth retardation. J Clin Endocrinol Metab. 90:
4679-87, 2005
5.Ester WA et al : Two short children born small for gestational age with insulin-like growth
factor 1 receptor haploinsufficiency illustrate the heterogeneity of its phenotype. J Clin
Endocrinol Metab. 94: 4717-27, 2009
−162−
表1 遺伝子解析結果
遺伝子
変異
症例数
GH1
c. 117 A>C
p. E39D
1
GHR
c. 1660 C>T
p. L554F
1
GHR
c. 152 C>G*
p. T51I
2
IGF1
同定されず
IFG1R
c. 2014/2015insA
0
p. K672fsX9
1
*SNP(rs 75028043)
表2 遺伝子変異が同定された3例の臨床所見
症例
1
2
3
年齢
11歳
4歳
3歳
性別
男
男
男
在胎週数
40週
38週
39週
出生時身長(cm)
47
49
45
出生体重(g)
2565
3130
2080
父/母の身長(cm)
171/152
170/156
165/147
身長(cm)
131.2
91
87.6
身長SDS
−2.2
−2.7
−2.4
IGF−1(ng/ml)
268
57
121
診断
特発性低身長
特発性低身長
SGA性低身長症
遺伝子変異
GH1
GHR
IGF1R
c. 117A>C
c. 1660 C>T
c. 2014/2015insA
p. E39D
p. L554F
p. K672fsX9
PolyPhen−2
Benign
Probably damaging
−
SIFT
Tolerated
Affect protein function
−
−163−
PWSにおける脂質研究:PWSにおけるGH療法の脂質に対する影響について
田中百合子、村上信行、坂爪 悟、城戸康宏、永井敏郎
獨協医科大学越谷病院小児科
【背景】
PWSでは、重篤な高脂血症となる事は少ないが、内臓脂肪の蓄積、成長ホルモン(GH)欠乏、
糖尿病など種々の要因が脂質代謝に影響を及ぼすことが推察される。長期の脂質異常はPWSの死因
の上位に位置する心血管疾患を励起する危惧がある。GH療法では、LDLレセプターの増加や体組成
の変化を介し、LDLの低下、HDLの増加など脂質環境に良い影響を及ぼすとの報告がある一方、
インスリン抵抗性の増加などの負の影響も危惧される。
【目的】
PWSにおけるGH療法の脂質に対する影響について検討する。
【対象】
成長ホルモン療法中の53例
(男児 33例,
女児 20例、GH療法開始時年齢 :中央値 3.5歳 (0.7- 14.1)
)
【方法】
GH療法導入前、6ヵ月後、1年後における脂質(Tcho、TG、LDL、HDL)
、HbA1C、HOMA-R、
体組成の変化を後方視的に調べた。GHが脂質に及ぼす短期的影響と、最終経過観察時(1.0∼9.6年、
中央値4.6年)までの長期的影響につき検討した。
【結果】
GH投与前の脂質プロファイルは、中央値Tcho 192.0mg/dl,
TG 78.0mg/dl, LDL 117.0mg/dl,
HDL 52.0mg/dlと正常であった。このうち投与前Tchoが210mg/dl以上(以後高コレステロール群
と定義する)であったのは15例(28%)で、TchoとLDLが高値を示すIIa型のパターンを示していた。
投与前、6ヵ月後、1年後、最終経過観察時における脂質パラメータの推移は、統計的有意差は
ないものの、Tcho(中央値:192→187→185→184(単位:mg/dl))とLDL(中央値:117→112→
108→107(単位:mg/dl))の減少とHDLの増加(中央値:52→56→56→60(単位:mg/dl))傾向
がみられた。
高コレステロール群においては、この傾向が顕著にみられTchoにおいては、前の値に対した半年
後、最終経過観察時において、P<0.05の有意差をもって減少した。Tcho(中央値:224→216→210
→204)、LDL(中央値:160→143→138→126)
、HDL(中央値:47→52→56→56)
(単位:mg/dl)
。
GH投与後、%FATは有意に減少し(P<0.001)、体組成の改善が見られたが、高脂血症の改善度
−165−
とは相関がなかった。
インスリン抵抗性はGH投与により増加したが、中央値は(0.9→1.6→1.8→1.6)と正常範囲内であっ
た。糖尿病発症は投与後7年経過した1例のみにみられた。
【考察】
GH投与により、特に高コレステロール群においてTcho、LDLの減少がみられ、脂質環境の改善
がみられた。GHによる体組成の改善度と高脂血症の改善度とは相関がみられず、LDLレセプターの
増加など、他の因子が関与していると思われた。高脂血症の改善は心血管系疾患のリスクを減らし、
生命予後を左右する可能性もあり、GH療法は積極的に導入すべきと考えた。
【結語】
PWSにおけるGH療法は高脂血症を改善する。
−166−
成長ホルモン受容体発現調節へのマイクロRNAの関与の解明
根本崇宏、大畠久幸、眞野あすか
日本医科大学生理学講座(生体統御学)
[研究目的]
出生時の身長や体重が在胎期間に比して小さいsmall for gestational age(SGA)児は軽度の心身
発達異常や糖・脂質代謝異常、心疾患などが出現するリスクが高い。申請者はカロリー制限した母
ラットから出生し、3週齢時の体長および体重が正常ラットの平均体長−2SDおよび平均体重−2SD以
下を呈する短体長低体重ラット(SGA-NCG, SGA and non-catchup growth)での肝成長ホルモン受
容体(GHR)のmRNA発現量が有意に低下していることを明らかにした。しかし、その機序は不明
であるため、データベース解析によりGHR遺伝子の3’非翻訳領域(3’UTR)に結合する可能性を
有する5種類のマイクロRNA(miRNA)を発見した。これらmiRNAのGHR発現低下への関与の有
無を明らかにすることを本研究の目的とした。
[方法]
9週齢のウイスター系ラットを用いた。交配確認後、1日あたりの摂餌量を対照の60%に制限し
た母ラットから生まれた仔のうち、離乳時までに対照群の平均体重まで増加した群をSGA-CG、対
照群の平均−2SD以下だった群をSGA-NCGとし、血中GHおよびIGF-1、肝臓でのGHR、IGF-1、
IGF-BP3、IGF-ALSのmRNA発現量、肝臓でのmiRNA発現量を定量した。血中GHはGH EIAキット
(シバヤギ)
、IGF-1はIGF-1 ELISA kit(R&D system)を用いて測定した。mRNAおよびmiRNA発
現量は逆転写にPrimeScript RT reagent kit with gDNA Eraser(Takara)およびMir-X miRNA
First-Strand Synthesis kit(Clontech)を用い、Takara thermal cycler Dice RealTime PCR
Systemで、2nd derivative methodを用いて解析した。
ラット初代培養肝細胞はタカラバイオから購入したものを用いた。pBA-miR322およびコントロー
ルベクターをMultifectam(Promega)で形質導入し、72時間後に細胞からRNAを抽出し、GHR
mRNA発現量をリアルタイムPCRで解析した。
[結果]
生後3週齢の雄の対照群の体重は39.0 ± 1.2 gであったのに対し、摂餌量制限母ラットからの雄の
出生仔で対照群の体重に追いつき成長した群をSGA-CG群(平均体重38.4±0.7g)、対照群の平均
−2SDまで追いつき成長しなかった群をSGA-NCG群(平均体重24.8±0.4g)とし、3週齢雄ラット
仔を無作為に10匹ずつ抽出し、以下の実験に用いた。
血中GHは、SGA-CG群、SGA-NCG群共に対照群との間に差はみられなかった。血中IGF-1値は
SGA-NCG群では69.79±11.26 ng/mlと対照群の144.8±47.45に比べ有意に低下していた(図1)。
SGA-CG群では有意な差は見られなかった。SGA-NCG群の肝におけるGHR、IGF-1、IGFB-P3、
−167−
IGF−ALSのmRNA発現量は、それぞれ対照群の62.5±4.4%、76.2±4.1%、76.5±4.2%、50.0±6.9%
に有意に低下していたが、SGA-CG群でのそれらには変化が見られなかった(図2)
。
データベース検索により見出したGH mRNAの3’UTRに結合する可能性を有するmiRNAの肝で
の発現量はSGA-NCG群ではmiR-322の発現量が対照群に比べ、1.35±0.09倍と有意に高かった(図3)
。
SGA-CG群のmiR-322の発現量は対照群との間に差はみられなかった。miR-322の発現量とGHRの
mRNA発現量との間に有意な負の相関が見られた(pearson r =−0.545, p=0.018)
。初代培養肝細胞
へのmiR-322の一過性の過剰発現によりGHRのmRNA発現量が対照の85.9±1.5%に有意に低下した。
[考察]
本研究結果より、妊娠中の低カロリー摂取により生じる追いつき成長しない低体重仔ラットでは
肝でのGHR発現量が低下し、血中IGF-1レベルが低下したために追いつき成長が阻止されたと考え
られる。
GA-NCG群の肝でのmiR-322の発現量が増加していたこと、miR-322の発現量とGHRの発現量に負
の相関が見られたこと、初代培養細胞実験でのmiR-322過剰発現によりGHR発現量の低下が見られ
たことから、SGA-NCGラットではmiR-322の発現亢進によるGHRの発現低下が追いつき成長がみら
れなかった原因の一つと考えられる。
miR-322の発現調節機構は未だに不明であるが、エピジェネティックな変異により発現量が増加
したと推測される。これまでに、子宮動脈の部分的結紮実験ではIGF-1遺伝子に1)、ヒトのSGA児の
遺伝子解析ではIGF-BP3遺伝子に2)エピジェネティックな変異が生じ、それぞれの発現量が低下し
たとの報告があること、エピジェネティックな変異ではメチル化の程度やヒストンタンパク質の修
飾の部位や種類、程度により発現量が増加する場合もあることから、これらの変異によりmiR-322
の発現亢進が生じたと推測される。今後、miR-322遺伝子領域に生じるエピジェネティックな変位
の有無に加え、GHR遺伝子領域におけるエピジェネティックな変異の有無や程度やこれら変異が生
じる機序の解析を行う予定である。
ヒトのSGA児でのmiR-322発現の関与の有無は不明であるが、miRNAは細胞外に分泌されること、
細胞外でも安定であることが報告されていること、その一部はほかの細胞にも取り込まれ機能する
ことが報告されている3)ことから、血中miR-322の発現解析を行うことにより、SGA児の追いつき成
長の可否を検査することが可能になると考えられる。今後、血中miRNAの検出系の確立とアデノウ
イルスベクターによるmiR-322のノックダウンでSGA-NCGラットでの追いつき成長がみられるかを
検討する予定である。
以上により、これまで不明であった出生時低体重児でみられる追いつき成長がみられない機序に
肝のGHR発現の低下が関与すること、GHR発現が低下する機序にはmiR-322の発現過剰が関与する
可能性が示唆された。
[参考文献]
1)Fu Q, Yu X, et al. Epigenetics: intrauterine growth retardation (IUGR) modifies the histone
−168−
code along the rat hepatic IGF-1 gene. FASEB J. 23, 2438-2449, 2009.
2)van der Kaay DCM, Hendriks AEJ, et al. Genetic and epigenetic variability in the gene for
IGFBP-3 (IGFBP3): Correlation with serum IGFBP-3 lvels and growth in short children born
small for gestational age. Growth Horm IGF Res. 19, 198-205, 2009.
3)Zhang Y, et al. Secreted monocytic miR-150 enhances targeted endothelial cell migration. Mol
Cell. 9, 133-144, 2010.
図1 解析に用いたラットの血中IGF−1値
*はコントロールとの間に有意差あり
*
図2 肝における種々のmRNA発現量の比較
図3 肝における種々のmiRNA発現量の比較
*はコントロールとの間に有意差あり
*はコントロールとの間に有意差あり
−169−
Akt基質、AS47を介したグルコーストランスポーター(GLUT)4の
糖輸送機能の新しい活性化機構の解明
伯野史彦、安藤康年、山中大介
東京大学大学院農学生命科学研究科
はじめに
成長ホルモン(GH)は、成長促進活性のほかに、抗インスリン作用を有する。このため、GHの
長期投与はインスリン抵抗性発生を介して糖尿病を誘発、臨床上問題となっている。我々は最近、
GHで長時間前処理した3T3-L1脂肪細胞では、インスリン依存的なグルコーストランスポーター
(GLUT4)の細胞膜移行は正常に起こるにも関わらず、糖取り込みが抑制されることを発見した
(ref 1)。この際、インスリン刺激に応答して活性化されるセリン/スレオニンキナーゼAktの基質
のうち、GLUT4の細胞膜移行に重要な役割を果たすAS160のリン酸化は変化しないことを示してい
る。そこで本研究ではGLUT4の糖輸送活性化に重要な役割を果たすAkt基質の同定および機能解析
を目的としている。また我々はこれまでにGHトランスジェニックラットの脂肪組織がインスリン抵
抗性を呈することを明らかにしている。そこでこのラットの脂肪組織におけるAkt基質のリン酸化
を追跡し、GLUT4の糖輸送機能の活性化を誘導する分子機構を解明することを目的としている。
材料と方法
1)材料
マウス3T3-L1脂肪前駆細胞は十分にconfluentになるまでDMEM/CS培地中で培養した後、分化誘
導培地(DMEM/FBS、0.25μM dexamethasone(Dex)、500μM isobutylmethylxanthin(IBMX)
、
1μg/ml insulin)で4日間培養し、さらにDMEM/FBS+insulin培地で2日間培養した。引き続き
DMEM/FBS培地で細胞が80∼90%脂肪細胞に分化するまで培養し、分化誘導開始から8∼12日後
の細胞を実験に用いた。HEK293T細胞はDMEM/CS培地中で培養し、リン酸カルシウム法によっ
て遺伝子導入を行った。
2)GHトランスジェニックラットの飼育、インスリン処理
実験にはWistar-Imamichi系ラットにWhey Acidic Protein(WAP)遺伝子のプロモーター領域と
ヒト成長ホルモン(hGH)の構造遺伝子を結合した遺伝子を導入して作出され(ref 2)、継代され
ているトランスジェニックラット(TG)雄と、それぞれの同腹正常ラット(WT)雄を、10週齢と
なった時点で用いた。24時間絶食したラットを麻酔し、門脈から2U/kgのインスリンまたはPBS(-)
を投与し、5分後に精巣上体脂肪を摘出した。臓器重量(g)あたり5倍容量(ml)の氷冷
homogenizing bufferを加えてホモゲナイズし、WAT(白色脂肪組織)homogenateとした。
3)AS47をコードする遺伝子のクローニング
TRizol(Invitrogen)を用いて添付のプロトコールに従い、3T3-L1脂肪細胞からRNAを抽出した。
調製したRNAを鋳型とし、poly dT primerを用いて逆転写反応を行い、cDNAを合成した。これを
−171−
鋳型とし、二つのプライマー、5’-AAAAGTCGACAAGCTTAAAGGACAGCTCCG-3’および
5’-TTTTTCTAGACCTGGTGTATGAACGCTTCC-3’を用いてPCRを行い、AS47をコードする
遺伝子を増幅した。増幅した遺伝子をpFLAG vectorに導入し、発現ベクターを作製した。
4)Immunoblotting解析
細胞を、氷上でlysis buffer(50 mM Tris-HCl pH 7.4, 1% Triton X-100, 150 mM NaCl, 1 mM
NaF, 1.5 mM MgCl2 , 1 mM EDTA, 1 mM EGTA, 500μM Na3VO4, 10μg/ml leupeptin, 5μg/ml
pepstatin, 20μg/ml PMSF, 100 KIU/ml aprotinin, 10 mg/ml PNPP)を用いて溶解し、15,000×g,
4℃で10分間遠心、上清を回収した。Bio-Rad Protein Assay Kit(Bio-Rad)を用いタンパク質濃度
を測定、1mg/ 1 mlになるよう希釈し、SDS-PAGEに供した。SDS-PAGEの後Trans Blot Cell(BioRad)を用いてPVDF膜(Immobilon-P, Millipore)へ転写し、抗phospho-Akt substrate(PAS)抗
体 ( Cell Signaling)、 抗 Flag抗 体 ( SIGMA) に よ る immunoblotを 行 っ た 。 Enhanced
chemiluminescence kit(Du Pond)を用いて発光反応を開始し、X線フィルム(X-Omat, Kodak)
に露光し、現像した。
結果
(1)GH処理がインスリン依存的なAkt基質のリン酸化に及ぼす影響(図1)
十分に分化した3T3-L1脂肪細胞を100 nM GHで24時間処理したのち、インスリン(0.1 nM)で刺
激し、細胞抽出液を調製した。これをSDS-PAGEおよびphospho-Akt substrate(PAS)抗体による
immunoblotting解析に供し、Akt基質のリン酸化を検出した。その結果、GH長時間処理によってイ
ンスリン依存的なリン酸化が変化しないAkt基質(160kDa付近)や、リン酸化が抑制されるAkt基
質(約47kDa付近)が存在した(図1)。
(2)GHトランスジェニックラットの脂肪組織におけるインスリン依存的なAkt基質のリン酸化
(図2)
我々はGHを過剰に発現したラットが脂肪組織においてインスリン抵抗性を示すことを明らかにし
てきている(ref 3)。そこで、このようなラットをインスリンで刺激し、脂肪組織におけるインス
リン依存的なAkt基質のリン酸化を観察した。24時間絶食したラットの門脈より2U/kg BWのイン
スリンを投与し、5分後に精巣上体脂肪を採取、白色脂肪組織のhomogenateを調製した。これを
SDS-PAGEに供し、抗PAS抗体によるimmunoblot解析を行った。その結果、3T3-L1脂肪細胞の場
合と同様に、160kDa付近のAkt基質はWTとGHトランスジェニックラット(TG)とでリン酸化に
変化が認められなかったが、47kDa付近のAkt基質のリン酸化は、GHトランスジェニックラットで
は抑制されていた(図2)。
(3)AS47をコードする遺伝子のクローニングおよび発現
そこで、GLUT4の糖輸送活性化に47kDa付近のAkt基質のリン酸化が重要な役割を果たしている
可能性が考えた。これまで、このAkt基質はAS47として Gridleyらのグループによって同定されて
−172−
いる(ref 4)。そこで、AS47をコードする遺伝子のクローニングを試みた。3T3-L1脂肪細胞から
RNAを調製し、AS47に対する特異的なプライマーを合成し、RT-PCRによってAS47遺伝子を増幅
した。これを発現ベクターにクローニングし、FLAG tagの付加されたAS47を発現するプラスミド
を調製した。このプラスミドを293T細胞にリン酸カルシウム法によって導入し、発現を観察したと
ころ、N末端側にFLAG tagを付加したFLAG-AS47は発現が認められず、C末端側にFLAG tagを付
加したAS47-FLAGのみが発現を検出した。
考察
我々はこれまで、3T3-L1脂肪細胞をGHで長時間前処理するとGLUT4の細胞膜移行に影響を与え
ず、インスリン依存的な糖取り込みが抑制されることを示してきた。この結果は、GLUT4にはイン
スリン依存的な細胞膜移行以外にもGLUT4の糖輸送活性化という別のステップが必要であることを
示している。さらにインスリンによって活性化されたAktキナーゼは抑制されているにも関わらず、
その基質であり、GLUT4の細胞膜移行に重要な役割を果たすことが知られているAS160のリン酸化
は変化しないことを明らかにした。そのため、GLUT4の糖輸送活性化に重要なAkt基質の存在が示
唆されたため、その探索を行った。
まず、3T3-L1脂肪細胞をGHで長時間処理したのち、インスリンで刺激し、Akt基質のリン酸化が
追跡した。その結果、47kDa付近のAkt基質のリン酸化が抑制されていた。さらにGHトランスジェ
ニックラットの脂肪組織でもインスリン依存的な47kDa付近のAkt基質のリン酸化が抑制されてい
た。このことから47kDa付近のAkt基質がGLUT4の糖輸送活性化に重要な役割を果たしていると考
えられた。このAkt基質はGridleyらによってAS47タンパク質として同定されていたため、この遺伝
子のクローニング・発現を試みた。その結果、N末端にFLAGタグを付加したFLAG-AS47の発現は
認められず、C末端にFLAGタグを付加したAS47-FLAGの発現は認められた。塩基配列から予想さ
れるアミノ酸配列から、N末端側にはシグナル配列を考えられる疎水性アミノ酸に富んだ配列が存
在していた。この配列がAS47の正常な発現に必須であることが示された。
これらの実験結果から、GH長時間処理によってAS47のリン酸化が抑制されるため、GLUT4の糖
輸送活性が抑制されると考えられた。
おわりに
このように今回の結果から、GLUT4の糖輸送活性化に重要なタンパク質であると考えられるAkt
基質としてAS47の同定クローニングに成功した。今後はこのタンパク質のノックダウン解析や
AS47遺伝子のリン酸化不能変異体やリン酸化模倣変異体を作製し、これを過剰発現することによっ
てGLUT4の糖輸送活性化に果たす役割の解明を試みていきたい。さらには、AS47のノックアウト
マウスを作製することによって、AS47による糖輸送活性化の分子メカニズムを個体レベルでも解明
していきたい。
−173−
参考文献
1.Sasaki-Suzuki N, Arai K, Ogata T, Kasahara K, Sakoda H, Chida K, Asano T, Pessin JE,
Hakuno F, Takahashi S. GH inhibition of glucose uptake in adipocytes occurs without
affecting GLUT4 translocation through an IRS-2-PI 3-kinase-dependent pathway. J. Biol.
