レアル・マドリードの日本市場開拓

流通科学大学卒業論文
崔 相鐵ゼミ
レアル・マドリードの日本市場開拓
35010789
首藤敦史
12月18日提出
目次
I.
はじめに・・・P1
II.
レアル・マドリードの歴史・記録・・・P1∼5
III.
レアル・マドリードの経営戦略・・・P5∼7
Ⅳ.
Ⅴ.
1.
チケット販売・・・P5∼6
2.
グッズ販売・・・P6
3.
選手の肖像権を管理したスポンサー契約料・・・P6∼7
レアル・マドリードのアジアに対する経営戦略・・・P7∼8
1.
アジアツアー・・・P7∼8
2.
ジャパンツアー・・・P8
レアル・マドリードが与えた日本への影響・・・P8∼13
1.
ベッカム効果(明治製菓)・・・P8∼10
2.
放送業界の動向(図・表)・・・P10∼13
Ⅵ.サッカー選手の移籍に関する考察・・・P13∼17
Ⅶ.
1.
移籍条例・・・P14
2.
代理人とは・・・P14∼15
3.
代理人が生まれた背景・・・P15∼16
4.
FIFA(国際サッカー連盟)による公認制度・・・P16∼17
まとめ・・・P17
参考文献
1
I.
はじめに
レアル・マドリードというチームに興味を持ったことがこの論述を進めていくきっかけ
であり、世界最高の名を冠し、史上最強の座に君臨する超ビッグクラブになるに至る 100
年間の歴史にどのような事柄があったのか興味を持ったこともその理由である。そして、
サッカーをあまり知らない人や興味のない人にこの論文を通して知ってもらい、興味を持
ってもらうことが一番の目的である。
近年、ヨーロッパのサッカーが日韓共催で行われたワールドカップや中田英寿をはじめ
とするスター選手の海外移籍の影響により日本でも人気が高まっている。そこで、ヨーロ
ッパのクラブチームがこの影響を利用した日本市場開拓に乗り出したのだ。その日本市場
開拓を最も大々的に行い、成功したとも言えるクラブチームがある。それがリーガ・エス
パニョーラ(スペインのサッカーリーグ)に所属するレアル・マドリードである。これか
ら、このチームの歴史、クラブの経営戦略、日本市場をどのように開拓していったかを述
べ、日本に及ぼした影響も詳しく論述していこうと考えている。
Ⅱ.
レアル・マドリードの歴史
レアル・マドリードの歴史は 100 年にも及び、創立は 1902 年 3 月 6 日。ファン・パド
ロス・ルビオ会長がエンリケ・バレラという人を副会長に選出した。そして、サッカー同
好会を組織的なクラブにし、公式なサッカークラブとなったのである。初めは「マドリー
ド FC」という名前のチームであった。それが 1902 年 5 月 17 日のアルフォンソ十三世の
戴冠式を祝うトーナメント出場をきっかけにその 18 年後、国王から「レアル(国王の)」
の称号を与えられ「レアル・マドリード」という現在のチーム名になったのである。下記
に簡単な年表を掲載しておく。
・ 1902 年、熱狂的なグループが、マドリード FC を創立。
・ 1905 年から国王カップ 4 連覇。
・ 1920 年には、当時の国王、アルフォンソ 13 世から、「レアル」の呼称をクラブ名に
冠することを許される。
・ 1943 年サンティアゴ・ベルナベウが、レアル・マドリードの会長に任命される。
・ 1947 年、サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムの完成
2
・ 1950 年代後半から欧州チャンピオンズカップ(現 UEFA チャンピオンズリーグ)5
連覇
・ 1978 年、サンティアゴ・ベルナベウが死去
・ 1982 年、ビデオスコアボードをスタジアムに設置した世界最初のクラブとなる
・ 1990 年、シーズン5連覇を達成
・ 1998 年、FIFAにより、歴史上の最優秀クラブチームに選出される。
これから、このチームの 100 年という長い歴史にどのような記録があるのかを紹介しよ
う。
◇ 最多出場選手
◇ 最長監督
マノロ・サンチース(710 試合)
ミゲル・ムニョス
◇ 最多得点試合
・ リーグ戦ホーム
11-2 対エルチェ戦
1960 年 2 月 7 日
・ リーグ戦アウェイ
1-7 対サラゴサ戦
1987 年 9 月 12 日
・ カップ戦ホーム
11-1 対バルセロナ戦
・ ヨーロッパ・チャンピオンズカップ
◇ 最多得点
1935 年 2 月 3 日
8-0 対セビージャ戦
1985 年 1 月 23 日
ベスト 5
・ アルフレッド・ディ・ステファノ(307)
・ カルロス・サンティジェナ(290)
・ フェレンツ・プスカシュ(239)
・ ラウール(210)
・ ウーゴ・サンチェス(207)
◇ 欧州最優秀選手
・ アルフレッド・ディ・ステファノ
・ レイモン・コパ
1958 年
・ アルフレッド・ディ・ステファノ
・ ルイス・フィーゴ
