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平成16年度
実践報告書
研究主題「高等学校地理Bにおける授業改善の工夫」
実践研究員
野本
雅裕(新潟県立新発田南高等学校教諭)
世界の生活と文化の学習にあたり、文化の違いによる考え方の違いについて理解する。
文化は衣食住などの表面的な違いを学習することが中心である。しかし、長い伝統の中で
形成されたものごとに対する考え方の違いも大きい。イヌイットとベドウィンを例に、文
化が異なるということは考え方も異なるということを学習する。異文化理解の重要性、日
本の独自性やグローバル化についても考察する。
キーワード
イヌイット、ベドウィン、考え方の違い、日本の特色、グローバル化
1
研究主題設定の理由
従来の異文化学習は、自然環境による衣食住の違いや宗教の生活文化への影響などが中心である。
これらはいわば「目に見える差異」の学習である。しかし文化が異なると、目に見えない「ものごと
に対する考え方の違い」も大きい。異文化というものは「目に見える差異」だけではなく、「目に見
えない差異」も大きいのである。
従来の高等学校地理Bのなかで、民族・文化による考え方の違いが取り上げられることは少なかっ
たのではないだろうか。取り上げられてきたことといっても、アラブ民族の学習時にイスラム教の六
信五行のなかの運命(天命)、インドの学習時にヒンドゥー教やカースト制などでふれる程度ではな
かっただろうか。しかし異文化の理解が、「目に見える差異」の理解だけではあまりに一面的であろ
う。本研究では、異文化について直接は目に見えることが少ない、ものごとに対する考え方を学習す
るために、ベドウィンをはじめとするアラブ民族や欧米諸国の自己の過失に対する責任の考え方、イ
ヌイットの犬に対する考え方をとりあげることとした。この教材を通して、つぎの三点を学習するこ
とを目的とした。
①生活・文化が違うことをより深く理解し、異文化に接する態度をやしなう。
②日本人の考え方も、相対的に見れば特殊なもの伝統的に受け継がれてきたものであることを理解
させる。
③グローバル化は、文化という面からは特色ある文化が無くなっていくことでもあることを理解さ
せる。
高等学校地理Bでは、「細やかな事象や高度な事項・事柄に深入りしない。」(学習指導要領解説
より)ということであり、背景や原因には深入りしないようにする。異文化理解の入口に入りやすい
よう、生徒が興味・関心を持つことができる教材を用意し、文化の奥深さや面白さを感じることがで
きるようにする。
‑ 1 ‑
今回の教材は、従来より授業で取り上げてきたものである。このたび授業改善の研究の機会を得た
ので、1時間の授業となるよう授業計画を立てた。したがって、具体的な異文化学習という面は少な
い。世界の衣食住や宗教を学習する単元である生活と文化のまとめとしての位置づけであるでる。そ
して、世界の国々について具体的に学習する単元である次回からの世界の諸地域の導入としても位置
づける。
2
研究の日程
第1回
実践研究
平成16年
7月
5日(月)
県立教育センター
趣旨説明・研究計画の立案
第2回
実践研究
平成16年10月19日(火)
県立新発田南高等学校
研究授業指導案の検討
第3回
実践研究
平成16年12月21日(火)
県立新発田南高等学校
研究授業
3
研究の計画
(1)対象生徒
本校は、平成9年に創立80周年を迎えた伝統校である。かつては新発田商工高等学校とい
う名称で、商業科と工業科の併設校であった。昭和58年に商業科が分離独立して、新発田商
業高等学校となった。新しく普通科が設置され、本校は普通科と工業科の併設校となり、名称
が新発田南高等学校となった。現在は各学年、普通科6クラス・機械科2クラス・土木科1ク
ラス・建築科1クラス、計10クラスの大規模校である。普通科の生徒はほとんどが進学希望
である。近年進学率が上昇しており、国公立大学進学者の数が増加している。
普通科は2年次に文系クラスと理系クラスに分かれる。その数は、おおむね文系4クラス、
理系2クラスである。文系クラスの地理歴史科目の履修は2年次に5単位で、地理B・日本史
Bそして世界史Bのなかからひとつを選択する。今年の地理B選択者は、11名という少人数
であった。3年次にも3単位で選択する。授業時間は55分である。
(2)生徒の実態
本校は併設校で、生徒の様子も普通科と工業科では異なっているが、概して穏やかで素直な
生徒が多い。普通科は、ほとんどが進学希望で学習意欲もあり授業態度も熱心である。しか
し、静かに聞いてはいるが反応を表に出すことが少なく、授業中の積極的な発言や質問はほと
んど無い。
今年度の地理Bの選択クラスは、少人数のためか発問や問いかけにもよく答え、和気あいあ