Chem. (2009) 284: 6061-6070
2.Ikeda A, Matsuyama S, Nishihara M, Tojo H, Takahashi M. Changes in endogenous growth
hormone secretion and onset of puberty in transgenic rats expressing human growth
hormone gene. Endocr. J. (1994) 41: 523-529
3.Cho Y, Ariga M, Uchijima Y, Kimura K, Rho JY, Furuhata Y, Hakuno F, Yamanouchi K,
Nishihara M, Takahashi S. The novel roles of liver for compensation of insulin resistance in
human growth hormone transgenic rats. Endocrinology (2006) 147: 5374-5384
4.Gridley S, Lane WS, Garner CW, Lienhard GE. Novel insulin-elicited phosphoproteins in
adipocytes. Cell Signal. (2005) 342: 1218-1222
図1 3T3-L1脂肪細胞をGH長時間前処理した際のAkt基質のインスリン依存的なリン酸化
3T3-L1脂肪細胞を100 nM GH存在下あるいは、非存在下で24時間培養後、0.1 nMインスリンで5
分間刺激して細胞抽出液を調製した。細胞抽出液をSDS-PAGEに供し、抗phospho Akt substrate
(PAS) 抗体、抗AS160抗体、抗β-actin抗体でimmunoblotting(IB)を行った。
−174−
図2 WT、TGの脂肪組織におけるインスリン依存的なAkt基質のリン酸化
24時間絶食したWT(対照ラット)またはTG(hGHトランスジェニックラット)の門脈より、2
U/kg BW のインスリン(+)またはPBS(-)を投与し、5分後に精巣上体を採取、白色脂肪組織よ
りhomogenateを調製した。homogenateをSDS-PAGEに供し、抗phospho Akt substrate(PAS)抗
体、抗β-actin抗体でimmunoblotting(IB)を行った。図中の赤い矢印は、TGでWTと比べて、リ
ン酸化が変化しなかったバンド、緑の矢印はリン酸化が抑制されたバンドを示した。赤い矢印のバ
ンドはAS160、緑の矢印のバンドはAS47のIBのバンドと同じ高さだったことを示した。
−175−
軟骨低形成症における遺伝子変異別の臨床像及び成長ホルモン治療効果の比較検討
長谷川高誠
岡山大学病院小児科
1)はじめに
軟骨異栄養症は線維芽細胞増殖因子受容体3型(Fibroblast Growth Factor receptor Type
3;FGFR3)の変異による四肢短縮型低身長症である。軟骨異栄養症のうち軟骨低形成症
(hypochondroplasia:HCH)はFGFR3に遺伝子変異が見いだされない例もあることから
heterogeneousな原因による疾患群であると考えられている。
HCHは臨床症状及びレントゲン所見をもとに診断されるが、特発性の低身長症や軟骨無形成症
(ACH)とoverlapするところが多く、臨床症状のみでの診断は難しい。そこで確定診断に遺伝子診
断が利用されるが、昨年度我々がおこなった厚生労働省難治疾患克服事業のアンケート調査でHCH
におけるFGFR3遺伝子診断施行率は約27%であり、多くは臨床所見のみの診断であった。
しかし、FGFR3遺伝子変異陽性のHCHと遺伝子変異陰性のHCHの臨床像の違い、そしてFGFR3
遺伝子変異毎の臨床像の違いや成長ホルモン(GH)による治療効果は不明である。そこでHCHに
おけるそれぞれの遺伝子型やFGFR3遺伝子異常の認められられない例での臨床像や成長ホルモン治
療効果の比較を行うことを目的としてHCHが疑われた児のFGFR3遺伝子の網羅的解析を計画した。
2)方法及び結果
H20年1月からH23年3月までにACHもしくはHCH疑いにて遺伝子解析依頼のあった児30名につ
きFGFR3遺伝子のコード領域の塩基配列をダイレクトシークエンス法で決定した。
HCHの疑いにて遺伝子解析依頼のあった20名のうち、4名(20.0%)に既報のN540K変異を認め、
1名(5.0%)に2006年にHeuertzらの報告したS84L変異を認めた(Heuertz et al, European
Journal of Human Genetics (2006) 14, 1240−1247)。1名はG380R変異を認めるACHであり、残り
の14名については、FGFR3遺伝子変異は認められなかった(図1)。一方ACH疑いにて紹介のあっ
た10名中9名(90.0%)についてはG380R変異を認め、残りの1人は変異を認めなかった。
(図2)
−177−
3)考察
HCHの約60-65%にN540K変異を認めるとされているが、HeuertzらはこのほかにY278C、G268C、
R200C、N262H、S84L、V381HがHCHの原因となり得ると報告しており、今回の検討患者のうち1
名にS84L変異を同定した。よってHCHの遺伝子解析を行うに当たっては従来報告があった細胞内に
あるN540KやI538V、K650Nなどのチロシンキナーゼドメインに位置するホットスポットのみなら
ず、細胞外ドメインや膜貫通領域の配列の解析も必要であると考えられる。
また、依頼者側でのACHの診断とFGFR3遺伝子異常陽性の一致率が90%であったのに対し、
HCHを疑われた児のFGFR3遺伝子異常の陽性率は25%であった。この陽性率の低さの原因としては
①軟骨低形成症の臨床的な表現型と特発性の低身長児との表現型のオーバーラップがあること、②
ACHとHCHも表現型のオーバーラップがあること、③HCHの原因としてFGFR3遺伝子以外の原因
が存在する可能性があり、疾患概念自体にheterogenietyがあること、④他疾患の骨病変との混同な
どが考えられた。
これらの事から軟骨低形成症児の診断はきわめて難しいことを改めて認識するとともに、疾患自
体にheterogenietyが存在することを含めて診断がなされる必要性、そして遺伝子診断に当たっては
FGFR3遺伝子のホットスポットのみの診断ではなく、遺伝子全体をシークエンスすることによる診
断や、各FGFR3遺伝子変異の機能解析による病態把握が重要であると感じた。
今回S84L変異陽性患者については現在1歳であり、成長ホルモン療法については未施行であり、
N540K変異陽性患児との成長ホルモン両方の治療効果の比較は今回できないが、今後治療適応とな
り、治療が開始されれば検討を行っていきたい。またFGFR3遺伝子変異陰性で「軟骨低形成症」と
された児の臨床的な特徴及び変異陽性患者との違いについては今回の検討で行えなかったため、今
後行っていきたいと考えている。
4)最後に
FGFR3遺伝子解析のご依頼をいただきました日本各地の先生がたに陳謝いたします。
−178−
複合型下垂体ホルモン欠損症におけるSIX6遺伝子変異の頻度および変異SIX6機能解析
長谷川奉延
慶應義塾大学医学部小児科学教室
闍木優樹
慶應義塾大学大学院医学研究科
1.研究目的
転写因子であるSix6はマウスにおいて下垂体での発現が確認されており、Six6ノックアウトマウ
スは下垂体低形成をきたす1)。一方、ヒトにおいてはSIX6遺伝子ヘテロ接合性変異は無眼球症を引
き起こすことが報告されているが2)、複合型下垂体機ホルモン欠損症(以下CPHD)においてSIX6
遺伝子の変異を検討した報告は国内外ともにない。今回の研究目的は、CPHDおよび単独成長ホル
モン分泌不全性低身長症(GHD)におけるSIX6遺伝子変異の頻度を明らかにし、かつ変異SIX6の
機能をin vitroで解析することである。
2.対象
研究の対象は、MRIにおいて下垂体前葉低形成を認めるCPHD56例および重症GHD8例の計81名
(男性46名、女性35名)である。同胞例は2例、診断時年齢は0∼57歳(中央値4.0歳)である。経
膣骨盤位分娩を10例に、正中線上の奇形合併を12例に認めた。
全例において、本人あるいは親権者から書面により研究に対するインフォームドコンセントを取
得した。また、健常者80名を対照とした。
3.方法
(1)SIX6遺伝子の全翻訳領域をPCR-直接シークエンス法で解析する。Sequence variationを同定
した際はさらに以下の検討を加える。
(2)変異陽性例の詳細な臨床情報を収集する。
(3)正常コントロール160アリルで同じsequence variationの有無を検討する。
(4)両親および兄弟において同じsequence variationの有無を検討する。
(5)野生型あるいは変異型発現ベクターを作成し、COS7細胞を用いて以下のように、SIX6蛋白の
機能解析を行う。1.これらのベクターを発現させ、ウエスタンブロットでたんぱく質発現量を比
較検討する。2.野生型あるいは変異型SIX6−GFP融合蛋白の細胞内局在を観察する。3.これら
のベクターとSIX6結合領域を含むプロモーター部位を有するレポーター遺伝子とを共発現させ、野
生型および変異型SIX6の転写活性をluciferase reporter assayで解析する。
4.結果
GHD1名においてSIX6遺伝子のミスセンス変異E22Vをヘテロ接合性に同定した。変異陽性患者
−179−
は現在29歳の男性で、GH, TSH, ACTHの分泌不全を有していた。MRI上、異所性後葉を認めた。
正常コントロール160アリルでSIX6遺伝子E22Vを認めなかった。また、発端者の母親は変異陰性で
あった(父親は死亡しており解析することができなかった)。野生型および変異型発現ベクターを
COS7細胞に発現させたところ、ウエスタンブロットにより両者のたんぱく質発現量は同等であっ
た。また野生型あるいは変異型SIX6−GFP融合蛋白はともに核内に局在した。
5.考察
本コホートにおけるSIX6遺伝子変異の頻度は1/81であった。
現在、上記方法の(5)3.COS7細胞にこれらのベクターとSIX6結合領域を含むプロモーター
部位を有するレポーター遺伝子とを共発現させ、野生型および変異型SIX6の転写活性をluciferase
reporter assayで解析、の実験を行い、同定した変異のin vitroでの機能異常を確認中である。
参考論文
1)Li, X., Perissi, V., Liu, F., Rose, D. W., Rosenfeld, M. G. Tissue-specific regulation of retinal and
pituitary precursor cell proliferation. Science 297: 1180-1183, 2002.
2)Gallardo, M. E., Rodriguez de Cordoba, S., Schneider, A. S., Dwyer, M. A., Ayuso, C.,
Bovolenta, P. Analysis of the developmental SIX6 homeobox gene in patients with
anophthalmia/microphthalmia. Am J Med Genet 129A: 92-94, 2004.
