Part 2 - 赤十字国際委員会

大腿骨への創外固定の設置
大腿骨は大きな筋肉に囲まれているため、脛骨に比べてピンの挿入が難しい。筋損傷や関節の運動制限を防ぐために
は、後外側方向から適切なラインでピンを刺入することが重要である。骨折部の近位側と遠位側に、それぞれ3本ずつの
ピンが必要である。
大腿直筋
中間広筋
図 22.C.17
断面図で見る大腿骨ピ
ン刺入の正しいライン
内側筋間中隔
C. Giannou / ICRC
外側広筋
ピンの刺入ライン
外側筋間中隔
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 22.C.18&19
後方外側からの正しいピ
ン刺入点
V. Sasin / ICRC
写真 22.C.20
間違ったピン刺入点。
大腿四頭筋を貫いて
いる。
170
上腕骨への創外固定の設置
上腕骨では、上腕二頭筋と三頭筋の間の外側溝からピンを刺入する。骨折部の近位側と遠位側に、それぞれ2本ずつ
のピンが必要である。骨に伴走する橈骨神経には注意が必要で、対側の皮質骨を貫く際には上腕動脈の損傷にも気をつ
写真 22.C.21
上腕骨の銃創症例。デブリドマン前の
レントゲン所見
H. Nasreddine / ICRC
H. Nasreddine / ICRC
H. Nasreddine / ICRC
ける。
写真 22.C.22
デブリドマン後、患肢を POP バックス
ラブとアームスリングで固定した。
写真 22.C.23
創外固定によるアラインメントの矯正
H. Nasreddine / ICRC
H. Nasreddine / ICRC
写真 22.C.24&25
上腕骨に対する創外固定
写真 22.C.24
固定後の伸展動作
写真 22.C.25
固定後の屈曲動作
22.C.d 創外固定器を装着した患者の管理
創外固定後は、患肢を挙上する。
アライメントの整復具合を確認するために、術後早期にレントゲンを撮る。歪みを認めた場合には、軽い麻酔をかけて早
めに矯正することで変形治癒を防ぐことができる。時間がたってからでは、癒着と浮腫のために整復が難しくなる。アライン
メントの歪みを残しては、創外固定をする本来の意味がなくなってしまう。
ピン刺入部のケアは、牽引時と同じ要領で行う。創外固定ではピンの留置期間が長いため、十分なケアを続ける。関節
の運動訓練はできるだけ早期に始める。荷重訓練は、初めのうちは痛みを伴うが、励行するべきである。
171
一般的に、開放骨折では軟部組織が治癒すれば、創外固定を外してPOPシリンダーキャストに変更する。特に脛骨骨
折を固定治療する場合は、軟部組織の治癒具合を確認しながら、通常2~5週で創外固定を外す。早期のピン抜去は疼
痛を伴うため、手術室で麻酔下に行う。ピンの刺入痕は掻爬してガーゼで覆う。
創外固定はできる限り早く外し、石膏ギプス(POP キャスト)に変更する。
22.C.e 合併症
専門的な技術を要する観血的処置では合併症も多い。特に重篤で、
頻度の高いものを以下に挙げる。
ピンの感染とゆるみ
ピン感染の中で最も早期に起こるものは、残存する汚染によるものか、
創感染によるものである。創部からのリンパ液の漏出も近位側のピンに感
染を及ぼす可能性がある。他の要因としては、不適切な手技により骨と周
囲の軟部組織を損傷することが考えられる。注意深い手技と、ピン刺入部
のケアが不可欠である。感染はピンの緩みにつながる。感染があるかどう
かは、滲出液、刺入部の痛み、荷重時の違和感などで診断できる。感染
D. Rowley / ICRC
から時間が経過すると、レントゲン検査でピン周囲の骨透亮像として確認
できる。さらに感染が進むと、骨髄炎となる。これはレントゲン所見では、
ピン周囲にリング状の腐骨像として確認できる。
刺入部感染の治療は、ピンが緩んでいるかどうかで治療法が変わる
(22.B.g参照)。ピンが緩んでいる場合は、骨に感染が及んでいる可能性
があるため、抜去しなければならない。麻酔下にピンを抜去し、刺入痕を
掻爬した後、別の場所に新しいピンを刺入する。ピンを再刺入できるかど
うかは、骨折部の位置と創外固定の置き方で決まる。創外固定をすべて
写真 22.C.26
4 本すべてのピンが緩み、ピン周囲に骨
吸収所見を認める。最遠位側のピン周囲
には著明な骨膜反応を認め、感染を強く
疑う。
組み直さなければならないケースもある。感染や緩みが複数認められる
場合には、別の固定法を用いる。
荷重訓練を重ねる過程で、ピンの緩みや感染を確認した場合にも、直ちにピンを抜去する。
治癒遅延と骨癒合不全
創外固定がきつすぎることも骨折治癒にとってはよくない。
骨膜の骨新生のための刺激因子は、骨折部に多方向の動きがかかることである。この動きを抑えることは仮骨形成を阻
害する。長期間にわたって創外固定を使用するのであれば、仮骨形成を促す特別なフレームが必要である。このフレーム
は骨軸方向に部分的に緩められ(dynamization)、骨折部がごくわずかに動く程度の余裕を持たせておく。ただし、刺入
部に大きな力がかかり過ぎると、ピンが緩み感染する。ダイナマイゼーションを取り入れるためには、より洗練された器械と
技術が必要である。繰り返すが、できるだけ早い時期に荷重訓練が行えるように、POPキャストへ変更するのがよい。
創外固定は、骨癒合不全が予想されるような症例に有用である。例えば、重篤な粉砕骨折症例で、大きな骨欠損や骨
膜欠損を伴うようなケースに用いるとよい。こうした症例では骨移植を要することが多い。
周辺組織の損傷
正しくピンを刺入するためには解剖をよく理解し、正しい手技を身につけることによって神経や血管の損傷を防ぐことが
できる。仮性動脈瘤は晩期に起こる合併症として知られている。
172
ピンによって腱や筋肉を傷つけると、関節の可動制限を来し、創外固定の利点が失われてしまう。
R. Coupland / ICRC
写真 22.C.27
正 し く ピ ン を 刺入 す れ
ば、膝関節の完全屈曲
が可能である。
R. Coupland / ICRC
写真 22.C.28
ピンの刺入点が不適切
であったために膝の屈曲
制限を来した症例
固定具による機械的な問題点
器具は、年月がたつと部分的にうまく機能しなくなる。これらは破棄して新しいものに取り替えるべきではあるが、非常に
費用がかかることが多い。
ICRC の経験
1980 年代から 1990 年代初めにかけて、創外固定術は ICRC の外科医によって広く行われていた。彼らは
3 か月程の間、派遣医師として治療に携わることが多く、短期間で次の担当医師に仕事を引き継いだ。そうし
た環境では、個々の患者に正しいフォローアップがなされることは難しかった。また、多くの外科医は、自分の
治療によって合併症が生じていることや、後任の医師がその治療にあたっていることに気付いていなかった。
ある臨床研究によって、創外固定術が高い合併症発生率を有することや、治療の失敗例などが報告された。
その後、創外固定術の施行例は激減した。
結論として、創外固定は戦傷治療において決して簡単な治療法ではない。他に代用できる方法がない場合にのみ使
用されるべきである。
173
付録22.D
ICRCによる慢性骨髄炎に関する研究
ICRCのスタッフは、コンゴ民主共和国の南部にあるキヴにおいて、長年の武力衝突の後に多くの患者が慢性骨髄炎を
患っていることに気付いた。患者の多くは古い戦傷を負っていた。大半の患者は何か月も、時には何年にもわたって病院
や自宅での療養を余儀なくされており、様々な種類の抗生剤治療やドレッシング治療を施されていた。また、経済的に余
裕のある患者の中には、手術治療を繰り返しているものもいた。患者は皆、例外なく放置されるか、不適切な治療を施され
ていた。
現在も戦闘状態にある危険地域で臨床研究を行うことはたいへん難しい。患者も医療従事者も危険に曝される恐れが
ある。ICRCの外科チームも、この研究や報告に不十分な点が多いことを認めている。しかし、シンプルな方法と適切な技
術が、こうした紛争犠牲者の人生をよいものに変えてきた。
対象と方法
2007年3月から2008年5月にかけて、ICRCの外科チームは血行性または外傷後骨髄炎患者168人を、ICRCのプロト
コルを用いて治療した。ICRCプロトコルは、ICRCの研究結果や出版物の内容に基づいて作成されたものを用いた12。対
象患者は、3か月以上症状が続くもの、患肢から持続的に排膿を認めるもの、膿瘍を形成しているもの、レントゲン所見で
慢性骨髄炎を疑うもの(腐骨形成、空洞形成、異物の残存)とした。初回診察やその後の治療で、患肢切断を要した患者
は除外した。71人の患者で追跡調査が可能であった。
外科的プロトコル
デブリドマンの目的は壊死組織をすべて取り除き、血行のある骨を残すこと(paprika sign)である。処置に際しては、
骨の動揺性を最小限に抑えるために健常骨の辺縁を5mmは残そうなどと考える必要はない。最も大切なことは、形成さ
F. De Simone / ICRC
F. De Simone / ICRC
れたバイオフィルムをすべて掻爬することと、創内を生理食塩水で十分に洗浄することである。
写真 22.D.1
瘻孔から溢れ出る膿
写真 22.D.2
腐骨と瘻孔の切除
骨に動揺性があるか、または疑われる場合には、POPを用いて保存的に加療する。関節をまたいで固定が必要な場合
は、ヒンジ付きキャストや、Vega bridge-castを用いる。創外固定は、骨移植に備える場合にのみ行う。内固定は行わな
い。
骨が露出していたり、死腔がある場合には、近傍の健常な筋肉を授動して被覆する。創部は開放のままとして、ドレッシ
ングを続ける。
174
ドレッシングプロトコル
術後2日目に手術創部のガーゼを交換する。創内に十分な量の砂糖を充塡し、ガーゼで圧迫保護する。ガーゼ交換は
毎日行い、生理食塩水で前日の砂糖を洗い流した後、再度砂糖を充塡する。この処置は、創部が二次治癒によって閉じる
F. De Simone / ICRC
F. De Simone / ICRC
まで続ける。症例によっては、ある程度治癒した後に分層植皮を行う。
写真 22.D.4
シュガーを創傷内に充塡する。
F. De Simone / ICRC
F. De Simone / ICRC
写真 22.D.3
シュガードレッシング
写真 22.D.5
健常な肉芽組織
写真 22.D.6
シュガードレッシング開始から 8 週間後の創部
早期合併症の多くは軽度で一時的なものである。創周囲の痒みや灼熱感などの症状は、場合によってはシュガーの化
学反応に関連している。まれに接触性皮膚炎を起こすことがあるが、砂糖の使用を中止すると改善する。真菌感染は抗真
菌クリームの使用で軽快する。
抗生剤治療のプロトコル
表層組織、深部組織、またもしあれば腐骨も、術中に採取し、ルーチンに培養検査を行う。壊死組織を採取する。抗生
剤初回治療のプロトコルでは、最初の24時間はゲンタマイシンとクロキサシリンを点滴投与、続いて、クロキサシリンの内服
投与を4週間行う。培養結果で、多剤耐性菌が検出された場合には、投与目的を術後の創感染予防のみとし、プロトコル
治療を簡略化して、ベンジルペニシリンとメトロニダゾールの24時間点滴投与とする。
175
抗生剤の追加投与は、改善に乏しい患者に対してのみ、培養結果と感受性検査の結果に基づいて投与する。しかしな
がら、一般的に培養検査は臨床的にはあまり役に立たない。多くの細菌はin vitroで耐性を示すが、in vivoでの結果とは
あまり関連していない。抗生剤の投与期間はあらかじめ計画されたものよりは、臨床所見で判断するのがよい。追加の抗生
剤処方もまたしかりである。
術後管理
関節可動域や筋力の維持および改善をし、徐々に患肢の荷重訓練をしていくため、すべての患者に早期の理学療法
を導入する。患者には高カロリー、高タンパク食を与えるが、そうした栄養のある食事を摂ることが数か月ぶりの患者が
多い。
経過観察結果
全対象症例の平均入院期間は12週(1~48週)であった。治療を要する感染を抱えたまま退院した患者はいなかった。
追跡調査が可能であった71名の平均観察期間は13.7か月(5~28か月)であった。それ以外の患者については地理的条
件と安全性が原因で追跡調査ができなかった。
46名(63.4%)で、観察期間中に感染治療が奏功、36名(50.7%)が、治療前と比べて機能障害の改善を認めた。
統計学的に考察した結果、機能障害の成績と有意に関連性があったものは、年齢(若いほど経過良好)と病因(血行性
感染は貫通損傷より経過良好)であり、Cierny- Mader分類(ホストAはホストBより良好)を示した13。感染の治癒と有意に
関連性を示す因子はなかった。
12. David I. Rowley. War Wounds with Fractures: A Guide to Surgical Management. Geneva: ICRC; 1996.
13. The Cierny-Mader classification of long bone osteomyelitis is based on the anatomy of the bone infection and the
physiology of the host. Cierny G, Mader JT, Pennick H. A clinical staging system of adult osteomyelitis. Contemp
Orthop 1985; 10: 17 – 37.
176
付録22.E 骨移植
腸骨稜は豊富な海綿骨を有し、骨片を採取しやすい場所であることから採骨部として用いられる。腸骨稜のどこから採
取するかは、どのくらいの量の骨が必要かによって決まる。患肢の骨欠損が4cm以下の場合は、前方の腸骨稜から採骨
する。より大きな骨欠損を認める場合は、後方の腸骨稜から採骨する。さらに多くの骨片が必要な時は、両側から採骨す
る。各海綿骨片は爪の大きさ、1cm3程度にする。
22.E.a 骨片の採取法
患者を側臥位または腹臥位にする。
1.
少量を採取する場合には、上前腸骨棘から後方へ6~8cmの皮切を加える。大きな骨片を採取する場合には、上後
腸骨棘から腸骨稜に沿って前方へ8~10cmの皮切を加える。
2.
腸骨稜の外側に付着している筋肉にメスで切開を加え、骨膜剥離子を用いて丁寧に、1cmほど骨から剥離する。
3.
腸骨稜と平行に骨ノミを入れる。皮切に沿って皮切の長さ分、皮質骨にノミを入れる。このラインを採骨部の外側ライ
ンとする。
ICRC
写真 22.E.1
4.
次に腸骨稜に直角に骨ノミを入れる。続いて、採骨の内側ラインを作る。先ほどと同様に皮切の長さ分だけ骨ノミを入
れる。すると皮質骨をフラップ状にめくることができる。これにより海綿骨を露出することが可能となる。
177
ICRC
写真 22.E.2
5.
細めの骨ノミか骨刀を用いて海綿骨を採取する。小さいものは鋭匙で採取する。内板や仙腸関節を傷つけないよう、
過度の力は加えないように注意する。
ICRC
写真 22.E.3
6.
採取した骨は血液に浸したガーゼやスワブで保管する。生理食塩水に浸してはいけない。生理食塩水は骨細胞を壊
し、体液性刺激因子を洗い流してしまう。
7.
採骨部の閉創は、腸骨稜のフラップを閉じるようにして行う。すなわち、蓋を閉じるように骨膜を吸収糸で縫合閉鎖す
る。
178
8.
ICRC
ICRC
写真 22.E.4- 5
ドレーンは可能であれば吸引型のものを用意し、皮下組織内に24時間留置する。最後に皮膚を縫合閉鎖する。
採骨部は、術後強い痛みがある。
22.E.b 移植骨の充塡:閉創の場合
患者の体位を変換し、患肢にエアターニケットを装着する。
皮切は、創傷部とは別の場所に置く方がよい。その方が感染のリスク
を減らし、創治癒に伴う線維性瘢痕を予防できる。骨折部が露出できた
ら、断端の瘢痕組織をリューエルで取り除く。この時、骨膜を除去しない
よう注意する。もし必要であればアラインメントの維持のために創外固定
を併用する。
創部を洗浄した後、ターニケットを緩めて止血を確認する。採取した
骨片をしっかりと欠損部に充塡する。じわじわと出血が続くようであれば、
吸引ドレーンを留置して創を閉鎖するが、ドレーンは24時間以内に抜去
22.E.c 移植骨の充塡:開放創の場合
同様の手順で骨移植を行い、最後は開放創のままとしておく。この方
ICRC
する。通常はドレーンなしで閉創できる。
写真 22.E.6
骨片を欠損部へ移植する
法は、脛骨への骨移植で用いられることが多い。
可能であれば、創部を筋肉または筋皮弁で覆っておく。創部の保護にはこの方法が最も優れている。他の手段としては、
患肢をシリンダーキャストで完全に巻いてしまう方法がある。キャストには創部を指で触ったり検創したりするための小窓は
設けない(Orr-Trueta法:第22章8.3参照)。移植部はキャスト内で湿潤環境に保たれる。
他に代用できる方法としてパピノー法(Papineau technique)がある。この方法では、創部を開放のままとし、移植骨も
露出させたままとする。移植骨は清潔に保ち、乾燥しないように維持する。壊死した移植骨片や痂皮は定期的に取り除く。
この方法には極めて注意深い看護ケアと、頻回のガーゼ交換が必要である。創治癒が進むにつれて移植骨は肉芽の中に
埋もれ、創部は二次治癒によって徐々に自然閉鎖するか、植皮が行える状態となる。
179
22.E.d 骨固定
閉創するにせよ開放創とするにせよ、骨移植を施した後の骨折部は、少なくとも4週間は適切に固定しなければならない。
これは創外固定の最も重要な適応例である。どの骨に移植したかにもよるが、症例によってはOrr-Trueta法もまたよい適
応となる。
ICRC
写真 22.E.7
創外固定による固定術
180
F. De Simone / ICRC
F. De Simone / ICRC
写真 22.E.8- 9
骨移植の成功例
第 23 章
四肢切断と関節離断術 1
1. 本章は、第 21 章「対人地雷による外傷」の関連する項目と合わせて読むこと。
参考:Coupland RM. Amputations for War Wounds. Geneva: ICRC; 1992
181
23. 四肢切断と関節離断
23.1
はじめに
184
23.2
疫学
185
23.3
外科的治療方針の決定
186
23.3.1 切断の受け入れ
186
23.3.2 四肢切断術の適応
186
23.3.3 「血管損傷と重篤な組織外傷」の臨床病理学的分類
186
23.3.4 ダメージコントロール手術
187
23.3.5 四肢切断の位置
187
23.4
標準的な外科手術:初回手術
188
23.4.1 術前準備
188
23.4.2 軟部組織
188
23.4.3 骨組織
189
23.4.4 血管
189
23.4.5 神経
190
23.4.6 止血、洗浄、ドレッシング
190
23.4.7 術後管理
190
23.5 待機的一次閉創術(Delayed primary closure: DPC)
191
23.6 筋形成切断術
192
23.7
198
ギロチン切断術
23.7.1
ギロチン切断の開放断端の管理
23.8 その他の四肢切断と関節離断
199
199
23.8.1 足部切断
199
23.8.2 脛骨での切断術
201
23.8.3 膝関節離断術
202
23.8.4 大腿骨での切断術
203
23.8.5 股関節離断術と片側骨盤切断術
204
23.8.6 上肢切断術
205
23.9
術後管理
205
23.10 リハビリテーション
206
23.11 合併症と断端の修正
208
182
23.11.1 有痛性神経腫
209
23.11.2 幻肢症と幻肢痛
210
183
基本原則
患者・家族と情報を共有し、四肢切断の同意を得ること。
通常は軟部組織損傷の程度に応じて四肢切断や関節離断の高さを決定する。
壊死・汚染組織はすべて取り除き、壊死していない組織はできるだけ残すよう努める。
骨を覆うのに十分な筋肉を残し、適切な断端を形成する。
待機的一次縫合は緊張がかからないように行う。
理学療法は術後直ちに開始する。
身体機能の回復と社会経済的復帰が患者治療の最終目標である。
23.1 はじめに
外科医は四肢切断をするべきか否か、どの高さで切断するべきかを決定する際に、多くの要素について考えなければ
ならない。現地には義足や義手の種類が少ない場合もある上、集中看護ケアも限られているため、患者を救命するために
早期の切断を余儀なくされることもある。外科スタッフが経験不足な上、適切な縫合糸や血管処理の手術器具が不足した
状況下での血管再建が賢明とはいえないこともある。文化圏によっては、たとえ患者が生命の危機に瀕していても、四肢
切断が、あるいは適切な高さでの切断が受け入れられないこともある。外科医は患者の家族や友人、一族、もしくは現地
の部族長と、切断する位置について、時には数 cm 単位で「交渉」しなければならない。
外科的判断は、とりわけ重篤な四肢外傷症例を扱う際には、細心の注意を持って下されるべきである。四肢切断は、複
数回にわたる複雑な手術、入院の長期化、敗血症、また致命的な合併症を起こすこともある上、手術を受けた患者は一生
それを背負って生きていく。義足や義手を装着しなければならないだけでなく、多くの患者が断端に術後合併症を抱える
ようになるし、精神的な問題とも向き合わねばならない。その上、紛争下での四肢切断は、ほとんどの場合、健康な働き盛
りの若者に起こる。資源の乏しい国では、障害者に必要とされる有効な理学療法やリハビリテーション、購入しやすい義足
や義手などがうまく行き届かない。それは患者や家族だけでなく、ひいては社会全体の大きな負担となっていく。低所得
国の多くでは、身体機能リハビリテーションや社会経済的復帰プログラムや職業訓練などが立ち遅れているのが現状であ
る。
四肢切断の判断に至るまでに、同僚と相談をしてセカンドオピニオンを得ることは重要であるが、独りきりで働いている
外科医にとっては、これはジレンマである。
外科医が独りきりでなく、理学療法士や義肢装具士、社会福祉士などと共に、「チーム」として四肢切断の患者に関わっ
ていくことが理想である。チームで四肢切断についての病院の方針を決定し、患者一人一人に適した術式を勘案し、外科
医を支えていくのが望ましい。また、現地リハビリ施設の持つテクノロジーや技能を考慮するのも大切である。言うまでもな
く、こうした考え方は、四肢切断症例を扱う際に常に持っているべきことであり、病院ごとに「四肢切断術の治療方針」を事
前に定めておくべきである。もし最寄りのリハビリ施設が病院から遠いのであれば、外科医はそこの義肢装具チームとも相
談して切断方針を決める必要がある。
外科医は戦傷における四肢外傷症例に対して、一期的に切断術を行う際には、以下の 3 項目を目標とする。
1. すべての壊死・汚染組織を除去する
2. 待機的一次閉創術に備えて、必要な断端の組織を残す
3. 長期にわたる義肢装具の装着に耐え得る断端を形成する
184
「理想的な断端」には、以下の客観的な評価基準が求められる。
・断端荷重量、すなわち、装具ソケットにかかる荷重量が少ないこと
・断端が、十分な量の筋と軟部組織でしっかりと被覆され、荷重が分散されていること
・関節の変形や拘縮を予防するために、拮抗する筋肉同士の収縮のバランスがとれていること
・痛みがないこと
注:
付属の DVD に、対人地雷外傷に対する ICRC の治療マニュアルを載せている。戦傷、地雷外傷における四肢切断術の
基本原則が書かれているので参照のこと。
23.2 疫学
戦傷における四肢切断術の選択率や、全手術件数に対する施行率は、様々な要因によって大きく異なる。
・対人地雷が広範囲に使用された地域:多数の患者がパターン 1(地雷を踏んだ場合:下肢損傷)とパターン 3(手で持っ
ていて爆発した場合:上肢損傷)の外傷を受ける。
・適切な初期治療が施されず、かつ搬送が遅れた場合:発射物による外傷患者の中には、患肢が壊死した状態で来院す
るものもいる。
・近代的な防弾チョッキを着用した場合:体幹は軽傷だが、四肢がひどい損傷にさらされる。
・経過観察期間を設けた場合:まず患肢の温存を試みるような状況下では、再建手術の不成功や遷延する感染や疼痛な
どの合併症により、晩期の切断術を考慮しなければならないこともある。
20 世紀までは、四肢切断が戦時下の開放骨折に対する最も一般的な治療方法であり、現在でも、ごく限られた医療設
備しかないような非常に厳しい環境下では、同様の状況である。
第二次世界大戦中、アメリカ・ドイツ・ソ連軍は異なる地域、異なる戦術のもとに戦っており、病院への搬送手段も様々で、
四肢切断の主な原因もそれぞれ異なっていた。
重篤な外傷
血管外傷
ガス壊疽、その他の感染症
アメリカ
68.6%
19.5%
11.9%
ドイツ
64.3%
6.0%
29.7%
ソビエト連邦
16.0%
5.0%
79.0%
表 23.1 第二次大戦中における各国兵士の四肢切断の主な原因 2。
下肢の単純外傷における切断術の割合は、脛骨での切断が 50%を占める。
2. DeBakey ME, Simeone FA. Battle injuries of the arteries in World War Ⅱ. Ann Surg 1946; 123: 534-579より改変
185
23.3 外科的治療方針の決定
23.3.1 切断の受け入れ
身体の欠損に対する見方や印象はそれぞれの社会によって異なる。患者は動かない四肢でも切断しないよう頼んだり、
切断されるくらいなら外傷による死を選んだりするかもしれない。地域によっては、患者の独断で手術を決めることはでき
ない。切断するか否か、またどの位置で切断するかは、家族や親戚一族などと相談して決めなくてはならないこともある。
23.3.2 四肢切断術の適応
外傷性四肢切断の症例では、治療方針がはっきりしていることが多い。対人地雷や手製爆弾など、爆風効果や飛来物
による損傷効果を狙った兵器が広範囲に用いられる紛争時には、こうした患者を多く見る。
しかし、こうした症例以外では、切断をするか否かという外科的判断が必要となる。以下に、ICRC の外科医の経験に基
づく見解を述べるが、これは単に診療のガイドラインを示すだけである。外科医は治療方針を決めるにあたり、輸血の有無
や術後理学療法のレベル、義肢装具と身体リハビリ施設へのアクセスなどを含めた現場環境を考慮すべきである。つまり
病院ごとの「四肢切断手術に対する方針」に沿って治療することが必要である。
以下は、戦傷における一般的な四肢切断術の適応である。
1.
重篤な組織外傷:ズタズタに引き裂かれて汚染された創(B.5.1 参照)。下腿の開放骨折で切断に至るものは、このケ
ースが多い。
2.
血管損傷:虚血性壊死を発症した場合;コンパートメント症候群で適切な治療がされず、2 つ以上のコンパートメント
に壊死が及んだ場合(第 24 章 5 参照);もしくは血管損傷に重篤な組織外傷が合併した場合(B.5.1 参照)。
3.
多発外傷:身体の他の部位に致命的な外傷があり、患肢の温存よりもそちらの外傷治療の方が優先される場合。特
に血流バイパス術を行ってでも血管修復が必要な場合など。こうした症例において、四肢切断術や関節離断術はダ
メージコントロールのひとつとして考慮される。
4.
二次的出血:他の手段では出血がコントロールできない場合。
5.
制御困難な感染:発熱、敗血症、貧血を伴い、患肢に腐敗や壊死を認める場合。ただし、嫌気性蜂窩織炎や筋炎が
1 つの筋群に限局しているケースでは、切除や筋コンパートメントの減張切開にて治療可能なことがある。
6.
持続する慢性感染症:持続的な疼痛があり、四肢の機能が失われている場合。創傷自体が生命に危険を及ぼすこと
はないため、医師の「正義感」だけで有益性に乏しい手術を繰り返すことは、かえって患者を苦しめる結果になる。患
者によっては、患肢を動かすこともできず、痛みも感じない場合には、切断して義肢を選ぶこともある。
23.3.3
「血管損傷と重篤な組織外傷」の臨床病理学的分類
「血管損傷と重篤な組織外傷」という表現は、「ズタズタに引き裂かれ、高度に汚染された創」といった表現と同じで、い
かにも一般的で曖昧な表現である。戦傷とはすなわち汚染創であり、多くはズタズタな状態である。しかし現代の外科学で
は、それらすべてが切断の対象になるとは限らない。
以下に述べるスキームは、赤十字外傷スコア(Red Cross Wound Score: RCWS)を用いた、様々な戦傷の臨床病理
学的分類を基に、治療方針決定のガイドラインを提供するものである。
上記外傷は以下のように表現される。
・V=H 主要血管の損傷
・グレード 2 または 3
・広範囲な粉砕骨折を伴う(F2)
・骨欠損 タイプ C または D;(3cm 以上の骨欠損。骨移植が必要、治癒困難)
186
「血管損傷と重篤な組織外傷」の診療ガイドライン
1.
主要な神経が切断されている場合、四肢切断術が勧められる。
2.
神経損傷がなくとも、他の致死的外傷(脳、胸部、腹部 V=N、T または A)があり、四肢の血管の適切な修復治
療ができない場合も、四肢切断が勧められる。
3.
ただし、他の外傷があっても、一時的シャント術と筋膜切開術、骨折の適切な固定によって、患肢の再灌流が確
保されており、かつ 24~48 時間の慎重な経過観察が可能な場合、患肢温存を試みる価値がある。
4.
再還流が望めたとしても、軟部組織欠損が非常に広範で、閉創できない場合、おそらく四肢切断がベストな選択
となる。
5.
