オバマの「同性婚支持」発言で大統領選はどうなる? - a

247.オバマの「同性婚支持」発言で大統領選はどうなる?
論争の渦中にあるチキンサンド店“チック・フィレ”で賛成派と反対派が交わす熱いディベートの
中身――ジャーナリスト・長野美穂
DIAMOND Online
オバマが、アメリカ大統領として史上初めて「同性間の結婚を支持する」と公に発表したのは今
年5月。その約2ヵ月後、南部のジョージア州アトランタに本社を置くファストフードチェーン店
「Chick-Fil-A」(チック・フィレ)の社長が、メディアのインタビューを通して、「あくまで男女間のみ
の結婚を支持し、同性婚に反対する」という意志を表明した。
その日から、全米1600店以上あるチック・フィレ店舗を舞台に、「同性婚」の賛成派と反対派によ
る激しい闘いの火ぶたが切って落とされたのだった。
「同性婚」合法化の議論とチキンサンドイッチの店。この異色の組み合わせに全米の消費者や
政治家らが次々と声を上げ、この夏、アメリカで一番の話題となっている。
いよいよ熱を帯びてきた米国大統領選において、「同性婚」は大きな争点の 1つとなっているだ
けに、その行方は見逃せない。現地取材を通じて、大統領選の課題に迫る。(取材・文・撮影/
ジャーナリスト・長野美穂)
「憎しみの味がするチキンだ」 ファストフード店が騒動の渦中に
(上) ロサンゼルス郊外の街、トーランスにあるチック・フィレの店。何者かが夜中に店の壁に描
いた「Taste Like Hate」の落書きは、店のスタッフにより素早く消されていた。(下)「落書き」騒動
が報道された数時間後、ドライブスルーに引っきりなしに並ぶクルマ。 駐車場の外まで、ずらっ
と列ができていた。
カリフォルニア州のトーランス。日本企業のトヨタ自動車やホンダのアメリカ拠点もある、ロサ
ンゼルス(以下、LA)郊外の街だ。8月3日の朝、この街にある「Chick-Fil-A」(チック・フィレ)のフ
ランチャイズ店舗が、ニュースの主役となった。
-1-
「Tastes like hate」 (憎しみの味がする)。店の壁には、そう大きく黒字で落書きされていた。
文字の横には、チック・フィレのキャラクターで、「もっとチキンを食べよう」と呼びかけるテレビ
CM に使われている「牛」のイラストまでご丁寧に描かれていた。
落書きのメッセージは、このファストフード・チェーン店の社長であるダン・キャシー氏が表明し
た「同性婚反対」への反発と見られ、地元ロサンゼルスのメディアはトップニュースで報道した。
落書き騒ぎがあった当日の正午過ぎ、このトーランス店に行ってみた。大通りに面した店の横
にある駐車場は、次から次へとやって来るクルマで溢れていた。
複数あるドライブスルーの注文ゲートまで辿り着けないクルマが、路上で列をなしている。車
種は様々。高級車のベンツやレクサスもあれば、トラックやコンパクトカーも所狭しと並んでい
る。
「うわっ、すごい繁盛しているんだね。色々報道されてるけど、これだけ客足があるとはね」。店
舗の中に入ると、そんなつぶやきが聞こえてきた。
初めて店内に入ったが、雰囲気は、マクドナルドやバーガーキングよりも高級感があり、ちょっ
と小綺麗な感じだ。「チキンサンドウィッチ」のミールセットは5ドル25セント。値段もマクドナルド
に比べて高めだ。
老若男女、様々な人種の人々で店の席はほぼ満席。注文時に名前をカウンターで聞かれる。
できあがり次第、店員が席に商品を持ってきてくれるシステムらしい。
「同性婚反対」の社長に賛否両論 大統領選の論争に巻き込まれた店舗
(上) ハートリー・ブラウンさん、ロナさん夫妻。「同性婚反対」表明をした社長を応援するため
に、店でランチ。友人たちにテイクアウトでお土産も買って帰っていた。(下)チック・フィレのサイ
ン。2000年の売り上げは10億ドル、06年には2倍の20億ドル、そして09年には30億ドルと順調に
業績を伸ばして きた。
-2-
壁を見るとこんな標語があった。
