<専門職学位論文> 鉄道事業者の新規事業参入 -電子マネービジネスにおける「Suica」と「PiTaPa」の事例研究- 2005 年 8 月 23 日提出 神戸大学大学院経営学研究科 忽那憲治研究室 現代経営学専攻 学籍番号 041B244B 氏 深 名 田 明 夫 <専門職学位論文> 鉄道事業者の新規事業参入 -電子マネービジネスにおける「Suica」と「PiTaPa」の事例研究- 2005 年 8 月 23 日提出 神戸大学大学院経営学研究科 忽那憲治研究室 現代経営学専攻 学籍番号 041B244B 氏 深 名 田 明 夫 論文要旨 鉄道事業者の新規事業参入に関して何を戦略的な資産と位置付けてどのように活用すべ きか。この問題意識に関して、鉄道事業者が電子マネービジネスへ参入した事例として東 日本旅客鉄道株式会社および株式会社スルッと KANSAI を取り上げ、両者の戦略の違いを 明らかにし、「顧客に蓄積される有形資産(ツール)」を活用することが重要であることを 明らかにする。その上で、鉄道事業者の新規事業参入全般についても「顧客に蓄積される 有形資産(ツール)」を活用すべきであるとの一般化仮説を提示する。 目次 第1章 TU イントロダクション(鉄道事業の特性) ......................................................................................1 UT 第1章 第1節 イントロダクション ....................................................................................................1 第1章 第2節 鉄道事業のバリューチェーンとサービス業の特性 ......................................................2 第1章 第3節 本稿の構成 ...................................................................................................................4 TU TU TU 第2章 TU UT UT UT 先行文献レビュー ..........................................................................................................................4 UT 第2章 第1節 はじめに ......................................................................................................................4 第2章 第2節 資源ベース理論 ...........................................................................................................5 第2章 第3節 サービス・マネジメント論 .........................................................................................9 第2章 第4節 鉄道事業者の多角化戦略 ...........................................................................................12 TU TU TU TU UT UT UT UT 第3章 先行研究を踏まえた論点整理 ......................................................................................................14 第4章 事例研究 ......................................................................................................................................17 TU TU UT UT 第4章 第1節 TU UT 第4章 第1節 第1項 電子マネーとはなにか .............................................................................17 第4章 第1節 第2項 ICカードの特徴 ....................................................................................19 TU TU 第4章 第2節 TU UT UT 事例研究:東日本旅客鉄道株式会社 .........................................................................20 UT 第4章 第2節 第1項 「Suica」の導入の経緯 ............................................................................20 第4章 第2節 第2項 「FeliCa」の採用 ....................................................................................23 第4章 第2節 第3項 鉄道乗車券としての「Suica」 .................................................................24 第4章 第2節 第4項 電子マネーとしての「Suica」 .................................................................27 第4章 第2節 第5項 今後の「Suica」の展開について .............................................................31 TU TU TU TU TU 第4章 第3節 TU UT UT UT UT UT 事例研究:株式会社スルッとKANSAI及び阪急電鉄株式会社 ..................................33 UT 第4章 第3節 第1項 スルッとKANSAIとは .............................................................................33 第4章 第3節 第2項 「PiTaPa」の開発 ....................................................................................34 第4章 第3節 第3項 ポストペイ方式の導入と「PiTaPa」の特徴 ............................................36 第4章 第3節 第4項 「PiTaPa」の普及 ....................................................................................39 TU TU TU TU 第4章 第4節 TU 第5章 TU UT UT UT UT 2社の比較 .................................................................................................................42 UT まとめ ..........................................................................................................................................43 第5章 TU UT 第1節 事例研究からのインプリケーション .........................................................................43 UT 第5章 第1節 第1項 電子マネービジネス参入にとっての戦略資産について ...........................43 第5章 第1節 第2項 「Suica」と「PiTaPa」の戦略上の相違点 ...............................................49 TU TU 第5章 TU 電子マネーの定義とICカードの特徴 ......................................................................17 第2節 UT UT 一般化仮説の提起(今後の課題) .............................................................................51 UT 第1章 イントロダクション(鉄道事業の特性) 第1章 第1節 イントロダクション 長 引 く 景 気 低 迷 や 少 子 高 齢 化 が 進 む 中 、鉄 道 事 業 者 が そ の 基 幹 事 業 で あ る 鉄 道 事 業 に の み 依 存 し て 企 業 活 動 を 営 む こ と が 可 能 な 時 代 は 終 焉 を 迎 え つ つ あ る 。鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス の 量 的 な 推 移 に つ い て 輸 送 人 員・輸 送 人 キ ロ( 輸 送 人 員 ×平 均 乗 車 キ ロ ) を 見 る と 、 1990 年 代 前 半 か ら 減 少 傾 向 に あ る こ と が 分 か る 。 こ の 傾 向 は 、 首 都 圏 で は 顕 在 化 す る の が 比 較 的 遅 か っ た が 、関 西 の 私 鉄 で よ り 顕 著 に 見 ら れ る 傾 向 で あ る 。こ の よ う な 実 態 を 踏 ま え る と 、鉄 道 事 業 者 は 新 規 事 業 開 発 を 行 い 、収 入 源 を 鉄 道事業から非鉄道事業へとシフトさせていかなければならないことは明白である。 し た が っ て 鉄 道 事 業 者 に お い て 多 角 的 に 事 業 展 開 を 進 め る こ と は 、経 営 上 極 め て 重 要な要素の一つであり、そこに焦点をあてて、分析することの意義は大きい。 鉄 道 事 業 者 の 多 角 化 戦 略 に つ い て は 、海 外 に お い て は ほ と ん ど 研 究 の 蓄 積 を 見つ け る こ と が で き な い 1 が 、国 内 に お い て は 、大 手 私 鉄 を 対 象 と し た い く つ か の 研 究 F P P F の 蓄 積 が あ る 。後 の 章 に お い て 、こ れ ま で 研 究 さ れ て き た 内 容 に つ い て 概 観 す る が 、 そ の 内 容 を 先 取 り し 概 括 的 に 述 べ る と す れ ば 、従 来 の 鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 開 発 は 、 駅 周 辺 の 不 動 産 開 発 を 中 心 と し た 事 業 展 開 で あ っ た と い え る 。し か し な が ら 冒 頭 に 述 べ た よ う に 景 気 低 迷 が 続 く 中 で 、平 成 13 年 か ら 14 年 に か け て 、鉄 道 沿 線 並 び に 駅 周 辺 の 地 価 が 大 き く 下 落 し 、そ の 結 果 一 部 の 大 手 私 鉄 に お い て は 、こ れ ま で 鉄 道 事業についで収益の柱とみなされていた不動産事業が逆に財務体質を大きく毀損 さ せ る 要 因 と も な っ て お り 、必 ず し も 駅 及 び 駅 周 辺 の 有 形 資 産 が 、私 鉄 経 営 の 戦 略 資 産 と し て 絶 対 的 な 価 値 を も つ と 言 い 難 く な っ て い る 。こ の よ う に 、鉄 道 沿 線 の 有 形 資 産 は も は や 戦 略 的 資 産 と し て 位 置 付 け る こ と が で き な く な り 、ま た デ モ グ ラ フ ィ ッ ク な 要 因 を み て も 、鉄 道 事 業 の 不 振 は 長 期 に わ た っ て 継 続 す る も の と 考 え ざ る を得ない。 鉄 道 事 業 者 に と っ て 悲 観 的 な 状 況 が 想 定 さ れ る 中 で 、現 在 鉄 道 事 業 者 が 取 り 組ん で い る 事 業 、並 び に 今 後 取 り 組 む べ き 事 業 は 、何 を 戦 略 的 資 産 と 位 置 づ け 、そ の 戦 略 的 資 産 を ど の よ う に 活 用 し た 事 業 展 開 で あ る べ き か 。本 稿 で は 、そ の 一 例 と し て 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 事 例 を 取 り 上 げ 、こ れ ら の 課 題 に つ い て 明 ら か に す る 。 取 り 扱 う 事 例 は 、東 日 本 旅 客 鉄 道 株 式 会 社( 以 下 JR 東 日 本 )の「 Suica」と 株 式 会 社 ス ル ッ と KANSAI の「 PiTaPa」で あ る 。鉄 道 事 業 者 の 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 は 、こ れ ま で の 典 型 と さ れ て き た 駅 周 辺 不 動 産 開 発 と は 異 な る 領 域 で の 事 業 展 開 1 P P 正 司 [2001]に よ る と 、高 機 能 な 駅 、鉄 道 企 業 自 ら が ビ ジ ネ ス の 場 と し て 拡 張 し た 駅 空 間 と い う概念は、わが国独特のものであり、このことが海外において鉄道事業の多角化戦略が取り上 げられていない理由の一つであるとしている。 1 で あ り 、ま た ケ ー ス の 中 で も 詳 し く 述 べ る が 、同 じ 鉄 道 事 業 者 が 同 じ 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ 参 入 し て い る に も か か わ ら ず 、そ の 手 法・プ ロ セ ス は 大 き く 異 な る 。こ の 点を特に注目していくこととする。 第1章 第2節 図表1 鉄道事業のバリューチェーンとサービス業の特性 鉄道事業のバリューチェーン ⑤ダイヤの作成=輸送サービスの設計 (コンセプトから具体的な提供商品へ) ⑥価格の設定、狭義の「商品」設定 ⑦きっぷ等のデリバリー(仕組み構築) 人事・財務等支援的機能 ⑩輸送サービスの提供と消費( 価値創造・ 価値消費) ④運転士・車掌・指令員など運行に 直接必要な人的資源の開発 ⑨対価の収受ときっぷの発行 ③車両の開発・製造・メンテナンス ⑧サービス内容の提示 ①輸送サービスのコンセプト設計 ②線路・駅など地上設備の建設・メンテナンス (出所)筆者作成。 鉄 道 事 業 者 の 多 角 化 戦 略 を 考 え る 場 合 に は 、鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス を 提 供 す る 上 でど の よ う な 資 源 が 使 わ れ て い る か を 確 認 し 、そ れ ら が 他 の 事 業 で 利 用 可 能 で あ る か ど う か を 明 ら か に し な け れ ば な ら な い 。図 表 1 で は 鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス の バ リ ュ ー チ ェ ーンを示しているが、これにより鉄道輸送サービスを提供するのに必要な「機能」 としてどのようなものがあるか、確認することができる。 ① で 挙 げ る 輸 送 サ ー ビ ス の コ ン セ プ ト 設 計 と は 、速 達 性 を 重 視 す る 、列 車 本 数 を 重 視 す る 、乗 り 心 地 を 重 視 す る 、あ る い は 可 能 な 限 り ロ ー コ ス ト 運 営 に 徹 す る 、な ど 輸 送 サ ー ビ ス を 提 供 す る た め の 基 本 的 な 考 え 方 を 決 め る プ ロ セ ス で あ る 。こ の コ ン セ プ ト に 基 づ き 、線 路・駅 お よ び そ れ ら に 付 帯 す る 地 上 設 備 を 建 設 し( ② の プ ロ セ ス )、車 両 を 開 発 す る( ③ の プ ロ セ ス )。ま た 列 車 の 運 転 に 必 要 不 可 欠 な 、運 転 士 や 車 掌 な ど の 運 転 要 員 を 養 成 す る こ と も 必 要 で あ る ( ④ の プ ロ セ ス )。 バ リ ュ ー チ ェ ー ン の 中 で 最 も 中 心 的 な 位 置 付 け と な る の が 、ダ イ ヤ の 設 定( ⑤ の プ ロ セ ス )で あ る 。新 し い 路 線 を 開 通 し な い 限 り は 、過 去 に 設 定 し た ダ イ ヤ を 修 正 す る 、い わ ゆ る ダ イ ヤ 改 正 が 主 た る 作 業 内 容 と な る が 、ダ イ ヤ は 鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス の 設 計 図 と も 呼 べ る も の で あ り 、⑤ の プ ロ セ ス は 製 造 業 で い う 商 品 開 発 工 程 に 相 当 す る も の と 言 2 え る だ ろ う 。⑥ に 挙 げ る プ ロ セ ス は 、輸 送 サ ー ビ ス の 対 価 を 設 定 す る プ ロ セ ス で あ る 。鉄 道 利 用 者 が 輸 送 サ ー ビ ス の 提 供 を 受 け る 場 合 、通 常 乗 車 券 を 購 入 す る こ と に な る が 、そ の 乗 車 券 に は 普 通 乗 車 券 や 定 期 券・回 数 券 な ど 多 種 多 様 な も の が あ る し 、 特 別 企 画 乗 車 券 な ど 旅 行 業 商 品 に 近 い 性 質 の も の も あ る 。ま た 学 生 割 引 や 株 主 優 待 割 引 な ど を は じ め と す る 割 引 制 度 も 多 数 存 在 す る 。ど の よ う な 乗 車 券 を 設 定 し 、ど の よ う な 利 用 者 に 訴 求 す る の か 、あ る い は ど の よ う な 割 引 制 度 を 導 入 す る か と い う 検 討 そ の も の は 、プ ラ イ シ ン グ の プ ロ セ ス で あ る 。ま た ⑦ の プ ロ セ ス は 輸 送 サ ー ビ ス の 提 供 を 受 け る た め に 必 要 と な る き っ ぷ 、あ る い は き っ ぷ に 相 当 す る 証 票 を ど の よ う に 利 用 者 に 届 け る か と い う こ と を 検 討 す る プ ロ セ ス で あ る 。航 空 会 社 な ど で は チ ケ ッ ト レ ス サ ー ビ ス も 定 着 し つ つ あ る が 、こ の よ う に デ リ バ リ ー の プ ロ セ ス 自 体 をなくそうという考え方を作り出すのもこのプロセスのひとつである。 ⑧ の プ ロ セ ス で は 、⑦ ま で の プ ロ セ ス で 鉄 道 事 業 者 が 決 め て き た こ と を 利 用 者に 対 し て 告 知 す る プ ロ セ ス で あ る 。例 え ば ど こ に 線 路 が 敷 設 さ れ て い る の か 、駅 は ど こ に あ る の か 、ど の 線 路 に ど ん な 列 車 が 走 っ て い る の か 、運 賃・料 金 は い く ら か か る の か 、列 車 は 何 時 に あ る の か 、と い っ た 内 容 が 含 ま れ る 。ま た 、列 車 は ダ イ ヤ で き め ら れ た 時 刻 ど お り に 走 行 し て い る と は 限 ら な い 。遅 れ の 情 報 等 に つ い て 利 用 者 に 伝 え る こ と も 、こ の ⑧ の プ ロ セ ス の ひ と つ で あ る 。⑨ の プ ロ セ ス は ⑧ で 示 さ れ た サ ー ビ ス 内 容 を 踏 ま え て 、利 用 者 が 利 用 す る か ど う か の 判 断 を 行 い 、利 用 す る と 判 断 し た 際 の 購 入 プ ロ セ ス で あ る 。き っ ぷ は 輸 送 サ ー ビ ス の 提 供 を 受 け る た め の 証 票 と な る も の で あ り 、き っ ぷ を 入 手 す る こ と で 、最 終 的 な ⑩ 輸 送 サ ー ビ ス の 提 供 / 消 費へつながっていく。 このように鉄道輸送サービスをバリューチェーンという形で分解することで一 つ の 特 徴 的 な 姿 が 浮 か び 上 が る 。つ ま り 、鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス は 、複 数 の 機 能 が 直 列 的 に 結 び つ く の で は な く 、並 列 的 に 開 発 さ れ た の ち 、最 後 の サ ー ビ ス 内 容 を 告 知 し 提 供 す る フ ェ ー ズ に お い て 、一 気 に 統 合 さ れ る と い う 点 で あ る 。本 稿 は 鉄 道 事 業 者 の 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 を ケ ー ス と し て 取 り 上 げ る が 、そ の 他 の 新 規 事 業 に 注 目 す る 場 合 も 、バ リ ュ ー チ ェ ー ン の 各 プ ロ セ ス で ど の よ う な 資 源 が 使 わ れ た り 生 み 出 さ れ た り し て い る か 、ま た そ れ ら の 資 源 は 新 規 事 業 開 発 を お こ な う 上 で 利 用 可 能 か ど う か を 検 討 す る こ と は 重 要 で あ り 、そ の 意 味 で も バ リ ュ ー チ ェ ー ン を 確 認 す ることの意義は大きい。 鉄 道 事 業 は 、よ り 広 い 概 念 で 言 え ば サ ー ビ ス 業 の な か の 一 業 種 で あ る 。し た が っ て 、多 角 化 戦 略 や 新 規 事 業 参 入 に つ い て 議 論 す る 際 に は 、サ ー ビ ス 業 の 特 性 に つ い て 十 分 理 解 し て お く 必 要 が あ る 。鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス は 、先 に 示 し た バ リ ュ ー チ ェ ー ン か ら も わ か る と お り 、多 く の 機 能 が 複 雑 に 組 み 合 わ さ っ て 提 供 さ れ る サ ー ビ ス で あ る 。機 能 の 多 様 性・複 雑 性 が ゆ え に 、中 小 私 鉄 と 呼 ば れ る 企 業 で さ え も 、組 織 ・ 3 機 能 が 分 化 し た 大 企 業 と し て の 特 性 を も っ て お り 、大 企 業 を 分 析 対 象 と す る 戦 略 論 で示される知見やノウハウを用いて、鉄道事業者の多角化戦略を検証することは、 意 義 あ る こ と と 考 え る 。し か し な が ら 戦 略 論 で 展 開 さ れ る 理 論 は 製 造 業 に お い て 十 分 に 確 立 さ れ た も の で あ っ た と し て も 、サ ー ビ ス 業 に そ の ま ま あ て は め る こ と が 困 難 な ケ ー ス も 多 い 2 。次 章 に お い て は 以 上 の 点 を 踏 ま え 、サ ー ビ ス 業 の 特 性 に 関 す F P P F る 先 行 研 究 の レ ビ ュ ー を お こ な い 、サ ー ビ ス 業 で あ る 鉄 道 事 業 者 と い う 側 面 を 特 に 注目して取り上げる。この点が本稿の特徴のひとつであるといえる。 第1章 第3節 本稿の構成 第 1 章 で は 、鉄 道 事 業 者 の お か れ て い る 状 況 に つ い て 述 べ て き た 。鉄 道 事 業 の 将 来 展 望 、過 去 の 多 角 化 戦 略 の 概 観 に 加 え 、鉄 道 事 業 の バ リ ュ ー チ ェ ー ン あ る い は よ り広い観点から、サービス産業としての特性についてごく簡単に言及した。第 2 章 で は ま ず 鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 参 入 に つ い て 研 究 を 進 め る に あ た っ て 、確 認 し て おくべき先行文献のレビューを行う。レビューする先行研究の領域としては主に、 資 源 ベ ー ス 理 論 に 関 す る も の 、サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト に 関 す る も の 、そ し て 鉄 道 事 業 の 多 角 化 戦 略 に 関 す る も の で あ る 。第 3 章 に お い て は 、本 稿 で 扱 う テ ー マ に 沿 っ て リ サ ー チ ク エ ス チ ョ ン を 提 起 す る 。第 4 章 で は 、ま ず 電 子 マ ネ ー に 関 す る 先 行 研 究 に つ い て 取 り 上 げ 、 本 稿 で 言 う 「 電 子 マ ネ ー 」 の 定 義 づ け と 、 IC カ ー ド の 特 徴 に つ い て 言 及 す る 。 そ の 後 JR 東 日 本 の 事 例 及 び 株 式 会 社 ス ル ッ と KANSAI( 阪 急 電 鉄 )の 事 例 を ケ ー ス に よ り 紹 介 し 、両 社 の 共 通 点・相 違 点 な ど を ま と め 、鉄 道 事業者が電子マネービジネスへ参入する際の戦略ならびに活用した資産について 整 理 す る 。そ し て 最 終 章 で は 、第 3 章 で 提 起 し た リ サ ー チ ク エ ス チ ョ ン が 支 持 さ れ る こ と を 述 べ 、最 後 に よ り 一 般 化 し た 仮 説 が 成 り 立 つ か ど う か 言 及 し 、今 後 に 残 さ れた課題として提示する。 第2章 先行文献レビュー 第2章 第1節 はじめに 鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 開 発 や 多 角 化 戦 略 に 関 す る 研 究 に つ い て は 、そ れ 自 体 が ひ と つ の 研 究 分 野 と し て み る こ と が 可 能 で あ り 、本 稿 も 基 本 的 に は そ の 分 野 に お け る 研 究 の ひ と つ と い う 位 置 づ け で あ る 。ま た よ り 大 き な 視 点 で 見 れ ば 、経 営 戦 略 論 ・ 多 角 化 戦 略 論 の 一 部 を 形 成 す る も の と 捉 え る こ と も で き る 。 例 え ば 正 司 [2001]は 「 私 鉄 企 業 に お け る 多 角 化 戦 略 も 、1 民 間 企 業 が 行 な っ て い る 事 業 展 開 と い う 意 味 で は 、 通 常 の 企 業 の ケ ー ス と な ん ら 変 わ ら な い は ず で あ る 」 と し 、「 多 角 的 事 業 展 2 P P Looy et al.[2003]の 訳 書 序 文 を 参 考 と し た 。 4 開 の 事 由 と し て は 、ヒ ト 、モ ノ 、カ ネ 、情 報( 市 場 情 報 、の れ ん・鉄 道 会 社 と し て の 信 頼 性 等 を 含 む )と い っ た 経 営 資 源 の 有 効 活 用 、な い し は シ ナ ジ ー 効 果 な ど が 指 摘 さ れ て い る 」 と 述 べ 、 そ の 点 を 示 唆 し て い る 。 ま た 、「 鉄 道 企 業 の 場 合 、 本 業 で 提 供 し て い る も の が 輸 送 サ ー ビ ス と い っ た 無 形 の 用 役 で あ る こ と 、公 共 性 の 名 の 下 に 規 制 下 に あ る こ と は 、特 に 製 造 業 と は 違 っ た 側 面 で あ る 」と 述 べ 、鉄 道 事 業 の 新 規 事 業 参 入 や 多 角 化 戦 略 に 関 す る 研 究 が 、サ ー ビ ス 事 業 者 で あ る こ と に 起 因 す る 一 定の特殊性を持つことも指摘している。 こ れ ら の 指 摘 を 考 慮 す れ ば「 鉄 道 事 業 者 の 多 角 化 戦 略 」と い う 小 さ な 領 域 に 絞 り 込 ん だ 視 点 だ け で は な く 、資 源 ベ ー ス 理 論 に 基 づ く 経 営 戦 略 論 の 視 点 、そ し て サ ー ビス・マネジメント論の視点から先行研究をレビューする意義が大きいと考える。 後 の 節 に お い て は 、そ れ ぞ れ の 分 野 に つ い て よ り 詳 細 な レ ビ ュ ー を お こ な う が 、概 略 を 先 に 述 べ る と す る な ら ば 、資 源 ベ ー ス 理 論 に お い て は「 企 業 に 蓄 積 さ れ た 有 形 の 資 産 」を 主 た る リ ソ ー ス と し て と ら え る と こ ろ か ら 発 展 し 、最 近 で は 、ブ ラ ン ド 、 ロ イ ヤ リ テ ィ 、リ レ ー シ ョ ン シ ッ プ と い っ た 無 形 の 資 産 も 注 目 し つ つ あ る こ と を 指 摘 す る 。サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト 関 連 で は 、そ も そ も サ ー ビ ス と は 何 か 確 認 す る こ と か ら ス タ ー ト す る 。経 営 戦 略 論 の 大 き な 流 れ が 基 本 的 に は 製 造 業 を モ デ ル と し て い る 点 に つ い て 先 ほ ど 触 れ た が 、ど こ に 注 目 す れ ば 製 造 業 と 異 な る 視 点 か ら 多 角 化 戦 略 を 論 じ る こ と が で き る の か 、そ の 切 り 口 は ど こ に あ る の か を 明 ら か に す る こ と を 主 眼 に 先 行 研 究 を レ ビ ュ ー す る 。そ し て 資 源 ベ ー ス 理 論 、サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト の 論 点 に「 鉄 道 事 業 者 の 多 角 化 戦 略 」に 特 化 し た 論 点 を 加 え 、本 稿 の ベ ー ス と な るべき論点・概念を提示する。 