「SSERC通信第12号」(2009年 3月)

SSERC
Special Support Education Research Center
国立大学法人 筑波大学
特別支援教育研究センター
センター長:藤原 義博
〒112-0012 東京都文京区大塚 3-29-1
TEL&FAX:03-3942-6923
http://www.human.tsukuba.ac.jp/sserc/
mail:[email protected]
SSERC 通信
(第12号-2008 年 3 月)
■
巻頭言
「モンゴメリーの笑顔、ボストンの笑顔」
長崎
勤
2 月 11 日に放送された NHK の「その時歴史が動いた」
の「I Have a Dream〜キング牧師のアメリカ市民革命〜」を
ご覧になった方は多かったことでしょう。そこで、有名な
1955 年の米アラバマ州モンゴメリーでのバス・ボイコット
の映像が流されました。白人に席を譲ることを拒否した黒
人女性が逮捕されたことに抗議して、バスをボイコットし
た黒人の女性達が歩道を笑いながら歩いている映像でし
た。この黒人女性の笑顔を見た時、あれ、どこかで見たな
ー、と感じました。それは、昨年 11 月にボストン近郊のホ
テルのフロントで見たある黒人女性の笑顔でした。昨年の
11 月の始め、私は院生達と自閉症児のコミュニケーション
支援プログラムである Dr.Prizant の「SCERTS プログラム」
の 3 日間のセミナーに参加するためにボストン近郊の小さ
な町に滞在していました。11 月 4 日はオバマ氏が米史上初めて黒人として大統領に選ばれた日でした。
その翌朝の 11 月 5 日、私たちのホテルのフロントの黒人の若い女性が、同じくらいの年齢の白人の女
性の従業員に「あなた、投票に行かなかったの?投票は国民の義務よ!」と笑いながら“説教”してい
たのを目撃してしまいました。「あ、あの時の笑顔だ!」と思ったのでした。この 2 つの笑顔は文字
で表すのは難しいのですが、誇らしげで自信に満ちた素敵なものでした。たった 150 年前には奴隷で、
ほんの 50 年前にも同じ水飲み場で水を飲むことが許されなかった人々です。モンゴメリーでのバス・
ボイコット運動をきっかけに 1960 年代に公民権運動が展開され、公民権運動はその後のマイノリティ
ーや障害者の運動へと広がり、1975 年の全障害児教育法へと結実しました。1955 年と 2008 年の2つ
の誇らしげで素敵な笑顔は「ああ、<自尊心>というのはこういうことなのだな」と教えてくれまし
た。そして、50 年余を隔てた 2 人の笑顔を繋いだ糸が織りなすものが<歴史>と呼ばれるものなのだ
ということも教えてくれました。
■
センター主催セミナーのお知らせ
本センター主催のセミナー「特別支援教育の発進(3)」を以下
の通り開催します。第Ⅰ部では、今月、告示された新しい学習指導
要領について、文部科学省の下山直人調査官に改訂のポイントを解
説していただきます。第Ⅱ部では、今年度、連携研究として取り組
んだ教育実践及び研究の経過と成果を報告し、助言者として障害科
学系の川間健之介先生と佐島毅先生をお迎えし、協議・検討を行い
ます。是非ご参加ください。
日時:平成21年3月27日(金) 13:00~16:40
場所:筑波大学東京キャンパス 大塚地区 G501
SSERC
■ 国際協力イニシアチブシンポジウム報告
2 月 22 日(日)に文部科学省委託事業、国際協力イニシ
アチブシンポジウム「世界にはばたけ日本の力-障害児教
育分野における青年海外協力隊派遣現職教員サポート体制
の構築-」を開催しました。シンポジウムでは、藤原義博
センター長より本事業で取り組んだ3年間の実践の成果報
告があり、続いて帰国隊員の長谷川智子先生(マレーシア
・トレンガヌ州教育局配属)と、吉田高徹先生(同社会福
祉局配属)より、現地における隊員活動の実践や帰国後の活動について報告がありました。
