第36回日本トキシコロジー学会学術年会ランチョンセミナー 主催:株式会社スリーエス・ジャパン 講演要旨 食の安全と最近注目される有用成分の作用機序 昭和大学薬学部毒物学教室 吉田 武美 平成20年は、中国からの輸入食品中の有機リン系殺虫剤メタミドホス混入による健康 被害を機に、食の安心・安全が大きな社会問題となった年であった。食の安全を確保・担 保することは、極めて重要であることは言を俟たない。食の起源となる自然界には、動・ 植物由来の強烈な毒性を有する化学物質があるとともに、医薬品やそのリード化合物とし て極めて有益な化合物も存在する。これらのことは、人類の長い歴史の中での弛まない努 力と経験を通して、科学・技術の進歩とともに明らかにされてきたものである。中でも植 物に存在する含窒素化合物、モルヒネなどいわゆるアルカロイドは、毒性・有用性の面か らよく知られている代表例である。トリカブトに含まれるアコニチンなどのアコニットア ルカロイドは、毒性の面で有名であるが、本植物は、附子として生薬、漢方薬の領域では 修治を施し、広く用いられている。 さて、最近人々の健康増進・維持への意識が高まりにつれ、健康食品やサプリメント関 連、加えて代替医療の概念の出現などで、食の安全を含め、植物や食品成分への関心が高 まっている。そのため、健康食品やサプリメントは、大きな市場を構成している。健康食 品の中には、抗酸化作用を謳っている物が多いが、その実際の作用機序等に関しては、不 明な点も少なくない。最近の、科学技術の進歩により、食品・健康食品からの有効成分の 抽出・同定が進み、また得られた化合物の興味深い作用機序が明らかにされつつある。こ のことは、代替医療としての意味付けにも必要となるかもしれない。この観点で、かつて カロテンやリコピンが、ガンの化学予防物質としての幅広い検討がなされたことがあった。 植物・食品成分のガンをはじめ慢性疾患などの化学予防薬としての有効性の有無に関する 取り組みは、現在も行われており、緑茶成分エピガロカテキンガレート、マメ科植物成分 ゲニステイン、オオヒレアザミ成分シリマリン、ブドウ成分レスベラトロール、ウコン成 分クルクミン類、キダチワタ成分ゴシポールなどがある。 これらを含めて表1には、これまで各種の検討が進められている植物とそれ由来の有用 化学物質を挙げてある。これら以外にも、多くの検討がなされている。 表1 各種植物由来の有用化学物質 植物類 化学物質名 ブロッコリなど スルフォラファン(sulforaphane) ウコンなど クルクミンなど(curcuminoids) 茶など エピガロカテキンガレート(epigallocatechin gallate) ニンニクなど 有機硫黄化合物(organosulfur compounds) ブドウなど レスベラトロール(resveratrol) 刺激性バニロイド カプサイシン(capsaicin)、ショウガオール(shogaol)など トマトなど リコペン(licopene) これら植物由来の化学物質のなかで、抗酸化作用として位置づけられている化合物の作 用機序の中に、抗酸化応答を引き金とする分子が数多く存在する。すなわち食品成分の中 に、抗酸化酵素や抗酸化応答タンパク質を誘導するものが数多く存在する。抗酸化酵素や 防御応答を担っているタンパク質は、主として Keap1-Nrf2-ARE による調節を受けている。 すなわち、細胞内に種々のストレスが発生するとそれに対応して、Keap1 から Nrf2 が遊離 し、転写因子として核内に移行し、抗酸化応答配列 ARE に結合し、その調節下にある多く の酵素やタンパク質のmRNA の合成を促進し、ヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)、スーパー オキシドディスムターゼ(SOD)、NQO-1 など抗酸化酵素の誘導、さらに第2相反応の縫合 酵素を誘導し、防御応答を行っている。上記のスルフォラファンやクルクミンは、その観 点から広く検討されてきている。これらのクルクミンは、単に Nrf2-ARE 系のみではなく、 細胞種によっては他の転写因子の系を刺激して、これらの酵素を誘導することも明らかに されている。従って、クルクミンの化学予防効果がすべてこれらの系を介しているかどう かは必ずしも明確ではない。また、上記の他の化合物もそれぞれ異なる転写因子等を介し て、作用していることも明らかになっている。一方、ワサビの辛味成分として良く知られ ているアリルイソチオシアネート(AITC)などイソチオシアネート類(ITCs)は、アブラ ナ科の植物に主として含有されるが、本化合物類も Nrf2 を転写因子として作用しているこ とが明らかにされている。In vitro 研究が主として行われているが、実際の in vivo での効果 は必ずしも明確ではない。当教室でも、AITC を中心に検討を進めているが、in vivo では、 確かに HO-1の誘導がみられるが、Nrf2KO 動物でも同様な誘導作用が認められる。この結 果は、Nrf2 経路がなくても、in vivo では、他の経路で防御応答系の酵素誘導を惹起してい ることを示唆している。 これらに加えて、コーヒー成分のジテルペンであるカフェストール cafestol も Nrf2 を転 写因子として作用し、NQO1誘導を引き起こす。実際にコーヒー(3または6%)を食餌 性で投与すると、肝や腸管の NQO1 などが誘導されることが示されている。さらに、ロー ズマリー成分のカルノソール carnosol、ジンジャー成分のゼルンボン zerumbone もそれぞれ 抗酸化酵素誘導作用が検討され、Nrf2 ー ARE を介するとされている。 植物由来成分は、これまでも医薬品として、あるいは医薬品のリード化合物として大き な役割を果たしてきている。日常的な食品に由来する各種成分の中にも上述したような作 用機序が明らかにされてきている。しかし、これらの研究の大部分は、主に in vitro の条件 で得られたものであり、その作用が実際にどの程度 in vivo で反映されるかは必ずしも明確 ではない。これらの成分との関連で、実際にガンをはじめとする疾患に対す化学予防薬と しての研究が実践されているとともに、疫学的な研究も進められている。健康増進・維持 のための日常食品の中の有用成分の作用機序がさらに詳細に検討され、その食品としての 機能が明確になることが期待される。 現在当教室でも行っている研究手段でもある抗酸化応答系を調節する Keap1-Nrf2-ARE の 流れを中心に上記のような話題提供を行いたい。
© Copyright 2024 Paperzz