IT サービス事業創造における異文化マネジメント

IT サービス事業創造における異文化マネジメント
日本ユニシス株式会社 総合技術研究所 .NETセンター長
白井久美子
〈要旨〉
日本ユニシスは、ITソリューション事業として「.NET ビジネス」を立ち上げた。「.NET 事業プログラ
ム」は、課せられた全体使命、ビジネス目標を達成し、ユニシスに新しい収益基盤をもたらした。.NE
Tビジネスは、拡大成長事業として現在も進行中であり6年目をむかえている。
.NET事業立ち上げにおけるプロファイリングマネジメントを記し、その過程で遭遇した異文化は、
①既成概念と異なる概念を敵対視する言動、②既知の技術領域から逸脱した新技術を適用するこ
とへの抵抗、③組織や仕事の慣習にとらわれる体質であった。そうした異文化をいかにしてコントロー
ルしたかを紹介した。新しい文化を形成しようとするとき、既成概念、常識、慣行は異文化となる。それ
らを打ち負かすのではなく、どうすれば理解しあえるか?新文化に価値を見出してもらえるか?を深く
考え、価値創出を追求していくことが異文化マネジメントと言えるのではないか。
〈キーワード〉
事業立ち上げ、P2Mプログラムマネジメント、プロファイリングマネジメント、異文化、価値創出
1. はじめに
日本ユニシスは、ITソリューション事業として「.NET ビジネス」を立ち上げ、2002年~2004年の3
年間連続で.NETに最も積極的なITベンダであるとの市場評価を得た(CPP調査より)。本事業は、
Windows サーバ製品群を使用したSI(システムインテグレーション)を手広く展開し、システム構築売り
上げを拡大する、というテクノロジドリブンなビジネスではない。顧客の経営戦略に合致した IT 戦略を
うちたて、顧客価値を創造するビジネスモデルを具現化するシステム・グラインドデザインを描き、そ
れ実装するシステムインテグレーションとIT関連のサービスを行うビジネスであった。
筆者は、本事業の推進責任者として、平成14年7月~平成16年9月に至る間の事業立ち上げフェ
ーズを担当した。当該事業の立ち上げフェーズにおいて、課せられた全体使命を達成するためP2M
(Project&Program Management for Enterprise Innovation)のマネジメントフレームワークを使用し、
事業価値創造を具現化する“プログラムマネジメント”を実践した。
.NETビジネスを事業として立ち上げるプログラムマネジメントの実践過程において、筆者はさまざ
まな「異文化」に遭遇し、それらを理解し共存共栄の道を模索しながら進んだ。ここで意図する「異文
化」とは、①既成概念と異なる概念を敵対視する言動、②既知の技術領域から逸脱した新技術を適用
することへの抵抗、③組織や仕事の慣習にとらわれる体質、である。ベンチャー企業ではなく、約50
年の歴史ある日本的企業のなかで新規ビジネスを立ち上げたり、企業改革を行う場合、社内でありな
がらこうした異文化に遭遇することはめずらしくないだろう。どうすれば異文化人同士はわかりあえる
のか?敵対心を抱かずに認知されるのか?異文化をコントロールすることはできるのか?筆者のIT
サービス事業創造実践をベースに記す。
2. .NET ビジネスとは
.NET ビジネスという言葉の「.NET」とは何かの説明から始める。2001~2002 年、マイクロソフト社は、
デスクトップ PC 市場の成熟を鑑み、サーバ SW 市場に新たなビジネスチャンスを見出そうとしていた。
マイクロソフト社は、MS プラットフォーム上のアーキテクチャを再構築し、ブロードバンドと Web サービ
スによる次世代インターネットビジネスを実現するビジョン「.NET」を打ち出し、そのビジョンを具現化
した Windows2003 サーバ製品群のリリースを開始した。
「.NET」とは、マイクロソフトが次世代インターネットの情報環境にむけて実現する新しいビジョンで
あり、また、マイクロソフトが将来 Windows プラットフォーム上で提供する製品、サービスすべてにおい
