多文化家庭の子育て戦略(2): 日韓国際結婚カップル

多文化家庭の子育て戦略(2)
:
日韓国際結婚カップルの妻日本人の言語教育実践
藤田ラウンド幸世(立教大学)
宣 元錫(大阪経済法科大学)
本研究は前発表の渡辺幸倫の発表に続き、「多文化家庭の子育て戦略の課題 日韓中の国際カップルへのインタビュー調査」科学研究費(基盤 C)
(課題番号
25381142)(平成 25 年~27 年)の成果の一部を発表する。同調査では、3 年間
をかけて日本在住の日中、日韓カップル、韓国在住の韓日、韓中カップル、中国
在住の中日、中韓カップルの男女合計 48 名へのインタビューを進めている最中
であり、本発表はその中の、韓国在住の日韓国際結婚カップルのうち、妻日本人
6 名へのインタビューに焦点をあてている。
1. 日本の国際結婚の背景
現在の日本国内での国際結婚を語るときには、1980 年代以降の日本社会の社
会構造と社会変容がその内実に深く関わってくることを挙げなければならない。
具体的には、
「夫日本人」に関しては、日本が先鞭をつけ韓国と台湾へと続い
た、1980 年代以降の業者仲介による農村男性のための「国際結婚」
、つまり、
「国
際」結婚が、産業構造の変化や女性の社会進出、家族の個人化などに取り残され
た社会現象としての農村男性の結婚難のために、仲介業者を通じてこれまで全
く縁のなかった国外から「嫁」を迎え、農家の存続や子孫を残すという「ムラの
国際結婚」
(武田,2013)がある。ここでは韓国や中国出身の女性側が外国から
きた「妻」であり、
「農村花嫁」と位置づけられた「国際」結婚の実態が明らか
にされている。
一方、「妻日本人」の国際結婚カップルに関する研究として、矢吹(2011)は、
米国人と国際結婚をした妻日本人を対象に調査を行い、1980 年代以降の日本社
会の特徴としての女性の晩婚化・非婚化を指摘しつつ、妻日本人にとっての国際
結婚は「海外への移動による自身のキャリア形成上のメリット及び、家族の赴
任・留学に同行するなどの必然性・偶然性」が伴っているという。ここでは、日
本人女性のアメリカ物質文化への「あこがれ」が妻日本人の動機になっている場
合も見られる場合もあったとしたが、それよりもむしろ海外への移動による自
身のキャリア形成上のメリットや英語力などを磨くなどの「実利性」があるので
はないかと指摘をしている。
国際結婚カップルを考えるときには、上記に挙げたような時代の文脈の中で
の社会構造の変化と、ジェンダーに関わる社会的要因などが、その出会いや結
婚に至る背景に関わっていることを認識する必要がある。
2.言語教育実践からみる韓国在住の日韓国際結婚カップルの妻日本人の子育
て
国際結婚のカップルが、結婚後、生活の拠点となる居住地を選び、職業を選
択し、子どもを授かったときに、今度は「多文化家庭」として、子どもの教育
戦略をめぐり、父親として母親として、どのような子育てをするのか。それを
インタビュー調査から質的に浮彫にしようというのが本研究の目的である。
本発表では、ソウルとキョンギドウに居住する妻日本人 6 名を対象とし、日
韓国際結婚家庭の中でどのように言語実践を行っているかについて、藤田ラウ
ンドが就学前の子ども、宣が就学後の子どものいる妻日本人へのインタビュー
をもとに考察する。
2.1 韓国の妻日本人の子育てネットワーク、日本語土曜クラス (藤田ラウン
ド)
2013 年と 2014 年に行った韓国在住の妻日本人へのインタビューから、就学
前の子どもたちをバイリンガルに育てたいと願う母親たちが土曜日に自分たち
で日本語クラスを運営し、韓国社会での社会言語、また、夫の母語である韓国
語とは別に、地域の同じ立場の国際結婚家族と協働をする形で日本語を教える
試みを行っていると聞いた。このような子育てネットワークともいえる、妻日
本人たちのネットワークの動機と言語教育との関わりをここでは考察する。そ
こには、家庭内だけでは、妻の母語である日本語の習得が十分ではないと感じ
ている姿が浮かび上がってくる。また、筆者は 2014 年 11 月にはこの日本語ク
ラスに、バイリンガル教育のアドバイザー的立場で子どものクラスを見学し、
母親たちにバイリンガルとなる言語発達の話をする機会を持った。就学前の子
どもに日本語を伝達・継承するという活動を、塾に行かせるという金銭で外注
をするのではなく、自らの協働で土曜クラスを運営するという母親たちの行
動、子育てネットワークについて、3 名の妻日本人のインタビューを質的に分
析し、言語教育実践を中心として、彼女たちの子育てを考察する。
2.2 子女を日本人学校に通わせる妻日本人の言語教育(宣元錫)
国際結婚家庭の子育てにおいて、移住した側の言語や文化(本報告に置いて
は日本語・日本文化)取得が課題であることは容易に考えられる。それは移住
した側が父か母かではなく、日常に接する言語や文化といった子育て環境要因
が問題になるからである。ところが、ここで取り上げる妻日本人 3 人は学齢期
