講演内容 - 新潟市民病院

第34回五大がんに関する市民公開講座
2015年11月13日
乳がん治療の変遷と今後
~診断・治療・検診の進歩
新潟市民病院 乳腺外科
坂田英子
乳がんの治療の3本の柱
手術、放射線治療、薬物療法を組み合わせて行います。
①手術療法(局所療法)
乳房に対する手術
わきの下(腋窩)のリンパ節に対する手術
②放射線療法(局所療法)
乳房に対する放射線療法
リンパ節(腋窩、鎖骨上窩、縦隔など)に対する放射線療法
③薬物療法(全身療法)・・・術前に行う場合と術後に行う場合があります
・化学療法(抗がん剤)
・内分泌療法(ホルモン療法)
・分子標的療法
乳がん手術治療の歴史
・紀元前3000年 古代エジプト
Imhotep:
(腫瘍?)を切開して排膿し、残りの腫瘍を焼灼/腐敗させた
(パピルスに残された記録)
・1804年 日本 華岡青洲: 全身麻酔下乳癌手術
曼陀羅華(朝鮮朝顔)からの抽出物を主成分とする
通仙散(麻沸散)を乳癌患者に飲ませて手術を施行
乳がん手術治療の歴史:前近代編
・17-18世紀 フランス Jean Louis Petit:乳癌手術手技を確立
乳房切除+腫大リンパ節摘出?
+リンパ節郭清?
+胸筋切除+リンパ節郭清?
3年生存率
・1860-70年代 オーストラリア Billroth:
4.7%
・1870年代 ドイツ
Volkmann :
14%
局所再発率
82%
60%
乳がん手術治療の歴史:近代編
・19世紀(1880年代) アメリカ
Meyer
乳房切除+大胸筋・小胸筋切除+腋窩リンパ節(不完全)
William Stewart Halsted
1882年 最初の根治的乳房切除術
乳房切除+大胸筋・小胸筋切除+腋窩リンパ節郭清
3年生存率45%、局所再発率6%
アメリカでは1979年代前半まで、
日本では1990年頃まで、乳がんの
定型的・標準術式として施行
拡大手術と縮小手術
・1915年以降、定型的乳房切除術の治療成績は頭打ち
・早期発見・早期治療症例では治療成績良好
➝定型的乳房切除術の効果に疑問あり
➝鎖骨上や胸骨傍リンパ節までリンパ節郭清範囲を拡大?
・・・結果、郭清範囲を追加しても治療成績に差はなく、手術関連死が増加
拡大手術の否定
➝定型的乳房切除術の限界を見極め手術範囲を縮小?
・・・大胸筋・小胸筋を温存しても、可及的に腋窩郭清を行えば、治療成績に
差はなし
縮小手術容認
縮小手術と放射線治療
・1895年にRoentgen:X線発見
2か月後に乳がん治療に放射線が使用された
・1896年Curie夫妻:ラジウム発見
・1922年 Keyney:手術不能な進行乳がんにラジウム針挿入による
放射線単独治療・・・小さい腫瘍なら手術に匹敵する5年生存率
しかし、放射線による晩期障害もあり
・腫瘍切除後にラジウム内照射が有効
➝手術と放射線療法の併用へ
縮小手術と放射線治療
NSABP B-04試験
1971/7-1974/9 1090症例
リンパ節転移陰性例の25年無再発生存率
53%
定型的乳房切除
52%
単純乳房切除と腋窩放射線療法
50%
単純乳房切除と腋窩リンパ節非郭清
定型的乳房切除術の金科玉条が否定された
乳房温存術と放射線治療
・放射線単独療法:
小さい腫瘍では成績良好
大きい腫瘍・腋窩リンパ節転移も大きくなると局所・遠隔再発増加、治療成績不良
照射線量増加すると乳房の硬化・変形など晩期障害出現
腋窩照射でも、患側上肢リンパ浮腫や運動障害出現。
➝放射線単独療法では利点ばかりではない
・時代背景が変わり、Halstedらの時代のような局所進行乳がんが減少
➝1950年-60年代~腫瘍径が小さく、腋窩リンパ節転移陰性もしくは転移があっても
少数の症例に、乳腺部分切除術+放射線治療による乳房温存術が行われ出した
・1970年代~乳房温存療法と乳房切除術の成績を比較する臨床試験で、
定型的乳房切除術と、部分切除+腋窩リンパ節郭清と温存乳房への放射線治療
とでは、成績に差はなし
乳房温存術(Bp) vs乳房切除術(Bt)
試験
