国際株式市場における分散因果性の検定

国際株式市場における分散因果性の検定
-日次データによる日米印市場の分析-
氏名:植村圭介
1
国際株式市場における分散因果性の検定
-日次データによる日米印市場の分析-
概要
本稿では、株式市場における国際的な分散因果性の検定をおこなった。対象とし
たのは日本、アメリカ、インドの3国である。 平均ではなく分散の因果性に着目し
た理由として、平均の因果性が単に時系列間の線形関係を表しているのに対し、分散
の因果性が情報の伝達構造と密接に関係していることが挙げられる。分析手法には、
様々な文献で扱われている Cheung and Ng (1996) の方法に加え、より長期的な因
果性を調べることができる Hafner and Herwartz (2004) の方法を用いた。分析の
結果、Hamori (2003) や豊島 (2007) で示されているアメリカから日本への影響を
確認するとともに、日本からインドへの影響も認められた。しかしアメリカからイ
ンドへの影響は認めることができず、日本が2つの国の間でクッションの役割をし
ているのではないかという結論が得られた。
2
目次
1
はじめに
4
2
分散因果性と2つの検定方法
5
3
実証分析
6
3.1
データ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
3.2
祝日データの取り扱い . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
3.3
各国間の時差 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
3.4
Cheung and Ng (1996) の方法による結果 . . . . . . . . . . . . . . . . .
8
3.5
Hafner and Herwartz (2004) の方法による結果 . . . . . . . . . . . . . .
10
まとめ
11
参考文献
11
補論
13
4
1
Cheung and Ng (1996) のアプローチ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
13
2
Hafner and Herwartz (2004) のアプローチ . . . . . . . . . . . . . . . . . .
14
3
1 はじめに
異なる金融資産の間の価格変動の因果性については、ファイナンスの分野においてアカ
デミックな領域と実務の領域の両方から興味の対象となってきた。最近ではアメリカのサ
ブプライムローン(信用力の低い個人に向けた金利の高い住宅ローン)による問題で世界
の株価が連鎖的に下落し、各国の中央銀行が一斉に資金供給をする事態になったが、国際
的な市場間でショックがどのように波及するかは非常に関心のある話題であろう。
しかし長らく調べられてきたのは、Granger (1980) に代表されるような平均の意味で
の因果性である。平均の意味での因果性は時系列間の線形関係を分析する概念として重要
であるが、ファイナンスでは分散の意味での因果性を調べることにも意義がある。Ross
(1989) は、無裁定条件のもとで価格の分散が情報量の分散と等しくなることを理論的に
証明した。また Engle et al. (1990) は外国為替市場の実証分析において、情報は市場が
織り込むまでの時間が長くかかるものほど、為替レートの分散を大きくする効果があると
述べている。つまり分散の意味での因果性を調べることによって、情報の伝達構造を解明
することができる。
そこで本稿では特に分散の意味での因果性に着目して、多国間の株式市場の関係を調べ
た。採用したのは日本、アメリカ、インドの3国であり、各国の株価指数を用いている。
この3国を分析する目的として、1つは Cheung and Ng (1996) 、Hamori (2003) 、豊
島 (2007) などで示されているアメリカから日本への影響が本当に成立しているか確かめ
ること、もう1つは近年新興国への株式投資が盛んになっているなか、その代表であるイ
ンドとの関係を調べることが挙げられる。