本事業の成果でもある「国際協力イニシアチブブログ」による隊員サポートは、これからも本セン
ター事業として継続していきます。各附属校の先生方にはブログサポーターとしてお世話になります
が、今後ともご理解とご協力のほど宜しくお願いいたします。
■ 研究紀要「特別支援教育研究第 3 巻」発行のお知らせ
「筑波大学特別支援教育研究 第3巻」をまもなく皆様のお手元にお届けいたします。連携研究・
助成研究、センター研修生の実践研修報告、各附属学校の先生方からの実践研究、昨年度のセミナー
の講演概要など多岐にわたった内容となっております。以下、目次を掲載いたします。
筑波大学特別支援教育研究第3巻刊行にあたって:藤原 義博
実践研究
聴覚障害の早期発見に伴う保護者の心情に配慮した支援について
-新生児聴覚スクリーニング受検児の保護者に対する面接調査の結果からー
佐藤 操・庄司 和史
高等学校に在籍する肢体不自由のある生徒に対する学習支援
松浦 孝明・城戸 宏則・田丸 秋穂
小学部児童における聴覚条件と発話明瞭度の関係
板橋 安人
連携研究:知的障害特別支援学校における肢体不自由を併せ有する重複障害児への
教育プログラム改善に関する研究
安川 直史・中村 晋・杉田 葉子・若井 広太郎・吉井 勘人・安部 博志
中村 敬子・加藤 裕美子・松原 豊・瀬戸口 裕二
連携研究:視覚障害用アセスメント・教材教具等の肢体不自由児童・生徒への
適用に関する研究(2)-見えにくさのある肢体不自由児に有効な指導法の検討-
田丸 秋穂・城戸 宏則・雷坂 浩之・丹所 忍・星 祐子
実践報告
知的障害特別支援学校における自立活動担当者の学級支援
-不適応行動を示す児童のコンサルテーションを通して-
長岡 里実子・瀬戸口 裕二・藤原 義博
助成研究報告:障害者用自転車の座位保持装置に関する研究
城戸宏則・田丸 秋穂・松原 豊
講演概要
ロマンチックサイエンスと教育
前川 久男
事業報告
平成19年度特別支援教育研究センター事業概要報告
SSERC
■ 現職教員研修
平成 17 年4月にセンターの現職教員研修事業が開始され、今年で足かけ5年目を迎えようとしてい
ます。私は2期目から研修事業担当者として研修に来られた現職の先生方のお手伝いをさせていただ
きました。
これまでに、北は秋田、南は広島という遠方から家族と離れて単身で来られた方、毎日2時間以上
をかけて通って来られた方、特別支援学校の宿泊施設に泊まりこんで実践研究をされた方、半年間で
全国を股にかけて調査研究をされた方など、皆さんの特別支援教育に対する熱意には頭が下がるばか
りです。
専門の障害領域や研修コース(指導法重視型とコーディネーター養成型)が異なっているため、研
修生全員が顔を揃えるのはセンターが独自に実施する週 1 回の講義・演習の時でしたが、それでも時
間があると研修生控え室に集まってお茶を飲みながら情報交換をしたり、それぞれの専門的な領域か
らアドバイスしたりすることでお互いに刺激し合っていました。
毎年、ムードメーカー型、頼れるリーダー型、パワー全開型、実直素朴型など実に個性的なメンバ
ーが揃っていましたが、報告会の前には協力しあって資料作成や報告書の印刷製本をし、夜のノミニ
ケーションも大いに盛り上がるなどチームワークの良さを見せてくれました。
私は主にコーディネーター養成型コースで研修される先生方と、小学校・中学校の通常学級の児童
生徒の支援や保護者支援、教育委員会の研修などを行ってきました。皆さんとてもすばらしいアイデ
アを発揮し、写真にあるような子どものニーズに合った支援グッズを作成してくれました。子どもや
保護者、担任の先生、校長先生など多くの人からも信頼され、今でも学校にお伺いして先生方や保護
者にお会いすると「○○先生お元気ですか?」「△△先生は来られないのですか?」と尋ねられるこ
とも多く、研修生の努力の成果がここに結実しているとうれしく思います。
