オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の 現状と政策展開の考察

海外交通事情
オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の
現状と政策展開の考察
ふじ
籘
い
井
だい
大
すけ
輔*
豪州において州をまたぐ鉄道貨物輸送事業は,その輸送量が増加している。その背景として,連邦政府が
主導して上下分離の下で競争的な「オープンアクセス」を取り入れたこと,また,公的資金を投入して積極
的に鉄道インフラ整備を支援していることが挙げられる。ただ,豪州の州際鉄道貨物輸送事業のような「オ
ープンアクセス」はわが国の幹線に適用するのは不可能と考えられる。
一方,連邦政府は長期の戦略的な整備計画を明確に打ち出しているが,こうした長期的な貨物戦略あるい
は物流戦略は,わが国でも必要ではないかと考えられる。
はじめに
連邦制国家の豪州は,米国のように各州の権限
が強く,鉄道事業についても州ごとに強い行政権限
オーストラリア連邦(以下「豪州」)は,わが国
を有しながらも,連邦政府も鉄道事業に関与すると
の約20倍の面積を有するオーストラリア大陸と
いう,わが国とは異なった統治制度となっている。
タスマニア島,周辺島嶼からなる人口2 , 290万人
本稿では,わが国と異なる行政制度を採る中で
の連邦国家であり英連邦を形成する国家である。 豪州連邦政府が鉄道輸送に優位性があるといわれ
豪州の対日輸出額は対中国に次ぐ2位,わが国の
る長距離輸送にどのように関わり,またどのよう
対豪輸出額は10位と,わが国とは経済的関係が強
に推し進めているのかについて,わが国の鉄道政
いだけでなく,人的交流も盛んで,日本から年間
策への示唆を得るために,豪州の鉄道貨物輸送の
30万人以上が豪州を訪れ,豪州からも20万人以上
うち,州をまたぐ長距離輸送である州際鉄道貨物
が来日する。わが国にとって友好関係が強い国の
輸送に対象を絞り,その現状と州際鉄道貨物輸送
一つである。
に関わる政策の展開について考察する。
豪州の鉄道貨物輸送は,わが国ではそれほどよく
知られているとは限らない。豪州輸出総額の4割
以上を占める鉄鉱石や石炭は,産出地から輸出港
まで運ぶ必要があるが,それには鉄道やトラック
1.豪州の鉄道貨物輸送の現状
(1)国内貨物輸送の推移
が不可欠である。
まず,豪州国内の貨物輸送量を確認しておく。
(一財)運輸調査局調査研究センター研究員
図1は1980年度から2008年度までの輸送機関別
*
64 運輸と経済 第 73 巻 第 5 号 13 . 5
図1 豪州国内の貨物輸送量の推移(トンキロベース)
著しく,鉄道貨物輸送の
(十億トンキロ)
600
低迷が目立っている1)。
このように,豪州の輸
535.8
500
送機関別貨物輸送は,日
107.4
本の貨物輸送とは異なっ
た推移を示していること
400
がうかがえる。
190.8
一方,もう一つの基本
300
的指標であるトンベース
229.4
200
100
で の 輸 送 分 担 率(2009年
110.3
度)は,自動車輸送が71%,
237.2
鉄道輸送が28%となって
53.4
いる。同年度のわが国の
65.7
0
1980
1984
1988
豪州航空
1992
豪州内航海運
1996
2000
豪州自動車
2004
豪州鉄道
2008
(年度)
注)表記した数値は各輸送機関での貨物輸送量(細字は機関別,太字は合計)を示
す。なお,2008年の航空(3億トンキロ)の数値表記は略した。1980年度の
航空は原典で空欄である。
出典:Department of Infrastructure and Transport(2012), p. 49より筆者作成。
トンベースでの輸送分担
率は,自動車輸送が93%,
鉄 道 輸 送 が0 . 9 % で, ト
ンベースからみても,豪
州での鉄道貨物輸送の占
める割合が高く,豪州の
国内貨物輸送市場では鉄
道が活躍している場が
の貨物輸送量(トンキロベース)の推移である。
1980年度には2 , 294億トンキロだった貨物輸送は,
2008年度には5 , 358億トンキロ,1980年度比では
約2 . 3倍まで増加した。
そのうち,鉄道輸送は1980年度から2008年度
2)
大きいといえよう (図2)。
(2)国内インフラストラクチャーの現況
豪州の鉄道網を含む陸上交通インフラストラク
チャーの現況を表に示す。
までに657億トンキロから2 , 372億トンキロと約
豪州の鉄道は,わが国の鉄道よりも古く,1854
3 . 6倍と全体の伸びよりも大きな推移を示した。
年にヴィクトリア州の州都メルボルンで開業した
また,自動車輸送は鉄道と同じように約3 . 6倍の
のが始まりである。これは開拓民からの要望に各
増加を示したが,内航海運輸送はほとんど伸びて
州政府が応えることで鉄道建設が始まったもので,
いない。
これ以降各州で鉄道建設が進められた。しかし,
同期のわが国では,貨物輸送量全体が約1 . 3倍
ヨーロッパから招聘した鉄道技師の方針や各州の
増加しているのに対し,鉄道輸送が約0 . 6倍,自
経済状況などから,各州政府が独自に鉄道建設を
動車輸送は約1 . 9倍と,自動車貨物輸送の伸びが
進めていったため,州によってさまざまな軌間が
1)日本の貨物輸送量(トンキロベース)は,鉄道が1980年度の374億トンキロから2008年度の223億トンキロに,
自動車が同期1 , 789億トンキロから3 , 464億トンキロ,合計が同期4 , 388億トンキロから5 , 576億トンキロと
なった。
2) なお,豪州のトンベースでの貨物輸送量の推移は統計データの欠落があり,
経年で比較することはできない。
また,図2に示すように,トンベースは2009年度,トンキロベースは2008年度の貨物輸送量の数値である。
オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の現状と政策展開の考察
65
図2 日本・豪州国内の貨物輸送分担率
ぶ州際鉄道整備計画を表明し,1995年に,ブリス
(トン・トンキロ)
0
20
日本
トンキロ
(2008 年度)