分散因果性の検定方法には、Cheung et al.,op.cit. および Hafner and Herwartz (2004)
の2つのアプローチを用いた。Cheung et al.,op.cit. の方法は各系列を1変量のモデル
で推定し、その結果得られた推定残差をもとに検定するという2段階の手順を踏む。こ
の方法は簡単に分散の意味での因果性を調べることができるが、検出力が低いなどの問
題点が指摘され、Hong (2001) をはじめとする批判がなされてきた*1 。一方 Hafner et
al.,op.cit. では多変量時系列モデルにおいてワルド型の検定をおこなっており、Cheung
et al.,op.cit. に比べて長期的な因果関係を調べることができ、かつ検定の検出力の問題を
*1
Hong,op.cit. は、長期間にわたる同時検定をする場合に Cheung et al.,op.cit. の方法では各ラグ次数で
同じウェイトを置いている点に問題があると指摘し、異なるウェイトを置くことで検出力が改善できると
述べた。本稿ではこの方法までカバーできなかったが、次の機会に試してみたい。
4
改善している。
これ以降の本稿の構成は以下のようになっている。2章で分散因果性の検定方法を紹介
し、3章で実証分析をおこなう。そして最後に4章でまとめをおこなう。
2 分散因果性と2つの検定方法
この章では、本稿の中心的な話題である分散因果性について説明し、その検定方法とし
て Cheung et al.,op.cit. と Hafner et al.,op.cit. の2つのアプローチを紹介する。
2つの定常エルゴードな時系列 xt と yt を考える。これらによって構成される2つの情
報集合列を It = {xt−j , j ≥ 0}、Jt = {xt−j , yt−j , j ≥ 0} と定義すると、yt が分散の意味
で xt に影響を与えているとは
Var(xt | It−1 ) = Var(xt | Jt−1 )
(1)
となることをいう。つまり x の過去の値をもとにした当期の分散は、x と y の過去の値を
もとにした場合とは異なる。x と y を入れ替えれば逆の関係が成り立つ。
以降で検定する帰無仮説は、(1) 式が成り立たないというものである。つまり帰無仮
説のもとで分散因果性は存在しない。この検定方法として Cheung et al.,op.cit. はそれ
ぞれの系列を1変量モデルで推定し、その結果得られた推定残差の2乗の交差相関係数
をもとにした検定をおこなっている*2 。一方 Hafner et al.,op.cit. は多変量時系列モデル
(VARMA、MGARCH) において、係数パラメータに制約を課すことでワルド型の検定を
おこなっている*3 。
以上2つの検定方法の特徴を述べる。Cheung et al.,op.cit. のアプローチは推定残差の
相関係数を計算すれば良いので、検定方法は非常に簡単である。また交差相関のラグ次数
を変えてやることで、ある特定のラグでの因果関係を調べることができるという利点があ
る。しかし中長期的な因果関係を調べる場合には、検定する際の最大ラグ次数の選択が問
題となる。つまり、検定する区間が短すぎると影響を拾えないかもしれないし、長すぎる
と分布の自由度が増加し検出力が落ちてしまう。
それに対し Hafner et al.,op.cit. のアプローチは、誤差項の条件付分散(を列ベクトル
化したもの)に VARMA モデルを適用し、VMA(∞) の形式で表現した際のパラメータ
*2
*3
詳細は補論1を参照。
詳細は補論2を参照。なお本稿では扱わなかったが、同一著者による論文である Hafner and Herwartz
(2006) ではラグランジュ乗数型の検定方法を提案している。
5
行列に制約を置いているので、ラグ次数を設定せずに中長期的な因果関係を調べることが
できる。また Cheung et al.,op.cit. のアプローチに比べて検出力が高いことが、モンテカ
ルロ・シミュレーションによる実験結果から示されている*4 。
Cheung et al.,op.cit の中長期的な検定(ある区間での同時検定)と、Hafner et al.,op.cit.