て Web サービスをはじめとする先進テクノロジの新奇性をブランド想起させるための概念用語(コンセ
プチャルワード)である。
日本ユニシスが定義した「.NET ビジネス」とは、前記の Windows サーバ製品群を使用した SI(シス
テムインテグレーション)を実行し、会社の売り上げに貢献するという単純なものではなかった。それだ
けでは、顧客価値創造企業たる日本ユニシスの実践する SI ビジネスとは言えないからだ。.NETビジ
ネスとは、顧客価値創造提案を行うべく様々なビジネスモデルを具現化するためのグラインドデザイ
ンに力点をおき、そのグランドデザインを実装するためのソリューションを提供するサービスビジネス
である。
3. 事業立ち上げへのプログラムマネジメントの適用
多くのプロジェクトは独立した技術システムの構築に焦点をしぼり、それを実現するための単一プロ
ジェクトを定義、組閣する。たいていの場合、PMの役割はそうした技術システムの構築を範囲とし責
任をもつことに限定されている。しかしながら、ビジネスの立ち上げは、技術システム構築プロジェクト
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と同様なプロセス、体制ではうまくいかない。なぜならば、ビジネスとして価値創造スキームを確立す
るには、価値連鎖とその循環を生み出し、そのビジネスが駆動・回転することで企業の収益基盤が形
成されなければ事業として根付くことはないからである。
事業の立ち上げフェーズで、ビジネスとしての差別化優位性に立脚し、戦略を描き、その戦略を実
装するビジネスアーキテクチャとシナリオをグランドデザインし、リソースを制御させて実践する体制が
必要になる。この体制は、決して単一機能のプロジェクトで実現できるものではない。複数の役割・機
能をそれぞれ担当する多数のプロジェクトが有機的に連鎖、一体化し、ビジネスの創造という唯一の
最大使命にベクトルをあわせて走ることができなければならない。この多数のプロジェクトを最大使命
実現のために統括管理する人物を P2M では“プログラムマネジャ”と呼び、最大使命達成に向けた一
連のシナリオを実装するプロジェクト郡を同じく P2M では“プログラム”と呼んでいる。
筆者は、.NETビジネス立ち上げを経営トップからミッションとして命じられた後、“プログラムマネジ
ャ”として与えられた使命を全うしようと考えた。.NETビジネスの立ち上げフェーズを“.NET事業プ
ログラム”としてシナリオに仕立て、この事業をうまくランディングするためのビジネスアーキテクチャを
デザインし、3年間実践した。その結果、.NETビジネスは立ち上がり、5年が経過した現在、日本ユ
ニシスの主力収益基盤となっている。
プログラムマネジメントのマネジメント・フレームワークには、プロファイリングマネジメント、戦略マネ
ジメント、アーキテクチャマネジメント、プラットフォームマネジメント、プログラムライフサイクルマネジメ
ント、価値指標マネジメントの6つがある。.NETビジネス立ち上げの成功は、そうした一連のプログラ
ムマネジメントのマネジメントフレームワークを全てバランスよく実施できたことにある。紙面の都合上、
本稿では、プロファイリングマネジメントにフォーカスして.NETビジネスの立ち上げ実践を紹介し、そ
こで遭遇した異文化に関するマネジメントについて言及する。
4. プロファイリングマネジメント
P2Mの監修者である小原教授は、プロファイフリングについて次のように説いている。
『プロファイル(profile)とは、人物の横顔、シルエット、全体の輪郭や外形、歴史など実際描写や建築
の側面図などを意味する。プロファイリング(profiling)は、入手した情報を手がかりにまだ「明らかでな
い」対象の「全体を探る」能力である。我々は、社会生活のなかで無意識おうちにプロファイリング、つ
まり「全体を探る」能力を使っている。例えば、政治家は、選挙の季節になれば、「あるべき社会」に熱
弁を奮い、その是非で当選、落選が決まる。経営者は新しいビジネスチャンスを情報やアイディアを