1959 年
2000 年
・ ジネディーヌ・ジダン
・ ロナウド
1957 年
2001 年
2002 年
3
◇ リーグ戦個人記録
・ リーグ優勝最多経験会長 サンティアゴ・ベルナベウ(16 回)
・ リーグ優勝最多経験監督 ミゲル・ムニョス(9 回)
・ リーグ優勝最多経験選手 パコ・ヘント(12 回)
・ 欧州カップ優勝最多経験選手 パコ・ヘント(6 回)
・ 年間最多得点選手
ウーゴ・サンチェス
38 ゴール(1989-90)
◇ リーグ戦チーム記録
・ リーグ優勝
・ 連勝記録
29 回
・歴代勝利数
15 連勝(1960-61)
107 ゴール(1989-90)
18 回(1987-88)
・ 年間最多ホーム勝利
・ アウェイ連勝記録
-・年間最多得点
1266 勝
7 連勝(1960-61)
・ リーグ優勝の最多勝ち点差
・ ホーム戦全勝シーズン
12(1960-61、1962-63、1974-75)
3 回(1959-60、1962-63、1985-86)
・ 1928-29 シーズン以来リーグ最多得点チーム(4528 ゴール)
・ ホーム連続無敗記録
8 年間(1957-1965 年の 121 試合)
・ 年間ホーム最多得点
78 ゴール(1989-90)
◇ 最多記録いろいろ
・ リーグ優勝(29 回)
・リーグ得点王(22 回)
・最小失点(15 回)
・ ヨーロッパ・チャンピオンズカップ優勝(9 回)
・ ヨーロッパの大会の決勝進出(16 回)
・ プレシーズンの新チームお披露目に集まった観客数(1996 年 7 月の 12 万人)
・ 国内カップ戦での最多得点(6 ゴール、1980 年の対カスティージャ戦)
・ リーグ最多勝ち点(80 ポイント、2000-01 シーズン)
◇ 優勝記録
・ リーグ優勝(29 回)1931-32, 1932-33, 1953-54, 1954-55, 1956-57, 1957-58,
1960-61, 1961-62, 1962-63, 1963-64, 1964-65, 1966-1967, 1967-68, 1968-69,
1971-72, 1974-75, 1975-76, 1977-78, 1978-79, 1979-1980, 1985-86, 1986-87,
4
1987-88, 1988-89, 1989-90, 1994-95, 1996-97, 2000-01, 2002-03
・ ヨーロッパ・チャンピオンズカップ優勝(9 回)
1955-56, 1956-57, 1957-58,
1958-59, 1959-60, 1965-66, 1997-98, 1999-2000, 2001-01
・ 国王杯&将軍杯優勝(17 回)
1904-05, 1905-06, 1906-07, 1907-08, 1916-17,
1933-34, 1935-36, 1945-46, 1946-47, 1961-62, 1969-70, 1973-74, 1974-75,
1979-80, 1981-82, 1988-89, 1992-93
・ スペイン・スーパーカップ(7 回)
1988, 1989, 1990, 1993, 1997, 2001, 2003
・ UEFA スーパーカップ(1 回)2002
・ インターコンティネンタル・カップ/トヨタカップ(3 回)1960, 1998, 2002
・ UEFA カップ(2 回)
1984-85, 1985-86
・ リーグカップ(1 回)
1984-85
・ 国内二冠(4 回)
1961-62, 1974-75, 1979-80, 1988-89
・ リーグとチャンピオンズカップ二冠(2 回)
1956-57, 1957-58
◇ 歴代記録 1929-2003
・ 2179 試合、1245 勝 463 分 471 敗、4528 得点 2535 失点
◇ レアル・マドリード・メモ
・ レアル・マドリード初の公式戦初得点者
→アーサー・ジョンソン、1902 年 5 月 13 日、対バルセロナ戦
・ 1902 年 3 月から 2003 年 7 月までに公式戦に出場した選手総数:1219 人
・ 最も悪かったリーグ順位:11 位(全 14 チーム)
1947-48 年
・ ヨーロッパの大会で最多対戦クラブ
インテル(15 回)、バイエルン・ミュンヘン(12 回)、アンデルレヒト(10 回)
・ 国内カップで最多対戦クラブ
アスレティック・ビルバオ(53 回)、アトレティコ・マドリード(35 回)
バルセロナ(26 回)
・ 対バルセロナ戦のリーグ成績:145 試合、63 勝 27 分 55 敗、242 得点 219 失点
・ レアル・マドリードに最多敗戦を喫しているクラブ
5
エスパニョール(77 敗)
・ レアル・マドリードに最多勝利しているクラブ
バルセロナ(55 勝)
Ⅲ.