のワルド検定の結果は常に整合的であるとは限らない。この理由を直感的に述べれば、
Hafner et al.,op.cit. の検定は Cheung et al.,op.cit. の検定に比べて非常に長い期間の因
果関係を調べているためである。
3 実証分析
この章では2章で紹介した方法を用いて、日本とアメリカとインドの株式市場の実証分
析をおこなった。使用したデータの説明をおこない、日次データ特有の問題として祝日の
取り扱いと時差の影響について述べる。そして2つの方法による分析結果を提示する。
3.1 データ
データは各国の株価指数を用いており、日本は日経平均(以下 Nikkei とする)
、アメリ
カは S&P500 銘柄(以下 S&P とする)、インドは BSE SENSEX30(以下 BSE とする) を
採用している。各系列について、1997 年 7 月 1 日から 2007 年 6 月 29 日まで(計 2270
日分)の日次データの終値を Yahoo! Finance より取得した。本稿で日次データを用いた
のは、ある国で起こったショックの影響は長くても数日の間に消えてしまうと考えたから
である。
ちなみに Nikkei と S&P はさらに過去のデータを手に入れることができるが、因果性
を調べるという分析の都合上、BSE のデータの取得可能期間(1997 年 7 月 1 日から)に
合わせる形となった。また実際の分析に使うのはこれらの系列のリターンであり、自然対
数をとった系列の差分を計算して求めている。
まず 3 系列が単位根を持つか否かを調べるために、ADF(Augmented Dickey-Fuller)
検定をおこなった。検定にあたっては、AR モデルのラグ次数(SBIC 基準を用いた)お
よび定数項と確定トレンドの有無(有意に推定されたかで判断した)を決める必要がある
*4
Hafner et al.,op.cit.,12 ページから 15 ページを参照のこと。ちなみに彼らは GARCH(1,1) モデルと
BEKK(1,1) モデルに関してのみ分析をおこなっており、モデルのラグ次数をさらに増やした場合の議論
をしていない。これに関しては調べる余地があると思われる。
6
が、全ての系列でラグ次数が 1 で定数項と確定トレンドのないモデルが選択された。3 系
列ともこのモデルに従うとして推定すると、Nikkei、S&P、BSE の各々の従属変数の 1
期ラグ係数推定値にかかわる t 値は、−48.12、−47.98、−45.46 となった。DF 分布にお
ける左側 1% の臨界値が −2.58 なので、有意水準 1% で単位根を持つという帰無仮説は
全系列で棄却された。
3.2 祝日データの取り扱い
これらの系列をまとめて扱う際の問題点として、祝日データの取り扱いがある。国が異
なれば祝日も当然異なるため、それを考慮しないと各系列のデータの日付がずれてしま
う。Hamori,op.cit. をはじめとする多くの分析では月次データを用いており問題になって
いないが、本稿では 3.1 節に挙げた理由から日次データを採用しているため、対処する必
要がある。
豊島前掲論文では日次データによる分析をおこなっており、祝日のデータとしてその前
後の数日のデータの移動平均を計算することで充てている。しかし Greene (2007) では
欠損値を平均値で置き換えることはその日に関する全てのデータを削ることと基本的には
変わらない行為であると論じている*5 。そのため本稿では、全ての国でデータが存在する
日以外はデータを削ることにした。つまりある国に祝日があった場合には、他の国が祝日
でなかったとしてもその日にはデータが存在しなかったと考える。このような方法をとる
ことには問題もあろうが、データの欠損についての取り扱いを議論することは本稿の主な
目的ではなく、幸いデータ数も十分にあるのであまり拘る必要はないと考えた。
3.3 各国間の時差
もう一つの問題点として時差の影響がある。今回扱う3つの国の間には、日本からイン
ドへ 3.5 時間、インドからアメリカへ 10.5 時間の時差がある。本来ならば同じ日におけ
る相関関係を調べても因果性はわからないはずだが、時差を考慮すると影響が出る可能性
がある。日本からアメリカへの時差とインドからアメリカへの時差は大きいため影響があ
るのは明らかだが、日本とインドの間隔は若干小さい。しかし 3.5 時間あるので、日本の
マーケットが閉まった後にインドのマーケットの午後の取引には十分影響を与えていると
考えられる。
*5
Greene,op.cit.,62 ページを参照のこと。
7
そのため本稿では Cheung et al.,op.cit の特定のラグでの(長期的なものではない)
因果性検定に限り、同じ日(ラグが0)の相関関係でも調べることにする。Hafner et
al.,op.cit. の方法では、検定の仮説に同時点での相関関係は含まれておらず調べることが
できない。また Cheung et al.,op.cit の長期的な因果関係は Hafner et al.,op.cit. の結果
と比較したいので、同じ日のものは含めないようにする。
3.4 Cheung and Ng (1996) の方法による結果
この節では Cheung et al.,op.cit. の検定を適用する。まずは xt と yt の各系列に1
変量のモデルを当てはめ、基準化された推定残差を計算する。本稿では Hamori,op.cit.