手がかりにして発展する自社の姿を描き、株主や社員から経営能力の信頼を得ている。プロファイリ
ングは、犯罪捜査の手法を意味する用語であり、現場や観察者の情報、物証分析による断片的現象
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や情報を手がかりに、犯人候補の中から証拠を根拠として発言や説明にある矛盾や対立を突き、犯
人像を究明する。つまり、科学と直感を融合させ、全体を探り的確な本質を見抜く問題解決型の思考
と行動である。プロファイリングは、行政、産業、企業などあらゆる分野で基礎的な必須知識となってき
た。プロファイリングとは、特異現象や断片情報を手がかりに、その背後に潜む全体像を追求して、課
題発見と課題解決に糸口をつける知的作業である。』
つまり、プロファイリングマネジメントは、与えられた全体使命を達成すべく、事業全体のあるべき姿
を描き、事業全体像の形成と方針とを直結し、ビジョンとミッションから事業スキームのグランドデザイ
ン、事業創造を描き実現シナリオを作るマネジメントフレームといえる。
5. .NET ビジネス プロファイリングマネジメント
本ビジネスの推進にあたり、ビジネス目標の達成に必要な機能、実施スキームとプロセス、フレーム
ワークなど、一連の価値創造活動を複数のプロジェクトの連携・統合で実装する「.NET事業プログラ
ム」を設計した。
プロファイリングマネジメントでは、こうした全体使命を事業として実現するために、ありのままの姿
からあるべき姿にむかうシナリオを明らかにした。そして、事業関係者にそのシナリオを可視化した。
プロファイリングマネジメントの実践を使命形成、使命展開、使命記述の3つのプロセスで記す。
5.1 使命形成
使命形成では、本事業プログラムのミッションをわかりやすく表現した。P2Mでは使命形成を①ミッ
ション記述、②コンテキスト分析、③目的・目標の連鎖という3つの要素で構成している。
① ミッション記述
“ありのままの姿”から“あるべき姿”へと変革した後の成功イメージを文章表現することが、ミッション
記述をする上では重要である。.NET事業を推進する上で、日本ユニシスのありのままの姿とは次の
ような外部環境/内部環境を背景とするものだった。
日本ユニシスは、メインフレーム系ビジネスに大きく依存していた収益構造をオープン系ビジネス
中心の収益構造へと大きく転換する必然性に迫られていた。数年前よりオープン系の収益を支える
柱は UNIX と Windows が中心的存在であり、ここ1~2年で Linux というもう一つの柱もできつつある状
況だった。UNIX ベースのビジネス収益は立派に成立してはいたものの、JAVA ベースでの SI ビジネ
スはすでにコモディティ化していた。
すべての SIer が参戦する JAVA のソリューションビジネス市場は低価格競争に陥り、独自の競争優
位性を示すことが難しくなっていた。そうした参入障壁の低い領域における SI ビジネスについては現
状維持で進むことを余儀なくされていた。新しい収益源確立のために、市場ポテンシャリティが高い
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Windows.NET テクノロジを利用するSI事業に進路をとり、経営資源を集中させ、先行優位に立てる
かどうかを検討するに至った。
日本ユニシスは、数年前より Windows による大規模ミッションクリティカル・システムの構築実績も積
み上げてきていた。Windows基盤上でメインフレーム級のミッションクリティカル・システムを構築できる
自社の強みをこの.NET事業に活かそうと考えたところに本事業創造に踏み切るきっかっけがあっ
た。
以上のことから、“ありのままの姿”とは、『メインフレーム中心売りの利益構造をもった会社、UNIX
ベースのビジネスでは厳しい価格競争の中で SI ベンダとして生き残ることが難しい経営環境にある会
社』だということがわかる。一方、“あるべき姿”は、いかなるものであったかというと、『.NETという新し