子ども全員をソウル日本人学校に通学させている。夫韓国人とソウルで同居し
ながら子どもを日本人学校に入れる妻日本人の教育戦略、中でも言語教育につ
いて探ることが本報告の課題である。
ここで取り上げる 3 人のうち、近い将来に帰国を予定している 1 人を除く 2
人は原則的に日本人学校に入学できる条件でないにもかかわらず無理して入学
させていると言っても良い。そして日本人学校に入れていることから日本語教
育に関しては安心感がうかがえる。ところが彼女たちの日本人学校選択には日
本語や日本文化を積極的に教えるためにというより、韓国の学校教育に対する
否定的な見方と将来の選択肢を増やしたいという思いがある。また二人は韓国
語の家庭教師を雇い、英語の塾に行かせている。すなわち日本人学校に子女を
送っている妻日本人は言語教育を外注しているといえる。これは前半で報告し
たネットワークを通して母親自らバイリンガル教育を試みているケースと異な
るものとして興味深い。
なぜこのような考えと行動パターンを見せているのか彼女らのインタビュー
を分析しながら考察してみたい。これまでの調査では、留学などの海外経験が
意思形成に影響を与えているのではないかというヒントは得たが、この点につ
いては引き続き調査分析が必要である。
3.結びに
韓国の中心に当たるソウル市やキョンギドウ在住の日韓国際結婚カップル、
妻日本人 6 名へのインタビューのナラティブからは言語教育実践を通して、多
文化家庭の子育ての在り方の一端が見えてきた。
就学前の子どもたちを持つ妻日本人 3 名のナラティブからは、塾などの学力
を中心とした学習としての日本語を必要だと考えているのではなく、生活の上
での話しことばを中心とした日本語使用を求めていた。そうした日本語教育を
実現するために、自ら子育てネットワークを積極的に構築している。ネットワ
ークの維持に、ソーシャルネットワークや電子メールなどのデジタル通信を使
い、時代の恩恵を最大限に使っているともいえる。また、子育てのネットワー
クの中で、日本語学習だけにとらわれない、年中行事などの行事、エベントを
盛り込み、その企画や準備のために集まる母親同士のカフェでの運営委員会な
ど、妻日本人にとっての居場所的な日本語使用の空間をも自ら作りだしてい
た。日本語の継承という側面だけではみることのできない実践コミュニティ
(community of practice)をこのネットワークにみることができる。
また、就学後の子どもたちを持つ妻日本人 3 名のナラティブからは、移住し
た側の出身言語や文化をどのように子どもに取得させるのかという点におい
て、母親である日本人妻側の意思が大きく反映されていることが観察された。
この 3 名の母親たちはいずれも日本人学校に子どもを通わせている。この学校
選択という点においては、父親である夫韓国人は、同意はしているが、決定権
という点では妻日本人側の意思が反映されているということが、特徴的であろ
う。
いずれのナラティブも、人数が少ないため、この調査の結果をもって一般化
をすることはできない。しかし、ここから垣間見える韓国在住の日韓国際結婚
カップルの結婚生活や子育ては、初めに挙げた日本国内の国際結婚の夫日本
人・妻韓国人、また夫米国人・妻日本人から浮かび上がる国際結婚カップルと
は明らかに異なっている。首都である都市に居住し、多文化家庭を営む、日韓
国際結婚カップルの言語教育実践をめぐる妻日本人のネットワーク構築や子ど
もの教育に関わる意思決定のプロセスについては、今後、さらに調査が必要で
はある。今後も、日本国内での韓流ブームの時期に出会い、結婚をした世代
の、新たな日韓国際結婚カップルの子育て戦略を精査したい。
参考文献:
藤田ラウンド幸世 (2013). 「国際結婚家族で母語を身につけるバイリンガ
ル」, 加
賀美常美代編著『多文化共生論』,明石書店,149-173.
Fujita-Round, S. (2013) ‘The Language Development of a JSL Schoolchild:
Analyzing the Linguistic Ethnography of Young Jae, a Korean/Japanese
Bilingual’, Educational Studies, International Christian University, 189~
201.
花井理香 (2009).「日韓国際結婚家庭児の日本語の継承―――日本人母の視座
を通し
て」『文学研究科紀要』,第 9 号,同志社女子大学大学院,53‐73.
武田里子 (2013). 「トランスナショナルな生活圏の創出―――日韓の国際結婚
を事例
に」,『アジア太平洋研究センター年報』,第 10 号,2012 年-2013 年,大阪経
済法
科大学,25-33.
矢吹理恵 (2011). 『国際結婚の家族心理学―日米夫婦の場合』風間書房.