心臓病 弁膜症や心筋症、不整脈に代表される心臓疾患は、一部を除いて手術で根治することは 不可能で、内科治療(加療)を行いながらじょうずに「おつきあいをする」疾患です。 1、心臓を楽にすることが加療の第一の目標で、心臓が楽になることで身体も楽になる、 という考え方の治療を行います(QOLの向上)。 2、実際には、それでも心臓病は進行・悪化していきます。極力、心臓病の進行を止める ないしは進行を遅らせることが第二の目標となります。 3、心臓病が仮に悪化しても、出来るだけ快適に生活できることが第三の目標になります。 4、心臓に疾患があることで、その心臓から血液を受け取るいろいろな臓器が、負担を受 けます。心臓病に多い合併症として、腎不全、肝機能障害、血栓症があげられます。 心臓病の発症初期には必要ないことが多いのですが、すでに基礎疾患がある場合や経 過が長くなるにつれて、合併症の治療も必要になることが多いです。 5、食事や飼育環境、運動などもしっかり管理することで、加療の効果は高くなりまた進 行・悪化も少なくなります。 6、心臓病は、特に季節の変化で悪化することが多いです。身体特に心臓は、変化への対 応が遅れてしまう臓器で、その遅れが負担となります。たとえば、季節に合わせて行 う衣替えが、2∼3ヶ月遅れてしまう場合と同じです。暑いのに冬服、寒いのに夏服 を着て生活するようなものです。 ◎ 無症状あるいは症状に気付いていない・見つからない場合の発見が多い 1、初期の症状は、動悸・息切れ・めまい・胸の痛みなどと考えられ、その症状を見つけ るのはほぼ不可能です。この場合、問診や身体検査での聴診の所見(心雑)、胸部レントゲ ン写真で見つかることが多いです。動物の立場になった場合、心臓病で一番考えなけれ ばいけないのは、症状の有無ではなく見た目が元気でも動物が人知れず苦しんでいる、 ということです。 2、中期以降になると、以下のような症状が見られます。このような症状で気付くことが 多く、実際は遅い発見になってしまいます。 ○咳(乾性・湿性):心臓の拡大による気管への圧迫や肺水腫などで起きる。夜間や明 け方(気温差や神経支配のため)に多くなる傾向にあり、また興奮時や飲水時にも多くな る。 ○運動不耐性:散歩や運動を嫌がる、または嫌がらないが今まで以上に呼吸が荒い・回 復が遅い、出迎えをしないなどの症状が見られる。 ○呼吸が荒い:浅く速いことが多く、場合により開口呼吸を呈する。 ○元気や食欲の減退・廃絶 3、末期になると、心臓発作や臓器不全(腎不全や肝不全)、腹水などが発症することが多 くなります。 ◎ 心臓病とは? 1、原因はいろいろと考えられます。先天性奇形や先天性の素因、老化、種特異性(キャバリ ア、シーズー、ポメラニアン、マルチーズ、リトリバーなど)、特発性、肥満、食事、他の疾患による合併症、 全身麻酔や一時的な過度の負担が引き起こすこともあります。 ○弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症を代表とされる疾患。弁膜の変性(変形)や動作の不全 により、しっかりと弁が閉まらなくなり血液が心臓中を逆流・乱流する疾患。結果的に心 拍出量の低下や血流による心筋内膜の損傷、心拡張や心肥大、血圧上昇などを引き起こす。 ○心筋症:心臓の筋肉(心筋)、特に左心室の心筋が厚くあるいは薄くなりすぎることで 心拍出量の低下や血流の停滞、頻脈、血栓症などを引き起こす。 ○不整脈:呼吸性不整脈は、健常犬でも見られるが、徐脈や頻脈、ブロックなどの不整 脈は心疾患(一部、内分泌疾患や腫瘍でも見られる)と考えられる。早急に治療が必要な 重症なものもあれば、経過を診てもよいものもあり、治療は心臓のリズムを調節するため、 慎重に行うべき。 2、心臓は、全身に血液を送るポンプの役目をしています。心臓病は、そのポンプの機能 が不足するために全身に大きく影響します(臓器への負担)。心機能が落ちていると、 臓器から機能低下を心臓へ知らせる機構(フィードバック)が働き、心臓にさらに働くよう に指示が出ます(心臓の代償性)。これは身体(生体恒常性)を維持するために必要な 機能ですが、心臓には負担をかけることになります。この状態が心不全と考えられま す。 3、心臓の代償性は、身体にとっては重要なことで、もしこの機能がなければすぐに多臓 器不全や死に至ります。が、心臓は決してサボっているわけではなく、病気で機能が 落ちている訳ですから、この代償性はさらに弱っている心臓をいじめる形になってし まいます。これが、心臓病が進行・悪化する理由です。結果的には、これが全身に大 きな負担になってしまうのです。 ◎ 検査について 心臓病の評価は、いろいろな検査を組み合わせて結果を出します。それぞれの検査で得 られた結果をひとつにまとめて、評価しなければいけません。検査は決して万能ではない ので、それぞれひとつずつの結果では判断できないのです。ひとつの検査の利点を生かし、 弱点・盲点を他の検査でカバーしながら、結果を導き出します。一つ一つの検査は、パズル のピースのようなもので、組み合わせることで一枚の絵(結果)が得られる訳です。 