いとした雰囲気である。
‑ 2 ‑
(3)単元の指導計画
ア
単元・教材
第Ⅰ部「自然と生活」
第3章「生活と文化」
第1節
生活・文化の地域的変容(0.5時間)
第2節
村落と都市(4.5時間)
第3節
衣食住・宗教(3時間)
1
衣食住の地域的差異(1時間)
2
人々の生活を特徴づける宗教(1時間)
3
異文化の理解・日本の衣食住とグローバル化(本時)
第4節
消費と余暇活動(2時間)
教材
教科書『新詳地理B
最新版』(帝国書院)
地図帳『高等地図帳』(二宮書店)
資料集『最新地理図表
GEO』
(一学習社)
『地理統計要覧2004』(二宮書店)
プリント『カナダエスキモー』『アラビア遊牧民』本多勝一(朝日新聞社)より抜粋
イ
単元の目標
①文化の違いは、衣・食・住等の表面上にも見られるが、ものごとに対する考え方等の内
面的な違いも大きいことを理解する。
②世界のなかでの、日本のものの考え方の独自性も理解する。そのことをふまえ、異文化
を理解する態度をやしなう。
③文化の一体化(グローバル化)が進んでいることとその影響を理解する。
④「生活と文化」のまとめとともに、次章の「世界の諸地域」学習の導入としても位置づ
ける。
ウ
内容と方法
最も寒冷な環境で暮らすイヌイット、及び最も乾燥した環境で暮らすベドウィンの生活
文化を説明する。つぎに、イヌイットの犬に対する考え方と、ベドウィンの自分の過失に
対する考え方を体験した新聞記者の報告を読む。
黙読すると読んだだけで頭に入らないことも多いので、生徒を指名し読ませる。
プリントを使用する理由は、民族による考え方の違いが具体的に出ているよい資料であ
ると考えたためである。例年は、概要を口頭で説明したり要約したプリントを配布して行
っている。今回は1時間かけて行うので、具体的な例を時間を掛けて学習する。また、対
象生徒は資料を読みこなす力は十分にあり、資料を読みとることに時間を掛けることなく
進行できるからである。
つぎにグローバル化について考え、その内容を講義する。
イヌイットやベドウィンの考え方に対して、生徒は一般的な感想や自分なりの感想を持
ちやすいと思われるので、指名して答えさせていく。
‑ 3 ‑
エ
授業計画
指導項目
学習内容
導
前時までの復習
○世界には様々な衣食住がある。
入
本時の目的
○宗教が生活に反映されることが多い。
学習活動及び指導上の留意点
簡単に復習する。
○文化の差異というと衣食住や宗教が取
り上げられる。
○内面的な文化の違いを知る。
展
イヌイットの文化
開
○イヌイット
・寒冷地に適応した衣食住
深入りしない。
・厳しい犬のしつけ
指名しプリントを読ませる。
口頭で補足。
指名し感想を答えさせる。
・優しく接したらどうなるのか
指名しプリントを読ませる。
・なぜイヌイットは厳しく犬をしつけ
指名し理由を答えさせる。
るのか
深入りしない。
・犬は狩りのための道具
アラビア人の文化
○アラブ遊牧民(ベドウィン)
・乾燥地域での生活、衣食住
深入りしない。
・リヤドのホテルで
指名しプリントを読ませる。
指名し感想を答えさせる。
・なぜか考える
記者の考えをプリントから読
みとる。深入りしない。
・日本のように、すぐに謝ったらどう
なるだろうか。
指名し答えさせる。
深入りしない。
・異民族との接触の歴史、失敗を認め
ない文化
文化の違い
○衣食住(表面的な違い)と
考え方(内面的な違い)
それぞれの文化には長い歴史
的背景がある。
(自然環境・宗教等)
○日本の考え方も「独特」である。
日本人の考え方は決して標準
一方的な価値観で異文化を判断しては
ではない
ならない。
どの文化がよい・悪いといっ
た考え方にならないようにす
る。
‑ 4 ‑
グローバル化
○イヌイット・ベドウィンの現状
簡単に。
○グローバル化とは
同じ生活様式の広がり
具体的な例を考える。
文化の共通化
グローバル化の理由を考える
○二つの意味
問題点を考える。
・個性的な文化が失われる
もう一つの意味があることに
・異文化に接する機会が増える
気づく。
ま
異文化の理解
○表面的なことは文化の一面。
違うだけでなく同じことも多
と
本時の復習
○内面的な違いは、一見わからないから
いことにもう一度触れる。
め
難しいが、大切なことである。
○自分たちの価値観だけではいての文化
次回以降、具体的な地域の学
習をする。
を判断してはいけない。
4
授業の実際
7月の第1回実践研究の際に、実践研究として取り上げるいくつかのテーマを設定した。夏期休
暇中に、授業進度などから異文化理解とグローバル化とすることにし、授業計画を考えた。10月
上旬の第2回実践研究の際に、授業案の概要と資料を示し、それ以降具体的な研究授業の計画を立
てた。
当初の計画では、11月上旬に研究授業を予定していた。しかし、中越地震の影響で延期され1