第2章 第2節 資源ベース理論 鉄 道 事 業 は 複 雑 な 生 産 用 役 の 組 み 合 わ せ で 成 り 立 つ 事 業 で あ り 、大 企 業 的 な 特徴 を 持 っ て い る 。新 規 事 業 開 発 、あ る い は イ ノ ベ ー シ ョ ン の 担 い 手 は 主 と し て 中 小 企 業 で あ る と い う 議 論 3 が 多 い 一 方 で 、企 業 戦 略 論 の 立 場 か ら す れ ば 、シ ナ ジ ー を 生 F P P F み 出 す 戦 略 的 資 産 は 大 企 業 に 蓄 積 さ れ て い る と い う 主 張 も 成 り 立 つ 。大 企 業 で の 新 し い 事 業 創 造 に 向 け た モ チ ベ ー シ ョ ン に つ い て は 、新 規 事 業 が も た ら す 収 益 が 既 存 事業の事業規模と比較して一定の基準を超えることが困難であるという事情など か ら 、否 定 的 な 評 価 と な ら ざ る を 得 な い が 、資 金 や 人 的 資 源 も 豊 富 で あ る 大 企 業 の ほ う が 、新 し い 事 業 を 創 造 す る ポ テ ン シ ャ ル が 高 い と い う 主 張 も あ な が ち 間 違 っ て はいないはずである。 このような主張をするためのベースとなる企業戦略論は二つの大きな流れを形 3 P P 忽 那 他 [1999]を 参 考 と し た 。 5 成 し 、 発 展 し て き た 4 。 そ の 一 つ が Porterに 代 表 さ れ る 企 業 外 部 の 市 場 ・ 環 境 分 析 F P P F に 依 拠 し た ポ ジ シ ョ ニ ン グ・ア プ ロ ー チ で あ り 、も う 一 つ が そ の ア ン チ テ ー ゼ と し て 出 現 し て き た 企 業 内 部 の 資 源・能 力 分 析 に 依 拠 し た 資 源・能 力 ア プ ロ ー チ 、資 源 ベ ー ス 理 論 と い う こ と に な る 。こ の ア プ ロ ー チ で は 、企 業 内 部 の 独 自 の 資 源 や 希 少 な 能 力 に 好 業 績 の 源 泉 が 求 め ら れ 、競 合 他 社 か ら 見 て 模 倣 困 難 な 経 営 資 源・能 力 を 保 有 す る こ と の 重 要 性 が 強 調 さ れ る 。鉄 道 事 業 者 が 新 規 事 業 参 入 を 行 な う 上 で ど の よ う な 戦 略 的 資 産 を 活 用 す べ き か 、と い う 本 稿 の テ ー マ に 従 っ て 、主 と し て 後 者 の 資 源 ベ ー ス 理 論 の 研 究 蓄 積 に つ い て 概 観 す る が 、ポ ジ シ ョ ニ ン グ・ア プ ロ ー チ の 立 場 を と る Porterの 主 張 に つ い て も 参 考 と な る 点 を 確 認 し て お く 。 Porter[1987]は ① ポ ー ト フ ォ リ オ ・ マ ネ ジ メ ン ト 、 ② リ ス ト ラ ク チ ャ リ ン グ 、 ③ ス キ ル の 移 転 、④ 活 動 の 共 有 、の 4 つ の タ イ プ の 全 社 戦 略 を 提 唱 し た 。本 社 機 能 が 各 事 業 に 対 し て ど の 程 度 関 与 す べ き か と い う 視 点 か ら 、そ の 関 与 の 程 度 に よ る タ イ プ 分 け が 主 た る テ ー マ で あ っ た が 、③ 及 び ④ に 関 し て は「 本 社 機 能 」の 中 で も 多 角 化 戦 略 に 関 す る 機 能 で あ る と 考 え て よ い 。例 え ば ③ に 関 し て は 、消 費 者 マ ー ケ テ ィ ングの特別なノウハウ、ケイパビリティを複数の事業単位に横断的に広める際の 「 本 社 機 能 」 の 必 要 性 を 述 べ て い る し 、 ④ に 関 し て は R&D、 流 通 チ ャ ネ ル 、 部 品 製造設備のような重要な機能を、複数の事業単位間で共有するという「本社機能」 の 必 要 性 に つ い て 述 べ て い る 。③ は 移 転 さ れ た 事 業 に お け る 競 争 ポ ジ シ ョ ン が 向 上 す る 点 に お い て 意 義 が あ り 、④ は 共 有 に よ っ て 生 ま れ る 規 模 の 経 済 性 が 各 事 業 単 位 の 競 争 優 位 に 寄 与 す る 点 に お い て 意 義 が あ る と し て い る 。ポ ジ シ ョ ニ ン グ・ア プ ロ ー チ の 立 場 を と る Porter で は あ る が 、多 角 化 戦 略 の 源 泉 と な る 資 源 に つ い て 言 及 し て い る 点 で は 、他 の 資 源 ベ ー ス 理 論 の 議 論 と 同 様 参 照 す る 価 値 が 大 き い と 言 え る だ ろう。 Collis and Montgomery[1998]は 企 業 戦 略 の フ レ ー ム ワ ー ク を ① 資 源( セ ッ ト )、② 事 業 群 、③ 組 織 構 造・シ ス テ ム・プ ロ セ ス 、④ ビ ジ ョ ン 、⑤ 目 的 と 目 標 の 5 つ の 要 素 か ら 成 り 立 つ と し 、そ の 上 で 、① に つ い て は「 事 業 単 位 レ ベ ル に お け る 競 争 優 位 を 決 定 す る 耐 久 資 本 財 の よ う な も の 」と 述 べ て い る 。① と ③ を 別 の 概 念 で ま と め て い る 点 を 考 慮 す る と 、① の 概 念 は 主 と し て「 耐 久 資 本 財 」や「 技 術 」を 指 し 、③ の 「 見 え ざ る 資 産 」と は 別 の 概 念 と し て 捉 え て い る と 考 え ら れ る 。さ ら に「 資 源( = ① )は 単 一 事 業 内 及 び 事 業 間 で 価 値 を 創 造 す る た め の 究 極 の 源 泉 」と し 、価 値 創 造 の 究 極 的 な 源 泉 は「 耐 久 資 本 財 」で あ る と 、資 源 の 捉 え 方 が か な り 限 定 的 で あ る 点 が特徴的である。 Penrose[1980]は 企 業 を「 統 合 的 な 管 理 機 構 の 下 に 制 御 さ れ る 資 源 の 集 合 体 」と し 4 P P 伊 丹 ・ 軽 部 [2004]を 参 考 と し た 。 6 て 位 置 づ け 、「 継 続 的 に 蓄 積 さ れ る 未 利 用 な ( あ る と き に は 未 知 で も あ る ) 生 産 用 役 が 事 業 活 動 を 通 じ て 顕 在 化 す る プ ロ セ ス 」と し て 企 業 成 長 を 捉 え て い る 。そ の 上 で「 未 利 用 な 生 産 用 役 の 存 在 こ そ が 、企 業 成 長 や 多 角 化 、さ ら に は イ ノ ベ ー シ ョ ン の 源 泉 と な る 」と 主 張 し て お り 、日 々 遂 行 さ れ る 事 業 活 動 に よ っ て は 生 産 用 役 の す べ て は 完 全 に は 使 い 尽 く さ れ な い と い う 意 味 で 、未 利 用 な 形 で 不 可 避 的 に 企 業 内 部 に 蓄 積 さ れ る も の と し て と ら え て い る 5 。こ の 主 張 は 、企 業 に 蓄 積 さ れ る 資 源 を 有 F P P F 効 に 活 用 す る 方 法 論 に 注 目 し て い る 点 で 特 徴 的 で あ る 。有 形 の 資 源 そ の も の よ り も 、 そ の 資 産 を 活 用 す る ノ ウ ハ ウ に 注 目 し て い る と い う 点 で 、 む し ろ 無 形 の 資 産 、「 見 えざる資産」の重要性を主張したものであると言えよう。 資 源 ベ ー ス 理 論 を 体 系 的 に ま と め た 人 物 と し て は 、Barney[2001]が 知 ら れ る 。彼 は「 持 続 的 競 争 優 位 を 左 右 す る 要 因 は 、所 属 す る 業 界 の 特 質 で は な く 、そ の 企 業 が 業 界 に 提 供 す る ケ イ パ ビ リ テ ィ ( 能 力 ) で あ る 」 と 捉 え 、 Porter[1987]の 主 張 と は 大 き く 異 な る 。「 稀 少 か つ 模 倣 に コ ス ト の か か る ケ イ パ ビ リ テ ィ は 、 他 の タ イ プ の 資 源 よ り も 、持 続 的 競 争 優 位 を も た ら す 要 因 と な る 可 能 性 が 高 い 」と 主 張 し 、さ ら に「 企 業 戦 略 の 一 環 と し て こ の 種 の ケ イ パ ビ リ テ ィ の 開 発 を め ざ し 、そ の た め の 組 織が適切に編成されている企業は、持続的競争優位を達成できる」と述べている。 ま た「 ケ イ パ ビ リ テ ィ は 模 倣 に コ ス ト が か か る と い う 特 徴 が あ り 、そ の 企 業 独 自 の 歴 史 、サ プ ラ イ ヤ ー・顧 客・従 業 員 と の 間 に 築 か れ た 関 係 性 を 反 映 し て い る こ と が 多 い 」と も 述 べ て お り 、Penrose [1980]と 同 様 、 「 見 え ざ る 資 産 」に も 注 目 し て い る 。 た だ し 、 Penrose [1980]が 「 企 業 内 に 蓄 積 さ れ る 他 の 有 形 資 産 を 活 用 す る た め の ノ ウ ハ ウ と い う 無 形 の 資 産 」 に 注 目 し て い る の に 対 し 、 Barney[2001]は 、 関 係 性 と い っ た 企 業 外 部 に 蓄 積 さ れ る 「 見 え ざ る 資 産 」 も 、「 模 倣 困 難 な ケ イ パ ビ リ テ ィ 」 に 含めている点が特徴的である。また「 顧客ロイヤルティは多くの企業にとって、 持 続 的 競 争 優 位 を も た ら す 決 定 的 要 素 」と 述 べ 、よ り 直 接 的 に 企 業 外 部 に 蓄 積 さ れ る「見えざる資産」の重要性を指摘している。 「 見 え ざ る 資 産 」に 注 目 し た 研 究 者 と し て は 伊 丹・軽 部 [2004]を 挙 げ る こ と が で き る 。資 源 ベ ー ス 理 論 の 意 義 と し て 、同 一 環 境 に 直 面 し つ つ も パ フ ォ ー マ ン ス が 異 な る 理 由 を 、企 業 内 部 の 資 源 蓄 積 や 能 力 の 違 い に 求 め る こ と が 可 能 と な っ た と い う 点 を 評 価 し た 上 で 、「 何 ら か の 資 源 を 保 有 す る こ と が 、 自 動 的 に 企 業 の 競 争 優 位 や 成 長 の 源 泉 と な る こ と は 無 い 」「 資 源 に 内 在 す る 潜 在 的 な 生 産 用 役 を 引 き 出 し 顕 在 化させるためには、資源投入を通じた実験的な行為や活動が必要となる」として、 5 P P この趣旨に従えば、資金力・ノウハウ・あるいは取引先や顧客との関係性といった資産を 多く持つと考えられる大企業の方が、中小企業よりも、イノベーションの担い手となり得ると の主張は可能であろうし、鉄道事業者もその要件を満たすといえる。 7 保 有 す る 資 源 そ の も の よ り も 、そ れ を 引 き 出 す た め の 仕 組 み・仕 事 の 進 め 方 と い っ た 、「 見 え ざ る 資 産 」 が 重 要 で あ る と 述 べ て い る 。 さ ら に 「 こ れ ま で の 経 営 資 源 蓄 積 に 関 す る 研 究 で は 、『 経 営 資 源 』 を 生 産 活 動 へ の 投 入 物 と し て の 資 源 と い う よ り も、明示的暗示的に他企業と差別化し競争力をもたらす『企業特殊的な経営資源』 を 分 析 対 象 に し が ち で あ り 、そ の た め 企 業 内 蓄 積 を 前 提 と し た 議 論 を 行 な っ て き た の で は な い か 」 と 、 従 来 の 論 点 を 批 判 的 に 概 括 し て い る 。 そ の 上 で 、「 企 業 と 顧 客 と の 関 係 性 な ど 企 業 外 部 に 蓄 積 さ れ る 「 見 え ざ る 資 産 」 だ け で な く 、「 企 業 の 外 の 市 場 に 企 業 に と っ て 有 用 な 資 源 蓄 積 が あ る 」と し て 、消 費 者 同 士 で 交 わ さ れ る 情 報 等も企業にとっての見えざる資産として捉えようとしている点が特徴的である。 こ れ ま で 述 べ て き た こ と を 総 括 す る と 、従 来 の 資 源 ベ ー ス 理 論 の 論 点 は 、企 業 内 部に蓄積される有形の資産を中心に競争優位の源泉として捉えるところから発展 し て き て お り 、後 に 企 業 と 顧 客 と の 関 係 性 、顧 客 同 士 が 形 成 す る コ ミ ュ ニ テ ィ も 含 めて、競争優位の源泉として捉えるようになってきた。 図表 2 では鉄道事業者を念頭において新規事業参入に活用が可能と思われる資 産 を 、企 業 内 部 に 蓄 積 さ れ て い る の か 、外 部 に 蓄 積 さ れ て い る か と い う 軸 で マ ッ ピ ン グ し て い る 。こ れ ま で の 論 点 を ま と め る と 資 源 ベ ー ス 理 論 で 扱 う 戦 略 資 産 の 概 念 は 、矢 印 の 右 側 つ ま り「 企 業 が 保 有 す る 資 産 」か ら 出 発 し 、次 第 に 左 側 の 概 念「 顧 客 が 保 有 す る 資 産 」を 議 論 の 範 囲 に 取 り 込 む よ う な 形 で 発 展 し て き た と い え る 。そ の 間 に 、有 形 資 産 か ら 無 形 資 産 へ と 概 念 の 広 が り を み せ た こ と も 注 目 す る 必 要 が あ り 、 多 く の 先 行 研 究 で は 、 む し ろ 「 無 形 の 資 産 」「 見 え ざ る 資 産 」 が 模 倣 困 難 性 の 程 度 が 高 く 、資 源 ベ ー ス 理 論 の 観 点 か ら よ り 重 要 で あ る と の 議 論 が な さ れ て き て い る と い え る 。逆 説 的 に 言 え ば 、顧 客 が 保 有 す る 資 産 の う ち 、有 形 の 資 産 を 新 規 事 業 参 入 の た め の 競 争 優 位 の 源 泉 と し て 扱 っ た 事 例 は 見 当 た ら ず 、鉄 道 事 業 者 の 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 に つ い て 、こ の 点 に 注 目 す る こ と で 何 ら か の 示 唆 が 得 ら れ る とするならば、非常に興味深いといえるだろう。 8 図表2 戦略資産の概念的広がり 企業戦略論(資源ベース理論を中心に)からの導出 企業が保有する資産 駅ビル 駅周辺不動産 組織風土 仕事の仕組み・ 仕事の進め方 ブランドイメージ コミュニティ 顧客ロイヤリティ 情報端末( インターネット) 会員証・ ポイントカード IC乗車券( 定期券・ SFカード) 顧客が保有する資産 情報 戦略資産の 概念的な広がり (出所)筆者作成。 第2章 第3節 サービス・マネジメント論 経 済 学 の 始 祖 と も 言 わ れ る Smith[1776]は 「 生 産 的 な 労 働 と は 、 有 形 財 も し く は 売 買 可 能 な 物 に 付 随 し 、 そ れ ら を 生 み 出 す た め に 行 な わ れ る も の で あ り ・・・非 生 産 的 な 労 働 と は 、達 成 と 同 時 に そ の 成 果 が 消 滅 す る も の を 言 う 」と 述 べ 、サ ー ビ ス に 関 し て 経 済 的 な 価 値 が な い と 示 唆 し て い る 。 ま た Marshall[1920]も 「 生 産 と 同 時 に 消 え て な く な る サ ー ビ ス や そ の 他 の 財 は 、当 然 な が ら 財 産 と は い え な い 」と し て お り 、サ ー ビ ス 産 業・サ ー ビ ス 業 は ご く 最 近 ま で 経 済 的 価 値 が 認 め ら れ て こ な か っ た こ と が 伺 え る 。し か し そ の 一 方 で 世 界 経 済 に お け る サ ー ビ ス 産 業 の 役 割 は 高 ま り つ つ あ り 、ま た 製 造 業 で あ っ て も 、単 に 製 品 を 製 造 す る こ と だ け を 事 業 活 動 領 域 と し て い る ケ ー ス は 少 な い 。こ の よ う な 歴 史 的 な 背 景 お よ び 企 業 実 態 を 踏 ま え つ つ 、サ ービスとはなにか、サービス産業の特性はなにかを明らかにする。 サ ー ビ ス の 定 義 に つ い て 幾 つ か の 文 献 で 見 る こ と が で き る 。 例 え ば 、 Quinn and Gagnon[1986]は 、「 サ ー ビ ス と は 、 主 た る 成 果 と し て 製 品 も 物 も 生 ま な い す べ て の 経 済 活 動 を 指 す 」と し 、製 造 業 の 対 比 の 中 で サ ー ビ ス 業 の 欠 け て い る 点 に 注 目 し た 定 義 を お こ な っ て い る 。Kotler [1997]は 、 「他者に対して提供される活動もしくは便 益であり、本質的に無形で、購入者に所有権を一切もたらさないもの」と定義し、 Gronroos[1990] は「 サ ー ビ ス と は 、無 形 性 と い う 特 徴 を 少 な か ら ず 備 え た 活 動 、も し く は 一 連 の 活 動 で あ り 、通 常 は 顧 客 が サ ー ビ ス 提 供 者 、物 的 資 源 や 財 及 び サ ー ビ ス 提 供 シ ス テ ム と の 相 互 作 用 を 与 え る こ と に よ っ て 生 ま れ る 」 と し 、「 顧 客 の 抱 え る 問 題 に 対 す る 解 決 策 と し て 提 供 さ れ る も の で も あ る 」 と 述 べ て い る 。 Kotler も Gronroos も 肯 定 的 な 観 点 か ら 、サ ー ビ ス に つ い て 定 義 し 、特 に 無 形 性 と い う 特 性 に 9 注目していることが分かる。 こ れ ら の 定 義 を 踏 ま え 、 Looy et al.[2003]は サ ー ビ ス の 特 性 と し て ① 無 形 性 、 ② 同 時 性 、③ 消 滅 性 、④ 異 質 性 、を 挙 げ て い る 6 。こ の 特 性 を 時 に は メ リ ッ ト と し て F P P F 活 用 し 、時 に は デ メ リ ッ ト と し て 別 の 何 か で カ バ ー し 、顧 客 に 価 値 を 提 供 し て い く こ と が サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト に 他 な ら な い 。中 で も「 無 形 性 」に つ い て は サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト の 分 野 で し ば し ば 指 摘 さ れ る サ ー ビ ス の 特 性 で あ る 。物 が 生 産 さ れ る 物 的 資 源 で あ る の に 対 し 、サ ー ビ ス は 遂 行 さ れ る「 活 動 」も し く は「 行 為 」で あ り 、物 と 違 っ て 購 入 し て も 持 ち 帰 る こ と は で き な い 。サ ー ビ ス は 物 質 的 な 実 態 が 無 い だ け で な く 、サ ー ビ ス は 明 確 な イ メ ー ジ を つ か む こ と が 難 し い 点 も 特 徴 の ひ と つである。 無 形 性 に 関 し て 注 意 し な け れ ば な ら な い の は 、全 て の サ ー ビ ス が 完 全 に 無 形 であ る わ け で は な く 、む し ろ 有 形 要 素 が 一 連 の サ ー ビ ス プ ロ セ ス の 中 に 含 ま れ て い る 場 合 の ほ う が 多 い と い う こ と で あ る 。 Looy et al.[2003]は 、 例 と し て フ ァ ー ス ト フ ー ド 店 を 挙 げ 、フ ァ ー ス ト フ ー ド 店 は サ ー ビ ス 業 で あ り な が ら 有 形 要 素 と し て の 料 理 そ の も の が 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る こ と を 指 摘 し て い る 。鉄 道 事 業 は 、駅・車 両 、 あるいはきっぷ 7 など有形要素がサービス提供プロセスにおいて極めて重要な役 F P P F 割 を は た し て い る こ と は 、先 述 の バ リ ュ ー チ ェ ー ン 8 か ら も 見 て と れ る 。顧 客 に 対 F P P F し て 最 後 に 提 供 す る の は 、鉄 道 輸 送 と い う 無 形 の サ ー ビ ス で あ る が 、そ の 前 段 の プ ロ セ ス の 大 半 は 有 形 要 素 を 構 築 も し く は 活 用 す る プ ロ セ ス で あ る と い う 点 が 、鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス の 大 き な 特 徴 と も 言 え る だ ろ う 9 。 ま た 、「 サ ー ビ ス 提 供 プ ロ セ ス へ F P P F の 参 加 を 通 じ て 何 を 得 る こ と が で き る の か 、そ の ヒ ン ト を 顧 客 に 与 え る こ と に よ っ て 購 入 前 の サ ー ビ ス の 評 価 を 可 能 に し な け れ ば な ら な い 」と 述 べ 、製 造 業 が 顧 客 へ のメッセージの中で製品の無形性を強調する 6 P 10 F P P F の と は 反 対 に 、「 無 形 の も の を 有形 Looy et al.[2003]は 、サ ー ビ ス の 基 本 的 特 性 と し て 無 形 性 と 同 時 性 を 挙 げ 、消 滅 性 及 び 異 質 P 性については、無形性及び同時性から派生的に導かれる特性と位置づけている。 7 P 事業者と利用者の間で取り交わされた契約(運送約款)に基づき、提供される輸送サービ P スの内容を目に見える形で記したもの。 8 P 図表 1 を参照。 P 9 P 駅・線路・車両の建設・製造は有形要素構築プロセスであるし、ダイヤの作成にしても、 P 一見無形のプロセスであるが「時刻表」に表すなど、有形化するプロセスを間に入れることに よ り 、 顧 客 に 対 し て 無 形 性 か ら 有 形 性 へ の 転 換 を 図 っ て い る 。 乗 車 券 に つ い て も 、「 サ ー ビ ス 」 の内容を記しているという意味において無形性から有形性への転換プロセスの一端を担ってい ると考えられる。 10 P P 自動車メーカーが広告宣伝において、無形の便益を訴求していることを指摘している。一 10 に す る こ と に よ っ て 、顧 客 の 評 価 プ ロ セ ス を 支 援 し な け れ ば な ら な い 」と 主 張 し て い る 。さ ら に「 無 形 性 の 度 合 い の 高 ま り と と も に …( 中 略 )… 無 形 の 要 素 を ア ピ ー ル す る 戦 略 か ら 、有 形 の 要 素 を ア ピ ー ル す る 戦 略 へ と 変 わ る 」と 述 べ 、無 形 性 が 高 まるほど、有形化の重要性が高まることを示唆している。 こ こ ま で 、サ ー ビ ス の 特 性 と し て 無 形 性 に つ い て 焦 点 を あ て て き た が 、も う ひ と つ重要な特性として、同時性が挙げられる 11 F P P F 。同時性とは生産と消費が同時にな さ れ る こ と を 指 し て お り 、鉄 道 事 業 に お い て 、運 転 士 が 列 車 を 運 転 す る こ と と 、乗 客 が 目 的 地 へ 向 か う こ と が 同 時 に 行 な わ れ る こ と が そ の よ い 事 例 で あ る 。こ の 同 時 性 に つ い て も 無 形 性 と 同 様 、提 供 さ れ る サ ー ビ ス の 種 類 に よ っ て 、そ の 程 度 は 異 な る 。病 院 の 医 療 行 為 な ど は 同 時 性 が 極 め て 高 い 部 類 に 含 ま れ る が 、鉄 道 輸 送 に つ い て は 、あ ら か じ め ダ イ ヤ を 設 定 す る プ ロ セ ス 等 の バ リ ュ ー チ ェ ー ン の 上 流 部 分 に お い て は 、サ ー ビ ス の 消 費 は ま だ な さ れ て い な い 。バ リ ュ ー チ ェ ー ン が 相 当 程 度 の 時 間的広がりを持つことから、同時性の度合いは高くないといえる。 同 時 性 が も た ら す 、サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト の 困 難 さ の 一 つ は 、在 庫 と し て 商 品 を 確 保 で き な い 点 が 挙 げ ら れ る 。従 っ て 、生 産 能 力 を ど の 程 度 確 保 す る か と い っ た マ ネ ジ メ ン ト が 要 求 さ れ る 。同 時 性 が も た ら す サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト の も う ひ と つ の 困 難 さ は 、サ ー ビ ス 提 供 に 関 わ る 従 業 員 の レ ベ ル が 、提 供 さ れ る サ ー ビ ス の 品 質 そ の も の に 影 響 を 与 え て し ま う こ と で あ る 。例 え ば 鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス を 単 な る 出 発 地 点 か ら 目 的 地 ま で の 移 動 で あ る と 捉 え る な ら ば 、主 た る サ ー ビ ス 提 供 者 で あ る 運 転 士 の レ ベ ル に よ っ て 、サ ー ビ ス の 品 質 が 変 化 す る こ と は ほ と ん ど な い 。し か し 、 き っ ぷ の 購 入 プ ロ セ ス 等 も サ ー ビ ス 消 費 の 一 部 と み な す な ら ば 、従 業 員 の 接 客 技 術 や 、発 券 に 必 要 な 商 品 知 識 に よ っ て サ ー ビ ス の 品 質 は 大 き な 影 響 を 受 け る こ と に な る 。そ れ ゆ え 、ど の よ う な 価 値 基 準 に 基 づ い て サ ー ビ ス を 提 供 す る の か と い っ た サ ービスコンセプトを明確にし、それを従業員全員で共有化する必要がある。 同 様 の こ と が 、利 用 者 に 関 し て も 言 え る 。従 業 員 の レ ベ ル が 同 じ で あ っ た と し て も 、利 用 者 が サ ー ビ ス 消 費 プ ロ セ ス に 関 し て 、習 熟 し て い る 場 合 と 習 熟 し て い な い 場 合 で は 、サ ー ビ ス 全 体 に 対 す る 評 価・満 足 度 に 大 き な 差 が 生 じ る 。き っ ぷ の 購 入 を と っ て も 、ス ム ー ズ に 購 入 で き る 場 合 も あ れ ば 、迷 っ た 挙 句 購 入 に 至 ら な い 場 合 も 考 え ら れ る 。こ れ は 従 業 員 だ け で な く 利 用 者 に も 、サ ー ビ ス コ ン セ プ ト や サ ー ビ ス 提 供 プ ロ セ ス を 十 分 に 理 解 さ れ な け れ ば 、サ ー ビ ス の 品 質 確 保 に 大 き な 影 響 が 及 ぶ こ と を 意 味 す る 。さ ら に サ ー ビ ス の 提 供 と 消 費 が 同 時 に 行 な わ れ る 場 合 に は 、そ の サ ー ビ ス が 容 易 に 利 用 で き る 状 況 を 、利 用 者 と と も に 作 り 上 げ な け れ ば な ら な い 。 例 と し て BMW社 の キ ャ ッ チ コ ピ ー 「 駆 け 抜 け る 喜 び 」 を 挙 げ て い る 。 11 P P Looy et al. [2003]の 訳 書 上 巻 pp.18-19.を 参 照 し た 。 11 鉄 道 事 業 者 の 例 で 言 え ば 、 た と え 事 業 者 が 便 利 な IC 乗 車 券 を 開 発 し 提 供 し た と し て も 、そ れ に よ っ て サ ー ビ ス 消 費 プ ロ セ ス が ど の よ う に 改 善 す る の か 、ど れ だ け 便 利 に な る か を 利 用 者 に 認 知 し て も ら わ な け れ ば 、そ の 利 便 性 は 実 現 す る こ と は な い 。 同 時 性 と い う 特 性 は 、商 品 の 利 用 者 と の リ レ ー シ ョ ン シ ッ プ を 、よ り 緊 密 に す る こ とを企業側に求めるような性質であると言えるだろう。 こ こ ま で 見 て き た と お り 、サ ー ビ ス の 主 な 特 性 と し て 無 形 性 と 同 時 性 を 挙 げ る こ と が で き る 。こ れ ら の 特 性 の プ ラ ス の 側 面 を 活 用 し 、マ イ ナ ス の 側 面 を 何 ら か の 形 で 補 う こ と に よ っ て 、サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト は 行 な わ れ て き た は ず で あ る 。従 っ て 、サ ー ビ ス 業 を 営 む 企 業 に お い て 蓄 積 さ れ て い る 有 形 無 形 の 資 産 の 中 に は 、無 形 性・同 時 性 に 特 徴 付 け ら れ た も の が 多 数 存 在 し 、新 規 事 業 参 入 に 際 し て は こ れ ら の 資 産 を 活 用 す る こ と で 優 位 性 を 確 保 で き る 可 能 性 は 高 い と 考 え ら れ る 。鉄 道 事 業 は サ ー ビ ス 業 で あ る が 、駅 や 車 両 や 乗 車 券 な ど 構 成 す る パ ー ツ の 一 つ 一 つ は 有 形 の 物 質 で あ る も の も 多 い 。電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス も ま た サ ー ビ ス 産 業 の 一 つ で あ る 。有 形 要 素 の う ち の 一 つ が 、 ウ ォ レ ッ ト と し て の IC カ ー ド で あ り 、 サ ー ビ ス ・ マ ネ ジ メ ン ト 論 の 観 点 か ら は 、鉄 道 事 業 と 電 子 マ ネ ー 事 業 の 親 和 性 の 高 さ が 示 唆 さ れ て い る といえる。 