い技術シーズをもとにしたソリューションビジネスで新しい収益基盤を確立し、新たな成長戦略により
売り上げを拡大していく会社』となる。
.NET事業に課せられたミッションステートメント、つまり、全体使命は、『主要なサービスビジネス
基盤の一つとして全社展開を図り、関連ビジネスを拡大することにより、日本ユニシスの収益向上に資
すること。』であった。このミッションステートメントをさらに具体的にすると次のようになった。
「リアルタイムエンタープライズを目指すお客様のシステム将来構想を描き、お客様の価値創造活
動とそれを支える IT インフラストラクチャの実現に.NET 製品/技術を駆使し SI を実践する、そして、
お客様のリアルタイムビジネスを支えるエンタープライズ IT インフラ実現のために.NET 製品/技術
を駆使して SI を実践し、最適な IT パートナーを目指す」。
このありのままの姿をあるべき姿に変革しようとする過程で遭遇した“異文化①”が、JAVAなら売れ
るが
.NETは実績がないから売れないだろう、という社内の既成概念だった。社内の大多数は.NET
ビジネスの始動に懐疑的であった。
② コンテキスト分析
コンテキスト分析では、ミッションの解釈をさらに掘り下げた。.NET プラットフォームは、マイクロソフ
トが提供する製品、サービス技術すべてを包含し、次世代インターネットの情報環境でシェア優位に
たつ可能性が高い。業界のリーダが示すビジネス戦略に追随することは、NUL のシェア/ビジネス規
模の拡大という点でも大きな可能性を秘めている。市場を占有する可能性の高い技術を早くから取り
入れ、.NET に対する顧客ニーズが最大化する時機に備えることは SI ビジネスを収益基盤とするユニ
シスにとって大きな意味をもつと考えた。
プログラムで創造しうる価値、“ありたい姿”“あるべき姿”となったときに生じ得る価値項目を具体的
に列記し、さらにコンテキストを可視化した。プログラムマネジャは、本事業を推進することで獲得する
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事業価値を、顧客、自社、マイクロソフト社という3つの観点から捉えた。
顧客にもたらす価値としては、開発コスト低減、TCO低減、システム使用性の向上、ビジネス・パフ
ォーマンスの向上、スケーラビリティの向上、システム相互運用性とセキュリティの強化、新しいビジネ
スモデルの創出などがあった。
自社が獲得し得る価値としては、サービスビジネス機会とプラットフォームビジネス機会の獲得、自
社及びパートナー企業のソリューション提供による収益、便益、新しいマーケットへの参入、新顧客を
獲得する機会などがあった。
マイクロソフト社が獲得し得る価値としては、マーケットでの.NET の迅速で幅広い採用による各種
便益、重点ビジネスのためのソリューションの派生や産業専門知識の獲得、エンタープライズ分野で
のWindowsプラットフォームの実績向上、拡張性・信頼性・Windows プラットフォームをサポートする
高いシステム技術実行性の向上などがあった。
ミッションを掘り下げ実現すべき構想をより具体化していくと、使おうとしている新規技術の成熟度に
対する猜疑心がプロジェクト内外から沸き起こった。これが、遭遇した“異文化②”の新技術適用への
抵抗である。
③ 目的・目標の連鎖
コンテキスト分析で示した価値項目から、ロジックツリー分解して複数の目的、目標、方針を纏め上
げることを行った。.NET 事業推進の目的は、日本ユニシスの SI サービスを介した付加価値提供によ
る顧客価値/満足度の向上を狙いとする以下 3 つとなった。
a)
.NET ビジネス・プレイヤーとしてのブランド確立
b)
.NET プラットフォーム上でのSI事業展開による収益の向上とシェア拡大
c)
.NET プラットフォーム上で革新的なWebベースのソリューション(Web サービスを含む)を先
駆的に企画・開発・提供することによる競合他社との差別化