「食は生きるために欠かせない。だからこそいいものを――トルエット・キャシー」
昨年90歳になったトルエット・キャシー氏は、同社の創業者であり会長だ。ジョージア州に最初
の店を1946年に開く。1967年にチック・フィレ店第1号をアトランタ郊外に開き、以来45年間、競争
の激しいファストフード業界で事業を拡大し、現在は39州に1615店舗のチェーン店を持つ。昨年
の売り上げは総額40億ドルを超えている。株式公開はしていない私企業だ。
「今朝、落書きのニュースをテレビで見たばかり。チック・フィレをぜひ支持したいと思って、夫と
一緒にお昼を食べに来たの。店の一番の売りであるチキンサンドイッチを注文したわよ」
そう言うのは、ロサンゼルスのベニス地区で不動産業を営み、賃貸アパートを所有するロナ・
ブラウンさんだ。イエール大学に進んだ息子が、最近結婚したばかりだという。
LA のベニス地区と言えば、かつてジュリア・ロバーツも住んでいた高級住宅街で、おしゃれな
レストランが並ぶヒップな地区である。郊外のトーランスまでは20キロ近くある。ふらっとお昼を
食べにくる距離ではない。つまりロナさんは、ここチック・フィレの店に来ること自体を目的とし
て、わざわざ運転 して来たわけだ。
「私は家族の価値を信じているし、結婚は男女間の神聖なものだと思ってる。聖書を読んだこ
とあればわかるはず。だから、チック・フィレの社長が発したメッセージをサポートしたいのよ」
ロナさんは、オバマが同性婚支持を表明したことに反対だ。「この国が間違った方向に行くの
ではと心配だから」と言う。
オバマの「同性婚支持」発言は 大統領選の動向にどう影響するか
同性婚支持を明らかにしたオバマに反対だとすれば、ロナさんは来るべき大統領選におい
て、同性婚合法化反対の立場を取るミット・ロムニー候補に投票するつもりなのだろうか。
「そうね。家族の価値観がはっきりしていて、イスラエル支持を表明している人に投票したい
わ。誰とは言わないけど、ここまで言えばもうわかるでしょ」
ロムニーはちょうどその頃、イスラエルを訪問し「エルサレムはイスラエルの首都だ」と発言
し、オバマが大統領になってからイスラエルを訪問していないことを非難していた。よって彼女
がロムニー支持なのは、明らかだろう。
胸ポケットになぜかストローとフォークを3本ずつ入れながら、夫のハートリーさんがやってき
た。前回の大統領選ではマケインに投票したと言う。
「オバマは、金持ちから税金を搾り取り、貧困層にそれを配るだけ。経済がこんなことになって
いるのに、職をつくり出す策もない。無能すぎるよ。 我々のように不動産業を営んでいると裕福
だと誤解されてしまうこともあるんだけど、実際そんなことはなく、オバマに税金を取られっぱな
し」
同性婚の話題を糸口に、ハートリーさんはオバマ批判を始めた。
そんななか、チック・フィレの店員が「おひとついかが?」とクッキーをトレイに乗せて、各席を
回っていた。マクドナルドやバーガーキングではあまり見ることがない「笑顔」でのサービスだ。
-3-
「もう1つ、妻の分ももらえる?」とハートリーさんがクッキーに手を伸ばした時に、向かい側に
座っていた男性2人組も「取材なの?匿名なら僕たちも話すよ」と会話に加わった。
「僕たち、LA のマービスタ地区のキリスト教会から来てるんだ。もちろん、店の支援をしたくて
ね」
「支援」という言葉だけ、周りをうかがいながらちょっと小声で話したのは、牧師見習いだという
男性だ。
「初めてここで食べたけど、チキンサンド、結構イケるね。セットは高いから、サンドイッチ単体
で頼んだよ。3ドルちょっとだったかな」と男性。
同性婚の是非を引き合いに出して 政治家がビジネスを締め出していいのか
彼の隣にいる同じ教会から来たという男性は、5ドル25セントのチキンサラダを食べながらこう
言った。
「ボストンやシカゴの市長が、チック・フィレの価値観は受け入れられないと明言したよね。政治
家がそんな風に、街から勝手にビジネスを締め出しちゃって、いいわけ?どう考えても差別だ