(十億トンキロ)豪州
日本
トン
(2009 年度)
(百万トン) 豪州
40
60
346.4
80
100(%)
1.1
187.9
22.3
190.8
237.2
107.4
0.3
1.0
4,454.0
43.3
332.2
0.2
2,092.0
815.3
52.1
鉄道
自動車
内航海運
航空
注)表
記した数値はそれぞれの輸送機関での輸送量を
示す。
出典:
『 交 通 経 済 統 計 要 覧 』,Department of Infrastructureand Transport(2012), p. 49よ り 筆 者
作成。
ベン(クイーンズランド州),シドニー(ニューサウ
スウェールズ州)
,メルボルン,アデレード(いず
れもサウスオーストラリア州)
,パース(ウエスタン
オーストラリア州)を結ぶ州際鉄道の標準軌化工事
が完成した。また,2003年には長く未開通区間で
あった大陸中央部を南北に縦貫するアリススプリ
ングスとノーザン準州の州都ダーウィンを結ぶ鉄
道が完成し,これによりタスマニア州(島)以外
の全州都が標準軌鉄道で結ばれた。このブリスベ
ン~シドニー~メルボルン~アデレード~パース
の大陸を東西に横断する鉄道とその路線からター
クーラ(サウスオーストラリア州)で分岐してダー
ウィンまで結ぶ大陸を南北に縦貫する鉄道を合わ
せて「州際鉄道(interstate railway)」と指すこと
混在し,表に示すようにニューサウスウェールズ
が多い(本稿でもこの路線を州際鉄道とよぶ)。
州,サウスオーストラリア州,ウエスタンオース
また,豪州国内の鉄道電化率は約10%であり,
トラリア州,ノーザン準州は1 , 435 mm の標準軌
これはわが国の62 . 7%と比較すると,相対的に低
がメインで,クイーンズランド州,タスマニア州
い電化率といえよう。
は1 , 067 mm の狭軌,ヴィクトリア州は1 , 600 mm
2012年現在,234 km の鉄道整備が進められ,
の広軌がメインとなっている。このため,国土全
そのうち鉄道貨物輸送を目的とした路線は,ニュ
体としての鉄道ネットワークが機能しにくい仕組
ーサウスウェールズ州のサザンシドニー貨物線
みとなっていた。
(マッカーサー~セフトンの36 km)
,鉄鉱石運搬専
1970年代に連邦政府が全国鉄道網を標準軌で結
表
用線のウエスタンオーストラリア州のホープダウ
豪州国内の陸上交通インフラストラクチャー
(単位 km)
鉄道
広軌=1 , 600 mm
標準軌=1 , 435 mm
狭軌=1 , 067 mm
他・三線軌
計
直流1500 V 電化
交流25 kV 電化
交流33 kV 電化
道路
NSW
Qld
SA
Vic
WA
ACT
NT
Tas
計
ニューサウス クイーンズ サウスオース
ヴィクトリア ウエスタンオー
豪州首都準州 ノーザン準州
タスマニア州
ウェールズ州 ランド州 トラリア州
ストラリア州
州
73
0
247
2 , 961
3 , 281
7 , 029
67
3 , 069
1 , 217
3 , 957
6
1 , 690
17 , 034
8
7 , 779
561
687
16
3 , 516
28
12 , 595
1
88
22
58
220
389
7 , 110
7 , 935
3 , 899
687
4 , 252
7 , 692
6
1 , 718
33 , 299
627
456
1 , 084
2 , 037
171
2 , 208
8
8
184 , 794
183 , 041
97 , 319
25 , 599
153 , 000
154 , 263
2 , 963
22 , 239 823 , 217
注)鉄道は2012年現在。道路は2011年現在。
出典:Bureau of Infrastructure, Transport and Regional Economics, Department of Infrastructure and Transport・Australian Railway Association(2012), p. 8,Department of Infrastructure and Transport(2012),
p. 43より筆者作成。
66 運輸と経済 第 73 巻 第 5 号 13 . 5
ンズ4鉱山鉄道(ハンコク鉄道~ホープダウン4の
1998年の鉄道改革以降は,州際鉄道の鉄道施設
53 km)
,同州のピルバラ・ソロモン枝線(ソロモン
を管理・保有する ARTC と,長距離の州際貨物
ジャンクション~ソロモンの81 km)の建設工事が進
列車を運行する貨物列車運行事業者によって,豪
3)
められている 。
(3)鉄道貨物輸送における主なステーク
ホルダー
州国内の州際貨物列車の運行が担われることにな
り,ARTC との契約により,制度上では誰でも
州際鉄道輸送事業を営むことが可能となった。
つまり,豪州の州際鉄道貨物輸送事業では,欧
豪州の鉄道貨物輸送では,線路施設などのイン
州の国際鉄道貨物輸送事業と同じような上下分離
フラストラクチャーを保有,管理する事業者(わ
の下での「オープンアクセス方式」が採用されて
が国の第三種鉄道事業者に相当)と,車輛を保有し
いる。このようなオープンアクセス方式は,現在
列車を運行する事業者(第二種鉄道事業者に相当)
の鉄道セクターでは豪州の州際鉄道貨物輸送事業
が分離している,いわゆる「上下分離」方式を採
と欧州の鉄道輸送事業等で行われている特異な鉄
用している州とそうでない州が混在している。こ
道運営の方式といってもよい。このオープンアク
れは前述のように,豪州では各州政府が独自に鉄
セス方式は,公社が管理・保有する鉄道施設に対
道整備を進めてきた歴史的経緯があり,国土全体
するアクセスの許容(オープンアクセス)が確保さ
としての鉄道ネットワークが機能しにくい仕組み
れており,自然独占型産業ともいうべき州際鉄道
になっていたことに起因する。
貨物輸送に必要不可欠な鉄道施設に,複数の州際
さらに,各州内には鉄鉱石・石炭などの鉱物産
鉄道貨物列車の運行事業者がアクセスできるとい
出地から積出港に鉄道で輸送する専用鉄道がある。 う競争的環境が確立されている。
これらは BHP ビリトンやフォーテスキューメタ