加療中ないしは経過観察のためには、病状や症状の変化があった際には適宜行う必要が あり、落ち着いている状態でも最低3ヶ月に一回の検査が必要です。これは、動物の病気 の進行や負担が人の7倍であるため(dog speed)、症候が現れにくいため、症状を隠しや すいためです。この際の検査の目的は、治療効果、病気の進行・悪化の度合い、苦痛・つ らさの有無、副反応の有無を判定することです。 大部分の検査は、結果の蓄積や比較、経過をみることにより判定をします。そのため、 今現在の心臓病の評価をすることは難しい場合があります。 1、血液・生化学検査 基礎疾患の有無の判定と多血や貧血、感染、機能障害など心臓病の原因や併発疾患に なることの多い疾患を検討する。 2、心電図検査 心臓のリズムや不整脈の有無、心臓の変化をみる。 3、X線検査 基礎疾患・併発疾患の有無の判定と心臓・血管・肺・気管の評価。 4、超音波検査 心臓の内腔の変化や心筋、弁膜、腱索、心収縮能、心嚢膜、腫瘍の有無などの評価。 5、心房性ナトリウム利尿ペプチド(hANP) 心筋特に弁膜基部から産生されるホルモン。心筋に対する負荷をタイムラグ無しに判定できる。 6、内分泌検査 心臓への影響が強い甲状腺や副腎などの疾患が疑われる場合に評価する。 7、その他 心臓造影、カラードップラー検査、経食道超音波検査、ホルター心電図検査、生検など。 ◎ 加療について 内科治療の目的は、心臓の負荷の軽減を主に考え、心筋の保護や心機能の補助を行いま す。加療は、調子が良くても生涯続ける必要があります。なぜなら、あくまで心臓を楽に する加療であって根治する治療ではないからです。加療で楽になった心臓から薬などの補 助を取り除くと、心機能低下と心負荷の増加をきたし、以前よりも心臓の負担を増やすこ とになります。症状や病状がむしろ悪化する結果となります。 発病 → 進行・悪化 → 治療開始 治療 心臓の働き(負担) 10 → 12 → → 治療変更 6 6 8 ↓ ↓ ↓ 14 → 16 → 10 → 10 → | 10 | | | | | できる仕事(成果) 10 10 10 10 10 (低下)↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 心疾患の進行(成果) 8 8 8 10 8 10 10 | 10 1、食事療法 低Na食(塩分)が基本になりますが、腎機能を考え低P食や肝機能を考え中蛋白・ 低脂肪食、肥満にも注意する必要があります。また、タウリンやカルニチンなどの添加がより効 果的と考えられます。また、水分制限が必要な場合もあります。 2、環境の整備 規則正しい生活、適度な運動(心疾患のステージに合わせて)、温度や湿度の変化を避け る、過度の興奮や大きな生活の変化を避けるなど 3、薬物治療 加療の大きな柱になるもので、いろいろな効能効果のある薬を使用します。原則は、極 力少ない薬剤で負担も小さなものを選ぶことです。病状や症状、検査結果に合わせ判断 します。 ○サプリメント:心筋の保護や活性化、抗不整脈効果のあるもの コエンザイム、タウリン、カルニチンなど ○ACE阻害薬:厳密には血管拡張薬に分類されるが、加療・単剤治療のファーストチョイスとし て、多剤治療の柱として使用されることが多い。動静脈の拡張と適度な浮腫の軽減、軽度 の心筋の保護。デメリットは、効果の発現が遅いこと、軽度の腎機能低下には効果的だが、場 合により腎不全の原因にも。 ○血管拡張薬:血液の細分布の促進と心負荷・血管浮腫の軽減、心筋の保護。デメリットは、 血圧の変動が強くなる可能性があること。 ヒドララジン(動脈拡張)、プラゾシン(細動脈、静脈拡張) ニトログリセリン・イソソルビド・ニトロプラシド(静脈拡張) ○利尿剤:血管拡張と浮腫の軽減(利尿)、一部抗アルドステロン効果による心筋の保護。デメリ ットは、脱水や腎機能低下の促進。 フロセミド(ループ利尿薬)、スピロノラクトン(K 保持性利尿薬) 、ヒドロクロロチアジド(サイアザ イド系利尿薬) ○強心配糖体:抗不整脈効果と心筋保護、心陽性変力作用(心収縮性増加) ジゴキシン、ジキトキシン ○冠血管拡張薬:心臓の冠血管の拡張、血栓の予防 シピリダモール ○Ca ブロッカー:心拡張性の改善と心収縮性の減少、抗不整脈効果、心筋保護 ジルチアゼム ○βアドレナリン遮断薬:心筋不全・心不全の改善、運動機能の改善 プロプラノロール、アテノロール ○交感神経作動薬:心収縮性、心拍出量、心拍数、血圧への影響 ドパミン、ドブタミン、エピネフリン、イソプロテレノール ○抗コリン薬:心拍数の増加 アトロピン、グリコピロレート ○抗血栓薬:血栓形成の予防 アスピリン、トラピジル ◎ 注意点 1、特に治療開始時、病状・症状が安定するまでしっかりと通院・連絡をしてください。 2、日常生活での変化や症候(兆候)の出現に注意しましょう。 3、独自の判断はせず、必ず相談してください。 4、投薬・加療をしっかりと行う。 5、安定していれば、投薬の長期処方、通院間隔の延長も可能です。 6、できる限りの協力は惜しみませんが、心臓病は特に飼い主さんが「主治医」です。飼 い主さん、動物、獣医師が一体となった治療が特に必要な病気です。
© Copyright 2024 Paperzz