第2章 第4節 鉄道事業者の多角化戦略 この論文の位置づけは鉄道事業者の多角化戦略という研究領域の延長線上にあ る と 考 え て い る 。こ れ ま で 、よ り 大 き な 視 点 と し て の 企 業 戦 略 論 、資 源 ベ ー ス 理 論 の 先 行 研 究 や サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト の 特 性 に 関 す る 先 行 研 究 に つ い て 振 り 返 っ て き た が 、こ の 節 で は 、鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 参 入 あ る い は 多 角 化 戦 略 に つ い て の 研 究蓄積について振り返る。 第 1 章 で は 、従 来 の 鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 開 発 は 、駅 周 辺 の 不 動 産 開 発 を 中 心 と し た 事 業 展 開 で あ っ た と 、こ れ ま で の 鉄 道 事 業 者 が 行 っ て き た 新 規 事 業 開 発 を 概 括 し た が 、こ の 分 野 に お け る 代 表 的 な 研 究 者 と し て 石 井 [1995]を 挙 げ る こ と が で き る 。 石 井 [1995]は 、 「鉄 道 事 業 者 に お け る 多 角 化 に 共 通 す る 部 分 に つ い て み る と 、 鉄 道 輸 送 と い う の は 鉄 道 単 体 で 輸 送 サ ー ビ ス が 完 結 す る の で は な く 、バ ス な ど と の 乗 り 継 ぎ に 始 ま っ て 、駅・タ ー ミ ナ ル 施 設 に お け る 各 種 サ ー ビ ス 、構 内 で の 買 い 物・飲 食・物 販 、ア コ モ デ ー シ ョ ン な ど が ト ー タ ル に 提 供 さ れ る こ と に よ っ て は じ め て サ ー ビ ス が 完 結 す る 」と 主 張 し て い る 。さ ら に 「鉄 道 会 社 は オ ン・レ ー ル・ビ ジ ネ ス を 中 心 に 、自 社 の 沿 線 に 発 生 す る 需 要 は 自 社 で 吸 収 す る こ と を 建 前 に 、 『需要吸収型』 あるいは『需要開拓型』のビジネス方針に基づいて様々な事業に取り組んでいる」 と 述 べ て い る 。鉄 道 事 業 を 中 心 と し つ つ 、鉄 道 事 業 が も た ら す 外 部 経 済 性 を 吸 収 す る観点での新規事業開発にその特徴を見出した点に大きな貢献があったといえる。 12 新 規 事 業 参 入 の 動 機 付 け と い う 観 点 で は 、 「兼 業 に よ っ て 本 業 と の 相 乗 効 果 ( シ ナ ジ ー 効 果 )が 期 待 で き る こ と も 魅 力 の 一 つ で あ る 」と し 、 「沿線の宅地開発やレジ ャ ー・ス ポ ー ツ・レ ク レ ー シ ョ ン 施 設 、さ ら に は 文 教・文 化 施 設 な ど の 建 設・設 置 は 鉄 道 利 用 客 の 増 加 に 直 結 し 、都 心 部 へ の 片 荷 輸 送 を 改 善 す る と 共 に 鉄 道 の 長 期 安 定 収 入 源 に つ な が る 。同 時 に 、鉄 道 事 業 と 兼 業 や 関 連 事 業 と は 相 関 関 係 が あ る 」と 主 張 し て い る 。例 え ば 、あ る 駅 周 辺 地 域 に シ ョ ッ ピ ン グ セ ン タ ー を 建 設 す る と 、当 然 そ の 施 設 は 鉄 道 利 用 客 の 集 客 施 設 と な り 、こ れ に よ っ て 鉄 道 事 業 か ら 関 連 事 業 へ 、 あ る い は 関 連 事 業 か ら 鉄 道 事 業 へ 、相 互 送 客 の サ イ ク ル が 発 生 す る 。こ の シ ナ ジ ー が 新 規 事 業 参 入 の 動 機 付 け と な っ て い る と 主 張 す る も の で あ る 。ま た 、大 手 私 鉄 の グ ル ー プ 戦 略 は 、「 総 合 生 活 産 業 へ の 脱 皮 」 と 「 事 業 領 域 の 広 域 化 」 が 中 心 テ ー マ で あ る と し 、「 前 者 は 、 自 社 沿 線 や 地 域 社 会 の ニ ー ズ を 先 取 り し て 事 業 の 推 進 を 図 る こ と を 目 的 と し て い る の に 対 し 、後 者 は 、自 社 沿 線 か ら 離 れ た 地 域 で も 大 手 私 鉄 の ネ ー ム・バ リ ュ ー と 信 頼 性 を 武 器 に 国 内 外 で さ ま ざ ま な 事 業 を 展 開 し て い く こ と を 目 標 に し て い る 」と 述 べ て い る 。こ こ で は 、鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 参 入 に お い て 、 「 見 え ざ る 資 産 」と し て 、ブ ラ ン ド や 信 頼 性 と い っ た 経 営 資 源 が 新 規 事 業 参 入 を 行 なう上での戦略的資産として捉えられていることが注目すべき点である。 正 司 [2001]は「 沿 線 住 民 に と っ て の 私 鉄 企 業 は 、彼 ら の 都 市 生 活 の 様 々 な 局 面 に 深 く か か わ り を 持 っ て い る 」「 わ が 国 の 大 都 市 住 民 に と っ て 、 私 鉄 各 社 が 非 常 に 身 近 な 存 在 と い っ て よ い 」と 述 べ 、石 井 [1995]と 同 様 、鉄 道 事 業 が も た ら す 外 部 経 済 性 を う ま く 活 用 し た 新 規 事 業 開 発 が 有 効 で あ る と い う 考 え を 示 し て い る 。多 角 化 の 効 果 と い う 観 点 で は 、「 ① 多 角 的 に 事 業 展 開 す る こ と で 、 鉄 道 事 業 へ の 乗 客 数 を 増 加 さ せ る こ と 、② 乗 降 客 を 中 心 対 象 に し な が ら 事 業 を 展 開 し て 、収 益 を 上 げ る こ と で 、例 え ば 本 社 費 の よ う な 共 通 費 部 分 の 鉄 道 事 業 に よ る 負 担 割 合 を 下 げ る 、③ ヒ ト を よ り 有 効 に 活 用 で き る こ と に 代 表 さ れ る よ う な 、各 種 経 営 資 源 の 有 効 活 用 を 通 じ て 鉄 道 事 業 の 費 用 削 減 に 貢 献 す る 等 々 の 可 能 性 が 存 在 す る こ と 等 」を 指 摘 し て お り 、 主 と し て 企 業 内 部 の 資 源 に 対 し て「 範 囲 の 経 済 性 」を 機 能 的 に 活 用 す る 点 を 強 調 し ている。 ま た「 わ が 国 私 鉄 企 業 の 多 角 的 事 業 展 開 は 、企 業 と し て 成 熟 し て か ら 行 な わ れ る よ う に な っ た わ け で は な い 点 は 留 意 し な け れ ば な ら な い 。こ の 背 景 に は 輸 送 需 要 だ け で は 決 し て 十 分 で は な い と の 考 慮 が あ っ た こ と が 推 察 さ れ る 」と し 、独 特 の 視 点 か ら 新 規 事 業 開 発 の 動 機 づ け に つ い て 述 べ て い る 。鉄 道 事 業 の 業 績 如 何 に 関 わ ら ず 、 鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス は 本 来 的 に 外 部 経 済 性 が 大 き く 、そ の 外 部 性 を 内 部 に 取 り 込 む 企 業 戦 略 が 、必 然 的 に 育 ま れ た も の だ と 解 釈 で き る 。必 ず し も 本 業 で あ る 鉄 道 事 業 が 衰 退 し て い る か ら 新 規 事 業 開 発 に 着 手 す べ き で あ る と か 、本 業 の 鉄 道 事 業 が 好 調 だ か ら 着 手 す べ き で は な い と い う 議 論 で は な く 、外 部 経 済 性 を 内 部 に 取 り 込 む べ き で 13 あ る と の 観 点 か ら 新 規 事 業 開 発 を 行 な う べ き と 解 釈 さ れ る も の で あ り 、鉄 道 事 業 者 の多角化戦略の必然性を主張したものと考えてよいだろう。 こ れ ら の 論 点 を ま と め る と 、ま ず 鉄 道 事 業 の 新 規 事 業 参 入 の 特 徴 の 一 つ は 、本 業 である鉄道事業の顧客を創出しようとする試みであり、新規事業参入することで、 鉄 道 利 用 者 の 促 進 に つ な げ よ う と い う も の で あ る 。沿 線 地 域 の 住 宅 開 発 が そ の 典 型 で あ り 、不 動 産 開 発 事 業 に よ っ て 本 業 で あ る 鉄 道 事 業 を 活 性 化 さ せ る こ と を 目 指 し た も の で あ る 。も う 一 つ の 考 え 方 は そ の ち ょ う ど 反 対 で 、外 部 経 済 性 の 内 部 化 で あ る 。鉄 道 事 業 そ の も の が 大 き な 外 部 経 済 性 を 有 し て い る こ と か ら 、鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 参 入 は そ の 外 部 性 を 取 り 込 む 形 で 行 な わ れ る べ き で あ る と さ れ て き た 。外 部 性 を 内 部 に 取 り 込 む と い う こ と は 、鉄 道 利 用 者 を 他 の 事 業 の 顧 客 と し て 利 用 す る と 言 い 換 え る こ と が 可 能 で あ る 。い ず れ も ベ ー ス と な る 考 え 方 は 同 じ で 鉄 道 沿 線 と い う 限 ら れ た 空 間 の 中 で 、鉄 道 事 業 か ら 関 連 事 業 へ 、ま た 関 連 事 業 か ら 鉄 道 事 業 へ と 、 顧客を還流させることが鉄道事業者の一般的な新規事業開発の姿であった。 第3章 先行研究を踏まえた論点整理 繰 り 返 し に な る が 、鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 開 発 は 鉄 道 沿 線 と い う 限 ら れ た 空 間の 中 で 、鉄 道 事 業 、関 連 事 業 相 互 に 顧 客 を 還 流 さ せ る こ と で あ っ た 。新 し い 新 規 事 業 開 発 の あ り 方 は ど う か と い え ば 基 本 的 に は 変 わ ら な い 。し か し そ の よ う な 還 流 を 起 こ さ せ る た め の 戦 略 的 資 産 が 、必 ず し も 企 業 側 に 蓄 積 さ れ た 、駅 ビ ル な ど の 有 形 資 産 だ け で は な い と 考 え る こ と は 可 能 で あ る 。資 源 ベ ー ス 理 論 で 扱 う 戦 略 的 資 産 の 範 囲 は「 企 業 が 保 有 す る 資 産 」か ら 出 発 し 、次 第 に 図 表 2 の 左 側 の 概 念「 顧 客 が 保 有 する資産」を議論の範囲に取り込むような形で発展してきたことを確認してきた。 鉄 道 事 業 者 の 多 角 化 戦 略 に 照 ら し 合 わ せ て み た 時 に 、一 番 左 側 の 領 域「 顧 客 が 保 有 す る 資 産 」が 戦 略 的 資 産 と な り 得 る の で は な い か と い う 仮 説 を 立 て て 検 証 し て み る 意義は大きいと考える。 ま た こ の 論 点 は 、サ ー ビ ス・マ ネ ジ メ ン ト の 先 行 研 究 か ら も 支 持 が 得 ら れ る も の と 考 え る 。第 2 章 で 確 認 し た「 製 造 業 が 顧 客 へ の メ ッ セ ー ジ の 中 で 製 品 の 無 形 性 を 強調するのとは反対に、 ( サ ー ビ ス 業 で は )無 形 の も の を 有 形 に す る こ と に よ っ て 、 顧客の評価プロセスを支援しなければならない」との論点 12 F P P F は、サービス業を営 む 企 業 が 新 規 事 業 参 入 を 行 な う 場 合 、む し ろ「 目 に 見 え る 資 産 」を 活 用 す る こ と が 重 要 で あ る と の 仮 説 を 導 き う る も の で あ ろ う 。ま た「 同 時 性 と い う 特 性 が 、利 用 者 とのリレーションシップをより緊密にすることを企業側に求める」という論点は、 あ る 特 定 の サ ー ビ ス の マ ー ケ テ ィ ン グ の 議 論 に 限 定 さ れ る も の で は な く 、サ ー ビ ス 12 P P Looy et al.[2003]を 参 考 に し た 。 14 産業をベースに多角化を目指す戦略論にも当てはまるものと考えられる。つまり 「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 の 資 産 」を バ リ ュ ー チ ェ ー ン の 中 か ら 探 し 出 し 、顧 客 と の 関 係 性 を 高 め る 為 の 足 が か り と し て 、新 規 事 業 へ 参 入 す る 際 の 競 争 優 位 の 源 泉 と し て 利用することが必要であるとの仮説が導きだせるのではないだろうか。 鉄 道 事 業 者 に と っ て 、顧 客 が 保 有 す る 有 形 の ツ ー ル と は ど の よ う な も の を さ すの か 。 第 1 章 で は 、 鉄 道 事 業 の バ リ ュ ー チ ェ ー ン を 10 の プ ロ セ ス に 分 解 し た が 、 そ れ ぞ れ の プ ロ セ ス を 実 行 に 移 す 場 合 に は 、何 ら か の 経 営 資 源 を 用 い て い る は ず で あ る し 、場 合 に よ っ て は 、シ ナ ジ ー 効 果 を も た ら す 何 ら か の 経 営 資 源 を 生 み 出 し て い る場合もある。そのような観点から資産項目を抽出したものが、図表 3 である。 図表3 各プロセス毎に見る 活用される資産/蓄積される資産 プロセス 活用される/創造される資産 ① 経営者、経営ノウハウ ② 駅舎、駅ビル、変電・送電設備、製造技術、保守技術 ③ 車両、工作機械、製造技術、保守技術 ④ 研修設備、人材(素材) ⑤ 利用者の要望、評判 ⑥ 利用実績データ、市場調査結果 ⑦ 券売機、改札機、ネットワークインフラ、代理店との関係 ⑧ ポスター、チラシ、パソコン、携帯、時刻表、雑誌 ⑨ きっぷ(磁気カード、ICカード)、クレジットカード ⑩ 2次アクセス手段(自転車、自家用車)及び利便性(バス、住宅・オフィス) (注)斜字体は無形(見えざる)資産、下線は企業外部の資産(ツール)を示す (出所)筆者作成。 こ の よ う に バ リ ュ ー チ ェ ー ン 毎 に 活 用 さ れ て い る 資 産 、生 み 出 さ れ て い る 資 産を 見 る と 、こ れ ま で の 鉄 道 事 業 者 の 多 角 化 戦 略 が 、主 に 企 業 内 部 の 有 形・無 形 資 産 を 活 用 し て き た こ と が よ く わ か る 。駅 ビ ル や 駅 舎 を 活 用 し た シ ョ ッ ピ ン グ セ ン タ ー 事 業 は そ の 典 型 で あ る 。ま た 保 守 技 術 を 用 い た メ ン テ ナ ン ス 受 託 業 務 や 自 動 車 整 備 等 も 鉄 道 事 業 者 が 行 っ て き た 新 規 事 業 と し て あ げ る こ と が で き る 。同 様 に 企 業 外 部 の 無 形 資 産 も 新 規 事 業 開 発 に 活 用 さ れ て き た 。鉄 道 事 業 そ の も の の 需 要 を 生 み 出 す こ と を 主 眼 に 行 わ れ た 住 宅 開 発 や 都 市 開 発 は 、利 用 者 の 認 識 、つ ま り「 鉄 道 沿 線 に 住 む こ と の 利 便 性 」や「 ブ ラ ン ド 」が 成 功 の 原 動 力 と な っ て い る 。企 業 が 保 有 す る 線 路 設 備 、駅 設 備 と い っ た 有 形 資 産 が そ の よ う な 認 識( 無 形 資 産 )を 生 む こ と に 結 び つき、新規事業としての成功をもたらしたと言えるだろう。 図表 3 からも分かるとおり、 「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 資 産( ツ ー ル )」は チ ラ シ 、パ 15 ソ コ ン 、携 帯 電 話 、時 刻 表 、雑 誌 、カ ー ド 、自 転 車 な ど が 挙 げ ら れ る が 、本 稿 で は こ れ ら の 中 か ら 一 つ の 事 例 と し て「 き っ ぷ 」を 新 規 事 業 参 入 の た め の 戦 略 資 産 と し て 位 置 付 け た 、電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス を 取 り 上 げ る 。こ れ ま で の 議 論 と 若 干 重 複 す る が 、電 子 マ ネ ー 事 業 に 注 目 す る 理 由 を 、大 き く 分 け て 三 点 挙 げ る こ と が で き る 。一 つ 目 は こ れ ま で 鉄 道 事 業 者 が 取 り 組 ん で き た 事 業 内 容 と 比 較 し た 場 合 、大 き く そ の 領 域 が 異 な る 点 で あ る 。駅 や 駅 周 辺 不 動 産 を 活 用 し た 従 来 型 の 新 規 事 業 開 発 と は 大 き く 異 な る ビ ジ ネ ス で あ り 、従 来 の 論 点 で は 説 明 が つ か な い 新 し い 新 規 事 業 参 入 の あり方が示唆されるのではないかと期待できる。 二 つ 目 は 、電 子 マ ネ ー と い う 金 融・決 済 ビ ジ ネ ス 自 体 が 、そ の ほ か の 事 業 、例 え ば小売業やショッピングセンター事業等をサポートする側面を持っている点であ る 。つ ま り 自 社 で 電 子 マ ネ ー を も つ こ と 自 体 が 、既 存 の 周 辺 事 業 や 今 後 の 新 規 事 業 の 顧 客 獲 得 等 に お い て 、大 き な 役 割 を 果 た し 得 る 。電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス は「 何 ら か の 戦 略 資 産 を 活 用 し て 参 入 し た ビ ジ ネ ス 」 で あ る だ け で な く 、「 こ の ビ ジ ネ ス そ の も の が 何 ら か の 新 た な 新 規 事 業 参 入 の ベ ー ス と な る べ き 資 産 」と な り う る 点 が 興 味 深い。 三 つ 目 は 、そ の 業 界 に お い て ト ッ プ に 近 い ポ ジ シ ョ ン に あ る と い う 点 で あ る 。鉄 道 事 業 者 が 取 り 組 む 新 規 事 業 は 、本 業 の も た ら す 外 部 経 済 性 を 内 部 化 す る と い う 大 きな目的があったために、必ずしもその業界のトップシェアをとっていなくとも、 事 業 と し て 継 続 さ せ て き た ケ ー ス は 多 い 。そ れ ゆ え 一 部 バ ス 事 業 や 旅 行 業 と い っ た 交 通 関 連 の 分 野 で 大 き く 成 長 し た 会 社 を 除 け ば 、そ の 業 界 に お い て ト ッ プ ク ラ ス の 事 業 に 成 長 す る こ と は 稀 で あ っ た 。 JR東 日 本 の 電 子 マ ネ ー 「 Suica」 は 、 業 界 最 大 手 で 先 行 し て 参 入 し て い た 「 Edy 13 」 を 激 し く 追 従 す る 勢 い で 普 及 し つ つ あ り F P P F 14 F P P F 、 こ の こ と は 、本 業 で あ る 鉄 道 業 が 衰 退 し た と し て も 、そ れ を 補 う 基 幹 事 業 へ と 成 長 していく可能性を秘めているとも考えられる。本稿のテーマに取り組む背景には、 鉄 道 事 業 が 斜 陽 産 業 と な っ て い る こ と が 挙 げ ら れ る が 、そ の 観 点 か ら も JR東 日 本 の 進める電子マネービジネスは特徴的かつ象徴的な位置づけとして捉えることがで きる。 本 稿 の 目 的 は 、 冒 頭 で も 述 べ た と お り 、「 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 事 例 を 取 り 上 げ 、そ こ で 利 用 さ れ た 戦 略 的 資 産 が 何 で あ っ た の か 、ど の よ う に 活 用 さ れ た の か と い う 点 に つ い て 明 ら か に す る こ と 」で あ る 。次 章 で は 、先 行 文 献 か ら 示 唆 さ れ る よ う な 視 点 を 念 頭 に 置 き つ つ 、「 顧 客 に 蓄 積 さ れ る 有 形 資 産 」 を 活 用 し た 新 規 事 業 開 発 の 一 例 と し て 、 JR 東 日 本 の 「 Suica」 の 事 例 を 取 り 上 げ る 。 ま た 、 ㈱ ス ル ッ 13 P P 14 P P ビットワレット社が提供するするプリペイド型の電子マネーサービス。 『 日 本 経 済 新 聞 』 2005 年 5 月 22 日 の 記 事 を 参 考 と し た 。 16 と KANSAI( 阪 急 電 鉄 )の「 PiTaPa」の 事 例 と 対 比 さ せ る こ と に よ っ て 、先 に 述 べ た 仮 説 に つ い て 検 証 を お こ な う 。基 本 的 に は 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス が「 ホ ル ダ ー 数 × 加 盟 店 数 」 に よ っ て そ の ビ ジ ネ ス 価 値 が 決 ま る と の 前 提 に 立 ち 、 IC 乗 車 券 の 普 及 の さ せ 方 の 違 い を 説 明 変 数 、ホ ル ダ ー 数 を 被 説 明 変 数 と し て 、価 値 の 違 い に つ い て 確 認 す る 。あ わ せ て 普 及 方 法 の 違 い に つ い て も 確 認 し 、両 者 の 戦 略 上 の 違 い を 明 ら か に す る 。 ま と め る と リ サ ー チ ク エ ス チ ョ ン は 以 下 の と お り で あ る 。 一 点 目 は JR 東 日 本 と ㈱ ス ル ッ と KANSAI( 阪 急 電 鉄 )は ど の よ う に し て 、電 子 マ ネ ー の ウ ォ レ ッ ト と し て の IC カ ー ド を 普 及 さ せ た の か 。 そ し て そ の 結 果 普 及 枚 数 に ど の よ う な 差 が 生 じ た の か 。 二 点 目 は 両 者 の IC カ ー ド の 戦 略 的 位 置 付 け の 違 い は ど の よ う な も の か 。そ し て 三 点 目 は 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ 参 入 す る に あ た っ て の 、両 社 の と っ た 戦 略 は「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 の ツ ー ル を 有 効 に 活 用 し た( す る )」と い え る の か 。 これらについて、次章以降で明らかにする。 第4章 事例研究 第4章 第1節 電子マネーの定義とICカードの特徴 第4章 第1節 第1項 電子マネーとはなにか そ も そ も 電 子 マ ネ ー と は 何 か 、そ の 定 義 を 明 ら か に し て お く 必 要 が あ る 。ま ず は 先 行 研 究 や 各 機 関 の 報 告 書 を レ ビ ュ ー し 、既 存 研 究 で 電 子 マ ネ ー が ど の よ う に 捉 え ら れ て い る か 確 認 す る 。そ れ を 踏 ま え て 本 稿 に お け る 電 子 マ ネ ー の 定 義 づ け を 行 な うこととしたい。 「 電 子 マ ネ ー 」と い う 言 葉 は 多 義 的 に 使 用 さ れ る が 、極 め て 近 い 概 念 と し て 、 「電 子 決 済( = 決 済 方 法 の 電 子 化 )」と い う 言 葉 も あ り 、両 者 の 概 念 整 理 は 必 要 で あ る 。 1997 年 の 大 蔵 省 報 告 書 15 F P P F に お い て は 、「 決 済 手 段 の 電 子 化 ( = 電 子 マ ネ ー )」 に つ い て「 利 用 者 の 保 持 す る 電 子 機 器 に 記 録 さ れ た デ ジ タ ル・デ ー タ が そ れ 自 体『 価 値 』 を 有 す る も の と し て 、こ れ を 交 換 又 は 増 減 す る こ と に よ り 決 済 を 行 う も の 」と し て い る 。一 方「 電 子 決 済 」は 利 用 者 が 決 済 の た め の「 価 値 」の 移 転 を 第 三 者 に 対 し て 指図する場合にその指図を電子機器や通信機器を通じた電子的な方法によりおこ な う も の と 整 理 し て い る 。こ の 定 義 に よ る と 、イ ン タ ー ネ ッ ト を 通 じ た 銀 行 振 込 や 、 通 常 の ATMを 使 っ た 振 込 み 行 為 、あ る い は ク レ ジ ッ ト カ ー ド 取 引 は 後 者 の「 電 子 決 済 」と い う こ と に な る 。広 義 の 意 味 で は 電 子 決 済 も「 電 子 マ ネ ー 」の 概 念 を 含 め る こともあるが、通常は「決済手段の電子化」について電子マネーと呼んでいる。 日銀報告書 15 P P 16 P P 16 F P P F で は 、「 テ レ ホ ン カ ー ド 等 で 既 に 普 及 し て い る プ リ ペ イ ド カ ー ド が、 大 蔵 省 [1997]を 参 考 と し た 。 日 本 銀 行 [1999], p.5.を 参 考 と し た 。 17 ① ICカ ー ド や 暗 号 技 術 の 使 用 に よ り セ キ ュ リ テ ィ が 向 上 し 、② 特 定 の 目 的 に 限 ら ず よ り 汎 用 的 に 使 用 で き 、③ カ ー ド 上 の 電 子 的 価 値 を 現・預 金 に 元 本 で 返 還 で き る よ う に な っ た も の と 捉 え る と 理 解 し や す い 」と し て 、電 子 マ ネ ー ス キ ー ム を 分 か り や す く 紹 介 し て い る 。こ こ で は 、電 子 マ ネ ー の 概 念 を よ り 広 範 囲 に 定 義 し て い る 。ま た 、三 輪 [2000]は「 電 子 マ ネ ー と 電 子 決 済 の 両 者 は 実 際 の 利 用 環 境 で は 区 別 が な く な っ て い く 」「 1 枚 の ICカ ー ド に 乗 せ ら れ た 電 子 マ ネ ー で 支 払 う か 、 ク レ ジ ッ ト カ ー ド あ る い は デ ビ ッ ト・カ ー ド で 支 払 う か は 、背 後 の シ ス テ ム は と も か く 当 事 者 に と っ て さ し た る 違 い は な い 」と し て 、利 用 者 の 立 場 か ら す る と 、電 子 マ ネ ー と 電 子 決済は大きな違いはなく、区別する意義は小さいと示唆している。 ま た 、 三 輪 [2000]は 、 電 子 マ ネ ー の 分 類 に つ い て 、「 決 済 手 段 の 電 子 化 」 と 「 決 済 方 法 の 電 子 化 」 と い う 切 り 口 以 外 に 、「 ICカ ー ド 上 に 電 子 的 価 値 を 保 管 す る 製 品 ( = ICカ ー ド 型 ) と ネ ッ ト ワ ー ク 型 17 F P P F と呼ばれる製品に分けることができる」と し 、こ の 両 方 を 電 子 マ ネ ー と し て 位 置 付 け て い る 。ま た 、オ ー プ ン ル ー プ 型 と ク ロ ーズドループ型という区別 18 F P P F を取り上げて、現在普及している電子マネーのほと ん ど が 、ク ロ ー ズ ド ル ー プ 型 で あ る こ と を 指 摘 し て い る 。し か し な が ら 、ク レ ジ ッ トカード業界を中心にポイントの発行や相互交換サービスをおこなっている事例 が 多 く 見 ら れ る よ う に な り 、そ の ポ イ ン ト が 最 終 的 に「 Suica」や「 Edy」の バ リ ュ ー と な っ て 、決 済 手 段 に 用 い ら れ る こ と を 考 え る と 、電 子 マ ネ ー 業 界 に お い て 、部 分的ではあるがオープンループ化が進行していると捉えることも可能である。 例 え ば 、 日 本 航 空 が 発 行 す る JAL カ ー ド を 使 っ て 買 い 物 を す る と ポ イ ン ト が 付 与 さ れ る 。 こ の ポ イ ン ト は JAL カ ー ド に よ っ て 発 行 さ れ た バ リ ュ ー で あ る が 、 こ の ポ イ ン ト を「 Suica」の バ リ ュ ー に 置 き か え 、 「 Suica」の 加 盟 店 で 買 い 物 を す る こ と が で き る 。利 用 者 の 立 場 か ら す る と 、JAL カ ー ド に よ っ て 発 行 さ れ た 決 済 手 段 を 現 金 化 す る プ ロ セ ス な し に 「 Suica」 の バ リ ュ ー と し て 行 使 し た こ と に な り 、 オ ー プンループ型電子マネーの特性を部分的に持ち合わせているということができる だろう。 本 稿 で 用 い る「 電 子 マ ネ ー 」の 概 念 に つ い て は 、広 義 の 概 念 で 捉 え る こ と と した い 。鉄 道 事 業 者 の 新 規 事 業 参 入 に つ い て 、利 用 者 に 焦 点 を あ て て 議 論 す る た め 、で 17 P P 電子的価値をパソコンのソフトウェア上に保存し、これをネットワーク経由で送信するこ とにより決済をおこなうもの。 18 P P 三 輪 [2000]に よ る と 、 「 財・サ ー ビ ス と 交 換 で 受 け 取 っ た 電 子 的 価 値 を 現・預 金 化 し な く て も他の主体との決済にそのまま使用できるものと、転々流通性がなく受け取った価値を必ず 現・預金化しなければならないもの」があり、前者をオープンループ型、後者をクローズドル ープ型と定義している。 