血行再建術が奏功しなかったり、敗血症が起きたりした場合も、四肢切断術が最善の方法となる。
23.3.4 ダメージコントロール手術
多発外傷症例では、正しく治療の優先順位をつけて手術をすることが重要であり、患者の状態が不安定な場合には、
ダメージコントロール手術が必要なこともある。ダメージコントロール手術では、大腿切断術よりも膝関節離断術を行うこと
が多い。開腹術が必要な場合には可及的速やかに行う。外傷性四肢切断を負っている場合は、直ちに主要血管を結紮し
て止血し、後は十分な洗浄のみを行い、ドレッシングを施しておく。デブリドマンは状態が落ち着いてから行う。何度も述
べているように、生命の危機にあるような重症外傷では、ABCDE パラダイムに沿って進める(B.4.1 参照)。
23.3.5 四肢切断の位置
下肢の切断で最も重要なことが、切断の位置である。残肢が長ければ長いほど、歩行にかかる労力は少なくて済む。残
肢が短ければ、それだけ歩行にかかるエネルギーと酸素消費量が増える。
患肢の切断の位置は、骨折の程度によって決まるのではなく、軟部組織損傷の重症度で決まる。軟部組織が残せて義
足が良好に装着できる最も低い位置で切断するのが望ましい。ただし、歩行に便利だからといって、患肢を温存しすぎる
と断端治癒に支障を来すため、義肢装具士や理学療法士とも相談し、最も適した切断部位を決めるのがよい。
また、切断部よりも近位側に骨折がある場合に、さらに近位側での切断を検討する必要はない。骨折部は確実に固定し
た上で、切断部位は軟部組織損傷の程度によって決められるべきである(例えば、大腿骨骨折を認めても、下腿切断術を
行うケースがある)。
四肢切断術と関節離断術の基本原則
・一般的に残肢は長い方がよい。
・骨断端を筋組織でしっかり覆うことが重要である。
・可能であれば、関節は常に温存した方がよい。
・関節離断術では、術後に断端部に荷重が集中するため、必要な義足が手に入るならば、より近位側で骨幹部切断
術を行う方が好まれる。
・若い患者や小児で骨端線軟骨板がまだ開いている場合には、関節離断術のほうが、それより近位側での経骨的切
断より望ましい。
・切離断端より近位側の骨折は、施行可能な方法で固定すべきである。断端よりも近位側に骨折があっても、そこで
切断する必要はない。
・断端への植皮は軟部組織で十分に断端がカバーされた状態であればうまくいくが、骨断端や薄い線維性組織の上
に直に植皮をしても成功しない。
187
23.4 標準的な外科手術:初回手術
初回切断術の目標は、待機的一次閉創術(DPC)に備えてすべての壊死・汚染組織を取り除くことである。重篤な四肢
外傷を受けたケースでは創感染を来すことが多く、数回のデブリドマンや追加切断術を必要とすることもある。こうした症例
は、特に対人地雷外傷でよく見られる。手術には 2 つの方法があり、1つは本章で述べる古典的手技で、もう1つは第 23
章 6 で述べられる筋形成切断術である。
23.4.1 術前準備
麻酔はケタミンが望ましい。腰椎麻酔は患者の血行動態が安定し
ている際に用いられる。極端に言えば、四肢切断術は局所麻酔下
でも施行することができる。
初回の四肢切断術はターニケットを用いて行うべきであるが、ター
ニケットの着脱により、筋収縮の程度や皮膚・骨の位置が変わるため、
ICRC
骨切断の位置を決める際にはそうしたことを念頭に置く必要がある。
止血確認のために、ターニケットは手術終了の前に緩める。
写真 23.1
四肢は石鹸と水でブラシを用いて洗浄する。
手術時にはエアターニケットを用いること。
23.4.2 軟部組織
外科医は、標準的な切断時の皮弁よりも、「症例に応じた皮弁」を作成しなければならない。初回手術で標準的な皮弁
作成にこだわる必要はない。まず損傷を受けて壊死した軟部組織をすべて除去し、次に骨の切断部位をできるだけ遠位
側に設定する。待機的一次閉創術(DPC)に備えて、組織には十分なゆとりを持たせておく。痛みがなく、義肢に合った、
しっかりとした断端形成ができるように、骨切断部より遠位側の皮膚や筋肉はできるだけ温存するように努める。残った組
織は多少不揃いでも問題ない。余分な骨や軟部組織は待機的一次閉創の際に切除すればよい。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.2.1- 2
損傷によって皮弁の解
剖が決まることが多い。
初回手術で皮弁形成術を完遂させようとしてはならない。
可能な限り軟部組織を残す。余分な組織は待機的一次閉創(DPC)の際に除去できる。
皮弁形成の際には、皮下組織と辺縁の皮膚をトリミングしておく。筋肉は線維に対して斜め方向に切離する。一部の筋
肉を完全に残せるようならば、遠位側の腱を骨付着部から切離して温存する。
188
注:
筋肉は線維と垂直に切ると、炎症性浮腫により数日間かなり腫脹
H. Nasreddine / ICRC
する。そのため、初回手術の際には適切な皮弁形成をしたつもりで
も、待機的一次閉創(DPC)の際には、緊張がかかって縫合できな
いことがある。軟部組織も圧排されるため、創が癒合せず、骨短縮が
必要となる。筋肉を傷つけずに剥離した場合は、こうした腫脹は起こ
らない。これが形成的筋皮弁術が必要となる理由である(第 23 章 6
写真 23.3
皮弁を形成する際に、余分な皮下脂肪織を除去
する。
参照)。
23.4.3 骨組織
壊死した軟部組織の切除後、骨は、できるだけ遠位で切断するが、
4~7 日後に行う待機的一次閉創(DPC)のため、骨断端を覆うのに
十分な正常筋組織を残しておく。手術の最後に、作成した筋皮弁で
緊張なく骨断端を覆うことができることを確認する。
骨に付着している筋肉や筋膜、骨膜は、骨切断予定部の 1cm 近
位側まで剥離する。骨切断は糸鋸で、生理食塩水で洗い流して冷
やしながら行う。細い骨(腓骨、橈骨、尺骨)は、骨切り鉗子や肋骨
剪刀で切ると、断端が潰れたり、近位側に螺旋骨折を起こしたりする
ことがあるので注意する。骨端に、やすりをかけて滑らかに鋭利な部分
F. Plani / ICRC
がないようにする。骨蠟(ボーンワックス)は汚染創に使用すると感染を
起こすので使用するべきではない。小児の場合は過剰な骨成長を防
ぐため、骨断端を骨膜で覆っておくことが望ましい。
写真 23.4
外科医が切断した骨の断端にやすりをかけて
いる。筋肉は線維方向に対して斜めに切る。
脛骨前縁は斜めに切り落としておく。また、腓骨は脛骨よりも 1~
2cm 短くする。橈骨と尺骨は、できれば同じ長さに切断するのがよ
い。
23.4.4 血管
名前のついた血管は、動脈と静脈を別々に刺入二重結紮する。
H. Nasreddine / ICRC
写真 23.5
大きな血管は剥離して
別々に結紮する。
189
23.4.5 神経
「牽引神経切断術(traction neurectomy)」は名前のある神経と皮下組織内で目視確認できる神経に対して行われる。
有痛性神経腫のリスクを下げるため、愛護的に神経を牽引して可能な限り近位側で、よく切れるメスで切断する。神経断端
はその後、筋組織の中に埋もれてしまうため、断端部に義肢ソケットの荷重がかかっても問題とならない。
有痛性神経腫は手術侵襲によって発生することが多く、神経に伴走する動脈は、結紮したり、焼灼したりしてはならない。
これらはこすったり拭いたりせず、ガーゼで数分間圧迫するだけで、ほとんどの出血に対する止血としては十分である。例
外として、比較的大きな血管が坐骨神経と伴走している場合には、血管を丁寧に剥離し、神経切断部とは異なる位置で結
紮する。
23.4.6 止血、洗浄、ドレッシング
ターニケットを外して止血を確認する。創部を大量の生理食塩水、または飲料水で洗浄する。この時、輸液バッグに両
手で軽く圧を掛けるか、またバッグを高く挙げて流しながら洗浄する。断端を大きめの吸収性ガーゼで被覆し、滲出液が
染み込むようにしておく。包帯はしっかり巻くが、締め付け過ぎないこと。
ICRC
写真 23.6
大量の生理食塩水
で断端を洗浄する。
皮膚収縮の予防のために断端の皮膚に数針減張縫合を加えることは推奨できない。これは、皮弁の下に大きなタンポ
ナーデを作り、ドレナージが阻害され、皮膚と筋肉を絞扼し、その結果浮腫を生じるだけである。
断端は初回手術時に閉鎖してはならない。
23.4.7 術後管理
患肢は浮腫を軽減するためにベッド上で挙上し、断端は関節拘縮を予防する肢位とする(第 23 章 9 参照)。術後疼痛
は注意深く観察し、十分な量の鎮痛薬を投与する。これによって術後早期からの理学療法が可能となり、筋力を維持し関
節拘縮を予防することにつながる。理学療法は術後直ちに開始すべきであり、待機的一次閉創術(DPC)が終わるまで待
つ必要はない。
ガーゼ交換は、初回手術の後は DPC まで行わない。滲出液や血液が染み出した場合には、上からさらにガーゼを重
ねて当てておくか、創部に直接当たっているガーゼだけを残して、外側のガーゼだけを交換する。
ただし、感染徴候を認めた場合には、病棟ではなく手術室で創部を再度観察すべきである。対人地雷による外傷性四
肢切断症例では特に感染のリスクが高く、デブリドマンを繰り返す必要がある。
190
23.5 待機的一次閉創術(Delayed primary closure : DPC)
待機的一次閉創術(DPC)は術後 5 日目に行う。断端の状態がよけ
れば、最後のガーゼを剥がした際に、収縮した筋表面に出血を認め
る。
DPC の目的は創を閉鎖することだけでなく、筋組織によるしっかりと
した厚みのある断端を形成することでもある。軟部組織がどのような形
状であろうと皮弁を作成しなければならないが、長く採取できる後方皮
弁が最も有用である。
初回手術での判断が正しく、かつ感染がなければ、骨を短縮する必
R. Coupland / ICRC
要はない。しかし軟部組織で確実に骨端を覆うことができなければ、骨
短縮が必要となる。
残された筋肉は骨端を覆うように縫合する。最もシンプルで多く用い
られるのは、片方の筋肉を骨端を超える所まで牽引し、対側の筋肉や
写真 23.7
四肢切断の断端における待機的一次閉創術
(DPC)
腱、骨膜などと縫合する方法である。他の方法として、特に大腿部や上
腕・前腕部に適しているのは、残された筋肉を骨端を越えて拮抗する
筋肉と縫合し、断端において生理的な筋の緊張作用を構築する手法、
すなわち「生理的筋形成術」がある。
皮弁を形成したら、余分な皮膚を切除して縫合閉鎖する。「Dog ears」と余分な皮膚はすべて切除する。閉創に際して
筋膜は、断端部で皮下脂肪組織層を覆う皮弁が可動性を保つよう、単独で結節縫合する。
血腫形成は避けなければならない。止血に細心の注意を払い、必要ならば吸引型ドレーンかペンローズドレーンを筋
間や皮下に留置する。ドレーンは術後 24~48 時間で抜去する。
筋を覆う十分な皮膚が残っていない場合や、初回術後に皮膚が短縮した場合、義足の都合で骨短縮が行えず、結果
的に温存した筋組織を覆う皮膚が足りなくなった場合などは植皮の適応となる。骨や軟骨の上に直接植皮することは避け、
そういった場合は、外科的に断端の再形成を行う。
F. Plani / C.H. Baragwanath, S. Africa
写真 23.8
植皮を用いた断端の
待機的一次閉創術
(DPC)
191
切断手技の基本原則
・手術はターニケット装着下に行う。
・初回手術では、生きている軟部組織はできるだけ温存する。
・皮弁を別に形成する。
・筋肉と筋膜は、骨断端の 1cm 近位側まで剥離しておく。
・骨は必ず糸鋸で切断し、骨切り鉗子は用いない。
・骨断端にはやすりをかける。
・骨蠟は使用しない。
・大きな血管はすべて刺入結紮する。(動脈と静脈は別々に)結紮する。
・神経は愛護的に牽引し、シャープなメスで切断する。
・神経と伴走する血管は結紮したり凝固止血したりしない。
・閉創は一期的に行わない。
・待機機的一次閉創術(DPC)の際には、必要に応じてドレーンを留置し、術後 24~48 時間以内に抜去する。
・理学療法は初回手術後できる限り早期に開始し、DPC を待つ必要はない。
・四肢は関節拘縮を予防する体位に保持する。
23.6 筋形成切断術
前述したように、筋肉は線維と垂直に切断すると待機的一次閉創術(DPC)の前にかなり腫脹する。これは特に若くて筋
肉の発達した患者に多くみられる。損傷を受けなかった筋腹は浮腫や腫脹といった影響をほとんど受けず、この場合の筋
肉は柔軟で動かしやすく、縫合もしやすい。形成術に際しては、筋肉を全長にわたって剥離し、遠位側の腱で切離する。
筋膜と皮下組織も一緒に授動するなら筋上皮皮弁(myoepithelial flap)となる。筋皮弁を引き寄せて DPC を行う。
以下の 3 つが筋形成切断術によく用いられる筋肉である。
・ヒラメ筋(写真 23.9.1-23.9.9)
・内側腓腹筋(写真 23.10.1-23.10.11)
・内側広筋(写真 23.11.1-23.11.9)
これらは特に対人地雷による外傷性切断を来した症例にみられる、「傘状効果(umbrella effect)」によって軟部組織や血
管・神経などが骨から引き剥がされた状態に対して施行するとよい(第 21 章 5 と第 21 章 7.4 参照)。また ICRC の外科医
は、様々な兵器関連外傷切断において、これを推奨している。
R. Coupland / ICRC
写真 23.9.1-23.9.9
ヒラメ筋による筋形成
切断術。
192
写真 23.9.1
対人地雷による左足の外傷性切断症例。残肢の損傷は軽度に見える。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.9.3
脛骨を、筋切離部よりもわずかに近位側で切断した。
線鋸を用いて切断するが、脛骨前縁部には傾斜をつ
けた。骨端にはやすりをかけ、腓骨は 2cm 短く切断
する。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.9.2
前方筋皮弁と後方筋皮弁を作成した。前側方筋コン
パートメントは挫滅していた(鑷子で把持された暗赤
色の筋)。筋束をこれより近位で切離した。
写真 23.9.4
初回切断手術の終了時。脛骨断端よりも遠位側で
温存できた筋肉はヒラメ筋のみであった。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.9.5
断端形成に備えて、初回手術時に軟部組織の量を
調整しておくが、縫合閉鎖はしない。
写真 23.9.6
多量のガーゼと綿で創を被覆する。
写真 23.9.7
初回手術のガーゼを外しているところ。滲出液が乾
燥して創部に張り付いている。
193
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.9.8
断端には感染を認めず、DPC が可能である。形成し
たヒラメ筋を脛骨前縁の骨膜に縫合する。
写真 23.9.9
皮弁をそれぞれ縫合閉鎖した。創部は多量のガー
ゼで被覆した。術後 12 日目に抜糸。
R. Coupland / ICRC
写真 23.10.1- 11
内側腓腹筋による筋
形成切断術
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.10.1
対人地雷による左足の外傷性切断症例
写真 23.10.2
内側腓腹筋に損傷はなかった(外科医が示指で鈍
的に筋肉を剥離している)。ヒラメ筋と前側方筋区
画には挫傷を認めた。
194
写真 23.10.3
線鋸を用いて脛骨と腓骨を切断し、やすりで断端
を滑らかにした。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.10.5
内側腓腹筋をアキレス腱のレベルで切離し、遠位側
の患肢を切除した。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.10.4
ヒラメ筋と前側方筋群を骨切断部のすぐ近位側で分
離し、損傷のない内側腓腹筋から剥離した。
写真 23.10.7
DPC の際に、ガーゼがフィブリン凝固により筋肉と癒
着していた。筋肉は収縮と出血が見られる。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.10.6
脛骨断端は内側腓腹筋の筋腹で容易に被覆でき
た。
写真 23.10.8
切断した損傷筋肉は腫脹していたが、損傷のない内
側腓腹筋の腫脹ははるかに軽度であった。
写真 23.10.9
脛骨断端は、形成した内側腓腹筋によって内側と外
側から覆うことができた。筋皮弁はそれぞれ、脛骨前
側方面の骨膜に縫合固定した。
195
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.10.10
皮弁により筋形成部を覆った。
写真 23.10.11
減張の必要があれば、内側の筋膜に切開を入れる。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.11.1 - 9
内側広筋を用いた
筋形成切断術
R. Coupland / ICRC
写真 23.11.1
対人地雷による左足外傷性切断(現地で応
急処置されている)。右下腿も対人地雷の
爆発でズタズタの状態である。
196
写真 23.11.3 内側広筋の筋腹を剥離して露出する。
写真 23.11.2
左足切断に加えて右下肢の挫滅が著しく、膝
上で切断術が必要と判断された。膝蓋骨上縁
から、“fish mouth”を形成できるように皮膚切
開。内側広筋まで切断しないように注意する。
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.11.4
遠位側の皮膚を尾側に牽引しつつ、内側広筋を大腿四
頭筋腱の腱付着部から剥離した。術者の左示指が筋の
深さを示している。
写真 23.11.5
損傷のない内側広筋を挙上し、他の筋群を骨切断部の
やや遠位側で切離する。
R. Coupland / ICRC
写真 23.11.6
大腿骨顆に向かっ
て骨幹部が広がっ
ていく部分を線鋸で
切断する。助手は軟
部組織が巻き込ま
れないように把持す
る。
大腿動脈と静脈はそれぞれ別に刺入結紮し、坐骨神経は愛護的に牽引してシャープなメスで切断する。筋コンパートメ
ント間の坐骨神経周囲の脂肪織と血管は汚染されていたため除去した。
197
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
写真 23.11.7
ターニケットを緩め、止血を確認する。損傷のない内
側広筋によって骨断端は容易に覆うことができる。断
端は開放創とし、よく洗浄してガーゼで被覆した。
写真 23.11.8
DPC のため、5 日後に手術室に戻った。滲出液がガ
ーゼの表面まで染み出していたが、乾燥していた。
断端に感染は認めず、縫合可能な状態であった。
R. Coupland / ICRC
写真 23.11.9
内側広筋による筋形成部
は、外側の大腿筋群やそ
の 筋 膜 に 縫 合固 定 し た
が、骨膜に固定することも
可能であった。最後に皮
弁を縫合閉鎖した。6 日後
にガーゼを交換し、12 日
目に抜糸を行った。
23.7 ギロチン切断術
ギロチン切断術は、緊急時に患者を瓦礫や事故車両の下から引きずり出すための最後の手段としてのみ行う。非常に
状態の悪い患者では、関節離断術を選択する方がよい。手術時間も短く、出血量も少ないため、ダメージコントロールの
点で適しているからである。
ギロチン切断術は通常の手術で用いてはならない。
皮膚、筋膜、筋肉は一刀のもとに切離する。「coup de maitre(神業)」という古典的切断ナイフはこのために用いられて
いた。骨はやや近位側で切断し、血管と神経は骨と同じ位置で、通常通りに処理、切離する。
もしギロチン切断の位置が低すぎた場合、壊死した筋肉を取り残す可能性があり、また高すぎた場合は、必要以上に切
除してしまうことになる。血管は筋肉の中に引き込まれるため、止血はより難しくなる。さらに創閉鎖は、特に下腿や大腿の
中央付近で切断した場合、皮膚の収縮のため難しくなる。結果的に、筋肉の著明な浮腫と腫脹により、治癒後に義肢に合
わせるための断端再形成が必要となるため、ギロチン切断は可能な限り避けるべき方法である。
198
D. Rowley / ICRC
写真 23.12
ギロチン切断術後
の断端の浮腫。
23.7.1 ギロチン切断の開放断端の管理
外科医がギロチン切断症例を目にした場合、断端管理の方法は、創部の状態と切断されてからの経過時間によって決
める。
1.
術後48時間以内の場合は、適切な位置で再度切断を行い、可能な限り軟部組織を残しておく。創は縫合せず、5日
後に待機的一次閉創術(DPC)を行う。
2.
術後 48 時間以後の場合は、創部がまだ清潔なら断端はそのままとする。2~3 日ごとにガーゼ交換を行い、下肢を
挙上しておく。2 週間程度で炎症性浮腫が落ち着いてくるので、再度切断を行い、5 日後に DPC を行う。
3.
断端が感染していた場合、壊死汚染組織のデブリドマンが必要となり、これは数回繰り返さなければならないこともあ
る。創は縫合せず、感染が治まるのを待ってから、DPC を行う。
23.8 その他の四肢切断と関節離断
様々な高さの切断の詳細な手術手技については、整形外科の成書を参照のこと。本章では資源の限られた環境にお
ける戦傷管理に絞って述べる。
23.8.1 足部切断
外傷部位が足の先端のみで、踵骨とその周囲の軟部組織が残る症例がある。いくつかの位置での切断・関節離断術に
ついて述べる。
N. Papas / ICRC
図 23.13.1
足の部分切断術
a. 中足骨骨幹部を
横断する切断
b. 中側骨-足根骨
関節離断
a
b
199
N. Papas / ICRC
ICRC
写真 23.13.2
足の部分切断とよくある問題:皮膚外傷と、筋肉
のアンバランスによる踵部の傾斜
図 23.13.3
踵骨部の傾斜への対応策:スクリューやスタイ
ンマンピンによる踵関節の固定
裸足で生活する地域や、沼地や水田など農地で働く人には、断端部で直接身体を支えることができる「サイム(Syme)
切断法」が好まれる。高い位置での切断には義足や松葉杖などが必要となる。サイム法では、四肢の長さを維持し、骨端
成長線を温存でき、簡単な義足を用いて断端を保護できる。外観上の利点も大きい。
N. Papas / ICRC
図 23.14.1
サイム(Syme)切断術
V. Sasin / ICRC
V. Sasin / ICRC
写真 23.14.2-3
サ イ ム 切断術 と
手作りの義足
ICRC の経験
サイム切断はカンボジアやベトナムで広く用いられてきた。その背景には小型地雷による足先端部の損傷が広い
地域で起こったことと、また患者の多くが水田などで働く農民であったため義足が泥にはまりこむのが嫌われたことが
ある。
200
こうした足部の切断術や離断術を受けた患者は、義足なしでも短い距離なら歩行が可能であるが、患肢に全身の体重
をかけられないことが多く、機能性については脛骨での切断の方が優れている。
23.8.2 脛骨での切断術
脛骨での切断は戦傷治療で最も多く用いられる切断術式で、シンプルな義足により患者は高い身体機能を得られる。
骨切断の位置は、歩行の生体運動学上、非常に重要である。従来、脛骨粗面より 12~14cm 下方(再短で 5cm)で切断
すると定義されており、これは身長 30cm あたり 2.5cm の脛骨の長さになる。ほとんどの脛骨切断術は近位側 1/3 の高さ
で行われるが、中 1/3 の範囲で切断しても、義肢は簡単で適切に装着できる。義肢装具士と相談し、最も適切な、現地の
装具技術に見合った切断位置を決めるのが望ましい。
ICRC
図 23.15.1
義肢装具士からみた、
長すぎる断端と・短す
ぎる断端。
1/3
1/3
Long stump
1/3
ICRC
図 23.15.2
理想的な断端の長さ:
中1/3の範囲内で切断
することが望ましい。
Short stump
脛骨は前傾斜をつけて切断すべき。腓骨は脛骨より 1~2cm 短く切る。
すべての骨の切断端はやすりをかけて滑らかにする。
軟部組織皮弁の有用性は外傷の状況による。もちろん外科医は、どのような組織が残っていようと、荷重のかかる面を
適切に被覆できるように、作成しなければならない。下腿前側方の筋コンパートメントは大きな損傷を受けることが多く、組
織が壊死しているかどうかは慎重に評価する必要がある。もしそれらが骨端を覆うのに有用でなければ、切除することもや
むを得ない。
腓腹筋などの長い後方フラップは、骨端を覆うのに最も適している。余分なヒラメ筋は、断端が膨らむのを防ぐために、斜
めに少し切り取ったり完全に切除することもある。軟部組織が多すぎるのは、少なすぎるのと同様、手術ミスであり、時に
「象の足(elephant trunk stump)」と呼ばれる巨大な断端となる。前述したように、筋形成切断術(ヒラメ筋を犠牲にして
腓腹筋による筋上皮フラップを作成する)では、非常に良好な断端被覆が可能となる。
短すぎる脛骨断端
切断の位置が脛骨の上 1/3 と高く、残った軟部組織が適切に骨端を被覆していない患者が時折みられる。また、腓骨断
端が短いと、脛骨と繋がっている骨間膜の支持では腓骨断端が正しい位置に保てず、側副靭帯によって強く外側に引っ
201
張られることで、腓骨頭が傾き、外転して飛び出してしまう。ICRC の義肢装具士は、そうした症例では腓骨頭を切除する
ことを推奨している。腓骨頭切除によって骨頭が飛び出すことがなくなり、また筋肉で覆うべき骨容量が減るため、緊張を
かけずに縫合閉鎖することが容易になる。義肢がいったん適合すれば、膝が不安定になることはない。
術後体位と理学療法
下腿切断後は、通常膝関節は屈曲する傾向にあり、膝関節の屈曲拘縮を予防する方策をとらねばならない。四肢は枕
かブラウンボーラー・フレーム(Braun-Böhler frame)にのせて挙上し、浮腫を予防するが、膝は屈曲させない。術直後
の患肢固定にブラウンボーラー・フレームが手に入らなければ、石膏ギプスによるバックスラブで固定し、その後は必要で
あれば夜間のみ装着する。患者には枕の上で膝関節を伸展させ、できるだけ仰臥位で寝るように、また下肢をベッド端や
松葉杖の持ち手からぶら下げたりしないように指導する。
23.8.3 膝関節離断術
膝関節離断術を初回手術で行う適応として、ダメージコントロールが目的の場合がある。血行動態が不安定な患者に対
し、手術創の大きさと出血量を最小限に抑えるためにこの術式を用いることがある。これは骨を切断することなく迅速に施
行でき、2 回目の手術で経大腿骨切断に変更することも可能である。
膝関節離断術が一次的なものになるか永久的なものになるかは、もっぱら義肢装具技術によって決まる。長年にわたり
ICRC の外科医は、膝関節離断術よりも経大腿骨切断を行ってきた。ICRC の技術者が膝関節離断後に適した義肢を開
発したのはここ最近のことである。
利点と欠点
関節離断術の是非については、特に適切な義肢装具技術のない地域では、多くの議論がある。もし適切な義肢装具技
術があれば、膝関節離断術は他の切断術と比較して機能的によい結果を得られる。その一方で、美容的には問題がある。
大腿骨顆状突起が目立ち、膝の中心の高さが正常の下肢と比べると低く見えることなどである。これは生理的機能にも影
響する。小児では下肢の骨端を残すことが大きな利点となる。
膝関節離断術の難しい点は、骨端を覆うのに十分な軟部組織を残すところにある。皮膚と皮下脂肪のフラップだけでは、
荷重のかかる骨端を覆うのには不十分で、ソケット部分に特殊なスポンジ状の裏打ちをした義肢を用いる必要がある 3。こ
のような義肢がない場合は、外傷の形態上可能であればだが、後方からの筋弁を前面の骨膜に縫合固定して、パッドに
なる部分を手術的に形成することを考える
手術手技
様々な膝関節離断術の手技があるが、すべて大きな外科的侵襲を伴うものである。
202
a
M. King Volume 2 adapted
図 23.16
膝関節離断術のテクニッ
ク
a. 前方、後方のフラップ
の位置を確認する。
b. 前方フラップは膝蓋骨
の腱を露出・切離する
ように剥離していく。
c. 十字靭帯を切断。断端
を縫合切離する。
d. 膝蓋骨腱は十字靭帯
の残り部分と縫合す
る 。 半月 板は 取 り 除
く。
e. 前方、及び内側から見
た断端。
f. 断端を縫合閉鎖しドレ
ーンを留置する。
d
b
e
c
f
関節軟骨は切除しなくてもよい。
ICRC の外科医と義肢装具士はその経験から、最も単純な手術を勧めている。外傷の状況が、もしも膝窩部の皮膚より
も前方の皮膚が強い場合は前方皮弁を用いるのがよい。軟部組織パッドとして最も有用性が高いのは腓腹筋フラップであ
る。創状態が腓腹筋フラップに適していなければ、下腿の筋肉を近位の骨付着部で切断する。膝蓋骨は温存し、半月板
は切除する。残った関節軟骨はそのまま温存する。待機的一次閉創術に備えて、露出した軟骨が乾燥しないよう湿潤環
境になるようなドレッシングを続ける。待機的一次閉創術では膝蓋骨腱を十字靭帯と後方関節包と縫合し、後方筋フラップ
は前方の骨膜と縫合する。皮膚を閉鎖して終了する。
膝関節離断術は熟練した外科医がいる状況で、かつ事前に
義肢装具チームと相談の上で行うべきである。
ICRC
ICRC
写真 23.17.1-2
膝関節離断後の断端
23.8.4 大腿骨での切断術
膝関節を失うと、歩行するのにかなりの労力を要し、また、多くのエネルギーと酸素を消費することになる。それは義足
への荷重が断端ではなく鼠径部にかかるためである。大腿骨はできるだけ温存するべきで、少なくとも大転子部より 10cm
の距離が必要である。断端が極端に短くなる場合には、管理法について装具士と十分に相談する。
cm
図 23.18.1
大腿切断断端を長く残すと術
後の機能性がよい。短い断
端では歩行時に外転筋群に
大きな負荷がかかる。
0
20
60°
70°
短内転筋が不充分なために、外転する
長内転筋により拮抗し、中等度の外転
30
35
78°
大内転筋が維持し、わずかに外転
ICRC
40
203
横断された筋肉が浮腫を起こすことも考慮しなければならない。外傷の状況が許す限り損傷のない筋肉は残すのが望
ましい。これは、特に膝関節近くで内側広筋フラップを考える場合には重要である。筋組織を用いた断端形成術では、拮
抗する筋の筋膜をたがいに縫い合わせるのが一般的である。
ICRC
写真 23.18.2
左大腿部の断端は仕
上がりがよい。右大腿
部の断端は骨を覆う軟
部組織の量が不十分
である。
大腿の近位側 1/3 で切断を行う際、外科医は残った内転筋群と外転筋群のバランスを保つために、拮抗筋群を最大限
残す努力が必要である。しかし、時には骨端の被覆に十分な筋肉が残せないこともある。そういうケースでは、できるだけ
厚みのある軟部組織によるパッドを作ることを目指す。
前述の通り、対人地雷外傷では、坐骨神経周囲の脂肪織は汚染があれば除去すべきである。
術後の体位と理学療法
経大腿骨切断術後は、股関節が屈曲・外転・外旋しやすくなっており、これをできる限り防ぐため、断端の下に枕は置か
ない。側方にクッションを置くのは外転を予防するのに有効である。患者に正しい体位を教え(伸展・内転)、できるだけ長
い時間、仰臥位になる回数を増やすように促す。内転機能の欠損を補うために、残存筋群を強化する特別なトレーニング
が必要となる。
23.8.5 股関節離断術と片側骨盤切断術
これらの切除術は幸いにも戦傷では稀である。骨盤と腹部の双方に関連した外傷はたいてい重症であり、患者を救命
できないことが多い。これらの切断術が必要となるのは、通常さらに遠位側の切断術が奏功せず重度の感染を起こした場
合である。手術に際しては、骨盤構造はできるだけ温存し、周囲の軟部組織を可能な限り寄せて創部を被覆する必要が
E. Dykes / ICRC
E. Dykes / ICRC
ある。
写真 23.19.1-2
股関節離断術:切断手順
204
23.8.6 上肢切断術
原則として上肢は可能な限り長く温存することが望ましい。できるだけ
パドル(腕に装着する部分)の長い義肢を提供するためである。パドル部
分が長いと、義肢は安定し、装着時の痛みも少なくてすむ。したがって、
肘下の短い前腕部切断は肘上切断よりも優れている。肘下切断では、橈
骨と尺骨はそれぞれ同じ位置で切断し、拮抗する筋群同士が互いに骨
断端を被覆するように、それぞれを縫合する。最も重要なことは、残存上
R. Sidler / ICRC
肢の機能的肢位である。つまり、縫合時に肘関節を 90 度屈曲し、前腕を
回外しておくことで、術後に残存肢によるあらゆる動作が可能となる。上
腕切断術では、義肢の支持部となる上腕骨頭の温存にこだわる必要はな
い。
写真 23.20
クルッケンベルグ(Krukenberg)法:機能回
復のための理学療法は患者が社会経済的
に復帰するための第一歩である。
ICRC の経験
1990 年代のシエラレオネ内戦中、多くの人々が両手切断の被害に遭った。ICRC の専門外科チームが再建手術
として「クルッケンベルグ(Krukenberg)法」を 11 人に対して行った。この手術は元々ドイツ人外科医により第一次
大戦直後に発表されたもので、地雷撤去の際に爆発で両手を失い失明した患者を治療するための手技であった。
橈骨と尺骨を分離し、小さなものをつかめるようにペンチあるいは「箸」のようにしている。皮弁は前腕の側方と正中
から授動し、それぞれの分離した骨を包むように形成する。断端部の知覚もあり、盲目の患者も大きな点字(Braille
script)を読むことができる。シエラレオネの患者は、盲目ではなかったが、クルッケンベルグ法によって物を把持す
る上でよりよい感覚を得ることができた。患者は術後、簡単な義手を装着したのと同様に、物を持つことができ、食事
を摂り、身の回りの清潔を保つことができた。こうした症例には、術後の長期的な理学療法と精神的ケアが必要であ
った。
いかなる切断術においても、外科医・義肢装具士・理学療法士の緊密な相談が、患者にとって最良
の結果を出すのに不可欠である。
23.9 術後管理
切除後断端の包帯固定が固すぎると、脛骨前面の皮膚に容易に血流障害を起こす。愛護的かつしっかりとした包帯固定
により、浮腫と痛みが軽減する。
205
図 23.21.1-2
切除後断端の 8 の字弾
性包帯固定。
N. Papas / ICRC
N. Papas / ICRC
a
b
f
c
d
e
g
h
i
j
a
b
c
d
e
f
g
h
i
j
包帯の幅も断端に合わ
せる:下腿切断術では 8
~10cm、大腿切断術で
は 10~15cm。
包帯は常に断端から巻き
始め、浮腫改善のため近
位側リンパ節のある部位
(膝窩または鼠径部)で
巻き終わる。圧迫は遠位
側で強く近位側で弱くす
る。
包帯の幅の半分ずつを
重ねていくように巻き、し
わのないように伸ばす。
包帯は小さな創が断端
にあっても巻くことができ
る。
関節が屈曲したまま拘縮に至るのを予防するために、何らかの対策が必要である。残存する関節の拘縮を予防し可動
域を保つために、理学療法は直ちに開始するべきで、待機的一次閉創術(DPC)の前であっても、早すぎることはない。ま
た全身運動も、患者が歩行を始める準備として開始する。さらに切断肢の残った筋組織を強化するための特別な運動の
指導も行う。
術直後の疼痛の強さは、後に発生する慢性疼痛の発生率と関連すると考えられている。優れた疼痛管理は患者満足度
につながるだけでなく、早期からの効果的な理学療法を可能にする。
抜糸は通常術後 12 日目頃に行う。
23.10 リハビリテーション
リハビリテーションが完結するまで患者の治療は終わらない。これは本書の扱う内容の範囲を超える、専門性の高い再
建術でも同様である。術後長期にわたる理学療法、義肢の装着、それに続く職業訓練。こうしたことは、患者が社会の中で
できる限り活動的で自立した姿を取り戻す一助となる。
患者が義肢に慣れ、社会経済的に復帰できるようになるまで治療は終了ではない。
206
創傷が治癒すれば、包帯をしっかり巻くことで浮腫を軽減し、断端の形
を保つことができる。理学療法士は最も患者の近くにいるスタッフであり、
断端の所見から、義肢装着にふさわしい時期を決める役割を担う。義肢
装着は、術後 3 か月頃と考えられていたが、義肢装具センターの専門性
と仕事量にもよるが、もっと早期(皮膚を縫合閉鎖してから 6~8 週間後)
に行うことが可能で、ICRC のリハビリ施設では、これがルーチンの治療と
なっている。術後数日以内に装着できるような一時的な義肢は、資源の
限られた地域では、ほとんど手に入らない。
義肢装具の製作には特別な作業場と熟練した技術者が必要である。
W. Krassowski / ICRC
身体機能回復リハビリにおいて最も大切なことは、義肢を適合させ、患者
に使い方を指導し、メンテナンスを行うことであるが、それは同時に、低所
得国の医療制度にかなりの経済的負担を強いる。一方、義肢が適合した
患者は、そうでない者と比べて社会経済的負担は少なくてすむ。
写真 23.22
身体機能回復リハビリの重要性:地雷外傷
患者(コロンビア Cucuta 義肢装具センター
にて)。
義肢の調整や交換は 3 年ごと、起伏の多い土地に住む患者では 2 年
ごとに、成長期の小児では 6~12 カ月ごとに行う。義肢は高価であり、ま
た先進国の技術を取り入れた装具は、ほとんどの人々には手が届かない。
10歳の時にけがをした子供が、その後40~50年生きるとすると、25個の
義肢が必要となる。単純な技術を用いても下腿用義足で約 100US ドル、大腿用義足で 250US ドルかかる。これは月収
15~30US ドルの国々ではとうてい手の届かない金額である。多くの人が松葉杖を買う余裕しかないことにも頷ける。
四肢切断という戦傷を負った何千人もの患者に対して、輸入品に頼らずに十分な数の義肢や松葉杖、車椅子を生産す
ることは難しい。ICRC はポリプロピレンによる製品に注目している。ポリプロピレンは安価な合成化合物で扱いやすく、保
管もしやすい。また化学添加物が不要でリサイクルでき、多くの低所得国で生産されている。加えて防水性で湿気にも強
いことは熱帯諸国では重要な点で、ポリプロピレンは資源の限られた国々で四肢切断後の患者の義肢として適している。
ICRC の身体機能回復プログラムと義肢装具工場については付属の DVD を参照のこと。
断端の形状の評価と合併症の有無を確認するため、定期的なフォローアップが必要である。義肢装具使用における患
者の受け入れ状況と、精神状態、社会経済的な復帰状況なども併せて確認する。慢性疼痛と抑鬱症状、薬物乱用はよく
みられる問題で、適切な介入が必要である。
こうした努力をしても、なお多くの問題が残る。義肢装具の故障を現地で修理するのは技術的に容易でないことが多く、
工場がある都市部までは遠く輸送費用もかかる。また、先進諸国に見られるような、仕事や生活に対する補助手当は、途
上国の地方部では得られないことが多い。現地で支給される手当は、あっても微々たるものでしかない 4。
さらに、四肢を失うという肉体的な外傷に加えて、特に若い成人では、自分の外見が大きく変わるという精神的な外傷に、
自分一人では耐えられず、悲しみに沈んだり、まるで近親者や親友を失った時と同様の反応を示すこともある。
四肢切断後の患者はしばしば家族を養っていかなければならず、またあるいは社会からは身体障害者であることを不
名誉なこととして冷遇されることがよくある。患者らは障害を理由に、解雇されたり、離婚されたり、あるいは結婚するのも難
しく、社会的に疎外されることがある。これらは、元々の身体的障害に続く一連の苦悩のほんの一部に過ぎない。戦争で
四肢を失った世界中の人々に対して、精神的支援や経済的援助など、するべきことは沢山ある。
病院やリハビリセンターで実行できる、簡単で効果的な精神的サポートの方法は多くある。場合によっては、リハビリプロ
グラムを完了した患者が、社会環境に応じて、同じ村出身や、同じ部族の新しい患者を訪問するように頼まれたりもする。
また、患者を術後早期からリハビリ施設に案内し、他の患者のリハビリを見学させたり、社会復帰に向けて必要な情報共有
をしたりもする。多くの ICRC のリハビリ施設では、四肢損傷患者自身が、技術者や従業員のかなりの割合を占める。患者
を有給職として雇用するシステムの一例である。
207
23.11 合併症と断端の修正
多くの患者が術後早期から晩期に至るまで、皮膚トラブルや創部感染、壊死など、多数の合併症に悩まされている。最
も多いのは有痛性神経腫、幻肢痛、慢性疼痛、軟部組織の余剰、骨突出、異所性骨化などである。晩期合併症としては
腰背部痛、不安定な歩行による関節の退行性疾患がある。
外科医は義肢装具士・理学療法士と共に患者を診察しなければならない。外科医にとっては「正常でない」断端でも、
義肢装具の適合の面ではほんの小さな問題で、患者にさらなる手術を行うメリットはないかもしれない。断端修正のための
手術は、義肢装具士が患者のニーズに合った機能的な義肢を提供するために依頼した場合にのみ行われるべきである。
診察は系統的に行われるべきで、外傷歴の聴取から開始し、必要があれば義肢を用いて行う。患者の全身状態も評価
する。断端の評価も系統的に行われるべきで、単純 X 線写真も含めて評価する。
長さ
断端の状態
形状
関節の可動性:拘縮の有無
Choke 症候群:義肢の近位側がきつく、遠位側が緩いと静脈閉塞を起こす
炎症、感染
水泡、潰瘍
皮膚
硬結
皮下嚢胞
その他
癒着がなく柔らかい
瘢痕
癒着と知覚過敏を伴う
圧痛を伴う
「Dog ears」
多すぎる(Elephant trunk)
筋肉、皮下脂肪織
軟部組織
少なすぎる
萎縮、線維化を伴う
その他
神経腫
遺書性骨化
長さ
脛骨前縁部の傾斜
腓骨の長さ
骨
骨髄炎
骨棘
その他
表 23.2 四肢切断部の断端評価における ICRC プロトコル
3. ICRC 義肢装具ワークショップ工場ではエチルビニルアセテートを使用している。
4. Hobbs L, McDonough S, O’Callaghan A. Life After Injury: A Rehabilitation Manual for the Injured and Their Helpers.
Kuala Lumpur, Malaysia: Third World Network; 2012.
208
写真 23.23.5
短すぎる断端
写真 23.23.6
前脛骨縁の傾斜がない。
ICRC
ICRC
写真 23.23.4
癒着した瘢痕創
写真 23.23.3
瘢痕の重積
写真 23.23.2
球形断端と「dog ears」
ICRC
H. Tarakhchyan / ICRC
写真 23.23.1
創部の感染
H. Tarakhchyan / ICRC
H. Nasreddine / ICRC
H. Nasreddine / ICRC
H. Tarakhchyan / ICRC
写真 23.23.1 – 23.23.8
よく見られる合併症。
写真 23.23.7&8
腓骨が脛骨よりも長く残り、かつ断端に骨棘を形成している。断端に皮膚のびらんと、瘢痕の局所感染がある。加えて脛骨の骨
棘が痛みを引き起こしている。
簡単な手術によって、適切な装具使用を妨げていた多くの問題、例えば有痛性神経腫や骨棘形成、瘢痕形成などを解
決することができる。
その他、症状によっては骨端の再切除や骨長調整術を行う。また骨断端を筋組織で被覆できるように切断断端全体を
再形成するケースもある。
23.11.1 有痛性神経腫
有痛性神経腫は、切断術後に最も多い外科的合併症のひとつと考えられる。これは、完全に器質性疾患である。患者
は断端の局在のはっきりした点に、圧迫によって起こる、鋭い電気刺激のような痛みを訴える。愛護的に触診すると、硬く
可動性のある腫瘤を触知する。大きさはオリーブ程のこともある。腫瘤を押すと痛みが増悪するが、これは患者が義肢装
着時に感じる痛みとして表される。
治療は、患者の年齢や、他の手術を要する病態の有無によって、局所麻酔下、もしくは部分・全身麻酔下に腫瘤を切除
する。神経膨隆部は切除し、神経断端はよく切れるメスで切断する。この時、神経断端が義肢ソケットからの圧を直接受け
209
ないよう、神経断端が筋肉の中に埋め込まれるように短く切るとよい。
23.11.2 幻肢症と幻肢痛
四肢喪失によって、患者自身が自己に対して抱くイメージが大きく変化する。しかし、元来の身体解剖学的イメージは残
るため、患者は切断された四肢がまだ存在するように感じ続ける。これは、高次脳機能に刷り込まれている「身体地図」が
残っているためである。多くの幻肢症は痛みを伴わず、術後の正常な反応として説明可能である。先天性の四肢欠損児
や幼少期の早くに四肢切断を経験した患者では幻肢症や幻肢痛はみられない。
幻肢痛については様々な報告がされている。診断するのは難しく、残存肢の器質的疾患による痛みと注意深く鑑別しな
くてはならない。幻肢痛は末梢性、脊髄由来、精神的要素などいくつかの要因が組み合わさることによって起こる。痛みの
程度も、単純な不快感から耐えられないようなものまで幅広い。患者によっては灼熱感を伴う痛みや、ズキズキする感じな
どを訴える。
治療の第一は神経腫など残存肢の器質的問題による痛みを除外することである。神経が皮膚瘢痕に巻き込まれていな
いか、骨棘はないかなどもチェックする。真性の幻肢痛に対しては、様々な治療が試みられているが、いずれの結果も芳
しいものではない。治療が奏功する症例もあるが、同じ治療が全例に有効なわけではない。三環系抗うつ薬(アミトリプチリ
ン)、抗てんかん薬(カルバマゼピン)、オピオイドやトラマドール、その他様々な神経ブロックや局所麻酔などが含まれる。
外科的治療は有効ではない。灸や催眠術が有効であった例も報告されている。家族や友人、義肢装具士や医師からの
精神的サポートも大きな役割を果たす。
210
第 24 章
血管損傷
211
24.