2月20日となった。そのため、実際の授業は「オーストラリアの地誌」まで進んでいたが、研究
授業の時間だけ後戻りする形で実施した。
研究授業は、生徒が5分以上遅刻してしまうという失態のなかで始まった。授業は、発問やプリ
ントを読むことで全員が1回以上指名されるようにした。生徒はよく答えてくれ、また指名しない
発問にもよく答えてくれた。このクラスは11名と少人数なので、日常からよく発問していること
から慣れており、また答えやすいということもある。
始まりが5分以上遅かったために、最後は急ぐようになってしまった。ついには時間が不足し、
計画をすべて実施できず、まとめも中途半端なものになってしまった。
研究授業の後の反省会で、さまざまな指導を頂いた。生徒には、次回授業の最初に研究授業の感
想を書いてもらった。また、研究授業を参観していただいた先生方にも感想を書いていただいた。
5
研究の評価と分析
(1)生徒の感想など
<授業の方法について>(プリントの使用や発問)
○資料をもとに授業をするというのは楽しいと感じた。(他に数人)
○イヌイットとベドウィンの最近の生活の様子のプリントもあるとよかった。
○読み物があったので、具体的な様子がよくわかりました。
‑ 5 ‑
○プリントの文章がとても具体的に書かれていて、教科書に書かれているイヌイットとベドウ
ィンより、もっと深く学べたと思う。
○先生が、みんなに「○○はなんだ?」と聞くのもいいと思いました。
○クイズ感覚で面白かった。
○一人一人に当てるのは「参加型」という感じで、授業に集中するという観点からはかなりよ
かったと思う。
<内容の理解について>
○文化の違いで、外見的にも内面的にも大きな違いがあることがわかった。
○対比的な民族を通して文化の違いを知るのはわかりやすい。
○思いも寄らない犬の扱いには少々驚かされた。
○イヌイットの犬に対する態度は、日本人からすればひどいと思うだろうけれど、彼らにして
みればそれをしないといきていけないからしょうがない。
○暖かい国へ移ればいいと思った。
○ベドウィンの人たちの考え方が日本とは全く違うことが面白かった。日本でベドウィンのよ
うに振る舞ったら、必ず大げんかになってしまうだろう。文化の違いでここまで違うとわか
って面白かった。
○ベドウィンの人と会ってしゃべってみたい。日本にはあんまりいないから新鮮で面白そう。
○ベドウィンのように自分の過失を認めないような文化は、一生かかっても理解できない。は
っきり言って嫌いだ。
○ベドウィンの謝らないことが嫌だと思った。でも、これは私が日本人だからそう思うだけな
のかなと思うとすこし悲しくなる。
○外面的なことは教科書に書かれているけど、内面的なことは教科書に書かれていないことが
多いので、これからも内面的なことを学んでいけたらいいと思った。
○内面的なことは、先生がいっていたように、旅行へ行ったり外国の人と接するときに大切な
ことだと思うので、自分も興味を持って話が聞けた。
<全般について>
○板書の量がちょうどよかった。たまにすごく多いときがある。
○自分の興味のある内容であったため、意欲的に取り込むことができた。
○後ろからたくさんの人たちが見ていてすこし緊張したけれど、楽しい授業だった。
(2)評価と分析
プリントの使用に対する生徒の評価は、おおむね良好であった。もっとも、通常の授業では
この研究授業のようにプリントを使用した授業はあまりないということもその一因であろう。
今までは、プリントを使用しても資料として読んで終わりということも多かった。今回の実践
ではプリントの内容を生徒は具体的に理解してくれたと思う。指名し読ませた生徒はすらすら
と読み、また読解力もあり、読みとることに手間取ることはなかった。教科書や資料以外の教
材には関心を持つようだ。
プリントの内容が具体的で生徒なりの感想を持ちやすいので、さまざまな発問をし、時間内
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にほぼ全員を指名して答えさせた。せいぜい2・3人に発問するだけの通常の授業に比べる
と、生徒にもよい緊張感があり集中できたようだ。指名すると各自がきちんと自分なりの考え
や感想を発表し、指名しない発問にもよく発言した。そのため、テンポよく授業を進めること
ができた。
異文化に対する理解・態度は、生徒の感想を読む限り、全員が意図したとおりには理解して
いない。一部の生徒は、全く異なる考え方に対して「嫌だ」「一生理解できない」と感情的な
感想を抱いたところで止まってしまっている。なかには『暖かいところへ移住すればいい』と
いうような、全くの勘違いをさせてしまった生徒もいた。しかし、多くの生徒は文化の違いの
大きさ、それ故の異文化理解の大切さは理解できたようだ。