18 き る だ け 利 用 者 の 側 面 か ら 定 義 づ け を お こ な う 必 要 が あ る と 考 え る た め で あ る 。そ の 意 味 で 、三 輪 [2000]が 指 摘 す る と お り 、利 用 シ ー ン で は ほ と ん ど「 Edy」や「 Suica」 と 差 が な い「 PiTaPa」を 電 子 マ ネ ー で は な い と 整 理 す る 考 え 方 は 本 稿 に は ふ さ わ し く な く 、電 子 マ ネ ー の 概 念 に 含 ま れ る と の 前 提 で 議 論 を す す め る 。す な わ ち 、本 稿 で は 、「 オ ー プ ン ル ー プ 型 で あ る か ク ロ ー ズ ド ル ー プ 型 で あ る か に 関 わ ら ず 、 決 済 手 段 及 び 決 済 方 法 を 電 子 化 し た ツ ー ル 全 般 」 を 電 子 マ ネ ー と 定 義 す る 。 な お IC カ ー ド 型 か ネ ッ ト ワ ー ク 型 か に 関 わ ら ず 、電 子 マ ネ ー と 考 え る が 、本 稿 で 扱 う の は ほ と ん ど が IC カ ー ド 型 で あ る 。 第4章 第1節 第2項 ICカードの特徴 ICカ ー ド は 、大 記 憶 容 量 、演 算 機 能 、認 証 機 能 を 備 え て お り 、JR東 日 本 が 発 行 す る 「 Suica」 等 の 乗 車 券 利 用 の ほ か 、 住 民 基 本 台 帳 カ ー ド な ど の ID活 用 、 電 子 マ ネ ー 「 Edy」 な ど の 決 済 利 用 、 医 療 ・ 保 険 の 個 人 情 報 を 記 録 す る 医 療 利 用 な ど 、幅 広 い 用 途 で 活 用 さ れ て い る 。鉄 道 事 業 者 の IC乗 車 券 は 、利 用 者 に と っ て 、き っ ぷ 購 入 やチャージの手間、財布から出す手間、精算の手間等が無くなる点 19 F P P F 、発行者に と っ て 自 動 改 札 機 の 保 守 コ ス ト や 乗 越 し 精 算 コ ス ト の 削 減 効 果 が 大 き い 点 な ど 、利 用 者 、発 行 者 と も メ リ ッ ト が あ る こ と か ら 、海 外 は も と よ り 日 本 国 内 で も 急 速 に 普 及している。 日 本 国 内 の IC 乗 車 券 は 、 鉄 道 事 業 者 等 で 構 成 す る 日 本 鉄 道 サ イ バ ネ テ ィ ク ス 協 議 会 ( Congress Japan Railway Cybernetics) の 「 自 動 改 札 シ ス テ ム に 用 い る IC カ ー ド 乗 車 券 規 格 」 に 準 拠 し て い る 。 サ イ バ ネ 規 格 と は 、 鉄 道 業 界 に お い て IC カ ー ド の 普 及 ・ 促 進 を 図 る た め 、 自 動 改 札 シ ス テ ム に 用 い る 「 非 接 触 近 接 型 IC カ ー ド 乗 車 券 規 格 」 と し て 定 め ら れ た 業 界 任 意 の 規 格 で あ り 、 IC カ ー ド の 形 状 、 材 質 、 耐 久 性 等 の 物 理 特 性 や 定 期 券 面 の 印 字 内 容 を 変 更 す る 印 刷 方 法( リ ラ イ ト 印 刷 )と い っ た 媒 体 規 格 と 、電 波 イ ン タ ー フ ェ イ ス や 論 理 プ ロ ト コ ル と い っ た イ ン タ ー フ ェ イ ス規格を規定している。 こ の サ イ バ ネ 規 格 に 準 拠 す る 代 表 的 な 非 接 触 ICカ ー ド が「 FeliCa」で あ り 、鉄 道 分 野 だ け で な く 、一 部 の バ ス 事 業 者 の IC乗 車 券 に も 採 用 さ れ て い る 。JR東 日 本 な ど 「 Suica」 を 発 行 し て い る 3 事 業 者 と JR西 日 本 が す で に 相 互 利 用 し て い る ほ か 、 関 東 で 磁 気 ス ト ラ イ プ の 共 通 カ ー ド 「 パ ス ネ ッ ト 」 を 発 行 す る 鉄 道 ・ 地 下 鉄 23 事 業 19 P P IC乗 車 券 の 全 て が こ れ ら の 要 件 を 満 た す わ け で は な い 。 ま た ICカ ー ド だ け が こ れ ら の 要 件 を 満 た す と い う も の で も な い 。 PiTaPaは ポ ス ト ペ イ 方 式 を 採 用 し て い る た め 、 チ ャ ー ジ は 不 要 であるが、チャージが必要な鉄道事業者も多数ある。また精算の手間が省けることは、磁気式 の SFカ ー ド で も 可 能 で あ り 、 そ の よ う な サ ー ビ ス も 提 供 さ れ て い る 。 19 者 、 同 じ く 磁 気 方 式 の 「 バ ス 共 通 カ ー ド 」 を 利 用 す る 路 線 バ ス 27 事 業 者 が 、 平 成 18 年 か ら ICカ ー ド 乗 車 券 の 仕 様 を「 FeliCa」で 共 通 化 す る こ と を 決 定 し て お り 、デ ファクトスタンダードになる可能性が高い 20 F P P F 。 ま た 「 FeliCa」 は カ ー ド 発 行 者 が IC チ ッ プ の 余 っ た メ モ リ エ リ ア を 提 携 事 業 者 に 貸 し 出 す こ と が で き る 貸 与 領 域( パ ブ リ ッ ク エ リ ア )を も っ て お り 、自 社 内 利 用 と し て 複 数 の デ ー タ が 格 納 で き る ほ か 、こ の 領 域 を 他 の 事 業 者 に 貸 与 す る こ と に よ り IC カ ー ド ホ ル ダ ー に 対 し て 複 数 の 事 業 者 に ま た が っ た 多 機 能 サ ー ビ ス を 提 供 す る こ と が 可 能 と な る 。 JR 東 日 本 を 始 め 、「 FeliCa」 を 採 用 し て い る 鉄 道 事 業 者 は こ の 貸 与 領 域 を 有 効 に 活 用 し IC カ ー ド の 価 値 を 高 め る こ と が 大 き な 戦 略 上 の 課 題 と なっている。 第4章 第2節 事例研究:東日本旅客鉄道株式会社 第4章 第2節 第1項 21 F P 「 Suica」 の 導 入 の 経 緯 JR 東 日 本 は 鉄 道 事 業 を 基 幹 と し 、 「信 頼 さ れ る 生 活 サ ー ビ ス 創 造 グ ル ー プ 」を め ざ し て い る 。 同 社 の 鉄 道 ネ ッ ト ワ ー ク は 、 関 東 ・ 甲 信 越 ・ 東 北 に ま た が る 1 都 16 県 と い う 広 大 な エ リ ア に 及 び 、都 市 間 輸 送 の 充 実 及 び 沿 線 地 域 の 活 性 化 に 大 き く 貢 献 し て い る 。ま た 同 社 は 小 売 や 飲 食 な ど の 駅 ス ペ ー ス の 活 用 、シ ョ ッ ピ ン グ セ ン タ ー 、オ フ ィ ス 、ホ テ ル 、不 動 産 な ど 、豊 富 な 経 営 資 源 を 活 用 し て 約 1,700 の 駅 を 中 心に高付加価値のサービスを提供している。鉄道事業と相乗効果を発揮しながら、 顧 客 に 快 適 性 と 利 便 性 を 提 供 し て い る と い え よ う 。 そ の JR 東 日 本 が 首 都 圏 の 駅 で IC 乗 車 券「 Suica」の 発 売 を 開 始 し た の が 2001 年 11 月 18 日 で あ り 、そ れ と 同 時 に 、 東 京 、千 葉 、埼 玉 、神 奈 川 、茨 城 な ど 8 県 下 の 26 路 線 424 駅 で「 Suica」に よ る サ ービスを開始した。まずは導入に至るまでの経緯について、以下に述べる。 JR東 日 本 で は 、 国 鉄 が 分 割 民 営 化 し た 87 年 ご ろ か ら 財 団 法 人 鉄 道 総 合 技 術 研 究 所 22 F P P F で ICカ ー ド の 研 究 を 始 め て い た 。 同 社 が ICカ ー ド の 開 発 に 着 手 し た の は 、 磁 気 方 式 の カ ー ド に 比 べ て 多 く の メ リ ッ ト が あ る と 考 え た 為 で あ る 。「 お 客 様 に と っ 20 P P 21 P P 金 融 情 報 シ ス テ ム セ ン タ ー [2004], pp.84-85.を 参 考 に し た 。 東日本旅客鉄道株式会社の事例は、同社のプレス資料、アニュアルレポート、決算短信、 広報誌、雑誌記事、新聞記事、大学への寄付講座講演録、並びに一般書籍をもとに作成してい る。 22 P P 日 本 国 有 鉄 道 の 分 割 ・ 民 営 化 に 先 立 ち 1986 年 12 月 10 日 に 運 輸 大 臣 ( 現 国 土 交 通 省 大 臣 ) の 許 可 を 得 て 発 足 、 1987 年 4 月 1 日 に JR各 社 の 発 足 と 同 時 に 国 鉄 が 行 っ て い た 研 究 開 発 を 継 承する法人として本格的な事業活動を開始した。車両、土木、電気、情報、材料、環境、人間 科学など鉄道技術に関する基礎から応用までのあらゆる分野を研究領域としている。 20 て も 、 JR側 に と っ て も メ リ ッ ト が あ る の は 、『 カ ー ド が き っ ぷ に な る 』 こ と だ と 考 え ま し た 。ICカ ー ド な ら そ れ が 可 能 で す し 、電 子 マ ネ ー 的 な 使 い 方 も で き る カ ー ド に な れ ば と 思 い 、 開 発 を ス タ ー ト さ せ ま し た 。」 JR貨 物 取 締 役 で 、 当 時 鉄 道 総 研 情 報システム研究室・主任研究員だった三木彬生はこう語っている 23 F P P F 。 IC カ ー ド 技 術 の 鉄 道 へ の 応 用 は 、 研 究 開 発 を ス タ ー ト し て 10 年 後 の 97 年 に 実 用 化 の レ ベ ル に 達 し た 。JR 東 日 本 で は 90 年 か ら 磁 気 の 自 動 改 札 機 を 導 入 し て お り 、 その時点では、初期の自動改札設備は相当償却が進んでいた。自動改札機は概ね 10 年 で 老 朽 取 替 え が 必 要 と な る の で 、 次 期 シ ス テ ム を 磁 気 式 の ま ま い く の か 、 IC カードにするのか判断を迫られたちょうどそのころに実用化の目途が立ったとい うことになる。 後でも触れるが、 「 Suica」の 実 用 化 に 向 け た 実 証 実 験 は 3 回 に わ た っ て 行 わ れ て い る 。第 3 次 フ ィ ー ル ド 試 験 は 1997 年 4 月 か ら 始 ま る が 、1998 年 の 3 月 、コ ス ト 面・サ ー ビ ス 面・拡 張 性・安 全 性・最 新 技 術 の 動 向 な ど 、総 合 的 な 経 営 判 断 の 結 果 、 次 期 自 動 改 札 シ ス テ ム は ICカ ー ド を 投 入 す る こ と が 決 定 さ れ 、 2000 年 の サ ー ビ ス 開始を目指した準備が具体的に動き出した 24 F P P F 。 そ も そ も 、 IC カ ー ド の 自 動 改 札 シ ス テ ム の 前 身 で あ る 磁 気 式 の 自 動 改 札 シ ス テ ム の 導 入 の 背 景 は い か な る も の で あ っ た だ ろ う か 。 日 本 で の 自 動 改 札 機 は 、 1967 年 に 阪 急 電 鉄 が 北 千 里 駅 に 導 入 し た の が 始 ま り だ が 、 関 東 で は 導 入 が 遅 れ 、 1990 年 に 入 っ て か ら で あ っ た 。東 京 駅 と 駒 込 駅 を 皮 切 り に 首 都 圏 で の 導 入 を 始 め 、現 在 首 都 圏 で は 、全 て の 駅 を 自 動 改 札 化 し て い る が 、自 動 改 札 機 の 導 入 に よ っ て 、さ ま ざ ま な メ リ ッ ト が も た ら さ れ た 。一 点 目 は 改 札 業 務 に 携 わ る 人 員 を 減 ら し 人 件 費 の 削 減 が 可 能 に な っ た こ と 、二 点 目 は 肉 眼 に 頼 っ て い た キ セ ル の 摘 発 や 不 正 乗 車 を 機 械 で チ ェ ッ ク で き る よ う に な り 、首 都 圏 で 年 間 150 億 円 と い わ れ た 不 正 乗 車 を 防 止 し 運 賃 収 入 面 で の 損 失 を 減 ら し た こ と 、三 点 目 は 自 動 化 に よ っ て 、短 い 時 間 に よ り 多くの乗客が入出場でき大量迅速輸送の要請に応えることが可能となったことが 挙げられる。 ストアードフェアシステム 25 F P P F を導入することができたのも、大きなメリットの 一 つ で あ る 。こ れ は 、磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド で 、事 前 に き っ ぷ を 購 入 し な く と 23 P P 24 P P 25 P P 岩 田 [2005]よ り 引 用 し た 。 高 井 [2003]を 参 照 し た 。 プ リ ペ イ ド カ ー ド ( prepayment card= 代 金 前 払 い カ ー ド ) を 自 動 改 集 札 機 に 入 れ る と 乗 車 駅情報が記録され,取り出し口から受け取って乗車する。降車してから同様に自動改集札機に 入れると乗車区間の運賃をカードの磁気情報から差し引いて戻すシステムを指す。社団法人日 本 民 営 鉄 道 境 界 ホ ー ム ペ ー ジ ( http://www.mintetsu.or.jp/dictionary/sa/082.html) よ り 引 用 し た 。 21 も 、改 札 機 に 直 接 カ ー ド を 投 入 す る こ と で 自 動 的 に 運 賃 が 引 き 落 と し さ れ る と い う も の で あ る 。 JR東 日 本 で は 、「 イ オ カ ー ド 」 と い う 名 前 で リ リ ー ス さ れ た 。 そ れ ま で の「 オ レ ン ジ カ ー ド 」は 、同 じ プ リ ペ イ ド カ ー ド と は い っ て も 、券 売 機 で 切 符 を 購 入 す る こ と が で き る が 、そ れ 自 体 は き っ ぷ に は な ら ず 単 な る 商 品 券 と 同 じ よ う な 位置付けでしかなかった。 こ こ で あ え て 、磁 気 式 の 自 動 改 札 シ ス テ ム に つ い て 言 及 し た の は 、磁 気 式 の 定 期 券 や 磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド が 利 用 者 に 普 及 し て い た と い う 事 実 が 、 IC カ ー ド を 普 及 さ せ る 上 で 大 き な 意 味 を 持 っ て い た と 考 え ら れ る か ら で あ る 。も し「 Suica」 を リ リ ー ス す る 以 前 に 、 JR 東 日 本 の 利 用 者 が プ リ ペ イ ド カ ー ド を 所 持 し た こ と も な く 、 ま た 利 用 し た 経 験 も な け れ ば 、 IC カ ー ド の プ リ ペ イ ド カ ー ド (「 Suica イ オ カ ー ド 」) の 普 及 は な か っ た と 考 え ら れ る し 、 ま た 、「 Suica イ オ カ ー ド 」 の 普 及 が な け れ ば 、 シ ョ ッ ピ ン グ が 可 能 な 電 子 マ ネ ー と し て の 「 Suica」 の 普 及 も な か っ た と考えられる。 さ て 、こ の 磁 気 式 の 自 動 改 札 の シ ス テ ム に 代 わ っ て 導 入 さ れ た の が 、ICカ ー ド 出 改 札 シ ス テ ム で あ る 。 こ の 「 Suica」 の シ ス テ ム は 当 時 、 約 460 億 円 か か る と 試 算 さ れ て お り 、一 方 で 磁 気 式 の 出 改 札 シ ス テ ム の ま ま 設 備 更 新 を 行 な っ て い た と す る と 330 億 円 の コ ス ト が か か る と 試 算 さ れ て い た 。つ ま り ICカ ー ド 化 す る こ と に よ る 追 加 的 な 投 資 額 が 130 億 円 と い う 試 算 結 果 で あ り 、こ の 130 億 円 の 設 備 投 資 に 対 応 するメリットがどれだけあるのかが論点となったとされている 26 F P P F 。 最 終 的 に は 130 億 円 の 追 加 投 資 を 行 な っ て も 、 IC カ ー ド を 導 入 す る 価 値 が あ る と の 判 断 が な さ れ た 訳 だ が 、そ の よ う な 判 断 が な さ れ た 背 景 と し て 以 下 の 点 を 挙 げ る こ と が で き る 。 一 点 目 は 駅 業 務 自 体 を ス リ ム 化 で あ る 。 磁 気 式 が IC に 変 わ っ た だ け で は ス リ ム 化 に つ な が ら な い が 、ク レ ジ ッ ト カ ー ド 等 と 一 体 化 さ せ 、現 金 に よ る チ ャ ー ジ を 減 ら せ ば 入 金 機 等 の 削 減 に つ な が る 。二 点 目 は 、コ ス ト ダ ウ ン で あ る 。 機 械 設 備 の 摩 耗 の 減 少 に よ る メ ン テ ナ ン ス コ ス ト の 削 減 、あ る い は 磁 気 の き っ ぷ の 減 少 な ど に よ っ て 資 材 調 達 コ ス ト を 削 減 す る こ と が で き る 。ま た 三 点 目 は 利 用 者 に と っ て の 利 便 性 の 向 上 で あ る 。駅 で き っ ぷ を 買 わ な く て も 済 む と い う 点 は 磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド で も 実 現 さ れ て い た が 、パ ス ケ ー ス か ら カ ー ド を 取 り 出 さ な く と も 利 用 で き る こ と で 、サ ー ビ ス ア ッ プ に 貢 献 で き る 。さ ら に 磁 気 カ ー ド と 比 較 し て セ キ ュ リ テ ィ が 向 上 す る 点 、 そ し て IC カ ー ド を 利 用 者 に 持 っ て も ら う こ と に よ っ て 、ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス が 大 幅 に 増 え る 点 、こ う い っ た 点 が 評 価 さ れ 実 用 化 に む け て の開発が行われていった。 26 P P 高 井 [2003]を 参 照 し た 。 22 第4章 第2節 第2項 「 FeliCa」 の 採 用 「 Suica」は ソ ニ ー の「 FeliCa」を 採 用 し て い る 。既 に 述 べ た 内 容 と 若 干 重 複 す る か も し れ な い が 、「 FeliCa」 が 採 用 さ れ た 背 景 に つ い て 述 べ る 。 あ わ せ て 「 FeliCa」 が 交 通 IC カ ー ド と し て 普 及 し た 経 緯 に つ い て も 言 及 す る 。 「 FeliCa」 導 入 の 経 緯 を た ど っ て い く と 、 鉄 道 総 研 で IC カ ー ド に よ る 定 期 券 の 開 発 が 行 な わ れ て い る 時 ま で 遡 る 。 ソ ニ ー の IC タ グ 開 発 ス タ ッ フ が 新 聞 記 事 で 鉄 道 総 研 の IC を 用 い た 出 改 札 シ ス テ ム の 開 発 に つ い て 知 り 、「 定 期 券 に 使 う な ら IC タ グ が 向 い て い る か も し れ な い 」と 考 え た と い う 。そ し て 、当 時 ソ ニ ー の 名 誉 会 長 で あ り 、 鉄 道 総 研 の 理 事 長 で も あ っ た 井 深 大 を 介 し て 、 開 発 中 の IC 読 み 取 り 装 置 を 鉄 道 総 研 に み せ る こ と と な っ た 。 鉄 道 総 研 側 は 、 ソ ニ ー が 開 発 中 の IC タ グ 読 取 装 置 に 関 心 を 示 し 、共 同 開 発 を 申 し 出 た と い う 。ソ ニ ー の「 FeliCa」は 、も と も と IC タ グ か ら 出 発 し た が 、紆 余 曲 折 を 経 て 現 在 で は 非 接 触 型 IC チ ッ プ の 代 表 格 と な っ た 。 交 通 IC カ ー ド の デ フ ァ ク ト タ ン ダ ー ド と し て 定 着 し つ つ あ る が 、 そ の き っ か け と な っ た の は 香 港 の 地 下 鉄 に つ か わ れ る IC カ ー ド「 八 達 通( オ ク ト パ ス )」に 採 用 さ れ た こ と だ っ た 。 97 年 に 本 格 的 な サ ー ビ ス 開 始 と な っ た オ ク ト パ ス は 、 カ ー ド を 財 布 や バ ッ グ に い れ た ま ま 、改 札 に か ざ す だ け で 通 れ る ス ピ ー デ ィ ー さ 、交 通 利 用 だ け で な く シ ョ ッ ピ ン グ に も 使 え る 利 便 性 な ど が 強 く 支 持 さ れ 、急 速 な 普 及 を 見 せ た 。国 際 標 準 化 機 構 ( ISO) の 認 証 こ そ 受 け て い な い も の の 、 交 通 カ ー ド と してのデファクトスタンダードの座にあるといってよい。 非 接 触 型 の IC カ ー ド は 決 し て 「 FeliCa」 だ け で は な い 。「 FeliCa」 以 外 に も 「 タ イ プ A 」 と 「 タ イ プ B 」 と い う ISO の 認 証 を 受 け て い る 二 つ の 規 格 が 存 在 し て お り 、「 タ イ プ B 」 は 、 日 本 で も NTT コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ に よ り 2003 年 8 月 か ら 配 布 が 始 ま っ た 住 民 票 基 本 台 帳 カ ー ド に 採 用 さ れ て い る 。し か し「 八 達 通( オ ク ト パ ス )」や「 Suica」、そ の 他 の 交 通 系 IC カ ー ド に 広 く 採 用 さ れ て い る「 FeliCa」は 、 そ の 普 及 度 に お い て 、「 タ イ プ A 」「 タ イ プ B 」 を は る か に 凌 い で い る 。 「 FeliCa」の 優 れ た 特 徴 と し て 以 下 の 3 点 を 挙 げ る こ と が で き る 。一 つ は 処 理 ス ピ ー ド の 速 さ で あ る が 、 鉄 道 乗 車 券 と し て の 「 Suica」 に 求 め ら れ た 最 も 基 本 的 な 要 件 が こ の 「 速 さ 」 で あ る 。 駅 の 混 雑 緩 和 が IC カ ー ド を 導 入 す る 主 要 因 の 一 つ で あるので、読み取りや処理速度が長くなったのでは、導入の意味をなさない。 「 FeliCa」 の 通 信 速 度 は 毎 秒 212 キ ロ ビ ッ ト で あ り 「 タ イ プ A 」「 タ イ プ B 」 と 比 較 し て 、 約 2 倍 の 通 信 速 度 を 実 現 し 「 Suica」 の 開 発 で 最 も 苦 労 し た 「 駅 務 機 器 と カードとの間での安定した通信」の実現に大いに貢献している。 特徴の二点目は高度なセキュリティが確保されている点である。カードとリー ダ・ラ イ タ ー と の 間 の 通 信 、リ ー ダ・ラ イ タ ー と 駅 務 機 器 に 埋 め 込 ま れ て い る コ ン ト ロ ー ラ ー と の 間 の 通 信 は 全 て 暗 号 化 処 理 が な さ れ て い る 。さ ら に デ ー タ を 相 互 認 23 証 す る 都 度 、暗 号 鍵 を 変 更 す る な ど 、安 全 対 策 が 何 重 に も 施 さ れ 、磁 気 カ ー ド と は 安 全 性 に お い て 数 段 の 差 が あ る 。こ の よ う に 高 い 安 全 性 が 確 保 さ れ て い る か ら こ そ 「 FeliCa」は 交 通 カ ー ド の み な ら ず 、少 額 決 済 の 電 子 マ ネ ー 、社 員 証 、ビ ル 等 の 入 館 証 と い っ た 、高 い セ キ ュ リ テ ィ が 前 提 と な る 分 野 で も 採 用 が 進 み 、ま た 一 枚 の カ ードで、それら複数の用途を同時に提供することも可能となっている。 三 点 目 の 特 徴 は 二 点 目 と 深 く 関 わ り が あ る が 、マ ル チ ア プ リ ケ ー シ ョ ン 機 能 を搭 載 し て い る 点 で あ る 。 マ ル チ ア プ リ ケ ー シ ョ ン と は 1 枚 の IC チ ッ プ で 複 数 の 情 報 処理機能を持つことを意味し、今後の可能性を考えれば最も重要な要件と言える。 IC 乗 車 券 や 買 い 物 な ど に も 使 用 で き る 電 子 マ ネ ー の 特 性 、 つ ま り 「 汎 用 性 」 と 、 社 員 証 の よ う に 一 定 の 人 だ け が 使 え る「 個 別 性 」を 同 時 に 提 供 で き る の は 、こ の マ ル チ ア プ リ ケ ー シ ョ ン 機 能 に よ る と こ ろ が 大 き い 。こ れ ら 3 点 が「 FeliCa」の 強 み で あ り 、 JR 東 日 本 が 「 Suica」 に 「 FeliCa」 を 採 用 し た 理 由 で も あ る 。 第4章 第2節 第3項 鉄 道 乗 車 券 と し て の 「 Suica」 鉄 道 の 乗 車 券 と し て の 「 Suica」 の 仕 組 み は ど の よ う な も の だ ろ う か 。 本 節 第 1 項 に お い て 、開 発 過 程 で 3 回 の フ ィ ー ル ド 実 験 を 行 な っ た 点 に つ い て 触 れ た が 、中 で も 改 札 口 の 入 出 場 の 処 理 が 最 も 苦 労 し た 点 で あ り 、そ の 解 決 が ま さ に 実 用 化 に 向 け た 取 り 組 み の 大 き な 部 分 を 占 め て い た 。従 来 の 磁 気 式 の 自 動 改 札 機 で は 入 出 場 の 際 、カ ー ド が 改 札 機 に 投 入 さ れ た 後 、一 度 デ ー タ を 読 み 込 ん で 判 定 し 、デ ー タ を 書 き 込 ん で 最 後 に チ ェ ッ ク す る と い う 処 理 を 0.7 秒 で 行 っ て い る 。IC カ ー ド で は 改 札 処 理 に 必 要 な 電 波 が 飛 ん で い る 通 信 範 囲 が わ ず か 半 径 10 セ ン チ の エ リ ア で あ り 、 こ の エ リ ア に IC カ ー ド を か ざ し て い る 間 に 、 存 在 確 認 ・ 認 証 ・ 読 出 し ・ 判 定 ・ 書 込 み・書 込 み 確 認 と い う 一 連 の 処 理 を 行 う 。し た が っ て 通 信 速 度 を ど れ だ け 上 げ る か、通信可能時間をいかに確保するかが大きな課題であった。 前 述 の と お り 、「 Suica」 の 開 発 、 IC カ ー ド に よ る 出 改 札 シ ス テ ム の 開 発 は 、 87 年頃から研究開発に着手し、その後 1 次、2 次、3 次というフィールド試験を行な っている。 24 図表 4 各試験における規模及び仕様 第 1 次試験 第 2 次試験 第 3 次試験 試験期間 1994/2~3 1995/4~10 1997/4~11 駅数(通路数) 8( 13) 13( 30) 12( 32) モニター数 400 700 800 アプリケーション 定期券 ユーザーメモリ 512bytes 1024bytes 1200bytes 周波数 2.4GHz 32MHz 13.56MHz 通信速度 70kbps 250kbps 電源供給 内臓バッテリー 定 期 券 + SF 250kbps バッテリーレス ( 出 所 ) 高 井 [2003]を も と に 筆 者 作 成 。 図 表 4 は 1 次 か ら 3 次 の 試 験 の 仕 様 等 を 示 し た も の で あ る 。1 次 の 試 験 で は 、通 信 速 度 を 70 キ ロ ビ ッ ト /秒 で お こ な っ た が 、こ れ は 実 用 に 供 す る 速 度 と し て は 遅 す ぎ た 。こ れ を 踏 ま え 2 次 試 験 で は 、一 気 に 250 キ ロ ビ ッ ト の 速 度 ま で あ げ た 。し か し 通 信 速 度 自 体 は 高 い レ ベ ル に 達 し て い る に も か か わ ら ず 、通 信 時 間 が 確 保 で き ず 、 通 過 阻 害 率 が 磁 気 カ ー ド の 4 倍 に 達 し た 。開 発 チ ー ム と し て は 、1 次 試 験 で の 不 具 合を改修し、万全に近い自信をもって望んでいただけに、予想外の結果であった。 開 発 チ ー ム は「 カ ー ド の 使 い 方 に 慣 れ れ ば 、安 定 性 が 高 ま り 信 頼 度 も 向 上 す る 」と 主 張 を し て い た が 「 全 然 使 い 物 に な ら な い 」「 カ ー ド が ま と も に 反 応 し な い こ と が 多 す ぎ る 」「 不 特 定 多 数 が 利 用 す る 改 札 口 で 、 電 車 に 乗 る の に 特 別 な 訓 練 が 必 要 な カ ー ド で は ど う し よ う も な い 」と の 批 判 の 前 で は 、そ れ 以 上 の 反 論 は 意 味 を な さ な かったという 27 F P P F 。通過阻害率、つまり有効な乗車券をかざしているにも関わらず 改 札 が し ま っ て し ま う 割 合 が 、磁 気 カ ー ド の 4 倍 に も 達 し て し ま っ て は 、実 用 化 に は 程 遠 い 。 そ こ で 考 え ら れ た の が 、「 か ざ す の で は な く 触 れ る 」 と い う ア イ デ ア で あ っ た ( 図 表 5 参 照 )。 27 P P 高 井 [2003]を 参 照 し た 。 25 図表 1 「タッチ&ゴー」イメージ図 ( 出 所 ) JR 東 日 本 HP「 Suica 誕 生 ま で の 軌 跡 」 よ り 引 用 。 「 タ ッ チ & ゴ ー 」と は「 Suica」の 利 用 者 に 対 し て 、利 用 方 法 を 説 明 す る た め の 、 い わ ば キ ャ ッ チ フ レ ー ズ の よ う な も の で あ る 。