ここで,これらの州際貨物列車の運行に関わる
ルズグループ,リオティントなどのグローバル鉱
事業者を整理する。
業企業が上下一体方式で営んでいる。
1)豪州鉄道線路事業公社(ARTC)
図3に豪州国内鉄道の軌間別・鉄道線路施設保
有事業者別の鉄道網図を示す。
前述のように,ARTC は1998年の鉄道改革に
より,連邦政府と各州政府の合意協定に基づき連
1998年7月に実施された鉄道改革によって,豪
邦政府が100%出資して設立された。ARTC は,
州国鉄(AN:Australian National Railways Commission)
豪州会社法に基づくインフラストラクチャー交通
が民営化された。鉄道貨物については,これより
大臣と財務規制改革大臣が連邦政府を代表して所
も前の1992年に鉄道貨物輸送の効率化を図るため
有する公社で,AN・NRC の民営化に伴う事業売
全国鉄道公社(NRC:National Rail Corporation)が
却4)後に残った鉄道施設を保有,管理し,豪州国
設立され1993年に営業を開始した。1998年7月の
内の州際貨物列車を運行する事業者の線路利用を
鉄道改革では,州際鉄道輸送に関する鉄道施設の
受け入れている。
管 理・ 保 有 機 関 と し て 豪 州 鉄 道 線 路 事 業 公 社
豪州の州際鉄道路線は,図3に示したように,
(ARTC:Australian Rail Track Corporation)が連邦
ARTC が所有しているか,長期契約に基づき借
政府の100%出資によって設立され,州際鉄道輸
り受けているかなどによって3つに分類できる。
送に関わる事業の上下分離が実現された。
ブロークンヒル(ヴィクトリア・サウスオーストラ
3)参考文献[3]p. 10
4)サウスオーストラリア・タスマニア両州の鉄道貨物輸送事業(タスマニア州では鉄道施設・設備の管理・保有を
含む),州際鉄道旅客輸送事業などを売却した。
オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の現状と政策展開の考察
67
図3 豪州国内の軌間別・鉄道線路施設保有管理事業者別鉄道網図
ダーウィン
アリススプリング
ブリスベン
タークーラ
カルグーリー
パース
ブロークンヒル
ニューキャッスル
シドニー
アデレード
ARTCが
卸売販売権
0
500
メルボルン
ARTCが自ら管理保有
キャンベラ
ポートランド
1000(km)
ARTCがリース借受
豪州鉄道線路事業公社
(ARTC)
:標準軌
:三線軌・他
ジェネシー&ワイオミング豪州:標準軌
オリゾン(QR ナショナル):狭軌
クイーンズランド鉄道:狭軌
その他:広軌
:標準軌
:狭軌
:三線軌・他
ホバート
出典:Bureau of Infrastructure, Transport and Regional Economics, Department of Infrastructure and Transport・Australian Railway Association(2012), p. 12に筆者加筆作成。
リア州境)・アデレード(サウスオーストラリア州)
受けている5)。さらに,ウエスタンオーストラリ
~カルグーリー(ウエスタンオーストラリア州)の区
ア州政府との合意により,同州内のカルグーリー
間では ARTC が自ら施設・設備を管理・保有し
~パースの鉄道へのアクセスを卸売販売する権利
ている。主にニューサウスウェールズ・ヴィクト
も有している。また,ニューサウスウェールズ州
リア両州内のブリスベン~シドニー~メルボルン
内のシドニーの北,ハンターヴァレー地域で産炭
~アデレード,シドニー~ブロークンヒル両区間
地からニューカースル港への運炭鉄道なども,ニ
では2004年から60年間の長期リースを締結し借り
ューサウスウェールズ州政府と60年間の長期リー
5)ニ
ューサウスウェールズ州内は同州政府と,ヴィクトリア州内は州公社のヴィクトラックとそれぞれ契約
を締結している。
68 運輸と経済 第 73 巻 第 5 号 13 . 5
スを締結して借り受けている。
を結ぶことになる。ただし,複数の申込者がいる
ARTC の主な役割は,州際鉄道の列車運行事
場合は,ARTC が最も有利であると判断した申
業者に対してシームレスで効率的なアクセスを提
込者と交渉することができ,契約を結ぶことがで
供すること,効率性と競争力に基づいた州際鉄道
きる。また,すでにアクセスしている列車運行事
の成長戦略を追求すること,州際鉄道への連邦政
業者の運行に相反する申込みがある場合は,既存・
府による積極的な設備投資により鉄道インフラス
新規とも同等の立場で慎重に検討され,ARTC
トラクチャーを改善すること,健全な民間企業的
は既存の列車運行事業者との契約を打ち切る権利
事業運営を図ることである。
を有している。
ARTC は,州際鉄道での列車運行事業者から
ARTC の年次報告書によれば,2011年度の事
のアクセスを引き受ける際,わが国の公正取引委
業収入は6億4 , 036万豪ドル(日本円で約615億円6)),
員会に相当する豪州競争・消費委員会(ACCC:
それに対する事業支出は8億3 , 717万豪ドル(約
Australian Competition and Consumer Commission)
804億円)で,1億9 , 681万豪ドル(約189億円)の赤
と合意した文書に基づき,交渉する。この文書で
字であった。
は,事業の範囲や,交渉,価格設定の原則,列車
図4に2006年度以降からの事業収入と事業支出
ダイヤを配分する線路容量の管理,ネットワーク
の推移を示したが,事業収入は年々増収を記録し
への接続・管理などが盛り込まれている。この中
ている。この事業収入の大半は州際鉄道貨物列車
で注目すべきは価格(アクセス料金)設定,線路容
運行事業者からの線路使用料収入であることから,
量の管理である。アクセス料金は固定的価格とト
事業収入の増加は州際貨物鉄道の輸送量そのもの
ンキロに基づいた可変的価格の二部料金制を採用
が増大したことが一つの要因に含まれると考えら
している。固定的価格に相当するフラッグフォー
ル(わが国のタクシー運賃に類似)は列車キロあた