血管損傷
24.1
はじめに
214
24.2
創傷弾道学と動脈損傷のタイプ
214
24.3
疫学
216
24.3.1 末梢血管損傷の発生頻度
216
24.3.2 複合的動脈損傷に関連する外傷
217
24.3.3 血管損傷後の切断率
218
24.3.4 切断対温存
219
24.3.5 弾丸塞栓
219
24.3.6 赤十字外傷スコア(RCWS)
220
24.4
救急室でのマネージメント
220
24.4.1 エアターニケット
221
24.4.2 臨床的調査
221
24.5
診断と外科的治療の決断
221
24.6
外科的管理
224
24.6.1 血管外科の非専門医が準備すること
224
24.6.2 手術室の準備
224
24.6.3 患者の準備
225
24.6.4 動脈外傷に対する外科技術
225
24.6.5 修復、吻合とグラフト移植
228
24.6.6 手術手技
229
24.6.7 手術の終了
230
24.7
術後管理
231
24.8
ダメージコントロールと一時的シャント
232
24.9
四肢複雑損傷:動脈損傷と骨折の合併
233
24.10 特有の動脈
233
24.10.1 腋窩動脈と上腕動脈
234
24.10.2 鼠径部
234
24.10.3 膝窩
234
24.11 静脈損傷
24.11.1 特有の静脈
212
235
235
24.11.2 動・静脈損傷の合併
235
24.12 動静脈瘻と仮性動脈瘤
236
24.13 合併症
237
24.13.1 感染症
237
24.13.2 塞栓症
237
213
基本原則
末梢血管外傷のマネジメントの基本的原則は明快で、本書を通じて多くの要点が強調されている。それは病院到着前
の出血のコントロールと速やかな患者移送の他、以下の点も含まれる
確実な出血コントロール
蘇生
できるだけ早い動脈修復
適切な周囲組織を用いた動脈修復部の被覆
可能であれば、静脈損傷の修復
筋膜切開術(ほとんどの症例で)
適切な創の治療、骨折の固定と理学療法
24.1 はじめに
四肢の創からの出血は、現代の戦場での防ぎ得る死亡の原因としては、最も多いものとなっている。何よりもまず病院到
着前の応急処置が重要であるが、病院での外科的処置の重要性もまた、過小評価されてはならない。四肢の血管に関連
する手技の多くは、現代の外科手技ではごく当たり前のように行えるものだが、多数傷病者が搬入されるようなケースでは、
血管修復は手術室での時間を消費してしまう。単純な血管結紮を行ったことで結果的に切断につながったとしても、それ
は最適な臨床的判断である場合もある。
24.2 創傷弾道学と動脈損傷のタイプ
動脈は伸縮自在の構造をもつため、多くの症例で発射体(弾丸や石など)による損傷から回避される。ジグザグの大きな
外傷の創の中に神経や動脈束、あるいは腱だけが無傷で残っているのを発見することはまれではない。
外傷弾道学は動脈損傷をいくつかの異なる病理学的パターンに分類することができる。
・ 完全断裂(横断)あるいは裂離
・ 側方の裂傷あるいは穿孔(点状の損傷)
・ 内膜損傷と血栓症を伴う、または伴わない挫傷
・ 単独の血管攣縮
・ 仮性動脈瘤と動静脈瘻
214
a
d
b
C. Giannou / ICRC
f
e
c
図 24.1 血管外傷の種類
a. 攣縮によって断裂したもの
b. 側方の裂傷:損傷部位は開放している。
c. 側方の裂傷あるいは動脈壁の完全な破裂:拍動性の血腫から仮性動脈瘤を形成する。
d. 挫傷、内膜損傷を伴い攣縮し血栓形成を発症する。
e. 挫傷と中膜の破裂で動脈瘤を形成する。
f. 動脈と静脈損傷の同時発症:動静脈瘻を形成する。
完全断裂(横断)あるいは裂離
血管損傷の大部分は発射体による直接の接触によるものであり、例えば裂傷は、低・高運動エネルギー性ミサイルによ
って起こる。これに加えて、射撃溝に生じた一時空洞の近くを高エネルギー性発射体が通過したような場合、動脈が極度
に引き延ばされて断裂する可能性もある。
動脈の完全断裂と裂離は、組織の損失に伴って生じ、2cm 以上の様々な長さにわたって、両断端の動脈壁のすべての
層に顕微鏡的損傷を受ける。
明らかな動脈断裂は、断端の一時的な反応性攣縮を引き起こす。その後短時間で攣縮はゆるみ、出血が生じる。
側方の裂傷と穿孔創
側方の裂傷と穿孔創では、血管の連続性は失われていないが、壁の一部が裂けて開放しているか、穿孔が認められる。
小さな榴散弾の破片や弾丸の破片、あるいは骨片は、血管の穿孔もしくは血管壁に刺さってタンポナーデ効果を起こす。
血管の収縮も攣縮も起こらないため、多くの場合側方裂傷は開放したままとなり、即座に拍動性出血が起こる。血管外に漏
出した血液は開口部周囲に広い範囲で緩徐に血餅をつくり、やがて拍動性血腫を形成し仮性動脈瘤になる。静脈損傷も
合併している場合には、動脈と静脈の間に交通が生じ、動静脈瘻となる。
215
b
c
C. Giannou / ICRC
a
図 24.2
完全被甲弾(FMJ)による高エネルギー性弾丸の破片による創傷の経路と動脈の走行
a.細い弾道に近い血管:損傷はなく弾丸を回避
b.動脈が脱落した創部の経路に含まれる:創傷の中心からの距離によって裂離か挫傷となる。
c.弾丸の破片による動脈損傷、裂傷
動脈挫傷と内膜剥離
動脈挫傷は一時空洞効果によって起こり得るが、高エネルギー性ミサイルの経路から血管への距離が、近接している場
合よりむしろ距離がある場合の方が発生しやすい。動脈は一時空洞の壁に対して引き延ばされ、圧迫されて外膜血腫が
最初に生じる。次に中膜の損傷が起こり、最終的には内膜も損傷し、時に内膜剥離も伴う。一見正常に見える動脈壁でも、
顕微鏡レベルでの変化が損傷部位の両側に、最大 2cm にわたって確認できる。わずかに断裂している場合には何も臨床
症状がないまま自然治癒することもある。
症状があるような損傷では、挫傷部位には血管攣縮かフィブリンの堆積をもとにした血栓症を引き起こす内膜損傷がある
場合もある。フィブリンで完全に血管が閉塞するには数時間かかる。最終的には外膜と外膜の弾性線維の脆弱になった部
位に中膜のヘルニアをおこして真性動脈瘤が発生することがある。
爆弾や対人地雷による爆傷は多発性の血管内膜損傷を起こし、血栓症となる。加えて外傷の範囲は初回手術時には不
明瞭で、24 時間後に吻合修復の破裂によってすべて明らかになる場合もある。
動脈攣縮
血管壁の反応性収縮である動脈攣縮は、発射体による空洞形成か鈍的外傷で発生する。診断は唯一血管造影によっ
てか、あるいは外科医が血管に挫傷がないと確認するか、もしくは動脈形成時に内膜剥離がないことを確認することによっ
て得られる。疑いを持って観察することが必要で、外科医は虚血の原因を「攣縮」であると容易に捉えるべきではない。
24.3 疫学
血管外傷による院内死亡率は、それ以外の身体のどの部位に外傷を負ったかに左右される。それゆえ「救命するた
めに四肢を犠牲にせよ」という格言がある。救命のための開腹術が終わるころには、ショックと虚血の時間が遷延するこ
とで、四肢が危険に晒されている場合もある。
24.3.1 末梢血管損傷の発生頻度
重傷の戦傷の 50〜70%が四肢の外傷で、大血管を巻き込んだ外傷はわずか 1〜2%である。しかし後者は近年 5%に
216
上り、体幹部のほとんどを保護する最近の防弾チョッキが広く普及している場所や、対人地雷が多く使用されている地域で
はそれ以上になる。1988 年にカンボジアとタイの国境で発生した紛争では、地雷が多く使用された。そのため、ICRC の
外科チームは、3 か月間で地雷による傷病者を 94 人受け入れ、そのうち 13.8%の患者が下肢の血管外傷であったと報告
している 1。
これまでの研究によると、下肢の主要血管の損傷は上肢のほぼ 2 倍の頻度で起こっている。これは、下肢の表面積が上肢
の 2 倍であることを考えると納得がいく。しかしながら、上腕動脈は通常最も頻度の高い末梢動脈損傷部位である。おそら
く解剖学的な理由や戦闘における通常の動作が、この部位の暴露の増大につながっていると考えられる。
主要な静脈損傷の発生頻度は十分に記録されていないものの、下肢の静脈損傷が圧倒的に多い。
24.3.2 複合的動脈損傷に関連する外傷
予想されるように、解剖学的にいくつかの部位は、骨折と動静脈損傷がよく合併する。特に膝窩動脈と膝窩静脈、腋窩
動脈と上腕神経叢、大腿動静脈と大腿骨などの部位である。
血管(%)
動脈
レバノン
N=550
腋窩
上腕
41
神経(%)
米国
ソ連
米国
ベトナム
アフガニスタン
アフガニスタン/イラク
N=936
N=194
34
骨(%)
米国
ソ連
米国
ソ連
N=585
ベトナム
アフガニスタン
ベトナム
アフガニスタン
50
35
92
40
27
20
19
36
6
71
55
34
38
腸骨
23
42
50
57
12
17
8
33
大腿
39
45
38
47
19
37
23
55
膝窩
82
52
74
38
37
45
40
55
全ての四肢
47
38
45
34
44
43
30
47
表 24.1 他の外傷に合併した動脈損傷の頻度。ただし主要な末梢血管のみであり前腕と下腿は除外されている。2
前腕と下腿は通常このような分析からは除外される。というのも解剖学的にこの部分では、血管、神経、骨の外傷の同時
発生が一般的であるためである。
多くの研究による報告によると、静脈や神経損傷を合併する動脈損傷は 2 分の 1 程度であり、骨折との合併は 3 分の 1
から 2 分の 1 である。
1. Fasol R, Irvine S, Zilla P. Vascular injuries caused by anti-personnel mines. J Cardiovasc Surg 1989; 30: 467 – 472.
2. Lebanon: Zakharia AT. Cardiovascular and thoracic battle injuries in the Lebanon War. Analysis of 3,000 personal
cases. J Thorac Cardiovasc Surg 1985; 89: 723 – 733.
USA Viet Nam: Bowen TE, Bellamy RF. Emergency War Surgery NATO Handbook, 2nd US Revision. Washington D.C.:
United States Department of Defense; 1988.
USSR Afghanistan: Brusov PG, Nikolenko VK. Experience of treating gunshot wounds of large vessels in Afghanistan.
World J Surg 2005; 29 (Suppl.): S25 – S29.
USA Afghanistan / Iraq: White JM, Stannard A, Burkhardt GE, Eastridge BJ, Blackbourne LH, Rasmussen TE. The
epidemiology of vascular injury in the wars in Iraq and Afghanistan. Ann Surg 2011; 253: 1184 – 1189.
217
24.3.3 血管損傷後の切断率
第二次世界大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争時に行われたいくつかの古
典的な血管外傷の研究によって、現在の血管修復の標準が作られた。朝
鮮戦争までは、少数の外科医が血管の修復を試みてはいたが、それでも
切断された動脈に対しては結紮が一般的な方法であった。第二次世界大
43%
戦以降、最も引用される統計は DeBakey と Simeone によるもの 3 である。
55%
血管外傷の 2,471 症例のうち、81 例(3%)に初期治療として血管修復が
25%
施行され、切断率は 35%であった。残りの動脈結紮術を受けて生存した
40%
0%
医師がいると切断率は低下し、韓国やベトナムでのアメリカ軍では切断率
50%
どまっている。
75%
C. Giannou / ICRC
患者における切断率は 49%であった。血管修復に非常に精通している
45%
80%
70%
は 10〜13%であった。アフガニスタンでのソ連軍では切断率は約 5%にと
動脈損傷での切断率は、この 100 年間で劇的に低下している。これは
次に示した要因に基づいている。すなわち、速やかな患者移送と早期の
手術、応急手当と出血コントロールがより広く行われるようになったことと、
輸血、より良い蘇生と麻酔、そして抗生剤である。特に注目すべきは、血
管修復に関する外科的専門技術がますます進歩していることである。
図 24.3 動脈結紮後の切断率(複数の文献
からの平均)
動脈
第二次大戦:結紮
ベトナム戦争:吻合
腋窩
43%
5%
上腕
27%
6%
総腸骨
54%
11%
大腿
81%
15%
浅大腿
55%
12%
膝窩
73%
30%
表 24.2 主なる血管損傷の切断率:「結紮していた時期」対「吻合していた時期」4
それにも関わらず、肘や膝から末梢の血管損傷が非常に多いため、末梢血管損傷に対して結紮はいまだによく行われ
る技術である。現代の紛争でも 50%、或いはそれ以上の動脈外傷に単純結紮術が行われている 5。
3. DeBakey ME, Simeone FA. Battle injuries of the arteries in World War II: an analysis of 2,471 cases. Ann Surg 1946;
123: 534 – 579.
4. Rich NM, Baugh JH, Hughes CW. Significance of complications associated with vascular repairs performed in
Vietnam. Arch Surg 1970; 100: 646 – 651 and DeBakey and Simeone, 1946.より改変
5. White JM, Stannard A, Burkhardt GE, Eastridge BJ, Blackbourne LH, Rasmussen TE. The epidemiology of vascular
injury in the wars in Iraq and Afghanistan. Ann Surg 2011; 253: 1184 – 1189.
218
24.3.4 切断対温存
ショック、側副血行路の状態、そして付随する骨折の有無は、切断か温存かを決断する際に重要な役割を果たす。
血管損傷の患者で切断に至る主な原因は以下の通りである。
・ 診断と血行再建の遅れ
・ 軟部組織の損傷がひどいため血管を覆うことができず、血管修復が不可能
・ 感染
・ 挫滅創
・ コンパートメント症候群
主要神経の欠損はしばしば機能障害を来すため、退縮し、痛みを伴う四肢を温存するよりも義肢の装着の方が患者にと
ってはよい場合がある。(B.5.1 及び第 23 章 3.3 参照)。
急性虚血による神経と筋肉の不可逆性損傷に至る危機的な時間は 6〜12 時間である。有効な側副血行路が不十分で
あった場合、12 時間以上経過してからの血流再開は時機を失している場合がほとんどである。1989〜91 年、パキスタンの
ペシャワールの ICRC 病院でアフガニスタン戦争の傷病者の治療が行われていた際には、受傷後 12 時間以内に血行再
建を行った患者の切断率は 22%であったが、12 時間以上経過してから手術を行った患者では、切断率は 93%に達した
6。
側副血行路の重要性に疑問の余地はなく、これは 2 つの構成要素からなる。1 つは、側副血行路として知られている、
すでに名前がついている血管で、解剖学的部位にもよるが多かれ少なかれ強固なものである。もう 1 つは多数の無名の、
筋肉へ行く枝で、これらはお互いに結合し合い、「中間網」を作り上げ、増加、発達している。この 2 つのシステムが初期の
段階で十分に発達していれば、四肢の生存能力は保たれる。上肢の血管損傷での温存率が下肢の血管損傷のそれと比
べて高いのは、おそらく側副血行路の存在によるものである。止血帯を用いた場合、この側副血行路を遮断することになる
ため、止血帯を不適切に使用し、患者の搬送中に定期的に緩めなければ、四肢の生存能力を脅かすことになる。
単独の動脈損傷と比較し、骨折と血管外傷の合併例における切断率の違いを報告している多くの文献がある(表 24.2
参照)。第二次世界大戦の間はほとんどの血管外傷は結紮されており、切断率は骨折との複合外傷では 60%、血管単独
の外傷では 42%であった。ベトナム戦争では血管修復が行われたが、切断率は複合外傷では 33%、血管単独外傷では
5%であった。骨折の合併は、外傷が部分的に大きな軟部組織のダメージを起こし、側副血行路を途絶させるほどの大き
な運動エネルギーによるものであったことを示している。同じ傾向は修復不可能な静脈損傷の合併の時にも見受けられる。
24.3.5 弾丸塞栓
第 14 章でも討論したように、弾丸塞栓はとてもまれな現象で、過去にも数える程の症例報告しかない。ほとんどの症例
が軍関係によるものではなく、市民間の暴力によるものと報告されている。ベトナムでの血管損傷に関する記録簿では
7,500 例の血管損傷のうち、弾丸塞栓は 22 例しかなく、発生率はわずか 0.3%であった。22 例中 3 例は対人地雷や迫撃
砲、あるいは手榴弾の小さな破片で外傷を負ったものであった。
弾丸塞栓が発生するためには、いくつかの基準に合致していなければならない。弾丸の口径は十分小さくなければなら
ず、通常は破片である。また、創部におけるその運動エネルギーは十分小さくなければならない。しかも、損傷された血管
は十分太いか、または心臓や動静脈瘻を巻き込んでいなければならない。
診断は、いつも明白というわけではなく、また受傷した数年後に発生することもある。
6. Gosselin RA, Siegberg CJY, Coupland R, Agerskov K. Outcome of arterial repairs in 23 consecutive patients at the
ICRC-Peshawar Hospital for War Wounded. J Trauma 1993; 34: 373 – 376.
219
24.3.6 赤十字外傷スコア(RCWS)
膝や肘より中枢の末梢血管外傷は致命的な出血を引き起こす可能性がある。したがって、赤十字外傷スコア(RCWS)
ではこれらの血管の 1 か所に外傷があると、スコアは V=H となる。
ICRC での大腿動脈あるいは膝窩動脈の外傷で、骨折の合併例と非合併例の 73 例の結果をグラフ 24.4 に示す。症例
数は統計学的に有意な結果とはいえないが、傾向は明らかで理にかなったものである。骨折を合併する大きな傷の血管外
傷は切断率が高く、死亡率も高い傾向にある。
患者数
25
20
15
10
5
0
ICRC
外傷のタイプとグレード
死亡
四肢切断
四肢温存
グラフ 24.4
ICRC での外傷の種類と程度分類による死亡率と切断率。大腿動脈あるいは膝窩動脈の外傷はタイプ H の外傷に分
類する。臨床的に有意な骨折はタイプ F の外傷に分類する。グレードは、傷の大きさによって 1、2、3 に分類される。
24.4 救急室でのマネージメント
末梢血管からの体外への相当量の出血(Catastrophic external haemorrhage)は C-ABCDE 法の最初の C で、病
院到着までに緊急処置を行わなくてはならない(第 7 章 7.3 を参照)。さもなければ患者は生きて病院にたどり着けない。
動脈と静脈、いずれの出血もショックになり得ることを理解する必要がある。
第 8 章 5.2 に述べたように、出血創を深いところでやみくもにクランプしてはならない。救急室では指での中枢側の圧迫、
創のパッキングと圧縮性のある被覆材、あるいはエアターニケットを用いて一時的に出血をコンロトールし、手術室に患者
を搬送する。出血している血管が明らかに見えている場合のみ、血管遮断鉗子で出血を直接止めてもよい。
外出血は、気道や呼吸、内出血への対応を行っている間、一時的に止
血可能である。
救急室では、診察と気道と呼吸のコントロール、体内への出血がないことを確認した後、他の末梢血管損傷の所見を探
220
す。すべての四肢外傷で、血管損傷を強く疑わなくてはならない。筋肉の小さな塊が創をふさぎ、内部に形成されている血
腫からの出血が隠されていることもある。
鎮痛剤及び抗生物質と破傷風の予防をプロトコル通りに行う。
24.4.1 エアターニケット
救急室でのエアターニケットの使用は、手術室で中枢側と末梢側の出血のコントロールをするまでの間、開放性出血創
に有効であるが、止血帯は内部に血腫がある創、もしくは虚血のサインがある場合には使用するべきではない。なぜならそ
の末梢組織が生存するために重要である側副血行路を断絶してしまうからである。
24.4.2 臨床的検査
状態の安定している患者で虚血の所見がはっきりしない場合や、動静脈瘻や仮性動脈瘤の部位をより明確にする場合
に、利用可能であれば血管造影を行うことがある。これは外科医により手術室で、血管の中枢から 20mL の造影剤の原液
を直接注入し実施するのが最善の方法である。もし適切なレントゲン機器(ポータブルの C-アームレントゲン透視装置)が
手術室で使用できないのなら、ためらわずに自ら患者をレントゲン室に連れて行くべきである。総大腿動脈は経皮的に
18G の針で穿刺でき、造影剤を注入することができる。単純レントゲンなら注入後 2 秒後に大腿部、3 秒後に大腿部遠位、
5 秒後に下腿を撮影する。
超音波ドップラー端子が手元にあるならば、それは特に血管損傷が潜んでいて、注意深く観察したい場合、有用な機器
となる。末梢の血流を確認するだけでなく、上下肢血圧比(ankle-brachial index、ABI)を算定できる。足関節に手動血
圧計を巻いておき、ドップラー端子を足背動脈と後脛骨動脈にあてて最高収縮期血圧を測定する。その値を上腕動脈の
収縮期血圧で割ったものが ABI である。他の部位が健康な患者で ABI が 0.9 以下の場合は高い確率で動脈損傷が疑わ
れる。蘇生後の患者でドップラー端子がないときは、聴診器で後脛骨動脈の脈拍の聴診を試みるとよい。
24.5 診断と外科的治療の決断
ショックと多発外傷がある場合、大血管損傷を診断するのは難しい。一方、血管損傷のサインは明白なケースもあり、そ
の場合は下記の「確実なサイン」を示す。
・活動性の出血
・大きく、増大する血腫
・雑音や振動を認める拍動性血腫(仮性動脈瘤)
・「機械的な」雑音(動静脈瘻)
・急性末梢虚血の所見、特に蘇生後の脈拍の消失
急性末梢虚血の古典的 6P
・Pain(疼痛)
・Paraesthesia(知覚障害)
・Paller(蒼白)
・Poikilothemia(冷感)7
・Paralysis(運動麻痺)
・Pulselesness(動脈脈拍消失)
221
発射体の弾道が主要末梢血管付近を通過した症例で、上記の所
見をひとつでも認めた場合には試験開創術を必要とする。
末梢の急性虚血の所見は曖昧なことがあり、脈拍に問題がないか
らといって血管損傷の可能性を除外できない。というのは側副血行
路が末梢の脈拍を保つことがあるからである。特に空洞効果の後は、
内膜の断裂と血栓症が遅れて発症することがある。冷たく、脈拍が消
失し、皮膚の色調がまだらでチアノーゼになった四肢という所見は、
患者が寒冷環境下にいた場合や、クラッシュ外傷、その他様々な原
因によるショックでも起こり得る。しかし蘇生後患者での末梢の脈拍
尺度は、外傷を負った四肢と負っていない四肢を比較することで判
断する。非対称的な脈拍、毛細血管灌流、皮膚温などはすべて末梢
ICRC
消失は動脈損傷の「確実な所見」と考えられる。末梢循環の臨床的
図 24.5 膝窩動脈付近の弾丸の弾道による斑
状出血
循環不全を示唆する。
収縮期血圧が 90mmHg に達する以前の蘇生術において動
F. Hekert / ICRC
脈損傷を診断するのは困難である。常に外傷を負っていな
い四肢と比較することが必要である。
もし発射体の弾道が主要血管の近くで、「確実な所見」が見られな
いか、虚血の所見が不完全であれば、まずは外科的治療ではなく、
図 24.6 明らかな血管外傷:銃創による明らか
な虚血性壊死
経過観察を選択し、以下の「疑い所見」を確認する。
・ 小さく、安定している、拍動のない血腫
・ 隣接した神経の運動・知覚の低下
・ 他の外傷で説明できないショック
・ すでに止まっている出血
明らかに血管損傷をもった患者は遅滞なく、すぐに手術室へ運ぶ
べきである。動脈修復はもはや適応外という制限時間はないものの、
最善の結果は受傷後 6 時間以内に血行再建された時に得られる 8。
良好な側副血行路の存在は動脈修復の成功率や血管結紮の結果
を左右する。ショックの存在は状況を複雑化させる因子である。他の
重要な因子は深刻な組織損傷で、これがあると外科医は動脈修復し
四肢を温存するよりも、切断する決断を下すことが多い(第 23 章.3.3
ICRC
参照)。
図 24.7 常に両側の四肢の虚血があるかどう
かを比較する
222
いくらか側副血行路があるがコンパートメント症候
群が進行している部分的虚血症例を、完全な虚血症
例と識別するのは非常に困難である。不可逆的虚血
性筋肉と神経損傷の臨床的評価は、だいぶ時間が
経過してしまった場合を除いては、通常は不可能で
ある。したがって、はっきりしない症例であっても、ま
ずは第一に筋肉の生存能力を評価するために筋膜
R. Coupland / ICRC
切開を行うべきである。筋肉の生存能力は色調・手触
り、つまんだり電気メスで刺激を与えたりすることによ
って収縮するかどうかで判断する。もし筋肉が生存し
ているのであれば血管修復を行う。
最も困難な状況は膝から下である。もし前外側コン
図 24.8 筋肉と少なくとも 2 か所の筋区画が露出し、壊死性である。
パートメントの筋肉のみが壊死に陥っていると判明し
た場合、デブリドマンと血管修復を行う。もし 2 つ以上
の筋区画が壊死に陥っている場合は切断を行わなけ
ればいけない。
「実際に見て確認すること」 は 「経過観察」よりも賢明である。
動脈は可能ならいつでも修復すべきである。しかし、前腕と膝窩より下の下腿においては、外傷が単独で、もし末梢への
良好な血流が保たれているならば結紮しても良い。ただし、もし両側の前腕に外傷を負った場合は、少なくとも一方は修復
するべきである。下腿では、前脛骨動脈に加え少なくとも一方の後脛骨動脈を修復するべきである。
主要静脈の損傷は動脈損傷よりも診断が難しい。唯一の所見は創部から持続する暗赤色の出血か、あるいは閉鎖創で
の増大する血腫である。急性静脈灌流不全は 24 時間以内に冷たく(熱感のない)青みがかった四肢の増悪する浮腫とし
て現れる。後に、静脈の状態を示す兆候から慢性灌流不全が明らかになる。その所見とは浮腫、皮膚の変色、潰瘍形成で
ある。
神経学的症状も診察時に調べるべきである。ただしその神経学的所見は、虚血によるものかもしれないし、拡大する血
腫による神経の圧迫や、コンパートメント症候群によるもので、神経自身の損傷によるものではない場合もある。
7. Poikilothermia: 「変温性」。この単語は、体温を調節できず、周囲の環境の温度に合わせて体温を調節する変温動物に使用され
る単語であるが。ここでは、虚血した四肢が冷たくなり、皮膚温が室温まで下がることを意味している。
8. Burkhardt GE, Gifford SM, Propper B, Spencer JR, Williams K, Jones L, Sumner N, Cowart J, Rasmussen TE. The
impact of ischemic intervals on neuromuscular recoveryin a porcine (Sus scrofa) survival model of extremity vascular
injury. J Vasc Surg 2011; 53: 165 – 173.