こ れ は 、 「 Suica」自 体 は 非 接 触 型 の カ ー ド で あ る が 、あ え て タ ッ チ し て も ら お う と い う 作 戦 で あ る 。2 回 目 の 実 証 実 験 の 際 に 、モ ニ タ ー 利 用 者 が 改 札 口 を 通 過 す る 際 の 様 子 を ビ デ オ カ メ ラ に 収 め て 観 察 し て い た が 、通 過 す る 際 の か ざ し 方 を 見 る と 、通 信 範 囲 の 上 の ほ う を ス ッ と か ざ す 人 、改 札 機 上 面 に 沿 っ て 這 う よ う に か ざ す 人 な ど 、か ざ し 方 に ば ら つ き が あ る こ と が 分 か っ た 。こ れ で は 通 信 可 能 範 囲 内 に か ざ す 時 間 が 一 定 し な い と い う こ と で 、本 来 触 れ る 必 要 が な い け れ ど も 、 軽 く タ ッ チ す る よ う な 形 、「 タ ッ チ & ゴ ー 」 い わ ゆ る V 字 型 の 処 理 が 考 案 さ れ た 。併 せ て 、リ ー ダ・ラ イ タ ー を 手 前 に 15 度 傾 斜 さ せ 、 触 れ て ほ し い 部 分 を 分 か り や す く 図 示 し 、 そ の 部 分 を LED の ラ イ ト で 明 示 す る と い う 工 夫 を 加 え た 。そ う す る こ と に よ っ て 、浅 く 入 っ て 深 く 出 る 場 合 と 深 く 入 っ て 浅 く 出 る 場 合 の 、通 信 範 囲 内 で か ざ し て い る 時 間 が ほ と ん ど 一 定 に な り 、結 果 的 に 安 定 し た 処 理 が で き る こ と に な っ た 。 こ の 「 触 れ る 」 と い う 考 え 方 は 、 JR 東 日 本 の「 Suica」だ け で な く 、同 じ く「 FeliCa」を 使 っ て い る 交 通 事 業 者 の 共 通 の 考 え と して定着している。 さて、 「 Suica」と デ ー タ の や り 取 り を 行 な っ た 後 、改 札 機 の 入 り 口 に 設 置 さ れ た 読 み 取 り 機 が カ ー ド に 書 き 込 ま れ た 情 報 を 読 み 取 り 、そ れ を 記 録 す る 。各 駅 務 機 器 は LAN で 結 ば れ て お り 、 そ れ ら の 情 報 は 駅 サ ー バ ー に 集 め ら れ た 後 で 、 毎 日 定 期 的 に セ ン タ ー サ ー バ ー へ 送 ら れ 保 管 さ れ る 。1 日 約 400 万 件 を 超 え る ト ラ ン ザ ク シ ョ ン が あ り 、昼 間 に セ ン タ ー サ ー バ ー に 送 ら れ て き た 情 報 は 、夜 間 に バ ッ チ 処 理 さ れ る 。 こ れ に よ り そ れ ぞ れ の 「 Suica」 の 利 用 実 績 が 整 理 さ れ る 。 駅 務 機 器 が カ ー 26 ド と 情 報 交 換 を 行 な っ た 後 、情 報 の 経 路 を 確 実 に 確 保 す る ネ ッ ト ワ ー ク シ ス テ ム の 構 築 も ま た 、大 き な 課 題 と な っ て い た 。例 え ば セ ン タ ー サ ー バ ー に 直 接 デ ー タ を 送 る の で は な く 、一 度 券 売 機 や 改 札 機 な ど 個 々 の 駅 務 機 器 に デ ー タ を 蓄 積 し 、そ の 後 送 信 す る 仕 組 み と し た の は 、仮 に 通 信 が 切 断 さ れ た 場 合 で も 3 日 程 度 の デ ー タ を た め て お く こ と が で き る の で 、そ の 間 に 復 旧 す れ ば 大 き な ト ラ ブ ル は 回 避 す る こ と が できる為である。 「 Suica」シ ス テ ム 全 体 の 安 全 性・安 定 性 向 上 に 大 き く 貢 献 す る と 共に、過度にネットワーク負荷をかけない工夫であると言えるだろう。 こ の よ う な シ ス テ ム 開 発 を 経 て 、 2001 年 11 月 18 日 に 乗 車 券 と し て の 「 Suica」 の サ ー ビ ス を 開 始 し た 。新 し い 乗 車 券 を 導 入 す る 際 に は 事 前 に 発 売 を 開 始 す る の が 普 通 で あ る が「 Suica」導 入 の 際 に は そ れ が で き な か っ た 。な ぜ な ら ば 、 「 Suica」の サービスを開始するに当たっては膨大な駅務機器を取り替える必要があった為で あ る 。鉄 道 事 業 の 特 性 上 、サ ー ビ ス 提 供 を 停 止 す る こ と が 許 さ れ る 時 間 帯 は 、深 夜 か ら 早 朝 に か け て の 数 時 間 し か な い 。も し「 Suica」を 事 前 に 発 売 す る の で あ れ ば 、 駅 務 機 器 の 取 替 え を 、サ ー ビ ス 開 始 に 合 わ せ て 一 斉 に 行 わ な け れ ば な ら な い 。逆 に それができないのであれば、 「 Suica」の 発 売 は 新 し い 駅 務 機 器 へ の 取 り 替 え が 終 了 し た 後 で な け れ ば な ら な か っ た 。結 局 JR 東 日 本 の 取 っ た 方 法 は 後 者 で あ っ た た め 、 改札機の取替えはサービス開始の 3 ヶ月前から着手することができた。しかし 「 Suica」の 事 前 発 売 は 一 切 行 な わ れ る こ と な く 、ま さ に 2001 年 11 月 18 日 ゼ ロ か らのスタートとなった。 ゼロからのスタートだったにもかかわらず、 「 Suica」は 順 調 に 発 売 枚 数 を 伸 ばし た 。 導 入 後 わ ず か 19 日 で 「 Suica」 の 発 行 枚 数 が 100 万 枚 を 超 え 、 2 ヵ 月 後 に は 定 期 券 120 万 枚 、 「 Suicaイ オ カ ー ド 」 28 80 万 枚 を 普 及 さ せ 、合 計 200 万 枚 と な っ た 。 F P P F こ れ は 当 面 の 目 標 と し て 掲 げ て い た 600 万 枚 の 3 分 の 1 を 早 く も 達 成 し た こ と に な る 。さ ら に 1 年 経 過 し た 2002 年 11 月 に は 、定 期 券 267 万 枚 、 「 Suicaイ オ カ ー ド 」 233 万 枚 の 合 計 500 万 枚 と な っ た 、そ し て 2 年 が 経 過 し た 2003 年 11 月 に は 合 計 で 750 万 枚 を 突 破 し 、2004 年 10 月 26 日 に は「 Suica定 期 」447 万 枚 、「 Suicaイ オ カ ー ド 」 527 万 枚 、 ク レ ジ ッ ト カ ー ド 「 ビ ュ ー Suica」 が 26 万 枚 と 、 つ い に 1,000 万 枚 を突破するに至った 第4章 第2節 29 F P P F 。 第4項 電 子 マ ネ ー と し て の 「 Suica」 2003 年 3 月 4 日 、JR 東 日 本 は「 Suica」が 新 幹 線 で 利 用 可 能 と な る 発 表 と 同 時 に 、 28 P P JR東 日 本 が 従 来 か ら 普 及 さ せ て い た 磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド の こ と を 「 イ オ カ ー ド 」 と 呼 ん で お り 、 Suicaイ オ と は ICカ ー ド 化 し た プ リ ペ イ ド カ ー ド の こ と を 言 う 。 29 P P 発 行 枚 数 に つ い て は 、 各 時 点 に お け る プ レ ス 資 料 「 JR東 日 本 ニ ュ ー ス 」 に よ る 。 27 「 Suica イ オ カ ー ド 」 の バ リ ュ ー を シ ョ ッ ピ ン グ に も 利 用 で き る よ う に す る 計 画 が あ る こ と を 発 表 し た 。 こ れ を 期 に JR 東 日 本 が 新 た な ビ ジ ネ ス と し て 電 子 マ ネ ー 事 業に参入していくことになる。 電 子 マ ネ ー は 、 現 在 で は 「 Edy」 や 「 Suica」 等 非 接 触 IC カ ー ド が 主 流 と な っ て い る が 、過 去 の 電 子 マ ネ ー の 全 て が そ う で は な か っ た し 、ま た そ れ が 普 及 に つ な が らなかった理由でもある。 「 Suica」の 使 い 勝 手 の 良 さ の 一 つ に 、カ ー ド を 財 布 や パ スケースに入れたまま自動改札機にタッチするだけで通過できる点が挙げられる が 、こ の「 か ざ す だ け 」で 何 で も で き る と い う イ メ ー ジ が 、そ れ ま で の 電 子 マ ネ ー との大きな違いである。 電子マネーは世界的にも数多く開発され、既に何度も実験がくり返されている。 そ の 最 初 と も い え る の が 1995 年 、 英 国 で 行 な わ れ た 「 モ ン デ ッ ク ス 」 の 実 証 実 験 で あ っ た 。こ の と き は ス ウ ィ ン ド ン と い う 小 さ な 町 に 限 定 し て 電 子 マ ネ ー の 流 通 が 試 み ら れ た 。ま た 、98 年 か ら 99 年 に は ビ ザ・イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル が 中 心 と な っ て 開発したビザ・キャッシュの実証実験が東京・渋谷を中心に行なわれた。さらに 1999 年 か ら 2000 年 に か け て は NTTや 銀 行 を 中 心 と す る 共 同 プ ロ ジ ェ ク ト が 、 東 京・新 宿 で ス ー パ ー キ ャ ッ シ ュ の 実 証 実 験 を 行 な っ て い る 。し か し こ れ ら の 実 証 実 験 は 、そ の ほ と ん ど が 加 盟 店 の 端 末 機 に ICカ ー ド を 差 し 込 ん で 決 済 を 行 な う 方 式 で 、 い わ ゆ る 接 触 型 ICカ ー ド に よ る も の で あ っ た 。接 触 型 ICカ ー ド の 場 合 、財 布 か ら カ ー ド を 取 り 出 し 、端 末 機 に 差 し 込 み 、暗 証 番 号 を 打 ち 込 ん で 決 済 す る 。接 触 型 は セ キ ュ リ テ ィ 面 で は 優 れ て い て も 、 扱 い は 面 倒 で 、 実 験 で は 年 間 利 用 件 数 10 万 件 に 満 た な い も の が ほ と ん ど だ っ た 。そ し て こ れ ら 全 て が 、開 発 の 途 中 で 頓 挫 し そ の 後 の実用化に結びつかなかった 30 F P P F 。 こ れ ら の 電 子 マ ネ ー の 事 業 主 体 と な っ た ク レ ジ ッ ト カ ー ド 会 社 や 銀 行 は 、JR東 日 本 と 比 較 す る と 決 済 ビ ジ ネ ス に お い て は る か に 認 知 度 が 高 く 、ブ ラ ン ド イ メ ー ジ も 勝 っ て い た は ず で あ る 。と こ ろ が 、ビ ュ ー カ ー ド 31 F P P F で僅かに実績があるとはいえ、 一 般 の 消 費 者 に は カ ー ド 会 社 と し て は あ ま り 認 知 さ れ て い な い JR東 日 本 が 、電 子 マ ネ ー 「 Suica」 に お い て モ ン デ ッ ク ス や ビ ザ ・ キ ャ ッ シ ュ 、 ス ー パ ー キ ャ ッ シ ュ を 凌 い で 普 及 が 進 ん で い る の は 、バ リ ュ ー を 蓄 積 す る「 ウ ォ レ ッ ト 」と し て の 非 接 触 型 ICカ ー ド が 乗 車 券 と し て 普 及 し て い た か ら と 考 え る の は 理 に か な っ て い る と 言 え よ う 。 多 く の 利 用 者 が 鉄 道 乗 車 券 と し て 「 Suica」 を 保 有 し て い な か っ た ら 、 電 子 マ ネ ー 事 業 に 参 入 し た と し て も 成 功 し た か ど う か は 疑 問 で あ る し 、お そ ら く 参 入 な ど 考 え ら れ な か っ た の で は な い だ ろ う か 。決 済 ビ ジ ネ ス に お け る ブ ラ ン ド 力 不 足 30 P P 31 P P い ず れ の 事 例 も 三 輪 [2000]を 参 考 と し た 。 JR東 日 本 の ハ ウ ス カ ー ド で あ り 、 1993 年 か ら 発 行 さ れ て い る 。 28 を、カードホルダー数でカバーしたと考えるのがよいだろう。 単 な る 鉄 道 乗 車 券 で あ っ た 「 Suica」 に 電 子 マ ネ ー 機 能 を 追 加 し 新 た な 付 加 価 値 を も た せ る 過 程 に お い て 、ビ ュ ー カ ー ド を 運 営 し て い る カ ー ド 事 業 部 が 存 在 し 決 済 などのノウハウを持つ専門家が揃っていたことは、大きなプラスの要因であった。 カ ー ド 事 業 部 は 鉄 道 事 業 を 補 完 す る 目 的 で 92 年 に 設 立 さ れ た 部 署 で あ る が 、 自 社 の ク レ ジ ッ ト カ ー ド の 発 行 と 運 営 ・ 管 理 の ノ ウ ハ ウ は そ の ま ま 「 Suica」 の 電 子 マ ネ ー で 必 要 な ノ ウ ハ ウ と し て 生 か さ れ る こ と に な り 、こ う し た 社 内 に 蓄 積 さ れ た ナ レ ッ ジ 「 見 え ざ る 資 産 」 を 十 分 に 活 用 で き た 点 も 、 JR 東 日 本 に と っ て は 幸 い な こ とであった。 「 Suica」で 本 格 的 に シ ョ ッ ピ ン グ サ ー ビ ス を 実 施 し た の は 、2004 年 3 月 22 日 で あ り 、 こ の 時 点 で 東 京 、 神 奈 川 、 千 葉 、 埼 玉 な ど 首 都 圏 と 仙 台 で 「 Suica」 を 使 っ た シ ョ ッ ピ ン グ が 可 能 と な っ た 。鉄 道 利 用 の プ リ ペ イ ド カ ー ド と し て の バ リ ュ ー と 電 子 マ ネ ー の バ リ ュ ー 合 わ せ て 2 万 円 ま で チ ャ ー ジ で き 、パ ス ケ ー ス や 財 布 に 入 れ た ま ま 、端 末 に か ざ す だ け で 買 い 物 を す る こ と が で き る 。小 銭 を 出 す 手 間 、お つ り をしまう手間はない。当初の加盟店は駅ナカ 32 F P P F の 書 店 「 BOOK GARDEN」 や 飲 食 店 「 グ ッ ド タ イ ム ス 」、 お 土 産 店 「 ギ フ ト ガ ー デ ン 」 な ど 64 駅 196 店 で あ っ た が 、 8 月 ま で に は 駅 の コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア 「 NEW DAYS 」 や フ ァ ー ス ト フ ー ド 「 Becker’s」や コ ー ヒ ー シ ョ ッ プ「 BECK’S」で も 使 え る よ う に な り 、2004 年 12 月 16 日 現 在 で 、 679 店 舗 ま で 増 加 し て い る 。 利 用 件 数 は 、 2004 年 3 月 の 導 入 当 初 は 一 日 あ た り 3,000 件 程 度 で あ っ た が 、 2004 年 7 月 時 点 で は 約 5 万 件 に ま で 増 加 し 、 2005 年 4 月 末 に は 10 万 件 を 達 成 し て い る 。「 Suica」 の 発 行 枚 数 は 約 1,201 万 枚 に の ぼ り 、そ の う ち 電 子 マ ネ ー 機 能 を 搭 載 し た も の は 、685 万 枚 、利 用 可 能 店 舗 数 も 1,000 店 を 超 え て い る 33 F P P F 。 「 Suica」 を 利 用 し た シ ョ ッ ピ ン グ は 難 し い も の で は な い 。 ま ず は バ リ ュ ー を チ ャ ー ジ す る と こ ろ か ら 始 ま る が 、 駅 の 「 Suica」 マ ー ク の あ る 自 動 券 売 機 あ る い は カード発売機、乗り越し精算機にカードを入れ、現金等によりチャージを行なう。 既 に 鉄 道 利 用 目 的 で の チ ャ ー ジ の 経 験 が あ れ ば 、新 た に 覚 え な け れ ば な ら な い 操 作 は 全 く な い 。チ ャ ー ジ さ れ た バ リ ュ ー は 、電 車 の 乗 り 降 り 、シ ョ ッ ピ ン グ の ど ち ら に も 使 う こ と が 可 能 で あ る の で 、シ ョ ッ ピ ン グ 用 、鉄 道 用 の 区 別 は 必 要 な い 。ま た ク レ ジ ッ ト カ ー ド か ら キ ャ ッ シ ュ レ ス で チ ャ ー ジ す る こ と も 可 能 で あ る 。「 Suica」 32 P P デパートの地下の惣菜店などを「デパ地下」とよぶのになぞらえて、駅構内で展開する店 舗 を JR東 日 本 で は 「 駅 ナ カ 」 と 呼 ん で い る 。 33 P P 利 用 件 数 ・ 発 行 枚 数 等 に つ い て は 、 各 時 点 に お け る プ レ ス 資 料 「 JR東 日 本 ニ ュ ー ス 」 に よ る。 29 に バ リ ュ ー が チ ャ ー ジ さ れ て い れ ば 、コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア の レ ジ 等 で 従 業 員 の 指 示 に 従 っ て 精 算 機 に カ ー ド を タ ッ チ し 、あ る い は キ ヨ ス ク の 自 動 精 算 機 、自 動 販 売 機、コインロッカーの専用端末機にタッチすることで支払いを行なえる。 「 Suica」 シ ョ ッ ピ ン グ の 利 点 に つ い て 、 JR東 日 本 総 合 企 画 本 部 ITビ ジ ネ ス 部 次 長 、 大 場 善 幸 氏 は 次 の よ う に 語 っ て い る 。「 第 一 に 多 く の 皆 さ ん は す で に 『 Suica』 と い う カ ー ド を 持 っ て お ら れ ま す 。わ ざ わ ざ 新 し い カ ー ド を 申 し 込 む 必 要 が あ り ま せ ん 。二 つ 目 は 通 勤 や 通 学 で 利 用 す る 駅 に 店 が あ る 。電 車 に 乗 っ た り 降 り た り す る と き に 、目 の 前 に 店 が あ っ て 買 い 物 が で き る 。し か も 店 が 集 中 し て い る と い う 利 便 性 で す 。三 つ 目 に キ ャ ッ ス レ ス で 、小 銭 が 要 ら な い し 、お つ り を 貰 う 手 間 も あ り ま せ ん 。 し か も カ ー ド を パ ス ケ ー ス に 入 れ た ま ま で 使 え る か ら 便 利 な の で す 。」 34 F P こ の 大 場 氏 の 発 言 は 、電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に お け る JR東 日 本 の 優 位 性 に つ い て 述 べ た も の と 解 釈 で き る 。大 場 氏 の 発 言 の 中 で 、一 点 目 の 指 摘 は 、顧 客 に 蓄 積 さ れ た 有 形 資 産 の メ リ ッ ト に つ い て 言 及 し た も の で あ る 。鉄 道 輸 送 を 提 供 す る プ ロ セ ス の 中で、利用者が乗車券を入手するプロセスがある 35 F P P F が、電子マネービジネスの側 面 か ら 見 る と 、利 用 者 に 乗 車 券 を 渡 す と い う 行 為 に よ っ て 、電 子 マ ネ ー の「 ウ ォ レ ッ ト 」と な る べ き 、ICカ ー ド を 保 有 さ せ て い る と 言 え る 。こ の こ と が 、電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス を 展 開 す る 上 で 極 め て 効 果 的 で あ る と 述 べ た も の と 理 解 で き る 。二 点 目 の 指 摘 は 、自 社 が 保 有 す る「 駅 」と い う 有 形 資 産 の 有 効 性 を 述 べ た も の で あ る 。従 来 の 鉄 道 事 業 者 の 多 角 化 の 実 態 を 見 て も 、「 駅 」 を 戦 略 的 な 資 産 と 位 置 付 け 、 シ ナ ジ ー を 発 揮 さ せ る の が 典 型 的 な 手 法 で あ っ た 。電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 に 際 し て も 、こ の 考 え 方 が 当 て は ま る こ と を 示 唆 し た も の で あ る 。三 点 目 の 指 摘 は 、非 接 触 型 の ICカ ー ド と い う ツ ー ル が 持 つ 優 位 性 に つ い て 述 べ た も の で あ る 。過 去 の 接 触 型 ICカ ー ド を 利 用 し た 電 子 マ ネ ー と 比 較 し た 場 合 の 優 位 性 に つ い て は こ の 点 を 挙 げ ることができるだろう 36 F P P F 。 JR 東 日 本 に と っ て 、 加 盟 店 を 増 や す こ と は 必 ず し も 容 易 で は な か っ た が 「 駅 」 と い う 資 産 は 大 い に プ ラ ス に 作 用 し た 。電 子 マ ネ ー を 普 及 さ せ て い く プ ロ セ ス の 第 一 段 階 は 、 ま さ に 「 駅 ナ カ 」 の 店 舗 で 「 Suica」 が 使 え る よ う に す る こ と で あ っ た と い え る 。 2005 年 1 月 に 発 表 さ れ た JR 東 日 本 の 中 期 計 画 「 ニ ュ ー フ ロ ン テ ィ ア 2008」 で は 「 駅 」 を 最 大 の 経 営 資 源 と 位 置 づ け 、「 駅 」 を さ ら に 便 利 で 魅 力 あ る も の に か え て い く と 述 べ ら れ て い る 。ま た 、鉄 道 利 用 者 に と っ て の 駅 と し て だ け で な 34 P P 35 P P 36 P P 岩 田 [2005]よ り 引 用 し た 。 図表1を参照。 「 Suica」に と っ て は「 Edy」が 最 大 の 競 合 相 手 と い え る が 、 「 Edy」も「 Suica」同 様「 FeliCa」 を 採 用 し て い る た め 、 こ の 点 は 「 Edy」 に 対 す る 差 別 化 の 源 泉 と は な り 得 て い な い 。 30 く 、地 域 の ラ ン ド マ ー ク と し て の 駅 、さ ら に は「 駅 ナ カ ビ ジ ネ ス 」の 活 性 化 に よ り 、 競 争 力 の 高 い 小 売・飲 食 業 態 の 確 立 も 目 指 し て い る 。冒 頭 で 鉄 道 利 用 者 が 減 少 傾 向 に あ る 点 に つ い て 述 べ た が 、 JR 東 日 本 で も 、 1992 年 度 か ら 運 輸 収 入 が 徐 々 に 減 少 し て お り 、そ の 運 輸 収 入 の 落 ち 込 み を カ バ ー す る た め 、駅 ナ カ の 開 拓 を は じ め と す る「 生 活 サ ー ビ ス 」を 収 益 の 柱 と し て 育 て る こ と に 力 を 注 い で い る 。駅 を 高 付 加 価 値 の 商 業 ス ペ ー ス に 変 え て い く 取 り 組 み が 、そ の 最 た る も の と い っ て よ い 。そ の 意 味 で 、「 駅 ナ カ 」 の 店 舗 を 加 盟 店 と す る 取 り 組 み は 、 電 子 マ ネ ー と し て の 「 Suica」 の 魅 力 を 高 め る の に 役 立 つ と 同 時 に 、「 駅 ナ カ 」 の 価 値 向 上 に も 役 立 つ も の と 言 え るだろう。 JR東 日 本 フ ロ ン テ ィ ア サ ー ビ ス 研 究 所 の 調 査 37 F P P F によると、移動中の消費が多い の は コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア・売 店・自 動 販 売 機・喫 茶 店・ド ラ ッ グ ス ト ア な ど で あ る 。 実 際 こ れ ら の 店 舗 は 駅 構 内 に も 多 く 立 地 し て お り 、「 鉄 道 を 利 用 し て 移 動 す る 途 中 に ち ょ っ と 寄 る 」と い う よ う な 利 用 が な さ れ て い る と い う 。従 っ て 駅 構 内 で は 省 時 間 型 店 舗 を 設 置 す る こ と が 、利 用 者 の ニ ー ズ に マ ッ チ し て い る と い う こ と が 分 かる。 「駅での滞在時間は利用者からしてみると、 『 待 ち 時 間 』で あ り 、あ ま り 望 ま し く な い 時 間 の 過 ご し 方 で あ る 。一 方 で 、た と え 消 極 的 で あ っ て も 、あ る 程 度 以 上 の 時 間 駅 に 滞 在 す れ ば 、消 費 は 発 生 す る 。駅 と 消 費 の か か わ り を 調 査・研 究 し て い く 中 で は 、い わ ゆ る『 消 費 の 場 』と し て の 駅 だ け で は な く『 時 間 消 費 の 場 』と し て の 駅 と い う 視 点 も 重 要 で あ ろ う 」と 述 べ て お り 、駅 を さ ら に 便 利 で 魅 力 あ る も の に 変えていく姿勢がうかがえる。 「 Suica」を 活 用 し た 新 し い ラ イ フ ス タ イ ル の 「 ニ ュ ー フ ロ ン テ ィ ア 2008」で は 、 提 案 に つ い て 、一 つ の 大 き な 項 目 と し て 取 り 上 げ て い る 。 「 JR 東 日 本 グ ル ー プ の サ ー ビ ス の あ り 方 に 変 化 を も た ら す だ け で な く 、お 客 様 へ の 新 し い ラ イ フ ス タ イ ル の 提 案 を 可 能 と す る 高 い ポ テ ン シ ャ ル を 持 っ て い ま す 」と 述 べ 、そ の 資 産 価 値 の 高 さ に つ い て 自 ら 言 及 し て い る 。鉄 道 利 用 者 、あ る い は 鉄 道 非 利 用 者 を 含 む 一 般 消 費 者 が 「 Suica」 を 所 有 す る こ と に よ る 潜 在 的 な メ リ ッ ト は 大 き く 、 そ れ を 具 現 化 し て いくことが中期経営計画の大きな課題であることを強調している。 「 Suica」ビ ジ ネ スをグループの中核として成長・発展させるという意気込みは、顧客が保有する JR 東 日 本 固 有 の 有 形 の 資 産( =「 Suica」)が「 駅 」と い う 企 業 内 部 に 蓄 積 さ れ て い る 資 産 と 相 乗 効 果 を 発 揮 す る こ と に よ っ て 、大 き な 価 値 を 生 み 出 す こ と を 認 識 し て いるからといえるだろう。 第4章 37 P P 第2節 第5項 今 後 の 「 Suica」 の 展 開 に つ い て 前 川 他 [2003]を 参 考 と し た 。 31 電 子 マ ネ ー と し て の 「 Suica」 に つ い て 、 こ れ ま で の 発 展 経 緯 等 に つ い て 述 べ て き た が 、 今 後 の 「 Suica」 の 展 開 に つ い て は 、 利 用 シ ー ン に つ い て 多 様 な 広 が り を 見 せ る こ と が 示 唆 さ れ て い る 。「 ニ ュ ー フ ロ ン テ ィ ア 2008」 に お い て は 、「 Suica」 の 利 用 シ ー ン と し て 、駅 ナ カ だ け で は な く 、駅 の 外 、い わ ゆ る「 街 ナ カ 」で の 利 用 も 積 極 的 に 推 進 す る こ と を 述 べ て い る 。コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア や レ ス ト ラ ン 、書 店 な ど の 加 盟 店 拡 大 に 積 極 的 に 取 り 組 む ほ か 、金 融 機 関 、航 空 会 社 な ど グ ル ー プ 外 と の提携拡大を目指し 38 F P P F 提 携 事 業 者 間 で の ポ イ ン ト 交 換 や 「 Suica」 の 認 証 機 能 を 活 用したビル入退館管理システムの導入も進めている 39 F P P F 。 「 駅 の 外 」と 言 う と き 、必 ず し も シ ョ ッ ピ ン グ 利 用 の 電 子 マ ネ ー 機 能 だ け の こ と を指しているわけではなく、広告媒体と連携したレコメンデーションツール 40 F P P F と し て の 利 用 や 入 退 館 シ ス テ ム と し て の 利 用 の 他 、も と も と の 機 能 で あ る 鉄 道 乗 車 券 と し て の 機 能 を JR東 日 本 以 外 の 鉄 道 事 業 者 に 提 供 す る こ と も 含 め て 検 討 し て い る 。 既 に JR東 日 本 以 外 で も 東 京 モ ノ レ ー ル や 東 京 臨 海 高 速 鉄 道 が 「 Suica」 の 発 行 主 体 と な っ て い る 他 、 JR西 日 本 の 発 行 す る IC乗 車 券 「 ICOCA」 と の 相 互 利 用 も 可 能 と な っ て い る 。 ま た ㈱ ス ル ッ と KANSAIが 発 行 す る 「 PiTaPa」 と の 相 互 利 用 や 、 今 後 IC化 が 計 画 さ れ て い る 、 「パスネット」 「 バ ス 共 通 カ ー ド 」と の 相 互 利 用 に む け て の 準備も進められている 41 F P P F 。JR他 社 や バ ス 、私 鉄 で「 Suica」が 使 え る よ う に な れ ば、 今 は 東 日 本 に 限 定 さ れ て い る サ ー ビ ス エ リ ア も 全 国 に 広 が る 可 能 性 が あ る 。電 子 マ ネ ー と し て の 利 用 機 会 も 東 日 本 エ リ ア だ け で な く 、全 国 規 模 で 生 ま れ る こ と に な り 、 大 き な ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス に 結 び つ く 可 能 性 が 高 い 。