りの料金が列車の種類などによって定まっている。 図4 ARTC の事業収支の推移(2006年度以降)
可変的価格は総トンキロあたりの料金が決められ
ている(列車の種類などによる価格差はない)。また
州際鉄道の区間ごとに固定的価格と可変的価格が
定められている。例えば,アデレード~メルボル
ンの東西横断鉄道のアクセス料金は,フラッグフ
(百万豪ドル)
1,000
900
ォール(レギュラー貨物)が列車キロあたり2 . 299
500
3 . 266豪ドルである。この料金を元にアクセス料
400
金が決まる。なお,フラッグフォールは列車の最
300
高速度,車軸重などによって決まる。
200
ARTC は列車ダイヤの配分等の管理も担当す
100
る。アクセスの申し込みがあると,ARTC は十
0
契約条件の合意に至り,ARTC と申込者が契約
837
779
747
700
豪 ド ル, 可 変 的 価 格 は1 , 000総 ト ン キ ロ あ た り
路容量の分析を実施する。これにより,線路使用
795
800
600
分引き受け可能な能力があるか申込者の求める線
972
507
2006
530
2007
523
2008
事業収入
568
590
2009
629
2010
事業支出
640
2011
(年度)
出典:Australian Rail Track Corporation(2012), p. 5
より筆者作成。
6)1豪ドル=96円で換算した。以下,本節同じ。
オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の現状と政策展開の考察
69
アクセスにより複数存在するという,わが国では
れる。
ただ,図4からも読み取れるように,いずれの
みることができない状況となっている。端的にた
年度も事業損益は赤字であり,線路使用料収入で
とえれば,複数の宅配便会社が自ら車輛を保有も
は事業支出を賄いきれていない。事業収入が増加
しくはリースしたうえで貨物列車を同一の線路で
する一方で,事業支出は2009年度まで減少したも
運行しているという,わが国では非常に想像しに
のの,2010年度に2006年度以降で最多の事業支出
くい状況といえる。
となり,2011年度もそれに次ぐ事業支出額となっ
また,このような州際貨物列車運行事業者を探
ており,線路使用料収入が増加しても事業支出を
求していくと,1998年の鉄道改革以降,事業者の
賄えないことが指摘できる。しかし,積極的に
買収など,これもわが国では容易にはみられない
ARTC を財政的にも支援する連邦政府の姿勢に
動きがあった。そこで,州際鉄道貨物輸送事業大
よって,ARTC には政府からの補助金などの公
手3者のこれまでの経緯などを整理する。
7)
的な補助が投入されており ,程なく累積債務の
増大から経営破綻することは考えにくい。
2)主な州際貨物列車運行事業者
①パシフィックナショナル(アシアノ)
パシフィックナショナル(PN:Pacific National)
は,州際鉄道貨物輸送の列車運行事業者である。
ARA に加盟している貨物鉄道事業者・貨物列
PN は1996年に世界的な物流企業 TNT の豪州法
車運行事業者は16事業者ある。このうち,州際貨
人である TNT 豪州が TNT 鉄道を設立したこと
物列車運行事業者の大手3事業者は,1998年の鉄
が始まりである。その翌年には豪州最大手の物流
道改革以降に他事業者の買収や外国大手物流企業
企業トール(Toll)が豪州内の他の交通機関の資産
の傘下に入るなど,合従連衡が繰り返されてきた。 とともに TNT 鉄道を買収した。
これまでの大手3事業者の沿革を図示すると,図5
のようになる。
2002年に連邦政府がフレートコープ(Freight Corp)
とともに,連邦政府とニューサウスウェールズ・
このような変遷をたどった要因の一つには,豪
ヴィクトリア両州政府が株主で5州の州際鉄道の
州連邦政府が州際鉄道貨物輸送を含む鉄道貨物輸
資産を持つ NRC の売却を発表した。それを受け
送全般に対して,上下分離方式を導入して貨物鉄
てトールは港湾荷役企業のパトリック(Patrick)
道事業者のオープンアクセスを確保し,より競争
と出資比率半々の合弁企業パシフィックナショナ
的な市場を形成するよう政策面で誘導したことが
ルを設立して買収し,本格的に豪州内で州際貨物
挙げられる。これは,競争促進という意味では欧
列車の運行を始めた。さらに,PN は2004年にヴ
州の国際鉄道貨物輸送事業における上下分離方式
ィクトリア・タスマニア両州の豪州交通ネットワ
とも非常に類似した政策展開ともいえる。なお,
ーク(Australian Transport Network)を買収,さら
州政府の権限が強いため,各州政府で独自に鉄道
に米国レールアメリカ(Rail America)の子会社で
貨物輸送に対する政策展開や公社経営のあり方が
1995年に V/Line 8)の貨物部門を取得したフレート
異なっている点は,わが国と異なるので注意され
豪州(Freight Australia)を2億8 , 500万豪ドル(当時
たい。
のレートで約228億円。1豪ドル=80円)で買収した。
欧州の国際鉄道貨物輸送事業で採られている鉄
道政策と非常に類似している政策展開によって,
豪州の州際鉄道貨物輸送事業は事業者がオープン
この2年間で3度の買収を繰り返し,事業エリア
を拡大させた。
そして,PN の親会社であるトールが2006年に
7)政府補助金は,2010年度には8 , 870万豪ドル(約85億円),
2011年度には5 , 265万豪ドル(約51億円)が投入された。
8)V/Line はヴィクトリア州政府の客貨一体の公社だった。現在は民営化されている。
70 運輸と経済 第 73 巻 第 5 号 13 . 5
図5 州際貨物列車運行事業者(大手3事業者)の沿革
全国鉄道公社 フレートコープ 豪州交通ネットワーク フレート豪州 クイーンズランド鉄道 豪州西部鉄道 豪州北部鉄道 豪州南部鉄道 フレートリンク
National Rail Corporation(NR)
FreightCorp
Australian Transport Network