相対的に日本文化をとらえる点については、感想に書いたのが数名と少なく、グローバル化
については一人もいなかった。この二点については、目標を達成したとはいえない結果になっ
てしまった。生徒の集合が遅く、授業が5分以上も遅く始まり、かつ研究授業の日は5分短縮
授業での50分授業であったことによる時間不足の影響が、明確に表われてしまった。
特に日本人の考え方の相対性についてはほとんど触れることができなかったこと残念であ
る。この授業では「だから日本はいい」というような文化の優劣ではなく、文化の違いを学習
することが最大の目標である。したがって、日本の文化も普遍的なものではない、ということ
をきちんと指導できなかったことは問題であった。
グローバル化についても、一方的に講義するような形になってしまった。イヌイットやベド
ウィンの文化は、日本の文化とは大きく異なるが、長い間受け継がれてきた大切な固有文化で
ある。そのこととグローバル化を結びつけて考えることができず、表面的な理解に留まってし
まった生徒も多い。
以上のような問題や課題はあるものの、全体としてみると、本研究授業の目標はおおむね達
成できたのではないか。
6
研究のまとめと今後の課題
(1)研究の目的・教材
今回の実践研究は、新しい授業機材の使用であるとか、新しい授業方法を試すといったもの
ではない。むしろ、文章の資料を用い講義するという伝統的な形である。
今回使用したイヌイットとベドウィンの教材は、自分自身がいろいろと考えさせられたもの
であった。そのため、今までも民族や文化の学習、気候と生活の学習などで使用してきた。し
かし、それは興味付け程度の利用であり、深く具体的に使用したものではなかった。今回の取
組は「この教材を中心に異文化理解について1時間の授業を構成する。」「教科書には直接載
っていることの奥を生徒に考えさせる。」この2点を研究する授業であった。生徒がこうした
教材の使用で通常の授業よりは興味関心を持ったことが、異文化をより「深く」理解すること
に繋がったと思われる。
イヌイットとベドウィンの現在の生活は、ずいぶんと変化している。内容面では、この点に
ついての資料や説明が不足していたように思う。
(2)授業方法
授業方法は、もっと工夫できた。研究授業後の反省会でも指摘されたことである。今回の授
‑ 7 ‑
業は、全体の流れとして「資料を読み」、「生徒に感想を求め」、「講義し発問する」という
形ですすめた。しかしグローバル化の意味、現状やその影響などについては、講義する形で説
明した。この点を生徒に考えさせ、生徒の考えを発表させるようにすれば、グローバル化につ
いてより深く理解させることができ、授業の目的もより明確にできたと思う。こちらが用意し
たものを予定通り終わらせることに考えが集中し、結果的には余裕のない授業になってしまっ
た。
(3)授業全体
授業全体では、具体的な事例を並列的な並べた平面的な授業になってしまった。今回は、イ
ヌイットとベドウィンを二つ同じように取り上げたが、どちらかひとつを集中して取り上げ、
もう一つを補足で取り上げるような構成にすれば、もっと奥の深い授業ができたのではないだ
ろうか。
(4)単元の位置づけ
世界の民族・文化のまとめであるとともに、次節の世界の諸地域の導入としても位置づけ
た。並列的に学んできた世界のさまざまな民族や文化の最後に、その意味を考える時間をもう
けたということで、単元の学習がより深まったと思う。研究授業以降の具体的な地域学習の際
にも、文化の差異ということについて簡単に触れるだけでも、生徒はその奥にあるものを考察
しようとする姿勢が見られるようになった。
(5)今後の課題
まずは、このような良質な教材をより多く見つけておくことである。生徒は教科書に書かれ
ていることよりも実際にある具体的な事柄に強く興味を示す。そのような教材の開発、活用が
学習内容を深めることにつながると考える。
つぎに、授業方法を改善することである。教師が結論を講義して教えるのではなく、生徒が
自分の力で結論を導き出させるような授業にしたい。そのためには生徒に多くの資料や事例を
与えるとともにその結果出されるさまざまな考えを、教師が「交通整理」する必要がある。今
回の実践をもとに、このような視点で授業方法全体の検討、改善をしていきたいと思う。
地理は、世界のさまざまな事象を教室にいながら学習していかなければならない。そのため
に、「映像」や「文章」で具体的な事例を生徒に示していく必要がある。こうした具体的事例
を活用した授業により生徒の興味・関心を高め、理解を深めていきたい。
7
参考文献・参考資料一覧
『カナダ=エスキモー』
『アラビア遊牧民』
本多勝一
本多勝一
(朝日文庫)
(朝日文庫)
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