歯科医の時間 ラジオ NIKKEI 2006 年 2 月 7 日午後 9 時 15 分〜午後 9 時 30 分放送 企画協力:日 本 歯 科 医 師 会 提 供:昭和薬品化工株式会社 スポーツデンティスト『新たな歯科の挑戦』 京都府会員 竹内 正敏 ●スポーツ歯学とスポーツデンティスト● 皆さんは最近スポーツ歯学やスポーツデンティストという言葉をよく耳にされることと 思います。しかしながらスポーツ歯学については、学んだことがないという方がほとんど ではないでしょうか。それも当然のことで、スポーツ歯学は15年前より起こってきた新し い学問だからなのです。 スポーツ歯学の目標として次の三つがあげられています。 ①スポーツ選手の口のケガの防止 ②スポーツ選手の口腔健康管理のサポート ③咬合機能と運動能力の関連についての研究 これでおわかりのように、スポーツ歯学はフィールドワークを中心とする学問であり、 それを実践するのがスポーツデンティストというわけです。 本番組では、スポーツデンティストの役割について、できるだけ具体的に詳しくお話し たいと思います。 ●口のケガの防止● まず一番目にスポーツ選手の口のケガの防止についてお話します。 これについて重要な役割を果たすのがマウスピース、またはマウスガードと呼ばれる口 に装着する防具です。これはゴム状の弾性材料でできており、2〜3mm の厚さで上顎の 歯列全体を覆うような形状をしています。 その効用としては、外からの衝撃を分散・吸収したり鋭利な歯をカバーすることにより、 口のケガの軽減に効果を発揮します。またそれ以外に、マウスガードを装着することによ る安心感からプレーに集中できる心理的な効果や、首を保定しやすくなることから脳振盪 の軽減にも有効だと言われています。 このように、非常に有用な機能を持つマウスガードですが、すべてのマウスガードがそ うであるわけではありません。現在選手が手に入れることのできるマウスガードには、ス ポーツ店で売られている市販マウスガードと、私達歯科医が作るカスタムメイドマウスガ ードの二種があります。 市販マウスガードは、お湯で軟らかくした材料を選手自身が口のなかで成形するもので す。しかし適合性が悪く、マウスガードとして十分な機能を有しているとはいえません。 これに対してカスタムメイドマウスガードは、個々人の顎模型を使用して作製されるた め、たいへん装着感の良いものとなります。しかしながら、現段階ではどこの歯科医院で も作れるという状況にはなっておりません。 さて、マウスガードはどのようなスポーツに必要なのでしょうか。 まず最初にあげられるのは、相手選手を打撃などによって倒すことを目的としている、 ボクシングや空手などの格闘技系のスポーツです。次は、プレイのなかで相手選手へのボ ディチェックが許されている、ラグビーやアイスホッケーなどのコンタクト系のスポーツ です。最後は、一般的スポーツのなかから突発的な事故が多い、ラクロスやバスケットボ ールなどのノンコンタクト系のスポーツがあげられます。 ここまで口のケガの防止ということで、マウスガードを中心にお話をしてきました。し かしながら、マウスガードによりすべての口のケガが防止されるわけではありません。ス ポーツデンティストとしてスポーツ現場に出てみると、多くの口のケガと遭遇することに なります。 そのため、スポーツデンティストとしては、外傷歯治療の最新のガイドラインをよく知 っておく必要があります。また、できれば、脳振盪や顔面外傷に関する医学的な知識も勉 強しておかれるとよいでしょう。さらに、脱落歯の処置など口のケガの応急手当について、 スポーツ関係者に指導・教育することもスポーツデンティストの大切な仕事の一つです。 ●口腔健康管理サポート● スポーツデンティストの役割の二番目は、スポーツ選手の口腔健康管理のサポートです。 歯科疾患はスポーツ選手のパフォーマンスに大きな影響を与えます。それは痛みだけの 問題ではありません。これについてはわかりやすい実例があります。 