Freight Australia
Queensland Rail
レールアメリカ
の子会社
2002
パシフィックナショナル
Australian Western Railroad
ジェネシー&
ワイオミング(米)と
ウエスファームの
合併 2002
北部リバーズ鉄道買収
Pacific National
Australian Northern Railroad
Australian Southern Railroad
Freight Link
ジェネシー&
ワイオミング(米)
豪州鉄道グループ
Australian Railroad Group
(ARG)
トールとパトリックの
合併企業による買収
グループ化
2004 買収
2005
クイーンズランド州で
も事業開始
2004 買収
2006
トールがパトリックを
買収
2006
合併解消により分割
ジェネシー&ワイオミング豪州
Genesee & Wyoming Australia
2007
トールが会社再編し,
アシアノの子会社となる
2009 分離
タスレール
2010
客貨分離
TasRail
QR ナショナル クイーンズランド鉄道
QR National
2010 買収
Queensland Rail
民営化
2012
オリゾン
Aurizon
ブランド名変更
出典:
“Jane’
s World Railways 2011 - 2012”,各事業者 Web ページ等より筆者作成。
合弁相手であるパトリックに敵対的買収を仕掛け,
る豪州最大の貨物列車運行事業者である9)。
買収に成功し,PN はトールの100%子会社とな
この10年間で,3度の買収や親会社の体制再編
った。その後,トールは2007年4月に ACCC か
などによって,事業エリアを拡大していく PN の
ら命じられた体制再構築により,PN の鉄道事業
姿は,わが国ではなかなかみられない事業の枠を
とパトリックの港湾荷役などのために新しい持株
超えた戦略的な経営姿勢とも受け取れる姿である。
会社アシアノ(Asciano)の設立を発表した。また,
②オリゾン(QR ナショナル)
2009年にはタスマニア州政府が豪州交通ネットワ
(QR National)
(Aurizon)
QRナショナル
はオリゾン
ークの元となった PN が持つ州内鉄道について
として州際の貨物列車を運行する事業者である。
3 , 200万豪ドル(当時のレートで約22億円。1豪ドル
QR ナショナルはもともと上下一体で旅客・貨物
=70円)で買い戻した。
も一括で事業を営む公社のクイーンズランド鉄道
2010年現在,機関車644輛,有蓋貨車13 , 464輛, (Queensland Rail)が始まりである。2005年にハン
ホッパー車6 , 165輛,コンテナ貨車3 , 086輛を有す
ターヴァレー鉄鉱石輸出サービスを QR ナショナ
9)参考までに,JR 貨物は機関車658輛,電車42輛,貨車8 , 004輛を有する。
オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の現状と政策展開の考察
71
ルとしてブランド名称を付したのが QR ナショナ
継いで3億3 , 200万豪ドル(約265億円。同前)で買
ルとしての始まりで,2006年に豪州鉄道グループ
収した。
(Australian Railroad Group)からウエスタンオース
トラリア・ニューサウスウェールズ両州の部分に
あたる豪州西部鉄道(Australian Western Railroad),
2010年現在,機関車60輛,有蓋貨車500輛を有
している。
このジェネシー&ワイオミング豪州は,豪州鉄
豪州南部鉄道(Australian Southern Railroad)を買
道改革で外国から州際鉄道貨物輸送市場に入って
収した。これは,グループの親会社である米国企
きたことが大きな特徴である。前述の PN は業種
業 の ジ ェ ネ シ ー & ワ イ オ ミ ン グ(Genesee &
を超えた経営展開による拡大を進めたが,このジ
Wyoming)とウエスファーム(Wesfarm)が合弁事
ェネシー&ワイオミング豪州は,国境を越えた経
業を解消したためで,ウエスタンオーストラリア
営展開という点に最も特徴がある。
州の部分は上下分離され,
「上」に該当する部分
なお,これら3事業者とも州際鉄道貨物輸送事
を QR ナショナルが引き継ぎ,
「下」に該当する部
業のみを営むのではなく,総合的な物流企業であ
分は州政府から豪州の投資顧問企業バブコック&
るため,州際鉄道貨物輸送事業のみの財務状況は
ブラウン(Babcock & Brown)がリースした。残り
容易に知ることができない。
は後述のジェネシー&ワイオミング豪州となった。
これら3事業者の主要な輸送品目は,インター
2010年にはクイーンズランド鉄道が,旅客・貨
モーダル(コンテナ),穀物,鉄鉱石,鋼鉄などが
物事業を分離し,貨物列車運行部門は QR ナショ
主なもので,コンテナはダブルスタックトレイン
ナルとなり,QR ナショナルは民営化された。QR
とよばれるコンテナを二重に積み上げて貨車に積
ナショナルは2012年12月からオリゾン(Aurizon)
載 す る 輸 送 方 式 も 採 ら れ て い る。 こ の た め,
とブランド名称を変更した。
ARTC の線路使用料も固定的価格部分(フラッグ
これまでの経緯からクイーンズランド州を中心
フォール)は車軸重を基準に算定される。わが国
に州際鉄道貨物輸送を担っている。
よりも1列車で重量が重い列車を運行できること
③ジェネシー&ワイオミング豪州
も要因にあるが,ARTC を監督する立場にある
州際鉄道貨物輸送事業者大手の3つ目は,ジェ
連邦政府が積極的にインフラストラクチャーへ投
ネシー&ワイオミング豪州(Genesee & Wyoming
資を進め,複線化や重量貨物列車も運行できるよ
Australia)である。米国の鉄道持株会社ジェネシ
うな重軌条化の整備を推し進めていることにより,
ー&ワイオミングは,豪州南部鉄道を直接子会社
線路容量がわが国のように逼迫している状況には
に,ウエスファームと合弁で豪州西部鉄道を子会
ない。