−180−
転写制御因子δEF1およびSIP1のコンディショナルノックアウトマウスを用いた、
下垂体前葉細胞の分化成熟過程と成長ホルモン(GH)遺伝子の発現制御機構に関する研究
東雄二郎、松井ふみ子
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所周生期学部
岡部 勝
大阪大学微生物病研究所遺伝情報実験センター
平成22年度の研究成果
マウスにおいては、出生後5−10日において、下垂体前葉細胞の分化が成熟し、成長ホルモンを
含む各種ホルモン産生細胞が生じる。最近の分生物学的研究から、この過程における、転写制御因
子δEF1とCoREST因子複合体の機能が指摘されている。本研究では、δEF1(およびその類似因
子であるSIP1)転写因子の下垂体前葉ホルモン産生細胞の分化成熟過程における機能、およびGH
遺伝子の発現制御機構に関して、それらのノックアウトマウスを用いて検討し明らかにすることを
目的としている。
Wangらは、δEF1とLSD−CoREST−CtBP核内転写抑制複合体が直接GH遺伝
子の発現制御領域に作用し、Lactotroph細胞においてはその発現に対して抑制的に働くことを示唆
しているが(Wang et al、Nature 446:882-887 (2007))、いずれも下垂体由来株化細胞であるMMQ
やGC細胞を用いた結果である。一方、申請者らのグループで作製し解析されているδEF1ノックア
ウトマウスは、出生後蘇生が起こらず致死となり、実際にδEF1が下垂体前葉の細胞種特異的なホ
ルモン産生機構に関わっているかどうかを検討することは不可能である。そこで本研究ではマウス
個体を用いて実際にδEF1が下垂体前葉細胞の特異化とGH遺伝子の発現制御に関与しているかどう
かを検討するために以下の計画に沿って実施する予定である。
(1)δEF1の下垂体前葉での組織特異的ノックアウトを行うために、LoxP配列をエキソン7の両
側に配置したδEF1 floxマウスを作製する。また下垂体前葉で特異的にCre recombinaseを発現する
Pitx1-Creマウスを米国Jackson研究所から導入する。
(2)次にδEF1 floxマウスとPitx1-Creマウスを交配させることにより、下垂体前葉特異的なδEF1
欠損マウスを作製する。この変異マウスに関して、下垂体前葉の発生と各種ホルモン産生細胞の有
無や特異性、また各ホルモンの産生に関して、マーカー遺伝子や抗体等を用いて解析を行う。(例
えば、この変異マウスはプロラクチン産生細胞においてGHの産生が起こるのかどうか、等)
(3)申請者のグループではδEF1の類似体であるSIP1転写因子のfloxマウスは作製済みであり、
SIP1に関しても同様の検討を行う。δEF1とSIP1は構造的、機能的にも類似した因子であり、お
互いに重複した機能を有している可能性は高い。これについては、交配により二重floxマウスを作
製し同様の検討をすることが可能である。
本年度に行ったことは、昨年に引き続きδEF1 floxマウスの作製を目指す(1)の段階であり、
以下のとおりである。
−181−
1.相同組換えを起こしたES細胞クローンの単離
まず昨年度に作製したターゲティングベクター(図1)を用い、C57BL/6由来のES細胞に
electroporation法により導入し、ネオマイシン耐性のES細胞のコロニーを96個単離した。その中か
ら、相同組換えを起こしている4個のクローンを得た。相同組換えの確認には、ゲノミックDNAの
southern hybridizationを行い、そのバンドの長さを指標にした。予想通りの組換えが起こると、図
1の5’probeを用いた場合は10.3 kbの、3’probeを用いた場合は13.0 kbのバンドが生じることに
なる。図2に示すように、クローン#26, #49, #54, #82のクローンにおいては、5‘と3’とも、予
想されるバンドの長さが観察されたが、例えば、#66. #79, #93の3個のクローンにおいては、3’プ
ローブの長さが18.6 kbで異なっており、これらは、エキソン6の下流にあるloxP配列より上流側で
相同組換えを起こしたとする場合と合致する。よって、目的とするクローンは#26, #49, #54, #82の
4個であり、且つ#82においては、5‘と3’プローブとも、野生型の長さのバンドが消失し、他
の3個のクローンの標的アレルのバンドの濃さに較べて約2倍であった。このことは#82のクローン
は両方のアレルで相同組換えを起こしていることを示している。
図1 δEF1遺伝子コンディショナルノックアウト用ターゲティングベクターの図と相同組換えに
より生じる標的遺伝子アレル。
−182−
図2 相同組換えを起こしたESクローンのgenomic southern hybridizationによる確認
2.得られたES細胞クローンの核型の検討
目的とする相同組換えを起こしたクローン#26, #49, #54, #82の4つに関して、正常な染色体数
(40本)を保持しているかどうかを検討した。まず5個の細胞で染色体を数え、異常率が4割以下
の場合にはさらに5個数えるという方法で、評価を行った。結果を表1に示す。我々は、正常な細
胞の割合が60%以上であればキメラ作製が可能としている。
表1 クローン#26, #49, #54, #82に関する染色体数の確認と
上記の結果より、クローン#26は不適、残りの3クローンをキメラ作製に用いた。
−183−
3.クローン#49, #54, #82を用いたキメラマウスの作製
ES細胞クローン#49, #54, #82を用いて、それらに由来する生殖細胞系列キメラを得るために、各
ES細胞(C57BL/6由来であり、成体になった場合の毛色は黒)の10個程度を8細胞期のICR由来の
胚(成体での毛色は白)にインジェクションし、仮親(偽妊娠したICRメス)の子宮内に戻し出産
をさせる。次に生まれてきた産仔のキメラ率(白色に対する黒色の割合)を生後3週間程度で判別
した(表2)。また図3にはその一例の写真を示す。
表2 生殖細胞系列キメラマウス候補産仔の毛色によるキメラ率
図3 生まれてきたキメラマウスの一例
現在、これらのマウスが成熟し、生殖細胞系列にES細胞由来のものが導入されているかどうか、
これらのキメラマウス(オス)と野生型C57BL/6マウス(メス)との交配を行い件としている段階
である。この後、問題がなければ、平成23年度中には目的とするδEF1のflox elleleを有するマウス
の作製を完了できると思われる。
−184−
日本人成人のヨウ素摂取量と甲状腺機能との関連について
布施養善
国立成育医療研究センター研究所共同研究員、サヴァイクリニック
田中卓雄
サヴァイクリニック健診センター
荒田尚子、原田正平
国立成育医療研究センター
研究の背景
ヨウ素は人体に必須の微量元素の一つで甲状腺ホルモンの主要な構成要素であり、ヨウ素の欠乏
および過剰はともに甲状腺機能の異常を主徴とする様々な疾患の原因となる。ヨウ素はそのほとん
どが食品から摂取され、わが国では古来より海藻類、魚類を日常的に摂取する習慣から一部の地域
を除いてヨウ素欠乏症は存在しないと考えられている。近年、ヨウ素が多く含まれる加工食品が大
量に消費されていることから、ヨウ素が過剰に摂取されている可能性が推測されているが、全国的
な調査はおこなわれていない。外国での疫学的研究ではヨウ素過剰により自己免疫性甲状腺疾患の
頻度が増すことが報告されているが、日本でも同様であるかは明らかではない。
厚生労働省による食事摂取基準2010年版では成人の1日あたりのヨウ素摂取量の推定平均必要量
は95μg、推奨量は130μg、耐容上限量は2.2mgとされている。これらの基準の算定にあたっては、
日本人のデータがないものについては欧米でおこなわれた研究の結果をあてはめている1)。
栄養素摂取量の推定方法は直接的には食事調査による方法、間接的には目的とする栄養素の生体
指標を測定する方法があり、ヨウ素の生体指標は尿中ヨウ素濃度である。我々はすでに小児、妊産
婦の尿中ヨウ素濃度を測定し、甲状腺機能との関連を報告した2)。さらに日本人を対象としたヨウ
素摂取量についての食事調査法を開発し、妊産婦を対象について妥当性を検討した3)。本研究の目
的は次の2点である。
1)日本人成人のヨウ素摂取量の現状と甲状腺機能との関連を明らかにすること
2)ヨウ素摂取量についての食事調査法の確立:我々が開発したヨウ素摂取量調査を改訂し、成人
を対象にその妥当性を検討すること
対象と方法
対象:2010年7月から10月までに神奈川県横浜市保土ヶ谷区の健康診断施設であるサヴァイクリニッ
クにおいて健康診断(特定健康診査、雇入時健康診断、定期健康診断、人間ドックなど)を受けた
もののうち既往歴、現病歴に甲状腺疾患がなく、書面により研究への同意を得られたものを対象と
した。血液および尿検体は健康診断のために採取した検体の残りを使用した。
方法:
①対象を男女別に20-39歳、40-59歳、60歳以上の3群の年齢群に分け、各群50例、合計300例を目標
とした。
−185−
②受診時に随時尿を採取し、ヨウ素とクレアチニン濃度を測定するまで−40℃で凍結保存した。尿
中ヨウ素濃度はAPDM(ammonium persulfate digestion on microplate)法を用いた4)。本法の測
定感度は1.39μg/dLで、測定間誤差は4.8-5.9%、測定内誤差は15%未満である。尿中クレアチニン
濃度は酵素法によって測定した。尿中ヨウ素濃度はμg/Lおよびクレアチニン1gあたりに換算し
てμg/gCreとあらわした。
③35歳以上の全例において血清TSH, FT4値を測定した。血清TSHあるいはFT4値が基準値外の症
例について3種類の甲状腺自己抗体(TPOAb、TgAb、TRAb)を測定した。すなわち血清TSHが
0.5μIU/mL未満の場合は血清TRAbを、5μIU/mL以上の場合はTPOAbとTgAbを測定した。また
FT4値が0.9 ng/dL未満の場合はTPOAbとTgAbを、1.7ng/dL以上の場合はTPOAbとTgAbを測定
した。随時尿中のヨウ素とクレアチニン濃度を測定した。
④改訂版ヨウ素摂取量調査票(質問紙法による食物摂取頻度調査)により過去1ヶ月間の食事から
摂取されたヨウ素量を算出した。
⑤改訂版ヨウ素摂取量調査票(質問紙法による食物摂取頻度調査)の再現性と妥当性を検討した。
再現性は9例の健康人(男性3名、女性6名)に12週間の期間をおいて2度、調査法を記入させて
検討した。妥当性は全症例を対象に尿中ヨウ素濃度との相関をみた。
⑥尿中ヨウ素濃度および我々の質問紙法によって推測した1日ヨウ素摂取量は正規分布しないこと
が知られているので、測定値は対数変換し、統計処理をおこなった。症例群間の平均値、中央値は
One-way analysis of varianceによって有意差を検定した(Tukey's Multiple Comparison Test)。
男女別の尿中ヨウ素濃度の平均値はUnpaired t testを用いて比較した。
結果
1.研究対象期間に健康診断をおこなったのは1,085名で、そのうち331例(30.5%)が研究に参加す
ることに同意した。年齢は16から73歳、平均(標準偏差)は47.8(12.2)歳である。男性は190名、
女性は141名である。
2.対象例の健康状態
全体の18.1%(331名中60名)、男性190名中45名(23.7%)、女性141名中15名(10.6%)が何らか
の疾患を有しており、高血圧が30名(男性27名、女性3名)と最も多い。
常用薬を使用しているのは73名(22.1%)、男性52名、女性21名であるが、甲状腺機能およびヨウ素
代謝に影響を及ぼす薬剤を服用している例はなかった。
3.甲状腺機能および甲状腺自己抗体陽性率
(1)268例において血清TSH, FT4値を測定した。血清TSHが0.5μIU/mL未満は8名(男性7名、
女性1名)、5μIU/mL以上は9例(男性5名、女性4名)であった。血清FT4値が0.9ng/dL未満は
男性1例、1.7ng/dL以上は男性8例であった。血清TSHとFT4値の両者が基準値外の症例はなかっ
た。
(2)血清TSH, FT4値が基準値外の26例において甲状腺自己抗体を測定した。血清TSHが0.5
μIU/mL未満の8名はすべてTRAbが陰性であった。血清TSHが5μIU/mL以上の9例のうち、1
−186−
例(男性)がTPOAbとTgAb、他の1例(男性)がTPOAbが陽性であった。血清FT4値が
0.9ng/dL未満の1例はTPOAbとTgAbは陰性であった。血清FT4値が1.7ng/dL以上の8例(すべて
男性)のうち3例がTRAbが陽性であった。
4.尿中ヨウ素濃度
(1)全体および男女別の尿中ヨウ素濃度
随時尿の尿中ヨウ素濃度は25μg/Lから16.8mg/L、中央値は213.0μg/Lであった。男性と女性で
尿中ヨウ素濃度の中央値はほぼ同じであった。
クレアチニン補正した尿中ヨウ素濃度は17μg/gCreから19.8μg/gCre、中央値は167.5μg/gCre
であった。女性の尿中ヨウ素濃度の中央値は男性よりやや高いが、有意差はない。
尿中ヨウ素濃度が100μg/L未満の症例は48例、14.8%であり、男性は23例、12.4%、女性25例、
17.9%であった。また尿中ヨウ素濃度が1mg/L以上の症例は45例、13.8%であり、男性は30例、
16.1%、女性15例、10.8%であった。
(2)年齢別の尿中ヨウ素濃度
年齢別にクレアチニン補正した尿中ヨウ素濃度を対数変換し、平均値を比較すると、加齢ととも
に尿中ヨウ素排泄量は増加する。
−187−
(3)年齢別および男女別の尿中ヨウ素濃度
クレアチニン補正した尿中ヨウ素濃度は男性では30代、40代が50代より低く、女性では20代、30
代が60代より低い。
−188−
(4)年齢群毎に尿中ヨウ素濃度を男性と女性とで比較したが、どの年齢群においても男女間の平
均値に有意差は認められなかった。
(5)尿中ヨウ素排泄量と甲状腺機能との関連
血清TSH値は対数変換した尿中ヨウ素濃度値(クレアチニン補正値)と有意な正の相関を示した
(Pearson r=0.2089, 95% confidence interval:0.08998 to 0.3220, P=0.0007)
。しかし血清FT4と尿中
ヨウ素濃度値との間には相関は認められなかった。
しかし血清TSH値が<0.5IU/mL(8例)、0.5-5IU/mL(245例)、>5IU/mL(9例)の3群の尿中
ヨウ素濃度の中央値は、それぞれ177.0、172.0、406.0μg/gCreと>5IU/mLの例で尿中ヨウ素濃度が
高いが、統計学的には有意差は認めない。さらに血清FT4が<0.9ng/dLは1例のみであるので、
0.9-1.7IU/mL(253例)、>1.7ng/dL(8例)の2群の尿中ヨウ素濃度を比較すると、それぞれの中央
値は172.0、370μg/gCreであり、統計学的な有意差は認めない。
(6)改訂ヨウ素摂取量調査票による1日ヨウ素摂取量と摂取源
1日ヨウ素摂取量は9.6μgから5.3mgで中央値は553.8μgであり、女性の方が男性よりやや多いが、
有意差は認められなかった。
−189−
総ヨウ素摂取量に占める摂取源の割合を求めると、原材料的食品が86.5%、加工食品が13.5%であ
る。原材料的食品のうち海藻類は80.6%、魚介類は5.9%であり、各食品群の比率には男女差、年齢
群差は認められなかった。
(7)改訂調査票の妥当性と再現性の検討
妥当性について、本研究の対象312例において本調査票によって推定した1日ヨウ素摂取量と尿
中ヨウ素濃度との相関を検討し、両者は有意な相関を示した。Spearmanの順位相関係数は
r= 0.1643(95% 信頼区間0.05096 to 0.2735)、P=0.0036である。再現性について36食品のうち21食
品(58.3%)が有意な相関係数を示した(0.413から0.90、平均0.575)。1日ヨウ素摂取量についての
相関係数は0.443であった。改訂調査票の妥当性と再現性については別途、詳細に報告する。
考案
日本人のヨウ素摂取量についての全国的な疫学調査は報告されていない。成人の尿中ヨウ素排泄
量について1980年代までの文献的考察によれば、1日平均1−4mgと推定されている5)。1990年代
の疫学的調査の報告では、今野ら6)は北海道沿岸部と札幌市で5,171名の成人を対象にヨード摂取量
と甲状腺機能異常の頻度との関係を調査し、両地域の尿中ヨウ素濃度の平均値はそれぞれ3,405
μg/Lおよび3,151μg/Lで差がなく、過剰ヨード摂取が甲状腺機能異常の頻度や甲状腺自己抗体の
−190−
保有率に与える影響は明かではなかった。Nagataら7)は沖縄(150例)
、山形(20例)
、神戸(54例)
、
長野(80例)において早朝尿中ヨウ素濃度を測定し、平均値はそれぞれ1,480、1,620、1,200、810
μg/Lであった。
近年の報告では馬場ら 8)は定期健康診断時に神戸大学の18−22歳の学生3,350名(男性1,731名、
女性1,624名)の尿中ヨウ素濃度を我々と同じ方法で測定した。中央値は241.0μgであり、男性は262
μg、女性は225μgで差がなかった。また尿中ヨウ素が100μg/L未満は9%、1mg/L以上は12%で
あった。今回の我々の結果では平均47.8歳の成人の尿中ヨウ素濃度は中央値が213.0μg/L、100
μg/L未満は14.8%、1mg/L以上は13.8%であり、馬場らの報告と近い値であった。また従来から報
告されているように成人では年齢とともに尿中ヨウ素排泄量が増加していくことが認められた。尿
中ヨウ素値についての90年代の報告は近年の報告と比較して、著しく高値であり、その理由は不明
であるが、様々な要因が関与しているものと推定される。例えば調査地域、調査実施時期(季節変
動の影響)、調査対象の選択方法、尿検体採取時のヨード汚染の可能性、ヨード測定法の差異(90
年代の報告は選択電極法を用いていることが多い)などが考えられる。調査地域ごとのヨウ素摂取
量の差について長瀧はヨウ素含有量の最も多い昆布が7−8世紀から北海道から日本列島の南へ伝
わっていく歴史的経過(Konbu Road)が関与していることを示唆している9)。また昆布の消費量か
ら海藻類からのヨウ素摂取量を一日1.2mgと推定している10)。今回のヨウ素摂取量調査票による1日
ヨウ素摂取量は約0.5mgであり、さらにヨウ素摂取源として加工食品の割合が増えていると思われ
る。今後、ヨウ素摂取量についての全国的な規模の調査が必要である。
世界のヨウ素栄養状態についてはWHOの集計があるが、データの全くない国(日本も含まれる)
、
データの不十分な国も多い11)。米国では1971年よりヨウ素栄養についての全国的なモニタリングが
おこなわれている。2005−2006年および2007−2008年の米国の一般人口の尿中ヨウ素の中央値は
164μg/L(95%CI 154−174)および164μg/L(95% CI 154−173)であり、ヨウ素摂取量は
adequateであるが、妊産婦は125μg/L(95% CI 86−198)と必要量を満たしていない可能性が指
摘されている12)。
国あるいは地域でのヨウ素栄養状態の評価には学齢期の小児を対象に、一定の疫学的調査のプロ