世界的に有名な日本人オートバイライダーの話です。2001年、彼はワールドグランプリ 出場のためブラジルに遠征しました。しかし、予選1日目から左下顎第二大臼歯の腫脹が 始まりました。翌日、地元の歯科医に診てもらいましたが、荒療治のためさらに症状が悪 化し、決勝当日にはヘルメットがかぶれない程、腫れてしまいました。彼は、泣く泣く出 走を断念、24時間かけて帰国即入院となりました。もし、彼のチームにスポーツデンティ ストがついていたならば、シーズン前のメディカルチェックにより、あるいは発症したと しても適切なアドバイスによって、最悪の事態は避けられていたかもしれません。余談で すが、彼は後日私のサポート選手となりました。これは、ほんの一例にすぎません。 私がサポートする選手の中だけでも、智歯を腫らして電話をかけてくる選手が年間2〜 3名います。 実は、スポーツ選手の口腔内の環境は、その食事回数や量の多さ、成分不明のサプリメ ントや糖分の多いスポーツドリンクの摂取などにより、たいへん厳しい状態にあります。 私の診療所の衛生士のデンタルサポートに関する業務記録でも、近年口腔ケアの業務量が 急増しています。口腔健康管理は、今後スポーツ選手のデンタルサポートの主役となって いくかもしれません。 ●咬合機能とスポーツパフォーマンスの関連研究● スポーツデンティストの役割の三番目は、咬合機能と運動能力の関連についての研究で す。これについては、これまでの研究では統一した見解は得られていませんでした。 しかしながら、噛みしめに関しては多くのデータの蓄積から、最近、静的筋力発揮には プラスに、動的筋力発揮にはマイナスに働くようだということがわかってきました。これ はわかりやすく言えば、噛みしめはスポーツにおいて、身体を固めるような防御的動作で はパフォーマンスを向上させ、走る、投げるなどのスピードが要求される動作ではパフォ ーマンスを落とすということです。 噛めば力が出るというのは全くのウソではありません。しかし、ことスポーツに関して は、そのパフォーマンスに対してマイナスの影響も多くあるということを知っておく必要 があります。さらに息をこらえての強く長い噛みしめは、著しく血圧を上昇させ、脳溢血 を引き起こすなどの危険性も指摘されています。しかしながら、噛みしめは悪い働きばか りをするわけではありません。 実は、この噛みしめが静的筋力発揮にはプラスに働くということが、義歯では非常に重 要なことなのです。たとえば、総義歯を使用している人が、もし義歯を装着しないで身体 を動かすと、動作の停止がうまくいかず、メリハリのない動きとなります。これからわか ることは、義歯は審美性や咀嚼機能を回復するだけではなく、身体動作を改善するという 隠れた働きもあるということです。これはほんの一例ですが、スポーツ歯学には一般臨床 に役立つ情報が山ほどあります。特に、全身の応急手当や筋力トレーニング、ストレッチ ング、コンディショニング技法など知れば知るほどその有用なことに驚かされます。 ●スポーツ歯学のこれから● 最後に、スポーツ歯学のこれからについて、少しお話をさせていただきます。 まず、スポーツデンティストのデンタルサポートですが、従来のマウスガードのサポー トに加えて口腔ケアのサポートが増えてきています。 次に、学校歯科医会では、歯・口の健康づくり運動が始まり、歯科医師会では、全国に スポーツ健康づくり歯学協議会が設立されました。 これらのことから、今後スポーツ歯学は、健康スポーツ歯学として、より広い分野をカ バーした学問に発展していくものと思われます。言い換えれば、これからのスポーツ歯学 は、私達歯科医の挑戦だけではなくマウスガード作りでは、歯科技工師さんの挑戦、口腔 の健康づくりでは、歯科衛生士さんの挑戦を待っているのかもしれません。 ◆番組1タイトル(1研修コード)の研修で、日本歯科医師会生涯研修の1単位を取得で きます。詳しくは日本歯科医師会へ。
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