社にし,2002年には豪州北部鉄道と3社で豪州鉄
このように,州際鉄道貨物輸送事業大手3者の
道グループを形成していた。2006年にジェネシー
動きだけをみても,他事業者の買収や分割などが
&ワイオミングとウエスファームの合弁事業が解
あり,州際鉄道貨物輸送事業者の変化が激しいこ
消され,北部準州などの鉄道事業を継承し,現地
とがうかがえる。
法人であるジェネシー&ワイオミング豪州が設立
された。2004年に大陸南北縦貫鉄道であるダーウ
ィン~タークーラが全通し,当該区間で事業を開
2.州際鉄道貨物輸送に関わる連邦政府の
交通施策
始したフレートリンク(Freight Link)を2010年に,
米ジェネシー&ワイオミングが負債180万豪ドル
豪州の州際鉄道貨物輸送について,州単位での
(当時のレートで約1 . 4億円。1豪ドル=80円)を引き
法令が異なり事業規制については基本的に州政府
72 運輸と経済 第 73 巻 第 5 号 13 . 5
が管掌している。しかし,州際貨物鉄道など複数
2009年に各州で異なる安全規制を一つの規制当局
の州をまたぐ規制については連邦政府が主導的な
に集約させることで合意し,2010年5月に全国鉄
立場をとっている。
道安全規制機関(ONRSR:Office of the National
豪州連邦政府に独特の行政組織として,連邦・州
Rail Safety Regulator)が設立された。これに対し,
首相評議会(COAG:Council of Australian Government)
各州は鉄道安全法案を成立させ,ONRSR の規制
の下に置かれる交通・インフラストラクチャー常
を有効にするために必要な情報技術システムの確
任 協 議 会(SCOTI:Standing Council on Transport
立が進められている。
10)
and Infrastructure) がある。SCOTI の目的は,
なお,わが国の運輸安全委員会に相当する豪州
効率的で安全かつ持続可能でアクセスでき競争的
交 通 安 全 局(ATSB:Australian Transport Safety
である全国交通とインフラストラクチャーシステ
Bureau)も存在する。
ムを提供し,豪州の生産性,生活の質や資産に最
大限貢献することにある。また,SCOTI の諮問
機関の位置付けに全国交通委員会(NTC:National
Transport Commission)があり,鉄道だけでなく,
(2)州際鉄道貨物輸送事業に関わる
連邦政府の戦略
豪州における全国的な貨物輸送事業に関わる長
道路などを含めたインターモーダルの生産性,安
期的な計画は,大きな柱として「国家交通計画」
全,環境を向上させるための政府機関として存在
(National Transport Plan)と「 国 土 貨 物 戦 略 」
する。
(National Land Freight Strategy)の2つがある。
(1)州際鉄道貨物輸送事業に係る
連邦政府規制
1)国家交通計画
「国家交通計画」は,2008年から始まったもので,
貨物輸送だけでなく旅客輸送事業も対象となって
鉄道貨物輸送における政府の規制は,価格規制
いる。ATC(当時)が NTC に国家的な交通計画・
などが主の経済的規制と安全規制などが主の社会
政策の枠組み策定を指示したことがこの計画の始
的規制に大別できる。
まりである。
豪州では州政府に強い権限があるが,連邦政府
この計画では,気候変動や安全,効率性,混雑
の行政組織では,経済的規制は ACCC が,社会
現象,技術革新を踏まえた上での改革の計画が盛
的規制は DIT がそれぞれ主管している。
り込まれている。すべての輸送モードでより戦略
ACCC は,競争・消費法2010(旧取引慣行法),
的なモードは何かという研究をはじめ,道路交通
価格監視法により,1997年の連邦政府・州政府の
安全,勤労者の教育訓練への国家的なアプローチ
ARTC へのアクセスに関する単一プロセスを確
など多岐にわたる。貨物輸送事業に関しても,石
立する合意に基づき,州際鉄道に関する規制監督
炭,穀物,石油,天然ガスなどのインターモーダ
に責任を有している。そして,ACCC の運輸・
ル輸送について国家的な監査を求めている。
物価監督部門(TGPO:Transport and General Prices
州際鉄道貨物輸送事業について,この計画では
Oversight Branch)が,電力・水道・通信以外の全
深く言及されていない。
国的なアクセス体制がある必要不可欠なインフラ
2)国土貨物戦略
ストラクチャーへの第三者アクセスの規制を助言
し,価格を監視する機能を有している。
一方,安全規制など社会的規制は,COAG で
一方,
「国土貨物戦略」はより貨物輸送事業に
特化した内容となっている。
2008年4月に制定されたインフラストラクチャ
10)2011年11月に豪州交通大臣評議会(ATC:Australian Transport Council)が SCOTI に移行した。
オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の現状と政策展開の考察
73
ー 豪 州 法2008(Infrastructure Australia Act 2008)
の消費活動や企業収益,国際収支は,より渋滞し
に基づき,連邦政府から独立した法令組織とし
ていない道路,よく速くより確実な鉄道,より機
て イ ン フ ラ ス ト ラ ク チ ャ ー 豪 州 委 員 会(IA:
能的な海上・航空輸送にかかっているとまで強調
Infrastructure Australia)が 設 立 さ れ た。IA は 連
した。
邦政府,州・準州政府,地方政府,投資家などに
この戦略では2030年の貨物輸送量予測を,現在
対して,全国的に重要なインフラストラクチャー
のほぼ2倍の1兆トンキロになり,そのうち道路
事業の優先順位や関連した政策の立案などを行い,
貨物輸送量は57億 km から85億 km と50%増加,
連邦政府のインフラストラクチャー基金(AIX:
鉄道貨物輸送量は2 , 350億トンキロから4 , 450億ト
Australian Infrastructure Fund)を優先順位に基づ