ろ。合衆国憲法で保証された言論の自由はどうなってるわけよ?」
確かに、ボストン市長のトーマス・メニーノは、チック・フィレに対し「ボストン進出を諦めるべき
だ」と手紙を書いている。ボストンのあるマサチューセッツ州は、全米に先駆けて2004年の春に
同性婚を合法化した州だ。メニーノ市長は、チック・フィレの社長の発言は「同性婚をした同州の
カップルたちに対して侮辱でもある」と強く批判した。
また、現在シカゴの市長で、オバマ政権の中心人物の1人だったラム・エマニュエルも、「チック
・フィレの価値観はシカゴの価値観ではない」と明言し、「私は同性婚の合法化を支持する」と言
い切った。
しかし、憲法で表現の自由が保証されている限り、社長のコメントが気に入らないからといっ
て、市長らの独断で特定のビジネスを街から締め出すことはできないはずだ、という議論も高ま
っている。
そもそもの発端は、チック・フィレの現社長で創業者の息子であるダン・キャシー氏が、キリスト
教系の新聞『バプティスト・プレス』にこう語ったことから始まった。
「私たちは、家族、特に聖書で定義づけられている家族の価値観を支持する。我々はファミリ
ー・ビジネスであり、最初に結婚した妻と生涯を共にしている」
キリスト教の価値観を同社の経営に強く反映し、安息日の日曜日はフランチャイズ全店の営
業を休みにしている。
同性婚反対については、あくまでバプティスト教会のメンバーであるキャシー氏の「個人の意
見」として新聞は報道したのだが、1600店舗以上の店を束ねる社長の意見は、単なる一個人の
意見を超えて、大きな影響力を持つ。それは社長も当然、承知の上のはずだ。
「チック・フィレで食事をしよう!」 オバマへの批判を強める保守派の面々
特に、オバマが同性婚を支持したことを、保守派やティー・パーティーの支持者たちが苦々しく
-4-
思っていた矢先だったというタイミングも絶妙だった。同性婚合法化の支持者を中心に、チック・
フィレへの批判が高まると、真っ先にチック・フィレを支持するキャンペーンを展開したのは、前
回の大統領選に出馬 した前アーカーンソー州知事・マイク・ハッカビーと、今回の大統領選の
途中で戦線離脱したリック・サントラムだった。
マイク・ハッカビーは、「みんな、8月1日に感謝とサポートの意味を込めて、チック・フィレで食
事をしよう!」と自身のサイトで呼びかけ、こう主張した。
「左派の企業は、よく同性婚や中絶を支持するけど、我々クリスチャンが伝統的な価値観を主
張すると、ホモ・フォビアとか、憎しみからだとか、キリスト教原理主義だと非難される。我々は
神の価値観を支持しているだけなのに」
チッ ク・フィレのトーランス店から数ブロック離れた家に住むドーン・ペレリンさん(写真右)は、
「同性婚支持」のプラカードを持って、サポーターが詰めかけたチック・フィレの店の前を練り歩
いてきた。サインの「I DO」は、結婚式の誓いの言葉にかけたもの。写真左はレズビアンの友
人、ジュディ・ロドリゲスさん。
そして、8月1日、全米のチック・フィレの店にハッカビーの呼びかけに賛同したサポーターたち
が詰めかけ、トーランス店の外にも長い列ができた。店から2ブロック離れた家に住むドーン・ペ
レリンさんは帰宅して驚いた。
「うちの前の道のあちこちにクルマが溢れて、何百人もの客が夜9時まで引っ切りなしに店に並
んでた。私のルームメイトはゲイなの。そのために、つ らい思いもして来ている。それなのに、
ゲイに対してネガティブなメッセージが、自分の家の鼻先で堂々と展開されてるなんて。 1950年
代か60年代に一気 にタイムスリップしたかと思ったわよ」
次のページ>>発言は金儲けが目的
黙っているわけにはいかないと、ペレリンさんとルームメイトらは、『私は結婚する自由を支持
する』と書いたプラカードを掲げ、チック・フィレの店の前にいる数百人の「同性婚反対」支持者
の前を歩いた。そして、サインをあえて家の窓に貼り、通行人に見えるようにした。
支持者が集う店は前代未聞の売り上げチック・フィレの発言は金儲けのため?