レアル・マドリードの経営戦略
現在、レアル・マドリードはサッカー界で上位に位置する金持ちクラブである。ジダン、
ロナウド、ベッカムとスター選手をかき集め、選手の評価総額(移籍金)が 505 億円に達
した。年収 1 億 8000 万ポンド(約 360 億円)。そして、金持ちクラブになった資金力の秘
密は、2000 年 7 月に就任したペレス会長の経営戦略にある。不動産会社の社長でもある同
会長は、一等地にあった練習場を市に約 600 億円で買い取らせ、累積赤字を解消。スター
を集めてチームを強化。リーグ戦や欧州チャンピオンズカップの賞金+入場料+放映権料
で、クラブを運営している。また、選手の肖像権も管理し、スポンサー料の半分以上をク
ラブ収入にしている。その詳細を詳しく説明していこう。
1.チケット販売
チ ケ ッ ト 販 売 に よ る 収 入 だ が 下 記 の グ ラ フ を 見 て も ら い た い 。
80000
70000
60000
50000
観客数(人) 40000
30000
20000
10000
0
平均観客動員数
線形 (平均観客動員
数)
1999- 2000- 2001- 2002- 20032000 2001 2002 2003 2004
シーズン(年)
上記のグラフを見てわかるように現在の平均観客数が過去の平均観客数に比べると明ら
かに伸びている。入場者数とチケット収入は比例するため自動的にチケット収入も伸びて
いることになる。これは、現在の会長であるフロレンティーノ・ペレスによる経営戦略に
よるものなのだ。2000 年に承認された彼はその年に当時の移籍金最高額である約 67 億円
ものお金をつぎ込みポルトガル代表のルイス・フィーゴを獲得した。その効果があり 1999
年-2000 年シーズンに比べると 14640 人も伸びたのである。さらにその後もジダン(1試
6
合平均観客数が前年比 3,335 人増)、ロナウド(同 5,011 人増)、ベッカム(同 5,367 人増)
を加入し観客動員数を増やした。即ち、チケット収入を年々伸ばし続けたのである。そし
て現在、平均観客数が約 7 万人であることからレアル・マドリードのホームスタジアムで
あるサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムでは年間 30 試合が行われるため、約 200 万人
の観客が入る計算になる。
2.グッズ販売
レアル・マドリードのグッズは様々ある。それは、ユニホーム、Tシャツ、ポスター、
スカーフ、雑貨類、VIDEO&DVDなどである。
当たり前のことだがサポーターはサッカーグッズを買う時、人気選手や好きな選手の物
を買う。この当たり前なことを世界規模で行ったのがレアル・マドリードである。レアル・
マドリードは世界的に人気がある選手の集まりであるためそのことが言えるのだ。スター
選手を獲得することでグッズの売り上げも増えるのである。ここでは、その具体例として
ユニホームについてこれから述べていく。
78 ユーロ(約1万 900 円)で世界に売られているユニホーム。2002 年 8 月、移籍金約
54 億円でインテルからレアル・マドリードへ移籍したロナウドのユニホームがマドリード
市内のレアル・マドリードオフィシャルショップに並んでから 7 時間で約 2000 枚(約 2200
万円)を売り上げたのである。さらにこれを上回る記録をデイヴィッド・ベッカムが作っ
たのだ。ベッカムはレアル・マドリード入団会見直後、マドリード市内だけで、4時間で
8000 枚突破(約 8700 万円)。レアル・マドリードは最終的に合計 100 万枚まで達し1年間
だけで、約 17 億 5000 万円の利益を得たのである。ユニホームだけでこのような売り上げ
を得たのは言うまでもなくスター選手獲得によるものだ。そして、スター選手の獲得によ
る利益はこれだけではないのである。
3.選手の肖像権を管理したスポンサー契約料
レアル・マドリードのスポンサーはシーメンス・モービル、(ドイツの携帯電話会社)、
アディダス、アウディ(自動車会社)、ペプシ、マホウ(ビール会社)、サニタス(医療会
社)、Rexona For Men(脱臭剤などを作っている会社)
、ヴァイスロイ(時計会社)、Solán de
Cabras(水の会社)、El Caserío(チーズ会社)
、10 社である。
そして、この 10 の企業とスポンサー契約を結んで、契約料をもらっている。さらに選手
個人が契約しているスポンサーからもクラブ側は、契約料の半分を収入にしている。この
ことが選手の肖像権をクラブ側が管理するビジネス戦略なのだ。得にレアル・マドリード
7
はスター選手が多く、その選手達を広告・CMなどに起用することは影響力が高い。その
ため企業側もその選手達を使いたいのである。これについての詳しい具体例・データはⅥ
章とも関連しているためⅥ章で説明していきたい。
Ⅳ.