トコールを使用することをWHO/ICCIDDが推奨し、そのうち特に尿中ヨウ素濃度の中央値が最も
有効な評価指標である13)。著者らがこれに従って2002年に東京で6−12歳の学童654名を対象におこ
なった調査では随時尿中のヨウ素の中央値は281.6μg/Lで、同時期にWHOのZimmermannら14)が
北海道の中標津でおこなった同様な調査(310名の学童)では尿中ヨウ素濃度の中央値は288μg/L
であり、我々の結果と非常に類似した値であった。WHO/ICCIDD基準では日本はMore than
adequateに分類されるが、このことは日本人がヨウ素過剰摂取による甲状腺機能障害の危険がある
ことを意味するのではない。More than adequateはヨウ素欠乏症地域がヨウ素添加塩などで欠乏状
態が改善しつつある状況下での甲状腺機能障害の危険性をあらわしている。
今回の結果では血清TSH値と尿中ヨウ素濃度は正の相関を示したが、血清TSH、FT4が正常範囲
内の例と逸脱する例の尿中ヨウ素濃度には差は認めらない。すなわち、健常成人では今回示された
ヨウ素摂取量では甲状腺機能は正常範囲内の変化を示すものと考えられる。
−191−
我々はヨウ素摂取量を直接推定するためにFFQを用いた食事調査表を開発し、2005−2006年に妊
婦(646例、平均30.9歳)、褥婦(221例、平均31.0歳)、健康婦人(31例、平均45.7歳)を対象に1日
ヨウ素摂取量を推定したところ、それぞれの中央値は742.0μg、935.9μg、931.1μgであった3)。改
訂前の調査表ではBioavailability(0.92)を考慮していないので、再計算すると非妊女性の中央値は
856.6μg/Lとなる。今回、改訂した食事調査表を用いて健康非妊婦人(平均年齢47.5歳)を対象に
調査したところヨウ素摂取量の中央値は564.6μgであった。2つの研究の調査時期、対象は異なる
が、改訂版を用いた場合ではヨウ素摂取量が34%減少して計算された。尿中ヨウ素の中央値は前回
が209.99μg/L、今回は210.2μg/Lとほぼ同じであるので、今回の改訂調査表の精度はやや改善され
ているとも考えられる。また改訂調査表の妥当性と再現性は良好であることが示され、今後の疫学
的調査に適用することが可能であると思われる。
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−193−
第7染色体母性片親性ダイソミー(upd(7)mat)によるシルバーラッセル症候群発症機序の解明
松原圭子、佐藤智子、鏡 雅代、緒方 勤
独立行政法人国立成育医療研究センター研究所分子内分泌研究部
石川俊平、油谷浩幸
東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門
Ⅰ.背景
Silver-Russell syndrome(SRS)は、出生前及び出生後の成長障害、半身肥大、相対的頭囲拡大
な ど を 主 症 状 と す る 先 天 疾 患 で あ る 1。 S R S の 発 症 原 因 と し て 、 1 1 番 染 色 体 上 の H 1 9 - D M R
(Differentially Methylated Region : メチル化可変領域)の低メチル化が約35%の症例で、また7番
染色体母性片親性ダイソミー(upd(7)mat)が約10%の症例で認められ、約60%の症例の発症原
因は不明である1。
Upd(7)mat症例の存在から、7番染色体上に存在するインプリンティングドメインが、SRS表
現形発症において重要な役割を果たすことが推測されていた。これまで、7番染色体上の既知のイ
ンプリンティング遺伝子(GRB10、PEG1/MEST、CPA4)やこの近傍のDMRを対象とした変異解
析やメチル化解析がなされたが、SRS発症機序を説明しうる異常は見いだされていない2,3,4。
本研究では、このupd(7)matに起因するSRS発症機序を明らかとするために、7番染色体上に
存在する新規インプリンティングドメインの同定を試みた。
Ⅱ.方法
1.対象
CEPH 65名由来のリンパ球およびヒト正常胎盤30検体、全染色体父性片親性ダイソミーモザイク
症例5、全染色体母性片親性ダイソミーモザイク症例6、upd(7)mat症例由来の末梢血および胎盤を
対象とし、以下の解析を実施した。
2.新規インプリンティング遺伝子候補の解析
(1)SNPアレイによる新規インプリンティング遺伝子候補の網羅的検索
CEPH 65名、upd(7)mat症例および全染色体父性/母性片親性ダイソミーモザイク症例
由来の末梢血、ヒト正常胎盤由来のRNAおよびDNAを精製し、GeneChip® Human Mapping
500k set(Affymetrix社)によるSNPタイピングを行った。得られたデータをもとに、
GIM/GEMCAアルゴリズムにより7、アレル特異的な発現コピー数の解析を行った。
(2)インプリンティング遺伝子候補の発現解析
(1)で得られたインプリンティング遺伝子候補の末梢血および胎盤での発現状態を検討
するために、末梢血と胎盤からmRNAを抽出しRT-PCRを行った。このPCRでは、異なるエク
ソンをまたいでプライマーを設計することによりgDNAの混入の影響を除いた。次に、gDNA
−195−
でヘテロ接合性にSNPを有するサンプルを対象とし、同じ症例由来の末梢血および胎盤由来
cDNAを用いてSNPタイピングによるアレル特異的発現解析を行った。このPCRでは、mRNA
からcDNAを合成する際に、reverse transcriptase(RT)を使用しないnegative controlを作
成し、SNPタイピングにおけるgDNA混入の影響を除いた。
3.新規DMR候補領域の解析
(1)新規インプリンティング遺伝子近傍のCpG islandの検索
GeneChipにより同定された新規インプリンティング遺伝子候補を対象として、UCSC
genome browser(http://genome.ucsc.edu/)によるバイオインフォマティクス解析を行い、
遺伝子周辺のCpG islandの抽出を行った。
(2)CpG islandのメチル化解析
正常コントロール、upd(7)mat症例、全染色体父性片親性ダイソミーモザイク症例の末梢
血および胎盤から精製したDNAに対して、EpiTect Bisulfite kit(Qiagen社)によるbisulfite
処理を行った。bisulfite処理により、非メチル化シトシンはウラシルに変換されるが、メチル
化シトシンは変換されず、DNAメチル化の違いを塩基配列の違いに変換することができる。
対象領域のbisulfite処理後の配列に対してメチル化および非メチル化配列特異的プライマーを
設計し、bisulfite処理後DNAを用いてPCR反応を行った。そして、Agilent 2100 Bioanalyzer
(Agilent社)により、各primerによる増幅パターンの解析を行った。
Ⅲ.結果
1.7番染色体上の新規インプリンティング遺伝子候補の同定
(1)GeneChipによるRNAタイピング
GeneChip解析により、白血球において、遺伝子Aと遺伝子Eの母性発現および遺伝子Bの父
性発現、胎盤において、遺伝子Cの父性発現および遺伝子Eの母性発現が認められ(図1)、こ
れらの遺伝子は7番染色体上に集簇して存在していた。これらの新規インプリンティング遺
伝子候補のうち、遺伝子Cを対象とし以下の解析を行った。
(2)遺伝子Cスプライスバリアントの胎盤における発現
UCSC genome browser(http://genome.ucsc.edu/)上、遺伝子Cには3つのスプライスバ
リアントが存在することが確認された(図2A)。正常白血球および胎盤由来cDNAを用いた
RT-PCRにおいて、isoform bは、胎盤・白血球で同等の発現が認められた(図2B)
。
(3)アレル特異的発現解析
遺伝子Cの isoform bを対象に、cSNP解析を行った。gDNAでヘテロ接合性に多型を有する
ことを確認したサンプルにおいて、胎盤由来cDNAを用いてSNPタイピングを行った結果、両
親性の発現が認められた(図2C)。
−196−
2.新規DMR候補領域の同定と検証
UCSC genome browser(http://genome.ucsc.edu/)により、遺伝子C isoform bのプロモーター
領域に、CpG island(CG1)の存在が認められた。このCG1が、親由来特異的なメチル化可変領域
である可能性を検討するために、CG1領域内にメチル化配列特異的プライマー(Mプライマー)および
非メチル化配列特異的プライマー(Uプライマー)を作成し、メチル化特異的PCRを行った(図3)
。
末梢血由来DNAではMプライマーによる増幅産物に由来するシグナルは認められず、Uプライマーに
よる増幅産物に由来するシグナルのみが認められた。一方、胎盤由来DNAでは、正常コントロール
において、MおよびUプライマーによる増幅産物のシグナルが認められたが、upd(7)mat症例で
はMプライマーによる増幅産物のシグナルがUプライマーによる増幅産物のシグナルより強く認め
られ、高メチル化を示した。また、全染色体父性片親性ダイソミー症例由来の胎盤では、Uプライ
マーによる増幅産物がMプライマーによるものより強く認められ、CG1は低メチル化を示した。
Ⅳ.考察
GeneChip解析により胎盤特異的父性発現遺伝子として同定された遺伝子C isoform bは、cSNPを
用いたアレル特異的発現解析により胎盤において両親性に発現することが確認された。GeneChip解
析とcSNPによるアレル特異的発現解析の2法で相反する結果が得られた原因として、1)
GeneChipによる網羅的解析におけるgenotyping error、2)胎盤で両親性発現を示す新しいisoform
の存在、の2点が考えられる。Affimetrix GeneChip Human Mapping 50k array解析において、
genotyping errorの起こる率は0.1%以下であるとされている8。今後、再検時のアレイデータの抽出
にあたり、アルゴリズムの再検討を行い、データ抽出の精度を向上させる必要がある。次に、胎盤
において両親性発現を示す新しいisoformの存在について考慮する必要がある。アレル特異的発現解
析で用いたプライマーは、既知のisoformのうちisoform bのみを増幅させるものであるが、このプ
ライマーで増幅され、胎盤で両親性発現を示す新しいisoformが存在する場合、見かけ上片親性発現
を示さないことが考えられる。したがって、このような新しいisoformの存在を検討するために、上
流側の未知領域のクローニングを行う必要がある。
メチル化特異的PCR結果から、遺伝子C isoform bのプロモーター領域に存在するCpGサイトでは、
胎盤特異的にメチル化シトシンと非メチル化シトシンが混在していることが示された。そして、
upd(7)matと全染色体父性片親性ダイソミー症例胎盤の解析結果から、CG1は、母親由来アレル
では高メチル化、父親由来アレルでは低メチル化を示す可能性が考えられる。しかし、メチル化特
異的PCRは定量性に乏しいため、メチル化・非メチル化シトシンの割合の正確な評価は難しく、親
由来特異的なメチル化状態の差異を検出することはできない。したがって、親由来で異なるSNPを
含むCG1領域を対象としたbisulfite sequencing法により、親由来特異的メチル化状態の差異につい
て検討する必要がある。
Ⅴ.今後の展望
GeneChip解析により見いだされた他のインプリンティング遺伝子候補についても、遺伝子C と同
−197−
様にcSNPを用いたアレル特異的発現解析を実施し、父性および母性片親性発現遺伝子として一致す
る発現パターンを示すか否かを解析する。
さらに、上記の新規インプリント遺伝子の周辺に存在するCpG islandをバイオインフォマティク
ス解析などにより抽出し、メチル化特異的PCRおよびBisulfite Sequencing法により親由来特異的に
メチル化状態の異なる領域を同定する。
最終的な目標として、既知のSRS発症原因であるH19-DMRのエピ変異(父由来DMRの低メチル
化)やupd(7)matが否定された原因不明のSRS症例を対象とし、末梢血および胎盤由来のDNAや
RNAを用いて、上記で同定された新規インプリント遺伝子についてdirect sequencingによる変異解
析、RT-PCRによる発現解析、および新規DMRについてbisulfite sequencingによるメチル化解析を
行う。これらのうちのいずれかで、SRS表現形発症を説明しうる異常が発見されれば、ヒトの成長
障害の原因となる新しい分子生物学的機序のひとつを明らかにすることができる。
Ⅵ.参考文献
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−198−
図1 新規インプリンティング遺伝子候補
図中の各遺伝子における垂直のバーは、個々のSNPのアレル間発現バランスを示したもので、緑
色が父性発現、赤色が母性発現を示す。
図2.遺伝子Cの発現解析
A. 遺伝子C のisoform。RT−PCRで使用したプライマーの位置を赤矢印で示した。
B. RT-PCR結果。Isoform bは、胎盤(P)
、末梢血(L)ともに発現している。
C. cSNPを用いたアレル特異的発現解析。胎盤よりcDNA合成したのち、gDNAの混入がないこと
をRT-PCRにより確認し、直接シークエンス法でcSNPタイピングを行った。胎盤由来cDNAでは
ヘテロ接合性にSNPを有し、遺伝子C isoform bは両親性発現を示していた。
図3 CG1のメチル化特異的PCR
94bp
95bp
正常コントロール胎盤では、メチル化配列特異的プライマーによる増幅産物と非メチル化特異的
プライマーによる増幅産物に由来するバンドが認められた。upd(7)mat症例胎盤では、メチル化
特異的プライマーによる増幅産物由来のバンドがより強く認められ、全染色体父性片親性ダイソミー
症例(Andro)胎盤では非メチル化特異的プライマーによる増幅産物由来のバンドがより強く認め
られた。
PE : Paraffin Embedded Sample, FF : Fresh Frozen Sample, LC : Leukocyte
−199−
胎児期のリン代謝調節分子機構と胎盤機能の関与
道上敏美
大阪府立母子保健総合医療センター研究所
環境影響部門
1.緒言
胎児期の健全な骨発育のためにはカルシウムとともにリンの蓄積が必要であり、妊娠後期におけ
る胎児の血清リン濃度は母体に比して高値に維持されているが、その詳細な分子機構は不明である。
一方、成人におけるリン代謝およびビタミンD代謝においては、リン酸利尿因子であるFGF23が中
心的な役割を果たしていることが明らかとなっている。著者らは以前、胎盤にはFGF23のシグナル
伝達において共役因子として働くKlothoが発現しており、胎児循環に由来する臍帯血中の可溶型
Klothoの濃度が成人血清と比較して著明な高値を示すことを見いだし、報告した(Ohata, et al. J
Clin Endocrinol Metab 2011, Mar 16, E-pub.)。こうした背景から、本研究においては、胎盤が
FGF23作用の標的となる可能性を含めて、胎児期特異的なリン代謝調節の分子機構について解析を
試みた。
2.方法と結果
1)ヒト及びマウス胎盤におけるリン代謝/ビタミンD代謝関連分子群の発現
満期正常産のヒト胎盤、及びE18.5のマウス胎盤よりRNAを抽出し、RT-PCRによりリン代謝/ビ
タミンD代謝関連分子群の発現を検討した。ヒト、マウスいずれの胎盤においても、Klothoに加え
てFGF受容体(FGFR)−1, 2, 3が発現していた。ナトリウム・リン酸(Na+/Pi)共輸送担体につい
ては、IIb型(Npt2b)及びIII型(Pit1及びPit2)の発現を認めたが、IIa型及びIIc型輸送担体に関し
ては発現を認めなかった。ビタミンD代謝に関連する1α位水酸化酵素、24位水酸化酵素、ビタミン
D受容体(Vdr)の発現を検討したところ、これらの分子もヒト胎盤、マウス胎盤ともに発現を認
めた。
Real-time PCRを用いて、E11.5以降のマウス胎盤におけるこれらの分子群の経時的な発現変化を
検討したところ、Klotho、Npt2b、Pit1、Pit2、Vdrの発現が妊娠後期に増加することが明らかとなっ
た。
2)胎盤におけるKlothoとFGFRの共局在
免疫染色によりヒト胎盤におけるKlothoとFGFRの発現部位を検討したところ、母体−胎児間物
質輸送の場である合胞体栄養膜層において両者が共局在していた(図1)。また、マウス胎盤にお
いては母体−胎児間物質輸送はラビリンスと呼ばれる領域で行われるが、この領域においても
KlothoとFGFRの共局在が認められた。さらに、抗リン酸化FGFR抗体や抗リン酸化ERK1/2抗体、
FGFシグナルの標的分子であるEGR-1に対する抗体を用いて免疫染色を行ったところ、ヒト胎盤合
胞体栄養膜層、マウス胎盤ラビリンスにおいてシグナルが検出された(図2)
。
−201−
3)マウスにおける母体−胎仔間血清リン濃度勾配
マウスを用いて、母体−胎仔間血清リン濃度勾配がいつの時期に確立するかを検討した。E16.5の
時点では、すでに胎仔の血清リン値は母体の血清リン値よりも高値を示し、母体−胎仔間血清リン
濃度勾配が確立していた。また、X連鎖性優性遺伝性低リン血症性くる病(XLH)のモデルで、低
リン血症及び高FGF23血症を呈するHypマウスの雌性個体(PhexHyp/+)を野性型(WT)マウスと
交配させ、母体−胎仔間血清リン濃度勾配について検討した。E18.5の時点で母体及び胎仔より採血
を行い、血清リン値を測定した。胎仔についてはgenomic PCRにより性別及びgenotypeを決定し、
Hyp 母体由来の雄性胎仔を Hyp ( Phex Hyp/Y)、WTに分けて解析した。Hyp母体の血中リン濃度は
WT母体に比較して低値を示したが、Hyp母体由来の胎仔の血中リン濃度は胎仔のgenotypeに関わ
らず、Hyp胎仔、WT胎仔のいずれにおいても、WT母体の胎仔と同レベルまで高値に維持されてい
た。FGF23値についてもカイノス社のELISAキットを用いて測定したところ、Hyp母体ではWT母
体と比較して高値を示したが、Hyp母体由来のWT胎仔については、WT母体由来の胎仔とともに、
母体よりも低い値を示した。一方、Hyp胎仔の血清FGF23値については、Hyp母体の約20倍と著明
な高値を示した。各胎仔由来の胎盤における遺伝子発現を解析したところ、Hyp胎仔の胎盤におい
てはVdrの発現の低下が認められた。
3.考察
母体−胎児間物質輸送の界面となるヒト胎盤合胞体栄養膜層やマウス胎盤ラビリンス領域におい
てFGF23シグナル伝達に必須の分子であるKlothoとFGFRが共局在していたことから、胎盤は
FGF23の標的となる可能性が推察される。この領域においてリン酸化FGFRやリン酸化ERK1/2、
EGR-1のシグナルが検出されたことからも、この領域がFGF23の作用を受容している可能性を支持
する。