「チック・フィレの社長って、金儲けのためにあえてあんな発言をしたんじゃないかと思う。各フ
ランチャイズ店は、必ずしも社長の意見に賛成とは限らないだろうし、ゲイの従業員だっている
はずなのに」
こう言うのは、ペレリンさんの友人で、同性愛者であるジュディ・ロドリゲスさんだ。
-5-
社長が行なった同性婚反対の発言が、結果的に「金儲け」につながったのは事実だ。ハッカビ
ーが呼びかけた「感謝デー」の影響で、売り上げは急増。 同社は数字を公表しなかったが、「前
代未聞の売り上げ」があったことを認め、「お客がどんな宗教を信じていようと、また同性愛者で
あれ、異性愛者であれ、誰にでも同じサービスを提供している」という趣旨の声明を出した。
H
チック・フィレの店の前で、「裁きの日は近い」と布教するイシドロ・メンドーザ氏。 巨大な手作り
の「聖書」は道行くクルマのドライバーにアピールするため。
トーランスの店の前で、自分の身長より高い「聖書」の形をした看板を手に、「神の裁きの日は
近い」と道行くクルマに向かって訴える男性がいた。囚人服の色である「オレンジ」の服を着て
「自分は神の囚人」であるとアピールするのは、イシドロ・メンドーザ氏だ。
本職はカトリック系のロヨラ大学のカフェテリアで働くコックだが、今日は休みを取り、「布教に
絶好の場所」で神の言葉を広めるのに専念することにしたのだという。
「聖書には、神はアダムとイブをつくったと書かれているし、本当のクリスチャンなら、オバマ大
統領の発言は神の価値観に反することだとわかるはず。このままじゃ、この国はとんでもないこ
とになる」と言う。そのとんでもないこととは?
「裁きの日が来たら、地獄の炎の中で焼かれてしまうよ。僕は自分だけが助かればいいとは思
ってない。なるべく多くの人を改心させたいんだよ」
足下には水のペットボトル2本。今日は1日中路上で粘るつもりだという。オバマは自身をクリ
スチャンだと言い、大統領就任式では聖書の上に手を乗せて宣誓したわけだが、それについて
はどう受け止めているのか聞いてみた。
「そんなポーズに騙されちゃダメだ。彼は本当のキリスト教信者じゃない」
オバマもロムニーも共感できない支持者選びに迷うキリスト教信者
では、同性婚反対のロムニーはどうか?
「ロムニーはモルモン教徒。モルモン教はキリスト教とは言えないよ。理由?聖書にはモルモ
ン教の創始者であるジョセフ・スミスは出て来ないから。聖書だけが真実だ」
では、誰に投票するのかと聞くと、「うーん、ジーザス」という言葉が返ってきた。道行くクルマ
の窓が開き、彼に向かって侮蔑の意味を表す「Fワード」が投げつけられ、大声と笑い声が響き
渡った。
「唾を吐かれたり、色々あるけど、そんなの十字架にかかったジーザスの苦悩を思えば、へっ
ちゃらだよ」と言う。
-6-
その間に、チック・フィレのテイクアウトの袋を手にした白髪の老夫婦がメンドーザ氏に歩み寄
り「勇気ある行動をありがとう」と握手して去っていった。
同性婚の合法化を巡って議論が紛糾する宗教大国アメリカ。この国では、結婚は各州がそれ
ぞれ承認する形をとっているので、州によって合法か違法かが違うという複雑な事態になって
いるのだ。
現在、同性婚が認められている州は、ニューヨーク、マサチューセッツ、コネッチカット、ニュー
ハンプシャー、アイオワ、バーモントの6州と、ワシントン DC のみ。カリフォルニア州では、もっと
複雑だ。08年の夏に同州最高裁が同性婚を認めたすぐ後に婚姻届けを出した 1万8000組のカッ
プルだけが、今でも引き続き合法だと認められている。その後11月の選挙で、同州民の投票に
より、同性婚は違法と決められた。それ以降、同性婚は認められていない。
マイク・ハッカビーが提唱した「チック・フィレ感謝デー」に対抗して、同性婚支持者たちは 8月3
日に「キス・デー」を計画。全米のチック・フィレの店の前で、同性カップル同士がキスをして、社