また、.NET 事業の目標は、日本ユニシスの SI サービスを介した付加価値提供による顧客価値/
満足度の向上を狙いとする以下の3つとした。
a)
.NET システムインテグレーターとしてのブランド確立
b)
売上向上とシェア拡大
c)
.NET技術者育成
5.2 あるべき姿を描く
.NET事業のあるべき姿、つまり経営力(価値創出力)強化展開についてあるべき姿を整理してみ
ると、図表1のようになる。
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経営力(価値創出力)強化展開図
①顧客関係性構築力
②マーケット開発力
顧客選別
潜在・健在ニーズの
摘出
顧客創出プロセス
顧客維持プロセス
信頼性の絆確立
顧客満足度向上
顧客との共同研究
顧客作業代行化
ブランド、デザイン
アーキテクチャ
機能、QCD
提供される価値
③販売開発力
マーケットコミュニ
価値創出力
ケーション
経営力
宣伝広告
理念・使命
PRとパブリシティ
目的・目標
販売組織
ダイレクトマーケティング
④商品提供力
⑤サービス提供力
サービス商品提供
ソリューション提供
企画・設計機能
物的/人的/
エンジニアリング機能
情報/金融/ 物流プロセス化
PM機能
知的/基盤資源 金流プロセス化
情報共有基盤運営機能
価値創出機能組織力
情報流プロセス化 ナレッジ共有機能
⑥経営資源活用力
ナレッジ流プロセス化事業創出機能組織力
意思決定プロセス化
意識改革プロセス化
価値を提供する能力
⑦組織活性化力
P2M VWM® OW Model
図表1 経営力(価値総出力)強化展開図
経営力構成要素別に、具体的に記すと次のようになる。
① 顧客関係性構築力(顧客に対する関係性開発力)
・日経BP顧客満足度調査で総合力No.1を維持する。
・XMLコンソーシアムの技術部会で先駆的立場となる。
・Microsoft社との緊密なアライアンスにより.NET SIerとして高い信頼を得る。
② マーケット開発力(健在・潜在ニーズ摘出能力)
・ユーザベースを拡大する。
・.NET関連システム構築で高い評価を得て新規ユーザを獲得する。
・.NET関連ソリューションに対するニーズを捉える。
③ 販売開発力(売り方の開発能力)
・.NET関連のプロモーションで目立つ存在となる。
・.NET専任組織で販売支援を展開する。
・.NET関連セミナーで集客、受注拡大する。
④ 商品提供力(QCD 時代からの脱皮。価値提供機能拡充力)
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・.NETに関するTOP SIerとして認知度No.1となる。
・.NET専任組織で.NET事業を展開する。
⑤ サービス提供力(価値を作るサービス。機能考案力)
・顧客ニーズにもとづいた.NETソリューションを提供する。
・高い技術力、システム構築力を提供する。
・.NET高技術者集団を形成する。
⑥ 経営資源活用力(経営資源の有効活用)
・総ての資源を専任組織に集中・集約し、的確なソリューションビジネスを展開する。
・.NET事業推進に必要なあらゆる情報を一極集中させた情報共有基盤がある。
・.NET技術者コミュニティが存在する。
⑦ 組織活性化力(企業のプロセス改善能力)
・ビジネス的視点をもった自立組織を確立する。
・高い問題意識・問題解決能力をもった技術者集団となる。
⑧ 価値創出機能組織力(機能に関する組織熟成度)
・ビジネス・パフォーマンスを可視化し、事業の成功度合いがわかるようにする。
・事業目標を達成し、新しい収益基盤が確立する。
・.NET事業を推進することで関連技術やソリューションとしての知財を形成する。
・差別化競合優位となる技術コアを形成する。
5.3 使命展開
使命展開では、使命をさらに現実化する能力で具現化にむけて使命をさらに深く解読し、使命実
現のための問題解決策を提案し、問題解決にむけ対応策の優先度を検討した。
.NET事業プログラムに課せられた使命を具現化するために、プログラムで具備すべき機能を洗
