生きているマウスで酸化ストレスを見えるように

今日の話題
生きているマウスで酸化ストレスを見えるように
ホタルの発光機構と酸化ストレス応答反応を巧みに組み合わせたマウスの誕生
今回の話題は,酸化ストレスを「光」で検出するマウ
(1)
もう一つは,通常,酸化ストレスにさらされていないと
スである .地球を取り巻く大気には約 21% の酸素が
きは,この Nrf2 が Keap1 という分子によって恒常的に
含まれている.多くの生物は,その酸素を取り込むこと
分解され,酸化ストレス時にはその分解を免れる仕組み
で呼吸しており,酸素は生命を維持するうえで必要不可
が存在することである.
欠なものと考えられている.その一方,酸素には有害な
研究グループでは,この Keap1 および Nrf2 による酸
一面がある.体内に取り込まれた酸素の一部は,不安定
化ストレス応答反応を上手く活用した人工遺伝子を作成
で多くの物質と反応しやすい活性酸素に変化する.この
することで,生きているマウスで簡便に酸化ストレスを
活性酸素は,DNA やタンパク質,脂質などの生体分子
検出できると考えた.実際の人工遺伝子(図 1 左)は,
を酸化し,それらの機能を奪うことが知られている.
ヒト由来の Nrf2 遺伝子とホタル由来のルシフェラーゼ
最近の研究から,このような酸化による生体分子の機
遺伝子を融合し,それを ARE の制御下におくことで作
能障害(酸化ストレス)は,われわれの生活と非常に密
成されている.この人工遺伝子を導入した細胞や動物で
接にかかわっており,老化やがん,さらには生活習慣病
は,酸化ストレスにさらされていないとき,人工遺伝子
などのさまざまな疾患をもたらす重要な要因であること
の ARE に結合する Nrf2 が少ないため,融合ルシフェ
(2)
がわかってきた .たとえば,糖尿病では酸化された糖
ラーゼ遺伝子の活性化は本来の抗酸化作用遺伝子と同様
と結合した異常な糖化タンパク質が増加している.ま
に低く抑えられる.また Nrf2 と融合したルシフェラー
た,動脈硬化を起こした血管では酸化脂質がたまること
ゼが合成されたとしても,それは Keap1 の働きにより
により血管の内径が狭くなった結果,血液の流れが悪く
分解されることになる.逆に酸化ストレスにさらされて
なると言われている.よって,これらの疾患に対する予
いるときは,人工遺伝子の ARE に結合する Nrf2 が増加
防・診断,あるいは治療法を開発するうえで,生体内の
し,融合ルシフェラーゼ遺伝子の活性化は本来の抗酸化
酸化ストレスを評価することが必要になる.
作用遺伝子と同様に強く促される.もちろん,この状態
これまで,酸化ストレスの評価には,血液や組織のサ
では融合ルシフェラーゼの Keap1 による分解は起こら
ンプルを用いたマーカー分子の測定が行われてきた.し
ない.このような,酸化ストレスに応じてルシフェラー
かしながら,このような方法には煩雑な操作が必要で,
ゼが作り出される仕組みと,酸化ストレスによってルシ
また,結果が判明するまで多くの手間と時間が必要だっ
フェラーゼが分解されにくくなる仕組みの二段構成を利
た.さらに,抽出したサンプルを用いるため,実際の生
用することで,この人工遺伝子の発現は厳密にコント
き物レベルで,酸化ストレスが「いつ」
,「どこで」生じ
ロールされる(図 1 左).研究グループでは,この人工
ているかを評価することはできなかった.今回紹介する
遺伝子を Keap1-dependent Oxidative stress Detector,
(1)
では,このような問題を克服し,生きたマウス
No. 48 に ち な ん で「OKD48」 遺 伝 子 と 呼 び, ま た
の酸化ストレスを直接計測する,新たな検出方法の確立
OKD48 遺伝子を導入したマウスを「OKD48 マウス」と
を開発している.
呼んでいる(研究員のイニシャルが含まれていたり,ア
論文
それまでの研究から,体内で生じる酸化ストレスとそ
の解消メカニズムについて,酸化ストレス状態の細胞で
イドルグループをもじっていたりと,さらにいくつか由
来があるようだ)
.
は,Keap1 や Nrf2 という因子を介して抗酸化作用をも
ルシフェラーゼは,生物発光反応を触媒する代表的な
つ遺伝子が活性化されることが知られていた.詳細は成
酵素として知られている(4).最近では,遺伝子やタンパ
(3)
書
に記載されているが,ポイントの一つは,Nrf2 と
ク質の発現および活性化レベルを測定するための指標
呼ばれる分子が抗酸化応答性エレメント(ARE:抗酸
(レポーター)としていろいろな生命科学研究の場で利
化作用遺伝子の多くが共通にもつ DNA 配列)に結合し
用されている(4).たとえば,ルシフェラーゼ遺伝子を導
て抗酸化作用をもつ遺伝子を活性化することすること,
入したがん細胞をマウスに移植し,発光基質のルシフェ
化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013
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今日の話題
図 1 ■ 酸化ストレスレポーター遺伝子「OKD48」の作用機序(左)と OKD48 マウスの発光シグナル解析(右)
Neh(Nrf2-ECH-homology の略称で,ECH はニワトリ Nrf2 の別名)はマウスとニワトリの Nrf2 で保存されたドメインを示す.Neh1‒6 ま
で存在し,特に Neh2 は Keap1 との結合やユビキチン化による分解制御に関与する.
