広島長崎の原爆被爆者の致死的・非致死的脳卒中と放射線被曝の関連

イギリス医師会雑誌グループのオープンアクセスジャーナル( BMJ Open)*
掲載論文
「広島・長崎の原爆被爆者の致死的・非致死的脳卒中と放射線被曝の関連につい
ての前向き追跡研究(1980–2003)」
【今回の調査で明らかになったこと】
原爆放射線量の上昇に伴い男女ともに出血性脳卒中のリスクが上昇した。ただし、女
性の場合、1.3 グレイ(Gy)未満ではリスクの上昇は明らかでなかった。
【解説】
脳卒中は血管(動脈)の異常による脳の病気で、突然手足の麻痺や感覚の異常を起こ
し、死亡に至ることもある。高齢者に多く、寝たきりの原因にもなることから、脳卒中
予防は重要である。一般に、脳卒中の最大の危険因子は加齢、高血圧、喫煙などが知ら
れている。最近、被爆者において放射線被曝線量に応じた脳卒中死亡の増加が報告され
た。
脳卒中には脳の血管がつまる(虚血性脳卒中=脳梗塞とも呼ばれる)、破れる(出血
性脳卒中=脳出血やくも膜下出血が含まれる)という二つの病型があり、概して、前者
は比較的太い血管の障害、後者は末端の細い血管の障害が原因となって発症する。
放射線被曝によって脳卒中が増加するメカニズムの解明にとって、虚血性/出血性脳
卒中に分類を行った解析が手掛かりとなりうる。そこで、放射線影響研究所の高橋郁乃
研究員(広島研究所臨床研究部)らは、2 年に一度の健康診断により、長期的に広島・
長崎の原爆被爆者の健康状態を追跡する成人健康調査(AHS)集団を対象として脳卒中
の病型ごとの発生率に関する調査を行い、その結果を BMJ Open 誌 2 月号に発表した。
1.
調査の目的
本研究の目的は原爆放射線被曝と脳卒中発生の関連を調べることである。
2.
調査の方法
1980 年に脳卒中の既往がなく、各人の線量推定が行われている原爆放射線被曝者
9,515 人(男性 34.8%)について、1980 年から 24 年間追跡を行った。脳卒中イベン
トおよび死亡は初回発症であることを確認し、あらかじめ規定した典型/非典型的症
状に関する基準に基づいて病型分類を行った(虚血性/出血性脳卒中)
。
3.
調査の結果
(1)研究期間中に 235 例の出血性脳卒中、607 例の虚血性脳卒中が確認された。
(2)放射線量と出血性脳卒中のリスク(年齢、血圧、喫煙などの放射線以外の危険
因子の調整後)
(図 1)
①
男性
被曝線量が 0.05 Gy 未満の群から 2 Gy 以上群に上昇するに伴って直線的な線
量反応関係で増加し(11.6/10,000 人年→29.1/10,000 人年、p = 0.009)
、1 Gy 未
満の範囲においても発生率の上昇を認めた(p = 0.004)。
②
女性
1.3 Gy 未満群でリスク増加を認めないが(13.5/10,000 人年)
、1.3–2.2 Gy 群で
20.3/10,000 人年、2.2 Gy 以上群で 48.6/10,000 人年とリスクが上昇した(p =
0.002)
。
(3)放射線量と虚血性脳卒中のリスクには関連を認めなかった。
放射線影響研究所は、広島・長崎の原爆被爆者を 60 年以上にわたり調査してきた。
その研究成果は、国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の放射線リスク評価
や国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護基準に関する勧告の主要な科学的根拠
とされている。
*
BMJ Open とは BMJ(イギリス医師会雑誌(British Medical Journal)の略称)Group のオ
ープンアクセスジャーナル(研究成果へのアクセスの拡大・改善を目的として設立され、自
由に全文を読むことができる)で、イギリスの British Medical Association が監修し、BMJ
Group から発行されている医学雑誌である。
なお、BMJ は証拠に基づいた医療(Evidence-based medicine)を推進し、原著論文のみな
らず、クリニカル・レビュー、最新情報、エディトリアル、読者からの意見やキャリアに注
目した論説などが含まれている。国際的にも権威が高く日本でも医師であれば必ず読んでお
くべき雑誌と言われている。
図1
性
女
相対リスク (95%信頼区間)
男
被曝線量 (グレイ)
性