血中FGF23値が高値であるHyp母体においては、母体が低リン血症であるにも関わらず胎仔の血
清リン値はWT母体の胎仔と同レベルに高く維持されていたことから、胎仔へのリン経胎盤輸送が
WT母体と比較して亢進していると考えられる。このリン経胎盤輸送の亢進には、母体血中の
FGF23が寄与している可能性がある。一方、リンの経胎盤輸送が胎仔のgenotypeには依存せず、
Hyp胎仔、WT胎仔の間で血清リン値に差がなかったことから、胎仔由来のFGF23はリン輸送には
あまり関与していないことが推察される。現在、WTマウスの母体、あるいは胎仔にFGF23のリコ
ンビナント蛋白質を投与することにより、リンの経胎盤輸送に及ぼす影響を検討している。
これらの研究成果は本年7月に開催予定の第29回日本骨代謝学会にて発表予定であり、また、論
文にても発表予定である。
−202−
図1 ヒト胎盤におけるKlotho及びFGFR1の発現。Klotho、FGFR1は共に合胞体栄養膜層に局在を
認めた(矢頭)。
図2 マウス胎盤ラビリンスにおけるKlotho、FGFR1、リン酸化FGFR、リン酸化ERK1/2及び
EGR-1の発現。
−203−
ヒストンメチルトランスフェラーゼMLLノックアウトマウスにおける成長障害の解析
山田正信、田口 亮、佐藤哲郎、橋本貢士、森 昌朋
群馬大学病態制御内科学
【はじめに】
Mixed lineage leukemia(MLL)は、ヒストン3のN端末より4番目のリジン残基(H3K4)を特
異的にメチル化するhistone methyltransferase 活性を持ち種々の遺伝子の発現調節に関与してい
る。私たちはこのMLLノックアウトマウス(MLLKO)に成長障害があることを発見した。
MLLKOのホモ接合体は胎生致死である。MLLKOのヘテロ接合体では、下垂体のp27mRNA発現が
有意に低下していたが、成長ホルモンやTSHのmRNA発現の低下はなかった。また、MLLKOはイ
ンスリンの分泌不全を伴う耐糖能異常を示した。以上より、MLLKOにおける成長障害は、成長ホ
ルモンや甲状腺ホルモンの低下によるものでなく、一部は耐糖能の異常によることが示唆された。
【方法】
1)野生型マウスとMLLKOの骨格異常の有無や体重などを経時的に測定し比較した。
2)野生型マウスとMLLKOの24時間摂食量や血清脂質、さらに既報のように2g/kg・BWのブドウ
糖を腹腔内投与し、経時的に血糖と血清インスリン値を測定し、耐糖能異常の有無を検討した(1)
。
3)野生型マウスとMLLKOに0.75単位/kgのレギュラーインスリンを腹腔内投与し、経時的に血糖
を測定しインスリン感受性を検討した。
4)野生型マウスとMLLKOの下垂体におけるmRNA発現の変化を、Affymetrix社GeneChip
Mouse Genome 430 2.0 ArrayのcDNAマイクロアレイを用いて網羅的に解析し、下垂体前葉ホ
ルモンやMLL/Men1の下流にあるp27, p18の mRNA発現を解析した。
【結果】
1)MLLKOは骨格には大きな異常はなく、6週齢の体重は19.2±2.1gと野性型マウスの4週齢程度
であり、6週齢以降で有意に低体重であった(図1)
(p<0.01)
。
2)MLLKOの24時間摂食量やLDL-C、TGなどの血清脂質は野生型マウスと同等であったが、糖負
荷試験では15分値、30分値、60分値で有意な高血糖を呈した(p<0.05)。また、血清インスリ
ン値は15分値、30分値で有意な低下を認めた(p<0.05)。一方、MLLKOのインスリン感受性は
正常であった。
3)下垂体cDNAマイクロアレイ解析にて27,510遺伝子の発現が認められ、MLLKOでは野生型と比
較して、p27mRNA発現が低下していたが、p18 mRNA発現に変化はなかった。また、成長ホ
ルモン(GH)やTSHβ遺伝子発現にも変化は認められなかった。
−205−
【考察】
Mixed lineage leukemia(MLL)はこれまで、種々の遺伝子との転座により急性白血病の原因と
なることに関しては多くの報告がある(2)。しかし、野性型の正常なMLLの機能についての詳細は
依然不明である。近年、高等動物における遺伝子の発現は、遺伝子の一次配列ばかりでなくヒスト
ンの修飾によるクロマチン構造の変化が重要だが、Mixed lineage leukemia(MLL)は、ヒストン
3のN端末より4番目のリジン残基(H3K4)を特異的にメチル化するhistone methyltransferase 活
性を持ち種々の遺伝子の発現調節に関与していることが明らかとなった。
また、MLLは多発性内分泌腫瘍症1型の原因遺伝子であるMen1の遺伝子産物であるmeninや
WDR5などと核内で巨大複合体を形成し、Hox遺伝子ばかりでなく細胞周期関連のp27やp18遺伝子
などの遺伝子群の発現を制御していることが明らかとなった。一方、私たちは、ソマトスタチンア
ナログ製剤が、MLLの転写活性を刺激しMLL/menin-p27経路を刺激していることを報告した(3)
。
MLLKOのホモ接合体は胎生致死であり、ヘテロ接合については軽度の貧血やHox遺伝子発現の
異常については報告があるが、成長障害や内分泌異常についての報告はまったくなかった(4)。今
回の研究で、MLLKOのヘテロ接合体は、野生型と比較して明らかな成長障害を認めることが明ら
かとなった。その機序を解明するため、摂食量や糖代謝、脂質代謝異常の有無に加え、下垂体にお
ける遺伝子発現をマイクロアレイ法にて網羅的に検索した。MLLKOでは、摂食量や脂質異常症は
ないが、インスリン分泌異常を示す耐糖能異常を示すことが明らかとなった。MLLKOでは、下垂
体のp27mRNA発現が有意に低下していたが、成長ホルモンやTSHのmRNA発現の低下はなかった。
以上より、MLLKOにおける成長障害は、成長ホルモンや甲状腺ホルモンの低下によるものでなく、
一部は耐糖能の異常によることが示唆された。
【文献】
1.Yamada M, Saga Y, Shibusawa N, Hirato J, Murakami M, Iwasaki T, Hashimoto K, Satoh T,
Wakabayashi K, Taketo MM, Mori M. Tertiary hypothyroidism and hyperglycemia in mice
with targeted disruption of the thyrotropin-releasing hormone gene. Proc. Natl. Acad. Sci.
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2.Slany RK, The molecular biology of mixed lineage leukemia. Haematol.2008.002436.
3.Horiguchi K, Yamada M, Satoh T, Hashimoto K, Hirato J, Tosaka M, Yamada S, Mori M.
Transcriptional Activation of the MLL - p27Kip1 Pathway by a Somatostatin Analogue. Clin.
Cancer Res. 2009;15:2620-2629.
4.Yu BD, Hess JL, Horning SE, Brown GA, Korsmeyer SJ. Altered Hox expression and
segmental identity in MLL-mutant mice. Nature 1995; 378:505-508.
−206−
図1
−207−
成長ホルモン腺腫および血清におけるmiRNAの解析
吉本勝彦、岩田武男、水澤典子
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部分子薬理学分野
銭志 栄
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部人体病理学分野
山田正三
虎の門病院内分泌センター間脳下垂体外科
はじめに
成長ホルモン(GH)産生細胞の腫瘍化機構として、約50%に認められる gsp遺伝子変異や一部の
腺腫で認められるメチル化異常による特定の遺伝子発現低下以外は不明である。
microRNA(miRNA)は約20塩基対からなるタンパク質に翻訳されない RNAで、標的となる
mRNAの 3’非翻訳領域に配列相補的に結合し、その翻訳を抑制する。最近、miRNAは標的遺伝子
発現調節に関与し腫瘍形成において重要な役割を担うことが示されているが、下垂体腺腫における
miRNAの解析については、数編の報告があるのみである1-8)。
本研究では、GH腺腫におけるmiRNAの発現プロファイルの解析および血清における各種miRNA
レベルを解析することによりGH産生細胞の腫瘍化機序を明らかにすることを目的とする。
研究方法
1.下垂体腺腫および正常下垂体組織におけるmiRNA発現プロファイルの解析
正常下垂体組織5例、GH腺腫11例、PRL腺腫6例、ACTH腺腫8例、silent ACTH腺腫5例、
FSH/LH腺腫12例からmirVana miRNA Isolation kit(Ambion)にてsmall RNAを抽出した。small
RNAが抽出されていることは2010 Bioanalyzer(Agilent)にて確認した。723種のヒトmiRNAのプ
ローブを搭載したhuman miRNAマイクロアレイキット(V2)(Agilent)を用いて解析を行った。
結果の解析にはGeneSpringGX10(Agilent)を用いた。
2.血清RNAの抽出およびmiRNAのqRT-PCRによる解析
a)ヒト血清miRNAのマイクロアレイ解析によるプロファイリング
細胞成分を除くために10,000xgで遠心した健常人血清625μlを用いた。mirVana PARIS
Kit(Ambion)を用いてtotal
RNAを抽出し、Agilent human miRNAマイクロアレイキッ
ト(V2)によるマイクロアレイ(北海道システムサイエンス)およびGeneSpringGX11によ
る解析を行った。
b)下垂体腺腫症例における各種miRNAの血清レベルの解析
下垂体腺腫摘出術前に血液を採取し、血清を−20℃に保存した。血清625μlを用い、
mirVana PARIS Kitを用いてtotal RNAを抽出した。グリコーゲンを担体としたエタノール
−209−
沈殿でRNAを濃縮後、miScript PCR System(Qiagen)を用いてcDNAを合成した。健常者
13例、GH腺腫11例、FSH/LH腺腫11例、ACTH腺腫6例を対象に、THUNDERBIRD TM
SYBR qPCR Mix(TOYOBO)を用いてqRT-PCR解析を行った。
以下の条件で血清におけるqRT-PCR解析を行うmiRNA種を選択した。組織マイクロアレイ解析
において、正常組織と比較してGH腺腫において2倍以上の変化を示し、かつGH腺腫で特異的に認
められた4種(正常組織に比して増加: miR-129-5p、miR-485-3p; 低下: miR-542-3p、miR-542-5p)、
FSH /LH腺腫においては5倍以上上昇し、FSH /LH腺腫特異的に認められた11種(miR-139-5p、
miR-532-3p、miR-582-5p、miR-660、miR-33b、miR-532-5p、 miR-95、miR-181c、miR-140-3p、miR181c*、miR-140-5p)、ACTH腺腫においては6倍以上低下を認めた7種(miR-214、miR-199a-3p、
miR-199a-5p、miR-1225-5p、miR-212、miR-132、miR-132*)について検討した。miRNA量比較のた
めの内部標準として、miR-185、miR-16、miR-638を用いた。
miScript PCR Systemでは、miScript Reverse Transcriptase Mix中のpoly(A)ポリメラーゼに
よりRNAの3’端にpoly(A)を付加後、Universal Tag配列を有したプライマーで逆転写しcDNA
を合成した。PCRではUniversal Tag配列に対応するプライマーを共通のReverse プライマーとして
用いた。Forwardプライマーとして、既製のmiScript Primer Assay(QIAGEN)で用意されたプラ
イマー(miR-16:Hs_miR-16_1、miR-185 : Hs_miR-185_1、miR-212 : Hs_miR-212_1)を、他の
miRNAに関してはmiRBase(http://www.mirbase.org/search.shtml)におけるmature sequenceの
情報から作製したプライマーを用いた。
結果
1.GH腺腫、PRL腺腫、ACTH腺腫、FSH /LH腺腫と正常下垂体組織における miRNA発現プロファ
イルの比較
全ての腺腫と正常下垂体組織のmiRNAマイクロアレイ解析結果より、腺腫全体で発現が増加して
いるものとしてmiR-144(6.9倍)
、miR-301a(3.3倍)
、miR-451(5.5倍)
、miR-500*(4.3倍)
、miR-720
(5.7倍)、miR-1260(8.3倍)、miR-1274a(5.8倍)、miR-1274b(5.6倍)が、発現が低下しているもの
としてmiR-424(23倍)、miR-940(2.3倍)、miR-1202(8.3倍)、miR-1225-5p(4.5倍)
、miR-1915(3.5
倍)が認められた。またサイズの大きい腺腫では、miR-7、miR-29b-1、miR-144、miR-181c、miR451、miR-485-3p、miR-500の発現が高く、miR-214、miR-376の発現が低い傾向が見られた。海綿静
脈洞への浸潤を示した腺腫では、miR-7、miR-20、miR-33b、miR-1274bが高く、miR-154、miR-410
が低い傾向を示した。
GH腺腫において2倍以上の有意な変化が認められたmiRNA種の数は10種類(正常組織に比して
増加を示すもの : miR-720、miR-1274a、miR-129-5p、miR-1260、miR-485-3p、miR-1274b; 低下を示
すもの : miR-542-3p、miR-542-5p、miR-424、miR-1202)であった。PRL腺腫において変化が認めら
れたものは4種(増加 : miR-1274b; 低下 : miR-572、miR-424、miR-1202)であった。GH腺腫およ
びPRL腺腫に共通に認められるものはなかったが、GH腺腫で特異的に認められるものが4種(増加
: miR-129-5p、miR-485-3p; 低下 : miR-542-3p、miR-542-5p)あった。GH腺腫・PRL腺腫群とFSH/LH
−210−
腺腫間で3種(増加 : miR-720、miR-1274a、miR-1274b)が共通に認められた。またGH腺腫・PRL
腺腫群とACTH腺腫間のみで共通に認められるものはなかった。また、GH腺腫・PRL腺腫群、
ACTH腺腫、FSH /LH腺腫間で共通に認められるものが4種(増加 : miR-1260; 低下 : miR-1202、
miR-424、miR-572)存在した(図1)。ACTH腺腫およびFSH /LH腺腫特異的に増減が認められた
miRNAは、それぞれ13種および66種であった。
2.血清におけるmiRNAレベルの解析
健常者血清のmiRNAマイクロアレイ解析において、存在量が多い25種類は、miR-923、miR-1207-5p、
miR-1225-5p、miR-638、miR-1202、miR-940、miR-1268、miR-1228、miR-1915、miR-1275、miR1234、miR-483-5p、miR-939、miR-1238、miR-1249、miR-1280、miR-129-3p、miR-1281、miR-191*、
miR-1225-3p、let-7b*、let-7f-1*、miR-129*、miR-766、miR-933であった。
qRT-PCR解析におけるΔΔCt法を用いた定量法では、 PCR 1サイクルあたり産物が2倍となる
累乗的な増幅効率が行われることが前提となる。qRT-PCR解析の予備実験として、各プライマーを
用いた場合に効率よく増幅されること、PCR産物の解離曲線のピークが1つであること、および41
サイクル後の増幅産物のゲル電気泳動において単一バンドであることを確認した。その結果、使用
可能なプライマーは、miR-16、miR-185、miR-638のほか、miR-139-5p、miR-532-3p、miR-582-5p、
miR-660、miR-95、miR-181c、miR-199a-5p、miR-199a3p、miR-212、miR-132、miR-542-5pであった。
GH腺腫組織で特異的に発現上昇が認められたmiR-129-5pおよびmiR-485-3pのプライマーは使用不適
当と判断された。内部標準として用いたmiR-16、miR-185、miR-638は、検討した各血清サンプルの
いずれにおいても存在が認められた。FSH/LH腺腫組織で特異的に上昇が認められたmiR-181cは、
健常者血清のmiRNAマイクロアレイ解析ではシグナルが認められなかったが、qRT-PCR解析では
正常者13例のうち8例で信頼できるPCR産物のピークが検出された。miR-181c はACTH腺腫症例血
清では低値を示したが、FSH/LH腺腫症例血清においては11例中9例で信頼できるピークが検出さ
れ、上昇傾向が認められた。一方、GH腺腫症例血清では11例中8例で信頼できるピークが検出され
なかったが、検出された3例においては正常者に比べ増加を認めた(図2)。他のmiRNA種の
qRT-PCR解析では検体間での成功・不成功のばらつきが大きかった。一部のACTH腺腫で
miR-199a-3pおよびmiR-199a-5pの低下傾向が認められたが、安定した結果を得るためにqRT-PCRに
用いるRNAの増量および症例数を増やすことを検討している。
考察
近年、miRNAの発現異常が種々の腫瘍で見いだされている。miRNAは組織発生、分化、細胞増
殖、アポトーシスに重要な役割を果たしているが、腫瘍の発症、進展の過程にも関与している。ま
た、腫瘍の診断や予後予測に有用な可能性のあるmiRNA種が報告されてきている。本研究において
は、GH腺腫を含む下垂体腺腫におけるmiRNA発現プロファイルを網羅的に解析し、GH腺腫に特徴
的な発現パターンを明らかにすることを目的とした。
Bottoniらは、GH腺腫とPRL腺腫でmiR-23a、miR-23b、miR-24-2発現が増加していること、miR-23a
−211−
およびmiR-23bの発現増加は、GH腺腫・PRL腺腫とACTH腺腫、非機能性腺腫を分別するのに有用
であると報告している2)。MaoらはmiRCURY LNA array(Exiqon)を用い、21個のGH腺腫におけ
るmiRNA発現プロファイルを解析し52種のmiRNAの発現量の変化(3種が高発現、29種が低発現)
を認めた7)。本研究結果およびBottoniら、Maoらの結果と共通するのは、miR-542-3pの減少のみで
