乳がんに罹患して卵子採取ならびに凍結保存をご希望されるみなさんへ

乳がんに罹患して卵子採取ならびに凍結保存をご希望されるみなさんへ
加藤レディスクリニック
初めに
一般に、抗がん治療を受けられた女性患者様は、抗がん剤や放射線照射の副作用により、卵巣機
能が静止して閉経状態になることが報告されています。閉経状態から回復するか、そのまま閉経と
なるかは、治療の種類と治療開始時の年齢などの複数の要因が関与するので一概には言えません。
しかしながら、閉経になれば卵子は排卵されなくなり、ご自身の卵子では妊娠ができなくなる、つ
まり不妊になります。乳がん患者様でも、使用する抗がん剤の組み合わせによって閉経状態となる
リスクがあることが報告されています。
人間が妊娠できる可能性を妊孕性といいます。前述の通りがん治療においては、その副作用によ
り妊孕性がなくなってしまう可能性があります。しかしながら、治療後に妊孕性を温存する方法も
研究されています。具体的には、生殖腺である卵巣や精巣を直接保護することにより妊孕性を温存
する方法と、配偶子である精子・卵子、もしくは受精卵(以下、胚といいます)を凍結保存し、治
療後にそれらを用いて体外受精を行う方法の 2 通りが検討されてきました。後者、特に卵子・胚
の凍結保存技術は、近年の生殖補助医療の進展に伴い急速な進歩を遂げ、すでに多くの患者様に適
応されています。したがって、乳がんの治療前に卵子を凍結保存すれば、治療後に閉経になっても
妊娠できる、すなわち妊孕性を温存することができます。
また、乳がん治療においては、多くの患者様において 5 年程度のホルモン療法がおこなわれま
す。米国の年齢毎の不妊治療データによると、ご自身の卵子で体外受精を行って子宮に移植した場
合のお子さんを得られる可能性は 35 歳までは、35%前後で推移しますが、それ以後加齢に伴って
低下することが明らかにされています。それによると 35 歳過ぎから緩やかに下降をはじめ 40 歳
で約 20%、その後急激に低下して 45 歳前後で約 2%になります。したがって、ホルモン療法後
35 歳以降での妊娠を考えられている場合、加齢によりご自身の卵子でお子さんを得られる可能性
が低くなることも考慮しておく必要があります。
一方、米国の研究データによると、20 代の女性から採取した卵子を体外受精して、45 歳以上の
子宮に移植した結果、45 歳以上の女性でも約 50%でお子さんが得られ、ご自身の加齢による低下
は見られないことが報告されています。これは、卵子採取時の年齢が妊娠成立、出生の主な制限要
因であることを示しています。換言すれば、若いうちにご自身の卵子を凍結保存することで年齢を
重ねられてもお子さんが得られる可能性があることを意味しています。つまり、ホルモン療法が行
われる前に卵子を凍結保存することで、妊孕性を温存することができます。
卵子の凍結保存は、1980 年代の医学論文のデータをもとに困難であるといわれていましたが、
約 10 年前からの当クリニックの研究の努力により飛躍的な技術革新が図られ、凍結保存後に極め
て高い生存率が得られる技術になりました。また、この手法を用いて凍結保存された卵子の体外受
精胚移植においても凍結しない卵子と遜色のない体外培養成績および胚移植後の妊娠率が得られ
ることが医学論文として発表されています。
私どものクリニックは、不妊治療を専門に行っています。不妊治療は結婚されている御夫婦を対
象とした医療行為です。ご結婚されていれば、がん治療をされる患者様でも不妊治療の対象となり
ますので、すぐに治療を開始できます。未婚の患者様の場合は原則治療の対象外となりますが、患
者様の妊孕性温存のご希望を叶えたいという院長の方針により、当クリニックでは、乳がん未婚女
性患者様に対して卵子凍結保存を行っています。
乳がん患者様からの卵子採取、採取された卵子の体外受精や胚移植、ならびにお子様の成長に関
しては、十分な知見が得られていません。今回、卵子凍結保存をご希望された場合、データ収集に
ご協力をお願いする場合もありますので、予めご了承いただけますようお願いいたします。
尚、卵子採取、凍結の実施にあたっては、疾患の主治医の先生の了解が必要であることが必須の
条件となり、紹介状が必要です。特に採卵の可否については、あなたの全身状態を把握しておられ
る疾患の主治医の先生にご判断いただくことがあります。
尚、現時点ではホルモン感受性陽性の患者様につきましては、ホルモン値の上昇ががんを増悪さ
せる可能性があるため卵巣刺激を行いません。そのため、毎月の生理(自然)周期で排卵される卵
子を採取します。
また、凍結した卵子の保存は、患者様の 50 歳のお誕生日までとさせていただいております。こ