い出した。.NETビジネスプログラムは、これら1つ1つの機能がそれぞれプロジェクトとして実装され
るプログラムアーキテクチャとなった。
① .NET事業全社戦略/実行計画策定と推進
② マーケティング(4P 戦略策定と推進)
③ ブランディング戦略策定と推進
④ 社内教宣及び社内エヴァンジェリスト活動
⑤ .NET関連技術者養成
⑥ 製品評価とプルーフオブコンセプト確立
⑦ R&D(開発方法論、アーキテクチャの提供)
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⑧ IT ソリューションサービスの開発
⑨ .NET関連サービス・デリバリ
⑩ 営業支援、技術支援
⑪ 情報共有基盤の確立
5.4 使命記述
使命記述では、事業を意図してありのままの姿からあるべき姿に向かうシナリオを作成し事業具現
化にむけたストーリーを描いた。本事業プログラムにおいては、次の3つの事項の記述、洗練に注力
した。

事業プログラムや個々のプロジェクト推進のためのビジョンを描き文章化すること。

事業プログラム実行計画書を書くこと。

事業プログラムの中で市場動向や顧客ニーズを鑑み、仮説をたてITソリューションサービ
スのビジネスプラン(採算計画)を作成し、実現可能性を検討すること。
前述の11のプロジェクトを同時並行的にフラットな組織で実施し、各プロジェクトの進捗を専用のプ
ロジェクトシートに記載して計測し、週次レビューをかけることをした。すると、こうした新しいプログラ
ム・プロジェクトで進める実行体制にとまどいを感じる者、抵抗感をもつ者もでた。プロジェクト制の組
織であると、職制の上司でないプロジェクトマネジャの指揮で仕事をすることが日常となるからだった。
常に指示待ちうけ型で仕事をしてきた担当者は、プロジェクト組織のなかで自らが問題意識をもって
自発的に問題解決にあたったり、何をすればいいのか自分で考えねばならない状況に慣れていなか
った。仕事は与えられるものという観念が強い人ほど新しい仕事の仕方、組織に対し抵抗があった。
これが遭遇した“異文化③”の従来の組織慣習にとらわれる体質である。
6.異文化マネジメント
.NETビジネスは、前述のようなプロファイリングマネジメントによって構想・機能計画がなされ、実
行・推進された。事業立ち上げの結果がどうなったかは「おわりに」でふれることにし、ここでは、事業
推進にあたり遭遇した異文化と、そのコントロール、歩み寄りや相互理解に関する工夫について記
す。
6.1 既成概念にとらわれてしまう異文化
大規模基幹システムをJAVAで作るシステムなら提案できるが、前例がない Windows.NETで作る
システムなど売りに行けない、実績がないものなどお客様に信用してもらえない、だからリスクを犯し
てまで売りたくない・・・という社内批判、抵抗があった。
これに対し、.NETでのシステム実現可能性を担保するには、先進的な構築事例に関する情報を
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海外から収集したり、マイクロソフト社との協力体制下において数々のプロトタイプシステムを作り紹介
する、
.NETだからこそ実現できる利便性と価値を説明する機会を多数設けた。全国の拠点をめぐって
説明会を行なったり、実際の提案案件には必ず.NETビジネスプロジェクト員が参画し、提案書の作
成に協力するなどして信用を獲得していった。第1号案件受注と稼動が大きな機動力となったことは
言うまでもない。相手にとって.NETを採択したときの獲得価値は何か?を考え、説き、その価値獲
得に勢力を傾注することでこの異文化との摩擦は次第に消えていった。価値を見出した異文化人は
次からは味方にまわってくれるようになった。
6.2 未知の技術領域に挑戦できない異文化
新しい機能、製品を使い自分が開発担当するシステムがその実験台になるのはイヤだ、トラブルの
リスクを負ってまで新規技術を採択したくない・・・という未知の技術領域に踏み出すことへの不安と稼
動安定性に対する猜疑心があった。