長のコメントに反対意見を表明しようというものだ。
3日の午後、ハリウッド地区のサンセット通りのチック・フィレの店の前に行ってみると、大きな
レインボー色の旗が舞っていた。レインボーカラーは、ゲイ・ライツ支持者たちのシンボルカラー
でもある。
「ここって、アメリカだよね。しかも、ゲイとユダヤ系が仕切っているハリウッドだよね。そんな場
所で、クリスチャンで異性愛者じゃなきゃダメだってメッセージを送る企業が商売してるなんて、
信じられないよ」と言うのは、イギリスから移民してきたマーク・ハドソン。ゲイである彼は、仲間
と一緒にチック・フィレ反対運動に加わることにしたという。
店からほんの数ブロック先には、「ゲイ&レズビアンセンター」があり、LA の LGBT コミュニティ
の本丸と言える地域だけに、店の周りにはあっという間に同性愛者やその支援者たちが集まっ
た。
(上)映画の街、ハリウッドのど真ん中にあるチック・フィレの店。(下)ゲイやレズビアンのグルー
プや個人が中心になり、ハリウッド店の前で抗議のパフォーマンス。多くがソーシャル・ネットワ
ークを通した呼びかけで集まっ
-7-
「チキン・サンドだけ売っていろ」 バイセクシャルも反対運動に参加
「いや、驚いたよ。僕、近所に住んでるから、最近この店で2回食事して、その写真をフェイスブ
ックに載せたんだよ。そしたら、LGBT 仲間から 『何やってんだ』って言われて、それで初めて社
長の同性婚反対の発言を知ったんだ」と言うのは、バイセクシャルで俳優のジョー・フィリポーニ
(25歳)だ。
「もう、二度とチック・フィレの店では食べない」と言う、バイセクシュアルのジョー・フィリポーニ
氏。多くの LGBT メンバーが自らを「クリスチャンだ」と明言していた。彼もその1人。
このハリウッド店、サンセット通りという大通りに面しているため、社長の発言が報道される前
は、便利な待ち合わせ場所として、多くのゲイやレズビアンのお客が利用していたという。
「チキン・サンド売るなら、サンドイッチだけ売ってればいいのに、どうして人が結婚する権利に
口挟むわけ? 僕はバイセクシャルだから、男女両方と結婚したいっていう欲張り派だけど、も
う絶対この店では食べないよ。それに、マクドナルドの方が全然安いし。もちろん、オバマにま
た票を入れるよ」
(上)店の前で「キス」で抗議。若い頃、ベトナム戦争で軍人だったノウリン・ハルトンさん(左)と1
年前に結婚した夫のマイケル・マキューン氏。(下)ハルトンさんいわく、「87歳になる父がマイケ
ルとの結婚を一番祝福してくれた」。
-8-
若者たちの中に混じって、中高年のゲイたちの姿も見えた。
ノウリン・ハルトン、66歳。不動産業を営んでいる。15年来のパートナーで、保険会社に勤める
マイク・マキューンと、昨年ニューヨーク州で正式に結婚した。若い頃、ベトナム戦争の前線に海
兵隊員として送られ、米国に帰還した1968年にゲイであることを公表した。以来、ゲイ・ライツを
訴え続けてきた。
「私がチック・フィレの社長に訴えたいのは1つ。この国では、こうしている間にも、ゲイであるこ
とでいじめられ、子どもたちが自殺しているということだ。特に田舎街で、周りに支援者がいない
場合、大袈裟でなくゲイの子どもにとって生命の危機なんだ。彼の発言によって、そんな子ども
たちがどんな思いをするか、考えてもらいたいよ」
カリフォルニア州の中央部のフレズノ地区出身のハルトンは、自分の両親以外、周りの家はみ
な保守派で共和党支持という環境で、クリスチャンとして育ったという。だから、保守やキリスト
教右派の強い南部などで育つ青年にとって、ゲイであることがどれだけ孤立していて厳しいか、
想像できるという。
「この国には、黒人が白人と結婚できなかった時代があり、それがどんなに差別的だったか。
当時、多くの白人たちがそれを差別と認識すらしていなかった。同性婚についても同じだと思う」