あった。この差異の原因については不明であるが、人種差による違いよりも、用いたmiRNAアレイ
の種類の差による可能性が高い。他のグループによる報告も含めて、GH腺腫で発現増加あるいは低
下が認められたmiRNA種について、qRT-PCRによる発現差異の確認が必要である。
PRL腺腫に関しては3種が発現低下を示し、1種のみが増加を示したが、既報例との一致は認め
られない。ACTH腺腫に関しては21種が発現低下を示す一方、miR-1260のみが増加を示した。これ
らの結果のうち、miR-212とmiR-132*の低下は Stillingらの結果5)と一致している。FSH/LH腺腫に
関しては、図1に示すように発現量変化を示す種類が多い。発現増加を示すmiR-20a、miR-93、
miR-582-5p、miR-99b、miR-137、miR-93および発現低下を示すmiR-154が本研究結果と既報例6.8)間
で一致している。
microRNAは,血漿、唾液、涙、尿、羊水、初乳、母乳、気管支洗浄液、脳脊髄液、腹水、胸水、
精液いずれの体液にも認められる 9)。血液中には RNA分解酵素が豊富に認められることから、
mRNAやmiRNAは存在しないと考えられていた。ところが血清あるいは血漿中にはmiRNAが安定
に存在すること、その理由としてエクソゾーム内に存在するためにRNA分解酵素から防御されてい
ることが明らかにされた 10-12)。さらに、血漿中におけるmiRNAはエクソゾームのみならず、
Argonate2複合体、nucleophosmin 1、high-density lipoprotein(HDL)などのタンパク質と結合し
て存在していることが報告されている13-15)。しかも、エクソゾームやHDLと関連しているmiRNAが
受け手の細胞へ移行し、miRNAが標的mRNA を切断するなどの生理的機能を示すことが報告され
ている15-18)。
種々の腫瘍におけるバイオマーカーとして血漿あるいは血清におけるmicroRNAの有用性を示す
報告が多く認められるが、下垂体腺腫における報告例はない19-22)。ただし、定量性をどう扱うか問題
点が残されている。組織あるいは細胞内におけるmiRNA量はU6を内部標準にして表示されること
が多い。しかし、U6は血漿あるいは血清中では検出されず、内部標準となる適当なmiRNA種が明
らかにされていない。現在は血漿あるいは血清の容積(例えば1μLあたり)のコピー数で表すか、
血漿中に豊富に存在するという理由からmiR-638、miR-16などが内部標準として使われている報告
が多い。今回実施した血清qRT-PCR解析において、miR-185、miR-16、miR-638のいずれも検出さ
れたため、この3種を内部標準として用いた。3種のmiRNAいずれを内部標準として用いた場合で
も、健常者およびACTH腺腫症例血清で検出されたレベルに比べ、FSH/LH腺腫症例9例の血清で
はmiR-181cの増加傾向が認められた。本結果は、下垂体腺腫組織における発現上昇が血清レベルに
反映される可能性を示唆する。GH腺腫組織で特異的に高発現が認められたmiR-129-5pおよび
miR-485-3pは、血清レベルの増加が認められる可能性があるため、今後、特異性の高いTaqManシ
ステム(ABI)あるいは高感度なLNA primerシステム(Exiqon)等を用いたqRT-PCR解析を導入
することで検証できる可能性を有する。
−212−
結語
GH腺腫において、正常下垂体に比して2倍以上の有意な発現量変化を示すmiRNAが10種類に認
められた。このうち、GH腺腫で特異的に認められるものが4種あった。FSH/LH腺腫組織で発現増
加が認められたmiR-181cが血清レベルでも増加していることを確認した。今後、GH腺腫で特異的
な発現変化の機序の検討と、その量的変化が血清レベルに反映されるか否かの検討が必要である。
文献
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−214−
図1 下垂体腺腫における miRNAのマイクロアレイ解析
正常組織に比し2倍以上の有意な変化が認められたmiRNA種を示す。
図2 血清におけるmiR-181c量の解析
−215−
成育治療研究指定課題研究報告
肝移植小児の成長に関する研究
笠原群生
国立成育医療研究センター移植外科
上本伸二
京都大学移植外科
木内哲也
名古屋大学移植外科
猪俣裕紀洋 熊本大学移植外科
研究目的
小児肝移植術前後の成長を明らかにする。
研究の報告
国立成育医療研究センターにおいて2010年4月から2011年3月までに35例生体肝移植を行った。
30
20
10
0
2005
2006
2007
2008
2009
2010
年間小児肝移植症例数は世界最多であった。対象疾患は胆汁うっ滞性肝疾患49%、代謝性肝疾患
22%・劇症肝炎17%等であった。
2010年7月の改正脳死法案施行に伴い、小児脳死肝移植認定施設となり、2010年度2例の小児脳
死肝移植を実施した。当センターにおける肝移植後の患者生存率は90%と良好であった。
16歳以下の小児末期肝疾患症例において、術前・術後の成長曲線、骨密度、成長ホルモン値、
Rapid turn over protein値、カルシウム値等を測定し、肝移植が成長に与える影響を解析した。特
に乳児期の比較的早期の肝移植症例で良好な成長が認められる傾向にあった。
−217−
研究課題に関連した論文
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20. 笠原群生: 移植医療と感染症. 医療の広場2010;5:4-6
21. 阪本靖介, 笠原群生, 福田晃也, 重田孝信, 江川裕人, 上本伸二: 【臓器移植後のサイトメガロウイ
ルス感染症対策】肝移植におけるサイトメガロウイルス感染症対策. 今日の移植 2010; 23:196-202
22. 笠原群生: 子どもの生体肝移植の手術術式(図説)小児看護 2010; 33:694-699
23. 中里弥生:【子どもの生体肝移をめぐる現状と看護実践】看護実践 退院時・外来通院での看護
実践 小児肝臓移植コーディネートの実際.(解説/特集)小児看護 2010; 33: 759-766
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26. 垣内俊彦, 新井勝大,山本晶子,北岡照一郎, 松田諭, 藤野明浩, 永井章: 学童期に下血を契機に発見
されたメッケル憩室の1例. 小児科(in press)
27. 垣内俊彦, 笠原群生, 阪本靖介, 重田孝信, 福田晃也,中澤温子, 松井陽:改正臓器移植法施行後に脳
死肝移植登録をおこなった小児症例の検討. 肝臓(in press)
28. 垣内俊彦, 肥沼幸, 伊藤玲子: 小児のC型慢性肝炎に対するペグインターフェロンα2a+リバビリ
ン併用療法の有効性と安全性の検討. 肝臓(in press)
−220−
川崎病罹患後の身体発育が血中レジスチンに及ぼす影響に関する研究
野末裕紀
筑波メディカルセンター病院小児科
鴨田知博
筑波大学大学院人間総合科学小児科
【目的】
急性期に血管合併症を認めない川崎病罹患児が後年、早期に動脈硬化症や耐糖能異常を呈する例
が報告されている1)2)。本研究者らは川崎病急性期に血中レジスチンが高く、BMIと相関があること
を明らかにしたが3)、急性期に一過性の高レジスチン血症を呈した患児は、その後の過剰な体重増
加により高レジスチン血症を来しやすく、将来の心血管障害の予備群になるのではないかとの仮説
のもとに川崎病罹患後の身体発育が血中レジスチンに及ぼす影響を検討した。
【対象】
2007年1月から筑波メディカルセンター病院小児科で入院加療を受けた川崎病罹患児で、発症か
ら12∼26か月経過した23名(男児13名、女児10名)を対象とした。また、川崎病罹患児と年齢、性
別、Body mass index(BMI)をマッチさせた全身疾患のない外来通院中の小児36名をコントロー
ル群とした。川崎病の診断は、厚生労働省川崎病研究班の診断基準4)によってなされ、全例で川崎
病発症から8日以内に大量ガンマグロブリンの単回投与(2g/kg)を受け、アスピリンの内服
(50mg/kg/day)が開始された。冠動脈病変の検索は、発症時と1か月、3か月、6か月および12
か月後に心エコー検査によってなされ、全例で明らかな冠動脈病変は認められなかった。
【方法】
川崎病罹患群およびコントロール群で身体計測と血液検査が施行された。血中レジスチン、high
sensitivity CRP(hs-CRP)
、血清脂質(総コレステロール、LDL・HDLコレステロール、中性脂肪)
、
血糖、白血球数とその分画を測定した。川崎病罹患群では急性期のガンマグロブリン投与前に実施
された身体計測値および血液検査の結果も検討に加えた。また、コントロール群では平均1.4±0.4年
前の身体計測値をカルテから後方視的に得た。血中レジスチンとhs-CRP測定用の血清は、採血後直
ちに遠心分離され測定まで−20℃で保管された。その他の血液検査は院内検査室で測定された。血
中レジスチンとhs-CRPの測定は、ELISA kit(Linco Research, Inc., St. Charles, MOおよびHelica
Biosytems, Inc.)を使用した。なお本研究は、川崎病群およびコントロール群の両親に説明し同意
を得られ、筑波メディカルセンター病院倫理委員会にて承認された。
【統計解析】
結果は平均±標準偏差または中央値(四分位数)で示した。2群間の比較は、Student’
s t test を
−221−
用い、正規分布を示さない値はMann-Whitney U testで検定した(レジスチン, hs-CRP)。正規分布
となるようにレジスチン値を対数変換し、各パラメーターとの相関を単回帰分析とStepwise
regressionによる重回帰分析で検討した。すべての解析は、Stat View 5.0(SAS Institute, Inc.,
Cary, NC)を使用し、p < 0.05を有意差ありとした。
【結果】
川崎病罹患群の平均年齢(±SD)は 3.7±1.7歳、平均身長 97.5±12.2cm、平均体重 15.4±3.4kg、
平均BMI 16.1±1.9、平均BMI-SD 0.19±1.34、観察期間内のBMIの変動(ΔBMI)は平均−0.4±1.3
であった。川崎病罹患群とコントロール群で、年齢、性別、BMI、ΔBMIに有意差はなかった。川
崎病罹患群の血中レジスチンはコントロール群と比べ有意差はなかった(10.9 (7.7-18.4)vs 10.6
(6.9-17.3)ng/ml, p=0.51)。hs-CRPや白血球数とその分画にも両群間で差はなかった(Tab. 1)。さ
らに川崎病罹患群のレジスチンと急性期のレジスチン値の間に、有意な正の相関が認められた(r =
0.83, p < 0.01、Fig. 1)。
川崎病罹患群において、血中レジスチンと各パラメーターとの相関を単回帰分析により検討した
結果、BMI、BMI-SD、ΔBMI(r = 0.51, p < 0.05)、hs-CRP(r = 0.49, p < 0.05)、単球数(r =
0.50, p < 0.05)との間にそれぞれ有意な正の相関が認められた(Tab. 2, Fig. 2,3)
。 一方、コントロー
ル群においては、血中レジスチンとBMI、ΔBMI、hs-CRP、単球数の間に有意な相関はなかった。
さらに川崎病罹患群においてStepwise regressionを用い、血中レジスチンに影響を及ぼす因子を検
討した。独立変数は、年齢、性別、身長、体重、BMI、ΔBMI、血糖、中性脂肪、総コレステロー
ル、LDLコレステロール、HDLコレステロール、白血球、好中球、リンパ球、単球、hs-CRPとした。
その結果、ΔBMI(β =−0.57, p = 0.028)、単球数(β = 0.82, p = 0.004; model R2 = 0.52)が有意
に血中レジスチンと関連していた。
【考察】
川崎病が最初に報告されてから40年以上が経過した5)。川崎病罹患児は年々増加しており、20072008年における本邦の全国調査6)では、0-4歳の小児10万人あたりの年間発症率は216.9であり、過
去最高となっている。この間、急性期の治療は大量ガンマグロブリンを中心とした治療が確立され、
アスピリン単独治療だった時には冠動脈病変の合併は約30%であったが、近年は11%まで減少し、
急性期における冠動脈病変の予後は改善された。
近年は、川崎病に罹患した小児が成人期を迎え、冠動脈病変の長期予後が注目されている。急性
期に冠動脈病変があった例では、動脈硬化の初期を反映するIMT(intima-media thickness)と
stiffnessの上昇7)8)、FMD%(flow mediated dilatation)の低下9)が報告されている。また低HDL血
症 10)、hs-CRP値上昇7)11)が報告されている。病理学的にも動脈硬化との関連が指摘されており12)、
冠動脈病変を残した群については、動脈硬化進展のリスクにつながるものと認識されている。
一方、急性期に冠動脈瘤の合併症がない川崎病症例では、後年、動脈硬化のリスクファクターに
なるか、つまり単なる川崎病既往が将来の心血管病変のリスクファクターになりうるか議論のある
−222−
ところである13)。冠動脈病変のなかった川崎病罹患児が、成人早期に動脈硬化による冠動脈疾患を
発症した例が報告されている1)2)。Suzukiらは、川崎病罹患時に冠動脈病変がなくかつ川崎病とは関
連のない疾患で死亡した例で、免疫組織化学的に冠動脈の炎症所見を証明した14)。Cheungらは、正
常群に比べ川崎病罹患群ではIMTが有意に高値であること15)16)、さらにPWV(pulse wave velocity)
が上昇していることを報告した10)。Dhillonらは、brachial artery reactivityの減少を報告した17)。以
上の報告は、急性期に冠動脈病変のなかった川崎病既往も、将来の心血管病変のリスクとなり得る
可能性を示唆している。
動脈硬化は血管内皮機能障害を来す炎症が発端になると考えられている。この動脈硬化性変化の
ごく初期を捉えるため、小児に応用可能で非侵襲的な内皮細胞機能評価法として脈波伝導速度を利
用したCAVI(cardio-ankle vascular index)とPWVがあり、血管エコーを用いたIMT、stiffness β、
FMDがある。しかし、これらを用いた報告は、川崎病発症から10年以上経過した患者を対象として
おり、川崎病の長期予後を評価している。一方、本研究での対象は川崎病発症から1-2年の早期で
あり、平均年齢は3.7歳であった。この低年齢で上述の内皮細胞機能検査を実際に施行することは困
難であり、測定法が標準化されておらず、正常値も確立されていない。そこで本研究では、炎症の
バイオマーカーである血中hs-CRPに注目した。hs-CRPと心血管病変との強い相関は、既に多くの
研究で実証されている18)。本研究では、レジスチンとhs-CRPが有意な正の相関を示しており、レジ
スチンもhs-CRPと同様に血管内皮機能を反映しているものと思われる。またレジスチン自身が、炎
症性メディエーターとして血管内皮を障害し動脈硬化性病変を引き起こしている可能性もある。
レジスチンは、マウスにおいては脂肪細胞に限局的に発現し、インスリン抵抗性を惹起するアディ
ポサイトカインとして2001年に同定された19)。しかし、ヒトレジスチンはマウスレジスチンとはア
ミノ酸レベルでの相同性が低く、主に単球やマクロファージに発現し、炎症との関連が想定されて
いる。マウスレジスチンは、白色脂肪細胞に発現し、筋肉・脂肪細胞における糖取り込みの抑制20)、
肝糖新生の増加21)、血管内皮機能の低下を引き起こしインスリン抵抗性を惹起する。一方、ヒトレ
ジスチンがインスリン抵抗性を引き起こすかどうか、一定の見解はない22)。しかし、レジスチンが
マクロファージに作用し、NFκB依存性にTNFαやIL-12の分泌を刺激した報告23)や、ヒト由来マ
クロファージにおいて、炎症性サイトカインがレジスチンを誘導した報告24)があることから、ヒト
においてレジスチンは、脂肪組織に浸潤した炎症細胞にパラクリン的に作用し、炎症性サイトカイ
ンの分泌を促進し、インスリン抵抗性に関与している可能性が示唆されている。
本研究者らは、高サイトカイン血症を呈し、systemic inflammatory response syndromeに位置づ
けられる川崎病で、血中レジスチンの動態を検討し、川崎病児の急性期における血中レジスチンが
高値で、大量ガンマグロブリン投与後に正常化することを報告した3)。今回、急性期と発症から12年後のレジスチン値が正の相関を示したことから、発症から1-2年経った時点でのレジスチン値
はコントロール群と有意差はないものの、急性期に高値であった症例では1-2年後も高値である傾
向が認められた。
さらに、川崎病の急性期レジスチンはBMIと単球由来の血中MCP-1と正の相関を示したことを報
告した3)。今回、川崎病罹患群でレジスチン値と単球数との間に有意な相関を認めたことは、レジ
−223−
スチンがヒトでは単球で発現していることを反映した結果と思われた。また、急性期での検討と同
様に、発症1-2年後の時点でもBMIやBMI-SDと有意な相関を示したことは、レジスチンは炎症が
継続している場合、脂肪組織量と相関することが考えられた。さらに重回帰分析で、ΔBMIがレジ
スチン値に有意に寄与していることが示された。体重や脂肪量の変化によるレジスチンの増減を評
価した報告として、成人の糖尿病性腎症患者において、2か月間の低カロリー食による脂肪量減少
に伴いレジスチンが有意に減少した報告25)や、肥満小児において1年間の介入を行い、体重減少し
なかった群ではレジスチンが有意に増加したのに対し、体重減少が認められた群ではレジスチンは
不変であったとする報告26)が知られている。一方で、短期間の体重の増減では、レジスチン値は変
化しなかったとする報告もある27)28)。川崎病罹患群でレジスチンとΔBMIが有意に関連したことは、
罹患後に過剰な体重増加があると川崎病罹患のない小児に比べ高レジスチン血症を来しやすく、レ
ジスチンが血管内皮障害やインスリン抵抗性を引き起こし、ひいては動脈硬化病変への進行を促進
する可能性が推測された。
【結論】
冠動脈病変が認められなかった川崎病罹患児において、急性期にレジスチンが高値であった例で
は川崎病発症から1-2年経過してもその傾向は残存しており、その後の体重増加により高レジスチ
ン血症を介し、血管内皮機能障害やインスリン抵抗性を引き起こす可能性があり、将来の心血管病
変のリスクファクターとなり得ることが示された。
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−225−
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adiponectin or resistin in healthy subjects. Eur J Endocrinol 2010;163: 879-85.