れは御本人の生殖年齢を超えない、という意味です。
しかしながら、御高齢になられてからの妊娠出産が、それに伴う副作用のリスクを高めることも
周知の事実ですので、卵子採取に関してはこの点も御考慮下さい。
これらの点もあわせまして、
卵子を採取する年齢は 43 歳以下とさせていただいておりますので、
予め御了承下さい。
この説明文書をよくお読みいただき、卵子採取について十分ご検討ご理解いただけるよう願って
います。卵子保存をご希望されご来院いただければ、最大限の努力と最高の技術を提供させていた
だきます。
最後に
悪性腫瘍と診断されて、その状況を受入れ治療に向かっていく間に、将来の妊孕性についても
考えなければならないという、非常に大変な立場になられてしまったこと心中お察し致します。
しかしながら現代の医療は日進月歩で進化を遂げています。乳がんの治癒率の向上もその一つで
すし、卵子の凍結保存もその一つです。今回の治療の中であなたに提示された選択肢は数多くあ
ると思います。卵子保存についても、あなたの将来に向けてのお考えをしっかりと持ちあなたの
人生にとって後悔のないご判断をされることを願っています。
尚、受診に際しましては、お電話にて「乳がんの患者様で卵子保存をご希望されていること」
をお申し出いただき、受診可能日を確認の上、ご来院下さい。また、当クリニックでは予約制度
は取っておりませんので、ご来院していただいた日の患者様の状況により診察まで長時間お待ち
いただくことがあります。この点につきましても予めご了承くださいますようお願いいたします。
その上で、患者様ご本人が当クリニックの来院日をご連絡いただいて、必ず午前中に来院してい
ただくことが条件となります。
※以下に簡単な用語の補足説明をいたします。
不妊症と不妊治療について
不妊症とは、挙児を希望する夫婦が避妊なしで性行為を行なっても 2 年以内に妊娠に至れない
状態をいいます。一般的に 10 組に 1 組のご夫婦が不妊症と推定されています。つまり不妊症は、
結婚されているご夫婦の間にしか存在しません。したがって不妊症の治療である不妊治療は、夫
婦を対象にした医療行為であり、未婚の患者さんは原則不妊治療の対象外ということになります。
不妊治療と生殖補助医療
不妊症はいろいろな原因によって起こりますが、そのひとつに卵子と精子が出会えていないと
いう状況が考えられます。そこでこれに対処するため卵子、精子を体外に取り出して受精させ、
培養を行います。これらの操作を生殖補助医療と呼んでいます。生殖補助医療の主たる方法は、
卵子と精子を体外で受精させ受精卵(以下、胚といいます)として子宮に戻すもので、体外受精
治療と呼ばれます。これ以外の生殖補助医療技術には、卵子・胚の凍結保存、着床前診断などが
あります。
卵子凍結保存
生殖補助医療の一つの技術として、胚の凍結保存が、体外受精の当初から用いられてきました。
胚の凍結保存法は、動物で用いられていた緩慢凍結法をそのまま応用したものでした。この方法
での胚の凍結保存後の生存率は 70%前後ですが、凍結保存した胚を移植して多くのお子さんが生
まれています。しかしながらこの方法を卵子に応用した場合、生存率は 60%で、さらにその後の
体外受精の培養結果、移植後の妊娠率が悪く、卵子 1 個から妊娠できる確率は 1%以下でした。
これがもとになり、ヒトの卵子の凍結は難しいといわれるようになりました。一方、1999 年に
当クリニックでガラス化法(超急速冷却法)と呼ばれる方法により、胚、卵子において高い生存
率の得られる手法が開発されました。この方法で凍結保存された卵子の生存率は 95%以上であり、
その後の成績も、凍結しない卵子と同じ妊娠率が得られることもわかりました。現在、当クリニ
ックではすべての胚、卵子の凍結保存にこの方法が用いられ、非常に高い臨床成績を出していま
す。また、この方法は海外で卵子提供が認められている国の不妊治療施設において積極的に用い
られ、高い生存率が得られることが実証されすでに 1000 名以上の健康な赤ちゃんが産まれてい
ます。ガラス化法で凍結された卵子は、保存中に劣化することなくほぼ半永久的に保存ができま
す。当クリニックでは、患者様からお申し出をいただき保管料金(年 24,000 円、税別)をお支
払いいただければ、液体窒素(マイナス 196℃)中で患者様の生殖年齢を超えない範囲、具体的
には最長 50 歳まで卵子をお預かりいたします。
卵子保存の現状
すでに述べたとおり、卵子の凍結保存後に高い生存率が得られることは明らかになっています。
しかしながら、卵子一つから、体外受精、体外培養、胚移植を経て正常なお子さんが得られる確
率を計算すると、現在の技術レベルでは、10-15%です。したがって、将来的に一人のお子様を