オバマ支援者でもあるハルトンは、ロムニーに関してはこう言う。
「彼は、自分が税金をいくら払っているのか、過去に遡って公表していない。失業している国民
の多くは、そんな彼の態度にイラついているし、同性婚云々の前に、多くの支持を得られないん
じゃないかと思うけどね」
「聖書の言葉に従わないのは罪だ」 「いや、ジーザスは同性愛者を差別しない」
(上) チック・フィレの女性客が「同性愛者は罪だ」と主張し、ゲイ・ライツ支持者と大議論に。ゲ
イ人口の多い地域にあるハリウッド店に、あえて食べに来る「チック・フィレ」サポーターはある
意味、筋金入り。(下)チック・フィレのハリウッド店のスタッフ2人が「同性婚賛成派」に向かって、
-9-
「水どうぞ」の図。
そんな頃、チック・フィレの店で食事をしていた女性客と同性婚支持者の間で、口論が始まっ
た。
「聖書の言葉に従わないのは罪」と女性が言うと、「ジーザスは同性愛者を差別しない」という
声が飛び、緊迫した空気になった。それを見ている警官とセキュリティ。そんなとき、チック・フィ
レの店の中からマネージャーらしき男性と女性社員が、水の入ったピッチャーを持って外に出て
来た。
『同性婚を合法に!』というプラカードを持った1人1人に、マネジャーが笑顔でコップを差し出
す。汗だくになった多くの人々は、笑顔で「ありがとう」とコップを受け取り、水を飲み干した。マネ
ジャーと社員は終止、笑顔のまま水を配り、そして店内に戻った。
社長の「同性婚反対」の意見を、末端のフランチャイズ店で働く人間がどう思っているのか、彼
らの口からは語られなかった。だが、トーランス店と違い、圧倒的にゲイ人口が多いこの街で商
売をする以上、ゲイ・コミュニティを敵に回すことは、ビジネスとしては避けたいに違いない。
法律で認められた結婚。これによって同性カップルが得られるものは、税金面での優遇や、病
院などで家族として付き添いできる権利などの実利的なメリットだ。だが、実際に結婚したカップ
ルに聞いてみると、実利面と同じぐらい精神的なメリットが大きいという。
一時同性婚を認めたカリフォルニア 精神面のメリットを強調する同性婚者
(上) 全米で最もリベラルな街のひとつであるハリウッドだが、カリフォルニア州では、2008年以
降、同性婚は合法ではない。(下)カリフォルニア州の「合法同性婚」カップル、ジーナ・フィール
ズさん(左)と妻のメリー・ローズさん。「私たちレズビアンが結婚しても、世界は真っ二つに割れ
たりしなかったわよ。心配なし!」とフィールズさん。
カリフォルニア州の最高裁が同性婚を認め、それが住民投票で覆されるまで、2008年の夏の
短い期間に結婚届けを市役所に滑り込ませたカップルがいる。黒人で法律事務所に勤めるジ
- 10 -
ーナ・フィールズさんと、白人で葬儀社に勤めるメリー・ローズさんだ。15年間一緒に暮らしてい
たが、家族や神の前で誓い、コミットすることの満足感は想像以上だったという。
「シビル・ユニオンじゃ決して得られない、もっと深いカップルとしての認識が得られて、自分で
もびっくり。青空の下で、向かい合って、世界中に『結婚したんだ』と宣言できるのは、やっぱり
全然違う」とフィールズさんは言う。
ローズさんは黒人客の多い葬儀社で働き、伝統的な男女の結婚観を持つ人々に仕事柄多く
接してきたが、そんな人たちに「なんだ、レズビアンでも特に何も変わらない、ごく普通の社会人
なのね」と何度も言われたという。
フィールズさんは言う。
「チック・フィレの社長には表現の自由があるけど、神がレズビアンである私たちをつくったんだ
から、私たちにも発言する権利がある。私が誰を愛して誰と結婚するかを、他人が指図する権
利はない」
誰と誰が結婚できるかを認めるのは法律と政治で、チック・フィレの存在理由はビジネス。さら
に、そこに宗教の価値観が絡んで複雑化しているこの問題、純粋にビジネス面から見ると、どう
なのだろうか?