にならい、1段階目の推定において平均に関しては AR(k) モデルを、分散に関しては
EGARCH(p,q) モデルを当てはめた。また豊島前掲論文にならい、曜日効果を調べるた
めに曜日を表すダミー変数を平均に関するモデルに含めている。ここで平均に関するモデ
ルは、たとえば xt については
xt = π0 +
k
πi xt−i + δ1 d1t + δ2 d2t + δ3 d3t + δ4 d4t + εt
(2)
i=1
と表現される。ただし d1t , d2t , d3t , d4t はそれぞれ火曜、水曜、木曜、金曜のダミー変数
であり、π0 , π1 , . . . , πk , δ1 , . . . , δ4 はパラメータ、εt は誤差項である(すべてスカラー)。
また分散に関するモデルは
log σt2
=ω+
p
αi |εt−i | + γi εt−i
i=1
σt−i
+
q
2
βi log σt−i
(3)
i=1
となる。σt2 は εt の条件付分散、ω, α1 , . . . , αp , γ1 , . . . , γp , β1 , . . . , βq はパラメータである
(すべてスカラー)
。EGARCH モデルは株式のリターンのモデルとしてよく用いられてお
り、(i) 条件付分散の対数値をモデル化しているため非負制約を課す必要がないこと、(ii)
ショックの非対称性を考慮していること、(iii) 過去の条件付分散の影響が β によってのみ
表現されていること、(iv) 条件付分散の周期性が表現されていること、が特徴として挙げ
られる。
モデルのラグ次数は、k={1,2,3,4,5},p={1,2},q={1,2} のなかから選んだ。具体的には
これらを組み合わせたモデルを全て推定し、SBIC が最も小さくなるようなラグ次数を選
択している。その結果、3系列とも AR(1)-EGARCH(1,1) モデルが選択された。推定結
果は表1の通りである。
8
表1
どのモデルでも γ の値はマイナスで有意に推定されているが、これはショックの非対称
性(正のショックより負のショックの方が条件付分散を大きくさせること)を意味してい
る。先程 EGARCH モデルの特性としてショックの持続性が β によって表現されること
を述べたが、どのモデルでも β1 は非常に 1 に近い値で有意に推定されており、条件付分
散は過去の値に大きく依存していることがわかる。これを直感的に説明すれば、相場が不
安定なときにはそれ以降も不安定になり易いという株式市場の特徴を表している。また殆
どの曜日効果は有意に推定されなかった。
次に2段階目として、1段階目で得られた(基準化された)推定残差をもとにラグが
1,2,3,4,5 の場合の検定を個別におこなった結果、表 2 のようになった。Nikkei → S&P、
BSE → S&P、Nikkei → BSE については 3.3 節で述べたように同じ日(ラグが 0)の相
関でも因果性があると考えられるので、合わせて計算してある。また分散の因果性だけで
なく従来の平均の因果性の検定もおこなった。計算方法としては推定残差について(2乗
せずに)そのまま交差相関係数を求めればよい。
表2
表 2 の結果から3つの点を指摘したい。1つ目はアメリカから日本への影響が顕著に見
られたことで、これは Hamori,op.cit. や豊島前掲論文の結果と整合的である。アメリカ
から日本には1期ラグと 4 期ラグで影響が認められたが、特に1期ラグでは(平均の意味
でも分散の意味でも)非常に高い相関をもっていることがわかる。4 期ラグで影響が出て
いるのは、一部の情報は株価に反映されるまでにある程度時間がかかっているためである
と解釈できよう。
2つ目として、同じ日における影響が(平均の意味でも分散の意味でも)いずれも認め
られた。この結果から、各国の市場は国外での直前の動向によって大きく左右されている
ことがわかる。
3つ目として、アメリカからインドには分散の意味で全く影響が見られなかった。アメ
リカから日本への影響(1期ラグ)および日本からインドへのショックの影響(0期ラグ)
が強く認められたことを合わせて考えると、アメリカからインドへの分散の意味での影響
