神頭広好著「駅の空間経済 析 ― )大都市圏の主要鉄道を対象にして

書
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神頭広好著「駅の空間経済 析 ― 3大都市圏の主要鉄道を対象にして」古今書院,
2000年,247pp
本書は,これまで著者が日本
福岡大学経済学部講師
栫 井 昌 邦
福岡大学経済学部教授
斎 藤 参 郎
通学会,名古屋ミニコンファレンス(愛大経営学主催ワークショップ)
,
愛知大学経営 合科学研究所の経営 合科学などで発表してきた,都市における市場の空間立地に関す
る論文を再編し,まとめたものである。著者はまえがきで,時間や空間を 慮にいれた都市 析枠組み
の必要性を述べ,序論でその構築や実証研究を行うために駅の規模に着目する独自の えを提示する。
そ
の え方は次である。戦後わが国の「まち」は駅を中心に発展してきた経緯があり,今も昔も駅はまち
の顔であるといえる。したがって,駅の規模は市場の集積といった空間的特性を捉えるための適切なメ
ジャーとなりえるはずである。著者は,この
え方にもとづき,既存の立地モデル,ランクサイズモデ
ル,介在機会モデルに駅の規模を導入した理論モデルの構築をおこなうとともに,駅の規模の具体的な
尺度として駅の乗降客数を用いた実証
析を行っている。
本書の特徴は,各章が理論モデルの提示とその実証 析から構成されるスタイルになっていること,
さ
らに加えて,その実証
析では,東京大都市圏,大阪大都市圏,名古屋大都市圏の 1
1の都心ターミナル
を取り上げ,それらにいたる 2
8の鉄道路線について,実証 析をおこない,その 析結果を示している
ことである。
本書は,第 1章 都市化の集積水準に関する空間的収入モデル,第 2章 グラビティーモデルにもとづ
く空間的駅ランク・サイズモデル,第 3章 都心の集積水準に関する介在機会モデル,第 4章 東京大都
市圏私鉄 線駅周辺地区に関する特性
析,の 4章から構成されている。以下で,章をおってその内容
を紹介していこう。
第 1章冒頭で著者は,都市における外部経済や外部不経済の推計モデルなど,都市の
「集積の経済」
に
着目しその計測方法やその実証
析を行う研究は,経済地理学,地域経済学,都市経済学の 野で数多
くみられるが,都心からの物理的距離,時間距離といった空間的要素を 慮に入れた「集積の経済」の
計測方法やその実証
析はほとんどみられないことを指摘し,そのためのモデル構築と,駅の乗降客数
にもとづく実証研究をおこなうとしている。本章の前半のモデル構築では,まず,都心からの距離 t(
物
理的距離,時間距離)を明示的にとりいれた小売企業の利潤最大化問題の定式化から,都心での「空間
的収入関数」と都心からの距離 tでの「空間的収入関数」との関係を導く。ここで,空間的収入関数は,
都心からの距離 tにおける通常の収入関数のことであるが,これが,駅の乗降客数の比例的であり,
また,
都心からの距離 tにある駅の乗降客数と都心駅の乗降客数の比が,
「外生的に」与えられた距離 tの減少
関数に従うとの仮定から,都心からの距離 tにある駅の空間的収入関数を距離 tの関数とし表すモデル
を提示している。
後半の実証 析では,空間的収入関数のパラメター推定,推定された空間的収入関数による販売額の
時間距離弾力性を,東京大都市圏の 4つの都心(新宿,池袋,渋谷,上野)の各
線(合計 8 線)
,大
阪大都市圏の 6つの都心(梅田,大阪,京橋,鶴橋,天王寺,難波)の各 線(合計 1
,名古屋
3 線)
大都市圏の 1都心(名古屋)の各 線(合計 7 線)で行っている。
第 2章では,その前半で,ライリー=コンバースモデルを応用し,空間的駅のランクサイズモデルの
構築を行っている。具体的には,(1)都心と都心に次ぐ第 2ランク市場が存在するとし,(2
)ライ
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リー=コンバースモデルで,それら 2つの市場の境界地を決め,(
3)その境界地に新たな第 3市場がで
き,再び,ライリー=コンバースモデルで,(
)これを n回繰り返し,一
4)都心と第 3市場が決まる。(5
般的な市場規模と市場境界までの距離に関する漸化式をもとめる。(
)さらに,この nランクと n+1
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ランクの市場境界までの距離の比を,ランク nの指数関数に「外生的に」置き換えて,市場規模のラン