1.
レアル・マドリードの日本に対する経営戦略
アジアツアー
レアル・マドリードはベッカムが移籍した年にアジアの地域に新しい市場を求め、プレ
シーズンマッチなどのツアーを行った。
2003 年 7 月下旬に中国入りしたレアル・マドリードは、北京で中国リーグ選抜と試合を
行い、最高 2000 元(約 28000 円)という高額料金にもかかわらず、6 万人を超す観客が集ま
った。注目度は日本に限らず高いことがこのことから理解できるだろう。
日本では入場料 3000 円(一部 1500 円)の有料公開練習に 4 万 5000 人ものファンが詰め掛
けたのだ。たった1時間の公開でおよそ1億円の収入。
「ベッカム見たさに足を運ぶはずだ」
と日本のファン心理を見抜いたクラブ側の戦略は見事に的中したのである。
アジアツアーは、全 4 試合行われ、1試合当たりのギャラは約 3 億 6 千万円(AP電調べ)。
推定約 20 億円の収入を得たのである。日本との親善試合は J リーグのFC東京と対戦した。
※出所:産経サッカーWEB http://www.sankei.co.jp/databox/Wcup/
8
しかし、レアル・マドリードの狙いはこんな収入ではない。同クラブの年間予算は約 160
億円だが、会長のペレスは、インターネットを通じた世界規模のファンクラブ構築など、
クラブ強化とは別に関連ビジネスへの“事業拡大”を狙っている。テレビ放映権を含め頭打ち
の欧州市場から世界に目を向けた上で、「アジアは格好のターゲット」といってはばからな
い。
特に日韓W杯で躍進した日本や経済発展著しい中国など東アジアを第一の標的と定めた
といっていい。例えばベッカムの日本来日直前に「レアル移籍」を発表し話題を作った。
さらに北京での試合では、ベッカムの「レアルデビュー」をぶつけてきたのである。日本
のベッカム人気はクラブにとって願ってもないビジネスチャンスなのだ。
2.
ジャパンツアー
レアル・マドリードは前項のアジアツアーをきっかけにその翌年の 2004 年、日本のJリ
ーグと欧州チャンピオンズリーグの最終予選に備えるためという名目で来日した。Jリー
グチームとの対戦は 6 日間の滞在で 2 試合組まれ、ジェフユナイテッド市原と東京ヴェル
ディ 1969 であった。
今回のツアーは前年のアジアツアーで日本に来日した時とは違い、ファンとの交流目的
のフットサル大会や日本初開催となったジュニアサッカー教室なども開いた。もちろん選
手の営業もあり、主催であるフジテレビのスポーツ番組などに出演して高額のギャラをも
らっていたのだ。さらにレアル・マドリードは、お台場フジテレビの中にオリジナルグッ
ズの販売や展示会を行う(現在は行われていない)など、精力的に営業活動した。今回の
来日で、レアル・マドリードは約 19 億 9000 万円得た。前年とほぼ同じ金額を短い期間で、
しかも日本だけで得ることができたのである。
Ⅴ.
レアル・マドリードが与えた日本への影響
レアル・マドリードが日本市場開拓を行ったことで日本企業にどのような影響があった
のかをこれから例を挙げて述べていこう。
1.