は、日本がクッションの役割をすることであたかも存在しないかのようになっている。つ
まりアメリカからの情報は一度日本で吸収され、その後新たな情報としてインドに移って
9
いるために、アメリカからインドへの直接的な影響は認められなかったと解釈できるだ
ろう。
3.5 Hafner and Herwartz (2004) の方法による結果
次に Hafner et al.,op.cit. の検定をおこなう。手順としては2つの系列の組み合わせ
(Nikkei と S&P、S&P と BSE、Nikkei と BSE)についてそれぞれ2変量の VARMA(p,q)-
BEKK(1,1) モデルを適用し、推定量をもとにワルド検定をおこなう。zt = (xt , yt ) とし、
前節と同様に曜日効果を含めたとき、平均に関するモデルは
zt = π +
p
i=1
Φi zt−i + εt +
q
Θi εt−i + δ1 d1t + δ2 d2t + δ3 d3t + δ4 d4t
(4)
i=1
で表される。ここで d1t , . . . , d4t は火曜、水曜、木曜、金曜のダミーを表す 2×1 のベクト
ル、π, δ1 , . . . , δ4 は 2×1 のパラメータベクトル、Φi と Θi は 2× 2 のパラメータ行列、εt
は 2×1 の誤差ベクトルとなっている。簡単化のために Φi と Θi の非対角要素は 0 である
と仮定する。また BEKK(1,1) モデルについては補論2で定義した通りである。
ラグ次数については p={0,1,2},q={0,1,2} のなかから、3.4 節と同様に SBIC を基準に
選んだ。その結果、Nikkei と S&P についてのモデルと Nikkei と BSE についてのモデル
では VARMA(0,0)-BEKK(1,1) が、S&P と BSE についてのモデルでは VARMA(0,1)-
BEKK(1,1) が採択された。これらのモデルの推定結果は表 3 の通りである。
表3
多くのパラメータは有意に推定されており、特に BEKK モデルの過去の誤差項ないし
は条件付分散に関わる部分では、S&P と BSE についてのモデル以外では全てのパラメー
タが1パーセント水準で有意に推定されている。また曜日効果は有意水準1パーセントで
は全く有意に推定されず、3.4 節の結果と整合的といえる。
次に推定結果をもとにしてワルド検定をおこなったのが表 4 である。比較のために、
Cheung et al.,op.cit. の長期的な因果性の検定(ラグ次数1から5の同時検定をおこな
い、検定統計量は漸近的に自由度5のカイ2乗分布にしたがう)の結果も合わせて載せて
ある。
表4
10
有意水準を5パーセントとしたとき、Cheung et al.,op.cit. の長期的な検定では S&P
から Nikkei への影響を除いた全ての組み合わせで帰無仮説は棄却できなかった。一方で
Hafner et al.,op.cit. の検定では S&P から BSE への影響を除いた全ての組み合わせで帰
無仮説は棄却された。Hafner et al.,op.cit. の方が検出力が高いという議論を踏まえて考
えれば、アメリカからインドへは分散の意味での因果性は存在しないが、それ以外の組み
合わせでは因果関係が存在するといえる。特にアメリカから日本への因果性は他と比べて
も検定値が大きくなっており、3.4 節の議論と整合的である(Cheung et al.,op.cit. の長
期的な検定の結果からも支持されている)。またアメリカからインドへの影響も認められ
なかったため、先ほどの日本がクッションの役割を果たしているという仮説は依然として
支持されている。
4 まとめ
本稿では日本とアメリカとインドの株式市場の、分散の意味での因果性に重点をおい
て分析をおこなった。Cheung et al.,op.cit. と Hafner et al.,op.cit. の方法で検定をおこ
なったところ、どちらも日本とアメリカの間では互いに影響を与え合っているという結
果になり、特にアメリカから日本への影響が顕著に見られた。このことは Hamori,op.cit.