クサイズモデルを導出している。
構築されたモデルでは,都心にもっとも近い市場が第 2ランクになる場合と最小規模になる場合の 2
つのケースが導かれる。前者は,都心から離れるにしたがって,順次,第 2ランク,第 3ランクと規模
が減少していく場合,後者は,第 2ランクの市場が最遠部に位置し,そこから都心に向かって,第 3ラ
ンク,第 4ランクと,都心に近づくにつれ,規模が減少していく場合である。
後半の実証 析では,ここでの市場規模を乗降客数で捉え,通常,都市人口に適用されてきたランク
サイズモデルが,駅の乗降客数でも成立するか否かを,3大都市圏について,上記 2つのケースの場合に
けて,実証 析をおこなっている。
第 3章では,地域から地域への人の移動は移動先の地域の機会数(魅力)に比例するが,その途中の
機会数に反比例する,との介在機会モデルをとりあげている。介在機会モデルについては,実証的研究
が少ないとの問題意識にたち,駅の乗降客数データと都心から当該駅までの間にある駅の数のデータを
用いた介在機会モデルを提示し,前と同様,3大都市圏において,その実証 析をおこなっている。実証
析では,移動先の魅力として駅の乗降客数,また,介在の機会数として,都心から移動先までの中間
に位置する駅の数を用いている。
第 4章では,クラスター
析と主成
析を用いた東京大都市圏の駅に関する特性 析の結果を提示
している。
さて,経済学の理論研究では,ホテリングのモデルに典型のように,線状に びた空間を え,そこ
にどのように 市場」が形成されるかを
察することは,多くみられるところである。しかし,これを実
証的に検証しようとすれば,その対象をどこに求めるかでおおいに悩むことであろう。このように
え
ると,駅を市場の核とみて,駅の乗降客数をその市場規模ととらえ,これらが一つの鉄道路線によって,
空間上で連結していることに着目し,都心ターミナルに連なる一つの 線上に立地する駅の乗降客数間
の関係から,市場規模の空間的立地構造を実証的に明らかにしようとする,著者独自の目論見は高く評
価されるべきであろう。また,3大都市圏の多くの路線で,実際にその実証 析をおこなった作業も評価
されてよい。しかし,本書の理論モデルと実証
析に関しては,既存モデルの変数の解釈を単純に変え
ただけのものや非常に強い仮定のもとでモデルを構築し,実証
析をおこなっているなど,いくつかの
問題があると思われる。とくに,本書の理論モデルは,よく注意して読むと,距離に関する定式化が,理
論モデルから内生的に導かれているのではなく,上述の第 1章,第 2章の紹介のように,すべて「外生
的に」与えられており,実証
析の仮説にはなり得ても,実証
析によって理論モデルを検証するとい
う関係にはなり得ないことを示している。
例えば,第 1章の理論モデルの核である市場規模としての小売企業の売上高と駅の乗降客数の関係式
は,都心と都心からの距離が tである市場の売上比と乗降客数比が等しいとの仮定から導かれており,
さ
らには,各駅の乗降客数と都心からの距離との関係式が外生的に与えられ,その結果,各駅の市場規模
と都心からの距離の関係が導かれている。最近の,クルーグマンらを嚆矢とする都市の空間立地に関す
る一般
衡モデルの流れや,市場規模と都心からの距離との関係を明らかにするという著者のねらいか
らすれば,モデルの核心である市場規模と都心からの距離の関係は,理論モデルの中から内生的に導出
されるべきであろう。
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また,実証 析についても,例えば,新宿といった都心ターミナルでは,小田急,京王,西武,J
Rな
ど,複数の路線が入っており,新宿の乗降客数は,これらすべての路線の乗降客数であるはずである。鉄
道路線上に連なる市場規模という着眼点からすれば,何故,路線ごとに 析するのみで,一つの都心ター
ミナルへいたる全路線を一括して 析しないのか,判然としない点である。路線別実証 析の結果から,
路線ごとの興味深い性格付けや比較をおこなっていることは,本書の意義であり,特徴であるが,翻っ
てかんがえると,理論モデルには,そのような路線別の違いを生み出す枠組みが用意されておらず,そ
の理論的意義は何かが問題となろう。これらの問題を解決する著者独自の なる理論的,実証的展開を
期待したい。