ま た 、㈱ エ ヌ・テ ィ・テ ィ・ド コモなどの携帯電話事業者とのアライアンスを通じて、 「 Suica」へ の チ ャ ー ジ 、チ ケ ッ ト の 予 約・購 入 、オ ン ラ イ ン シ ョ ッ ピ ン グ で の 電 子 決 済 機 能 の 拡 充 な ど 、モ バ 38 P P 2005 年 4 月 末 時 点 で の 主 な 加 盟 店 チ ェ ー ン は 、コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア で は 、フ ァ ミ リ ー マ ート・スリーエフ、レストランではサンマルクカフェ、書店では丸善・三省堂などがある。そ の他、劇団四季、大丸東京店、ビッグカメラ、新星堂、マツモトキヨシ、ドトールコーヒーシ ョップの一部店舗でも利用可能である。またみずほ銀行や日本航空との間でカード事業におけ る 提 携 を 発 表 し て い る 。 い ず れ も プ レ ス 資 料 「 JR東 日 本 ニ ュ ー ス 」 に よ る 。 39 P P セ ン ト ラ ル 警 備 保 障 ㈱ と 共 同 で 、 ビ ル 入 退 館 管 理 シ ス テ ム を 商 品 化 し て い る 。 JR東 日 本 グ ループ内で採用しているほか、ユーシーカードの一部のオフィスで採用実績がある。いずれも プ レ ス 資 料 「 JR東 日 本 ニ ュ ー ス 」 に よ る 。 40 P P 携 帯 電 話 を 予 め 登 録 し て お き 、自 分 の 保 有 す る Suicaを ポ ス タ ー に か ざ す と 、携 帯 電 話 に そ のポスターにかかれているショップの情報やクーポンが送信されてくるような仕組みを言う。 プ レ ス 資 料 「 JR東 日 本 ニ ュ ー ス 」( 2005 年 2 月 8 日 ) を 参 照 し た 。 41 P P プ レ ス 資 料 「 JR東 日 本 ニ ュ ー ス 」( 2004 年 1 月 30 日 、 2004 年 4 月 27 日 ) に よ る 。 32 イル端末を活用したインターネットとの融合を積極的に進めていく計画がある 42 F P P F が 、こ れ に よ り リ ア ル な 店 舗 で の 利 用 だ け で な く 、イ ン タ ー ネ ッ ト シ ョ ッ ピ ン グ で の決済手段としての広がりも期待できる。 「 Suica」 は 今 後 さ ら に ホ ル ダ ー 数 や 加 盟 店 数 を 増 や す こ と が 期 待 さ れ る と 同 時 に 、「 乗 車 券 」 や 「 財 布 」 と し て の 機 能 以 外 に も 、 様 々 な 用 途 に 使 わ れ る 可 能 性 が 示 さ れ て い る 。 磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド を 起 源 と す る JR 東 日 本 の カ ー ド は 、 時 代 と と も に バ ー ジ ョ ン ア ッ プ を 繰 り 返 し 、高 い 機 能 性 を 携 え て 多 く の 人 の 日 常 生 活 の中に入り込んでいるといえるのではないだろうか。 第4章 第3節 事 例 研 究 : 株 式 会 社 ス ル ッ と KANSAI及 び 阪 急 電 鉄 株 式 会 社 第4章 第3節 第1項 43 F P ス ル ッ と KANSAI と は 阪 急 電 鉄 で IC乗 車 券 「 PiTaPa」 が 導 入 さ れ た の は 2004 年 8 月 1 日 で あ る 。 た だ し 、注 意 し な け れ ば な ら な い の は 、阪 急 電 鉄 が 直 接「 PiTaPa」の 発 行 主 体 と な っ て い る わ け で は な く 、 発 行 ・ 運 営 は ㈱ ス ル ッ と KANSAI 44 が 行 な っ て い る 点 で あ る 。 F P P F そ も そ も 「 ス ル ッ と KANSAI」 と は 1996 年 に 関 西 の 鉄 道 ・ バ ス 5 社 局 で 開 始 し た 鉄 道・バ ス 共 通 の プ リ ペ イ ド カ ー ド シ ス テ ム で あ る が 、こ の シ ス テ ム に つ い て 言 及 す る に は 、 ス ル ッ と KANSAI協 議 会 、 ㈱ ス ル ッ と KANSAIに つ い て 説 明 す る こ と が 必 要 と な る 。ま ず は サ ー ビ ス と し て の ス ル ッ と KANSAI、ス ル ッ と KANSAI協 議 会 、 ㈱ ス ル ッ と KANSAIに つ い て こ れ ま で の 経 緯 等 に つ い て 述 べ る こ と と す る 。 エラー! リンクが正しくありません。 「 ス ル ッ と KANSAI」の 源 流 は 、1990 年 2 月 に 関 西 の 鉄 道 事 業 者 で 組 織 す る「 関 42 P P プ レ ス 資 料「 JR東 日 本 ニ ュ ー ス 」 ( 2005 年 2 月 22 日 )に よ る 。フ ェ リ カ ネ ッ ト ワ ー ク ス ㈱ へ の 資 本 参 加 を 行 な っ た 後 、 フ ェ リ カ ネ ッ ト ワ ー ク ス ㈱ の 主 要 株 主 で あ る 、 ソ ニ ー や NTTド コ モ と 共 同 で 、 FeliCaを 携 帯 電 話 に 搭 載 し た 「 モ バ イ ル Suica」 を 導 入 す る こ と を 発 表 し た 。 43 P P 株 式 会 社 ス ル ッ と KANSAI及 び 阪 急 電 鉄 株 式 会 社 の 事 例 は 、プ レ ス 資 料 、広 報 誌( H P 含 む )、雑 誌 記 事 、新 聞 記 事 、並 び に 横 江 友 則 氏( 株 式 会 社 ス ル ッ と K A N S A I 代 表 取 締 役 専 務 、 スルッとKANSAI協議会事務局長)へのインタビューをもとに作成している。 44 P P 「 ス ル ッ と KANSAI」 と は 協 議 会 の 名 称 、 商 品 ・ サ ー ビ ス と し て の 名 称 、 株 式 会 社 と し て の名称に使われているので、注意が必要である。本稿では、協議会を指す場合は「スルッと KANSAI協 議 会 」又 は「 協 議 会 」、商 品・サ ー ビ ス 名 を 指 す と き に は「 ス ル ッ と KANSAI」、カ ー ド 発 行 等 を 行 な っ て い る 株 式 会 社 を 指 す と き に は 「 ㈱ ス ル ッ と KANSAI」 又 は 「 株 式 会 社 ス ル ッ と KANSAI」 と 表 記 す る 。 33 西 出 改 札 シ ス テ ム 研 究 会 」の 中 に「 カ ー ド 部 会 」を 設 置 し 、将 来 の 共 通 化 に 備 え た 検 討 を 開 始 し た と き に さ か の ぼ る 。そ の 検 討 内 容 は 関 西 全 域 を カ バ ー で き る 共 通 の ス ト ア ー ド フ ェ ア シ ス テ ム の 構 築 を 前 提 に 、カ ー ド の 磁 気 情 報 等 シ ス テ ム の 共 通 化 実 施 時 に 必 要 な 事 項 を ほ ぼ 網 羅 し た も の で あ っ た と い う 。こ の と き 既 に「 ス ル ッ と KANSAI」の 骨 格 が 確 立 さ れ た と 言 わ れ て い る 。阪 急 電 鉄 が 自 社 の み で 利 用 可 能 な プ リ ペ イ ド カ ー ド「 ラ ガ ー ル カ ー ド 」を 導 入 し た の は 1992 年 で あ っ た が 、1996 年 に な る と 大 阪 市 交 通 局 、阪 急 電 鉄 、阪 神 電 鉄 、能 勢 電 鉄 、北 大 阪 急 行 の 5 社 で 共 通 利 用 が 可 能 な「 ス ル ッ と KANSAI」の サ ー ビ ス が 始 ま り 、以 降 加 盟 社 局 は 拡 大 を 続 け て い る ( 図 表 6 を 参 照 )。 ス ル ッ と KANSAI協 議 会 は「 加 盟 各 社 局 ご 利 用 の お 客 様 の 利 便 性 向 上 を 促 進 す る と 共 に 、公 共 交 通 機 関 と し て 一 体 性 の あ る 運 輸 事 業 の 健 全 な 発 展 を 図 る こ と 」を 目 的 に 設 立 さ れ た 任 意 団 体 で あ り 、 2005 年 4 月 時 点 で は 、 関 西 圏 を 中 心 に 岡 山 地 区 を 含 め 、 計 49 事 業 者 で 構 成 さ れ て い る 45 F P P F 。 ㈱ ス ル ッ と KANSAIは 協 議 会 か ら 事 務 局 業 務 を 委 託 さ れ た 法 人 で あ り 、協 議 会 で 意 思 決 定 さ れ た 事 柄 を 実 行 す る の が 主 な 役 割 と な っ て い る 。協 議 会 発 足 当 時 、最 初 は 阪 急 電 鉄 が 事 務 局 を 引 き 受 け た が 、事 務 局 は 加 盟 各 社 局 で 持 ち 回 り に す る こ と と な っ て い た 。し か し な が ら 、業 務 量 が 増 加し、持ち回りでの対応が困難となったため、専任の事務局を作ることになり、6 社 か ら 人 を 出 し て 2000 年 3 月 、 大 阪 駅 前 第 2 ビ ル に 発 足 し た 。 そ も そ も 協 議 会 は 意 思 決 定 の 場 で あ り 、実 行 す る の は ま た 別 の 機 能 で あ る 。そ の 際 必 ず 契 約 行 為 が 発 生 す る が 、法 人 格 が な い と 契 約 は で き な い た め 、法 人 格 を 取 得 す る こ と が 検 討 さ れ た 。社 団 法 人 、財 団 法 人 な ど い ろ い ろ な 形 態 の 中 か ら 、加 盟 各 社 局 か ら 出 資 を 募 り 、 ㈱ ス ル ッ と KANSAIが 組 織 さ れ た 。 ㈱ ス ル ッ と KANSAI で は 、各 加 盟 社 局 が 協 議 会 へ 納 め る 会 費 や PR 費 が 、委 託 経 費 と い う 形 で 協 議 会 か ら 入 っ て く る が 、そ れ だ け で 事 務 局 業 務 の 経 費 が 賄 え る わ け で は な い 。 し た が っ て ㈱ ス ル ッ と KANSAI 自 体 も 収 益 を 確 保 す べ く さ ま ざ ま な 事 業 を 行 っ て い る 。そ の う ち の 一 つ が 、 「 ス ル ッ と KANSAI 3d a y チ ケ ッ ト 」等 の 販 売 業 務 で あ る 。国 内 外 の 旅 行 代 理 店 等 を 通 じ て 販 売 し 、こ の 取 扱 手 数 料 が 収 入 源 の 一 つ と な っ て い る 。ま た 、鉄 道 資 材 の 共 同 購 入 も 行 っ て い る 。鉄 道 資 材 は 各 社 共 通 の も の が 多 い こ と に 着 目 し 、大 量 購 入 に よ る 価 格 低 減 を は か っ て い る 。低 減 さ れ た 部 分 の 一 部 を ㈱ ス ル ッ と KANSAI が 手 数 料 と し て 収 受 し て お り 、 そ れ ら の 事 業 に よ り 約 18 億 円 の 収 入 を 計 上 し て い る 。 第4章 45 P P 第3節 第2項 「 PiTaPa」 の 開 発 プ レ ス 資 料 「 ス ル ッ と INFORMATION」( 2005 年 4 月 11 日 ) に よ る 。 34 「 PiTaPa」の 導 入 に 関 す る 動 き は 図 表 6 に 示 し て い る が 、そ も そ も の 発 端 は「 顧 客 の 声 」 に 応 え る 形 で 誕 生 し た と 言 わ れ て い る 。「 PiTaPa」 の 前 身 と な る 、 磁 気 式 プ リ ペ イ ド カ ー ド は 1992 年 に 阪 急 電 鉄 で 導 入 さ れ た 「 ラ ガ ー ル カ ー ド 」 で あ る 。 そ の 際 、阪 急 電 鉄 と 相 互 直 通 乗 り 入 れ を し て い る 大 阪 市 交 通 局 で 利 用 で き な い と い う ク レ ー ム が 多 く 寄 せ ら れ 、 大 阪 市 交 通 局 は 改 札 機 の 更 新 時 期 を 早 め 、 1996 年 に 対 応 し た 。同 じ 年 、5 社 局 共 通 カ ー ド「 ス ル ッ と KANSAI」が ス タ ー ト し 、そ れ 以 来 ネ ッ ト ワ ー ク を 広 げ る 形 で 発 展 を 遂 げ 、 現 在 で は 49 社 局 が 参 画 す る に 至 っ て い る 。協 議 会 の 趣 旨 か ら も 分 か る と お り 、利 用 者 の ニ ー ズ に 耳 を 傾 け 改 善 し て い く 努 力を重ねてきた結果であると言えるだろう。 磁 気 式 プ リ ペ イ ド カ ー ド「 ス ル ッ と KANSAI」に 寄 せ ら れ た 利 用 者 か ら の 要 望 は 、 主 に 次 の 四 点 に ま と め ら れ る 。一 点 目 は 、駅 の 売 店・コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア 等 で も モ ノ が 買 え る よ う に し て 欲 し い と い う こ と 、二 点 目 は カ ー ド 残 高 が 足 り な い 場 合 で も 、精 算 機 を 使 わ ず に す む よ う に し て 欲 し い と い う こ と 、三 点 目 は お 盆 、年 末 年 始 、 休 日 等 は 定 期 と 回 数 券 、オ フ ピ ー ク 回 数 券 と 回 数 券 の ど ち ら が 有 利 か 分 か り に く い が 、複 雑 な 運 賃 制 度 を 十 分 理 解 し て い な く て も 最 適 な 運 賃 が 適 用 さ れ る こ と 、そ し て 四 点 目 が プ レ ミ ア ム を つ け て 欲 し い と い う こ と で あ る 。そ の 他 に も 、JR西 日 本 と 相互利用や、定期券購入の仕組み 46 F P P F そのものに対する疑問等も挙げられていた。 ス ル ッ と KANSAI協 議 会 で は 、こ れ ら の 要 件 を 満 た す 上 で 、磁 気 カ ー ド に よ る サ ー ビ ス 提 供 で は 限 界 が あ る と 考 え 、ポ ス ト ペ イ 式 の IC乗 車 券 を 導 入 す る こ と を 決 定 し たという。 利 用 者 か ら の 要 望 以 外 に も 、 鉄 道 会 社 側 の IC カ ー ド 導 入 に 対 す る 思 い 入 れ は あ っ た 。例 え ば 阪 急 電 鉄 を は じ め と す る 鉄 道 会 社 各 社 は 、そ れ ま で「 輸 送 」そ の も の を 自 社 が 提 供 す る サ ー ビ ス と し て 位 置 付 け て き た 。し か し お 客 様 に と っ て は 、鉄 道 会 社 が 提 供 す る 移 動 の 手 段 は 、本 源 的 な 需 要 で は な く 派 生 需 要 で あ る 為 、そ の 移 動 の 目 的 物 、例 え ば 商 品 の 購 入 や 観 光 施 設 へ の 入 場 と い っ た 部 分 ま で も カ バ ー す る イ ン フ ラ が 必 要 で あ る と 考 え て い た と い う 。 つ ま り 、「 PiTaPa」 の 導 入 を 検 討 し 始 め た 当 初 か ら シ ョ ッ ピ ン グ 利 用 、あ る い は 観 光 施 設 へ の 入 場 券 代 わ り と し て の 利 用 を 想 定 し 、交 通 事 業 者 に ク ロ ー ズ し た サ ー ビ ス で は な く 、広 く 開 か れ た 決 済 シ ス テ ム と す る こ と を 考 え て い た 。横 江 氏 は「 交 通 と い う の は ひ と つ の 社 会 イ ン フ ラ で あ り 、 都 市 の エ レ ベ ー タ で あ る 。百 貨 店 で エ レ ベ ー タ に 乗 る の に エ レ ベ ー タ 代 は 払 わ な い 46 P P 横江氏によると「定期券売り場でお客様にならんで購入してもらっているが、それが本当 にいいサービスなのだろうかという疑問があった。昔からの名残であるとは言え、何万円もす る商品をお客様に並ばせて買わす。自らは空調の効いた部屋で仕事している。昔であればいざ 知らず、本当にそれでいいのだろうか」という声が社内でもあったという。 35 の は そ の コ ス ト は 商 品 に 含 ま れ て い る 為 で あ る 。そ の 仕 組 み を 、電 車・バ ス を 使 っ て 実 行 し て い く べ き で あ る 。電 車・バ ス は 手 段 で あ っ て 目 的 で は な く 、何 か を す る た め に 手 段 で あ る 電 車・バ ス を 利 用 す る 。そ こ に お 金 が か か る と い う 感 覚 で は よ く な い 。目 的 物 に 含 め て 全 体 的 に 交 通 乗 車 に か か る コ ス ト を ゼ ロ に 近 づ け て い く 。こ の 仕 組 み に よ っ て い ま ま で 乗 ら な か っ た 人 が 乗 る よ う に な る 」と 述 べ て い る 。 鉄 道 事 業 者 は こ う い っ た 社 会 シ ス テ ム を 提 唱 し 、新 し い ビ ジ ネ ス ス キ ー ム を つ く り 上 げ ていくことが必要であるとの考えがうかがえる。 こ の よ う な 背 景 の も と 、「 PiTaPa」 導 入 が 進 め ら れ た が 、 シ ス テ ム 開 発 を 行 な う 上 で は 、以 下 の よ う な コ ン セ プ ト が 挙 げ ら れ た 。一 つ は 公 共 交 通 機 関 で の 確 実 な 運 賃 収 受 を 第 一 義 と す る こ と ( 自 動 運 賃 収 受 )、 二 つ 目 は 高 齢 者 、 身 体 障 害 者 、 交 通 弱者へのバリアフリーを実現すると共に全てのお客様に最新かつ最高のサービス を 提 供 し 高 い 利 便 性 を 追 求 す る こ と ( ア メ ニ テ ィ )、 三 つ 目 は シ ス テ ム 全 体 と し て 万 全 の セ キ ュ リ テ ィ を 確 保 す る こ と ( ハ イ セ キ ュ リ テ ィ )、 四 つ 目 は 「 ス ル ッ と KANSAI」共 通 仕 様 の 構 築 と 共 同 購 入 に よ り 、機 器 の 購 入 お よ び 保 守 に 関 し て コ ス ト ダ ウ ン を は か る こ と ( ロ ー コ ス ト )、 そ し て 、 五 つ 目 が 、 ス ル ッ と KANSAI以 外 の 交 通 機 関 と の 相 互 利 用 の み な ら ず 、売 店 、コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア 、ス ー パ ー 、飲 食 店 、公 共 施 設 な ど 、鉄 道・バ ス 以 外 で の 決 済 を 可 能 と す る こ と( マ ル チ モ ー ダ ル ) である 47 F P P F 。 こ の コ ン セ プ ト を 現 実 の も の と す る 上 で 最 も 苦 労 し た の が 、ア メ ニ テ ィ と ロ ーコ ス ト の 両 立 で あ っ た 。ア メ ニ テ ィ を 高 め よ う と す る と コ ス ト が か か る 。関 西 の 交 通 事 業 者 の 経 営 状 況 を 考 え る と コ ス ト が か け ら れ な い 。こ の よ う な 問 題 を 解 決 す る た め 、ス ル ッ と KANSAI 協 議 会 内 に IC カ ー ド シ ス テ ム 研 究 会 を 組 織 し 、そ の も と で 制 度 W G 、情 報・通 信 W G を 設 置 し て 、各 社 局 の 担 当 者 が 課 題 の 解 決 を 図 っ て き た 。 その中で出した結論がポストペイ方式の導入であった。 第4章 第3節 第3項 ポ ス ト ペ イ 方 式 の 導 入 と 「 PiTaPa」 の 特 徴 「 PiTaPa」 と は 「 Postpay IC for Touch & Pay」 略 で 、「 触 れ る だ け で 決 済 で き る 、 後 払 い IC」と い う 意 味 を 表 す と 共 に 、読 み 取 り 部 分 に IC カ ー ド を「 ピ タ ッ ! 」と 触 れ る と「 パ ッ ! 」と 瞬 間 的 に 決 済 さ れ る と い う 利 用 シ ー ン に お け る 一 連 の 動 き を イ メ ー ジ し た も の で あ る 。 名 前 の 由 来 に も あ る 通 り 、「 PiTaPa」 の 最 大 の 特 徴 は 、 利用実績に応じた金額を事後精算できるポストペイサービスを提供する点である。 本 節 第 2 項 で も 、開 発 の コ ン セ プ ト に つ い て 若 干 触 れ た が 、こ の ポ ス ト ペ イ 方 式 を 採用した理由について再度確認する。 47 P P 横 江 [2002]を 参 照 。 36 ポ ス ト ペ イ 導 入 の 理 由 を 大 き く 二 つ 挙 げ る と す る と 、利 用 者 の 利 便 性 と 事 業 者の メ リ ッ ト で あ る 。横 江 氏 は「 ポ ス ト ペ イ 方 式 で は 、お 客 様 は バ リ ュ ー の 積 み 増 し を しなくてもいい。 『 PiTaPa』に 先 立 っ て 、JR 東 日 本 が プ リ ペ イ ド 方 式 の『 Suica』を 既にサービス提供していたが、 『 Suica』を 見 て い る と 、確 か に 以 前 と 比 べ て か な り 便 利 に な っ た 。た だ し サ ー ビ ス ダ ウ ン と な っ た 点 が 一 つ あ っ た 。そ れ は 手 元 で 残 額 が 分 か ら な い と い う こ と 」 と ポ ス ト ペ イ 導 入 の 理 由 を 振 り 返 っ て い る 。「 ラ ガ ー ル カ ー ド は 10 円 で も 残 高 が 残 っ て い れ ば 乗 車 す る こ と が で き る 。し か し 10 円 で 乗 車 す れ ば 必 ず 精 算 が 発 生 す る 。残 高 が 不 足 し て い る こ と に 気 付 か ず に 改 札 を 出 よ う と す る と 、改 札 機 が 閉 じ 、そ の と き 初 め て 精 算 し な け れ ば な ら な い と 分 か り 、精 算 機 に 並 ぶ 。こ れ は 手 間 。関 東 の お 客 様 は そ れ で『 仕 方 な い ね 』と い う 話 と な る が 、関 西 で は 持 ち こ た え ら れ な い と こ ろ が あ る 」と し て 、お 客 様 の 利 便 性 向 上 の 為 、精 算 が不要なシステムの導入を検討したと述べている。 ま た 事 業 者 の メ リ ッ ト は 改 修 コ ス ト の 削 減 で あ っ た 。バ リ ュ ー の 積 み 増 し が 必要 の な い ポ ス ト ペ イ シ ス テ ム で あ れ ば 、交 通 事 業 者 は 精 算 機 、券 売 機 の 改 修 が 必 要 な い 。 改 札 機 の み を 、 ポ ス ト ペ イ の IC カ ー ド 対 応 に す れ ば 事 足 り る 。 利 用 者 の 利 便 性 と 加 盟 各 社 局 の 苦 し い 財 政 事 情 を 考 慮 に 入 れ た 決 断 が 、ポ ス ト ペ イ で あ り 、こ れ によりローコストとアメニティの両立が可能となった。 ま た 、「 PiTaPa」 は JR東 日 本 や JR西 日 本 と 共 通 利 用 す る た め に 、 プ リ ペ イ ド 機 能 も 備 え て い る 。し た が っ て「 PiTaPa」は ポ ス ト ペ イ が 最 大 の 特 徴 と い い つ つ も 、チ ャ ー ジ の 必 要 性 が 生 じ る こ と を 当 初 か ら 念 頭 に 置 い て い た 。そ こ で 開 発 し た 仕 組 み が「 オ ー ト チ ャ ー ジ 機 能 つ き プ リ ペ イ ド サ ー ビ ス 」で あ っ た 。こ れ は 、残 額 が 少 な く な っ た カ ー ド に 対 し 積 み 増 し 機 に よ っ て チ ャ ー ジ す る の で は な く 、改 札 機 に よ り 自動チャージするもので、お客様は現金によるチャージをする必要がない 48 F P P F 。こ こ で も ロ ー コ ス ト & ア メ ニ テ ィ を 実 現 し 、さ ら に は 、共 通 利 用 と い う マ ル チ モ ー ダ ルというコンセプトも実現可能としている。 ポ ス ト ペ イ 方 式 は メ リ ッ ト ば か り で 、デ メ リ ッ ト は 無 い の で あ ろ う か 。最 も 大 き な課題は、いかにしてユーザーを獲得するかということであったと考えられる。 「 PiTaPa」 を 利 用 し よ う と す る と き 、「 Suica」 と の 相 違 点 は 、 カ ー ド の 入 手 プ ロ セ ス が 複 雑 な 点 に あ る 。最 初 に 銀 行 口 座 を 指 定 し 、郵 送 で わ ざ わ ざ 申 込 手 続 き を と ら な く て は な ら な い 点 、し か も 住 所 や 職 業 、電 話 番 号 な ど の 属 性 情 報 に つ い て 明 ら か に し な け れ ば な ら な い 点 で 、ク レ ジ ッ ト カ ー ド の 申 込 、あ る い は 携 帯 電 話 の 申 込 と 同 じ よ う な 煩 雑 さ を 感 じ る こ と に な る 。磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド を「 購 入 し 、保 有 し 、使 う 」と い う 経 験 は 利 用 者 側 に ス ト ッ ク さ れ て い た 。そ の 中 で 、ポ ス ト ペ イ 48 P P 横 江 [2002]を 参 照 。 37 に 移 行 す る と い う こ と は 、そ れ ま で の 経 験 と は 違 う 方 法 で 入 手 し な け れ ば な ら な く な る 。 こ れ は ㈱ ス ル ッ と KANSAI に と っ て 、 大 き な 決 心 で は な か っ た の か と 想 定 さ れ る 。し か し 横 江 氏 は「 ハ ー ド ル が あ る こ と は 想 定 し て い た 。し か し ク レ ジ ッ ト カ ー ド の 申 込 な ど に は 慣 れ て き て お ら れ る し 、ま た 一 部 の 世 代 で し か 持 た な い と い う も の で も な く な っ て き て い た の で 、そ れ ほ ど の ハ ー ド ル で は い の で は な い か と 考 え た 。ま た 、一 旦 申 し 込 ん で し ま っ た ら そ の 後 の い ろ い ろ な 手 続 き が 不 要 に な っ て く る メ リ ッ ト は 大 き い 」と 述 べ 、普 及 に 対 し て 若 干 の 困 難 は 伴 う こ と を 想 定 し つ つ も、得られるメリットの大きさをより重要視していたことを示唆している。 「 PiTaPa」の 基 本 的 な 仕 組 み は 、利 用 デ ー タ を 一 ヶ 月 間 集 計 し 、月 次 で の 利 用 額 を 利 用 者 指 定 の 口 座 か ら 引 き 落 と す と い う も の で あ る 。携 帯 電 話 、ク レ ジ ッ ト カ ー ド と 同 様 の 感 覚 で 利 用 で き る と こ ろ が 特 徴 の ひ と つ で あ る 。こ の 仕 組 み を 簡 単 に 説 明 し た も の が 図 表 7「 PiTaPa の サ ー ビ ス イ メ ー ジ 図 」で あ る 。ま ず 利 用 者 は「 PiTaPa」 の 発 行 主 体 で あ る ㈱ ス ル ッ と KANSAI に カ ー ド の 発 行 を 申 し 込 む 。 カ ー ド の 発 行 を 含 む 運 営 全 体 は 「 PiTaPa セ ン タ ー 」 で 一 元 的 に 行 な っ て い る が 、 そ の 「 PiTaPa セ ン タ ー 」の 運 営 を 担 っ て い る の は 三 井 住 友 カ ー ド で あ る 。通 常 で あ れ ば 2 ~ 3 週 間 で「 PiTaPa」が 発 行 さ れ 、利 用 者 の 手 元 に 届 く 。利 用 者 は そ の「 PiTaPa」を 使 っ て 鉄 道 を 利 用 し た り コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア・自 動 販 売 機 な ど で 商 品 の 購 入 を す る こ と に な る 。 そ の 利 用 実 績 デ ー タ は 各 鉄 道 事 業 者 ・ 加 盟 店 等 か ら 「 PiTaPa セ ン タ ー 」 に 集 め ら れ 、そ の デ ー タ に 基 づ き 、一 ヶ 月 分 の 利 用 金 額 を ま と め て 、利 用 者 の 指 定 さ れ た 口 座 か ら 引 き 落 と す と と も に 、デ ー タ 自 体 は 各 鉄 道 事 業 者 、加 盟 店 へ と 配 分 される。 図表7 PiTaPaのサービスイメージ図 利用データの送信 利用 PiTaPa加盟店 (サンクス等) 鉄道・バス事業者 阪急電鉄等 申込 利用額の清算 利用データの送信 運賃の清算 業務運営受委託※ PiTaPa発行者 ㈱スルッとKANSAI 口座の開設・預金 委託業務内容※ ・カード調製 ・会員管理 ・加盟店管理 ・請求 ・代金回収 ・Web対応 ・コールセンター ・不正データ管理 ・運賃計算 ・利用データ集計 ・社局間清算 ・加盟店清算 等 請求 支払( 引 落) カード発行 利用データの送信 PiTaPaセンター ( 三井住友カードに委託) 利 用 者( PiTaPa会員) 利用 利用者指定の金融機関 口座引き落としの通知 (出所)プレス資料・HP等の情報をもとに筆者作成。 38 こ の よ う な 仕 組 み で 提 供 さ れ る サ ー ビ ス の 中 で 特 徴 的 な も の と し て 、公 共 交 通機 関 利 用 促 進 ポ イ ン ト サ ー ビ ス を 挙 げ る こ と が で き る 。こ れ は シ ョ ッ ピ ン グ の 決 済 金 額 に 応 じ た ポ イ ン ト を 利 用 者 に 付 与 し 、そ の ポ イ ン ト 残 高 に 応 じ た 金 額 を 鉄 道・バ ス で の 利 用 実 績 か ら 差 引 い て 請 求 す る 仕 組 み で あ り 、「 シ ョ ッ プ d e ポ イ ン ト 」 と い う サ ー ビ ス 名 称 で 提 供 さ れ て い る 。こ の ポ イ ン ト の 原 資 負 担 は 各 加 盟 店 と し 、公 共交通機関利用促進による環境保護に協力していただけるよう広く募集している。 