や豊島前掲論文をはじめ多くの論文で述べられており、それらを支持する結果となった。
また本稿における大きな発見として、先進国からインドへの分散の意味での因果性は、
日本からインドの方向には認められたが、アメリカからインドの方向には認められなかっ
た。このことは、アメリカからの情報は日本で一旦吸収され、新たに日本からインドへの
情報として伝わっているためであると考えられる。もちろんこの解釈は本稿の分析による
限定的な結果であり、ヨーロッパなど他の地域を含めてモデルを拡張したり、アメリカ同
時多発テロなどの事件によって期間を区切って分析することで、異なる解釈が得られる可
能性は十分にある。これについて調べることは今後の課題としたい。
もう一つの点として、同時点での相関がいずれも有意であったことが特徴的である。各
国の投資家は海外で直近に起こった情報を注意深く見ているということが、この結果から
推察される。
11
参考文献
[1] Baba, Y., Engle, R.F., Kraft, D. and Kroner, K.F. (1987) “Multivariate simultaneous generalized ARCH,” Working Paper, University of California, San Diego.
[2] Cheung, Y.W. and Ng, L.K. (1996)“A causality in variance test and its application
to financial market prices,”Journal of Econometrics, 72, 33-48.
[3] Engle, R.F., Ito, T. and Lin, W.L. (1990) “Meteor showers or heat waves? Heteroskedastic intra-daily volatility in the foreign exchange market,” Econometrica,
28. 525-542.
[4] Engle, R.F. and Kroner, K.F. (1995) “ Multivariate simultaneous generalized
ARCH,” Econometric Theory, 11, 122-150.
[5] Granger, C.W.J. (1980) “Testing for causality: A personal viewpoint,” Journal
of Economic Dynamics and Control, 2, 329-352.
[6] Greene, W.H. (2007) Econometric Analysis, 6th Edition, Prentice Hall.
[7] Hafner, C.M. and Herwartz, H. (2004)“Testing for causality in variance using multivariate GARCH models,” Economics Working Paper No 2004-03, Department
of Economics, CAU Kiel.
[8] Hafner, C.M. and Herwartz, H. (2006) “A Lagrange multiplier test for causality
in variance,” Economics Letters, 93, 137-141.
[9] Hamori, S. (2003) An Empirical Investigation of Stock Markets: The CCF Approach, Kluwer Academic Publishers.
[10] Hong, Y. (2001) “A test for volatillity spillover with application to exchange
rates,” Journal of Econometrics, 103, 183-224.
[11] Ross, S.A. (1989) “Information and volatility: The no-arbitrage martingale approach to timing and resolution irrelevancy,” Journal of Finance, 44, 1-17.
[12] 豊島裕樹 (2007) 「日米間・規模別株価指数間の連動性―CCF アプローチによる因
果性のテスト―」、証券アナリストジャーナル、平成 19 年 5 月号(第 45 巻 5 号)、
101-114。
12
補論
1
Cheung and Ng (1996) のアプローチ
まず2つの時系列 xt 、yt が
hx,t · εt
yt = μy,t + hy,t · ζt
xt = μx,t +
(5)
(6)
のように表されるとする。ここで μx,t ,μy,t は ARMA モデルに代表される条件付期待値
に関する式であり、hx,t ,hy,t は GARCH モデルに代表される条件付分散に関する式であ
る。また {εt } と {ζt } の各要素はそれぞれ独立に標準正規分布に従うと仮定する。また
ut と vt をそれぞれの系列の誤差項の2乗とする。すなわち
ut = ε2t =
(xt − μx,t )2
hx,t
(7)
vt = ζt2 =
(yt − μy,t )2
hy,t
(8)
とする。
ここで ut と vt の k 期ラグの標本交差相関係数 ruv (k) は以下のように表される。
ruv (k) = cuv (k)
cuu (0)cvv (0)
(9)
ただし cuv (k) は標本交差共分散で
cuv (k) =
1
(ut − ū)(vt−k − v̄),
T
k = 0, ±1, ±2, . . .
(10)
である。ū と v̄ はそれぞれ ut と vt の平均となっている。
このとき、k 期ラグで (1) 式の関係が成り立たない(y から x への因果性がない)とい
う帰無仮説のもとで
√
T ruv (k)
asy.
∼ N (0, 1)
(11)
asy.
となる。ただし「 ∼ 」は漸近的にその分布に従うことを意味している。誤差項は各時点
で独立であることから、k とは異なる k について ruv (k) と ruv (k ) は互いに独立である。
13
このことを利用すれば
T
k
2
ruv
(i)
asy.