NSABP B-06
Milan
NCI
EORTC
観察期間(年) 腫瘍径(cm)
20
20
10
8
≦4
<2
≦5
<5
局所再発率(%)
Bp vs Bt
14 vs 10
9 vs 2
18 vs 10
15 vs 10
生存率(%)
Bp vs Bt
46 vs 47
42 vs 41
77 vs 75
60 vs 64
1990年にアメリカでは病期Ⅰ期Ⅱ期乳がんに対し適切な治療法であることが推奨され、
それ以後、温存率が向上
日本における乳がんの手術方法の変遷
Breast Cancer;15,3-4,2008
全国乳がん患者登録調査報告2007年次症例
温存術の適応
2005年10月 「乳房温存療法ガイドライン」では
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
腫瘍径3cm以下(4cm以下も可)
広範な乳管内進展がない
多発、2個に近い場合に可
残存乳房照射が可能
術前化学療法も可
温存術の問題点
・大きくとりすぎると整容性が劣ります
・腫瘍径の大きいもの、乳管内進展を伴うものに適応拡大した場合、
また腫瘍の局在によっても、整容性が劣ります
・小さく取りすぎると、切除断端陽性(切り口にがんが露出する)と
なることがあります
➝追加切除、放射線治療回数追加の必要性、局所再発の問題
・切除断端陽性となる要因には画像診断の限界という点もあります
乳房再建術
・乳房切除の適応となった場合に、乳房のふくらみをつくる再建術
があります
・切除と同時に乳房を再建する方法と、術後一定期間をおいてから
乳房を再建する方法とがあります
・再建に用いるのは、筋肉や皮下脂肪などの自家組織と、シリコン
などの人工物などがあります
・希望を伺い、どの方法を選択するかを術前に相談して決定します
・乳房再建術も保険適応です
乳がんは局所病?全身病?
・手術可能な乳がんは完全に取りきれれば治る局所病?
・Halsted理論:
「乳がんは解剖学的に近位のリンパ節から遠位へと順次拡がっていく」
➝腋窩リンパ節転移を認めない症例でも全身転移する症例の存在
・・・局所病という考えでは説明がつかない
・・・組織犠牲の大きい拡大手術と縮小手術で差がない
・Fisher理論:
「乳がんはきわめて早期の段階からすでに全身疾患になっている」
➝現在はこちらと考えられています
・腋窩リンパ節郭清の意義
1)乳がん制御 2)局所コントロール
3)予後因子
センチネルリンパ節生検
・センチネルリンパ節(SLN):
原発巣からリンパ管に入ったがん細胞が最初に到達するリンパ節(見張りリンパ節)
・1976年 陰茎癌に対し鼠径部リンパ管造影とSLN生検とその転移に基づく鼠径リンパ節
郭清の省略
・1992年 悪性黒色腫におけるSLN生検を色素法で施行
その後、SLN生検が乳がんでも応用
・1993年 アイソトープを用いたガンマプローブ法(RI法)によるSLN生検
・1994年 色素法によるSLN生検
・1996年 色素法とRI法併用でのSLN生検
・日本では、SLN生検は研究的治療として開始
2006年~先進医療
2012年~保険診療となりました
センチネルリンパ節生検の適応
・術前に、視触診やエコー、CTなどの画像
検査で、総合的に腋窩リンパ節転移陰性
と判断した場合に、センチネルリンパ節
生検術を行います
・術前に視触診や画像検査で転移を疑う
腋窩リンパ節を認めた場合は、穿刺
細胞診検査を行うなどして、転移の
有無を調べます
術前に、腋窩リンパ節転移陽性と診断
された場合は、腋窩郭清術を行います
センチネルリンパ節生検の実際
リンホシンチグラフィー
カウンターとガンマプローブ
色素法の術中所見
RI法の術中所見
温存術とセンチネルリンパ節生検の
皮膚切開例
右MLO
右CC
左MLO
右CC
左MLO
×
×
腋窩創と乳房創部1本の場合
腋窩創と乳房創部2か所の場合
創部は比較的目立ちにくく、整容性に優れます
今後の手術療法の展望
・乳がん制御と整容性のバランス向上のための工夫