223
24.6 外科的管理
出血を止める最も効果的な手技は血管周囲の結紮である。
24.6.1 血管外科の非専門医が準備すること
血管の手術は時間がかかる。通常血管の手術を行っていな
い一般外科医は、血管の解剖と主要血管を露出するために行
う切開を徹底的に復習し、準備するべきである。動脈吻合の基
本技術は単純なダメージコントロール手技と同じく、単純であ
る。
T. Gassmann / ICRC
24.6.2 手術室の準備
血管手術に使用する器具は、ドベーキー、ブラロック、サテン
スキー鉗子、ブルドッグなど、特殊なものだが、それらは非圧挫
腸管鉗子、あるいは先端にプラスチック製の点滴ラインのチュ
ーブをはめた通常の止血鉗子で代用可能である。血管の吻合
図 24.9 血管遮断鉗子
はモノフィラメントの非常に細い針付き縫合糸を用いる。血管吻
合用モノフィラメントがない場合は、細い編み込み絹糸を一度皮
下脂肪組織に通して滑らかにして用いることもできる。
その他、血管手術に特有な必需品は以下の通りである:
・ 即席のルンメルターニケット(図 24.10.1 と 10.2 を参照)を作るための血管ループ、またはへその緒状(ループ状)テー
プ、あるいはペンローズドレーン
・ 異なるサイズのフォガティカテーテルか尿道カテーテル
・ ヘパリン
・ できれば造影剤
これらは手術が始まる前に手術室のスタッフに準備させておくべきである。良好な照明と優秀な助手も血管修復手技を
224
T. Gassmann / ICRC
N. Papas / ICRC
かなり容易にする。
図/写真 24.10.1~2
ルンメルターニケッ
ト:テープをゴムのチ
ューブかカテーテル
の中に通したもの
24.6.3 患者の準備
血管露出に適した患者の体位と手術ドレープは重要である。「接合部」の外傷(D.6 を参照)では、中枢側のコントロール
のために開胸あるいは開腹を要求される場合もあるためである。
外傷を負っていない下肢の皮膚は、必要であれば同時に静脈グラフトを採取できるように準備すべきである。
麻酔は通常通りに行う。患者はまず適正に蘇生されていなくてはいけない。血管の手術は時間を要するため、四肢を温
存するために患者が低体温、アシドーシス、凝固障害といった重大な 3 徴候に陥らないようにしなくてはならない。輸血用
の血液が入手可能かどうかによっては、四肢温存のために費やされる時間も変わってくる。
24.6.4 動脈外傷に対する外科技術
主要動脈は可能な限り修復されるべきである。基本原則は以下の通りである。
・ 出血のコントロール
・ 血管の近位部と遠位部の露出
・ 血管の開存性の保持
・ 修復にむけての血管の準備
・ 動脈の修復、再建
・ 動脈を適切な軟部組織で覆う
・ 傷のデブリドマンと他の骨折の安定化
・ 筋膜切開
注:
四肢の血流再開が遅れる場合、血管修復の前に早期の筋膜切開を行うこともあり得る。一旦出血がコントロールされた
時点で、ルーチンに筋膜切開を行う外科医もいる。
1. 出血のコントロール
必要に応じてエアターニケットを使用するか、中枢・末梢側の動脈を助手に用手的に圧迫してもらう。エアターニケット
は明らかな出血がなくても装着しておいてよいが、実際に必要な瞬間までは膨らませない。
2. 血管の露出
主要血管の中枢側は、安全にできる範囲で、損傷部位からできれば健常組織の部分まで、十分な長さの切開を入れて
露出する。
末梢側の露出は通常は損傷部分まででよい。もしくは、解剖的な血管の走行に沿って、健常組織の部分で中枢側とは
別に切開を行う。
225
F. Plani / ICRC
図 24.11
血管露出のための
大きな切開
3. 血管のコントロール
露出された血管の中枢と末梢は、血管遮断鉗子か、ルンメルターニケットで血流を遮断する。エアターニケットを使用し
ている場合、この時点でターニケットをはずしてよい。
F. Plani / ICRC
図 24.12 血管遮
断鉗子とペンロー
ズドレーンを使った
ルンメルターニケッ
ト で 血 管 の 中枢 と
末梢を遮断
4. 血管の同定
創部は直接的な損傷を受けており、血管は切り裂かれて離れているので、それぞれの断端をブルドック遮断鉗子か非
圧挫性鉗子で挟んでおく。もしくは、小児用のフォーリーカテーテルを挿入し、バルーンを膨らませて血管を閉塞させ
る。
226
C. Pacitti / ICRC
図 24.13
分かれてしまった断
端をブル ドック血管
遮断鉗子で挟む
5. 血管の開存性の保持
動脈の近位端はブルドック鉗子か血管遮断鉗子を開放し順行性に血液を流すことで確認される。同じように末梢端は
血液の逆流があることで確認される。
血栓除去術はフォガティカテーテルか尿道カテーテル(入手可能なもの)を慎重に引き抜いて行う。カテーテルは挿入
時、あるいはバルーンを大きく膨らませすぎると内膜を容易に損傷し得るため、注意深く挿入する。
ヘパリン入り生理食塩水(5~10 IU/mL 生理食塩水 9)を中枢側、末
梢側に注入する(下腿であればそれぞれ 20~30mL、上肢であれば
10~20mL)。これは修復を行っている間に血管内腔に凝血塊が生じ
ないようにするのに有効であるが、ICRC の外科ではこれを体系的には
行っていない。
フォガティカテーテルがない場合は、用手的に血栓を絞り出すように血
C. Pacitti / ICRC
管の中枢側と末梢側とをそれぞれ創部にむかってミルキングする。それ
と並行してヘパリン入り生理食塩水、(なければ通常の生理食塩水)を
持続注入することで、血栓を除去し排出し得るはずである。
尿道カテーテルはフォガティカテーテルよりも好ましい。血栓除去のた
図 24.14 損傷した血管から除去された血栓
めのバルーンがついており、ヘパリン入り生理食塩水を注入するのにも
使用できる。
6. 修復に向けての血管の準備
損傷した血管の断端は健常な部位まで切除する。動脈では、外膜を 2〜3mm 以上除去する。これにより、断端は、そ
れだけで構造の保持が可能な弾性中膜を認めることができる。
創傷の程度によって、修復、吻合、あるいは静脈グラフトでのバイパス置換のいずれかを行う。しかし良好な軟部組織
で覆うことができない限り、いかなる修復も行ってはならない。
9. 外科医が使用するヘパリン濃度は、5 から 100IU/mL まで様々で、統一された基準はない。多くの外科の参考文献でも濃度は記
載されておらず、単にヘパリン生理食塩水と述べられているだけである。ヘパリン使用時には、拮抗薬としてプロテアミンを準備して
おく。ヘパリン 100 単位に対し、プロテアミン 1mg が適切な用量になる。
227
24.6.5 修復、吻合とグラフト移植
側方からの裂傷
狭窄の危険性がない場合に限り、大きな動脈であっても傷が小さくきれいに裂けているだけであれば、縫合による直接
修復も可能である。5/0 か 6/0 の合成血管縫合糸で、創縁から 1mm のところに 1mm 間隔で連続縫合を行う。小、あるい
は中程度の大きさの動脈裂傷、あるいはデブリドマンされた動脈で、直接縫合で狭窄を起こす可能性がある場合には、静
脈パッチで修復した方がよい。ただし損傷した部位を切除し、吻合を行う方が早いという理由で、すべての症例でこれを好
む外科医もいる。
図 24.15.2
静脈パッチを用い
た動脈の側方修
復。最初に両端に
固定用縫合を行う
と血管を扱いやす
い。
C. Giannou / ICRC
C. Pacitti / ICRC
写真 24.15.1
動脈の側方裂傷
完全な離断か裂離
直接吻合は通常低あるいは中等度エネルギー外傷の創で可能である(例えばナイフや手榴弾による破片、いくつかの
回転式連発拳銃による裂傷)。動脈にもよるが、2〜4cm の欠損であれば、血管を授動することによって直接端々吻合がで
きる。損傷を受けた動脈を中枢から末梢にかけて最大 10cm まで切り裂いて、たるみを作り、吻合部に緊張がかからないよ
うにする。外科医は端々吻合を行うために、重要な側副血行路の分枝を犠牲にしたり、関節を過度に屈曲したりするべきで
はない。血管の大きな欠損に対しては、通常静脈グラフトを要する。
動脈挫傷
通常、動脈挫傷における内膜損傷は、切除と吻合を行うには範囲が広すぎることが多い。健常な組織まで切除して静脈
グラフトで置換することも選択肢に入れる。
動脈攣縮
単純な臨床背景だけで動脈攣縮を診断するのは非常に危険であり、血管は直接観察するべきである。動脈切除は内膜
228
剥離が起こっていないと確認できる、つまり内膜が無傷であると断言できるところまで施行する。局所へ温かい生理食塩水
をかけたり、パパベリンやリドカインを外膜に注入したりすることは攣縮を軽減するのに役立つ。
動脈攣縮と診断された症例の多くは内膜剥離を起こしている:見つけ出す唯
一の方法は「開けて、見る」ことである。
24.6.6 手術手技
動脈吻合
動脈の断端は、尿管吻合の時ほどではないが、わずかに斜めに、楕円形(あるいは先広)になるように切る。非常に細い
単フィラメント性の縫合糸(5/0 か 6/0)で連続縫合するのが吻合としては最善である。中枢と末梢の断端をコントロールする
ために、2 針か 3 針固定のための結節縫合を用いることもある。非連続の結節縫合は撓骨動脈や尺骨動脈、脛骨動脈、小
児の動脈のように直径の小さな動脈を吻合する時に用いる。これらの吻合は動脈の吻合部位に張力をかけず、狭窄を起こ
C. Pacitti / ICRC
P. Zylstra / ICRC
さないように行わなくてはならない。
写真 24.16.1 動脈の直接吻合
図 24.16.2 損傷した動脈部位を切
除して端々吻合を行う。動脈断端の
断面が楕円である。
静脈グラフトでの置換
より広範囲の損傷では、受傷した四肢の静脈灌流を損なわないよう、対側の下肢から大伏在静脈グラフトを採取し置換
術を行わなければならない。動脈損傷の多くは発射体(弾丸など)による大きな組織欠損に合併する。中枢と末梢の断端を
切除した場合、それぞれの断端に張力がかからないように吻合することができないのであれば、静脈グラフトが必要であ
る。
大伏在静脈グラフトは受傷していない方の下肢から採取する。
大伏在静脈を適切な長さで分離し、すべての分枝を注意深く結紮する。もしこれが行えないのであれば、小伏在静脈か
上肢の静脈が次の選択肢となる。
グラフト攣縮は注射器で生理食塩水か血液を緩徐に注入することで戻すことができる。静脈切片は静脈弁により血流が
妨げられないように逆向きにして使用する。グラフトを置く時には捻れが生じないようにし、屈曲が生じないよう、長過ぎない
ようにする。どちらも血栓症を起こし得るからである。動脈とグラフトの吻合は直接吻合で述べたのと同じく単フィラメントの縫
合糸を用いて連続で行う。静脈は縦方向にわずかに切開を加えて、先広の断端に形成する。
229
P. Zylstra / ICRC
C. Pacitti / ICRC
写真 24.17.1 静脈グラフトでの置換
a
v
a
v
a
v
図 24.17.2 損傷した動脈の断端を先広
に形成した後、静脈グラフトと端々吻合す
る。a=動脈、v=静脈
グラフト置換のために、人工血管を用いる外科医もいるが、ICRC の外科医は汚染された戦闘での創部に、物資が限ら
れた環境下ではほとんど入手できないような人工的なグラフトの使用は回避すべきだと信じている。自家静脈グラフトが一
番である。
注:
子供の場合は、成長するにつれて、彼らの血管も大きくなる。したがって、離断された動脈に静脈グラフトを用いる場合、
長期にわたって狭窄が生じないように、連続縫合よりは結節縫合を行うのが望ましい。
最後の一針
修復の最後の一針を完成させる前に、末梢の遮断鉗子を一時的に緩めて切片内に血液を充満させ空気を追い出す。
そして最後の一針を結紮したら、まずゆっくりと末梢の遮断鉗子をはずして、次に中枢の遮断鉗子をはずす。
どの動脈の吻合でも、遮断鉗子をはずした後に縫合線からときどき出血がみられるが、もし必要であれば 10 分間、ガー
ゼなどで覆って軽く圧迫して止血する 10。追加の縫合は通常新しい針穴からの出血を助長させる。8 の字縫合あるいはマッ
トレス縫合は、圧迫のあとにも続く出血を止血する時のみに用いるべきである。
24.6.7 手術の終了
傷のデブリドマン
動脈修復や静脈グラフトのあと、傷はデブリドマン後に通常通り洗浄し、のちの待機的一次閉創(DPC)のために開放創
としておく。デブリドマンの際には、特に最初の損傷が多数の破片によるものの場合、周囲に他の血管や神経損傷がない
かどうかを探す。
軟部組織で覆う準備
B.11.にあるように、修復された血管は軟部組織で覆わねばならない。必要であれば筋膜や筋肉のローテーションフラッ
プを用いる。広背筋は腋窩動脈や上腕動脈の被覆に、薄筋は大腿の血管の被覆に使用できる。腓腹筋は膝窩部の被覆
に適している。しかし、血管を過度に圧迫して血栓を生じさせないようにしなくてはならない。前述のように、軟部組織による
被覆ができないと、更なる失敗を招く。すなわち血栓か、修復血管の乾燥か、二次性の出血である。
適切な軟部組織で被覆することができないのであれば、どのような血管修復も行う
べきではない。
230
筋膜切開
以下は筋膜切開が適応となる、指標である 11。
・ 受傷してから血流再開までに 4 時間以上経過したもの
・ 低血圧あるいはショックの時間が長いもの
・ 術前から明らかに浮腫があるか、術中あるいは術後に進行する浮腫がある
・ 主要血管における動・静脈合併損傷例
・ 広い範囲での軟部組織の欠損を伴った創
・ 動脈結紮例か、明らかに修復に失敗した例
・ 単独の主要な静脈の損傷
注:
筋膜切開を手術終了まで待つと、静脈うっ滞と循環不良、あるいは筋肉壊死などにより、血管修復が危うくなる可能性が
ある。これまで述べてきたように筋膜切開は、血管を剥離同定して遮断したらすぐに、血管修復をする前に行ってよい。
経験をふまえ、ICRC の外科医は血管損傷の全例に末梢の筋膜切開を行う
ように推奨する。
修復のコントロール
四肢の末梢循環(脈拍とブランチテスト)は外科医が手術室を出る前にチェックする。吻合部の開存の確認は数時間後
ではなく、すぐに行うのが最善である。もしも必要な設備があって術前に手術台での動脈造影を施行できたのであれば、術
直後に再造影を行う。
24.7 術後管理
血行再建後の末梢循環は定期的に確認しなければならない。出血や虚血(吻合部の血栓を示す)、感染、あるいはもし
最初に筋膜切開を行っていないのであればコンパートメント症候群のいかなる徴候に対しても、注意深い観察が必要であ
る。
四肢は固定し、静脈ドレナージが改善するようにわずかに挙上しておく。軟部組織の待機的一次閉創(DPC)まで床上
安静が必要となるため、負荷のない能動的な筋肉の運動は手術後第 1 日目から開始するべきである。
ICRC の外科医は抗凝固療法(ヘパリンやワーファリン)、あるいは抗血小板剤(アスピリン)は投与しない。
10. これは 1 杯のコーヒーや紅茶を飲む時間である。外科医がテーブルを離れるとしたらここが最善のタイミングであるが、多くの外科
医は「ちょっと見て」みずにはいられない。
11. du Plessis HJC, Marais TJ, van Wyk FAK, Mieny CJ. Compartment syndrome and fasciotomy. S Afr J Surg 1983;
21: 193 – 206.より改変
231
24.8 ダメージコントロールと一時的シャント
以前は、大量に出血した患者に対する標準的な処置は動脈の単純結紮であった。これは今でも経験の少ない外科医に
とって最も安全な止血方法である。
現代の外傷外科では、20 世紀初期に行われていた動脈吻合の基本的手技が幅広く活用されており、これは限られた医
療資源で手術を行う一般外科医にとって、非常に有用なものである。その手技とは主要動脈の欠損を連結する一時的シャ
ントである。
一時的シャントの適応
状況によっては、吻合や静脈グラフトを行うよりも、ダメージコントロールとして一時的シャントを行うことが求められる場合
がある。
・ 多発外傷で血行動態が不安定な患者
・ 大きな軟部組織の創傷で、解剖学的な位置の問題で神経血管束のデブリドマンが困難な症例
・ 大きな骨折を伴う創傷(下記の通り)
・ 外科医に、最初の手術で血管修復を終えることに十分な自信がない場合
静脈グラフトが使用可能であれば、一時的静脈シャントをルーチンに施行することを推奨する外科医もいる。一時的シャ
ントは血管修復を行う前、あるいはグラフトのために大伏在静脈を採取する間に、四肢への血流を速やかに供給し、長くう
んざりするデブリドマンの間、組織の状態を良好に保つ。
加えて、多数傷病者が発生しトリアージが行われているような事例では、シャントを使用することは有利である。ただし、
翌日、翌々日にもより多くの傷病者が到着する、多数傷病者の洪水のような状態では、一時的シャントは最善の選択肢で
はないかもしれない 12。
手技
フォガティカテーテルを用いた末梢の血栓除去術、末梢動脈へのヘパリン入り生理食塩水注入、筋膜切開は事前に実
施しておく。
一時的シャントを増設するため、十分に長さをもたせた点滴用ルートか、その他の適切な資材(気管内吸引チューブ、鼻
胃管チューブ、小児用栄養チューブ、T−チューブなど)を切ってヘパリン入り生理食塩水を満たしておく。このシャントを動
脈の末梢と中枢の断端に(動脈断端をそれ以上デブリドマンしないように)挿入し、その部位を太い結紮糸かルンメルター
ニケットで保持する。しかし、血液がシャントの中に流れ始めるとチューブは曲がり、脈打つようになるため、単純な結紮糸
では固定するには不適切である。そのためシャントの真ん中にもう1本、周囲組織と固定するための結紮糸を置く。その後
N. Papas / ICRC
F. Plani / C.H. Baragwanath, S. Africa
修復する手術を行う際には、結紮した断端は適切にデブリドマンを行う。
図/写真 24.18.1~2 一時的なシャントが置かれ、両端は結紮で固定されている。
232
一時的シャントは、患者の状態が安定し、完全な血管修復のための 2 回目の手術を受けられるようになるまで、あるいは
外科医が十分に手術を行い得ると確信するまで、あるいは十分に資源とスタッフのそろった病院に移送されるまで、48 時
間もしくはそれ以上置いておいてよい。
ダメージコントロールとしての一時的シャントは、結紮術よりも、主要静脈にも利点がある。シャントは危機的状況にある
間、損傷を受けた四肢からの良好な血液流出を可能にする。
24.9 四肢複雑損傷:動脈損傷と骨折の合併
深刻な骨折に合併した動脈損傷は治療が難しく、切断に至る確率が比較的高率になる。外科的治療に関しては、適切
な優先順位を決定しなければならない。つまり吻合、血液再還流は骨折整復・固定の前に行う。理論上は、血管吻合部が
整形外科的手技により障害を受けることがあるため、まず骨を固定すべきという議論がなされてきた。たしかに理屈では先
に吻合すると吻合部が危険なように思えるが、実際にはこれは大きな問題ではない。それよりも重要なことは、四肢が適切
な長さで最終的に固定された時に、吻合部における緊張もしくはたるみが生じていないことである。
四肢の血行再建は骨折整復固定よりも優先される。
以下に 2 つの臨床的状況を示す。
・ 1 つ目は最小限の操作を要し、四肢の長さが不均等となることが案じられる、比較的安定した骨折である。骨折整復固
定に先んじて、ただちに血管修復と末梢の筋膜切開を行うのは問題ではない。そのあとで骨は創外固定、無理のない
牽引、あるいはギプス固定が行われる。
・ 2 つ目は、部分的な骨欠損や広い範囲の軟部組織の破壊あるいは汚染を含む、不安定で深刻な骨の偏位あるいは骨
折である。四肢への血流を復活させるために、最初に末梢の筋膜切開と一時的シャントを行うことは有用であり、次に
骨整復(通常は創外固定)と創のデブリドマンを行う。動脈の完全修復は最終的に四肢の長さが安定した時に行われる。
これらの複雑な段階は、患者の血行動態の安定性に応じて、同時に、もしくは異なる時期に行われる。
筋肉筋膜弁は、骨折した部位と血管修復部を隔離するために使用する。神経損傷を伴うことは非常に多いが、初期修
復は必要ではない。後から修復を行う時のために切断された神経断端を同定し、印を付けておくことが推奨される(第 25
章を参照)。
24.10 特有の動脈
関節外傷、つまり鼠径部や腋窩部の外傷は、上下肢の主要動脈が身体の 2 つの異なった部位にわたるため、中枢側の
用手的圧迫や止血帯の使用が非常に困難である。フォーリーカテーテルを弾道創に通して膨らませると出血を抑制する
のに役立つ場合がある(D.6 参照)。
12. 第 9 章で多数傷病者のトリアージを扱っている。しかし病院の資源がぎりぎりであるが、病院の収容能力の最大限を使ってすべ
ての患者を治療できる「多数傷病者の発生」と、病院の資源が明らかに不足している「多数傷病者の洪水」は区別されねばなら
ない。
233
24.10.1 腋窩動脈と上腕動脈
腕を外転させ、三角筋と大胸筋の間隙(三角胸筋溝)に沿って、鎖骨の中央から大胸筋の遠位付着部まで鎖骨下に切
開を入れる。三角筋と大胸筋の間の剥離を続け、腋窩動静脈と神経叢を分けている鎖骨胸筋筋膜と小胸筋を露出する。
一時的シャントは修復の準備をする間、有効な処置となる。上腕動脈は上腕二頭筋と上腕三頭筋の間の正中間隙を切開
することで露出される。
24.10.2 鼠径部
素早く開腹して外腸骨動脈を遮断すると鼠径部の創の中枢側のコントロールが確保される。これは上前腸骨棘と恥骨結
合の中央を垂直に、鼠径靭帯も切断して直線の切開を入れることでも行うことができる。大腿動静脈の末梢のコントロール
としては、深大腿動脈の位置的な理由から、そこからの血液の逆流をいつも止められるわけではない。損傷を受けていな
い大腿動脈は創部に向かって、深大腿動脈を探索しながら剥離する。
一時的シャントは、解剖を探っている間の出血をコントロールし、
四肢への血流を維持するのに優れた処置である。血腫の真ん中に
ある大腿の血管を剥離するのは簡単ではない。深大腿動脈が開存
していることが確認されれば、必要なら浅大腿動脈を結紮してもよ
い。
大腿動脈分岐部の外傷は非常に困難な挑戦である。深浅動脈の
N. Papas / ICRC
断端を側側吻合して共通幹を作成し、グラフトを挿入できるようにす
る、逆Y修復を行う。
図 24.19 大腿動脈分岐部の逆 Y グラフト修復
24.10.3 膝窩
膝窩動脈はおそらく、そこへ到達して修復するのが最も難しく、修復の結果が最も不良な動脈であろう。側副血行路が
乏しい窮屈な解剖構造が、結果として膝の外傷を切断に至らしめる。筋膜切開はむしろ最初のステップとして、また外科
的露出手技の一部として常に行われるべきである。
膝窩の血管に到達するには 2 通りの切開が通常用いられる。正中切開と直接後方切開である。まず前者は膝関節を 30
度から 45 度曲げる。切開は大腿下部の内側にある内側広筋と縫工筋の間隙から始め、大腿骨背側の深い筋膜へ進めて
いく。次に膝窩を広く露出するため、正中筋膜切開を行う。筋膜切開を先に行った場合は、血管露出のため切開を中枢側
C. Giannou / ICRC
に延長してもよい。
図 24.20 膝窩領域への正中切開。赤の点線は追加した正中筋膜切開の線である。
234
直接後方切開では、膝の屈曲線を中央にして S 状切開を入れる。しかし、解剖学的に制限があり、別の筋膜切開の切
開創が必要となる。
注:
もし外科医に血管外科の経験が多少なりともあるならば、直接修復やグラフトに代わるものとして、損傷部位を除去する
ために膝窩動脈を中枢側と末梢側で結紮して損傷部を切除し、大伏在静脈グラフトを用いて非解剖学的バイパスを行うと
いう方法もある。
24.11 静脈損傷
主要静脈は四肢の血液の流入出をより通常の状態に回復させる目的で、可能な限り、結紮よりも修復をするべきである。
不適切な静脈還流は、末梢の血液うっ滯を助長させ、結果として大きな血液損失につながる。加えて浮腫とコンパートメン
ト圧の増加を招き、直ちにコンパートメント症候群を引き起こす。
主要静脈の静脈還流を維持すべき決定的な時間は 72 時間であり、72 時間で静脈側副血行路が十分に発育する。72
時間を超えて還流を維持できなかったとしても、大きな問題に陥ることはなく、血栓化した静脈の再開通がしばらくしてから
自然に起こるというのもよくあることである。ここでは筋膜切開と静脈の一時的シャントの両方が有用である。
主要静脈幹は直径が大きいため、側方の裂傷に対する直接縫合(通常健常部まで最低限のデブリドマンを行って)が
可能な場合も多い。主要静脈幹が大きく損傷している場合は、極度の狭窄を回避するため、静脈パッチグラフトか置換グ
ラフトを用いる。縫合しやすいように、断端は(楕円になるように)縦軸方向に切り込みを入れ、縫合は動脈ほどきつく行う
必要はない。
静脈の結紮はいつでも行うことができる。
結紮は深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症のリスクを増加させるように思われるが、主要静脈修復に伴ったそのような危
険は報告されていない。
24.11.1 特有の静脈
いくつかの特定の主要静脈は、結紮のあとに合併症が出現しやすい。膝窩静脈はその典型で、動脈修復が成功した後
であっても切断を余儀なくされることがある。しかし、膝窩静脈よりも下位にある下腿や前腕の静脈は、そういった問題なく
結紮し得る。
深大腿静脈よりも近位の静脈(大腿、外腸骨、総腸骨静脈)の結紮は、顕著な浮腫と静脈壊死のリスク、あるいは晩期の
慢性静脈還流不全につながる急性静脈還流不全を引き起こす可能性がある。大腿静脈あるいは外腸骨静脈の修復には、
通常十分な直径がない大伏在静脈の代わりに、浅大腿静脈が必要となる場合がある。
同様に、下腿の広範囲の軟部組織損傷は、四肢の生存能力の損失あるいは慢性静脈還流不全に至るほどの静脈還流
障害を容易に引き起こす。
24.11.2 動・静脈損傷の合併
動脈の血流が再開する場合、十分な血液灌流を得るため、静脈は先にシャントもしくは修復しておかねばならない。さ
もなければ、静脈内に血液がうっ滞し、引き続き末梢血管床に血栓症を起こす危険性がある。ただし、中心動脈と考えて
よい頚動脈は例外である(第 30 章 8.3 参照)。
235
動・静脈の複合外傷では動脈より先に静脈を再建する。
静脈と動脈の修復後、その間に筋肉弁をおいて動静脈瘻の発生を予防する。
もし複雑な創であれば、一時的動静脈シャント(瘻)を作成することもある。筋膜切開は必須で、手術の早期に行うのが
最善である。
24.12 動静脈瘻と仮性動脈瘤
動静脈瘻と仮性動脈瘤は急性発症することがあるが、これらは来
院が遅れた患者や誤診された患者により多く見受けられる。多くは
低エネルギーの小さな破片による創に発症する。
動静脈瘻
もし動静脈瘻に出くわしたら、通常は切除あるいは修復をするが、
患者の状態と外科医の経験によっては手術をせずに経過観察とす
N. Papas / ICRC
る場合もある。四肢の生存能力が高く、虚血の所見が見られないの
であれば、動静脈瘻は、側副血行路が十分に発育して外科的アプ
ローチが容易になるまで、あるいはもし可能であれば経験のある血
管外科医に紹介することができるようになるまで、「成熟する」のを待
つこともある。
中枢と末梢の血管のコントロールのため、適切な剥離はきわめて
図 24.21 2 本の静脈グラフトを用いた動静脈瘻
の修復
重要である。
・それほど重要ではない血管の動静脈瘻は単純に切除して血管を
結紮する。
・より重要な血管の、小さな動静脈瘻は、それぞれ剥離して分断し、
動脈と静脈の穴はそれぞれ縫縮し、もし必要なら静脈パッチを用い
る。血管壁が脆弱すぎて縫縮できない場合には、4 重結紮が古典的
F. Irmay / ICRC
だが有効なテクニックである。
・非常に重要な血管の瘻孔は動脈と静脈を切除し、静脈を用いたイ
ンターポジション(置換)グラフトで修復する。もし緊張がかからない
のであれば、単純縫合が可能な場合もまれにある。
写真 24.22 この造影検査は動静脈瘻と仮性動
脈瘤の合併例を示す。
軟部組織弁は修復した動脈と静脈の間に用いられなければ
ならない。
仮性動脈瘤
狭い閉鎖区域での動脈の側方裂傷は凝血塊を含有する血腫となり、仮性動脈瘤に変質する。患者は拍動性血腫を有
する。
236
A. Weldu / General Army Hospital Addis Ababa
写真 24.23
肘 関 節 直 上 ( cubital
fossa)の上腕動脈の仮性
動脈瘤
仮性動脈瘤は通常通り、動脈瘤の中枢と末梢の血管のコントロールを確実に行わねばならない。血管を遮断したのち
動脈瘤を切開し動脈内腔の穴を同定する。
・穴が小さく動脈壁の性状が良好なら、単純縫合か静脈パッチが可能である。
・穴が大きい、あるいは血管壁の性状が柔らかい場合、損傷を受けた部分は切除して静脈を用いた置換グラフトを行うの
が最善である。
・もし切除が不可能ならば、仮性動脈瘤は中枢と末梢で結紮して除去し、静脈グラフトを用いた一時的・解剖学的バイパス
を構築する(図 24.24)。
繰り返すが、虚血の所見がない限りは、血栓が形成されるのを許容する初期の保存的管理は適切な選択である場合も
ある。
24.13 合併症
最大の合併症は、虚血や切断につながる二次出血や血栓を伴う
吻合部の感染である。
24.13.1 感染症
創の感染は最も多く見られる合併症であり、しばしば動脈修復部
の破綻や出血、あるいは血栓を引き起こす。感染した部位には追加
の修復は行うべきではない。よって中枢と末梢を結紮し、感染した動
脈部分を切除しなければならない。四肢の生存を維持するために非
解剖学的バイパスを行い、動脈血流を再建することが可能な場合も
N. Papas / ICRC
あるが、切断が止血を成し遂げる唯一の手段となることも多い。
24.13.2 塞栓症
吻合の縫合線の血栓は感染によるものもあるが、通常血栓は、最
初の手術を終える前に発見されるべき技術的な過失によるものであ
る。
図 24.24 感染した修復部を切除後に解剖学的
修復を行う
過失には次のような例が挙げられる。
237
・ 不適切な動脈のデブリドマン
・ 末梢の動脈の血栓の残存
・ 縫合線が極端な狭窄を起こしている
・ 静脈グラフトの捻れ、屈曲、あるいは外からの圧排
矯正するためには、手術をやり直し、新たな修復を行わねばならない。
しかし非医原性の場合、静脈特有の解剖学的理由によって、その修復を行うのは不可能なため、静脈還流不全か急性
静脈うっ血を引き起こす。
もうひとつのタイプの狭窄は、数週間以上あるいは数か月以上の間に緩徐に進行するもので、これは縫合線の内側に
仮性内膜が形成されることによって起こる。修復部位に血管雑音が聴取されることがあるが、確定診断は血管造影で得ら
れる。もし狭窄が症状を有するもので虚血拘縮を来している場合は、新たな吻合かグラフト術が必要となることもある。
238
第 25 章
末梢神経の損傷
239
25. 末梢神経の損傷
25.1. はじめに
241
25.2. 創傷弾道学
241
25.3. 臨床病理
241
25.4. 疫学
242
25.4.1
赤十字外傷スコア(RCWS)
243
25.5. 臨床像
243
25.6. 外科治療
244
25.6.1.
初期外科治療
244
25.6.2.
神経断裂の待機的一時閉創
245
25.6.3.
外科的治療方針の決定:二期的手術を行うか否か
246
25.7. 神経縫合のテクニック
247
25.8. 術後管理
249
25.8.1.
神経麻痺とシーネ固定
25.9. 外傷後の後遺症
25.9.1.
240
外傷性神経因性疼痛
249
250
250
基本原則
重傷外傷症例では、神経損傷は見落とされやすい。
多くの場合、術中に肉眼所見によってのみ診断される。
神経離断は、一期的に修復すべきでない-神経断端に糸をかけて目印としておく。
多くの場合は保存的治療となる-手術による診査や修復が必要となるものは多くはない。
経年的創傷では手術適応となるものはほとんどない-適切な患者選択が重要である。
筋萎縮予防及び拘縮予防には理学療法が不可欠である。
25.1 はじめに
末梢神経の損傷は、一般的に認識されている以上に発生している。これは生命を脅かすものではないが、長期的な生
活障害の主要な原因のひとつであり、低所得国においては、末梢神経障害が生活に負の社会経済的影響を及ぼしていく。
神経修復による神経障害の改善は期待されるほどのものではなく、かつ手術適応となり得る患者もごくわずかである。
25.2 創傷弾道学
神経は身体組織において脆い部類の組織ではなく、また、動脈や腱のように貫通する飛来物を「避ける」傾向がある。
直接貫かれた場合は裂けるが、受傷機転は弾丸によるものよりも、鋭利な断片による場合が多い。小さな破片が神経幹に
埋没され、部分的な神経遮断を来しているのを認めることもまれではない。しかしながら、戦傷外傷における神経の受傷
機転の多くは、骨折骨の鋭利な断端によるものである。
一方で、一時空洞が神経に及ぼす影響の方がより頻繁に見受けられる。一時空洞の形成によって神経は容易に引き延
ばされ、また屈曲させられ、一過性伝導障害や軸索断裂(いずれも、「連続性のある病変」)を引き起こす。さらに、神経鞘
の挫滅により神経上膜は軟化し長軸方向に裂ける。このことは、外科的神経修復にとって重要な意味を持つ。
末梢神経は、一時空洞による圧波とは異なる、高速の弾丸が生み出す真の衝撃波により障害を受けるおそらく唯一の組
織であろう(第 3 章 4.6 参照)。受傷の数時間後より見られる一時的な神経遮断が、臨床所見として唯一認められるもので
ある。類似の現象は、直近で爆傷を被った場合にも起こりうる。
25.3 臨床病理
飛来物による末梢神経障害は、以下の 3 つに分類される。
神経伝導障害(神経振盪もしくは伝導遮断)
いくらかの脱髄が起こってはいるものの、軸索は温存されている状態。生理学的麻痺とされる一過性の機能欠損が起こ
るが、自然に完全回復する。神経伝導が再開すると、同時に運動知覚機能も改善する。
軸索断裂 (鞘内軸索断裂)
神経線維を取り巻く構造物は損傷せず、内部の軸索やそのミエリン鞘が障害されている状態。軸索が崩壊した部位に
241
神経内線維化が起こると共に、損傷部位より遠位側にワーラー変性を生じる。受傷後およそ 10 日後、損傷部位より近位
側の神経線維は増生をはじめ、非常にゆっくりと 1 日あたり、およそ 1~2 mm のスピードで残存する神経膜の中を延び
ていく。増生する軸索と神経内の線維化とで、神経幹内に連続する紡錘形の神経腫を形成する。
回復の程度は様々である。完全回復であったり、緩徐に改善が見られたり、部分的回復であったりする。全く回復しない
場合もあるが、これは、先に述べた神経腫が神経伝導を完全に遮断している場合であり、回復が見込まれる手段としては、
神経腫の外科的切除と、それに続く縫合修復もしくは神経グラフト術である。回復は段階的であり、最初に受傷部位に最も
近い筋群から機能回復し、最後は末梢の皮膚知覚機能が回復する。いずれの場合においても、軸索が末端組織の運動
や知覚受容器に到達してから、機能再開するまでに、それからさらに 3 週間を要する。
神経断裂 (解剖学的な神経断裂)
神経幹が部分的に、もしくは完全に断裂しており、少なくとも全層(神経鞘と軸索)が影響を受けている状態。神経鞘もま
た、受傷部を起点に長軸方向に裂けている。軸索損傷と同様に近位側断端より神経繊維の増生が始まり、一方で遠位側
断端よりワーラー変性が始まる。加えて、遠位側断端ではシュワン細胞が増生し、わずかな膨らみを形成する。切断端は、
動脈で見られるのと同様に引き吊り込まれており、近位側、遠位側は、それぞれ切断面でつながろうと再生が起こる。しか
しながら、このギャップは器質化した血腫で埋められており、これは線維性組織塊を形成する。これを神経腫と呼ぶ。
神経の完全断裂において、神経腫の形成は正常の治癒過程であり、避けられない。四肢切断断端などの特有な環境
下では、再生する軸索が、遠位側の神経断端へと向かっていこうとするが、その遠位側神経断端が存在しないため、時に
痛みを生ずる断端神経腫を形成する。神経幹の部分的な損傷は、側方神経腫の原因となる。断端神経腫及び側方神経
腫、いずれの場合も自然に改善することはまずなく、外科的切除及び修復が機能回復のための唯一の望みである。
神経傷害病変は、神経伝導障害、軸索損傷及び神経断裂が混在した
ものである。
修復後の回復及び神経再生
軸索損傷の自然回復と比べると、神経修復や神経グラフト後の回復は期待するほどには至らない。手術がいかに精密
であれども、縫合線にそって神経内線維化が生じ、それは縫合部にかかる張力、局所炎症、細菌感染により助長される。
加えて、軸索の遠位側断端への伸展も決して完璧なものではなく、本来の末端組織とは異なる部位へ神経がつながる場
合もある。とりわけ運動神経と知覚神経の混合する神経においてその傾向は顕著である。神経再生と末梢運動及び知覚
組織活動開始までに要する時間は、軸索損傷と同程度である。
神経周囲線維化
飛来物が神経に接する形で遺残した場合、外傷後、神経周囲に線維化を来すことがある。これが神経を取り巻き、圧迫
し、慢性的な神経障害による症状を引き起こす。仮骨による神経の巻き込みも、同じ結果を招き得る。いずれも、外科的に
圧迫解除する必要がある。
25.4 疫学
飛来物による末梢神経損傷は、通常四肢損傷の際に起こり、必ずしも体幹をも巻き込む損傷ではない。このような外傷
は、神経損傷のみではなく、多くは、血管損傷や骨折も合併しており、下肢よりも上肢に起こる頻度が高い。
血管損傷を合併する場合を除き、神経損傷症例の報告はほとんどない。また、神経伝導障害の頻度についても通常記
録がない。実際、ほとんどの患者は「神経の連続性が保たれた状態」を呈している。すなわち、牽引もしくは圧挫傷により、
神経伝導障害や軸索損傷を来しており、こうしたケースの多くは、自然に機能回復に至る。また、自然回復する症例は、一
抹の願いをかけて外科的修復を行うものと比べて、より完全な機能回復に至る。これらの経験は外科医に、神経障害で観
242
血的な診査や修復手術を要するものが、さほど多くはなく、こうした損傷に対しては保存的治療が望ましいことを教えてい
る。
以下に外科的神経修復の治療成績に影響を及ぼす要因を列挙する。
・ 損傷の程度(部分的断裂か完全断裂か、欠損部にグラフトを要するか否か)
・ 損傷を受けた神経の特徴(運動神経と感覚神経の混合か、どちらか一方か)
・ 受傷機転
・ 併存する損傷(血管損傷もしくは骨折)
・ 受傷から外科手術までの時間
・ 外科的修復前に理学療法が十分になされていたか
・ 患者の年齢と全身状態
・ 修復術の術式
・ 診断機器と手術器具の有無(筋電図測定器、術中顕微鏡もしくは拡大鏡、など)
・ 外科医の技術
25.4.1 赤十字外傷スコア (RCWS)
RCWS には、末梢神経損傷の分類は含まれていない。この創傷スコアは、弾道学的影響と組織損傷の程度を関連付
けて表すことを主眼としており、生理学的側面との関連性についての評価に乏しい。
しかしながら、AIS (Abbreviated Injury Scale) と RCWS を用いて、戦傷治療術後の末梢神経回復について検討し
ている研究がある。その中で、神経機能回復と、AIS と、RCWS における骨折のスコアリングの間には、統計学的に有意
な関連があることが示されている 1。
25.5 臨床像
生死にかかわる状態の患者を診る際には、末梢神経損傷は重視されず、見落とされることがよくある。その他、見落とし
の原因としては、数少ない医療スタッフで非常に多くの外傷患者の治療を行わなければならない、意識がない、ショック状
態、疼痛や衰弱のためにコミュニケーションがとれない、信頼できる診断機器がない、神経症状がルーチンの観察事項に
入っていない、などが考えられる。
四肢の一連の診察の中には、神経学的所見も含まれるが、著しい軟部組織損傷や血管損傷、骨折を目の当たりにして
は、詳細な神経所見の評価は後回しになりがちである。患者の状態が許すのであれば、最初の創傷部の評価に先立って、
可能な限り正確に末梢神経機能評価を行うべきである。運動知覚欠損の所在を調べ上げ、その程度、部分的か完全欠損
かを、関連する脊髄反射能と共に評価する。神経断裂については、臨床判断だけで推定されるべきものではなく、術中に
肉眼所見として確認することにより、確定診断がなされる。
動脈損傷や著しい筋肉損傷による循環不全が、神経損傷に類似する症
状を呈している場合がある。
症状を引き起こす神経外病変
仮性動脈瘤や動静脈瘻による神経の圧迫や伸展が、強い痛みや進行性の神経機能障害を引き起こすことがある。特に
膝窩、下腿前区画、腋窩、肘、前腕腹側、といった閉鎖腔における場合である。同様に、コンパートメント症候群では、局
所の虚血性変化に端を発し、神経圧迫を生ずる(B.10 参照)。
243
25.6 外科治療
末梢神経損傷の外科治療に関しては、状況ごとに分けて話を進めなければならない。すなわち、初期治療と、安定期
の治療についてである。治療すべき患者を注意深く選択することが何よりも重要である。
25.6.1 初期外科治療
神経損傷は、手術中に偶然に発見されることが多い。神経障害が術前より強く疑われる場合には、術中に疑わしい神経
を肉眼的に評価する。その際、手前にある健常組織を傷つけないように気をつける。損傷の程度は手術記録に残してお
く。
状況は 2 つのうちのどちらか、すなわち、その神経が離断されているか否かである。
神経が離断されている場合:神経断裂 (Neurotmesis)
神経が完全に離断されている場合は、まず断端を同定する。その際、周囲健常組織から剥離してはならない。両側の
神経断端に、非吸収性のモノフィラメント糸をかけて引き出してくる。糸をかける際には、神経周囲組織も含めてかける。ま
た、それぞれの断端ができるだけ捻じれないように気をつける。両断端を寄せておくことで、線維化による神経の短縮を避
け、後の修復の際に必要な長さを確保できる。また、損傷を受けた軟部組織や骨と断端との接触を避けることで、過剰な
神経腫の形成を避けるために役立つ。
ICRC
写真 25.1
橈骨神経の完全断裂症
例。薄い神経上膜の一部
のみが、両側の離断断端
をつないでいる。
別の方法として、2 本の非吸収糸で神経断端に支持糸をかけ、シリコンゴムやシリコンカテーテルの中を通しつつ、両断
端を捻れのないように寄せておく、というものがある。こうすることで、周囲の受傷組織との癒着を防ぐことができる。
戦傷に対する一期的神経縫合は禁忌である。
以下のようないくつかの理由から、一期的神経縫合は禁忌である。
・ 戦傷部は汚染されており、常に感染のリスクを伴う。いかなる修復も無駄となり、再手術がより困難なものになるだけ
である。
・ 神経縫合のために神経を授動し、余分に剥離を行うことで、創部の汚染を広げ、感染を招く。
・ 神経損傷の程度は肉眼的に判別がつかない。肉眼的に損傷の程度を評価することは不可能である。時間が経過す
れば、断端近位側の神経や遠位側の神経膠腫(グリオーマ)と、正常神経組織との境界がはっきりしてくる。
244
・ 損傷を受けた神経鞘は脆弱である。挫滅により神経上膜は長軸方向に裂傷を生じ、軟化する。時間と共に、神経上
膜は線維化によって補強され、縫合を維持するにより望ましい状態となる。
・ 神経縫合は時間がかかり、根気のいる作業である。神経損傷以外の著しく激しい損傷や、多くの患者に対応を強い
られる状況では、神経縫合は最優先事項ではない。
例外が 1 つある。鋭利なガラス片や刺傷などの急性期症例では、一期的神経修復は成功し得る。 「きれいな切創」は
直ちに閉創可能であり、待機的一次閉創は行わない。
神経が離断されていない場合:連続性の保たれた損傷
挫滅した神経は、神経伝導障害や軸索損傷を来す場合がある。しかし、これらは術中観察で判別し得るようなものでは
ない。保存的手法が望ましく、いかなる修復術も行うべきではない。
注:
離断の有無によらず、露出した神経は、血管や腱と同様に、乾燥を防ぐために筋や脂肪組織で覆うこと。
デブリドマン後と待機的一時閉創(DPC)
デブリドマン後の患肢のルーチンの観察項目には、血流評価と神経機能評価が含まれる。創検索で見逃した損傷があ
る場合もある。それが血管損傷であれば直ちに再手術が必要となるが、神経障害であれば、慌てる必要はない。
デブリドマンでは、神経病変の有無にかかわらず、注意深く診察を行い、感覚、運動、反射の状態を記録しておく。この
記録は、その後の患者の状態を評価する基準となる。
外科医は、待機的一時閉創の際に前回見落とした神経損傷を探すかもしれないが、健常組織層を切開してはならない。
もし損傷があったとしても、デブリドマンの時と同様に扱わねばならない。待機的一時閉創にも、デブリドマンにも同じ理屈
が当てはまる。すなわち、神経も創部も、修復するに適した時期がある。いかなる神経修復も、創部が完全に治癒するまで、
待たねばならない。
初期段階における外科治療、-デブリドマンと待機的一時閉創-の目的とは、瘢痕化を最小
に抑え、合併症のない創治癒を目指すことであり、修復することではない。
25.6.2 神経断裂の待機的一時閉創
離断された神経は、創部の経過が良好で汚染がなく、急性炎症の時期を過ぎてから修復されるべきである。しかし、運
動神経末端で修復不能な障害が生じてしまう前に行わなければならない。理想的には、待機的一時閉創(DPC)から 3~
6 週間の期間に行うのが望ましいが、確実な看護ケアと理学療法プロトコールが提供される環境であれば、3 か月まで待
機可能である。
この間、廃用性変化から四肢を守るために保温を行い、パッドで覆っておく。また、筋の過伸展を防ぐために、良肢位で
シーネ固定を行う。優しく関節を動かし、筋肉をマッサージすることで、拘縮を予防する。可能であれば理学療法士に、麻
痺した筋肉に対してガルバーニ電流刺激(galvanic stimulation)を行ってもらい、筋肉の活性を維持する。
創を放置して拘縮を起こしてはならない。
1 Mićović V, Stancić M, Eskina N, Tomljanović Z, Stosić A. Prognostic validity of different classifications in
assessment of war inflicted nerve injury. Acta Med Croatica 1996; 50: 129 – 132.