∼ χ2 (k − j + 1)
(12)
i=j
が成り立ち、j 期ラグから k 期ラグ までの同時検定をすることができる。つまり j と k
の間隔を長くとれば、中長期的な因果関係を調べることが可能である。
2
Hafner and Herwartz (2004) のアプローチ
Hafner et al.,op.cit. では BEKK(1,1) モデルによる例を紹介している。本稿では 2
変量のモデルを扱っているので zt = (xt , yt ) という 2 × 1 のベクトルを定義すると、
BEKK(1,1) モデルにおいて zt の条件付分散共分散行列 Ht は
Ht = CC + Aεt−1 εt−1 A + BHt−1 B (13)
と表現される*6 。ただし C は 2×2 の下三角のパラメータ行列、A と B は 2 × 2 のパラ
メータ行列、また εt は t 期の 誤差ベクトルである。このモデルにおいて、(1) 式が成り立
たない(y から x への因果性がない)という帰無仮説は
A(12) = 0,
B (12) = 0
(14)
であることと同等である*7 。行列の上添え字の (12) は、(1,2) 要素を意味している。この
制約については、行列の1つの要素を見ると分かりやすい。Ht の (1,1) 要素は
(11)
Ht
(1)
(2)
(1)
(2)
= C (11) C (11) + (A(11) εt−1 + A(12) εt−1 )2 + (B (11) εt−1 + B (12) εt−1 )2 (15)
(2)
となるが、1期前の y のショック(すなわち εt−1 )が x の条件付分散に影響しているか
どうかは A(12) および B (12) が 0 であるかを調べれば分かる。
具体的には、まずこのモデルにおけるパラメータを一列に並べたベクトルを
θ = (vech(C) , vec(A) , vec(B) )
(16)
とする。ただし vec(・) は行列の(全ての)要素を列ベクトルにする演算子、vech(・) は
行列の下三角要素を列ベクトルにする演算子である。このとき制約は
Qθ = 0
*6
(17)
このモデルは Baba et al. (1987) で提案され、4人の著者の頭文字を取って名付けられた。同論文は
ワーキングペーパーであり、出版されたものとして Engle and Kroner (1995) がある。
*7 詳しくは Hafner et al.,op.cit.,7 ページから 10 ページを参照のこと。
14
で表される。ただし
Q=
0 0
0 0
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
0
0
0
1
0
0
(18)
である*8 。
パラメータの一致推定量を θ̂ とし、その漸近分布を
θ̂
asy.
∼ N (θ, Σθ )
(19)
とすれば、ワルド統計量
w = (Qθ̂) (QΣˆθ Q )−1 (Qθ̂)
(20)
は帰無仮説のもとで漸近的に自由度 2 のカイ2乗分布に従う。Σˆθ は Σθ の推定量である。
*8
ちなみにこの制約のかけ方は Hafner et al.,op.cit. のものとは違う。彼らは式における Q を
Q = (0, 0, 0, 0, 0, 1, 0, 0, 0, 1, 0)
としている(ibid., 10 ページ参照)が、これは明らかに (14) 式と同じものにはなっていない。そのため
本稿では (18) 式の表現に変えて検定している。
15
表 1: AR(1)-EGARCH(1,1) モデルの推定結果
π0
π1
δ1
δ2
δ3
δ4
ω
α1
γ1
β1
Nikkei
S&P
BSE
-0.0000
0.0001
-0.0008
(0.0007)
(0.0005)
(0.0008)
0.0085
-0.0156
0.0865∗
(0.0230)
(0.0240)
(0.0213)
-0.0006
0.0002
0.0015
(0.0009)
(0.0007)
(0.0010)
0.0004
-0.0005
0.0017
(0.0009)
(0.0006)
(0.0009)
-0.0004
-0.0010
0.0017
(0.0009)
(0.0006)
(0.0009)
0.0010
0.0001
0.0030∗
(0.0009)
(0.0006)
(0.0009)
-0.5396∗
-0.4279∗
-1.2000∗
(0.0804)
(0.0599)
(0.1080)
0.1793∗
0.1063∗
0.2311∗
(0.0232)
(0.0172)
(0.0215)
∗