ポ イ ン ト の 付 与 割 合 は 通 常 0.1% と い う 還 元 率 で あ る が 、 加 盟 店 に よ っ て は そ の 5 倍 、 10 倍 の ポ イ ン ト を 付 与 す る な ど 、 加 盟 店 の コ ス ト に お い て 自 主 的 に 設 定 す る ことが可能となっている 第4章 第3節 第4項 49 F P P F 。 「 PiTaPa」 の 普 及 「 ス ル ッ と KANSAI」は「 PiTaPa」の サ ー ビ ス を 開 始 し て か ら も 磁 気 式 プ リ ペ イ ド カ ー ド で の サ ー ビ ス 提 供 を 継 続 す る ス タ ン ス を と っ て い る 。磁 気 式 プ リ ペ イ ド カ ー ド は 各 社 共 通 の ユ ニ バ ー サ ル な サ ー ビ ス と 位 置 付 け 、 各 加 盟 社 局 に IC カ ー ド シ ステムへの移行のタイミングにズレがあったとしても対応できるようにしている。 ま た 旅 行 者 な ど 一 回 利 用 が 前 提 の 顧 客 に と っ て 、簡 単 か つ 利 便 性 の 高 い 共 通 の サ ー ビ ス を 受 け る た め の ツ ー ル と し て の 意 義 も 大 き い 。磁 気 式 プ リ ペ イ ド カ ー ド の ユ ー ザ ー の 中 で 不 便 を 感 じ て い な い 人 、あ る い は「 PiTaPa」を 保 有 す る に は 抵 抗 の あ る 人 は 、引 き 続 き 磁 気 式 の カ ー ド を 選 べ る こ と と し 、逆 に 磁 気 式 の カ ー ド で は 実 現 し な い サ ー ビ ス も 利 用 し た い 人 は「 PiTaPa」を 選 べ る と い っ た よ う に「 品 揃 え を 増 や す」というの考え方がこのスタンスの背景にある。 「 PiTaPa」を 早 く 普 及 さ せ た い の で あ れ ば 、利 用 者 の 選 択 肢 の な か か ら 磁 気 式 カ ー ド を な く し 、可 能 な 限 り「 PiTaPa」へ シ フ ト さ せ る と い う 戦 略 は 確 か に あ る 。そ う な れ ば 改 札 機 の メ ン テ ナ ン ス コ ス ト も 下 げ ら れ る し 、事 業 者 側 の メ リ ッ ト は 大 き い 。し か し な が ら 横 江 氏 は 、 「普及しているものを途中でやめてしまうのではなく、 よ り 利 便 性 の 高 い も の を 品 揃 え と し て 追 加 す る こ と に よ っ て 、だ ん だ ん 移 行 し て も ら う こ と が 正 し い や り 方 で あ る と 思 う 」と 述 べ て お り 、顧 客 の 利 便 性 を 損 ね て ま で 普 及 の 促 進 を す る よ り は 、顧 客 の 利 便 性 、選 択 肢 の 拡 大 を 優 先 し た こ と が う か が え る。 49 P P シ ョ ッ プ d e ポ イ ン ト は 100 円 に つ き 1 ポ イ ン ト が 付 与 さ れ 、500 ポ イ ン ト で 50 円 差 引 く こ と と な る 。 つ ま り 50,000 円 の 決 済 を す る と 50 円 割 り 引 か れ る こ と に な る 。 た だ し 、 加 盟 店 に よ っ て は 100 円 に つ き 5 ポ イ ン ト な い し は 10 ポ イ ン ト を 付 与 す る 店 舗 も あ り 、こ の 場 合 還 元 率 は 0.5% 、 1% と な る 。 39 ま た 、横 江 氏 は 、ゆ っ く り 普 及 さ せ る こ と の 別 の メ リ ッ ト に つ い て 次 の よ う に 述 べ て い る 。「 じ わ じ わ 浸 透 さ せ て い け ば い い と 考 え る 理 由 と し て 、 今 の 制 度 を 引 っ 張 ら な く て い い と い う こ と が 挙 げ ら れ る 。 あ る 時 点 で 磁 気 式 を や め て IC に す る と す れ ば 、磁 気 式 カ ー ド の 制 度 を 引 き 継 が な け れ ば な ら な く な る 。… 中 略 … 鉄道会 社 の 歴 史 は 長 い の で 、地 層 の よ う に い ろ い ろ な 制 度 が 重 な っ て お り 、そ れ ら を 引 き ず っ て ( IC カ ー ド シ ス テ ム で ) 制 度 化 す る の は 大 変 。 … 中 略 … 我々としては、 磁 気 式 カ ー ド と し て の 制 度 が あ り 、そ の 上 で『 PiTaPa』サ ー ビ ス を 追 加 す る と い う 考 え 方 を と っ た 。そ う す る と『 PiTaPa』サ ー ビ ス は 従 来 の サ ー ビ ス に こ だ わ る 必 要 は 全 然 な く な る 。Nearly equal の 制 度 を 入 れ る こ と に よ っ て 、IC カ ー ド を ど ん ど ん 普 及 さ せ て い く 。そ し て 磁 気 式 が 1 割 を 切 る ぐ ら い に な っ た 時 、ど う す る か と い う 議 論 を す れ ば い い 。今 す べ て の カ ー ド を 取 り 替 え よ う と す る こ と は 全 然 得 策 で は な い 。 取 り 替 え よ う と す る な ら ば 、『 こ ん な 制 度 な か っ た ら い い の に 』 と い う 制 度 ま で 引 き ず ら な く て は な ら な い 。じ わ じ わ 浸 透 さ せ て い き 、全 体 と し て あ る べ き 制 度 に し て い く 。」 こ の 考 え 方 は 、 従 来 の イ オ カ ー ド の 延 長 線 上 に 「 Suica」 を 位 置 付 け る JR東 日 本 と は 対 象 的 な 考 え 方 で あ る 。名 称 を 見 た だ け で も 、こ れ ま で 普 及 さ せ て き た イ オ カ ー ド の バ ー ジ ョ ン ア ッ プ と し て 位 置 付 け て い る「 Suica」 (「 Suicaイ オ カ ー ド 」)に 対 し て 、 従 来 の 磁 気 式 カ ー ド と は 、 別 の も の と 位 置 付 け た 「 PiTaPa」、 と い う 構 図 が 浮 か ん で く る 。 横 江 氏 の 発 言 の 中 か ら 読 み 取 れ る 普 及 に 関 す る 考 え 方 は 、「 磁 気 式 カ ー ド が 普 及 し て い た メ リ ッ ト を 引 き 継 ぐ 」 と い う 側 面 ば か り で な く 、「 磁 気 式 カ ー ド が 持 っ て い た デ メ リ ッ ト 部 分 を 引 き 継 が な い 」と い う 側 面 も 非 常 に 大 き な ウ ェ イ ト を 占 め て い る こ と が 分 か る 。た だ し 、こ の 横 江 氏 の 考 え 方 は 必 ず し も「 ゆ っ く り 普 及 さ せ る こ と の メ リ ッ ト 」を 説 明 し 得 る も の と は 言 い が た い 。確 か に「 負 の 資 産 」を 引 き 継 が な い こ と は 大 き な メ リ ッ ト で あ る が 、そ れ を ゆ っ く り 行 う 必 然 性 に つ い て は 疑 問 を 抱 か ざ る を 得 な い 。角 [2005] 50 に よ る と 、ICカ ー ド に つ い て「 思っ F P P F た よ り も 伸 び て い な い の は 事 実 」と し た う え で 、そ の 原 因 に つ い て ネ ッ ト ワ ー ク が 不 十 分 で あ る こ と と 、ポ ス ト ペ イ を 採 用 し た こ と を 挙 げ て い る 。ネ ッ ト ワ ー ク が 不 十 分 で あ る 点 に つ い て は 、図 表 6 で も 示 し て い る 通 り 、既 に 拡 大 す る 計 画 が あ る た め 心 配 に は 及 ば な い が 、角 氏 が も う 一 点 指 摘 し た「 ポ ス ト ペ イ の 採 用 」が 思 っ た よ り も 伸 び て い な い こ と の 大 き な 要 因 で あ る と す る な ら ば 問 題 は 深 刻 で 、戦 略 の 見 直 し も 必 要 と な る 。特 に「 PiTaPa」の 持 つ 幾 つ か の 側 面 の う ち 、電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス と い う 切 り 口 で 見 た 時 に は 、ホ ル ダ ー 数 は 事 業 そ の も の の 成 功 に 直 接 関 連 す る 事 柄 で も あ り 、こ の 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に お い て は 苦 戦 を 強 い ら れ る こ と に な る の で は 50 P P 角氏は阪急ホールディングス株式会社代表取締役社長である。 40 ないだろうか。 「 PiTaPa」は ポ ス ト ペ イ で あ る が ゆ え に 、必 然 的 に ユ ー ザ ー を 特 定 す る 必 要 が あ る 。そ の 為 、普 及 に は 手 間 が か か っ て し ま う が 、反 面 一 度 手 元 に カ ー ド が 届 い て し ま え ば チ ャ ー ジ の 手 間 が 無 く 、後 払 い と い う こ と も あ っ て 非 常 に 手 軽 に 利 用 す る こ と が で き る 点 が 大 き な 魅 力 で あ る 。事 業 者 側 に し て も 、発 行 の 際 に 取 得 し た 個 人 属 性情報に、利用履歴情報を紐付けてマーケティングに活用できる 51 F P P F 点は魅力であ る 。 1 年 間 一 度 も 利 用 し な か っ た 場 合 に 、 口 座 管 理 料 と し て 、 1,050 円 徴 収 さ れ る こ と は 利 用 者 に と っ て は 抵 抗 感 が あ る か も し れ な い が 、500 円 の デ ポ ジ ッ ト を 徴 収 す る 「 Suica」 と 比 較 す れ ば 、 ま だ 利 用 者 の 理 解 が 得 ら れ や す い 。 事 業 者 に と っ て 見 れ ば 、休 眠 口 座 、つ ま り「 企 業 に と っ て 利 益 を も た ら さ な い 顧 客 」を 判 別 し 、退 会 を 促 進 す る か 、も し く は 利 用 を 促 す こ と に な る た め 、優 良 顧 客 を 優 遇 し コ ス ト の か か る 顧 客 と の 取 引 を 継 続 し な い と い う CRMの 観 点 か ら み る と 、 こ の 口 座 管 理 料 の徴収は合理的である。 先 に も 述 べ た と お り 、磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド を「 購 入 し 、保 有 し 、使 う 」と い う 経 験 は 、イ オ カ ー ド で あ る か 、ラ ガ ー ル カ ー ド で あ る か に 関 わ ら ず 、利 用 者 側 に ス ト ッ ク さ れ て い た こ と は 間 違 い な い 。そ れ を 最 大 限 活 用 し よ う と し た JR東 日 本 と 、敢 え て 活 用 し な か っ た ㈱ ス ル ッ と KANSAIの 戦 略 の 違 い は 、良 し 悪 し の 議 論 と は 別 と し て 、 普 及 枚 数 の 違 い に は 現 れ て い る と 考 え る べ き で あ ろ う 。 2004 年 4 月 11 日 、「 PiTaPa」の 会 員 は 10 万 人 を 超 え た 。京 阪 が 発 行 す る「 e-knenet PiTaPa」の 会 員 が 4 万 人 、阪 急 が 発 行 す る「 HANA PLUS」の 会 員 が 4.1 万 人 「 、 KO B E PiTaPa 52 」 F P P F と「 PiTaPaベ ー シ ッ ク カ ー ド 」の 会 員 が あ わ せ て 1.9 万 人 で あ る 。沿 線 人 口 等 の 違 いはあるものの、 「 Suica」と 比 較 し た と き 、普 及 枚 数 で み る と「 Suica」の 120 分 の 1 程 度 で あ り 、 そ の 違 い は 歴 然 と し て い る 。 し か し そ の 反 面 、「 Suica」 に は な い 、 51 P P PiTaPaの 発 行 主 体 は ㈱ ス ル ッ と KANSAIで あ る た め 、 取 得 さ れ た 個 人 情 報 は 基 本 的 に は ㈱ ス ル ッ と KANSAIに よ っ て 管 理 さ れ る 。 個 人 情 報 保 護 法 の 趣 旨 に 照 ら し 合 わ せ れ ば 、 各 鉄 道 事 業 者 は ㈱ ス ル ッ と KANSAIが 取 得 し た 個 人 情 報 を ワ ン ・ ト ゥ ー ・ ワ ン ・ マ ー ケ テ ィ ン グ に 活 用 することはできない。このような不都合を解消するため、例えば阪急電鉄では、子会社である 阪 急 カ ー ド が 発 行 す る HANA PLUSカ ー ド と PiTaPaを セ ッ ト で 普 及 さ せ 、PiTaPaの 利 用 料 金 請 求 を一本化する事で、阪急電鉄にも個人の属性情報と履歴情報が集まるようなスキームを構築し ている。 52 P P 神戸高速鉄道㈱、神戸市交通局、神戸新交通㈱、山陽電気鉄道㈱、北神急行電鉄㈱、神戸 市 が 会 員 と な っ て い る 「 KOBEカ ー ド 協 議 会 」 が 発 行 す る 多 機 能 カ ー ド 。 VISAブ ラ ン ド ( 三 井 住友カード提供)もしくは、マスターカードブランド(トヨタファイナンス㈱が提供)のいず れ か の ク レ ジ ッ ト カ ー ド に PiTaPa機 能 が 付 加 さ れ た も の 。 41 ポ ス ト ペ イ と い う 特 徴 を も っ て お り 、例 え ば カ ー ド の ホ ル ダ ー が 1 人 増 え た 時 の 効 用 は 、 利 用 者 ・ 事 業 者 と も に 「 Suica」 以 上 の も の が 期 待 で き る の で は な い だ ろ う か。 次 節 な い し 次 章 で は 、 こ れ ま で 述 べ て き た 、 JR 東 日 本 の 「 Suica」、 ㈱ ス ル ッ と KANSAI の「 PiTaPa」の 特 徴 を 対 比 さ せ 、新 規 事 業 開 発 あ る い は 多 角 化 戦 略 の 観 点 か ら 、2 社 の 取 っ て き た 戦 略 に ど の よ う な 特 徴 が あ る の か 検 証 し て い く 。ま た 、 「鉄 道 事 業 者 が 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に 参 入 す る 際 に 、何 を 戦 略 的 資 産 と し 、ど の よ う に 活 用 し た の か 」と い う 論 点 に つ い て 、こ の 2 社 の 事 例 に よ っ て 明 ら か と な っ た 点 に ついて述べていくことにする。 第4章 第4節 2社の比較 こ こ ま で 、JR 東 日 本 の「 Suica」と ㈱ ス ル ッ と KANSAI( 阪 急 電 鉄 )の「 PiTaPa」 について述べてきたが、改めて幾つかの切り口から整理してみたい。 共 通 点 と し て ま ず 挙 げ な け れ ば な ら な い の は 、両 者 と も 磁 気 式 の 鉄 道 事 業 用 プ リ ペ イ ド カ ー ド を 発 行 し て い た 点 で あ る 。鉄 道 利 用 に 限 定 し て い た と は い え 、電 子 マ ネ ー の 原 型 と な る サ ー ビ ス を 事 前 に 提 供 し て い た 点 は 注 目 さ れ る 。二 点 目 は 一 点 目 に 関 連 す る が 、鉄 道 の カ ー ド と し て ま ず サ ー ビ ス 提 供 し 、そ の 後 に シ ョ ッ ピ ン グ 利 用 の サ ー ビ ス を 提 供 し た 点 で あ る 。「 鉄 道 利 用 向 け 」 と い う プ ロ セ ス を 踏 ん で か ら 「 シ ョ ッ ピ ン グ 向 け 」へ と 展 開 し た と こ ろ は 、同 じ く 電 子 マ ネ ー 事 業 に 参 入 し て い る 「 Edy」 と は 、 当 然 な が ら 異 な る 特 徴 で あ る 。 三 点 目 は 両 者 と も 鉄 道 サ イ バ ネ 規 格 に の っ と り 、非 接 触 で 高 い セ キ ュ リ テ ィ が 確 保 さ れ る「 FeliCa」を 採 用 し た こ と が 挙 げ ら れ る 。非 接 触 で あ る と い う こ と が 高 い 利 便 性 に 結 び つ き 、普 及 の 原 動 力 と な っ て い る と 考 え ら れ る 。四 点 目 は 、両 社 と も ハ ウ ス カ ー ド を 発 行 し て い る 点 で あ る 。 JR 東 日 本 は 「 ビ ュ ー カ ー ド 」、 阪 急 電 鉄 は 「 HANA PLUS カ ー ド 」 を 発 行 し 、 そ の ハ ウ ス カ ー ド に 「 Suica」 な い し 「 PiTaPa」 の ロ ゴ を 入 れ 、 IC 乗 車 券 ・ 電 子 マ ネ ー と し て も 利 用 可 能 と し て い る 。五 点 目 は 、四 点 目 と 関 連 す る が 、両 社 と も ハ ウ ス カ ー ド 以 外 の 他 の ク レ ジ ッ ト カ ー ド 会 社 と 提 携 し 、「 Suica」 な い し 「 PiTaPa」 の サ ー ビ ス を 提 供 し て い る 点 で あ る 。JR 東 日 本 は 日 本 航 空 と 連 携 す る こ と に よ っ て 、 日 本 航 空 か ら「 JAL カ ー ド Suica」が 発 行 さ れ て い る 。ま た み ず ほ 銀 行 と 連 携 し て 、 み ず ほ 銀 行 の 発 行 す る カ ー ド に も 「 Suica」 機 能 を 提 供 し て い る 。「 PiTaPa」 の 場 合 は阪急電鉄が連携しているわけではないが、サービス提供主体であるスルッと KANSAI 協 議 会 が 、 KOBE カ ー ド 協 議 会 が 発 行 す る カ ー ド に 対 し 、「 PiTaPa」 の サ ー ビ ス を 提 供 し て い る 。そ の 他 、基 本 的 な 事 柄 で あ る が 、両 社 が 共 に 鉄 道 事 業 者 で あ る こ と 、ま た そ の 本 業 で あ る 鉄 道 事 業 の 先 行 き に 対 し て 、危 機 感 を 抱 い て い る こ とも、共通点として挙げるべきであろう。 42 次 に 相 違 点 で あ る が 、最 も 異 な る 点 は 、 「 Suica」が プ リ ペ イ ド カ ー ド で あ る の に 対 し「 PiTaPa」は 基 本 的 に は ポ ス ト ペ イ で あ る と い う 点 で あ る 。二 点 目 は 一 点 目 と 密接に関連するが、 「 Suica」が 駅 の み ど り の 窓 口 や 自 動 券 売 機 で 気 軽 に 購 入 す る こ と が 可 能 で あ る が 、「 PiTaPa」 は 駅 で 購 入 す る こ と は で き な い 点 で あ る 。「 PiTaPa」 を 入 手 し よ う と 思 え ば 、ま ず は 駅 な ど で 申 込 用 紙 を 入 手 し 、そ こ に 、住 所・氏 名 ・ 銀行口座など個人の属性情報を記入し、 「 PiTaPaセ ン タ ー 」に 送 付 す る 必 要 が あ る 。 与 信 審 査 が 進 め ら れ 、審 査 に 通 れ ば カ ー ド が 発 行 さ れ る と い う「 や や こ し い 」プ ロ セ ス を 経 て 入 手 す る こ と が 可 能 と な る 。三 点 目 に つ い て も 二 点 目 と 密 接 に 関 連 す る が 、会 員 の 個 人 属 性 が 発 行 主 体 と し て し っ か り と 把 握 で き て い る か ど う か 、と い う 点 で あ る 。そ も そ も「 Suica」の ホ ル ダ ー の こ と を 会 員 と は 呼 ば な い し 、 「 Suica」の ホ ル ダ ー が ど の よ う な 人 か 把 握 す る こ と は 基 本 的 に は で き な い 。「 PiTaPa」 の 場 合 は 、ホ ル ダ ー 一 人 ひ と り の 属 性 情 報 や 利 用 履 歴 を セ ン タ ー で 把 握 す る こ と が で き る し 、む し ろ 把 握 す る こ と で 初 め て 決 済 代 金 の 請 求 、引 落 が 可 能 と な る 。四 点 目 と し て 、「 Suica」 は 発 行 に 際 し て 預 か り 金 ( デ ポ ジ ッ ト ) を 収 受 す る が 、「 PiTaPa」 は 収 受 し な い 。そ の 代 わ り 、1 年 間 利 用 の な い 会 員 に 対 し て は 、口 座 管 理 料 と し て 1,050 円 を 請 求 す る 。 五 点 目 は 、 カ ー ド の 発 行 主 体 が 「 Suica」 の 場 合 は JR東 日 本 53 F P P F であ る が 、「 PiTaPa」 の 場 合 は 、 阪 急 電 鉄 や 京 阪 電 鉄 で は な く 、 あ く ま で ㈱ ス ル ッ と KANSAIと い う こ と に な る 。そ の 他 、加 盟 店 獲 得 に 関 し て「 Suica」の 場 合 は 駅 ナ カ 中心であり、基本的には沿線に留まっているとの評価が適切であろう。一方の 「 PiTaPa」は 例 え ば 沖 縄 や 東 京 に も 利 用 可 能 な シ ョ ッ プ が 存 在 す る し 、鉄 道 沿 線 以 外 の 観 光 施 設 も 利 用 可 能 と な っ て い る 。こ の よ う な 加 盟 店 獲 得 に 関 す る 方 針 も 大 き く異なっているといえよう。 以 上 ま と め た と お り 、「 Suica」 と 「 PiTaPa」 と の 間 に は 、 共 通 点 ・ 相 違 点 が 見 て と れ た 。次 章 で は こ の 共 通 点・相 違 点 を も と に し て 、解 釈 を 施 し な が ら 、第 3 章 で 述べたリサーチクエスチョンについて検証していくこととする。 第5章 まとめ 第5章 第1節 事例研究からのインプリケーション 第5章 第1節 第1項 電子マネービジネス参入にとっての戦略資産について JR 東 日 本 や (株 )ス ル ッ と KANSAI は 電 子 マ ネ ー の ビ ジ ネ ス ス キ ー ム の 中 で 、 カ ー ド 発 行 者 、あ る い は バ リ ュ ー 発 行 者 と い う プ レ イ ヤ ー と し て「 新 規 事 業 」に 参 入 し た と い う 前 提 で 論 を 進 め て き た 。こ の 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に 鉄 道 事 業 者 と し て 参 入 す る に あ た っ て 、ど の よ う な 経 営 資 源 を 用 い て き た の か を 確 認 し 、新 規 事 業 と し 53 P P 東 京 モ ノ レ ー ル 及 び 東 京 臨 海 鉄 道 も Suicaの 発 行 主 体 と な っ て い る 。 43 て の 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に 参 入 す る に あ た っ て 、何 が 重 要 な「 戦 略 資 産 」で あ っ た のか図表 8 び図表 9 を参考にしながら確認する。 図表8 電子マネービジネスに活用されている資産 JR東日本 ハウスカードノウハウ 加盟店獲得 決済サービス IC化の追加投資分 FeliCaの技術 人的つながり(井深) SFカードの保有 SFカードの利用経験 そのまま改札機で利用可能 精算不要の利便性 駅ナカの加盟店開拓 駅ビル、駅ナカの権利 ICカード関連機器 チャージ機 ネットワーク・インフラ ICカードの保有 ICカードの利用経験 非接触の利便性 チャージ機の利用方法 時間の流れ (出所)筆者作成。 図表9 電子マネーとしてのSuica 非接触ICの採用 IC乗車券としてのSuica 顧客のアセット 磁気式カードのシステム・ イオカードの普及 企業側のアセット 磁気式システム老朽化 130億円の追加投資力 電子マネービジネスに活用されている資産 ㈱スルッとKANSAI・阪急電鉄 スルッとKANSAI協議会 共同開発のコンセプト オープンアーキテクチャ 全国に広がる加盟店 非接触ICの採用 FeliCaの技術 フォロワとしての利点 SFカードの保有 SFカードの利用経験 ICの利便性+ポストペイの利便性 非接触 チャージレス そのまま改札機で利用可能 精算不要の利便性 IC乗車券・ 電子マネーとしての PiTaPa 顧客のアセット 磁気式カードのシステム・ ラガールカードの普及 企業側のアセット 世界初のポストペイ 与信審査 時間の流れ (出所)筆者作成。 ま ず 「 Suica」 も 「 PiTaPa」 も 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に 参 入 す る に あ た っ て 、「 ウォ レ ッ ト 」 と し て 使 っ た の は 、 鉄 道 乗 車 券 と し て の IC カ ー ド で あ っ た 。 同 業 他 社 の 「 Edy」が そ の よ う な ベ ー ス と な る デ バ イ ス を 持 た な か っ た こ と と 比 較 す る と 、既 に 利 用 者 が 保 有 し て い る IC カ ー ド を 活 用 し て 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に 参 入 し た こ と 44 は 、本 稿 の テ ー マ を 考 え る と 注 目 す べ き 点 の 一 つ と い え る 。な ぜ な ら ば「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 の 資 産 」 で あ る IC 乗 車 券 を 有 効 に 活 用 し て い る と 明 確 に 言 え る か ら で あ る 。 ま た 多 く の カ ー ド ホ ル ダ ー が 存 在 す る と い う こ と は 「 非 接 触 IC カ ー ド を 利 用した経験」 「 非 接 触 IC カ ー ド に バ リ ュ ー を チ ャ ー ジ し た 経 験 」と い っ た 、経 験 と いう無形資産が顧客に蓄積されていたことも注目すべきであろう。 「 PiTaPa」は 鉄 道 乗 車 券 と し て サ ー ビ ス が 提 供 さ れ た 当 初 か ら シ ョ ッ ピ ン グ での 利 用 を 想 定 し て い た 。一 方 の「 Suica」は 、2001 年 11 月 に 鉄 道 乗 車 券 と し て 利 用可 能 と な っ た の に 対 し 、シ ョ ッ ピ ン グ 利 用 が 可 能 と な っ た の は 、2004 年 3 月 で あ り 2 年 以 上 の タ イ ム ラ グ が あ る 。 し か も 当 初 発 売 し た 「 Suica」 で は シ ョ ッ ピ ン グ 利 用 が 出 来 な い 仕 様 と な っ て い た た め 、 従 来 の 「 Suica」 の ホ ル ダ ー に 対 し て は 、 電 子 マ ネ ー 対 応 の「 Suica」へ 無 料 交 換 を 行 っ て い る 。 「 Suica」の 発 行 枚 数 に つ い て 、2005 年 4 月 時 点 で 1,200 万 枚 で あ る が 、こ れ は 電 子 マ ネ ー 非 対 応 の「 Suica」を 含 ん だ 数 字 で あ り 、電 子 マ ネ ー 機 能 を 備 え た も の だ け で 言 え ば 、685 万 枚 の 発 行 枚 数 で あ る 。 「 Edy」 の 発 行 枚 数 は 2005 年 4 月 時 点 で 1,020 万 枚 で あ る が 、 仮 に 「 Suica」 が 導 入 当 初 か ら 電 子 マ ネ ー 機 能 を 備 え た も の で あ っ た と す る な ら ば 、「 Edy」 を し の ぐ 発 行 枚 数 と い う こ と に な り 、電 子 マ ネ ー の カ ー ド 発 行 主 体 と し て は 非 常 に 悔 や ま れ る 点 で は な い だ ろ う か 。 さ ら に 注 目 す べ き は 、 電 子 マ ネ ー 非 対 応 「 Suica」 か ら 電 子 マ ネ ー 対 応 「 Suica」 へ の 交 換 が 無 償 で 行 わ れ た に も か か わ ら ず 、 今 な お 500 万 枚 の 「 Suica」 は 交 換 さ れ ず 、 電 子 マ ネ ー 機 能 を 持 た な い ま ま と な っ て い る と い う 点である 54 F P P F 。「 顧 客 に 蓄 積 さ れ た 資 産 」 は 、 仮 に そ こ に 欠 点 が あ り 、 事 業 者 側 が 無 償 で 取 り 替 え る と 申 し 出 た と し て も 、そ の ま ま 顧 客 に「 蓄 積 」さ れ つ づ け る 傾 向 に あ る こ と が こ の 事 例 か ら は 推 測 さ れ る 。顧 客 に 蓄 積 さ れ る 資 産 は 極 め て 重 要 で あ り 、 ま た 事 業 者 固 有 の デ バ イ ス を 顧 客 に 蓄 積 さ せ る 際 に は 、将 来 の 事 業 展 開 を 十 分 に 加 味する必要があるといえるだろう。 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ 参 入 し て い く こ と が 可 能 と な っ た 背 景 に は 、単 に 鉄 道 乗車 券 と し て の IC カ ー ド を ベ ー ス に 多 数 の ホ ル ダ ー が 存 在 し て い た と い う 要 因 だ け で は な い こ と も 付 け 加 え る 必 要 が あ る だ ろ う 。 例 え ば 「 Suica」 の 場 合 、 JR 東 日 本 が も と も と 展 開 し て い た ハ ウ ス カ ー ド 事 業 で 獲 得 し た ノ ウ ハ ウ 、ナ レ ッ ジ が 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る し 、加 盟 店 獲 得 に 関 し て も「 駅 ナ カ 」の テ ナ ン ト を 中 心 に 取 り 組 ん で い る こ と を 考 え る と 、駅 や 駅 ビ ル と い っ た「 企 業 が 保 有 す る 有 形 資 産 」が 重 要 な 役 割 を 担 っ て い る と 言 え よ う 。