245
25.6.3 外科的治療方針の決定:二期的手術を行うか否か
神経損傷の症例では、神経そのものの連続性は保たれているケースが多い。したがってほとんどの場合は自然治癒す
るため、外科的治療を決断する前に、まずは保存的にみるのがよい。中には、全く改善を見ないケースもある。古く、すで
に治癒している創傷があり、持続的な神経症状を訴える患者は多いが、手術によって神経症状が改善する症例はほとん
どない。保存的治療にしても外科治療にしても、予後は組織の状態と、待機的一時閉創に向けて組織を健常に維持する
看護ケアと理学療法によって大部分が決まる。
外科医が覚えておくべきこと
・ 連続性の保たれた神経障害のほとんどは、外科的修復は必要ない。大半は自然に治癒する。
・ 受傷後かなり時間が経過した古い創傷で、外科的治療が奏効するケースは極めて少ない。
・ 手術を始めたが修復不能であったり、とても成功しそうにない状況となることを避けるため、手術症例を正確に選択
することが極めて重要である。
神経損傷を手術する理由は 2 つある。運動知覚機能を改善させることと、神経痛を緩和することである。
機能改善
神経の一過性伝導障害はよく見られ、軸索断裂は時間の経過と共に治癒する。後者の場合、治癒するまでの時間は、
受傷部位からその神経支配領域にある一番近い筋群までの距離を測ることで予想できる。神経再生速度は 1 日 1mm で
あり、それに続く筋肉と神経終板との間の活動再開までに 3 週間を要する。予想治癒期間より 6~12 週間経過しても全く
改善を見ない場合は、手術治療を考慮する。
筋電図は運動神経線維の損傷を評価する診断機器として、最も広く利用されている。物資が限られた環境の中では、こ
れが利用できることは稀であるが、いずれの場合においても、受傷後 1 週間は、ワーラー変性が脱神経性変化を来すまで
に時間を要するため、筋電図を測定する意味はない。筋電図が最も有用な時期は、神経障害の回復期後半であり、手術
治療症例を検討するのに役立つ。
筋電図が測定できない状況では、手術による病変検索を行う。見落としていた神経切断部があるかもしれないし、著しく
増大した神経腫を認めることもある。神経が線維性組織によって巻き込まれている場合もある。神経組織の巻き込みは、
特に血管縫合部や仮骨形成部の近傍で起こる。こうしたケースでは、周囲組織から神経を遊離する神経剥離術によって、
症状が改善することもある。神経剥離術は、血管剥離術と同じ要領で行う。正常な神経幹の近位側と遠位側とを同定し、そ
れから線維性に癒着した部分へと、注意深く剥離を進める。遊離した神経は近傍の健常な筋組織内に添えておく。
垂れ足や垂れ手といった著しい機能不全については、受傷後数か月にわたって定期的に評価する必要がある。一部
の機能については、神経剥離、神経腫切除、または神経縫合によって改善を見る場合がある。
神経損傷後の疼痛
神経性疼痛を緩和するために、外科的治療が有効である場合がある。症状改善の手術として下記のようなものがある。
・ 線維性組織や仮骨形成部に巻き込まれた神経の解除
・ 神経幹に突き刺さった骨や飛来物の破片の除去
・ 痛みを伴う神経腫の摘除(特に四肢切断断端に多い)
痛みは医原性である場合もある。神経を不注意で結紮してしまったか、不適切な場所に創外固定を行ったケースなど
がこれにあたる。
246
さらに複雑な慢性疼痛症候群の場合は、最初は薬剤により治療を試みる(第 25 章 9.1 項参照)。
25.7 神経縫合のテクニック
神経縫合は、物資に乏しい環境下では通常手に入らないような物品を必要とする、専門性の高い手技である。一期的
に修復するにせよ二期的に修復するにせよ、手術用顕微鏡か、拡大鏡と拡大鏡用眼鏡を用いることが理想である。時に、
後者は自作可能である。昨今の神経外科で標準的に用いられる術中電気生理学的計測機器は、まず手に入らない。モノ
フィラメントのナイロン糸が、最も異物反応を起こしにくい。サイズは 8-0、もしくは入手可能な最小サイズ(血管縫合用の
6-0)を用いる。すべての吻合術にいえることだが、吻合部には決して緊張がかからないように配慮する。
断端間が 2~3cm までであれば、神経両断端を直接吻合してもよい。6cm 以上の距離がある場合は、さらに専門的技
術を要する神経グラフトが必要である。3~6cm の距離であれば、近位側と遠位側とを授動することで、かろうじて縫合でき
る場合がある。
解剖学的な神経走行の位置を変更し、短縮すれば、さらに吻合間距離を
稼ぐことができる。よい例は、尺骨神経を肘関節の背側から腹側へ、上腕で
は橈骨側に移動させる方法である。橈骨神経の長さに合わせて、上腕骨を
短縮する方法もある。橈骨神経はほぼ常に上腕骨骨折に随伴するため、上
ICRC
腕骨短縮はしばしば施行可能な術式となる。腓骨骨頭は、削ることで腓骨神
経の長さを稼げる場合がある。関節を少し屈曲するだけでも、正中、橈骨、
脛骨そして腓骨神経の距離を稼ぐことができる。
部分麻酔と駆血帯とを使用すれば、手術が行いやすくなる。
写真 25.2 授動後に両断端を直接縫合
手術手技
まず、損傷部位の近位側と遠位側の健常神経幹へ到達する。周囲の
N. Papas / ICRC
1.
健常組織への切開を要することが多い。多くの場合、厚い瘢痕組織が
神経損傷部位を取り巻いており、これを注意深く剥離しながら神経の
授動を進めていく。瘢痕形成が強いところから神経損創部にアプロー
チするのは非常に難しく、神経そのものを傷つけてしまうことがある。
2.
次に、近位側断端の神経腫と、遠位側断端の神経膠腫を切除する。新
しいメスか剃刀を使って、膨隆した健常神経組織が見えるまで、また断
図 25.3.1
剃刀の刃にて神経腫を少しずつカット
する。
面から血液がにじみ出てくるようになるまで、「サラミスライス」を作るよう
除する際に組織を圧壊するからである。
この作業は、分層植皮の際に用いる木製板のような、硬くて平らなも
のの上で行うのがよい。瘢痕化した神経上膜に対しても、血管用鋏や
線維性組織
線維と神経の
混合組織
純粋な
神経線維
眼科用鋏を用いて丁寧に剥離除去する。
3.
支持糸(4-0)を2本かけ、両断端を寄せる。この際、神経が捻れないよ
うに気をつけながら、神経束同士や、神経表面の微小な血管同士の位
N. Papas / ICRC
に、少しずつ薄切しつつ切除する。ハサミは使用してはならない。切
図 25.3.2
神経腫の切断断面を、健常神経束に至
るまでの各段階で示した。
置が合うように引き寄せる。
247
C.Giannou / ICRC
図 25.4
支持糸は神経上膜
のみにかける。
4.
可能な限り細い縫合糸を用いて、神経上膜のみをすくい上げながら修復を行う。神経両断端が正しく密着し、かつ最
少(3~6針)の縫合で行う。
C.Giannou / ICRC
図 25.5
細い縫合糸を用い、神
経上膜 の み に 糸 を か
け、修復を行う。
5.
もしも、側方の神経腫がある場合、その腫瘤部のみを取り除き、ループ状に再建する。これはしかし難易度も高く、成
功が困難な手技である。
C.Giannou / ICRC
図 25.6
側方神経腫のループ
状再建
6.
最後に、修復された神経は、通常は2つの筋組織の間もしくは筋組織の中など、近接する適した健常組織内に縫着
する。
神経組織は腱組織とは区別しなければならないが、これを術中に判断することは難しい。神経はより黄色で軟らかく、断
面では神経束が膨隆し、周囲組織に細かな血管が走行する。腱組織は青白く光を反射し、強くて硬い。断端は木材の断
端と似ている。
248
腱縫合もまた、戦傷では二期的に行われるべき手技であるが、その縫合法は神経縫合とは異なる。
図 25.7
神経と腱の断面の違い。
N. Papas / ICRC
腱
a
N. Papas / ICRC
N. Papas / ICRC
神経
d
b
e
c
f
g
図 25.8.1- 2
腱縫合の 2 つの手技。腱の操作には注射針を用いる。
25.8 術後管理
神経損傷は、受傷後長期にわたって様々な病理学的変化を引き起こし、管理方法や臨床転帰に影響を与える。軸索損
傷からの自然回復後や、神経離断の修復後に、神経の再生がうまくいくように、こうした病態変化から四肢を守らねばなら
ない。 例えば、麻痺側では四肢を動かせないために、その末梢循環は阻害される。皮膚は青白く、冷たく、菲薄化し、爪
は脆弱となる。また、運動を行わないと、関節周囲の血管は癒着して関節拘縮を来す。さらには麻痺によって収縮できな
い部分の筋肉は、その拮抗筋の作用により過度の張力を受ける。
変性から 3 週間も経過すると、麻痺した筋組織は電気刺激にも反応しなくなる。しかし依然ガルバーニ電流刺激には反
応を示す。そのまま筋刺激が途絶えてしまうと、変性した筋組織は、徐々に線維性組織に置き換わっていく。
術後ケアの基本は理学療法である。筋萎縮と腱の短縮を防ぎ、拘縮予防として関節の可動性を維持しなければならな
い。まず、最初の 3 週間は、神経に最も緊張がかからない肢位で、パッドをあてたギプス固定を行う。それからは数週間か
けて、関節を徐々に進展させる。その後、能動的、他動的に関節運動を開始する。骨折を合併し、患肢の固定を余儀なく
されている場合には、その近位側と遠位側の関節運動が必要である。筋のマッサージと、使用可能であればガルバーニ
電流刺激を継続する。小さな外傷や廃用性変化からも、患肢を守らなければならない。患者教育として、患者自身での運
動を奨励し、感覚麻痺している皮膚の保護について、十分に説明する。
その後も患者の診察を継続し、回復するまで、可能であれば 3 か月ごとに筋電図を測定する。しかし、資源の限られた
環境で、長期のフォローは困難であり、本当に神経縫合が成功したか否かを判定するのには、丸 1 年を要する。
25.8.1 神経麻痺とシーネ固定
神経麻痺による拘縮や変形を予防するために、様々なケースでシーネ固定が用いられる。創外固定や牽引が行われ
ている場合、神経縫合までの待機中、縫合後の治癒観察期間中、治療困難症例に対する経過観察中、などである。
単純なシーネ固定を心がける。
・ 橈骨神経麻痺では、十分にパッドをあてた石膏シーネにて下垂手を予防する。
・ 尺骨神経障害では、アルフェンスシーネで作製した指固定にて、鷲手を予防する。
・ 正中神経障害では、夜間、母指を対側の小指(もしくは他の手指)の指先とテープで固定する。
・ 坐骨神経障害や外側の腓骨神経障害では、夜間に足関節を直角になるよう固定する。
249
日中、何度も固定を外して患肢を運かすよう促し、可動制限のないことを確認する。金属製の可動性手関節固定具や、
下垂足用バネ付き装具は特に有用で、医療装具店や整形疾患の補助用具店で入手できることがある。
25.9 外傷後の後遺症
神経損傷では、結果として治療不可能な神経障害に至るケースが極めて多い。しかし、運動機能障害のうちいくつかは、
周囲の筋群が機能の埋め合わせを行い、最終的な運動機能は予想されたものよりも良好であることがある。試しに神経グ
ラフトを行っても、たいていの場合うまくいかない。実際のところ、神経グラフト術は、難易度も専門性も高く、結果もばらつ
きが大きい。下垂手や下垂足の場合、自然回復が見込める 18 か月を過ぎても回復が見られない場合、症例によっては腱
移植術も考慮する。下垂足の場合、シンプルな治療法として関節固定術があり、特に装具が入手できない場合には有用
な治療法である。
慢性期の症状として、感覚神経が萎縮性変化を起こすと、慢性下肢潰瘍や感染、骨髄炎を生じることがある。こうしたケ
ースでは、適正な義肢が入手可能で、患者の理解が得られれば、患肢切断が最善の方法である場合もある。
25.9.1 外傷性神経因性疼痛
銃創による末梢神経損傷では、様々な慢性疼痛症候群を伴う。この傾向は、純粋な運動神経損傷に対してよりも、混合
神経損傷に対してより多く見られる。治療は、神経損傷の原因と、痛みの種類により、薬剤治療、神経ブロック、理学療法、
手術がある。疼痛を伴う神経腫や幻肢痛に関しては、第 23 章 11.2 で述べた。神経原性疼痛の中には、簡単な手術で治
療できるものもある。(第 25 章 6.3 参照)
多くの慢性複合性疼痛症候群は、詳細な診察と、筋電図を含む様々な検査によってのみ診断される。代表的な例とし
て、不完全な神経損傷や、神経内に小さな破片が埋没された場合に起こるカウザルギー(causalgia)2 がある。数時間か
ら数日のうちに症状が出現し、時折激しい灼熱痛と、自律神経性変化を伴う。最初、著明な末梢血管拡張と発汗が見られ、
続けて、血管収縮と皮膚乾燥とが起こる。最後には、皮膚と爪に萎縮性変化が出現する。疼痛は時に非常に激しく、その
ため患者は不眠となり、最後には患肢のわずかな触診にも耐えられなくなる。埋没された破片は除去すべきであるが、真
性のカウザルギーでは、まず初めにオピオイド投与による内科的治療を試みる。それから、局所麻酔薬を繰り返し用いな
がら治療する。自律神経異常は、診断も兼ねての交感神経ブロックで緩和される。薬剤治療に抵抗性が出てきた場合は、
交感神経切除術が必要となる。
さらなる複合性疼痛症候群(神経再支配による疼痛、求心路遮断痛など)にはほとんどの場合、薬剤治療を行う。多くの
症例は治療抵抗性である。理学療法を行いながら、繰り返し神経ブロックを行うと奏功することがある。とりわけ慢性症例で
は、抑鬱状態、不眠、不安神経状態により、臨床像も複雑となり、精神安定剤が最良の手段となる。患者の精神的サポート
が、極めて重要である。
2. Complex regional syndrome TypeⅡ (CRPSⅡ)、または reflex sympathetic dystrophy and causalgia としても知
られる。
250
Part C
頭部・顔面・頸部
251
C
頭部・顔面・頸部
C.1
一般外科医と頭部・顔面・頸部外科
252
254
基本原則
頭部・顔面・頸部の損傷は非常に多彩な臨床像を呈する。
頭部・顔面・頸部の外科における基本原則は、一般外科医の知るそれと同様である。
頭頸部の表面積は総体表面積の 9~10%に過ぎないが、頭頸部外傷を負った患者の割合は戦傷患者総数の 10~
20%を占める。伏臥位の兵士は敵に向かって体表面積の 25%が露出しているだけであるが、顔面がそのほとんどを占め
る。頭頸部の露出率は、防具着用の有無や戦闘形態によっても変わる。戦闘員が視野を確保するために上半身を曝す塹
壕戦や戦車戦、また広範な狙撃兵を配備する市街戦では、頭部・顔面・頸部の外傷が増える傾向にある。
多くの外科文献で、解剖学的部位の定義があいまいであることは、第 5 章 6.2 で述べた。通常この部位の外傷は、「頭
頸部外傷」としてまとめて表現される。ICRC の外科データベースでも、この分類を用いており、頭部、顔面、頸部と分けて
分類されることは稀である。表 5.12 に、受傷部位と致死率に関する 2 つの研究結果を示している。
頭部・顔面・頸部損傷は異なる臨床像を呈するため、区別しておく必要がある。脳損傷による死因は多岐にわたる。損
傷が脳幹部に及んだ場合、昏睡に伴う呼吸不全、頭蓋内圧の亢進、感染症の併発などが挙げられる。頸部損傷では、ま
ず気道障害、次に大量出血が問題となる。巨大な皮下血腫によって気道が圧迫される場合もある。致死的顔面損傷では
著しい出血で気道閉塞に至るケースが多い。
最近では、頭部・顔面・頸部の外傷は区別して扱われるようになってきた。以下に 2001 年 10 月から 2005 年 1 月にか
けて、アフガニスタン及びイラクで活動した米軍負傷者の調査結果を示す。1,566 名の受傷者に対して計 6,609 か所の外
傷を認めた。このうち頭部・顔面・頸部に受けた外傷は 30%を占めた。表 C.1 に受傷部位別の割合を示す。最新の防具着
用によって、受傷部位が露出部に偏っていることがわかる。
部位
割合
領域別の割合
頭部
8%
30%
眼
6%
顔面
10%
耳
3%
頸部
3%
胸部
6%
腹部
11%
四肢
54%
17%
54%
表 C.1 アフガニスタン・イラクにおける米軍負傷者 1,566 名の受傷部位別割合(2001~2005 年)1
頭部・顔面・頸部の外傷は臨床的側面だけでなく、致死率も異なる。これは、表 C.2 に示した、2004 年にイラクで作戦に
従事した米軍兵士を対象に 7 か月間かけて行われた別の研究でも明らかである。軽傷患者と重症患者は区別して扱われ
た。334 名の受傷者に対して、頭部・顔面・頸部に計 834 か所の外傷を認めた。同領域の外傷による死亡者は 19 名であ
った。
1. Owens BD, Kragh JF, JC Macaitis J, Wade CE, Hlcomb JB. Combat wounds in Operation Iraqi
Freedom and Operation Enduring Freedom. J trauma 2008; 64; 295-299より改変
253
受傷部位
創傷数
(n=834 創)
部位別の致死率
損傷創による死亡
(n=60 創)
RTD*
(n=296 創)
頭部
25%(n=212)
13.7%
48%(29)
23%
顔面
65%(n=540)
3.7%
33%(20)
68%
頸部
10% (n=82)
13.4%
18%(11)
9%
*RTD:72 時間以内の任務復帰率(Returned to Duty within 72 hours)、表在性で非致命的損傷と同義
表 C.2 頸部・顔面・頸部の戦傷部位の分布に関する分析 2
戦闘における顔面損傷の多くはさほど重篤ではない。致死率もわずか 3.7%で、多くの患者が早期に任務に復帰する。
気道に影響を及ぼし、コントロールが困難な重篤な外傷は、少数ではあるが、死因全体の 33%を占め、死因としては比較
的高い割合である。頭部と頸部の戦傷致死率はいずれも 13%を超える。しかし、頭部は、頸部よりも外傷を被りやすいの
で、損傷の数やその損傷によって死亡した犠牲者の絶対数もかなり多い。
世界的に見ても、脳及び顎顔面外傷の大多数が鈍的外傷であり、多くは交通外傷によるものであるが、同様の鈍的外
傷は紛争時にも発生する。このような外傷管理については、外科学の成書を参照するとよい。本章では主に穿通創と兵器
による創傷の特徴について述べる。
C.1 一般外科医と頭部・顔面・頸部外科
一般外科医は、脳神経外科、顎顔面外科、眼科、耳鼻咽喉科 3 についての手技や手順について通り一遍の知識を持っ
ているというだけのことが多い。しかしながら、戦傷治療の際の確固たる科学に基づく原則は頭頸部領域の銃創にも同様
に適応されるため、これらを治療する能力は一般外科医も十分に持っているものである。本項では、頭部・顔面・頸部外傷
にも適用できるこれらの原則と、こうした創傷治療に必要な基本手技について述べる。
資源の限られた状況下では、一般外科医は 1 人の患者に対して時には、脳外科医、眼科医、耳鼻咽喉
科医、顎顔面外科医としても対応しなければならない。
F. Hekert / ICRC
F. Hekert / ICRC
写真 C.1.1 - 2
一般外科医の能力で
対応可能な創傷
2. Wade AL, Dye JL, Mohrle CR, Galarneau MR, Head, neck and face injuries during Operation Iraqi Freedom II:
results from the US Navy-Marine Corps Combat Trauma Registry. J Trauma 2007; 63; 836-840より改変
3. 原著では、耳鼻咽喉科に、ORL (otorhinolaryngology) と ENT (ear, nose and throat) の両方の用語が使用されている。
254
第 26 章
頭部外傷
255
26. 頭部外傷
26.1
はじめに
258
一般外科医と脳神経外傷学
258
損傷と創傷弾道学のメカニズム
259
26.2.1
骨の動き
259
26.2.2
脳の動き
261
26.2.3
防護用ヘルメットの着用時
261
疫学
261
26.3.1
発生率
262
26.3.2
機序と死亡率
262
26.3.3
予後
262
26.3.4
赤十字外傷スコア
264
病態生理学
264
26.4.1
一次及び二次脳外傷
264
26.4.2
脳血流と酸素化
264
26.4.3
頭蓋内圧と脳浮腫
265
診察
265
26.5.1
グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)
266
26.5.2
補助的検査
267
26.6
救急室でのマネージメント
267
26.7
手術の決定
268
26.8
手術室
269
26.8.1
患者の体位と術前準備
269
26.8.2
麻酔
269
26.8.3
手術室の設備と器具
269
26.8.4
基本的な手術のマネージメント
271
脳のデブリドマン: 「burr-hole」外傷
271
26.9.1
創傷の病態
271
26.9.2
手術手技
272
接線方向の外傷
275
26.10.1
病態
275
26.10.2
手術適応
276
26.1.1
26.2
26.3
26.4
26.5
26.9
26.10
256
26.10.3
手術治療
277
その他の貫通外傷
278
26.11.1
グレード 1 の小破片外傷
278
26.11.2
貫通性の突き抜け外傷
279
26.11
26.12
26.13
穿頭術
280
治療困難な症例
281
26.13.1
上矢状洞外傷
282
26.13.2
前頭洞外傷
283
26.13.3
脳神経外傷におけるダメージコントロール
284
術後管理と保存的治療
284
痙攣発作の予防
286
頭蓋内圧亢進
286
管理
287
26.16
脳脊髄液漏
287
26.17
感染症
287
26.17.1
放置された外傷
288
26.17.2
術後感染合併症
288
一次爆傷による脳神経外傷
289
26.14
26.14.1
26.15
26.15.1
26.18
26.19
26.19.1
外傷後理学療法
患者の転帰
付録 26.A 穿頭術
289
289
291
257
基本原則
脳神経外傷学は脳神経外科ではない。
頭部外傷患者の多くは救命でき、十分満足できる QOL で過ごすことができる。
戦場での頭部外傷患者のほとんどは開放創で、その場合、頭蓋内圧上昇のリスクは少ない
気道確保が最優先であり、必要に応じて気管切開を行う。
創傷処置は、壊死組織と骨片のデブリドマンが中心になる。
デブリドマン中に見つかった発射物は除去するが、それ以外はそのまま置いておく。
硬膜は脳のデブリドマンの後、髄液漏れのないように閉じる。必要に応じて筋膜グラフトも行う。
昏睡患者のケアは大変な労力を要するが、満足すべき予後を得るためには最も重要である
26.1 はじめに
戦時における頭部外傷は、貫通性のものであることもあれば、閉鎖創の場合もある。閉鎖創は一般市民の鈍的外傷でも
みられるが、爆弾の爆発後にもみられる。
発射物などによる頭部の貫通創は、戦時の脳神経外傷において象徴的なものである。それらは弾道に沿って局部の脳
損傷を引き起こすが、それとは対照的に、爆風の均等なエネルギーによる鈍的外傷は、びまん性で広範な神経損傷を引
き起こす。発射物による頭部外傷患者の多くが、生存して病院までたどり着き、外科処置を受けた後、良好に回復するとい
うことは、はるか昔から知られている。
「切開を入れて、頭蓋骨膜と骨に付着している組織を頭骸骨から剥がしていく。次いで開創器を
かけると翌日には、最小限の痛みで創が大きく広がる。その後、酢に細かい小麦粉を混ぜてこね
た、あるいはさらに煮沸して粘度を加えた湿布薬を開創器に沿って置く」
ヒポクラテス (紀元前約 460~377 ) 1
さて、本章の導入として、脳神経外傷学は、脳外科学と同じではないということも強調しておきたい。現場で物資が限ら
れている状況であっても一般外科医は、「脳損傷をしている患者だし、自分にできることなどない」などといって逃げ腰な態
度を取るべきではない。むしろ、脳神経外傷学のいくつかの原則に則れば、重篤な頭部外傷患者に対してできることは非
常に多い。脳神経外科で脳腫瘍を切除するわけではないのである。
26.1.1 一般外科医と脳神経外傷学
脳血管関門は、患者の解剖学的・生理学的なものだけでなく、しばしば外科医にとっての心理的な関門でもある。脳と
いうものは極めて洗練された臓器ではあるが、決して不可侵の聖域ではなく、また魔術のようなものも全くない。
もはや前頭葉(のみならず他の部位も)が使用できないように見える外傷で、脳の一部を欠損したにもかかわらず生存し、
普通に生活ができている患者もいる 2。
少し前までは、頭蓋内血腫に対する穿頭術は、一般外科医が普通に行うことが期待され、実際に行われていた手術で
あった。頭蓋内に入っていくことなど別段気にも留められていなかったのである。多くの国で外科のトレーニングが変化し、
258
現在ではそのような技術は脳外科の専門医のみに伝授されるものとなってしまったが、バーホールを開けるのは、一般外
科医の能力で十分にできる手技である。しかも、外科医が戦場で遭遇する貫通性外傷患者の処置の多くは、脳の単純な
デブリドマンであり、他の軟部組織に対する処置の原則が、この領域でも適応できる。一般外科医の技術で十分に通じる
のである。もちろん脳のデブリドマンではいくつかの注意点があるものの、それらはすぐに習得できるものである。
本章では、弾丸等による頭蓋中枢神経系の外傷を中心に扱う。閉鎖性の頭部外傷に対する優れたテキストもあるが、本
書では貫通性外傷との比較に留めるが、穿頭術の手技も載せてある(付録 26.A 参照)。爆弾による閉鎖性脳神経外傷に
ついては第 19 章で扱っているので、ここでは臨床的に重要なポイントの要約のみを記載する。
26.2 損傷と創傷弾道学のメカニズム
適切な実験モデルがないため、頭蓋中枢神経外傷における弾道と創の破壊機序の研究は非常に困難であった。頭蓋
も顔面も、骨と軟部組織が複雑に混ざり合った構造でできており、これらの様々な組織が密接に関連しているため、発射
物の軌道が数ミリでも変わると破壊される部位が大きく変わり、様々な症状を呈することになる。
致死的でない損傷は通常、低エネルギーの特に小さな破片に
よるものか、発射物の射程距離の終末の方で着弾するか、発射物
が壁などに当たって跳ね返った際に運動エネルギーの多くを失
N. Papas / ICRC
っていたかである。運動エネルギーが低い発射物の多くは直接
的な破砕や裂傷をもたらす。頭蓋内の一時空洞の形成は、重篤
な軸索の亀裂や、血管破壊をもたらす。爆発や鋼鉄のボールがラ
バーの膜で包まれている「ラバーコーティング弾丸」による異物の
図 26.1.1
低動体エネルギー物体による接線方向の衝突
弾道の様相は、破片の弾道と同じである。
26.2.1 骨の動き
頭蓋骨は円形の天井と頭蓋底で囲まれた閉じられた箱である。円
形の天井部分は骨の包みのようなもので、その厚さは場所、年齢、
個人差によって変わる。頭蓋骨底部は多くの骨孔や骨洞でできた複
雑な構造をしており、ある部分の骨は薄くデリケートだったり、逆にあ
R. Coupland / ICRC
る部分は非常に厚く密度があったりする。
発射物が頭骸骨を直撃する時、ぶつかる角度や骨の弾性反応に
よって受傷内容は以下のように変化する。
1. 骨には異常がない:接線方向の受傷
発射物(ほとんどの場合弾丸だが)が頭部に対して鋭角にぶつ
かり、頭蓋骨を一過性にへこませるが骨折には至らずに跳ね返
ったような状況で、これは頭部を急に鈍的に揺さぶられたのと同
じ状態であり、脳挫傷を引き起こすことがある。
R. Coupland / ICRC
弾丸が頭皮の軟部組織に残存して、さらに頭部に沿って反対側
まで移動して出てくる場合もあれば、出てこないでそのままの時
もある (写真 26.16.1、26.16.2 参照) 。
2. 骨折:接線方向の受傷
発射物が脳実質まで貫通するには至らないが、頭蓋骨を破壊す
る程強い衝撃であった場合 3。破壊された頭蓋骨の骨片が脳に
写真 26.1.2、26.1.3
Tour du casque: 弾丸が左の頭皮を貫通し
頭蓋の頂点に移動して留まった状態
259
入り込むことがある。骨折自体は臨床的には重要ではないが、その
下の脳の損傷が問題となる。
N. Papas / ICRC
3. 開放骨折:接線方向の受傷
さらに当たる衝撃が強ければ、傷の入り口と出口が 1 か所の開放性
骨折を来す;脳は直接的な挫創となり、傷は押し出されてきた脳実
質や血腫で「衝撃的な」外観となる。皮膚や毛髪、骨片や、頭を覆
っていた衣服までもが傷に入り込むこともある。
図 26.1.4
向の衝突
高エネルギー物体による接線方
4. 骨の穿孔と脳への貫通:貫通外傷
発射物の動性エネルギーが頭蓋を突き抜けて出ていくほど高くな
い場合は、発射物は頭蓋骨を貫き、頭蓋内腔に入り込んだままに
N. Papas / ICRC
なる。このような、まるで穿頭でバーホールを開けたような表層部の
貫通創が、臨床的によくあるケースである。
5. 頭蓋骨を貫通し、頭部を貫いて突き抜けて出ていくタイプの外傷 4
片側のみを貫き、片側の大脳半球を破壊するタイプの外傷は、非
常に重篤な損傷となり、ほとんど救命できない。
弾丸が正中線を越えて両方の大脳半球を破壊するタイプの外傷は
図 26.1.5 接線方向の貫通:入り口と出口が 1
つになっている
致死的であり、外科医が遭遇することはまれである。
N. Papas / ICRC
弾丸が貫通して出ていくタイプの外傷では衝撃波が頭蓋骨の両極
に波及して、多発性の放射状骨折を呈することが多い
。
垂直に衝突した状態:骨の穿孔と貫
N. Papas / ICRC
N. Papas / ICRC
図 26.1.6
通性外傷
図 26.1.7
高エネルギーの弾丸が片側大脳半球を通過:この外
傷は細い第 1 相の射撃溝によるもので、空洞形成は出
口部分から始まる。
図 26.1.8
両側頭部を通過する貫通外傷。薄い側頭部の骨は弾
丸に対してほとんど抵抗がない。
1. On Injuries of the Head. Part 14, translated by Francis Adams. Internet Classics Archive, Massachusetts Institute of
Technology.
2. Dent CT. Surgical notes from the military hospitals in South Africa: bullet injuries of the head. “A humane war”.
BMJ 1900; 1 (2043): 471 – 473.
260
6. 頭蓋骨底部を貫通する外傷
これらは直接当たった場合と、刺入部から衝撃が伝わって頭蓋底部も骨折して起こる場合のどちらもあり得る。直接的
な受傷の場合は上部脊椎と顔面も障害を受けていることが多い。
26.2.2 脳の動き
予後を左右する最も重要な因子は、脳幹の損傷である。脳幹は、ほんの小さな部位が損傷を受けただけでも急速に死
をもたらす。頭蓋は骨の包みのようなイメージで、均一な液体がそこに入っており、別段大きな空洞があるわけではない。
大脳容積が増大するとすぐに限界に達してしまう。というのは、弾力性のある脳の組織は固い頭蓋骨で囲まれて制限され
ているからである。
圧が限界に達すると、「限界反応」として知られているように、頭蓋骨は文字通り爆発する(写真 3.26 参照)。
脳の限定された境界線に、ほんの一時的に空洞ができた場合でも死に至るほど
の障害を引き起こす。
体内の他の部位の動脈と違って、脳の動脈は周囲の組織によって比較的強固にその場所に固定されており、発射物が
通過する際にほとんど引き出されることはない。動脈が直接損傷を受けた場合、生存者はほとんどいない。ほんのわずか
な損傷でも偽動脈瘤や動静脈瘻が形成されてしまい、この場合でも生存者はほとんどいない。
26.2.3 防護用ヘルメットの着用時
軍用ヘルメットは、ケブラー繊維でできているものであっても、防御可能なのは低エネルギー発射物に対してのみであ
って、高エネルギー発射物はヘルメットを貫通し重篤な損傷を引き起こす。貫通しなかったとしても、ハンマーで殴られた
のと同じような強力な運動エネルギーが頭部と脳に伝播して、鈍的頭部外傷と同じ状況の受傷となって死に至る場合もあ
る。
26.3 疫学
武力紛争で殺害された者の半数は頭部への重篤な外傷を受けている。しかし、貫通性外傷症例の多くは気道確保と感
染防御が適切になされた場合、救命可能である。この場合、創傷処置は単純なもので済むので、外科医はこのような比較
的簡易な方法で良好な予後を得られる症例に、まずは焦点をおくべきである。
最も多い非開放性損傷は脳震盪で、最も多い貫通性外傷は、バーホールを開けた穿頭術に似た、単純な低エネルギ
ー外傷である。多くの患者は、多数の破片による表層の傷と、軽度の脳震盪である。爆発は閉鎖性及び重篤な開放性外
傷の両方を起こす。
3. 頭蓋骨を破壊するために必要なエネルギーは、 100~150 ジュールで、これは 1~1.5 m の高さから落下するのと同等のエネル
ギーである。
4. 外科の教科書には若干の混乱がみられる。著者によっては、これらを「穿孔性(perforating)」と呼ぶが、すべての貫通創は、頭蓋
骨に穿孔を開ける。本書の用語では、「横断(transit)」、「貫通(transfixation)」、「(through-and-through)」を使用している。
261
26.3.1 発生率
体表面積の公式からすると、頭頸部が戦闘中に受傷し得る比率は 12%であるが、過去の統計では頭頸部外傷は 4~
24%、平均は 15%である(表 5.5 、5.6 参照)。
兵士が頭部と体幹を防護するような衣服を着用した場合、こうした数字は変化するが、防護されていない一般市民や非正
規軍の兵士はこの限りではない。
軍の研究によれば、頭頂部から頭骸骨基部までにかけての広汎な外傷において、患者が病院に到着するまで生存し
ている割合は以下の通りである。
・前頭部、側頭部及び頭頂部;80~90%
・後頭部;7~18%
・後頭窩と頭骸骨基部;0~5%
頭頂部は面積としてはより大きい部位ではあるが、生存率はむしろ高い。
26.3.2 機序と死亡率
歴史的には、貫通性頭部外傷の致死率は 80%に近く、それらの症例の半分から 4 分の 3 は受傷後 24 時間以内に死
亡する。しかしながら、手術自体の進歩だけでなく、現場でのトリアージや救助方法と蘇生術、 術後の集中治療なども進
歩し、術後の死亡率は劇的に低下した。クリミア戦争から南北戦争に至るまでの間、病院での死亡率は 70%であったが、
第一次世界大戦末期に Harvey Cushing の功績によって 28.8%まで低下し 5、更に朝鮮戦争からベトナム戦争にかけて
はアメリカ軍の部隊では 10%にまで低下した。
先の戦争で、高エネルギーと考えられる弾丸と、低エネルギーの破片での受傷では在院死亡率が大きく異なっていた。
ある研究では、銃創での死亡率は 26.4%で、破片での受傷による死亡は 9.5%であった 6。鋭利な破片に比べて銃創の方
が 2.5~4 倍という高い死亡率になるのは、現代の研究でも追試され確認されており、それによると銃創が 11.5%、破片が
5.1%であった 7。
現代の紛争では破片で受傷するケースが増加する傾向があり、それ故生存率も上昇している。一方でゲリラ戦や都市
部の戦闘(トルコ、レバノン、クロアチア)では銃創の比率が高くなっている。
表 26.1 現代のいくつかの武力紛争における、貫通性頭部外傷の原因となった物体、破片などの統計
米国
ハモン
1971
レバノン
ハダド
1978
イラク
アメーン
1984
イラク
アブドゥルワヒド
1985
イラン
アーラビ
1989
2,187
219
110
500
379
イスラエル
ブランドボ
ルド他
1990
113
弾丸(%)
16
37
10
3
11
破片(%)
82
63
90
97*
2
-
-
-
症例数
その他/
不明(%)
クロアチア
マーシキク他
1998
エチオピア
ボガル
19998
197
102
17
27
17
72
74**
61
48 地雷
35 追撃砲
17
9***
12***
-
トルコ
エルドガ
ン他
2002
374
-
* 単一破片 86%、複数破片 11%
** 爆風によって飛来した石によるもの 3 名と、ラジオのアンテナによる患者が 1 名含まれている。
*** 接線方向の外傷
26.3.3 予後
どのような脳への貫通性外傷であれ、致死的になる可能性を秘めているのは明らかであるが、多くの疫学調査によって、
ある特定の因子が予後を左右することが知られている。これらの因子は頭部外傷すべてに共通して当てはまるものもあれ
ば、発射物での外傷に特有のものもある。共通する因子としては低酸素、年齢、他の外傷の有無、合併症、併存疾患など
で、グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)の評価に影響を与え得る。
262
発射物による外傷に特有の予後因子は以下の通り。
・高エネルギー発射物による外傷
・頭骸骨の基底部や後方窩への外傷
・発射物の軌道が中心線をまたぐ両側の大脳半球の外傷(両側の前頭葉は例外である)
・発射物の軌道が片側性の大脳半球の外傷
・側脳室の部位を巻き込んだ外傷
・脳内の血腫の有無
・外傷性動脈瘤や動静脈瘻の形成
・気泡が発射物の軌道から離れた脳実質内に散在しているのがレントゲン上認められる場合(これは通常銃撃された際に
高圧がかかってガスが入り込んでしまったことによる)
蘇生後の GCS
病院搬送前の GCS スコアは、初期治療のモニタリングと患者の評価には有用であるが、実際に予後を示すのは蘇生後
の GCS である。
以下の場合、良好な結果は得られない。
1. 合計スコア ≦8
2. 運動 < 3
3. 開眼 < 2
4. 発語 < 2
5. 瞳孔: 開大または異常な対光反射
蘇生後に評価した GCS スコアと予後の関連について表 26.2 に示した。これは、CT 検査が可能な南アフリカでの一般
市民の銃創症例でのデータに基づいている。
表 26.2
GCS
死亡率
3~5
98%
6~10
31%
11~15
8%
蘇生後 GCS と死亡率 9
GCS スコアに加えて、この研究では死亡率に強く関係する特異的な病理所見が示された。
脳室を貫いた受傷(死亡率 100%)、両側の大脳半球の受傷(同 90 %)そしてびまん性の脳の浮腫(同 81 %)である。
5. Harvey W. Cushing (1869~1939), 第一次世界大戦で米軍に従事した脳神経外科医で、「現代脳神経外科の父」とも呼ばれ
る。彼が記載した戦傷における貫通創のデブリドマンは、現代の診療でも、なお基本となっている。
6. Hammon WM. Analysis of 2,187 consecutive penetrating wounds of the brain from Vietnam. J Neurosurg 1971; 34:
127 – 131.