・センチネルリンパ節転移陽性例での腋窩郭清省略の可能性
・・・リンパ浮腫リスク軽減・知覚・運動機能低下目的
・ラジオ波熱凝固療法(RFA)など、非手術的治療が臨床試験中
・・・現時点で治療の効果・安全性は確率しておらず、標準治療
とはいえません
乳がん術前術後補助薬物療法
なぜ全身に対する薬物療法をするのか
微小転移に対する治療
微小転移とは
・診断の時点ですでに存在している小さな転移
・画像検査(レントゲン・CT・MRI・PET等)を含め、いかなる検査でも
存在が同定できない病変です
・微小転移が数年から数十年かけて顕著化します
微小転移のある可能性が高い乳がんを見分けることが重要です
微小転移(転移・再発)の可能性を
予測する因子
微小転移の可能性
大
小
大きさ
リンパ節転移
組織学的グレード
増殖
ホルモン受容体
HER2
大きい
あり
高い
高い
陰性
陽性
小さい
なし
低い
低い
陽性
陰性
乳がんのサブタイプと薬物療法
乳がんのタイプ
ホルモン
受容体
HER2受容体
受容体
癌細胞
増殖活性
適した薬物療法
ホルモン受容体陽性・HER2陰性
(ルミナルA)
陽性
陰性
低い
内分泌療法*1
ホルモン受容体陽性・HER2陰性
(ルミナルB・HER2陰性)
陽性
陰性
高い
内分泌療法±化学療法
ホルモン受容体陽性・HER2陽性
(ルミナルB・HER2陽性)
陽性
陽性
*2
内分泌療法+分子標的治療
+化学療法
HER2 陽性
陰性
陽性
*2
分子標的治療+化学療法
ホルモン受容体陰性・HER2陰性
(トリプルネガティブ)
陰性
陰性
*2
化学療法
*1 リンパ節転移の状況などによりホルモン療法に加えて化学療法を考慮。
*2 がん細胞の増殖活性の程度は問わず。ただし腫瘍浸潤径などを考慮。
術後補助薬物療法の目的
・遠隔臓器の微小転移制御、遠隔再発の減少、生存率の改善
を期待します
・手術のみで根治が得られる症例もあることから、過剰な薬物
療法は避けなければなりません
⇒手術標本による病理組織学的診断により、治療反応性や
再発リスクを評価し治療を選択します
術後薬物療法の目効果とは?
無
再
発
生
存
率
薬物療法を
しても再発
薬物療法を
しなくても
再発せず
薬物療法によって
再発しなかった
年時経過
乳がん術後補助化学療法の変遷
1970 手術 vs 術後CMF(12コース)
1975
CMF(12コース) vs CMF(6コース)
1980
CMF vs AC
1990
AC(4コース) vs AC(4コース)→パクリタキセル
1995 CMF(6コース) vs UFT(2年)
AC→パクリタキセル vs AC→パクリタキセル(Dose dense)
AC→パクリタキセル vs AC→ドセタキセル
2000 FAC(6コース) vs TAC(6コース)
FEC(6コース) vs FEC(3コース)→ドセタキセル(3コース)
AC(4コース) vs TC(4コース)
分子標的療法(トラスツズマブ)
術後内分泌療法
<ホルモン療法(内分泌療法)>
*閉経前
抗エストロゲン剤 1日1回の内服 5~10年間
±卵巣機能抑制注射製剤・皮下注射(1~3か月に1回)
2~5年間
*閉経後
アロマターゼ阻害剤 1日1回の内服 5~10年間
乳がん発見の契機
自覚症状・・・一昔前は自覚症状での発見がほとんどでした
①しこり(腫瘤・硬結)
②疼痛(自発痛、圧痛)
③乳頭分泌
④乳房皮膚の変化
⑤乳頭の変化
⑥腋窩リンパ節腫大
など
乳がん検診
マンモグラフィー検診の普及に伴い、早期発見例が増加
他疾患のCT検査
病期分類
診断の進歩
・画像診断の向上
検査機器の進歩:
マンモグラフィー、エコー、CT、MRI、シンチグラフィー
診断精度の向上:
画像診断の読影方法、読影診断力の向上
・病理診断
細胞診、針生検、ステレオガイド下生検
(エコーガイド下、マンモグラフィー下)
検査から診断までの流れ
マンモグラフィー検査
マンモグラフィー(腫瘤陰影)
触診では触れない、もしくはわかりにくい腫瘤が検診で発見されることがあります。