南カリフォルニア大学のビジネススクールの教授で、自らゲイであることを公表し、マクドナル
ドや米大手企業において、雇用現場での多様性促進を指導してきたカーク・スナイダー氏は言
う。
「チック・フィレの社長の行為は、ビジネスのトップとして、自分の足を自分の拳銃で撃つような
こと」
たとえ一時期、売り上げが伸びたとしても、今の時代、ある一定のグループの消費者を排除す
るような発言をして、この先ビジネスが順調に発展していくとは思えないと言う。
「同性愛者の客を失うだけではなく、彼らを大切に思っている家族や友人の異性愛者も店に来
なくなる。チック・フィレで働いているゲイの従業員も、不安でたまらないはず。従業員が不安に
なる環境では、いいビジネスはできない」
「この国の29の州では、いまだにゲイであることを理由に解雇され得る」
スナイダー教授は、チック・フィレ本社がフランチャイズ経営者を選ぶ際に、サインさせる契約
書に注目する。
「クリスチャンの価値観に基づき、グループでの祈りに参加し、教会でも積極的に活動すること
が求められるわけで、『じゃあ、これを破ったらどうなるのか』『ライセンスを取り上げられるの
か』という問題が出て来る。Fortune500の多くの企業が雇用機会均等ポリシーを掲げている今、
時代に逆行している」
チック・フィレ社のフランチャイズの経営者は、暗黙の了解によって「既婚者が望ましい」とされ
ているだけに、結婚歴や離婚歴などが審査の対象にもなり得る。
面接で結婚歴や宗教について突っ込んで聞くこと自体は、アメリカの法律では禁止されていな
い。ただ、多くの企業がそれをしないのは、差別だと訴えられる可能性があるからだ。
- 11 -
教授はこう指摘する。
「現在、全米29の州では、ゲイであることを理由に雇い主が従業員を解雇できる。それを禁ず
る連邦法がない」
ハッカビーの呼びかけに答え、店に詰めかけたチック・フィレの支援者の中には、保守派のテ
ィー・パーティーのメンバーも多い。多くのティー・パーティーが、そのウェブサイト上でボイコット
ならぬ「バイコット」(BuyCott)を奨励してきた。
何が、彼らを動かしたと思うか? スナイダー教授はこう語る。
「ティー・パーティーのメンバーは、きっと今、臨戦状態だと思っているはず。オバマの同性婚支
持の発言が、チック・フィレの社長にとって脅威だったように、アメリカが変化しないことをひたす
ら望むティー・パーティー層にとっても、大きな脅威だったろう。右派のキリスト教会の信者の数
は減っている し、自分たちがいつか絶滅してしまうかもしれない、という恐怖と焦りだと思う」
チック・フィレ、ティー・パーティー、キリスト教団体が大統領選を左右する?
5月初めに公表されたギャロップ調査では、米国民の50%が同性婚を支持し、48%が反対だっ
た。支持政党別では、民主党支持者の65%が同性婚を支持、共和党の74%が反対と答えた。
今回取材した同性愛者全員に、「経済がなかなか回復しない今、オバマは同性愛者の票欲し
さに同性婚支持を表明したのではないか」というティー・パーティーの主張について、どう思うか
を聞いてみた。
「必ずしもそうは思わない」というのが、彼らの総意だった。カリフォルニア州で結婚したフィー
ルズさんは言う。
「オバマ個人が時間をかけて、自分の意見を構築していった感じがする。オバマが同性婚を支
持していることは、彼の政策を見ていれば、薄々伝わってたし」
ゲイ・ライツ支持者とオバマの関係が強まる中、ロムニーは、チック・フィレの騒ぎについてコメ
ントすることを拒否した。これには、カトリック教徒の権利団体「カトリック・リーグ」のトップが業を
煮やし、「ロムニーはチック・フィレのサンドイッチを食べてサポートするべし」とインタビューで発
言し た。
ロムニーが「同性婚」について言及することを極力避ける中、ティー・パーティとチック・フィレの
「蜜月」がますます深まり、そこにキリスト教会勢力が自分たちのアジェンダのために乗っかると
いう、プロレスで言えば、まさに場外乱闘状態になってきているのだ。
今後、オバマとロムニーが「同性婚」をテレビ・ディベートでどう議論するのかが見物だが、真っ
先に「同性婚支持」を表明し、結果的にオバマの「カミングアウト」をプッシュした副大統領のジョ
ー・バイデンと、バリバリ保守派の副大統領候補、ロン・ポールのディベートも、見逃せない一戦
だ。
吉田祐起のコメント:
本稿におけるコメントは差し控えます。読者に対するサービスの心だけで提供します。従って、
「傍線:吉田祐起引用」はありません。
Back to 私が選んだインタネット情報集
- 12 -