7. Erdogan E, Gönül E, Seber N. Craniocerebral gunshot wounds. Neurosurg Quart 2002; 12: 1 – 18.
8. Bogale, Solomon. Management of penetrating brain injury: experience in the Armed Forces General Hospital, Addis
Ababa. Personal communication, 1999.
9. Adapted from Semple PL, Domingo Z. Craniocerebral gunshot injuries in South Africa – a suggested management
strategy. S Afr Med J 2001; 91: 141 – 145.
263
26.3.4 赤十字外傷スコア
髄膜の貫通は患者の生命の危険に影響する。赤十字外傷スコアでの表記法では V はN と同じである。頭蓋骨骨折はF
スコアとなる。もちろん、鈍的外傷や爆発物での受傷も生命の危険があるが、赤十字外傷スコアでは貫通性外傷のみを扱
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
う。
写真/ 図 26.2.1 – 26.2.3
赤十字外傷スコアの一例: E3 X0 C0 F2 VN M1
26.4 病態生理学
26.4.1 一次及び二次脳外傷
脳への外傷には一次外傷と二次外傷がある。一次外傷は臓器損傷によるもので、鈍的外傷や貫通外傷などの直接的
な外傷の場合もあれば、加速、減速、回転性の力が脳にかかって頭骸骨内面とぶつかって損傷を引き起こす間接的な受
傷の時もある。その両方が弾道創を形成する。
二次外傷とは、低酸素血症や虚血、脳血管関門の破綻、細胞間のイオン交換の異常等の生理代謝の結果によるもので
ある。二次外傷は最初の受傷後数分から数日後に起こり、生存して病院にたどり着いた患者の死亡と中枢神経系の機能
不全の原因のほとんどを占めている。
26.4.2 脳血流と酸素化
脳は固く密閉された箱の中の柔らかいゼリーのようなものである。 頭蓋内容物(脳、血液、脳脊髄液)と全身循環の間に
は生理的なバランスがある。
脳血流量=
脳灌流圧
脳末梢抵抗
脳灌流圧=平均動脈圧—頭蓋内圧
生命の維持に極めて重要な、良好な循環と酸素化をもたらす脳への安定した血流は、このバランスによるものである。
低酸素血症は、原因が何であれ二次的な脳損傷を来す重要な因子である。多くの研究が、受傷早期に起こった低酸素血
症の程度と時間、回数が、病態や死亡率の悪化に強く関係していることは、多くの研究によって示されている。
従って、十分な脳循環と酸素化を保ち、二次的脳損傷を防ぐのが患者管理の鍵となる。しかし非可逆性の脳障害がど
の程度の脳虚血で起こるのかははっきりしていない。
低酸素血症は、原因が何であれ予後の悪化につながる。
264
したがって、蘇生中に GCS に基づいて患者のカテゴリーを分類する場合は、血圧がいったん 90mmHg 以上に
上昇し、もし可能ならば酸素投与されてから行うべきだとしている。これが実際の蘇生後 GCS となる。
26.4.3 頭蓋内圧と脳浮腫
脳浮腫は、様々な脳への外傷に対する正常な反応である。頭蓋内圧の上昇は通常閉鎖性の頭部外傷で起こり、傷が
非常に小さい場合を除いて貫通性外傷で起こることは稀である。
貫通性外傷での重大な脳浮腫は、受傷後 6 時間経過してようやく発症する。そもそも開放性の外傷では頭蓋はもはや
閉鎖した箱ではなくなっており、損傷した脳は外に飛び出してしまっていることが多いため、脳内容量が減少している。
大きな脳の開放創は、脳灌流圧と頭蓋内圧の生理動態を劇的に変化させる。
頭蓋内圧の上昇は、低酸素血症に次ぐ主要な二次的脳損傷の因子である。
26.5 診察
「目で見て骨の外観を調べることに加えて、次のような特徴的な所見の有無をし
っかり調べる必要がある。すなわち、傷病者は失神したのか否か、目の前が真っ
暗になったのか、めまいがして地面に倒れ込んだのか否か、などを。これらは大
なり小なり外傷の所見である。」
ヒポクラテス
洗練された診断機器やモニター機器がない場合は、系統的な全身の診察が重要で、患者管理の基本となる。
初期診療においては、いわゆる ABCDE の順が基本となる。少しでも意識障害がある場合は、すぐに切迫した低酸素
血症を伴う呼吸障害を来す危険がある。
頭部を含む鈍的外傷は脳脊椎に対する適切な処置が必要となるが、これは貫通性外傷の処置とは別である(第 7 章
7.2 、第 36 章 5 参照)。
小児以外では、頭皮からの出血でショックをきたすことはまれである。浅側頭動脈は重篤な血腫を引き起こすが、用手
的に圧迫して単純なクランプをかけることで救命できる。しかしながら、脊髄の貫通性外傷は神経性ショック、つまり循環血
漿量不変の低血圧を来す場合がある (第 36 章 3.2 参照)。
先人の教えに学ぶ
頭部からの出血によるショックはまれである。他の部位を探せ
265
ICRC
ICRC
写真 26.3.1 、 26.3.2
この小さな傷とその下の陥没骨折は、頭蓋骨を入念に触診し、毛髪を剃って初めて判明した。
頭部の非常に些細なところまで注意深く触診して初めて完全に診察したといえる。頭蓋内に入り込んでいる小さい破片
を診断するのは難しい(写真 8.6 参照)。
頭皮のすべての挫創は徹底的に触って診察すべきである。頭蓋骨の骨折や、異物が入り込んでいる小さな入り口を発
見する方法はこれしかない。
先人の教えに学ぶ
小さな傷に重篤な外傷が隠れているかもしれない。
「悪い事は小さな穴から起こる」
患者の容態が安定したら GCS のパラメーターやその他の脳神経所見などで、より完全な神経所見を取る。
26.5.1 グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)
グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)(表 8.4 参照)は、本来閉鎖性の頭部外傷の評価に対して確立されたものである
が、貫通性外傷においても臨床的に有用なツールであることがわかっている
10。いくつかの研究では評価者間での信頼
性に乏しいとされるものの、GCS は患者の状態のモニターと評価にとりわけ有用である。特に同じ医師や看護師が繰り返
し行うことで信頼性が上がる。蘇生後の GCS をベースラインとするべきであり、これが最も予後を反映する。
頭部外傷重症度のカテゴリー分類 11
・軽微: GCS = 15、意識消失や健忘を伴わないもの
・軽症: GCS = 13~15 で、短時間の意識消失または意識レベルや記憶の低下を伴うもの
・中等症: GCS = 9~12、5 分間以上の意識消失または神経学的病巣所見を認めるもの
・重症: GCS =5~8
・致死的: GCS = 3~4
蘇生後に軽度または中等度の外傷を呈し、その後悪化する患者が、外科医が労力を集中すべき対象である。このよう
な病態は通常可逆的で、結果は良好なことが多い。
注:
意識レベルの低下は頭部外傷によるものよりむしろ、急激なショック、アルコール、ドラッグや薬剤が原因となっている可
266
能性がある。
26.5.2 補助的検査
レントゲンは頭部と前後、側頭部を含めチェックすべきである。CT スキャンは医療資源が限られている現場で行うことが
できるのはまれである。
射入創を調べると、頭骸骨の内部は、常に外部よりも多く骨折していることが認められる。射出創ではその逆である。傷
から放射状に広がる骨折は重篤な外傷であることを示している。しかしながら、頭蓋内の部位や頭骸骨底部の骨折に関し
ては、レントゲンから得られる情報はほとんどない。射出創がない場合、レントゲンで金属の発射物の破片の位置がわかる
ICRC
ICRC
D. Cooke / ICRC
ので、発射物の弾道や関連する損傷を推定する一助になる。
写真 26.4.1、26.4.2
破片の位置を知っていることが診断の手助けになる場合もある。
ここでは破片は頭蓋骨の直下にあった。
写真 26.4.3
この症例では槍の先が頭蓋骨を貫通
している。
しかし貫通性外傷のほとんどの症例では、単純レントゲンですら手術の是非や待機手術の適応を決める上で必要不可
欠というわけではない 12。
26.6 救急室でのマネージメント
目的は、一般的な蘇生法によって二次的脳損傷を最小限に留めることである。直接的な臓器破壊による場合を除いて、
頭部外傷による死亡のほとんどは、低酸素血症と低血圧による二次的損傷によるものである。
当初生存していた患者が死亡するのは、最初に受傷した組織損傷によ
るものよりも、二次的脳障害によるものが多い。これらの多くは避けられ
る死亡である。
患者によっては気道確保と呼吸のコントロールのために挿管を要する場合もある。特に重篤な損傷を受けた患者(GCS
8 以下)では気道確保は必須であり、可能ならば酸素投与を行う。
気道が確保できたら外科医は患者が自発呼吸をしているかどうかを確認しなくてはならない。バッグによる補助呼吸が
必要になる場合もある。現場の状況によってそのような手動の補助呼吸をどれくらいの間行うか決定する(F.3 参照)。大量
の患者が殺到してトリアージを行う状況では、人工呼吸を必要とする患者はカテゴリーIV(黒タグ)に分類され、「期待を込
めて」扱われる(第 9 章参照)。
267
酸素と換気と血圧の維持:それが脳の低酸素と虚血を防ぐ。
最適な脳血流量を維持するためには平均血圧が 70mmHg 以上必要であるが、これは収縮期血圧 90mmHg を保つと
いうことである。これは、もし他の外傷があったり失血していたりして外科医が低血圧蘇生をしなくてはならない時に問題と
なる(第 8 章 5.4 参照)。外科医は体内の他の腔、特に腹腔からの出血を引き起こさないようにしつつ、「治療の曲芸
(therapeutic juggling act)」を行うが如く、蘇生と脳血流量を維持しなければならない。
このジレンマを両立させるために、蘇生時に、使用する高張性食塩水の量を制限し、デキストランを併用したりしなかっ
たりと試す研究者もいるが、ICRC の外科チームではそのような実験をしたことがないため、コメントすることはできない。ま
た、デキストロースを水に混入してはならない。これは低張性であり、脳内浮腫を悪化させるためである。
尿量と蘇生の適正度のモニタリングを行うと共に不快感を避けるため、膀胱にはカテーテルを挿入する。多くの場合、実
際に膀胱が充満していることで苦痛を訴える患者には鎮静剤が投与されてきたが、低酸素血症や膀胱充満によるもので
ない、真の不快感や不穏に対しては、必要に応じてジアゼパムやペンタゾシンを用いる。
胃内容を空にして嘔吐と誤嚥を防ぐために、経鼻チューブを挿入するが、篩骨洞や頭骸骨底部の骨折がある場合は注
意が必要である。
破傷風予防薬や抗生剤はプロトコルに従い投与する。
発射物による貫通性外傷で、マンニトールや利尿剤の投与が必要になることはまれである。これらの薬剤は頭部外傷の
タイプに関係なく、ルーチンで投与してはならない。これらは緊急手術を待つ間の時間稼ぎとしてのみ用いるべきで、その
場合も適切な管理下で行わなくてはならない。また、ステロイドの投与は禁忌である 13。
26.7 手術の決定
優先すべき手術は気道、呼吸や循環のような生命の危機につながる部位である。神経系の領域では、直ちに手術しな
くてはならないようなものはほとんどない。それらは例えばテント状ヘルニアを伴うような、急速に拡大する頭蓋内血腫であ
るが、これは貫通性外傷よりも鈍的外傷による場合がほとんどである。
外傷は 1 つとは限らない。まずはすべての出血をコントロールせよ!
頭部の貫通外傷の管理方針に関しては、臨床所見と同様に外傷の内容に応じて決定されるべきであるが、いくつかの
全体的な原則がある。
• 初期治療は可能な範囲で根治的なものでなくてはならない。止血困難な出血に対するダメージコントロールのようなア
プローチを行わねばならないことは稀である。
• 頭蓋内で広がる血腫の所見のない、頭頂部の小さな刺し傷は手術すべきではない。意識低下や脳脊髄液の漏出がな
いかを注意深くモニタリングする。
• 蘇生後 GCS が 13~15 で悪化傾向がある場合は最優先で手術する。
• GCS が 8 以上の患者は積極的に手術で対応する。
• GCS が 3~5 の患者は、手術可能な血腫がない限りは保存的治療を行う。
• GCS が 5~8 の患者は治療方針決定が困難で難渋する。気道確保と酸素投与をし、24 時間待機し、その後改めて手
術するかどうか決定するという方法を提唱する外科医もいる。改善傾向があるならば手術、悪化するならば補助的治療
のみとする。
• ある種の外傷症例では、臨床病理学的に、積極的な手術治療から縮小手術に至るまで幅広い治療方針の選択肢があ
268
る。
外科医は GCS 9~13 の患者に焦点を絞るべきである。
開放性の頭部外傷はしばしば恐ろしいように見えるが、当初考えたよりもはるかに軽傷であることがある。蘇生後 GCS
は予後を最もよく反映するため、多数の外傷患者に対してトリアージをする際、優先順位を決定するのに特に重要である。
生存可能な外傷のほとんどはカテゴリー2 である。手術が必要ではあるが、十分に気道確保されていれば待機可能なた
めである。
26.8 手術室
26.8.1 患者の体位と術前準備
頭部は、完全に剃毛し、頭皮の切開を延長したり、外科医や麻
酔科医が動かしたりしてもよいように、ドレープで十分な範囲を覆
う。
M. Della Torre / ICRC
頭頂部や側頭部の傷に対しては、患者を側臥位にすべきであ
る。後頭部と後方窩の場合は腹臥位にする。仰臥位にすることも
可能だが、頭部を過剰に傾けたり、側方へ回旋したりすることは、
脳への血液の出入りを妨げることになるので避けるべきである。
肩甲骨の間や肩の下に枕を入れることが必要な場合もある。
手術台は、頭部が心臓よりも挙上した状態になるように傾け、静
脈還流を促す。
写真 26.5
患者の頭部を剃毛し石けんと水で洗った後にイソ
ジンで消毒する。
26.8.2 麻酔
小手術や表層のみの傷を除いて、麻酔の設備と資源があれば挿管するのがベストである。麻酔科医は挿管して、丁寧
なバッグ換気で患者の呼吸と酸素化をコントロールしなくてはならない。慎重にコントロールされた換気は頭蓋内圧を上げ
る咳や嘔気や努力呼吸などを防ぐことができる。
脳ヘルニアや重篤な浮腫が術中に起こっている明らかな兆候がない限りは、過換気管理は避けるべきであるが、短期
間のわずかな過換気管理は、頭蓋内圧上昇のコントロールに最もよい方法である。マンニトールも血圧が 90mmHg 以上
であれば使用可能である。しかし、既に述べたように、戦場における貫通性の脳外傷は開放創であることが多く、特に大き
な創の場合、そのような処置は通常必要ではない。ステロイド投与は必要でもないし、推奨もされない。
挿管しての麻酔はガス麻酔でもケタミンでも可能で、その病院で入手可能で通常使用されているものでよい。以前に報
告されていたのとは逆に、ケタミンは頭部外傷に対する麻酔薬としては安全で(第 17 章 4.1 参照)、挿管が不可能で安定
した気道確保のために気管切開を考慮しなくてはならないような症例に対しても、自発呼吸下で使用することもできる。 .
極端な例では、頭皮や頭骸骨膜や髄膜に対して、チオペンタールやジアゼパム等の鎮静剤と併用して局所麻酔で対
応することも可能である。脳自体には痛覚はないからである。
26.8.3 手術室の設備と器具
いくつかの単純な器具が非常に役に立つ。手動で頭を上下できる手術台や、電動の低圧吸引器か大きなシリンジ(60–
100 mL)、電気メスは、あると便利である。
269
T. Gassman / ICRC
頭部の開放性外傷を扱う場合、唯一必要不可欠な器具はリュエルである。
写真 26.6 ICRC の穿頭術セット
神経外傷の基本的な手術器具キットは以下のような構成になっている。
•
ハンドドリル(Hudson brace)
•
頭蓋骨穿孔器(trephine)
•
種々のバー(ドリルの刃先): シリンダー状のものから、球形のものまで
•
硬膜剥離子
•
骨膜剥離子
•
リュエル
•
糸鋸
10. Teasdale G, Jennett B. Assessment of coma and impaired consciousness. A practical scale. Lancet 1974; 2: 81 – 84.
11. Jarell AD, Ecklund JM, Ling GSF. Traumatic Brain Injury. In: Tsokos GC, Atkins JL, eds. Combat Medicine: Basic
and Clinical Research in Military, Trauma, and Emergency Medicine. Totowa, NJ: Humana Press; 2003: 351 –
369.より改変
12. 多くの ICRC の外科医は、レントゲンの恩恵を受けずに手術をしなければならなかった。診断的画像は、質の高い戦傷外科に必
要不可欠なものではない。
13. CRASH Trial Contributors. Final results of MRC CRASH, a randomised placebo-controlled trial of intravenous
corticosteroid in adults with head injury – outcomes at 6 months. Lancet 2005; 365: 1957 – 1959.
270
26.8.4 基本的な手術のマネージメント
創傷弾道学の議論は、脳に対する発射物による外傷の幅広い多様性を明らかにしたが、根本的な手術技術は比較的
限られており、基本的にはほとんど同じである。開頭術、頭皮や頭骸骨・脳のデブリドマン、そして一期的閉創である。
身体の他の部位で用いられているデブリドマンの基本原理は、脳の外傷であっても同
様に適応できる。
Harvey W. Cushing 14
残存する骨や金属の破片には、非常に多くの関心が寄せられてきた。 骨片は感染の原因となるのでより重要であるが、
これより問題なのは皮膚や頭髪の混入である。金属片は体内に入った後あちこちに移動して、さらに損傷を引き起こすこ
とが報告されているが、その発生率は極めて低い。残存している発射物を取り除くために再度手術するのは、その異物が
原因で合併症が起こった時だけである。すなわち感染や脳脊髄液の漏出、残存物が他の組織を圧迫して障害を引き起こ
している、あるいは鉛中毒の確証が得られた時(第 14 章 3 参照)などである。さもなければ身体の他の部位の異物と同様、
容易に到達できる部位にない限り、そのまま体内に置いたままにしておく。
穿孔性外傷は、紛争で外科医が最もよく遭遇する、発射物による脳損傷であろう。それに対する処置としても、ほとんど
すべての発射物による外傷に対する基本的な手術技術が最適である。それ故、これ以後の章は穿孔性外傷に対するデ
ブリドマンを例として述べてゆく。
26.9 脳のデブリドマン: 「burr-hole」外傷
このような外傷の多くは予後良好である。患者はしばしば意識清明で、脳の具体的な受傷部位にもよるが、救急室まで
独歩で来ることもある。しかし常に手術を検討考慮すべきである。
26.9.1 創傷の病態
弾道は、低運動エネルギーの破片や、変形あるいは不安定な弾丸の
それに似ている。射入創は発射物の直径よりはるかに大きく、頭蓋骨の
受傷部位がバーホールのような形になるため、そのような名前が付けられ
た。ドロドロになった脳や血腫、頭髪や頭皮、骨片などからなる破壊され
た組織のコーンができている場合がある。脳ヘルニアや脳真菌症では、
頭蓋骨から脳が飛び出してしまうことがしばしば認められる。
N. Papas / ICRC
発射物の脳への侵入は 1cm にも満たないほど浅い時もあれば、はる
かに深い場合もあるが、常に骨片よりも深い場所に至る。先の丸い弾丸
は、その軌道の最後で脳神経を押しのける傾向があるため、より遠位の、
損傷を受けていない組織内で発見される。金属片は不整形で鋭利なの
図 26.7
表層部位の貫通、バーホール型:組織が破
壊されてコーンのようになっている。また、傷
の底に発射物がある。
で、脳に入り込んで止まった最後の部位まで 脳を挫傷する。骨片は常に
コーンの中で発見される。
14. Cushing H. A study of a series of wounds involving the brain and its enveloping structures. Br J Surg 1918; 5: 558
– 684.
271
26.9.2 手術手技
手術の手順は、解剖学的な層構造、すなわち頭皮、骨、硬膜、脳組織を順に露出していく。
頭皮の切開
損傷を受けた脳を調べるには大きく創を開く必要があるが、それには二通りの切開がある。下方を基部としてフラップの
中心に傷がくるように逆 U 字切開を入れる、いわゆる馬蹄状フラップにするか、あるいは傷を通り抜ける形で切開を入れる
S 状切開である。双方に有利な点と不利な点がある。ICRC の外科医の実際としては、 創を大きく開くために通常、馬蹄
切開が好まれ、小さな創や開頭術に対しては S 状切開が好まれる。頭皮の切開は、希釈したアドレナリンを浸透させること
N. Papas / ICRC
ICRC
V. Sasin / ICRC
N. Papas / ICRC
図 26.8.1 、写真 26.8.2
馬蹄状皮弁、あるいは U 字切開:切
開は頭皮の全層にわたって行う。傷
そのものは手術の最後に切り取る。
小さな水平切開を皮弁の端のひとつ
に置くことでわずかに回旋すること
ができ、創に緊張がかからないよう
に閉じることができる。希釈したアド
レナリン溶液を切開部に注射しても
よい。
V. Sasin / ICRC
で出血をコントロールできる。
図/ 写真 26.9.1 – 26.9.3 S 字延長切開:頭皮から脳がそれ以上汚染するのを防ぐため、初めに傷の全層にわたってデブリドマ
ンを行う。その後、創は S 字形に延長し断端は広範に皮下を剥離する。
皮膚切開の後に、外科医は頭骸骨に血腫や組織の破片などでどろどろになった固まりが詰まっている大きな穴を見る
ことになる。場合によっては、単純に皮膚弁を持ってくるだけでテンションを緩め損傷した組織を血の固まりとして取り出す
のには十分である場合もある。
272
C. Giannou / ICRC
C. Giannou / ICRC
写真 26.10.2
そこからの血腫でいっぱいになった頭蓋
骨の穴
写真 26.10.1
止血は、頑健な繊維組織層である帽状腱膜
を鉗子で掴み、血管を折れ曲がらせるように
外へひっくり返す。
骨
硬膜は硬膜剥離子を使って注意深く骨から剥離していく。しばしば骨端に癒着しているからである。リュエルで頭蓋骨
の欠損部を、傷の全周にわたって断端を注意深くかじり取りながら、硬膜が見えるようになるまで広げていく。板間層から
の出血はすべて希釈したアドレナリンに浸した圧砕された筋肉パッチで対処でき、汚染された傷に異物として入り込み感
ICRC
ICRC
染を来す骨蝋を用いるよりもよい。
写真 26.11.1、26.11.2 骨の欠損部の全周にわたって硬膜を露出するため、骨の断端をリュエル
でかじり取っている。
髄膜
硬膜の断端のほつれはきれいに切りそろえる。硬膜が裂けるとそれなりの距離になるのでそれ以上裂けないような対処
をし、後に閉じる必要がある。
脳
ドロドロに壊死した脳は、ヨーグルトやお粥のような状態であり、それは出血もしなければ拍動で脈打つこともない。生き
ている脳はゼリーのようで、心拍に合わせて出血や拍動が認められる。
死んだ脳はヨーグルト、生きている脳はゼリーのようである。
デブリドマンとは、ドロドロになった脳や血腫を機械的な低圧吸引器で吸い出すことである。柔らかいフォーリーカテー
273
テルを付けた大きなシリンジで代用する時もあるが、これはもともと Harvey Cushing が始めた技術である。生理食塩水で
ICRC
V. Sasin / ICRC
傷の内腔を優しく洗浄する。内腔がきれいになるまで洗浄と吸引を繰り返す。
写真 26.12.1
注射器を用いて洗浄している。
写真 26.12.2
洗浄後、傷の内腔は低圧で吸引する。
ぼろぼろになった骨片は常に組織が破壊されて形成されたコーンの中から発見されるので、吸引したり、鑷子でつまみ
だして対処する。容易に摘出し得る破片の検索は、柔らかく指で触知しながら行う。骨片や金属片の検索や摘出のために
さらなる神経損傷を起こしてはならない。容易に到達できそうなものだけを摘出する。
骨片と金属異物は、容易に到達できるものだけを取り除く。
清潔になった内腔はきらきら光る白色で、脳組織は心臓の鼓動に合わせて拍動するのが見える。
止血
止血は注意深く行わなくてはならない。脳の表面からの出血は毛細血管
からの漏出によるものかもしれず、もし手に入ればバイポーラが最も有効で
ある。 大脳皮質のヒダのために、脳回の一番上では電気メスによる凝固は
容易であるが脳溝の底部では非常に難しい。あるいは、希釈したアドレナリ
ンか温かい生理食塩水に浸したガーゼを傷の内腔に詰め、軽く指で圧迫し
数分間待つという止血法もある。その後ガーゼを外すと通常止血しているが、
もしまだ出血しているならば同じ処置を繰り返す。
非常に薄くデリケートな部位からの出血は連続縫合で針糸をかけることで
N. Papas / ICRC
コントロールできるが、しばしば引きちぎれてしまう。軟膜を硬膜と共にすく
いあげて針糸をかけて縫ってしまうのがより現実的なやり方かもしれない。
バイポーラによる止血や、クリップがもし手に入れば、個々の血管からの出
図 26.13
硬膜を骨膜に縫い留めることで出血をコ
ントロールする。
血をコントロールするのに有効である。
硬膜の縫合
傷の内腔がきれいで出血もなく乾いた状態になれば、閉創の条件が整ったといえる。非常に小さな傷や硬膜がちょっと
裂けた場合以外では、硬膜の端を直接縫合できることは滅多にない。通常パッチグラフトが必要になり、頭蓋骨膜や、側
274
頭筋または後頭筋の筋膜、 帽状腱膜から採取する。もし非常に大きなパッチが必要な場合は大腿筋膜から採取する。
グラフトパッチは 3-0 吸収糸か 4-0 非吸収糸を用い、周囲の硬膜に連続でインターロッキング縫合を行い、液漏れのな
写真 26.14.1
小さな髄膜の欠損は、側頭筋膜から採取したグ
ラフトを緊密に縫い付けて修復する。
C. Giannou / ICRC
C. Giannou / ICRC
い縫合にする。清潔環境が厳密に保たれず物資に限りがあるような状況では頭蓋内にドレーンを留置すべきではない。
写真 26.14.2
大きな筋膜皮弁
頭皮の縫合
頭蓋脳外傷は待機的一時閉創(DPC)の例外のひとつである。手
術終了時に頭皮の傷は切り取って縫合する。創のデブリドマンで皮
膚組織が欠損すると頭皮の切開創の縫合が困難となる。馬蹄状切
開フラップの底部での遊離のための切開は、閉創の際に皮膚を回
転させるのに有効である。S 状切開を延長したり、皮下を剥離したり
して回転フラップを作るのも同じ目的である。フラップは、帽状腱膜
C. Giannou / ICRC
の下で持ち上げられるようにすべきで、それにより縫合のラインにか
かるテンションを減弱できる。回転皮弁により頭蓋骨膜の一部が露
出してしまった場合は、分層皮膚移植(SSG)で覆う。
小さな傷以外は、頭皮の閉創は 2 層で行うことが望ましい。1 層目
は創が離解しないためと止血の目的で厚く固い帽状腱膜を吸収糸
で閉じ、2 層目は皮膚を閉じる。マットレス縫合を用いて1層で閉じる
写真 26.15
皮下ドレーンを挿入して頭皮を閉じる。
のを好む外科医もいる。皮下ドレーンを 24 時間入れておいてもよい。
26.10 接線方向の外傷
これは、外科医が比較的よくみる発射物による外傷で、生存率がよいことが知られている。
26.10.1 病態
発射物は骨折を引き起こす場合とそうでない場合がある。骨折の場合、陥没して 「V 字形の溝(V-shaped gutter)」を
作る場合があるが、これは拍動性の血腫で満たされ、外科医に硬膜への貫通を疑わせる。骨の破片は脳の深くまで到達
しているかもしれないが(写真 26.1.2)、 外観からは損傷の程度はわからない。硬膜の血管損傷は硬膜外、硬膜下血腫を
引き起こす可能性がある。
275
ICRC
ICRC
写真 26.16.2
ピンセットの先端は骨の溝状の変形を示している。脳への貫通はない。
ICRC
ICRC
ICRC
写真 26.16.1
接線方向の銃創:ピンセットが傷の入り
口から出口まで貫通している。両方の傷
を含むように馬蹄状皮弁の切開を行っ
ている。
写真 26.17.1 – 26.17.3
脳に至る貫通銃創が溝状の傷を来している。
最も重篤な 接線方向の損傷は、ぽっかりと穴の開いたような傷で、 「出入り口」が 1 つになったような粉砕骨折を伴う打
ち抜き欠損となり、大脳皮質の直接的な挫傷と挫滅を伴う(写真 26.1.3、26.20.1–26.20.2)。
すべての骨折や骨片がレントゲンで視認できるわけではない。
骨折や貫通の有無にかかわらず、激突の衝撃は、その下にある脳皮質挫滅を様々な形で引き起こす。傷の観察をして
も外傷の重篤度が必ずしもわかるわけではない。
26.10.2 手術適応
手術適応は以下の状態によって決定される。
局所症状を伴う陥没骨折
圧迫による局所症状は手術の絶対適応である。高い頻度で大
脳皮質内に骨の破片が入り込んでいるため、外科医の多くはそ
ICRC
のような外傷症例すべてに対して開頭術を行うことを好む。経過
観察をして、局所症状が出現するか数日経過しても改善が認めら
写真 26.18
患者 A:陥没した頭蓋骨の破片
276
れない場合のみ手術をする方針を選択する外科医もいる。
J. Stedmon / ICRC
J. Stedmon / ICRC
写真 26.19.1 and 26.19.2
患者 B: 頭皮に環状創があり、その下に陥没骨折がある。
血腫の圧迫による局所症状
この場合、血腫が硬膜外であれ硬膜下であれ、あるいは皮質下であれ、開頭術と凝血塊の除去は不可欠である。
てんかん発作
痙攣発作は骨の破片による髄膜の損傷の後に起こることがある。それを除去しても長期予後の改善が得られる保証は
ないが、場合によっては、てんかん重積へ発展していくのを予防できることがある。
脳裂傷を伴う打ち抜き欠損(Single entry-exit)
E. Dykes / ICRC
M. Baldan / ICRC
この脳の開放性創傷はデブリドマンが必要である。
写真 26.20.1 、26.20.2
接線方向の穿通創(one entry-exit)を認める 2 症例
26.10.3 手術治療
頭皮のデブリドマン以外に手術適応がない場合は、閉鎖性頭部外傷と同様に保存的治療を行う。時間がかかるものの
しばしば自然に回復する。
穿頭術をする場合、 溝や陥没骨折のすぐ近傍で行わなくてはならない。骨片を持ち上げて硬膜の損傷の有無を確認
する。
• 挫滅した脳の上に正常な硬膜がある場合、実際に皮質の液状化がなければ、そのままにしておくことが可能である。
• しかしながら、もし正常な硬膜が緊張し青みがかっているならば、開けて血腫を除去しなくてはならない。挫滅した脳組
織は丁寧にデブリドマンする。
• 裂けてしまった硬膜はきれいに切り離して、損傷を受けた脳皮質は吸引と洗浄でデブリドマンする。そして摘出可能な
277
骨の破片は除去する。
射入創と射出創が 1 つになった穿通創(single entry-exit defect)では、貫通性の穿頭創と同じようにデブリドマンを行
う。
26.11 その他の貫通外傷
小さな破片による受傷は比較的多いが、穿通損傷は稀である。患者は生存して病院にたどり着けないからである。
26.11.1 グレード 1 の小破片外傷
ちょうど頭蓋骨を貫通するだけの運動エネルギーを持ち、脳に入った破片は、比較的小さな局所の組織損傷を来す。
赤十字外傷スコアではグレード1ということになる。いくつかのシナリオがあり得る。
1 つもしくは限られた数の破片
脳幹のような生命に直結する部位が損傷されていなければ、予後はよく、患者は通常意識清明でしばしば歩いて緊急
入院する。通常は脳浮腫や血腫形成は限局的なので、ほとんどの外科医は受傷部位の洗浄や頭皮の傷の縫合以外は保
ICRC
ICRC
存的な非観血的治療の方針をとる。
写真 26.21.1 、26.21.2 単一の残存破片
しかしながら、患者は厳重に経過観察し、頭蓋内圧の上昇を示唆する兆候や局所症状、脳脊髄液の漏出が認められた
ら、積極的な治療を行わなくてはならない。この場合、射入創にバーホールを開けての穿頭や損傷を受けた脳の局所の
デブリドマンなどが必要である。
もし破片が比較的大きく表層部にある場合は穿頭術で摘出する(写真 14.3)。
多数の破片
多数の破片がある場合は、脳浮腫や血腫形成などいくつもの影響が重複した状態になる。意識レベルは通常低下し、
昏睡に至ることもある。 このタイプの外傷は重篤な閉鎖性の頭部外傷に似ている。
278
M. Yacoub / Rafidia Hospital Nablus
M. Yacoub / Rafidia Hospital Nablus
写真 26.22.1 、26.22.2
前頭葉に多数の破片があることを示す単純レントゲンと CT
GCS が 8 以上で患者の状態の悪化がない場合、保存的治療の適応である。 臨床上急激な悪化を認めた場合、医療
資源が限られている状況では、バーホールをたくさん開け、それぞれの射入創の局所のデブリドマンが、外科医に残され
た唯一の手段である。
26.11.2 貫通性の突き抜け外傷
これらは非常に重篤でしばしば致死的である。空洞効果は急激に死に至らしめる。発射物もまた、しばしば側脳室
(lateral cerebral ventricle)を横断する。血腫、骨片、浮腫は発射物の弾道に不規則に認められる。
片側大脳半球の貫通
射入創と射出創が、片側の大脳半球のみを巻き込んでいる場合である (図 26.1.5). 予後不良だが、頭頂部の高い位
写真 26.23.1、26.23.2
頭部の銃創:前頭部に刺入創、頭頂部に射出創を認める
M. Yacoub / Rafidia Hospital Nablus
ICRC
ICRC
置の受傷で GCS がよいわずかな患者のみが手術適応となる。
写真 26.23.3
CT では、片側大脳半球の貫通性受傷
で細い射撃溝を認める。
刺入創と射出創は通常通りにデブリドマンし、細い弾道は、カテーテルや NG チューブを用いて優しく吸引洗浄する。
硬膜と頭皮はドレーンを入れずに閉じる。
時として、発射物が大脳半球を完全に横断するものの頭蓋骨を突き出るほどの運動エネルギーがないことがある。この
場合も治療は貫通性の外傷と同じである。
279
V. Sasin / ICRC
V. Sasin / ICRC
写真 26.24.1 、26.24.2
大脳半球全体を横断後に破片が残存している。
両側大脳半球の貫通
発射物は正中線を横切り両側の大脳半球を巻き込む(図 26.1.6)。これらの外傷は病院でみることはまれではあるが、
実際にみる症例は頭頂部の高い位置での受傷で前頭葉や洞を巻き込んでいる。
C. Giannou / ICRC
写真 26.25
頭頂部の高い部位に射入創
と射出創があることを鉗子で
示している。
両側前頭部の傷以外は、先に述べた手順を簡素化及び略式化した手順で行う。保存的支援治療がこれらの「いずれ死
亡してしまうことが避けられない」患者には最善の選択となる。
26.12 穿頭術
穿頭術の適応となる代表的な症例は、頭蓋内血腫を伴う鈍的外傷もしくは片側大脳半球の症状が出ている閉鎖性陥没
骨折であるが、いくつかの接線方向の受傷やそれに伴う小さな骨折でも穿頭術が必要になる場合がある。
注:
前述したように接線方向の受傷と爆発による外傷は閉鎖性の頭蓋内血腫を引き起こす。
バーホールを開ける穿頭術(Burr-hole trepanation)は、一般外科医が十分できる手技であり、特にへき地で、ひとり
で働く外科医にとって、備えておかねばならない基本となる手術手技である。手術の詳細は付録 26.A.参照のこと。
280
26.13 治療困難な症例
貫通性頭部外傷においては多くの困難な症例がある。中には神経外科医による適切な治療が必要な患者もいる。
落下してきた弾丸
多くの社会で、戦争での勝利や誕生日、結婚式等のお祝いの時にライフルを空に向けて撃つという習慣があるが、その
国が武力衝突の状態にある時は、これがことさら激しかったりする。落ちてきた弾丸がたまたま立っている人を殺傷してし
まうことはまれではない。落ちてきた弾丸の中には頭蓋骨に穴を開けて、脳に数センチメートル入り込む、すなわち 小さ
な穿頭創となるほどの運動エネルギーを有するものもある。 手術方針は既に述べたような分類に応じて決定する。
弾丸が頭蓋骨に穴を開けるだけで頭蓋の骨の部分に留まる症例もある。これらは決して盲目的操作で摘出してはなら
ない。小さなバーホールを弾丸の横に開け、リュエルで周りをかじって弾丸を遊離する。弾丸の先端が硬膜に穴を開けて
しまっていないか注意深く観察しなくてはならない。 挫傷した脳組織は愛護的に吸引し、硬膜は縫合する。解剖学的な
位置によっては矢状静脈洞の損傷に注意するべきであり、この特殊な症例に関しては後に述べる。
頭部を覆う頭皮を大きく損失してしまった場合
下からの動脈血流が皮弁にいくような、十分な大きさの回旋皮弁を作る。この皮弁は頭部の半分以上の大きさになる場
R. Coupland / ICRC
R. Coupland / ICRC
合もある。すべての頭蓋骨膜の露出した部位は直ちに分層皮膚移植で覆う。
写真 26.26.1、26.26.2
頭皮の皮弁を大きく回旋している: 分層植皮弁が頭蓋骨膜の露出した部位を覆っている。
頭蓋骨を大量に失ってしまった場合
現在は大きな骨の欠損を置換するための様々な人工素材が開発されている。しかしながら頭蓋形成は特殊な手技で本
書で扱う範疇を超えている。症例によっては、頭蓋骨の大きな破片を保存しておき、後にそこにはめ込む外科医もいる。
骨の端が汚染されている時はすべてニッパーのような器具で削り取らなくてはならない。その後生理食塩水に抗生剤を混
ぜたもので洗浄し輸血用の冷蔵庫に保存する。患者が完全に安定したら取り出してそこにはめ込む。他の方法としては頭
蓋骨の大きな破片を腹壁の皮下脂肪の中に埋め込んで保存するという方法もある。
ただしほとんどの症例では、そのような骨を保存して再び使うということは不可能で、患者は後々、頭部を保護するため
に自転車やオートバイのヘルメットや、固い帽子を被らなくてはならない。
頭蓋底の損傷
創の局所のデブリドマンが唯一の外科的処置である。患者は半座位で安静にさせる。もし耳からの滲出が認められても
耳孔を塞がず、耳介の上から吸収性のガーゼを当てて包帯を巻くだけにする。
深部にある主要血管の損傷
この外傷は通常急速に死に至る。挫滅した脳や血腫、骨片を取り除いた際にそれまで覆われていた脈管の損傷が露出
して、大出血を来すこともたびたびある。この状況は一般外科医の手に負えるものではなく、ダメージコントロールとして腔
にガーゼでパッキングして止血を試み、24 時間後にもし患者が生存していたら再手術することになる。
281
外傷性動脈瘤や動静脈瘻
これらの病変は通常破片によって引き起こされる。弾丸は血管を押しのけるか、あるいは完全に突き抜けて急激に致死
的となる。脳の重篤な一次爆傷もまた、仮性動脈瘤形成を来す場合がある。生存者では通常これらは脳血流の末端で、よ
り表層に近い枝にある。これらは最新のテクノロジーがないと診断は困難である。
仮性動脈瘤や動静脈瘻が脳のデブリドマンを行っている最中に発見された時は、血管は通常の血管外科の技術で修
復するには小さすぎ、また適切に剥離するには脳神経外科の修練が必要である。
一般外科医は、単純に病変の血管を結紮して、それによって引き起こされる障害は仕方のないものとして受け止めるか、
保存的治療にするか、どちらかの方針で管理すべきである。ただしどちらの方針であっても予後はよくない。
26.13.1 上矢状洞外傷
上矢状静脈洞は三角形をしており、大脳鎌の 2 つの層の間にある。それは体内の他の主要な静脈と違って、開放され
た状態で頑強に固定されており、圧迫は困難である。頭蓋内の静脈洞や内頚静脈、上大静脈などは弁がないため、患者
が側臥位になった時、右心房や上大静脈の静脈圧は矢状洞の圧を反映する。
上矢状静脈洞
硬膜
くも膜
C. Giannou / ICRC
くも膜顆粒
軟膜
大脳鎌
下矢状静脈洞
図 26.27
上矢状静脈洞の解剖
矢状静脈洞の大きな損傷は、失血及び空間を圧迫する塊の影響、もしくはどちらか一方の影響で、急激に死に至る。
死に至らずに外科医を受診するような患者は、通常は、落下してきた弾丸や小さな破片による損傷、または折れた骨の尖
った部位が静脈洞を覆っている硬膜を突き破ってその部位に引っかかった状態となり、そのために大出血が避けられたよ
うな症例である。
手術治療
患者の頭部と身体を操作する上で、外科医と麻酔科医の共同作業が不可欠である。
1.