ベッカム効果(明治製菓)
個人でも存在力が高く、ブランド能力もある人物がレアル・マドリードにいる。それが
デイヴィド・ベッカムである。このワールドカップ以降、日本でも人気があるベッカムを
9
スポンサーにした企業が明治製菓だ。これから明治製菓がベッカムによってどのような効
果があったのかを説明していく。
明治製菓が 2003 年 11 月に発表した 2003 年 9 月中間期の連結決算は、経常利益が前年同
期比 12 倍の 27 億円だった。ベッカムを広告宣伝に起用した効果でチョコレート製品の売
り上げが増加したのである。前年同期は営業赤字だった薬品事業が黒字転換したことも寄
与した。
売上高は 5%増の 1720 億円。そして、明治製菓の代表取締役の高橋昭男が「ベッカム効
果がチョコレート全般に波及した」と言ったのだ。会社も認めるベッカム効果で利益率の
高い板チョコなど定番商品が伸び、営業利益は 22 億円の黒字(前年同期は 1 億円の赤字)
だった。このようなことから明治製菓が業績を大幅に伸ばしたと言える。
これだけ大きな効果を挙げたベッカム広告。気になるのは、ベッカムと明治製菓との間
に交わされた契約金の額だが、4∼5 億円の間であるというのが最も有力な説である。そし
て、前にも述べたが、この契約金の半分がクラブの収入になるのだ。因みに、ベッカムに
支払われた契約金は、売り上げのおよそ 0.4%、利益の 20%という金額である。明治製菓
の 250 円のチョコレートが売れた場合、およそ 1 円がベッカムへの契約金に費やされ、明
治製菓の利益は 50 円程度であるという計算になる。
日本の有名なスポーツ選手の場合、松井秀樹選手が日本最高峰の契約金で、CM1 本あた
り 1 億数千万円程度だといわれている。ベッカムには、松井選手 3 人分の契約金が必要だ
ということが分かるだろう。これを考えると、ベッカムのブランド力の高さが伺える。
一見、CM1 本数億円という契約金は、あまりにも桁外れな金額だという気がするかもし
れないが、その契約金に似合った利益をベッカムのブランド力を持って、明治製菓に与え
たのだ。これが、ベッカム効果なのである。
明治製菓
会社概要
事業内容
菓子、食品、薬品等の製造販売
本社所在地
〒104-8002
東京都中央区京橋 2 丁目 4 番 16 号
TEL(03)3272-6511<大代表>
代表取締役社長
佐藤
尚忠
10
設立
大正 5 年(1916 年)10 月 9 日
資本金
283 億円
年間売上高
2,582 億円(平成 14 年度)
売上構成
食
料
55%
薬
品
35%
ヘルスケア・他
10%
株主数
75,357 名
従業員数
4,292 名
事業所
研究所・部門
工
場
支
店
6
7
82
営業所
87
海外事業所
3
主要取引銀行
みずほ銀行、りそな銀行、農林中央金庫、三菱信託銀行
グループ
国内
34 海外
19
※ 出所:明治製菓ホームページ http://www.meiji.co.jp/home.html
2.
放送業界の動向(図・表)
日本のサッカーに対する意識が変わり始めたころ衛星放送業界ではスカイパーフェク
TV!や WOWOW が海外サッカーの試合を放送するようになった。そして 2003 年 8 月、
レアル・マドリードがアジアツアーを行った時期、WOWOW に大きな動きがあった。それ
は、それまでリーガ・エスパニョーラの放送権を持っていた J SKY SPORTS
(現 J SPORTS)
に変わり WOWOW がその放送権を独占したのである。この動向は間違いなく、スター軍
団レアル・マドリードの影響である。
今回、利益の影響についても述べたかったがこの 2 つの企業はサッカー放送だけが事業
でないため具体的にどのような影響を与えたのかを把握するのは困難であった。そのため 2
つの企業にどのような影響があったのかは過去 1 年間の契約者数の推移を元に考察してい
く。
11
■過去 1 年間の月別
衛星放送契約者数の推移データ
スカイパーフェク
スカイパーフェク
WOWOW
WOWOW
TV !
TV ! 110
(アナログ)
(デジタル)
2003. 9
3,458,902
58,825
2,148,816
347,024
2003.10
3,466,070
60,753
2,140,844
354,443
2003.11
3,476,841
63,898
2,129,302
362,966
2003.12
3,497,380
71,448
2,126,008
380,440
2004. 1
3,503,475
74,740
2,109,995
390,017
2004. 2
3,510,347
101,256
2,095,029
397,839
2004. 3
3,523,187
123,330
2,079,716
404,965
2004. 4
3,531,404
127,378
2,063,264
415,102
2004. 5
3,537,878
130,982
2,051,749
429,132
2004. 6
3,544,772
136,694
2,064,930
448,365
2004. 7
3,553,065
141,264
2,056,014
468,896
2004. 8
3,564,712