リンを同じマウスに注射すれば,がん細胞の増殖および
だけでなく,ヒトが通常生活環境下でさらされるような
転移の様子が発光シグナルとして観察できる.このよう
酸 化 ス ト レ ス を も 検 出 可 能 で あ っ た. 紫 外 線, 特 に
な知見を活かし,実際 OKD48 マウスにルシフェリンを
UVA 波は,酸化ストレス源であることが知られており,
注射したところ,何のストレス処理も施していないもの
先に用いた薬剤は通常一般の人が入手できないが,紫外
では,ほとんど発光シグナルをとらえることができな
線にはほとんどの人がさらされている.OKD48 マウス
かったが,全身性の酸化ストレスを引き起こすことが知
に紫外線を照射した場合,非日常的な強度の紫外線はも
られている薬剤を事前に処理したものでは,体の広い範
ちろん,低緯度地帯で実際に測定される強度の紫外線照
囲から強い発光シグナルが得られた(図 1 右)
.このよ
射(5 mW/cm2)によっても,有意な発光シグナルが検
うに,酸化ストレスに対する遺伝子発現制御機構とルシ
出できた.このことは,OKD48 マウスが日常生活で生
フェリンによる生物発光をうまく組み合わせることで,
じるような微弱な酸化ストレスをも検出可能であること
生きているマウスで酸化ストレスを簡便に検出できる手
を意味している(1).
(1)
法を確立している .
今後,この OKD48 マウスを用いることで,疾患や老
また,この論文では,生体イメージング技術の利用に
化などの健康障害に伴われる酸化ストレスの状態や,抗
より新たな利点も見いだしている.OKD48 マウスを用
酸化物質による酸化ストレスの抑制作用などが,発光シ
いた実験では,マウスを犠牲にすることなく,麻酔下で
グナルを観察するだけで容易に調べられるようになると
発光シグナルの観察を行える.これにより,従来は困難
期待される.そのような解析は,将来,ある種の疾患の
だった,同一検体(マウス)を用いた連続的な酸化スト
原因究明につながったり,疾患治療薬や高機能性食品,
(1)
レスの評価も容易になった .さらに,OKD48 マウス
化粧品の開発に発展したりと広く社会に貢献できるかも
は実験室で用いられるような強力な人為的酸化ストレス
しれない.
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化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013
今日の話題
1) D. Oikawa, R. Akai, M. Tokuda & T. Iwawaki :
, 2, 229(2012)
.
2) 吉川敏一,野原一子,河野雅弘: 活性酸素・フリーラジ
カルのすべて―健康から環境汚染まで ,丸善,2000.
3) 山本雅之,赤池孝章,一條秀憲,森 泰生: 活性酸素・
ガス状分子による恒常性制御と疾患〜酸化ストレス応答
と低酸素センシングの最新知見からがん,免疫,代謝・
呼吸・循環異常,神経変性との関わりまで ,羊土社,
2012, p. 42.
4) 近江谷克裕: 発光生物のふしぎ 光るしくみの解明から
生命科学最前線まで ,ソフトバンククリエイティブ,
2009.
(及川大輔,岩脇隆夫,群馬大学先端科学研究指導者
育成ユニット)
プロフィル
及川 大輔(Daisuke OIKAWA)
<略歴> 2007 年奈良先端科学技術大学院
大学バイオサイエンス研究科博士後期課程
修了/同年理化学研究所研究員/2009 年
日本学術振興会特別研究員(PD)/2012 年
群馬大学先端科学研究指導者育成ユニット
研究員/2013 年群馬大学生体調節研究所
分子細胞制御分野特任助教,現在に至る<
研究テーマと抱負>直鎖状ポリユビキチン
鎖形成の分子機構とその生理機能に関する
研究<趣味>スキューバダイビング(アシ
スタントインストラクター)
岩脇 隆夫(Takao IWAWAKI)
<略歴> 2001 年奈良先端科学技術大学院
大学バイオサイエンス研究科修了/同年理
科学研究所脳科学総合研究センター基礎科
学特別研究員/2003 年科学技術振興機構
「情報と細胞機能」さきがけ研究員/2005
年理化学研究所基幹研究所 独立主幹研究
員/2011 年群馬大学先端科学研究指導者
育成ユニット講師<研究テーマと抱負>細
胞ストレス応答,生体イメージング<趣
味>スポーツ観戦(ほとんどテレビですけ
ど…)
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