頭皮の皮弁は S 状切開が好まれる。落下した弾丸による傷であれ頂点の骨折であれ、十分な視野が得られるからで
ある。
2.
穿頭孔を 1、2 か所開け、リュエルを用いて骨を削りとって穴を大きくし、発射物や骨の砕片を露出する。こういった異
物は脳のデブリドマンの最中に発見されることもあるが、異物を摘出した後に起こるであろう出血をコントロールする
準備が整うまで、触らないでそのままにしておく。
3.
異物摘出の前に、頭部と上半身を挙上する。それにより静脈洞の静脈圧を低下させることができる。しかしながらこの
時点で異物を摘出すると空気塞栓を引き起こすことがある。それを防ぐために、あらかじめ傷を生理食塩水で満たし
ておく。
4.
282
次いで外科医は弾丸や破片、骨の砕片を摘出し、静脈洞の穴を指で押さえる。同時に麻酔科医は患者の頭部の高
さを調節する。低すぎると出血が激しくなるし、高すぎると生理食塩水が洞に引き込まれてしまう。出血もせず生理食
塩水が吸い込まれることもない、ちょうどよい位置を見つけなくてはならない(通常は 30 度挙上)。そうしてやっと外科
医は指を離すことができる。もし異物が早まって除去されてしまった場合、外科医は用手的に同じだけの圧を加える
ことと、麻酔科医の操作が必要である。
5.
硬膜を閉じるのは難しい。血脈洞の壁は直接縫合するには非常にしっかり固定されていて、縫合しても切れてしまう
からである。以下に述べる手技で対処する。
• 頭蓋骨膜または側頭筋膜を用いて皮弁を作る。
• 硬膜の一部分を洞の大きさや形に合うように移動させて穴全体を覆うようにする、髄膜の回旋皮弁。
6.
どちらの方法を用いたとしても、血管外科の細かい連続縫合の技術を用いて 皮弁をその部位にきっちり縫い付ける。
針を貫通させた場所はすべて出血する。そのため皮弁は破砕された筋肉組織のかけらで補強し、そこから凝固系の
因子が滲み出してくるのを期待する。外科医と麻酔科医、看護師が天気の話をしたり、深呼吸をしたりして過ごすうち
に、 5〜10 分で皮弁は固定される。
7.
その後頭皮の切開を単純縫合する。
もし洞の裂けた部位が大きすぎてパッチグラフトや髄膜回旋皮弁で被覆できない場合は、頭皮の下面を洞に縫い付け
てしまうという方法もある。あるいは、ダメージコントロールの方針で対処するという場合もある。開いてしまっている場所に
ガーゼを詰め込んで、その上で頭皮を縫い合わせ、さらにその上から圧迫ガーゼをあてる。24〜48 時間後に再手術する。
それも不可能であれば、洞の周囲(洞の開放部の基始部と末梢側)に厚めに糸をかけて閉じてしまうというのが残された対
処法となる。洞の最初の 1/4 から 1/3 が限界で、それ以上は致死的となることを外科医は受け入れなければならない。
26.13.2 前頭洞外傷
発射物は前頭洞を通り抜け、脳の前頭葉に入り込む。 眼窩も巻き込まれる可能性がある。上眼窩動脈を中心とした馬
蹄状皮弁が望ましいが、粉々になった洞から直接脳のデブリドマンを行うのが最も単純な方法である。
脳のデブリドマンが終わったら、逆行性感染を防ぐために、必要な何らかの移植片を用いて、硬膜を閉じることを試み
る。
洞自体は、内腔をキュレットで削って粘膜を取り除きポビドンヨード溶液で洗う。前鼻孔は筋膜の一部を用いて塞ぐ。そ
の後皮膚の傷を、デブリドマンを行って閉じる。
軟部組織の大部分が欠損しているような場合は、洞の内腔にポビドンヨードで浸したガーゼを詰め込み、後日皮弁が作
れるようになるまで待つという方法で対処できる(写真 27.28.1–27.28.3 参照)。
ICRC
写真 26.28.1
正面の皮弁を開けると洞の損
傷が認められる。また前頭葉
を覆っている硬膜が露出して
いる(矢印)。
283
ICRC
写真 26.28.2
硬膜は筋膜皮弁を用いて閉じられ
ている。
26.13.3 脳神経外傷におけるダメージコントロール
頭部外傷におけるダメージコントロールは身体の他の部位と同じ原則に従って行われる。つまり生理機能の観点からで
低体温や凝固系の異常、アシドーシスを防ぐということである(第 18 章参照)。遠隔地において、患者を搬送することが可
能で血腫除去や開放性脳損傷に対する簡潔なデブリドマンで対応が可能な状況であれば、これは成功するかもしれな
い。
患者の輸送が困難であり、かつ深い部位にある血管からの出血等で出血のコントロールが困難な場合は、ガーゼを詰
めて圧迫止血を行い、24~48 時間後に全身状態が安定してきたら再手術を検討する。
多発外傷の患者には、他の部位の出血に対処する前に外科医は非常に手早く 穿頭孔を開けて頭蓋内圧を下げ、脳
ヘルニアを防がなくてはならない場合がある。頭蓋内の血腫は、ドレナージが効いていれば、最初の状態で必ずしも完全
に摘出しなくてもよい。外科医はどの状況がより命を脅かすものなのか判断しなくてはならない。
26.14 術後管理と保存的治療
術後管理は手術よりも、はるかに賞賛にふさわしい。
患者が昏睡状態であれ意識清明であれ、頭部に重篤な外傷を受けた患者の術後のモニタリングと看護ケアは、昏睡状
態の患者の保存的治療と同様に大変な作業で、同時に時間と手間と人手を消耗する。しかしその努力は多くの患者が回
復するのを見ることで報われるだろう。術後管理の大切さはしばしば過小評価されている。重篤な神経系の外傷患者にお
いては、術後管理こそが賞賛にふさわしい仕事であって、手術そのものではない。
• 注意深い観察とモニタリング
GCS スケールは患者の状態を評価するのによい指標である。頭蓋内圧と術後出血(凝固系の異常、特に DIC)の臨
床的なチェックは厳密に行わなくてはならない。
• 適切な気道確保.
挿管して人工呼吸を行う設備がない場合は、気管切開を積極的に行ってよい。気管切開を行うと 1 回換気量あたり
150mL 分の死腔がなくなり、良好な酸素化を得られるのと同時に二酸化炭素を飛ばすこともできる。その後患者が意
識を取り戻して自発呼吸が十分できるようになれば気管切開口を閉鎖できる。
他に呼吸器に異常がないにもかかわらず酸素飽和度測定器で血中酸素の低下を認める患者や、意識レベルが低下
(GCS < 12) しているような患者は気管切開を行うことで良好な管理ができる。GCS が 8 以下であれば絶対適応であ
る。
284
• 湿度を加えた補助的酸素の投与
• 頭部を 30 度挙上した半座位
これは、脳からの静脈ドレナージを促進することで頭蓋内圧を下げる効果がある。
• 静脈輸液
治療開始して数日は、血行動態が安定した後は静脈輸液はリンゲル液のみに限定し、輸液が過剰投与にならないよう
に注意する。さもないと脳浮腫を引き起こすためである。
• 尿道カテーテル挿入
尿量は輸液バランスを確認するためにモニターしなくてはならないし、膀胱が充満する不快感を防ぐ意味でも重要で
ある。多尿や乏尿は、頭蓋骨の底部の骨折によってバゾプレッシンの分泌に障害が起こっていることを示唆する。
• 眼瞼の清潔を保つ
。
昏睡状態の患者は角膜炎や結膜炎を来すリスクがある。目は毎日湿らせた布で拭って分泌物はすべて取り除かなくて
はならない。眼瞼は、点眼薬を投与した後にテープ(Steri-Strips®)で閉じておく。
• 破傷風予防と抗生剤の投与
• 鎮痛剤、特に関連する外傷がある場合
• 必要に応じて鎮静剤の投与 ジアゼパム、バルビツール
• 消化管出血の予防
• ストレス潰瘍を防ぐために、H2 拮抗剤やプロトンポンプ阻害剤、経口の抗酸剤を投与する。
• 栄養管理
3 日目までに経鼻チューブを用いた経管栄養を開始する。もし多発顔面骨折がある場合は十分注意して挿入する。も
し患者が長期にわたって摂食できないようであれば胃瘻や空腸瘻が必要になる。必要エネルギー量は高くなる(麻痺
のない患者の安静時代謝の 140 %必要で、第7病日からタンパク質を
15 %含む栄養組成にする)。付録 15.A で述べ
ている熱傷患者に対する栄養と同じになる。
• 深部静脈血栓の予防
これはどこでも適応があるというわけではない。深部静脈血栓の頻度は、食事等の生活習慣に関係しており、もしこの
疾患がその地域でよくみられるのであれば、予防策が必要である。薬剤ではない方法、例えば弾性ストッキングなどの
理学療法を優先する。もしも禁忌でないのであれば薬剤の投与を行ってもよいが、頭蓋骨と脳の外傷における出血が
持続している場合は、リスクが非常に高い(Part F.2 参照)。
• 体温管理
重篤な頭部外傷ではしばしば体温調節機能が損なわれる。 低体温は何があっても防がなくてはならない。また、凝固
能に異常がないか常にチェックする。
脳の異化作用の亢進によって引き起こされる高体温は、特に子供においては、
低体温と同様に危険である。
• 皮膚と口腔内の衛生
• 理学療法
肺をきれいな状態に保ち、関節の可動性を維持する。
• 痙攣発作予防
注:
ステロイドは頭部外傷に何の役にも立たない。
定期的な意識レベルの評価が最も重要である。意識レベルが悪化する場合は再開頭が必要になり、通常は新たな血
腫を摘除したり、感染に対処することになる。
285
意識レベルが悪化した場合は、再度診察が必要である。
26.14.1 痙攣発作の予防
痙攣発作の発生は、臨床研究によって報告が異なるが、受傷後 15 年にわたってフォローした結果では発生率は 50%
に達する。7 日以内に起こる初期の痙攣発作は、遅発性のものよりも多い。現在わかっている知見は、早期の予防薬の投
与でも、晩期の発作を防げないことを示唆している。
回復期の非常に早期の痙攣発作は、 二次的脳損傷によって、急激かつ急速に患者の状態を悪化させる。直ちにジア
ゼパムの静注を行う。
ICRC の外科医は最近治療のプロトコルを改変し、術後1週間痙攣の予防薬の投与をプロトコルに含めることにした 15。
短期的な予防薬はいくつかあるが、その選択は病院の環境による。
• 塩酸フェニトイン静注
成人でも子供でも、初期投与量は 10~20mg/kg の静注である。(低血圧や徐脈等の心肺機能への副作用を避ける
為に最大投与速度は 50 mg/分とする)
成人に対する 24 時間後の維持量は 3~7 mg/kg を 1 日1 回投与とする。 子供の場合は 12 歳までは 2.5~5 mg/kg
を 1 日 2 回筋注する。
• カルバマゼピン
錠剤か懸濁液しかないが、直腸に挿入して使うことが可能である。成人は初期投与として 200 mg を 1 日 2 回、その
後 400 mg を 2 回投与に増量する。生後 1 か月から 12 歳までの子供は 1 日 5 mg/kg、10~15 mg/kg まで増量
可能で、これを分割投与する。経口投与は経直腸投与量の 25 %増とする。
• フェノバルビタール
他の薬剤が入手できない場合は、この一般的な薬を使うことになる。成人の初期投与は 10 mg/kg で、最大投与量
は 1g である。100 mg/ 分以上の速度にならないよう注意する。24 時間後の維持量は 1 日 100~200 mg とする。
12 歳までの子供は初期投与量 1~1.5 mg/kg 1 日 2 回、2 mg/kg/日まで増量可能、維持量は 2.5 ~4 mg/kg を 1
日 1 回または 2 回とする。
注:
すべての抗痙攣薬は、痙攣の誘発を防ぐために段階的に減量していく。1 週間のプロトコルで投与された予防薬は次
の 1 週間をかけて段階的に減量していく。長期にわたる予防薬の投与は賛否両論があり、推奨はされていない。
26.15 頭蓋内圧亢進
頭蓋内圧の上昇は必ず直ちに診断し、積極的に治療しなくてはならない。これは開放性の頭部外傷では、閉鎖性外傷
に比べてはるかに稀である。
頭部外傷患者における最優先事項は、完全で迅速な生理学的蘇生である。患者をモニターする洗練された機器がな
い環境では、蘇生処置中に頭蓋内圧の上昇を防ぐ特別な治療を行ってはならない。
頭蓋内圧をコントロールする薬剤(例えば浸透圧利尿剤)は、重篤な合併症を来す場合があるため、患者を厳密にモニ
ターする方法がない場合にそういったものを投与すると蘇生処置の妨げになる場合がある。
15. 2010 年 12 月にジュネーヴで行われた第 2 回 ICRC Master Surgeons Workshop で採用されたプロトコル
286
26.15.1 管理
治療は単純な方法から始めるべきである。酸素投与、頭部の挙上、鎮静剤の投与、発熱のコントロール、低血圧や静脈
輸液の過剰投与の予防などである。グルコースを含む輸液は一切行わない。
人工呼吸器がない場合、患者を鎮静して用手換気で管理できるかどうかは、病院のマンパワーによる。マイルドで、管
理された過換気は迅速な効果があるが、非常に短期間だけ行うべきである(手術中に、急激な脳の腫脹をコントロールす
るのに一時的に用いるには良い方法である)。
頭蓋内圧をコントロールするためにマンニトールを使用するのは、単純な手段とはいえない。その場合、患者を厳密に
モニターしなくてはならないからである。きちんとした看護と患者の観察ができない場合は使用しない方がよいであろう。さ
らに付け加えると、マンニトールは、発射物による外傷の局所的な浮腫よりも、頭部の鈍的外傷によって引き起こされる全
体的な浮腫に対して、より有効な薬剤である。
患者が完全に蘇生され、血行動態が安定した時にのみ、マンニトールを使用するべきである。体重あたり 0.5~1mg/kg
の静注を 20 分以上かけて行う。急速投与をすれば頭蓋内圧低下に関しては急速に、より大きな効果が得られるが、中止
した時にリバウンドしてしまう。 緩徐な投与の方が頭蓋内圧の低下の効果がより長く継続する。
傷のデブリドマンや血腫の除去などはそれ自体が脳の圧迫を解除し頭蓋内圧を下げる効果がある。脳室造瘻術は、脳
脊髄液を脳室の外にドレナージする方法だが、これは脳内除圧頭蓋骨摘除術という、頭蓋骨の広汎な部位を摘除する手
技を要する脳神経外科の専門的な手技であり、本書で扱う範囲を超えている。
26.16 脳脊髄液漏
脳脊髄液の漏出は急性に起こる場合もあるし遅発性の場合もある。その 70%が受傷後 2 週間以内に起こる。受傷部位
からの漏出は 50%程度に限られる。術後、頭蓋底部における脳脊髄液漏は、硬膜を十分に閉じられなかったことが主な
原因である。その他の原因としては骨折や硬膜が裂けて過伸展してしまったことによるもので、特に頭蓋底骨折の時に多
い。患者はその後鼻孔や耳孔から液が流れてくるようになる。疑わしい症例では、頭部を伸展させて両側の頚静脈を 30
秒間軽く圧迫すると隠されていた漏出がわかる場合がある。前頭洞の損傷は特に脳脊髄液の鼻漏を来すことが多い。
かなりの症例(50~60 %)が感染を来す。しかしながら、経験の豊富な戦傷外科医は、それは、頭皮を縫合する際に裂
開して隙間ができた部位から脳脊髄液が漏れてきて起こった逆行性感染であり、その逆はない、と主張している。それが
原因であれ結果であれ、いずれにせよ感染が起こると死亡率は劇的に上昇する。幸運にも脳脊髄漏の 40 % が自然閉
鎖する。
明らかな感染がない場合は保存的治療の適応となる。特に耳漏はしばしば自然閉鎖して治ることがある。しかし鼻漏は
より問題が多い。漏出が認められる間は抗生剤投与を継続し、頭部を挙上し、咳やくしゃみも避けなくてはならない。
頭蓋頂部で容易に到達可能な部位からの漏出の場合、2~3 日経過しても漏出の減少が認められなかったり、感染兆
候を認めたりする時は、硬膜を完璧に閉鎖する手術を行う。筋膜の皮弁が通常用いられる。頭蓋底は手術で到達できな
い部位なので、そこからの脳脊髄液漏出に対しては完全に保存的治療となる。
26.17 感染症
臨床的には2種類のパターンが見られる。1つは患者が受傷した後、生き延びたものの病院を受診したのが遅かった場
合で、もう 1 つは病院での治療における合併症である。ここで注意しなくてはならないのは、多くの臨床研究において、傷
を汚染する細菌と、術後感染の中心となる細菌は関係がないということである。さらに、皮膚や頭髪とそれらの常在細菌叢
に比べると骨片や金属片は、感染源としてそれほど重要ではない。
287
26.17.1 放置された外傷
低所得国で、移動が困難な場合、脳に真菌感染巣ができ、開放性の膿瘍を形成して放置されている患者が少なからず
存在する。開放性の大きな創(通常はバーホールタイプであるが)は頭蓋内圧の致死的な上昇を防ぐ。膿瘍は神経膠組
織(中枢神経系の繊維組織と同じもの)に覆われていて、そこから、膿汁が流れ出ている。
治療は、他のすべての放置された傷や膿瘍に対する原則と同じである。すなわち、ひたすらドレナージ、である。患者
はすでに数日間生存しているわけであるから緊急性はない。
患者はしばしば脱水状態になっているため、適切な補正処置と抗生剤の投与を行った後に、傷の内腔を生理食塩水で
愛護的に洗浄吸引する。注意深く愛護的に指で触診し、空洞内の骨片を見つける。非常に大きい場合は、2 回目、3 回目
の洗浄を行う必要があるが、要点は、急いで摘除して新鮮な組織をむき出しにしないことである。感染が拡大すれば直ち
に脳脊髄液までも感染してしまう。
洗浄は、神経膠の内腔壁がきらきらした均一な白色になり、きれいになるまで毎日 2 回行う。そうなれば、回旋皮弁を用
いて傷を閉じることが可能になる。
26.17.2 術後感染合併症
保存的あるいは外科的治療のいずれを行ったとしても、開放性頭部外傷においては、感染は常に致死的な合併症とな
る。その致死率は 50%以上とされ、歴史的には臓器損傷に次ぐ死亡原因である。最新の治療をしても 10~15% まで感
染率が高くなることも稀ではないが、治療が遅れるとさらに高くなる。頭皮の傷の裂開は、脳脊髄液瘻と同様に感染のリス
クを高める。骨片は、金属片よりも感染を引き起こすリスクがはるかに高い。しかしながら真の「犯人」は埃にまみれた頭皮
と毛髪である。
感染はいくつかの形態がある。頭皮の傷の感染で脳脊髄液瘻や逆行性感染のリスクを伴うもの、頭蓋骨の骨髄炎、髄
ICRC
ICRC
ICRC
膜炎、あるいは遅発性脳膿瘍などである。
写真 26.29.1 – 26.29.3
前頭洞の破片損傷受傷後の骨髄炎
進行する神経学的な所見は脳の重要な容積を失った術後の患者では稀で、より潜行性の発症が多い。 不快感や頭痛、
突然の発熱が起こることもある。しかしながら、しばしば発熱や頸部硬直や嘔吐などの一般的な所見がないことがある。頭
皮の皮弁の拍動は通常減少し、隆起してくる。
遅れることなく抗生剤投与と再手術を行う。つまり、必要に応じて開頭、ドレナージ、デブリドマンを再び行うことが治療
の基本となる。通常、硬膜と頭皮を閉じることが可能である。ドレーンは留置してはならない。二次性の真菌や細菌感染を
常に念頭に入れておく必要がある。
288
26.18 一次爆傷による脳神経外傷
第 19 章 4.1 で述べたように、また多くの参考文献が言及しているように、中枢神経や自律神経系の一次爆傷にはいく
つかの病態生理学的な受傷機序があり、その中には鈍的外傷に似ているものもあるし、そうでないものもある。
臨床上は即死例から非常に軽度の脳震盪まで、様々な重篤度を示す。軽度の脳震盪の頻度はおそらく非常に低く見
積もられている。 ほとんどの患者は自然軽快するが、その中のいくつかの症例では長期にわたる後遺症を伴う場合もあ
る。
多くの関連する外傷が爆発によって起こるが、その中には顔面や脊柱も含まれる。注意すべき合併症としては脳脊髄液
瘻や脳血管痙攣、仮性動脈瘤や動静脈瘻などがある。一次爆傷の影響が及ぶ半径内での貫通性の頭部外傷では、DIC
が比較的高い頻度でみられる。
26.19 外傷後理学療法
重篤な脳損傷を負った患者の最終的な予後は、単純な死亡率よりも重要である。最終的に生存した患者の多くは完全
に独立して生産的な生活をすることができるようになる。積極的な長期にわたるリハビリが必要ではあるが、その手段は限
られている。
術後の理学療法は、「治療チームと患者、患者家族が一体となった創造的な努力
で、それは精神的、社会的、また職業的な能力を最大限に活用することを目的として
いる 16 。」
程度は様々ではあるが、多くの患者は精神的、家族的、社会的な問題を伴う脳震盪後障害を呈する。受傷してから何
年も後になっててんかん発作が発症することもよくある。頭部外傷の患者は、他のどの患者よりも長期の支援と理解を必要
とする。脊髄の外傷を負った患者も同様である。
26.19.1 患者の転帰
重篤な頭部外傷を負った多くの患者に見られる悲惨な転帰や、広汎な外傷後の機能障害の可能性をみても、死亡率だ
けが治療の良し悪しを判定するパラメーターではないことがわかる。広く用いられている評価方法は Glasgow Outcome
Scale (GOS)17 である。退院時と、その後数か月から何年にもわたる経過において、何度も状況を評価し、患者の状態を
調べる。
Glasgow Outcome Scale として以下に述べるカテゴリーが確立されている。
1.
死亡
2.
継続する植物状態
3.
重篤な機能障害(意識はあるが動けない)
4.
中程度の機能障害(機能障害はあるが日常生活動作は自立)
5.
良好な回復(通常の、あるいはそれに近い状態で生活できる)
カテゴリー1 と 2、3 は満足できない結果ということになり、コストと社会的な影響という意味で最悪なのは 2 である。カテゴ
リー4 と 5 は好ましい結果ではあるが、しかしそれでも家族や友人を消耗させてしまうインパクトがある。
GOS は便利ではあるが、非常に広汎な分類システムである。軽度な脳震盪だけの患者で、特に爆弾による外傷患者の
多くは、数か月後から数年後に様々な外傷後症候群を来し、様々なレベルの機能障害や精神的な問題を抱えることにな
289
る。こういった現象による社会的影響は、多くの軍や社会で言及されている。
16. Erdogan et al., 2002.
17. Jennett B, Bond M. Assessment of outcome after severe brain damage. Lancet 1975; 1: 480 – 484.
290
付録 26. A 穿頭術
頭蓋骨の開孔術 は、最も古くからある外科手術のひとつで、古代メソポタミアやファラオの時代のエジプトでも行われて
いた。ここでは簡潔にまとめたものを提示する。さらに詳細を知りたい場合は標準的な外科の教科書を参照のこと。
26.A.a 臨床所見と手術適応
鈍的外傷において、頭蓋内出血で最も多いのは急性硬膜下血腫で、大脳皮質と硬膜の間の空間を渡っている小血管
が破綻して起こる。急性硬膜外血腫は通常側頭骨の骨折の後
に中硬膜動脈が破綻して起こり、 「意識清明期」と呼ばれる古
典的な症状を呈する。
閉鎖性の頭部外傷は、頸椎の適切な保護処置の後、厳重に、
繰り返し観察しなければならない。頭蓋内血腫の診断は、特に
脳幹のヘルニアの所見があるときは迅速に行わなくてはならな
N. Papas / ICRC
い。
閉鎖性脳外傷では、近代機器がない場合、巣症状の部位や
単純レントゲンでの骨折所見をもとに、どこを穿頭するかを決め
る。可能であれば、外科医が自分で頸動脈を直接穿刺し、動
図 26.A.1
頭蓋内血腫に対する盲目的穿孔術の穴を開ける位
置。これらの穴を線でつなげることで、そのまま頭蓋骨
切除術となる。
脈造影を行えば(第 24 章 4.2)血腫の部位の特定に役立つ。そ
うでなければ、盲目的にいくつか穿頭孔を開ける必要がある。3
分の 1 の患者では何も見つからないとされる。この場合は後頭
ICRC
ICRC
蓋窩の出血や脳内出血、または単純性脳浮腫が原因である。
写真 26.A.2 、26.A.3
爆発による受傷で巣症状を呈した陥没骨折症例
接線方向の受傷では、血腫が骨折部位の真下にある可能性が高く、穿頭の場所は骨折の隣か、 「溝」である。症例に
よっては骨折部位に直接アプローチしてもよい。大きな発射物や落下してきた弾丸が、頭蓋骨を貫通したが脳皮質の表
層に留まっているような状況でも、穿頭によって摘出できる。
291
N. Papas / ICRC
ICRC
写真 26.A.4
陥没骨折に直接アプローチし、硬膜剥離子を用いて陥没
骨折を持ち上げている。
図 26.A.5
バーホールを開けて陥没骨折の部位に到達する。陥没した
破片は側方からのアプローチで持ち上げることができる。
26.A.b 頭蓋穿孔術の手術手技
患者の術前準備や麻酔は第 26 章 9 で述べている。バーホールを開ける穿頭術の基本手技は、閉鎖性頭部外傷や接
線方向の外傷、あるいは小さな破片による損傷に行う場合と同様である。
T. Gassmann / ICRC
写真 26.A.6
基本的な穿頭用ドリル
の先
穿孔器
開頭器
円錐形、球形バー
1.
頭皮から頭蓋骨膜まで、希釈したアドレナリンを浸潤させる。
2.
頭皮に 4~5cm 程度の切開を入れ、骨に至る。開創器(ウエルトライナー)を用いて軟部組織を広げ、術野を展開す
る。これにより止血も得られる。病変によってはこれらの代わりに、馬蹄
3.
N. Papas / ICRC
状の皮弁を作る場合もある。
穿頭器の先端、あるいは冠状鋸の先端を当て、手動でドリリングしなが
ら外板をゆっくりと貫通していく。そのうちに抵抗を感じるが、それは
板
間層に到達したことを示す。内板に到達するとさらに抵抗を感じる。力
図 26.A.7
を入れすぎて内板を突き破らないように注意する。穴は漏斗状の形で、
4.
N. Papas / ICRC
内板の底に薄い層を残すのみである。
その後、小さな球状または筒状のバーに取り替える。穴が円形になっ
たら大きな球状のバーを使用する。ドリルの軸は常に安定するように注
意する。
内板が破れるまで、ドリルを回転するスピードを落としながら行う。硬膜
292
図 26.A.8
に小さな穴を開けるが、内板の縁は残す。
N. Papas / ICRC
開口部が同じ直径になるまで続けると、内板の縁がそれ自体を脳の実
質の中に押し込むリスクがある。もしドリルとバーの軸が一定方向に保
たれず、骨の欠損部位を不規則に拡大してしまうようなすりこぎ運動が
生じた場合、この危険が高くなる。
5.