146,093
2,038,300
486,916
2004. 9
3,573,395
121,130
2,012,098
498,178
2004.10
3,570,399
156,693
1,987,267
511,335
※ 出所:(社)衛星放送協会ホームページ http://www.eiseihoso.org/
上 記の 契約者 数を 見て分 かる ように リー ガ・エ スパ ニョー ラの 放送権 を独 占 し た
WOWOW の契約者数はほとんど変わっていないのである。明治製菓の場合と違い、レア
ル・マドリードの人気を狙った WOWOW の戦略は成功したとは言えない。一方、スカイ
パーフェク TV!のスポーツ専用チャンネルである 110 チャンネルは着実に契約者を伸ばし
たのだ。レアル・マドリードという1つのクラブに影響され、契約者数を伸ばすことがで
きなかった WOWOW だが、WOWOW の放送権独占により違った方法で契約者を増やさな
ければならなくなったスカイパーフェク TV!もまたレアル・マドリードの影響を少なから
ず受けたのである。
WOWOW 会社概要
12
社名株式会社
WOWOW
ホームページアドレス
http://www.wowow.co.jp
主な事業
放送衛星による一般放送事業(有料放送を含む)
代表取締役会長
佐久間
代表取締役社長
廣瀬
曻二
敏雄
BS 第 5 チャンネル
WOWOW(191ch)
WOWOW2(192ch)
WOWOW3(193ch)
ラジオ
WOWOWwave1(491ch)
WOWOWwave2(492ch)
データ放送 WOWOWnavi(791ch、792ch)
アナログ放送 テレビ
デジタル放送 テレビ
放送チャンネル
設立
1984 年 12 月 25 日
営業放送開始
アナログ放送
デジタル放送
資本金
50 億円
従業員数
313 名(2004 年 3 月 31 日現在)
1991 年 4 月 1 日
2000 年 12 月 1 日
〒107-8080 東京都港区元赤坂 1-5-8
本社
所在地
カスタマーセンター〒220-8080 横浜市西区みなとみらい 3-3-1
BSデジタル放送
191ch・192ch・193ch
加入料(初回時のみ):3,150 円
視聴料:月額 2,415 円<月刊プログラムガイド付>
加入料と視聴料
(金額はすべて税込み)
BS放送
BS-5ch
加入料(初回のみ):3,150 円
デコーダ代金:8,400 円
視聴料:月額 2,100 円<月刊プログラムガイド付>
※ 出所:株式会社WOWOWホームページ
スカイパーフェク TV!
特色
http://www.wowow.co.jp
会社概要
CS放送スカイパーフェクTVのプラットフォーム。コンテンツ強化と
多インフラ展開へ
証券コード
4795
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連結事業
顧客対応管理・デジタル衛星放送 65、放送番組送出関連 12、他 22(2004.3)
本社所在地
〒150-8326 東京都渋谷区渋谷 2−15−1
社名
株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ
決算
3月
上場取引所
東証 1 部
HP(メイン)
http://www.skyperfectv.co.jp/
HP(IR)
http://www.skyperfectv.co.jp/skycom/
サービス名称
スカイパーフェク TV!
資本金
500 億 1,400 万円
大株主
株式会社ソニー・放送メディア
株式会社フジテレビジョン
伊藤忠商事株式会社
ジェイサット株式会社
株式会社東京放送
日本テレビ放送網株式会社
ステート ストリート バンク アンド トラスト カンパニー
日本マスタートラスト信託銀行株式会社
松下電器産業株式会社
住友商事株式会社
電話番号
03−5468−7800
業種分類
情報・通信
設立年月日
1994 年 11 月 10 日
代表取締役社長
重村
一
出所:
(株)SKY Perfect Communications Incホームページ
Ⅵ.
12.48%
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12.48%
6.91%
5.69%
5.24%
4.52%
4.23%
3.11%
3.06%
http://www.skyperfectv.co.jp/
移籍について
レアル・マドリードの戦略のほとんどはスター選手獲得によって人気を集め、その選手
個人の収入を得ていることは理解して頂けただろう。しかし、そう簡単にスター選手を獲
得できるわけではない。スター選手獲得には様々な条件を満たして、初めて移籍が成立す
るのである。これからその条件や後に出てくる、代理人という者について述べていく。
1.移籍条例
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移籍には EU(ヨーロッパ連合)と FIFA が協同して定めた条例がある。これを定めた理
由は年俸の高騰化や選手育成システムおよび、下位チームの経営基盤崩壊、ユース、ジュ