-0.5030
∗
-1.0000
-0.7488∗
(0.0847)
(0.1966)
(0.0741)
0.9531∗
0.9619∗
0.8773∗
(0.0082)
(0.0055)
(0.0118)
-筆者作成-
※ 推定値の右上の ∗ は有意水準1パーセントで有意であること意味し、推定値の下の括弧内は推定
標準誤差である。
16
表 2: 交差相関係数
Nikkei → S&P
lead
-筆者作成-
BSE → S&P
Nikkei → BSE
平均
分散
平均
分散
平均
分散
0
0.1791∗∗
0.0788∗∗
0.1006∗∗
0.1899∗∗
0.2498∗∗
0.1471∗∗
1
-0.0209
-0.0004
-0.0034
-0.0152
0.0124
0.0338
2
-0.0169
0.0021
0.0319
-0.0065
0.0150
-0.0170
3
0.0033
0.0341
0.0101
0.0260
0.0235
-0.0247
4
-0.0367
-0.0101
-0.0233
0.0055
0.0194
0.0176
5
-0.0400
0.0424∗
-0.0519∗
0.0428∗
0.0240
0.0016
S&P → Nikkei
lead
S&P → BSE
BSE → Nikkei
平均
分散
平均
分散
平均
分散
1
0.3641∗∗
0.1778∗∗
0.1930∗∗
0.0214
0.0291
0.0208
2
0.0037
-0.0095
0.0485∗
-0.0036
-0.0141
0.0138
3
0.0217
-0.0204
0.0647∗∗
0.0077
0.0450∗
0.0339
4
-0.0151
0.0674∗∗
0.0120
-0.0043
0.0309
0.0347
5
0.0063
-0.0053
0.0065
-0.0018
-0.0052
0.0241
※ 推定値の右上の
∗∗
は有意水準1パーセントで有意であることを、また
であることを意味する。
17
∗
は5パーセントで有意
表 3: VARMA-BEKK(1,1) モデルの推定結果
-筆者作成-
(Nikkei,S&P)
(S&P,BSE)
(Nikkei,BSE)
VARMA(0,0)
VARMA(0,1)
VARMA(0,0)
π1
0.0009
0.0004
0.0001
π2
0.0003
0.0003
0.0004
モデル
Θ1,11
-0.0471
Θ1,22
0.0837∗
δ11
-0.0010
0.0005
-0.0004
δ21
0.0005
0.0009
0.0008
δ12
-0.0002
-0.0001
0.0009
δ22
-0.0002
0.0017
0.0011
δ13
-0.0008
-0.0004
0.0003
δ23
-0.0005
0.0013
0.0010
δ14
0.0005
0.0004
0.0021
δ24
0.0003
0.0026
0.0026
C11
0.0021∗
0.0013∗
0.0026∗
C21
-0.0003
0.0034∗
0.0037∗
C22
0.0011∗
0.0045∗
0.0009
A11
0.2149∗
0.2330∗
0.2649∗
A21
0.1264∗
-0.0213
0.1303∗
A12
-0.2531∗
0.0205
0.0843∗
A22
0.1911∗
0.3488∗
0.2900∗
B11
0.9323∗
0.9680∗
0.9478∗
B21
-0.0562∗
0.0051
-0.0583∗
B12
0.1226∗
-0.0193∗
-0.0307∗
B22
0.9689∗
0.8806∗
0.9333∗
※ 推定値の右上の
∗
は有意水準1パーセントで有意であることを意味する。
18
表 4: Hafner and Herwartz (2004) の検定結果
-筆者作成-
H&H
P値
C&N
P値
121.269
0.000
6.952
0.224
8.936
0.011
6.372
0.272
Nikkei → BSE
203.899
0.000
5.341
0.376
S&P → Nikkei
216.813
0.000
83.245
0.000
S&P → BSE
0.710
0.701
1.257
0.939
BSE → Nikkei
65.412
0.000
8.078
0.152
Nikkei → S&P
BSE → S&P
※ H&H は Hafner and Herwartz (2004) の検定、 C&N は Cheung and Ng (1996) の(長期的
な)検定の統計値を表す。
19