硬膜剥離子を入れて硬膜を骨から剥がし、リュエルの先端を注意深く
図 26.A.9
入れて開口部を大きくしていく。
一般外科医はその地方で手に入る食用動物、山羊や羊や豚等の頭蓋骨を使って、穿孔術を練習することができる。こ
の場合、その地方の文化的背景を考慮に入れた上で、施設の責任者と、倫理委員会がある場合はそこにも許可を取る必
要がある。
26.A.c さらなる手術マネージメント
穿頭孔や穴ができたら、頭蓋内の障害部位の処置に移る。すなわち硬膜外や硬膜下血腫、あるいは大脳皮質下血腫
や裂けた硬膜や脳皮質等である。
凝血塊摘出
• 硬膜外血腫の場合であれば、内板を貫いたらすぐそこに血腫が現れる。すぐにカテーテルを入れて凝血塊を吸引する。
開口部は必要に応じて広げる。血腫は非常に局所に限定され、バーホールが 1~2cm ずれただけで全く見つからない
こともある。こういった場合は通常骨折のちょうど真下にあることが多い。
• もし硬膜が膨隆していて、色調が深紫色であれば、開口部を大きくする前にまず硬膜を X 形に切開し、硬膜下の血腫を
吸引する。血腫はびまん性であり、正しい側に穴を開ければ必ず見つかる。
• もし硬膜が膨隆していて、色調が通常のピンク色から白色であれば 、切開して開き、硬膜剥離子を用いて愛護的に脳
の表面を観察する。腫脹の原因が脳浮腫であることと、近傍に硬膜下血腫がないことを確認しなくてはならない。
• 膨隆し挫傷した紫色の脳は、大脳皮質下あるいは脳内血腫を示唆する。硬膜を切開すると、挫傷した大脳皮質の間か
ら皮質下の凝血塊が自然に出てくることが多いが、そうでない場合は細い針で吸引を試みる。
• 裂けた硬膜や脳組織は愛護的にデブリドマンを行い、表層にある棘や骨等を除去する。
バーホールからでは血腫を十分に除去することはできないので、リュエルで拡大しなければならない。最もありがちで
最も大きな間違いは、小さすぎる切開でデブリドマンを行おうとすることである。大きな切開が必要である場合は、皮膚切
開を馬蹄形に伸ばし、その後、骨フラップを形成する。硬膜剥離子を 1 つ目のバーホールから別のバーホールに注意深
く通して道筋をつけ、そこに糸鋸を通して頭蓋骨を切断する。同様にいくつかのバーホールを同じような方法で繋げ、骨
フラップとして外し、処置の最後に再び戻す。脳浮腫がひどい場合は、骨フラップを生理食塩水に浸けて輸血用冷蔵庫に
保存しておき、後日戻すこともある。最近では、一時的に腹部の皮下脂肪の中に埋め込んで保存するという方法も報告さ
れている。
止血
ほとんどの硬膜外血腫は中硬膜動脈の枝からの出血であるが、その動脈を露出して止血しなくてはならない。硬膜下血
腫は脳皮質と矢状洞を橋渡しする静脈からの出血が典型的で、前頭部に最も多い。これらの静脈を止血しなくてはならな
い。さらなる止血は他の開放性外傷と同様である。
硬膜の縫合
硬膜は手技の最後に閉じなければならない。硬膜の下にドレーンを入れてはならないが、硬膜外血腫の場合は血腫除
去後にドレーンを挿入し、24 時間後に抜去する場合もある。
293
294
第 27 章
顎顔面損傷
295
27. 顎顔面損傷
27.1
はじめに
297
27.2
創傷弾道学
297
27.3
疫学
299
27.4
診察と救急処置
300
27.4.1 顎顔面領域の系統的な診察
300
27.4.2 適切な気道確保
301
27.5
手術の決定
27.5.1 患者の術前準備
27.6
止血とデブリドマン
302
303
304
27.6.1 出血のコントロール
304
27.6.2 デブリドマンと粘膜縫合
305
27.7
下顎骨骨折
307
27.7.1 垂直包帯固定法
307
27.7.2 上下顎骨固定術
307
27.7.3 創外固定
310
27.7.4 骨欠損と下顎骨の癒合不全
312
27.8
顔面正中領域の骨折
314
27.8.1 上顎洞の損傷
314
27.8.2 眼窩領域の骨折
316
27.9
皮膚縫合
317
27.9.1 特殊な部位
318
27.10
術後管理
318
27.11
合併症
319
27.11.1 軟部組織
319
27.11.2 下顎骨の骨髄炎
320
27.11.3 開口制限
320
296
基本原則
顎顔面の創傷は、実際よりも重症にみえることが常である。
気道確保が最も重要である。顎顔面損傷症例では、早期に気管内挿管や気管切開が必要となるケースが多い。
顎顔面損傷のメカニズム:穿通性外傷と鈍的外傷がある。後者の場合は、頸椎に対する適切な処置が必要であ
る。
気道が確保できたら、次の治療を考える。デブリドマンは二期的に行ってもよい。
合併症を伴わない創は、十分なデブリドマンを行った後に一期的に閉鎖してもよい。
骨や歯牙の固定を行うよりも先に、軟部組織に対する適切な処置を行う。
修復に際しては、機能面に配慮する。最終的に、患者は呼吸ができ、見たり話したりすることができ、咀嚼や
嚥下を行うことができなければならない。
27.1 はじめに
顔面は解剖学的に非常に固有性に富んだ領域であり、他者に対して自己表現できる特性を備えている。そのため、顔
面の欠損や変形は、生きる上での基本的な問題となる。しかしながら、美容的側面よりももっと重要なことは、呼吸、視力、
咀嚼、嚥下、会話などの基本的機能を維持することである。
顎顔面領域は、多様な骨及び軟部組織で構成されている。骨組織は、その密度、厚さが様々であり、副鼻腔などの含
気腔や口腔内には、特殊な細菌叢が定着している。軟部組織は血流豊富であるため、感染に対して強い抵抗性があるが、
含気腔の汚染や唾液は、常に感染要因となる。
顔面外傷は非常に複雑であり、遅発性気道閉塞を起こす危険性がある。また、深部領域に大量の出血を来した場合は、
生命にかかわることもある。このような状況はまさに緊急事態であり、麻酔科医と外科医の双方にとって難題となる。
R. Gosselin / ICRC
R. Gosselin / ICRC
R. Gosselin / ICRC
本章では、戦傷としての発射物外傷に焦点を当てるが、武力紛争では鈍的外傷を来す場合もある。
写真 27.1.1-27.1.3
顎顔面創傷は複雑で、生命を左右することが多い。しかし、その障害の程度は、初診時の印象よりも軽度であることが多い。
27.2 創傷弾道学
顔面の軟部組織は繊細で非常に小さく、四肢の筋肉や腹腔内臓器のような大きな塊ではない。顔面の障害の多くは直
接的な圧挫や裂傷によるもので、その範囲は限局されているが、個々の構造物が小さいために、相対的に広い範囲に傷
297
害を呈する。顎顔面外傷症例では、こうした繊細な構造物が破壊され偏位するために、初診時に「破裂様」の重篤な印象
を受ける。また、顎顔面領域には骨格構造による仕切りがないために、浮腫や血腫が著しく蓄積することがある。こうしたこ
とから、顎顔面損傷は実際よりもはるかに重篤に見えることが常である。大きく鋭利な破片は、修復が可能ではあるが、重
篤な切創を形成することを知っておかなければならない。gueules cassées(破壊された顔面)とは、第一次世界大戦中
に生まれた言葉であり、凄惨なまでに切り刻まれた顔面を表している。
上顎洞を構成する骨は、紙のように薄い。この部分を弾丸が貫通した際の影響を図27.2.1 に示す。一方、厚くて強い頬
M. Richter
N. Papas / ICRC
骨に対する弾丸の影響を図 27.2.2 に示す。
図 27.2.1
上顎洞の菲薄な骨を貫通した FMJ 弾の
弾道。弾丸はほとんど安定性を失わない。
図 27.2.2
頬骨弓を通過した弾丸。複数の骨片が創外に飛散する。
弾丸による顔面損傷では、射創管の距離が短いため、安定飛行して着弾した高エネルギー完全被甲弾(FMJ)であっ
ても、形成される空洞効果は小さい。破片や安定性を失った弾丸の場合、射入創の直下に空洞を形成する。低エネルギ
ーの弾丸は、骨に着弾して安定性を失った後、舌の筋組織内に容易に迷入する。
N. Papas / ICRC
図 27.3
低エネルギー弾丸による下顎損傷の
機序。弾丸は下顎骨右上行枝に着弾
した後、安定性を失い、舌塊を経て、
下顎骨左枝を大きく粉砕しながら射出
する。
弾丸による下顎骨骨折では、通常、複数の粉砕骨片ができる。個々の骨片は、様々な大きさの運動エネルギーを持つ
が、それらの総エネルギー量は、弾丸が通過に要した全運動エネルギー量よりも、必ず小さい。
よって、各骨片の持つ運動エネルギーは比較的小さく、二次的な弾丸としての殺傷力を備えたものではない。下部下顎
骨損傷では、約 20%に頸部損傷を伴う。通常、弾道は下顎骨から連続性に頸部まで達する。
爆発によって粉砕され、飛散した骨片、歯牙、歯の充填物や義歯などは、頸部の皮膚を貫通できるだけの運動エネル
ギーを持つ。爆傷では、含気腔、特に上顎洞や前頭洞に開放性骨折を来す。
298
27.3 疫学
頭部、顔面、頸部に分類した疫学研究はまれで、近年、これを修正する試みがなされている(表 C.1、C.2)。様々な軍
関係者の研究によると、臨床的に重要な点として、外傷の多くは入院を必要としない比較的表在性のものであることが報
告されている。また、頭頸部領域の外傷では、顔面外傷が 65%と大半を占めており、顔面外傷による入院症例では、高率
に創感染を認めると報告されている。
イラク―イラン戦争における戦傷の研究で、純粋に顎顔面損傷症例を扱ったものが 1 つある。これは、1 か月の激しい
戦闘期間中に、イラク南部のバスラの病院に収容された顎顔面領域の単独損傷症例 300 例を対象にした報告である。報
告によると、外傷の 80%は破片によるもので、20%は弾丸によるものであった 1。また、軟部組織損傷は全症例の約 3 分の
1 にしか認めなかった。単純な処置も含めて多くの症例で治療が行われたが、その内容はデブリドマン及び一次縫合が
36%、上下顎骨固定術を要したものが 27%、洞のパッキングを要したものが 14%であった。
一方、イラン側では、テヘランの主要な病院で顎顔面損傷症例 1,135 例に対して治療を行った。そのうち、52%が銃弾
創であり、双方で戦略上の違いがあることを示していた 2。 多くの症例で、搬送遅延に伴う、感染、衰弱、失血や低栄養な
どの影響が見られた。こうした症例の 72%に対して、軟部組織のデブリドマンと一次閉創がなされた。上下顎骨固定術
(MMF)は併用したケースとしなかったケースがあった。
イラクでは一般市民の受傷の統計も報告されているが、病変の様相はかなり異なる。報告は、1 年間にバグダッドの主
要な専門病院で治療を受けた顎顔面損傷症例 100 例を対象にしたものである。受傷要因は、従来型の戦闘、市民による
暴動、テロ、強盗、暴行事例など、様々な形の暴力行為によるものであった(付録 6.C 参照)。統計によると、まず受傷要因
として、ライフルによる銃創 49 例、破片外傷 29 例、拳銃による銃創 15 例、空気銃による外傷 6 例、ショットガンによる銃
創1例であった。男女別では、男性 79 例、女性 21 例であった。また、13 例は軟部組織損傷のみであり、87 例が骨折を
合併していた(表 27.1)。
受傷部位
症例数
緊急気道管理を要した症例数
下顎部のみ
56
20(36%)
顔面の中央 3 分の1/上顎部のみ
22
2(9%)
上顎部及び下顎部
9
5(55.5%)
総計
87
27(31%)
表 27.1 緊急気道管理を要した症例数と受傷部位との関係;バグダッドメディカルシティ外科専門病院、顎顔面外科
ユニット, 2003 年 12 月-2004 年 12 月 3。
研究対象となった症例は、大学病院の専門チームで治療を行ったものであるが、臨床的に一般外科医も知っておくべ
き重要な点がいくつかあった。

27%の症例で緊急気道管理を要した。これは、特に下顎骨骨折を伴う症例に多く見られた。軟部組織損傷のみの症
例では、緊急気道管理を要することはなかった。

19%の症例に活動性出血を認め、止血コントロールのために外科的処置を要した。

半数以上の症例は、単純なデブリドマンと一次縫合で治療が可能であった。46%に広範な軟部組織外傷を認めたが、
そのうち 80%は一次縫合が可能であった(その他の症例に対しては、創部にヨードホルムを浸した細切りガーゼを充
填し、後の再建手術に備えて開放創のままとした)。

下顎骨骨折の 75%、上顎骨骨折の 25%に対して、整復後に上下顎固定術が行われた。

多くの症例に関連外傷の合併を認めた。
299
ただし、後送先の市中病院で行われたこうした研究は、かなり症例に偏りがあるため、決して全体像を表したものではな
いことを念頭におかなければならない。多くの症例は、他の施設で一般外科医によって治療されており、専門施設に後送
されているものは、特に上顎損傷を伴うものなど、複雑な症例のみである。
27.4 診察と救急処置
最初の診察と救急処置は、標準的 ABCDE アルゴリズムに沿って行う。受傷機転によっては、頸椎固定が必要となるが、
発射物による穿通創では、これは鈍的外傷ほど重要ではない(第 7 章 7.2、第 36 章 5 参照)。
こうした症例では、当然ながら気道確保が優先される。顎顔面損傷症例は、頭蓋内病変や頸部損傷、あるいはその両
方を伴っていることも多く、それらは気道に障害を及ぼす。呼吸障害によって、異物や吐物を吸引してしまうこともある。
顎顔面損傷単独で出血性ショックを起こすことは、浅側頭動脈の裂傷がある場合を除いて稀であるが、軟部組織からの
出血(前方出血)、あるいは深部の上顎骨骨折部からの大出血(後方出血)は、他の損傷からの出血を増強する。末梢性
の上顎部や顔面からの出血は、ほとんどの場合、直接圧迫で止血が得られる。患者が嘔吐する危険がある場合は、頭部
を挙上しておく。
27.4.1 顎顔面領域の系統的な診察
顎顔面領域の詳細な診察の重要で特徴的な点は下記の通りである。

損傷はしばしば「壮絶」であるが、組織の傷害は通常、最初の視診での様相ほど重症ではない。

口腔・咽頭を直に診察して、ぐらついていたり、折れた歯や骨片がないか、持続性出血がないか観察する。これは、意
遅発性の浮腫による気道閉塞の可能性に注意しなくてはならない。

のちの骨折固定が可能かどうかを決定するため、歯咬合について、評
価する。

眼球・眼窩の合併損傷を検索しなくてはいけない。これらは、より長期の
障害の原因となるからで、特に眼球筋の損傷がある場合は、2 次的虹彩
傷害を予防するための早急な処置が必要となる。(第 29 章 13 参照)

感覚や運動障害は、顔面神経損傷の可能性がある。

胸部や頸部のレントゲン検査を行い、はずれたり折れた歯や義歯、骨片
などを吸い込んでいないかを確認する。樹脂製の義歯やアクリル製の義
歯は、時にレントゲンでは同定できないという落とし穴があることも一般
外科医は知っておかねばならない。

上顎部と顔面領域のレントゲン写真の読影は、専門家でなければ困難
である。
A. Contreras / ICRC

A. Contreras / ICRC
識のある患者でも行う必要がある。
写真 27.4.1- 2
顎顔面外傷は、「壮絶な」様相を呈する
ことが多い。
気道閉塞は、受傷後すぐに起こることもあれば、浮腫形成によって遅れ
て起こることもある。
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300
27.4.2 適切な気道確保
顔面損傷症例における主な死亡原因は、気道閉塞による窒息である。骨偏位を伴っていたり、頸椎が著しく不安定な症
例では、気道入孔部が閉塞する可能性がある。また、浮腫や血腫、吐物や血液の吸引、異物(骨片、折れた歯や義歯)に
よっても閉塞は起こり得る。下顎領域の弾丸外傷は、口腔底や舌根部を巻き込むことが多く、気道が骨格による支持を失
い、口腔内に出血や浮腫を来す。
1. 意識のある患者の多くは仰臥位になりたがらない。彼らは自然に頭部を前に突きだし座位をとりたがるが、これはその
ようにさせておけばよい。この姿勢は、顔面の骨格と支持組織を前傾させるため、気道の開通を助け、血液や唾液を出
しやすくする。
2. 意識がある患者を仰臥位や側臥位にしておくと、たくさんの血液を嚥下し、その結果出血の持続に気付くことが遅れる。
また、後に嘔吐を引き起こす原因となる。
3. 意識のない患者は、血液や唾液を誤嚥しないように、頭部を下向きにした側臥位をとらせると安全である。こうした患者
に挿管すると、鼻腔内や口腔内から血液があふれてくることがある。
4. 義歯、折れた歯、血液、唾液は口腔内や咽頭から注意深く取り除く。口腔内吸引は嘔気を引き起こし、出血や嘔吐を
助長することがあるため注意を要する。
注:
嘔気は胃内容物の誤嚥につながる危険性がある。嘔吐は、血液の嚥下だけではなく、脳損傷やアルコール中毒の患者に
も見られる。
救急室スタッフは、突然の予想しない嘔吐に対応できるように、明確なプロトコルを作成して、これを把握しておかなけれ
ばならない。シンプルで有効な手段としては、吸引器で気道内を洗浄している間、患者を側臥位にしてから、30cm ほど頭
低位にしておくとよい。
5. 特に下顎骨骨折を伴う場合は、舌の位置を確認するべきである。舌の位置を安定させ、後方に落ち込んで気道閉塞を
起こすのを防ぐための簡単な方法がある。太い縫合糸か、タオルクリップ、あるいはキルシュナー鋼線を用いて、舌を
口腔外組織や胸部の皮膚に固定しておくとよい。
6. 可能であれば、できるだけ早期に気管挿管を行うべきである。顎顔面損傷症例の全例に挿管を行うことは難しく、重症
症例や大量出血を認める場合には挿管できないこともある。経鼻挿管は、創傷が下顎領域に限局している場合には有
効であるが、顔面中央部の骨折症例や、頭蓋底骨折症例に対しては禁忌である。
7. 広範な骨欠損を伴う下顎骨骨折症例では、ほとんど全例に気管切開が必要となる。注射針による輪状甲状軟骨穿刺
術は、外科的輪状甲状軟骨切開術の準備をする間の緊急手段として施行される(第 8 章 3.4 参照)。これはあくまでも
一時的な手段であり、できるだけ早く気管切開を行う。
ICRC
写真 27.5
重篤な下顎損傷では、常に
気管切開が必要となる。
301
緊急時の臨床所見の要点
・気道確保。
・挫滅した軟部組織からの出血のコントロール。
・骨片や折れた歯牙、義歯などを探して取り除くこと。
・遅発性の浮腫形成の観察と評価。
27.5 手術の決定
顎顔面領域の発射物外傷は、単純で限局性の裂傷であることが多く、容易に洗浄でき、一期的閉創が可能である。これ
は待機的一次閉創(DPC)の原則の例外のひとつである。他の多くのケースでは、単純な上下顎骨固定術を要する。こう
した症例では、最初の創処置を行う際に、軟部組織と骨損傷部の両方をデブリドマンしておくことが勧められる。
しかし、顎顔面損傷のみの症例と、他に致命的な損傷を合併する同様の外傷症例とでは、管理方法に大きな違いがある。
また、多くの患者をトリアージしなければならないような状況では、気道確保や出血コントロールによって手術を待つことが
できるカテゴリーⅡに該当する症例の管理方法にも違いがある(第 9 章参照)。顎顔面損傷症例の大半は、根治治療の開
始までに時間がかかっても耐えることができる。
こうした症例に対しては、ダメージコントロールアプローチを行う。必要であれば、気管切開や直接的圧迫止血、簡単な
吊り包帯による一時固定を行う。あまり重篤ではない場合は、定型的な軟部組織のデブリドマンを行い、粘膜を縫合する。
腹部のダメージコントロールのために、通常 24~48 時間後に行う根治手術が大幅に遅れることがある。しかし、この間に
浮腫や血腫の悪化が改善するのを待ち、再建手術の計画を立てて備えておけばよい。
このような待機的な治療法は、爆傷症例に対しては最善の方法でもある。なぜならば、血管損傷によって、損傷組織に
遅延性の虚血性変化が起こることが多いためである。こうしたケースでは、壊死領域が徐々に拡大するため、繰り返しデブ
リドマンが必要となる(第 10 章 8.2 参照)。
段階的な治療は、爆傷症例のダメージコントロール手段として有効であり、搬送遅延
302
R. Gosselin / ICRC
R. Gosselin / ICRC
R. Gosselin / ICRC
症例に見られる感染創のコントロールにも有効である。
R. Gosselin / ICRC
R. Gosselin / ICRC
写真 27.6.1-27.6.5
爆傷よる顔面損傷症例。段階
的な手術によって治療された。
段階的治療は、搬送遅延によって来院時にすでに感染を伴っているような症例に対して特に有用である。創傷のデブ
リドマンと一次縫合を行う時期は、受傷後 24~48 時間以内がおそらく最も適している。この時期を過ぎると、創傷部は唾
液による持続的な汚染に曝される。そのため、すべての創にポビドンヨードに浸したガーゼを充填し、毎日生理食塩水で
E. Dykes / ICRC
E. Dykes / ICRC
E. Dykes / ICRC
洗浄する。待機的一次閉創(DPC)は浮腫が改善してから行う。
E. Dykes / ICRC
E. Dykes / ICRC
写真 27.7.1-27.7.5
銃弾創の受傷から数日後に搬送さ
れた患者。段階的な手術によって、
かなり満足できる結果が得られた。
著しい組織欠損を伴い、非常に複雑な様相を呈している創傷に対しては、極めて高度な軟部組織の再建を要する。こう
したケースでは、段階的に修復術を行うことが望ましい。創傷部と口腔内を毎日生理食塩水で洗浄することが最も大切で
ある。
27.5.1 患者の術前準備
顎顔面損傷の手術では、確実な気道確保が必要である。上下顎固定術を施行する場合には、経鼻挿管や気管切開が
不可欠である。すべての症例に対して、咽頭内に血液や唾液を吸収するためのガーゼを充填しておく。重症症例では、
術後管理に備えて気管切開を行う。
胃管を挿入して、嚥下した胃内の血液を吸引しておく。また、眼瞼結膜に軟膏を塗布しておく。患者の頭部は手術用ド
レープで覆い、術中に外科医が動かしたり、麻酔科医が確実に気道処置を行ったりできるように備えておく。
303
顎顔面領域の外科手術における基本原則
1. 気道閉塞を起こす可能性が少しでもある場合は、必ず気管切開を行う。
2. 止血は二番目に優先される。
3. 軟部組織と骨のデブリドマンを行う。
4. 繰り返し創洗浄を行う。
5. 軟部組織の修復と粘膜縫合は、骨整復よりも先に行う。
6. 歯牙咬合を確認して、顎固定術を行う。
7. 皮膚外傷は縫合閉鎖する
8. 必要であれば、根治的再建外科術は熟練した形成外科医に依頼する。
27.6 止血とデブリドマン
気道確保ができたら、次に行うべきは止血である。しかし、こうした症例では、組織が無秩序に破壊されていることが多く、
また口腔内や顔面深部という狭いスペースで操作を行わなければならないため、処置が難しい。
27.6.1 出血のコントロール
末梢性出血であれば、顔面動脈、側頭動脈、あるいは舌動脈から
のものが考えられる。中枢性出血であれば、顎動脈からのものが考
えられる。止血処置には積極的な手段を講じなければならない。
1. 末梢性出血は、直接圧迫と頭部挙上によってコントロールする。
を試みる。周囲の重要な血管や神経を巻き込まないように、出血
している血管だけを慎重に露出して結紮する。
M. Richter
2. 圧迫だけではどうしても止血できない場合は、損傷血管の結紮
3. 創周囲にガーゼを充填して、20Fr のフォーリーカテーテルを留
置する。皮膚をしっかりと縫合した後に、カテーテルのバルーン
写真 27.8
前鼻腔内へのパッキング
に生理食塩水を注入して膨らませ、タンポナーデ効果による止血を試みる。タンポナーデは 48 時間以内に解除する。
4. 顔面の中央 3 分の1領域(上顎、鼻腔内、篩骨)の損傷による中枢性出血は重篤化する場合がある。創内の血管を確
認できない場合は、口腔内、鼻腔内、及び咽頭内へガーゼを充填して止血を試みる。ガーゼパッキングは、このような
著しい出血をコントロールする唯一の手段である。
口腔内と咽頭内にパッキングを行う際には、最初に乾いたガーゼを用いる。鼻腔内と上顎洞内へのガーゼ挿入は、前
方から行う。後でガーゼを除去しやすくするために、先にワセリンガーゼかパラフィンガーゼを敷いておき、その上からポ
ビドンヨードに浸した 5cm の細切りガーゼを充填する。顔面には弾性包帯をしっかり巻いておく。これは、外側から圧迫す
ることで、浮腫を予防し、血腫の増大を防ぐためである(写真 27.12 参照)。
パッキングガーゼは 48~72 時間以内にすべて除去するか交換する。
304
M. Richter
M. Richter
M. Richter
写真 27.9.1
ER に到着した患者。現地で
圧迫包帯による応急処置を
受けていた。
写真 27.9.2
包帯を除去すると顔面の破裂創が現
れた。
写真 27.9.3
軟部組織を前方と後方から寄せて縫
合し、最終的に出血をコントロールし
た。
5. 片側あるいは両側の外頸動脈の結紮は最終手段である。出血部の前後から有効なパッキングができていれば、通常
は必要のない手技である。両側の外頸動脈を結紮した場合、鼻尖部や口腔底組織が虚血性壊死に陥る危険性がある。
顔面の中央領域は、両側の外頸動脈及び内頸動脈から血流が供給されていることを知っておかなければならない。し
たがって、外頸動脈を結紮するだけでは出血を止めるには不十分であり、可能な限りの範囲のパッキングを並行して
実施しなければならない。
27.6.2 デブリドマンと粘膜縫合
皮膚表面に付着した微細粒子は、後に「入れ墨」として残るため、固めのブラシで十分に擦り落としておく。創縁のデブ
リドマンは極力控えめに留める。軟部組織の切れ端を認めても、明らかに壊死していなければ温存する。顔面の血流は豊
富であり、ほとんどすべての組織を灌流している。したがって、傷害を受けたことによって、組織の茎がわずかに残ってい
るだけであったとしても、できるだけ切除せず温存に努める。
顔面領域の血流豊富な軟部組織や骨組織のデブリドマンは控
えめに行う。
305
異物や遊離した歯はすべて除去するが、骨膜や歯肉組織とつながっ
ている場合はそのまま残しておく。遊離骨片は、余分な骨皮質を除去して、
残った海綿骨をきれいに洗浄しておけば、移植骨片として使用できる。骨
膜は可能な限り温存に努める。
H. Nasreddine / ICRC
創傷部やすべての骨折部には、デブリドマンの間、繰り返し十分な洗
浄を続けておく。
口腔内下部の粘膜は、骨折の整復固定術を行う前に、唾液などが漏れ
ないようにしっかりと縫合閉鎖しておく。可能であれば、閉創は二層に分
けて連続縫合で行う。この時、組織に緊張がかからないように気をつける。
留意すべきは、唾液による骨折部、口腔底、頸部の組織の汚染を防ぐこ
とと、唾液瘻を形成しないようにすることである。従って、どんなに外観の
写真 27.10.1
脱落した歯や遊離骨片はすべて取り除
く。
変形を伴うとしても、創閉鎖は行わなければならない。いったん骨折部が
固定されて皮膚が閉鎖してしまうと、軟部組織は適当なスペースに落ち
込んでくれる。下顎骨が露出している部分には、ヨードホルムに浸したワ
セリンガーゼを充填して保護する 4。下顎骨の骨髄炎は、最も頻度が高く、
ICRC
治療に難渋する合併症である。
口腔内下部領域の粘膜は必ず縫合閉鎖しなければならない。
写真 27.10.2
組織に付着している骨片は温存する。
縫合は骨折部の整復固定術を施行する前に行う。
ICRC
写真 27.11
口腔粘膜の閉鎖:この症例では、緊
張がかかるのを避けるために、連続
縫合してから結節縫合を加えて補強
している。
硬口蓋を覆う粘膜はしっかりと直接閉鎖する必要はなく、それは不可能であることが多い。硬口蓋を形成する骨の小孔
は再生粘膜によって閉鎖され、露出部分も再生上皮で自然に覆われる。一方、軟口蓋はできるだけ修復しなければなら
ない。さらなる再建手術を要する場合は、後日に形成外科医に依頼する方がよい。
4. ヨードホルムワセリンガーゼがない場合は、ガーゼをポビドンイソジンに浸してワセリンを塗布することで代用できる。ワセリンは肉
芽形成を促し、またガーゼ表面を滑らかに保つことで、ガーゼを除去する際に出血させずにすむ。テトラサイクリン軟膏を用いて
もよい。
306
27.7 下顎骨骨折
顎顔面骨折の管理は、いろいろな意味で顔面整形外科領域の管理とも考えられる 5。重篤な感染創で、軟部組織損傷
を合併する場合には、特に注意を払う必要がある。こうした症例に対しては、整形外科的な外傷を扱う時と同様の一般原
則が適用される。唾液による汚染のリスクがあるため、歯の存在する範囲に下顎骨骨折を生じた場合は、開放性骨折でな
くとも開放性骨折と同様の処置を行う必要がある。
下顎骨骨折の固定法はたくさんあるが、患者の全身状態が悪い場合や、重篤な出血や浮腫を伴う場合には、一時的な
固定のみを行い、最終的な固定を行うまで 1 週間までならば待つことができる。治療の最終的な目標は、骨折部が良好に
回復し、歯が機能的に咬合できるようになることである。
27.7.1 垂直包帯固定法
最も容易かつ速やかな固定方法は、弾性包帯を顎の下から頭頂部に吊り
上げるようにまわして固定する方法である。これは、偏位を伴う骨折がない
場合の一時的な固定法として、非常に有用であり、他に固定ができないよう
な下顎骨骨折に対しても用いることができる(写真 27.22.1~27.22.5 参
照)。
27.7.2 上下顎骨固定術
N. Papas / ICRC
上下顎骨固定術は、顎間固定術とも呼ばれ、下顎骨骨折固定の標準的
手技である。骨癒合は 6 週間以内に得られる。思春期や若年成人であれば、
4 週間以内に得られる。顎間固定術の基本は、歯を用いて骨片を本来の位
置に間接的に固定することである。
粘膜を閉鎖した後、上下の歯を正常の咬合に戻してから骨折部を整復す
る。上下の歯弓の固定には、スプリントを用いる。上下顎固定術について、2
つの手技を記載する。アーチ型バーが有用であるが、いつも準備できるわ
けではない。他には、鋼線を用いてもよい。
鋼線を用いた上下顎固定術
これは、顎間固定術の中で、最も簡単な方法である。これは、高度な手術
M. Richter / ICRC
が行えない場合に用いる固定法で、適応条件は単純性骨折であることと、
適切な咬合を残すために上下の歯が十分に残存していることである。軟ら
かい防腐性の鋼線を伸ばした状態で準備しておき、これで上下の顎を固定
する。
鋼線は、上顎と下顎の骨片を安定して固定できる強度を持ち、かつ軟ら
かいものを用いる。ただし、狭い歯間を通過できる細さのもので、不快さや
図/写真 27.12.1- 2
外から圧迫するのために、包帯を用
いて垂直固定を行う。
歯肉刺激性のないものでなければならない。形成外科医の中には、径
0.40mm の鋼線を用いる人もいれば、もう少し細い鋼線を好む人もいる。ICRC が用いている顎間固定術セットには、径
0.40mm と径 0.25mm の鋼線が入っている。
鋼線を固定するためには、歯科用の機材以外に、特殊な鋼線カッターや様々な角度のペンチがある。これらがない場
合は、コッヘルや止血鉗子、または一般工具を十分に消毒して用いる。
専門外の医師が治療にあたる場合は、皮膚を縫合閉鎖する前に骨折部の整復固定を行う方が容易である。口腔内で
軟部組織の縫合や皮膚縫合を行った後で、ペンチや鋼線を使用するのはとても難しい。歯科医の協力が得られれば手術
307
が行いやすい。
鋼線を用いた上下顎固定術には様々な方法があるが、ここでは 3 つの方法を紹介する。骨欠損の程度や残存している
歯の数によって、どの方法を選択するか決めればよい。
Ivy 結紮
上顎と下顎のそれぞれに対して、舌側から口唇側に向けて歯間にステンレス鋼線を通す。次にハト目を作り、これを隣接
する歯に固定していく。さらに、ハト目に鋼線や輪ゴムを通して固定用スプリントとする。骨折や粉砕の程度、残存する歯の
数によって、上顎と下顎のそれぞれに 2 個あるいはいくつかのハト目を作る。この方法は、歯牙欠損を伴う場合に有用で
M. Richter
M. Richter
ある。
図 27.13.2
鋼線の一端を一本の歯の頸部を巻くように通し
て、前側からループを通す。
M. Richter
M. Richter
図 27.13.1
舌側から口唇側に向けて歯間に鋼線を通し、
径 0.25mm か径 0.40mm のループを作る。
図 27.13.3
もう一方の端を他方の歯の周囲に通して前方
に出す。
図 27.13.4
それぞれの端をねじり、隣接する歯に固定す
る。ハト目は、プライヤーや止血鉗子の先端を
使い、ループを捻って作る。すべてのハト目を
同じ時計回り方向に捻る。
M. Richter
図 27.13.5
より細い鋼線(径 0.25mm)、また
は輪ゴムを用いて上下のハト目
を連結し、顎間を固定する。
308
複数の歯間ハト目
十分な数の歯が残存している場合は、複数の Ivy 結紮を行うことによって、より安定した固定ができる。アーチ型バーを
利用できない場合や、片側の下顎に大きな欠損がある場合に、この方法は非常に有用である。
M. Richter
M. Richter
M. Richter
エルンスト結紮(ernst ligature)
図 27.14.1
より太く頑丈な鋼線を歯間に通すため
に、まず細径の鋼線(径 0.25mm)を歯
間に通す。
図 27.14.2
細径の歯間鋼線を除去する。固定用
鋼線の一端を、Ivy 結紮の要領で歯
間ループに通す。
図 27.14.3
複数のハト目を作る。この時、ルー
プをすべて同じ時計方向に捻って
作る。次に Ivy 結紮の要領で、より細
径の鋼線(径 0.25mm)や輪ゴムで
上下のハト目を結んで、顎間を固定
する。
この結紮は、速やかに行うことができる。また、額構造の偏位を予防し、疼痛を軽減するため、最終的な固定が完了する
M. Richter
M. Richter
までの一時的な固定法として有用である。
図 27.15.1
エルンスト結紮:歯間のループはない。二
つの隣接する歯を口唇側から囲むようにし
て大きなループを作る。次に、鋼線の両端
を舌側から口唇側に向かって歯間から引き
出す。この際に、1 本は横切っている鋼線
の上側、もう 1 本は下側を通してより合わせ
る。
図 27.15.2
別の鋼線を使用せずにすむように、下顎
と上顎の鋼線は十分長くしておき、これら
をより合わせる。
上下顎固定用の歯科用副木(アーチ型バー)
さらに高度な顎間固定法として、市販されている歯科用副木がある。これは、変形可能な金属でできており、様々な長さ
のものがある。Erich 法、Dautrey 法、Schuchardt 法などの手技がある。歯が何本か残存しているのであれば、この方法
が有用である。一本の歯科用副木を上顎に、もう一本を下顎に沿って置き、残存する歯にステンレス鋼線を用いて強固に
固定する。さらに、鋼線か輪ゴムで上下のバーを連結する。この方法は、特に歯牙欠損症例に対して有用である。歯科医
の協力が得られればなおよい。
5. Perry M, Dancey A, Mireskandari K, Oakley P, Davies S, Cameron M. Emergency care in facial trauma – a
maxillofacial and ophthalmic perspective. Injury 2005; 36: 875 – 896.
309
M. Richter
図 27.16
フックがついていて変形可能な、既製の歯科用副木。Dautrey 法で用いる。
歯科用副木は、上下の歯の外側表面に沿うように容易に形状を調整できる。歯肉側に突き出たフックには十分に注意
する。フックは歯間ループの役割を果たす。上下のバーは歯列弓を十分に覆うことができる長さが必要であり、歯肉縁を
刺激しないように装着する。
まず、歯列に沿ってバーを敷き、歯の裏側からステンレス鋼線(径 0.40mm)を通して、バーとそれぞれの歯の頸部とを
結紮して固定する。鋼線の一方の端はバーの上側から、もう一方を下側から出し、この両端をより合わせると、バーは歯茎
のまわりに強固に固定される。鋼線の断端は捻じって切断するが、口唇を傷つけないように、すべて同じ時計方向に捻じ
っておくとよい。上下のバーのフックに、何本かの鋼線か輪ゴムをかけて連結すると、上顎と下顎の固定用スプリントして機
能する。
M. Richter
M. Richter
歯科用副木と複数の歯のハト目を組み合わせてもよい。
写真 12.17
上下顎固定アーチ型バー。
写真 12.18
上のアーチ型バーと下の歯のハト目による顎固定。
特に浮腫や昏睡状態の症例など、気道閉塞の危険を伴うケースでは、気管切開が必須である。
顎間固定後の症例で、嘔吐などによって直ちに開口しなければならない場合には、上顎と下顎を連結している鋼線や
輪ゴムを切断する。これらは、カッターやハサミで簡単に切断できるため、道具を常にベッドサイドに置いておく必要があ
る。患者も担当の看護スタッフも、こうした対処法を知っておく必要がある。
また、頭部外傷のために患者の意識が混乱している場合は、気管切開を行うか、数日間はハト目やバーを歯に固定し
た後、上顎と下顎を連結せずそのままにしておく。
顎間固定術後は、患者のベッドサイドに鋼線用カッターやハサミを常備して、患者に
固定を解除する方法を指導しておく。
27.7.3 創外固定
広範な軟部組織の傷害と骨欠損がある場合の下顎の固定法として、ミニ創外固定器は非常に有用である。これは、下顎
の可動性や機能を維持できる唯一の固定法である。
310