ンキロと90%増加,埠頭を往来するコンテナ量は
いて割り当てる責任も有し,プロジェクトの選定
620万個から1 , 540万個と2 . 5倍になると予測した。
に厳格な評価プロセスを施す。メンバーは連邦政
ただし,道路貨物輸送量は輸送キロ,鉄道貨物輸
府のインフラストラクチャー交通大臣に任命され
送は輸送トンキロとなっている点に留意しなけれ
た11人で構成される。
ばならない。
IA は,2011年2月に「国土貨物戦略」を公表
そのうえで,以下の3つの大きな柱を打ち出し
した。この段階ではディスカッションペーパーと
た。
されており,これに基づいて議論が進められた。
①一つの国家に統合化されたネットワーク
2012年6月には更新版が出され,同年9月にはロ
11)
(One national, integrated network)
ードマップがプレスリリースで公表された 。こ
②既存インフラストラクチャーの能力向上
の戦略は2010年から20年間の貨物輸送に関わる政
(Better use of our existing infrastructure)
策戦略について,生産性と国際競争力を向上させ
る視点を中心にどう進めていくべきかが述べられ
ている。
まず,貨物輸送ネットワークは豪州の「血液」
③より公平でより持続可能な資金調達
(Fairer,
more sustainable financing
arrangements)
この3つの大きな柱の下に,長期的な到達点を
であるという比喩を用いて,貨物輸送の重要性を
以下の5点にまとめた。
強調し,現在でも貨物輸送需要に応じ切れていな
◦より改善された経済的で社会的,安全な成果
いという現状認識を示した。また,経済活動がま
◦高い生産性を持つ車輛とアクセス性
すますグローバル化する中で,豪州が地理的に欧
◦スマートな手法と最新のテクノロジーを活用し
米・東アジアなど先進国・新興国から遠く,効率
た操業
的な貨物輸送を目指さないと他の資源国に競争で
◦私的な移動・貨物輸送との適切な切り離し
負けてしまうことから,貨物輸送戦略が国際競争
◦インフラストラクチャーと活用できる機能の指標
力を高める上で重要であることにも言及した。
そして,主要都市を結ぶルートやターミナルは
そして,現政権下では州際鉄道貨物輸送網のう
どんな戦略でもしっかりと考慮する必要があり,
ち3分の1以上の改良を進めている360億ドルにも
インフラストラクチャー容量の長期的な計画は,
(National Building Program)
及ぶ「国土開発計画」
民間投資をより促進させるなどと述べている。
に基づく現在必要な改良も進めていることを述べ
この「国土貨物戦略」で重要視しているのは,
た上で,21世紀のグローバル化する世界で,豪州
生産性を向上し,国際競争力を強くしていくため
11)本稿では,2011年2月のディスカッションペーパー版と2012年6月に出された更新版,同年9月のロード
マップを合わせて「国土貨物戦略」とする。
74
運輸と経済 第 73 巻 第 5 号 13 . 5
には,貨物輸送が重要であり,高い生産性を持つ
態があるが,州際鉄道貨物輸送事業については
車輛を最新技術によって効率的に運用して,その
1998年の鉄道改革から一貫してオープンアクセス
結果を指標化し,改善に努めていくというもので
方式が採られている。鉄道貨物輸送事業への新規
ある。
参入を促すことで,鉄道貨物輸送事業の生産性だ
このように,IA はわが国の運輸審議会のよう
けでなく,豪州経済全体の生産性を高め,国際競
な役割を担い,豪州経済の発展,国際競争力向上
争力を高めていこうという政策の意図が反映され
のために何が必要で,どのような戦略で進めてい
ている。
くべきかを審議し,開かれた議論によって「国土
しかし,豪州の州際鉄道貨物輸送事業でオープ
貨物戦略」そのものを更新していく重要な役割を
ンアクセス方式が導入された背景として,以下の
担っている。
特殊な状況が挙げられる。
「国土貨物戦略」は投資家の関心を惹き,投資
豪州は州ごとに統治権限が強い連邦制国家であ
をより促すための「青写真」である側面も有する。 ることも背景に,豪州での鉄道整備の歴史的経緯
だが,なにより「国土貨物戦略」は,連邦政府・
から,国として鉄道の規格が統一されずに州ごと
州政府・地方政府の政策,施策実施の優先順位に
に異なる仕様の鉄道が発達したことから,他州に
大きな影響を及ぼし,投資を左右させるものであ
乗り入れようとするとそれぞれの信号・安全シス
り,今後の豪州の州際鉄道貨物輸送事業を考える
テムなどを用意しなければならなかった。そのた
上では無視できないものである。
め,州境に乗り入れの障壁ができ,貨物輸送部門
では徐々に競争力を失い,州際の鉄道輸送は政策
おわりに
面から州境を自由に通過できる自動車輸送と競争
することが求められた。そこで,この問題を解決
本稿では,豪州の州際鉄道貨物輸送とそれに関
する手法として,列車運行事業者の間で競争的中
わる政策を取り上げた。最後に,わが国との比較
立を促進する鉄道アクセスの独立と管理を確実に
を通じて若干のインプリケーションを述べる。
して,鉄道輸送に不可欠な施設への第三者のアク
まず,豪州の鉄道貨物輸送事業が鉱物資源を輸
セスを促すことを政策として採用することが求め
出するために非常に重要な役割を果たしている。
られた。そして,価格設定と鉄道アクセスを監督
その一方で,州ごとに軌間が異なるなど全国的な
する機関を確立し,鉄道市場の中で競争を促進す
ネットワークが十分に機能していたとは言いがた
ることが政策面で進められた(Kurosaki, 2008)。
い面もある。そのため,州際鉄道貨物輸送事業に
この特殊な背景は欧州の国際鉄道輸送の政策に
ついては ARTC が積極的に事業を展開し,鉄道
も類似しているが,豪州においてオープンアクセ
貨物輸送事業の発展に寄与していることがうかが
スによる鉄道運営が採用できたのは,線路容量に
える。
十分な余裕があるからである。豪州の州際鉄道貨
わが国の鉄道貨物輸送事業やそれに関わる政策
物輸送事業のように完全に上下を分離する方式で
展開と比較すると,以下の2点が特徴として言及