持つためには、複数個、できれば 6 個以上の卵子を保存できるようにと準備を進めます。患者様
のコンディションや、治療のための時間的制約により必ずしも複数個の卵子を凍結保存できると
は限りませんが、我々は患者様に与えられた時間と、その他の制約条件の中で最良の結果を出す
べく患者様に対し真摯に向き合っています。
採卵の実際と安全性
現在凍結保存ができる卵子は、体内で発育、成熟を終えて受精ができる直前のものです。この
状態の卵子を採取するためには患者様が、正常な生理周期を維持されていることが基本で、その
場合においても半月から 1 カ月程度の準備期間が必要になります。また、ホルモン受容体陰性の
患者様には複数個の卵子を排卵させるために卵巣に軽いホルモン刺激を与えます。具体的には、
生理の 3 日目からクロミッドという薬を飲んでいただき、
hMG という薬を点鼻してもらいます。
その間卵子の発育は、血中ホルモン値の測定と、卵巣の超音波検査によりモニターしていきます。
卵子が成熟できる状態に成長したら、スプレキュアという薬を点鼻していただいて、通常 36 時
間後に採卵します。
採卵までには 4-5 回の通院が必要になります。
当クリニックの卵巣刺激法は、
一般的に不妊治療で行われる卵巣刺激法とは異なり、最低量の投薬法を用いたクロミフェン自然
周期法で患者様の肉体的負担は極めて低いことが知られています。
尚、現時点ではホルモン感受性陽性の患者様につきましては、ホルモン値の上昇ががんを増悪
させる可能性があるため卵巣刺激を行いません。そのため、毎月の生理(自然)周期で排卵され
る卵子を採取しますので、予めご了承ください。
卵子の採取は、超音波装置により経膣的に卵巣を観察しながら、卵子の入っている卵胞という
袋を針で穿刺して中の卵胞液と一緒に卵子を回収します。その際にも極限まで細くした針を使用
しますので、卵巣からの出血もほとんど起こりません。しかしながらこのような準備を進めてき
てもまれに卵子が回収できないこともあります。
費用
不妊治療は、健康保険の適用外すなわち自費での診療になります。また卵子保存も同様に健康
保険の適用はされませんので自費診療となります。当クリニックでは、がん患者様の採卵・凍結
は、患者様を支援する非営利事業として行っており、疾患の治療に費用のかかる未婚のがんの患
者様の経済的負担を減らすため、医師や技師の技術料は一切いただきません。卵子採取凍結にか
かる検査費、薬剤費や消耗品などの実費のみをいただくような料金システムになっています。し
かしながら、保険適用ではないので絶対的な金額で行くと高額になっています。薬の使用量でも
変わってきますので一概には言えませんが、初回の採卵で 25 万円前後、2 回目以降は 12 万円前
後になります。
受診に際して(健康保険証、紹介状、感染症検査結果をご持参のうえ下記のお時間にお越し下さい)
当クリニックを受診し卵子採取、凍結を実施されるにあたりましては、最初にも書きました通
り、疾患の主治医の先生の了解が必要であることが必須の条件となります。その際に以下の点に
ついて記載いただいた紹介状をご持参下さい。紹介状のない場合、受診をお断りする場合があり
ます。紹介状には、
「現疾患名、手術日(予定日を含む)、放射線治療開始予定日、化学療法開始
予定日、ホルモン受容体の有無、採卵可能な全身状態であるかどうか」を記入していただいて下
さい。また、疾患の治療を受けられている病院で感染症の検査(HIV, HBsAg, HBcAB, TPHA, RPR
など)を受けておられれば、その結果も添付していただけますようお願いします。
当クリニックは、
1 年間に約 2 万 1 千件の卵子採取を行っている世界最大の不妊治療施設です。
そのため毎日多くの不妊治療の患者様が来院され日々多忙を極めております。誠に申し訳ありま
せんが、そのような事情により、乳がんに罹患され卵子保存をご希望される患者様の初診の受診
日時を原則として月曜日から金曜日の午前中(土日祝日は除く)とさせていただいております。
また、受診に際しましては、お電話にて「乳がんの患者様で卵子保存をご希望されていること」
をお申し出いただき、受診可能日を確認の上、ご来院下さい。また、当クリニックでは予約制度
は取っておりませんので、ご来院していただいた日の患者様の状況により診察まで長時間お待ち
いただくことがあります。この点につきましても予めご了承くださいますようお願いいたします。
その上で、患者様ご本人が当クリニックの来院日をご連絡いただいて、必ず午前中に来院してい
ただくことが条件となります。
誠に申し訳ありませんが、当クリニックでお話だけを聞きたい患者様は時間的な制約上困難な
ためお受けいたしかねます。
以上