新技術をビジネスの現場に適用するには、数々の実証実験や適用方法の研究が必要であった。、
NETビジネス推進プロジェクトは、新製品/新技術の利用方法、適用領域に関する研究や実証実験
を繰り返し実施し、その結果を現場にタイムリにフィードバックする努力を続けた。また、実際の適用現
場に出向き利用技術指導を行う、開発に関する技術者への教育支援を行うなどした。その結果、新技
術に対する抵抗、挑戦したくない異文化人からの理解が得られるようになっていった。リファレンスサ
イトが1つ、また1つと目に見えるようになると、逆風は次第に弱まり、新技術への期待と応援という追
い風にかわっていった。
6.3 組織的慣習にとらわれる異文化
システム開発プロジェクトがプロジェクト体制で仕事する方式は理解できても、ビジネス推進プロジ
ェクトがプロジェクト体制で仕事する方式については正直理解できない、こんなやり方で結果をだせる
のか?と疑念をもつ者は少なからずいた。職制の上司でないPMから指示をうけ仕事をしても自分の
評価につながらないのではないか?という不安を持っていた。なにか命令されても、どうしたらできる
か?と考えず、できない理由を先に考えてしまう者もいた。
この状況を打破には時間がかかった。プロジェクト員にP2Mを学ばせ顧客価値創造を新規事業と
することが会社の新しい収益の柱を形成することにつながることを説いた。そして、この新規事業を推
進し成功するとどういうメリットが会社や各人にとってあるのかについて、プログラムマネジャが個別に
担当者と面談し説明した。プロジェクト参画者ひとりひとりとの対話が彼らからの理解を得、納得、やる
気へとつながっていった。プロジェクト個々の進捗を可視化するために作成した価値指標レーダーチ
ャートも彼らのやる気を支える道具の一つとなり、プロジェクト組織は徐々に考える自立組織へと変化
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した。
このようにして、異文化人からの認知を獲得することに成功し新規事業の立ち上げは進んだ。
7.おわりに
全部で述べ20のプロジェクトを統括しながら走った.NETビジネスの目標は、日本ユニシスのSIサ
ービスを介した付加価値提供による顧客価値/満足度の向上を狙いとする①.NET システムインテ
グレーターとしてのブランド確立、②売上向上とシェア拡大、③.NET技術者育成の3つであった。3
つの目標を達成し、立ち上げフェーズは終了した。「.NET 事業プログラム」は、課せられた全体使命、
ビジネス目標を達成し、ユニシスに新しい収益基盤をもたらした。.NETビジネスは、拡大成長事業と
して現在も進行中であり6年目をむかえている。
本稿では、.NET事業立ち上げにおけるプロファイリングマネジメントとして使命形成、使命展開、
使命記述の実際を紹介した。.NET ビジネスの立ち上げがいかなる構想とシナリオをもって推進され
たかを記し、その過程で遭遇した障壁とも言える異文化とそれを乗り越えた工夫を紹介した。新しい
文化を形成しようとするとき、既成概念、常識、慣行は異文化となり得る。それらを打ち負かすのでは
なく、どうすれば理解しあえるか?新文化に価値を見出してもらえるか?を深く考え、価値創出を追求
していくことが異文化マネジメントと言えるのではないか。
〈参考文献〉
P2M プロジェクト&プログラムマネジメント標準ガイドブック 小原重信,PHP 社,2003 年
モジュール化―新しい産業アーキテクチャの本質―,東洋経済新報社,2002 年
エージェント指向コンピューティング,(株)SRC,1995 年
キャズム,ジェフリー・ムーア,大日本印刷株式会社,2002 年
リーダーシップ論,ジョン・P・コッター,ダイヤモンド社,2003 年
IT ポートフォリオ戦略論,ピーターウェイル,他,ダイヤモンド社,2003 年
競争戦略論Ⅰ/Ⅱ,マイケル・E・ポーター,ダイヤモンド社,2002 年
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