センターでは研修修了後のアフターフォローとして、研修生 OB の様々なニーズ(できる範囲ですが)
に応えています。一期一会、袖振り合うも多少の縁などと言います。同じ釜の飯を食った仲間同士と
して今後もよろしくお願いします。
(松原 豊)
心理検査の演習風景
視点を定めやすくする観察フレーム
見て覚える繰り上がり算表
継次処理的に絵が描けるカード綴
SSERC
【
現職教員研修 修了生の声『苦言・提言』 】
私は現在、小学校の特別支援学級の担任をしていま
す。近況報告・・・毎日、1年生~6年までの子ども
達15名と、この時期は「クッキーを100袋作るぞ」
をテーマに卒業生へのプレゼント作りの単元まっ最中
です。2005年の春から一年間、筑波大学特別支援
教育研究センター及び附属学校の先生方には、大変お
世話になりました。今思えば「あっという間」の一年
間でした。様々の方々に支えて頂きながら研修生活を
過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいで
す。
特別支援教育では、これまで以上に高い専門性が求められる中、研修中に書き取ったノート数冊が
私の財産となり、何度も付箋を付けて目を通しながら、子ども達の支援に役立てています。附属学校
での研修では、支援部の先生方と衣食住(少し大げさですが)を共にした思いです。先生方の対応は
いつも笑顔。いつもどんなときでも笑顔を絶やさず、相談で来校されている人達が安心できるように
状況を整えていました。相談・支援で一番大切なことを教えていただきました。また、教材研究に加
わり具体的な支援方法について、議論し合えたことで子どもの得意な方略を見つけてあげることの重
要性を学ぶ機会となりました。その成果が「子どもと家族を支える特別支援教育へのナビゲーション」
で発刊され私のバイブル本になっています。
研修後は、中学校特別支援学級の担任そして小学校へ。これで特別支援学校からスタートして小・
中と全ての学年の子ども達と接する場がもてました。福祉や医療機関の方との交流も深まりました。
今後、生涯に渡り一貫した支援体制が構築されるように微力ながら力になっていければと思っていま
す。
最後になりますが、研修中に多くの仲間ができました。毎年夏には年一回の旅行に、忘年会は茗荷
谷集合です。今年の夏は静岡へ
「研修の共は、一生の友」
(平成17年度
修了生
千葉県八千代市立米本南小学校
内野
武弘)
■ 巻末言
特別支援教育研究センターが開設されて 5 年が経過しました。この 5 年は、私自身の歴史ともなり
ました。いち早く特別支援教育体制の課題を見据えて、「研究」「研修」「啓発・発信」を担ってい
こうとした気概に満ちた歴史でした。
そんな中で、ある情景が忘れられません。ドーナツ型の赤い円形チップと青いチップを使って、「こ
れは何色?」を子どもに尋ねていたとき、何回尋ねても答えてくれなかった子どもが、チップをのぞ
き込んでいたのです。とっさに、「いいことあるぞ~」とつぶやいてみました。すると「ミスタード
ーナッツ!」と子どもが答えました。そこからは、チップを重ねてハンバーガーが手元にできあがり、
隣にいた母親の口元に持っていき、「おいしい。」としゃべり出したのです。大人が尋ねていたこと
と違う世界が、子どもの中で大きくふくらんで、豊かにはじけていく瞬間を見るようでした。そこで、
赤と青のチップの間に黄色のチップを挟んでみると、「信号!」「あか、きいろ、あお」、子どもの
口からは次々にことばがほとばしり出てきました。
子どもは、何に意味を見出して、どのような意欲や楽しさに支えられて、大人との世界を理解し、
一緒に過ごそうと思ってくれるのか。教育の原点を教えられたときでした。
6 年目に入る特別支援教育研究センターという子どもが、意欲的で豊かな意思を持った組織として、
さらに大きなチャレンジを続けていくことを願っています。
(瀬戸口 裕二)