ニア世代の地盤沈下を緩和するためである。これから、その条例の柱となる 4 つの項目を
紹介する。
1)18 歳以下の選手の国際移籍を原則禁止とする。
例外は、家族がサッカー以外の理由で新しいクラブがある国に移住したとき。または、新
しいクラブが選手としての育成および学業の継続を保証する環境を提供するとき。
2)12 歳から 23 歳までの選手の移籍には、育成への対価としての補償金が支払われる。
補償金の具体的な算定基準は、各国の法律に基づいて各国サッカー協会が設定する。その
際に考慮すべき要素はすでに示されているが、イタリアではまだ具体的な基準の策定には
至っていない。
3)選手とクラブの契約は最短1年、最長5年とする。
契約後の「保護期間」(契約時点で 27 歳以下の選手はそれから3年以内、28 歳以上は2年
以内)に、選手の側から正当な理由なく一方的にそれを解消する場合、4∼6ヶ月の出場
停止処分と違約金の支払いが課せられる。クラブの側から正当な理由なく一方的に契約を
解消した場合、2度の「移籍期間」
(後述)が終了するまで、いかなる新規の選手登録も認
められないなどの罰則処分が適用される。
4)選手の移籍が行われるのは、シーズンオフとシーズン半ば、年間2回の「移籍期間」
に限られる。
1人の選手は、1シーズンについて1回しか移籍できない。契約期間中の一方的な解消は、
選手側からもクラブ側からも、シーズンオフにしか認められない。
上記の条例は 2000 年に発表されたもので現在もこの条例にそって移籍が行われている。
2.代理人とは
移籍をスムーズに行うためには条例以外にも代理人の存在は欠かせないのである。プロ
野球の日本人選手、サッカーのJリーグ選手が海外に移籍する時によく耳にする代理人と
いう言葉。日本球界第一人者の「松井」選手のメジャー移籍契約も代理人がいなければ成
立し得ないとまで言われたことは、記憶に新しい。近年、日本でも注目をされ始めた代理
人(エージェント)という存在はどのようなものかこれから詳しく説明していく。
近年のようなスポーツのクローバル化・ビックビジネス化が進む中で商慣習の違いや、
法律・条令(州法)の相違、契約内容の複雑化・多様化が進み、選手自身でこれらを管理
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し消化していくには相当のエネルギーと専門知識が必要とされる。選手自身は、本業であ
るプレーに集中したいものである。そこで、そうした、選手の移籍や、契約などの法的問
題のサポート・バックアップに代理人の存在が必要となる。これらの役割を果たす代理人
を「スポーツ・エージェント」と呼んでいるのだ。
代理人の主な仕事内容は、移籍から契約更新まで、選手とクラブの契約関係にかかわる
実務を代行して、その手数料を得ることである。しかし、欧州のプロサッカーが世界規模
のエンターテインメント・ビジネスに成長する中で、もうひとつの業務がその重要性を増
しつつある。それが肖像権の管理なのだ。
選手の個人スポンサー獲得、肖像権を使ったライセンス・ビジネスなど、クラブとの契
約やそれに基づくクラブの一員としての活動を離れた、個人としてのビジネス領域のマネ
ジメントがその仕事になる。
さらに、選手と密接した仕事がある。プロ選手の生活が練習と試合だけで成り立ってい
る訳ではなく、引越しもすれば免許の書き換えもするし、車も買い換える。また、各スポ
ンサーへの対応やサイン会の誘いへの対応などもしなければならない。こうした、選手の
生活に発生する事柄を、選手に代わって処理するのも代理人の仕事なのである。
3.
代理人が生まれた背景
日本ではプロ野球やサッカーの J リーグなどの団体競技では、毎年選手と球団・チーム
との間で契約更新がある。また、入団するときにも契約の締結が行われる。その時の経営
主体側はいわば経営の専門家であって、選手はまったくの素人である。選手自身が個人で
主張を通すことは、専門知識不足のため現状ではほとんど不可能である。さらに、契約内
容についても選手各人に対して詳細に決められるようになり、アメリカのプロ契約では数
百枚にも及ぶ契約書が取り交わされている。球団・チーム以外にもスポンサー関係との間
では肖像権(知的財産権)の管理も複雑化している。このように、様々な契約を選手自身
で管理することは相当の負担となっているのだ。
そこで、契約関係や選手活動の環境を整えるために「代理人」を依頼するようになった
のである。
もう一つ背景は、「スポーツのビジネス化」である。上記のように契約関係の複雑化は何
を隠そう、スポーツがビジネスになるからである。一般にスポーツは社会の健全性を維持
するためにある。しかし、もはやスポーツも商業的要素をあわせ持たないと発展しない時
代である。このような「スポーツのビジネス化」が契約関係や選手の権利を複雑にしたの
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である。
エージェント以外にもプロ選手はもちろんの事、スポーツを職業としているものがある。
コーチ、スポーツトレーナー、スポーツライター、スポーツアナウンサー、スポーツアナ
リスト、スポーツコンサルタントなどがある。この中でも、アメリカではスポーツビジネ
スの最先端をいく専門職が代理人と言われている。
4.