は,貨物列車の運行事業者とインフラストラクチ
できる。
ャー保有事業者との間の協力関係を構築するのに
第一は,上下分離の下での競争的な「オープン
時間を要したり,列車のダイヤを調整することに
アクセス方式」が挙げられる。州ごとに上下分離, 困難を伴ったりすることで,特に線路容量に余裕
上下一体と鉄道経営の形態は異なっていたり,鉱
がないところでは,この方式を採った場合,鉄道
山鉄道は上下一体で経営されていたり,様々な形
の運営効率が低下することがこれまでの研究によ
オーストラリアの州際鉄道貨物輸送の現状と政策展開の考察
75
り明らかになっている。このため,線路上の競争
物戦略あるいは物流戦略が必要ではないだろうか。
を促すオープンアクセスを導入して,競争的な鉄
道輸送の市場を成立させることは非常に難しい。
豪州における鉄道貨物輸送量が年々増加している
点のみに着目して,豪州と同じように競争的なオ
ープンアクセスを促進するような上下分離方式を
線路容量が限られている路線に対して導入するこ
とは,非常に危険といわざるを得ない。
わが国では,線路容量に余裕がある豪州の州際
鉄道貨物輸送事業とは大きく異なり,貨物列車が
運行されている幹線では,線路容量に余裕がない
区間が多いことから,複数の貨物列車の運行事業
者を同じ軌道上で競争するというオープンアクセ
ス方式は適用できないといえよう。
しかし,一方で,豪州における鉄道貨物輸送量
が年々増加している背景として,豪州においても
連邦政府が鉄道インフラストラクチャーを社会的
な資本と位置付け,公的資金を投入して積極的に
支援している点は,鉄道輸送と運営が基本的に民
間に委ねられている日本と大きく異なり,興味深
いといえる。
第二は,政策展開において,長期の戦略的な計
画を明確に打ち出していることである。前章で取
り上げた「国土貨物戦略」は,わが国の「総合物
流施策大綱」に近い位置付けである。ただし「総
合物流施策大綱」は5年ごとに見直され,
「国土
貨物戦略」のような長期的なスパンではなく,か
つ投資をより促すようなものではない。
資源を輸入しそれを加工し輸出することで外貨
を得て経済発展を続けてきたわが国と資源そのも
のを輸出して外貨を得る豪州経済は,経済的なバ
ックボーンが異なっているので,容易にわが国の
施策へのインプリケーションを述べることは避け
なければならない。しかし,鉄道貨物輸送を含む
長期的な物流戦略を策定し,この分野への投資を
促すことは,
「ものづくり国家」とも自称するわが
国の国際競争力をさらに向上させるのに必要な政
策展開と考えるが,わが国においても長期的な貨
76 運輸と経済 第 73 巻 第 5 号 13 . 5
[参考文献]
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“2012
Annual Report”
http://www.artc.com.au/library/annual_
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[2]Australian Railway Association・Rail Express
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http://www.raildirectory.com.au/search-by-natureof-business/Rail-Operators-and-Network-Managers/
freight-operations
[3]Bureau of Infrastructure, Transport and Regional
Economics, Department of Infrastructure and
Transport・Australian Railway Association(2012)
“TrainLine 1”
http://www.bitre.gov.au/publications/2012/files/
trainL_ 001 .pdf
[4]Department of Infrastructure and Transport
(2012)
“Australian Infrastructure Statistics
Yearbook 2012”
http://www.bitre.gov.au/publications/ 2012 /
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“National Land
[5]Infrastructure Australia(2011)
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http://www.infrastructureaustralia.gov.au/
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“National Land
[6]Infrastructure Australia(2012)
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http://www.infrastructureaustralia.gov.au/
publications/files/National_Land_Freight_Strategy_
Update_ 2012 .pdf
“An Analysis of Vertical
[7]Kurosaki, F.(2008)
S e p a r a t i o n o f R a i l w a y s”,I n s t i t u t e f o r
T r a n s p o r t S t u d i e s,P h . D . T h e s i s,T h e
University of Leeds.
[8]National Transport Commission “National
Transport Policy”
http://www.ntc.gov.au/viewpage_aspx?AreaID
= 34 &DocumentID= 1750