マンモグラフィー(石灰化)
触診では触れない乳がんが石灰化陰影で発見されることもあります。
超音波(エコー)検査
マンモグラフィーと超音波検査はがんの性質などによって写りやすいものと写りにくい
ものがあります。両方を併用することで、より確実な診断を行います。
病理検査:細胞診(穿刺吸引細胞診)
病理検査:組織診(針生検)
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
MRI
右MLO
左MLO
右CC
左CC
乳頭
症例1
右MLO
触診:右C領域3cm大の腫瘤
US:右C領域25mm大の腫瘤
左MLO
右CC
左CC
新潟県の女性 乳がん罹患数推移(年次別5歳階級別)
働き盛りの成熟期後半~更年期に最も多く罹患
年々増加の一途です
新潟県のがん登録より
一年間で新たに「乳がん」と診断された数
新潟県の女性
5歳階級別・がん主要部位別死亡数
働き盛りの年代の
死亡数は乳癌が
1位
平成23年人口動態調査より
日本における乳癌検診の歴史
年 度
昭和62年(1987)
第2次老人保健事業:乳がん検診の導入 視触診単独(30歳以上、毎年)
→視触診による乳がん検診では死亡率減少効果が認められない
平成12年(2000)
「がん予防重点教育及びがん検診実施のための指針」一部改定
老健第65号
50歳以上に対して視触診に加えマンモグラフィーを併用する(隔年)
平成16年(2004)
厚生労働省老老人発第0427001号
マンモグラフィー検診を原則とする(視触診単独による検診の廃止)
対象を40歳以上とする(隔年)
40歳代 2方向撮影、50歳以上 1方向撮影
平成19年(2007)
第3次対がん総合戦略研究事業
乳がん検診における超音波検査の有効性を検討
新潟市乳がん検診対象者と費用
~新潟市では2005年よりマンモグラフィ検診が開始されました~
集団検診:40歳以上の偶数年齢女性
(奇数年齢の前年度未受診者も可)
40歳代 2方向撮影 1300円
50-59歳 1方向撮影 900円
60歳以上 1方向撮影 無料
国保の方はこの半額
*新潟市役所コールセンターに電話予約制
施設検診:40~59歳以上の偶数年齢女性
(奇数年齢の前年度未受診者も可)
40歳代 2方向撮影 1800円
50-59歳 1方向撮影 1400円
*検診委託医療機関に電話予約制
無料クーポンが送付された方は無料
都道府県別乳がん検診受診率
新潟県平均2010年25.5%
2007年23.1%
全国平均2010年24.3%
2007年21.3%
国民生活基礎調査(2007年、2010年)より
新潟県の乳がん検診受診率
乳がん検診受診率の推移
平成24年福祉保健年報より
新潟市乳癌検診の結果1
対象者数
受診者
数
受診率
(%)
要精検
者数
要精検
率(%)
精検受診
率(%)
がん発見
数
がん発見
率
PPV
H17
170,205
3,817
2.24
465
12.0
93.5
18
0.47
4.1
H18
178,624
8,094
4.53
912
11.3
96.6
40
0.49
4.5
H19
179,256
10,106
5.64
1255
12.4
98.6
49
0.48
4.0
H20
183,086
11,810
6.45
1167
9.9
99.0
58
0.49
5.0
H21
181,159
17,372
9.59
1626
9.4
98.6
72
0.44
4.5
H22
183,569
15,972
16.14
1,435
9.0
94.5
81
0.51
6.0
早期がん
率(%)
72.1
78.5
H23
185,189
13,664
16.00
1,135
8.3
96.8
62
0.45
5.6
H24
183,569
15,692
17.2
1,251
8.0
97.0
75
0.48
6.0
71.0
乳がんから自分を守るためのサイクル
定期的な自己
検診
異常なし
乳がん検診
異常なし
異常あり
医療機関
異常あり