−226−
−227−
−228−
難治性抗リン脂質抗体症候群合併不育症患者(iAPS)に対する
大量ガンマグロブリン療法の有効性の検討
小澤伸晃
国立成育医療研究センター周産期診療部不育診療科
村島温子、山口晃史
国立成育医療研究センター周産期診療部母性内科
渡辺典芳
国立成育医療研究センター周産期診療部産科
【はじめに】
大量ガンマグロブリン療法は低・無ガンマグロブリン血症や特発性血小板減少症、重症感染症、
川崎病などに保険適応のある治療法であるが、近年国内外で難治性自己免疫性疾患や難治性習慣流
産に対しても有用である可能性が示唆されている1)2)。当施設においても、不育症諸検査で異常を認
めず各種治療に抵抗を示す難治性習慣流産患者や、抗血栓療法やステロイド製剤によっても妊娠が
安全に継続できない抗リン脂質抗体症候群(intractable Antiphospholipid syndrome=iAPS)合併
不育症患者に対して、最近本治療を積極的に試みている。
現在、不育症に対する診療指針は確立しているとは言えず、挙児を希望し妊娠に至るも出産に結
び付かない不育症患者も数多く存在する。その中で本治療の有効性が証明されれば、適応患者夫婦
の精神的・肉体的苦痛を解決するだけでなく、少子化問題を抱える現代社会においては重要な意義
があると言える。
【目的】
本研究では、種々の治療によっても奏功しない原因不明不育症患者やiAPS合併不育症患者に対し
て行われた大量ガンマグロブリン療法の有用性を検討することを目的とした。また、治療前後にお
ける抗リン脂質抗体価や補体価など臨床パラメーターの推移を明らかにし、本治療の妊娠維持にお
ける作用メカニズムに関しても考察した。
【方法】
大量ガンマグロブリン療法の適応基準としては、1)各種治療に抵抗し(抗血栓療法を含む)7
回以上の初期流産の既往があり、流産絨毛染色体分析で異常が認められない習慣流産患者、2)
APSに対する標準的治療(抗血栓療法、ステロイド治療)を行うも生児獲得に結び付かない、ある
いは重症妊娠高血圧症候群などの産科合併症を発症するiAPS患者、と設定した。大量ガンマグロブ
リン療法の実施前には、本治療の現状での有効性、危険性(ウイルス感染、ショック、アナフィラ
キシー、過粘調度症候群等)などを患者家族に説明し、本臨床研究の同意が得られた場合のみを適
応とした。実際の投与方法としては、妊娠初期に1日約20gのガンマグロブリン製剤を5日間連続で
−229−
静脈内に投与した。治療中は血栓予防のために水分負荷をして、血液検査などを計時的に行い副作
用の発症などにも留意した。また妊娠経過中は、抗リン脂質抗体価や補体価などの免疫学的パラメー
ターや血液凝固マーカーなどの検査を計時的に行い、胎児発育や胎児胎盤血流動態に関しても適宜
評価した。
【結果】
これまでに難治性習慣流産患者3例(1例は他院にて治療施行)、iAPS患者3例に大量ガンマグロ
ブリン療法が行われた。治療開始時期は症例により若干異なるものの、妊娠4∼9週であった。い
ずれも大量ガンマグロブリン療法が原因と思われるウイルス感染、アナフィラキシーなどの副作用
は認められなかった。
難治性習慣流産患者3例の平均母体年齢は36歳で、平均既往流産回数は8.3回であった。いずれの
症例も夫婦染色体異常はなく抗リン脂質抗体も陰性で、過去に行われた抗血栓療法や夫リンパ球療
法では生児獲得に結びつかず、流産絨毛に対して行われた染色体分析ではすべて正常核型を示して
いた。また3症例とも大量ガンマグロブリン療法だけでなく、妊娠初期よりヘパリン・低用量アス
ピリンによる抗血栓治療や黄体ホルモン補充療法も併用された。最終的に3症例のうち2例で生児
獲得に成功した、そのうち1例はNK活性ならびにTh1/Th2バランス、CH50値は治療により低下傾
向を示し、妊娠経過も特に問題なく36週で出産となり(2008年度に本研究班で報告済)、残りの1
例は肝機能の悪化などのために妊娠36週で緊急帝王切開術を行い出産となった。いずれも児の経過
は良好である。一方、初期流産となった1例もCH50値は低下傾向を示し、流産手術の際に行った染
色体分析の結果は正常核型であった(46,XX)
。
iAPS患者3例の平均母体年齢は33歳、全例抗リン脂質抗体は陽性で、前回妊娠では重症妊娠高血
圧症候群、血栓症、HELLP症候群などの合併があった症例であった。いずれの症例も、難治性習慣
流産患者と同様に大量ガンマグロブリン療法だけでなく、妊娠初期よりヘパリン・低用量アスピリ
ンによる抗血栓治療が併用された。最終的に3例とも生児獲得には成功したが、36週で予定手術で
分娩となった1例を除いて、残りはいずれも緊急娩出となった。理由は35週で陣痛発来し胎児心拍
異常、ならびに26週で重症妊娠高血圧症候群の発症であった。抗リン脂質抗体価はいずれの症例も
妊娠経過とともに減少傾向で比較的低値が持続した(図1)。またSLEで治療抵抗性の症例3例(母
体平均年齢:34歳)に対しても大量ガンマグロブリン療法が行われ生児獲得に成功したが、いずれ
も早産であり、妊娠中期に破水となった症例や重症妊娠高血圧症候群を発症した症例もあった。
【考察】
不育症とは妊娠は成立するものの流死産を繰り返し最終的に健康な生児に恵まれない状態と定義
できる。不育症を来たす要因としてはこれまで様々なものが報告されているが、残念ながらエビデ
ンスの明確なものや有効性の明らかな治療手段は少ない3)。その中でAPSは抗リン脂質抗体を有し、
動静脈血栓症、子宮内胎児死亡や重症妊娠高血圧症候群などの産科合併症を生じた場合に診断され、
不育症発症要因として重要な疾患である。治療としては抗血栓療法の有効性が以前より確認されて
−230−
おり、多くの合併患者が恩恵を受けているが、症例によっては抗血栓療法が奏功せず治療に難渋す
る場合も少なくない。
今回は、不育症に対する新たな治療法として可能性のある大量ガンマグロブリン療法に注目した。
大量ガンマグロブリン療法には、炎症性サイトカインの分泌調節、NK細胞活性の抑制、Fc受容体
や抗イディオタイプ抗体作用を介した自己抗体の抑制、細胞性免疫の調節、補体活性の抑制などの
作用があり、現在産科領域ではIVFの着床不全、原因不明習慣流産、APSに対して治療の可能性が
検討されている1)2)4)。
本研究では、種々の治療が奏功しない原因不明習慣流産患者や、標準的治療として確立した抗血
栓療法(ヘパリン+アスピリン製剤)に抵抗する抗リン脂質抗体症候群患者に対して大量ガンマグ
ロブリン療法を行い、その有用性を検討したが、症例数は少ないものの、妊娠中期の前期破水や重
症妊娠高血圧症候群の発症などにより早産となった症例はあったが、結果的にほとんどの症例で生
児獲得には成功した。
原因不明習慣流産患者に対する大量ガンマグロブリン療法に関して、過去の報告では有効性を認
めるとする報告とそうでないとする報告がみられ1)、最近のメタアナリシスでは続発性習慣流産患
者では有効であったとされている5)。本邦の報告では、4回以上の習慣流産患者を対象として、20
症例中16例で生児獲得に成功し、4例の流産では染色体異常が認められており、その有効性が示唆
されている4)6)。対象となる患者集団の既往流産回数、原発性/続発性習慣流産の違い、既往流産に
おける染色体異常の有無、母体年齢、NKT細胞活性などの免疫状態などにより治療成績の結果は異
なると考えられ、より対象集団を限定した大規模な臨床研究が待たれている。また予後を判定する
ための適切な臨床パラメーターの探索も必要である。
また、APSに対する大量ガンマグロブリン療法は抗血栓療法とは異なり、細胞性免疫から液性免
疫、局所の炎症に至るまで広範囲な抑制が期待でき、抗リン脂質抗体の産生抑制や抗イディオタイ
プ抗体作用などによる抗リン脂質抗体の細胞障害、凝固促進、LAC活性などを直接的に抑制する可
能性がある2)。ステロイド剤の内服や妊娠による免疫能の低下による影響も考えられるが、本研究
においても大量ガンマグロブリン療法後に抗リン脂質抗体は減少し妊娠中低値が持続した。但し
APSに対する大量ガンマグロブリン療法の有用性に関しても否定的な見解はみられ7)、臨床応用の
ためには今後さらなる臨床研究が必要である。
原因不明習慣流産や標準的な抗血栓療法が奏功しないAPS患者に行われる治療手段は現在のとこ
ろ定まっていないことを考慮すると、一刻も早く統一された臨床研究により症例数を蓄積して大量
ガンマグロブリン療法の有用性を検討する必要があると思われる。そして有効性が証明されれば、
費用面での問題は抱えるが多くの不育症患者さらには不妊症患者にとって福音となることは間違い
なく、生殖医療への貢献は多大であると考えられる。
【結語】
本研究成果は難治性である原因不明習慣流産患者やAPS患者に対して大量ガンマグロブリン療法
は有効である可能性を示唆しており、作用機序の解明や実際の臨床応用に向けて、今後症例数をさ
−231−
らに蓄積して検討する必要がある。
【文献】
1)Carp HJ, Sapir T, Shoenfeld Y. Intravenous immunoglobulin and recurrent egnancy loss. Clin
Rev Allergy Immunol. 2005 Dec;29(3):327-32. Review.
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Allergy Immunol. 2005 Dec;29(3):229-36. Review.
3)Christiansen OB, Nybo Andersen AM, Bosch E, Daya S, Delves PJ, Hviid TV, Kutteh WH,
Laird SM, Li TC, van der Ven K. Evidence-based investigations and treatments of recurrent
pregnancy loss. Fertil Steril. 2005 ; 83 : 821-39. Review.
4)山田秀人. 不育症をどう扱う 2)ガンマグロブリン大量療法とNK細胞(日産婦誌. 2002;54
(9):N416-22)
5)Hutton B, Sharma R, Fergusson D, Tinmouth A, Hebert P, Jamieson J, Walker M.Use of
intravenous immunoglobulin for treatment of recurrent miscarriage: a systematic review.
BJOG. 2007 Feb;114(2):134-42. Epub 2006 Dec 12. Review.
6)Morikawa M, Yamada H, Kato EH, Shimada S, Kishi T, Yamada T, Kobashi G,
Fujimoto
S. Massive intravenous immunoglobulin treatment in women with four or more recurrent
spontaneous abortions of unexplained etiology: down-regulation of NK cell activity and
subsets. Am J Reprod Immunol. 2001 Dec;46(6):399-404.
7)Triolo G, Ferrante A, Ciccia F, Accardo-Palumbo A, Perino A, Castelli A, Giarratano A, Licata
G. Randomized study of subcutaneous low molecular weight heparin plus aspirin versus
intravenous immunoglobulin in the treatment of recurrent fetal loss associated with
antiphospholipid antibodies. Arthritis Rheum. 2003 Mar;48(3):728-31.
−232−
図1 抗CLβ2GP1抗体の推移
−233−
発展途上国における新生児の発達予後に関する研究
中村知夫
国立成育医療研究センター周産期診療部新生児科
Dr. Bounnack Saysanasongkham、Dr. Phommady Vesaphong
ラオス母子保健病院小児科
斉藤真梨
国立成育医療研究センター臨床研究センター臨床研究推進室
はじめに
ラオス人民民主共和国は、乳児死亡率104(1995)から70(2005)、5歳未満死亡率170(1995)か
ら97(2005)と小児医療指標の改善はみられているものの、まださらなる改善の余地を多く残して
いる。国策として2020年に向けての保健戦略を2001年に採択し、病院レベルの医療サービスの充実
も項目に挙げている。首都圏の医療システムとしては、三次施設としていくつかの国立病院が存在
し、特に国立母子保健病院が周産期および小児医療分野の中核を担っている。今回、対象に選んだ
国立母子保健病院は、1994年に設立され、70床、約120名の医療スタッフで産科、小児科を行って
いる。年間約3000件以上の出産、小児入院約1100人、新生児入院約500人があり、外来件数は約
50000人を超える。正常とリスク分娩、新生児医療、小児医療、小児救急医療などに加え、途上国
では重要な予防医学も実践し、母親に年間約2000人、乳幼児に年間約8000人のワクチンを施行、ま
た妊産婦へのファミリープランニングや栄養教育なども行っている。教育施設として医学生、看護
師、研修医、ヘルスワーカーなどへのトレーニングを行っている。医療記録としては、カルテによ
る医療記録は患者管理となっており、病名や治療を記載する台帳が病院側の記録としてある。
成育医療研究センターは、以前よりラオス母子保健病院に対して小児・周産期医療協力を行って
おり、その一環として新生児蘇生の蘇生教育と講習会の実施、2008年に経皮黄疸計を用いた新生児
黄疸の生後48時間以内のスクリーニングの導入、日本人(新生児)の基準値を参考に新生児黄疸の
診断を行うと同時に、ラオス国における適切な新生児黄疸治療に資することを目的として、新生児
(正常正期産新生児)の基準値を策定してきた。
研究目的
発達予後に影響の大きい新生児仮死の減少、核黄疸から非可逆性の脳性まひ、難聴にいたる新生
児黄疸を適切に管理し、ラオスにおける新生児小児における発達予後の改善を目指すための方法の
確立。
研究内容
今年度は下記の3つの研究を行った。
−235−
研究1
発達予後に影響の大きい新生児仮死の頻度減少に向けて2010年の新しいILCOAのガイドラインの
紹介、講習会の実施、ラオスの実情に応じた新生児蘇生ガイドライン作成の話し合い。
研究2
日常診療でしばしば遭遇する疾患で、適切な治療を行わないと核黄疸から非可逆性の脳性まひ、
難聴にいたる新生児黄疸を適切に管理するために、2008年に経皮黄疸計を用いた新生児黄疸の生後
48時間以内のスクリーニングを導入し、新生児黄疸の診断を行うと同時に、ラオス国における適切
な新生児黄疸治療に資することを目的として、新生児(正常正期産新生児)の基準値を策定してき
た。一方、血清総ビリルビン値の測定は繊細な技術が要求され、測定方法によっても違いが出るこ
とが知られており、国立母子保健病院での経皮黄疸計を用いた新生児黄疸の管理を行うためには、
経皮黄疸計で測定したビリルビン値と、血清総ビリルビン値との相関の検証する必要があり、今回
この検討を行った。
研究3
G6PD異常症(G6PD Deficiency)とは、グルコース6リン酸脱水素酵素(G6PD)の活性が著し
く低いため、ヘモグロビンの変性が起こり、溶血性貧血の症状を呈する病気である。G6PDの構造
を決定する遺伝子はX染色体に存在し、伴性劣性遺伝の形式を取るため、発症はほとんど男性とな
る。新生児黄疸で加療を受ける新生児においてG6PD異常症頻度が高いと考えられているラオスで
G6PDスクリーニング検査を行い、新生児におけるG6PD異常症頻度を明らかにするための文献的検
索、検査機器の乏しいラオスでも検査のできるスクリーニング検査方法の確立と信頼度の確認、必
要な試薬の購入とラオスへの搬送方法の検討、現地で正確な測定を行うための人的確保と機器の整
備などの検討を行った。
結果
研究1
医師10名、助産師/看護師20名に対して通訳を交えて英語で2010年の新しいILCOAのガイドライ
ンの紹介、講習会を実施し、その後ラオスの実情に応じた新生児蘇生ガイドライン作成について意
見交換を行った。講演の参加者は熱心で、様々な質問や質疑応答ができ有益な講演会を開催するこ
とができた。今回のガイドラインでは、新生児蘇生方法が簡素化された反面、患者の病態の理解、
経皮的酸素飽和度測定装置の使用、酸素濃度計の使用などラオスなどの発展途上国では厳守するこ
とが難しい部分もあり、今後ラオスの実情に応じたより簡素化した新生児蘇生ガイドラインを作成
する必要があると考えられた。さらに、これらの高度な理解より、体温保持、温かい清潔なリネン
類の準備、吸引システムの整備などの基本的なインフラの整備と、新生児蘇生ガイドラインを現場
で実践するためのモディベーションと継続的な教育のための時間、資金の確保も現地の人たちが自
分たちで考えていかないといけない問題であると、今までのラオス母子保健病院との長年の医療協
−236−
力の中で痛感させられ、インフラ整備のための資金と、継続的な教育が必要であると痛感させられ
た。
研究2
国立母子保健病院で出生した37名の新生児を対象として、経皮黄疸計を用いたビリルビン値(前
頭部、前胸部)と、血清総ビリルビン値とに相関があるかを検討した。各患者のビリルビン値(前
頭部、前胸部)、血清総ビリルビン値をプロットしたグラフを下記に示す。
経皮黄疸計で測定したビリルビン値(前頭部、前胸部)、血清総ビリルビン値は類似した値を示
すと考えられた。
−237−
前頭部、前胸部のビリルビン値、前頭部のビリルビン値と血清総ビリルビン値、前胸部のビリル
ビン値と血清総ビリルビン値について相関の関係の有無について分析したところ
相関係数
P値
前頭部、前胸部のビリルビン値
0.9
< 0.001
前頭部のビリルビン値と血清総ビリルビン値
0.89
< 0.001
前胸部のビリルビン値と血清総ビリルビン値
0.88
< 0.001
と、どれについても強い相関関係があることが認められた。経皮黄疸計で測定したビリルビン値と
血清総ビリルビン値が強い相関を示しており、ラオスにおいても15mg/dl程度の範囲であれば、経
皮黄疸計で測定したビリルビン値を用いて新生児黄疸の管理を行ってもよいことが明らかになった。
研究3
世界中ではおよそ4億人がG6PDの異常遺伝子を持っているとみなされ、日本での頻度は0.1%以
下と考えられているが、過去のラオス周辺の国々では、中国南部5.5%、台湾5.5%、フィリピン6.6313.33%、インド0.27-11.7%、タイ2.83-14.33%、ベトナム1.37-5.80%と報告され、変異型もVientiane
が存在している。これらの結果より、G6PD異常症頻度はラオスでは5-10%と考えられ、新生児黄
疸で加療を受ける新生児においてG6PDスクリ−ニング検査を行い、新生児におけるG6PD異常頻度