FIFA(国際サッカー連盟)による選手代理人制度
2項、3項では一般的な代理人について述べてきたがここでは目的であるサッカーの代
理人について述べていく。
サッカーの世界では移籍金や年俸の高騰により、トラブルを避けるため公認制度が設け
られた。国際サッカー連盟(FIFA)公認の代理人は世界で約 60 人。公認代理人になる
には、20 万スイスフラン(1600 万円)の保証金が必要である。FIFAの規定によると、
手数料は10%以内。日本では11人が登録している。
移籍市場がボーダーレス化しているサッカーの場合、国によってルールや慣習が違うの
で契約上のトラブルが発生することもが少なくない。そこで、サッカー界の国際ルールを
熟知した人に面倒な交渉事を任せ、少しでもトラブルを回避しようとの目的で生まれてき
たのが、FIFA公認の選手代理人制度である。有名選手やクラブには五、六人の代理人
が専属でついているケースが多く、国による契約制度や商慣習の相違など、その時の状況
によって最も適任の代理人を立てるようにしているのだ。
Jリーグでは、代理人業務を行えるのは弁護士またはFIFA公認代理人に限ると規約
に定められている。代理人を立てる必要はなく選手自身が行うケースもある。
サッカー界の代理人は、EU圏内の移籍自由化を認めたボスマン裁定以後、
「TVマネー」
を背景としてビッグクラブがトップ選手を買い漁りに走り、そのビッグビジネスに欠かせ
ない存在となった。代理人は年俸の吊り上げや移籍を成功させるために偽の情報をメディ
アにリークしたりすることで選手の付加価値を上げることもしばしばある。例としてブラ
ジル代表のロナウド選手がPSVアイントホーフェン(オランダ)からバルセロナ(スペ
イン)、インター・ミラノ(イタリア)へ移籍した際には、3人の代理人が取り仕切った。
二度のチーム移動による移籍金、スポンサー料の合計は50億円を上回り、5億円以上が
彼らの懐に入ったという。
一口に「代理人」といっても、そのカテゴリーはひとつではない。イタリアの場合、イ
タリア国内で選手の代理業務を行う資格を持った「代理人 procuratore」
(AIPC の会員)と、
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FIFA から認定を受けて国際的な移籍を仲介する「FIFA エージェント agente FIFA」とい
う、2 つのカテゴリーに分かれている。両者の最も大きな違いは、前者は選手の代理人しか
務めることができないのに対し、後者は選手だけではなく、クラブの代理として移籍交渉
を行うこともできるという点である。クラブ間で支払われる移籍金からパーセンテージを
取れるのは「FIFA エージェント」だけ、ということになる。さらに、契約によって得るこ
とのできるパーセンテージも、「代理人」は最大 5%までと定められているのに対し、後者
はより高い。
しかし、このような規定は存在するものの、FIFAエージェントではない人間が非公
式的にクラブから移籍仲介料を受け取るケースも珍しくはない。移籍金が高額である場合、
密約が存在し、このようなインセンティヴを代理人が受け取るのである。
Ⅶ.
まとめ
これまで述べてきたことによりレアル・マドリードがどのように日本市場を開拓してい
ったかが分かるだろう。まとめると、ひとつのキーワードが出てくる。それは、
「スター選
手」である。もちろん、それだけではここまで成功することはできないが、最も影響を及
ぼしたのは間違いない。世界最強軍団と呼ばれるのはサッカーだけでなく、その卓越した
経営戦略にも言えるのだ。このクラブがこれから、今以上に日本市場を開拓するには、こ
の「スター選手」をどう利用するかがポイントになる。日本に来日するだけでメディアが
騒ぎ、空港にファンが殺到する。このような一連の出来事を予測する能力があったからこ
そ、今回のようなアジアツアー・ジャパンツアーが成功したのである。日本人が喜ぶこと、
注目すること、当たり前だが難しいことをこれからも継続して行うことが日本市場をより
開拓することができる、重要な要素なのだ。アメリカのメジャーリーグのように開幕戦を
日本で行うことが近い将来あることは間違いないだろう。
また、今回この論文を通して理解して頂きたいのはこのレアル・マドリードだから日本
に対してこのような戦略をとれたのである。実際 2004 年、レアル・マドリードのジャパン
ツアーと同時期に日本市場に進出するべく他のクラブチームも来日したが、レアル・マド
リードほどの成果をあげることはできなかったのだ。このことからも、このクラブはファ
ンを魅了する能力が他のクラブに比べ長けているのである。
最後に、この論文を読んでくれた方々がサッカーを知ってもらい、サッカーに興味を持
ってくれることを信じて終わりとする。
参考文献
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『Real Madrid C.F.』 http://www.realmadrid.com/
『レアル・マドリー
白い巨人の百年史』
『サンケイスポーツホームページ』
『産経サッカーWEB』
著者
フィル・ボール
出版所
株式会社
ネコ・パブリッシング
http://www.sanspo.com/upper.html
http://www.sankei.co.jp/databox/Wcup/
『イタリアサッカー:情報と研究』
『明治製菓ホームページ』
http://www.tifosissimo.8m.com/
http://www.meiji.co.jp/home.html
『(社)衛星放送協会ホームページ』
『株式会社WOWOWホームページ』
http://www.eiseihoso.org/
http://www.wowow.co.jp
『(株)SKY Perfect Communications Incホームページ』 http://www.skyperfectv.co.jp/
『2003 年 11 月 13 日付
日経新聞 17 面』
『FIFA(国際サッカー連盟)ホームページ』http://www.fifa.com/en/index.html
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