さ ら に 、「 Suica」の シ ス テ ム の う ち 、改 札 機 器 に つ い て は も っ ぱ ら 鉄 道 事 業 用 に 供 さ れ て い る が 、カ ー ド 発 行 機 や バ リ ュ ー チ ャ ー ジ 54 P P 2004 年 2 月 18 日 に 発 行 枚 数 が 800 万 枚 を 達 成 し て い る こ と か ら も 、 か な り の 割 合 で 、 交 換が進んでいないことがわかる。 45 機 と い っ た 駅 務 機 器 類 や 、セ ン タ ー サ ー バ ー を は じ め と す る ネ ッ ト ワ ー ク イ ン フ ラ に 関 し て は 、鉄 道 事 業 用 と シ ョ ッ ピ ン グ 用 を 共 用 し て い る 部 分 も 多 く 、こ こ で も 既 存事業の有形資産を新規事業に有効活用しているといえる。 さ て 、も う ワ ン ス テ ッ プ 遡 っ て 、IC 乗 車 券 と し て の「 Suica」 「 PiTaPa」を 発 行 す る 上 で 戦 略 資 産 と な っ た も の は 何 か と い う 点 も 検 証 し て み た い 。 鉄 道 事 業 用 の IC 乗 車 券 を 導 入 す る こ と 自 体 は「 新 規 事 業 」と は い え な い か も し れ な い が 、 「 IC カ ー ド が 新 し い 事 業 に 結 び つ く チ ャ ン ス が あ る の で は な い か 」と い う リ ア ル オ プ シ ョ ン と し て の 価 値 は 高 く 評 価 さ れ て い る も の と 推 測 で き る 。 IC の 乗 車 券 導 入 に 際 し て 利 用 し た「 戦 略 資 産 」が 存 在 し て い た の で あ れ ば 、そ れ は「 新 規 事 業 開 発 を お こ な う上での重要な資産」と位置付けてもよいと考えるからである。乗車券としての IC カ ー ド を 普 及 さ せ る と い う フ ェ ー ズ に 着 目 す る 時 、 「 Suica」と「 PiTaPa」を ひ と く く り で 論 じ る こ と は で き な い 。な ぜ な ら ば 、一 方 は プ リ ペ イ ド 、一 方 は ポ ス ト ペ イと、大きく根本の性格が異なっており、その違いから普及の方法、普及の速度、 普 及 の 枚 数 に 決 定 的 な 影 響 を 与 え て い る か ら で あ る 。む し ろ そ の 点 に 、本 稿 の リ サ ーチクエスチョンを検証するための、重要な要因があると考えられる。 JR東 日 本 が 「 Suica」 を 普 及 さ せ る に あ た っ て 、 最 も 役 立 っ た こ と は 、 そ れ ま で に「 イ オ カ ー ド 」を 発 行 し て い た こ と で は な い だ ろ う か 。実 際 に ど れ だ け の イ オ カ ー ド ユ ー ザ ー が 存 在 し て い た か は 正 確 に 把 握 す る こ と は 出 来 な い が 、JR東 日 本 の 推 計 に よ れ ば 200 万 人 程 度 の ユ ー ザ ー が 存 在 し て い た と さ れ て い る 55 F P P F 。これだけ多 く の 人 が「 イ オ カ ー ド 」を 保 有 し 、買 い 替 え や 買 い 増 し を 経 験 し て い た と い う こ と は、 「 Suica」を 普 及 さ せ る 上 で プ ラ ス に 作 用 し た も の と 考 え ら れ る 。例 え ば「 Suica」 発売時に「イオカード」を保有していた人がいたとする。その残高がなくなれば、 次 に 「 Suica」 を 買 う 動 機 付 け は 働 く だ ろ う 。 こ れ ま で 普 及 し て き た イ オ カ ー ド と 利 用 方 法 や 購 入 方 法 に ほ と ん ど 差 が 無 く 、単 に 材 質 が 変 わ り 利 便 性 は 向 上 し た プ リ ペ イ ド カ ー ド を 、「 引 き 続 き 」 購 入 し よ う と 考 え る の は 十 分 合 理 性 が あ る と 言 え る からである 56 F P P F 。こ の 点 を 考 慮 す れ ば 、導 入 4 年 足 ら ず で 1,200 万 枚 も 普 及 さ せ る こ とに成功した要因の一つとして、 「顧客が磁気式プリペイドカードを保有していた」 55 P P Suica発 行 前 の イ オ カ ー ド ホ ル ダ ー は 約 200 万 人 と 推 計 さ れ て い た が 、実 際 に は こ の 数 字 を は る か に 上 回 る Suicaホ ル ダ ー が 誕 生 し て い る 。 単 に 磁 気 の イ オ カ ー ド ホ ル ダ ー が Suicaに シ フ トしただけではなく、普通きっぷを利用していた人もプリペイドカードを利用するようになっ た と い う こ と が 言 え る 。 こ の 点 に つ い て は 今 城 [2004]を 参 照 し た 。 56 P P イ オ カ ー ド と 、Suicaの 相 違 点 の 一 つ に 500 円 の デ ポ ジ ッ ト を 徴 収 さ れ る こ と が 挙 げ ら れ る 。 そ の こ と に 抵 抗 を 感 じ て 、Suicaを 購 入 せ ず に 引 き 続 き イ オ カ ー ド を 購 入 す る 利 用 者 は い る と 考 える必要はある。 46 点 を 挙 げ る こ と は 可 能 で あ る 。こ の 点 か ら 鉄 道 事 業 者 が 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ 参 入 す る 際 に は 「 顧 客 に 蓄 積 さ れ た 有 形 資 産 = 磁 気 式 プ リ ペ イ ド カ ー ド ( き っ ぷ )」 が 極めて重要な役割を担っていたことが分かるだろう。 一 方 の 「 PiTaPa」 に つ い て は 「 Suica」 と は 全 く 異 な る 考 え 方 の も と 、 会 員 獲 得 が 行 わ れ た 。 第 4 章 第 3 節 で も 述 べ た と お り 、「 PiTaPa」 を 入 手 す る た め に は 、 そ れ ま で の 磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド を 入 手 す る プ ロ セ ス と は 全 く 異 な り 、む し ろ ク レジットカードや携帯電話を購入するのと同じような手続きが必要であった。 「 PiTaPa」 の サ ー ビ ス が 開 始 と な っ た 際 「 ラ ガ ー ル カ ー ド 」 を 保 有 し て い た 人 が 、 残 高 が な く な っ た 際 に「 PiTaPa」の 申 込 を す る か を 考 え る と き 、必 ず し も 申 し 込 み をするとは言えない 57 F P P F 。ま た 阪 急 電 鉄 は「 PiTaPa」を 普 及 さ せ る 方 法 と し て 、ハ ウ ス カ ー ド に 「 PiTaPa 」 を 付 加 し 、 ハ ウ ス カ ー ド 自 体 を 普 及 さ せ る こ と に よ っ て 「 PiTaPa」を 普 及 さ せ る と い う 戦 略 を 採 っ て い る も の と 考 え ら れ る 58 F P P F 。実 際 に 2005 年 4 月 時 点 で の 普 及 枚 数 10 万 枚 の 内 訳 を み て も 、 「 PiTaPa」の 機 能 を 単 体 で 提 供 し て い る カ ー ド 「 ベ ー シ ッ ク カ ー ド 」 は わ ず か 、 1.3 万 枚 に と ど ま っ て お り 、 普 及 し て い る「 PiTaPa」の 8 割 以 上 が ク レ ジ ッ ト カ ー ド 機 能 の 付 加 機 能 と し て 提 供 さ れ て いるのである 57 P P 59 F P P F 。 ラ ガ ー ル カ ー ド と 比 較 し て 、 PiTaPaは 利 用 可 能 な 鉄 道 ・ バ ス 事 業 者 が 大 幅 に 少 な い と い う 点 も 、 PiTaPaの 普 及 を 遅 ら せ る 要 因 の ひ と つ で あ る と 想 定 さ れ る 。 角 [2005]を 参 考 と し た 。 58 P P 筆 者 は 阪 急 夙 川 駅 に PiTaPaの 申 込 用 紙 を 貰 う 目 的 で 出 向 い た が 、HANA PULSカ ー ド に つ い て は 、 告 知 物 等 も あ っ て 申 込 用 紙 を 簡 単 に 見 つ け る こ と が で き た 。 し か し PiTaPaの 単 体 と し て の機能のみを提供している「ベーシックカード」については、宣伝物を見つけることすら出来 ず、あえて駅員に言わない限り申込用紙を入手することも困難であると感じた。 59 P P 図 表 10 を 参 照 。 87% が ク レ ジ ッ ト カ ー ド に 付 加 さ れ た PiTaPaで あ る 。 47 図表10 PiTaPaの内訳 全体で10万 クレジットカード 87% 13% e-kenet PiTaPa KOBE PiTaPa HANA PLUS PiTaPa ベーシック (出所)スルッとKANSAI協議会プレス資料をもとに筆者作成。 JR 東 日 本 で 、 イ オ カ ー ド の 普 及 実 績 が 「 Suica」 の 普 及 に 貢 献 し た こ と と 対 比 す ると、同社のプリペイドカードである「ラガールカード」の普及が「イオカード」 程 に は 、 IC 乗 車 券 の 普 及 に 貢 献 し て い な い こ と が 分 か る 。 さ ら に 言 え ば 、 こ れ ま で 顧 客 が「 ラ ガ ー ル カ ー ド 」を 購 入 し 、利 用 し 、ま た 買 い 替 え・追 加 購 入 し た と い う 経 験 に つ い て 、「 PiTaPa」 を 普 及 さ せ る 戦 略 と し て 、 活 用 し な か っ た と 言 う ほ う が 正 し い 。 そ し て そ の 結 果 、「 PiTaPa」 は 「 Suica」 程 に は ホ ル ダ ー 数 を 獲 得 で き ず にいる要因ともなっていると考えられよう。 新 規 事 業 と し て 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に 参 入 す る に 当 た り 、直 接 的 、間 接 的 に 活用 し た 戦 略 資 産 に つ い て ど の よ う な も の が あ っ た の か を 確 認 し 、そ れ ぞ れ が ど の 段 階 で 有 用 性 を 発 揮 し た の か と い う こ と を 明 ら か に し て き た 。同 じ 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に 参 入 し て い る も の の 、電 子 マ ネ ー 事 業 に 関 す る 事 業 観 の 違 い や 、経 営 戦 略 全 体 に お け る IC カ ー ド の 位 置 づ け の 違 い な ど 「 Suica」 と 「 PiTaPa」 で は 大 き く 異 な っ て い る た め 、保 有 す る 資 産 の 活 用 の 仕 方 に 違 い が 見 ら れ た 。本 稿 第 3 章 で 提 起 し た リ サ ー チ ク エ ス チ ョ ン で は 、「 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 」 あ る い は 「 電 子 マ ネ ー の ウ ォ レ ッ ト と し て の IC カ ー ド を 普 及 さ せ る こ と 」と い う 限 定 的 な テ ー マ に 絞 り 、 それを達成するためにどのような戦略的資産を用いたのかということを主たる論 点 と し た 。「 Suica」は 顧 客 に 蓄 積 さ れ た 有 形 資 産 で あ る「 イ オ カ ー ド 」を 有 効 に 活 用 し て カ ー ド の ホ ル ダ ー 数 を 一 気 に 増 や す こ と が で き 、「 ラ ガ ー ル カ ー ド 」 を あ え て 活 用 し な か っ た「 PiTaPa」は ホ ル ダ ー 数 を 増 加 さ せ る の に 苦 慮 し て い る と い う 結 果が見てとれた。 48 第5章 第1節 第2項 「 Suica」 と 「 PiTaPa」 の 戦 略 上 の 相 違 点 前 項 に お い て は 、電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 と い う 観 点 に 絞 り 込 み 、普 及 枚 数 が多いという観点から、 「 Suica」の 戦 略 を 成 功 事 例 と し て 扱 っ た 。な ら ば「 PiTaPa」 の 戦 略 は ど の よ う に 評 価 す る こ と が で き る だ ろ う か 。「 PiTaPa」 が 「 電 子 マ ネ ー の ウ ォ レ ッ ト と し て の IC カ ー ド を 普 及 さ せ る こ と 」 と い う 目 的 の み で 戦 略 を 構 築 し て い た と す る な ら ば 、「 PiTaPa」 は 失 敗 事 例 と い う こ と に な る 。 し か し 決 し て そ れ だ け を 目 的 と し て「 PiTaPa」を 普 及 さ せ よ う と し て い る わ け で は な い 。1 枚 の「 Suica」 と「 PiTaPa」を 比 較 す る と 、逆 に「 PiTaPa」の ほ う が 戦 略 的 資 産 価 値 が 高 い と も 考 え ら れ る 。顧 客 に と っ て み れ ば 、チ ャ ー ジ 不 要 で 利 便 性 が 高 く 、企 業 に と っ て み れ ば 、属 性 情 報 が 正 確 で 、履 歴 情 報 と の 紐 付 け も 可 能 、さ ら に デ ポ ジ ッ ト が な い 代 わ りに口座管理料を徴収することにより未利用者の退出を促す仕組みも内在してい る 。こ の よ う な 側 面 に 焦 点 を 当 て る と す る と 、む し ろ「 PiTaPa」は 失 敗 事 例 で は な く 、 別 の 観 点 か ら 、「 顧 客 に 戦 略 的 価 値 の 高 い ツ ー ル を 保 有 さ せ た 事 例 」 と も 解 釈 可能である。 「 PiTaPa」自 体 は 電 子 マ ネ ー と し て 収 益 を あ げ な く と も 、ク レ ジ ッ ト カ ー ド 普 及 の た め の 付 加 的 な 魅 力 と し て 存 在 し 、そ の ク レ ジ ッ ト カ ー ド が 、顧 客 の 属 性 情 報 や 履 歴 情 報 を 把 握 す る ツ ー ル と し て 機 能 し 、鉄 道 事 業 や 消 費 者 金 融 業 、百 貨 店 事 業 な ど阪急グループが手がける他のビジネスのマーケティングツールとして活用され る 。こ の よ う な ね ら い が あ っ た と す る な ら ば 、決 し て 失 敗 事 例 で は な く 、む し ろ 本 稿 の 仮 説 で あ る「 顧 客 に 蓄 積 さ れ る 有 形 の 資 産 」を 活 用 す る 好 例 と 考 え る べ き で あ る 。 角 [2005]は 、「 今 ま で の カ ー ド で は 、 誰 に 発 行 し た カ ー ド で あ る か 分 か り ま せ ん し 、 ど の よ う な 移 動 を し た の か そ の 詳 細 が つ か め ま せ ん 、 そ れ が IC カ ー ド に な れ ば 把 握 可 能 で す 」と 述 べ 、マ ー ケ テ ィ ン グ ツ ー ル と し て の 資 産 価 値 を 高 く 評 価 す る と と も に 、「 普 及 に 時 間 が か か っ て も ポ ス ト ペ イ 方 式 の 方 が 正 し い と い う 考 え に かわりはありません」と述べている。 も ち ろ ん 「 Suica」 も そ れ 自 体 が 「 顧 客 に 戦 略 的 価 値 の 高 い ツ ー ル を 保 有 さ せ た 事 例 」と し て み る こ と は で き る 。電 子 マ ネ ー の ウ ォ レ ッ ト と し て 活 用 さ れ て い る こ と は も ち ろ ん 、ビ ル の 入 退 館 シ ス テ ム の 鍵 と し て 活 用 し て い る 事 例 や 広 告 媒 体 と 連 携 し た レ コ メ ン デ ー シ ョ ン ツ ー ル と し て 活 用 し て い る 事 例 は 「 Suica」 が 他 の 事 業 に 対 し て シ ナ ジ ー 効 果 を 発 揮 し て い る 典 型 で あ る 。 こ の 点 か ら も 「 Suica」 は 「 顧 客 が 保 有 す る 戦 略 的 資 産 」 か ら 生 ま れ た も の で あ る と 同 時 に 、「 Suica」 自 体 も 「顧 客 が 保 有 す る 戦 略 的 資 産 」で あ る と 言 え る だ ろ う 。 ま た 「 Suica」 を JR 東 日 本 の ハ ウ ス カ ー ド で あ る 「 ビ ュ ー カ ー ド 」 と 組 み 合 わ せ る こ と に よ り 、「 PiTaPa」 と 同 様 のマーケティングツールとしても活用可能である。 49 図表11 事業者から見たICカードの リッチネスとリーチのトレードオフ リッチネス 本稿で扱わなかった被説明変数 PiTaPaのポジション CRMの実践 等にとっての 効用曲線 トレードオフ線 Suicaのポジション 電子マネービジ ネスにとっての 効用曲線 リーチ 本稿で扱った被説明変数 リッチネス:1枚のカードが事業者のもたらす情報量・利用シーンの多さ、魅力度 リーチ:普及枚数 (出所)Evans and Wurster[2000], p.74.をもとに筆者作成。 「 Suica」 も 「 PiTaPa」 も 「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 の 資 産 ( ツ ー ル )」 で あ る と は 言 え 、 そ の 性 質 は 大 き く 異 な る 。 ま た 同 じ 「 Suica」 で も 、 あ る い は 同 じ 「 PiTaPa」 で も 、ハ ウ ス カ ー ド と 一 体 化 し て い る か ど う か で 、1 枚 あ た り の 資 産 価 値 は 大 き く 異 な る 。図 表 11「 事 業 者 か ら 見 た IC カ ー ド の リ ッ チ ネ ス と リ ー チ の ト レ ー ド オ フ 」 で は 、リ ッ チ ネ ス と リ ー チ を そ れ ぞ れ 、 「1 枚のカードが事業者にもたらす情報量・ 利 用 シ ー ン の 多 さ 、 魅 力 度 」 及 び 「 普 及 枚 数 」 と 捉 え 、「 Suica」 と 「 PiTaPa」 を マ ッピングしたものである。カードを普及させる上で、個人情報の提供を求めない 「 Suica」 は 、 確 か に 気 軽 に 購 入 す る こ と が で き 普 及 さ せ る 上 で 障 壁 は 低 い 。 し か し そ の よ う な 形 で 普 及 さ せ た 「 Suica」 は 、 顧 客 と ワ ン ・ ト ゥ ー ・ ワ ン ・ リ レ ー シ ョ ン を 構 築 す る 上 で は 、 大 き な 価 値 を 持 つ と は い え な い 。「 PiTaPa」 の 場 合 は ど う か 。ラ ガ ー ル カ ー ド を 購 入 す る 感 覚 で 駅 へ 出 向 い た と し て も 、入 手 で き る の は 申 し 込 み 用 紙 だ け で あ る 。申 し 込 み 用 紙 を 手 に し た 人 の う ち 、実 際 に 申 し 込 み を 行 う 人 は 限 定 的 で あ る と 考 え ら れ る 。し か し 、申 し 込 み が あ っ た 場 合 は 、正 確 な 情 報 が 入 手 で き 、普 及 の し や す さ と そ の カ ー ド が も た ら す 情 報 は 、そ の 意 味 で ト レ ー ド オ フ といえる。 そ し て 、 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス で 必 要 な 要 件 を 考 慮 し た 効 用 曲 線 と CRMで 必 要 な 効 用 曲 線 を 重 ね 合 わ せ た も の が 図 表 11 の 中 で 示 さ れ て い る 。 こ こ か ら 言 え る こ と は 、電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス は ホ ル ダ ー 数 が 非 常 に 重 要 と な る ネ ッ ト ワ ー ク 型 ビ ジ ネ ス で あ り 、 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス で 利 用 す る と い う 前 提 で の 価 値 は 「 Suica」 の ほ う が 「 PiTaPa」よ り も 高 い 。一 方 で 、カ ー ド が も た ら す 顧 客 情 報 の 量・質 が 重 要 と な る 50 「 CRMの ツ ー ル 」 と し て 利 用 す る こ と を 前 提 と す る な ら ば 、「 PiTaPa」 の 方 が そ の 価 値 が 高 い と い う こ と で あ る 。す な わ ち 、そ れ ぞ れ の 目 指 す 戦 略 に 従 っ て 、リ ッ チ ネ ス / リ ー チ の ト レ ー ド オ フ 直 線 の 中 で 、そ れ ぞ れ が 合 理 的 な ポ ジ シ ョ ニ ン グ を と っ て い る と 言 え る だ ろ う 。そ し て そ の 次 の ス テ ッ プ と し て 、「 Suica」で あ れ ば 、各 ク レ ジ ッ ト カ ー ド と 一 体 化 さ せ る こ と で リ ッ チ ネ ス を 増 加 さ せ 、ま た「 PiTaPa」で あ れ ば 、協 議 会 に 加 盟 す る 鉄 道 会 社 が 順 次 採 用 す る こ と で リ ー チ を 増 加 さ せ て い る 。 結 果 的 に 「 Suica」「 PiTaPa」 の そ れ ぞ れ が 別 の プ ロ セ ス を た ど り な が ら 、 よ り 高 い 価 値 を も つ 戦 略 資 産 と し て 、顧 客 の 財 布 に 滑 り 込 ん で い る と い え る の で あ る 。こ の 両 社 の 事 例 か ら 新 規 事 業 参 入 に 際 し て「 顧 客 の 保 有 す る 有 形 の ツ ー ル を 有 効 に 活 用 し た か 、 あ る い は 有 効 に 活 用 し よ う と し て い る 。」 と の 結 論 が 導 き だ さ れ た と 言 え るのではないだろうか 第5章 第2節 60 F P P F 。 一般化仮説の提起(今後の課題) こ こ ま で 、鉄 道 事 業 者 の 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 事 例 を 取 り 上 げ 、そ こ で 利 用 さ れ た 戦 略 的 資 産 が 何 で あ っ た の か 、ど の よ う に 活 用 さ れ た の か と い う 点 に つ い て 検 証 を 行 っ た 。 鉄 道 事 業 者 に よ る 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス へ の 参 入 に 特 化 し 、「 磁 気 式 の プ リ ペ イ ド カ ー ド を 顧 客 が 保 有 し て い る こ と が 、顧 客 の 利 用 経 験・行 動 に 影 響 を 与 え 、さ ら に そ の 利 用 経 験・行 動 を 活 用 す る こ と に よ っ て 電 子 マ ネ ー の ウ ォ レ ッ ト と も な る IC 乗 車 券 を 普 及 さ せ た こ と 」 を 明 ら か に し た 。 あ る い は そ の 反 対 に 、 それらを活用しなかったことによって普及が阻害されたことを明らかにすること で「 顧 客 が 保 有 す る ツ ー ル 」が 新 規 事 業 参 入 の 成 功 要 因 と な っ て い る こ と を 確 認 し て き た 。 二 つ 目 の 視 点 と し て 、 IC 乗 車 券 と し て の 「 Suica」 や 「 PiTaPa」 自 体 が 、 リ ッ チ ネ ス と リ ー チ の ど ち ら を 重 視 し て い る か と い う 点 で 性 質 は 異 な る も の の 、次 な る 新 規 事 業 に 対 す る 戦 略 的 資 産 と な っ て い る こ と も 確 認 で き た 。 特 に 「 PiTaPa」 は 普 及 枚 数 を 犠 牲 に す る 代 わ り に 、カ ー ド ホ ル ダ ー 一 人 ひ と り の 属 性 を 把 握 し 、ま た 利 用 履 歴 ま で も 把 握 で き る よ う な 、リ ッ チ ネ ス が 非 常 に 高 い ツ ー ル を 顧 客 の 懐 に 送り込むことを目指した戦略をとっていることも明らかとなった。 JR 東 日 本 と ㈱ ス ル ッ と KANSAI と い う 二 つ の 事 例 か ら 、 少 な く と も 電 子 マ ネ ー ビ ジ ネ ス に お い て は「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 資 産 が 新 規 事 業 参 入 に お い て 重 要 な 戦 略 60 P P IC乗 車 券 と し て の Suicaの 普 及 に 寄 与 し た 要 因 と し て 「 イ オ カ ー ド 」 の 普 及 以 外 に も あ る 。 例 え ば 、非 接 触 型 ICカ ー ド の 技 術 、 「 FeliCa」の サ プ ラ イ ヤ ー で あ る ソ ニ ー と の 結 び つ き な ど は 「 Suica」 の 導 入 あ る い は 、「 Suica」 の 成 功 の 要 因 と し て 重 要 な 役 割 を 担 っ て お り 、 こ れ ら の 企 業に蓄積された「見えざる資産」もやはり重要性の高い戦略資産であることが分かる。本稿の 主張はこのような資産について「重要性が低い」とするものではない。 51 的 資 産 で あ っ た 」こ と が 明 ら か に な っ た 。し か し 鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス の バ リ ュ ー チ ェ ー ン の 中 で 活 用 さ れ て い る か 、生 み 出 さ れ る 経 営 資 源 の 中 の 全 て の「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 資 産 」に つ い て 検 証 さ れ た わ け で は な い 。 「『 顧 客 が 保 有 す る 有 形 資 産 』を 活 用 し て 新 規 事 業 を 行 う こ と が 今 後 の 鉄 道 事 業 者 と し て 目 指 す べ き 方 向 で あ る 」と い う 一 般 化 仮 説 は 支 持 さ れ る の だ ろ う か 。こ の 検 証 に つ い て は 、今 後 に 残 さ れ た 課 題 の ひ と つ で あ る 。鉄 道 事 業 者 が 取 り 組 む 新 規 事 業 、関 連 事 業 を 概 観 す る と き 、最 初 か ら「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 資 産( ツ ー ル )を 活 用 す る 」発 想 は 無 か っ た か も し れ な い が 、 結 果 的 に 「 顧 客 が 保 有 す る 有 形 資 産 ( ツ ー ル )」 を 活 用 し て い る も の は た く さ ん 存 在 す る 。例 え ば 当 初 利 用 者 に 対 し て 、列 車 の 運 賃 料 金・時 刻 を 知 ら せ る た め の手段として用いていた鉄道事業者のインターネットサイトは今やきっぷの予約 は も ち ろ ん 、ホ テ ル の 予 約 や シ ョ ッ ピ ン グ ま で 可 能 な 、ポ ー タ ル サ イ ト 的 な も の へ と 発 展 し て き て い る 。こ の よ う な ポ ー タ ル サ イ ト は 利 用 者 が パ ソ コ ン や 携 帯 電 話 を 持 っ て い る と い う こ と が 前 提 と な っ て 運 営 さ れ て お り 、か つ 利 用 者 の 保 有 す る ツ ー ル が 技 術 的 進 化 を 遂 げ る の に 合 わ せ て 、提 供 す る サ ー ビ ス 内 容 も 事 業 領 域 も 変 化 さ せ て き た と い え る 。利 用 者 が 保 有 す る ツ ー ル の「 リ ッ チ ネ ス 」に 変 化 が 生 じ た 場 合 、 あ る い は「 リ ー チ 」に 変 化 が あ っ た 場 合 、ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス は 生 ま れ る 。そ し て そ の チ ャ ン ス を 活 か す た め に は 、「 顧 客 が 保 有 す る ツ ー ル 」 に 注 目 し て い か な け れ ば な ら な い 。リ ッ チ ネ ス や リ ー チ の 程 度 に よ っ て 、新 規 事 業 参 入 に 与 え る 影 響 度 は 大 き く 差 が あ る か も し れ な い が 、そ れ ぞ れ の ツ ー ル は 利 用 さ れ る 可 能 性 を 持 っ て お り 、 少 な く と も「 鉄 道 事 業 者 が 新 規 事 業 参 入 を 行 う 場 合 に 、顧 客 が 保 有 す る 有 形 資 産( ツ ール)を活用すべきである」ということは支持されるのではないかと考えている。 鉄 道 事 業 が か な り 日 常 生 活 に 密 着 し て い る だ け に 、利 用 者 が 日 常 使 う も の の 中 に は 、 鉄 道 利 用 に 関 連 す る も の も 少 な く な い 。そ し て そ れ ら 一 つ 一 つ を ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス の 源 泉 で あ る と の 認 識 で 注 目 し て い く こ と が で き れ ば 、鉄 道 事 業 者 が 、衰 退 し つ つ あ る 鉄 道 輸 送 サ ー ビ ス だ け に 依 存 し て 事 業 と と も に 心 中 す る こ と を 回 避 し 、企 業 と して永続的に成長し続ける活路を見出していけるものと考えている。 参考文献 Barney, J.B.[2001], Is Sustained Competitive Advantage Still Possible in the New Economy? 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