を明らかにすることは、新生児の発達予後において重要であると考えられた。国内販売され新しい
ホルマザン基質である2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5-(2,4-disulfophenyl)
-2H-tetrazolium monosodium salt[WST-8]を用いた同人科学研究所製G6PD Assay Kit-WSTは検
査機器の乏しいラオスでも検査でき、比較的安価であり、G6PDスクリ−ニング検査として有望で
あると考えられたが、この方法の国際的な認知度、より正確な分析の為の血液中のヘモグロビン量
測定、現地で正確な測定を行うための教育と人的確保、450-460 nmの吸光度を測定し活性を数値化
するためのマイクロプレートリーダーの確保、冷凍遮光が必要なキットのラオスへの搬送方法の検
討など現実には現地の現状を十分に把握しながら進めていく必要があることが明らかになった。
−238−
考察
ラオスにおけるにおける新生児の発達予後の改善を目指して、新生児蘇生の普及、ラオスの遺伝
的背景も考慮した新生児黄疸の管理を模索している。2008年に経皮黄疸計を用いた新生児黄疸の生
後48時間以内のスクリーニングの導入し、新生児黄疸の診断を行うと同時に、ラオス国における適
切な新生児黄疸治療に資することを目的として、新生児(正常正期産新生児)の基準値を作成し、
その有用性について検討中であるが、今回の検討で経皮黄疸計で測定したビリルビン値と血清総ビ
リルビン値が強い相関を示しており、ラオスにおいても15mg/dl程度の範囲であれば、経皮黄疸計
で測定したビリルビン値を用いて新生児黄疸の管理を行ってもよいことが明らかになった。今後基
準値の妥当性を検証するため、この基準値を用いて管理した新生児においてその後の発達について
も問題ないか検討を重ねることが必要であると考えられた。
文献的検索や、現地でのデータより本研究の方向性については問題ないと考えられたが、これら
の研究を進める上では現地の理解協力は不可欠であるとともに、研究及び臨床を進めるための継続
的な予算の確保と、ラオスの医師と協力しながら粘り強く支援を行うことが重要であると考えられ
た。
−239−
ラオスの子どもの成長
前川貴伸
国立成育医療研究センター総合診療部
Saysanasongkham Bounnack
ラオス母子保健病院小児科
研究要旨:2010年11月にラオス首都ビエンチャンの公立小学校で全生徒を対象とした身体測定を実
施した。ラオス母子保健病院の小児科医と同院の看護師および学校教員が全校生徒男児309名、女
児357名の身体計測を実施した。身長、体重の中央値はWHO標準曲線にほぼ一致した。今後も継続
的に身体計測を行う予定である。
【目的】
ラオスの学校で定期的な身体計測を行うことを目的とする。
【背景】
ラオスはアジアのなかでも保健衛生指標の目標達成が遅れており、タンパク欠乏、ヨード欠乏な
どの栄養障害はいまだに問題として残っていると予想される。栄養障害のスクリーニングとしては
計測学的な評価が重要であるが、ラオスの学校保健のなかでは定期的な身体計測はなされておらず、
したがってラオスの子どもの成長に関する継続的なデータは存在しない。
われわれの研究は、学校保健の一環として身体計測を行うことをラオスに根付かせることが長期
的な目的である。
【方法】
2010年11月にラオスの首都ビエンチャンにある公立小学校1校を対象として、全校生徒の体重お
よび身長を測定した。体重計はタニタデジタルヘルスメーター(HD-654)、身長計はSeca社の携帯
可能なものとした(Seca217)。国立母子保健病院の小児科医、看護師、学校の教師に身体計測方法
を指導したのちに計測を実施した。計測で得られたデータをWHO成長曲線上にプロッし、比較を
試みた。
−241−
【結果】
全校生徒男児309名、女児357名の身体計測を実施した。身長、体重の中央値はWHO標準曲線に
ほぼ一致した。
【考察】
今回計測をおこなった小学校はラオスの首都部にあるため、対象集団はラオス全土の子どもと比
較すると栄養状態がよい集団であると考えられる。今後、地方の小学校でも同様の身体計測を行う
ことが望ましい。
学校での身体計測に学校の教師が参加することは身体計測を行うことの必要性、重要性の理解を
深めることにつながるため、今後さらにすすめていくことが望ましい。
−242−
−243−
ラオス小学生男児体重(中央値)
ラオス小学生男児身長(中央値)
ラオス小学生男児BMI(中央値)
−244−
ラオス小学生女児体重(中央値)
ラオス小学生女児身長(中央値)
ラオス小学生女児BMI(中央値)
−245−
国 外 学 術 集 会 参 加 報 告
1.報告者氏名
高橋伸一郎
2.同上所属施設名
東京大学大学院農学生命科学研究科
3.学術集会の名称
The 5th International Congress of the GRS and IGF Society
4.開催の期間
2010年10月3日∼2010年10月7日
5.開催国及び地名
アメリカ合衆国 ニューヨーク
6.参加者の概数
総数351(うち 日本よりの参加者概数 17)
7.学会の演題数
特別講演(12)
シンポジウム(14セッション)
ポスター発表(110)
その他(
口頭発表(84)
)
8.報告者が発表あるいは聴取した講演・研究発表の内容の要点
今回の本会においては、Program Organizing Committeeのchairとして会の運営にあたったが、
参加者からは高い評価を受けたと聞いている。
今回報告者のグループから、口頭発表3題、ポスター発表2題(そのうち、1題はハイライトに
選ばれた)の発表を行った。口頭発表では、インスリン様成長因子(IGF)の細胞内シグナル伝達
および生理活性発現に重要な役割を果たしているインスリン受容体基質(IRS)は、細胞膜近くの
細胞質にだけ存在するわけではなく、エンドソームにもソーティングされ、ここで下流にシグナル
を伝えることを発表した。また、IRSには直接RNAが相互作用し、snoRNAなどの生成を制御して
いる可能性も報告した。更に、低タンパク質食を給餌したラットの脂肪細胞では、肝臓とは逆にイ
ンスリンシグナル伝達がむしろ抑制されており、このため脂肪蓄積は肝臓に起こることも明らかに
した。ポスター発表では、IGFの細胞内シグナル、生理活性を増強するタンパク質として、あらた
にpl25 PI 3-kinase-associated protein(PITKAP)/XB130を同定し、これらがアクチンの近くでPI 3kinase 活性を維持するために、タンパク質合成が増加する可能性を発表した。もうひとつのポスター
では、IGFが筋芽細胞の分化を誘導する際には、一度、IRSを介するIGFシグナルが遮断される必要
があることを発表した。
9.まとめ(感想及びコメント)
いずれの発表も、これまでに報告のない現象で、多くの研究者に高い評価を受けた。発表に対し
ては、多くの質問があり、我々も新しい観点で、自分たちの研究を再評価することができた。更に
会場では、多くの共同研究者、研究協力者に会うことができ、有意義な意見交換ができた。
また、今後の学会運営やIGF Societyの運営を話し合う会合にも出席し、これらの懸案事項につい
−247−
て話し合いを行った。
ただ、残念ながら日本からの参加者が少なく、今後、この分野の研究を更に盛んにしていく必要
性と同時に、本学会への参加者の旅費援助などを成長科学協会で進めていただければと考えた次第
である。
今回、このような有意義な時間を過ごせたのは、成長科学協会に今回の渡航を助成していただい
たおかげである。成長科学協会に深謝したい。
10.次回開催予定の時期及び場所等
2012年10月16日∼20日 ドイツ、ミュンヘン
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国 外 留 学 報 告
1.報告者氏名: 石川真由美
2.所属施設名: 留学時;東邦大学医学部内科学講座(大森)糖尿病代謝内分泌科
現在;同上
3.留学先の国及び地名:オーストラリア、ブリスベン
4.留学先の施設及び所属(部門)の名称:
Molecular Cell Biology,
Institute for Molecular Bioscience,
The University of Queensland
5.指導者名(指導教官名):Michel J. Waters
6.留学期間:2年
7.留学の趣旨・目的:GHの作用(糖脂質代謝に及ぼす影響や臓器の再生、分化における役割)の研究
8.研究課題:肝再生における成長ホルモンの役割
9.研究成果:The 5th International Congress of the GRS and IGF Society にて発表
10.研究内容・成果の要点
<背景>
成長ホルモン(GH)は、げっ歯類では肝臓の再生に必要だということが報告されているが、どの
ような役割を果たすのかは未だ解明されていない。そこで、我々はGH受容体(GHR)で細胞内情
報伝達に必要な領域を欠失したマウスを用いて、GHがどの細胞内情報伝達経路を介して、肝再生に
関与するのかを観察した。
<実験方法>
12週齢の正常マウス、GHRノックアウト(KOマウス)、GHRのJAK2が結合するBox1領域に変異
のあるマウス(Box1マウス)を用いた。Box1マウスはGH刺激により、JAK2のリン酸化は起こら
ないが、srcを介するERKのリン酸化は起こる。これらのマウスの肝臓の70%を切除し、48時間以
上、生存するかどうかの観察を行った。また、肝部分切除から6時間後に、解剖し残存肝臓を採取
した。検体に対し、HE染色とTunnel染色を行い、組織学的比較検討を行った。同じ検体で、RT−
PCR法を用いて、肝再生に関与するとされる免疫細胞のマーカーとH2B1などの発現を観察した。ま
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たウエスタンブロット法を用いて、STAT3とERKのリン酸化を観察した。In vitroの実験として、
マウスの肝細胞であるAML12細胞をMEK1/2の阻害剤で前処理したのち、GHで刺激し、H2B1の
mRNAの発現を観察した。
<結果>
KOマウスは肝部分切除後、24時間以内に約50%、48時間以内に90%以上が死亡したが、正常マ
ウスとBox1マウスは48時間後も生存していた。肝部分切除から6時間後のKOマウスの残存肝では、
正常マウスやBox1マウスに比較し、肝細胞内に脂肪滴が多量に貯留し、またTunnel染色でアポトー
シスが起こっていることが確認された。NK細胞やNKT細胞のマーカーであるCD161とマクロファー
ジのマーカーであるF4/80のmRNAはKOマウスの残存肝で、他のマウスに比較し、より多く発現し
ていた。H2B1のmRNAの発現は、KOマウスの残存肝では他のマウスと比較すると非常に低値であっ
た。STAT3はどのマウスにおいても、肝部分切除後にリン酸化がみられたが、ERKは正常マウス
やBox1マウスに比較しKOマウスではそのリン酸化が弱かった。AML12をGHで刺激するとH2B1の
mRNAの発現が増加し、そのGHの働きはMEK1/2の阻害剤で前処理することで抑制された。
<考察>
H2B1はヒトではHLA-Gと呼ばれ、胎児のtrophoblastに発現し、母体側の免疫細胞の攻撃から守っ
ていることが知られている。GHはERKを介して、このH2B1の発現を促すことで、免疫細胞からの
攻撃から残存肝を守り、アポトーシスを抑制している可能性が考えられた。
11.まとめ (感想及びコメント)
肝切除後の肝再生の初期段階における肝細胞のアポトーシスを、成長ホルモンが防ぐという新し
い事実が解明されたと考える。大変、充実した研究生活をおくることができ、感謝している。
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ヨード欠乏症関係の事業としての研究報告
旧ソ連邦の妊婦を対象とした尿中ヨード濃度のスクリーニング、
妊娠期間中におけるヨード充足状況の評価
林田直美、高村 昇
長崎大学医歯薬学総合研究科
国際保健医療福祉学研究分野
【はじめに】
ヨード欠乏症は、現在も公衆衛生上の重要課題である。現在特にヨード含有塩の普及による対策
が世界規模でとられているが、現在もなお多くの国でヨード欠乏による精神発達遅延、クレチン症
が問題となっている。また現在、International Council for Control of Iodine Deficiency Disorders
(ICCIDD)やWHOは一日当たり成人で150μg、妊婦や授乳中の女性では200μgのヨード摂取を推
奨しており、特に妊婦や授乳中の女性におけるヨード摂取状況の把握は重要な課題である。1-2
中等度のヨード欠乏地域であるトルコでは、すでに1960年代からヨード塩の普及がはじまり、
1998年にはヨード塩の使用が義務付けられている。Egriらは、トルコのマラティアにおいて824名の
妊婦を対象とした尿中ヨード濃度のスクリーニングを行い、中央値が77.4μg/L、100μg/L以下の
ヨード欠乏の女性が83.3%と高率であったことを示した。3
このことはヨード塩が普及したトルコ
においても、妊婦ではいまだヨード欠乏がみられることを示すものであり、今後のヨード塩普及を
進めるうえでも重要な結果である。
我々はこれまで、やはりヨード欠乏地域であった旧ソ連邦における尿中ヨードのスクリーニング
を行い、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンといった、かつてヨード欠乏であった国々におい
て、現在ヨードの充足が進んできていること、またそれは都市部のみならず、地方においても進ん
できていることを示してきた。4-6
その一方、これまでの調査では妊婦を対象とした調査は行って
おらず、この世代におけるヨード充足状況については明らかではなかった。
そこで今回我々は、旧ソ連邦の妊婦における尿中ヨードスクリーニング調査を開始したので、現
状について報告する。
【対象と方法】
1.対象者は、ウクライナ・ジトミール州コロステン市(図1)のコロステン診断センターを受診
した妊産婦150名。事前に研究についての説明をうけ、同意を得たのちに随時尿(2ml)を採
取し、4℃冷蔵庫に保管した。現在150検体を目標にサンプルの収集を行っている。なお、除外
規定は、甲状腺疾患を治療中のもの、ヨード剤の内服をしているもの、とする。
2.同様に、同診断センターを受診した妊娠していない女性について、対象者と年齢をマッチング
させた対照群150名についても同様に随時尿を収集する。
3.採取した尿については、日本に持ち帰り、これまで我々が測定してきたMicro Plate法7-8を用い
てヨード濃度の測定を行う。
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【現在までの進捗状況と今後の予定】
現在までに、対照群についてのサンプリングをほぼ終了し、今後対照群とあわせて尿中ヨードを
測定する予定である。得られた結果によって、妊婦における現状のヨード塩による充足が妥当であ
るかどうかについて検討を行っていく。
参考文献
1.World Health Organization/UNICEF/ International Council for Control of Iodine Deficiency
Disorders. Assessment of the iodine deficiency disorders and monitoring their elimination,
pp1-107. Geneva: WHO.
2.International Council for Control of Iodine Deficiency Disorders (ICCIDD). Indicators for
assessing IDD status. IDD Newsletter 15:33-8, 1999.
3.Egri M, Ercan C, Karaoglu L. Iodine deficiency in pregnant women in eastern Turkey
(Malatya Province): 7 years after the introduction of mandatory table salt iodization. Public
Health Nutr 12:849-52, 2009.
4.Hamada A, Zakupbekova M, Sagandikova S, Espenbetova M, Ohashi T, Takamura N,
Yamashita S. Iodine prophylaxis around the Semipalatinsk Nuclear Testing Site, Republic of
Kazakstan. Public Health Nutr 6:785-9, 2003.
5.Takamura N, Bebeshko V, Aoyagi K, Yamashita S, Saito H. Ukraine urinary iodine levels; 20
years after the Chernobyl accident. Endocr J 54:335, 2007.
6.Taira Y, Hayashida N, Zhavaranak S, Kozlovsky A, Lyzikov A, Yamashita S, Takamura N.
Urinary iodine concentrations in urban and rural areas around Chernobyl Nuclear Power
Plant. Endocr J 56:257-61, 2009.
7.Ohashi T, Yamaki M, Pandav CS, Karmarkar MG, Irie M. Simple microplate method for
determination of urinary iodine. Clin Chem 46:529-36, 2000.
8.Ishigaki K, Namba H, Takamura N, Saiwai H, Parshin V, Ohashi T, Kanematsu T, Yamashita
S. Urinary iodine levels and thyroid diseases in children; comparison between Nagasaki and
Chernobyl. Endocr J 48:591-5, 2001.
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図1:ウクライナ・ジトミール州
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公 開 シ ン ポ ジ ウ ム
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研究年報 第34号 平成22年度
平成23年8月1日発行
編集
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発行
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